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はてなキーワード: 外交政策とは

2020-09-23

anond:20200921165747

フェミニズムに賛成するとかしないとかってさ、本来政治なんかと同じで意見や主張単位賛同したりすべきだよね。

私はフェミニズムの男女同権や雇用機会の均等化、差別解消や夫婦別姓選択制)なんかは兼ね賛成。

だけど、表現に対する過剰な規制や、性の消費などに対する姿勢にはまったく賛成できない。

政治も、経済政策は反対だけど外交政策は支持するなんて人もいるわけで、自民党から全部賛成なんていうのはおかしい。

ただ、現実には自民からすべて正しい!民主からすべて正しい!なんて人もたくさん。

フェミニズム界隈もそういう人がいて、そういう人らがヘイトを貯めてるからフェミニスト全体の主張がうまく通らない。

からフェミニストはここの部分は正しいと思うけど、同じフェミニストでもこういう部分は賛成できないって主張する人が増えないと、

自民信奉者、民主信奉者のように見なされて議論をする対象として世間が受け取られないままな気がする。

変な宗教信者が会うたびにスピリチュアルなことをいうけど、それについて反論するとなにされるか分からいか愛想笑いでやりすごすかのように、

表面的には丁寧に接するけどどこか腫れもの扱い。主張はしぶしぶ飲むけど、反論するとうるさいから黙っておこう。

こういうスタンスの人は男女ともに結構多い気がする。

フェミニストこそ学問であるならば、自己批判を繰り返すべきだと思うんだけど、、、

ネット上は0か100かみたいな人が多いからか、何も進歩しないままだよね

2020-08-27

コロナウイルスがもたらす日本人文学危機

コロナ人文学ヤバい

といっても哲学とかそういうのじゃなく、歴史学とかがヤバい

もうちょっと言うと、日本史とか日本文学とかはぜんぜん大丈夫なんだが、西洋史とか東洋史とか、要するに外国のことを調べる学問ヤバい

今はまだ大丈夫だけど、じきに破綻する。

なぜかといえば非常に単純な話で、研究を進める上で必要資料アクセスできないからだ。

歴史学根本は、オリジナル資料(=一次史料)にあたることにある。一次史料には色々な形態があるわけだが、歴史上の出来事の背景とかを実証的に調べようと思ったら、公文書館にある史料を使うことが不可欠だ。

そして公文書館というのは行政機関なので、日本国立公文書館外務省外交史料館東京にあるように、あるいはイギリス国立公文書館キューにありアメリカ国立公文書記録管理局ワシントンDCにあるように、当然ながらそれを管轄している国や地方自治体に設置されている。

そう、公文書館に行けないである

コロナが2~3年で過ぎ去り、その後はすべてが元通りになるなら、その数年を耐え忍べばいい。数年が過ぎればまたヨーロッパなり世界の他の国なりに行けるようになる。当然、歴史学も元通りだ!

でも残念ながら、中東諸国の割安の航空券ヨーロッパ渡航できる日々は、もう戻ってはこないかもしれない。航空券が割高になるだけではなく、全世界的に航空産業が縮小し、これまでであれば容易にアクセスできていた史料アクセスできなくなるかもしれない。

明治維新以降、政府が雇ったお雇い外国人たちによって、ランケに始まる近代歴史学日本に持ち込まれた。だが初期の日本歴史学はあまりにお粗末なものだった――現在の水準からすれば。

オリジナル史料を見ずに、西洋人の書いた歴史書を読んでそれを日本語で紹介して論文を書き、吾は教授でございと偉そうな顔をしている。英語フランス語ドイツ語の文献だけを読んでヨーロッパ史全体を講じるなんていう無謀なことが平気でまかり通っていた。

けれど、そのような稚拙な「論文」も必要だったのだ。日本歴史学が独り立ちするためには。

やがて、それらの先人たちの業績を踏み台にして、きちんと史料集(=オリジナル史料を集めてまとめた本)にあたって論文を書く人や、英仏独だけではない色々なマイナー言語習得して研究する人が増えてくる。そして、交通技術の発展に伴って海外旅行安価になるにつれ、国外文書館アクセスして論文を書く人が増え、英仏独以外の言語を学ぶ人が増え、留学して現地で学位を取る人も増え、日本歴史学レベルはどんどん上がっていった。

2000年代から2010年代にかけての日本歴史学界で生み出された外国研究レベルの高さは誇るに値する。もはや横のものを縦にしただけではまともな論文とは見做され得ない。現地の言語を読めることが最低条件で、その上でどのようにオリジナル面白い研究成果を積み上げるか。多くの研究者たちが競うように優れた論文や著書を生み出してきた。

そこをCOVID-19パンデミックが直撃したのだ。

留学の予定も史料収集計画も、すべてが白紙になってしまった。

分野によって違うと思うが、外国史を学ぶ者は多くの場合修士課程博士課程で留学をする。これは現地で史料収集したり、現地で言葉勉強したり、現地の研究者と触れ合ったりするきわめて重要プロセスで、修士卒ならともかく博士号を獲ろうと思うなら避けては通れない。多くの研究者はだいたい1年から3年くらいの留学を経て、外国歴史に興味がある若者から若手の歴史研究者へと成長する。

COVID-19直撃世代は、この留学経験を持てない。彼らは外国研究者として足腰を鍛える機会を奪われることになる。

2~3年でコロナ禍が終熄するなら、この世代が数年間のハンデを背負うだけで済む(たとえば、留学することな博士課程の年限が来てしまったとか、在学を引き伸ばす羽目になり学費が余計にかかったり就職市場に参入するのが遅れたとか、せっかく学振DCを取ったのに海外調査をすることな任期が過ぎてしまったとか、そういう悲劇が量産されることだろう――外国研究者は学振研究費のかなりの割合出張費に充てている)。

けれど、コロナ禍が終熄しなかったら、あるいは終熄後に海外調査ハードルものすごく高くなってしまっていたら、日本外国研究は大きな打撃を受けるだろう。

そりゃ、留学終えてる組は今すぐに困るってことはない。彼らはもう現地語ペラペラだし、これまでの現地滞在史料たっぷり集めてるだろうから、当面はそれを消化しながら外国研究者とオンライン会議すればいい。

でも、これから留学しようとする人たちは、現地に長期滞在して外国能力を鍛える機会を奪われ、史料を集めることもできず、中途半端研究能力しか持てないままに博士課程を終えざるを得ないことになる。

もちろん、先行世代よりマシな点もある。デジタルアーカイブの発展によって、従来は現地の図書館に行かないと見られなかった古書や古新聞が自宅にいながらにして読めるようになった。中には所蔵している史料ウェブで見せてくれる親切な公文書館もある。外国雑誌だってオンラインで入手できるし、何なら研究書をkindleで読んだっていい。そういえば友達ドイツ語学術書kindle版で引用していた。

から研究の水準が明治時代に戻るということには、おそらくならない。

ただし、その方向性限定される。

どのような種類の史料必要かは、結局研究テーマに左右されるのだ。もしも「ドイツにおける日本人のイメージ歴史」を調べたかったら、古書や古新聞を徹底的に調べればそれでいい。けれど、「1960年代における西ドイツ政策決定過程」みたいなテーマを扱おうと思ったら、公文書館史料を見なければお話にならない。

現代日本で考えてみればよくわかる。「安倍首相メディアでどう扱われているか」と「安倍内閣の内側ではどんなふうに物事が決められているか」とでは、立論に使うべき資料全然違う。前者は新聞ネットを見ればそれでいいが、後者情報公開請求必要だし、『朝日新聞』や『週刊文春』だけを見て後者を論じたら手抜きだと謗られるだろう。

そして歴史学とは「昔のことなら何でも扱う学問」であり、内部には表象を論じる研究から外交政策を調べる研究者まで色々いるのだが、後者のような人たち――つまり研究のために文書館史料必要とする人たち――の研究はずいぶんやりにくくなるだろう。外国研究において、思想史文化史古代史の割合が高くなるかもしれない。

(いやでも、ガチ思想史文化史をやろうと思ったら文書館史料を見ないといけない局面も割と出てくるので、思想史なら文書館行かなくてもいいでしょ、という話にはならないんだよな……明治時代知識人留学先の国に出かけてその国の文書館史料使って明治期の思想についての本書いた人とかいからな……逆にある程度昔の外交史だと関係する史料ほとんど翻刻されてたりするし……)

逆に、先行世代よりも悲惨な点は何か。

それは研究レベルが上がってしまたことだ。

ネット上で読める範囲古書や古新聞だけを史料として使って「18世紀におけるドイツ諸邦の外交」みたいな研究をまとめたとして、明治時代ならこんな多くの一次史料を使うなんて素晴らしい研究だと大絶賛され東京帝大の教授になれるかもしれない。でも現代では、研究レベルが上がってしまった現代では、「新聞しか見てないじゃん。文書館史料使ったの? え? 使ってない? レベルいね」と一蹴されてしまう。論文英訳なり独訳なりして海外ジャーナル投稿しても、それなりのレベル雑誌からは軒並み落とされるだろう(というか、国内でも有力学術誌の査読を通過できるとは思えない)

ふんだんに文書館史料を使う質の高い研究に慣らされてしまったら、今更横のものを縦にすれば教授になれていた時代研究水準には戻れないのだ。

ハードルを下げる?

外国最先端研究成果がワンクリックで手に入るこの時代に?

つい去年まで史料調査のために渡航するのが当たり前で、今アラサー以上の人たちは研究水準が高かった時代を身を持って知っているのに?

コロナ禍の影響が数年で収まるのなら、業績の不足で苦しむのは直撃世代だけで済む。だが、もしもコロナ禍の後遺症が何十年も続くのであれば、外国史を研究する歴史家たちは困難な撤退戦を強いられることになるだろう。

それはより史料入手の容易なテーマへの撤退戦であるかもしれないし(政治史ハードルが高いから、表象歴史とかを研究しよう)、より史料入手の容易な国への撤退戦であるかもしれない(○○国と比べて××国の方がデジタルアーカイブが充実してるから、○○史じゃなくて××史をやろう)。

ともかく、これまで日本歴史学が積み上げてきた多様性は、徐々に失われていくことになるだろう。

日本外国研究にとって、冬の時代が迫っているのかもしれない。

まあそうは言っても史料さえどうにかなれば研究はできるので文化人類学記述言語学よりはまだマシ。これらの学問では現地に長期間滞在して現地人の間に分け入って調査する必要があるので、現在レベル渡航制限が長続きすると文字通り危機に瀕する。これらの分野では伝統的に外国に関する研究が盛んで、オセアニア島国アフリカの奥地で調査してきた日本人が何人もいるのだ。今後、外国舞台にした文化人類学記述言語学は消滅し、国内対象として細々と生き延びるほかなくなるのかもしれない……

(まあ、国内伝統文化方言を保存するために、一度外国文化言語記述するのに使っているエネルギーを全部日本に関する研究に注ぎ込むのもアリかもしれない……でもCOVID-19で次々と伝統的なお祭りやら寄り合いやらが中止になっているし、うかつに都会の大学修行する若手研究者が離島山村に出かけてお年寄りのインフォーマントと接触するのもはばかられるよなぁ……)

ブコメにお返事

日本だけの問題では無さそうなのでよりデジタル化したりオンラインで閲覧する仕組みが出来そうだけど

デジタルアーカイブの発達はうながされるだろうけど、そんなに急速には進展しないだろう。それには2つの理由がある。

第1に、単純にデジタル化はすごい大変なのだマトモな国なら行政の作った公文書は破棄されずに何十年にもわたって保管されているのが普通で、それらすべてをデジタル化するのは労力がかかるというのは納得してもらえると思う(国だけじゃなく地方自治体にもその自治体公文書集める公文書館があったりするからね。連邦制の国だと連邦レベル・州レベル・市レベル文書館が別々に設置されていたり)。優先順位をつけてやっていくほかないけど(「まずは外交関係公文書を先にデジタル化しよう。環境保護関係は後回しだ」)、優先順位の低いテーマ研究しようと思ったらそれでは困る。

第2に、困るのは外国研究者だけで、本国研究者はそんなに困らないのだ。

日本人がイギリスドイツ調査に行けなくなっても、イギリス人やドイツ人の歴史家は何も困らない。彼らは渡航制限など気にせず自国にある公文書館アクセスできる。これは日本のことを研究する日本人の歴史家にとっても同じだ。仮に外務省外交史料館から外国研究者の姿が消えたとして、いったい日本研究者になんの不都合があるのだろう?

(ここでは「外国人」と書いたが、厳密には、外国拠点を置く研究者と言った方がいいだろう。日本大学で教鞭を執っている中国人日本史研究者はなんにも困らない。逆にうっかり日本学の専門家として英米大学就職しちゃった日本研究者は大変だ。また、日本研究する歴史家がなにも困らないというわけではない。日米関係歴史研究しようと思ったら当然アメリカに行かなければいけないし、国内政治だけを研究する場合であっても、日本政府公文書管理がザルすぎるせいで重要史料日本じゃなくアメリカにあるみたいな状況もありえるので……)

まり世界的に、自国研究する研究者にとってはあんまり困らないが、外国研究する研究者はめちゃくちゃ困る、という状況が訪れると思われる。外国研究者への配慮が、果たして自国公的施設デジタル化への強い圧力となるだろうか? 正直疑問だ。

資料を集めたり読んだりするのはその国の研究者に依頼する、というのはダメなの?現地に行く必要性がよくわからなかっった。

第1に、それ本国研究者に何のメリットがあるの? お金を払ってやってもらうとして、その人件費渡航費よりも安上がりだとはとても思えないんだけど…

第2に、史料の山に埋もれて色々探していく中でお目当ての史料を見つけるコツとか時代ごとの史料の特徴を見分ける目とか崩し字の読み方とかそういった歴史家としての技倆が養われるので、単純に他人に任せればよいという話ではない(「時代ごとの公文書形式の違い」みたいなのも当然論文テーマになるけど、これ書くためにどのくらいの史料読む必要があると思う?)。

ていうか、なんか勘違いされてるフシがあるけど、読んだ史料が全部研究に使えるわけじゃないからね。目録面白そうな史料があったか地方文書館に足を運んで閲覧してみたけど期待ハズレで全然使えませんでした、とか、膨大な史料の山を探しまわってようやく使えそうな史料の一群を見つけました、とか、何気なくパラパラめくってた史料の片隅にさり気なく重大なことが書いてありました、とか、そういうのあるあるなので。お目当ての史料だけ外人コピーしてもらえばいいじゃん! なんて夢物語しかない。

第3に、そもそも論としてなんで自分研究オリジナリティの源泉たる史料の入手を現地人任せにするのか。現地の文書館に通って現地人がちっとも注目してないけど重要史料を発掘したなんてこともあるわけだけど、そんな史料を現地の研究者にコピーさせられるわけないだろ、常識的に考えて……論文で発表するまで史料存在をひた隠しにするわ……(現地人が自力でたどり着く分には止められないけど、わざわざここにこんな重要史料がありますと教えてさしあげる必要はどこにもない)

日本史であっても一次史料海外にある日本キリシタン史では、史料アクセスハードルが以前から言及されていたのを思い出した。

なおアジアアフリカの旧植民地ではそういう状況がデフォルトの模様。日本史研究する日本人の歴史家は日本国内研究を完結させられる余地があるけど、インドネシア史を研究するインドネシア人の歴史家がオランダに行けませんとか、インド史を研究するインド人の歴史家がイギリス(ryとか、台湾史を研究する台湾人の歴史家が日本(ryとか、そういうのはマジで研究に支障が出るよなあ……

そもそも論だが、「日本人が」イギリス政治史とかドイツ経済史とかを研究する意義が不明。「現地の研究者に任せる」だと何故駄目なのか?

それな! ぜひ同じことをドナルド・キーンロナルド・ドーアケネス・ポメランツイアン・ニッシュJ・ヴィクター・コシュマンブレット・ウォーカーにも言ってきて!

2020-06-19

anond:20200619104601

いやこれははっきり言わせてもらうが今の野党問題はそういうものではない

だって彼等は「競合製品」としての人も政策も全く提示してないんだもの

 

長年何となく使ってたものを捨てて競合製品に入れ替えることについては

あんたの言ってる通り変化への不安責任が生じる

そこにストレスて言うのは必ずある

経済学ではロックイン効果とか言う)

 

でもそれは競合製品と従来品とを比べる時のストレスことなんだ

日本野党与党の替わりにこういう経済政策しますこういう外交政策でいきますって言うことを全然言わない

ビジョンがないか大声でいないビジョンなのかは知らんけどな

 

そういう状況で野党に乗り換えるには

「変化のストレスに耐える強さ」ではなく

「もう現与党以外なら何でもいいというほどの自暴自棄感情」が必要になる

日本人はそういう感情を持ちにくい国民というのは確かだが

自暴自棄政権交代なんてことは本来期待するべきものではない

一時期色々とそういうことをした結果民主党政権とか維新躍進とかが起きたと思っている

やけっぱちに変化を求めて失敗したんだ

 

からやっぱり問題なのは野党だと思うよ

正直自民党問題あると思う自分でも野党自民より優れてるという確信が持てないし

もっと言うと少し自民より優れてるぐらいならあんたの言う「変化のストレス」が抵抗になるんだ

 

野党は「与党よりだいぶ優れている自分達」をアピールしないと政権は取れない

そこに取り組む気概を感じる野党ってキチガイ太郎の一味だけやん

 

俺は太郎の言ってること全部調べてキチガイ臭いと思って見送ったけど

太郎姿勢には魅力を感じて(だからこそ調べたんだが)しまたことを告白しておく

他の野党太郎のフケでも煎じて飲むべき

2020-03-15

株価原油安とアメリカ中東外交について詳しい人おしえて

新型コロナウィルス話題で持ちきりですけど、年明け何があったか覚えている方います

イラン革命防衛隊司令官が爆殺されたんですけど、ご記憶の方いますか?

あと、しれっとアメリカアフガニスタンから撤退するとかタリバンと和平交渉してるとか、これなんです?

トルコシリアロシアでこっちも停戦するとかしないとか。アメリカ抜きで進行中ですか?

トルコ難民問題も「知らねーよ」と言い出してから、実際の難民の動きってどーなってます?急に来たらみんな新型コロナかかりません?

そして、OPECで減産しましょうよって話は流れて、増産してシェア取りに行くぜとサウジアラビア鼻息荒いですが、これってアメリカどー思ってます

2015年から2016年原油がモリモリ下がって「中東諸国SWF欧州銀行を通して株を売っている」とか、さんざん言われてんですが、2020年暴落ではまったく聞きません。

もうすでに中東諸国投資マネーを引き上げ済みで影響ないってこと?それとも関心が新型コロナだけだから騒がない?

シェール革命だって5年とか10年ぐらい前からニュースには出てたと思うけど、技術革新政策決定レイヤーまで浸透したの?

アメリカエネルギー地産地消できるようになってきた、対イラン、対シリア、対アフガン、対ロシア外交政策が変わったの?

それとも、トランプ大統領から変わったの?

でも借金漬けになってるアメリカシェール企業とか破綻するんじゃとか言われてますよね、アメリカ不動産には慎重になったけど学生ローンオートローン企業社債で「危なくない?」ってのが10年でパンパンらしいですが、これも大丈夫ですか?

中東産油国アメリカシェール企業って感じですか。原油安で力尽きるか借金返済で力尽きるか勝負だって

それじゃ漁夫の利だって原油安って原油使う産業には追い風とか思うけど暴落したら絶対額が減って今までの設備投資やらランニングコストやらで、むしろジリ貧感ありません?電気ガス。

だって原油安になったからといって売上がボーンと増えるわけじゃないですよね。

それに原油安だと自然エネルギー関連ってどうなるんです?

太陽光風力水力地熱バイオマスとか色々ありますけど、コスト考えたらとか色々悩ましくないです?

あとプラスチックとか、止めましょーとか世界中で言ってるわけじゃないですか、地球温暖化とか。

新型コロナってすでにリセッションに向かい出してた世界経済強制終了させた感じですよね。

実体経済が止まり出したら、金融政策じゃなくて財政で無理やり動かせって話ですが、これもどうなるか。

もうトランプ大統領も忘れてると思いますけどメキシコとの国境に壁作るって言ってたんですから、今こそ、これ作ったら良いのにって思いますけど、ダメですかね。

原油安でも大増産でシェア拡大して生き残るぜサバイバル産油国ゼロ金利と金融緩和拡大してシェール企業倒産させないアメリカ

これから世界経済の先行きは、新型コロナの終息と同じくらいアメリカ中東政策が大事になると思ってますけど、けっきょく、これからどーなるんでしょう?

詳しい人おしえて

2020-02-29

一方、左派理想の国は

韓国のように男性がたくましく鍛えられ

中国のように領土的野心がなく

朝鮮民主主義人民共和国のように民主的政治が行われ

ドイツのように戦後賠償

オーストラリアのように少数民族尊重

スイスのように武器を持たず

スウェーデンのように税金が安く

アメリカのように医療費が安く

フランスのように若者に夢があり

コスタリカのようにアメリカから自立した外交政策をとる

そんな国です

anond:20200229121058

2019-08-19

anond:20190819111432

日本ネット上の嫌韓の方が、韓国ネット上の反日よりボリュームが多い。

ソースは?

どうやって客観的測定をしたの?

嫌韓」「反日」ってどこまでを含むの?例えば、「相手国の外交政策への批判」はどっちに入るの?

2019-07-20

自民党とは?現政権役割さら

平成22年(2010年)綱領

平成22年1月24日

現状認識

 我が党は、「反共産・社会主義反独裁・統制的統治」と「日本らしい日本確立」―の2つを目的とし、「政治国民のもの」との原点に立ち立党された。平成元年のベルリンの壁崩壊平成3年のソ連邦解体は、この目的の1つが達成されたという意味で、我が党の勝利でもあった。

 そこに至るまでの間、共産主義社会主義政党の批判のための批判に耐え、我が党は現実直視し、日米安全保障条約を基本とする外交政策により永く平和を護り、世界第2の経済大国へと日本国民とともに発展させた。

 日本存在感が増すにつれ、国際化のなかで我々は多くのものを得た反面、独自伝統文化を失いつつある。長寿国という誇るべき成果の反面、経済成長の鈍化と財政悪化からくる財政機能の不全に現在も我々は苦しんでいる。少子化による人口減少は国の生産力を低下させると言われる。

 我が国は、これ等の現実を明るく希望ある未来に変えるため、少子化対策とともに、教育の充実と科学技術開発に国民資源を注力することにより生産性を向上させ、長寿人口活用国民資質の向上、国際化への良き対応により、経済成長が達成でき、国民生活の充実が可能なことを世界に示さねばならない。

 我々は、日本国及び国民統合の象徴である天皇陛下のもと、今日平和日本を築きあげてきた。我々は元来、勤勉を美徳とし、他人に頼らず自立を誇りとする国民である努力する機会や能力に恵まれぬ人たちを温かく包み込む家族地域社会の絆を持った国民である

 家族地域社会、国への帰属意識を持ち、公への貢献と義務を誇りを持って果たす国民でもある。これ等の伝統的な国民性、生きざま即ち日本文化を築きあげた風土、人々の営み、現在未来を含む3世代の基をなす祖先への尊敬の念を持つ生き方の再評価こそが、もう1つの立党目的、即ち「日本らしい日本確立である

 我が党は平成21年総選挙の敗北の反省のうえに、立党以来護り続けてきた自由民主の旗の下に、時代に適さぬもののみを改め、維持すべきものを護り、秩序のなかに進歩を求め、国際的責務を果たす日本らしい日本保守主義政治理念として再出発したいと思う。

 我々が護り続けてきた自由リベラリズム)とは、市場原理主義でもなく、無原則政府介入是認主義でもない。ましてや利己主義放任する文化でもない。自立した個人義務と創意工夫、自由選択、他への尊重と寛容、共助の精神からなる自由であることを再確認したい。従って、我々は、全国民努力により生み出された国民生産を、与党のみの独善的判断国民生活に再配分し、結果として国民の自立心を損なう社会主義政策は採らない。これと併せて、政治主導という言葉で意に反する意見無視し、与党のみの判断を他に独裁的に押し付け国家社会主義統治とも断固対峙しなければならない。

 また、日本主権を危うくし、「日本らしい日本」を損なう政策に対し闘わねばならない。我が党は過去現在未来の真面目に努力した、また努力する自立した納税者立場に立ち、「新しい日本」を目指して、新しい自民党として、国民とともに安心感のある政治を通じ、現在未来安心できるものとしたい。”



戦後レジームからの脱却を達成する為?

何だかんだやってみてはいものの、安倍麻生ぼんくら感は否めず国民が怒りつつあるのが今。

本来なら自民党内で自浄作用するはずだが、戦後レジームから脱却し新たな日本の基礎を作ることが最重要項目だから

成り上がり議員や長年続けてきた議員意見するよりも、このままボンクラに突っ走ってもらいたいと考えている。

しかし、まぁそんなに上手く行ってないよね実際は。

2019-07-18

無表情な外務大臣のほうがいい

これを読むと、なるほど、あくま粛々と対応していくのが吉だと改めて思う。

韓国と対立するほど文政権の思惑にはまりかねない日本への警鐘 | 長内 厚のエレキの深層 | ダイヤモンド・オンライン

経済悪化日本経済報復のせいにしかねない文政

 前回の記事の繰り返しになるが、困るのは日韓産業現場にいる人たちであり、特に韓国企業にとってはより大きな打撃になる。しかし、現在韓国政府にはまっとうな解決を図る能力がない、もしくはそもそも解決意思がないのかもしれない。日韓で行われた事務レベルの状況説明会についても、事後には日韓で話がまるで食い違っているし、文在寅大統領は15日、今回の措置韓国に対する一方的制裁措置であるとして、日本に対してより強い口調で批判を繰り返した。

制裁の枠内で、南北関係の発展や朝鮮半島平和のために総力を傾けている韓国政府への重大な挑戦だ」として完全に話をすり替えている。気になるのは、日本措置について「韓国経済が一段階高い成長を図ろうという時期に、韓国経済の成長を妨げるのも同然」(朝鮮日報7月16日)と述べた点だ。韓国経済状況の悪化があたか日本のせいであるように言うのは、日本に対してというより、来年総選挙を控えた韓国国内向けのメッセージと考える方が、辻褄が合うのではないか

 さまざまな手段日本と戦っている大統領を演じているという意味もあるが、より大きなポイントは、文在寅政権下での経済状況の悪化を、日本発の経済報復のせいと位置づけることで、全て日本のせいにしようとしているようにも見えることだ。文在寅政権での経済政策はポピュリズムに走り、理にかなってこなかった。財閥大企業庶民の敵とすることを公約としてきたため、韓国経済を支える大企業との関係は悪く、急激な最低賃金の引き上げによって、ただでさえ弱い韓国中小企業は大きな打撃を受けた上に、失業率も上昇した。

これらの失策も、下手をしたら「日本経済報復のせい」と言われかねない。逆に韓国保守系政党は、ここぞとばかりに今回の問題文在寅政権経済政策、外交政策の失敗と攻撃している。韓国新聞各紙も、一部の左派系紙を除いて、今回に限っては文在寅政権側の対応問題視する論調が目立っている。

ふりかえると、河野は、粛々と必要手続きを進めるというより、報復するぞというメッセージのほうを強く伝えてしまっている。

大臣として、河野は器が小さいのが心配

2019-05-27

anond:20190527132327

民意無視した外交政策がずっと続けられるのと裏表だしなあ

2019-04-03

韓国のようなゴロツキ」ってヘイトスピーチか?

韓国人のようなゴロツキ」とか「韓国人はゴロツキ人種」とか言ったらそりゃヘイトスピーチだろうけど

主語が「韓国」の場合制度とか体制とか政府外交政策に対する非難になるのでは?

言葉が汚いとか不適切発言というならわかるけど主語が「韓国」でもヘイトスピーチなの?

たとえあの候補の内心が差別心に満ちたヘイト野郎であったとしても、発言として「韓国のようなゴロツキ」まではセーフのはずでは?


それが駄目なら、

日本アメリカ主語にして色々言ってることも全部ヘイトスピーチなっちゃうけど大丈夫

日本中世」とか「日本死ね」でもも完璧ヘイトスピーチだよ?

そこまで考えた上であの候補を吊るしてるの?

2018-10-09

anond:20181009014544

個人的な印象を言うと言語学なんかは何語でやっても比較大衆から信頼されると思うよ。良くも悪くも金にならない学問だし。でも政治思想と関わる社会学なんかはどうやって陰謀論が出てくる。御用学者もいれば、マルクス主義の流れだってある。そんな党派性が当たり前にあるなかで自分大学教員としての学問性を担保できるのは海外査読英語論文だけなんじゃないだろうか。

最初増田でも書かれてたけどさー、言語別の研究蓄積の偏りみたいなのがあって、ぶっちゃけ日本社会に関する研究とかだったら日本語の方が圧倒的に詳しいしむしろ英語圏の研究に偏りがあったりすることがあるんだよな。オリエンタリズムみたいな偏見があるとかさ。

前に英語圏の大学Ph.D.獲った日本人日本史研究者も、日本語圏での研究蓄積をぜんぜん踏まえずにトンチンカンなこと言ってる、って評判になってたな。

英語圏の日本研究にもすぐれた業績が多く、見習うべき点も多いけど、やっぱり日本での蓄積にはかなわないんですわ。ただ彼らの研究には日本出身日本研究者にはない視野がある。そういう意味もっと海外交流しようというのは賛成だけど、別に英語圏が研究最先端ってわけじゃないんだよなあ。

日本には日本バイアスがあるし、英語圏には英語圏のバイアスがある。アルミニウム密度日本で測定しようがアメリカで測定しようが同じだろうし、ドイツ人アイディアだろうがインド人アイディアだろうが数学世界では同じなのかもしれないけれど、人間社会研究する学問ではどの言語研究したって党派性は出てしまうんですわ。だからって開き直るんじゃなく、そういう党派性バイアス存在自覚した上で文献を読み書きすることが必要なんだけどね。学問ってそうやって先行研究批判的に継承した上に自分発見を付け加えていくものだと思う。

日本研究標準語日本語しろアメリカ人だろうがフランス人だろうが日本語論文を書かないと無価値だ、という流れになって、結果的日本語での研究が国際化する、という方向性個人的にはありだと思うんだけど、連中なかなか日本語で書いてくれないんだよなー。日本語の方が研究蓄積厚いのにね。まあそれはお互い様ということで、私らもイギリスドイツについての論文日本語で書かせてもらってますアメリカ人の東洋史研究者がみんな日本語中国語論文を発表し、英語論文を書いてもアメリカアカデミアでちっとも評価されない世界が訪れるなら、私らも現地語で論文書いてないやつは無価値主義転向してもいいんだけどね。

あとついでに言うと経済国際関係絶対英語でやってくれ。自国経済外交政策運営世界の潮流に裏打ちされてないなんて知ったら国民不安になるじゃないか

経済学についてはしょーじき、文系の中でもかなり「理系」的なとこなんで、どうなってるか純粋に人文系の俺にはよくわからんが、こないだ香港頭脳流出してた若手経済学者とかいたから、英語で書いてんじゃね? 知らんけど。

anond:20181008215814

論文を読めない素人さんあるいは専門外の人たちに何をベースに信頼を担保するのかという問題なのでは?

日本学会誌日本語で論文出したよって言っても、著者は偉い先生弟子で、審査委員は全員その先生に逆らえない、あるいは論文の内容に関して政府から圧力が入ったって情報あるいは噂話が入ったら、論文の中身を自分検証できない人は著者を信じることを躊躇しちゃうよね。理系英語誌でもそういう贔屓の問題は起きないわけじゃない(実際米国でのコネが効くといわれている)けど、国際的中立そうな権威から認められた論文のほうが大衆からの信用を勝ち得るというのは事実だと思う。


実際内容検証する人たちからすれば、それこそ全部arXivでいいし(分野によっては無名学者arXiv投稿しても読む人数が少ないのではという問題はあるが)、一つ一つの論文重要性まで加味するなら、そもそも論文や発表の「件数」を数えること自体無意味だよね。で結局は人間同士の信頼の話になるんだけどそれはコネと腐敗の温床であって、文系アカデミアは今まさにその腐敗を指摘されてるんだと思う。


個人的な印象を言うと言語学なんかは何語でやっても比較大衆から信頼されると思うよ。良くも悪くも金にならない学問だし。でも政治思想と関わる社会学なんかはどうやって陰謀論が出てくる。御用学者もいれば、マルクス主義の流れだってある。そんな党派性が当たり前にあるなかで自分大学教員としての学問性を担保できるのは海外査読英語論文だけなんじゃないだろうか。


あとついでに言うと経済国際関係絶対英語でやってくれ。自国経済外交政策運営世界の潮流に裏打ちされてないなんて知ったら国民不安になるじゃないか

言語とか文化はいいんだよ。そういったもの国民はある程度の税金投入の必要性を感じてる。でも対立する社会政策や怪しい経済や国際論争に税金が投入されているのではないか懐疑的になって税金を出すのをやめろという勢力が出てくるのは止められない。「自分たちは正しい」と居座るのでなしに、そういうのに答えていくのも科学者仕事なのでは。

2018-09-16

anond:20180916084900

経済政策

恩恵を受けられたんですね。いいと思います

ただ長期的に見ると国によって株価が維持されている状況なので、市場経済的に健全とは言えません。

明確な出口戦略もないです。

まり国が市場からお金を引き上げようとすると株価暴落する可能性が極めて高いです。

外交政策

安倍さんは対ロ会談で毎度プーチン遅刻されているんですよ。

あと北方領土問題解決しないで平和条約を結べ、と言われています

またトランプ対日貿易関税を追加されています

それに相場より高いお金兵器を買わされていますし。

これは外交が上手なんでしょうか?外交がうまくいっていると思った具体的な理由は?

麻生プーチンの肩を叩いて談笑している写真はいらないです)

憲法改正

私も絶対護憲という立場ではなく、世界平和観点から自衛軍存在を明確に認めることは良いと思っています

しか自民党改憲草案ではそれだけはなく国民人権を縮小・制限する方向で書かれています

自衛軍を持つなら持つで米軍占領排除すると打ち出すべきです。

陰謀論的になってしまますが、国内大手電機メーカー軍需産業としての側面もあり、

それらが衰退しているいま、国家軍拡化は経済界から要望とも見るべきと思われます

飯の種にならない兵器国税が費やされて割りを食うのは庶民ですよ。

森友加計問題では決定的な証拠がいくつも出ていると思うんですが、あれ以上何を求めるんですか?

疑いがなければ公文書隠蔽改ざんする必要もないと思いますが。

あなたの論は全体的にふんわりしているので、なぜネトウヨ(もしくは親安倍)になったのか、もっと具体的な事柄を明示してくれると幸いです。

anond:20180916081855

経済政策

実家が株で儲けた

就職もすんなり決まった

外交政策

この世界情勢の中歴史的外交下手な日本的にはうまくやってると思う

なんにせよ外務省にだけ任せるよりマシ

トランププーチンで言えば麻生の方がやり合えるかも

憲法改正

9条はとっとと改正した方がいい

外交が弱いのも結局武力いからなので

こんな感じかなぁ

森友加計問題に関しては疑惑というには決定的な証拠がないか評価しようがない

2018-07-18

靖国神社国家神道)とオウム真理教

靖國神社明治2年(1869)6月29日明治天皇の思し召しによって建てられた招魂社が始まりで、明治12年(1879)に「靖國神社」と改称されて今日に至っています

明治維新天皇が作った神社なんだね。

 

戦後GHQ1945年12月15日神道指令を発布した。

GHQは、占領間中靖国神社の存続の容認を苦慮している。

信教の自由観点から、慎重に時間をかけて調査している間に、国際情勢が変化し、アメリカは、ソ連を中心とした共産主義国家に対抗することに外交政策軸足を移した。

靖国神社の存続容認に、いわゆる逆コース、もしくは、「日本の非軍事化民主化の促進に重点を置いた政策から日本共産主義国家に対抗するアメリカ同盟国に変える政策」という政策変更が、作用したと見られている。

 

GHQによって、日本戦争に駆り立てた宗教神道)は禁止されたけど、アメリカソ連冷戦で、見直しになった。

GHQ靖国神社OKにした。

外国から見ればA級戦犯でも、日本人にとっては同胞なので、日本人も靖国神社容認/参拝している。

 

オウム真理教事件を起こしたが、信者たちはいまだに教祖尊敬している。

オウム信者と昔の日本人は、似ている部分もありますね?

 

anond:20180718205646

2018-06-27

一度、日本共産党に国政運営させてみたい気もする

低能先生はじめ、40代ロスジェネ世代を今後どうするのかについて、少し考えてみた。

今の日本で一番お金を持っているのは老人と大企業ということになっている。

老人は金を貯め込んだまま何もしないし、大企業は完全に成熟し切った日本市場無視して、海外市場展開のために資本投資し続けている。

もし日本共産党政権を取ったら、これらから金を取り上げて、どうやって再配分するのか、怖いもの見たさで気になるよね。

正直言って、自民党政権財界地方選挙区とのしがらみが大きすぎて、自民党にはロスジェネ世代を救うのは無理だと思う。

そこで、本当に日本共産党政権をとらせてみる。

日本共産党政権を取らせるリスクとしては、内政はともかく、すぐに近隣諸国謝罪賠償を始めて、日米安保条約を廃棄して、日本領土中国共産党に売り渡す可能性が高いこと。

自民党外交政策については国民も認めているので、このままでいい。

から外交政策自民党やらせて、内政については共産党にまかせる(自民党共産党は互いに干渉しない、という形の連立)。

2018-06-09

拉致問題ってそこまで重要か?

北朝鮮家族や友人を奪われた人たちにとっては確かに重要だ。

だけど、国の外交政策上は他にもいろいろ重要論点があるんじゃないのか。

それだけというわけにはいかんだろう。

なんで北朝鮮絡みになると二言目には拉致問題ばかり言っているのだろうか。

それより日本はいまの新しい潮流に乗って、日本国益を最大化すべきじゃないのか。

宥和ムードが出来たほうが、拉致問題だって話し合いやすいんじゃないのか。

2018-03-16

安倍退陣で良いと思う

単一政権が長期に続きすぎるのは良くないので

森友関連で安倍問題があるとは思わないが

これを契機に今の任期終わりで交代することが望ましい

問題は誰に継ぐかなのだけど、今の経済外交政策を引き継げ

かつ総理大臣としての格を持った政治家が思いつかないのが悩ましい

2017-06-11

白紙に戻せぬ遣唐使教科書の読み比べ)

山川出版日本史の何がすごいのか、さっぱり分からない」

http://anond.hatelabo.jp/20170604204919

これの筆者です。

id:netcraft3さんに「このままシリーズ化してほしい」と言われたんですが、そのつもりはないです。歴史学に対してろくな知識もないから恥をかきそうだし、人気の増田国会ウォッチャー)みたいに注目をあびるのは恐ろしいです。

  

なので今回で最後になるかもしれませんが、ひとまず「遣唐使」について見ていきましょう。

山川出版社『詳説日本史』の「遣唐使」という項は、次のように書かれています。全文引用します。

618年、隋にかわって中国を統一した唐は、東アジア大帝国をきずき、広大な領地を支配して周辺諸国に大きな影響をあたえた。西アジアとの交流もさかんになり、都の長安(現、西安)は世界的な都市として国際文化が花ひらいた。

東アジア諸国も唐と通交するようになり、日本から遣唐使は8世紀にはほぼ20年に1度の割合で派遣された。大使をはじめとする遣唐使には留学生・留学僧なども加わり、多い時には約500人の人びとが、4隻の船にのって渡海した。しかし、造船や航海の技術はまだ未熟であったため、海上での遭難も多かった。遣唐使たちは、唐から先進的な政治制度国際的文化をもたらし、日本に大きな影響をあたえた。とくに帰国した吉備真備や玄昉は、のち聖武天皇に重用されて政界でも進出した。

朝鮮半島を統一した新羅とも多くの使節が往来したが、日本は国力を充実させた新羅従属国として扱おうとしたため、時には緊張が生じた。8世紀末になると遣新羅使派遣はまばらとなるが、民間商人たちの往来はさかんであった。一方、靺鞨族や旧高句麗人を中心に中国東北部建国された渤海とは緊密な使節の往来がおこなわれた。渤海は、唐・新羅との対抗関係から727(神亀4)年に日本に使節を派遣して国交を求め、日本も新羅との対抗関係から渤海と友好的に通交した。

これはひどい遣唐使派遣再開が何年だったかという記述がありません。

そもそもこの派遣が再開であるという基礎知識すら、この教科書では把握できません。ページを戻って第2章「1,飛鳥の朝廷」の「東アジアの動向とヤマト政権の発展」という項では、「倭は630年の犬上御田鍬をはじめとして引き続き遣唐使派遣し」たとあるのですけど、その後にしばらく派遣を中断した時期があることは記載なし。

一時期は中断していたからこそ、702年の派遣再開に歴史的意義があります。第1回の遣唐使派遣が630年ですから、何と、まだ大化の改新をやっていない時代ですよ? それくらい古い時代から派遣していたにもかかわらず、多くの教科書8世紀初頭の出来事として遣唐使のことを説明するのはなぜでしょうか。それは再開というターニングポイントを重視しているからです。本書もそれに従って、「3,平城京時代」という単元に「遣唐使」の項を配置しています。それならば、中断・再開の経緯について説明を載せるべきです。

  

ちなみに、他の教科書では、遣唐使派遣再開についての説明が次のようになっています

7世紀前半にはじまった遣唐使は、天武・持統天皇時代にはしばらく中断されていたが、702年久しぶりに難波津を出発した。」

東京書籍日本史B』(日B 004)

「また政府は、8世紀のはじめに遣唐使派遣して、669年以後とだえていた唐との国交を回復した。」

実教出版日本史B 新訂版』(日B 014)

「日本は唐の文化積極的にとり入れようと意欲をもやし、ほぼ20年に1度くらいの割合で遣唐使派遣した。」

山川出版社高校日本史 改訂版』(日B 017)

白村江の戦いののち、30年あまりとだえていた唐との国交が、701(大宝元)年の遣唐使任命によって再開され、以後、遣唐使がたびたび派遣された。それまで、半島から渡来人新羅などに学びながら、ある程度の国家体制を整えてきたが、この年の大宝律令とともに、唐との直接交通を始めたのである。」

桐原書店新日本史B』(日B 011)

律令制度を整えた朝廷も、702(大宝2)年に遣唐使を復活させ、唐の文物制度摂取につとめた。[中略]

こうしたなか、朝廷は新都の造営や貨幣鋳造、国史の編纂などを次々に実行して、中央集権体制にふさわしい国家づくりに励んだ。」

三省堂日本史B 改訂版』(日B 015)

  

引用者注教科書のページを戻って「白村江の戦い国内体制の整備」の項では、白村江の戦いののち、遣唐使が「669年を最後に中断した」という記述あり。]

この中では、桐原書店ダントツに優れていると思います

遣唐使が中断していた理由もわかるし、大宝律令の制定と遣唐使の再開という2つの出来事を結びつけて理解することができます

  

三省堂記述おもしろいです。私は前回、この教科書について、「時代の流れがよくわかる」「時系列にしたがった記述が多い」というようなことを書きましたけど、ここでもその特徴が出ています

大宝律令の制定、平城京への遷都、貨幣鋳造、国史編纂というのは国内政治です。一方、遣唐使新羅・渤海との関係は、外交政策です。普通教科書はこれを別項に分けますが、三省堂はこれを同じ項にまとめて一つの時代様相として語っているのがすごい。

  

東京書籍実教出版も、中断・再開に触れています。その点は『詳説日本史』より絶対にマシです。

  

山川出版社高校日本史 改訂版』(日B 017)は、教科書のページ数が少なくて、内容もぺらぺらに薄いです。『詳説日本史』と同様、これでは大雑把に奈良時代の初め頃だったということしか分かりません。(しかも正確には702年に派遣再開されたので、これを奈良時代出来事と把握すると誤りになります)

  

  

  

東大入試でよくわかる遣唐使

東大入試2003年)は、遣唐使の本質にせまる問題を出しています

次の(1)~(4)の8世紀の日本の外交についての文章を読んで、下記の設問に答えなさい。

(1) 律令法を導入した日本では、中国と同じように、外国を「外蕃」「蕃国」と呼んだ。ただし唐を他と区別して、「隣国」と称することもあった。

(2) 遣唐使大伴古麻呂は、唐の玄宗皇帝元日朝賀(臣下から祝賀をうける儀式)に参列した時、日本と新羅とが席次を争ったことを報告している。8世紀には、日本は唐に20年に1度朝貢する約束を結んでいたと考えられる。

(3) 743年、新羅使は、それまでの「調」という貢進物の名称を「土毛」(土地の物産)に改めたので、日本の朝廷は受けとりを拒否した。このように両国関係は緊張することもあった。

(4) 8世紀を通じて新羅使は20回ほど来日している。長屋王は、新羅使の帰国にあたって私邸で饗宴をもよおし、使節と漢詩をよみかわしたことが知られる。また、752年の新羅使は700人あまり大人数で、アジア各地のさまざまな品物をもたらし、貴族たちが競って購入したことが知られる。

  

設問:この時代の日本にとって、唐との関係新羅との関係もつ意味にはどのような違いがあるか。たて前と実際の差に注目しながら、6行以内で説明しなさい。

これの答えがピンポイントで載っている教科書があります

山川出版社新日本史B 改訂版』(日B018)です。これ以外は、どの教科書も上記引用した『詳説日本史』と似たり寄ったりの内容ですからいくら熟読をしても答案を書くことが難しいと思います。(三省堂のぞく。後述)

8世紀に入ると、日本は20年に1度の回数で大規模な遣唐使派遣した。日本は唐の冊封を受けなかったが、実質的には唐に臣従する朝貢であり、使者正月の朝賀に参列し、皇帝を祝賀した。[中略]

一方、日本の律令国家内では天皇皇帝であり、日本が中華となる唐と同様の帝国構造を持った。日本は新羅や渤海を蕃国として位置づけており、従属国として扱おうとした。

白村江の戦いののち、朝鮮半島を統一した新羅は、唐を牽制するために日本とのあいだにひんぱんに使節を往来させ、8世紀初めまでは日本に臣従する形をとった。やがて対等外交を主張したが、朝廷はこれを認めず、藤原仲麻呂新羅への征討戦争を準備した。一方で、新羅民間交易に力を入れ、唐よりも日本との交流が質量ともに大きくなった。現在の正倉院に所蔵されている唐や南方の宝物には、新羅商人仲介したものが多いと考えられる。[後略]

  

山川出版社新日本史B 改訂版』(日B018)

以上に準拠しながら、私なりに要点をまとめておくと、次のとおりです。

  

(1)は、日本が唐から律令を学び、その中華思想の影響を受けたことを言っています。つまり、日本はみずからが「中華となる」という「帝国構造」を作ろうとしたのです。「日本は新羅や渤海を蕃国として位置づけ」て、彼らを野蛮だと侮蔑し、従属国として扱おうとしました。ですが、唐だけは別格です。あのような大国を敵にまわすと、恐ろしいことになりかねません。そういう遠慮があって、唐のことだけは尊重して隣国と呼びました。

(2)は、「日本は唐の冊封を受けなかったが、実質的には唐に臣従する朝貢」をしていたということです。唐の臣下となって朝貢する国々の中にも、その立場にはランクがありました。日本と新羅はともに唐の臣下だったのですけど、日本は新羅より格上の臣下になろうとしたのです。

(3)は、日本と新羅関係悪化について述べています新羅が「8世紀初めまでは日本に臣従する形をとった」ので、その間は関係がうまくいっていました。しかし、新羅が「やがて対等外交を主張」するようになったから、両国関係はこじれてしまったのです。それが最終的には藤原仲麻呂が「新羅への征討戦争を準備」するくらいにエスカレートします。

(4)は、日本と新羅政治的には対立しつつも、経済的には交流が盛んだったという内容です。「新羅民間交易に力を入れ」ました。「新羅商人仲介し」、日本へ「唐や南方の宝物」をもたらしたのです。それは貴族たちが競って購入したがる垂涎の的でした。現在「正倉院に所蔵され」ている宝物も、そういうルートで輸入したものが多いのです。

  

教科書の読み比べをすることの目的は、なにも入試対応するためだけではありません。

例えば『詳説日本史』には、最初引用したとおり、「日本は国力を充実させた新羅従属国として扱おうとしたため、時には緊張が生じた」とか、「8世紀末になると遣新羅使派遣はまばらとなるが、民間商人たちの往来はさかんであった」という記述があります。この短い記述が伝えようとしていることの本当の意味は、『新日本史B 改訂版』(日B018)のような他の教科書と併読することにより、はじめて正確に把握できるのです。

  

ところで、この教科書の著者は、東大の先生が3人、京大の先生が1人です。本書だけに載っているネタを使って入試問題がつくられたのは、そのへんの事情もあるのかなと勘ぐってしまます

もしくは、これは2003年入試問題ということだから、ちょうど講談社の『日本の歴史シリーズ2000年2003年)が発行されていた時期ですし、そちらの内容を意識しているのかもしれないですね。一応、そっちのシリーズから引用しておきましょう。

国内及び新羅などの諸国に対する時と、唐に対する時とで天皇の顔を使い分けるという、まことにすっきりしない状況でもあった。このような努力・苦心を払って日本が手に入れようとしたのは、東アジアの有力国としては新羅より格が上、という地位の確認であり、また初期の遣唐使が唐の高宗蝦夷を見せたことに示されているように(『日本書紀』斉明五年七月三日条)、日本は隼人蝦夷などの異民族をも支配下にいれた大国かつ君子国であるという評価であった。いわば唐を盟主とする諸国の中での相対的に高い地位を求めるとともに、自らの小帝国であることを唐に認めさせようとしたのである。(石母田正天皇諸蕃』)

  

坂上康俊『日本の歴史05巻 律令国家の転換と「日本」』

さきにもふれたように、「日本国」は唐帝国との公的な外交関係では「天皇」の称号を用いることができず、実際には二十年に一度の使い――遣唐使――を送る唐の朝貢国位置づけられていたと考えられるが(東野治之「遣唐使船」朝日新聞社、一九九九年)、国号「倭」から「日本」に変え、「天」をつけた王の称号を定めたのは、唐帝国に対し、小なりとも自ら帝国として立とうとする意志であったことも間違いない。

実際、「日本国」は「蛮夷」を服属させる「中華」として自らを位置づけ、「文明」的と自任するその国制を、周囲の「未開」な「夷狄」におし及ぼし、国家領域を拡げようとする強烈な意欲を、その発足当初は持っていたのである

[中略]

このように、朝鮮半島に対しても圧力を加えて、朝貢を強要する姿勢を示す一方、「日本海」をこえてたびたび使者を送って交易を求めてきた渤海については朝貢国として扱うなど、「日本国」は自らを「中華」とし、帝国として四方に臨もうとしていた。しか東北侵略を止めた9世紀に入ると、こうした「帝国主義」的な姿勢列島外の世界に対する積極的な動きはしだいに退き、十世紀になれば、ほとんどそれは表に現れなくなっていく。

  

網野善彦日本の歴史00巻 日本とは何か』

日本が置かれている立場としては、唐への朝貢という屈辱外交をやめるためには、遣唐使派遣を中止するしかないわけです。しかし、日本は唐と断交して敵対的にのぞむ国力も、その覚悟もありませんでした。

いっぽう、遣唐使は唐の皇帝から賜った国書日本国王へ勅す)を持ち帰るわけにはいきません。日本が唐に朝貢していると認めることは、天皇の威信を傷つけることになるからです。

こうなると、実際には日本が唐に朝貢していることが明らかなのに、国内での建前としてはそれを否定してみせる必要が出てきます。要するに、「遣唐使派遣は朝貢ではない。天皇が唐に臣従しているという批判は当たらない」という建前をでっちあげ、国内的にはそれをゴリ押しすることで、この矛盾を乗り越えようとしたのです。

  

私がこのエントリ題名に「白紙に戻せぬ遣唐使」と付けた由来は、多分みなさんもご存知の、894年に遣唐使が廃止されたことを指す語呂合わせ「白紙に戻そう遣唐使」です。しかし、日本がほんとうに、この"遣唐使"的なるものを白紙に戻せたかというと、それは甚だ疑問です。為政者国内国外で異なる顔を見せたり、外交姿勢の実態と建前を使い分けているというのは、室町時代に明に朝貢して「日本国王」となった足利義満に、ほとんどそのまま適用できる視点だと思います

それに、このことは現代外交問題についても、重要示唆を与えてくれます。例えば政府国内に向けて愛国心ナショナリズムを煽っておきながら、それと同時に国外に向けて国際協調アピールをするというチグハグな状況は、まさにこの延長にあるんじゃないでしょうか。

あるいは唐側の視点で見ると、日唐関係はこんな見方もできるかもしれません。唐は日本がおとなしく朝貢するかぎり、細かいことに目くじらを立てなかった。唐としては蕃国をヘタに刺激して事を荒立てるより、多少その尊大なふるまいを黙認しておく方がメリットがあった。すなわち唐は日本と妥協しあって、朝貢関係があるとも無いとも、どちらとも言える状況を作りあげた。――こういう分析がどれだけ妥当か分かりませんけど、2国間に争いがあるとき玉虫色の決着をつけ、両国政府がそれぞれ自国民の耳に心地よい解釈で説明をしているというのは、これまた現代によく見かける話でしょう。

  

  

  

教科書の読み比べ

遣唐使についての解説が長くなりすぎましたが、じゃあここから、各社の教科書の読み比べをしていきます

  

実教出版日本史B 新訂版』(日B 014)

遣唐使船はふつう「よつのふね」とよばれ、1隻に100人まりが乗りくみ、多い時で約500人の大使節団であった。

悪くはないですが、遣唐使について普通説明があるだけです。

おもしろい特色がありません。

無理に良い所探しをするなら、「よつのふね」という文学的呼び方を紹介し、その規模がいかに大きかったかを強調していることです。

華々しく飾り立てた大使節団というのは、それを送りだす側も、それを受け入れる側も、両国にとって国威発揚イベントになったと推測できますもっとも、沈没行方不明になることも多々あったので、華々しさとはかけ離れたのが実態だったかもしれませんし、どうなのでしょう?

  

  

  

桐原書店新日本史B』(日B 011)

  

……って、今回はここで文字数制限なのか。

引用をしていると、あっというまに文字数が膨らみますね!

つづきを書きました→ http://anond.hatelabo.jp/20170611234459

2017-04-27

首相動静―4月26日

2017年4月26日22時04分

8時52分、官邸。53分谷内正太郎国家安全保障局長、外務省秋葉剛男外務審議官正木欧州局長

9時31分、今村雅弘復興相。

10時4分、吉野正芳自民党衆院議員。27分、報道各社のインタビュー。57分、皇居。内奏、吉野氏の閣僚認証式。

12時1分、官邸。 11分、吉野氏に復興相の補職辞令交付記念撮影。39分、東京永田町憲政記念館。50分、日本国憲法施行70周年記念式典の植樹式。

13時、同式典の記念式に出席し、あいさつ。17分、官邸

14時1分、谷内国安全保障局長北村内閣情報官、石兼公博外務省総合外交政策局長防衛省前田哲防衛政策局長河野克俊統合幕僚長

15時12分、読売新聞インタビュー。49分、高村正彦自民党総裁

16時29分、北村内閣情報官。53分外務省秋葉外務審議官正木欧州局長

17時8分、鈴木茂樹総務審議官外務省秋葉外務審議官正木欧州局長松島浩道農林水産審議官片瀬裕文経済産業審議官田端国土交通審議官、真部朗防衛審議官武内良樹財務省国際局長

  38分、麻生太郎副総理財務相財務省佐藤慎一事務次官浅川雅嗣財務官武内国際局長

18時48分、東京銀座オーストリア料理店「銀座ハプスブルク」。葛西敬之JR東海名誉会長清原武彦産経新聞社相談役食事北村内閣情報官同席。

21時18分、東京富ケ谷の自宅。

露骨複雑骨折

昭和天皇を引き継いで繰り返される憲法違反の「内奏」

http://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/e/4ab82ffd0fc5504804ceabdb07eba5fd

2016-06-20

http://anond.hatelabo.jp/20160620193541

共産党格差是正に取り組むのは良いが

外交政策(「北東アジア平和協力構想」)

宣伝手法(「市民革命」「アベやめろ」)

が終わっているからな。

2016-05-29

[]0:増田ののぼう

 増田島。モンスーン気候に含まれ大陸東岸位置するその諸島では多くの家が覇を競い、謀略と決戦による離散と集合を繰り返したあげく、十一の家が生き残っていた。

一つ目は増田家。

 増田島の北端部に位置するこの家は北方の豊かな資源を中継する立場にあり、回船によるすいすい水上交易で莫大な財産を築いていた。威信財を重視する家風がもたらす物欲のせいか増田家では内乱が起こりやすく、せっかくの資金力を安定して外征に投じることができなかった。厳しい冬の気候遠征障壁となっている。しかし、大量動員されたとき傭兵軍団の力は本物であり、革新的当主にひきいられて都へ上ったことも何度かある。

 本拠は増湊。

二つ目増田家。

 前述の増田家の南東に位置する増田家では、婚姻外交が盛んであり、周辺諸国や有力家臣のほとんどと血縁関係を有している。送り込んだ夫人とその侍女団によるもはやスパムめいた文通による諜報活動増田家の地位を巧みに保ってきた。反面、他家の内輪もめに巻き込まれることも多く、いまいち地域の主導権を掌握できないでいる。

 結婚はそろそろ分家に任せておけ。戦争せよ。が、新当主モットーである本拠は増谷。

三つ目は増田家。

 増田家の南西、そして増田家の西に位置する増田家は、古代先住部族の血が濃く、やや異質な存在である増田家内部でもその意識が強いため、かえって先進文化を取り入れることに熱心であり、増田海を利用した通商が盛んに行われている。北の増田家とは海上交易権をめぐるライバルでもあり、自分たち土地よりも交易先の港で激しく干戈を交えている。ぶっちゃけ非常に迷惑である。両家の争いは都の外港である増瀬を炎上させたことがあり、そろって出入り禁止を言い渡された。

 前代当主は大の鯖好きであり、そのために港を手に入れた。

 本拠は増浜。

四つ目は増田家。

 入港禁止を言い渡された増田海側北方の二家の縄張りに横から失礼する形で頭角を現してきたのが増田島の背側にある増田である。もともと繊維の有名な産地であったが、一般には無骨武人と思われながら実はトップセールスに優れた一面をもつ当主によって、繊維の染色から加工、納入までもこなす重商国家へ変貌を遂げつつある。

 植物性繊維の染色に欠かせない明礬鉱山帰属を巡って、二つ目増田家の南にある増田家と激しく争っている。

 本拠は増館。

五つ目は増田家。

 増田島最大の平野部を領有する増田南東部増田家は比較的あたらしい家であり、この時代象徴する存在である。高度にシステム化された統治機構と徹底的な遠交近攻策によって平野部を平らげて来た。

 しかし、近年は領土拡大に伸び悩みはじめており、また農業以外の産業育成にも苦戦している。四つ目の増田家と泥沼の戦乱状態にあるが、敵の求めているものいまいち理解できていない( ・ิω・ิ)。

 本拠増戸

六つ目は増田家。

 古くからの名門である増田家は、いわいる主語が大きくなった例としてよく知られる。きわめて機会主義的で行き当たりばったりの外交政策をとって来たため周囲に味方がまったくなく、いままでのツケを払わされつつある。それでも、他家の当主低能とやたら罵倒する。

 増田家が攻め込んできた時だけは、普段はいがみ合う増田家も同盟を結んで侵略者撃退したという。そして撤退する増田軍の背中に塩をまく。敵に塩を送るの由来である

 本拠は増台。

七つ目は増田家。

 商業結節点である増津をおさえる増田家は財政的に非常に豊かであり、宗教と結びつく禁断の政策によってますます富を集積している。本来宗教施設しか使用できない角度とかにうるさい石垣技術をもちいた国境城塞群は難攻不落であり、増田家の富に垂涎する敵の侵攻をにべもなく、はねのけ続けている。女装癖の当主は勤勉で、年中むきゅうで働いている。しかし、増田島を統一する意欲には乏しい。

 長く続く戦乱が武器産業利益をもたらし、彼らが共依存する宗教にも信者獲得の機会を与えているかである

 本拠は増津。

八つ目は増田家。

 都の周辺を押さえる増田はいちおうは天下の号令者の立場にある。だが、前代未聞の宮中脱糞事件を含む不祥事続きで尊敬を完全に失っており、洛書にあざけられない日はない。結果、「都の地方勢力」に堕している。

 支配する人口は非常に多いが文化的な反面、戦争に向かない人材割合が多く、暴力による意志強制にも成功していない雑魚ナメクジである

 本拠は増居。

九つ目は増田家。

 増田島の長く狭い陸橋部を支配する増田家は律令制時代駅長にはじまる豪族の出であり、社禝を守りじわじわ支配地をひろげていった結果、豪族からの二段JUMPで西増田島一の勢力と謳われるまでに成長した。

 彼らが都の増田家を制圧してしまわないことは長年の謎とされている。下手に関わっても火中の栗を拾うだけであり、遷都などすれば柔弱な気質に染まると中興の祖が言い残したことが影響しているらしい。西方には年々攻勢を強めており、完全制覇がなれば都を抑えにでるとの観測もある。

 本拠は増州。

十番目は増田家。

 古代から大陸に対して開かれた湾港都市、増屋を支配する増田家は渡来人の血が濃く、一族の中には毛の色が増田島人一般とは異なる者までいる。大陸から導入した兵器を大量運用することで戦術武勇の不足をおぎない周囲の弱小勢力を打倒した増田であるが、より大規模な九つ目の増田家と十一番目の増田家との戦争では、文明力の差を軍事技術で埋められ、苦戦している。最後の三家の争いを特別増田三国志と呼ぶこともある。

 当主は新来の言葉をすぐに使いたがり家臣に疎まれている。

 本拠は増屋。

十一番目は増田家。

 増田南端位置する増田家は武勇の誉れ高く、それ以上に攻勢を一方向に集中できる利点を駆使して、勢力を拡大してきた。なお、家中新参者に限らず犠牲になる粛清の嵐であり、酒の席はいつもピリピリしていたと言う。大喜利に滑った人間には容赦がない――が大喜利強要する。

 歴代当主の口癖は「舐められたらおしまいだ」である

 本拠は増林。

 さあ以上、十一家の中で増田島の支配権を握るのは、どの家だ!?きみも当ててみよう。

次回

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