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はてなキーワード: 日常生活とは

2024-05-24

老人の中で生きる苦しみ

あなた日常生活環境の老人度はどんなもんだろうか

俺は基本的に家と職場の往復しかしない40歳独身者だが、

社内の人間ガチで50歳以上の人間しかいない

3割が60代、5割が50代後半、残り2割が50代前半と言ったところだ

社外の人ともそこそこ会うが、それも半分以上が50代以上の人たちだ

 

なんかこういう環境に息苦しさを感じる

若いエネルギーのない空間の中で窒息死してしまいそうだ

誰か助けてくれ

2024-05-23

パソコンサポセンで長年勤務してるけど聞いてほしい

長らくメーカーPCサポセンやってるけど、客がサービス理解してなかったりそもそもの考え方が提供側と違っててイライラすることが多いから吐き出させてくれ

今の職場だとサービス提供する側だが日常生活だとサービスを受ける側になることのほうが多いか自分も肝に銘じる

①問い合わせ番号だったり顧客番号は最初に必ず言え

 説明書だったり請求書だったりに長いけど問い合わせ用の番号あるじゃん

 あれって必ず最初に聞くように教育されてるんだけど何のためかわかるか?

 電話をかけているてめーが保障が残っているのか残っていないのか、そもそもこっちの時間を使ってまで対応する”お客様”なのかを確認するためだよ

 

 基本的に番号がわかればそいつ契約している保障が紐づいてわかるから

 ・適切な窓口につながっているのか→そのまま対応

 ・違う窓口につながっているのか(契約しているのより下位の保障窓口の場合)→上位保障窓口に転送

             (保障はあってるけど、製品的に別窓口で対応 ex タブレットデスクトップノートスキャナプリンタ)→担当窓口に転送

 とか対応がとれるワケ

 ちなみに客によってはどういう構成で買ってるかも登録されてることがあるから、修理に進んだ時に登録されている構成をもとに部品を見繕ってるよ

 最悪なのはそーゆー番号を言わず一方的にまくしたてるやつ

 その情報がないとテメーがちゃん契約してサポートを受けるべき客なのか、契約もないのにタダ乗りして話してる客なのかの区別がつかない

 ちなみに契約文面に「サポート受けるんだったら最初に番号を言え、番号わかんないんだったらサポート受ける資格ないよ(意訳)」って書いてるところもあるから

 番号わかんない時点で「ちゃん契約をして金を払ってる顧客かわかんないから切るね」ガチャ としても文句言わないでね

 

 これの何が最悪かというと、

 ・契約している保障パソコン情報がなんもわからん保障のグレードで案内できる内容違うからコイツに案内していい内容なのか判断に迷う

                       パソコン情報もないか曖昧な回答しかできない

 ・契約しているかからないやつが回線を1つふさいでる→正規サービスを受けられるハズの客が待たされて時間がかかる

 みたいなことが起こる

 

 頼むから素直に客番号言ってくれ ないならかけるな

 (どこにあるかわかんないって聞いてくれれば「ここにあるよ!」って案内はできるから安心してくれ)

情報確認ちゃんとテメーの口で言ってくれ

 たまによくかけてくる客に「電話番号で登録あるだろ?それ調べてくれ」とかのたまう奴がいるが、

 サポート側で情報が見えていてもこっちから口に出すことは原則したくない

 これはこっちがめんどくさがっているとかじゃなくて個人情報保護問題

 仮に別の奴がテメーを騙って電話をかけてきたとして、

 「名前は?」「折り返しの番号は?」とかテメーしか知りえない情報質問して答えられなかったらニセモンだとわかるけど

 こっちから「○○××さんだよな?」「電話番号は000-0000-0000だな?」とか聞いてウンウン頷かれたら判別がつかない

 

 ただでさえ個人情報管理が厳しくなってきているんだから頼むな

 怠慢じゃなくテメーの情報を守るためにやってることだから素直に従え

 情報を守られたくないんだったら話は別

契約内容をよく確認しろ

 テメーが契約しているサービスちゃん理解しろ

 下位グレードの保障契約なのに、明らかに画面殴ったみたいな故障を依頼してきておいて、「これって保障あるからタダよな?」とか馬鹿言ってる客がたまにいる

 こっちも契約書に書かれている約款の内容でしかサービス提供できないからそんな無茶を言うな

 「そこをなんとかタダにならないか?」とか横車を押されてもそんな便宜を図ったらこっちのクビが飛ぶ

 俺を今後養ってくれないんであればそんなこと言ってないで粛々とこっちの案内を聞け

データはテメーで管理しろ

 稀ではあるけど、SSDHDD故障データがどうしても飛んじゃう客もいる

 自分も今使ってるパソコンデータ飛んだら嫌だなーと思うしすまんなーとも思うんだけど、

 データ管理って基本的に客が管理するもんだって定められているのが殆どからこっちで保障することは基本的にできない

 消えたら困るデータがあるんだったら定期的に自分バックアップを取ってくれ

 逆に考えてほしいが、サポセンでそんなにホイホイデータ復旧出来たら怖くないか

 中古PCから情報抜き取り放題になっちゃうじゃん?

 データが消えたのはすまん、しかしそのデータ責任をこっちに求めるのはお門違いってことで

じゃあみんなそこんとこよろしく

※著しく横柄な態度どかじゃなければこっちも丁寧に案内するよ!

※吐き出しだからクソみたいな文体になってるけど対応の時はちゃんとした言葉遣いしてるよ!

パソコンサポセンで長年勤務してるけど聞いてほしい

長らくメーカーPCサポセンやってるけど、客がサービス理解してなかったりそもそもの考え方が提供側と違っててイライラすることが多いから吐き出させてくれ

今の職場だとサービス提供する側だが日常生活だとサービスを受ける側になることのほうが多いか自分も肝に銘じる

①問い合わせ番号だったり顧客番号は最初に必ず言え

 説明書だったり請求書だったりに長いけど問い合わせ用の番号あるじゃん

 あれって必ず最初に聞くように教育されてるんだけど何のためかわかるか?

 電話をかけているてめーが保障が残っているのか残っていないのか、そもそもこっちの時間を使ってまで対応する”お客様”なのかを確認するためだよ

 

 基本的に番号がわかればそいつ契約している保障が紐づいてわかるから

 ・適切な窓口につながっているのか→そのまま対応

 ・違う窓口につながっているのか(契約しているのより下位の保障窓口の場合)→上位保障窓口に転送

             (保障はあってるけど、製品的に別窓口で対応 ex タブレットデスクトップノートスキャナプリンタ)→担当窓口に転送

 とか対応がとれるワケ

 ちなみに客によってはどういう構成で買ってるかも登録されてることがあるから、修理に進んだ時に登録されている構成をもとに部品を見繕ってるよ

 最悪なのはそーゆー番号を言わず一方的にまくしたてるやつ

 その情報がないとテメーがちゃん契約してサポートを受けるべき客なのか、契約もないのにタダ乗りして話してる客なのかの区別がつかない

 ちなみに契約文面に「サポート受けるんだったら最初に番号を言え、番号わかんないんだったらサポート受ける資格ないよ(意訳)」って書いてるところもあるから

 番号わかんない時点で「ちゃん契約をして金を払ってる顧客かわかんないから切るね」ガチャ としても文句言わないでね

 

 これの何が最悪かというと、

 ・契約している保障パソコン情報がなんもわからん保障のグレードで案内できる内容違うからコイツに案内していい内容なのか判断に迷う

                       パソコン情報もないか曖昧な回答しかできない

 ・契約しているかからないやつが回線を1つふさいでる→正規サービスを受けられるハズの客が待たされて時間がかかる

 みたいなことが起こる

 

 頼むから素直に客番号言ってくれ ないならかけるな

 (どこにあるかわかんないって聞いてくれれば「ここにあるよ!」って案内はできるから安心してくれ)

情報確認ちゃんとテメーの口で言ってくれ

 たまによくかけてくる客に「電話番号で登録あるだろ?それ調べてくれ」とかのたまう奴がいるが、

 サポート側で情報が見えていてもこっちから口に出すことは原則したくない

 これはこっちがめんどくさがっているとかじゃなくて個人情報保護問題

 仮に別の奴がテメーを騙って電話をかけてきたとして、

 「名前は?」「折り返しの番号は?」とかテメーしか知りえない情報質問して答えられなかったらニセモンだとわかるけど

 こっちから「○○××さんだよな?」「電話番号は000-0000-0000だな?」とか聞いてウンウン頷かれたら判別がつかない

 

 ただでさえ個人情報管理が厳しくなってきているんだから頼むな

 怠慢じゃなくテメーの情報を守るためにやってることだから素直に従え

 情報を守られたくないんだったら話は別

契約内容をよく確認しろ

 テメーが契約しているサービスちゃん理解しろ

 下位グレードの保障契約なのに、明らかに画面殴ったみたいな故障を依頼してきておいて、「これって保障あるからタダよな?」とか馬鹿言ってる客がたまにいる

 こっちも契約書に書かれている約款の内容でしかサービス提供できないからそんな無茶を言うな

 「そこをなんとかタダにならないか?」とか横車を押されてもそんな便宜を図ったらこっちのクビが飛ぶ

 俺を今後養ってくれないんであればそんなこと言ってないで粛々とこっちの案内を聞け

データはテメーで管理しろ

 稀ではあるけど、SSDHDD故障データがどうしても飛んじゃう客もいる

 自分も今使ってるパソコンデータ飛んだら嫌だなーと思うしすまんなーとも思うんだけど、

 データ管理って基本的に客が管理するもんだって定められているのが殆どからこっちで保障することは基本的にできない

 消えたら困るデータがあるんだったら定期的に自分バックアップを取ってくれ

 逆に考えてほしいが、サポセンでそんなにホイホイデータ復旧出来たら怖くないか

 中古PCから情報抜き取り放題になっちゃうじゃん?

 データが消えたのはすまん、しかしそのデータ責任をこっちに求めるのはお門違いってことで

じゃあみんなそこんとこよろしく

※著しく横柄な態度どかじゃなければこっちも丁寧に案内するよ!

※吐き出しだからクソみたいな文体になってるけど対応の時はちゃんとした言葉遣いしてるよ!

日本女が子供を連れ去った」主張のフランス人団体に180万支払命令

弁護士神原

@kambara7

拡散希望フランス人の子親権を巡る紛争に関連し、フランス人支援団体から名誉毀損された等として損害賠償等を求めた裁判で、本日東京地裁は、支援団体賠償金180万円の支払いと、記事の一部削除を命じる判決を下した。

180万円は名誉毀損訴訟としては高額

また正義が勝ってしまった‼️

https://twitter.com/kambara7/status/1793527192015753723

まじで最近名誉毀損系の額が上がりすぎじゃね?

そしてあちこち神原がいる

フランス人夫の主張

https://www.dailyshincho.jp/article/2021/12021005/?all=1

2021年12月02日

11月30日、「仏当局日本女性逮捕状 両国の子連れ去り容疑」というニュースネット上を駆け巡った。フランス人男性が別居中の日本人妻に「子供を連れ去られた」と訴えている件で、パリ裁判所が、「未成年拉致の罪」(未成年略取及び誘拐)と「未成年者を危険さらした罪」で日本人妻に対して逮捕状を発付したのである

 2006年来日したヴィンセント氏は、09年に日本人妻と結婚。その後、2人の子どもができた。だが、価値観の違いなどから夫婦間に亀裂が入り、18年8月に、妻は彼に無断で、当時3歳と11か月歳の子どもを連れて家を出て行ってしまった。それ以降、彼は子どもと会えていない。

 ヴィンセント氏は、子どもに再会できるまでハンガーストライキを続けるつもりだった。しかし、栄養失調によるふらつきから転倒して右手小指を骨折。手術を余儀なくされ、7月31日に中止した。

 11月24日、およそ4カ月ぶりにインタビューの場に現れたヴィンセント氏は、ハンガーストライキ中に比べると、少し頬がふっくらとして健康そうに見えた。81キロあった体重は一時64キロにまで減ってしまったというが、現在は75キロくらいまで戻ったという。手術をした小指には治療チタンが入ったままで、もう曲げることはできないが、特に不自由はない。

日本人妻の主張

https://www.bengo4.com/c_3/n_14688/

2022年07月08日 15時55分

そもそも離婚は、私から言い出したことではありませんでした。別居する数年前から日常生活の中で、彼が『離婚だ』ということは度々ありましたが、私が弁護士に依頼した時も最初は『相手から離婚と言われているけど、どうしたらいいのか。話し合いをしなければいけないから力になってほしい』という心情でした。

代理人を立ててからは、どういう形で子どもと会わせていこうか、という話も出ていました。しかし彼は『離婚しない』と意向が変わり、『僕には子どもを育てる権利があるから、面会交流申し立てもしない』などと主張するばかりで、話し合いは進みません。彼が結局のところ、離婚したいのか、子どもと会いたくないのか。彼がどうしたいのかわからず、私は混乱していきました。

さらに、メディアインターネットSNS上では『妻が虐待した、誘拐した』などと事実と異なる彼の一方的な主張が繰り返され、子ども写真を公開されるなど、著しいプライバシー侵害もありました。

こうした彼の対応をみて、この人とは婚姻関係を続けることはできないと離婚を決意し、裁判所の面会交流調停を通さずに面会することは子どもにとっても危険だと考えるようになったのです。その後もメディアで、彼は『子どもと会えない』と言っていたのに、実際には彼からの面会交流申し立てはありませんでした。

2024-05-21

anond:20240520195104

①「黙って椅子に座っているのが苦手」

椅子にじっと黙って座っているのが非常に苦手です。

そわそわムズムズして落ち着かない気持ちになります

途中で「やっぱり帰ります」と言えないのも辛いです

似たような仕組みの、エレベーター電車バスなども苦手です。


②「髪を切る人から質問オープンクエッションなのが辛い

例えば「バリカンは何ミリしますか?」と聞かれても、この店に何ミリの物があるのか、一般的には何ミリなのかなどうまく答えることが出来ずアワアワしてパニックになりかけます

髪型のついて長いと鬱陶しい以上の感情がないので、聞かれても何も答えられないので、せめてクローズドクエッションにして欲しいです、

(バリカンの例だと「2ミリ、4ミリ、6ミリがありますいかしますか?」など)


③鏡を長時間見ると気持ち悪くなってくる

日常生活でも鏡は怖くて避けているのに、強制的に鏡の前に座らされるのが辛いです


④散髪が終わった後日、髪型のことを言及される可能性を危惧して憂鬱になる

次の日に出社したり誰かと会ったときに「おっ髪切ったね」などと雑談の種を振られると、気持ち悪くなります

僕は自身の外見に言及されるとプラスマイナスを問わずイライラしてくるし、それが何度も繰り返されると、それまでの積み重ねを台無しにするほど怒ってしまうことが何度もありました。

2024-05-20

陰謀論・反ワクにハマり、デモに参加しようとする友人を説得したい

 親しい友人が、ディープステートをはじめとする陰謀論にハマりました。

 趣味SNS陰謀論について積極的に発信するようになり、陰謀論である主催者がおこなうパンデミック条約反対デモに参加すると言い出しました。


 私は、陰謀論の主張内容にも、それを信じ広めようとする人たちの態度や振る舞いにも賛同できません。友人がそういった思想に染まることが耐え難く、陰謀論を信じることをやめてほしいし、最低限デモには行って欲しくないと思い、説得を試みました。結果、陰謀論への信仰(本人は自分の主張を陰謀論とは思っていない)を止めることは叶いませんでしたが、デモへの参加は思いとどまってもらえました。友人を説得するために手紙を書いたのですが、直接口頭で伝えることができたため、この文章を送ることはなくなりました。

 せっかく書いたのにもったいない(笑)ので、供養と、私と同じように陰謀論デモへ行こうとする友人にモヤモヤしている方の気持ちを整理するきっかけになればと思い、ここに投げることにしました。また、手紙の本文中に挙げた書籍は、陰謀論実態を知るために読んだ十数冊の中から中立的立場から書かれていると感じたものを選びました。特に情報パンデミック」は読みやすおすすめです。


 なお、私の友人は「ここまで心配してくれる友達との仲を壊してまで行くのは止めよう」という気持ちからデモ参加を取りやめたのであって、陰謀論を信じること自体を思い直したわけではなさそうということを書き添えておきます。予断を許さない状況は続いています

  友人へ。もし、この投稿を見つけたのなら、陰謀論というワード検索たか、少しでも疑問を抱いたか、だと想像します。正直、私の反対を押し切ってデモに行くなら絶縁もありうると思っていたし、陰謀論を信じ続けるのであれば今までのようには付き合えません。考え直してほしいです。




 パンデミック条約反対デモに行く気持ちは変わらないと聞き、今の時点での私の思いを伝えておきたいと思い文章にまとめることにしました。返信しなくて構わないから、読むだけは読んでください。


 あなたが心から日本の現状を憂い、未来を良いものにしたいという善意と熱意からデモに参加しようとしていることは、十分理解しているつもりです。その気持ち否定したいのではありません。

 でも、私との友人関係「真実」を多くの人に知ってもらう活動、そのどちらかを選べと言われたら、今のあなた後者を選ぶでしょう。そのことが本当につらく、悲しいです。実際にそうなるかもしれないという危機感覚悟を持って、今この文章を書いています

 陰謀論を信じている人を説得することは困難、むしろ逆効果であることも承知の上です。本来であればスルー一択の状況だけれど、私はあなたとの友人関係を失いたくない。その一心からであって、決して非難攻撃をしたいのではないということ、分かってください。


 ここからは、あなたの信じる「真実」のことを陰謀論と呼ばせてもらいます安易レッテル貼りが良くないことは重々承知していますが、他に適切な言葉が見つからないので、ごめんなさい。

 一部の権力者が外からはわからないように自らの利権を得るためのはかりごと=陰謀陰謀があるという前提で世の中の事象説明しようという試み=陰謀論、と捉えています史料証拠があり明るみに出ているもの陰謀、明確な根拠がないのに仮説をそのまま事実と主張するもの陰謀論、です。現在進行中で明るみに出ていない陰謀もあるかもしれませんが、明るみに出るか確実な証拠が見つかるまではそれも陰謀論範疇といえます。正しくないかもしれないけれど、間違いを回避するためにはこのスタンスを取ることが健全ではないかと考えます



 

 デモに行って欲しくない理由は主に二つです。


 ひとつめは、デモの主張内容の根底陰謀論があること。

 今回のデモの主張内容、ワクチン関連死の真相解明・超過死亡の原因究明・パンデミック条約反対、これら自体は真っ当な主張に見えます

 しかし、主催者発言などを見ていくと、おそらく陰謀論論理価値観を前提にしているのだろうと推測ができます。「日本を滅ぼしたい何者かがばら撒いた毒によって人がたくさん死んでいる」と言いたいのですよね。


 陰謀論は、科学的根拠を精査しておらず論理が飛躍していることにも違和感があるのですが、それ以上に「全ての事象には必ず明確な原因がある」という二元論姿勢こそに、問題本質があるように思います


 あなたは、デモ主催者陰謀論であるという私の指摘に対し、彼の言うことを全て信じているわけではないと言っていました。陰謀論には、荒唐無稽ものから真実に近そうなものまで多々ありますしかし、荒唐無稽ものは信じていないから、というのは、陰謀論を信じていないということにはなりません。

 「根拠の不確かな」「それっぽい説を真実と信じ込み」「善悪二元論帰結させ」「反論する相手のほうが間違っていると攻撃し」「自分の信じる真実理解しない者は反対勢力洗脳されていると憐れむ」「対話不可能な」言論に心当たりはありませんか。

 あなたの主張には、おそらく正しいもの現実に即したものも多々含まれる。しかしその根底にある信念(ディープステートによる世界支配)は、紛れもなく陰謀論のものです。ディープステート存在は、現時点ではあるともないとも証明のしようがない。それを「ある」と確信しているところに、危うさを感じます

 利権絡みで政治が歪むというのは普通にあることでしょう。歴史を紐解けば、そういった陰謀が実際に存在したこともありました。

 しかし、少子化報道感染症対策をはじめ、あらゆる現象がそこへ帰結するというのは、いくらなんでも飛躍しすぎです。ディープステートが本当にあると信じることが、認知を歪めてしまっていると感じます


 世の中には「わからない」ことがたくさんあります。答えが一つではないことも、立場が変われば意見が変わることもいくらだってあります

 ワクチン関連死の真相も、超過死亡の原因も、おそらく現時点では「わからない」のです。わからないなりに、未知の感染症になんとか対抗しようと手探りで行われた結果、思いもよらない被害が出てしまった。そんなところではないでしょうか。

 もちろん、それで良かったとは言いません。原因も究明されるべきでしょう。それでも、わからいかもしれない。科学の、医学の力なんてそんなものなのです。

 もし原因が判っても、今の政権は都合の悪いことを発表しないかもしれない。隠蔽を疑いたくなるのはごもっともです。だからデモで抗議する。理解できます


 しかし、それがなぜ「隠された陰謀によるもの」と結びつくのでしょうか。「明確な答えがないと不安」な気持ちを、絶対悪である何者かの所為にすることで安心したいのではないですか。


 カルトマルチ自己啓発セミナーと同じ構造です。不安を一発で拭い去ってくれる魅力的な何か、「気づき」、昨日までの自分とは違う覚醒したような気持ち。そういったもの陰謀論はもたらしてくれるのです。脳にとっては快楽です。だからハマる、依存性があるのです。

 真実からスッキリ納得がいくのではありません。スッキリするからそれを真実錯覚するのです。


 私は、陰謀論を広めようとする人たちの、自分たちの主張が絶対に正しいと信じて疑わない(ように見える)立ち振る舞いが苦手です。

 世の中に、絶対的な悪や完全な正義はないと思うからです。世界の仕組みも人間の行動も、数十分の動画簡単説明できるほど単純ではないと思うからです。理不尽で不可解な状況に置かれたときも、一旦は現状をありのまま受け止めることからしか理解は始まらないと思っているからです。この点において、陰謀論スタンスとは相容れないのです。

 そもそも、隠された世界的な陰謀本当にあったとして、それを一般市民YouTubeで手軽に知ることができるなんて、おかしいと思いませんか。



 もうひとつは、エコーチェンバー問題

 デモに集まるのは、陰謀論的な価値観の人、それに疑問を感じていない人たちだと思います。同じような意見の人に囲まれていると、その意見多数派正義のように思えてくる。リアル陰謀論コミュニティに参加することで、あなたがそちらの世界ますます傾倒してしまうことを恐れています

 デモはきっと楽しいでしょう。同じ意見の人たちと語り合い、声を上げ、この国の未来のために行動しているという実感が得られるわけですから。せめて、ここまで読んでもらって、陰謀論の「おかしさ」に少しでも疑問をもってくれていたらと思います

 また、陰謀論スピリチュアル自然派マルチカルト親和性が高いです。これらは、日常生活人間関係に大きく影響します。コミュニティの内側にいると気づきにくいものですから、引きずられないよう気を付けてほしいです。



 「陰謀論と言われても負けない」「陰謀論なんて信じてないけどこれは真実」「正しい情報は隠されているか自分で調べなければならない」これらは陰謀論に飲み込まれる人が必ずと言っていいほど口にする言葉です。

 あなた政治・経済に詳しい。それは誰もが認めるところです。けれど、政治に関心が高い人ほど陰謀論を信じやすく、逆に教育の高さや政治立ち位置陰謀論への染まりやすさに影響しないということは知っていますか。

 ネットYouTubeだけでなく、ぜひ一度関連書籍も見てみてほしいと思いますあなたに勧められた動画を見ていない私が言える立場ではないとは思いますしその点は申し訳ないと思うのですが(実はいくつかは観ようとしました。しかし冒頭から何を言っているのか意味がわからず、苦痛で、すぐに観るのを止めてしまいました)、少なくとも誰でも好きなように公開できる動画よりは、ファクトチェック体制のある書籍のほうが信頼できると私は考えています


 参考までに、陰謀論歴史やそれを信じるに至るメカニズムを、心理学的・統計的調査をもとに分析している書籍を挙げておきます

陰謀論入門」ジョセフ・E・ユージンスキ 作品社 2022年

情報パンデミック読売新聞大阪本社社会部 中央公論新社 2022 年

陰謀論」秦正樹 中公新書 2022年



 私は賛同できないけれど、陰謀論を信じること自体個人自由です。それなのになぜその世界観を否定するのかを、最後に書きます


 あなたは、「真実が一人でも多くの人に広まってほしい。生活が安定しなければ趣味も楽しめない。政治生活から政治のことを発信していく」と言っていましたね。

 しかし、まず大前提として、趣味SNSではみんな趣味の話をしたい。人の家の生活、たとえば晩ごはんメニューがどうでもいいのと同じように、人の政治的主張もどうでもいいのです。

 もちろん発言することは自由です。時には「あ、なるほど」と思い、時には「ちょっと面倒臭いな」と思い、多くはスルーされるでしょう。平和的な、現実に即した発言であれば、ですが。


 陰謀論本質は、全てを二元論帰結させがちなところにあります。つまり何かを語る時、一方的かつ断定的な物言いになる傾向があります。率直に言って「怖い」のです。反論なんかしたら百倍になって返ってきそうだし、話が通じなさそうに見えるのです。

 それを見た人はどう反応するか。同じ意見を持つ人は賛同を表し、ますます先鋭化していく。反対意見の人は、反論して不穏な空気になるか、黙って去る。そしてほとんどの人は、そっと離れる。だっていから。


 すると、いずれどうなると思いますか。あなたの周りには、同じように陰謀論を信じ広めたいと考える人が残り、先鋭化した思想についていけない大多数の人は離れていくのではないでしょうか。


 陰謀論を広めようとする人たちは、自分たちの主張を絶対に正しいものと信じ、否定するもの断罪し、自分たちの主張に都合のよい事実のみを根拠としてつまみ食いします。

 陰謀論思想から、言説を信じることで次第にその行動様式にも染まっていくのです。


 最近あなた言動が、これに近づいていることは自覚していますか。陰謀論ひとつの説として受け止めるにとどまらず、その善悪二元論的な考え方を自分の中へ取り込んでいることに気づいていますか。


 先月、攻撃的な言動非科学的な情報拡散を控えてほしいとお願いした頃、次第に過激化していくあなたの振る舞いをそばで見ていて、私はとてもしんどかったです。趣味アカウント積極的思想を発信し、周りからかに距離を置かれていることを察して切ない気持ちになっていました。非科学的な言説に対し、どう反応してよいのかわから困惑していました。


 しんどければミュート・ブロックしてくれとあなたは言いますが、実際にそれをしてしまえば、今後あなたと一緒に趣味を楽しむことはできなくなりますよね。

 受け止め方は人それぞれだから、と言うのは、一見、冷静な態度に思えます。離れてもどうでもいい他人ならばそれで構わないでしょう。

 しかし、私や親しい人たちに対してまで、気に入らないなら見なければいいと言ってしまうのは軽率ではありませんか。私はあなたにとってその程度の存在なのかと、悲しくなりました。


 趣味を楽しむために始めた発信なのに、一緒に趣味を楽しむはずだった人々が離れていく。そして孤立すればするほどこの傾向が加速する。

 信じることが自由であっても、思想を広めようと発信することには責任が伴います。その思想自体賛否があることはもちろん、その他の発言陰謀論的な価値観を持つ人の発言と受け取られるようになります。「結局、陰謀論を広めたいんでしょう?」「ヤベー奴の言うことはヤバい」となるのです。既に、趣味アカウントの一部のフォロワーの間ではそういう空気になっています

 陰謀論の主張内容や拡散方法に対して、不快感嫌悪感を抱く人がいることを想像していますか。第三者にそういった感情を抱かせる発信をする人から、離れたいと思う人がいることは想像できますか。


 陰謀論は、カルトマルチと同じように、思想に染まることで人格を変え、周りに広めようとすることで人間関係破壊するのです。



 くり返しますが、あなたが心からこの国と未来を憂いて、善意と使命感から陰謀論を信じていることを非難するつもりはありません。

 あなたはきっと世の中の不条理無理解に対し、大変な憤りを感じているのでしょう。あなたが世の中の問題真摯に向き合った結果、周りへの影響を過小評価し、私との関係犠牲にすることすら厭わない態度を取らせるに至らしめた陰謀論が憎いです。同時に、それをあなたへ広めた陰謀論者の人々もまた、心から善意と使命感からそうしているのだということにやるせなさを感じます

 だれも悪くないのにどうしてこんなことになってしまうのか、言葉が見つかりません。ただただ悲しいです。


 結局のところ、私が何を言おうと、あなた自身が気づかなければ私の言葉が響くことはないでしょう。あなたもきっと、私に対して同じように思っているのではないですか。私は体制側に洗脳されている、陰謀論レッテルを貼ることで真実から目を背けている、結局は自分の力で気づくしかないと思っているのではないですか。

 極端な思想を語ることのリスクはこれです。どんなに気が合うと思っていても、世界観、価値観の相違をあぶり出してしまう。関係の薄い相手であれば容易に分断を生み、親しい間柄にさえ話しても無駄という諦めが溝を生む。

 自分思想押し付けたりしていないのに、私からは考えを押し付けてくるのは干渉しすぎだと思いますか。そうかもしれません。これが例えば宗教の話だとして、キリスト教仏教なら何も言いません。でも、統一教会オウムなら全力で止めますよね。陰謀論はそういう性質のものからです。少なくとも無害ではない。これ以上深入りすれば、あなたは私の知っているあなたではなくなってしまうかもしれない。だから、行き過ぎを承知で言っています。同時に、陰謀論と言われても仕方ないと解っているのに、信じるのを止められないことへ無力感を覚えます


 初めにも書きましたが、もっと関係の薄い相手であれば、陰謀論にハマったと感じた時点で穏便に距離を置いていました。思想洗脳された人を見るのはしんどいし、説得することは困難だからです。

 それをせず、反感を買うかもしれないこんな長文をわざわざ送り付けたのは、私があなた失いたくないからです。どうか、私のために頭を冷やしてほしい。

2024-05-17

anond:20240516221255

mkzsdisk日常生活に支障が出るレベル男性不信を患った方の意見が発端のようなので、普通の人を相手にするように反応するのはお互いのためにならないのでやめた方がいいと思う。

同人即売会にいる女の服装幼児

即売会に行くと確かに普通に生きてたら滅多にお目にかかれないような服装してる女をたくさん見かける。

おしゃれなオタクもいる!は確かにそうだし、そもそも今はメイクとかファッション知識が拾いやすくなって、平均値が上がってるからオタクでもそれは例外ではないんだけど、よく女オタクの痛い服装槍玉に挙がる、和ゴスで真っ赤なアイシャドウ+眉ボサとか、すっぴんア…シーズみたいなのは何故かいつの時代一定数いる。

ただこのへんは最近よく見かけるようになった、謎のチャイナアイテム寄せ集めた治安悪い(笑)中華マフィア系も含めて逆に母数が大きすぎて逆に埋没してる気がする。

それよりも気になるというか、他では見ないなと思うのは、年齢不詳(若くはない)な人が猫のついた毛玉だらけのカーディガン着てたり、小学生男子みたいな服で華美な同人アクセサリーをじゃらじゃら身につけてたり、洗濯しすぎてペラペラになったTシャツ着てぬいぐるみの入ったバッグをパッツパツの斜め掛けにしてたりとか、「それは今まで誰も止めてくれなかったの?」みたいなタイプ。あとこの人たちはすっぴんか、マッキー涙袋描きましたみたいな個性的メイクをしてることが多い。

量産とか地雷系の女オタクファッションとしてサンリオアイテム持ってる、みたいなのとはまた違った意味幼児性が強いというか、全身から漂う小学生感が抜けないというか、本人の思ってる自分の姿と、実際の姿の乖離が激しいような気がする。

そういう人って小学生か、下手したらそれ以下の頃から自分の見た目に対する意識が止まってるのかもしれない。これは自分子供に見えてるとかではなくて、自己認識できる範囲が極端に狭いというか。たぶん日常生活の中にもこのタイプ存在してるんだけど、即売会だとオタクっぽいアイテムが乗るからより目立ってるし、とにかく数とバリエーションインパクトがある。

からといって、即売会にはちゃんとおしゃれをしろとかの話でもないんだけど、実際の感想として見た目が特殊な人が多い。

2024-05-16

美学

美学は人にとってあった方が良いものだと思っている。

人は窮地に立たされると、自分自分コントロールできなくなり得たい結果とは真逆の結果となるケースがしばしばある。

子供を見ているとまさにそのような行動をとることがある。

食事中、食べることにか飽きてきておもちゃで遊びたいとする。

おもちゃで遊びたいがために奇声を上げたり、ご飯で遊び始めたりするが親はそれを宥めるために早く食べてから遊びなさいと伝える。

その言葉を聞くとおもちゃで遊べないものだと思い行動が悪化する。

この場合子供おもちゃで遊びたい、親は早くご飯を食べさせたいという両者の対決が生まれる。

子供コントロールするためには、体罰や無理をさせることが必要という世論を唱える人もいる。

おれはその発想にも一定の理解がある。

子供人間になるまでは動物のものだと思う。

親側も同じようなものだ。

早くご飯を食べさせて食器を洗いたいという願望があるからこそ、怒って子供食事強要させる。

返ってそれが行動の悪化を招いているのではあるのだが。

怒っている当の本人は知る由もないだろう。

人間人間たらしめるのは理性や知性や【美学】、ポリシーなのではないかと思っている。

その数が少ければ少ないほど、自分欲望に忠実になるしかないはず。

そして、感情支配される人生不本意な方向に歩むしかなくなるのではないか

おれは仕事育児日常生活食事、色々な場面に【美学】を持つようにしている。

そして、自分自身がその美学に反していたとしても受け入れるようにしている。

美学】にこだわりすぎると、設定していた【美学】が自身に悪影響を及ぼすこともあるからだ。

しょせん【美学】は生きやすくするためのツールなのであってツール支配されてはいけないと考える。

文頭で美学があった方が良いと思うと記述したのもそのためだ。

〜すべき、確定、マスト

という言葉は苦手だ。

その苦手も【克服】して少しでも生きやす人生を歩みたい。

次回は【克服】について記載したいと思う。

    黒羽でやったことはメゾンときわ台日常生活発生することを排除する手段として使用したいとは思っているが、行きたくて行ったわけでもないし、10工でやったことも糞つまらなかったか

  自慢になるとも思っていないし、メリット理解できない。 また東京風俗を利用する上でも何の役にも立たない。

    この辺に住んでいる奴がうざいから書いてるだけでなんとも思っていない。佐藤提案は、何の自慢にもならないしくだらん。

2024-05-15

anond:20240515223841

普段日常生活シェアする関係からこそ、会社とかクルマを選ぶときなんかよりは遥かに真剣に、ずっとラディカルにお互いをテストしていいと思うわ。

ゲームイライラする人間って日常生活でも自分の思い通りにいかないとすぐイライラするんだろうか

何事も一人勝ちすることなんてできないんだから

勝ちも負けも50:50くらいの感覚じゃないとストレスで辛くなるだけな気がする

2024-05-12

ホメオパシーの人怖過ぎ

矢鱈と断薬と通院拒否を勧めてくる。

でも、この人増田が急性症状で救急医療必要になった時や強制入院になった時に治療費払ってくれるわけでもないよね。

それどころか、免責書類書かせるでしょ。

人体実験したいからって、他人に命や人生まで賭けさせてお金もらおうとするの狂ってるよ。

増田自分が飲んでる薬がどんな中身でも良いから、日常生活を送れる方が大事

働きながら毎日料理する30代夫が、料理をする魅力を語る

私は今32歳で、子供は1歳3ヵ月。妻は専業主婦をしている。

料理基本的に私の担当だ。妻は子供離乳食だけ作る。

今は旦那さんが料理することも多いのだろうが、仕事をしながら毎食しっかり作っている、という話をすると、驚かれることが多い。

と言うことは、こういう生活スタイルは、まだあまり一般的だとは言えないのだろう。

自分料理担当して、3~4年くらいになる。

元はというと、(無自覚だったけれど)自分はかなり食にうるさい方だったらしく、

おいしくないもの我慢できない。それがプレッシャーになる、ということで、自分料理をするようになった。

ただ料理(食事)が好きなだけじゃん、と言えばそれまでなのだが、

別に元々自炊する習慣がついていたわけではない。学生時代や、社会人生活最初の方は、かなり適当食生活をしていた。

必要になってやり始めて、だんだん面白くなってきたのだ。

から、今回の話は、必ずしも生まれつき料理好きな人にだけ当てはまる、というわけではない、と思う。

自分料理をする上で、最もいいな、メリットだな、と思っている点は、

家での料理が、「一石多鳥」である、ということだ。

自分そもそも合理的な行動が非常に好きなので、料理という一つの動作で多くのメリットを同時に実現していることを思うと、それだけで嬉しくなる。

自分料理をすることのメリットは何か? 挙げていけば、下記のようになる。

節約になる。

健康になる。

③好きなものが食べられる。

④食への理解が深まり、味覚をより探求できる。

趣味としてのリラクゼーションになる。

仕事でのタスク遂行能力が上がる。

⑦妻に喜ばれる

以下、順番に説明する。

節約になる。

これは言わずもがな、だ。一部には、「自炊お金がかかる」と言っている人もいるようだが、そんなわけはない。

短期的に見れば、確かに一定の初期投資必要かもしれないが、一旦ルーチンが確立してしまえば、中長期的なコストはどう計算しても自炊の方がやすい。わざわざ計算式で表現するのが馬鹿らしいほどだと思う。

料理器具などについての議論は一旦おいておくとして、ぜひ注目してほしいのは、「保存の効く食材について」だ。

ある程度料理をするようになるとわかるが、案外、日常的な料理日本人使用する食材調味料レパートリーは限られている。

また、そのレパートリーを大別すると、

(a)生鮮食品のように足が早いもの・・・肉、魚、卵、葉物野菜牛乳ヨーグルト、など。

(b)ある程度日持ちのするもの・・・玉ねぎジャガイモにんじんねぎにんにく生姜昆布鰹節味噌醤油、酒、ワイン蜂蜜、塩、砂糖コショウ、その他種々の調味料、など。

となる。

ポイントは、(b)に分類される、日持ちのする食材のうち、特に根菜類を、例えばイオン場合であれば火曜市などの安価に入手できる日に、

常に一定数以上確保しておくようにすることだ。

(b)の分類の食材が常に冷蔵庫ストックされており、調味料なども揃っていれば、

あとはその日の気分次第で、適当に(a)分類の生鮮食品と組み合わせて調理する。

肉類も、日によって、この日は豚ロースが安い、この日は鮭が、などと変わっていくので、

特別なこだわりがなければ、こうした特売に合わせて食材をチョイスすると、より割安に材料調達できる。

こうした方式を導入すれば、仮に一人暮らしだったとしても、食材無駄にせず、常にジャストな分量の食事を、最も安い価格で実現することができるはずだ。

健康になる。

これについては、妻の嗜好をかなり取り入れたところがある。今となっては、むしろ出来合の食事を食べることがかなりストレスになってしまい、一食でもコンビニ食などで済ませるのは、非常に嫌になった。

野菜を取りやすい、というのは当然そうだ。

しろ調理済みの惣菜や、飲食店食事で、一日に必要野菜摂取量を十分に確保することは難しい。

また、これは料理をするようになって気づいたことだが、

調理済みの食品には、大抵の場合、多くの食品添加物使用されている。

昔は食品添加物など「そんなシャラ臭いこと気にしてられるか」という印象だったが、今はほとんど全ての買い物で、食品成分表示確認するようになった。

具体的に、何は取るべきではなく、何は取ってもいい、という情報はあまりにも細かな話になってしまうし、自分自身でも完全に把握できているわけではないので、立ち入らない。

が、実際にコンビニスーパーなどで普通に販売されている食材の中にも、専門的な見地から見て十分に安全とは言えない添加物が多数使用されているようだし、

加工食品をあまり摂取しない生活の方が、(少なくとも主観的には)体調がいい状態で日々を送れているように感じる。

また、砂糖や油などの、体調への影響度が大きい成分についても、

自炊をする中で、それぞれの分量や性質自分の体調に与える影響の度合いを、実経験観測していくことができる。

こうしたPDCA自炊をしていると自然と回るようになるので、自然ダイエットにもなり、体調管理もつながっていると思う。

③好きなものが食べられる

これも当たり前と言えば当たり前だが、自炊による料理のおいしさ、という点では、個人的にはYoutube以前と以後で、自炊を巡る状況は大きく変わっている、と思うのだが、どうだろうか。

コロナ以前の、あまりYoutube上での料理動画が充実していなかった頃は、ホットクックを見るか、料理本を見て作るか、くらいが基本的選択肢だった。

ホットクックは玉石混淆だし、料理本は色々試すにはハードルが高く、またレシピ通りに作っても必ず美味しくなるわけではない。

また、いずれの場合でも、レシピだけを見て作っていると、料理の背景に、ベースとなる基礎があることが理解しにくかった。

その点、例えば食材の切り方一つ、食材の投入タイミング一つでも、動画で示されれば、そこで用いられているテクニックは一目瞭然だ。

また、「これは本当にすごいな」という、作って感動するレシピがかなりたくさんあるのもYoutube料理動画凄さだと思う。

誰の料理が好きかは好みが分かれるところだろう。個人的には、コウケンテツさんは、このジャンルでは本当の天才だと思う。ほとんど全てのレシピ動画に、味という観点だけでなく、作りやすさ、シンプルさ、という観点からも、驚くような工夫が凝らされている。毎回非常にクオリティが高いのに、ありふれていない。単純に仕事として憧れるところがある。

Youtubeがあることは、今から自炊を始めることの大きな理由の一つになるのではないか

④食への理解が深まり、味覚をより探求できる。

上記のように、Youtube動画ちゃんレシピ工程確認しながら多くの料理経験していくことで、料理全般を下支えするセオリー体感にわかるようになってくる。

例えば、

 ・料理において、塩はどのような役割を持っているか

 ・どのようにして旨味を構成するか?

 ・〇〇の食材には、どのような調理法が、なぜ合うのか?

 ・〇〇の食材は、季節によって味がどう変化するか、いつが美味しいのか?

 ・なぜこの順序で食材を投入するのか?

 ・この食材で風味づけする意味は何か?

など、無数に論点がある。

もちろん、素人なので、こういう事柄について体系的にわかっているわけではないが、それでもかなり感得できるところがあるのは確かだ。

このことによって、例えば外食に行った場合も、

「なぜこのような料理の仕方になっているのか」「この料理のうち、何がユニークなのか?」「なぜこれが美味しいのか?」などを考える上で、それを言語化し、考えるためのヒントが自分の中で非常に多くなる。

また、それに対する考察が、日常料理にもフィードバックされるために、自分家族の食の経験がより豊かなものになっていく。

これは、とても創造的で、面白い頭の使い方だと思う。食をよく楽しむと、「ああ、人生を豊かに楽しんでいるな」という気に、ふとなる瞬間がたくさんある。

趣味としてのリラクゼーションになる。

これも、個人的にそう感じる、というレベルのことに過ぎないかもしれないが、料理食材は、「人間自然との強力な接点の一つ」だ。

この前たまたま流れてきた動画の中で、養老孟司さんが、

サラリーマン一年のうち3ヶ月は田舎に行って農作業をするべきだ」

というようなことを言っていた。

これは、人間は(人間以外の)自然に触れることで、人としての自然なあり様を取り戻せる、などというような話の文脈で言っていることのようだったが、

やはり現実的にはこれはなかなか難しい。

一方で、都会に暮らしていると、自然に触れることによって自分の心身が整えられる感覚があるのも、自分としては実感するところだ。

料理は、一つの自然である、と考えることもできる。

例えば、食材を茹でている鍋の中で、いろいろな食材の色を眺めていると、何となく癒されるものがある。

また、料理をすれば、その色彩を眺めるだけでなく、実際に手で触れ、匂いを嗅ぎ、それを味わう、という、五感総合的に用いたプロセスを、自然経験する。

これが、日常生活を生きる上での、癒しになっている面は非常にあると思う。これは、例えば電子機器などが介在するような趣味とは、少し異なる位置づけの趣味として考える必要がある。

仕事でのタスク遂行能力が上がる。

料理は細々したタスクの積み重ねだ。日々確実に、決まった時間に、下記のような要素を十分に考慮した料理提供する必要がある。

 ・おいしさ

 ・栄養

 ・原材料費

 ・材料調達(買い出し)

 ・家族の好み(カスタマイゼーション)

 ・新規レシピの導入

 ・在庫管理

 ・洗い物の段取り

これらの左脳的なタスクも、非常に奥深いものがあり、上記を同時に達成するためには、細かなオペレーション上の工夫や、機材の導入などを適切に行なっていく必要がある。

私自身は一介の勤め人だが、上記のようなスキルは、一般経営者が求められる全般的なスキルと通ずるところがあるのではないか、と思う。実際に、経営学等における考え方を、日々の料理管理活用している部分も色々ある。

こうした事柄について改善を行うためには、個々の作業をただ行うだけではなく、全体の工程俯瞰した上で、このプロセス全体を創造的に組み替えていく必要がある。

ここまで色々語っているが、自分料理に実際に日々費やしている時間は、平均で30分程度のものだろうと思う。

このような工夫を継続的に行うことで、「涼しい顔をして高品質アウトプットを出し続ける」ような仕事の仕方を、多少なりとも身につけることができつつあるのではないか、と思っている。

⑦妻に喜ばれる

結局、これが一番大事だ。

よくある言説として、「時給に換算するとこれは〇〇円だから外注した方がいい」などというものがある。

かに資本主義原則から考えれば、原則的に自給自足は不合理であり、分業こそ正義、というのは、理論的には正しいだろう。

しかし、近頃子供も産まれ、よく考えることは、

自分がすることのうち、何を内部化し、何を外部化するか、ということは、生き方のもの規定する哲学だ」ということだ。

それこそ原理から言えば、ありとあらゆることを外注化することができる。

料理外注化すること、子育て外注化すること、(仮想的に)家族・友人を外注化すること、(パッケージ化された娯楽を楽しむという点で)趣味外注化すること。

技術が発展すれば、例えば「息をする」というようなことも外注できるだろう。

原理を考えれば、デカルト式に、「我思う」以外の事柄は、全て外注可能である、と言うことができるかもしれない。

しかし、やっぱり自分はそういうあり方には、本質的な喜びはない、と思う。

食事を作り、家族と食べる、という行為は、「息をする」のと同じカテゴリーに入る、自分に属する行為だ、と、今の自分は感じているらしい。

まあ、どこにラインを引いていくかは、人それぞれだ。それが生きる姿勢の反映ということだと思います

子供がチンチンいじるのを止めたい

子供っていうのは俺なんだけど。

自室にいると気がついたらチンチンいじっててそのままムラムラしてオナニーしてしまう。

貞操帯トイレとか日常生活が面倒になりそうだし。

外ではやらないから緊張感の問題なのかな。

まぁこういう事言える内が花なのかもね。今日もチンチンをいじります

冤罪をくらった時のために日常生活個人が取り得る対策

家に監視カメラ

位置情報の記録

通信記録

ブラウザ履歴

アプリ使用記録

電子決済の履歴

あとは何だろう

2024-05-11

anond:20240511150856

少なくとも俺はある。

意識的幸福を得ようとしたことはないけど、日常生活幸福感を得ることはあるよ。

制服問題点

日常生活でも式典でも通用してしまうのがよくない

そのせいでTPOに合わせた服装の使い分けが学べない

徹底的に排除しないと気が済まない

自分ももう抑えられなくて苦しくて、

もう助けてくれっていうか、願わくば殺してくれって感じなんだけど、

怒りの感情が強すぎてつらい。

普段人一倍穏やかだと思う。

でも一度「家族にとってこいつは敵だ、排除しなくてはならない悪だ」と認識したら徹底的に叩きのめさないと気が済まない。

アルコール強要する奴、危険行為他人強要する奴、犯罪に巻き込もうとする奴、いじめっこ…

全員ぶち殺してやりたくなる。

家族に対して少しでも脅威を与えそうな人間そいつらを注意しなくてはならない。自分正義の側だ!と思った時リミッターが外れる。

そうなったらもう止まらない

ヒステリーを起こしてクレーム入れまくって発狂する。

頭が怒りに支配されて、日常生活もままならない。

結局相手は大して反省せず、家族けがダメージを受ける。私がキレるせいで。

よく炎上するブチギレフェミニストなどを見ていると、私と同じタイプなのかなと思う。

自分正義基準に、誰かを守らなくてはと必死になってキレる。

あの人たちは本気で、守ろうと思ってやってるんだと思う。女子供を性被害から

ただその方法が間違ってるかどうかなんて気が回らないし気付けない。キレてるから

ちょっとでも性被害に繋がりそうなものはすべて徹底的にこの世から排除しなきゃいけないって思ってるんだと思う。

有害女性らしさなのか。

からない。でもこういうのって女が多い気がする。

守りたいって思想根底にあるのが女特有な気がする。

とにかく、何か敵のようなものから大事ものを守りたくて、敵になりそうな危険もの排除しなくてはならないって思う。

それが本当に敵じゃなくても。

anond:20240509232918

友人や恋人低俗な話をすることなんて古今東西いくらでもある話なんですけれども……俺は君の日常生活の方が心配だよ

anond:20240511080553

人体に影響のない酸素漂白剤を使ってるけどアレルギー過敏の人は使用を控えた方が良いかねーとか書いてあって、いやいや人体に影響あるやん!って画面の前で突っ込んだ。

それで影響あるレベルの人なら水道水そもそも有害なっちゃ人種だと思う

日常生活できないんじゃないか

2024-05-10

anond:20240510073516

バイクスポーツカーに全く興味のない平凡な一般人であるからすると、両方とも真っ赤な色で揃えてる時点で「(悪い意味で)普通じゃない」感じがしちゃってカッコいいとは思えないや。

でもスポーツカー好きの人たちのあいだではカッコいいと見なされるんだろうなぁというのは理解できなくもない。

うまい例えが見つからないけど、ファヲタの人が日常生活で奇抜なモード系の服を着てるみたいな感じ。

ファヲタあいだではイケてると見做されるんだろうけど、平凡な一般人から見ると変わってる人というか個性的な人に見えてしまうし、カッコよくも見えない。

anond:20240509135130

日本語読めてないのか?

迷惑かけることを推奨するなって話だぞ

日常生活大丈夫か?

自分がかけてる迷惑を把握できてるか?

周りの人間は大変そうだな

2024-05-09

暗黙の短歌テーゼ

最近短歌に関する増田記事とそれへの反応で気がついたのは、多くの人は歌人が共有する短歌に関する暗黙の考え方を知らないということだ。

短歌詠みの間には短歌に関する決まりごとや規範が暗黙のうちに共有されており、それを念頭に置いて歌を詠んだり、鑑賞したりする。私はこれを「短歌テーゼ」と勝手に呼んでいる。

あらかじめ言っておくと、このテーゼは必ず守らなくてはならないルールではない。むしろ現代短歌どうやってテーゼに沿わずして魅力のある短歌を生み出すか試行錯誤している節がある。

だが、どんな流派であっても優れた歌人はこのテーゼ意識し、従うか対抗するかのスタンスを明確にして歌を詠んでいる。そして、そのスタンスがある程度共通している歌人同士が同じ結社の中で作歌や鑑賞をすることで歌風確立させて行くのである

であるから、反例となる名歌はいくらでも挙げられるであろうが、反例があることはテーゼ存在しないことを意味しない。

以下、私はこれが短歌テーゼだと思うものを挙げてみる。これらは私が歌会での経験短歌関連の書物を通じて知ったことをベースにした持論であり、歌壇において認められた学説などではないということは断っておく。これらが短歌テーゼ網羅したものとも考えていない。もしこれも短歌テーゼなのではないかと思うものがあれば、教えてほしい。

また、この記事を書くにあたって各テーゼに従っている歌と、対抗する歌(=アンチ・テーゼ)を例示しようとしたが的確な歌を全部に配置できないので諦めた。こうした歌の事例もぜひ提案してもらえると嬉しい。(この記事果たしてまれるのか?という疑念はあるのだが……)

ちなみにこれから挙げるテーゼに対して確信犯的にすべて逸脱しているのが穂村弘である穂村弘歌人の中でも一般的知名度が高く、フォロワーも多いのだが、実のところ短歌テーゼ的には極めて特異な位置付けにある存在だ。ただし、それは戦後短歌運動の流れを意識的に継承した、れっきとした文学的試みである

1. 短歌は、<うた>である

短歌本来は歌であり、5・7・5・7・7の韻律を守り、音読したときに美しい調べとなるよう詠むことを求める。句割りや句またがりを多用したり、日本語として音読が困難な言葉を入れてはならない。

2. 短歌は、現実描写するべきである

歌会などで短歌の詠み合いなどをすると、時々「この歌は"作ってる"ね」と評されることがある。短歌描写リアリティが無かったり、やけにドラマティックであるなど、現実には起こったことでない内容である判断された時にこう言われる。このテーゼにおいては、どれだけ平凡ではあっても日常に実際に起こったことの方がドラマティックな虚構よりも価値があるのである

3. 短歌は、作るものでなく生まれものである

"作る"という先ほどの言葉の中には、作為的言葉を操り、上手く作ろうとする気持ちを戒めるニュアンスも含まれている。日々優れた短歌を鑑賞し、心のうちに誦じて日常を過ごす中で、するっと生まれてくるものを精製するのが本来短歌なのである。こうした体験なしに、ただ物珍しい言葉をいたずらに組み合わせて面白がられる歌を作ろうとする姿勢は望ましくない。

4. 短歌は、身体性を伴うべし

短歌日常生活に即した芸術である。その生活感覚は、身体から得られるものであって、生活に根ざしていない社会政治的話題や、テレビで見たことなど身体を伴わない経験を取り上げるのは望ましくない。

5. 短歌は、風景と実感の呼応関係である

短歌は、風景描写と心情の表現がセットとなるように構成すべきである風景はただの現実ではなく、それに対峙する詠み手の心情を象徴するものとして描写されなければならない。

6. 短歌には、情念を込めるべきである

ただものごとを説明するだけの短歌はただごとうたであり、本来短歌ではない。短歌には詠み手情念表現されなければならない。

7. 短歌は、日本の伝統文化である

短歌日本語を支える伝統文化である王朝時代以来の和歌歴史を学び、古典の優れた歌に触れながら、そのような伝統に連なることを意識して歌を詠むべきである和歌過去の名歌を鑑賞し、日本文化象徴するような風流事物を題材として歌を詠め。




追記:

ちなみに私自身は1・4・5・6に賛同し、2・3はややや否定的であり、7は積極的否定するスタンスである。7とどう決別するかは、戦後短歌の大きな課題でもあったという認識である

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