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2017-10-18

音楽以前に人の問題という話

anond:20171016161644

↑の元増田です。

ブコメを読んでいて色々思うことがあったので、補足説明を兼ねて追加エントリ

その前に、まず明るめの話から

果たして打楽器問題ないのか眼中にないのか気になる

自分が長く世話になったオケ打楽器は、今思えば神セクションだった。

「一発が拓く、まさしく一音入魂の素晴らしい瞬間」と「一発を外したときの怖さ」の両方を熟知していて、ストイックな音の追求に余念のない、セミプロ級の職人集団だった。

実際、彼らの奏でるティンパニはきちんと「旋律楽器」をやっていた。

勿論弦からも管からも信頼は厚かったし、思えば彼らの一発に何度も救われていたのだと、今頃になって思い至った。

態度も大人で、合奏中にチューナーで音取りし、それを根拠アンサンブルピッチを指摘されても「私の音は合ってます」と強弁して憚らない管楽器のことも悪く言わなかったし。

気づくのおせーのとプロ管楽器奏者も大概吹奏楽上がりだから主語がでけーのとで御愁傷様としか。なお吹奏楽やってる人ですらちゃんとやってればこの問題意識は持ってる。

であれば、極めつけのプロ管楽器奏者が吹奏楽をやったらどうなるん?ということで見つけたのがこの演奏

リード()」と思って軽い気持ちで聴き始めたけど、あっという間に引き込まれ最後まで一気に聴いてしまった。

こんなに味のある吹奏楽曲演奏は初めてというか、ここまで繊細に表現できるなら、何も言うことない最高の演奏だと思う。

というか、この演奏を聴いて「楽器の鳴り」だの「縦の線」だの、ましてや「コンクール」とかつまんねー事言い出す奴とは、多分楽しく合奏できないと思う(笑)

アルメニアトルコ隣国だけど、その上でトルコ軍楽隊してないのが良い。

勿論、N響管打コンバス+須川展也+外囿祥一郎というドリームチームなのはさておき。

そうなると、やはり問題学校吹奏楽文化か…ちなみに当該曲のWikipedia解説は、件のサイトが以前から玉石混交であることを前提としても頭が悪すぎ(というかボキャブラリに乏しい水槽厨が書いた感が半端ない、「かわいらしく演奏」「元気よく入る」「ドスを入れるように吹き」とか失笑ものだし、まさかと思うけど顧問の指摘の受け売り?)なので、吹奏楽の格が落ちると感じた人は修正すべきだと思う。


さて、前置きが長くなったけど、ここからが本題。

もっともな意見だけど、そのオケコンマス音楽監督はどういう心境でその音を聴き逃してたんだという疑問しかない

まず、そのオケには常任指揮者がいない

運営が人づてに、毎回色んな指揮者を呼ぶんだけど、理由が「変な人に居座られたら面倒だから」。

そして運営だが、実はこのオケ運営もほぼ全員管の人間なのだ

から、呼ばれる指揮者だって当然管楽器奏者目線での人選の結果となる(選曲も然り)。

これは別に弦の人間他力本願からではなく、運営が弦の人間を入れたがらないというのが実情だったり。

曰く

「弦は本番全乗りで運営仕事なんてまともに出来ないだろうから

「管は必ず降り番があるし、学校部活でなにがしかの係を経験していて慣れてるから

ということらしい。

随分と舐められたものである


次にコンマスの件。

自分がそのオケに入る前だから、もうかなり昔の話になるが、当時のコンマス指揮者対立してしまたことがあったそうな。

そして、あろうことか管楽器コントラバス人間指揮者の肩を持ち、コンマスを追い出してしまという結果になった。

それ以後の歴代コンマスは、弦セクションやヴァイオリンパート指導だけを黙々とこなす人ばかりが就くようになってしまったと。

ちなみにコントラバスってメンタル的な観点で、彼らは管楽器奏者だよねというのが個人的な持論。

そもそも他の弦パートの人に「お前そこ弾くな」とか言い放つような奴は仲間じゃねーから

てか吹奏楽部って「そこ吹くな」は勿論、指揮者からバカとか死ねとか普通に言われるんでしょ?

なんかもう、同じ音楽人なのに生きてる世界が違いすぎて引くわー。


結局、仕事でも趣味でも、起きる問題は詰まるところ人の問題なのだと心底痛感する。

そんでもって10年以上もいて、その問題解決どころか、多少なりともマシな状態にすら持っていけなかった自分は、社会性という視点で言ったら間違いなく無能だろう。

一連のエントリは、そんな自分のことを棚に上げて書いたものであることを白状しておく。

から罪滅ぼしというわけではないが、今後関わるオケでは、もっと人間重視で活動できればと思っている。

まあ、トラで行ってるオケはどこも弦と管の仲が良いし、そしてその親密さから来る協調感というのだろうか、温かみのあるサウンドに結構感動しながら弾いていたり(今までが異常に冷たかったんだろうけど)。

いずれ、それらのオケのどこかに落ち着くつもりである

2017-10-17

anond:20171017230117

島国日本は隣の国と言っても地続きではないからなぁ

というか現在中韓反日感情日本が戦中やらかしたからってのもある訳で

その部分を抜きにして経済文化における交流を考えると比較日本隣国とそれなりに仲良くやってきた方だと思うよ

2017-10-10

無敵の人事件が増えた気がする

東名事故、長女が証言「無理やり追い越し車線に」 TBS NEWS

http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3179057.html

家族6人全員を殺害」と供述 茨城 日立 | NHKニュース

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20171007/k10011170781000.html

からこんなにあったっけ?彼らは殺して刑務所に行けば済むのだろうけど、日本法律ではおそらく間違いなくいつか仮釈放されるだろう。くそ

隣国以上に、頭のおかしい輩が起こす国内事件が、本当に悲しい。情けない。でもどうしていいのかわからない。

泣けてきたよ。前からこんなに多かったんだっけ?

anond:20171008192049

プーチンさんの政治が一貫してるからね。

ロシアを害するなら、軍事力を動かすことも辞さないけど、ロシア利益となるなら、厚遇してくれる。

隣人としてちゃんと付き合える国なんだよ。

大統領が突如、感情的に行動を起こしたり、隣国を見下げたような発言をしない。

それだけでも大きいよ。

2017-09-28

anond:20170928133636

「でかい土地」と「争いをしなかったこと」な。

なんせ隣国に敵がいない。自国戦場になることもない(南北戦争除く)。

ヨーロッパ各国が戦争に明け暮れるなかで悠々と発展に専念できた。

2017-09-27

anond:20170927181336

「みんなと仲良く」みたいな幼稚園ドグマ押し付けられちゃたまらんよな。隣国と仲が悪い(陸続きも多い)国同士なんて普通なのに。

アメリカ全体として嫌うことが許されるなら、韓国を全体として遠ざける事が差別だというのは理屈が通らないと思うし、仮に百歩譲って理屈は通っているとしても、それに順ずるなんて無意味だ。

別に隣国と無理に仲良くする必要なし

平昌オリンピック公式サイト世界地図

日本存在しなかったという事実は、

とても重く受け止めるべきだと思った。

別に私は日本特別に思う事は無いが、

そういう事とは別の問題

自分たちは『侮られていた』という事実

向き合う必要がある。

2017-09-21

https://anond.hatelabo.jp/20170920153914

尊敬する人は、アケメネス朝キュロス大王だ。

アケメネス朝ペルシャの王のなかで、キュロスとダレイオスは大王と呼ばれ他の王と区別されている。

彼らは、アケメネス朝ペルシャだけじゃなくて、人類史上別格の王だった。

キュロス大王はバビロン捕囚の解放者として有名だけど、ただユダヤ人を開放しただけではない。

あらゆる民に、服従と引き換えに身の安全財産保全信教の自由保障すると宣言した人だ。

それまでの王朝は、征服したら皆殺しか奴隷だった。

ほとんど気まぐれに開放することもある程度だった。

大っぴらに、王の宣言として、そんなことをした人はそれまでいない。

許すことを覚えた最初の王だった。

服従という新しい選択を与えられたからこそ、近隣国戦争ではなく服従を選ぶようになり、空前絶後大帝国をつくることになった。

戦争にあけくれたキュロス大王では、ぼんやりとしたただのポリシー宣言だったけれど、ダレイオス大王時代制度として固定された。

レイオス大王はたぶん人類史もっとも有能な王で、また別の機会に書くかもしれないが、ここでは省略する。

とかく、信教の自由というのは、日本においてはあんまりピンとこないけど、徹底してる。

古代から近代まで、有能な王であるほど、徹底してそれを行う。

アレキサンドロスが敵であるレイオス3世(大王と呼ばれたダレイオス1世とは別人)とその遺族に礼を尽くした。

ローマ皇帝ウァレリアヌスシャープール1世に敗北し捕虜となった後も、捕虜にも関わらず宮殿が与えられたという。(近年まですぐ処刑されたとされていたが、実際は厚遇されていたらしい)

ある意味現代よりもその辺の意識は高い。

ダムフセインから民衆を開放した一方で、サダムフセインに対しての敬意が不足しているように思う。

憎き相手でも、敬意を払う、自分自身もそうありたい。

私はリア充が嫌いだ。

爆発しろはいわないが、半額弁当を漁る寂しい老後を一人で暮らせばいいのにと思う。

互助会もっと嫌いだ。

ゴミみたいな記事をまき散らすゴミは、AmazonGoogleからハブられてしまえばいいのにと思う。

ソファを家に置くような人間ははもっと嫌いだ。

爆発すら生ぬるい。

爪切りで1mm間隔で切り刻まれ死ねばいい。

しかし、私は彼らを受け入れられるようになりたい。

相手が悪だから、なにをしてもいいという考えは危険だ。

幼児ポルノを見たことがある人間は、金属バットフルスイングされても文句は言えないのはわかってる。

しかし、殴られることで罪を償った人間を、さらに叩くのは正義ではない。

追記

告白するが、最近彼女が出来た。

リア充の仲間入りかもしれない。

そのせいで少し、リア充のことも許せるようになった。

しかし、ソファだけはダメだ。

彼女が「増田君、ソファ買いなよ」という。

別れたい…

2017-09-19

どうしますか?

国会解散するそうで右も左も騒がしい。

建前上は消費税やら社会保障やらと言っているようだが、

真の目的憲法改正だろう。

特に右寄りの方たちは「これで日本も、自国自国軍隊で守る真の独立が出来る」と勇ましい。

北朝鮮にも毅然として立ち向かう覚悟のようだ。

さて、そこで仮に現状のまま憲法改正がなされて右派の念願が叶った時、

日本はどのような状況に置かれるのかシミュレーションしてみよう。

専守防衛制限が無くなった日本は、

文字通り敵(北朝鮮)を攻撃するための兵器を用意することとなる。

トランプは今でこそ北朝鮮戦闘ムードだが、

本来中国ロシアとの摩擦を恐れて深く突っ込みたくはないはずだ。

元々、就任前は滞日米軍の大幅縮小を唱え、

世界の警察としての役目も終えるというのが彼の主張だった。

そこへ日本北朝鮮仮想的とした兵器を準備する。

トランプにとっては渡りに船だ。

彼はこれまでの「日本を守るための日米同盟」ではなく、

極東前線基地として」の役割日本に求めるだろう。

情報提供継続有事になれば米軍も出すという対等な同盟国というスタンスで。

韓国隣国ゆえに対話も含めた関係を崩さないだろう。

結果的に、日本北朝鮮にとってアメリカ以上の敵国となる。

これまでグアムターゲットにしていたミサイルの標的は、

日本に変わるだろう。

×月×日

アメリカより北朝鮮ミサイルを発射する準備があるとの報告がきた。

ここ数日、北朝鮮日本を激しく非難する報道を繰り返していた。

金正恩は数日前に、

アメリカではなく、我々を攻撃対象として軍拡を進めている日本への報復必要である」と声明を出していた。

アメリカは、「日本を名指ししている以上、こちらが日本差し置いて攻撃することは出来ない」というスタンスだ。

さて右派のみなさん。

ここからどうしますか?

2017-09-16

北朝鮮ミサイル報道で分からないこと

1.北朝鮮が予告なしでミサイル実験を行ったことを批判しているが、分別のあるまともな国が他国を飛び越すミサイル実験を行いたい場合国際的にどのような手続きをとるべきなのか。北朝鮮はどういう手続きをしなかったのか。どの機関、どの組織に通知すればいいのか。2016年等に「衛星打ち上げ名目飛ばした時は、指定機関に通知していたようだが、最初からミサイル実験をしたい場合はそういう機関があるのか?

 

2.現在長距離弾道ミサイルを所有している国はどこか。何か国あるのか。

 

3.ICBM所有している他の国ではミサイル実験はどうしていたのか。試射した時に、隣国領土領空領海に近い場所を通過する発射コースになったことはなかったのか。あった場合国際的にどのような手続きを踏んでミサイル実験を行ったのか。他国領域に近くないコースを取ることができれば試射は自由なのか。必要手続きはあるのか。

 

こういうことを説明してくれれば、視聴者も冷静に「北朝鮮はめちゃくちゃだな」と感想を持つことができるのに。

2017-09-14

過労自殺問題への社会的処方箋は「ヒュッゲ」を流行らせること

デンマークはよく、スウェーデンノルウェーといった近隣国を制して、

世界で最も幸せな国」にランクインされる(ちなみに国連の調べではアメリカは13位)。

この北欧3カ国はいずれも人口が少なく、教育無料で、政府チャイルドケア補助金を出すなど

社会サービスが充実しているという共通点がある。

そんななかヒュッゲは、「デンマークらしさ」を示す重要な要素だ。

デンマーク以外の国で「ヒュッゲを見習おう」という動きが表れている。

すでに英国では、昨年半ばからちょっとしたヒュッゲブームが起きている。

コリンズ英語辞典は「ブレグジットイギリスEU離脱)」や

「トランピズム(トランプ主義)」と並んで、

ヒュッゲ2016年に最も話題になった単語トップ10に含めた。

あなたをディナーにご招待しましょう。その日までの間、

私たちはそれがどんなにヒュッゲリ(ヒュッゲ形容詞)なひと時になるか話し、

当日はとてもヒュッゲリなディナーだと語り合い、

翌週はこの前の土曜日いかヒュッゲリな1日だったか話すのです」

流行るわけねーな

2017-09-13

 週刊文春取材班は99年の訪朝時の様子をおさめた複数写真を入手。そこに写っていたのは、北朝鮮景勝地前原氏が美女と体を密着させる極めて親密な姿でした。京都府時代から北朝鮮との独自ルートを持つと言われてきた前原氏。過去2度にわたっての訪朝にはどんな意味があったのか。隣国の核の脅威が高まるなか、野党第一党党首北朝鮮の不可解な“蜜月”の謎に迫ります

http://anonymous-post.com/archives/12117

まあグッドニュースなことでリア充はこれだから

2017-09-11

「直虎」の一考察~男女のバディ関係恋愛関係描写について

昨日酔っぱらった勢いで書いた事に意外とブクマがついていたので、

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20170910230205

調子に乗って今日寝不足な頭で直虎考察を書いてみる。

あくま個人の感想です

ドラマを見てない人にも分かるように書いたつもりだけどやっぱり分からんかも。勿論ネタバレ

「おんな城主直虎」の8/20放映分の33話は、「主人公の井伊家の女城主・直虎が、

幼馴染&家老であり、敵の罠にかかって反逆者として処刑される事になった小野但馬守政次を自ら刺し殺す」という

大河歴史に残る衝撃展開、神回と言われ、多くの(女性視聴者に「政次ロス」を引き起こし

大河では至上初の特定登場人物スポットを当てたサントラまで発売されて

売り切れ続出&オリコン一位を叩き出す、という社会現象引き起こした。

これは沢山の記事になったため(ネットだけではなく文春等でも取り上げられていた)

ドラマを見ていなくても知っている人も多いと思う。

でも記事だけではいまいち構図が分かりにくいので、その後のストーリーも交えて「直虎」の、主に男女関係描写考察してみる。

まず大前提として、実は「直虎は政次に対して恋愛感情は持っていない」んだよね。

直虎の恋の相手は、死んだ許婚である直親や、ふとした事で出会って協力関係になる盗賊団の頭・龍雲丸であって、政次ではない。

このドラマはやたら「バッグハグ」というシチュを使いたがるんだけど、

直親や龍雲丸にバッグハグされた直虎がドキド乙女モード全開になるのに対し、

政次の場合は何とも反応しない辺りが物語っている。

その辺を理解せず、「直虎と政次は恋愛関係」という前提で捉えていると、

昨日の36話の「直虎が井伊家再興を諦めて色々後始末をした後に龍雲丸と結婚する」という展開は

「お前恋人殺しておいて速攻で他の男に乗り換えるのかよ!」となる。

でもそうじゃない。直虎が恋愛相手として、男として好きなのは最初から龍雲丸の方であって、政次じゃない。

あくまであれは「何もかも失った女がこれから人生どうしようという所で、ずっと好きだった男に求婚されてそれを受けた」

「それまでずっと他人の為に生きていた女が、初めて自分幸せの為に生きようとした」、って話。

じゃあ直虎の政次に対する感情は何なんだよ、というと、

最初は幼馴染としての絆だったが、最終的には同士愛というべきものになっていたと思う。

井伊を守るという目的の元に一緒に戦う相棒、お互い尊敬し合い何もかも分かり合える相手安心して背中を預けられる相手、というか。

所謂バディとかブロマンスと言われるような関係(の男女版)。

そしてその相手たる政次が、恋愛相手である龍雲丸よりも、直虎の中で上位の存在として描かれている。

龍雲丸を家臣として召し抱えるかどうか、という話(23話)の時に、直虎は「政次の言う事に従う」という。

自分がやりたい事は強引に押し通す傾向にある直虎にしては珍しい行動だ。

直虎にとっては、超絶人手不足故に多少素性が怪しかろうが使える奴は家臣に加えたいモードな井伊にとって

龍雲丸は貴重な役立つ存在であり、勿論好きな男だから傍に置いておきたい本音もあるけれど、

隣国木材泥棒をした盗賊である龍雲丸を井伊の家臣にするという事は、井伊にとっては隣国にバレたら不和をもたらすリスクがある

(実際にバレそうになり、隣国領主近藤を騙して誤魔化している)ため、ここは政次の判断に任せる、という事だ。

まり「好きな男を傍に置きたい個人的欲望」より「政次による政治的現実的判断」を優先している。

(因みに政次は、リスクもあるし本音としては直虎の恋の相手である為気に食わない&直虎が恋愛脳で暴走しかねない不安もあるが

龍雲丸が役に立つ存在であるのは事実なため、家臣にする事を認める。んで龍雲丸の方から断られる)

ついでに、この「龍雲丸を庇う為に近藤を騙した」因縁が、近藤の恨みを招き、

後の近藤の罠によって政次が処刑される、という展開に繋がっている。

33話だけ見ると分かりにくい「何でこのモミアゲ(近藤)は政次をこんなに恨んでんの?」の答えがこれ。

この構図が分かりにくいなら、直虎と龍雲丸の性別をひっくり返せばいい。

片思い相手(女)がいるけど、それより大切な相棒(男)がいる男」という構図の物語は珍しくもない。それと同じこと。

「おんな城主直虎」は、普通は男同士で描かれる事が多いバディ的な関係を敢えて「女主人公で」「相手役は男で」描くと同時に

それとは別に主人公と他の男との恋愛も描くという、それが珍しくも面白いドラマだけども、

やはり「男女の強い結びつき」というと多くの人が「恋愛」としか考えないようで、色々誤解されている所が多いと思う。

因みに政次の方にも、直虎とは別に大切な女がいる。弟の妻であるなつがそうだ。

政次処刑前夜の32話、夫が戦死した後も「実家の奥山家と夫&政次の小野家の架け橋となるため」小野家に留まっていたなつは、

いつしか政次に惹かれるようになっていたが、その気持ちを押し殺したまま

その架け橋としての役割必要となくなったために小野家を出ていくと言い出す。

それに対し、その気持ちに気付いていた政次は「この戦が終わったら一緒にならぬか」という死亡フラグど真ん中台詞をなつに言い、

直後に近藤の罠にかかって処刑されることとなる。

現代価値観で考えれば「死んだ弟の妻と結婚」はドン引きだが、戦国時代別に珍しくない)

これも一部の視聴者からは「直虎を好きなはずだったのに別の女に乗り換えるのかよ!」と叩かれていたけれど、

あれも乗り換えとかそういうんじゃない、と思う。

もっとも政次の場合最初から一貫して政次を「男として」「恋愛相手として」は見ない直虎とは違って

直虎の事を「女として」「恋愛相手として」も好きだったのが伺えるし、

幼馴染の頃はそういう気持ちの方が強かったように思える。

でもいつしかその気持ちより、上記の同士愛的な愛の方が強まっていった。

直虎が城主になりたての頃は、「愛する女を危険晒したくない(何せ先代城主である直親が今川に殺されているわけで、城主の座は危険まりない)」一心

直虎に対して「城主を降りろ」と散々脅したり城主の座を奪い取ろうとしていた政次が、

最後に、直虎が「城主の座を降りて政次に譲ってもいい」と言い出した時には

直虎の城主としての実力を認め、とても自分がそれに成り代われるものではない、もう降りる事など許されないぞ、と言う。

そしてその直後に、政次はなつに上記の死亡フラグ立てプロポーズをする。

なつはそれに対し、「もうすぐ直虎の還俗が出来るようになる(=直虎が結婚出来るようになる)、

ずっと直虎と結婚たかったんだろうに、私でいいのか」と言う。当然の疑問だ。

それに対して政次はこう言う。

「殿をしている殿(直虎)が好きだ。幼い頃より、自由にのびのび振る舞うおとわ様(直虎の幼名)に憧れていた。

その気持ちは恐らく生涯変わる事はない。

でもそれとは全く違う気持ちとして、そなたには傍にいて欲しいと思う」と。

何だか分らんかもしれないが、つまりこういう事だ。

直虎は例え還俗しても、殿=城主を降りない限り結婚はできない。

城主となった直虎は幼い頃と変わらず色々と破天荒な事をして政次をやきもきさせるが、結果的に色々成功させている。

自分結婚する為に城主を辞めさせ、自分の妻として過ごさせるよりも、このまま城主である直虎を一生支えていきたい。

でもそれとは別の話として、なつと結婚して一緒に人生を歩んでいきたい、と。

仕事上の相棒の女と、夫婦として一緒に生きていきたい女は違う、という事だ。

馬鹿正直すぎて、なつにとっては酷な台詞でもある。

しかしなつは、そういう時は直虎の事はもう何とも思ってないと言うべき、と言いつつも

そういう、直虎の事が好きな政次が好きだから仕方ない、と言ってそれを受け入れる。(受け入れた途端に政次は死ぬんだけど)

そして直虎は、「自ら処刑場で槍を奪って政次を刺す」というまたもや破天荒な事をする。

これが結果的に「自分を騙した家老をそれほどまでに憎んでいる元城主」という構図を作り出し、

「政次=裏切り者家老、直虎=騙された被害者であると印象付ける。

政次は「これでこそ自分が好きなおとわ」と思った事だろう。

そんな直虎も、政次の死と共に城主としての輝きを失い、

結局何の策も取れるままに井伊家再興を諦める事となる。

直虎の師である南渓和尚が「政次が死んでしまえば、あれ(直虎)は死んでしまうからな。片翼では鳥は飛べぬ」と言った通り、

政次の死と共に、城主としての「直虎」は死んでしまった。

そして残った「平凡な女・おとわ」は、一農婦となって愛する男との平穏生活を選ぶ。

おんな城主直虎・完…となりそうな展開だが、まだ9月で残り14話あるんだからそうは行かない。

早速武田がやってきて井伊谷戦場になり、おとわと龍雲丸の平穏生活も壊される予定だ。

そしておとわはまた直虎として戦う事を選ぶんだろう。

それがどういう展開で行われるのか、そこに政次(の思い出)は絡むのか、それとも自力で復活するのか。

龍雲丸はどうするのか、いかにも死にそうな展開だが。

かつて直親や政次、それ以外とも沢山死に別れている故に、「自分と関わった者はろくな事にならない、自分は不吉な女子だ」という直虎に対して

同じように身近な人と何度も死に別れて自分だけ生き残る経験をしている龍雲丸は

「死に損なう事は得意だから自分あんたより先には死なない」と言った。

主人公とか絶対死なないであろうキャラが言うならいいが、大河オリキャラが言ったら死亡フラグです正直。

ここで

悲報】直虎さん、また大切な人を失くす(3年ぶり3度目)(というか父とか大祖父様とかも色々含めたら何度目だ)

という展開になったら流石に立ち直るのは厳しい気もするんだが。

この後に瀬名姫(家康正室の。このドラマでは直虎の唯一の女友達という設定)の処刑という史実もあるんだし。

2017-09-04

https://anond.hatelabo.jp/20170904144141

ロヒンジャーに対しては、隣国バングラデシュタイも、当然日本も受け入れを拒否しているのだから

スーチーさん一人の判断でもないと思う。

2017-08-29

ミサイルを撃ち込まれても憎しみの心を燃やさな日本人世界最強民族

ISISが各地で巻き起こすテロによって、憎しみと不安を煽られ報復ムードの中疑心暗鬼と混迷を極める西欧諸国

一方、極東の地には、隣国独裁者武力誇示として撃ちこんできたミサイルを笑い飛ばししま民族が居た――――

2017-08-18

例の個人請求権消滅してないと言っちゃった大統領の話

日本韓国の話ではなくもうすこし広い一般論の話としてなのだけど――国民隣国によって著しい被害権利侵害を受けた時、国民個人は当然権利回復保証を求めるよね。でも、所詮個人なんてすげえ小さいし、国家に立ち向かうなんて無理じゃないですか。国内問題なら法的救済を求める事もできるけれど、他国相手じゃそれも難しい。「だから」国がこの自国民を守るために、国対国の話を、彼に代わってするわけでしょう。そこで、国家国家として、保証を求め権利回復に努めるわけだよね? 一般的にはそういうふうに進んでいく。

個人請求権消滅してない」っていう、そのロジックって、Webニュースでは日本側の目線で「またクレクレだ」「乞食だ」みたいなコメントが多くて、それはそれで理解できるんだけど、韓国人国民目線になったとしても、これ全然ダメ発言なんじゃないのかな。だって上記のような前提に立って考えれば「お前らは個々人のまま隣国日本)に個人的賠償を求めるが良い。お前らは国民だが韓国政府はお前らを守らないし、支援しない」っていう、そういう宣言になってしまうんじゃねえの?

ぶっちゃけなんでそんなことをわざわざ言うのかさっぱりわからん。そんなニュースで、あちらさんは政府支持率が上がるものなの?

それとも上述した俺のロジック理解は間違ってるのか?

2017-07-28

神奈川県民をバカにする都民みたいなやつがダイバーシティを掲げて

宗教国籍がちがう、様々な人を受け入れよう!」とか言ってるのはギャグなのかどうか判断が厳しいなあなどと。

隣国どころか隣県すら許容できないのに、宗教だとか根本的に「違う世界」に住んでる人をどう受け入れられるのか

真面目によくわからない。

2017-07-07

https://anond.hatelabo.jp/20170706222437

18かそこらだったと思う

2chを楽しんでたけど、当時はネトウヨってそんなにいなかった/あるいはネトウヨがいない板に住んでいた

直接的に触れたのは「ヘタリア」の元ネタである国際擬人化SSシリーズ「ニホンちゃん」から

後に多数の作者が参入することによって長期化したシリーズなんだけど、初期のノリは「小学生女子のニホンちゃんは知能障害者の同級生カンコくんに迷惑しています」という感じだった

韓国剣道自国発祥のものだと言い張っているとか、中国カンコくんの親玉だとか、当時は韓流ブーム前でそれほど身近でなかった隣国はすごいトンデモなんだよ!日本の文化技術力は世界的に優秀だと認められてて、カンコくんはそれに嫉妬してるんだよ!というのを物語仕立てに語ってるんだけど、ユーモラスで正直すごい面白かった

そういやアサヒって新聞係の女の子キャラもいたな

その後、9.11があって世界中が仲良くしよう(カンコくんも含めて)という真面目な気風が吹き上がったり、最終的にはカンコくんもある意味で受け入れられていたような気がしなくも…………どうだったかなぁ

風刺として出来がよかったので、あれでナチュラル日本万歳韓国とかwwwwって洗脳された人も出ていたと思う

でもリアル韓流ブームでその印象も一気に塗り替えられたし、ニホンちゃんから毒を抜いてみんな仲良く平和にやってるヘタリアが台頭しで、アングラなニホンちゃんはすっかり忘れ去られたとさ

あの優秀でお金持ちなニホンちゃん像、今みたら悲しくて笑っちゃうかも

2017-06-30

anond:20170630201335

日本語は相対敬語だが韓国(朝鮮)語は絶対敬語とのことなので、この増田感性に合うと思う。

「当社の社長様は今席を外されているようでございます。」の世界らしい。

隣国暮らし働けば増田幸せになれるね。ノシ

anond:20170630192658

もういいよ。

隣国の人のふりして荒らすのは。つまらいから。

この病身が。

2017-06-29

https://anond.hatelabo.jp/20170629162839

その「召使」に積極的になりたいと思う人は、もう世界中のどこを探してもいないと思うよ。

あと「個」と「自由」を信奉しているのに、彼らの社会を維持するためには「召使」が必要だということに、「富/グローバル/固」側の人の少なくない数が、気づいているくせにあえて無視しているのが、個人的には本格的に虫唾が走るんだよね。

シンガポール隣国周辺国、そしてヨーロッパとのバランスギリギリああなってるけど、経済成長余力を考えるとこの先はかなり厳しいと思う。

2017-06-28

https://anond.hatelabo.jp/20170628160742

そんな簡単な話じゃなかろうし、過去の経緯から見ても、どのみち誰かの配下になるなら日本より中国を選ぶんじゃね。

高句麗エリア(現北朝鮮に近い範囲)と、旧新羅百済エリア(現韓国に近い範囲)でも、かなりメンタリティ民族意識に差があると読んだことがある。芸術作品とか見ても高麗李朝とかかなり性質が異なるしね。日本で言う関東関西よりも全然差が大きいんだなと感じた。

隣国歴史も掘ってみると面白いもんだよ。

2017-06-17

愚民政策

国民馬鹿だと国は治めやすい。但し、発展は望めない。

国民に嘘を教え、不満を反らせば、一時的政権は安定するであろうが、長い目で見れば、きっと衰退に繋がるであろう。

中国韓国など国民に嘘を教え、社会の不満をそらせているが、発展は望めない。

隣国に取っては現状で迷惑だが、いつまでも発展しない隣国である方が、長い目で見ればありがたいのかも知れない。

2017-06-11

地続きの隣国と仲悪いとか負債を背負っているようなものよね

白紙に戻せぬ遣唐使教科書の読み比べ)

山川出版日本史の何がすごいのか、さっぱり分からない」

http://anond.hatelabo.jp/20170604204919

これの筆者です。

id:netcraft3さんに「このままシリーズ化してほしい」と言われたんですが、そのつもりはないです。歴史学に対してろくな知識もないから恥をかきそうだし、人気の増田国会ウォッチャー)みたいに注目をあびるのは恐ろしいです。

  

なので今回で最後になるかもしれませんが、ひとまず「遣唐使」について見ていきましょう。

山川出版社『詳説日本史』の「遣唐使」という項は、次のように書かれています。全文引用します。

618年、隋にかわって中国を統一した唐は、東アジア大帝国をきずき、広大な領地を支配して周辺諸国に大きな影響をあたえた。西アジアとの交流もさかんになり、都の長安(現、西安)は世界的な都市として国際文化が花ひらいた。

東アジア諸国も唐と通交するようになり、日本から遣唐使は8世紀にはほぼ20年に1度の割合で派遣された。大使をはじめとする遣唐使には留学生・留学僧なども加わり、多い時には約500人の人びとが、4隻の船にのって渡海した。しかし、造船や航海の技術はまだ未熟であったため、海上での遭難も多かった。遣唐使たちは、唐から先進的な政治制度国際的文化をもたらし、日本に大きな影響をあたえた。とくに帰国した吉備真備や玄昉は、のち聖武天皇に重用されて政界でも進出した。

朝鮮半島を統一した新羅とも多くの使節が往来したが、日本は国力を充実させた新羅従属国として扱おうとしたため、時には緊張が生じた。8世紀末になると遣新羅使派遣はまばらとなるが、民間商人たちの往来はさかんであった。一方、靺鞨族や旧高句麗人を中心に中国東北部建国された渤海とは緊密な使節の往来がおこなわれた。渤海は、唐・新羅との対抗関係から727(神亀4)年に日本に使節を派遣して国交を求め、日本も新羅との対抗関係から渤海と友好的に通交した。

これはひどい遣唐使派遣再開が何年だったかという記述がありません。

そもそもこの派遣が再開であるという基礎知識すら、この教科書では把握できません。ページを戻って第2章「1,飛鳥の朝廷」の「東アジアの動向とヤマト政権の発展」という項では、「倭は630年の犬上御田鍬をはじめとして引き続き遣唐使派遣し」たとあるのですけど、その後にしばらく派遣を中断した時期があることは記載なし。

一時期は中断していたからこそ、702年の派遣再開に歴史的意義があります。第1回の遣唐使派遣が630年ですから、何と、まだ大化の改新をやっていない時代ですよ? それくらい古い時代から派遣していたにもかかわらず、多くの教科書8世紀初頭の出来事として遣唐使のことを説明するのはなぜでしょうか。それは再開というターニングポイントを重視しているからです。本書もそれに従って、「3,平城京時代」という単元に「遣唐使」の項を配置しています。それならば、中断・再開の経緯について説明を載せるべきです。

  

ちなみに、他の教科書では、遣唐使派遣再開についての説明が次のようになっています

7世紀前半にはじまった遣唐使は、天武・持統天皇時代にはしばらく中断されていたが、702年久しぶりに難波津を出発した。」

東京書籍日本史B』(日B 004)

「また政府は、8世紀のはじめに遣唐使派遣して、669年以後とだえていた唐との国交を回復した。」

実教出版日本史B 新訂版』(日B 014)

「日本は唐の文化積極的にとり入れようと意欲をもやし、ほぼ20年に1度くらいの割合で遣唐使派遣した。」

山川出版社高校日本史 改訂版』(日B 017)

白村江の戦いののち、30年あまりとだえていた唐との国交が、701(大宝元)年の遣唐使任命によって再開され、以後、遣唐使がたびたび派遣された。それまで、半島から渡来人新羅などに学びながら、ある程度の国家体制を整えてきたが、この年の大宝律令とともに、唐との直接交通を始めたのである。」

桐原書店新日本史B』(日B 011)

律令制度を整えた朝廷も、702(大宝2)年に遣唐使を復活させ、唐の文物制度摂取につとめた。[中略]

こうしたなか、朝廷は新都の造営や貨幣鋳造、国史の編纂などを次々に実行して、中央集権体制にふさわしい国家づくりに励んだ。」

三省堂日本史B 改訂版』(日B 015)

  

引用者注教科書のページを戻って「白村江の戦い国内体制の整備」の項では、白村江の戦いののち、遣唐使が「669年を最後に中断した」という記述あり。]

この中では、桐原書店ダントツに優れていると思います

遣唐使が中断していた理由もわかるし、大宝律令の制定と遣唐使の再開という2つの出来事を結びつけて理解することができます

  

三省堂記述おもしろいです。私は前回、この教科書について、「時代の流れがよくわかる」「時系列にしたがった記述が多い」というようなことを書きましたけど、ここでもその特徴が出ています

大宝律令の制定、平城京への遷都、貨幣鋳造、国史編纂というのは国内政治です。一方、遣唐使新羅・渤海との関係は、外交政策です。普通教科書はこれを別項に分けますが、三省堂はこれを同じ項にまとめて一つの時代様相として語っているのがすごい。

  

東京書籍実教出版も、中断・再開に触れています。その点は『詳説日本史』より絶対にマシです。

  

山川出版社高校日本史 改訂版』(日B 017)は、教科書のページ数が少なくて、内容もぺらぺらに薄いです。『詳説日本史』と同様、これでは大雑把に奈良時代の初め頃だったということしか分かりません。(しかも正確には702年に派遣再開されたので、これを奈良時代出来事と把握すると誤りになります)

  

  

  

東大入試でよくわかる遣唐使

東大入試2003年)は、遣唐使の本質にせまる問題を出しています

次の(1)~(4)の8世紀の日本の外交についての文章を読んで、下記の設問に答えなさい。

(1) 律令法を導入した日本では、中国と同じように、外国を「外蕃」「蕃国」と呼んだ。ただし唐を他と区別して、「隣国」と称することもあった。

(2) 遣唐使大伴古麻呂は、唐の玄宗皇帝元日朝賀(臣下から祝賀をうける儀式)に参列した時、日本と新羅とが席次を争ったことを報告している。8世紀には、日本は唐に20年に1度朝貢する約束を結んでいたと考えられる。

(3) 743年、新羅使は、それまでの「調」という貢進物の名称を「土毛」(土地の物産)に改めたので、日本の朝廷は受けとりを拒否した。このように両国関係は緊張することもあった。

(4) 8世紀を通じて新羅使は20回ほど来日している。長屋王は、新羅使の帰国にあたって私邸で饗宴をもよおし、使節と漢詩をよみかわしたことが知られる。また、752年の新羅使は700人あまり大人数で、アジア各地のさまざまな品物をもたらし、貴族たちが競って購入したことが知られる。

  

設問:この時代の日本にとって、唐との関係新羅との関係もつ意味にはどのような違いがあるか。たて前と実際の差に注目しながら、6行以内で説明しなさい。

これの答えがピンポイントで載っている教科書があります

山川出版社新日本史B 改訂版』(日B018)です。これ以外は、どの教科書も上記引用した『詳説日本史』と似たり寄ったりの内容ですからいくら熟読をしても答案を書くことが難しいと思います。(三省堂のぞく。後述)

8世紀に入ると、日本は20年に1度の回数で大規模な遣唐使派遣した。日本は唐の冊封を受けなかったが、実質的には唐に臣従する朝貢であり、使者正月の朝賀に参列し、皇帝を祝賀した。[中略]

一方、日本の律令国家内では天皇皇帝であり、日本が中華となる唐と同様の帝国構造を持った。日本は新羅や渤海を蕃国として位置づけており、従属国として扱おうとした。

白村江の戦いののち、朝鮮半島を統一した新羅は、唐を牽制するために日本とのあいだにひんぱんに使節を往来させ、8世紀初めまでは日本に臣従する形をとった。やがて対等外交を主張したが、朝廷はこれを認めず、藤原仲麻呂新羅への征討戦争を準備した。一方で、新羅民間交易に力を入れ、唐よりも日本との交流が質量ともに大きくなった。現在の正倉院に所蔵されている唐や南方の宝物には、新羅商人仲介したものが多いと考えられる。[後略]

  

山川出版社新日本史B 改訂版』(日B018)

以上に準拠しながら、私なりに要点をまとめておくと、次のとおりです。

  

(1)は、日本が唐から律令を学び、その中華思想の影響を受けたことを言っています。つまり、日本はみずからが「中華となる」という「帝国構造」を作ろうとしたのです。「日本は新羅や渤海を蕃国として位置づけ」て、彼らを野蛮だと侮蔑し、従属国として扱おうとしました。ですが、唐だけは別格です。あのような大国を敵にまわすと、恐ろしいことになりかねません。そういう遠慮があって、唐のことだけは尊重して隣国と呼びました。

(2)は、「日本は唐の冊封を受けなかったが、実質的には唐に臣従する朝貢」をしていたということです。唐の臣下となって朝貢する国々の中にも、その立場にはランクがありました。日本と新羅はともに唐の臣下だったのですけど、日本は新羅より格上の臣下になろうとしたのです。

(3)は、日本と新羅関係悪化について述べています新羅が「8世紀初めまでは日本に臣従する形をとった」ので、その間は関係がうまくいっていました。しかし、新羅が「やがて対等外交を主張」するようになったから、両国関係はこじれてしまったのです。それが最終的には藤原仲麻呂が「新羅への征討戦争を準備」するくらいにエスカレートします。

(4)は、日本と新羅政治的には対立しつつも、経済的には交流が盛んだったという内容です。「新羅民間交易に力を入れ」ました。「新羅商人仲介し」、日本へ「唐や南方の宝物」をもたらしたのです。それは貴族たちが競って購入したがる垂涎の的でした。現在「正倉院に所蔵され」ている宝物も、そういうルートで輸入したものが多いのです。

  

教科書の読み比べをすることの目的は、なにも入試対応するためだけではありません。

例えば『詳説日本史』には、最初引用したとおり、「日本は国力を充実させた新羅従属国として扱おうとしたため、時には緊張が生じた」とか、「8世紀末になると遣新羅使派遣はまばらとなるが、民間商人たちの往来はさかんであった」という記述があります。この短い記述が伝えようとしていることの本当の意味は、『新日本史B 改訂版』(日B018)のような他の教科書と併読することにより、はじめて正確に把握できるのです。

  

ところで、この教科書の著者は、東大の先生が3人、京大の先生が1人です。本書だけに載っているネタを使って入試問題がつくられたのは、そのへんの事情もあるのかなと勘ぐってしまます

もしくは、これは2003年入試問題ということだから、ちょうど講談社の『日本の歴史シリーズ2000年2003年)が発行されていた時期ですし、そちらの内容を意識しているのかもしれないですね。一応、そっちのシリーズから引用しておきましょう。

国内及び新羅などの諸国に対する時と、唐に対する時とで天皇の顔を使い分けるという、まことにすっきりしない状況でもあった。このような努力・苦心を払って日本が手に入れようとしたのは、東アジアの有力国としては新羅より格が上、という地位の確認であり、また初期の遣唐使が唐の高宗蝦夷を見せたことに示されているように(『日本書紀』斉明五年七月三日条)、日本は隼人蝦夷などの異民族をも支配下にいれた大国かつ君子国であるという評価であった。いわば唐を盟主とする諸国の中での相対的に高い地位を求めるとともに、自らの小帝国であることを唐に認めさせようとしたのである。(石母田正天皇諸蕃』)

  

坂上康俊『日本の歴史05巻 律令国家の転換と「日本」』

さきにもふれたように、「日本国」は唐帝国との公的な外交関係では「天皇」の称号を用いることができず、実際には二十年に一度の使い――遣唐使――を送る唐の朝貢国位置づけられていたと考えられるが(東野治之「遣唐使船」朝日新聞社、一九九九年)、国号「倭」から「日本」に変え、「天」をつけた王の称号を定めたのは、唐帝国に対し、小なりとも自ら帝国として立とうとする意志であったことも間違いない。

実際、「日本国」は「蛮夷」を服属させる「中華」として自らを位置づけ、「文明」的と自任するその国制を、周囲の「未開」な「夷狄」におし及ぼし、国家領域を拡げようとする強烈な意欲を、その発足当初は持っていたのである

[中略]

このように、朝鮮半島に対しても圧力を加えて、朝貢を強要する姿勢を示す一方、「日本海」をこえてたびたび使者を送って交易を求めてきた渤海については朝貢国として扱うなど、「日本国」は自らを「中華」とし、帝国として四方に臨もうとしていた。しか東北侵略を止めた9世紀に入ると、こうした「帝国主義」的な姿勢列島外の世界に対する積極的な動きはしだいに退き、十世紀になれば、ほとんどそれは表に現れなくなっていく。

  

網野善彦日本の歴史00巻 日本とは何か』

日本が置かれている立場としては、唐への朝貢という屈辱外交をやめるためには、遣唐使派遣を中止するしかないわけです。しかし、日本は唐と断交して敵対的にのぞむ国力も、その覚悟もありませんでした。

いっぽう、遣唐使は唐の皇帝から賜った国書日本国王へ勅す)を持ち帰るわけにはいきません。日本が唐に朝貢していると認めることは、天皇の威信を傷つけることになるからです。

こうなると、実際には日本が唐に朝貢していることが明らかなのに、国内での建前としてはそれを否定してみせる必要が出てきます。要するに、「遣唐使派遣は朝貢ではない。天皇が唐に臣従しているという批判は当たらない」という建前をでっちあげ、国内的にはそれをゴリ押しすることで、この矛盾を乗り越えようとしたのです。

  

私がこのエントリ題名に「白紙に戻せぬ遣唐使」と付けた由来は、多分みなさんもご存知の、894年に遣唐使が廃止されたことを指す語呂合わせ「白紙に戻そう遣唐使」です。しかし、日本がほんとうに、この"遣唐使"的なるものを白紙に戻せたかというと、それは甚だ疑問です。為政者国内国外で異なる顔を見せたり、外交姿勢の実態と建前を使い分けているというのは、室町時代に明に朝貢して「日本国王」となった足利義満に、ほとんどそのまま適用できる視点だと思います

それに、このことは現代外交問題についても、重要示唆を与えてくれます。例えば政府国内に向けて愛国心ナショナリズムを煽っておきながら、それと同時に国外に向けて国際協調アピールをするというチグハグな状況は、まさにこの延長にあるんじゃないでしょうか。

あるいは唐側の視点で見ると、日唐関係はこんな見方もできるかもしれません。唐は日本がおとなしく朝貢するかぎり、細かいことに目くじらを立てなかった。唐としては蕃国をヘタに刺激して事を荒立てるより、多少その尊大なふるまいを黙認しておく方がメリットがあった。すなわち唐は日本と妥協しあって、朝貢関係があるとも無いとも、どちらとも言える状況を作りあげた。――こういう分析がどれだけ妥当か分かりませんけど、2国間に争いがあるとき玉虫色の決着をつけ、両国政府がそれぞれ自国民の耳に心地よい解釈で説明をしているというのは、これまた現代によく見かける話でしょう。

  

  

  

教科書の読み比べ

遣唐使についての解説が長くなりすぎましたが、じゃあここから、各社の教科書の読み比べをしていきます

  

実教出版日本史B 新訂版』(日B 014)

遣唐使船はふつう「よつのふね」とよばれ、1隻に100人まりが乗りくみ、多い時で約500人の大使節団であった。

悪くはないですが、遣唐使について普通説明があるだけです。

おもしろい特色がありません。

無理に良い所探しをするなら、「よつのふね」という文学的呼び方を紹介し、その規模がいかに大きかったかを強調していることです。

華々しく飾り立てた大使節団というのは、それを送りだす側も、それを受け入れる側も、両国にとって国威発揚イベントになったと推測できますもっとも、沈没行方不明になることも多々あったので、華々しさとはかけ離れたのが実態だったかもしれませんし、どうなのでしょう?

  

  

  

桐原書店新日本史B』(日B 011)

  

……って、今回はここで文字数制限なのか。

引用をしていると、あっというまに文字数が膨らみますね!

つづきを書きました→ http://anond.hatelabo.jp/20170611234459

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