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はてなキーワード: 他者とは

2018-08-17

アニメアイコンからb:id:kyo_juネトウヨ!」とか言うヤツは大バカだと思うのだが

death_yasude

実感としてIT系は総じてネトウヨ

特に高卒IT系はほぼ確実に冷笑ウヨ流れる

こんな知的仕事できる人間がなんでネトウヨになってんのってことが多い



こんな雑な主語デカコメントスターつけちゃうb:id:kyo_juサンって・・・

http://b.hatena.ne.jp/entry/369390929/comment/death_yasude


「実感としてアニメアイコンは総じてネトウヨ特に高卒アニメアイコンはほぼ確実に冷笑ウヨ流れる

ってこんなトンデモ理論はあり得ないと思うんだが。

まあ屁理屈こねれば

「『総じて』と書いてあるのが読めないのか?」

とか反論になってない反論もできなくはないだろうが。

ただこの反論理屈を認めちゃうと、

corydalis

これまた毎度のこと与党支持者は与党政策をすべて支持しているわけではないといってるバカハケーン。

そういう馬鹿からアベがウソをやめないんだよ。

さすが世界中で一番オレオレ詐欺に多数引っかかる愚民の国。

主語デカ案件例外は認めません」派が窒息しちゃう

20代安倍自民支持が多いって統計は確かに出てるけどね。

ただ「統計的にそういう事実はある」っていう理屈を認めちゃうと他の案件ジェンダー界隈とか)ではまた更に荒れる要因になるし。

Cunliffe

これに対する反駁は「わたしはそうではない」以外にありえないんだけど、

ちゃごちゃ言ってる人たちその辺わかってます

この意見が、「他の案件」でも同様に有効かどうかだな。

「男は女に比べて犯罪率が高い」みたいな発言をするやつがいたらそいつ差別主義者だと思うのだが、

男性が「わたしはそうではない」と宣言すればそれで済むのかしらね

まあ単に100字程度のコメントしかも特段の共通ルールも無しに不特定多数の人が放言するはてブで、

論理的整合性のある議論を期待する方が大バカ中の大バカという意見もあるだろうが。

はてブは偉そうな言葉遣い手斧投げる口ゲンカツールですよ」

って自分から開き直れる(他者批判文脈ではなく自虐文脈で、という意味)ならそれもアリだがな。

2018-08-16

電車で隣に座ったオタク

始発駅で座るためにわざわざ1本見送った。

次の電車では端には座れなかったものの、座席の真ん中に2本ある柱のうち一方の横に座ることができた。

二駅目でドアが開くと、身長170cm前後体重70kg以上と思われる小太りでハーフパンツ姿のオタクが乗り込んできた。

黒いナイキスニーカーと黒いナイロン製のリュックサックという出で立ち、それにスマホを片手にひょこひょこ歩いている。

空席は何箇所かあったが、オタクは私の横にどさっと座った。

しばらく彼はスマホをいじっていたが、そわそわして落ち着かないようだった。

突然、彼は柱に手を伸ばした。

電車の揺れから体を支えるために掴むという動作理解出来る、たとえば肘を曲げて肩の辺りで支えるという格好ならば。

しかし彼は肘をぴんと伸ばし、握りは頭よりもかなり上の方を取った。

その様子は小学生が授業中に発言権を得ようとするかのようでもあった。

一瞬驚きはしたが、私はその状況に慣れようと努めていた。

だが、彼はなお落ち着かない様子だった。

から手を離すとスマホをいじり、そしてまた柱を持ち直す。

柱を持つ高さがしっくりこないのか、何度も握りなおし、体をねじったり揺すったりしている。

隣で動きまくるオタクは目障りではあったが、他者に対して寛容でありたいという信念が私を支えてくれた。

だが、そうも言ってられなくなる。

端的に言って、彼はものすごく臭かった。

私は息を止めた。

しかし苦しくなって息を吸った。

彼は臭かった。

私は思う存分呼吸できずにまた息を止めた。

しかし十分に吸うことがなかったためまたすぐに限界がきた。

彼は臭かった。

一駅がとてつもなく長く感じた。

その後、彼は乗り換えのためか電車を降りて行った。

ハーフパンツ姿の小太りのオタク臭い、私はそう学んだのであった。

anond:20180816130018

転売屋理論だと流通の確保はしているな。

「俺たちが買い取ったから、他者に買い取られずに流通を確保することができた」というクソ理論だが。

anond:20180617233415

あんたも共感不可能他者への尊重を失ってね?

ならおれはこういうひともいるんだな~と思っておくわ

2018-08-15

anond:20180815132306

またも理解しようと時間をかけたが全く分からない。一応自分なりの解釈を書き出す。

各々が小宇宙自分世界)を持ち、その宇宙は通常だったら他の宇宙と交差する。しかし、この汽車内ではそのようなことは起きず、各々が他者と交わらない。

著者はこういうことが言いたかったのだろうか。

2018-08-14

anond:20180814140646

あなた利益他者が守ってくれると考えていたとすれば大間違いだ。みな、利己的に行動する中で、自分自分の子孫の得になるように行動している。あなたのために座席を開けて譲ってくれるように見える人も、本当はあなたを利用しようとしているか、状況が変われば態度をころりと変える人だ。本当の人類歴史を知ろうとしたなら、国家を信じることの愚が見えるはずだ。そもそも現代社会における国家とは、分断統治手段にすぎず、国家を動かしているのは超国家的な集団なのだ

自己紹介ホームページ開設ブームなどを見ればわかるとおり、人間には、自己アピールしたい、「私」を語りたい、という欲求があるわけです。

しかし、それには他者とは違った才能が必要であり、そして才能を得るためには努力要求される。

飲み会で注目を集めるために「明日原爆を作って国会破壊する!」とブチあげても、それには、発言真実味を帯びるだけのリアリティ要求されますよね。

発言した人が理系人間であるとか、裏ルートに通じているとか。

ライセンスがいるわけです。

だったらライセンス要求されない……たとえば「明日パチンコに行く!」なんてことをアピールしてみる。

しかしこれはアピール度が低い。で、「自殺する」「手首を切ったことがある」というわけです。

自殺にはライセンスはいらないし、生き死にの話題なのでアピール度も高い。

このところ殺人死体写真などのサブカルチャーが幅を利かせているのも、競争相手の多いメインカルチャーのなかで浮上するのがしんどい、という側面があると思うんですよ。

スノーボードうまい私という個性自分特有のものとして確立するのは難しいけれど、死体写真を集めている変わった私という個性簡単に完成するわけです。

同じように、自殺したい・手首を切ったことがあるというのは、ゼロから生むことができる、安易かつ強力な武器であるわけです。

まあ、精神的とか経済的にネ、追い詰められて、真剣自殺を考えている人はいるわけなんで、あまり軽々しくは言えないんだけどネ。若いのがネ、死ぬとかナントカ言うのはネ、要するにネ、ボクラが若い頃、哲学政治にハマったのと同じですよ!

デカルト読んだり、共産主義を唱えたりね。

そういうのはね、多くにとっては、哲学する私・共産主義を信奉する私というインテリスタイルだったわけです。

ファッションですよ、ファッション

anond:20180814134611

その論法だと自分に何の問題も無い人しか他者問題を指摘できなくね?

anond:20180813185739

こういう人ほど、自分が子を持つ立場になったら「子供がぐずり出したら制御不能なんだよ、分かれよ!」ってなりそう。

なぜなら、ギャン泣きに遭遇した時、「自分がうるさくて迷惑から親が何とかしろ」という、自分本位の考え方しかできないから。他者立場にたった想像ができてない。まぁ学生の頃なんてまだ子供だからしょうがないけど。

ただ自分本位な人が自分本位なまま子を持つと、周りに理解を過剰に求めて「しょうがないのよ!子供からうるさいのが当たり前でしょ!」となる。

ツイート中指おばさんも、他のツイ読んでみるとあらゆることに文句つけているので、もし子供がいなかったら「うるせーな、ちゃんと躾けろよ」と言いそうなのが容易に想像できる。

anond:20180814024932

都会は、とても欲望を刺激されたり、過度なストレスがかかったり、脳の振り幅?がでかくなるのが影響している気がする。

欲望他者欲望だ、なんて言葉もあるけど、親が高欲望・高ストレス環境下にいたら、そこら辺は子供にも伝播すると思われる。

あくまで仮説だけどな(「冷たい社会」= 地方 と「熱い社会」= 都会 って感じ。)。

 

もちろんそこで上手く育てる術もあると思うが、無防備資本主義ずぶずぶになってしまったら、動物のような子供誕生してもおかしくない。

そして、そういう奴が増えた方が、資本家は良いのだろうという気さえする。

2018-08-13

anond:20180813180625

b:id:aburanoyousei

子育て重要なのは子育て民度の低い層と触れ合わない事。ガストファミレスであってファミレスではなく、底辺レストランとでもいうべき場で他者への理解は少ない。はてなも意外と単身者小梨が多いのよ。

こういうことをドヤ顔で書くバカ

理解を示す独身者や子無し、批判的な子ありは目に入らないらしい

十勝毎日新聞社花火大会害悪

毎年8月13日は、私の故郷北海道帯広市で大きな花火大会がある。

近年では全道的・全国的に名の知られるようになった花火大会だ。

タイトルの通り、この花火大会はそれなりに問題を孕んでいる。


凶悪渋滞を引き起こす

開催場所市街地に近すぎて、市内にアホみたいな渋滞引き起こしている。

最近は、札幌からも客を呼ぶので、なんど道東道まで渋滞していると言う。

帰省中の人、退勤者、道東への物流に重大な被害が及んでいる。


近隣住民迷惑

トイレ貸してくれ。と、見ず知らずの酔った人に言われる。大便もある。

とこんな感じ(他にも花火演出がクソださい、花火の前の企業宣伝がクソ長いなども問題がある)なのだが、

最大の問題は、こういう花火大会開催に当たっての問題点や課題が、毎年開催されるにもかかわらずクリアされにくい構造にあるのだ。

その理由は単純で、主催者十勝毎日新聞社と言うこの地域ブロック紙からだ。

十勝地方新聞社は、長い淘汰の歴史を経て、この十勝毎日新聞社一社のみが現在生き残っている。

地域ミニコミ誌経済誌出版文化の低迷により絶滅した。

現在ミニコミ誌は、十勝毎日新聞社北海道新聞社系列誌だ。

すなわち、十勝管内の言論がほぼ一社に占められている。

新聞だけではない。十勝毎日新聞社ケーブルテレビを展開し、観光事業にも手を伸ばし、ホテルやガーデンを系列会社経営している。

十勝毎日新聞社のすごいところは、開拓時代から多角経営していてもう100年もこの地域新聞屋をやっているところ。

この寡占状態ゆえに、だれも地域反論を上げられない。上げるための器がない。

花火大会自体経済効果があるからいいのだが、特に反省がなされることなく、だんだんと規模だけでかくして「来年もやりましょ」的に膨張している。

のしわ寄せを、だれも反対できないし、だれもケアしようとしない。というか、できない(十勝毎日新聞社もただ自分事業を行なっているに過ぎない)。

十勝毎日新聞社ライバルがいないから、深いところまで気にしなくていいのだ。そして実際気にしていない。というか、できない。他社(他者)の眼がないから。

その構造こそが最大の問題点だが、それゆえに解決は難しい。

十勝は昔から農産物生産地で、モノカルチャー雰囲気がある。実は産業だけでなく、観光出版言論もまたモノカルチャーなのだ北海道らしいと言えばらしいのだが。

釧路市苫小牧市なら、こうはならないと思う。

この花火大会が孕む問題はぼやっとしている。だれも地域でそれを認識できない。私も別にいいのでは? と思う気持ちもある。

誰もこれでいいかどうか解らない。誰も問題推し量る尺度すら持っていない。

2018-08-12

全く違う考えを持ってるから書いておく

ゲイキモいとは特に思ってない。

しかし、同性愛者って、異性愛をできないんでしょ。もしくはできるのに思想的に思い込んでサベツダーサベツダーと叫んで利権を得る。

はっきり言って、自分にとっての唯一絶対パートナーなんてありえないよ。キリスト教思想中途半端に取り込んでサベツダー言うのはキモイ

神に作られた自分人間Aで、神に作られたイブとしてのBが絶対的に存在する!なんてキモイに決まってる。

人間C~もいるし、Zで終わるわけでもない。

人間に対して不誠実だからキモイ

他者を好き/パートナーにしたい差でランク付けして上から何人が同性でも、何人か目で異性が現れる。っていうか異性が出ないならそいつ差別主義者でキモイ

人間はその中で、異性と家庭を作ってきただけ。

同性と性的交渉を持つ必要性はない。その必要性で思い詰めている人間キモイ

童貞処女魔法使いになるとかと同程度にキモイ

当事者は、性的交渉恋愛関係神聖化しすぎなんじゃない?

んで、利権ほしいゴミ人間どもにカモられる。

感情支配されすぎ。思い込み強すぎ。

世界一愛してる同性との子供はできないけど、孫は(もちろん周囲の同意があってだけど)出来うるんだよ?

理性を持て。理性的なLGBTQは全然キモくないよ。


追記】もしくは恋愛スポーツか何かと勘違いしているか。「銀メダルでは意味がない」とパートナーに言いたい/言われたいってのは思想の自由に含まれるのか。含まれるとして、保護されるべきなのか?でもまあスポーツ庁とかである意味アスリート保護してるから税金投入はアリなのか?アリだとしたら人気次第だな。オリンピックワールドカップ視聴率経済効果と同等のものがLGBTQにあればいいのかもね。

スポーツ庁の目的適当にググって引用

スポーツ庁新設の背景には、スポーツ国策として捉えようという政府の考えがある。スポーツ国民の体力維持・向上を図るとともに、人々に豊かな生活をもたらし、健全青少年の育成や高齢化社会における社会保障費削減、障害者尊厳ある暮らしにつながる。またトップアスリートの国際舞台での活躍国民に大いに活力をもたらす。さらスポーツは今や、多様化する国際社会において友好、平和相互理解などに貢献するため、20年東京オリンピックパラリンピックホストである日本世界の中でリーダーシップを発揮し、存在感を示していかなくてはならない。

こんな理由スポーツ税金投入がありなら、LGBTQに税金投入もありだと思う。

結局人気次第なのか?異性恋愛ネタとして大人気だからな。


個人的には、銀メダルも、銅メダルも、というか日本代表の時点で、ものすごく価値があると思うよ。でも、そういうものに選ばれなくても価値は変わらないと思うよ。選ばれた/勝ったか価値が出るわけでもないと思うよ。人気は出るかもしれないけどね。

あ、もしかしてサベツダーと叫んでる人って、非差別者(およびその保護者)としての人気が欲しいのか?

だとしたら、理性的で、思い詰めておらず、静かな暮らしが欲しい人たちは、ものすごく不幸だな。

個人主義資本主義は違うんだけど

最近ベンチャー経営者何人かと話したけど、その人たちはたまたま

弱い人を助けようとか、差別是正しようと考えに難色を示す人ばかりだった。

もちろん公ではいけないことだというポジションを取っているが、

酒の場の本音ベースでは、弱者は運が悪かっただけでしょ(ならまだいいが、酷いと努力不足でしょ)で一蹴。

しろ、なぜ成功者幸福さらなる追求を抑制するのか、という考えだ。

それどころか、全体の利益を考えるなんて共産主義で、共産主義は失敗した体制で、

なぜ失敗を辿るのだ?というスタンス

資本主義なんだから自分のことを中心に考えるのは当然の権利であり、

競争社会他者を蹴落とす自分達が正しい、というようなことも言っていた。

まるで中学生のような短絡的な考え方だが、そもそも定義を間違えているし、

別の定義言葉連想ゲームのようにテキトウに繋げて信じ込んでいる姿にはがっかりだ。

 

彼らは財を成すことには成功したが、全ての面において妥当な考えをできるわけではない。

そういう人たちが力を持ち、力を持ちやすい現状の社会では、

みんなが求めているような不満が解消されることは難しいんだろうなあ。

ちょっとがっかりたここ数ヶ月の食事会でした。

匿名たち(一部名あり)の心理には「俺は嫌な思いしてないから」があるが

人生何もかもフリー素材にされた哀れなネット荒らしが残した真理
でもそれだけではないと思う

1.俺は嫌な思いしてないか
他者への無関心。身勝手さ。傲慢
お前らの迷惑なんて知らねえ。俺が気持ちよければいい。
自分で完結してる自己中心な思考。先言った通りネットじゃ多い。
自分が害を被らなければそれでいい。そんなやつら。

2.俺は嫌な思いをさせたいか
悪意。愉快犯。根っから腐った性根。
他人の不幸は蜜の味今日めしがうめえ。
最初からこれもいれば、1から進化する事もある。ぶっちゃけ俺嫌理論語ってたあのアホも途中からこれになってた。
まあ荒らしの半分ぐらいはこれ。根底は「嫌がらせがしたい」だけでそれ以外の理論なんてない。言葉は変わるし立場も変える。
ふぁっくだね。まあ俺もこれなんだけど。

3.俺は嫌な思いをしたくないか
極まった自衛侵略行為に変化。歪んだ正義。潔癖。
荒らすの厳禁!敵は回れ右!なんて言葉を喚き散らして必死自分領域を守ろうとする。
警察気取りで荒れるのを必死に防ごうとし、結果的に1番の荒らしとなる。
無駄努力虚しく1や2に自分の庭と心を壊されると4に進化する事もある。

4.俺は嫌な思いをさせられたか
復讐報復自己正当化
心の壊れた3や、ちょっとでも自分領分を汚されたと勘違いするヤカラはこれになる。
「お前は俺達にひどいことをした、だからお前は同じなだけひどいことされるべきである」「お前は私を不快にした、これは侵略だ、我らの自衛のために死ね侵略者」っての。
フェミ・・・ってか俗に言うまなざし村人間って大概これだよね。正義は我等にあり!貴様らは悪!って棒を振りかざす蛮族ども。
個人的に2よりもっと危ない。2の俺が言うから間違いない。

夏の暑さはこんなどうでもいい分類分けをさせてしまう。氷河期来てくれ。

anond:20180812070002

フェミニスト本質は昔流行ったオバタリアンと同じ。

弱者を守るなんて概念は一切なくって自分たちさえ良ければいいと思ってるし、他者ことなんて考えてない。

2018-08-09

anond:20180809194126

大原扁理(未満)程度に働くのが最適解なのかなと…

働きたくない人間生活保護みたいなのは出来るかもしれないけど、社会破綻する可能性が結構高い+働いてる人からは受け入れられないよね、というところがあるので「無理・嫌じゃない・社会に関わることをできるだけ避けながらの社会性を得る(孤独のまま金銭を生み出せる程度のしごと)生み出せる社会構築」ていうことを考えないと辛さから逃げられんなあと思う。

あと、働きたくない(他者と関わりたくない)けど子供は作りたいという欲望も生まれるだろうし、生存を維持するための社会循環を考えないといかんのだろうなあ。

無理では? 子供を生みたいという人間社会性を失った形で存在しうるのかどうかは不明。ただ、社会性がない人が子供を作ったりする現実はあるので。

https://peek-a-boo.love/2018/08/06/post-3169/

名前があったんだ

カサンドラ症候群

これだ。全くこれだ。ずっと妻を苦しめてきた。

妻「言わないでもわかってほしい。頼んだ瞬間無意味になるものもある」

私「言われないとわからない。でもわかりたい。泣かせたくない。でもわからない」

お互い無力感だけを育てる日々だった。

「一方、夫婦となった途端に態度が変わる夫は、結婚後は妻を他者として認識しなくなるようだ。これまで妻にしてきたこと、言ってきたことを全くしなくなる。もはや妻の気持ち配慮する必要はないのだ。そのため会話もなくなり、むしろ独りでいたがり、妻は孤独に陥る。妻から否定裏切りになる。 」

これもあった。

相手を本当に尊敬している。

性格から見た目から価値観まで全部を愛してる。

妻の日常の何気ない行動を気高く、品があるなと思える。

見知らぬ人に親切で、真面目に働き、でも私を優先してくれて、いつも笑顔で、いくつになっても少女のようで。

そして私のなんの悪意もなく行ったことにいつもひどく傷ついている。

こんなに好きなのに、うまくいかない。

結局今は家庭内別居に落ち着いている。

妻は私を家族だと思わないと「期待」をせずどこまでも優しくでき

私は妻を一緒に住んでいる他人だと思うとビジネスのように接せるのだ。

私にとってビジネスのように接するというのは、今まで知り得た人間機微空気の読み方をデータとしてストック活用し(2秒以上の沈黙は納得していないと翻訳できる、今度とつけるときは逆に予定を曖昧にしたいとき、等)、多大な疲労を覚悟して、なんとか相手不愉快にさせず切り抜けることに全力を注ぐ、の意だ。

この人はそんなことをしなくても私を見捨てない家族だ、と思うとそれが停止するので前述の引用状態に陥る。やっとリラックスできる、と思って本来自分の考え方のまま楽に振る舞うと、なぜか相手が泣いてしまう。

からどこか冷ややかに、こういうこといっておけば喜ぶんだろう?という気持ちで吐いた言葉に本当に喜ばれてしまっては「感情を重んじる割にお前ら演技されて本当に嬉しそうだな」とうがった見方になってしまう。

変わりたいな。頭を強打して今日から普通の人になれたらいいのに。

https://peek-a-boo.love/2018/08/06/post-3169/

共感性が高い人間同士が、効率性や抜本的な改善などを無視して、

感情労働を交換」することで世の中成り立ってるなと思うことは多い。

辛い気持ちを引き起こす根本原因が永久解決しないことが所与の前提となっていて、

他人から感情労働を受け取ることで気を紛らわせながらなんとか生きている世界観

彼らは生殖に向いているので多数派を占める。

多数派にとって気分が良いように常識や正しさ、文化は作られる。

共感性が低く感情労働提供ができないタイプで稼得能力が高い場合

その人が働きやすいように環境を整えると金になるから、周りが合わせてくれる。

性的魅力が高い場合も、パートナーが合わせてくれる。だから、本人は困らない。

「数」あるいは「客観的な質」しか力を持たない。

人が人に提供する価値は、稼得・性的魅力・感情労働に集約される。

すべてにおいて劣る場合、その人には客観的価値が無いということになる。

客観的価値が無いというのは、人に好かれたり尊敬されたりする機会が無いということだ。

もちろん、生存権利国家保障している。

しか一般市民である他者に、好かれたり尊敬されたりするのが基本的人権だとは言えないだろう。

好きな人を好み、尊敬できる人を尊敬する権利を、内心の自由を、すべての市民が持っている。

それが「弱者に厳しいシバ志向」とされるのはかなりきついことだなと思う。

「誰もが好かれ尊敬される権利を得た社会」を実現しようとすると、

「誰もが無条件に人を好きになったり尊敬したりする義務を負う」ということになる。

その義務を一生負わされるほうが、よほど「シバキ」だと感じる。

 

結局、yuzukaさんは、稼得能力性的魅力のあるパートナーに、

感情労働プラスアルファで求めることを諦めた。だから別れなかったということだと思う。

パートナー感情労働必須のものとして求める人は、

稼得能力性的魅力について妥協せざるを得ないこともあるだろう。

完璧な人は、どこにも存在しないとは言いきれないが、とても少ない。

yuzukaさんは看護師経験があることから共感性が高く感情労働が上手いタイプだと推測する。

でもパートナーはyuzukaさんの感情労働価値あるものとみなして受け取っているのだろうか。

「要らないし提供もしない。交換に参加していない」というタイプなんじゃないだろうか。

そこが分かっていないと、「こんなに感情労働してあげているのに返ってこない」という苦しみが生まれる。

返ってこないことは確実なので、感情労働の一切を辞めるというのもありなんじゃないかと思う。

行きたくない釣りに行かない」などだ。

どうしても感情労働の交換がしたいなら、今のパートナーより稼得能力性的魅力のレベルが下がったとしても、

感情労働が上手いパートナー選択するしかないと思う。

yuzukaさんは感情労働が上手く性的魅力が高いようなので、相手を探すことには困らないと思う。

自分アスペ傾向のある人間からかもしれないけど、定型発達者は全てを望み通りにしようとする人が多いと思う。

完全なパートナーを探したり、パートナー完璧にしようとして操作したり、

そしてそれらのほとんどが上手くいかなくて(当たり前)、悩んだり悲しんだりイラついたりしている。

そして悩んだり迷ったり自己憐憫に浸っている時間が長く、問題解決する気がない。

無職としての学問

 特に文系において、大学研究を取り巻く環境が厳しいので、少し愚痴を書かせていただきたくお邪魔します。

* * *

 研究生活が実生活、ことに家庭生活に対し極度の不安定性を与えることは、今日に始まったことではない。

 例えばかの有名なマックス・ウェーバーによる1919年の講演の中では、「大学に職を奉ずるもの生活はすべて僥倖支配下にある」と語られており、「精神的に打撃を受けることなくこうした境遇に堪ええたためしは極めて少ない」とまで言われている。

 このような状況は、100年の時と洋の東西とを超えた今日日本においても、同様である。むしろ人口減少と学問に対する軽蔑——それはおそらく、ウェーバーが講演の中で強調した、学問がなんの「救い」も「啓示」ももたらさないということを、多くの人々が正しく認識たからに他ならないが——に直面している極東島国の方が、研究生活を取り巻く環境過酷であるといえるだろう。

 博士号を取ったとしても多くの人々には就職先がなく、あっても有期雇用で、しか低賃金であり、長期的な研究生活の途を描くことは全く不可能である

 日本より恵まれ研究環境を有する国、例えば博士課程から給与が出るアメリカや、高等教育がほぼ無償であるフランスの例を持ち出すことは簡単であるしかし、研究生活はその研究者が根ざしている言語文化、あるいは人的ネットワークにある程度は依存せざるをえない。また、他国研究環境は、一部だけを切り出せば外面的には羨望の的になりえるが、実際は、給与と引き換えに研究テーマ選択制限されたり、あるいは無償で得られる研究環境には限りがあったりするのである

 当然のことながら、研究者における研究成果はそれぞれのおかれた研究生活の諸条件に左右されるのであり、それは資本的な制約を大きく受ける理工学系のみならず、人文系についてもそうなのである

 ハンナ・アーレントのように、生地での生活を根こそぎ奪われ、新天地で大きな研究成果を挙げる例もないわけではない。大学官職への道を閉ざされてから活躍したカール・マルクスそもそも学歴のなかったピエールプルードンなども、偉大な思想家としてのちに崇められる存在であるしかしながら、すべての人が偉大な人、指導者のような人、あるいは預言者になることを目指して研究に励んでいるわけではない。実態はむしろ逆であり、陽が当たらない部屋で日がな一日、誰も読まないような古雑誌の1ページをどう解釈するかについて考え、その謎を解けた時に無常の喜びを感じる、そういう人が研究生活に入るのである。そのような、全くつまらないことこそ重要研究成果なのであり、むしろ大きな社会的反響を呼び起こす御宣託が科学的な研究成果とは全く呼べないようなものであることは、ウェーバーの指摘するところであり、歴史が度々証明してくれたところでもある。いずれにせよ、研究生活とは社会的名声や富と全く関係がないどころか、資本主義社会ではしばしばそれらは相反するものとなるのである

 尤も研究者も所詮人間であるからして、研究のものの「客観性」や科学位置付けとは無関係に、それぞれの求める研究生活上のあり方というのは存在する。名声や富を求めて研究に取り組む人もいるのかもしれない。しかしそれは明らかに悪手だ。羽生名人でも挽回できないぐらいの悪手だと思う。

* * *

 さて、反面、家庭生活はまさに「経済」の必要に駆られるところのものであり、十分な収入、定住可能な住居、そして可能な限り多くの家事労働自動化が進んだとはいえなお労働集約的だ)が投入されて、初めて成り立つものである

 収入がないなどもっての外であり、亡命収監失踪放浪なども、家庭生活とは相容れないものである

 歴史を顧みれば、自死発狂、子捨て、虐殺に至るまで研究に身を置いた人々の末路は様々であるが、なんとかしてそのような事態は避けたいと誰しもが願うところであろう。

 できれば平穏無事に、昭和時代理想とされたライフスタイル、すなわち夫婦円満子供と共にマイホームに住み、安定した立場で働き定年後は年金生活という人生を歩みたいところである(これは皮肉である)。

 しか今日の若き研究者は、子供はおろか結婚もままならず、マイホームマイカーも持たず、年金制度破綻を前に怯えながら年老いるのである

 もしあなた結婚したとすれば、それはパートナーの全く寛大な心によるものか、パートナー無知蒙昧で完全に誤った選択をしたかのいずれかであろう。

 さら子供がいるとすれば、当然あなた研究生活放棄するか、あるいはなんらかの安定した不労所得に拠って研究生活と家庭生活の両立を試みねばなるまい。(あるいは、あなたが非常に体制時代に順応的な研究をなしていたとすれば、すでに十分な収入に恵まれいるかもしれない。これこそウェーバーの言った「僥倖である。そういう人には心から祝福を送ろう。願わくば同じような僥倖が数多の迷える研究者たちにあらんことを。)

 多くの研究者たちにとって、結婚出産研究生活首にかけられた縄である

 女性研究者の研究生活性別役割分業的発想や家庭生活に対する支援パートナーから十分に得られないなどの理由によりすぐに縛り首になってしまうが、男性研究者の研究生活も同様に性別役割分業的発想や金銭支援パートナーから十分に得られないことですぐにギロチンにかけられてしまう。

 いずれにしろ他者にとって金にならず有用性のわからない行為としての研究は、家庭生活に直面すると挫折する公算が大きいのである

 だからといって、家庭生活を全く否定してしまうことも困難である穂積陳重来日本の身分法学者は、日本国民の位置付けを次の三つの身分のいずれかあるいは複数に属するもの定義した。すなわち、夫婦、親子、親族である

 しかし、親が死に、結婚もせず、親族との紐帯も弱いとなれば、その人は社会的にも法律的にも、全く孤立した存在となってしまう。

 その人は十分な社会保障の対象にならないことはもちろん、社会生活上の様々な面で制約や不利益を受けることとなる。

 実際上の問題として、社会的要請として家庭生活に入ることを我々は求められており、多くの人はその生活が全く不幸であり耐え難く絶望的なものだと感じていたとしてもなお、家庭生活に甘んじているのである

 当然、研究をしていなければ家庭生活が楽になるとは全く言うことができない。しかし、少なくとも研究生活が家庭生活と激しく対立することであることは自明であることのように思われる。

 あるいは「家庭」という理想像の崩壊高齢者二人世帯や単身世帯シングルマザーの増加、生涯独身者の増加などによって、家庭生活という名付け自体空虚ものになっているという批判があるかもしれない。

 しかし反面で、なお結婚出産経験する人は半数を占めており、「家庭」に代わるほど普遍化された結婚出産を前提とした私的領域生活モデルはいまだに存在しないわけだから、やはり家庭生活という呼称を用い、特に若い研究者たちにとってはそれを重視せざるを得ない現状もあるのだ。

* * *

 収入、定住、家事労働を求める家庭生活は、無収入、度々の転職と転居をもたらし、にもかかわらず時間の余裕を求める研究生活とは、完全かつ深刻に対立する。

 では、この間の解決はどのようにしてもたらされるのか。非研究であるパートナーの忍耐によってであろうか。あるいは研究生活の適度な抑制によってであろうか。

 前者はこれまでの男性研究者がしばしば採用した方法であり、女性人権がない時代であればよかったが、21世紀にもなってこの方法採用しようと思っている人がいるなら、その人は妻を見つけることができないであろう。

 後者方法は、実際には採用し得ないものであり、つまりそれは相撲レスラー炭水化物摂取を控えるとか、プログラマーが1日3時間しかモニターを見ないようにするとかいう話であって、研究生活を「適度に抑制する」などということは単に研究生活否定しかない。

 研究者はその人をして全的に研究に没頭せしめなければ、素晴らしい「霊感」を得られないものである。そうでなければ、特に人文学研究においては、それは単なるジャーナリズムに陥るであろう。

 そして、これもウェーバーと同じく声を大にして言いたいところであるが、そのような素晴らしい「霊感」、今日言葉であれば「イノベーション」などというものは、研究のみならず仕事や様々な形の労働の中でも、それに没頭し専心していなければつかむことの能わざるものであり、行政府が旗をふって労働時間の長短や職業訓練の有無をいくら弁じ扇動しようとも、生まれてこないものなのである

 家事労働ワークライフバランス長時間労働問題は、まさにこの没頭の可能性にあるのであり、特に家事労働時間を細切れにしてしまうために人をして何かに没頭させることを妨げること大であるワークライフバランスも、結局その目的とすることが明らかでないか低賃金かつやることのない中途半端余暇をもたらすだけである長時間労働改善しても、人々が自ら欲するところのものに取り組めるような労働時間の設定でなければ、それが長かろうが短かろうが、人々の不満は変わらない。いくら労働時間が短いとしても過労死は起こりうるし、長く労働していても過労死しない場合があるのは、この理由によるのである

 とにかく、家庭生活の求めるもの根本的に否定しなければ、研究生活は成り立たないのである

* * *

 では、解決方法は何か。家庭生活問題点は、それが夫婦という二者で成立するように想定されていることである。それゆえ、収入と定住を男性が支え、家事労働女性が支えるという構図が出来上がった。

 しかしこの想定は噴飯ものであり、シングルマザーは全て一人でやらざるを得ず、あるいは逆に親族から支援収入不安が軽減されたり、実家を譲り受ければ定住も可能というように、家庭生活の諸条件の実現は夫婦という関係性の外部で決まっていることが多い。

 もし家庭生活に関与してから研究生活継続するためには、家庭生活を成立するためのリソースを外部から調達することが最も望ましい。(逆にいえば、外部からリソース調達できなければ、ついにここで研究生活のお墓を立てるしかない。自分研究というアイデンティティよ、さようなら、と。)

 ただ、ここには二つの問題がある。一つは、リソース調達である大川周明のように徳川家から調達したり、大杉栄のように政治家からぶんどってくることができれば最高だし、あるいは明治時代のように女中を置いたりできれば最高だが、なかなかそういうわけにはいかない。もう一つは、その調達個人能力に帰せられることで、研究能力とは別にそれに取り組む環境規定されてしまうということである

 この二つの問題解決するためには、若い研究者同士で研究生活を支えるための生活ネットワークを構築するしかない。あるところには金がある人もいるだろう、あるところには手が余っている人もいるに違いない。

 どうせ研究生活に勤しんでいる人以外に若い研究者に対して同情を寄せてくれる人はいないのである

 アカデメイアリュケイオンがどうだったかはわからないが、古今東西大学に併設されている寮や大学街(カレッジ)では生活上でも学術上でも研究者のコミュニティ形成されていたはずだ。修道院のようなものである

 いま、若い研究者は官僚主義的な大学制度によって互いに分断され、地方に散住し、有能なもの国外へ出て行ってしまっている。もう最後タイミングである

 いま我々若い研究者が団結して助け合わなければ、この国の研究はすぐになくなる。もし研究のなくなり方が緩やかであれば、日本語で達成された学術的成果を、多少なりとも国際的に、人類のために遺す時間猶予が生まれるかもしれない。あるいは、国外から救いの手が差し伸べられるやもしれぬ。「タコツボ」を脱しなければならない。近くで助け合って生活し、なんなら雑誌なども出して(いまであればブログでいいのかもしれないが)、特に文系では消え掛かっている研究の灯火を、なんとか引き継いでいかねばならぬ。ならぬと思う。

いや、それとももう、研究生活を諦めるべきなのか。

anond:20180808191302

はっきり言ってあなた思考原理主義に凝り固まりすぎている。

必要なほど高い権威意識のせいで、物事の良さを柔軟に汲み取ることができない状態にある。

作中の言葉でいえば「ノイズに心の傷を広げられている」ような状態だ。

その「傷」を言語化するならば、

"音楽に対する思いが強いあまり、それを扱う他者を不誠実だと唾棄し、批難して憚らない精神内面化している"という所だ。

作中にあなたとまったく同じ「傷」を抱えている少女は今のところ登場していないが、

それと似たような感じでネガティブで頑固な思いに囚われ、

そしてそれが部員とのやり取りの中で「救い」へと昇華されたストーリーはいくつかある。

そこまで熱心に批判をする気概があるのなら、実際にプレイし読み進めてもらえれば、

必ず響くシナリオを見つけられると思うし、それがあなたの救いにもなるはずだ。

プレイからすると、編成についての批判などはすべて的外れで、

作中の状況や器楽部という部活特殊性理解していないから生まれ意見だと感じる一方で、

納得させる簡潔な文章を書くのは非常に難しいとも感じる。

から何度も言うようだが、批判を続けるのならメインストリー可能範囲で読んでからにしてほしい。

5幕の終盤くらいまでは一気に進めるはずだ。

過去に行われたイベントストーリーなども、当時のメインストリーの進度と同期して登場人物の振る舞いが変る等があり、

合わせて読むことで作品理解の助けになる事が多々ある。

批判のためにそれも見たいということなら、個人的に撮りためたものをアップしようと思うので言ってほしい。

YouTubeを漁れば一部アップされているものもあるが、全部はないと思うので補完が必要だと思う。

先ほど納得させるのは難しいと言ったが、一点だけ説明してみようと思う。

器楽部というのは、吹奏楽部オーケストラ部のような形式張った伝統的な部活常識に囚われない、

楽器を使ってパフォーマンスを行う部であり、定演などもあるが、主な活動の場は学内行事と、地域のお祭やイベント幼稚園での音楽劇だとかになる。

部員には世界レベルの実力をもつ設定の子も数人いるが、あえて初心者とも混じって「楽しむ」ことに主眼を置いた部活をやっている。

まりコンクールなどの高みを目指して切磋琢磨する系の作品とはまったく主旨が異なるという事だ。

そういう音楽との付き合い方を一切否定するというのなら、亜里砂が主役の11幕までプレイしてみることをお勧めする。

似たような思考をもって自分の居場所に疑問を感じていた天才トランペッター少女だ。

2018-08-08

自己嫌悪してる暇が無くなれば自己嫌悪しない

まり自己嫌悪趣味

文学者以外は自己嫌悪なんてするな

みんな幸せに生きたければ自己陶酔せよ

もしくは、自己他者との垣根をなくし、社会と融合せよ

我々は深層意識で繋がっている

安心せよ

2018-08-07

一億円の純資産を手に入れる方法 その24 奴隷状態から脱する

自ら目標を定めるべきこと。

さもないと他者意図に振り回されてしまう。

他者に振り回されたからといって責められるべきはその他者ではない。自分自身なのだ

己が何をやりたいのか、それを自覚できているかどうかが重要である

相手に合わせることが善だなどと考えていては他人にこき使われ続けて人生を終えるぞ。

自分人生自分コントロールするのだという気構えを持つべきこと。

己の目標の設定とは案外簡単ではない。時間という己の命そのものを対価として支払う価値のある行動か否かという問いは、己の目標に沿った行動であるかどうかという問いと同義だ。重い決断といえる。重い決断のためには頭をフル回転させねばならない。これが疲れる。頭を使うくらいなら目の前の誰かの指示に従っていた方がずっと楽である。だから他者支配下に置かれることを望む人が多いのは分かる。自分自身がそうだった。現代において奴隷とは(たとえ直接的にはそう呼ばれなくとも)自らその立場を望んだからこそなるものなのだ

そして当然、奴隷状態のまま豊かに生きることは難しい。この状態を脱することを強く意図することが起点となる。

一億円の純資産を手に入れる方法マリー: 

https://anond.hatelabo.jp/20180504230325

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