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はてなキーワード: 根深とは

2021-04-29

anond:20210429151649

弱者男性問題の一番根深いのはそこなんだよ。

フェミニズムには武器がある。

フェミニストは「マンコを使わせない」という脅迫ベース活動を広げてきた。

翻って、弱者男性には他人脅迫したり強制させる武器がないんだ。

武器のない活動画餅に終わりがちで、弱者男性地位が向上する見込みが立たない。

2021-04-25

anond:20210425234643

容姿差別根深いのは、明らかに用紙で選んでいるくせに、内面を見ているふりをし不細工人間性攻撃すること

2021-04-14

anond:20210412141123

 私はここ二十年ぐらいに共●党に投票している。ただし党員でもないし、積極的に支持しているわけでもない。一人の市民として「反・新自由主義」の立場ものから、それを意思表示しようとすれば他に選択肢が無いので、仕方なくそうしているというだけのことであるしかし、これは私個人選択と行動であって、何も他人押し付けるつもりは全くない。

 リベラルまたは左派政党/政治家に対する「弱者からの支持が伸びないことについて考えた、n=1の私の個人的な意見を述べる。

 結論から先に言えば、政党政治家のものよりも、その応援団を務めるマスメディア知識人が悪い意味で目立ち、ネガティブイメージ有権者に植え付けたことが大きな要因だと思う。簡単に言えば「あん人間たちが支持しているということは、その支持対象である政党/政治家も信用できないな」という素朴な不信感である

 不信感の全てを列挙することは私の能力では不可能だが、いくつか例を挙げる。

= = =

(1) 自民党から民主党政権交代が起きる直前の頃には、テレビ新聞で盛んに「年越し派遣村」の話題を取り上げていたように記憶している。

 しかし、民主党政権樹立を果たした年の年末には報道も下火となり、「年越し派遣村」の場所は非公開となり、利用者の姿や肉声もほとんど報道されなかった。

 今でも当時と変わらない境遇で苦しんでいる人たちがいるはずなのに、あれから年末テレビ新聞も「年越し派遣村」あるいはそれに類する活動を、自→民政権交代前ほどには報道しなくなった。

 マスメディア知識人にとって、庶民貧困問題は、自→民政権交代の起爆剤としての利用価値しか無かったのだろう。そのような不信感を抱かせてしまった。

(2) 鳩山政権は「最低でも県外」を合言葉にして、沖縄県米軍基地負担を減らすことを明言した。当時、東京拠点にする大手マスメディア知識人もそれを支持した。

 しかし蓋を開けてみれば、それは「九州離島基地負担を打診する」という「沖縄県以外の地方負担押し付ける」内容だった。「鳩山由紀夫公約を守れるように、東京(あるいはメディア関係者知識人居住地)に米軍基地を誘致して応援します」と言ったマスメディア関係者知識人はいなかったと記憶している。

 沖縄県以外で米軍基地負担している県の負担は「存在しないもの」として扱い、沖縄県以外の県には負担押し付けても構わないとする、大手マスメディア知識人欺瞞が明らかになった。

 念のために言っておくが、私の居住地米軍基地負担している。

(3) リベラル左派が、庶民からの支持を集められたかもしれない機会が、過去に一度だけあったと思う。

 それは、某俳優が「テレビ韓流コンテンツばかりだから自分は見ない」と発言して、世間マスメディアから猛烈にバッシングされた時である

 あの時、某俳優に対する反論の主流は「テレビ局が韓流コンテンツを流す理由は、制作費/人件費コストを安く抑えられるから」というものであった。これは、おそらく事実であろう。

 しかし、それは国内労働者雇用喪失国内産業の空洞化を招く道筋である労働者雇用考える人や団体ならば「民族差別には与しないが『国内労働者雇用を守る』という意味でならば、私(たち)は某俳優問題提起に賛同する」と意見表明をするべきであった。反・権力左派支持の態度を普段はとっている芸能界関係者も、某俳優発言当時は「国内労働者雇用を守れ」とは言わなかった。

 あの時は排外主義者たちが某テレビ局前でデモをしたようだが、もしも同じ頃にあれに負けないぐらい「国内労働者雇用を守れ」というデモを展開できていれば、左派存在感をアピールできたのではないだろうか。しかし、そうはならなかった。

 「普段は、マスメディア知識人は『反・権力』や『左派思想の支持』を訴えているが、いざとなれば労働者の味方になってくれないのではないか?」と、根深い不信感を植え付けてしまった。

 実際、その不信感を裏付けるように、コロナ流行演劇業界ブラック労働環境搾取実態が白日の下に晒された。

= = =

 はてなブックマークでは、リベラル左派批判する声に対して「どうせ野党には投票しないくせに」と言われることが多いように思う。だから野党投票している人間の一人として書いた。

 自民党の独り勝ちでは健全ではない。そういう意味では、まともな政権運営能力のある野党が育つことが望ましいことには同意する。しかし、だからといって野党やその支持者への疑問や不信を飲み込んで黙り込むのも、同じくらい不健全であろう。

 私自身はリベラルとも左派とも自認してはいないのだが、それでもリベラル左派の考えや意見を読み聞きして、学ぶことも少なくない。(もちろん、リベラル左派からでなくとも、学ぶことは多々ある。)学んだことのうちで、重要なのは対話可能性を諦めない」「他者に対するミニマムな信頼感を捨てない」といったこである

 これを目にした野党支持者が何を考えて、どう行動するかまで私がコントロールする訳にはいかないが、何処かの誰かに届いて何らかの良い影響を齎してくれればと願う。

2021-04-09

コロナ関連で損害が1000万円を超えそうだな

失注だけじゃな無く根深

2021-04-06

テクハラ記事ブコメパワハラ問題根深さが詰まっている

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.nikkei.com/article/DGXZQODZ305K20Q1A330C2000000/

 

日経の有料会員じゃないので最初しか読めないんだが、記事の冒頭に出てくる発言は明らかにパワーハラスメントに該当し、それでそのブコメの反応はありえないでしょうと率直に思った。

ブコメ内でも突っ込まれてるけど。

それとも、読めない記事の後半に全然違う話が書いているのだろうか?

 

それにしても、このブコメを読んで思うのは、いざパワハラ問題が発生すれば勢いよく加害者を責めるわりに、自分加害者になりうることに関して無自覚な人が多いよね、っていうこと。

 

そして、その加害性を指摘されれば、

事実を陳列しているだけだ」とか、

「単にものを教えているだけだ」とか、

相手が悪い」とか…

 

それはまさに、よくある加害者言い訳じゃん、っていう。

anond:20210406190805

「頑張って現状打破しようとしている人が、そこまで至らない人に対して批判的」、っていうのはよくあることだし、こういった問題根深さを考える上では大事な点だと思います

それとはちょっと違うけど、女性差別問題でも女性一枚岩じゃないし。

かく言う自分も、別に私もすごく余裕があるわけじゃないです。

自分子どもを作れたけど、自分の子どもが「弱者男性」予備軍なので、身につまされて考えてるというだけです。

どうしたもんですかね。

ここは荷を下ろして、「男性女性より稼ぐ前提」の社会をやめるのが一番だと思うんですけどね。

婦人科麻酔問題って単純に「物理的な痛み」もあるだろうけど、「医者に酷いことを言われた、ハラスメントをされた」って経験をした人が多すぎるのがより根深問題になってそう。

2021-04-05

anond:20210405213353

病院医者によるのはどこでもそうなんだけど、「婦人科の診察・検査でこういう嫌なことがあってさ……」とか「いい医者(≠名医)がいなさすぎて婦人科病院探し回ってる」という声が予想以上に出てきたので、医者単体ではなく婦人科全体での根深問題なのでは?という経緯で始まった流れなんですわ

2021-04-02

anond:20210402141531

1番のメリットは人それぞれの判断が発生しないことなんだよ

この問題ハイビームをする人の性格問題視されているか根深いと思う

「後ろからハイビームをするなんて非常識」みたいに個人の感じ方による匙加減でしか論じれない

それであれば機械に任せてしまった方が良い

例え増田みたいにオートで感知されなかったとしても、機械判断であって故意や悪意は無いと主張できる

anond:20210401234453

娘をなんとかして医者にしようと奮闘した母親は、志半ばで落命したとはいえ日本医療界に根深く残るジェンダーギャップに対し最期まで挑み続けた。

一人でも多くの女性医師誕生させようと、彼女なりに取れる限りの手段を講じた。

志はきっと娘さんやジェンダー運動若者たちが受け継ぐだろう。

2021-04-01

anond:20210331224922 

人生浮き沈みがあったりするのは当然だし、人生100点満点をつねに目指すもんでないのもわかるし、40になりゃみなそれなりに疲れてくるのはわかるんだけど

40のころのいい感じって30のころのいい感じとは毛色が随分違うなって思う。そのわりにこれに言及している人は少ない。

50、60だとまたそれも変わってくるんだろうなと。

見る限り比較うまいこといってるように見えるのは「これだけ」にしてない人。仕事趣味家族関係の何かに比重がかたよりすぎてなくて、足場が複数ある人。

かつ、自分の体力とやれることのバランスが取れてる人はわりといい感じな印象。

これ、「体力不足なのにあれこれやる」より、むしろ問題は「体力やエネルギーが有り余ってるのにそれを十分発散しきれてない」人の方が根深い感じ。

ネットでくだまく人とかも、エネルギーが発散できてないんだと思う。

anond:20210331224922 

人生浮き沈みがあったりするのは当然だし、人生100点満点をつねに目指すもんでないのもわかるし、40になりゃみなそれなりに疲れてくるのはわかるんだけど

40のころのいい感じって30のころのいい感じとは毛色が随分違うなって思う。そのわりにこれに言及している人は少ない。

50、60だとまたそれも変わってくるんだろうなと。

見る限り比較うまいこといってるように見えるのは「これだけ」にしてない人。仕事趣味家族関係の何かに比重がかたよりすぎてなくて、足場が複数ある人。

かつ、自分の体力とやれることのバランスが取れてる人はわりといい感じな印象。

これ、「体力不足なのにあれこれやる」より、むしろ問題は「体力やエネルギーが有り余ってるのにそれを十分発散しきれてない」人の方が根深い感じ。

ネットでくだまく人とかも、エネルギーが発散できてないんだと思う。

2021-03-27

anond:20210327183433

頼んでもいない教育レイプのために、自分自分のあたまをぶん殴って忘れるという方法をとらなければいけないこともある。

教育レイプは昔から根深い。人に物を教えるのを、契約もなしに、親切だ無料なんてと考えて、自分の知恵を子々孫々に残したいからという理由で無理やりやる男は多い。何人かは知っているがそこまでではなかった。

最近

教えてあげるなどと、本来、22を超えていれば、教わってやるなのに勘違いするやつは多い。テレビCMお金を払ってみるようになったせいだろうな。テレビ関係者には教えるほうが金を出すという文化もっとがんばってほしい

2021-03-23

anond:20210323032254

経済的貧困として月500円が出せないことが問題だと思います

ただし金額多寡以上に女性にだけ発生する悩みであり、特に思春期にもろに影響することから根深いんじゃないでしょうか?

2021-03-22

anond:20210322092342

これは思った。

自分ある意味認識を改めないといけないと。

社会的成功地位確立されている人だろうと、ミソジニーミサンドリー発症するんだと。

思っていたよりも根深い病なんだと、認識を改めた。

2021-03-17

anond:20210316235147

覚えてないかもだけど、俺パブリックエネミー自己責任論者の人やで。

本当にKKO問題はどうすればいいんだろうな。

KKO絶対的問題じゃなくて相対的ものから根深い。どんな社会デザインをしても資本主義能力主義から抜け出せない限りKKO問題はなくならない。

能力主義優生思想と食い合せが良すぎるからどうにかしようがあるかもしれんが、資本主義に代わる社会システムがどうにも思いつかない。

今のところの俺にはただ一緒にしんどがることしか出来そうにない。すまない。

2021-03-12

ジャニーズが退所や解散するとき“ひとりの男として”と強調するキモ

「ひとりの男として」には、

コンセプトからし少年たちの卒業という意味で“男”になると言っているキモさと、

そもそもV6は既婚者が4人いる点では、一人の女に向き合うという意味での“ひとりの男”には既になっていたわけで、その上での芸能人キャリアに関する個人(“ひとりの人間として”)の大きな決断を“ひとりの男として”の言葉包含してしまグロさと、

(キャリアに関する大きな決断をすること=男だと言ってしまうことで、“ひとりの女として”と言った場合に同じ意味にはならないという歴史を再強化しているキモさ)

手越V6くらいの年齢でそう言うのは、これまで続けていた活動やめる決断ができないと/アイドルを辞めないと/グループを組んで仲良くやっていると/誰かを養えないと/結婚できないと、男になれないという化石みたいな価値観を強調していることになるキモさが詰まっている

(先進的なことをやろうとしていた、やっていくように見せていた手越ですら“ひとりの男として”の呪縛から逃れられないジャニーズ呪い根深さよ)

が、アイドル人生ってただの芸能人より遥かに犠牲にするものが多く、人間として生きられなかったグロさがまず存在して、

「残りの人生をひとりの人間として生きたいから」と言ってしまってそのグロさにファンを直面させてアイドルを終わるのではなく、

マイルド表現として“ひとりの男として”を選ぶ優しさなのかもしれない


アイドルが“ひとりの女として”と言った場合マイルドにならない辛さは辛さとしてあるが、

一方で“ひとりの男として”と強調した場合に“ひとりの人間”以上に背負わせていいとされてしま男性の生きづらさから、彼らは結局一生逃れられないんじゃないかと思うと辛い

2021-03-10

anond:20210307175031

地方分権派と都市集中派の政治的対立根深い。

 

しかもどっちが優勢かがコロコロ変わるので、矛盾した製作が年度ごとに出てくる。

2021-03-09

 リニューアル以降、はてなもういっかなーと思ってしばらく利用してなくて、でもネット上での話題を横断的に眺められるサービスとして、やっぱはてなブックマークって便利じゃないですか。そんでなんだかんだ利用してたら、富士通親指シフトキーボード製造を前倒しでやめるって記事があって、ブコメ見たらなんか呼ばれてたんで浮上しようかなと。そんでいざ書いてみたら、やっぱ、ここんとこネット上では体臭おしっこ特化のエロ小説を某所で連載している(ものすごい楽しい)以外これといったテキスト公表してないんで、近況報告でもしてみようかなと思ったらものすごい長文になってしまい、増田にあげたはいいけど2回くらい消してってのを繰り返してるうちに、エヴァ劇場版関連のエントリをちらほら見かけた。

 で、どうせ見に行くつもりもないし、なんとなく遠い知り合いくらいのつもりでいる人たちがいろいろ書いてるし読んでみるか、と思って読んでみたら、なんかアレだな、アレだなあというはるかな気分になったのでなんか書いてみます。ちなみに特にエヴァ関係なくて思いついたことだらだら書くだけのいつものやつです。いつもっていつだよ。10年前だよ。あ、書いてる人50歳です。この手の文章、年齢はっきりさせておかないと立ち位置よくわかんないと思うので。シロクマせんせが俺より10歳下っていまだに感覚的によくわかんねえんだよな。ブロガーとしてもオタクとしてもほぼ同期生に近いし。

 ちなみに2021年に生き残ってる親指シフター、たぶん大半はエミュレータふつう日本語キーボードの組み合わせだと思うので、まだまだ生きていける。むしろOSが代替わりしたときエミュレータ作ってくれる人が出てこなかったときいちばん怖い。

 エヴァなんですけど、俺はテレビ版がリアルタイム、そんでレーザーディスクレーザーディスク)で買ってそこそこ繰り返し見て、んで、最初劇場版でしたっけ、あれを一度見に行って、ああもうエヴァいいやってなっていっさいの興味を失った派です。

 まあ、呪いって感覚はわからないでもないんですよね。

 あー……なんだろな、この気分をどうやって表現したらいいんだろうな。

 生きていくうえで人間ってステージが変わったりすることあるじゃないですか。卒業とか就職とか結婚とか子供ができるとか。そのたびごとに世界の見えかたって大小はともかく変化したりするもので、そして俺が今日読んだ記事の人たちは、その変化をずっとネット上で書き続けてきたような人たちで、そして俺はその目撃者です。

 ところが俺は、特にステージを変えてこなかったし、たぶん今後も死ぬまで変えるつもりがない。俺には卒業解脱も解呪もクソもねえんですよ。

 ただ、フィクションのほうから明確に「終わり」を突きつけられた経験なら、二度ばかりありますひとつは上に挙げたエヴァ最初劇場版。もうひとつは「AIR」ってゲームです。特にAIR」による打撃はかなり深刻で、フィクション本質的には俺を救わないんだなと思うと同時に「俺はフィクションを救えないんだな」と思わされたのがかなりでかい。そのゲームを終えてからちょっとして、ある日、とつぜん空が異様に青く美しく見えたときがあるんです。別に山頂だったり空気きれいな田舎だったりということではなく、だから主観的な話だと思うんですが、とにかくそれは俺にとって決定的な原体験で、あの空の青さを解体しなければならない、それをしなければ俺はどこにも行けない。たぶんそういうのが「呪い」だと思うんです。そしてその呪いは、いまこのテキストを書いているこの瞬間まで続いています

 まあ俺のこの「呪い」が、今日記事を読んだ人たちにとっての呪いと同じものかどうかはわからないです。ただ解けるものなのかな、とは思うんです。そういう経験って、魂みたいなものに決定的な変質を強要する。それでも人は歩くしかない、そうやっていくうちに新しい歩きかたを学習するんだって話なのかもしれないですが、俺にはいまだにそうしなければならない理由というのがよくわからないのです。ひょっとしたら「しなければならない」なんてことはないのかもしれない。個人にとってよりよい、幸福で快適な状態のために頑丈な補助具をつけるものなのかもしれない。

 ただ俺は、いまだに、この年になってすら「大人になる」「あるべきところに収まる」ということに対する根強い抵抗感があります幸福道筋を用意してくれるものはいったいなんなのか。本能なのか、あるいは社会なのか。おそらくは人はみな、その人なりの葛藤や納得を経てある程度の妥協点を見つけるものなのでしょう。それは妥協点ですらなく、不可避的に押し込められた場所なのかもしれないけど。

 俺には恨みがあります。俺はかなりお育ちの悪い、まあいってしまえば底辺で育った人間なんですが、その環境さらに、今日だったら発達障害まちがいなしの太鼓判を押されるような子供でした。なので、俺をいらないといった親や世間社会というものに対する根深い不信感がある。そんなものはいい年こいたおっさんっていうかあと10年で還暦迎えるような年齢になる前にてめえでどうにかしろよ的なアレなんでしょうが、さりとて、この社会なかに自分があるべきかたちで存在できるような場所があるとも思えない。それじたいが幻想だってのはさておき、なまじ、自分のかたちのほうをさほど変えなくても金を稼ぐ才覚だけはあったために、よけいにその構造いびつなままに保存されてきた。俺は金を稼がなければならなかった。なぜなら金こそは、自分なかに他人を入れないための最大の武器からです。

 だから卒業したとか終わったとか、呪いが解けたとか、人がそう言うときに、いったいその人のなかでなにがどう変わったのかな、という思いがあります。疑問というほど強くはないです。「あー、そうなんだ……?」くらいの感じ。どっちにしろ人間にはその数だけの物語があって、その物語当人しかわからんので、横から解釈できるようなものでもありません。

 結局、あれかなあ。年食ったってことなのかなあ……。時間流れるんだなあみたいな。今回、エヴァ関連の記事を見て俺がある種の感慨を覚えたのって、その人たちの文章を昔から知ってるってのがあるのはまちがいないんですよね。「この人がこういうことを言う」っていう「この人」の部分を、テキストを通じてですけど、ある程度は把握してるから

 ただそう、俺はその時間の流れの当事者じゃないんです。傍観者。俺は現在でも、自分のなかのなんかの欠落を埋めるべく、いろんなコンテンツ摂取してる。霞を食ってるようなものなので、満腹になる日はたぶん永久に来ない。それでもなぜかそうせざるを得ない。もはや妄執といってもいい。ただ主観的には30年前と同じことやってるだけで、勝手時間けが過ぎていく。もちろん肉体は衰えていく。老眼は進む。しかしまあ、それは当然のことです。だからどうした。俺はウマ娘をやるぞ。休みだしお風呂おしっこシャワー浴びたシーンの続きを書くぞ。そんな感じです。

 というわけで、ここまでの文章量を費やしても、やっぱり、俺がいま感じた「アレなんだなあ……」という感慨に対して、適切な言葉を与えられません。しいていうのなら、俺がテキストを通じてある程度は知っていると思い込んでいる人たちが、俺の知らない場所で、俺には見えないものを見て今日も生きているということへの、ごくあたりまえの感慨なのかもしれません。一般的には、こういう輪郭曖昧な感慨のなかでぼんやりしていること自体が加齢現象ひとつといえるんでしょうか。

 俺は、インターネット以前のほうが長い人間なので、いまだにインターネット以後の現在に対して、軽い違和感や感動のようなものが残っています。会ったこともない人たちが、今日ネット文章を書き、SNSで日々なにごとかをつぶやいている。そして俺はそれを見ている。あいや、SNSのほうは特にフォローとかしてないですけど、リアルではまず知り合う可能性がなかったその人たちの活動を見るたびに、不思議だなあと、微量の感動がいりまじったような気分でいるのです。

2021-03-04

anond:20210304162154

見下しは反発を生む。おすすめしない。

たとえネット上の匿名議論で、「ぶっちゃけこう思っている」が持て囃される土壌であったとしても。

ある種の反発、特に論理性や知識・知性に対する反発は、根深対立に繋がり得る。わたしたちはそのような風景リアルタイムで見ているはずだ。

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