「主体性」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 主体性とは

2018-01-23

相手成熟してるのに、性的客体として見ないことはまずムリ

良い文章だったし大体頷けた。

ただ以下の部分の、「性的消費しない」と「相手成熟を認めない」が切り分け可能であり、相手成熟認識しつつ性的に見ないことも可能、という立場は、それは無理っすよと思った。

その中には「ももクロは性の匂いをさせないことがアイデンティティだったのに、それを崩された」という怒りもあるような気がして(さっきの宮台的発想です)

それは「自分が当該アイドル性的客体として扱わない」ことと、「アイドル自身性的主体性肯定しないこと」を混同してるのではないかと思うのです

まあこれはももクロファンに限らず、わりと世に根深蔓延る発想なのかもしれないですが

少女性的に消費しないということと、少女の(女性性を含む)主体としての人格成熟してゆくことを肯定しないことは別の話でしょと

当人は前者をおこなっているつもりで、後者のことをしてる事例が世間には間々有りませんかね?

人格成熟していく、と書いているけれど、人間成熟や成長において人格面だけが成熟し、性的には成熟しないってのはまあ基本あり得ない。

そんで、性的成熟した相手のことを性的にまなざさないし性的対象として見ないし性的消費しないってのは、いやー、ほとんどの人間には無理でしょう。

人間というのが主語が大きいならおのおの納得するレベルに縮めて読んでください)

熟れた果実であっても、その甘い匂い脱臭して、熟れた色もヒーロー戦隊みたいな衣装でくるんで、沢山のフィルターを使ってまだ食べられない青い果実として見せてたから、ファンあんまり口の中に涎が湧かずにすんだけど。

そのフィルター取っ払って食べ頃ですよって見えちゃったら、実際ファン彼女らと親しくなるチャンスはないとしても、勝手に食欲もとい性欲は湧く。

「性欲が湧いてもそれを制御化において表に出さない」=「性的に見てしまうとしても性的扱いはしないし性的消費もしない」ってのは現実的じゃないし。

人間気持ち、とりわけ欲求はそんなにコントローラブルじゃない。


あとももクロの極端な子供っぽさ、幼児ロールプレイって、ファンもそのロールプレイに参加させる部分があると思う。

ももクロ子供っぽく振る舞う。そしてファン自分子供のようにそれを応援する。ちょうど5色の衣装スーパー戦隊応援していた頃のように。そして自分相手も性に目覚めていなかったころのように。

オナニーセックス気持ちいいし、露出度高い女の子見るの好きだし、性欲に駆られたらそれを我慢することって苦痛なんだけど、でも性欲クソ強マンの私みたいな人間にとっても性欲が湧くのって鬱陶しい部分もあるんだよね。

たまには、己の性欲を忘れられるものなら忘れたい。我慢したいのではなく忘れたい。

しかし魅力的な女の子を見ればどうしても性欲が湧いてくる。

そこでももクロの、自分たち子供だし応援してくれてるみんなも子供! という態度が価値を持つ。

お互いに性的に未熟というロールプレイファンを巻き込むことで、一時的にせよファンを性欲から解放する効果がある。

これは、けものフレンズブームの時に、ファンが妙に子供っぽい応援の仕方をしたがった心理も近いとこあったと思う。

ももクロの人気にはその強みがある。

でも成熟した女として振る舞われちゃったら、ファンの方が子供の心で見ることは難しくて性欲にとらわれてしまうし、強みを一個失うことになるんじゃねえかなあ。

まあ性欲に訴えかけられるってのは新たな強みではあるけど。



anond:20180116025753

anond:20180116025753

うかいわゆる世間にはこんなに叩かれるのかわたしの大切が

あと今も活動しているアイドルのこと否定するなら(違和感といいながら完全否定ですよね)切り刻む自覚もっと持ってくれた方が

まあこれはわたし勝手な期待ですね

アイドルとしてのももクロちゃんたちは、大人になりません」

なっていますが…。もう大人へと変化していくのを誰も止められません。そうみているのはそうみたい人たちだけなのでは?

「でもアイドルとしてのももクロって、そういう「女っぽい」部分を徹底して排除しているように見えます

この女として…っていうのがよくわかんないです。成熟した大人になるための葛藤モラトリアム期間なんて男女問わず起こりうるでしょう。

「それは「自分が当該アイドル性的客体として扱わない」ことと、「アイドル自身性的主体性肯定しないこと」を混同してるのではないかと思うのです」

いつか結婚して子供が生まれもももクロでいたいね、というのは、いけないことということですか?

「ずっと変わらないパフォーマンスをしているももクロを見ているのがしんどくなったんですよね」

ずっと変わらないパフォーマンスをしているんですか?彼女たちのパフォーマンス、そんなに変化がわかりにくいでしょうか?

こんなふうに噛み付くと「モノノフきもい、これだからモノノフは」って言い捨てられて終わるんでしょうね

生きづらいです非常に

一括りにされて

わかりやすレッテルを貼られて

馬鹿にされて

馬鹿にされても当たり前というふうに振舞われて

2018-01-18

愚痴でも言わせてくれ

主体性が無い人間なんだ。俺から言わせると皆どこで主体性を拾ってきたのか問い詰めたいぐらいなんだが。あいつどこに売ってた?割と高くても買うべきだから今買えるやつは買っといた方がいい。

ともかく、俺には主体性がなくて、俺はいまだにもっと別な時代に生まれていればと思ってる。機械みたいに働きたい。右から左からから下まで誰かの指示に従えるなんて楽にも程がある。なんて羨ましい。あと自由が嫌いだ。何よりもあいつが嫌いだ。なにせあいつを背負うと責任まで付いてくる。責任を取るのが嫌いだ。だからSF小説やら映画やらで見かける自由なんてこれっぽっちもない管理世界が羨ましくてたまらない。指示に従いノルマを達成し変動の無い支給品と配給された必要最低限の飯。最高だ。

そんな世界で生きてなんの意味が、とか唱える奴らがそういった世界反旗を翻し自由を勝ち取るんだろうなぁ、主人公さすが。

俺的には自由なんて押し付けられても困る。自分の力で生きないといけないなんて大変な労力だ。普通に。疲れる。

じゃあさっさと死んでしまえば、とか言うかもしれないが、残念な事に生きてるだけで責任がある。というか、死ぬことは酷く他人迷惑をかける。ひとに迷惑をかけてはいけない。だから死ねない。でも正直日本安楽死合法出たら死んでるかも。

人生死ぬまでの暇つぶしだ、なんてどっかで見たけど全肯定すぎる。全く疲れる。繁殖行動だけを行い弱肉強食で淘汰される野生動物に生まれたかった。というか転生とかあったらマジで勘弁してほしい。次は要らないから今5000兆円口座に振り込んでくれ。

2018-01-16

ももクロへの違和感というか

今日は久しぶりに感情を動かされました

ももクロ有安杏果卒業の件

私は彼女と同世代アイドルファンで、ミライボウルぐらい?の時に彼女らを知った覚えがある

当時はSKEスマイレージももクロか、みたいな時代だったので私も満遍なく追っていて、ももクロちゃんにも好感を持っていました

よくカラオケで歌ったりリリイベに行ったりという思い出

「Z」になった辺りからファンも増え、露出も増えだして、あれよあれよと言う間にトップアイドルに登り詰めたのに反して、私の中では違和感がどんどん大きくなっていきました

それであんまりいかけなくなっちゃったんです

最初自分でもあんまり理由はわかってなくて、まぁ楽曲の好みなのかなあとか思ってたのですが

歳を重ねるにつれてその違和感は徐々にはっきりしてきて、20代前半になった今、ようやく掴めてきたような気が

アイドルとしてのももクロちゃんたちは、大人になりません

スタッフの手によって、あたかも「昭和ギャグ漫画にでてくる、歳をとらない女の子」のように演出されてきたように見えます

いつでも明るくふざけたトークギャグアニメみたいな面白衣装元気一杯パフォーマンス

彼女たちはそれを笑顔でこなしていました

わかりやすキャラクター化された姿は、見る者に対しても、「彼女たちをそういうキャラとして扱っていいんだ」と思わせます

でも現実メンバーは生身の女性であって、歳を重ね、成熟していきます

いつかその齟齬には限界がきます そんなことは誰が見ても明白です

それは織り込み済みのプロレスなんだよとか、その限界突破しようと頑張ってるももクロちゃんはかっこいいんだよと言われるかもしれませんが

私にとって、それを見続けるのはしんどかった

なんというか、私も同年代の女として、彼女たちがアイドルとして過ごしている期間、「普通女の子」として生活してきました

彼女らと違って何も成し遂げてはいませんが、人生や夢や社会のクソさについて友人と語り合ったり、似合うファッション模索したり、何人かに恋をしたり・されたり、男性目線不条理言動に傷ついたり、反発したり、自分女性性に疑念を持ったり、憎んだり、肯定したり、

この期間は女としての自分に向き合う時間性的主体性を獲得する時間だったなと思います

そしてそんな中で、女としてどういう風に生きていくかとか、何を楽しんでどんな風に生きたいかとか、ちょっと見えてきたように思います

なんかこういう、10代後半〜20代前半の自分にとって一番大切だったステップというか、時間はきっとわりと普遍的ものなのかな

女友達とそういう話をするのも私は大好きです

でもアイドルとしてのももクロって、そういう「女っぽい」部分を徹底して排除しているように見えます

宮台真司か誰かが「AKBから生理匂いがするけどももクロからはしないのが良い」とか言ってた気がしますが(最悪発言すぎる)

そうは言っても彼氏くらいいるだろ的な、つまりそれが欺瞞だってことが言いたいわけじゃなくて、

私が違和感を感じるのはそれを演出するスタッフ側、受け入れるファン側の視点です

まず性的アイコンみたいなもの絶対に見せない、そうなんですよね

過激な言い方になるんですけど、ももクロってAKB乃木坂を筆頭とする、ストレートな疑似恋愛を売りにするようなアイドルカウンターカルチャーである割に、むしろその手のアイドルよりも強く"処女性"みたいなのを求められてることないですか

しかもこれはAKBメンバーに対する純潔の要請とは異なります

AKB場合、「自分だけの性的客体でいて欲しい」、そして「自分以外に性的主体性を発揮しないで欲しい」となるのはわかります

でもこの理屈は、疑似恋愛を主な売りにしていないももクロには当てはまりません

例えば彼女らは水着仕事しません

まあ無理やり脱がされるよりずっといいのは間違いないんですけど

なんだろうなー、

そんな彼女らを応援するファン一定層には「水着が見たくて応援しているわけじゃない」「彼女らを性的消費の対象にしていない」と自負するような傾向があるように見受けられます(観察した範囲では)

でも一方で、メンバースキャンダルが撮られたらものすごい拒否感を示すと思う(妹分であるエビ中スキャンダルの時に驚きました)

疑似恋愛対象にしてたわけじゃない、性的対象として処女性を求めるわけじゃないっていうのになんでだろうと

その中には「ももクロは性の匂いをさせないことがアイデンティティだったのに、それを崩された」という怒りもあるような気がして(さっきの宮台的発想です)

それは「自分が当該アイドル性的客体として扱わない」ことと、「アイドル自身性的主体性肯定しないこと」を混同してるのではないかと思うのです

まあこれはももクロファンに限らず、わりと世に根深蔓延る発想なのかもしれないですが

少女性的に消費しないということと、少女の(女性性を含む)主体としての人格成熟してゆくことを肯定しないことは別の話でしょと

当人は前者をおこなっているつもりで、後者のことをしてる事例が世間には間々有りませんかね?

ももクロ運営がやってることってその最たるものな気がするんですよね

それがウケることを知って、売るために故意にやってるのかもしれませんが

で、なにに違和感を感じたかという話に戻すとですね

世代として生きる自分にとって一番大切で興味がある部分を見せてくれない、それどころか否定されてるところが、魅力的に思えなかったのです

(あ、ちなみに女性としての成熟過程アイドルとして見せることと、表立った恋愛禁止の建前は両立すると思います

なんていうかなぁ、幼く性的主体性を持たない(ように見える)「少女」の姿と、成熟した「女性」の姿はスイッチで切り替わるものではなく

連続性のあるものだと思います

わたしはその過程を美しく尊いと思うし 自分にとっても大切だった

それを否定されるのを見るのは辛い

そして、これは余計なお世話かもですが

そんな大切なことを隠し、時に否定されながら、「少女」像をたくさんの人の前で演じ続けるってしんどくないかなって思うんですよ

私だったら絶対やりたくないなあって

個人的に、同性アイドル推し続ける理由は、その子たちにめちゃくちゃ憧れて、なりたいとすら思うからであって

ももクロはそういう意味で対極にいたんです

でも、ももクロはそういう姿だからこそみんなにパワーを与えてるのだろうし

その役目を真剣果たしてメンバーは本当に頑張っていて、めちゃめちゃすごいんですよ ほんとに

それはわかってるんだけど

まぁわたしがどんどん変わっていく中で

ずっと変わらないパフォーマンスをしているももクロを見ているのがしんどくなったんですよね

この点に目を瞑る限り、ももクロ永遠なんかあり得ないし

それを体感しながら応援するなんて残酷なことできないなあと

おもったんですよね

そしたら有安があんなこというから

勝手にあーと思っちゃった

こんなの全部わたし気持ち問題しかないし

彼女らはそんなこと歯牙にもかけてないのかもですが

とりとめなくなってしまった

ももかにはこれからもずっとずっと楽しい人生送ってほしいです

(疑似恋愛か否かのくだりはちょっと図式的な見方をしすぎてすみません、疑似恋愛してないけどAKBとかも好きです)

2018-01-01

若手社会人なので主体性を持てだの自分ごとにしろだの言われることが多いが、もし主体性を持ってやりたいことを追求するならこんな職場家族も捨てて結婚もせず風俗三昧になる気がするんだよなあ

2017-12-31

年越しっぽいこと今からしようぜ

どうせお前ら今年も引きこもってちまちまFGO特番感想でも語り合って年越して終わりなんだろ?

つまんねーなー

どうせ適当youtuber配信でも見るつもりなんだろ?

あほくせー

狐娘おじさんがやってるなら見るけど他はどうでもいいわー

どうせ適当ゲーマー適当な対戦配信見るんだろ?

自分でやれよー

年の瀬にメンコ遊びでもしてろよー

まり俺が言いたいのはよ~

お前らがお前らとして年を越せってことなんだよ

主体性ってやつよ

たとえばよー除夜の鐘に合わせてチンコこすって108でちょうど射精するとかよー

俺は去年やったぜ?

30回ぐらいで出て立て直してる間に除夜の鐘終わって虚しかったわー

2017-12-24

三十路過ぎのこぎたないオッサン初恋が終わって一年が経ちました

聡明でかわいらしい、素敵な彼女だった。

酔狂にも俺というオッサンを選ぶくらい、独特の価値観を持つ女性だった。

おまけに脳内存在ではなく、実在しているときた。二次元相手にすら恋愛という感情を覚えることができないままぶくぶくと肥ったオッサンには過ぎた幸福であった。

三十路半ばに降って湧いたように訪れた初恋一年と少しで消えていった。

仲違いではないし、ケンカをしようといっていたけれど、それも楽しみにしていたけれど、結局できないまま終わっていった。

わかっていたことだが、未来よりも過去が強く、彼女は聡明でやさしく、俺は弱かった。

「いつか、彼女が俺に愛想を尽かすだろう」と、非モテオタクらしくビクビクした卑怯惰弱予防線をはりめぐらせ、それでも卑屈にならぬようにつとめて一年を過ごした。

それは思い返しても幸福で濃密な一年で、一人で過ごしたこ一年はただネトゲソシャゲの数値を漫然と増やすのと同じ時間であることがにわかには信じられないほどであった。

我々は遠距離であったから、一年の間にともに過ごしたのは実質3週間かそこらといったところではなかろうか。

俺は身に余る幸福を、軽々に疑うことなく、その一瞬をひとつづつ大切に味わい、決して忘れないようにしようと思ったのだ。いつか失われるものだと予感していたから。

別れを告げられる前の、楽しそうだった最後デートで時折見せた憂いの表情で確信にかわった。

もちろん決裂を回避すべく、さまざまな方策が取られた。しかし、竹ヤリで飛行機は落ちない。俺にできることはこの先のお互いの平穏を用意することしかなかった。

万全の心の準備があった。

傷付かずにいられると思った。

やせ我慢などではなく、こんな甲斐性も主体性もない男に生まれてきたことを感謝させてくれてありがとうな。なんて思っていた。

愛想をつかされたわけではない、しかし、どうしても避けられぬ別れを。一緒になるには俺が俺であること自体障壁になる理由を、来るべき三行半をLINEでしぼりだすように送られたとき

ここからの余生が決定された。

このハッピーにもほどがある一年を思い返し、少しずつキャラメルなめるように溶かしながら生きていくのだ。

それはそれで悪くないと、口を半開きにして漫然と生きてきた自分には身に余る幸福なのだと本気で思った。

恋をしたことがないオッサンは、恋に免疫はなかった。ぶっちゃけ甘く見ていた、ひどくナメていた。今自分にとりついている無情感、寂寥感、つかれ、首の凝り、残尿感、就寝後喉から込み上げてくる胃液で灼ける喉、そういったもの一時的な症状で、一年もたたないうちに治るのだと。

そうしたら、突然推し自分ちの台所で白米を炊き始めたのを目撃した女子のごとき切ない声をあげてうずくまるようなこともなくなるだろうと軽く考えていた。

これは失われゆくとき効果を発揮し、一生をかけて宿主を食らう猛毒の類であることに。オッサンはようやく最近気づかされてしまった。

余生のはじまりであったこ一年は短いが、人生支配するには十分な期間だった。

一年には四季があった、ふたりでいろんな話をしながら、様々なところにでかけた。おそらく、ほかのつがいたちがそうするように。我々もさんざんそうした。行こうと約束したきりの場所が、いくつもあった。

から、いろんなところに手がかりを残してしまった。

ひょんなところで、どうしても、少しのきっかけで思い出してしまう。

つきあっている間からちょっとした瞬間にこねくりまわしていた甘い思い出たちが、刃を剥いてオッサンのやわらけえ心をズッタズタに切り裂いていくのだ。

お揃いで買ったボールペンを筆箱から取り出したとき。町中でてんぷらそばの香りが漂ってきたとき。美しい紅葉を見たときバスの中が閑散としていたときTwitterネタ画像を貼ろうとしてカメラロールをたぐったときカップル用の写真置き場として導入したアプリに「もう別れた」と告げることもできないままだったから「つきあって2年目ですおめでとう」という通知が臆面もなく画面に現れたときテレビサメがでてきたとき花火の音を聞いたときモネの絵を見たとき映像の世紀テーマソングが流れたとき。海。いきつけの居酒屋。空が透き通るように青かったときふたりで行こうと話していたその場所への旅行記。机の引き出し。

容赦なくそれらにまつわる我々のイベント一枚絵がフラッシュバックしていく。

思い出がたのしかったほどに、もはやそれらが二度と訪れないことを突きつけていく。無能怠惰だった自分を上っ面だけなじって、甘い記憶の反芻にくたびれる。

そして文字通りくたびれたオッサンは何度目か忘れた記憶の反芻の果てに、ふと気づいてしまう。

記憶は軽く、少しずつ改竄され、曖昧になっていっている。

たった一年だ。

たった一年でも、強い記憶でも、そのすべてをわすれないように目に、鼻に、耳に、手がかりをのこして脳の一番とりだしやすい引き出しにこうしてしまいこんだつもりでも。

どうしたって、あせていくのだ。あせていく割に、思い出したときダメージは軽くなりはしない。ただうすくらがりの割合が増していき重くなっていく。

忘れたもの自分にとってどうでもいいものだったのか。

なんて意味のない自問をして、やめて、また自問して、夜が明ける。

どうすればこの変質を止めることができるのか。

高校生のうちになやんで置くべき事をいまさらやりはじめているから、だれもその無意味思索を止められない。

写真を眺めても、LINEのやりとりをさかのぼっても

俺の印象に沿って変質した思い出を、きっと刻み込んだ瞬間から変質しつづけているその代替品を、いつまで、いつまで舐め続けることができるのか。俺が改竄したのは、いったいどの部分か。彼女の行動か、表情か、懊悩か、それらを突きつけられまいと先手をとって口先で蓋をしていった愚かで卑しい自分の行動か。

傷つけるかもと言おうとして言えなかったうわっつらの言葉か。

変えられなかった自分怠惰か。

いや、それに妥協する自分を、自己愛自覚していますみたいなメタい達観視点で、別の自分を用意したあげくのいぎたないマウントをキメる惰弱自分への嫌悪感だ。

こんなものが、二度とこない、見ることのできない美しい追憶邪魔をする。

しかしこんなものがなければ俺はきっと、こんなこともわかりはしなかった。

ひとりの脆弱なオッサン過去に食い尽くされるより、

きっと、未来朽ち果てる方が早いんだろう。

冒頭で「フラれたときに、余生を決定した」と言った。

本当は、もっとからずっと余生だと思っていたのだ。

20代のはじめに自分というハードウェア脆弱性愕然とした自分は、ここより余生という看板を高々とかがげ、レールにトロッコを設置してゆっくりと坂を下りはじめた。山にぶつかるまでが人生だと割り切ってみると、けっこう空は綺麗だったし、白米は噛むと甘かった。

本当にしあわせだった、大事にしたかった。

思い出じゃなくて、君と君と一緒にいる自分自身を。

なんて、ありあわせの後悔を口に出せば、どうしたって、安っぽくなる。

感謝言葉を書き連ねたいが、それここでやるにはあまりにも浅ましすぎる。

誰の目にもつかず埋もれるか、「貴様の贅沢な懊悩など見る価値ないわ」と吐き捨てるように扱われたいだけなのに。

そうでもされないとやっぱりやってられないくらいにただひたすらに、いまだに、恋しさだけが、こびりついていく。

こんな寒い日に、さびれた地方都市ビジネスホテルで、小さなシュトーレンを分けて食べた。

あの日彼女が着ていた服をもう、思い出せない。






みんな! 現実には存在しないキモオッサン気持ちになって書いたキモポエムをここまでよんでくれてありがとうな! 愛してるぜ!

2017-12-21

anond:20171221124438

根拠については、最初の方にちゃんと書いてあるよ。女性社会進出が進むにつれて自信のある女が増えることによって、女から男にアプローチやすくなると。男が童貞を捨てるには、今後は女の主体性に任せてみるのも一つの手段であるということ。最も、そんな芸当ができるのは美男子イケメンだけだけど。

>男の一部が積極性放棄して恋愛ゲームに参加しなくなったとしたら残りの男が女を食い散らかしていくのでは?

そうはならない。女性社会進出が進むと、女の発言力が増えて、社会における男自身自由度が低下していく(まさに現在進行形で、その社会の変革が進んでいるのが今)。となると、その残りの男も主体的恋愛を進めていることが、困難になっていく。それと並行して、男性の草食化が加速的に進行するので、恋愛は女が主体的に進めなければどうにもならなくなる。

男が攻めで、女が受けが恋愛規範である、という価値観は今までの日本が男社会から成立していただけ。男が積極性放棄した以上は、女がその役割を担わなければならないということ。そうしないと、非婚化や少子化はどうにもならなくなる。その意味では、男は女に対して女性社会進出容認する代わりに、無制限積極性要求することができる。

anond:20171221013439

大切なことを忘れているんじゃない? 何で男から女にアプローチすることが大前提になっているのだろう。

から男に告白プロポーズして、恋愛結婚に至るカップル存在無視している。

そのこと自体が、男社会の発想そのもの。女の主体性拒否している。

もちろん、女からアプローチされるのは美男子イケメンから普通以下のブ男には関係ないけどさ。

2017-12-17

容姿コンプレックスがひどい

見た目が悪いと生きてる価値ないみたいに昔から思っていて、呪いのようにそれが解けない。

実際見た目を整えるようになったら心も昔より整ったと思う。

昔より自信がついたし、性格も明るくなった。

でも結局心の容姿がまだブスのまんまだから容姿コンプレックスは治らないしちょっとたことで自信がなくなる。

どうしたら主体性を持って堂々と生きられるんだろう。

もう死んでしまいたい。

[追記]

多分客観的に見て今のわたしは悪くない容姿だと思う。

努力して(整形はしてない)昔より容姿が良くなったと自分でも思えた時があった。

容姿が良くなれば好きな人にも好かれたり、堂々と生きられる気がしてた。

でも容姿が前より良くなって、容姿を褒められるようになったらますます自信がなくなってしまった。

中途半端からいけないのかな。

わたし自身自分容姿は相変わらずブスにしか見えない。ようやく人と目を合わせて話せても許されるかもしれないと思えるレベル

好きな人には好かれないか、せいぜいよくて都合のいい女扱いされて人格否定される。

上手く言えないんだけど。ごめんなさい

B型の男

わたしB型の男が好きらしい。

血液型占いなんて信じてないけれど、さすがに自分でも驚いたのが今年知り合ってわたしが仲良くなった男性が全員B型だったことだ。

元々わたしに近しい男性B型で、今年仲良くなった男性B型で、しかも全員牡羊座山羊座だと気づいた時は背筋がゾワっとした。気持ち悪い。

もちろん全員性格も違う。

でも全員に共通することがある。とてつもなくマイペースだということだ。自分のやりたいことしかやらない。興味がないと明らかに興味が薄い態度をとる。

それはわたしに対してもそうだ。

そういえばわたしの父もB型だ。初恋の先輩もB型だった。

かつて付き合った恋人わたしから別れを告げたのは全員B型以外だった。

こんなことってあるんだろうか。

念のため書いておくが、知り合った時には全員血液型なんて全く知らなかった。だいぶん仲良くなってから話の流れで聞いたら知った次第である

B型の男は頑固でマイペースで好きなもの子供みたいに夢中になって、わたしを振り回す。本当に愛おしい。

これだけ何十年もB型の男にばかり惚れてきたのに、未だにB型の男を攻略できない。

いや、本当はわかっているんだ。あいつらは強い個性主体性を持って自分を振り回してくる女が好きなのだ

わたしが惚れないで強気勝手気儘に振り回している間、あいつらは嬉しそうにわたしのことを見つめる。

から惚れた弱みで従順な犬になってしまわたしは毎回振り回されて飽きられる。

自走式彼女でい続けたいのに、惚れると自走が止まるから攻略できない。

早く好きじゃなくなりたい。

2017-12-16

anond:20171215220012

貴方のような女性現代社会では珍しくありません。

しろ日本では男性に付き従うような従順さを求められていた人達ばかりです。だから昨今では主体性のある女性生き方が声高に叫ばれるのですがそういう流れとは逆行しているとも捉えられますね。

勿論、経済力のある男性寄生する生き方は楽です。思考放棄にも繋がりかねないので。

しかし、ある種の自己陶酔にまで及んでしまうとなかなか自身省みるのは難しいでしょう。

リードする女性リードされる事に文句を言わずサポートに徹する女性、どちらも誤りではない生き方です。

個性尊重できる相手と出逢えたのならそれは幸運なのだと思います。ただ、一つだけ言えるのはこれだけは遵守するという自分なりの規範を持つ事です。

anond:20171216022859

夫の言動モラハラに近いというか、自分が常に夫の顔色を窺って生活していることに気づいた事がきっかけでした。

わたしも働いているので経済的には自立できるのに、1人になるのが怖くて離婚という選択肢から目を背けていました。

離婚して一生1人でも生きていけるようになるためには、主体性を身につけなければならないと思ったのでした。

増田さんのように腹をくくりきれませんでした。

anond:20171216022014

私は、他人の願いを叶えることに喜びを見出す自分のことを、等身大自分だと思いました。

何かきっかけがあってお変わりになったのでしょうか。

それとも、段々主体性に目覚めましたか

増田さんがご自身のことを、ご自身で好きになることができますように。

anond:20171216020433

それは穴のあいバケツにひたすら水を注ぐようでとてもつらくわたしには感じます

わたし主体性がなく依存心の強いタイプ人間で、人から求められることで自尊感情を満たしていましたので。

今は主体性を身につけるように心がけていますが、なかなか難しいです。

なにせ相手の顔色を伺うことが自分のことより優先度高いものですから

わたしはすぐ相手を好きになってしまうんです。

増田さんが傷つかないことを祈ります

ごめんねをありがとうに変えるみたいに

友達から驚愕されるくらいネガティブ妄想力が半端なくて自分でも辟易してる。

起きているか定かではない事柄を思いついては不安かられる妄想力、ほんといらない。

言葉を発する時は「ごめんね」じゃなくて「ありがとう」って言うようにポジ変換を意識的にするようにしてる。

それと同じように妄想ポジティブに変換できりゃ毎日脳内お花畑になれると思うんだけど、これがなかなか難しい。

主体性自尊感情がないから、他人から嫌われる妄想ばかり思い浮かぶのだろうか。

ほんと無駄なことにリソース使ってるなあと悲しくなってくる。

2017-12-15

都合のいい女です

こんばんは、当方都合のいい女です。

かに要求されれば都合よく動きます

自分のしたいことはとくにありません、強いて言うなら誰かの願いを叶えてあげること。

こんな生き様否定する人間もいる。

自分意志は?とか主体性は?とか。

それがないから、自分を使って欲しくて生きている。

ダルちゃん というウェブ漫画が物議を醸しましたが、あれは意志があるのに気づかないふりをしている女であり、人間らしく意志を持って生きることを望む女であり、都合よく使われることを望む我々のような人種とは違います

主体性をどこかに置いてきた、他人のために生きたい人間というのは存在するのです。

結婚できずに悲しんでいる男性と一緒になってあげたいし、バイト急募張り紙を見たらすぐに応募したくなるんです。

私でよければ提供してあげたいし、力になりたい。誰かのために生きていたい。

そんな人間存在も認めてもらえますように。

2017-12-09

私が受けていたのは「教育」ではなく「篩落とし」だった。

と、35年の半生を振り返って思う。

35歳。氷河期世代の一番下位の世代だろうか。

私がまだ中学生だった頃、数歳上の人達就活情況があまりにも悲惨で、教師をはじめとする大人達が焦り始めていた。でも彼らは焦るだけでどうしたらいいのか分かっていなかった。

とにかく私達子供シビア社会を生き抜ける強い人材に育てようと大人達が暗中模索し始めた。そんな学生時代だったと思う。私達はほとんどモルモットだった。

思うんだけど、それまで大人達はまともに子供教育する意識がなく、子供達の数の多さに甘えてるか圧倒されて何もして来なかったのではないだろうか?

え?私よりも歳上の、氷河期世代の一番歳上の世代以前から苛烈詰め込み教育とか教育ママとかそういう問題はあっただろう?って。

かにそうやって子供猿回し的に追い込んで追い詰める風潮はあったけどそれは本当に教育と呼べるものだったのだろうか。

大人達は子供達に色々強いてはいたけれど、子供達の人口があまりにも多かったので、脱落者も多かったがしばいてもしばいても必ず少数(これがかなり多いんがが)は立ち上がり着いて来るから自分達のやり方が適正かどうか振り返って来なかったのでは。

その歪みが、急激に人口の減る私の世代を襲った。

私が子供の頃、大人達はそれ以前の調子子供達をしばき上げ、着いて来れた者だけを優遇するような事を普通にやっていた。

教室で行われていたのは「教育」というよりは「篩落とし」だ。成績の悪い子供には落ちこぼれレッテルを貼って非難するだけ非難して、あとはほっぽっておいた。

上の世代の子供達はそれでもよかった(いやよくない)。何故ならすごく数が多かったから、優秀な生徒も数はいるし、落ちこぼれ落ちこぼれで数の暴力大人達に反抗しまくっていたから。

私の世代は数が少ないので、簡単大人達に制圧されてしまっていた。

上の世代が滅茶苦茶荒れまくっていたところから急に大人しい子供達になった(単に人数が少ないだけである)から大人達はちょっと調子に乗っていた部分があるんじゃないかと私は思う。

何を言っても従順に言うことを聞くからって、大人達は私達にいろいろやり過ぎた。それなのに私達は主体性が無いだの自分が無いだの目が死んでいるだのと謗られながら大きくなった。

全部自己責任って言われて来たけれど今思えばそれは違う。大人が過干渉だったせいだ。

子供の数が少ないのを言い訳に、児童会を形骸化したり地域の子供達主導でやって来た活動大人が手を出すようになったり、そんな事もあったな。

私達の目標となるすぐ上の先輩達は、私達を前に戸惑い、大人達と後輩の間で板挟み状態だった。彼ら自身過酷しごきを耐えて来ていたのに、後輩は部活に1人とか二人とか、そんな極少数しかいない訳で、そんな貴重な後輩を逃したら顧問から怒られるし部が自分の次の代で潰れたら先輩達に顔が立たないので、とても困っていた。

それでどうしたらいいのかわからないので、それまで後輩に押し付けていた雑用を全部自分等で引き受けておいてあとはほっといた。後輩がちんたら遊んでても居るだけマシだと無視をする。言いたい事は山程あるけれど、数の暴力の弱いもの虐めになるのを恐れて何も言わない。でも優しかったし親切だった。

私達が見てきたのは先輩方のそんな背中だ。

そういう風に育った子供達が、下の面倒を見るべき年頃になった。これが問題を起こさない筈はないと私は思っている。

ところで話は変わるんだけど進撃の巨人を読んだ。ウトガルド城~トロスト区奪還戦の辺り。主人公世代目標になるべきすぐ上の世代兵士がどんどん死んでいく。特にナナバとゲルガーが死ぬ辺りが刺さった。新兵なんか軍隊においては基本使い捨て要員なのだろうがそれを守って死んでいくナナバ達に自分の先輩方の姿を重ねてしまう。さすがアラサーの書いた漫画だなあと思った。

2017-12-05

やがて本当のスペシャリスト日本からは居なくなり



もう既に語り尽くされた件だけれど、ニュースなどを観て改めて感じる。

いわゆる文化系の、学生時代には学業よりも部活動などで主体性の謎アピールして

大企業採用されたような、ゼネラリスト。このような人たちが日本中央省庁

自治体大企業支配してしまったために、意思決定権限を持つ者には現場感覚

が皆無となり、実作業現場には本当のスペシャリストと、偽物のスペシャリスト

が同居するようになり、まるで封建社会のように、階層社会になってしまった。

やがて本当のスペシャリスト日本からは居なくなり、ゼネラリストが耳障りの良

言葉だけを生産する偽物のスペシャリスト支配し続け、国として沈んで逝くの

だろう。

2017-11-29

大人げない実写映画

マンガ実写映画になると炎上する問題

いや、まぁ、二十歳前までは拘りが強くて、物事に対してこれはこうでなければいけないというような考えをもつことはあったから、(ネトウヨみたなもんだろう)

から若い人が苦情を言う気持ちはわかるけど、アラサーとかそれ以上の人らがなんか、炎上させてるのをみてしまうと大人げないなとしか思えなくて。

なんかもうネット上では制作者に対するというか、それ以前に他人に対するマナーのなさとか、まぁいつものことなんだけど、

みんなどうして大人にならないんだ。ってそういう事ばっかり思ってしまうんだよね。

なんか普通に映画を楽しもうとか、楽しみにしてる人がいてさ、まわりで、非難ばっかりしてたら、

まぁね、周りの意見なんか関係ないしって感じで主体性持って楽しむ人が多数ってんならいいんだけど、なんか子供の頃って周りの反応器になるじゃん、まぁこれも子供によるので一概には言えないんだけど。

なんかこう、責任転嫁ばっかりしてるかんじくだらないなぁって、お前らが作れよとしか思わない。

まぁ大人になったらさ、実写映画化とかって普通に楽しめばいいと思うけどね、

俺は好きだよ、逆境ナインとか。

ジョジョハガレンも楽しめると思うけどね。

まぁつまんなかったら、つまんねーよっていってやればいいんだけど。他人に対するマナーは最低限守ろうな、そしてそういうのを子供に示しておしえてあげるべきだろう。

何かな、やっぱり年をとっても子供のころの考え方ってそのままになってしま大人って、やっぱりどっかで教育、訓練されてないってことなんかねぇ。

2017-11-20

anond:20171120221824

アメリカに従って日本が参戦するぐらい日本主体性が無いなら、軍拡関係無いだろ。

anond:20171120194056

貴方タイプはcabca です。

やってみたけど今市ピンとこない。

自分性格がよくわからない。

助けて欲しい。

 

例えば

普段から人に優しくしますか?

質問があったとする。

 

表面的には真面目に振る舞おうと、優しい風に装っているけど、

内心はドロドロの悪態をついていたり、すごく性格悪いとき

質問YESと答えるべきかNOと答えるべきか分からない。

自分の行動と内心が違うことがとても多い。

本当はわがまま言いたいけど、

それをきっかけにどんな問題が起きるのかよく理解している。

から現実的方法を取る、その場にあった行動を取るけど、

から優しいわけじゃないし、咄嗟には優しくできない。

頭で考えて優しくしてるだけで、本心が優しいわけじゃない。

こういうのはどこまでが性格で、

どこからが打算的行動なのか分からない。

いつも自分の心と頭が出す答えが違うたびに、

よりよい行動を選択する。

本当のことを言いそうになっても、

傷つくから頭で考えて言わない。

酷いことを考えても相手の喜ぶ答えを言う。

それが正しいと思っているし疑いはないが、

心はそうは思っていない。

 

からはお前はジキルとハイドだと言われた。

大人しいときは素直で良い子だが

感情的になると真逆のことを言いだすと。

自分の心がどうしようもなく汚いのに気づいて、

表に見せないように隠すことができるようになって、

関係性は良くなって大人になれたと感じた。

 

でも未だに思うのは産まれつき心が綺麗な人間で生まれてきたかった。

どれだけ勉強して色んな人と関わっても、どうしても心だけは変れなかった。

それでも足りないと知ってもいつまでも変らない心が残るままで、

思考記憶は大きく成長しても心だけはあの時の自分と同じままだった。

この先もきっとずっと同じ心のままで、自分だけは綺麗な心の人たちと一緒に素直に笑いあえず、

自分だけ愛想笑いを続ける光景を考えると、もうこの辺りで自分人生が終わっても悔いはないと考える。

心だけはどれだけ頑張っても変えることができなかった。

いつも自分直感に疑問を抱き続けている。

嘘だ、違うかもしれない、本当にそうか。

素直に信じられない。

何がその場で正しい答えなのかを選び続ける。

自分が何が楽しいのかを思い出すのも難しくなってきた。

自分の汚い心に任せると破滅しかない。

あの時、死んでいれば今みたいな現実にたどり着かずに、

綺麗な未来を思い描いたままいなくなることができたかもしれない。

たどり着いた先が自分から逃げ出せないゴミ置き場なんて、

あの時、少しも予想はしていなかった。

今は他の未来想像すらできない。

後悔もできない。

なぜ心が綺麗に産まれてこなかったのか、

それとも疑問に思わずに生きれるだけの無関心さがあれば変な理想固執させなくてよかったのに。

 

劣等感の強い人間だと言う事はハッキリわかる。

善人ではなく悪人に入るというのもきっとそうだ。

主体性がないということも当たっている。

やりたかたことで、何かしたところで1つとして身になったものはなかった。

辛い。

夢に向かって進むこともなければ日々適当に過ごしている。

いつか死ぬと思っているせいで積み重ねることができない。

何も守るものがない。

守るものを造る必要すらないと思っている。

間違えていると思うが、何が何に対して間違えているのか答えられない。

理解も納得もできないから留まるしかない。

2017-11-17

こんなつまらない飲み会があるかよ

飲み会に来たんだったら主体性を持てよ

話題提供もなく、みんなが笑える話題でもなく

それでいいと思ってるやつ多すぎ

一緒に時間を共にした相手を楽しませようと思う気持ちを持たないのがやばい

ここまで書いておっさんぽいと自分でも書いて思ったが女です

飲み直したい

金曜がこんなクソみたいな時間の過ごし方になって辛い

2017-11-14

主体性のある人と話すのは楽しい

例えばご飯はなにが食べたいとか、自分は何をしたいとか、主体性があってそれをきちんと言葉に出したら行動に積極的に移せる人といるのは楽しいね。でも大抵の人ってそこまで明確なものがない。ランチに行く時も「何か食べたいものある?」→「何でもいい。」←こういう人は自分としては残念。もちろん自分の食べたいものは決まっている。でも相手配慮して希望を聞いているけど、そういう答えだとつまらんなぁ。だからパートナーを作る時もそういう主体性がない人とは難しいな。やっぱり主体性を求めるなら欧米とかの人がいいのかな。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん