はてなキーワード: 更迭とは
多分一生公式からは明かされないであろう話。供養のため細かいフェイクを混ぜつつここに書いておく。
ポケモンカードってのは、ゲームデザインの素人が作っただけあって初期はマジでそびえ立つクソって感じのゲームだった。
ルール、カードそれぞれにいろいろな問題があったんだけど、アホみたいに売れたんで、ポケモンジャングルか化石の秘密が出るぐらいに「さすがにちゃんとしたほうがいいのでは」ということになり。
クリーチャーズには全くノウハウが無いので、とりあえず外部からカードゲームゲームデザインを知っている人間を呼んできて、カード/ルール両面を見直していくことになった。(確かロケット団ぐらいまではこの体制だったと聞いている)
ルール面では、あいまいだった部分の明確化と、何よりゲームスタート時に控えポケモンを出せるようになった。最初期はゲームスタート時はたねポケモン1枚しか出せなかったのだ。これによってHP低いたねポケを出す→ワンキルが多発していたので速攻で修正された。
カードについてはゲームに足りないカードやデザインスペースを広げるカード、追加の進化カードなどが作られていった。
進化先やトレーナー、グッズが刷られた結果、いろいろなカードが実用レベルになり、ルールの整備もあってか(まだまだ粗削りだが)やっとゲームらしい感じになっていった。
ポケモンカードには「相手ポケモンを倒したらサイドを1枚引く」というとんでもないクソルールがある。
ポケモンを倒した相手は、更にアドバンテージを得て、ポケモンを倒された相手はポケモン+エネルギー複数枚という膨大なリソースが失われた挙句、テンポアドバンテージを取られ、さらに1ドローされるというとんでもないリソース差が開く。
普通に考えればポケモンを倒された方がカードを引くべき(※)で、当然このルールは外部のスタッフからもすぐ問題視された。
当時の開発の偉い人に「サイドのルールはすぐに見直すべき。勝っているほうがアドバンテージを得るルールはおかしい」と説明したところ、
「ポケモンを倒したのだから、倒したほうにご褒美があるべき」と頑として譲らず、さらに説明した外部スタッフを更迭してしまった。
こんな経緯で、ポケモンカードの超欠陥ルール「サイド」が現代まで生き残ることになった。
※ 後年に開発された「デュエルマスターズ」では、攻撃されたほうがカードを引き、更にその時に引いたカードを使用できる場合があるため、逆転が起きやすいデザインになっている。これはこれで制圧からのOTKが重要視される>プレイヤーが勝ちが確定するまで攻撃をしなくなる弊害があるのだけど、それはまた別の話。
紀元前500年、今からおよそ2500年前の中国人にすら「負けるって」と断言されるであろうレベル
孫子は言う、五事を揃えなければ勝てない。揃えてないなら戦争なんてするんじゃないと。
五事とは、道、天、地、将、法 に全て照らし合わせ、判断するというもの。
5事全てを失って勝てる戦なんてないよと、2500年前の中国人に爆笑されるレベルだろう。
孫子曰わく、凡そ用兵の法は、馳車千駟・革車千乗・帯甲十万、千里にして糧を饋[おく]るときは、則ち内外の費・賓客の用・膠漆の材・車甲の奉、日に千金を費やして、然る後に十万の師挙がる。
其の戦いを用[おこ]なうや久しければ則ち兵を鈍[つか]らせ鋭を挫く。城を攻むれば則ち力屈[つ]き、久しく師を暴[さら]さば則ち国用足らず。
それ兵を鈍らせ鋭を挫き、力を屈くし貨を殫[つ]くすときは、則ち諸侯其の弊に乗じて起こる。智者ありと雖も、その後を善くすること能わず。
故に兵は拙速なるを聞くも、いまだ巧久を睹[み]ざるなり。それ兵久しくして国の利する者は、未だこれ有らざるなり。故に尽く用兵の害を知らざる者ば、則ち尽く用兵の利をも知ること能わざるなり。
戦争するには金がかかる。時間をかけ過ぎれば経済的に消耗してしまうから、下手な戦いだけど早く終わるってことはあっても、良い戦争がダラダラと長引くなんてことはないよと。
夫れ戦勝攻取して其の功を修めざる者は凶なり。命[なづ]けて費留と曰う。
故に明主はこれを慮り、良将はこれを修め、利に非ざれば動かず、得るに非ざれば用いず、危うきに非ざれば戦わず。
主は怒りを以て師を興こすべからず。将は慍[いきどお]りを以て戦いを致すべからず。
利に合えば而ち動き、利に合わざれば而ち止まる。怒りは復た喜ぶべく、慍りは復た悦ぶべきも、亡国は復た存すべからず、死者は復た生くべからず。
故に明主はこれを慎み、良将はこれを警[いまし]む。此れ国を安んじ軍を全うするの道なり。
国費を浪費しながらダラダラ戦争するのは阿保のやる事で、勝てる戦争以外してはいけない。
君主は、一時の怒りの感情から軍を興して戦争を始めてはならない。
そして死者は決して戻ってこない。良い国家元首は無駄な戦争を避けるものだ。
なるほどなあ。確かに。
2024~26に完全独裁化に成功した、習おぢが暴走して台湾に侵攻はありえるな。
プーチン大統領と習近平国家主席の共通点とは(写真=SPUTNIK/時事)
ウクライナ侵攻をめぐるロシア・プーチン大統領の暴走が止まらない。これまでも国際社会に対して強硬姿勢を取ることは珍しくなかったが、原発や核研究施設への攻撃など、常軌を逸したようにも見える行動が目立つ。フランスのマクロン大統領は2月にプーチン氏と会談した後、「彼は3年前とは別人になってしまった。頑固で、孤立している」と側近に漏らしたとされる。
【写真】少し白髪が混じりつつもボリュームある髪、深みある黒スーツ姿の習近平氏
プーチン氏に変化をもたらしたきっかけとされるのが、ナンバー2だったメドヴェージェフ首相の退任だ。2000年から2008年まで2期8年にわたり大統領を務めたプーチン氏は、当時連続3選が禁じられていたため、側近だったメドヴェージェフ氏に大統領を任せ、自らは首相の座に就いた。「タンデム(双頭)体制」と呼ばれたが、事実上、首相のプーチン氏がすべての実権を握っていたとされる。2012年にプーチン氏が大統領に返り咲くと、メドヴェージェフ氏は首相として支える立場になり、長らくその体制が続いた。
ところが2020年1月、突如としてメドヴェージェフ氏は首相を解任され、安全保障会議副議長という実権のないポストに就くことになった。事実上の更迭とされているが、これがその後のプーチン氏の「暴君化」に繋がる決定打となったと見るのは、外務省関係者だ。
「2人はサンクトペテルブルグの市役所に勤めていた頃からの盟友関係で、メドヴェージェフ氏は常にプーチン氏を立てる“忠実なイエスマン”でした。しかし、権力の座に長くあったため、メドヴェージェフ派と言われる勢力が出来てしまった。プーチン氏は、自らの権力を維持するためには、メドヴェージェフ派を一掃する必要があると考えたのではないでしょうか。
メドヴェージェフ氏にはプーチン氏を止める力などありませんでしたが、プーチン氏はメドヴェージェフ派の動向を気にしていたため、行動にも一定の抑制があったと言われています。対抗勢力が一切なくなってしまった結果、暴走に歯止めが利かなくなってしまったのではないでしょうか」
現在の国際社会で、似た状況になりつつあるのが中国だ。習近平・国家主席は、今年秋に開かれる党大会で3期目の続投が確実視される一方、ナンバー2の李克強・首相は2023年での任期満了の予定だ。李氏の退任後、習氏が暴走する懸念があるという。
「盟友関係にあったプーチン-メドヴェージェフと違い、習近平氏と李克強氏はずっと政治的なライバル関係にありました。習氏は李氏の政治力を削ぐことに力を注いできましたが、それが一定の抑止力となってきた側面がある。李氏の後任に習派の人物が選ばれた場合、対抗勢力がいなくなることになり、習氏の独裁化が強まることでしょう。
そこで危惧されているのが、習氏の悲願とされる台湾統一です。習氏はプーチン氏のウクライナ侵攻を事実上容認する姿勢を示しましたが、念頭にあるのは似たようなシナリオでの台湾侵攻でしょう。国際社会からの批判や経済への影響を考えると、ウクライナ侵攻同様、国家としてのリスクは高いはずですが、このままではそうした否定的意見が共産党内で封殺されてしまう状況になってしまうのではないでしょうか」(同前)
https://www.news-postseven.com/archives/20220308_1732768.html?DETAIL
プログラマーをやっていると、何やっても火を噴くようになったソースコードというのを目にすることがある。
だが火を噴きつつもなんとなくタスクは完了できるし、いきなりそうなったわけでもないのでゆでガエルの様に経営陣はこんなもんだろうと深刻に見ようとしない。
だが、ちょっとした機能変更ですら1人月かかるなどという状況は異常だ。
これはそのソフトウェアが採用したアーキテクチャが死んだ、ということでもある。
アーキテクチャは当初はとてもいいものだろうとみんなが考えて採用するが、時と共に基盤技術が陳腐化する、新しい技術が台頭するということによって陳腐化したり使い物にならなくなったりする。
また、経済の発展と共にそのアーキテクチャではもたないようになることもある。
50cmくらいの溝にかける橋なら適当な板でも構わないが、その端の両端に気をつなぎ合わせて利根川を渡す橋を架けるとか、利根川をまたげるくらいの板を利根川に渡してみてもそれは端にはならない。自重で瞬く間に崩壊するだろう。
だが、ソフトウェアの世界では、じゃぁ、更迭の橋げたを下に並べようとかそういう事をする。
元の板なんかなくてもいいんじゃないですか?
いやもう橋の中に埋め込まれてとることはできない。
いや、だったら横にもう一つ橋を架けたら・・・
そんな金のかかることできるか!
みたいな変な議論をする羽目になる。
橋につぎはぎするのに毎年10億円を50年払い続けるのはいいが、新しい橋を20億円かけて架けてその後毎年2億円位のメンテナンスコストで済むほうは選ばない。
真珠湾攻撃をしないアメリカとの戦い方というものがあったことを指摘した点にあると思う。この腹案では、日本近海でアメリカ軍の到来を待ち、その間に西進して地中海に至り、ドイツ軍と連携すべきだとしている。
アメリカ軍の到来を待ち、西進作戦を取った場合、アメリカが参戦しない可能性もかなりあったと思われるからだ。ルーズベルトはアメリカの若者を戦争に行かせないことを公約して大統領になったのだから、真珠湾攻撃のようなことがない限り、アメリカを戦争に巻き込むことは難しかったはずだ。ルーズベルトはソ連と手を組んで、世界の共産化を目論んでいたのでやがては参戦したかもしれないが、自国への攻撃がないのにアメリカ国内で参戦の合意を得るには多くの時間を要したはずだし、そう決めた後でも、アメリカの空母が日本近海に来るのはかなり時間がかかったであろうから、
日本にとり、実際にそうであったより有利な展開があり得たのではないかと思う。(インドネシアで確保した石油をフィリピンの米軍の警戒網を掻い潜ってどうやって日本に運ぶかという課題はあったと思うが)
この説は、戦前、陸軍の中では普通に認知されていたのに、日本自らが反省するときに欠かしてはならない視点の一つを提供してくれたと思う。
「対米英蘭蒋戦争終末促進に関する腹案」を示すことにより、帝国陸軍が科学的であり、合理的であったという事実を蘇らせ
ここはちょっと違うのではないかと思う。この腹案を書いた方々が優れていたということと、帝国陸軍全体が優れていたということは別の事柄として捉えなければいけないのではないだろうか。
本近海でアメリカの空母を待つことをしないで、何故、真珠湾に行ってしまったのか。あの戦争を反省して将来のために生かそうとするなら、先ず、ここを明らかにしなければならないはずだ。真珠湾攻撃に拘る山本五十六連合艦隊司令長官の意志を日本全体としてどうして覆すことができなかったのか、あの時に何故山本五十六を更迭できなかったのか、その原因を探ることが重要だと思う。
「陸軍、海軍、内閣等の意見がバラバラなまま戦争を始めてしまい、共同謀議などと言われるのは恥ずかしい限りだ」という旨の感想
https://twitter.com/adarutou/status/1149120812365955072?lang=fi
実は抽送ではなく「抽挿」の方が表現として正しくね? とか思ってた。
「抽」は引き出す、抜くって意味なので、対の漢字としては「送」よりも突っ込むって意味の「挿」の方が良いじゃん、って。
「抽迭」(ちゅうてつ)が正しいのに、誰かが間違って使いはじめたため 」
https://www.france.jp/c/novels/yogo/ta.html#2
オンライン辞書とかを見ると「迭」には入れ替わる、交代する、交互に、みたいな意味であって、フランス書院がいう様な「するりと入れ替わる」って表現じゃないのよな。
「更迭」がわかりやすいけど人が入れ替わっているのであって、ハマっていたちんぽがズルリと抜ける様なニュアンスを持たないだろと。
オンライン辞書で「抽迭」を引いても何も引っかからない時点でお察しなんだけど、結構騙されてる人が多いみたいなんだよな。
https://dic.pixiv.net/a/%E3%83%94%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%B3%E9%81%8B%E5%8B%95
はじめに--------
まず教育界ってのは、日本に数多ある独自の村のひとつで、その中でも道北の中心地・旭川教育大学は学閥が強いと昔から言われてる。
早い話、道北で、40代とかで校長に昇進できる人材がいた場合、まあ、そういうことだ。
ついでに言うと、先輩諸氏(校長)が、各地の教育委員会関係者に自動昇進するわけで、多少の火の粉からは守られてきたワケですな。
実際、教育界だって市長の後ろ盾のひとつであり、お互い大人なんだから、持ちつ持たれつでやっていくのが普通。
教育って社会には必要だし、コップの中で何しようが、コップの外にとっては関係ない話だから、政治家からすれば、上の人間となあなあで済ませるのがベターだろう。
ところが教育関係者と前旭川市長との仲は、外部が思っていたよりもずっと深かった模様。
よりにもよって、現在進行形で盛んに火を噴いているイジメ自殺を隠蔽しようとするほど強固だとは、思わんかった。
なんせ調査ってのも掛け声だけで、原因を追究しようとか関係者に責任を取らせようとか、再発防止策をぜんぜん取らなかったのだ。
つまり現状容認であり、また同じことが起きた際に、私は同じ対応をしますって宣言してるに等しい。
教育関係者が、当人にとってどれだけ大切な選挙基盤だったのかは知らんが、結果は惨敗してしまった。
所感--------
いやもう、まさか前市長がイジメ自殺の件で、教育委員会側と心中する意思を固めていたとは思わんかった。マジ想定の範囲外だわ。
どー考えても最初から勝目ねーのに、なんでまた、やらかした連中のケツ持ちしようとしたんだ?どんな繋がりがあったものやら。
いや旭川界隈に、教育大閥てかムラ社会があるのは知ってるが、自殺者まで出てしまったんだから、逃げないで責任取るのが筋だろ。
地雷抱えながら選挙して当選すると当人が思っていたとすりゃ、お花畑すぎて目も当てられない。誰か止める奴がいなかったのか?
何にせよ、もはや後ろ盾のない教育関係者からすれば『この騒ぎで、君らはどこまで差し出せるの?』という最悪の展開がやって来る。
具体的には、まず教頭。校長も射程内だし正直担任も厳しい。一つ間違えれば上役の教育関係者辞任すらあり得る。下手すりゃ全員。
旭川在住の教育関係ムラ社会の皆さん、アンタたちにも言い分あるんだろーが、これ以上逃げ回るのはやめた方がいいと本気で忠告するぜ?
敗因分析--------
ああ、分かってない現地関係者がいるかも知らんからあえて書くが、今回、学校側のかん口令が絶望的にまずかった。
もうあれで、教育界側の負け戦が完全に決定されたと言っていい。
かん口令を敷きたくなる気持ちは一応、分らんでもないのだが、それ自爆スイッチ。もう自滅っつーか最悪手なんよ。
学校が関係者全体にかん口令を敷いた場合、それだけで、メディアも我々も『コイツらはきっと、何か都合の悪いことを隠してやがるな?』と悪印象を持つのは避けられん。
実際、後からいろいろ出てきただろ?記事に出てから当事者たちが慌てて対処に追われたところで、現状の追認にしかならんワケ。
だからかん口令をもって、学校の、教育者側の敗北は完全に決まったと断言していい。
にもかかわらず、まさか特大の地雷を抱えつつ選挙戦に入る奴がいるとは思わなかった。読みが外れてぶったまげたのはこっちだよ。
巡り巡って国勢選挙にまで影響しちまったんだから、前市長は組む相手を根本から間違えていたとしか言いようが無い。
情報戦の闘い方--------
今回の事件は既に情報戦になっている。情報公開と責任を迫ってくる一般世間と、逃げようとする教育関係者との戦争なんだよ。
しかし、教育者村側は下手を打っちまった。いくら地の利があっても、かん口令は完全に自爆。やってはならない手を打ったんだ。
関係者は、よほどうまくやらない限り、かん口令ってのは情報を完全に遮断は出来ないことを肝に銘じろ。
かん口令はむしろ、主流派に反感を持ってる奴や金で転ぶ奴らから、大げさな情報や信ぴょう性があり得ない情報を流出させ易くなる。
それをどうやって防げるんだ?無理だろ常考。そこが理解できていないから、情報は遮断できるとか楽観的に考えちまうんだろうな。
つまりかん口令は、結果的に、情報(戦力)を小出しにする逐次投入にならざるを得ない。これ、戦争では絶対にやってはならん手法なのよ。
かん口令を敷き、情報を小出しにするというのは、第三者から見ても最悪の対応なんだっつーの(警察とかなら話は別だが)。
今更だが、教育村が大打撃を受けるくらいなら、何もかもあけっぴろげで、開き直ってどんどん公開していった方がまだ断然マシだった。
どうしても学校だけでは限界があるんです、助けてくださいって言えば、それなら皆で考えましょうという機運になったかも知れない。
彼らが本当に守りたかったものが、いったい何だったのかは分からん。まあ生徒たちではなかったんだろうな。そう自白してるようなものだ。
もはや誰がやろうと、あとはサンドバックになる可能性が高い。つまり『より大きな力』で蹂躙されていくのだろう。
たとえ頭を抱えたくなっても、理由はどうあれ、自分たちも自殺した生徒と親にやったんだから文句は言えんぜ。
少しだけフォロー--------
旭川の前市長、選挙で不利になると分かってて教育関係者を身内に取り込んだのが阿保過ぎる…のだが、恐らく泣きつかれたんだろう。
死を待つ半病人とゆーか、棺桶に片足突っ込んだ連中に縋りつかれたよーなもので、現職当人にとってみれば、たまったモンじゃない。
前市長、そんな連中を切れなかった。関係者から頭を下げられたときに厳しく言えれば良かったのだが、それが出来んかった。
たぶん旭川があまりに小さな市場過ぎたというか、道北圏はいささか狭すぎて、友人やらしがらみやら、何やらあったんだろうね。
しかし関係者を処分しないということは、未来永劫、同じことを繰り返し行うとゆー宣言でもある。
『自分の子供が死んでも、先生が処分されたら可哀そうだから、アンタたちは黙って言うとおりにしてね!』と言われて納得する親(市民)がいるか?
よしんば教育関係者の全面的なバックアップがあったとしても、これで選挙戦を戦うというのは、無理を通り越して無謀だ。
あるいは、対立候補が共●党だけならまだ何とかなったかもだが、幾ら何でも無茶というもの。そんなこと当人も分かっていただろうに。。。
結局、前市長は責任を取らされる羽目となった。新市長は教育関係者に冷淡になるに決まってる。連中が地獄を見るのは自明の理だろうぜ。
こーして見ると、そもそも何が問題なのかを、教育関係者たち自身が見失っている可能性が高いんぢゃね?と思ってしまう。
『誰かを自殺するほどイジメても、逃げて責任取らなくてもイイ!』のだと、先生サイドが体現することが果たしてマトモかって話。
殺されてしまう生徒とその親はもちろん、殺すことにお墨付きを貰えてしまう加害者の子供たちだって、広い意味では犠牲者だろう。
先生がそんな調子だから、ガキなんて絶対また『やる』に決まってる。ついでに言うと、社会に出てからだって『やる』に違いない。
そんな卒業生を量産することが教育者の仕事なんか?それとも、途中である程度死ぬことは、旭川の教育界隈では織り込み済みだとでも?
まあ『教師のみが通用する世間、いわゆるムラ社会の掟』が存在することは、知っている。仕事である以上、掟があるのはそりゃ仕方がない。
ただしその『掟』が、教え子の生命よりも上位にあると看做すことは、どう考えても異常だろ。
そんなの、当事者たちだって本当は分かっていたはずなのに、なんでまたいい年こいて、逃げようとか無責任なことを考えるのか。
逃亡に成功するか?--------
ちなみに現代日本でイジメ自殺があった場合、学校関係者はもちろん教育委員会の面々は、事件を徹底的に隠蔽したり、最低でも自己保身に走るケースが極めて多い。
さらに言うと、残念ながら、こうした隠蔽や自己保身が成功してしまうケースも、決して少なくは無いのだ。
たとえば2005年にあった埼玉県北本市立北本中学校でのイジメ自殺は、加害者と教育界側が揃って逃げ切りに成功したケース。
そういう意味では、山形県のマット事件も『逃げ切り成功』に含めてもいいだろう。
いずれも詳細を知れば胸糞必至で、必殺仕事人かデスノートが欲しくなること間違いなしだ。
道内でも、2006年に起きた滝川市江部乙でのイジメ自殺では、もう少しで加害者と滝川市の教育界側が逃げ切るところだった。
当局の失態とメディアが火をつけたため逃げそこなったとはいえ、教育界側の隠蔽と逃亡の体質は相変わらずだと言わざるを得ない。
今回のケースも、文春が火付けしなければ、素で逃亡されていた可能性が高かったのではないか。
ついでに言うと、前旭川市長が当選していた場合、強権により、恐らく連中の逃亡は成功していたと思われる。危ないところだったのだ。
これからどうなる--------
今後の展開としては、教育長の辞任・関係者の更迭・教頭と担任の免職、そして当時の校長や加害者たち、当局への訴訟等が考えられる。
あれだけ隠蔽したという事は、事実が明らかになると不都合が多いと自分から宣伝しているよーなモノだから、どーにもならない。
新市長もその気になっている様子だし、関係者は震えて眠れと言いたいところだが、実のところ、一般世間の側が、教育村の強固な掟をどこまで崩せるかが勝負どころだ。
道北という世間は非常に狭く、そこは、一般市民から見て不可思議な教育界の『掟』が、大手を振ってまかり通る世間でもある。
教師たちはあからさまに、自殺した生徒と真摯に向き合う事よりも、自分たちの組織保全をより優先的・上位に考えて行動してきた。
彼らの『掟』には、『組織維持のためには、必ずしも教え子を保護しなくてもいい』と書かれていたようで、ビックリ仰天してしまう。
本来、何があっても保護・育成すべき生徒を差し置き、自分たちの保身ばかり優先することに血道を上げるのだから、何をかいわんや。
自分たちの仕事にプライドがあり、疚しいところが無いのであれば、調査に協力し積極的に情報開示して然るべきだろう。
こそこそしている時点で終わっているが、追及するのはいいとして、日本におけるムラ社会というのは本当に手ごわい相手だ。
ましてや教師は弁が立つため、ひとつ間違えると、自分たちに責任は無かったという結論にすり替えられる可能性すらある。
さらに言えば、繰り返すが、前の市長ですらアチラ側に取り込まれたほど強い政治力を持っていると見ていい。
そこをどう切り崩していくのかが第三者委員会には問われるわけだが、果たして上手く行くかどうか。
いやまあ、仮に上手くいかなくても最終的には、教育関係者連中は責任は取らされるんだろうけどね。そんな世の中なのだよ『現代』は。
最悪何が起こるのか--------
このような状況下で、もし万が一にも教育者サイドが逃げ切った場合、社会に与える悪影響は計り知れないほど大きくなるだろう。
一例として、2011年に起きた大津市立皇子山中学校いじめ自殺事件では、ひたすら組織保全に走る教育委員会に業を煮やし、ついには殴り込みに行く者まで発生する始末だった。
無論、殴りに行った短絡的な奴がもっとも悪いのだが、世間様に対し殴り込まれるほど酷いことをしたという自覚が、当事者たちに皆無だったところは正直、驚きを通り越して少しだけ感心してしまった。
これ理想的な悪役そのものじゃん。教育界のトップが体現してどーすんのさ。
それともナニか?イジメ自殺した生徒と加害者、無能な教師、隠蔽にだけ熱心な教育委員会を題材にシナリオ書いて、演劇でもやれってのか?
これを学校の学芸会で上演したら凄いだろうなー(棒)。止めようとする教師に対し、生徒側が事実じゃんと言ったらどう反応するのやら。
ついでに言うとネット上では、殴り込んだ者は事実上、ヒーロー扱いされていたと記憶している。保釈金クラウドしたら、千万単位集まるかも。
では、今回の件で実質無罪判定が出たら、何がどーなると思う?
とゆーか、今だって目立ちたがりのユーチューバーに突されてて、かなり厄介な状況なんじゃねーの?
袋叩きという祭りの後に残るモノ--------
恐らく、教育関係サイドには、その辺まで読んで行動している者なんて居ないだろう。そもそも誰だって責任なんて取りたくないし。
一般社会から攻撃されかねないと懸念している人間がトップいれば、世間を舐めた態度を取れる訳が無いのだが。。。
道北の田舎町に居れば地域世間が守ってくれると思っているのかも知らんが、もっと大きな世間から叩かれるリスクを考えたことがあるのか?
第三者委員会による調査は、確かに、加害者や教師たちを断罪するかも知れない。
しかし同時に、関係者に対する処分は、その加害者たちをギリギリのラインで保護する命綱にもなり得る。
そこからさえ逃げようとするのは、完全な自殺行為だ。公的に処分されたほうが絶対にマシなケースだろこれ。
すでに情報を隠すことなんて誰にも出来ない。前校長も教頭も担任も、教育長でさえ氏名年齢住所家族構成等はネットにばら撒かれている。
家族ごと海外逃亡でもする気なら話は別だが、今の世の中、大きな世間から叩かれたが最後、どんな結果になるか本当に理解しているのか?
((ダブル・ショーテジ・イズ・デバイスショーテジ))暗黒メガコーポの参謀、ムダグチ専務は常にこの古の経営哲学をニューロンの淵に添えていた。
「中国地方への進出は実際ムリです。」「土地勘もない、輸送手段もない、食料もない。実際ジャングル」
センタ試験で高いスコアを取ることしか能のない無能な部下達にムダグチ専務は口を開く。
「ザッケンナコラーッ!!」「「アイエエッ!?参謀=サン!?」」
「本来日本人は奥ゆかしく草食ダッコラーッ!!ジャングルなら全てが実際食料ダロッコラーッ!!輸送手段がない?ならバイオバッファローに運ばせ倒れたら食す、これぞ古事記にも記されたアブハチトラズに則ったジン
ギスカン・プラン!スッゾオラーッ!!「「アイエエエ!!アイエエエエエエ!?」」ナムアミダブツ!なんたるピクチャ・ライスケーキか!平安時代の無慈悲なリアルニンジャですらそのような無謀な要求はしないであろう!
「敗北主義的態度は更迭ダッコラーッ!!南方支社送りのケジメシロッコラーッ!!」「「アイエエエエエ!?ヨ、ヨロコンデー!!」」ナムサン!日本人のDNAに刻み込まれた死よりも恐ろしい極刑、シマナガシだ!コワイ!
2021/3
日本医師会・中川会長、“噂の女性”と高級寿司デート 3密の店内でシャンパンを飲み
2020/4
集団での会食を機に、初期研修医18人の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の集団感染が発生したことを受け、慶応義塾大学病院は4月6日、病院長の北川雄光氏の名前で声明文を公表。「ご迷惑、ご心配をおかけした関係の皆様、社会全体に深くお詫び申し上げます」と謝罪した。
2021/3
政府が新型コロナウイルスの感染拡大で国民に外出や会食の自粛を要請している中、厚生労働省の職員23人が深夜まで送別会を開いている事が分かり、会合を企画した真鍋馨・老健局老人保健課長(1995年、旧厚生省)が更迭された。減給10分の1(1カ月)の懲戒処分を受けた真鍋氏は医系技官の「エース」として知られ、省内からは「こんな時期に何をやっているんだ」と、怒りとも失望とも取れる声が漏れる。