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はてなキーワード: リクルート事件とは

2020-11-24

anond:20201124205138

お父さんの時代リクルート事件ときの「秘書がやりました」会見と重ねてVTR作ればインパクトあるぞ。きっと。

2020-11-21

anond:20201121182621

リクルート事件の時に潰しとくべきだった。社会の悪。好きな人ひとりもいないでしょあの会社

2020-11-18

anond:20201118232158

リクルート事件で懲りたかと思ったら内定辞退率で炎上したりファイナンシャルプランナー資格ないのにあるって嘘ついてビジネスしたりしてたからな。あいつらはヤクザみたいなもんよ。

2020-11-14

リクルートのお偉いさんからメッセージ

(略)

では、そうした現地点に立つ我々は、”未来リクルート創り”をどう行っていくべきか。成長の原動力であるボトムアップ文化”を残しつつ、社会的責任を果たせる”ガバナンス力”も同時に身につける。いわば、DNA風土のものアップデートタイミングが今なのだ、と思っています

(中略)

とはいえ、”ボトムアップ文化”と”ガバナンス力”の両立は、相反することも多いと僕自身感じていますし、今後の皆さんの日常仕事の進め方や考え方にも影響する事です。ややもすると、どちらかに振れて、対立的な状況を生むこともあるかもしれません。でも、それらを乗り越えて、DNA風土アップデートしていくこと。これが、今僕らがやるべき”未来リクルート創り”なのだと思っています

(略)

どうやらリクルート自分達のガバナンス不足に関してボトムアップ文化であることが原因であると思いたいようである。これは数々の不祥事は下が勝手にやったこである上層部が思っていることの裏返しであると考えられる。ボトムアップ文化だろうがトップダウン文化であろうがガバナンスコンプライアンスはまた別の話であるにも関わらず、ボトムアップ文化ガバナンストレードオフであるトップが考えているのは異常だ。彼らはリクルート事件から何も学ばず、今日詐欺まがいの行為倫理の欠けたビジネスを続けている。パワハラセクハラ日常のように起きているが人事や上層部に握りつぶされるという報告も多々ある。

2020-06-29

anond:20200628072917

小選挙区より中選挙区制のほうがマシ」みたいなブコメありましたけど、当時の野党からすると基本的に党勢を拡大するのが難しい制度なんですよね。

言及先の地方議員さんが書いた通り、中選挙区ではひとつ選挙区から同じ政党候補者複数人出馬するんですけど、有権者候補者の一人にしか投票できないので

同じ政党候補者共倒れするリスクは常にあります。今もそうですけど当時の野党自民党に比べて相対的リソースが少ないため、候補者複数人出馬させると自民党より

共倒れリスクが高くなります。したがって野党選挙区出馬する候補者数を絞る方向にインセンティブが働きます候補者数を絞れば当然当選する人も少ないので票も掘り起こせず

党勢も余り拡大していきません。政権交代なんて夢のまた夢というわけです。

リクルート事件が起きたとき汚職の原因は同じ政党がずっと与党の座にいて権力と結びついているからなのでは?という意見がありました。そこで与野党から政権交代可能選挙制度

に変更しようという動きが出てきます言及先では金権政治の打破が政治改革目的に挙げられていて、もちろんそれも目的の一つではあるんですが政権交代可能にするため

というのもまた大きな目的だったんですよ。

2020-06-28

自民系の地方議員です。カネ配りについて書きます

自民系の三世議員市町村議員)です。

河井夫妻の事件について、元国会議員豊田真由子さんや、金子恵美さんが地元でのカネ配り(先輩議員地方議員にカネ配れとアドバイスされた)について発言しているので、地方議員からの話をします。

もともと、業界には与野党わず「目配り、気配り、カネ配り」という言葉があって、この3つができる政治家が優秀な政治家だとされていました。

でもそんな話は中選挙区時代(~1993年)であって、今はこの言葉すら死後になっています

中選挙区時代のはなし

今の話をする前に、すこし中選挙区時代の話をします。カネ配りはこの時代に盛んに行われたので。

中選挙区制は選挙区人口によって定数が決まっていて、選挙の上位2人~6人くらいが当選します。なので、ひとつ選挙区から同じ政党候補者が何人も出馬します。たとえば群馬3区では当選議席数が4で、自民からは3人(福田中曽根、小渕)が出馬します。

有権者や、地方議員からすると、同じ自民党の候補者なので、3人に基本的政策に違いがありません。3人の候補者政策的な差別化が図れないので、「あの道路は俺が作った」みたいな、どれだけ予算地元に持ってきたか利益誘導政治)がアピールポイントになりますさらにその先が、直接的なカネ配りだったり、選挙事務所での食事だったりするわけです。とにかく政策では差がないので、政策以外の差が得票になるのです。

群馬3区では選挙メシも有名でした。福田料亭中曽根レストランwikipediaの「上州戦争」でも書いてありますね。私の選挙区でもオヤジの話を聞くと、昔は選挙事務所鰻重が出た、なんて聞きますうなぎ食べたい。

参議院選挙都道府県によっていまでも中選挙区制なので、制度的にはこうなりやすいです。現に河井さんの広島も改選2議席で、自民から2人でたからね。しかアンリさんは新人で実績(利益誘導)をPRできないから。

政治改革

戦後、そんな選挙がずーっと続いていたのですが、1988年リクルート事件が発覚して、カネと政治をめぐる事件が立て続けにおこりました。それで、なんでこんな金権政治になるんだろうと考えたところ、中選挙区制が原因じゃろう、となったのです。

派閥親分が無理してカネを集める→系列国会議員に配る→地元でカネが飛び交う のが中選挙区制の行きつく先だったのです。

それでついに1993年選挙自民党は大敗し、細川護熙内閣誕生します。細川内閣は、政策理念も異なる8会派が集まってできた内閣で「8頭立ての馬車」、7政党大臣ポストを振り分けたので「レインボー内閣」なんて言われました。この内閣の唯一の政策共通点は「政治改革」で、結果としてこの内閣のもとで中選挙区制をやめて、小選挙区制します。

このときに行われた政治改革のポイントは2つです。1つは小選挙区制(1つの選挙区に各政党は1人しか公認しない)にすることで、カネではなく、政策勝負する選挙構造にすること。もう一つは政治献金に大きな規制を設けることで金権政治元凶であるカネ集めをできなくする、その代わりに税金から政党交付金(約300億円)をつくってこれを各政党に分配するということでした。

いまの状況

この政治改革から約30年、選挙は確実に変わりました。カネ配りも、選挙事務所での豪華メシもなくなりました。石破茂さんも雑誌とかメディアインタビューで「小選挙区になって、お金は確実にかからなくなった。誰でも議員に挑戦できるようになった」、「中選挙区制だったら私は議員を続けていられなかっただろう」って何度も言っています。そりゃそうだよね、自民から1人しかでないなら、カネ配んなくても地方議員はその人応援しないといけないもん。

から、我々自民党の地方議員も、河井夫妻の事件をみてビックリしています。なんて昭和なんだろうって。うちのじいさんのときの話みたい。

んで、本題に入りますが、もちろん、地元代議士からお金をもらうことはあります。年間10万円くらい。

正確には、党勢拡大のための組織活動費として、自民選挙区支部代議士支部長)→自民地方支部代議士か県会議員が支部長)→自民市町村第XX支部増田支部長)という形でお金がきます。このお金政治資金規正法に則り、年にいくらもらって、年にいくらつかったかを報告義務があり、その収支報告書ウェブでも公開されています。もちろんお金を受け取ったら領収書を発行します。

地方議員国会議員と違って、給料以外の集金の手段政治資金パーティー政党交付金)を持たないので、基本的活動はすべて自腹です((野々村竜太郎県議城崎温泉に行って有名になった、政務活動費という税金が原資の経費があるが、一連のスキャンダルで使途についてチェックがえらく厳しく、文房具交通費広報紙くらいにしか使えない。せめて議員として招かれる団体会合の参加費には使わせてほしい。))。一方で国会議員給料以外に、文書通信費で1200万、立法事務費で800万、派閥から数百万、党本部から2000万(政党交付金)、パーティーで2000万と、だいたい年間6000万くらい集金できるので、それを原資に活動しています。どこの選挙区でも、与野党わず国会議員支部から地方支部(=地方議員)に組織活動費を出します。代議士国会が開かれる1~7月1012月永田町に行っていて、週末しか地元にいませんので、その間、地元で党を守り、地域の声を直接聞くのは地方議員ですから会社組織でいうなれば、本社から支店に補助をだしてるみたいなイメージ

冒頭の豊田真由子さん、金子恵美さんの発言(先輩議員から地方議員にカネ配れとアドバイスされた)はこの収支に報告義務のある組織活動費の話と、領収書なしの裏金であるアンリさんのお金混同していて、センスのなさを感じます。きっと、彼女たちはパーティーで集めたお金や、政党交付金を自分1人でガメていて、こうした党勢拡大の組織活動費地方支部に出さなかったんでしょう。そりゃ落選するわ。

とまあ、河井夫妻の事件自民党の地方議員もびっくりしているので、当たり前とは思わないでほしいです。

はいもの

でも、仮にうちの代議士が、去年の統一選挙直後に「当選祝いです。領収書はいりません」といって、30万持ってきてたら受け取っちゃうよなーとはちょっと思う。

選挙ってそれほどつらくて厳しいもの(ほんとに毎回憂鬱になる。新人候補が思ってたよりつらくて途中でやめるのはよくあること)で、カネもかかるから金銭感覚もマヒしているし(普段なら絶対30万なんて怪しいとおもうけど、選挙で多額の金を突っ込んでるから感覚マジでマヒしている)、当選の直後なんて超絶な解放感で有頂天だし(4年に1回の選挙オリンピックメダルをとった感覚イメージしてほしい)、単純に「あっ、どうも、気遣いありがとうございます」って感じでご祝儀として受け取っちゃう。受け取ったときに「奥さんの集票のため」なんて思わない。広島地方議員首長が軒並み「集票のためとは思わなかった」って見苦しい言い訳してるけど(私ですらそう思うから一般の人からするとマジで見苦しい言い訳しか見えないだろう)、当事者だったらマジでそう思ってると思う。

まあうちの代議士ケチ絶対カネ配りなんかしない。安心して職務に専念できる。しっかり地域のため働きます

2019-12-29

上場記念ポエム

自分の勤務する会社が今年IPO(株式上場)した。

この記事上場当日に自分が社内ブログ投稿した記事編集したものである

なぜそれをこうして公開する気になったかと言うと、もしかたらこからIPO経験する人の参考になるかもしれない、というのは理由ひとつだ。

もっと大きな別の理由は、この記事には自分が以前に勤めていた会社のことが書いてあるのだが、昨日の忘年会で会った当時の同僚たちに読ませたところ「懐かしすぎてもだえ死ぬ」という好評価をいただいたので、もう少し広く仲間内で盛り上がるためである

そして何より、年末の休暇にすることもなく暇だった。

自分について

40代男性IT系エンジニア。現職は6年目で古参の部類。

マネージャーではあるが、それほどエラい立場ではない。

ちなみに3年近く前のこの記事投稿主でもある。

中学受験体験https://anond.hatelabo.jp/20170206102543

内容的には今回の記事とは何の関連もないのだが、匿名とはいえ単一人格として認知されたいと思ったので書かせてもらった。

では、以下投稿本文。

上場記念ポエム

本日めでたく東証上場した。このタイミングで皆に話をしないといけないと以前から勝手に思っていたことがあるので、長文だが昔話に付き合って欲しい。

勤めている会社IPOするというのは、自分にとっては二度目の経験である

最初IPO経験したのは、大学卒業して新卒入社した会社だった。

199X年春 入社

4月1日入社式が終わるとオリエンテーションが始まる。しかしそのオリエンテーションで、なぜか銀行の人が前に出て話し始める。

「皆さんはとても運がいい。御社IPOを目指している。皆さんには持株会を通じて未公開株式を取得するチャンスがあります。30万円を支払えば持株会に入会できますお金がなくても心配はいりません。我々の銀行がお貸ししましょう!」

入社早々、新入社員借金を背負わす会社があるか?むちゃくちゃ怪しくないかもしかしてヤバい会社に入ってしまった?

しかし未公開株という言葉は魅惑的だった。ちょっと前まで世間を騒がせていたリクルート事件ニュースでよく聞いていた。が、聞いたことがあるだけで、実のところそれが何を意味するのかを理解していた人間ほとんどいなかったはずだ。

結局、同期のほとんど(全員?)は30万円を支払って持株会に入会した。自分も含め、ローンを借りた者も多かった。

また、毎月の給与から天引きで持株会に拠出する制度もあり、自分は毎月1万円に設定した。

追加拠出

入社して半年ほど経ったある日、全社員に「持株会に追加拠出できます」というアナウンスがあった。1口 30万円、最大3口まで追加拠出できるということだった。

そして説明会では再び銀行の人がローンの案内をしていた。

ローンを借りると翌月から返済が始まるので、たぶんその負担考慮したのだろう、自分は2口 60万円を追加で借りることにした。

IPO

入社2年目の冬のことだった。IPOが決まった!というニュースが流れた。

この頃までに累積で110万円くらいを拠出していたはずだが、公開価格計算すると5倍!

しかしそんなのはまだ序の口だった。

約1ヶ月後のIPO当日、初値は公開価格を大きく上回った。

ITバブル到来

20世紀末、日本経済ITバブルに沸いていた。そんな中、その会社の株も「有望」とみなされ、株価は上昇を続けていった。

当時はインサイダー規制も緩くて、みんな比較自由に自社株を売ることができていた。周囲からは景気の良い話が次から次へと聞こえてくる。豪邸を建てたとかフェラーリを買ったとか。

同期で集まって酒を飲んだりすると、株や金の話になる。

「みんなで金出し合ってマンション建てようぜ」

無人島とか買ったら楽しくない?」

億万長者が最も多くいる会社として、週刊誌記事で取り上げられたりもした。

株価は上昇の一途。3日くらい連続ストップ高が続く時期もあった。自分の持株の含み益も1億円くらいになっていた。

でも周囲には5億、10億の人がざらにいたし、全然特別感はなかった。

この頃は狂っていた。株価が下がるのが怖くて株を売るやつはいない。逆に、自分が売った後にさら株価が上がるのが怖くて売れないのだ。

当時の会社雰囲気

あいつは仕事もしないで株価チェックばかりしている」と言われる人が少なからずいた。

オフィスの自席の電話から大声で証券会社に売り注文を出す人間もいた。(当時、インターネットでの売買は現在ほどは普及していなかった。)

10万円で1000株!」(価格と株数は例え)

1億円の現金を手にする者が誕生した瞬間、周囲はざわめく。

一方で、持てる者と持たざる者との分断も発生した。

IPO後に入社した人は、株をほとんど持っていない。周囲で自分には関係のない浮かれ話をされて面白いけがない。しか仕事をしないのである

「なんであんなやつが・・・」みたいな話を聞くこともあった。

当時の自分

自分株価が気になって仕事に身が入らない時期があった。

なにせ、ストップ高ともなれば、含み益が1日で数100万円増加、3日も続けば自分年収を大きく超える金額になるのだ。何のために働いているのか分からなくなる。

冷静に考えれば、自分は1億円に値する働きをしていない。しかし当時の自分は「こういう会社を選んだのも自分の才能」と、完全に思い上がっていた。

世の中ちょろいと思っていた。自分には才能があるから、金なんかいくらでも稼げると思っていた。

株価が頂点近くのときに、試しに10分の1だけ売ってみた。数日後に銀行口座に950万円が振り込まれた。その金は1ヶ月半でなくなった。

ITバブル崩壊

追加の資金調達きっかけだった。ついに株価の急落が始まった。連日のストップ安

しかしみんなの感覚麻痺している。

ちょっと我慢すればまた上がるはずだ。」

しかしそんなことはなかった。数ヶ月後には株価は半分以下、2年で数10分の1になった。

結局、数年後に残った株を処分したのだが、数100万円にしかならなかった。

しかし意外と悔しくはなかった。

結局、あの1億は自分の実力ではなく単に運が良かっただけなのだと思い直したし、出資した金額に比べればはるかに大きな利益を手にはしてたし、20代のうちに特異な経験をすることができたのだ。

と金人生翻弄された人たち

自分の知り合いの事例をいくつか紹介しておく。

ある人は「これから毎日サーフィン株価チェックして過ごす」と言って辞めていった。そのうち自宅でデイトレードを始めたが、今は普通にサラリーマンをしている。

ある人は株を売って得た大金を、ソフトバンク光通信など、他の流行りの株に投じ、結局手元には何も残らなかった。

ある人はフィリピンパブお姉ちゃんと仲良くなり、家族を捨ててフィリピン移住していった。

ある人は滝のある豪邸を建てた。高級車も買った。きれいな奥さん結婚した。六本木での夜遊びは続けた。離婚して財産ほとんど持っていかれた。

ある人は息子たちがいい年になってもろくに働きもせず、親の金で夢を追いかけ続けた。

別にこの人たち皆が不幸せになったわけではない。そもそも消息を知らない人もいるし。

が、もしこういう人生を望んでいないのなら、過去事例を知っておいて損はないだろう。

俺、その後

なんだかんだで俺もあの熱狂翻弄された。

入社6年目の終わりに会社を辞め、大企業転職したものの、物足りなくなって1年半で再度転職した。

「あの熱狂をもう一度。今度は自分の力で。」

有望と言われたスタートアップ企業転職した。

値下がりしきった株を処分するなどして作った1000万円を、自社のシードラウンドに投じた。

その会社は30億円以上を調達したものの最終的には立ち行かなくなって、現在ではゾンビ企業と化している。今でもその株式を持っているが、何の価値もない。

次に、今では超有望ユニコーン企業となっているスタートアップ企業転職した。

しかしここでは満足のいく成果を出すことができなかったし、ストックオプションもなかったし、そもそも当時は全然成長路線ではなかったので、ここでは夢を見られないと思い辞めた。

スタートアップ2社で消耗しきったので小休止が必要だった。それでいったん大企業転職した。

しかし数年働いているうちにまた元気が戻ってきた。もう一度スタートアップ世界勝負したい。

そしてこの会社にやって来た。

あのITバブルから20年、「次こそは」とスタートアップに身を投じてから15年、ようやくここまでたどり着いた。

本日上場に寄せて

熱狂失望の後、その会社は本当につまらない会社になってしまった。

多くの人間が株に狂って会社を辞めていったし、上がらない株価を見ながら「あの頃は良かった」と昔の思い出に浸るやつ、持てる者と持たざる者の間に生まれしこりも残った。

別にそれが主因ではないだろうけど、業績も悪化して早期退職募集することにもなった。

自分は、この会社にはそんなことにはなって欲しくないと願っている。

この記事を書いているのはそのためだし、これを読んだ人にとって何かしら考えるきっかけとなってくれたらうれしい。

もちろん今はITバブルときとは状況が違うから、同じように狂う人間大量発生するとは思えないけど、それでも自制心は必要だと思う。

せっかくなのでいくつかアドバイスしておく。

  • 会社では株の話はしないほうがよい
  • なんなら会社の外でも株の話はしないほうがよい
  • 高いものを買っても黙ってろ
    • それを周囲に話したくなるのは虚栄心、単なる自慢話は格好悪い
  • 今の自分必要お金はどれくらいなのかを考えるべし
    • まり欲をかくと失敗する
  • 住宅ローンなど借金背負っている人はさっさと返済しておけ
  • 株で生計立てようなんて思わないほうがいいよ
  • 家庭・家族大事しろ

みんな、あんま浮かれるなよ。世間からの目も厳しくなるぞ。

おわりに

この記事を社内で公開した後の反響はなかなかのものだった。

上場初日に読めてよかった」「背筋が伸びた」「何度も読み直した」などなど、うれしいコメントももらった。

その後、この記事効果かどうかは分からないが、幸いなことに社内に浮かれた雰囲気は全くなく、株価の話をする人間ほとんどいない。入社以来、勝手に感じていた使命を果たすことができたような気がしてほっとしている。

ここに公開するにあたり、オリジナル版にあった固有名詞株価の推移を示すチャートなどを削除しているので、文章からいくら臨場感が失われているかもしれない。しかしもしこの記事がこれからIPO経験するかもしれないどこかの誰かの役に立つのなら、望外の喜びだ。

なお、15年かけて再びIPO経験できたのだからさぞや嬉しかろう、と思う人もいるだろう。

実のところ、嬉しさより社会的責任の重さに身が引き締まる思いのほうが強い。格好つけているわけではなく本当に。

ストックオプション行使できるようになるのはまだしばらく先だし、その頃に株価がどうなっているかなんて分かりやしない。事件事故を起こすことなく、しっかりと業績を上げていくこと以外にできることはないのだ。

俺も大人になったもんだ。

2019-07-24

氷河期世代の私が自民党以外に投票した理由

1:氷河期発生の元凶であり、真面目に対策している様子も伺えない

これは論を待たないだろう。人生設計世代という造語は呆れを通り越して失笑した。

2:幼少時にイメージが悪い

氷河期世代は幼少時にリクルート事件などの「政治とカネ問題を見てきている。当時ニュース番組新聞結構見るようにしていたので、自民党への悪イメージが刷り込まれている

3:自民系(大臣級)の横槍増田会社仕事が奪われたことがある

それでも2012年総選挙では自民に入れたりもしてたが、その後こんなことがあった。

具体的に書くと特定されるからぼやかすが、簡単に言うとある新規客への提案をしていて、ようやく受注の目処が立った段階で、ある自民党議員横槍が入り、その案件を同議員親族経営してる同業会社に奪われた事件があった。取引規模は5億以上であった。

しか増田会社提案内容を丸パクリされて。パクリ自称中道右派人達によると「韓国人けがやる特技」らしいけど、この自民議員韓国人なのかな?大臣経験者だけど。

そんなことがあったので、自民党には一生投票しないと決めている。今は年齢が若い自民支持が多く、年齢が高いほど反自民が多いみたいだけど、社会人になってある程度上に行ってから3番のような政治案件を目の当たりにするようになって反自民に移行するパターンは意外とあるんじゃないかな。

2018-07-11

anond:20180710232948

平成総理大臣についてwikipediaレベルのまとめ。

竹下登1987.11.06 - 1989.06.03(576)ふるさと創生事業
消費税を導入
牛肉オレンジ輸入自由化
リクルート事件
宇野宗佑1989.06.03 - 1989.08.10(69)女性スキャンダル
海部俊樹1989.08.10 - 1991.11.05(818)湾岸戦争への経済協力・掃海艇派遣
バブル崩壊
宮澤喜一1991.11.05 - 1993.08.09(644)PKO協力法成立・自衛隊カンボジア派遣
天皇訪中を実現
河野談話を発表
細川護熙1993.08.09 - 1994.04.28(263) 自民政権
1993年米騒動コメ市場の部分開放
小選挙区比例代表並立制政党交付金の導入
羽田孜1994.04.28 - 1994.06.30(64)自民政権
戦後最短
村山富市1994.06.30 - 1996.01.11(561)村山談話を発表
韓国人元慰安婦への見舞金支給
阪神・淡路大震災の初動対応の遅れ(ただし村山自衛隊出動に反対したというのはデマ
消費税5%への引き上げを決定
橋本龍太郎1996.01.11 - 1998.07.30(932)普天間基地返還道筋
村山政権下で閣議決定された住専への公的資金注入を成立
財政構造改革法による緊縮財政
金融ビッグバン
小渕恵三1998.07.30 - 2000.04.05(616) 周辺事態法
通信傍受法
国旗国歌
男女共同参画社会基本法
住基ネット
赤字国債の激増(ただし景気回復には貢献)
地域振興券
二千円紙幣の発行
労働者派遣法改正派遣業種の拡大
森喜朗2000.04.05 - 2001.04.26(387)口蹄疫問題の迅速な処理
沖縄サミット開催
IT革命インパク
大量の失言歴代最低支持率7%
小泉純一郎2001.4.26 - 2006.09.26(1980)金融再生プログラム不良債権処理
郵政民営化道路公団民営化
テロ特措法イラク特措法
有事法制
日朝平壌宣言拉致問題
年金制度改革
後期高齢者医療制度
歴代最高支持率87%
安倍晋三2006.09.26 - 2007.09.26(366)教育基本法改正
防衛庁の省昇格
福田康夫2007.09.26 - 2008.09.24(365)消費者庁の設置を表明
麻生太郎2008.09.24 - 2009.09.16(358) リーマンショック対策財政出動
IMFへの出資
エコポイント制度エコカー減税
鳩山由紀夫2009.09.16 - 2010.06.08(266)自民政権
事業仕分け
高校授業料無償化
二酸化炭素排出削減目標についての国際公約
年次改革要望書廃止
普天間基地移設問題
菅直人2010.06.08 - 2011.09.02(452)自民政権
東日本大震災原発事故への対応
尖閣諸島中国漁船衝突事件への対応
野田佳彦2011.09.02 - 2012.12.26(482)自民政権
消費増税を決定
安倍晋三2012.12.26 - 現在

2018-03-14

官邸主導の仕組みが出来上がるまでの約30年の歴史

メディアで賑わっている森友問題本質は「官邸主導」の行き過ぎだと個人的に考えていて、この官邸主導の仕組みが誕生した経緯をまとめてみた。今から30年ほど前の日本の政治は、霞が関官僚と、官僚の利害を代弁する族議員たちの影響力が非常に強く、官邸首相の力はそれほど大きくはなかったのだ。

1.1980年代後半のリクルート事件において、官僚族議員産業界の3者の癒着構造批判された。

この事件の発覚によって、政官財の三者癒着構造メディアによって徹底的に批判された。このリクルート事件以前にも贈収賄事件は色々あったが、自民党55年体制批判するという意味において、国民的な議論が沸き起こった。この頃までの日本の政治は、官邸の影響力はそれほど強くは無く、中央省庁族議員達の利害を調整する役割の方が重要であった。

2.1990年代前半に自民党下野し、非自民細川連立政権において政治改革が行われた

1993年、自民党宮沢内閣総選挙大敗し、細川氏を中心とする連立政権誕生し、自民党野党に転落する。与党となった細川政権は、国民の期待の高かった政治改革積極的に進める。具体的には、小選挙区比例代表並立制の制定、改正公職選挙法改正政治資金規正法政党助成法などの政治改革四法の制定など。これらの改革によって、党の幹事長職の影響力が強くなっていく。

3.1990年代後半、大蔵官僚による接待汚職事件問題などの官僚不信が頂点に達する。

1998年に明るみになった、大蔵官僚によるノーパンしゃぶしゃぶ事件を機に、世間による官僚不信が頂点に達した。1990年代後半から2000年代前半に掛けて、国民官僚公務員不信は続くことになる。これによって、官僚の影響力や権勢は著しく削ぎ落されることになった。

4.2000年代前半、小泉構造改革始まる。自民党内の派閥に一切属していない小泉総理改革によって、自民党内の派閥の影響力が低下する。

2001年3月に小泉純一郎氏が総理大臣就任し、小泉構造改革が始まる。国民の高い支持率を背景に、小泉総理派閥の影響力を無視した改革推し進め、国民から喝さいされる。

5.2005年の郵政解散において、派閥の影響力が選挙結果に左右されないことが明確になる。

2005年9月の郵政解散に伴う総選挙。当初は小泉総理選挙に負けると、自民党内もメディア野党も予想していたが、結果的には無党派層国民を味方につけた小泉氏の圧勝に終わり、小泉劇場と称された。これによって、自民党内の派閥の影響力が更に低下する。

6.2009年、民主党政権誕生。当時の小沢幹事長が、幹事長職に権限を集中させる手法を取ったことによって、党の影響力が低下する。

2009年9月、自民党に代わって民主党政権誕生する。総理大臣となった鳩山由紀夫氏は「政策決定内閣への一元化」を理念として、あらゆる権限官邸内閣に集中させる政策を取り始める。幹事長就任した小沢一郎氏も、幹事長への権限集中を進める。最終的には、民主党政権運営の失敗や、官僚の抵抗によって、民主党政権は3年半で崩壊する。

7.2012年には第2次安倍政権誕生民主党政権の残した官邸集中の仕組みを引き継ぎ、官邸によるトップダウン政治が始まる。

2012年12月には、再び自民党政権与党に復帰する。安倍総理は、民主党政権が作った官邸主導の仕組みを引き継いだ上で、約20年かけて完成した官邸主導の政治を始める。

8.2014年、安倍内閣の主導で内閣人事局設立

これまでは、官僚主導で行われてきた幹部人事権内閣人事局に一元化し、官邸主導で審議官級以上、約600名の人事を決定することになった。これによって、霞が関官僚たちは、官邸意向を気にせざるをえなくなる仕組みが完成した。

2017-12-16

anond:20171216083245

マジレスすると(はてな自体なかったのは前提)、当時は「今の日本繁栄は見せかけだけだ! 日本道徳的堕落している、このままでは日本は滅亡する!!」と大真面目にドヤ顔で語る評論家がいっぱいいた。

景気が良くても世の中に問題を見つけて騒ぐのが商売人間は常にいる。戦前も、高度経済紙長期も同様。

実際、バブルの頃だってリクルート事件宮崎勤幼児誘拐殺害女子高生コンクリ詰め事件等々、ろくでもない事件ごろごろあったよ。

あと当時もイケてない非モテはいっぱいいた。ネットがなかったか話題にしてもらなかっただけ。

2017-11-29

「もりかけ追及必要ある?」っておいおい

正気か?

じゃあロッキードリクルート事件も他にもっと重要問題があれば追求しなくてよかったのか?

その他いろんな問題が、調べなくてもどうでもよくなるぞ

不正を許さなルールや人の感情が全てではないが、最低限守る所は守っておかないと、世の中の秩序が崩壊して回らなくなるぞ、前科者の俺がこんな事言うなんて

2017-06-07

ネットまとめサイトを見続けると「もうひとつ世界」が見えてきた

日本は、重大な危機を迎えている。戦後自虐史観日本の伝統的な人間観を追いやり、竹島尖閣地域には隣国軍隊違法占領を我が物顔で続け、英霊たちの魂はますます穢されている。行き過ぎた人権論者たちは、自堕落無責任な貧しい市民マイノリティを過剰に保護し、公然と善良な一般市民たちの自由を奪おうとしている。

その一方で、在日朝鮮人スパイ民進党からそれほど遠くない所に隠れて反日転覆工作をたくらんでおり、安倍政権関係者たちへのネガティブキャンペーンを繰り返している。もちろん神社本庁もだ。リクルート事件級のスキャンダルが迫りつつある。

この状況で最悪な部分とは? 宣伝工作に長けた“人間以下”のマスゴミが、こうした危機をまったく報じないことだ──。

http://wired.jp/2017/06/07/tried-trumps-media-diet/

2015-10-13

日本はいから癒着汚職逮捕されない国になったのだ?

昭和おっさん子供の頃はやれロッキード事件だ、リクルート事件だって騒がしかった覚えがあるが

最近ツタヤ図書館や1億3000万ロゴの件でも逮捕者って出てないよね

マスゴミがすっかり政治屋に取り込まれしまったのだろうか?詳しい人何かわかる?

2015-09-08

パクリだと難癖をつけられた時の、対処

スポーツの祭典を象徴するロゴの騒動は、辞退した事もあって一応の落ち着きを見せ、総括の段階に入ったようだ。

まり、アレは一体何だったのかという説明と、それに対する反発の第二ステージに入ってきたと言って良い。

ロゴに関しては、専門家の説明と素人感情の両方がネットでは読めるので、説明はしない。

ここで触れるのは「自分がもしも佐野氏の立場になったら」という対処法だ。

まあ仕事とか趣味とか、そういう時の話だと考えてくれ。

諦める

一番簡単なのは、諦めることだ。

冗談ではなく、最初検討すべきことだ。

趣味ガンプラに色を塗った。

店長を思いローソンカラーに塗ってみたら面白かったので、Twitter写真を載せた。

「それ、セブンイレブンパクリでしょ?」「べつやくれい恐竜に塗ってたのパクった?」

続々とリプが飛んできたとしよう。クソリプとは言えない。適切な感想だし。

ここで、「いや、思いつきで」とか「セブンイレブンのヤツは今ググったけど、みたことない」

みたいな反論は火に油だ。転載されてどこかのまとめサイトにでも載ったら、まあオシマイだろう。

最終的に識者に「著作権的にはグレーですが、迂闊な公開とは言えるかもしれません」とかオチが付いたりする。

「言われてみるとパクリっぽいね。消しときます

相手の意見肯定しつつ諦めることで、2,3日すれば「消すくらいなら上げるな」的なクソリプも収まる。

対応するとして、まずは分類

ちょっとややこしいので、まず分類しておこう。

パクリ」と「似てる」には明確に差があって、

パクリ」は「誰かのに似せる」という「行為」を問題視される。盗用や盗作等、黙って使うと非難される。

「似てる」は「誰かのに似ている」という「結果」を問題視される。途中経過は、あんまり関係ない。

パクリ問題場合

パクリ」とは「似せる」という「行為」を問題にされるので、やってるやってない双方で証明は異常に難しい。

これは「所有権を主張するなら、譲ってもらった相手が譲ってもらった相手のそのまた譲ってもらった(以下略」と最初まで遡って証明せよ、と言われていたいわゆる所有権悪魔の証明みたいになる。

そして、対処法も法律の枠組みと同じになる。証明責任を転換させる「権利推定」という手法だ。

「この事実があるんだから、この権利があるもの推定する」という方法

カッコよく言えば、「プロセス規定する」と言っても良い。

プロセスに沿って仕事してましたよ、と説明すれば良くなる。(というか、良くなることにしないと進まないのでそう決めてる)

似ていることが問題場合

この件で一番仕事で身近なのは特許だろう。

先行技術調査、なんていい方をするけど、似た特許がすでに無いか調べてから出願する(特許を出す)のが一般的だ。

この場合特許庁登録されているもので調べれば、少なくとも仕事の上では、以後問題になることはない。

プロセスに沿って仕事していれば、特許無効審判で潰されても、賠償問題にはならない。

感情問題場合

混ざりやすく、対応を間違えやすいのがこちら。

  1. ある行為をするに相応しい「人間性」
  2. 人間の飛躍しがちな推定

ポイントは大きくは2つあって、まあ「格」と「情緒」と言っても良い。

人間の屑であってもクレバー人間は多いし、サイコパスからこそ社会的成功するなんて論文もある。

冷静に考えれば、「人間性」と「その人が行った成果」は、全く関係ないんだけれども、世の中そうはなっていない。

格式」は、服装振る舞い挨拶儀礼ほぼ全てについて回るので、まあ、根強いし仕方のない面もある。

情緒」は、論理性とかは特にないので、同じように情緒的に対応するしか無かったりする。

対処法その1:切り分けて淡々対応する

仕事場合が該当するんだけど、実は順序良く対応できる。

  1. プロセスに沿って仕事をしたので、「パクリ」じゃないと主張
  2. 「似ている」事に対する、リスクを説明する
  3. 1,2番に問題がないと言質をとった上で、「格式」の問題確認
  4. 書面にして関係者に展開する

例えば商標登録して、ブランド展開しようと考えたとする。

こういう場合特許情報プラットフォームで調べると、出願されてるかは判る(例えば「はてブ」は、登録5672858で登録済み)

例えば、全くの天啓で「アノニ増田」を思いついたとする。(これは商標登録されてない)

こういう時は、弁理士弁護士に依頼して、商標出願してもらうのがプロセスになる。

こうすると、「パクリじゃない」と調査してくれた上で、「似ている」場合リスクの報告もしてもらえる。

そして、法律上問題点クリアした上で、「格式」として、類似に見えるサービス展開はどうだ?みたいな話になる。

なんで言質をとって関係者展開で事実を積み上げるかというと、次への布石になるからだ。

格式」や「情緒しか問題がない場合は、明らかな「難癖」は、見た目で判りやすくなるからだ。

仕事で良くある「それは法律上の」とか「それは盗作や盗用のリスクが」という批判を潰せる)

対処法その2:言質をとって問題を切り分けていく

まあ仕事でもないと、プロセスに則って何かをやるってのは難しい。

個人では弁護士に依頼して調査してもらう(お金責任の肩代わりをしてもらう)ことはまずない。

そうすると、言質をとって対応するのが次善の策になる。

パクリだ!」→「これはこういうことで」→「そういうことを言ってるんじゃない!」というのを、前提とするってことだ。

特に発言多様性意味を変えてくる(大抵謝ったりしない)相手に対応するとき基本方針になる。

これは、コミュニケーションを繰り返すという意味ではなくて、想定しておくという形になる。

具体例:よくわかる、なぜ「五輪とリエージュのロゴは似てない」と考えるデザイナーが多いのか?(深津貴之) - 個人 - Yahoo!ニュース

この深津氏の説明が優れているのは、「言質をとって切り分ける」想定問答集として理想的な形になっているからだ。

たいへん雑で恐縮だが、「対処法」に絞って整理すると、説明としては以下のようになる。

途中、デザイン寄りだったり、秘匿性の話が挟まっていたりはするものの、きちんと切り分けされている。

やっているのは「情緒からの切り離し

「オマエのことが気に入らない」とストレートに言う人間は、実は非常に少ない。

「俺は、なんとなく、気に入らない」は、ほぼ無敵で対処法が存在しないけれども、

「みんなは、法律的に、問題視するのでは」という「第三者批判」は対処法がある。

その為、深津氏の説明は、

という流れで、以下の結論に持って行ってる

反論しようとすると、法律問題感情問題かのどちらかをハッキリ言わないとバカに見えるようになっている。

オリジナル部分が違えばパクリではないと規定しているが、妥当な前提だろう。似てるだけなら全部ステンシル書体パクリになるし)

(「著作権的にオリジナル主張が難しい」という弁理士弁護士やその他デザイナーが指摘はできる構成

まとめ

パクリだってまれたら諦めてゴメンして取り下げろ。

仕事上で諦められないなら、プロセスに沿って仕事してた、対応粛々しますと切り返せ。

仕事ネット上で炎上したら……感情の解消と、法律面の対応は、両輪。

情緒」の解消は、基本的当事者間の話し合いになるので、そこをクリアするとネットは沈静化するよ。

法律面は粛々対応。「格」対応は、週刊誌ゴシップで蓄積有るはず。基本根回しとコネ

……上記は、難癖対応であって、弁護士代理人としてやってきたら、ちゃんと対応しよう。

雑感

まあ、今までは週刊誌で盛り上がるだけなんで抑えも取引も効いただろうけど、ネットから燃え広がるとコントロール難しいからねー

でも、リクルート事件筆頭に、やっぱ国会議員は硬いわ。不逮捕特権伊達じゃねえな-

2013-05-12

http://anond.hatelabo.jp/20130511224233

オッス、元増田です。ご検証ありがとう礼儀としちゃ言うべきなんだろうけど、そんな話じゃないんだけどなーという印象。

「僕らの世代は実際には手塚漫画を読んでないのね」は主語が大きすぎてなんともですが、個人的には少年チャンピオンで「ブラック・ジャック」終了後も「七色いんこ」や「ミッドナイト」はよく読んでました。「ゴブリン公爵」は忘れてください。

また手塚クラスになると過去の名作に触れる機会も多く、「火の鳥」(「太陽編」の前まで)は朝日ソノラマ版で読んだし「ブッダ」も床屋で読みました。

ここで全称命題の話にしますか(笑)前世代、前々世代比較すればあながち的外れ考察でもないと思いますけどね。もちろん統計データなんてありませんけど、クラスほとんどが読んでいた、半分くらいは読んでいた、5人くらいは読んでいた、と比較すればほとんど読んでいないという大きな主語は、この場合、個人的にあれも読んでいた、これも読んでいたというのよりはよほど実態に即していると考えます。それともそれこそ何か統計的なデータでもお持ちでしょうか。

1971年生まれで、チャンピオンを追いかけている人は相当稀少だったのではないでしょうか。何といっても同時代的には「ドラゴンボール」「北斗の拳」「聖闘士星矢」「キン肉マン」などのジャンプ黄金時代だったわけですし、6割ジャンプ、2割マガジン、1割サンデー、残りの1割でその他というのが実感です。70年代黄金期を過ぎてのチャンピオン凋落ぶりは言うまでもなくて、看板作品でも老若男女誰でも知っている作品というのがもうここ30年ないですよね。

たとえば週刊ポストには「弐拾手物語」が長期連載されていましたし、週刊プレイボーイ本宮ひろ志の「俺の空」を載せたり平凡パンチ岡崎京子の「ジオラマボーイ パノラマガール」を連載してました。

漫画が一般雑誌に掲載されたのは大昔にはあるかも知れないけど80年代の文脈で言えば手塚だけだったね」は勇み足というか、元増田の興味に引っかかるのが「アドルフに告ぐ」だけだったもの想像します。

いやまあ「一般雑誌」は週刊朝日週刊新潮週刊文春のみというなら別ですが。

ま、これは確かにそうですね。一般週刊誌は文春、新潮朝日のみというのが感覚的には正しいと思います。この三誌とそれ以外では、オーソリティがまるで違うからです。この三誌がクオリティマガジンとは言いませんが、WILLに連載するのと、中央公論に連載するのとでは全然意味が違うのと同じです。ロッキード事件リクルート事件など社会的な問題でたびたび尖兵となってきた雑誌と、スポーツ新聞に毛が生えたような雑誌とでは社会的意味が違います。それは現在に至るまで、掲載されている作品の内容でも歴然と異なります

特に80年代は、週刊文春花田体制の下、絶頂期にあって、100万部を毎週越えるような規模としても内容としても一軍でしたから、基本的には政治経済、時事的なトピックでそれだけ中心的に扱われているメディア漫画が乗った(プレイボーイならいざ知らず)ということ自体がトピックであったという意味で、アドルフの例は出しましたけどね。ただしアドルフ以後、この三誌での漫画連載は定着しませんでしたが。

ブコメで「サンコミックス昭和40年代に出るまで単行本ハードカバー普通、ただし人気作しか単行本化されなかった」とあります

80年代記憶でいえば「のらくろ」の復刻版がハードカバーで出てました。

純粋ハードカヴァーの作品自体であれば貸本屋漫画は基本的にハードカヴァーでしたし、店頭でよく見かけるものとしては、学研の「ひみつシリーズ」もハードカヴァーでした。ただしサンコミックスなんてほとんど誰も知らないように、社会的景色の話ですからマニアックな話をしてもしょうがないわけです。平積みにされて、多数の人が「おお、漫画ハードカヴァーになる時代なんだな」と認識することが重要であって、消費物としてではなく作品としての漫画芸術としての漫画という意味合いを一般化したのは手塚がやはり尖兵であったという、そういう話です。「火の鳥」と「のらくろ」のどちらが先なのかは分かりませんが。


赤塚さんはあと、コロコロでは「花の菊千代」を連載しています。その後、ボンボンでも何作か連載していますが、知る人ぞ知るという程度の作品で、連載作家として仕事はしていたわけですが、雑誌の主力になるようなパワーはなく、その仕事自体が大御所としての余暇的なものであったと思います

2010-01-30

http://anond.hatelabo.jp/20100130185021

東大出て、政治家官僚になって、日本を腐らせるんですね。

もしくは企業して、ライブドア村上ファンドリクルート事件みたいな事を起こすんですか?

迷惑極まりないですね。

2008-05-02

http://anond.hatelabo.jp/20080502211051

Wikipedia以上ブログ以下といった感じのやつだろうか。たしか以前に増田で見かけた記憶がある。

Wikipediaでも、こねたも含めて十分網羅されている事件もあるけど、もう一つ踏み込んだところがほしい。特に事件が古くなるにしたがって、ぐぐってもさっぱり引っかからない。リクルート事件イトマンレベルでさえそうじゃないかな。

 
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