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はてなキーワード: 第一次世界大戦とは

2017-11-25

anond:20171125164546

第一次世界大戦後は不況が襲いましたよ。まあ、傍観者日本ではともかく、戦地となり、さら賠償金をとられたとなったドイツ悲惨な状況で、故にナチスドイツの台頭が起きた。

その時の違いは第一次世界大戦後は自由主義(再配分とか一切考えない)であって、第二次世界大戦後はケインズ主義だということです。

まり戦争が景気を起こすのではなく、ケインズ主義で高累進で金の回転もよかったからの景気です。

まあ、金を回すのが必要ということなので、富裕層への累進高税+ふるさと納税とか、企業留保課税みたいに

「金をため込んだら増税、金を使えば減税」みたいな枠組みで金を回せばいいという考えでもあるけど。

2017-11-13

100分de名著、今月はバートランド・ラッセル幸福論。

このところ哲学めいた本が多くて良い。これは、題名が格好悪いなと思って読んでなかったのでなお良い。

幸福になるための3つのポジティブシンキング、とまとめると今時のPV稼ぎのまとめサイトのようだが

1 自分が一番望んでいるものがなんであるかを発見して、徐々にこれらのものを数多く獲得した

2 望んでいるもののいくつかを、本質的に獲得不可能ものとして上手に捨ててしまった

3 自分欠点に無関心になることを学んだ。だんだん注意を外界の事物に集中するようにした

フリップでまとめられたこの3つは、確かに十分すぎるほど実践的。

書かれたのは1930年代?のようで、ああさすがにこの時代は既に十分「現代的」だったのだなぁとしみじみ。

第一次世界大戦後、世界恐慌の次の年に出たわけか。

2017-11-03

日本アジアを再び侵略すると信じるバカを嗤う

一部の左翼妄想によると、日本はいずれ憲法改正して軍拡して再度アジア侵略するらしい。

そんな戦前のようなことは絶対に起こらない。その理由説明する。

20世紀前半の世界情勢

世界極東政治力軍事力を割く余裕がなく、日本は好き放題できた。

極東の情勢

極東情勢は中国の騒乱により混迷を深めており、内戦に便乗する形でやはり日本は好き放題できた。

日本の情勢

日本人口国内だけでは養い切れなくなり、領土の拡大が重要課題だった。現在日本は既に人口が減少し始めている。

  • 人口の急増
  • 食料の不足

現在極東情勢


結局、戦前日本極東で好き放題できた最大の理由は、中国国家の体を成していなかったことだ。今の中国統一国家にして経済大国軍事大国で、さら中華主義覇権主義権化だ。日本侵略できるアジアの国などどこにあるのやら。

しかもこれだけ財政悪化しまくっているのにどうやって軍事費を捻出するというのか。

2017-10-14

図書館でなに借りたら良いか

気になってる本はこれ

読む優先度高い本とおすすめの本教えて

ラウィーニア、風の十二方位、闇の左手

ファウンデーション地球

八月の砲声 上・下 第一次世界大戦の起原

引き潮のとき四巻 

戦争の変遷 

革命群衆  都市革命 

ハイ・ライズ、沈んだ世界夢幻会社

自由からの逃走

都市都市

月曜日土曜日に始まる、収容所惑星

紙の動物園もののあはれ

からの帰還、スタニスワフ・レム コレクション高い城・文学エッセイ

ラヴローフのナロードニキ主義歴史哲学 ロシア革命先駆者たち ナロードニキ/ 旭 季彦 

モナド領域宇宙衞生博覽會、東海道戦争、旅のラゴス

流れよわが涙、と警官は言った、宇宙の眼

鏡像の敵、Uの世界時間

マッキンダー地政学デモクラシー理想現実

2017-09-15

anond:20170915153747

この種の気遣いがあるのはもちろん良いことなのだが、それが気遣いの要素を超えていない、多様性テーマに対して踏み込んでないという部分があったせいで、浮いて見えてしまっている。またそれに対応するドイツ軍が通り一辺倒な描写で(つまり白人集団なので)片手落ちに見えてしまう(ドイツ下げをしたかったわけじゃないだろうに)のも気にかかる点だった。

いやあ、でもネイティブアメリカンが「俺の土地を奪ったのはこいつらだよ」とさらっと言うのとか、ドイツ側もドクターポイズンいかにも女を捨ててきましたみたいな感じなの良かったじゃん。

古典まで学んだダイアナが、人間の持つ二面性や、善悪といった内面を「全く理解してない」なんてのはありうるんだろうか?

そこで「第一次世界大戦」なんじゃないのかな。人間だって戦争はする。でもいま起きているのは史上空前の「すべての戦争を終わらせる戦争」なんだぜ。っていう。

スティーブ

「僕は今日を救う、君は世界を救え」良いよねー。

スパイダーマン:ホームカミング

良いよねー。

映画ワンダーウーマンを見た

ワンダーウーマン」を見たので感想。と言うか考えたこととかのメモネタバレ気にしてないのでそういうの嫌な人は回避推奨。あらすじ解説とかもやる気ないので、見た人向けだと思いますフェミの話とかも出てくるんでそういうの苦手な人も回避でよろしくっす。

総評

まず最初に、「ワンダーウーマン」、個人的にはそんなに評価高くない。少なくとも世間で(特に欧米で)いうほど大絶賛、大感動をすることはできなかった。これは映画を見終わったあとのファーストインプレッション

しかしじゃあ評価低いのかというとそんなこともない。

「1800円という価格&2時間という投資に見合った体験できるのか?」という視点で自問したところ、その答えは「100点」なのだ。十分高評価だろう。いい加減な脳みそだなあ、オレ。とも思った。

なんでこんな評価のすれ違いが発生してしまったかというと、今年見たアメコミ映画の先行2本、すなわち「レゴバットマン ザ・ムービー」と「スパイダーマン:ホームカミング」の評価が高すぎた、というのが原因であるらしい。前出の基準で言うと、「レゴバットマン」も「スパイダーマン ホームカミング」も200点くらいの評価なので、「ワンダーウーマン」はタイミング的に損をしてしまったのかもしれない。これが「ドクター・ストレンジ」のあとだったら感激できてたのに。

「100点である理由」としては大きく2つ。

まず「予告編で期待される要素が全て入っている」。無垢主人公ダイアナの島での生活スティーブとの出会い、「外の世界」への出発、人間社会との交流、第一次世界大戦の泥臭い戦争描写、圧倒的な戦闘シーン、ど派手なCGバトル。主人公ダイアナの衣装替えもアマゾン戦闘服マント姿→1910年代のヴィクトリアンはいったロンドンファッション→鮮やかな青のナイトドレス神の子戦闘服と飽きさせない。

そして「アメコミ映画ありがちなダメダメ要素を極力入れないようにしてある」。とくに3点「主人公の不幸描写に力点をおいたヒーロー誕生秘話」「クリフハンガーの繰り返しによるピンチ感の陳腐化」「取ってつけたような絶対悪敵役」の排除には成功している。そういう意味では、既存作品の悪いところがよく研究されているのだ。これは簡単なことじゃない(アメコミ映画はこの3つの罠によくハマるのだ)。

要約すると、よくできている。期待通りの作品だ。

一方で「100点でしかない理由」としては「取ってつけたような批判回避策」、「人物描写の底の浅さ」だろうか。

主人公ダイアナスティーブ自分たちの定めた使命を果たすためにチームを結成して第一次対戦の最前線に向かうのだが、そのチームは「絶海の孤島で育った主人公の女戦士ダイアナ」「イギリス軍諜報部に協力中のアメリカ外征軍大尉スティーブ」の2名を中心としているのだが、それ以外の参加者が3名いる。

フランス領モロッコ諜報員サミーア(おそらくイスラム系)」「ネイティブ・アメリカン密輸業者で通称酋長」「スコットランド人の酔いどれ狙撃チャーリー」この三人なかなか個性豊かで好感がもてるにはもてるのだが、「イギリスvsドイツ塹壕戦」にたいしてイギリス陣営でこれを主人公チームにするのは、いかにもPC的な取ってつけた感があった。

それを言うと映画冒頭のアマゾン族が暮らす絶海の孤島にも、白人だけじゃなく黒人アマゾンが配置されてたりして「こんな風に色のバランス取っとけばいいよね」的なそれを感じる。

この種の気遣いがあるのはもちろん良いことなのだが、それが気遣いの要素を超えていない、多様性テーマに対して踏み込んでないという部分があったせいで、浮いて見えてしまっている。またそれに対応するドイツ軍が通り一辺倒な描写で(つまりは白人集団なので)片手落ちに見えてしまう(ドイツ下げをしたかったわけじゃないだろうに)のも気にかかる点だった。

総じてエンタメ作品として秀作ではあるけれど、秀作止まりというのが個人的評価である

無垢子供ダイアナ

たぶんこのPC的なディレクション――批判に対して自覚的で先手を打って内容を適正に作っていこう――は最近ハリウッド映画では多かれ少なかれあるのだと思う。ただ、そういう制約(どういってもある種の制約ではあるだろう)を逆手に取って笑いやネタにしたり(デッドプールにおける「女性も男同様にブン殴ったほうが公平じゃない?」)、むしろそこに正面から踏み込んでえぐり出す(スパーダーマン:ホームカミングの敵役ヴァルチャーはいま注目されている「見捨てられた白人労働者」)のにくらべ、ワンダーウーマンのそれは踏み込みが浅くどうしても「そういうルールなので設置しました」感が出てしまっている。

重ねていうけれど、これは減点部分だという話ではなく、加点はなかったという話だ。

おそらく「ワンダーウーマン」という作品――つまり女性戦場に出て戦うという作品を作るにあたって、制作側は、(フェミニズムを中心に)炎上の可能性を覚悟して作ったのだと思う。だから、予め潰せる問題点は潰しておいた。

それは主人公ダイアナの人物設定にも反映されていて、彼女美女で、アマゾン族の王女で、めっちゃ強い。すごい跳躍力や筋力を持ってるし、噛み殺しの特殊能力を持つスーパーゴリラだ。だが多分そのままだと脳筋批判も巻き起こすだろうから、島で英才教育を受けてた設定になっている。作中でも数百の言語を操り、古典に詳しく、第一次世界大戦当時の最先端化学式を読み取るなど知能面でも卓越している。(第一次世界大戦当時の)女性だからといって馬鹿ではないのだ!

しかし、だからこそというか、逆説的にというか、なんだかすごく残念な人物描写になってしまっている。

彼女世間から隔絶された島で育ったので無垢だ……という設定なので、物語終盤になるまで「人間は悪神アレス洗脳されているせいで地獄のような戦争をしているのだ。悪神アレスさえ倒せば人間は正義と慈悲に立ち返り戦争は即座に終わる」と信じ込んでいる。ここは物語のテーマなので、外せない重要な要素だ。

それはそうで、重要に間違いはないのだが、それってどうなのだろう。

言語というのは必ずその文化を含んでいる。外語を学んだことがある人ならわかると思うけれど、外語を学ぶというのはその言語を操る民族や地域文化を学ぶということをニアリーイコールだ。文化も歴史も言語には含まれているからで、そこに理解無くしては言語の意味を理解するなんてできない。ましてや古典まで学んだダイアナが、人間の持つ二面性や、善悪といった内面を「全く理解してない」なんてのはありうるんだろうか? いやまあそこが物語のキーなわけだから、理解していないということにしないといけないのはわかるのだが、そういう描写にしてしまったせいで作品は別のメッセージを持ってしまった。

すなわち「知識も教育も倫理や人間について理解の助けには全くならない。世界を良くするという意味では、教育は全く無意味である」というメッセージだ。多分これは随分うがった見方だろうし、制作側はそんなメッセージを発信するつもりはないだろう。けれど、物語上ここでねじれが生じているために、そう取られかねない「隙き」が生じてしまっている。批判される要素をなくそうと頑張っていた制作陣が、塞げなかった穴に見えてしまうのだ。こういうねじれが、どうも彼女をそこの浅い子供に見せてしまっている。

ワンダーウーマン」は「(邦画では珍しくもないが)戦う女性主人公」「女性が監督した初めての大手スタジオによるスーパーヒーロー映画」という点で、フェミニズム界隈から賞賛を受けた。

けれど、個人的にはダイアナ女性ではないのだと思う。すくなくとも、フェミニズムが想定するような「解放されるべき女性」ではまだなくて、子供なのだ。まだ思春期すら迎えていないような子供で、世界に対して良く言えば無垢だし、シニカルに言えば無知無責任だ。

ダイアナに強い好感を覚えられなかったのがこの映画評価に加点が少ない理由だと、整理した今なら自覚できる。

善き大人スティーブ

多分、自分にとって不幸だったのはこの部分で、それは「ワンダーウーマン」を観るまえに「ウーマンリブ的な文脈でフェミニスト絶賛」みたいな評価を知ってしまった点だ。「そういうつもり」で見てしまったせいで捻じれが目についてしまった。

しかし、見終わったあとに思い返してみると、魅力的な部分がいくつもある映画だ。その最大のものアメリカ外征軍大尉のスティーブトレバである

彼はドイツ軍スパイした結果恐るべき毒ガス計画を知り、逃亡の最中に絶海の孤島アマゾン島に漂着し、主人公ダイアナを「外の世界」に連れ出す役目をする。無垢美女ダイアナエスコート役であり物語最終局面まで彼女を支えて導き続ける。

ぶっちゃけ、序盤はただのイケメン俳優だと思っていた。

いやイケメンなのは最終盤まで変わらないけど。

ヌードシーンがあったりもするので、女性向けの眼福要素も担当させられたイケメン俳優だと思っていたのだ。二回もイケメンって言ってしまったよ。

彼は優秀な軍人でありパイロットなのだが当然人間なので、スーパーヒーロー神の子であるダイアナに比べたら喧嘩においてはまったく弱い(軍人として適正に強くはあると思う)。おまけに非文明圏であるアマゾン島では虜囚に近い扱いも受けていたし、さらにいえば彼はアメリカ軍大尉であり、物語中盤の舞台イギリス(&イギリス議会イギリス軍)では大きな権力を持っているわけでもない。上司に対しては愛想笑いを浮かべたり、自分意見をひっこめたりもする。

物語中盤、未知の世界である外界に出たダイアナは完全にお上りさん状態であり、大都会ロンドンにおいて常識を知らないことから、スティーヴに迷惑をかける。それにたいしてスティーブはなだめたり、すかしたりしてダイアナに行動を抑制しようとする(そして失敗する)。スティーブダイアナに「外の世界常識や考え」を事細かに説明して理解を得ようとはせず、断念する。命の恩人ではあるし天下無双の戦闘能力を持ってはいるけれど、「面倒くさい子供」でしかないダイアナに呆れているように見えることもある。

こうやって説明すると際立つけれど、スティーブイケメンが売りなだけのダイアナの介添に見えていた。

しかし、上映後に振り返ってみるとこの映画の中心はスティーブだと思う。

ド派手なCGバトルアクションとか、世間フェミ的な評価を全部取っ払って、個人的に「ワンダーウーマン」の感想を述べるならば、「ワンダーウーマンスティーブ映画なのだ

全般的に人物の内面描写が浅いきらいのあるこの映画だが、スティーブに関しては脚本も俳優も素晴らしい仕事をしている。

彼は心の中にロールを持っている男だ。それは「善き男」であり「善き大人」であり、おそらくだけど「善きアメリカ人」であり「善き隣人」だ。彼はそういうふうに生きたいのだ。正しさや信念というよりも、自分の中に理想像ロールモデルがあると表現したほうがしっくりくるのがスティーブである

彼が軍に身を投じたのは、混迷続く世界情勢の中で、善きアメリカ人として社会に奉仕しようとした時、そのモデルが軍人だったかである。今の価値観で言えばもちろん異論はたくさんあるだろうけれど、その当時の常識で言えばそれは愛国心であったし、善き市民の善き行動だった。

ドイツ軍に密偵した結果、彼は恐るべきマスタードガスの開発と、それが講和間近のイギリス軍へ向けられていることを知ってしまう。彼はこの情報を持ち帰るために命を捨てるような危険を犯す。それもまた、彼の中にある「それが善き男の行動」だからだ。

その過程ダイアナに命を救われ、彼女の「外の世界戦争を止めたい」という希望を叶えるためにも、一緒にイギリスまで情報を持ち帰ることにする。

しかし、イギリスにそれを報告したが、結果ははかばかしくない。講和が間近に迫ったイギリス軍は、ドイツ軍(の一部)に災厄的な行動があったとしても全面攻勢には移りたくない。スティーブ情報事実上握りつぶされる。

彼はここで彼自身の行動規範である「善き人」を曲げられる。軍の階級差という世俗の権力構造のせいで、彼がすべきだと信じる行為を行うことができない。

講和のためとは言え、前線舞台をマスタードガスの脅威の前に放り出してよいのか? 良いはずはないが、議会や政府の決定に従うのも「善き国民」の義務ではあるのだ。

でも隣には精神的に子供ダイアナがいて「ねえなんでなんで? なんで正義しないの? まさかここでやめるわけ? 処す? 処そうか?」という視線で見てくる。彼は、その結果、軍の命令を無視して、私費で(というかボランティアのつもりだった?)傭兵を雇い前線に向かう決意をする。彼は心の中にある「善き人」の指し示すところに従ったのだ。ダイアナがあんまりにも無垢なので引っ込みがつかなくなったという側面があったにせよ。

前線に向かい、血みどろの後背地を抜けて塹壕にたどり着き、取り残された村をダイアナ神話的な能力にも助けられて開放して、ダイアナスティーブの関係は接近する。男女間の性愛的な意味での愛情もあったような描写だったけれど、個人的にはスティーブ父性も強く感じた。その父性というのは、子供しかないダイアナに「善き大人」を見せるというものだ。戦争なんて醜悪なものなのだけれど、それだけではないということ、世界には「善き隣人」の「善き努力」もあるということを示したかったように見えた。孤島から世界に連れ出した人間として、世界に失望してほしくなかったのかもしれない。

終盤。マスタードガスの大量生産はすでに完了しており、その暴挙を止めるために一行は秘密基地に忍び込む。ダイアナはその中で、アレス化身だと思われるドイツ軍ルーデンドルフ総監を倒すことに成功する。ダイアナは「これで悪神アレス洗脳は溶けて戦争は終了する!」と歓喜するが、兵士たちは戦闘をやめない。殺戮の準備を辞めない兵士ダイアナパニック状態になる。ダイアナにとっては今まで信じてきた世界観が崩れ去った瞬間なのだ

そのダイアナに向かって、スティーブは今まで何度も説明しようとしてしきれなかったことを告げることになる。

それは「この戦争は人間が開始して人間が拡大させたものなんだ。神はいない。僕たちの責任だ」ということだ。その告白はとても辛い。「善き男」として生きたかったスティーブは、まったく「善き男」ではなかった。戦争をしちゃってるのだから極悪人なのだしかし、スティーブは「この戦争は僕達の罪なのだ」ということを認める。なぜなら、戦争の責任を誰かに転嫁するのは、戦争を始めるよりも更に恥ずべきことだからだ。「善き男」として彼は、世界の醜さの責任を取らなければいけないと決意する。

スティーブダイアナの間にあったものは多分とても複雑で、男女でもあったし、父と娘でもあったと思う。でもその一部には神と人間というものもあった。

彼女の戦闘能力があまりにも隔絶してたかスティーブもその視点を持たざるを得なかったのだろう。

ダイアナの考えは「神が神の邪悪を振りまいたせいで人間が迷惑をしている」から「神の使命を持つ私が人間を救う」というものなわけだけれど、スティーブはこれに「善き人間」としてノーを叩きつける。ダイアナの考えはある種のパターナリズムだが、スティーブの答えはそこからの脱却だった。

神々の戦いは神々であるアレスゼウスの娘ダイアナが決着をつけるだろうし、人間であるスティーブは戦闘能力の関係上そこには関与することができない。しかし人間の始めた戦争であり、人間の悪意であるマスタードガスは人間であるスティーブが止めなければならない。筋としてそれが正しい。

ダイアナの戦闘能力やスティーブたちの状況を考え合わせると、彼らはここで戦闘を放棄すれば逃げて安全に暮らすことは十分に可能だったように見える。その場合はもちろんマスタードガスで前線の部隊は凄惨なことになるのだけれど、倫理的に考えてスティーブが彼らを救う(その結果命を落とす)絶対的な義務があったわけではない。戦争の悲惨すべてを、個人であるスティーブが背負う必要はないからだ。

スティーブが命をかけた動機として、父(先行者)として娘(後続)に「この醜悪な外の世界にも善はあるのだ」という事を示したかったのか、人間として神に「あなただけにすべてを背負わせない。人間は弱いけれどそれでも自分たちのしでかした行為の責任は取る」ということを示したかったのか、それとも男として女に「俺も戦う」といいたかったのか、それはわからない(そこが返ってスティーブという男のテーマとしてよかったと思う。彼の愛情には名前がつけられない)。

けれど、スティーブは「自分の戦い」として今まさに離陸していこうとする毒ガス満載の爆撃機を止めるために飛び出す。そして乗り込み、爆弾を抱えて、前線を救って、結果としてダイアナを残して死ぬ。

こうやって思い直してみると、中盤、ロンドンの街で常識知らずにうろつくダイアナに手を焼いていたのも、「善き大人」として子育てに苦労してたんだなあ、と思える。

スティーブは大尉だからおそらくエリートなんだろうけれど、まだ若いし、それ以前にすべての人間がそうであるように、不完全で未熟だ。しかしそうであるからこそ、彼には「こんな存在でありたい」という理想像があった。そして常にそうであろうと、努力していた。都会ではトラブルメーカーダイアナを「善き保護者」として(オロオロしつつも新米父親のように)導こうと思ってたし、最前線では「善き戦友」として肩を並べて戦った。戦火から救い出した村でチャーリーが歌ったときは「善き男」としてダイアナを熱っぽく見つめた。彼は最終的に、「惚れた美人との安全な生活」よりも自らの役割を優先した。自分自身の信じる正しさに殉じた。それは「善き人間」として神の前に立った時、他の誰でもなく自分が、人間すべての代表として神に「人間の誠実」を見せるべきだと思ったからだ。

それは上野千鶴子あたりの言葉を借りると「男性の安っぽいヒロイズム」であり「戦争に興ずる幼児性」なのかもしれないけれど、物語としてみるとスティーブの人物描写はこの映画の中で一番複雑で深みがあった。魅力的だった。

そんなことを考えると、「ワンダーウーマン」はウーマンリブ的な価値観映画というよりも、男性的な価値観の、そして「神(あるいは超越的な力を持つスーパーヒーロー)の前に立った『善き人間』の覚悟と誠意」の映画だと思う。そして、そこがこの映画の美点だと思える。

2017-09-04

今日、第二次朝鮮戦争の休戦協定が結ばれた。

開戦のきっかけは些細なものだった。

板門店の警備兵が南側亡命しようとした。彼を北朝鮮側一隊が連れ戻そうとし、そのまま銃撃戦となった。

この事件きっかけに、これまで居丈高姿勢を取り続けていたトランプ金正恩両者の応酬がもはや常軌を逸したものとなり、

次に発生した局地的な砲撃戦が開戦の合図となった。

この戦争で核は四回使用された。



アメリカはこの戦いで覇権国の地位から転落した。

西海岸復興と戦力再編のためにかかった費用天文学的数字で、焦土となった統一朝鮮勢力下に収めたものの完全に持て余している。

韓国文字通り火の海になった。火砲によりソウル消滅釜山仁川といった主要地域も壊滅的な被害を受けた。

統一朝鮮負担には各国から援助も出ているが、民族悲劇再現されてしまった。

日本放射性物質によるテロの標的になった。直接の死者2,000人。佐世保福岡横須賀東京は人が住めない土地になり、

大阪京都経済行政を分離する方向で調整が進められている。住む場所を追われるなど、影響を受けた人数は1000万人を超える。

韓国北朝鮮難民受け入れもあり、債務国に転落した。

債権を大量放出した影響でアメリカ経済を致命的に悪化させ、同盟を維持できないほど関係が冷え込んだ。

ロシアは核攻撃の影響でウラジオストク周辺が汚染された。

アメリカ補償を求めているが、交渉の進展はない。

中国東北部が核汚染され、大量の難民流入もあり財政的に破綻した。

アメリカが後退したいま第二列島線への進出を狙っているが、肝心の軍を維持できなくなりつつある。

人民解放軍による難民虐殺の噂も出ているが、共産党の強権でなんとか政権を維持している。

国際体制第一次世界大戦後のヴェルサイユ体制のようになった。

不安定で、いつ崩壊してもおかしくない危うい均衡を保っている。

真の勝者など誰もいない。

歴史に学ばない奴だなあ

そんなことは北朝鮮ミサイル自体で学ぶまでも無い

第二次世界大戦第一次世界大戦から学んでおいて欲しい


教訓はこう

どんな戦争でも必ず内部に動揺させて団結を妨害する奴が現れる

成分はこう

1・敵国のスパイ

2・敵国の心情的シンパ

3・平和主義

4・ただの臆病者


3だけは軽蔑してはいけない

人道に基づく反戦人類最後モラルであるし、

理性による「どうも勝ち目がないから和平しよう」という方針はあるし

特に後者は戦況によっては重要人物になりうる


問題は、1~4まで全員自称は3ということだ

はっきりいってはてなで3を自称する人間の大半は1か2だ

けれども自称しかいないだろ?


どんな戦争でも必ず

前線での戦いとは別に

国内で1、2、4と戦わなければならないんだ

いやな戦いだ

必ずいくらかは巻き添えで3も投獄されたりする

1~4のどれでも無い人すら巻き添えが有り得る


嫌な戦いになる

1、2を捕まえるのだって楽しくは無いし

調子に乗ったあほが善良なだけの人を「敗北主義者」といって吊るしてしま事故も起きる

それでも1,2,4と戦うコストは避けられない

これと戦わず戦争に勝てた国はない


正確に、

冷徹に、

感情を廃して正体を見抜き

的中率の高い、巻き添えの少ない、しかスパイは決して逃がさない、

そういう対スパイ組織が必ず必要になる

そんな薄暗い組織は嫌だとかきれいごとをいえば敵に蹂躙されるだけ

誰かがやらなければならない

トイレの汲み取りと同じ


では日本に今すぐ必要なのは

そう、スパイ防止法だね

https://anond.hatelabo.jp/20170904074754

2017-09-02

大正9年→大正12年で朝鮮人超増えてる

https://anond.hatelabo.jp/20170901172529

もしこの古賀議員の指摘や前提自体瑕疵があれば、

私よりずっとこのような事件に詳しい2氏ならば「6000人にはこんなにしっかりとした根拠がありますー! バーカバーカ!」と

嬉々としてソースを突きつけ本筋の反論をするはず。

が、それをせずに迂回した。

これはたしかにダセエ。ダセエのでブコメで端的に指摘しておいた(b:id:ss-vt)。で、ここでも書いてみる。

すでにBuzzfeedでも報じられているように、古賀議員都議会において、大正9年国勢調査をひいて関東地方朝鮮人人口の少なさを指摘している。

が、この当時朝鮮人内地への渡航は急増していたのである大正9年国勢調査では、内地朝鮮人の総人口は40,755人。いっぽう同年12月現在内務省警保局による調査統計では30,189人となっているが(多くの要因で数字に大きな差がある)、内務省統計を年次ごとに追うと大正10年38,651人、11年59,722人、震災の起きた大正12年末には80,415人に至っている。これには朝鮮植民地化に伴う小作農の貧窮化や、第一次世界大戦後の好況に伴う内地工業化都市化の進展、また大正11年末の渡航自由化大正8年以降、三・一独立運動の影響で朝鮮人内地渡航制限されていたが、企業日本人よりも安価労働力として朝鮮人を求めた)など、複数の要因が影響している。

さて古賀議員の挙げた大正9年国勢調査に立ち戻ろう。

国籍民籍別人口のうちの朝鮮人人口について、

東京府  2,485人、

埼玉県  78人、

千葉県  40人、

神奈川県 782人、

合計3,385人。

震災直後の首都圏で何が起きたのか?――国家メディア民衆 / 山田昭次 / 日本史 | SYNODOS -シノドス- http://synodos.jp/society/14990

から大正12年の数字引用して、古賀議員発言形式に合わせると、以下のようになる。

国籍民籍別人口のうちの朝鮮人人口について、

東京府  8,567人、

埼玉県  311人、

千葉県  317人、

神奈川県 3,645人、

合計12,840人。

工業化都市化の進展」に伴って多くの朝鮮人労働力としてやってきたため、東京神奈川といった都市部工業地帯に集中しているわけだが(横浜での虐殺目撃証言の多さにも反映している)、少なくともこの時点で、

6000人という数字は当時の関東朝鮮人人口より大きい

とは言えなくなる。

また自分が直接参照した一次資料として、国立国会図書館デジタルコレクションに所蔵されている『在京朝鮮人労働者の現状』(東京府学務部社会課、1929年http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1445292 には、大正12年の「在京朝鮮人労働者」は5,347人と記されており(警視庁調べ)、アジア歴史資料センター所蔵の『在京朝鮮人状況』(朝鮮総督府警務局東京出張員、1924年5月http://www.jacar.archives.go.jp/das/image/B03041602800 によれば、「八月末震災直前の見込綜数は八千人を超へ」ていたという。

繰り返しになるが、とりあえずこのあたりで「6000人という数字は当時の関東朝鮮人人口より大きい」とは言えないことをご理解いただけるだろうか?

ちなみに6,000という数字の具体的な出所は、震災直後に在京朝鮮人迫害事実調査会が独自調査を行い、上海大韓民国臨時政府機関誌独立新聞』に12月5日付けで発表された数字6,661人。この調査10月末までの中間報告では2,613人という数字が出ていて(当時東京で催された経過報告会でも発表された)、その後さら神奈川県遺体発見できなかったおよそ1,800人などが追加されている。シノドス山田名誉教授は「追加合計数根拠今日解明することはできない」としていて、その点ではたしかに6,000人という数字根拠は薄いのだが、同時に帝国政府がマトモな調査を行わなかったことにより、これをデタラメであると断ずる根拠もまた乏しい(はからずも、秦郁彦が『当時ロクに調査せず公文書終戦時に焼きまくった以上、30万人に代わる数字日本から出すのは無理』と嘆いた南京事件と似ている)。少なくとも犠牲者数のもっとも大きな数として採用せざるを得ないわけである

内閣府ホームページで公開されている、災害教訓の継承に関する専門調査会による報告書 http://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923_kanto_daishinsai_2/pdf/19_chap4-2.pdf

殺傷事件による犠牲者の正確な数は掴めないが、震災による死者数の1~数パーセントにあたり、人的損失の原因として軽視できない。

という書き方になっているのは、そうした事情によるだろう。

追記

b:id:y-wood 8500人のうち6000人殺せるのか、すげー。『「6000人という数字は当時の関東朝鮮人人口より大きい」とは言えない』

揶揄のたぐいだとは思うけど念のため。

「6000人」というのは虐殺犠牲者の総数である東京府朝鮮人人口比較するのは不当。ついでに、古賀議員が何故か東京神奈川千葉埼玉限定しているのもいささか不当で(たとえば群馬でも、自警団警察署を襲撃して朝鮮人17人を殺害した藤岡事件などが起きている)、山田名誉教授シノドス記事によれば茨城群馬栃木を加えた関東地方1府6県の大正12朝鮮人人口は14,144人となっている。

また、山田名誉教授の著書内容の、内閣府報告書コラム殺害事件検証http://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923_kanto_daishinsai_2/pdf/22_column8.pdf から孫引きになるが、例の「6,661人」のベースとなった在京朝鮮人側の調査では、東京府犠牲者数はおよそ1,000〜1,400人。最終的に『独立新聞』に掲載された数は1,781人となっている。

y-wood氏の言葉を借りるなら

「8500人のうち1800人殺せるのか、すげー」

となるが、現実味は如何?

b:id:fu-wa 戦争知らないんだろうなあ。戦車でダーってやっても6000人殺すのってものすごく大変なんだよ。

ルワンダではそれこそカマとか棍棒とかのたぐいで、およそ100日で50万〜100万人が殺害されている。こうした事態と「戦争」を比較するのは不当。まして、繰り返しになるが「6000人」は関東地方1府6県の総数である。「戦争」を持ち出すなら、せめて戦域や作戦継続期間が同程度に及んだ戦闘でなければならない(それでも戦闘員vs戦闘員では不当だが)。

2017-08-06

2,3年前から、つまり2014年2015年くらい頃から薄々思ってたことだけど、このあたりからなんか世界が急速に21世紀ぽくなってきた。21世紀ぽいって何よ、て話だけど、SF近未来設定の話にありそうな世界。それ以前は21世紀になっても15年近くは相変わらず20世紀の延長だった。ネット回線は格段に速くなったけど。凄いのはスマホくらいか

昔、NHKの作った神番組に「映像の世紀」ってのがあった。20世紀豊富映像(とちょっと扇動的情緒的なBGM)で紹介する番組教養あるはてなーなら見たことある人多いと思う。自分中学生の頃の番組で録画して何度も見てた。21世紀になってからも何度か再放送されたはずだから20代でそういうの好きなら見たことあるかも。10代は知らんかもな。

それの第一回が、「20世紀の幕開け」ってタイトルで、19世紀から第一次大戦(1914)までの映像なんだけど、最初に見たときから映像19世紀っぽいなーと思ってた。19世紀をよく知ってるわけではないけどその時点以前のヨーロッパの、街並み、服装テクノロジー暮らし向き、をまんま継承したもの。それが第一次世界大戦テクノロジー社会体制ともにガラッと変わる。(田舎はずっと同じだったんだろうけど)

21世紀も今振り返ると00年代ってそれ以前の延長でしかなかった。ところが10年代半ばからスマホ以外にも、第三世ゲノム編集ディープラーニング、(07年発見の)iPS細胞実用化間近、ロボット自動運転量子コンピュータ(D-wave限定だけどw)、3Dプリンター(これは以前からあったが、特許切れとかで注目されはじめた)、ドローン、VRにMRAR、健常者より高性能な義体、とか段々それっぽくなってきた。最近じゃレーザー兵器実用化にむけた話もたまに聞くようになった。ここ2年くらい、マウスでの老化の原因や制御方法候補的なニュースも見るようになってきた。

20世紀みたいに世界大戦暴力的に変わるんじゃなくてよかったとはいえる。第三次世界大戦は起こってないし起こってほしくもないが、変化の胎動はあり、20年代半ばには10年代はるか昔に感じてるんじゃないだろうか。どんな世界だったか思い出せないくらいの。特に老化の遅延や制御あたりが実用化されてるともう別世界だろう。

第一次世界大戦文学作品おすすめのものはありますか?

それ以外にも第一次世界大戦を知る上で必読のものがあれば教えてください

概要や背景はそこそこ理解しているので難しい本でも大丈夫です

2017-08-02

バトルフィールドは良い

(※ このエントリ釣りエントリーです。どういう釣りなのかは言いませんので推理でもすればいい)

俺は重度のCoD厨。BOからハマり、新作が出るたびに買って「BOは良かったな」「BO2は良かったな」っていうクソ老害

IWはなんだあれ。あそこまで行くともうオーバーウォッチしたほうがいいわ。

そんな毒づいた俺に友人が勧めてくれた「バトルフィールド1(以降、BF1)」。

正直、BFは4とハードラインをしたけど、戦車戦闘機やヘリや車やらで苦手だった。室内戦だけしていたいと感じるぐらいに。

BF1も変わらないんだけど、すごく良いので、まとめたい。

近未来兵器一切なし

もう、100人いて100人賛同してくれる内容だと思うんだけど、ビームレーザー、反射レーザー、異様に硬いドローン、投擲物どころかミサイルまでもを完全に焼き尽くすトロフィーシステム、透明になったり、一気に足がはやくなったり、空を飛んだり、ロボット兵士がいたり、そういうのがない。

出てくるのは世界大戦中の性能の悪い武器戦争を変えたといわれる異様に強い重戦車

CoDは家の中で人を簡単バラバラにしてしまえる爆弾をつかっても家が異常に頑丈につくられているので問題ないが、BFの家は崩れるし、地面はえぐれる。

臭い。最高に。最高だ。

ワチャワチャ感

32vs32なので、チーム戦ではあるが自分一人が強ければ味方を勝利に導けるとは限らない。

自分は一兵士なので、どんだけ死のうが、どんだけ味方の足を引っ張ろうが勝つ時は勝つし、負ける時は負ける。

「じゃぁ自分勝利に貢献してる感覚はすくないのか?」といわれたらとんでもない。むしろ、1人の勝利貢献が大した事ないゲームからこそ「自分(または自分分隊)がゲームを作ったな」というような勝利に立ち会えた瞬間に喜びは凄まじい。

基本的コンクエスト(他のゲームでいうとドミネーションみたいなやつ。スプラトゥーンならナワバリバトル)の話だが、戦力が拮抗してなかなか盤面が動かないC陣地があったとして、そこを無視して1人で相手の陣地に忍び込んでうろちょろする。

そうすると5~6人が「奇襲をかけられているぞ!」と思って前線を離れて自分を狩りに来る。

自分一人で前線から5~6人の兵を退けることに成功してそのままC陣地に味方がなだれ込み拠点制圧。この瞬間が本当にたまらない。そして自分操作していた兵士は死んでしまうのだ。儚い…。

皆で勝ち取った勝利感がすごい

これは凄まじい。上記のように「自分ゲームを作った」という感覚はあるが、それでも結局は「みんなががんばったから」という感想が一番大きい。

激戦区を突破できたのは後方で拠点を守ってくれた味方がいたからだったり、奇襲をしかけて敵の戦力を削いだ人がいたからだったり、戦闘機で地上を支援してくれた味方がいたからであって、自分一人ではどうにもできない。どれも必要。だから、勝った時の喜びはみんなで分かり合える。負けた時には素直に「自分たちはここが相手とくらべて至らなかった」「相手チームの奇襲に完全にやられた」など前向きに負けを理解できる。

ガンダムアムロは「自分もっと強ければマチルダさんを生かせた」とウッディ大尉に言って「戦争はそんなもんやないで」という場面があるけどまさにそれ。

ガンダムの影響は大きいが、かといってガンダムがすべての戦局を左右したわけではない。

BF1でいうと、戦車は、銃弾が効かないし、爆弾一発で壊せるようなものでもないからまさに無双の如き活躍をみせるが、戦車けが戦場支配しているわけではない。

キャンペーン儚い

第一次世界大戦追体験するようなキャンペーンなんだけど、まずは車の運転手から戦車運転手になった人、戦時中にだまし取った戦闘機で最高のパートナーと一緒に戦った詐欺師戦場兄弟を探す兵士若い人間を生かそうとする英雄の老兵、アラビア部族の1人などいろんな主人公プレイできる。どれも泥臭い。そして、いずれも儚い

それは、自分たち第一次大戦がどうなったかをしっているからだ。俺は、老兵の話が一番儚くて好きだ。

2017-07-30

第一次世界大戦のような停滞した塹壕戦において行える運動は後方へのものだけだ

防衛線放棄し、戦線を後方へ移動させるという動きはどのような意味を持つか?

戦線を後退させることにより敵を誘引することが可能ならば、それは大きな可能性を持つ

塹壕線を大規模後退させ多数の敵を誘引、あらかじめ用意していた砲撃部隊砲撃し時期を見計らい両肩から部隊を投入しで後方を閉塞、包囲殲滅する

穴の開いた地点から程よく離れた左右二地点に塹壕突破部隊を投入する

また両肩から後方を閉塞する部隊を投入したと同時に両肩から塹壕線の穴を広げる部隊を投入し攻撃中の左右ニ地点に達する

十分なほど穴が広がれば残る全軍がなだれ込む

2017-07-24

2016年のGOTYまとめ

既に半年過ぎちゃってますけど・・・

ゲームオブザイヤー(略称:GotYまたはGOTY)は

いろいろな雑誌ウェブサイトによって優れたPCコンシューマーゲームに与えられる賞。


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%96%E3%83%BB%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%BC

昨年に引き続いて一覧ののち、ざっくり感想を。

・Uncharted 4: A Thief's End - 165

The Critics' Picks - 89

The Readers' Picks - 76


Overwatch - 102

The Critics' Picks - 90

The Readers' Picks - 12


DOOM - 29

The Critics' Picks - 26

The Readers' Picks - 3


Battlefield 1 - 16

The Critics' Picks - 6

The Readers' Picks - 10


・The Last Guardian - 15

The Critics' Picks - 15

The Readers' Picks -


・INSIDE - 12

The Critics' Picks - 12

The Readers' Picks -


Dark Souls III - 12

The Critics' Picks - 9

The Readers' Picks - 3


Final Fantasy XV - 9

The Witcher 3: Wild Hunt - Blood and Wine - 9

Dishonored 2 - 8


The Witness - 7

Titanfall 2 - 5

Hitman - 3

Pokemon GO - 3

XCOM 2 - 3

SUPERHOT - 2

Call of Duty: Infinite Warfare - 1

FIFA 17 - 1

Firewatch - 1

Forza Horizon 3 - 1

Monster Hunter Generations - 1

Owlboy - 1

Sid Meier's Civilization VI - 1

Thumper - 1

Tokyo Mirage Sessions ♯FE - 1

Tom Clancy's Rainbow Six Siege - 1


The Critics' Picksは批評家

The Readers' Picksは読者投票になります


さて、今年も賞を獲得したのは例によって例の如くアンチャーテッドシリーズ最新作アンチャーテッド4になります

これでアンチャーテッドは3と続けてその年のGOTYを総なめということになりました。


これを保守的ととるかは個人判断にゆだねられます

ゲームとしての完成度についてはどのナンバリングも図抜けた出来であるのは認めるので

個人的には何か不満があるわけではありません。

グラフィックプレイング、ストーリー演出キャラクター描写など

圧倒的に完成されたシリーズなのは誰もが認めるところでしょう。

はいえあまりにも完成されすぎていて面白みが無いので今回はそれ以外のゲームについて言及しま(笑)


個人的に注目を引いた点を上げると変化球的なFPSゲームが多数受賞した点にあります

オーバーウォッチ

バトルフィールド1

DOOM

上記3つのゲームはGOTYの数的には2,3,4位のゲームですが、そのどれもが一人称視点シューティングというジャンルです。


オーバーウォッチMOBAの要素をふんだんに取り入れたゲーム性POPキャラクターデザイン

バトルフィールド1はFPSで日の目の当たることがなかった第一次世界大戦テーマ

ドゥームに関しては強烈なゴア描写と異常なまでのハイスピードさが売りになっている


こういった、「現状に対して変化球的なゲーム」が多数受賞したのは欧米コアゲーマー界隈でも

COD的なゲームけが注目されるのにいい加減飽きてきたのかもしれません。

オーバーウォッチ的なゲーム自体は昔からあって

ゲームシステム的に革新的というよりコアゲーマー市場自体がそういう停滞打破的なゲームを求めてる感じがあります


欧米ゲーム市場全体が成熟化してきており

「今までどおりのゲームを高い完成度で」

という今までどおりの要望以外に

「少し違ったゲームがやりたい」

という点が目立ちつつあるような気もします(まぁこの辺は歴史の繰り返しのようなものですが

あれだけ問題の多かったFFXVが多数受賞している点からも、完成度以外に革新性を重視する人が増えているのがわかります

2017年初頭から日本製ゲームの異様な高評価もその延長線上にあると見てよいと思います

そういった市場要望PS3/360時代にできていなかった和ゲー界隈のHDゲームへの対応不足にようやく目処が立ち始めた時期が合致したということでしょう。

PCベース製作コンソール機にアジャストするという製作手法や大規模開発ゲームへどうのように挑戦するか?

という点をようやっとクリアできるようになりはじめたように見えます

(Yakuza 0, バイオハザード7, Gravity Daze2, 仁王, Nier:Automata, Persona 5, ゼルダの伝説BoTW etc...)

Steamへの和ゲー販売タイトルも急速に増加しており、PCへの対応和ゲーでも当たり前になる日が来るかもしれません。

おま国がなおるかは知りません(笑)


また、オープンワールドタイトルも停滞の時期に差しかかり始めています

Mafia3やマスエフェクトアンドロメダの散々な評価を見るにSkyrimGTAから伸びてきたオープンワールドゲームの線が若干止まってしまっているようにも見えます

ゼルダBoTWが大絶賛と共に迎えられた理由はそういった背景も存在するでしょう。

セスダがエルダースクロールズの続編を一向に露出させない点も、次世代型のRPGをどのように作るべきなのか悩んでいるのかもしれません。これ以上に欧米RPG進化するにはAIプロシージャルな作り方など技術的な観点を一気にレベルアップさせる必要を感じています。(その点ではXboxAnthemが気になっています

一方で現在は目新しさから比較好調日本産ゲームも(ゲーム全体の出来ではなくメカニズム的に)完成されすぎていて発展性に欠けているようにも見えます

次作辺りまでは比較好意的に受け止められるような気もしていますが、次々作も同じようであれば現在欧米ゲームと同じパターンに陥る可能性もあります

e-Sports関連やwitcherやゼルダなど和洋問わず発展の芽を感じさせるゲームから如何にヒントを得られるかが次世代ゲームにおいては重要かもしれませんね。


個人的にはオーバーウォッチで遊びまくっています

ゲンジが難しすぎて足ひっっぱってる・・・

皆さんはどんなゲームで遊びましたか

ではまた来年


引用サイト http://gotypicks.blogspot.jp/

※昨年度まとめ https://anond.hatelabo.jp/20160426001324

2017-07-23

メモ

   米ロの新冷戦は極めて間接的な形で進行する

アメリカモンロー主義では決して無くアメリカ利益になることならなんでもする、あれ

アメリカ外国への武力行使は控えるようになるがその分軍事力に拠る牽制は多くなり、軍事力も増大する?軍事費は抑えられるかもしれないが潜在的戦力は減少しないのは確か

ロシア単独アメリカに対抗することが出来ないため周辺国への影響力の拡大が優先的に行われる、またネット攻撃などの間接的軍事力に注力する恐らくこれは中国も同じ

またロシアは状況の変化により大きな方向性の転換が有り得る、革命は恐らくないが市民の声の完全な黙殺も出来ない

ロシア独裁体制軍事政権化が進展し周辺国への浸透が継続される、ロシア国内での民主化勢力勢力弾圧されるが少なくない影響力を持つ

主に考えられるのがウクライナ中東の新ロシア化と中国への影響力の拡大と大国に対しての自国の有利になるような間接的な形での政治介入継続的実施

しかロシア第一次世界大戦第二次世界大戦ときのような国家戦略の支柱となる特定イデオロギーを持たないため世界的な影響力は限定的ものとなる、が地域的影響力は極めて大きいものとなる


ウクライナ周辺での独、英、仏とロシア

この対ロの方針でもヨーロッパ諸国間の摩擦が顕在化?、独と英は意見対立するEU内でのもう一つの求心点としてフランスが台頭する?……

アメリカの対ロ政策への介入とドイツへの牽制EU平和裏に瓦解する時期を逸した、最終的な結末は分裂か政争かはたまた…… その時イギリスいかなる行動を起こすか……

イギリス欧州以外の対外勢力との結びつきを求める、日本ドイツEU内で主導的立場を獲得しようとするがEU内での大きな反発も起きる

シェンゲン協定欧州委員会 EUのこの二つの仕組みの変化

日本海東シナ海での中、ロと日米 日本アメリカ

中国周辺諸国との衝突、中国国内民主化勢力の動向、ロシアと違い中国は各国と曲りなりも関係性を維持しておりそのため中国国内民主化勢力は様々な対外勢力と結びつきやす

また現状から大勢一般大衆地方権力者とも利害が一致するため無視できない因子となる、中国民主化勢力弾圧は粗雑で性急に過ぎるため逆効果となるかも

日本が各国と強い結びつきを求める、主にアジア欧州との結びつきも?アメリカ日本に対する影響力を弱める政策をとる?

日米同盟は如何なる自体においても双方の国家により絶対に維持される、中ロが存在する限り太平洋の完全支配必要日米関係存在し続ける

日本は国際協調を続ける、9条破棄、右傾化軍事力の増大はあっても積極的対外侵略を行う気は決してない、核を持つこともないがすぐに核兵器に転換可能な準核戦力をもつ可能性は大いにある?

2017-07-11

オタクフェミニストは誰と戦っているのか。

 このところ永劫回帰のようにエロ表現における争いが繰り返され、オタクフェミニストラグナロク永遠につづくかのようにおもえる。


 これだけやりあっていれば普通はたしょうなりとも相互理解というものが生まれものであるけれども、それはリアルな論戦の話なのであって、不特定多数不特定多数に対してやたらめっぽうに機関銃を撃ちまくるインターネット塹壕戦ではただ人が死ぬだけであり、平和条約は結ばれず、ただ人が死ぬだけであり、憎しみは連鎖し、ただ人が死ぬだけである


 わたしたちは第一次世界大戦を生きている。

 毎日がソンムの戦いだ。



 オタクフェミニストそもそも互いに互いを認識しているのだろうか?

 フェミニストが「えっちなのは子どもによくない」と言い、オタク宮崎勤池田小のやつとエドゲインを足してニで割ったような怪物として罵る。

 オタクは「表現規制をするな」と言い、フェミニスト権力によって表現の自由を、人間尊厳を奪うヒトラーの再来として恐懼する。


 彼らにはそれぞれ「何」が見えているのだろうか。

 彼らがそれぞれ想像する「敵」とは誰なのだろうか。


 オタクにはトラウマがある。

 悪書追放運動である

 1950年代PTAが中心となって展開されたマンガに対するバッシング運動だ。

 暴力的表現子どもの情操に悪そうな表現はこどもに見せるべきでない、というスローガンのもとに当時芽吹きつつあった劇画手塚治虫などを中心として爛熟しつつあったマンガ文化に打撃を与えた。

 これによってオタクたちはDNAレベルで、「(残酷だったり過激だったりする)マンガを『わるいもの』として非難するのは保守派ファシストのおばさんたち」という了解が植え付けられたのだ。


 なぜ戦争を二十年で忘れることのできた民族が六十年前の、教科書にも載っていない出来事記憶しているのかといえば、それは語り部が優秀だったからだ。

 悪書追放やり玉にあがった漫画家たちはのちに大御所となって「漫画文化立役者」として官民両方から賞賛される身分を獲得しても、悲惨迫害を忘れなかった。

 彼らはそのとき体験エッセイ漫画にしたり、ことあるごとにマンガネタに織り込んだ。

 そういうものを読んだ後進の世代は「今は平和マンガ享受できている国なのに、過去にはこんな悲惨なできごとがあったんだ!」とショックを受け、苦難の記憶継承し、そのうち漫画家となった人々は「マンガ表現を悪と呼ぶわからずやな大人」たちを戯画化して描き続けた。先人たちを見舞った悲劇を繰り返してはならない。そう彼らは叫び続けた。

 悪書追放運動記憶継承は、歴史上のあらゆるトラウマ継承運動のなかでも最も成功した部類に入る。それはオタクが長らく被差別民だった(と少なくとも自分たちでは認識していた)せいもあるだろう。

 そういうわけで、マンガ守護者たちの末裔たちは今でも各所に見ることができる。ちょっと前にもあったよね。ほら、『マンホール』描いた人の……なんだっけ、なんとか都市ってやつ。


 さて、戦争から七十年も経てば、各国家における仮想敵も大きく変わるものだ。アメリカWWIIでは影の薄かった中東を主戦場とするようになって久しいし、そのアメリカとかつて世界を二分したソ連は国ごと崩壊してしまった。

 だがオタクたちはずっと敵は「既存道徳にしばりつけられた保守的道徳的なガミガミおばさん」のままだと思い込んでいる。自分たちの敵はヒトラーである叫び続けている。



 フェミニストたちを一言でくくるのは難しい。

 「反表現規制」の旗のもとに団結しているオタクたちに比べて、そもそも男性男性社会のもの憎悪してやまないミサンドリストからオタクとの対話を求める層までほとんど分裂状態様相を呈していて、

 そうなったときクローズアップされがちなのはラディカルな発言だ。


 しかオタク側が言い募るように彼女たちは「こどもたちを歪ませる」表現を憎んでいるのではない。

 「こどもたちを傷つける」表現をこそ問題だと言っている。

 教育ではなく、トラウマの話だ。


 フェミニストたちにもトラウマがある。

 日本にかぎった話でもないかもしれないが、マスメディアサブカルチャーにおける性的エロという意味限定されない)表現や言説は男性中心的な傾向が強い。

 ふた昔前はテレビ女性おっぱいエロティック晒すなんてのはゴールデンタイムにすらみかけられたし、

 そこまで過激ものでなくとも、女性に対するセクハラめいた言動が「ジョーク」として受容される環境があった。

 それはジャンプなどの漫画メディアにあっても同様で、男性読者からは「問題ない」描写ジョークとしてスルーされる描写であっても、そこに女性に対する男性的な欲望、ひいては暴力を読み取る多感な少女は数多い。

 そういうものがある種の社会に対する不信となって根強く彼女たちの底に残る。


 男は言う。いや、あの程度の表現で傷つくのはあまりにか弱すぎるだろう。自意識が過剰すぎるのでは? たんなる一過性メンヘラでは?


 少女たちはテレビマンガを消費するには、あまりにもセンシティブすぎるのだろうか?


 一面にはそれもあるかもしれない。しかし、傷つきやすすぎることとの何が問題なのか?

 刃のついた表現現実存在し、それで傷つけられる肌が現実にある。

 問題とはむしろそこだ。

 何も知らない無垢な肌が刃に触れたときに血が出るのだとして、たしかに近づいてきたのは肌のほうかもしれないが、刃の危険性も知らないものにあらかじめ避けておけばと非難するほうもどうかしている、根本的に事故を防ぐためには刃のほうを鈍らせておけばいいのでは? 自動車会社などはそうやって事故を軽減しようとつとめているだろう?

 私たちは次の世代を「正しく」育てようとは思わない、ただ、不慮の事故から守りたいだけだ。


 傷つきたくないこと。傷つきたくないこと。

 こうしてアイデンティティポリティクス生まれる。

 彼女たちの目的は次の世代トラウマを残さないこと。

 そういう意味では、オタク表現規制運動歴史を語りつぐことと少し似ている。


 そして、オタク同様、「敵」を認識しそこねている。


 フェミニスト場合はあまりに内部で混乱しすぎていて、個別問題の何が問題であるのか、その問題をどう解決していくべきなのかで定義統一がはかれていないことだ。

 これは攻める側の弱さでもある。

 守る方は現状を維持しさえすればよく、つまりは「表現規制反対」に各員の意志を集約させればよい。

 だが、フェミニスト側は具体的に個別問題のどこをどういった理由でどう修正していけばよいのかまでを提示しなければならず、これに関する意見を調整出来ない場合もっとも極端な意見ーーすなわちオタクたちが最も恐れる「全面的表現規制」が対立を煽る人々によってショーアップされてしまう。



 そうなってしまえば、あとは殺し合うだけだ。



 彼らはお互いに敵を「保守派」として捉えている。

 オタクの眼に映るフェミニストは「道徳を重んじて表現を認めないファシストガミガミおばさん」

 フェミニストの眼に映るオタクは「男性社会の無思慮な暴力肯定しつづけるレイピストクソ野郎


 オタクはただ表現進歩性を守りたかっただけなのに。

 フェミニストはただ表現進歩を与えたかっただけなのに。


 ここでは、もはや誰が敵か味方かもわからない。

 もしかしたら、敵も味方もいないのかもしれない。

 自分以外のすべてを虐殺しつづける戦場

 それがインターネットであり、インターネット表現規制論争だ。

2017-06-30

与謝野晶子DQN伝説

女子校教師時代に二人の生徒に手を出し孕ませ二人と連続結婚したほどに見境の無い女好き与謝野鉄幹に惚れて不倫、鉄幹編集で赤裸々に不倫エロを綴ったみだれ髪デビュー

略奪婚成功し三人目の妻になる。

鉄幹がバナナを晶子の性器に突っ込んで翌日取り出して食べたなどエロエピソード披露

日露戦争に行った弟を悲しみ君死にたまふことなかれを発表するが、表現への取り締まりが厳しくなった第一次世界大戦からは今は戦うべき時と手の平クルーさせて「強きかな 天を恐れず 地に恥ぢぬ 戦をすなる ますらたけをは」など戦意高揚系の歌を発表、四男が戦争に行った際に詠んだ「水軍の 大尉となりて わが四郎 み軍にゆく たけく戦へ」は内容が君死にと真逆

結婚後全く詩が売れなくなった鉄幹が腐ってヨーロッパに行きたいと言い出し、7人の子供を抱えて生活が苦しい中金を捻出し送り出す、その後鉄幹に会いたくなり森鴎外資金を工面してもらいヨーロッパへ飛び子供達を放って二人で四ヶ月の旅行満喫

子供12出産するが、四男アウギュストや五女エレンヌなどDQNネームをつける。

赤貧の鉄幹を養い鉄幹は不倫しまくりでも生涯情熱的に愛していたのはマジ凄いとは思う。

2017-06-16

BUMP OF CHICKENの好きな曲

BUMP OF CHICKENというバンドがある。chikenではない。このバンドファンだったおかげで、中学生の頃の英単語テストスペルを正しく覚えることができた。そういう意味では学業に貢献しているバンドであると言える。

俺は中学の時にCD貸してくれたやつがいて、そっからハマっていった。

そっからまあ色々あって、車校でたまたま知り合った奴らとBUMPのコピバン作ったりして、ライブハウスで歌ったりもした。すまん嘘だ。俺はドラムだったから唄は歌ってない。ライブハウスでポコチャカやったりしていた。

もちろん、ライブにも行った。ファンから「チャマ」って呼ばれてるベースの人(直井さん)がいるんだが、ずっとピョンピョン跳ねてんの。ずっと跳ねてて演奏できるんだから、やっぱプロすげーなとか思った。あと同じドラムスとして、ドラムの升って人に注目してたんだけど、MCとかでも全然しゃべらなかった。無口なのか。

で、ライブ行ったりすると分かるんだが、BUMPって熱狂的なファンメチャクチャ多い。他のバンドライブにも何度か行ったし、他のバンドにもそりゃあ熱狂的なファンはいるんだろうけど、BUMPはちょっと多すぎだろってぐらい多い。俺が行ったライブ会場では、終わった後に「フジくん(※ボーカルの藤原さん)の声がきけたよぉ~」「藤君ありがとう~」とか言って泣いてるやつメッチャ多いの。泣くとかじゃなくて号泣。こう言っちゃ何だが、宗教の信者ってこんな感じなんだろうなって思った。その後ネットで「ファンが痛いと思うバンド」堂々の1位を取ったという事実を知り、さすがの俺もちょっと泣いた。・・・ウソである。涙なんか見せないんだから!

(※現在はさすがに挙がってないと思う。調べてないが。当時は他にRADとかエルレとかの名前もあった。両方好きだった俺はさらに泣いた。)

まぁだから、ネット上とかで宗教戦争かってぐらい荒れてるのよ。もう完全に荒野ですよ荒野。「ヒャッハー!」とか言ってモヒカンが新参のファンから種もみを強奪とかしてんの。なんだよそれ世紀末救世主伝説かよ。藤君はケンシロウかよ。でも聖飢魔IIサイコーだよな。お前も蝋人形にしてやろうか!

いやもちろん良識のあるファンが多いって事は知ってる。黙々と子供たちの為に井戸を掘ってるババアみたいな聖人も多い。嘘つけお前、お前のようなババアいるか。違ったそっちは聖人じゃなかった。ラオウの手下だった。井戸掘ってるのはトヨだった。バット最後だ、母さんと呼んでやれ・・・。母さ~~~~ん!!(号泣

まぁ読んでもらってだいたい分かってもらえたと思うが、良識のあるファンは多い。

そんな中、迂闊に「BUMP OF CHICKENの好きな曲」なんてものをネットに書こうものなら、火薬庫火遊びしてるほうがまだ安全である。それどこのバルカン半島だよ。第一次世界大戦勃発かよ。

俺がもし「BUMP OF CHICKENの好きな曲」なんて凶弾をサラエボ事件よろしくネットにブチかますと、世界大戦は起こらないかも知れないが、即座に「はい開示」→「自宅本名特定」→「コラ素材化」→「一生ネットで晒し上げ」のKRSW弁護士コンボをキメられる事はほぼ確実であり、それを避ける為にもBUMPファンは皆一様に口をつぐみ、例えBUMPファン同士の交流の場であったとしても、暗黙の了解のうちに「BUMP OF CHICKENの好きな曲って何?」等という愚かな問いかけはしない。そんな問いかけをした途端に、指をパチンと鳴らし「そいつオフパコの為だけに参加したエセ野郎だ、連れていけ」と、部屋の外に引きずり出される光景を俺は何度も見てきた。ああはなりたくない。・・・ウソである。俺も何度か引きずり出された。

そんなこんなで、全国に数多存在しているであろうBUMPファンは、息を潜めつつ各地に潜伏している。

諸君!BUMPを心から愛する良識あるファン諸君!諸君らはそんな事でいいのか!!真に良識あるもの、優良たるものが虐げられ、悪逆非道の限りを尽くす浅薄な似非BUMPファン気取りが跋扈する、そんな世界でいいのか!!!

否!!断じてであるッ!!優良が蟄居し、劣等が跋扈するこの世界は、剛毅果断、改革されねばならない!!彼ら劣等は、諸君ら優良による支配でのみ安息の日々を得れると言う事実に、気付かなければならないッ!

奴ら蒙昧な愚民共が自ら気付くことができないというのであれば、我々優良の手をもってして、奴らの蒙を啓いてやらねばならないッ!!(唾を飛ばしながら)

・・・ああ、こうやって扇動する奴がいるから、世界は戦争になるんだなあ、と一瞬だけ考えた。三歩歩いたら忘れた。歩きながらこれ書いてる。・・・ウソである。実際には家でダラダラしながら書いてる。


それにつけても、BUMPの話がしたい。BUMPの好きな曲とか好きな理由とかを思いっきり書きなぐって、

「お前こんなの好きなのかよ!分かってねーな!」

「じゃあお前はどんな曲が好きなんだよ!」

「俺が好きなのは・・・ハイブリッドレインボウ』かな」

「pillowsのカバーじゃねえか」

「違いますぅー、ミスチルカヴァーですぅ~。ってか君、『カヴァー』の発音悪いね」

とかやりたい。でも個人を特定されるのは避けたい。あとカバーの発音とかどうでもいい。日本に20年以上住んでる米国人の知人は、日本語で会話するときは日本人と同じ発音で話してた。俺が「外人ってさ、日本語で話す時にもっとガイジンっぽく発音しないの?トマトをトメーイトゥ、とか、タマゴをタメーイゴゥ、とか」って言ったら、怪訝そうな顔で、「タマゴは日本語でしょ?」って言われた過去を思い出した。・・・ウソである。出典はネットコピペで、俺の実体験じゃない。


・・・と言う訳で、俺の「BUMP OF CHICKENの好きな曲」を書いていく。理由も書く。ランク形式にしたほうが「なんで〇〇が10位なんだよ!ふざけんなよ!」等とより世紀末っぽくなるかなとヨコシマな考えが浮かんだりもしたが、途中まで考えてやめた。漫画とかゲームとか映画とか、よく個人ブログで「本当に面白い、私のオススメする漫画ベスト100ランキング!」とかやってるけど、71位と72位の差がどこにあったのかが気になって夜も眠れなくなった事があったので、ああいうのは本当に止めて欲しい。あとこういうアフィリエイトが目的なだけの互助会クソブログGoogleランキング上位にあがってくるのが本当に害悪でしかないし、そういうブログエントリに限って中身が薄い。サジェストも汚染されるし、あれで得するのって金儲けしてるクソ互助会連中だけじゃねえか。こっちはただ単純に面白い作品知りたいだけなんだよ。あと順位は固定なのかよ。変動しないのかよ。年月とか気分とかでそんなもんいくらでも変わるだろ。互助会連中もブクマで「参考になりました!」とか「いつも素晴らしい記事ですね!」とか、お前らそれしか言えねえのかよ。せめて「〇〇好きなら、ランキングにはないですが△△もオススメですよ!」ぐらい書いとけよ。amazonのアフィリンクでも添えてくれればゴミ度合いが増して尚良し。


BUMPは隠し曲も含めてほぼ全部好きなので、現在音源がリリースされてる全ての曲の好きなところとかを書いても良かったんだが、冒頭の「俺とBUMP」にちょっと行数を使ってしまったので、5曲ほど書き連ねたい。




■リトルブレイバー

BUMP OF CHICKENというバンドインディーズレーベルデビューした際のアルバム、「FLAME VEIN」の中の1曲。

映画や音楽業界では、よく「デビュー作品には、すべてが詰まっている」と言われる。完全に首肯する訳ではないが、何かのきっかけがあってファンになったアーティストの作品群を聴いていくと、「これいいな」って曲がデビューCD収録の曲って事はまれに良くある。

バンドでも映画でも漫画でも、「表現手段として自分にはこれしかないから、これで発表した」っていうのはあるんじゃないだろうか。別に「カネ!名誉!オンナ!」が動機でも作品が良い物であれば一向に構わないのだが、特に若い頃って「なんだかよく分からんがとにかく俺はこんな感じのなんか俺的にスゲェイケてる何かをやりたい!!」みたいな、思春期特有のモヤモヤとかがあるじゃん

で、行動力があるやつはモヤモヤしてるだけじゃなくて、実際に行動する。液タブ買ってきてpixivに絵をアップしたり、大学の映研に入って自主制作でなんだかよくわからん作品を撮ったり、楽器もできやしないのにバンドを組んだりする。そんな感じだから、初期のころの作品にはその人の「やりたいこと」が詰まっている、という理論は分からなくもない。

BUMPも御多聞に漏れずそんな感じだ。今リトルブレイバーを聞くと、最近の楽曲と比べて演奏技術面での拙さが目立つ。だが、そんな事はお構いなしに、BUMPの、メンバーの、藤原の、「俺の曲を聴いてくれ!」って感じが伝わってくる。後発の「グロリアスレボリューション」あたりの楽曲でもそうだが、原始的と言うかなんと言うか・・・。英語だと"primitive"って単語が一番しっくりくるが、聴いていてとても心地良い。




リリィ

インディーズ2枚目のアルバムTHE LIVING DEAD」の中の1曲。

BUMP藤原の書く歌詞は各方面から好評を多々得ている。(ちなみに、BUMPの楽曲はほぼ全て藤原が作詞作曲している)曰く、山田かまちの再来だとか、叙事詩であるとか。ミスチル桜井さんも、「メンバーに入れて欲しいぐらい好きだ」と公言している。

BUMPの曲(歌詞)には、「モノガタリ的」なものがいくつかある。ストーリーラインのようなものがあって、登場人物的なものがあって、結末がある。「モノガタリ的」なBUMPの曲で一番有名なのは「K」という曲だろうか。Youtube等で、有志の作成した動画を見た事がある方も多いのではなかろうか。公式では「カルマ」という曲は人形劇としてリリースされているが、こちらもモノガタリ的な曲として挙がることが多い。くそっ、それにしてもニコル見つからねえ・・・

そういった点から、「叙事詩的」と言われることも多いBUMPの楽曲の中で、俺がオススメしたいのが「リリィ」だ。

ストーリーラインはこうだ。バンドボーカルっぽい男と、その彼女らしき女性の話。男には色々と苦悩があるようだ。

これが藤原自身の話かどうかは知らない。

続きは歌詞を見ながら聴いてもらえばいいとして、この曲の中で俺が良いなと思っている点は、「歌詞が荒い」「言わない」の2つである

まず「歌詞が荒い」点。「出てこい!ウソツキめ!」とか、「ブチまけた」とか、最近のBUMPの楽曲ではなかなかお目にかかれない荒々しい歌詞が並ぶ。これが男の苦悩している様子が伝わってきて良い。もっと言ってしまうと、伝わりすぎて辛い。対する女性側に関係する歌詞が終始穏やかなのも対比としてより一層深く伝わってくる。

もうひとつの「言わない」点は複数ある。例として歌詞をいくつかあげるが、JASRACさんお願いですから個人の特定とか使用料請求とかやめてください。何でもしますから!

膨れたポケット 裏返すとホラ 出てくる弱音の数 一日分想像つくかい?

「実際に弱音という物質がポケットに入っている事態は想定し難い」とか、そういう部分はどうでもいい。「お前に俺のポッケに入ってる一日分の弱音の数が想像つくか?」という問いは、「弱音が多い」という事である。だが、「弱音が多い」とは言っていない。まあ比喩表現のある歌詞なぞ世界にゴマンとあるだろうが、藤原の書く歌詞は、(特に叙事詩的な楽曲において)絶妙なシラブル数と相まって、いわゆる「世界観の構築」に一役買っている。

強がりの裏のウソを 放った ブチまけた

終電を告げる放送 慌てて掛けて行く人 右手に君の左手 もう放さなきゃ

「ブチまけた」後、場面がいきなり「終電を告げる放送」になる。その間に何があったのかは言わない。

思うに、日本語と言う言語は表現力に優れている。同じような事でも、微妙な差で違う表現にする。おそらく皆は普段は気にしてないだろうが、「見る」という表現だけでも、「見つめる」「眺める」「観る」「見上げる」「見渡す」「見通す」など多岐にわたる。こと表現力という方面において、日本語に比肩する言語はそうないだろう。

藤原の歌詞からは、そんな日本語表現力を存分に味わえる。




■Stage of the ground

メジャーデビュー1作目のアルバムjupiter」の中の1曲。

一般の人に「BUMPと言えば」と問うと、「天体観測」という答えが多く返ってくるかと思うが、当時は「天体観測」で爆発的ヒットを飛ばしインディーズバンドが移籍し、メジャーデビュー後に満を持して放つ渾身の1枚!って感じだった。・・・らしい。

「らしい」というのは、当時の俺はBUMPどころか音楽を全然聞いてなくて、ずっとポケモンばっかやってたからである。この話は熱心なBUMPファンから聞いた話なので、当時の「世間一般の」空気感としては間違ってるかも知れない。でも、そんな俺でも一応「天体観測」という曲があって、英会話講師並みにオーイエーアーハンって言いまくっているというのは知っていた。一応補足しておくと、「天体観測」もjupiterの中に入っている。

BUMPの選ぶ言葉には「jupiter」「天体観測」「COSMONAUT」「プラネタリウム」「orbital period」等、宇宙的な・・・もう少し正確に言えば、「宙的な」用語が多く並ぶ。ここまでアピールしておいて宇宙が嫌いという事はないと思うが、「Stage of the ground」をそう言った視点で聴くと、なかなかに味わい深い。

この曲は藤原の友人に子供が生まれて、その記念か何かで作ったらしい。自分がその子供だったらメッチャ嬉しいが。

それはともかくとして、宇宙である。「夜空の応援席」「あの月も あの星も」など、宙を想起させる歌詞が詰まっている。「那由多に広がる宇宙」とあるが、那由多というのは万とか億とかの「数の単位」の一種である。他には「恒河沙」「無量大数」とかもある。「1那由多」で、1の右に50個だか60個ぐらいゼロがついてるぐらい大きな数字、それが那由多なのだが、一説によると、こういった数字の単位は古代の人々が「星の数を数える」為に用いた、という説がある。

友人のエピソードや、那由多という単位の事などを思いながら聴くと、なんだか自分が宙に浮かんで地球を見下ろしているような、そんな不思議な気分になれる。もちろん、そんなエピソードを知らなくても、藤原の優しさと言うか、応援している気持ちと言うか、よくある表現で言えば、「聴いていて元気になれる」曲。




Hello,world!

「そういえばシングル曲全然紹介してないな」と思ったので。あと昔の曲が多いんで、最近の曲の中からという事で1曲。

シングル曲だが、「Butterflies」というアルバムにも収録されている。最近放送された「血界戦線」というアニメOPテーマとして放送されていたので、聴いた事のある方も多いのではないだろうか。

さて、皆さんは「Hello world」を知っているだろうか。「何言ってんだコイツおかしいんじゃねえのかBUMPの曲だろ?」と思われるかもしれないが、とある業界において、この言葉は特別な意味を持つ。それは、プログラム業界である

本職のPGやcoderの方々からは「何だよプログラム業界って。そんなのねーよ」と言われるかもしれないが、まあとりあえず聞いてほしい。プログラム言語というのは本当に数が多くて、「プログラムを書いてご飯を食べている人」でも、仕事で書くのは2言語か3言語ぐらいである。就職時の面接で「10言語書けます!」という奴は信用してはいけない。雇った後にクソみたいなコードを書いた挙句CVSをグッチャグチャにしてある日突然遁走するのがオチだ。雇ってはいけない(戒め)

だが、仕事ではなく、趣味でいくつかの言語を使って書いているという人もたくさんいる。逆に仕事上に必要に迫られて、新しい言語を習得するハメになる人もいる。Swiftとかの比較的新しい言語なんかは当然そうなるケースも多い。まぁプログラム言語を習得する動機は人それぞれなのだが、覚えたてのプログラム言語を使って一番最初にやる事が、「Hello worldである。嘘ではない。詳しくは以下を見ていただきたい。

https://ja.wikipedia.org/wiki/Hello_world

ともあれ、「Hello world」には意味がある。それはつまり「『世界』に初めて降り立ったものが発する言葉」である。あのビルゲイツも、twitterアカウント開設時の第一声は"Hellow world."だった。それほどに歴史伝統ある言葉であり、作法なのだ

ここでBUMPの「Hello, world!」を改めて聴いてみる。

ご自分だけがヒーロー 世界の真ん中で 終わるまで出ずっぱり ステージの上

どうしよう 空っぽのフリもできない

さあ目を開けて 君は強い人

その目が見たから すべては生まれた

世界は終わる。だが、また新しく生まれる世界もある。いくらでも生まれてくるのだ。よく自殺報道が取り上げられたりしているが、とても悲しい。自殺なんてせずに、そんな世界は終わらせてしまえばいいのだ。「世界を終わらせる」手段は自殺なんかでは断じてない。

世界をはじめよう。そして、その新しい世界で、高らかに叫ぼう「ハローワールド!」と。

藤原は特にそんな事を意識してないだろうが、俺はこの曲を聴いてると本当に勇気が出てくる。




■バトルクライ

もう5曲目かよ。早いよ。まだまだ書き足りねえよ。あと20曲は書かせろよ。って言うか、ここまで読んでくれてる人ってあんまりいないような気がしてきた。あまり長くなると読むほうもダルいだろうし、もし他に書く時があれば、そん時は別の増田で書くわ。

とりあえず5曲目を紹介する。これは記念すべきBUMPのデビューCD「LAMP」の中に収録されていたのだが、LAMPが廃盤となった為、急遽「FLAME VEIN」を「FLAME VEIN+1」と改題し、バトルクライを追加したという話がある。そのせいかどうかは知らないが、歌詞カード歌詞がない。何も知らない人からすれば「???」となること請け合いである。(歌詞はCDトレイの下に書かれている)

デビュー作なので、「リトルブレイバー」で触れた通り、演奏技術に関してはかなり未熟である。だがBUMPにとってそれはマイナスではない。粗削りだが「バトル」であり、「クライ」なのだ

この曲も叙事詩である。「自分に嘘をついたが、その嘘が本当になったんでまだ頑張って歌ってる」奴が出てくる。藤原本人かどうかは知らない。仮にそうだったとしても、インタビューでは「いや、あれは別に・・・フィクションとして聴いて頂ければ」とか言うだろう。俺ならそうする。

ともあれ、まだ頑張っているその男は、戦っている。何と戦っているのかは知らない。そして叫んでいる。

ずっと強がってんだ 強がって またウソついて

ひとつのウソにさえ縋る僕の そのウソが 誓いに変わる

BUMPの唄には「応援するスタンスの曲」が割とある。「才悩人応援歌」というド直球の題名の曲などもある事にはあるが、だいたいは「応援している」という明確な意思表示はしていない。先ほどの「才悩人応援歌だって歌詞中には「応援」という単語は出てこない。

藤原の書く歌詞世界は、概ね「俺はやってるぞ、さあ、お前はどうなんだ」的な、言葉で語らず背中で語る的な世界観の楽曲が多い。歌詞がある時点で「言葉で語ってしまっている」のだが、明確な意図・意志は常にボカしている印象だ。「バトルクライ」では、そんな藤原の「藤原節」とでも言うべきケレン味が存分に味わえる。

実は、冒頭に書いた「中学の頃に友達が貸してくれたCD」がFLAME VEIN+1だった。当時は音楽なんかに全然興味がなくて、どっちかって言うとポケモンばっかやっていた思い出しかない。そんな俺に「絶対ハマるから!いい曲だから!!」と執拗にすすめてきた級友を当時は大変疎んだものである。今では素晴らしいバンドを紹介してくれてありがとうという感謝しかない。

当時は全く興味もなかったし、聴く気もサラサラなかったのだが、諸事情があって結局俺は家にCDを持ち帰って聴くことになった。中学当時の俺が聞いても下手である。「あいつ、こんなバンドすすめてきやがって・・・こいつらの何がいいんだ?」とポケモンやりながら思っていたが、「バトルクライ」を初めて耳にした時、頭を撃ち抜かれたかのかと思った。

俺はGBAの電源をすぐに切った。セーブしてなかった。まあ厳選中だったんでどうでもいい。とにかくこの曲だ。この曲はヤバい。人の頭を平気で撃ち抜く危険物だ。

危険物として「セックスドラッグ、ロケンロール」の3つがよく挙がるが、なるほどよく理解できる。この曲はROCKだ。俺は未だ「ロックとは何ぞや?」という問いに回答できる自信はないが、これだけは断言して言える。

BUMP OF CHICKENの「バトルクライ」、この曲は、ロックだ。

そういう事情もあって、俺の中で「バトルクライ」はちょっと特別なところに位置している。勇気が欲しいとき、悲しいとき、気分を切り替えたいとき、ヒマなとき、ノリノリになりたいとき、戦いに赴くとき、誓いのとき、大事な時。

俺はいつもバトルクライを聴いてきた。ただそれだけの、まあだいたいそんな感じの曲である























































◆(隠し曲)星のアルペジオ

BUMP OF CHICKENの出すCDには、恒例として「隠し曲」という概念がある。

CDプレーヤーだと色々複雑な手順な必要らしいが、iTunes世代からするとあまり意味はない。(ただ、無音部分が50分ほどあるせいで曲の長さが異常に長いケースがあったり、ダミートラックが大量に生成されたりするので、知識のある方はmp3やAACの無音部分はカットしたり、ダミーを除去したほうがいいだろう。)そんな隠し曲の中から1曲。シングル車輪の唄」の中に隠されている。

隠し曲は、普段のBUMPの楽曲と比較した場合、全体的にネタ的な要素が多い。メンバーも(ちょっと違う方向に)ノリノリでやっている。ライブではほぼ演奏されないが、「DANNY」という隠し曲だけはまれに演奏されることもある。

この曲はクリスマスソングなのだが、恋愛要素はない。というか、この曲の主人公である「ある男(BUMPメンバーの誰かだという噂がある)」は、12月24日に自宅でクリスマスパーティーの準備をしているのだが、呼んでいた人が誰も来ずに、一人待ちぼうけている様子を歌っている。巨人の星アニメで似たような展開があるが、その時の星飛雄馬は机をひっくり返し、準備していたケースをグシャグシャにして泣き崩れていた。この曲の「ある男」がその後どうなったかが気になる人は、是非各自で音源を聴いてみて欲しい。

メンバーの実体験を基にしているのかどうかは定かではないが、妙に感情がこもっていて涙無くしては聞けない1曲となっている。繰り返すが、BUMP OF CHICKENギター担当の増川さんとかは一切関係ないので、奇妙な詮索はしないように。

2017-04-17

手元にある本書き出すから読む優先度高い本教えて

続きのやつは前作読んでるやつ

グレッグ・イーガンディアスポラ、JGバラードクラッシュ、千年紀の民

スタニスワフ・レム虚数眉村卓の引き潮のとき3巻~5巻

ストルガツキー兄弟トロイカ物語世界週末十億年前

リデル・ハート第一次世界大戦 その戦略、エルヴィン・ロンメル歩兵攻撃する

アンレッキーの反逆航路シリーズ全3巻、百億の昼と千億の夜人間土地

かもめのジョナサン、マクニール世界史車輪の下アジア史概説、バスカーヴィル家の犬

生れ出づる悩み、忍びの国、四つの署名緋色研究ルソーのエーミール生命の探求者

新選組血風録復讐雨の女神ABC殺人事件

2017-04-16

http://anond.hatelabo.jp/20170415235951

第一次世界大戦後に書かれた本とか読むと「先の大戦で俺たちは何も学んでないし、第二次世界大戦も近い将来やるだろう」みたいなことが書かれてたりして驚く。案外予測はできるのかもしらんね。

2017-04-14

ふと疑問に思ったんだけど

第一次世界大戦

これ、後で「第二次」が起きたから付けられたものだよね

第二次世界大戦終戦後に関係者一同が「いやーそれにしてもでかい戦争だった。ん、そういやこれの少し前にも似たような大戦争が起きたな。よし、じゃあそっちを第一次、こないだ終わった方を第二次って事にしようか」って感じで付けられた名前だよね?

第一次世界大戦の真っ最中に「今後も何回も起きるだろうから、今起きてるこの大戦争は一回目ということで第一次世界大戦と呼ぼうぜ」と言われて名付けられたわけじゃないよね?

じゃあ第一次世界大戦は、第二次世界大戦が起きる前までは何と呼ばれていたの?

2017-03-26

未来人権

いろいろ考えた結果、一人一票の原則や、基本的人権のあり方は今後変わっていくだろう、という結論に到達したので、その思考過程をここに書いておく。

さて、歴史を振り返ってみよう。

貴族時代軍人の育成には多大な時間お金がかかるため、ごく少数の貴族職業軍人がこれを担い、そのために平民納税を行うという構造があった。

この時代は、

軍事力時間によって育成された個人能力お金による兵装

それからときは経て、マスケット銃が登場する。

これにより、戦争貴族のものから民衆のモノへと変化した。

そしてフランス革命を経て、権力貴族から民衆に移り変わる。

基本的人権はこのときに生まれ、「民衆が力を持っている」ということを前提にしている。

この時代は、

軍事力徴兵された平民テクノロジーによる武装

である

その後、第一次世界大戦第二次世界大戦を経て、戦争工業力の戦いへと変化する。

軍事力徴兵された平民+優秀なマニュアル国内工業

である

加えて国内工業力も、実質的には国内工業労働人口依存するため、人口の持つ価値大衆が持つ価値、一人が持つ価値、というのは、この時代を通じてどんどん上がっていることになる。

冷戦を経てもこの構造は変わらず、人口国内工業力が軍事力を決定する時代は続く。

子供を持つのは正しいことである、という価値観も、人口と国力が結びついている時代の名残だと思う。

しかし、冷戦崩壊からこの状況は少しずつ変わってくる。

いわゆる大きな物語崩壊というやつだ。

グローバリゼーションの発達により、工業力は必ずしも国内にある必要はなくなってきた。

海外にある工場をうまく使えるものが勝つのである

加えて、戦争の高度化は、職業軍人の高度化を促し、徴兵では成立しなくなってくる。

すると、人口軍事力、国力が結びつかなくなってくる。

さらには、情報化時代の到来がこれに拍車をかける

工業化時代であれば、人間一人のパフォーマンスというのは倍も違わない。

しか情報化時代では、人間一人のパフォーマンスは、数万倍違うことが当たり前である

ビルゲイツスティーブジョブズマークザッカーバーグ、etcetc...

このような時代突入した現在人間権利というのは平等でよいのか。という疑問が生まれてくる。

人間平等であるのは、テクノロジーマスケット銃)による人間の性能の差の克服、という背景がある。

けれども現代におこっているのは、テクノロジーコンピュータ)による人間の性能の差の拡大だ。

平等であるための根拠が消えてしまっている。

雑に式にするとこんな感じだ。

性能=人間の性能+マスケット銃

性能=人間の性能×コンピュータの性能

コンピュータ効率的に使える人間と、使えない人間

AI効率的に使える人間と、使えない人間

脳を拡張した人間と、脳を拡張していない人間

意識アップロードした人間と、生身のままの人間

そういった形で、今後は人間一人が持つ性能の差はどんどん拡大していくだろう。

そういう時代において、一人一票の原則や、基本的人権って維持する必要はあるんだろうか?

どうしたもんかね

2017-03-20

http://anond.hatelabo.jp/20170320112312

第一次世界大戦までは概ね順調だった

ここまでは美化していいだろう

2017-03-18

歴史に学ぶということ

教科書には、第一次世界大戦から総力戦になったとか書いているだろうが、戦国時代から既に総力戦になっている。戦国時代後半には足軽という非正規雇用が進み、職業軍人だけで戦争をしているわけではなくなった。安土桃山時代には、鳥取の飢え殺し(かつえごろし)という事件が起こっている。兵糧攻めでも降伏しなかったので、領民までもが餓死し、共食いも起こったらしい。死体を食ったようだ。

経営者管理職自己組織の対面を維持しようとすれば、非正規雇用から犠牲になる。戦争ともなれば、兵士でなくとも犠牲になる。

桃山時代には刀狩りが行われ、つまり民間人に対する武装解除が行われて、職業軍人時代に再び戻された。

今でも、兵士民間人区別して、「民間人を巻き込むな」と批判することは一般的だ。しか現実には、民間人普通に兵士として使われる。

大東亜戦争」では、通称赤紙」が乱発されるが、これは民間人に対する徴兵軍事工場普通に空爆しても、そこで非戦闘員労働している。学徒動員かいうのは、職業学生軍事産業就労させたわけであり。さらにクソ愚かなことに、竹槍持たせて戦闘訓練をしたりとか、焼夷弾空爆されるのにバケツリレーで消火しようとか、これが現実じゃなければ爆笑ものである

国民一丸となって戦おうとか言うと、もしかするともしかして美談に聞こえたりもするのかもしれないし聞こえないのだろうけれど(笑)一般人犠牲にしてでも体面を維持して、少しでも有利な条件を引き出そうとする卑怯な、組織論理だぞ。しかしこの手法がまともに通ずるのは前近代戦争までさ。

前近代戦争ならば、敗戦するのにも一矢報いて有利な条件を引き出そうとしたわけさ。例えば戊辰戦争にしても箱館に立てこもって楯突いたのがいたわけで、戊辰戦争後には、既得地位を奪われた人々に対して北海道知行するという補填が行われている。そうして大名移住して開拓したり、下級士族屯田兵転職したりしたわけさ。けど、こういうのは前近代的な、取引としての戦争だ。

絨毯爆撃して沖縄戦しても屈服しないうえに、特攻してくる連中見て、アメリカ人ビビったんだが、ビビたからなおさら無差別殺戮してきたさ。そいで、広島長崎原爆実験台にされたんだぜ。結果、敗戦したうえに、天皇制維持をかろうじて死守しただけだろ。交渉になっていない、むしろやればやるほど失われたってこと。同胞捨て駒にして、なんの得も無かったんだから、実に、実に、クソバカだ。

歴史に学んでいない。歴史を学んでいないんだろう。今も学んでいないのだろう。教えられる奴も居ないんだと思う。まだまだおんなじことやり続けるんだろうね。今でも、人は国家社会歯車だろ。会社人間とか企業戦士とか、そして社畜とか、丁稚奉公時代から変わっていないしな。丁稚奉公時代から未だに毎年数度は「帰省ラッシュ」が起こるだろ。滑稽で笑われるような現象だけど、異常だという自覚すらないようだね。休日国家が決めていて、皆それに合わせないと生きていけないとかいう(以下略)(笑

景気が悪化し続けるのも当然で、国家のために増税したり、企業のために人件費削ったりして、組織構造を優先して、所得雇用を減らすことばかりやっているからね。遣えるカネないんだから、消費は増えない。採算をとるために人件費削るのに必死で、企業すら多くは遣えるカネ無いしね。建前では戦争やってなくて平和ってことになっている今も、実質的には戦時中だな。

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