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はてなキーワード: クリエイターとは

2018-01-23

anond:20180122000312

純粋に、売れるからだろう。

マンガってほら、いかに大ぶろしきを広げるかが面白さに直結するっていうかメディアってそもそもそんなものじゃん。

野球なら魔球を投げるし、空手なら眼球を指で潰す。

サッカーなら当然、球はゴールネットを突き破る。

そうじゃなくても面白いマンガは山ほどあるけど、誰よりとんでもない表現発見したいというのはクリエイター本能みたいなものなんじゃん。

ももクロについて

連日、誰かが書いたブログだったり、ここ増田だったりでももクロに関する言論が上がっている。

納得できたりなんじゃこれと思ったり、まあ意見は人それぞれだろうけれど、傍観していても良かったけど、個人的意見を書かせていただく。

卒業について。

これについては、古参モモノフの意見尊重したい。

とか言いながら、あくまで、自分見解として、一番しっくりきた意見は、有安は根っからクリエイターだったということ。

締め切りを守ってしっかりと毎日コツコツ仕事しているクリエイターさんも確かに存在しているだろう。

だが、クリエイターもっと大事なのは自由であるという表現が、不器用で生真面目な有安さんにはぴったりだと思った。

よほどの才能に恵まれていないクリエイターは、どこかでクライアント要望をそのまま受け入れたり、納期関係で納得のいかないまま仕事を終わらすことに慣れていくのではないか

それは、感覚が鈍るということでもあり、経験で補っていくということでもある。

若い時の感性を失わずに、とは誰しも願っているだろうが、やがてアイデアの泉は枯れて行き、過去貯金を切り崩すことになるだろう。

有安さんは、まだ若く、そのような状況とは遠いはずだが、そこへ繋がる道が見えてしまったのではないか

縛られ続けることが怖くなり、それがストレスとなった。

思う存分やりたい自分表現できない辛さ。

逃避ではないのだろうけれど、それが普通女の子になるということへと繋がって行ったんではなかろうか。

まれつき表現をすることを定められ、それに対して全力に向き合ってきたからこそ。

一旦リセットして、クリエイターとしての想い、自分自身の想いと向き合う時間を欲したのだろう。

納得できるというより、納得してしまえば有安さんがいつか帰ってくるという希望に繋がるため、こういう意見に流されてしまったのかもしれない。



ももクロファンについて

かつてのアイドルといえば遠い存在。それこそ偶像だ。テレビの中に居るだけの存在で、一部熱狂的なファンコンサートに行ったりしていたようなイメージ

非オタクでもアイドル好きを名乗れていた時代があった。

モー娘。ライトAKBファンもそういう感じのイメージだ。

もちろん、ライトももクロファンも。

だけど、かつてと違うのは、これだけ娯楽が溢れている世の中でも、ライトももクロファンモノノフ自称し、年に数回、時には遠征までしてライブに行く。

それはももクロがまだまだテレビ等への露出が少なく、またライブが異常に楽しいということがSNS等を通じて広まってしまたことも原因だろう。

そして、ももクロファンははたからみればアイドルオタクである

自称モノノフが、自分ドルオタではない。などと表明する滑稽な事態も起きているが。

ももクロ握手会を止め、国民アイドルを目指した段階で、一部のオタクを切り離しにかかった。

ももクロ最近の良くあるタイプアイドル像を求めるオタクは、妹分や別のグループに流れ、それでもももクロのことを気にしつつ。

最近握手会なんてないことが当たり前の、かつてのアイドル像に近い感覚応援しているファンが増えてきた。

モノノフの大多数は、芸能人、遠い存在としてももクロを見ているだろう。

それは、はっきり言って今のアイドル産業からすれば異質のことだ。

それこそ、パヒュームベビメタしかやっていないこと。

そして、ももクロさらにその先を目指している。

偶像としてのかつてのアイドル

偶像でありながら触れ合える現代アイドル

その向こう側。

偶像でありながら、生身の人間であるアイドルへと。

大多数のファンはそれを好ましいと思っているはずだ。

彼女らの人生彼女らにとって素晴らしいものでなくてはならない。

エゴではあるが、彼女人生の伴侶を見つけた時、子供をもうけた時に、人生で一番素晴らしい体験をした時に、アイドルとしての経験と比べ、両者ともにかけがえのない幸福経験だと思って欲しいという思い。

もちろん結婚出産の喜びが勝っても構わない。

それでも、アイドルをやっているからこそ、その喜びに繋がったと思ってくれそうな。

そんな彼女らを望んでいるのではないだろうか。


別の場でも書いたが、思春期アイドルとして過ごした経験は、それを体験したものしかからないだろう。

過密なスケジュールや、厳しいレッスンは辛い事でもあったと思う。

が、夢は叶う、苦労の先には幸福が待っていると、自らの体験で知った彼女である

人生アイドルとしての自分に捧げるための準備は出来ていると思っている。

これも勝手妄想ではあるが、ライブでの彼女ら、テレビでの彼女ら、舞台裏(よく放送される)での彼女らと、まったくプライベート彼女らにそんなに差はないんじゃないかな。

差が無くなっている、10年という月日と、元々素直で正直な子達であるということと、運営がそれを望んでい事、そうあるべきように誘導たこと。

それらの結果が出ようとしているのではないだろうか。

たまに、出合う根っからのいい人。裏が無さそうな人。

そういう四人がアイドルとして1グループでまとまって活動していくんじゃないだろうか。

そりゃ裏では凹んだり落ち込んだりすることもあるだろう。

でもそれを見せないっていうのは、普通の人でもやっていることだ。

ももクロはこれから、一人の人間であることと、アイドルであることを完全に巧く両立させて、その姿を見せてくれると信じている。


幸せを運ぶ四葉奇跡は、また新たな一歩を踏み出した。

2018-01-21

好きなアニメビジネスで関わった末路

吐き出させてくれ。

自分語りと戒め。

私はクリエイターになどなれない貧困想像力不器用な手先の、どこにでもいる事務職員だ。

好きなアニメキャラ誕生日を祝い、神回に大泣きし、休日ツイッター10時間張り付くザコオタクだ。

そんな私が某神作品出会ったのは数年前のことだ。この作品を仮に【T】とする。

私は【T】関連に100万円は使ったと思う。100万円なんて大したことがないと自分でも思うが、楽しんだ時間も莫大で、始めて声優イベントに行ったり、監督ファンレター送って返事に一喜一憂したり、グッズのために毎日ゲーセンに通ったり、ツイッター缶バッジを交換したり、私の人生は変わった。【T】に込められたメッセージを実行し、恥ずかしくないファンになるべく社交性を意識し、服を買い、美容院に通い、ダイエットをして、資格を取ったり転職したりした。

私はその過程で、単なるファンではなくクリエイターになりたいと思った。クリエイターとして【T】に関わりたいと思った。ツイッターでハマってはすぐ冷めるような奴らとも、【T】に込められたメッセージに感動したとツイートしながらいつまでも努力しないやつらとも違う、そんな存在になりたかった。

しかし私には小説も絵も、その他なんの才能もなさそうだった。熱意も湧かなかった。

そこで思いついたのは、とりあえず仕事上の付き合いがしたいというものだった。

とにかくビジネスで【T】と関わることができれば、ただのファンよりも上の存在になれると思っていた。

【T】に出会って4年目。私は転職先で新事業開拓可能部署に配置された。更に1年後には新事業開拓をしなければならない仕事担当になることができた。

新しい職場ではアニメゲームとのコラボ前例はなかったが、新人だろうとアルバイトだろうと意見を出せて、カネもあった。

そのタイミングで、【T】は私の職場と付き合いのある企業コラボを始めた。

私は、こんなに条件が整う奇跡なんて、今後無いであろうと思った。

さな映像仕事に【T】の声優ねじ込んだ。

さなイベントで【T】の社会貢献活動を紹介した。

私の職場でも【T】の知名度が上がった。

調子に乗った私は、社長室でいかに【T】が素晴らしい作品なのかを説明した。必死だった。自分仕事いくら増えようと、このチャンスを逃してはならないと思っていた。

社長課長係長、付き合いのある企業からOKを貰い、【T】に関係する4社に連絡し、企画を立ち上げ、予算を確保し、契約を結び、スタッフロール名前のある人やツイッターアニメ監督と絡んでいる業界人とも会議して、名刺を交換した。コラボ商品デザインを考え、あーでもないこーでもないと悩んだ。気付いたときには、そのまま世に出ることになっていた。夢は順調に叶ったのだ。

そうして全てが順調に進んだわけだが、私の心はボロボロになった。

なぜか。

【T】を作っている会社からメールだ。

「この企画来年◯月までに一度終了してください。あと◯ヶ月で【T】の主人公が変わるので」

ファンに向けた公式発表の、何ヶ月も前のことだった。

私には何の覚悟もなかった。

当然こんな話でショックを受けたことをツイッターに書くこともできないし、そんなことよりも◯月までに企画を終えられるように社内で調整する作業に追われた。

【T】の主人公の交代時期はこれまでも不定期的だったので有り得ないことではなかったが、私はそのとき主人公が一番好きだった。

ストーリーは、主人公交代を事前に知らないファンを想定して進む。当たり前だ。

ファンではなく、多少なりともビジネス関係者なのだから作品の展開における重要事項の説明があるのは当然だ。それを私は正直考えたことがなかった。

私はバカなので、「まさか部外者重要情報を教えることはないだろう」なんて甘く見ていた。

ツイッターでも掲示板でも、誰も情報を漏らしている人はいない。いるのかもしれないが、きっとツイッターの鍵アカ等くらいしか漏らさないのだろう。仕事をクビになりたくないのだから、誰から漏洩するわけがない。漏洩しないなら、当然重要事項はどんどん共有すべき事柄だ。

それに、契約を結ぶような関係なのだから、もう部外者じゃない。

みんな、きっと、どの作品も、どのコラボ商品関係者も、その作品がいつどうなるのか説明を受け、そして誰も秘密バラしたりしないのだ。

結局のところ、私は「関係者になる」という憧れのために「何も知らないファン」としての楽しみを失った。それは、想像よりも辛く、苦しいものだった。

【T】は間違いなく素晴らしい作品だ。私の短い人生では、【T】よりも信じられる作品出会うことはないだろう。今回の件で、【T】の多少の利益に貢献できた。私は今後、また何年も何年も【T】を楽しみながら生きていく。ただ、来年からまたビジネスとして関わっていくか、私は迷っている。

2018-01-14

童貞つらい男やめたい

性的な強さというものがある場合童貞というのは弱い存在だと思う。

はじめての彼女ができてしばらく経った。

彼女のことはほんとに大好きだし、お互いにやや依存傾向がある程度には想い合っている。

しかし、彼女と過ごした半年ちょっとの中で、ぼくには少しばかりトラウマになったことがある。

からすればほんとに些細なことだろうと思うのだが、「〜くんってたまに童貞っぽいこというよね」といわれたこである

このときぼくらは、ちょっとしたエロ話のような雑談をしていたのだ。

そして笑いながらこう言われ、ぼくは突然のことに面食らい、あからさまに落ち込んだ。

男にとって、童貞をいじられることほどみじめなものは無いと思う。

なぜなら童貞は誰に言われるまでもなく恥ずかしいものだと思ってるし、男として性的にみじめな存在だと自覚しているからだ。

ハゲみたいなもんだと思うが、改めていじられるのは本当に辛い。ただでさえ劣等感という自分の刃で傷ついているのに、他人の刃でも刺されるからだ。

それに、童貞というのはほんとにどうしようもない。恋愛のものが難しいものだと思うし、いくつになってもエロ漫画を読むのが楽しかったりするように、どんなに性交渉経験を重ねようが童貞っぽさは無くなりきらないものだと思う。

誰でもかつては妄想を本分とする中学生だったのだ。

しか彼女にいわれるというのがまたこたえるところで、彼女はいわば、童貞卒業に関わるあらゆる決定権を有しているといっていい。なにせ、初めての彼女なのだから

そのときすでに、一緒の布団で寝たり、ちょっとしたイチャコラはする程度にはなっていたので、あとは時間問題とでもいうところだったと思う。

しかしこのとき童貞をいじられたのをほんとに引きずっていて、男性として力がないことをとても恥ずかしく思う。

彼女とナニをしたいとも思うが、不慣れな醜態を、こともあろうにこの世で一番そんな姿を見られたくない相手晒すのかと思うと、しない方がマシな気さえしてしまう。

いっしょにいられれば、そんなことしなくともいい。性的なことに関心を持つと童貞ゆえに必ず醜くなってしまうくらいなら、いっそお互いにかこつけて品を保っててもよいではないか

童貞でいると、童貞でいてはいけない気持ちでいっぱいになる。

事実童貞ですら童貞バカにする世の中である。味方などいないのだ。

ぼくは選択肢が2つあると考える。1つは、めげずに男を磨くことだ。

セックスに慣れて、なんなら筋肉も多少はつける。髪型服装ももっと男として性を感じるようなものにして、彼女のいう色気とやらを出してみる。

時間はかかるが根本的な解決になる気もする。

しかし、これは過酷な道だ。

いってみれば、ゼロからスタートだ。

ぼくは彼女含め、いろんな女性高橋一生に似てると言われる。

すると、フワッと盛った髪型や、ニットのセーター、黒縁の眼鏡などが似合う。僕自身、そういうやさしげな風貌が好きだ。

でも、彼女いわくそれはだめらしい。

髪型ひとつとっても、もっとおでこを出して色気を出すべきらしい。

白いニットではなく、黒い服装をするべきらしい。

髪を刈り上げてジェルで固めるべきらしい。

ちょっと趣味個性的な部分もある彼女だが、要はもっと男性的な部分をプッシュした方がいいということらしい。

しかし、ぼくはそれが嫌だ。

男っていう性別自体むいてないんじゃなかろうか。

人としての自分には誇れるところもある。しかし、男としては恥ずかしいところしかない。

彼女はもう知ってるが包茎だし、童貞だし、彼女いたことなかったし。

専門学校美術勉強一生懸命やっているのはいいけど、そういう性的ステータスに関してはおろそかにしていたのだ。

でも、ぼくは魅力的な男性になるより、優れたクリエイターになることが遥かに大事だったのだから、仕方がない。

しかし世の中的には、自分の生まれ持った性に見合わないことははずかしいことらしい。

そこで考えるのは、2番目のプラン

男を捨ててしまうことだ。

女になりたいわけじゃない。男でも、女でもない人間になりたい。

男らしくあることを求められると、反動でそう思ってしまうことが増えた。

であることが理由で、劣等感を抱いたり、バカにされたりするくらいなら、いっそ性別に左右されない人間になりたい。これは切実だ。

陰茎も陰嚢もとってしまいたい。

100万くらいあればできるらしい。

でも別に女性ホルモンは打たない。女性という性で勝負したいとも思わないからだ。

ぼくは人として、あるいは職業人として評価されたいとは思うが、性的評価されるのはいやだ。結果がわかっているからだ。

マイナスを取り返すのにどれだけかかるのか。

夢を追いかけて過酷勝負が待っていることがわかっていながら、今になって男も磨くようなこともしなければならないのか。

子どもの頃、体育の授業が大嫌いだったのと似ている。

でも義務教育を終えたいま、評価する人間がいなくなった途端、運動は好きだ。ランニング楽しいし、友達バドミントンをしたときも、楽しかった。

でも、体育でいい成績をとる努力なんて、絶対にしたくなかった。

努力が嫌ならいっそひとりでいろとでもいうのか。

性を捨てるなら愛も捨てろというのか。ぼくはこれはわがままではないと思う。愛し愛される喜びは、一度味わったらけして捨てられない。そしてそれを捨てないがために、ぼくは男を捨てることさえ厭わない覚悟だ。

二人とも子ども絶対にいらないという考えなので、仮に結婚するにしても問題はない。

でも彼女は、「そういう手術は死ぬリスクもあるからやめてほしい」という。

彼女要望にこたえるのにも慣れつつあるが、ぼくは自分容姿生理現象から感じる男性らしさを、今日もちょっぴり憎んでいる。

彼女にはなんでそんなに憎むのか理解できないらしいが、ぼくはやはり憎い。

ぼくは男っぽくなりたいんではなくて、人としても容姿の面でも、美しくなりたい。

でもおっぱいが欲しいわけじゃないし、声を高くしたいわけでもない。

男性に恋をするわけでもない。

男としてどうかというバイアスをかけてみられたくないだけなのだ

自分男性であることが恥ずかしい。彼女ができてなおそうなのである

ぼくにはもっとやるべきことがある。

それは男を磨くことではない。

ブログを書く人=自己顕示欲の塊なのか

私は中学生ときからアラサー現在に至るまでブログを書いている。

多くは日常のくだらない話であり、たまに趣味のことを書いている。

更新頻度は高くないが、自分の思ったこと、感じたことを記してあとから読み返すのが大好きだ。

タイムカプセルのようなものだと思ってる。

そのブログを数年前、Facebook連携した。

それまではオンラインの友人のみにわかものだったが

オフラインの友人にも見られるようになった。

連携した理由は、同じ趣味の人がいたらうれしいなと思ったから。

ありがたいことに、趣味日常を記したブログに、友人からいいねをもらうことができた。

自分の記録であることがメインだが、それにいいねがつくことは素直に嬉しかった。

先日、いいねをよくつけてくれていたオフラインの友人と飲みに行くことがあった。

その中で、こんなことを言われた。

ブログいつも面白く読んでるよ。いやぁーすごいよね。

増田自己顕示欲がさ。

あんなに自分のこと何でも書けるのは才能だよ。

俺にはそんな自己顕示欲はないからさ。」

褒められているようで、とても馬鹿にされてるように感じた。

ノートに書くのではなくネットに発信してるのは、自己顕示欲があったからなのか?

意識たことがなかった。

かにこの気持ち体験を読んでほしいと思うのが、自己顕示欲だったのかな。

自己顕示欲って、褒めるときに言われることじゃないか

とても悲しかった。

帰り道、ブログを閉じようかとも思った。

それからしばらくの間ブログ更新しなかった。

時間がたつごとにオフラインの友人への怒りが沸いてきた。

何も生み出してない人が、自分以外の人を叩くのは世の常だ。

有名人クリエイターなどのTwitterクソリプを送る人間みたいなものだと思うようになった。

また、楽しそうに見えてるから妬みがあったんだろうと考えるようになった。

結局、何を書こうがオフラインの友人は貶してくるから

好きにやればいーじゃんと思うようになった。

ちなみにオフラインの友人とはもう付き合いたくなくなったので

LINEメールも全部無視してる。

そして久しぶりのブログ更新

いつも通り、趣味のことを書き綴った。

翌日、貶してきたオフラインの友人からいいねがついた。

また、そのブログ記事に関するLINEもきたが通知だけ見て無視してる。

結局のところ、ほんと好きなことだけやってりゃいいんだと思う。

批判してくるのは何も生み出せない無能人間だけだから

でも、ところで自己顕示欲の塊なのは合ってるのか

それは私にはわからない。

2018-01-13

anond:20180113030429

プログラマーの岐路

 

最初奴隷からスタートしても、いつかはクリエイターに昇格したいよね?

(何?作りたいものがないって?)

アンタ、プログラマーに向いていないかもよ?w

変だわ

好きなアイドルとかアーティストとか小説家とか漫画家とかクリエイターとか

そういう人に何かが起きたから、もうファンでなくなりますという単なるスタンス表明が

猛烈に攻撃されるというこの構造が、本当に怖いし気持ち悪いし変だと思う

ブログツイッターで何かを発信すれば、それは批判対象になっても仕方ない

黙ってそうしろや、という立ち位置の人が多いけど

そうは言っても、ただブログツイッターで思うことを言っただけなに、という立ち位置に私はい

どっちが正しいとかは誰にも決められないんだろうし、それぞれがそれぞれの立ち位置が正しいと主張するわけで

いやーなんか、そんな、ただ、思うこと書いただけで…って思うし、ややこしくて面倒なことになってるな、いろいろ

2018-01-09

anond:20180108163721

ガルパンみたいに部活とかスポーツサークルみたいのを立ち上げるところから描けるからクリエイターにとってはかえって美味しんじゃないだろうか

2018-01-08

なんで日本ドラマって名作を作ろうとしないの?

日本のしか知らないか日本のって言ってるだけであって外国がどうであるかは知らないんだけどさ

映画とかアニメとか小説とか、って、数え切れないほど名作があって、しかも毎年数え切れないほど名作が生まれ続けてるわけじゃん。

でもドラマって、結構数やってるくせにそんなにたくさんは名作が生まれないよね。

作品を見ても、どっかで見たことあるような刑事モノとか医療モノとか恋愛モノを、特に特徴のないジャニーズとかそのへんの俳優やらせてるものほとんどで、名作を狙おうとして奇をてらったり、圧倒的な高クオリティを目指して作ってるドラマって、主観申し訳ないけど、俺が見る限りそんなないわけじゃん。

あれってなんでなの?クリエイターなら一発逆転狙いたいぜみたいな考えとか無いの?コケると痛いけど無難にやれば採算取れるから無難にやってるだけなの?

2018-01-07

いち宝塚ファンとして悩むこと。

anond:20180106164019

私も結論が出ていないけど、ブコメトラバの誤解をいくつか正したくて書く。長くて申し訳ないけど。

まず、宝塚音楽学校日本人しか入れない、これは間違い。

宝塚では劇団員のことを「生徒」と呼ぶ。

中国系韓国系の生徒が占める割合はそれなりに多いし、トップスター上りつめた生徒もいる(発音問題がないことが前提条件だとは思うけど)。

 

アメリカを中心とした欧米諸国出身の親をもつ、いわゆるハーフの生徒もそれなりに多い。むしろ舞台映えする頭身バランスはかなり好まれている印象がある。

ただ、相当顔の濃い生徒や東アジア東南アジアルーツを持つ生徒はいるけど、黒人の生徒が入ったことは今までにない。

それが1000人が受けて40人しかからない選抜過程問題か、日本人口バランス問題か、宝塚歌劇を好む層の問題かはわからないけど、実際この先どうなるんだろうね? とたまに思う。

ものであれば、必要に応じて舞妓さんのような白めのドーランを塗る。

フランスものスペインもの日本ものドーランの塗り方がすべて違うのが宝塚のやり方である。それはおそらく、生徒の肌色が白〜黄色であることを前提としている。

さて、宝塚ラテン・ショーの「黒塗り」は、どちらかというと日焼けした肌の色、褐色の塗り方であって、今回のブラックフェイス議論からは少しずれてくると思う。明らかに「黒塗り」という名前が先行して誤解を招いている。

個人的に、通称「黒塗り」をしたタカラジェンヌラテン風の衣装に身を包み、舞台で目をギラつかせながら踊り狂っている姿を見ると、日常のすべてのことを忘れられる。めっちゃかっこいい。

この文化がなくなることを、私は個人的に望んでいない。

今回元増田が投げかけた宝塚のショーでの「黒塗り」は、日焼けした、褐色の肌をセクシーものとして消費する目線に基づいているけど(このへんは補足を読んでほしい)、小麦色の肌をしたラテン系色男という、(宝塚歌劇の描く)ヨーロッパイメージに基づいているために、差別的文脈かというとかなりのグレーゾーンにある、というのが個人的所感。

そしてラテン系といっても、スパニッシュ風のダンスがある程度で、全体としてのショーの仕上がりはかなり無国籍風だったりする。宝塚歌劇が描くのは結局は非現実だ。

長々書いてきて結論がなくて申し訳ないけど、私は、万国さまざまな時代舞台にしたショーや芝居を上演することで、美しい夢の世界を見せてくれる、宝塚歌劇を愛している。一回3500円で見る宝塚歌劇は、私のとるにたらないこの人生を支えてくれている。

風と共に去りぬ」で黒人奴隷を演じるにあたって、かなり色の濃いドーランを塗るといったことは、もうやめたほうがいいのかな……と思う。ブラックフェイスという議論があると知った以上。

ただ、宝塚では様々な国や時代物語を演じられる、舞台となる時代や国に合わせて、さまざまな化粧のあり方がある、それが夢の世界演出をある程度支えている。

そのこと自体はどこかで守られてほしいと思っている自分がいる。

風と共に去りぬ黒人奴隷の黒塗り(じゃあ、ホワイトウォッシュは……?)や「〜ですだ」という口調はアウト、ここには同意しても、ラテンショーの上演や、インド映画宝塚化するにあたって、肌を褐色に塗ることを否定されると、反発したり戸惑ったりするファンは多いと思う。

それは、宝塚歌劇が常に新しい演目に挑戦して、様々な世界舞台を作り上げていくことそのものを揺るがしうるから。

宝塚歌劇演出家代替わりしていくにつれて、観客がノーをつきつけるような描写が減りつつあることは感じている。

今後観客がどう考えるか、宝塚の中の伝統欧米諸国日本規範整合性をどうとるかだと思う。


【補足】

ここからの話はかなり込み入っている。

宝塚のショーの「黒塗り」は、ラテンイメージだと述べたので少しずれるんだけど、黒人差別文脈ではなく、むしろ褐色の肌をエキゾチックものとして消費する、オリエンタリズム問題文脈に近い危うさをたたえているかも、と思うことがある。自戒をこめて。

(1/9追記:つまりセクシーと思ってるからOKとは一概にもいえなくて、私は宝塚の黒塗りが好きだけど、本当に本当につきつめて考えれば、どんな肌色を美しいと思い、逆にどんな色をそうでないと無意識に考えるのか。これって個々の社会文化的規範とも関係のある、きわどい問題だと思う。宝塚が悪いわけではなくて、一般論として)

私も専門家ではないので誤りがあったら申し訳ないけど、オリエンタリズムとは、かみくだいていうと、「実体に基づかない、西洋に都合の良い勝手イメージを押しつけて消費し、それを東洋の後進性とむすびつけていくような考え方」のことだ。

たとえが貧弱で申し訳ないけど、よく古い映画絵画に出てくるエキゾチックオスマン帝国ハーレムとか、アラブ美少年イメージ

そうしたものエキゾチックものとして描くことが、どこかで東洋を劣ったものとして位置づける差別意識につながっていき、それが西洋東洋特に中東)に対する植民地支配正当化する装置としてはたらいた。

それを問題にしたのがエドワード・サイードをはじめとする学者だ。

日本もその「東洋」に属することは間違いなくて、ゲイシャだのなんだのというイメージ押し付けられているわけだけど、日本クリエイターが他の国々に対して、無自覚オリエンタリズムに基づくイメージを投げかけていることはままある。

宝塚歌劇なかには、ショーの一場面などでオリエンタルアラブ風の演出を好む演出家がいるので、やめるべきとまでは思ってないけど、遠い先に問題になるかもしれない、とは思っている。肌色問題というより、あまりにも典型的オリエンタリズム再生産だとして。

ちなみにこうした場面が、ショーの一場面として上演される場合は、その場面だけ化粧を変える時間もないし、大体洋風の色白メイクだ(ブコメで突っ込まれていたけど、私はこういう演出に関して、色白メイクからOKとは思っていない。ぶっちゃけ肌色関係なく、あーまた演出家趣味でこんな場面か、とたまにうんざりするだけだ)。

上で述べたとおり、今度アラブなりインドなりを舞台にした物語を上演するときに、メイクをどうするかという問題も今回浮上したし。

完全なポリティカルコレクトネスを実現することは多分不可能だし、何がポリティカルコレクトネスに反するか、コンセンサスをとることも難しい。ここで書いてきたのは、宝塚以外の場所でもありうる話。

ただ、宝塚歌劇というか、ある文化無意識に立ってる価値観について、個人としてちゃんと考えてみたかった。

2018-01-06

デビルマンクライベイべまじやばい日本終わる

デビルマンクライベイベまじやばい最高のアニメーションがぶっ飛んできたところがしかし歳から結構複雑な感情になってきた例えばヒロイン父親が突然聖書引用したり飛鳥了唐突聖書を開いて朗読したりする米欧の物語において唐突聖書はよく見られるがネットフリックス戦略垣間見られるあと日本語ラップ多用してたのもこれなのかなそれはそうとケンザ390とか般若とかアヴちゃんとか声優に起用されててアツい話戻すとネットフリックスでできた事もあって完全インターネットオンリー配信なのでヴァイオレンスセクシュアル描写90年代アニメの一個上ぐらい行ってるなどがあるところで海外の反応を見ようとredditをあさってみたら音楽すげぇサントラすげぇエロくて危ないエロいの良かった湯浅最高湯浅もっとやってという感じだったともあれ外資戦略的資金投入してマジでアニメーションを作るとこのクオリティーになることがわかり彼らはこれからシバシこのクオリティーを吐き出してくるだろう全話一挙公開という形式からも鑑みられるように彼らはターゲットユーザー研究最適化を行いつつも最高のクリエイターを集め最高のアニメーションを作ることができる650円塩ラーメン一杯価格ネットフリックスJapanese animeは飲み込まれるのか共存するのか黙示録が始まるのか

漫画村が違法だって話が出てるけど、合法の読み放題はまだか

今日Twitter漫画村が違法だってすごいつぶやかれてて、今更だなと思った。

結構からフリーブックスから漫画村の存在は知ってて、ずっと合法漫画読み放題サービスが出てくるのを期待してるんだけど、まだなんだろうか。

音楽の聞き放題が一般的になって、動画の見放題が一般的になって、次は漫画なんじゃないのかな。

データ化出来るもの違法うp違法DLされる時代ってもう終わりになってきてて、クラウド上で管理されてそれに課金してアクセスするのってもう普通でしょ?

なんで漫画はそれがされないの?

こういうこと書くと、

利益を得る人が減るから無理」とか、「元が取れないから実現しない」って言われると思うんだけど、

それってもう当然の認識で、今までと同じ方法で同じ額のお金儲けるのってもう無理でしょ。

今までのやり方で得る利益は減りますよ、そりゃあ文化や消費の動向が変わってるんだから

馬車全盛の時代に車が参入してくれば馬車でそれまでと同じように儲けるのは無理。

映画音楽生演奏から録音に変わったら、演者がそれまでと同じように儲けるのは無理。

理屈全く一緒じゃない?

俺は音楽好きで、音楽って消費動向とかが一番変化しやすいって言われてるらしいのね。

その音楽をやってる人たちってのは、実際既にライブとグッズで稼ぐようになってきてるし、CDだってもうグッズの一つとして捉えてるわけです。

音楽が聞き放題になるまでの歴史を見てみると、

国内ではmp3違法だったのをAppleiPodを普及させて合法

データ化されて違法うp違法DLの嵐でCD売れなくなる(このぐらいの頃からフリーDL音楽が増え始める)

聞き放題爆誕

ざっくり言えばこういう流れだと思ってるんだけど、

フリーDL音楽が増え始めた段階で、「利益が出ない」とか「元が取れない」って理由でそれをやらなかった人は結構いたわけです。

その結果どうなったか

音楽聴く」ことにお金を払う人はどんどんいなくなり、利益が出ないはずの、元が取れないはずの聞き放題サービスが見事にローンチされました。

タダで音楽聴く人は減るどころかむしろ増えて、今じゃ「音楽なんてタダで聴いて当たり前」って人すらいるんだよ。

俺は別にそれに良い悪いは無いと思う。時代必然で、人は便利なものを使うだけ。

音楽もそうだし、動画もそうでしょ。

みんなanitubeとかdailymotionとか海外サーバーうpされてる映像を見てる時代ってあったじゃない。

そんで結局どうにもならないから見放題が出たわけでしょ。

違法DLふざけんな」「作品に金を落とさなければクリエイターは食っていけない」

仰ることはごもっとも。だけどそれはいくら言ってもユーザーが態度を改める効果はないよ。

だってみんな便利なものを欲してるからお金がかからないで楽しめるならその方が消費者にとっては都合いいに決まってるんだから

俺は漫画大好きで、漫画喫茶とかよく行くしいつも面白い漫画探してるけど、ネット上で合法読み放題のサービスがあるんだったら喜んで課金するしもう漫画喫茶には行かないと思う。

いくら不満を言っても仕方ないのなら、もうそシステムに乗っかった上で別の稼ぎ方を考えようよ。

そのためのヒントは世の中にいくらでも転がってると思うんだけどな。

例えば既に聞き放題見放題になってるものの中でちゃんと生き残ってる人たちが何をして稼いでるのかを考えてみれば良い。

俺は動画にはあんまり詳しくはないけど、音楽に関してはある程度知ってるのでそこから例を挙げてみると、

上述したようにやっぱりライブとグッズでの売り上げが強いんだと思う。

グッズはまだわかりやすくて、漫画に出てくるキャラのグッズを自分で作れば良い(出版社が作るグッズって作家に1円も入らないってマジ?アコギすぎて引く・・・)。

あと紙媒体ってマジで強くて、好きな作品ならちゃんと買うって人は減らないと思う。

ライブに関しては、音楽には出来るけど漫画には出来ないじゃんって思う?

俺はそんなこと全然無いと思うんだよなー。

何でライブにみんなお金払うかっていうとよく言われる「体験お金を払う」ってやつで、その機会を漫画家が作る方法なんていくらでもあるんじゃないかな。

例えば握手会とか、有料で似顔絵描きますサイン会とか、オンラインサロンあなた作品アドバイスしますとか、作品を一緒に作ろう、でもいいし。

クリエイターって「良いものを作る」っていうところに注力しすぎてて、その「自分が思う良いもの」がダメだった時どうするかに思い及ばない人が多い。

俺はその「良いものを作る」っていう発想は大事だしとても尊いと思うけど、これから時代生き残るためにはどうしてもやり方を考えなきゃいけない時があると思う。

クリエイター本人じゃなくても編集であったりマネージャーであったりエージェントであったり、そういう人たちが積極的に新しいやり方を模索してくれればいいのに、そういう人たちが新しいこと嫌がるパターンもあってほんと闇深いなっていつも思うよ。

そんで、ここまで言ってきて、ついに漫画の読み放題が実現した!となったらだけど、

多分「漫画家」って職業は減るんじゃないかな。

要するに、お話考えて絵自分で書いてそれが本になって、それだけで食ってる人。

今もいるけど、作画原作が分かれるパターンが主流になっていくと思う。

そして前者はイラストレーター的に絵を描く仕事兼任後者映像演劇なんかも含むストーリー作りのプロになる。

何度も音楽の話に持ってって申し訳ないけど、CDは売れなくなったけど、ビジネス全体での音楽需要は全く減っていないらしいのね。

アーティストとして自分作品は作りながら商業音楽としてBGMとか作ってる人も山ほどいるよ。

話作りも絵を描くスキルも、レベルが高ければ需要なんていくらでもあるはず。

「読み放題サービスなんて出されたらみんなおまんま食い上げだ」っていう悲観とか恐怖とかあるかもしれないけど、

多分適合さえ出来れば今よりよっっっっぽどクリエイターに優しい世の中になるんじゃないかな。

自分経験あるんだけど力を込めたコンテンツが無下に消費されてくのってすごい悲しいことだと思う。

けど、世の中のほとんどの人ってどれだけ頑張ったかとか、どんな思い入れがあるかとかって考えてくれないんだよね。

本当にただ消費されてくだけ。しかお金は払わなくて良いならその方が良いってみんな思ってる。

上にも書いたけど、そういう人たちにふざけんなって言ったって本当に何の意味も無いからさ、どうやって生きてくか真剣に考えようよ。

本気で考えれば好きなことやって、しかお金も儲かって、消費者も喜んでくれる未来が待ってると思うんだよな。

から頼む、早く俺のために合法読み放題サービスを作ってくれ・・・

***

ちなみにKindle Unlimitedが失敗したのはコンテンツが貧弱だったからだと思ってる。

そうさせたのは鎖国的に拒否した日本出版社。あの場にワンピースナルトコナン犬夜叉七つの大罪DAYSがあったら多分成功してたんじゃないかな。

ビジネスである以上自分らの儲けが一気に減るようなことはしないのが当然だと思うけど、体質が古くて硬直的なものってそのうち淘汰されるんじゃないかなって期待してる。

(追記)

↑の人気コンテンツ拒否したのは出版社じゃなくてアマゾン側でした。

全力で謝罪します。すみません

https://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ03HPT_T01C16A0TI5000/?dg=1

君の名は。」(そして、星野源)がヒットして本当によかった

君の名は。」は名作だ。脅威的な興行収入を叩きだし、大人から子供までが映画館に向かった。結果的2016年という年を象徴するような、国内から海外をも巻き込んだ社会現象にもなった。メディアは'宮崎駿後継者'と新海監督を褒めそやし、関連商品が飛ぶように売れていった。

素晴らしいことだと思う。このブームは今の日本によくある、'大手メディア大手広告2社の大人達'によって、予め社会的意図として起こることが決められていたブームではないからだ。

もちろん新海誠監督にとって、一般的ネームバリューを獲得する本当の意味での出世作となるべく川村氏というプロデューサー広告会社バックアップにより作られた作品だったが、ここまでのヒットを誰が予想しただろう。これまで素晴らしい作品を作ってきた監督が、それにふさわしいヒット作と称賛を受け取ることができて、心から良かったと思っている。

星野源の作る曲や新海監督の映画がヒットしたというのは、私たちや名も無きクリエイターにとって大きな希望となるだろう。

現代の、特に日本という国のポップカルチャーという枠組みの中では、「本当の意味で'いい作品'というのは、そこまで売れない」という主張が一般的だ。

しかし、そんな醒めた常識を彼らは打ち砕いてくれた。私としては、この流れがこれからもなるべく続いてくれればいいなと思っている。

いずれにせよはっきりとしているのは、来るべき新海監督の新作が楽しみで仕方がないということ。

本当の意味で、富も名誉も手にしたであろう稀代のアニメーション映画監督は、次にどんな世界私たちに観せてくれるのだろうか。

2018-01-05

四人家族家事を請け負ってみた

私のスケジュールはこうなった


6:00〜6:40 起床。犬の散歩。犬は暑さに弱いため夏場は5:00になる


6:40〜7:30 犬と家族の朝食、父のお弁当を作る、朝食を食べ歯磨きなどを済ませる


7:30〜10:00 洗濯(うちは量が多いのと一緒にされたくないなどの要望もあり三回回す)、洗濯物を運んで干す、食器を洗う、お風呂を洗う。コンロを掃除する、掃除機をかける


10:00〜11:30 仕事


11:30〜12:30 昼食作り、夕食の下準備


12:30〜15:00 昼食&仕事


15:00〜16:30 洗濯物を取り込む、たたむ、犬の散歩、犬に夕食をやる


16:30〜17:30 夕食を作る、家族の布団を引く


17:30〜20:00 仕事


20:00〜21:00 食器洗いシンク掃除、朝食の下準備、三人分の湯たんぽを作る


21:00〜22:30 仕事


22:30〜23:30 母と祖母マッサージ、お風呂に入る、洗濯物を選り分ける


23:30〜 仕事が終わり次第就寝


結論食器洗い乾燥機ドラム乾燥機が導入されてほしい

その他:家事担い手は365日必要なので私が風邪引くとすべての機能が停止してヤバイ


仕事フリークリエイター業、同人の方でも少し。三人家族家事を担っていた母が体調不良家事がこなせなくなり、家賃高いなーとぼんやり思ってた私と利害が一致し、私は実家へ戻って家事をやることになった。これは基本スケジュールで、母や祖母病院送迎とか、週一度の食量日用品買い出しとか、細々した用事イレギュラーに発生する。いやー家事って、一個一個は簡単なんだけど、全部やるとなかなかね、大変。家庭外での仕事だと仕事終わればとりあえず仕事の人と顔合わせなくて済む時間があるけど、家事仕事にすると仕事のもプライベートで顔合わす人も同じだから、なかなかきつい部分があると思う。あと、家事ってほーーんと評価されない。この家に住んでいる勤め人の妹は、家事しない代わりに5万家に渡しているんだけど、すっごい褒められててさ……あの子は立派だってあんたは家で遊んでる(仕事内容がイラスト漫画描くとかなものもあるけどさ……)って。家事も立派な労働だし月五万くらいの価値はあると思うんだぜ。妹が全く家事出来ない(いつも家に帰るのは23:00ごろ)のはアフターファイブジムとか英会話とか遊びとかデートとか美容皮膚科とか行ってるのが主な原因なのにさーー。私だって、私だって、食費光熱費雑費家賃全部込みで五万で家事一切なしの家に住みたいよ……(T_T)

2018-01-04

漫画村が話題になっているが

俺はとてつもなく性格が悪いので「クリエイター」と呼ばれる人たちが違法アップロード音楽動画シェアしたり面白がっているツイートを保存している

そんなお前らの背中を見て育つ連中に正しい著作権意識なんか育つわけねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーだろ

2018-01-02

anond:20180102015318

個人的に解せないのが、説明が足りてなかったんじゃないかかいくら二次OKでもアニメージュに使ったイラスト同人誌再収録はさすがにダメじゃないかかいう話を「その程度」いくらでも調整できるって言っちゃう人がいることなんだよねえ。

あとは「その程度の問題を大問題であるかのように仕立て上げた黒幕がいる!」みたいな陰謀論者も。

そもそもそれってその程度じゃなくなくない?ってあたりからもうすでに人間は分かり合えないのだみたいな空気出てて地獄みがある。

KFPかKFPAか知らんけど複数会社が参加してるわけで、その中で合意が取れたからこその最終決定なんだからよくわからんワンマンのゴネで決まった可能性よりかは契約打ち切りになったそれなりの理由はあると考える方が普通じゃないのと思うんだけど。

まあ世の中わけのわからん謎の感情論で動いてることなんて普通にあるっちゃあるし陰謀論だって絶対ありえないなんて言う気はないんだけどさ、外部に情報が出てこなくて何が原因か分からない中で公式発表とPのツイッター発言とを見て問題視されてた点と実際の世に出てたものを比べたときにそういう判断をされてもおかしくはないよねってくらいのものではあるでしょ。

それに対して他の可能性も考えられる、それだけじゃなくて他の要因も絡んでるってのは分かるけどさ、公式の言い分はおかしい、その程度でたつき監督を降ろすなんてありえないから嘘だ、って100%ないみたいなことは言えないんじゃないの。

公式と競合する二次創作がどんだけヤバいかって話は同人グッズの話を調べたらいくらでも出てくるし、今回は普通は競合しない同人誌中の人が作ってしか使用済みイラストの再収録っていう競合まったなしな出来だったってのを前提にすると、もちろんそれでもなんとかたつき監督二期作ってもらいたいという判断をする人もいるだろうけどこのまま二期を任せるのどうなんって判断する人が出たとしてそれをありえないおかしビジネスが分かってないとは言えないと思うんだよね。

本当にクリエイターのことを大事にしないと、クリエイター権利を守らないとって言うならむしろその程度の問題だなんて軽視するような発言はしてほしくないなあ。例の同人誌がその程度ならアニメ絵ラバストとかグッズを同人で出すのもその程度だしその結果公式グッズに金が入ってこなくなっても公式二次創作OK出してんだからいいじゃんって言われたら反論できなくなるんだよ。まあ公式はグッズはOKとは言ってない(NGとも言ってはないけど二次創作として同人誌イラスト漫画小説などって言い方をしてる)し営利性が高い二次創作はやめてねって言ってるけどさ。

2017-12-31

たつき監督けもフレ外れてよかった

傾福さんフル版を見て思った

 

センスの塊だよこれ……

 

空の鳥居ガラス瓶の中の町線路を降りてくる町、なんだこれ、なんなんだ?

発想力がすごい

 

クリエイター大事にしない人たちの元でアニメを作るより、たつき監督センスを最大限に利用したオリジナルアニメを作った方がいいと思った

もし、今回たつき監督が復帰したとしても、一度放逐したんだ、しこりは残ってる。苦しい思いをしながら作り続けることになったかもしれない。

そんな奴らと一緒にやるくらいなら、けもフレを降ろされてよかったんだ

 

このまま続けていたら、才能を壊されていたかもしれないって思った

仕事アニメ作ってるのに、同人でもアニメ作るほど、アニメが大好きな人が、こんな意味不明なごたごたに巻き込まれて、けもフレ二期が終わるくらいには、アニメを嫌いになっちゃったかもしれない

そんなよくわかんないしがらみや嫉妬や手柄の取り合いなんてない世界自由に作ってもらった方がきっと才能が花開く

2017-12-30

ゲームを観ることのなにが悪いかに一つだけ反論する

いつからゲームは「遊ぶ」のでなく「観る」ものになったかid:arcadia11

http://arcadia11.hatenablog.com/entry/2017/12/29/210000

色々言いたいことがあるけど一つだけ反論する

プレイヤーよりも動画視聴者に向けて、もっとキャッチーで、奇抜で、女性子供も喜ぶデザイン修正しよう、という流れになっても不思議ではない。

女性子供も喜ぶデザイン修正されることが問題のように書かれているが、なにが問題なのだろうか。

ゲーム業界を見る限り、人気のあるソフトポケモン妖怪ウォッチを筆頭に

マリオロックマンソニッククラッシュ子供受けする(かつ人外の)キャラばかりだ。

洋ゲーに出てくるような海外規準セクシーなオッサンが誰か一人でも彼らと並ぶほどの人気を得ただろうか?

プレイ動画が無い時代から、老若男女問わずキャッチーデザインが好まれるのだ。

動画関係なく、ポケモンが売れて妖怪ウォッチが売れた時点で、

売上のためならデフォルメされた動物っぽいものがたくさんでるゲームを作ればいい。と誰もが思うはず。

でもゲーム史上は二匹目のドジョウを狙ったもので溢れかえったりはしなかった。

クリエイター安易な目先の売上だけに流されず、様々な年代性別に向けて、それぞれ面白いと思うもの提供してくれているおかげだ。

売上にそこまで影響しないであろうプレイ動画程度で揺らぐとは思えない。

そもそもプレイ動画を見てるのは女子供だけじゃないからね。

2017-12-28

たつきじゃないかけもフレ二期は見ない」は否定されてはいけない

たつき信者は嫌いだが、これに対して「お前はけもフレのものではなく"たつき作品"を求めているに過ぎない」という発言はいただけない

時間・金・精神諸々のリソースが有限である以上アニメの視聴においても取捨選択はされねばならないし、それを決定するファクターとしての「クリエイターの実績」は大きな要素となるし、そういう基準で選ぶのは何ら悪いことじゃない

ただ、「たつきじゃないかけもフレ二期は駄目」まで行かれるとそれは只の色眼鏡作品に対する評価として不誠実としか言いようがないしそれは叩かれてもしゃーない

2017-12-27

文章が非常に読みづらかったのでhagex氏を見習って朱を入れてみた

いつも未来に驚かされていたい:『WIRED日本版プリント刊行休止に関するお知らせ

コンデナスト・ジャパンが発行する雑誌WIRED日本版は、2017年12月9日発行のVOL.30を最後に、刊行を休止いたします。読者の皆さま、定期購読者の皆さまへ、編集長若林から休刊と退任のご案内です。

──『WIRED日本版プリント版はどうなるのでしょうか?

少なくとも2018年3月発売号は刊行いたしません。その時点で定期購読も終了し、定期購読いただいている読者の皆さまにはは返金させていただきます。現時点では、プリント版の継続については白紙となっています

──なぜ休刊するのでしょうか。

ぼくが編集長を退任することになったからです。

──退任されるんですね!なぜ編集長の交代ではなく、休刊なのでしょうか?

会社判断です。

──編集長を退任する理由は?

ぼくが短気を起こしました。

──短気を起こして編集長を辞めるなんて……。

ぼくは子どものころから癇癪(かんしゃく)もちで、40歳を超えたあたりから、その沸点がどんどん低くなってきて。とはいっても、クオリティについて真剣に考えると怒らないわけにはいかない。相手が誰であれ。そうしたら、なぜか最近、やたらと「アンガーマネジメント」に関するメールが来るようになりました(笑)

──40歳を超えて短気というのも困りものですね。

この間「おっさんの話」というテーマウェブ記事に書いたんですが、あの半分は自分の話です(笑)

──いきなり休刊とは、急な話ですね。

外資会社ですから契約が切れる5営業日前に通達があって、休刊が決まりました。とはいえ、プリント版の一時休止と定期購読の停止については、なるべく早く読者の皆さんにアナウンスしなければならないので、急いでこの原稿を作ることになったんです。「最後おつとめ」ですね。

【一周した感じ】

──最終号はちょうど30号できりがいいように感じますね。

ぼくが編集長として携わったのは、30号のうち実質28号分ですね。結果としては良い区切りだったのかもしれません。最後特集は「アイデンティティ」で、自分の役目はおしまいです。特にこの2年くらいは、特集がそれぞれ単体として存在するというよりは、「一連の流れ」のようになっていて、どんどん深みにハマっている感じはありましたし、途中からは『WIRED』のテーマであるはずのテクノロジー話題ですらなくなってきていましたし(苦笑)。

──確かにアイデンティティ」という特集デッドエンドのような趣があります

そう設計したというよりは、どんぶらこと流れに乗っていたら流れ着いてしまったという感じなんですけどね。

──次号以降の特集ラインアップなどは既に決まっていたんですか?

もちろんやりたいことはいっぱいありました。次号は「発注」というテーマでやろうとしていましたし、その後は「ロボット」「物流」「ニュー・アナログ」というテーマプロットはしていました。あと、2017年に「アフリカ特集でやったようなことを、コーカサス地方に置き換えてやれないかな、と。

──突然「コーカサス」ですか?

他にはアルメニアジョージアアゼルバイジャンなどですね。テクノロジー面でも進んでいると聞きますし、地政学的にも面白いエリアから、取り上げたいと思っていました。

──雑誌としては売れ行きがよくなさそうな特集ですね(苦笑)。

そうですか? 定期購読も順調に増えてきていましたし、広告もうまく回り始めて、全体としてビジネスのものはかなり好調になっていたんです。

──新事業にも取り組んでいたように思います

2017年から本格的に始めた旅のプログラムWIRED Real World」というものがあるんですが、これは本当に面白いんですよ。参加してくれるお客さまも面白い。お客さま同士で新たなプロジェクトが生まれたり、参加してくれた方々からお仕事をいただくようになったり。かなりグルーヴ感がありました。それをちゃんと育て上げられずに終わるのは、残念といえば残念です。そういう面白い人たちと一緒にコーカサスに行ったらきっと面白くなると思っていたんですけどね。とはいコミュニティは残るので、継続してみんなでわいわいやれるといいなと思っています

──コンサルティングスクール運営していましたね。

はい。どの事業もお客さまは本当に面白い方ばかりでした。そういう方々のために、結構苦労してノウハウを積み重ねて、やっとビジネスとしても芽が出るところでしたね。毎年秋に実施していた「WIREDカンファレンス」も、年々企画の精度が上がっていて、自分で言うのもなんですが、2017年は驚くくらい面白い内容にできたんです。

──ただ、いわゆる「テックイノベーションからは外れている感じですよね。

周りから唐突に見えたかもしれませんね。そうはいっても、「注目のスタートアップ情報」などを最初から重点的に掲載してきたわけではありません。「死」「ことば」などの切り口は継続して存在していましたし。

──そうですね。

その上、ある時期からスタートアップわっしょい!」のような気分も収束し始めて、面白い話も大して出てこなくなってきていたと思いますシリコンバレートランプ米大統領就任以降、完全に逆風を受けてしまっているし、AI自律走行車などの話も、いよいよ実装の段階になってくると、完全に政治法律の話になってしまうので。

──それで飽きてしまったということでしょうか?

そうではなくて、時代が大きくまた変わろうとしているということだと思います。おそらく『WIRED』の発行元であるアメリカのコンデナストを見てみても、時代フロントラインにいるのは『Teen Vogue』なんですよね。LGBTQメディア『them.』がローンチされたり、『Vogue』が『VICE』と組んだり。それ以外でも、「アイデンティティ特集でも紹介した『Refinery29』のようなファッションカルチャーメディアが旧来のメディアエスタブリッシュメントを圧して、新しい言論空間になり始めているという、面白い状況にあります

──なるほど。

デジタルイノベーションデジタルメディアのダウンサイドが明らかになってきた中で、それを突破するために必要なのは、やっぱり新しいカルチャーをどう作っていくのか、という話じゃないかと。そういう意味でいうと、結局いま面白いのってインディーズブランドミュージシャンクリエイター同士のオーガニックなつながりみたいなことだったりするわけです。技術がどうこうという話だけではどこにも行かない、という感じが、もうここ3年くらいずっとありますね。

──AIだ、ロボットだ、ブロックチェーンだ、VRだって、だいぶ前から要件は出揃っていて、それではそこからどうするのか?という感じでしょうか。

そう思いませんか?

──何かが一周した感じはあります

2017年は、SXSWTwitterが「アプリ大賞」を取ってからちょうど10年目です。その間、いろいろな期待、それこそアラブの春や、日本でも東日本大震災を経て、デジタルテクノロジーによって民主化された「よりよい世界」が夢見られてきたわけですが、そう簡単世界は変わりません。むしろ、新しい困難が出てきてしまった。しかもそれは、テックでは解決できない困難だということも明らかになってきています。問い自体が、より複雑な人文的なものになってきているから、哲学アートファッション音楽文学などは、いまの時代本当に大事だと思うんです。

──『WIRED』では「テクノロジーだ」「未来だ」と取り上げていませんでしたか

でも、そう言ってきたのと同じ分、「テクノロジー」という言葉も「未来」という言葉も好きじゃないということも言ってきたつもりです。「未来」というコンセプト自体が、いか20世紀的なものか、ということについてもずいぶん語ってきました。

──それは冗談だと受け止められていたんじゃないでしょうか?

変な言い方になりますが、「未来」というもの捉え方を変えることでしか、新しい未来は見えてこない。それが、端的に言うと『WIRED』で考えようとしてきたことだったはずだったんです。

──お疲れ様でした。

anond:20171227193101

それこそ下請けとしてクリエイターに作らせて、それを広げて低コスト高リターンで掴むっていう

角川的なコンテンツ商法通用しなくなってきてるって感じなんだろうな……

10年前なら黙って作ってただろうね。

感想テンプレートって文化すげえな

テンプレに沿った感想でも喜べるものなのか、テンプレに沿った感想でも喜べるからこそクリエイターとしてやっていけるのか(後者ならそもそも感想いらなくね?)

2017-12-26

何故自分名前を出したがるのか

外注の監修やってるデザイナー面談した時「どんなに大きなプロジェクトであっても、名前が出るのは外注。功績も外注自分個人が頑張っても功績として名前も残らない」と嘆いていた。

何がダメなのだろう。実際に現場で大きな功績を残しているのに、どうして嘆く必要があるのだろう。

クリエイター職の人ってそう考える人が多いのかな。すげー知りたい。

2017-12-23

あんたが大将

話題セクハラパワハラ問題。それらに目を通していたら自分過去出来事が蘇ってきた。昔勤めていた小さなデザイン事務所自称クリエイターの誰もが目指す到達点に達してしまった」社長に毎朝5時まで残されて「俺の何処がそんなに凄いのか言え」と言われていた。(だれも凄いとは言ってない)

こういうタイプ面白いところは「社長凄さは五大陸まで響き渡りますよー」みたいな馬鹿にした褒め言葉をも真に受けてご満悦になるところ。あんたが大将!みたいなことを言うと、顔を真っ赤にして身悶えして喜んでいたのが最高に馬鹿みたいだった。

と同時にそれが恐いところでもある。ここまで強制的に無理やり褒めさせているにも関わらず、その褒め言葉自体相手本心であると疑わない。後日「世界一なんて冗談に決まってるじゃないですかー」と言うと、目を点にして「え?冗談なの?この前世界一って言ったよね?」と真顔で聞き返された。その時の完全に瞳孔が開いてる目を思い出すとゾッとする。

褒め言葉を真に受けるのでどんどん図に乗り、妙に心を開いてくる。挙句身体関係にまで発展しそうになったが(あくま一方的に、相手の中では進展していることになっている)僕はゲイではなかったので断った。

それから露骨社長を避けるようにしたら、飲みの席で言い争いになりその場でクビにされた。こうやって振り返ってみると発達障害なんじゃないかという気もしてきた。情緒がなく言葉を真に受けるあたりが。

短期間で辞めてしまったので、次の面接などで理由を聞かれ、社長の話をしたら「社内のことを漏らす人間は信用出来ない」「ストレス耐性が低い」というようなことを言われ不採用が続いた。それからは「自分が至らなかった、心を入れ替えて働きます」という風に退職理由を変え、なんとか次の職が見つかった。

今の職場では新人歓迎会新人にお酌しようとすると「何するんですか!やめて下さい!」と言われる。自分の頃と違って今は新人さんがしっかり自己主張できる時代なんだなぁと感じる。

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