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はてなキーワード: 帰属意識とは

2021-10-23

anond:20211023163940

業務遂行にあたって在宅で問題いかどうかについては業態職種によっては、全く問題しまたはむしろ効率高まるんでしょうね。

ただ、「人が物理的に同じ場所に集まって何かをやる」ということをやめたときに5年〜10単位組織全体にどういう影響があるのかはよく分からないのかな、とも思う。

おそらく組織への帰属意識などは減るのでみんな個人事業主的で傭兵的な働き方になるんだろうな。あと、イジメなんかは減りそうな気はする。

2021-10-19

ゲーム世界国籍を気にしない」わけがない

anond:20211011205811

misochige いい加減ゲーム話題ぐらい「日本人が」にフォーカスをしないのが普通になってほしい。ゲームの中でまで国籍に拘るのはSTEAM日本語音声別売りにする連中だけでもうお腹いっぱいだぜ

いやいや、ゲームも「日本人が」にフォーカスするから

なんでゲームだけ関係ないと思うのか。

League of Legendsというゲームで、日本代表過去最高の成績を出した。

その成績は何によるものか?

日本会社が始めた自国リーグが成長したこと

プロゲーマーが専念できる環境日本に出来たこと、

日本人ユーザーが集まるサーバーがあり、日本人コミュニティが活発であること。

そういった日本環境&成長を含めた結果なんだから、「日本の偉業」として喜ぶのは自然だ。

スポーツに国の色が反映されるように、eスポーツも国の色が反映される。

League of Legendsでは国ごとにスタイルの違いがあり、ヨーロッパ圏と韓国とで違いがある。

日本韓国スタイルを取り入れてるのはよく聞く話だ。

国ごとにeスポーツ文化が異なり、その国の環境が各国代表に色を持たせる。

であれば、日本帰属意識が生まれるのは自然だし、代表戦で実況が日本びいきするのも当然だ。

他国スーパープレーに感動することはあれど、やはり日本活躍する時の感情とは別モノだ。



感情といえば、日本代表外国人をどれだけ許せるか? という問題もある。

League of Legends日本代表の快挙には、韓国人の助っ人が大きく関わっている。

なんせ代表5人の内3人が外国人なんだから

もっとも、その3人は長らく日本活躍してきた選手から文句を言うつもりは微塵もない。

そもそもLJL(日本リーグ)は日本人リーグってわけじゃないし。

しかし、モヤっとする側の感情理解できるわけ。

釘を差しておくと、モヤっとする層は「韓国」という国を気にしてるんじゃない。

しろeスポーツファンは、韓国に対して好印象を持つ人間が多い。

日本人より外国人割合が高いので、素直に喜べないって話だ。

それに韓国eスポーツ先進国で、League of Legendsの強豪国だ。

日本リーグの顔であるCerosが外れ、引き抜いた選手スタメンになる。

となれば残念に思うのも致し方ない。

土着って大事から

対戦ゲームというコミュニティありきの文化からこそ、国籍を気にするのは自然だろう。

もっとも、日本代表のめでたい話に「外国人ちょっと……」と文句垂れる奴はクソだが。

2021-10-14

anond:20211014174246

現在結婚制度思想は"家"に他人が組み込まれることによってファミリーとしての基盤の強化や影響力を増大させるという機能的な意味がある。

でも別姓にするってことは個人個人共同体の中で協力関係を作ってともに生きていくという意味に変わる。

これは帰属意識を減らして共同体間の移動をスムーズにすることを意味する。

簡単な例だけど、結婚しても離婚しても姓が変わらないなら同僚、友人、知り合いにはばれないでしょ?

税金関連で会社にはバレるかもわからんが。

なので"家"の知名度が減って影響力を保てなくなる。

から利益を得ている保守派は変えたがらない。

ももともと人脈が薄い人とか庶民レベルだとたいして変わらんと思っちゃってる。

あるいは自分自身の力で人脈を作れる人とかね。

イデオロギー的な別姓賛成派はこの家の仕組みが既得権益から変えたいと思ってる。

あるいは家に縛られて自由コミュニティを移動できない人も変えたいと思ってる。

なので利益が絡むそういう人たちはかなり別姓賛成に強硬的になる。


この思想の変化は当然社会的仕組みをごそっと変えるということだし、影響がないというのは残念ながらありえない。

俺は別姓があって別にいいと思うしなんならそっちの方が性に合ってると思うけど、何も変わらないってのはただ不勉強か嘘をついているだけでしょう。

2021-09-19

公助は削って、福祉家族による相互扶助を基本とする』に対して、そんなことしたら社会貧困化するよという主張が感想レベルからダメですかそうですか。そもそも自助互助貧困は防ぎきれず、その貧困への対策が共助、公助なわけなんだけども。こんなことは常識範疇と思っていたよ。

例えばこれは東京大学名誉教授大森彌によるもの

この自助・共助・公助という3分論は、自民党綱領平成22(2010)年)で政策基本的な考え方として採用されている。「自助自立する個人尊重し、その条件を整えるとともに、共助・公助する仕組みを充実する」とある。菅氏の発言自民党員として、党の綱領に忠実であったともいえる。また、社会保障制度改革推進法の第2条には、「社会保障制度改革は、次に掲げる事項を基本として行われるものとする。一 自助、共助及び公助が最も適切に組み合わされるよう留意しつつ、国民が自立した生活を営むことができるよう、家族相互及び国民相互助け合いの仕組みを通じてその実現を支援していくこと。」とあり、法律文言にもなっている。

総理大臣になった菅氏が、この社会像としての3分論を具体的な政策の中でどのように生かしていくのかは分からないが、これまで、介護保険制度の創設と運用にかかわり、自助互助・共助・公助という4分論を唱えてきた筆者としては、共助の主体地域とともに家族が含まれていることと、地域以外に共助の主体が想定されていないことに若干のコメントをしておきたい。

われわれは、人生の途中で、老化に伴う日常生活上の困難や思いがけない病気事故災害など、さまざまなリスクに直面する。このように何か問題が生じて解決を迫られたときに、まず、本人が自助努力対処する。しかし、それでは無理なときは、本人の身近にいる家族・友人・隣人などが手を差し伸べる。これがインフォーマル支援、すなわち互助である自助互助ではカバーしきれない場合にはシステム化された地域・職域の自治組織支援する(共助)。この共助システムではなお解決しえない場合行政支援する(公助)。この4分論も、いわゆる補完性の原則に基づく社会形成の考え方であるが、自助と共助の間に互助を考え、共助としては地域以外にも社会保険を想定している。

個人が直面するリスクを、その本人の自助努力だけで克服せよというのは無理な話で、社会は、何らかの形で共同してリスクを分担する仕組みを備えていなければならない。自助から出発するにしても、自助の次に互助を想定せず、家族の支えを「共助」に包摂してしまうと、例えば、いつまでたっても家族を老親介護責任から解放できないのではないか家族大事だが、それに頼りすぎては家族が参ってしまう。

互助は、自発性ゆとりと思いやりに基づく支え合い活動であって、その活動範囲支援能力限定的である。それは、家族・友人・隣人が無償で行う支援活動であるからであるしかし、自助のすぐそばに、この互助が息づいていることが自助の励みになるのである老いて心身が弱っても、自分生活に関することは自分判断し、できるだけ自分で行おうとする個人自助努力尊重し励まし支援する、それが互助の意義である自然災害ときにも、真っ先に頼りになるのは自助互助の結びつきである。新型コロナ禍の困難の中でも自助に寄り添う家族・友人・隣人の親身な支援こそが大事である

わが国にはシステム化された地域自治組織として、自治会・町内会があり、近年は地域運営組織が台頭し、これらは市区町村行政相互関係をもって活動している。この地域が共助の主体として期待されている。ただし、同じ共助のなかにリスクを共有するもの同士で助け合う社会保険制度存在し、国と自治体の行政公助)が関わっているから、共助の主体地域だけではない。共助システムである医療介護社会保険制度は、経費の約半分を国と自治体の公費租税)で賄っているし、介護保険では保険者市区町村にしているから、この共助システムは共助と公助の混合型といえる。それだけに、公費負担をしている国からシステム運用を通ずる効率圧力が絶えず加えられる結果、公助から共助へ、共助から自助へとリスク負担を逆流させようとする動きが出てきやすい。要注意である

https://www.zck.or.jp/site/column-article/20702.html



共助、公助の成り立ちと役割については、このリンク先の厚生労働省白書に良くまとまっている。https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/12/dl/1-01.pdf

工業化に伴う人々の労働者化により、血縁地縁機能希薄化した)

産業資本主義社会では、企業が潰れたり、解雇されれば失業してしまい、また、けが病気などで働けなくなった場合労働者所得を得られなくなる。その一方で、労働者血縁地縁関係から一定程度独立した結果、それら血縁地縁で結ばれた人間関係を基礎とする支え合いの機能は、近代以前の社会と比べて希薄化しているため、個人にとって、生活が立ちゆかなくなってしまリスクは大きなものとなる面があった。また、産業資本主義社会では、労働力商品化の結果、モノやサービス生産が「使用者労働者」の関係を軸に展開するようになる。近代以前の社会と異なり、労働者自己労働力以外に機械原材料などの生産手段を持たない。生産手段は使用者資本)によって所有され、労働者はそれを借用しながら自己労働力提供する。この関係の下では、自ずと労使の力の差が生じる。使用者に比べて力の弱い労働者は、低賃金長時間労働という劣悪な労働条件を強いられ、解雇リスクさらされるようになる。過酷貧困生活を送る労働者は増え、労働問題が大きな社会問題になっていった。労働者たちは、同業者の間で相互扶助組織を設けるなどして生活上のリスク対応してきたが、これらの組織に加入できたのは、経済的に多少の余裕のある熟練労働者などに限られ、多数の非熟練労働者などは、それらの組織に加入することができなかった。

近代的な社会保障制度の創設はドイツからまり欧州各国に広がっていった)

近代的な社会保障制度世界最初に創設されたのは、大陸ヨーロッパドイツであった。ドイツでは、19世紀終盤に、帝国宰相地位にあったビスマルク(Otto von

Bismarck, 1815-98)により、法律上の制度として世界で始めての社会保険制度(疾病保険法1883年)、労災保険法1884年)、老齢・障害保険法1889年))が制定された*3。社会保険制度は、事業主負担と併せて被保険者労働者等)自ら保険料負担拠出)することにより給付権利を獲得するという関係があるため市場整合であるとして、多くの工業国で社会保障手法として第一義的に選好される傾向が強いものとなっていった。そして社会保険による給付は、市場経済的権利関係裏付けを欠くために、社会負担、あるいは自助能力を欠く者との差別偏見から逃れられず、受給スティグマ汚名)が伴っていた恩恵的・救済的福祉給付とは異なっていた*4。また、あらかじめ生活リスクに備える点で、それまでヨーロッパ各国で主流であった事後的な「救貧」施策から事前の「防貧」施策への第一歩を踏み出した点でも大きく評価された。

(略)

社会保障は、個人生活上のリスク社会的に対応する仕組みとして求められるようになり、産業資本主義社会国民国家の発展を支えていった)

このように、産業資本主義が発展する中で、血縁地縁がそれまで果たしてきた人々の生活保障する機能限定的ものとなっていった。それらの機能代替するため、傷病、老齢、失業などのリスク公助又は共助という形で社会的に対応する仕組みが必要となり、現在に通じるような社会保障制度が求められるようになったといえる。

そして、社会保障血縁地縁機能代替*8することにより、人々は経済活動に注力することができるようになったという意味で、社会保障産業資本主義社会国民国家の発展を支えていったともいえる。

世界恐慌から第二次世界大戦までの間に、戦後社会保障の構想が練られていった)

1929年には、アメリカニューヨーク証券取引所での株価の大暴落きっかけに世界恐慌が発生した。その影響は大変大きなもので、1930年代には各国で多くの企業倒産し、街は大量の失業者で溢れ、社会不安ますます増大した。

(略)

ケインズ理論によって完全雇用に近づければ、失業給付を激減させ、なお残る失業者に手厚い給付ができ、また、社会保障によって全国民に最低限度の生活保障すれば、有効需要が増え、さら失業者が減る。このように、ベヴァリッジケインズの考えは互いに補強しあう関係にあった。これは「ケインズベヴァリッジ主義体制)」、「福祉国家の合意」などと呼ばれる。その後、ベヴァリッジは、第2次世界大戦中の1942年に、いわゆるベヴァリッジ報告(『社会保険および関連サービス』)を英国政府に提出し、「ゆりかごから墓場まで(Fromthe Cradle to the Grave)」のスローガンの下、新しい生活保障の体系*10を打ち立てた。このベヴァリッジ報告の影響を大きく受け、第二次世界大戦後には世界の多くの資本主義諸国で、経済の安定成長と完全雇用11国民福祉の充実を目指す「福祉国家」の潮流が広がっていった*12

戦後、どの先進諸国にとっても社会保障は不可欠なものになった)

1970年代オイルショック後の経済成長の鈍化等により、社会保障福祉国家批判は大きな潮流になった)

1980年代新自由主義的な政策採用され、社会保障福祉国家の「見直し」が行われた)

新自由主義的な政策は、経済グローバル化趨勢とも親和的だった)

社会保障福祉国家の「見直し」がもたらした弊害は大きなものだった)

(当初の「見直し」という目的が実際に達成されたかについても、見方は分かれる)

1990年代以降、社会保障重要性が再認識され、過去に指摘された問題点に応える努力をしながら、社会保障福祉国家を再編成する時期に入っている)

今日では、社会保障は様々な機能を持っており、私たち経済社会に欠かせない重要な仕組みである

今日では社会保障は、個人視点からみれば、傷病、失業高齢など自活するための前提が損なわれたとき生活の安定を図り、安心をもたらすことを目的とした「社会セーフティネット社会安全装置)」という機能果たしている。また、それを社会全体としてみれば、所得個人世帯の間で移転させることにより貧富の格差を縮小したり、低所得者生活の安定を図る「所得再分配」や、「自立した個人」の力のみでは対応できない事態社会全体で備える「リスク分散」という機能果たしているといえる。

さら社会保障は、必ずしも恵まれない人たちにも社会の一員としての帰属意識を共有してもらうことで社会的な統合を促進させる。また、消費性向が高い低所得の人たちに所得移転購買力を高めることで個人消費を促進したり、医療介護、保育などの社会保障関連産業における雇用の創出を通じて経済成長にも寄与する。こうした「社会の安定及び経済の安定と成長」といった機能果たしている*20

このように、社会保障私たち経済社会にとって欠かせない重要な仕組みとなっている。だからこそ、支え手である現役世代(働く世代)の人口が減る少子高齢社会において、どのようにして持続可能制度を構築していくか、若年者等の失業問題社会的弱者が孤立を深める状況(社会的排除)を改善するためにどのように社会保障制度機能させていくべきか、経済グローバル化に伴う国際競争の激化が雇用の柔軟性や流動性要求する状況など社会保障が前提としてきた雇用基盤の変化や経済の低成長が続く中で、どのような所得再分配や雇用政策が適切なのかといった点は、先進諸国にとって、重要政策課題となっている。



社会貧困化するの件が感想しかないので、感想に対する反論などありません残念でした

感想を論だと思ってる時点で問題あり

もっと勉強しましょう

からでも大学行ってみては?

人生に遅いということはないよ

anond:20210919030225

2021-09-08

anond:20210908151153

部外者には通じない身内の言葉を使うことで帰属意識が強化されて気持ちよくなれるからね。しょうがいね

2021-08-30

幼少期のメンタリストDaiGoを虐めた奴等が許せない

WikipediaによるとDaiGoは幼少期にいじめられていたらしい。

彼はお金=社会的承認に飢えている一方で(あるいは飢えているがゆえに)、既存倫理観に対してかなり挑戦的だ。

彼のこうした人格には、当時の経験がかなり尾を引いているのではないかな、と思っている。

幼少期、彼は不幸にもいじめの標的になってしまったという。

いじめられるに至った経緯は不明だが、興味は無い。いじめの経緯なんていつも些細なことだし、どうでもいい。

道徳の授業で、暴力はいけない、揉めたらよく話し合おうと教えられる。相手人格問題があったとしても、暴言暴力を向けていい道理は無い。いじめは許されない。法に触れていれば犯罪だ。

しかし、建前がどうあれ、学校というコミュニティにおいては往々にしていじめが発生してしまう。学校には何故か警察は介入してくれない。彼の場合、頼みの綱の先生も助けてくれなかったようだ。

理不尽に晒されると、人間は歪む。

社会適応的な人間からすれば、虐められた原因を正して社会和解すればいいだけのことかもしれない。

しかいじめられっ子は、たまたま生贄に選ばれてしまっただけだ。仮にいじめられる側に原因があったとしても、どこを正せばよいのか伝えられないまま、突然暴力によって存在否定される。いじめられっ子からしてみれば、理由はどうあれただ理不尽暴力を向けられただけである。気に入らない奴に暴力を振るい、尊厳を踏み躙り、見て見ぬふりをするという社会の悪性を一身に向けられたいじめられっ子は、果たしてそんな社会の仲間でありたいと思うだろうか?

ひとたび社会の強烈な不正義に晒された人間からしてみれば、適応不正義への降伏に過ぎない。

彼がナタを投げるという脅迫によっていじめを克服し、しかも本人がそれを成功体験としているのも悲しい話である

周りの大人先生が助けてくれたなら、まだ世の中捨てたもんじゃない、正義だってある、自分には味方もいると思えたのだろう。そうした経験を欠いた彼の世界には、おそらく未だに愛も正義もない。自分の行動によって世界は変えられるという本人の言は、承認は行動によって勝ち取るしかないという不安の裏返しではないだろうか。

無条件の承認社会への帰属意識も身につけられなかった人間は、自分に居場所があることを確認するため、社会的承認をかき集め続けなければならない。

これこそ彼が、目に見える成果が出るまで時間のかかる心理学研究でなく、すぐにお金を稼いで世間自分非凡さを思い知らせられる、うさんくさいパフォーマーとしての生き方を選んだ理由ではないだろうか。

私は、彼の信じられないほど酷薄発言も幼少期のいじめに由来するのではないかと考えている。

納税者蔑視する発言は、相手にされないことへの不安から来たスタンドプレーという一面もあるが、既存倫理観への不信からくる本音でもあるのだろう。暴力はいけないという一般論教育されつつ暴力を振るわれた過去故に「口でいくらヒューマニズムを謳っても、本心は違うに違いない」と思っているのではないだろうか。

別に私はDaiGo被害者から哀れむべきと言いたいわけではない。理由はどうあれ、非納税者への福祉に関して無理解なまま、倫理にもとる発言したこと批判されてしかるべきである

しかし「悪い奴だから懲らしめてやる!」と義憤燃えている人は、自身正義などではなく、気に入らない人間積極的排除しようとする側、いじめっ子気質人間であることを認識した方がいい。

自分の非を認めていない人間に数の暴力サンクションを与えたところで、暴力によって従わされたという心の傷が残るだけではないだろうか。

DaiGoの件に関して言えば、浮浪者への差別発言問題点を大して理解していなそうな人まで「レイシズム=ナチス=悪」という借り物の価値観脊髄反射敵に叩いているのも気持ち悪かった。Twitter支配的な反レイシズムという規範に沿わないという理由で叩くのなら、クラス空気に沿わない人間を吊るすいじめと大して変わらない。

DaiGoのように成功者になって世間を見返すのに躍起になり、果たしてそれが上手くいったとて、こんな風に問題行動を起こしてしまう。

逆に完全にいじけて人生を放り投げれば、黒子のバスケ事件犯人のように社会の敵になる。

これらは元いじめられっ子の中でも極端な例であるしかし私には、帰属意識喪失社会の正しさへの不信、自尊心の低さ、自分の影響力を確認することへの執着といった、いじめによってもたらされる人格の歪みが遠因になっていると思えてならない。

いじめの無い社会の到来を切に願う。

暴力によらない意思表示の訓練を普及させる。

学校内であっても犯罪に対しては警察を介入させる。

いじめから逃げられない構造是正する。

いじめて/いじめられてしまう子をケア対象とする。

手立ては色々ある筈だ。

これまでの話は全部私の臆測であり、一から十までこじつけである。どこかに論文があるわけでもないし、私は何の専門家でもない。

しかDaiGo本人がオリジンとして語っている以上、暴力による自力救済いじめを克服するしかなかった経験は、彼にとって大きな意味を持っていたのだろう。

DaiGoいじめたりそれを傍観したりしていた同級生、彼を救えなかった教師、もしかすると「やっぱアイツ変だったしな〜」などと考えていないだろうか。

お前らが歪めたんだ。

2021-08-28

anond:20210828080001

それができないやつ多い

なんか会社帰属意識もっちゃってキモいやつもいる

2021-08-23

anond:20210818140524

進学で上京して仕事東京で見つけてずっと暮らしてる自分みたいなのだと、俺は日本人という帰属意識はあっても、出身地への帰属意識ほとんど消えたな。都民であることにもあまり帰属意識無いので。

年代でも、地元に残って昔からの繋がりで生きてる人だと随分違うのだろうな。

だって日本なんて明治時代に突然できた国じゃん

地域ごとのまとまりのほうが本来強い

富国強兵軍隊作るために標準語国家帰属してるんだの洗脳をしてただけで無理強いされたものであって俺は日本人だなんて思ってる人はもともと居ない

2021-08-16

anond:20210816155443

だいたいの識者はタリバンもすぐ分裂して内戦始めるだろうと予想してるね。

手を出してる中国も火傷するだけだろうとも。

もともと欧米列強緩衝地帯として作った国だから帰属意識部族にあって国民意識など無いので統治不可能土地

もしタリバン政権平和に全土平定したり中国一帯一路に組み込めたりしたら歴史の画期になる。

2021-08-04

anond:20210804163042

愛国教育

国旗に頭を垂れて日本が大好きですと大きな声で言わないと精神注入棒で殴られる経験義務教育で何度も何度も繰り返せば

北海道帰属意識を持つ日本しかいなくなるはずだ

北海道への帰属意識が芽生えない

北海道にやってきて1年と少しの時間が経つ。

アメリカでは、星条旗に向かって忠誠の誓いを暗唱することでアメリカへの忠誠を強固にしているという話を聞く。だが、北海道にはそのような役割を果たすものなど何処にも用意されていない。道民が強固な帰属意識を持つ理由北海道に来て1年以上経っても未だに分からない。


今週末には札幌東京オリンピックマラソン実施される。

北海道引っ越してくる前は所謂千葉都民だった。

住めば都という言葉もむべなるかな。僕の住む場所東京都になる。

2021-07-23

祭りと居場所の話

ごく個人的な事だけれど、残しておきたかったのでここに書く。自分の今も心にわだかまる、あるささやかな思い出の話だ。

地元の町では毎年、みどりの日(今でいう昭和の日)にお祭りがある。

朝早くから山車(だんじり、という。これで大体出身地は絞り込めるかな)を、町内会ごとに、男たちが威勢の良い掛け声と共に担ぎあげる。だんじりは、筋骨隆々大人男性が数十人でようやく持ち上げられるほど重く、立派だ。

だんじりの中心は幕で覆われており、中には大きな太鼓ひとつ。次代の町内を担う小学生男子たちが、太鼓を交代で延々と叩き続けリズムを作る。

それぞれがそれぞれのルートで出発しては町を練り歩き、八幡神社に昼前くらいに集まる。

それから神社で何やら神事らしき事をおこなったのち、昼過ぎくらい出発しては、どの町内会だんじりも、夕日がさすくらいまでに再び担ぎ出して帰る。

帰ったら、町内会館で労いの宴会だ。飲めや食えやの大騒ぎ。

そして、次の日からまた何事もなく日常に戻っていく。

さて、僕の話だ。

僕はその町で、共働きの両親の家庭に生まれた。

僕ら一家町内会①に、祖父母が少し遠い町内会②に暮していた。

両親は、仕事から帰ってくるまでの間の僕の世話面倒を祖父母に任せていたので、

保育園の迎えは祖母だったし、放課後祖父母の家…つまり町内会②で過ごしていた。

両親は仕事が終わると迎えに来てくれ、夜は町内会①で暮らす。そんな日々をずっと送ってきた。

友だちも、まあそれなりにいた。たいていは子ども自由時間である放課後に過ごす町内会②での繋がりで。

僕は自分の居場所をずっとはかりかねていた。

なにせ、僕は祭りの日にだんじりに一度も乗ることができなかったからだ。

町内会①も②にも僕が乗ることはなかった。

祭りが近づくと町内会の子らが太鼓練習に当たり前のように行く中、

とても寂しく切ない気持ちを抱えて、1人で遊んでいたように思う。

から思うと、僕が太鼓に乗れなかった理由は定かではない。

覚えてないが、乗りたくないと言ったのか。親が町内会との折り合いが悪かったのか、はたまた本当に地域の慣習上疎外されるべき存在だったのか(なんらかの伝統的な基準を満たさなかったのか、次男だったからなのか)、分からない。

ただ当時の僕は、「自分町内会①と②のどっちつかずだから、どっちにも認めてもらえないのだ」と思っていた。

両親も、まともに祭りに参加していなかった。住んでいる町内会①の祭りには、ろくに出ていなかったように思う。

一方で、祖父はみんなが担ぐだんじりの上に乗るという栄誉(と思われる)にあずかった事もあるくらい、祭りには毎年参加していた。その写真が、額縁に今も飾られている。

僕はそれを見ながら、誇らしい気持ちと共に、寂しく切ない気持ちになる。

一度だけ、祭りの日に友だちについて行って、違う町内会の休憩しているだんじり太鼓をこっそり叩いた事がある。どうしても叩いてみたかったんだ。

みんなは練習しているから、カッコよく慣れた手つきで叩くし、どこでどんな風に叩いたら良いかも分かっているなか、僕だけがみっともなく不恰好太鼓を叩いている。

その居心地の悪さは今でも覚えている。

自分町内会でもない太鼓で、練習してもない腕で、太鼓を叩いているグロテスクさへの嫌悪感

自分が欲しかったのは太鼓を叩く事ではなく、当たり前のように太鼓を叩くことを求められ、それを、当たり前に思う帰属意識だったのだとわかった失望

幼かったので言葉にはできなかったけれど、「これは違うんだ」と、だんじりから降りてからジリジリと、違和感を感じていた。

……

その後、ありがたい事にお勉強ができた僕は、東京の困難な大学合格し、就職

10年ちかくキャリアを積んで、いま長年の夢を叶え、働きたかった会社で働いている。

東京暮らしは心地よかった、だって、ここでは本当に他所者なんだから

名実ともに故郷であるはずのふるさとに、疎外感を感じながら居ることの方がつらいのだ。

………

こうして僕は、ついぞ大人になる過程の中で故郷という居場所を得ることはなかった。

いや、地元は好きだよ?でも僕の帰る場所じゃない。そんな思いが根強くある。

でもぼんやり思う…もし僕があの頃、本当の意味太鼓を叩いていたなら、人生は変わっていただろうか?

などと想像してしまう。

いや、きっと何も変わらないのだろうけど。

でも老後の暮らし選択肢故郷がないのは、きっとこのせいだぜ。

おわり。

オチ結論も教訓もない。

ただ1人、こんな淋しさを抱えて生きている僕という人間がいる、と自分悲劇的に酔いながら書いただけの話だ。

何の薬にもならないだろう。

誰か知らないけど、読んでくれてありがとう

2021-07-10

anond:20210710174053

オール左翼の中には、日本帰属意識を持たないことがグローバルスタンダードと思ってる人いるけど、それ上っ面なグロバリストなだけで、他の国では普通に左翼でも自国民応援してるよ

からないならもっとわかりやすく書いてあげるから言ってね

2021-07-08

91年の例の人に限らず、なんか年代帰属意識持ってる人間って謎

ネットサービス帰属意識って持つもんなの?

普通は持たないと思うけど、持っちゃうのって5chとふたばはてなくらいでは。

2021-06-19

anond:20210619100951 anond:20210626201644

社会人として意味がないからではなくて単純にオタクではないからだろ虚しいのは

 

ありとあらゆる趣味や分野と違ってアニメゲームマンガだけは『視界に入れるだけでオタクを名乗れる』が

ありとあらゆる趣味や分野ではそれがオタクとは呼ばないし名乗らない

 

弱者現実逃避と仮初の帰属意識 

ただそれが悪いとは言ってない。弱者から比喩抜きに死ぬこともあるので救いになることもあるだろう

 

もちろんネトウヨのように(つか兼ねていることが多い)これからも毎回毎回毎回毎回歴史ねつ造したり

これからポリコレ問題起こすだろうけどな

仮初の帰属意識は持ってもいいけどポリコレ配慮されるべき属性人間である自覚はあっていい

 

全然知識もこだわりもないけどアイドルグループ○○の△△オタです

全然知識もこだわりもないけど健康オタクです

全然知識もこだわりもないけどクラッシク・jazzオタです

全然知識もこだわりもないけど車オタです

全然知識もこだわりもないけど自転車オタです

全然知識もこだわりもないけど服オタです

全然知識もこだわりもないけどジーンズオタです

全然知識もこだわりもないけどマラソンオタです

 

全然知識もこだわりもないのに上記のようにオタを名乗ったら、

普通は『バカ扱い』『かわいそうな人扱い』されるぞ

当人重篤コミュニケーションハンデキャップを抱えていなければ話題についていけないことを自覚して輪に加わらないと思う

 

けれどアニメマンガゲームだけは何故か違って"知識もこだわりも求められない"

弱者の駆け込み寺になってる

 

どうにもならないので下記の評価基準というか指標を作ろうぜ

この枠を無視してる作品大人向けの限られた愛好者で消費される娯楽みたいな認識も作ろう

 

  • Positive message
  • Positive Role Models & Representations
  • Violence & Scariness
  • Sexy Stuff
  • Consumerism
  • Drinking, Drugs & Smoking
  • WHAT PARENTS NEED TO KNOW
  • TALK TO YOUR KIDS ABOUT ...

2021-06-12

テレワーク導入せず」5割超 導入に反対する年代は?

経営者方針テレワーク不可な企業

 転職支援メディア運営するネクストレベル横浜市)が948人のビジネスパーソン対象に「テレワークリモートワークの現状」を調査した。2020年4月以前と比較して「テレワークは導入されず、以前と働き方は変わらない」と回答した割合が5割超で最多となった。政府新型コロナウイルス感染防止策として掲げる「出社7割減」にはほど遠い。

日本テレワークが定着する日は来るのだろうか(画像提供ゲッティイメージズ

 「204月以前と比較して、働き方は変わったか」と尋ねたところ、「週に3回以上テレワークになった」と在宅中心の働き方ができている人は14.0%にとどまった。

 緊急事態宣言下で一時的テレワークを導入したが、「現時点では以前と同じ働き方」(13.6%)と在宅勤務のデメリットを解消しきれず出社中心に戻ってしまっている企業もあるようだ。

出社を推奨する企業が多い(ネクストレベル調べ)

 テレワークを導入できなかった理由としては「個人情報や機密書類を扱うため、社外に持ち出せない」「会社のペーパーレス化が進んでいない」「個人用にパソコンが貸与されない」などが挙がった。

 テレワークを導入しない理由として「会社方針」や「アナログ作業が多いため」と回答した人は40~50代が多く、出社が当たり前だった層がテレワークの浸透を遅らせている可能性が高い。

進まないデジタル化がテレワークを阻害している(画像提供:)

 テレワークを導入したタイミングに関しては第1回緊急事態宣言が発令された「204月ごろから」が最多で58.9%となった。早期の段階でテレワークに移行できた人が多かった職種は「事務職」(30%)、「営業職」(17%)、「エンジニア」(11%)だった。

第1回目の緊急事態宣言下でテレワークを導入(ネクストレベル調べ)

 現在テレワークをしている人の8~9割がメリットとして「通勤時間の減少」を挙げた。余暇時間趣味副業にあてるなどライフワークバランスのとりやすさや仕事効率向上、食費の節約につながるとの声もある。

 デメリットとしては、コミュニケーション面で問題を抱えている人が特に多く見られた。簡単質問雑談をすることにハードルを感じているようだ。

 パーソル総合研究所203月に行った調査によると、テレワークの頻度が増えるほど孤独感も増す傾向があるという結果が出ている。今後、コミュニケーション不足が社員孤独感を深めたり、会社への帰属意識に影響を与えたりするかもしれない。

テレワーク孤独は連動している(パーソル研究所調べ)

 一部の企業では既にテレワークが定着し、転勤の廃止ワーケーションの推進などにより働きやす環境整備が進んでいる。しかし、システム面の問題会社方針として出社を義務付けている企業も依然多く、二極化しているのが現状だ。

 テレワークデメリットを解消することや企業デジタル化を推し進めることが、今後テレワーク率を高めていくカギになるだろう。

https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2106/11/news131.html

逆に言うと25%つまり4社に1社がテレワークを導入していることになる

労働者の4人に1人はすでに働き方改革によって抜本的に生活が変わったことになる

たった1年でここまで進んだのはすごいことだと思う

しろ良いことではないのだろうか

2021-06-05

anond:20210521035541

あれは豊田章男プロパガンダから。半分社員向けにやってる面もある。オモテメディア露出して帰属意識を高めるための出資。実際は時代錯誤丸出しのオヤジ趣味醜態晒してるだけなのだ三河土人はそんなこと気が付かないか問題なし。

2021-05-30

背丈から足のサイズまで女性平均値ほとんど同じ身からすると、そもそもほとんど全ての競技レギュレーションで男女別に競技がわけられていることそのもの理不尽さを感じています。それを性自認でわけると変わっていっている現状にはそれ以上の相当の理不尽さを感じます

まれもった特性のそれぞれの競技に対する不均衡への是正措置としてのレギュレーションであるはずのそれを、何も関係がない性自認へ摩り替えるのは正直に言って全く道理が合わないと思いますスポーツ性自認関係なんて一切ない。客観的な測定値、例えば身長体重、またはより詳細にテストステロン値等でクラス別にわければいいだけの話です。

個人としては性自認なんてものはこの世にそもそも存在しないので、性の同一性という概念は有り得ないと考えています自己認識する自己へのラベルという概念自分でこしらえた檻でしかなく、そんなものはある方がおかしい。性自認なんてもの国家宗教への帰属意識と同様にして生きる上で全くもって不必要なのでいらない。いらない概念存在しない。性自認なんて無視して個々は男装していいし女装していい、だれとでも性行為をしていい。だれとでも結婚していい。さらには何をしてもいい。そんなものは当たり前の話で、その自由性自認なんて訳の分からない中間物は必要ない。酒飲み話で男とか女とか言う分にはいいけれどオフィシャル場所でそんな未定義語を使う意味がない。ここまでは自明しかない。

私は女装が好きで、レディースしか着ていません。今も髪が長いですし大抵レディースの服しか着ていません。でも女であるつもりはないです。しかし、わざわざ男である気もありません。

自分が何者であるかは自分世界へ起こす、または起こした行動によって定義されるべきであって、個々の人間自分をどう認識するかなんてどうでもいいとしか言いようがありません。個人の脳の中でだけ起きていることなんて、世界で起きていることではないのでそんなもの実在しない。男女とは他者便宜上貼り付けるラベルであり、自己へ敢えて貼る必要断じてない。

性別という概念が公の維持のためにある一定程度必要だと言うのならそうなのだろう。そもそも他者へのラベルとしてのそれを私は否定しない。しかし、どちらにせよスポーツレギュレーション性自認を入れるべき道理はない。より現実的レギュレーションを追い求める義務がある。自分性別なんてもの幻想なんです。性別があるのは他者だけです。自分には性別なんてものはありません。

実際問題COCOAとかみんなダウンロードした?

周りの人全然ダウンロードしてる人おらん。

この国って帰属意識みたいなのが少なくて協力しようみたいなマインド低くないか

結局、自己責任論に終始してて見知らぬ人と協力して頑張ろうみたいな意識はないなって思う。

2021-05-28

おれ自身はこうして増田を書いてる以上はてなアカウントを持ってるけど

ブクマカとしての帰属意識はゼンゼンないので

ブコメこき下ろす系の増田については全面的に支持する所存です

2021-05-14

仕事を辞めた

週5、平日勤務、残業もなければ休日出勤もなく、ホワイト中小企業に勤めていた。

帰属意識も、向上心も無い俺は、惰性で通い続けて、物覚えの悪い頭で仕事を少しずつ覚えながら業務従事していたが、ある朝、身体が動かなかった。起き上がらなくなってしまった。体を起こそうとする頭に対して、体と心が拒否してしまった。

俺は人と話すのが苦手で、口頭でのやり取りだとすぐに頭が真っ白になってパニックになってしまう。こういう状態だと相手が何を言ってるのか意図を組むことさえままならない。仕事から帰ると精神的に疲れきってしまいずっと寝ていた。

そういう自分特性自分ではわかっていて、慣れて行くし無いと自分に言い聞かせながら3年従事したが、とうとう身体拒否反応を起こした。

職場が急に怖くなってしまい、退職届を郵送で出した。電話に出ることが出来なくなってしまった。良くしてもらった上司からメールが届いた。仕事を辞めずに休職して貰いたいけど、どうしても辞めたいなら引き止めることはできないので、その時は退職手続き必要書類を書いて返送してほしい。落ち着いたら電話が欲しい。そんな感じの内容だった。俺は電話をかけることがどうしても出来ず、申し訳ない気持ちで頭が裂けそうになりながら退職手続き書類を書いた。

その後、ずっと寝ていた。退職の通知と離職票が届いた。それから3日ぐらい寝ていたら、段々と気力が戻ってきた。菓子パンカップ麺をやめて。簡単和食を作った。暖かい味噌汁に、焼いた鮭に、炊いた白米と納豆ぬか漬けも、添えた。

引きっぱなしだった布団を畳んだ。布団を干して、カバー洗濯した。

部屋の掃除もした。

トイレ掃除した。

段々と身体が軽くなってきたので、俺は家を引き払って、実家に帰った。

今は実家無職をしながら家の手伝いをしている。貯金は少しあるので、そこから毎月5万、家に入れて、のんびりと生活をしている。

朝早く起きて、5kmランニングした後、親の朝食を作ったり、母の作る食事を食べたりしている。

昼間は積読してた本を消化したり、プログラミング勉強を初めてみたり、部屋の掃除をしたり、雨樋の清掃や、ガタついたドアノブの修理、壊れたコンセントの交換、エアコンのフィン洗浄など、やりたい事をやってのびのびと過ごしている。

夜も、食事を作ったり、母が作る食事を食べたり、買い出しに付き合ったりしている。

親は言わないが、普通に働いて欲しいんだと思う。俺も三十路だし、転職に有利なキャリアなんて何一つないし、この先たぶんお先真っ暗なんだろうけど、のんびりこうして過ごして生きていけるだけで、とても幸せを感じられるせいか不思議不安はない。ただ、若さが全てを楽にしてくれているだけだろうか。

願わくば、こんな気持ちで、ずっと生きていきたい。

有名人スポーツチームが同郷だと応援する風潮だけど、出身によって仲間意識帰属意識が生まれるもんなのだろうか。東京まれだが帰る場所があるという感覚がない

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