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2018-08-16

anond:20180816042247

誰も規範を守らんとは書いてないぞ。

規範条例も守っているが、そもそもその条例自体

そのほかの要因を一切無視して「イヤホン、アウト!」に

なってるのがおかしいんちゃうのって言ってるんやわ。

飲酒運転ブレーキなどの反応が遅れるとかは検証が行われているけども、

例えばイヤホンをして走行した際の反応ってのは検証されてるのか?

2018-08-14

anond:20180814121545

自分が思ったこと言ったこしたことは全て自分に帰ってくる、ということは覚えておくべき。そして、あなたが思ったり言ったりしたりしたことは、全てあなたの子供も通過する可能性がある。


すなわち、あなたの子供は将来あなたの多趣味な夫を、父として尊敬しあこがれ親しむ可能性があるし、緻密に計画して世話をしているあなたのことを、突然「尊敬できない、こんな母親いない方が自分人生にはプラスじゃね?」と思う可能性がある。

子供には同性異性含め複数大人ロールモデル(範型)が合った方が望ましいと言われているし、それは子供が親しみを感じ尊敬できる相手であることが望ましいことは言うまでもない。従って、子供から尊敬しあこがれ親しむ」父親を失わせることにはあまり賛成できないし、将来自分子供に捨てられたくなければ、「私の人生プラスか否か」などという基準家族を裁くべきではない、という規範を示しておく方が何かとよいのではないかと思う。少なくとも、何か強烈なエピソードがあってというならまた話は別だが、「子供ができると」という程度の話なら、それは単なるホルモンバランスの乱れによる判断である可能性も高い。

から自分がいま人生における重大な決断をするに適切な状態であるか否かを客観的ジャッジしてもらってからでもよいように思う。

現状、あなた判断力が現在適切である可能性はやや低いものと思われる。

ワイは憲法が専門じゃないんで知ったかぶり入るが、限界論については(考えるのは楽しいが)あまり実益のない議論って印象やな

限界論が問題になるケースを具体的に考えてみると、①96条自体を変更する、②国民主権原理基本的人権の尊重平和主義を変更するっていうケースやな

さらに具体化すると、①’改正発議の要件を総議員数の3分の2から過半数に下げる、②’国防軍を創設する、といったところか)

この①②の変更について、「各議院の総議員3分の2以上の賛成」があって、かつ、「国民投票〔において〕その過半数の賛成」があった場合に、裁判所限界説を盾にこの憲法改正を覆せるか、という議論限界論や

そして実際に弁護士さんが↑の戦術憲法改正を覆そうとすると次のような課題が出てくる

(1) 投票した国民過半数合憲だと判断した憲法改正裁判所が覆せるのか(裁判所審査権が及ぶのか)

(2) そもそも上記のような訴訟をどういう訴訟形態で争うのか

(3) 憲法改正限界を定める条文がないのに、限界をどう定めるのか

(4) 限界を超えたと判断された場合効果はどうなるのか

これはもうどう見ても負け筋や。(1)(2)がクリアできても、(3)でゆるゆるの規範立てられてよほどの場合以外OKってなるのが関の山やろな

(そしてその「よほどの場合」にはもはや8月革命説みたいな議論改正正当化せざるを得ない状況に陥っているのではないかと思う)

(4)に至ってはもはや未知数

憲法改正に反対するにしても、限界から出発するんでなくて、そのときの情勢に照らして国民を説得していくのが得策やろな

一応文献としては、

工藤達朗「憲法改正違憲審査」同・憲法研究(2009、尚学社)

菅野喜八郎「憲法改正行為限界」争点(新版)277頁

沖縄はとにかく親に孫の顔見せないといけないって規範が強かったな

お見合い結婚もアリだしなんとなくセックスしてデキ婚もアリで

金とか見栄の話は二の次みたいな感じ

でもみんないい人かというとそうでもないしデキてからDVモラハラとか各種の闇もある

2018-08-12

別にオタク擁護じゃなくて芸術無罪なんだよな

高畑勲ブラック労働っぷりが明かされていてブクマカが吹き上がってるけど、

結局高畑が許されているのはアニメからとかじゃなくて創作者だからなんだよな。

まり社会とは異なる「天才なら許される」という規範がそこにある。

もちろんそれが実社会に持ち出されれば非難されるべきもので、

たとえばジブリ労基法違反で訴えれば実社会で裁きを受けるだろうけど、

社会での裁きと創作界における創作者の評価とは関係しない。

かぐや姫の物語」を作れるなら犯罪でも奴隷労働でも何でもしたらいい。

その罪が実社会で裁かれたとしても、そうしなければ名作が作れないなら、それは創作としては許されるのだ。

それが「作者と作品関係ない」というやつだ。

女性活用ジャーナリスト研究者中野円佳さまですら、専業主夫が増えない原因を女性に求めることから逃げている

https://toyokeizai.net/articles/-/79029

私が研究取材のメインターゲットとしているのが、高学歴キャリア志向の強い女性たちということで、よく聞かれる質問が次のようなものです。

〔1〕(一般論として)女性活用を進めたいなら、専業主夫を増やすしかないのではないか

〔2〕(女性個人に対して)どうしてそんなにキャリア志向が強いなら、家事育児をしてくれる男性結婚しないのか。あるいは、男性側に融通を利かせられるように交渉できないのか。

まず〔1〕の質問をする人は「女性活用を進める」意味について、はき違えているかもしれません。男性専業主夫になることを選べる人が増えることは価値観家族形態多様化においては望ましいとは思います男女平等指数も上がるかもしれません。

ほう?

女だから家事をしないといけない、男だから稼がないといけないという規範を打ち破る意味では素晴らしいことだと思います。個々の事情により、働けない男性を妻が養えるのであればそういう女性はどんどん増えればいいと思います。ただ、女性活用のためにそれをやるというのはちょっと違うはずです。これまでの専業主婦が負ってきた無償労働の“負の側面”を、男性押し付けるだけになる面もあるのではないか、と危惧します。

危惧します」かよ。笑えてしまうよね。勝手危惧してろwって感じで、忙しい女医専業主夫を養うことができる反論には一切なっていない。

https://toyokeizai.net/articles/-/79029?page=4

4ページに至ってはもはや全肯定すらしている。まあ、論理的反論するのは不可能でしょう。

エリート女性非正規底辺男性を養わないまま、エリート同士結婚して、なおかつ公的補助もよこせという理屈常識的価値観賛同できる訳が無い。

2018-08-07

anond:20180807162139

だったらエマ演説押し付けだよね。「規範を捨てろ」と「押し付けてる」。

押し付けられたくないなら、増田が言うことを聞く必要はないよ。

ただ増田他人権利侵害しない範囲であるべきだし、そのためには旧来の「社会規範」とやらはそぐわない。それまでずっと「誰かに押し付けること」で成立してたものしかいから。

押し付けられてきた人がもう嫌だと言ってるんだから、諦めるか、嫌だと言っている人の人権を、ちゃん悪者自覚をもって悪い顔をして蹂躙していくのも人生としてはアリかもしれないね。まぁたいていの場合法律違反か大きなモラルの逸脱になるだろうね。

第一、「押し付けを抜けた奴」の選択が「押し付け」と一緒なら意味ないっての

これは前と同じ返しになるけど、「何を」押し付けいるか問題なのではなく、なんであれ「押し付けている」ことが問題

anond:20180807161841

だったらエマ演説押し付けだよね。「規範を捨てろ」と「押し付けてる」。

第一、「押し付けを抜けた奴」の選択が「押し付け」と一緒なら意味ないっての

anond:20180807161729

自分批判してる規範同化するのって本末転倒でしょ。

批判してる対象階層が低い。やり直し。

「何を」押し付けいるか問題なのではなく、なんであれ「押し付けている」ことが問題

anond:20180807161443

うん、だから増田押し付けてるような「フェミニストを気取るなら下方婚しろよ」みたいなのから外れた選択をしてるんじゃないの?

批判から外れた選択をするために、自分批判してる規範同化するのって本末転倒でしょ。

フェミニストを気取るなら下方婚しろよ」という主張自体既存ジェンダーロール否定でもあるわけだし。

あと、「フェミニストを気取るなら下方婚しろよ」とは言ってない。

ジェンダーロール否定するならそれに見合った選択しろよ」と言ってるだけ。

分かりやすく言うと、「ダブスタやめろよ」

anond:20180807155035

もう一段上の自由だかなんだか知らんが、結果としてエマはそれを体現できてない。

それがすべてである

私は別に今の規範恩恵を受けてない自覚があるが、詐欺師の言うことなんか理解しようって気にならんでしょ。

しかも「HeForShe」だぞ?男性負担要求するんだぞ?詐欺師の分際で。

anond:20180807153902

他人人権侵害してまでジェンダーロールを否定したいというのは正直、狂気の沙汰に見える」

フェミニストに対して私はずっとこう言ってるのだ。

個人選択」を受け入れるのなら「規範通り」という「個人選択」も受け入れられるべき。

anond:20180807153012

自由に生きた結果が規範そのままなら、「結局規範が正解ジャン」となるんだよなぁ

anond:20180807151510

手芸とか料理趣味の女がいてもその趣味は男様に都合のいい封建的趣味ーーーーーー!とか

上記のような女が好みの男がいてもまさに女を家事労働奴隷とする封建主義的嗜好ーーーーーー!とか

非難したり辞めさせたりしようとしてるわけじゃないじゃん

規範否定する」ということはそういうことなんだよなぁ。

まして彼女自称フェミニスト」だぞ?

anond:20180807151258

フランス市民革命などみてみれば、納得しないやつを排除するという意味で、最後は力であることは間違いないと思う。

君が「神の見えざる手」を期待しているのだと思っていたが、そうではなかったか。失礼した。

最後は力」を認めるならテロリスト論理裏付けしてしまう。

議論こそ重要

少なくとも私には、議論の素が従来の価値観を覆すものである確信を得るまでには至っていない。

これは見解の相違。

価値観を覆されてからでは遅い、自分から修正していくべきと私は思っている。


塩がなくて困る者の憎しみが、商人という属性に向かうのは感情的には理解できるが積極的には肯定しない。また、手元に来ない塩自体を恨むのは違うというは間違いだという立場であることは明確にしておく。

一部の商人(たち)に集中してしまうのは、「塩商人は一部の商人に売るべき」だとか「一部の商人以外には塩は必要ない」とか社会的規範が原因だったりする。(塩の実際の市場がこうであるということではなく、塩はあくま比喩である

感情的理解できるのならば十分である

また、「社会的規範」というのも「個人選択」の集積、結果である以上属性としての批判も免れえないと考える。

私は、その社会規範を壊したうえで自由市場的にすべきであると考えている。もちろん、自由市場である以上、競争は働いて競争に負ける人は出てくるかもしれない。現代日本では、その人たちの救済する手段がなにもない状態であることは間違いない。

「救済する手段がなにもない」ことが問題本質だ。

なお、個人選択が集合しても差別にはならない。そこは明確に否定する。差別とは、属性理由排斥することであり、選択正当性があれば結果的特定属性排斥される形になっても認められるべきだ。演繹的か帰納的かの差だ。

聞いておきたいが、「属性」とは何を指しているのだろうか?特定パーソナリティ(e.gオタクパリピ)や造形も私にとっては「属性である。その排斥は許されるのか?

また、「選択正当性」とはいったい誰が担保しうるのか?それが「社会」だとするならそれは個人問題ではなく、社会としての差別と言える。個人だとするなら「正当性のない選択」はあり得ないことになる。


私はこの段には賛成しない。なぜなら、自分の望まない相手をあてがわれたくないし、そのデメリット相手がいないというデメリットを比べると、相手がいないという状況の方がマシであると考えるからだ。

見解の相違は認める。

だが、あなたのいう「デメリット」「マシ」とはあなた個人感情論であり、それは「女をあてがえ」という個人1人の感情論イコール価値しかない。

anond:20180807151141

増田男性規範にとらわれて生きてるのだね、ってことしか分からんかった。

anond:20180807141511

他者を納得させられるだけの理由」が人権の条件だとすれば、結局最後は力になるのではないだろうか。e.g南北戦争

そして、「通過点」の議論の素は少しずつ表れて来ている。たとえばそれは未婚率・少子化と言った現象であったりインセルのような暴徒であったり。

それらを無視して「神の見えざる手」を期待するのが議論と言えるだろうか?

フランス市民革命などみてみれば、納得しないやつを排除するという意味で、最後は力であることは間違いないと思う。

君が「神の見えざる手」を期待しているのだと思っていたが、そうではなかったか。失礼した。

少なくとも私には、議論の素が従来の価値観を覆すものである確信を得るまでには至っていない。

この論は一面においては正しい。

ただし、「個人属性の一部」ということを軽視しすぎている。

ある商人伯方の塩だけを買い占めたとして、ほかの商人がそれぞれ別の塩を買い占めると結局塩は行き渡らない。

塩がなくて困るものの憎しみが「商人」という属性に向かうのは必然ではないか

個人選択」が集合すると「差別」と化すのはこれまでの歴史から見ても明らかではないだろうか。

独占市場でないことは、健全市場であることを意味しない。

思うにこれは買い手・売り手双方のニーズ問題であると考えている。

恋愛価値を上げ過ぎたのだ。

塩がなくて困る者の憎しみが、商人という属性に向かうのは感情的には理解できるが積極的には肯定しない。また、手元に来ない塩自体を恨むのは違うというは間違いだという立場であることは明確にしておく。

一部の商人(たち)に集中してしまうのは、「塩商人は一部の商人に売るべき」だとか「一部の商人以外には塩は必要ない」とか社会的規範が原因だったりする。(塩の実際の市場がこうであるということではなく、塩はあくま比喩である

私は、その社会規範を壊したうえで自由市場的にすべきであると考えている。もちろん、自由市場である以上、競争は働いて競争に負ける人は出てくるかもしれない。現代日本では、その人たちの救済する手段がなにもない状態であることは間違いない。

なお、個人選択が集合しても差別にはならない。そこは明確に否定する。差別とは、属性理由排斥することであり、選択正当性があれば結果的特定属性排斥される形になっても認められるべきだ。演繹的か帰納的かの差だ。

から言わせてみれば、これこそ新世代に求められるものだ。

ヒトが差別を生み出すもの、つまり感情という不合理なものを抜け出す第一歩として機能するだろう。

私はこの段には賛成しない。なぜなら、自分の望まない相手をあてがわれたくないし、そのデメリット相手がいないというデメリットを比べると、相手がいないという状況の方がマシであると考えるからだ。

anond:20180807150853

美人女性ゆえの既得権益うけまくりエマワトソン男性規範にがっちり合ってる(っぽい)男と付き合う

説得力あると思うほうがどうかしてると思うよ

anond:20180807150810

いいえ。

というか、私別にエマワトソンの好み自体批判してないもの

エマワトソン他人の好み、規範非難しながら自分は同じことしてるそのダブルスタンダード批判している。

anond:20180807145337

それを表に出さないってことは男はそうあるべきではないという規範に囚われまくりでは・・?

anond:20180807144457

「男らしくあるものしか認められない」状況は圧力だって、それエマ自身が言ってたことなんだが

個人選択によって生じる規範否定する主張者の選択は突っ込まれるのが当然だと思うんだが

anond:20180807141536

他人がどういう相手パートナーに選ぼうが、口出ししない、文句言わないぐらいはできるんじゃない?

他の誰がどういうどういう相手パートナーに選ぼうが、口出ししない、文句言わないが、エマワトソンだけは駄目。

人の価値観規範ケチつける奴がその規範ガッツリ乗っかってるのは控えめに言って糞。

anond:20180807120328

「らしさ」というのは「一人の指針」ではなく社会規範だし、

その規範に挑戦する彼女ベンチマークとして使われるのは妥当な線だろう。

また、彼女ベンチマークスコア基準から逸脱してないわけだし

2018-08-05

anond:20180805034700

すごいふわっとした理由だな……

前々から思ってたんだけど、死にたいと思うくらいの鬱の人に対して、明確に科学的な根拠なく「運動するのがいい」「外に出るのがいい」とか言うのはすごく失礼だと思うんだよね。

それで気が紛れて一時的に気分がよくなる人もいるかもしれないけど、鬱を引き起こすようなストレス環境などの個人事情もっとものすごく複雑で困難なもののはずだ。

それを置き去りにして、「常識的生活規範に従えば直るぜどうせタルんでるからだろ」と取れるようなマッチョなお小言風の忠告をされても、健常者に対する嫌悪自己嫌悪が募り、こじらせてしま可能性が高いと思う。

そうネガティブに受け取ってしまやす精神状態にあるわけだし。

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