「1970年」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 1970年とは

2020-06-03

anond:20200603180557

うそう、そういう読み取りでもいいんよね!

実際わからんけど、少なくとも現状においては、正の相関関係にあるし、1970年1980年現在と働き方も違うし、単純に比較もできないから難しいんよね。

https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/future/sentaku/s3_1_2.html

経済的基盤やらなんやらが安定しないと結婚できないし、結婚しないと子供を産まないのが日本の現状だから女性経済力つけて男性経済力への依存を減らせば結婚へのハードルは下がると思うし、結婚が増えれば出産も増えると考えられる。

自民党婚活に力を入れたりして、結婚を増やすことによる少子化へのアプローチ始めてるんだよね。

2020-04-26

anond:20200426123722

1979年

機動戦士ガンダムドラえもん(1979~2005年版) 、ルパン三世 カリオストロの城ベルサイユのばら赤毛のアン銀河鉄道999(映画版)、がんばれ!!タブチくん!!ゼンダマンサイボーグ009アニメーション紀行 マルコ・ポーロ冒険

1978年

未来少年コナン銀河鉄道999ルパン三世 ルパンVS複製人間宝島ペリーヌ物語無敵鋼人ダイターン3闘将ダイモス宇宙海賊キャプテンハーロックはいからさんが通る宇宙戦艦ヤマト2

1977年

ヤッターマン無敵超人ザンボット3新ルパン三世超電磁マシーン ボルテスVあらいぐまラスカル家なき子バーバパパくまのプーさん 完全保存版 、氷河戦士ガイスラッガー野球狂の詩

1976年

ドカベン超電磁ロボ コン・バトラーV母をたずねて三千里キャンディキャンディ、まんが世界昔ばなし、ポールのミラクル大作戦大空魔竜ガイキング 、グレンダイザー ゲッターロボGグレートマジンガー 決戦!大海獣 、ろぼっ子ビートンブロッカー軍団IV マシーンブラスター

1975年

まんが日本昔ばなしガンバの冒険一休さんタイムボカン勇者ライディーンUFOロボ グレンダイザーアンデス少年 ペペロ冒険ゲッターロボG鋼鉄ジーグラ・セーヌの星

1974年

宇宙戦艦ヤマトアルプスの少女ハイジゲッターロボ破裏拳ポリマー魔女っ子メグちゃんはじめ人間ギャートルズマジンガーZ対暗黒大将軍ジムボタン 、小さなバイキング・ビッケ 、グレートマジンガー

1973年

エースをねらえ!侍ジャイアンツバビル2世新造人間キャシャーンキューティーハニー空手バカ一代ドロロンえん魔くんジャングル黒べえ 、山ねずみ ロッキーチャックゼロテスター

1972年

マジンガーZデビルマン科学忍者隊ガッチャマン海のトリトンど根性ガエルパンダコパンダ正義を愛する者 月光仮面赤胴鈴之助樫の木モックムーミン

1971年

ルパン三世天才バカボンふしぎなメルモアニメンタリー決断アパッチ野球軍ゲゲゲの鬼太郎、新オバケのQ太郎カバトットさすらいの太陽 、原始少年リュウ

1970年

あしたのジョーチキチキマシン猛レースキックの鬼、ばくはつ五郎魔法マコちゃんスカイキッドブラック魔王、海底3万マイルいじわるばあさんのらくろクレオパトラ

1969年

ムーミンアタックNo.1タイガーマスクハクション大魔王どろろひみつのアッコちゃん忍風カムイ外伝ビートルズ / イエローサブマリン長靴をはいた猫もーれつア太郎

1968年

ゲゲゲの鬼太郎妖怪人間ベム巨人の星佐武と市捕物控太陽の王子 ホルスの大冒険サイボーグ009ゲゲゲの鬼太郎サスケアンデルセン物語わんぱく探偵

1967年

パーマンリボンの騎士黄金バット悟空の大冒険大魔王シャザーン、マッハGoGoGo宇宙忍者ゴームズ、ピュンピュン丸、サイボーグ009 怪獣戦争ミトン

1966年

おそ松くん魔法使いサリー、ロボタンハリスの旋風、スーパースリー、展覧会の絵、遊星仮面レインボー戦隊ロビン、新ジャングル大帝 進めレオ! 、おそ松くん

1965年

オバケのQ太郎ジャングル大帝スヌーピー宇宙少年ソラン

未来からきた少年 スーパージェッター少年シンドバッドの冒険、手 、オバケのQ太郎(1965年版) 、W3、戦え!オスパー

1964年

トムとジェリービッグX、0戦はやと、少年忍者風のフジ丸 、王様の剣

1963年

エイトマン狼少年ケン鉄腕アトムわんぱく王子の大蛇退治 、鉄人28号 、わんわん忠臣蔵宇宙家族ジェットソン 、ドラ猫大将仙人部落

1962年

ある街角物語101匹わんちゃんアラビアンナイトシンドバッドの冒険

1961年

ルーニー・テューンズ安寿と厨子王丸ウッディー・ウッドペッカー(1940年版)

1960年

眠れる森の美女、原始家族リントストーン、西遊記

1959年

ポパイ真夏の夜の夢少年猿飛佐助

1958年

白蛇伝 、もぐらのアバンチュール

1957年

ねこのらくがき、ラテンアメリカの旅 、マイティマウス

1956年

わんわん物語

1955年

ファンタジアピーター・パン

1954年

ダンボ

1953年

ふしぎの国のアリス 

1952年

ピノキオシンデレラ

1951年

バンビ

1950年

白雪姫

1947年

すて猫トラちゃん

1945年

桃太郎 海の神兵

1943年

くもとちゅうりっぷ 、ドルーピー

1941年

スーパーマン、アリチャン

1940年

あひる陸戦隊

1939年

べんけい対ウシワカ

1936年

新説カチカチ山

1935年

 一寸法師 ちび助物語、 のらくろ二等兵

1934年

のらくろ伍長 、お猿の三吉 突撃隊

1933年

動絵狐狸達引

1931年

茶目子の1日、黒ニャゴ

1928年

蒸気船ウィリー

1917年

なまくら刀

2020-03-29

去年の11月三島由紀夫Twitter辞める辞めないと騒ぎになった時、バイトの先輩から「あの人ああ見えて乙女から慰めてやんな」と言われたけど、その時はその意味が分からず「それは絶対ないですよ」と笑って退けたのを今でも後悔している。あの時自分三島由紀夫に何かしてあげれていれば、1970年市ヶ谷駐屯地での彼の行動も変わっていたかもしれない。

2020-03-17

氷河期世代って2700万人位いるらしい

1970年1982年または1984年までに生まれた人のことを言うらしいので

非正規が多い女性地方民入れてもこの世代の平均は466万ある模様

大半が普通に就職してるね?

anond:20200317100559

氷河期氷河期うからググってみたが期間めっちゃ長いじゃん

30ー40代(1970年から1982年または1984年までに生まれた人)に生まれた人のことらしいで

anond:20200317080913

1年で区切ることもなかろう。

1970年1月1日午前0時0分0秒からの経過時間だけでいい。

2020-03-01

ふと思った事の備忘録(本文中敬称略

Until Strawberry Sherbet林原めぐみ https://ja.wikipedia.org/wiki/Until_Strawberry_Sherbetにおける「作詞:Mamie D. Lee 作曲編曲大森俊之」の

作詞:Mamie D. Lee

RHYMESTER日本ヒップホップグループhttps://www.rhymester.jp/ https://ja.wikipedia.org/wiki/RHYMESTER メンバー

Mummy-D https://www.rhymester.jp/bio-mummy-d/ https://ja.wikipedia.org/wiki/Mummy-D

との関係性について、ちょっと気になって調べて見たので備忘録代わりに記録。

◎「Until Strawberry Sherbet」はシングルCDとして「1994年5月25日リリース(https://ja.wikipedia.org/wiki/Until_Strawberry_Sherbet)」

Until Strawberry Sherbet作詞者「Mamie D. Lee」で検索するとアメリカ?の学校が出てくる。

RHYMESTERの「Mummy-D」は

1970年横浜市まれ。(https://www.rhymester.jp/bio-mummy-d/)」

1989年、「早稲田大学ソウルミュージック研究会ギャラクシー」にて、当時2年生であった佐々木士郎(現・宇多丸)と新入生として入部してきた坂間大介(現・Mummy-D)がRHYMESTERを結成。(https://ja.wikipedia.org/wiki/RHYMESTER)」

1993年アルバム『俺に言わせりゃ』でRHYMESTERデビュー。(https://ja.wikipedia.org/wiki/RHYMESTER)」

●これらの名称および時間的経過から個人的に推測してみたこ

Until Strawberry Sherbet作詞者「Mamie D. Lee」は、RHYMESTERの「Mummy-D」じゃないのかな?

1994年当時に英語日本語混在のラップ作詞出来る人物となると相当人数が絞られると思うけど、それって1989年グループ結成1993年デビューしたRHYMESTER所属している「Mummy-D」であれば可能な事なのかも?と希望的観測を含めた推測をしてみるw

もしこの推測が正しくてUntil Strawberry Sherbetシングル発売当時は様々な事情で言い出せなかった事を言える環境になっているのであれば、どこかでその辺の話をしてもらえると嬉しいし、有りがたいなぁ、と思う。

2020-02-07

anond:20200207154500

にほんきゅうけつじゅうちゅう 

変換でないとおもったら

にほんじゅうきゅうけつちゅうだった

ちがった

にほんじゅうけつきゅうちゅうだ

利根川流域(埼玉茨城千葉県)はかつて有病地で、1970年河川敷で放牧されていた乳牛に再発生した。このため千葉県自衛隊に依頼してミヤイリガイ生息地を火炎放射器で焼き払ったうえに客土で覆い、放牧地として使わなくする措置をとった

2020-02-02

なあ、この団地1970年築でもう50年なんだけど、後何年住めると思う?

この部屋に住めなくなれば、間違いなく人生詰むんだけど。

2020-01-31

お笑い芸人世代分けを再考する

多くの人はこちらのWikipedia記事を参照していると思われる。

日本お笑い史 - Wikipedia

この記事も踏まえた上で、実際に主だった芸人を「活動開始時期」や「人気が出た過程」で並べ、あらためて世代分けを考えてみたい。

芸名活動開始人気が出た年代備考
横山エンタツ花菱アチャコ1930年1930年しゃべくり漫才元祖コンビとしては1934年解散するが、それから60年代までラジオ映画などで活躍アチャコ吉本看板芸人となる。
夢路いとし・喜味こいし1937年1950年代1949年ごろからラジオ番組上方演芸会』に出演して名をあげる。いとしが亡くなる2003年まで漫才を続けて「上方漫才の宝」と称される。
中田ダイマル・ラケット1941年1950年代1957年開始のテレビ番組ダイラケのびっくり捕物帖』はテレビの「上方コメディ番組元祖
ザ・ドリフターズ1956年1960年代1963年開始のテレビ番組大正テレビ寄席』に出演したこからコントを中心とするようになり、1969年開始のテレビ番組8時だョ!全員集合』にて大ブレイクする。
てんぷくトリオ1961年1960年代大正テレビ寄席』などへの出演で人気を博す。「トリオブーム」の中心的存在三波伸介1970年テレビ番組笑点』の司会に就任するなどしてテレビスターに。
コント55号1966年1960年代1968年開始のテレビ番組『お昼のゴールデンショー』『コント55号の世界は笑う』などで支持を得てドリフと人気を二分する。1975年以降は萩本欽一がピンで活躍する。
横山やすし・西川きよし1966年1960年代60年代後半に演芸ブームに乗って人気を獲得、80年代前半までバラエティ番組の司会などで活躍する。「漫才ブーム」では大将格となる。
B&B1972年1980年代実力は評価されつつ関西でくすぶっていたが、吉本芸人としていちはや東京進出したことで人気を得て、漫才ブームを牽引した。
ツービート1972年1980年代漫才ブームに乗って「毒舌」を武器に台頭。特にビートたけしは、1981年開始のテレビ番組オレたちひょうきん族』などへの出演からピンで大人気となった。
明石家さんま1974年1980年代70年代後半から関西で人気を獲得、東京進出してのち『オレたちひょうきん族』でブレイク。たけし・タモリと合わせて「お笑いBIG3」の一人と称される。
タモリ1976年1980年代キワモノ芸人としてマニアックな人気があったが、1982年開始のテレビ番組笑っていいとも!』の司会を務めるなどしてお茶の間の顔となる。
島田紳助松本竜介1976年1980年代漫才ブームに乗って「ツッパリ漫才」で若者の支持を得る。『ひょうきん族』にも出演して人気を博す。1985年コンビ解散して以降は、島田紳助がピンで活躍した。
とんねるず1980年1980年代お笑いスター誕生!!』に素人ながら出場して知名度を高める。ラジオ深夜番組若者からの支持を獲得する。1984年楽曲『一気!』がヒット、1988年に冠のテレビ番組みなさんのおかげです』を開始する。
ダウンタウン1982年1990年代1987年開始のテレビ番組4時ですよーだ』の司会をきっかけに関西若者から爆発的な人気を得る。80年代末に東京進出深夜番組夢で逢えたら』を経て、1991年に冠のテレビ番組ごっつええ感じ』を開始する。
ウッチャンナンチャン1985年1990年代結成当初に『お笑いスター誕生!!』に出場している。1988年開始の深夜番組夢で逢えたら』で知名度を上げ、1990年に冠のテレビ番組『誰かがやらねば!』『やるならやらねば!』を開始する。
爆笑問題1988年2000年代1994年開始のテレビ番組タモリのSuperボキャブラ天国』で人気を博す。90年代後半から深夜帯を中心に冠番組が増えはじめ、2000年ごろからゴールデンでもレギュラー番組をいくつも抱えるようになる。
雨上がり決死隊1989年2000年代1991年に結成されたアイドル芸人ユニット吉本印天然素材」のリーダー格。2000年開始のテレビ番組ワンナイR&R』や2003年開始の冠番組アメトーーク!』などで人気を博した。
さまぁ〜ず1989年2000年代90年代前半に「バカルディ」名義でいちど人気が出たが、2000年ごろに「さまぁ〜ず」に改名して再ブレイク、多数の冠番組を抱えるようになる。
ナインティナイン1990年1990年代吉本印天然素材」出身1994年開始のテレビ番組ぐるぐるナインティナイン』、1996年開始の『めちゃ×2イケてるッ!』など、早くから冠番組を持ってブレイクする。
くりぃむしちゅー1991年2000年代タモリのSuperボキャブラ天国』にて「海砂利水魚」名義で人気を博す。2003年ごろから再び人気が出はじめ、2000年代後半には多数のレギュラー番組を抱えるようになる。
ロンドンブーツ1号2号1993年1990年代ダウンタウンナイナイに続く、若者人気の高いコンビとして早くからプッシュされ、90年代後半から『ぷらちなロンドンブーツ』『ロンドンハーツ』など多数の冠番組を持つようになる。
ネプチューン1993年2000年代タモリのSuperボキャブラ天国』で人気を博す。1999年開始のテレビ番組『力の限りゴーゴゴー!!』で司会に抜擢されるなどしてブレイク2000年代には多くのレギュラー番組を抱えるようになる。
バナナマン1993年2010年代あえて『ボキャブラ』への出演をせず、ライブ中心に活動したことで売り出しが遅れたものの、2000年代半ばから徐々にテレビに出演しはじめ、2012年ごろから冠番組が急増してブレイクした。
有吉弘行1994年2000年代『進め!電波少年』の企画1996年に「猿岩石」としてブレイクするもまもなく停滞。2004年からピン芸人として活動を始め、2007年ごろから毒舌ネタ再ブレイク
タカアンドトシ1994年2000年代札幌で結成されたコンビで、2002年東京進出2005年ごろから笑いの金メダル』などで披露した「欧米か!」というツッコミ流行り、2000年代後半には複数冠番組を持つようになる。
ブラックマヨネーズ1998年2000年代2005年M-1グランプリで優勝する。2006年東京進出し、2010年ごろから冠番組を持ちはじめる。
チュートリアル1998年2000年代2006年M-1グランプリで優勝する。2007年東京進出し、2010年ごろから冠番組を持ちはじめる。
サンドウィッチマン1998年2000年代2007年M-1グランプリで敗者復活から優勝する。2010年代後半からレギュラー番組が増加し、2018年芸人好感度ランキングトップに立った。
オードリー2000年2000年代2008年M-1グランプリで敗者復活から2位となりブレイク
オリエンタルラジオ2003年2000年代結成してすぐの2005年ごろに「武勇伝ネタブレイクし、まもなく冠番組を含むレギュラー番組を持つことになった。
霜降り明星2013年2010年代2018年M-1グランプリで優勝する。

まず画期としては1953年テレビ放送の開始が挙げられる。この時期に人気があったのは落語家喜劇俳優であり、またコミックバンドも人気があった。上の表で言えばいとこいダイラケあたりが該当する。いわば「第0世代」であろうか。

次にやってくるのが「演芸ブーム」で、1963年開始のテレビ番組大正テレビ寄席』を中心に数々の演芸番組放送され、その勢いが1970年ごろまで続いた。一般にこの時期に人気が出た芸人が「第一世代」と呼ばれる。「寄席」をテレビでやるので落語漫談漫才コントコミックバンドなど幅広い芸人が登場した。てんぷくトリオを筆頭に三人組が多かったので「トリオブーム」とも呼ばれた。1970年代はドリフ萩本欽一コント番組が人気を二分した。やすきよもこの世代に含まれる。

続いて、1980年放送された『花王名人劇場 激突!漫才新幹線』『お笑いスター誕生!!』『THE MANZAI』などが立て続けに高視聴率を取り「漫才ブーム」となった。このブーム自体は二年ほどで終息するが、若手漫才師がアイドル的な人気を得て「漫才」のイメージを変えたり、吉本興業が東京進出したりするきっかけとなった。1981年から1989年まで続いた『オレたちひょうきん族』が『8時だョ!全員集合』の視聴率を超え、出演していたビートたけし明石家さんま山田邦子らは一躍スターとなった。たけし・さんまタモリを加えた「BIG3」を中心に、漫才ブームひょうきん族から出てきた芸人を「第二世代」とみなすべきだろう。

その次が「第三世代」と呼ばれる芸人たちで、お笑い養成出身の若手が、小劇場ライブで腕を磨き、夕方番組深夜番組きっかけに人気を得て、ゴールデン帯で「バラエティ番組」を持つ、といったキャリアを踏むのが特徴であるとんねるずダウンタウンウッチャンナンチャンがこの世代代表格となる。一般に「第三世代」は80年代デビュー組で区切るようだが、個人的には似たようなキャリアから早めにブレイクしたナイナイロンブーあたりも含めるべきではないかと思う。

次に来るのが「ボキャブラ世代である1992年から1999年まで続いた『タモリボキャブラ天国』は、当初は視聴者投稿型の番組だったが、徐々に芸人ネタ見せ番組に移行。この番組登竜門に「キャブラー」と呼ばれる芸人が続々と登場した。吉本興業が首を突っ込みそこねたらしく非・吉本芸人が多い。またボキャブラ終了とともに一時的に低迷した芸人が、2000年代に復活するあたりも共通している。先述したとおり、ナイナイロンブーなどを第三世代に含めるとすれば、この「第四世代」は爆笑問題くりぃむしちゅーネプチューンあたりが代表格となる。

2000年代に入って「M-1グランプリ」が始まったことで「お笑いブーム」が醸成された。また同時期に『爆笑オンエアバトル』『エンタの神様』『笑いの金メダル』『爆笑レッドカーペット』などのネタ見せ番組スタートしてお笑い人気に拍車をかけた。賞レースを目指してストイックに芸を磨く若手芸人と、多数のネタ見せ番組により短期的な人気を得た「一発屋」が混在し、芸人レベル底上げされたものの、数としては飽和した感がある。2010年M-1グランプリが終了するとブームも終息し、多数の「ひな壇芸人」を出演させてトーク中心に作られる低予算番組が増加した。(2010年までの)M-1ブレイクした芸人と「ネタ見せ番組」によって登場した芸人が「第五世代」といえるだろう。

2010年代になると、第二世代・第三世代がフェードアウトし、第四世代と第五世代バラエティの「司会」の座を奪い合う群雄割拠時代に入った。第五世代は図抜けた存在はいないものの層が厚いので、2000年代デビュー組の多くがつかえて中堅に留まっているように思える。そんな中で、霜降り明星および彼らが「第七世代」と称する2010年代デビュー組が既に台頭してきている。この場合2000年代デビュー組が「第六世代」とされるわけだが、2000年代デビュー組は遅咲きになりそうなので、おそらく2000年代デビュー組と2010年代デビュー組をあわせて「第六世代」と呼ぶようになるのではないか2020年現在芸人の主戦場YouTubeになりつつある。後世から振り返れば「第六世代」は「YouTube世代」と括られるのかもしれない。

2020-01-08

[]Time::Localのバグっぽい仕様

My Y2020 Bug | Tom Wyant [blogs.perl.org]

http://blogs.perl.org/users/tom_wyant/2020/01/my-y2020-bug.html

以下のコードを実行すると、1970-01-01が欲しい所に、2070-01-01が返ってくるという問題

https://ideone.com/OOD6yU

#!/usr/bin/perl
use 5.028;
use warnings;
use POSIX qw(strftime);
use Time::Local;

my $t = timegm(0, 0, 0, 1, 0, 70);
say strftime("%Y-%m-%d %H:%M:%S", gmtime($t));

2070-01-01 00:00:00

https://metacpan.org/pod/Time::Local#Year-Value-Interpretation

Years in the range 0..99 are interpreted as shorthand for years in the rolling "current century," defined as 50 years on either side of the current year.

(snip)

Whenever possible, use an absolute four digit year instead.

Time::Localの仕様として、年数に2桁の値を与えた場合19xx年と20xx年、現在時間から近い年を取るらしい。

70を与えた場合、今は2020年1月8日なので、1970年ではなく、2070年が取られる模様。

対策としては、ドキュメントにあるように、年数は4桁で与えるようにするのが良いと思う。

2020-01-05

1970年が50年前って怖くね?

なんか怖い

2020-01-03

2020年から来ました」って1970年タイムスリップしたら

絶対うそやん、今とそんな変わってないじゃん」

と言われそう。スマホ以外たいした未来感なくてすみませんと謝ってしまいそう。

2020-01-02

生モノ存在できない時代になりつつある

日々生きてると実感しづいかもしれませんが、現代社会は日々向上しています

とくに科学技術テクノロジーレイ・カーツワイル指数関数的に伸びてるとか言ってますが、それを信じるしんじないにしろ今の所確実に成長を続けています

なにか買っても数年後にはテクノロジーの向上で、価格が大幅に下落したり飛躍的に向上した製品が出現するので、現段階の商品サービスを無理して買う必要はありません。

かに今までもテクノロジーの変化のせいで過去遺産がだめになることがありました。レコードからCDへ変わったりVHSからDVDへ変わったり。その変化にかかる期間が狭まってます

歴史適当なのでずれてたらメンゴ

企業コンピューター利用が始まる


家庭に電子機器が入ってくる

一般家庭にPCが入ってくる

個人PC匹敵する無線端末を常時持ち歩く

動画コンテンツストリーミングで消費し始める

無線通信で動画コンテンツストリーミング消費、発信するようになる

人体の動作バーチャル空間アバター表現するようになる

社会の動きも目まぐるしく、当たり前だと思われていた年賀状を書く文化ももうありません。携帯ストラップをジャラジャラつけていたのさえほんの10年前だし、物理鍵や財布など、今まさになくなろうとしているものもたくさんあります

自動運転が出来るっていうのに免許を取るだとか、電気自動車が主流になるかもしれないのにガソリン車を買うだとか、新しい断熱材や最新の施工技術が出てくるかもしれないのに家を建てるだとか、日毎変化しているなかでものを所有するリスクが日々高まっている。

2020-01-01

1970年から50年経ったらしい

あのころ未来に僕らは立っているのかなあ…

と言いたくなるくらい字面だけはマジの未来だな2020年

いやでも本当に「未来っぽいな」って思うのインターネットスマホだけじゃん?

宇宙開発自動運転VRAIサイボーグもぜんぜん初期段階じゃん。

街並みもそんな簡単には更新されねえなあ。

案外、未来ってこんなものなのね。

50年後は2070年。

カウボーイビバップかあ。

未来想像するときは「街並みは大して変わらん」「技術進化にはムラがある」ってことを考慮すべきだな。

2019-12-14

プログラマージョーク 世界の始まり

2019-11-25

時代劇はなぜ廃れたのか

時代劇 - Wikipediaの内容を整理する。

1910年代日本映画草創期。歌舞伎演目を題材にしたり、歌舞伎役者を引っ張ってきたりしたので、自然時代劇が増えた。尾上松之助スターとなる。

1920年代映画業界軌道に乗り、各社が時代劇スターを擁するようになる。阪東妻三郎嵐寛寿郎長谷川一夫などが登場する。

1930年代トーキー映画への移行。戦前映画黄金期であり時代劇黄金期でもある。

1940年代戦時中検閲戦後すぐはGHQ禁止により、映画時代劇)が作りづらくなる。

1950年代GHQ禁止された反動時代劇映画が増加。

1960年代。ここで一気に映画からテレビドラマへの転換が起きる。

1970年代。著名な時代劇シリーズが始まる。時代劇の第二次黄金期と言える。

1966年銭形平次
1969年水戸黄門最も有名なナショナル劇場のもの
1970年大岡越前
1970年遠山の金さんテレビ朝日版の第一
1972年必殺仕掛人必殺シリーズ第一
1978年暴れん坊将軍

1980年代時代劇定番ネタがすっかり出揃って飽きられはじめた。

1981年テレビ東京が「12時間時代劇」を売りにした「新春ワイド時代劇」枠を開始(時間を縮小しながらも2016年まで続く)。

1985年日本テレビ年末時代劇スペシャル 忠臣蔵」が紅白の裏にもかかわらず15.3%の高視聴率を記録。

チーフプロデューサー岡田晋吉は当初1年間の連続時代劇として企画したが、編成会議にて上層部に「時代劇は受けない」「今時、時代劇でもないだろう」と受け入れられなかった。しかしその後、岩淵康郎(後の静岡第一テレビ社長)や一部の先輩の助け舟により、年末時代劇としての製作が決定した。

当時にしてこの認識か。

日本テレビの「年末時代劇スペシャル」枠はここから1993年まで続いた。

このあたりで年末年始=時代劇忠臣蔵)というイメージができあがったのかな。

1987年にはNHK大河ドラマ独眼竜政宗』の大ヒットもあった。

こうして1990年前後には一時的時代劇復活の気運があった。

1990年代。やっぱりダメでした。

2000年代長寿時代劇が軒並み終了。

歌舞伎講談のなかで脈々と育てられてきた特殊な題材が

メディアロンダリングされて小説映画でヒットするというのは

今でいうとなろう系がラノベ化で日の目を見てアニメ化で大売れするみたいなもんか。

戦前エンタメやそこで取り扱われるジャンルが少なかったから、

つのブームが長く続くし、飽きるまでの時間も長かったんだろうな。

個人的には「時代劇90年代くらいまでずーっと人気があった」というイメージだったけど

こうして見ると意外に変動があるし、ブームの期間も思ったほどには長くない。

映画で蓄積されてきたものテレビドラマで一気に出してすぐ飽きられましたって感じか。

もちろんエンタメ多様化もあるだろうけど。

とはいえ現在でも時代劇ドラマ映画は作られ続けているし漫画でも人気のある題材だ。

70年代ごろのブームが特異なのであって今くらいが巡航速度なんだろう。

追記

ついでに2010年代の主な時代劇(だいたい興収10億円以上)

JIN-仁-2009年2010年テレビドラマ放送され平均20%超の高視聴率
十三人の刺客2010年映画が公開され興行収入16億円。
大奥2010年映画が公開され興行収入23億円。
武士の家計簿2010年映画が公開され興行収入15億円。
のぼうの城2012年に公開された映画興行収入28億円。
るろうに剣心2012年と2014年に公開された映画三部作が、それぞれ興行収入30億・52億・43億円。
清州会議2012年に映画が公開され興行収入30億円。
信長協奏曲2014年にテレビドラマ化、その続編として2016年に公開された映画興行収入46億円。
超高速!参勤交代2014年と2016年映画が公開され、それぞれ興行収入15億・11億円。
蜩ノ記2014年に映画が公開され興行収入11億円。
殿、利息でござる!2016年映画が公開され興行収入13億円。
忍びの国2017年に映画が公開され興行収入25億円。
関ヶ原2017年に映画が公開され興行収入24億円。
銀魂2017年と2018年に公開された映画が、それぞれ興行収入38億・37億円。
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