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はてなキーワード: 協調とは

2017-06-23

https://anond.hatelabo.jp/20170622220827

遊びも勉強から真面目にやった方がいいよ。相手示唆していることが分からないことにメリット全然ないし、それを身に付けるには実技しかない。言語能力が発達していれば勉強も軽く済むし。日本語がわからないおじさんは地獄しかない。収入もないし。

勉強と遊びを二項対立に持っていく論法は実は勉強をしない人の言い分で、勉強ができる人は人と対話ができるから遊びができるし、意図理解できて問題が解ける。できない人は指示を明確化されないと解けない、というか解かれた問題を読むことしかできないから、何らかの概念理解できていないように周りからは映る。人間コミュニケーションは細かな意図の組み合わせで、誰かの固まりきっていない意図を汲み取って自分のそれと組み合わせることで新しい意図ができ、それが価値になる。「勉強だけした人」はそれができないので、意図は完成していて単純に手が空いていない仕事を厳密に指示されることしかできない。それがどんなに高度な手作業でも、人間を離れて高度であること自体価値ほとんどない。

から高校では人間との共同作業をきちんと勉強したほうがいいよ。できれば高校では小中で実践してきた協調価値に変える実践に入ったほうがいいよ。おじさんには知識しかいからもうすべてが手遅れだけど。

2017-06-11

白紙に戻せぬ遣唐使教科書の読み比べ)

山川出版日本史の何がすごいのか、さっぱり分からない」

http://anond.hatelabo.jp/20170604204919

これの筆者です。

id:netcraft3さんに「このままシリーズ化してほしい」と言われたんですが、そのつもりはないです。歴史学に対してろくな知識もないから恥をかきそうだし、人気の増田国会ウォッチャー)みたいに注目をあびるのは恐ろしいです。

  

なので今回で最後になるかもしれませんが、ひとまず「遣唐使」について見ていきましょう。

山川出版社『詳説日本史』の「遣唐使」という項は、次のように書かれています。全文引用します。

618年、隋にかわって中国を統一した唐は、東アジア大帝国をきずき、広大な領地を支配して周辺諸国に大きな影響をあたえた。西アジアとの交流もさかんになり、都の長安(現、西安)は世界的な都市として国際文化が花ひらいた。

東アジア諸国も唐と通交するようになり、日本から遣唐使は8世紀にはほぼ20年に1度の割合で派遣された。大使をはじめとする遣唐使には留学生・留学僧なども加わり、多い時には約500人の人びとが、4隻の船にのって渡海した。しかし、造船や航海の技術はまだ未熟であったため、海上での遭難も多かった。遣唐使たちは、唐から先進的な政治制度国際的文化をもたらし、日本に大きな影響をあたえた。とくに帰国した吉備真備や玄昉は、のち聖武天皇に重用されて政界でも進出した。

朝鮮半島を統一した新羅とも多くの使節が往来したが、日本は国力を充実させた新羅従属国として扱おうとしたため、時には緊張が生じた。8世紀末になると遣新羅使派遣はまばらとなるが、民間商人たちの往来はさかんであった。一方、靺鞨族や旧高句麗人を中心に中国東北部建国された渤海とは緊密な使節の往来がおこなわれた。渤海は、唐・新羅との対抗関係から727(神亀4)年に日本に使節を派遣して国交を求め、日本も新羅との対抗関係から渤海と友好的に通交した。

これはひどい遣唐使派遣再開が何年だったかという記述がありません。

そもそもこの派遣が再開であるという基礎知識すら、この教科書では把握できません。ページを戻って第2章「1,飛鳥の朝廷」の「東アジアの動向とヤマト政権の発展」という項では、「倭は630年の犬上御田鍬をはじめとして引き続き遣唐使派遣し」たとあるのですけど、その後にしばらく派遣を中断した時期があることは記載なし。

一時期は中断していたからこそ、702年の派遣再開に歴史的意義があります。第1回の遣唐使派遣が630年ですから、何と、まだ大化の改新をやっていない時代ですよ? それくらい古い時代から派遣していたにもかかわらず、多くの教科書8世紀初頭の出来事として遣唐使のことを説明するのはなぜでしょうか。それは再開というターニングポイントを重視しているからです。本書もそれに従って、「3,平城京時代」という単元に「遣唐使」の項を配置しています。それならば、中断・再開の経緯について説明を載せるべきです。

  

ちなみに、他の教科書では、遣唐使派遣再開についての説明が次のようになっています

7世紀前半にはじまった遣唐使は、天武・持統天皇時代にはしばらく中断されていたが、702年久しぶりに難波津を出発した。」

東京書籍日本史B』(日B 004)

「また政府は、8世紀のはじめに遣唐使派遣して、669年以後とだえていた唐との国交を回復した。」

実教出版日本史B 新訂版』(日B 014)

「日本は唐の文化積極的にとり入れようと意欲をもやし、ほぼ20年に1度くらいの割合で遣唐使派遣した。」

山川出版社高校日本史 改訂版』(日B 017)

白村江の戦いののち、30年あまりとだえていた唐との国交が、701(大宝元)年の遣唐使任命によって再開され、以後、遣唐使がたびたび派遣された。それまで、半島から渡来人新羅などに学びながら、ある程度の国家体制を整えてきたが、この年の大宝律令とともに、唐との直接交通を始めたのである。」

桐原書店新日本史B』(日B 011)

律令制度を整えた朝廷も、702(大宝2)年に遣唐使を復活させ、唐の文物制度摂取につとめた。[中略]

こうしたなか、朝廷は新都の造営や貨幣鋳造、国史の編纂などを次々に実行して、中央集権体制にふさわしい国家づくりに励んだ。」

三省堂日本史B 改訂版』(日B 015)

  

引用者注教科書のページを戻って「白村江の戦い国内体制の整備」の項では、白村江の戦いののち、遣唐使が「669年を最後に中断した」という記述あり。]

この中では、桐原書店ダントツに優れていると思います

遣唐使が中断していた理由もわかるし、大宝律令の制定と遣唐使の再開という2つの出来事を結びつけて理解することができます

  

三省堂記述おもしろいです。私は前回、この教科書について、「時代の流れがよくわかる」「時系列にしたがった記述が多い」というようなことを書きましたけど、ここでもその特徴が出ています

大宝律令の制定、平城京への遷都、貨幣鋳造、国史編纂というのは国内政治です。一方、遣唐使新羅・渤海との関係は、外交政策です。普通教科書はこれを別項に分けますが、三省堂はこれを同じ項にまとめて一つの時代様相として語っているのがすごい。

  

東京書籍実教出版も、中断・再開に触れています。その点は『詳説日本史』より絶対にマシです。

  

山川出版社高校日本史 改訂版』(日B 017)は、教科書のページ数が少なくて、内容もぺらぺらに薄いです。『詳説日本史』と同様、これでは大雑把に奈良時代の初め頃だったということしか分かりません。(しかも正確には702年に派遣再開されたので、これを奈良時代出来事と把握すると誤りになります)

  

  

  

東大入試でよくわかる遣唐使

東大入試2003年)は、遣唐使の本質にせまる問題を出しています

次の(1)~(4)の8世紀の日本の外交についての文章を読んで、下記の設問に答えなさい。

(1) 律令法を導入した日本では、中国と同じように、外国を「外蕃」「蕃国」と呼んだ。ただし唐を他と区別して、「隣国」と称することもあった。

(2) 遣唐使大伴古麻呂は、唐の玄宗皇帝元日朝賀(臣下から祝賀をうける儀式)に参列した時、日本と新羅とが席次を争ったことを報告している。8世紀には、日本は唐に20年に1度朝貢する約束を結んでいたと考えられる。

(3) 743年、新羅使は、それまでの「調」という貢進物の名称を「土毛」(土地の物産)に改めたので、日本の朝廷は受けとりを拒否した。このように両国関係は緊張することもあった。

(4) 8世紀を通じて新羅使は20回ほど来日している。長屋王は、新羅使の帰国にあたって私邸で饗宴をもよおし、使節と漢詩をよみかわしたことが知られる。また、752年の新羅使は700人あまり大人数で、アジア各地のさまざまな品物をもたらし、貴族たちが競って購入したことが知られる。

  

設問:この時代の日本にとって、唐との関係新羅との関係もつ意味にはどのような違いがあるか。たて前と実際の差に注目しながら、6行以内で説明しなさい。

これの答えがピンポイントで載っている教科書があります

山川出版社新日本史B 改訂版』(日B018)です。これ以外は、どの教科書も上記引用した『詳説日本史』と似たり寄ったりの内容ですからいくら熟読をしても答案を書くことが難しいと思います。(三省堂のぞく。後述)

8世紀に入ると、日本は20年に1度の回数で大規模な遣唐使派遣した。日本は唐の冊封を受けなかったが、実質的には唐に臣従する朝貢であり、使者正月の朝賀に参列し、皇帝を祝賀した。[中略]

一方、日本の律令国家内では天皇皇帝であり、日本が中華となる唐と同様の帝国構造を持った。日本は新羅や渤海を蕃国として位置づけており、従属国として扱おうとした。

白村江の戦いののち、朝鮮半島を統一した新羅は、唐を牽制するために日本とのあいだにひんぱんに使節を往来させ、8世紀初めまでは日本に臣従する形をとった。やがて対等外交を主張したが、朝廷はこれを認めず、藤原仲麻呂新羅への征討戦争を準備した。一方で、新羅民間交易に力を入れ、唐よりも日本との交流が質量ともに大きくなった。現在の正倉院に所蔵されている唐や南方の宝物には、新羅商人仲介したものが多いと考えられる。[後略]

  

山川出版社新日本史B 改訂版』(日B018)

以上に準拠しながら、私なりに要点をまとめておくと、次のとおりです。

  

(1)は、日本が唐から律令を学び、その中華思想の影響を受けたことを言っています。つまり、日本はみずからが「中華となる」という「帝国構造」を作ろうとしたのです。「日本は新羅や渤海を蕃国として位置づけ」て、彼らを野蛮だと侮蔑し、従属国として扱おうとしました。ですが、唐だけは別格です。あのような大国を敵にまわすと、恐ろしいことになりかねません。そういう遠慮があって、唐のことだけは尊重して隣国と呼びました。

(2)は、「日本は唐の冊封を受けなかったが、実質的には唐に臣従する朝貢」をしていたということです。唐の臣下となって朝貢する国々の中にも、その立場にはランクがありました。日本と新羅はともに唐の臣下だったのですけど、日本は新羅より格上の臣下になろうとしたのです。

(3)は、日本と新羅関係悪化について述べています新羅が「8世紀初めまでは日本に臣従する形をとった」ので、その間は関係がうまくいっていました。しかし、新羅が「やがて対等外交を主張」するようになったから、両国関係はこじれてしまったのです。それが最終的には藤原仲麻呂が「新羅への征討戦争を準備」するくらいにエスカレートします。

(4)は、日本と新羅政治的には対立しつつも、経済的には交流が盛んだったという内容です。「新羅民間交易に力を入れ」ました。「新羅商人仲介し」、日本へ「唐や南方の宝物」をもたらしたのです。それは貴族たちが競って購入したがる垂涎の的でした。現在「正倉院に所蔵され」ている宝物も、そういうルートで輸入したものが多いのです。

  

教科書の読み比べをすることの目的は、なにも入試対応するためだけではありません。

例えば『詳説日本史』には、最初引用したとおり、「日本は国力を充実させた新羅従属国として扱おうとしたため、時には緊張が生じた」とか、「8世紀末になると遣新羅使派遣はまばらとなるが、民間商人たちの往来はさかんであった」という記述があります。この短い記述が伝えようとしていることの本当の意味は、『新日本史B 改訂版』(日B018)のような他の教科書と併読することにより、はじめて正確に把握できるのです。

  

ところで、この教科書の著者は、東大の先生が3人、京大の先生が1人です。本書だけに載っているネタを使って入試問題がつくられたのは、そのへんの事情もあるのかなと勘ぐってしまます

もしくは、これは2003年入試問題ということだから、ちょうど講談社の『日本の歴史シリーズ2000年2003年)が発行されていた時期ですし、そちらの内容を意識しているのかもしれないですね。一応、そっちのシリーズから引用しておきましょう。

国内及び新羅などの諸国に対する時と、唐に対する時とで天皇の顔を使い分けるという、まことにすっきりしない状況でもあった。このような努力・苦心を払って日本が手に入れようとしたのは、東アジアの有力国としては新羅より格が上、という地位の確認であり、また初期の遣唐使が唐の高宗蝦夷を見せたことに示されているように(『日本書紀』斉明五年七月三日条)、日本は隼人蝦夷などの異民族をも支配下にいれた大国かつ君子国であるという評価であった。いわば唐を盟主とする諸国の中での相対的に高い地位を求めるとともに、自らの小帝国であることを唐に認めさせようとしたのである。(石母田正天皇諸蕃』)

  

坂上康俊『日本の歴史05巻 律令国家の転換と「日本」』

さきにもふれたように、「日本国」は唐帝国との公的な外交関係では「天皇」の称号を用いることができず、実際には二十年に一度の使い――遣唐使――を送る唐の朝貢国位置づけられていたと考えられるが(東野治之「遣唐使船」朝日新聞社、一九九九年)、国号「倭」から「日本」に変え、「天」をつけた王の称号を定めたのは、唐帝国に対し、小なりとも自ら帝国として立とうとする意志であったことも間違いない。

実際、「日本国」は「蛮夷」を服属させる「中華」として自らを位置づけ、「文明」的と自任するその国制を、周囲の「未開」な「夷狄」におし及ぼし、国家領域を拡げようとする強烈な意欲を、その発足当初は持っていたのである

[中略]

このように、朝鮮半島に対しても圧力を加えて、朝貢を強要する姿勢を示す一方、「日本海」をこえてたびたび使者を送って交易を求めてきた渤海については朝貢国として扱うなど、「日本国」は自らを「中華」とし、帝国として四方に臨もうとしていた。しか東北侵略を止めた9世紀に入ると、こうした「帝国主義」的な姿勢列島外の世界に対する積極的な動きはしだいに退き、十世紀になれば、ほとんどそれは表に現れなくなっていく。

  

網野善彦日本の歴史00巻 日本とは何か』

日本が置かれている立場としては、唐への朝貢という屈辱外交をやめるためには、遣唐使派遣を中止するしかないわけです。しかし、日本は唐と断交して敵対的にのぞむ国力も、その覚悟もありませんでした。

いっぽう、遣唐使は唐の皇帝から賜った国書日本国王へ勅す)を持ち帰るわけにはいきません。日本が唐に朝貢していると認めることは、天皇の威信を傷つけることになるからです。

こうなると、実際には日本が唐に朝貢していることが明らかなのに、国内での建前としてはそれを否定してみせる必要が出てきます。要するに、「遣唐使派遣は朝貢ではない。天皇が唐に臣従しているという批判は当たらない」という建前をでっちあげ、国内的にはそれをゴリ押しすることで、この矛盾を乗り越えようとしたのです。

  

私がこのエントリ題名に「白紙に戻せぬ遣唐使」と付けた由来は、多分みなさんもご存知の、894年に遣唐使が廃止されたことを指す語呂合わせ「白紙に戻そう遣唐使」です。しかし、日本がほんとうに、この"遣唐使"的なるものを白紙に戻せたかというと、それは甚だ疑問です。為政者国内国外で異なる顔を見せたり、外交姿勢の実態と建前を使い分けているというのは、室町時代に明に朝貢して「日本国王」となった足利義満に、ほとんどそのまま適用できる視点だと思います

それに、このことは現代外交問題についても、重要示唆を与えてくれます。例えば政府国内に向けて愛国心ナショナリズムを煽っておきながら、それと同時に国外に向けて国際協調アピールをするというチグハグな状況は、まさにこの延長にあるんじゃないでしょうか。

あるいは唐側の視点で見ると、日唐関係はこんな見方もできるかもしれません。唐は日本がおとなしく朝貢するかぎり、細かいことに目くじらを立てなかった。唐としては蕃国をヘタに刺激して事を荒立てるより、多少その尊大なふるまいを黙認しておく方がメリットがあった。すなわち唐は日本と妥協しあって、朝貢関係があるとも無いとも、どちらとも言える状況を作りあげた。――こういう分析がどれだけ妥当か分かりませんけど、2国間に争いがあるとき玉虫色の決着をつけ、両国政府がそれぞれ自国民の耳に心地よい解釈で説明をしているというのは、これまた現代によく見かける話でしょう。

  

  

  

教科書の読み比べ

遣唐使についての解説が長くなりすぎましたが、じゃあここから、各社の教科書の読み比べをしていきます

  

実教出版日本史B 新訂版』(日B 014)

遣唐使船はふつう「よつのふね」とよばれ、1隻に100人まりが乗りくみ、多い時で約500人の大使節団であった。

悪くはないですが、遣唐使について普通説明があるだけです。

おもしろい特色がありません。

無理に良い所探しをするなら、「よつのふね」という文学的呼び方を紹介し、その規模がいかに大きかったかを強調していることです。

華々しく飾り立てた大使節団というのは、それを送りだす側も、それを受け入れる側も、両国にとって国威発揚イベントになったと推測できますもっとも、沈没行方不明になることも多々あったので、華々しさとはかけ離れたのが実態だったかもしれませんし、どうなのでしょう?

  

  

  

桐原書店新日本史B』(日B 011)

  

……って、今回はここで文字数制限なのか。

引用をしていると、あっというまに文字数が膨らみますね!

つづきを書きました→ http://anond.hatelabo.jp/20170611234459

貧困を抜け出せても豊かになれなければ死んだほうがマシ」

「勝ち目がなければ競争に参加してやる義理はない」

困窮者だけじゃなく、世相がこういうメンタルなんだと思いますよ。

結婚子どももなく、ソシャゲをやって、現実逃避したほうが幸せなんですよ。

貧困を抜け出しましょう」と言って協調のない競争をさせようとしてるあなたに言ってるんです。

2017-05-31

http://anond.hatelabo.jp/20170531003348

宮廷20年前。

一言で言うと協調したほうが得であり、仲が悪いことで得をすることが何もないからです。

でもそれは全部上っ面です。表向きです。形だけです。そんな感じでした。

同窓会結構楽しいです。

2017-05-23

http://anond.hatelabo.jp/20170523123406

発達障害の事はわからないけど

人生とはそういうものではないかと思います

上手く行っている事と行かない事を抱え、死にたい時期もあったり…

自分を傷つけたり他人を深く傷つけなければ、どんな方法でも生きて行ければいいと私は思う。もちろん辛いけど。

もし辛さを軽減したければ、それは思い切った行動をするのみ。

犯罪自傷ダメ。例えばカラオケ行って今まで出したことないとんでもない声出してみるとか。

それから発達障害ではないけど…自閉症の人がwandering minstrelであるという記事が参考になるかと思った。

一般人は抑圧された中で何とか協調して生きて行こうとする。

自閉症の人は他人と関わらず自分を守って生きて行こうとする。

ある国で抑圧が無くなったら真っ先に外へ飛び出して行くのはwandering minstrelであると書いてあったと思う。

(検索したけど見つからなかったのでリンク無し)

それと気持ちが解り合える人…例えば発達障害説明会みたいなのと繋がっておくとかそういうの探したらいいんではないかい?

分断が一番ヤバイよ。

2017-05-19

左翼売国奴

外国と比べて、日本左翼国旗を仰がない、他国日本を売る売国奴などと聞くが

こういう言説の問題なところは、今の日本の国政と「自分達・自国で作り上げた国」と比較しているところだ

現在日本体制は、アメリカによって作られアメリカ規定した国家制度アメリカ庇護のもとで存在している

つまるところ、おおよそにおいて、国家象徴するものが「自分たちのものである」と言う点が希薄なのだ

全てにおいても、特に国旗国歌にしても、「アメリカにとって都合が良かったから」と「アメリカに許されたから」でしかなかった

自分たちのものでない以上、自分たちアイデンティティとはなりえないし、それが象徴として認めえるかは、「自分たちで作り上げた」民主主義国家と比して感情の複雑なものになる

個々人の許すか許さないかに大きく左右される

占領からまり、そこから日本には「アメリカ所属するか」と「アメリカ所属しないか」に分裂していて、ずっとそれが続いているだけの話だ、愛国だの売国だのと言う話ではない

アメリカ以外がロシアであり中国であることはあるがは時代によって変遷するが、結局のところ、両翼の思想において国の主体としての日本と言うものは実のところ存在せず、いわゆる右翼のいう所の愛国と言うもの虚構

大まかに、アメリカ統治を認めるか=右翼アメリカ統治を認めないか左翼と言う構図でしかなく、アメリカを認める=(現在の)日本肯定する=(虚構としての)愛国となるだけだ

売国奴と言う理屈も、中国ロシアを敵とする前提があって、それに利するから売国奴となるが、そもそも中国ロシアが敵であるというのはアメリカと組するという前提から生じている

アメリカと手を切って中国ロシア協調すれば、それだけで単純に立場が逆転する

宗主国アメリカとするか中露とするかの違いでしかない

もちろん、中国と組すれば即座に占領地になり、チベットのように虐殺圧政を受けるという危惧も当然だろうが

北朝鮮北ベトナム、バングラディッシュと、隣接した社会主義国中国有効ながら属領とならずにいる国もある

しろチベット反中国だからこそ攻め込まれ支配されている(勿論、侵略による圧政など否定すべきだが(ここは強調しておく))

個人的に、どっちかマシかと言えば自由主義に組するアメリカではあるのだが

それでもアメリカ所属することを愛国と言い張って、宗主国選択で競い合ってるだけの相手売国奴などと、どちらも国を売ってるだけの状況で偉そうに言える言葉ではないように思える

2017-05-12

自称弱者はさ

過労死の大半が正社員なのをスルーして正社員特権階級だの

家事労働やる気もないくせに弱者俺様私様を養えだの

どうして「恵まれステータスの維持に伴う努力」を強者一言で片付けられるんだ?

やったこともないしやる気もないから?

70年代で脳ミソの止まった左翼に甘やかされてきたから?

いい大学入ればいい会社に入れて、いい会社に入れば一生潰れる心配しなくて済むような時代じゃないことくらい

今時小学生でも知ってるぞ?

再分配は否定しないしBIは俺が鬱になるかクビになった時のためにも賛成だが

高齢者への資産課税以外でお前らと協調する気は一切ないからな

2017-05-11

多くのその辺の日本人は、政治家自分のおかあちゃんであるべきと考えているのかな?

早朝から区市町村議員候補の人たちがパンフレットを配っている。

議会の報告や地域の話など、気合が入っている内容も多い。

が、受け取るのは30人くらいのうち1人いるかいないか割合

忙しいから、という人に言いたいが、忙しい・心の余裕も持てない理由は、政治に参加しないで放置してきた結果の社会からじゃないのかい

そのくせ、文句は一人前に垂れるのよね。おまえの母親じゃないんだから政治家じゃなくったってあんたの希望に100%沿ってくれる人なんているわけないし、それでも共通点や近似点で協調や支持をして議会制民主主義ばかりか社会人間関係自体がそう働いていること、その歳になってもわからないのか?政治家公務員じゃないので、国民地域全体に奉仕する義務はなくて、一部の人間のためでも、あるいは自分家族親戚や個人自身だけのために活動しても何ら咎められる理由はない。で、各有権者自身自分と近い意見の人や実現・維持・廃止しようと行動している人を探す必要がある。

手紙メール一本でも送れば議員候補者、あるいは秘書が目を通すはず。マスコミはだましているつもりはないのかもしれないが、政治参加は「〇年に一度の選挙」の時だけではないよ。

文書に起こして読むと、当たり前すぎることだわね。

政治家は裏で何を考えているのか怪しい、とか言うけどさ、そのまえにそもそも議員さんや候補者からパンフも受け取って表面上でもその議員さんの主張や行動を見てみろよ、と。すき家店員さんやバス運転手にも聞くわけ?アマゾンアップルグーグルマイクロソフト社員本心確認したことがあるのか?テレビ新聞雑誌、なんとか通信それから何々大学名誉教授、が言ったとされると鵜呑みにするくせにさ。。

こんなままでは、中国韓国北朝鮮軍門に下るのも目に見えているわ。

と、某県某市に引っ越しからよく思っております

やはりアルファモスクワ氏は天才

トレス疑惑を叩く際に、違法適法かを一切言わない所が完全にプロ

そもそも著作権トレスと模写を区別せずに、独自性の有る要素を複製しているかしか判別しないから、

トレスから駄目、模写だから駄目みたいな物は存在せず、出来上がったモノがオリジナル翻案の域から外れていれば適法という事を悟らせ無いよう

完璧に立ち回っており、そもそも疑惑が発生したら悪という素晴らしい前提を言外で協調している、中々出来る事ではない。

適法から悪ではなく、アルファに逆らったら悪というルール。これがSNS時代の新法規

2017-05-08

信者気持ち悪くなる瞬間

あるジャンル信者なのだ

ネット上のコミュニティに居ると、他の信者が一瞬でキモくなる事がある

 

誤解しないで欲しいが、信者が無条件で気持ち悪いわけではない

しろアンチよりぜんぜん素直でよい存在だと思う

 

ではどういう時に気持ち悪くなってしまうのか、改めて考えてみる

 

1.過度な帰属意識を持ち始める

まるでそれの製作者や当事者であるかのように振る舞う瞬間、傍から見るとキモい

勘違いしちゃってるんだ、お前は別に制作者の家族でも関係者でもなく、いち消費者だよ

と教えてあげたいが、大抵思考がそっちに逝っちゃってるので話が通じない

 

ちなみにこれは昔からある

スポーツチームの監督か、それより上位の目線で物を語るおっさんがそれだ

 

2.○○→すごい 俺→すごい

どっかで見たことある構図だが

1の帰属意識のあとにこれが来る

例えば、対象が売上で1位になったとか、権威ある人に評価されたとかになった際に

帰属対象を褒めることで自分自身気持ちよくなるようなケースだ

 

から見ると、結果的ナルシストに見えるのだからそもそもキモいのだが

自分の成果ではなく、他人の成果を用いてナルシストをやっているように見えるので輪をかけてキモくなる

 

3.他と比較する

1,2の後にこれが来る

他と比較して、対象が他より優れていると優位性が得られた際に

それを協調し始めると周りから煙たがられる(これについてはキモいというより、ウザがられると言ったほうが正しいよね)

 

4.上記を全部大上段から俯瞰する

全部ひっくるめた上で評論家のような振る舞いを見せた瞬間に、キモさが爆発し

凄まじい臭気を帯び始める

 

 

ちなみに、ここまではまだキモさの序章だと思う

よりキモいのは、1→2→3→4を、間違った情報や浅い考察でやり始めるとき

自分のほうが情報について詳しい場合、得も言えぬ気持ち悪さを体験することになる

(ちなみにそれを指摘すると信者同士の喧嘩になる。

 その際は、片方が片方をアンチ呼ばわりするが、アンチ認定してる人が大抵浅い方だ。

 なぜかと言えば認定というのは結局、情報判別がつかなくなった時にする最後の手段からだ)

 

不思議なことに、これをやらかすのは若い層に多い(高校生大学生くらいの時期)

歴史上の偉人を見ても、何かの派閥に肩入れしたりするのがこの年頃なので、そういう時期なのかもしれない(高二病大二病?)

 

 

蛇足だが、これらの心理をうまーく言葉に落とし込んだのが「サポーター」だと思う

あなた方は関係者ですよ」と言ってあげることで、「あなた臭い信者でいていいんですよ」という免罪符を与え、強力な宗教組織っぽい何かを作ってしま

はいビジネス的にはうまくいくので、スポーツでは上手く活用できていると思う。

あくまスポーツの話ね。他意は決してない)

 

最近この強烈な信者臭を感じるのはやはりコンテンツ業界なのだ

コンテンツ業界が「サポーター」という単語を使わないことを祈る

鼻が曲がってしま

2017-05-07

http://anond.hatelabo.jp/20170505101942

日本で生きていくしかない劣等な遺伝子ダニが、協調してお互い足を引っ張ってるだけだから、すごくもなんともない

2017-04-23

発達障害かもしれないか病院行け」の弊害

生きることに悩んでいる人の苦しみがネット上で吐露されると「あなたはもしかすると発達障害可能性があるかもしれません。心療内科受診しましょう。」という趣旨書き込みがなされることが多々ある。

実際に病院に行ったことで、原因不明だった生きづらさが何なのか解明する手がかりを掴む人も確かにいるはずだ。

だが発達障害というものはここ10年ほどの間で、その名前けが世間認知されていった。

その定義も特徴も曖昧難解なこの障害説明することは容易いことではないのだ。

マスメディアを通じこの聞きなれない障害を知った人々は、ネット上で絶えず繰り返される人生の悩みと、それに対し発達障害を疑う返答というやりとりも幾度となくみてきた。

俺が指摘したいのはこれによって発達障害=変人無能という誤った認識インプットしてしまった人が多いのではないかということだ。

学校に馴染めない。虐められる。

仕事がうまくいかない。職場に居場所がない。

ご近所付き合いがうまくいかない。周りから浮いている。

このような悩みに発達障害可能性を指摘する書き込みが寄せられるイメージにより、逆説として発達障害は、集団に溶け込めず一般的事務的労働をこなすことができない人間が抱える障害と捉えられてしまってはないだろうか。

集団に溶け込めず一般的事務的労働をこなすことができないということは個人的体験であり、発達障害の特徴を端的に表した事象とは言い難い。

発達障害者には特有の苦手なことがあり、不幸にもそのために悩みの語り手はトラブルに巻き込まれしまったのである

発達障害者からといって皆が皆総じて友だちがうまく作れず仕事ができず社会から孤立しているわけではない。

定型発達者の中にもうまく社会生活が送れていない人がいるように発達障害者の中にもそういった人がいるというだけではないか

悲惨な状況にいる発達障害者ばかりが可視化されてきたことで、どうも日本では発達障害というものに過度にネガティヴイメージがついてしまったのではないかと思う。

発達障害者を「協調することができず通常の業務遂行することもできない人間」というふうに捉えてしまえば、配慮して共生していこうという寛容を保つことも難しくなってしまう。

最近では変わった人や冴えない人を蔑むためだけに発達障害という言葉が投げかわされているよう見える場面に出くわすこともあるようだ。

せっかく生きづらさを抱える人に発達障害というヒントが提示されても、発達障害者として生きることが世間の好奇と侮蔑眼差しに苦しむことになってしまっては意味がない。

これから時代必要なのは発達障害者社会参画を特に知識経験のない一般人イメージしてもらうために、実際に活躍する障害者ロールモデルとして紹介していくことではないだろうか。

障害者にも感情や慈愛はあるし、彼らは彼らが持つ道理にしたがって行動しているわけで決して思慮の浅い人間というわけではない。

このことをもっと意識するべきなのだろう。

2017-04-08

Ubuntu Code of Conduct v2.0を適当日本語訳してみた

訳注

Ubuntu Code of Conduct(行動規範v2.0

コミュニティ

Ubuntu」とは、「他者への思いやり」のことです。この単語自体が、人間としての精神体現しています

我々は、生産的で、幸福で、複雑な領域における新しい発想を歓迎できる柔軟性を持ち、また、あらゆるプロセスを常に改善し、さらに、各々が全く異なる要求や関心、能力を持つグループの間の協力を促進するコミュニティ希求します。

我々は、メンバー多様性によってコミュニティを強靱なものにするために、多様な参加者を活発に探します。このUbuntu行動規範は、多様なグループがお互いの利益と喜びのために協調することを確実にするために存在しています。我々は、誰であっても、プロジェクトへの参加に障害がないよう努力します。

行動規範一般的に、公的であれ私的であれ、我々がどのように振る舞うべきかを統率します。我々は、プロジェクト代表者公式非公式を問わず)、関係者、そして直接の参加者が、このUbuntu行動規範尊重することを望みます

我々は、下記に真剣に努めなければなりません。

思いやりを持つ

我々の成果物他者によって使われるでしょうし、また逆に他者成果物にも依存していますいかなる決定であっても、利用者関係者に影響を与えることを頭に置いて、決定をするときにはそのことを考慮する必要があります

他者尊重する

意見に相違があるからといって、無礼な振る舞いをとってはいけません。衝突を解決するために協働し、他者善意で行動していると仮定し、親身になるよう努力しなければなりません。苛立ちが個人攻撃に発展することがあってはなりません。不快感を覚えたり脅威を感じるコミュニティは、生産的ではありません。

発言と行動に責任を持つ

間違いを犯すことは誰にでもあります。そのときには、責任を取らなければなりません。もし誰かが傷つけられたり攻撃されたときには、注意深く、そして思いやりを持って意見を聞き、間違いを正すよう行動しなければなりません。

協力的である

我々が作り上げようとしているものは複雑で、それぞれに想いが込められたたくさんのパーツでできています。各々が違ったゴールとビジョンを持つチームの間での協調は不可欠です。ただのパーツの組み合わせ以上の成果物を作り上げるには、各々のパーツが全体を理解するよう努力しなければなりません。

協調して取り組むことで、冗長作業を減らし、品質の向上につなげることができますプロジェクトの内外を問わず協調することは大切です。可能な限り、アップストリームプロジェクトと共同で作業し、フリーソフトウェアコミュニティ協調することが必要です。透明性を確保し、その作業に関心を持つ人とはなるべく早期から協働するのが良いでしょう。

明白さ、透明性 (clarity) 、合意を重視する

社会的な、あるいは技術的な意見の不一致はよくあることです。しかし、意見をまとめずそのままにしたり、何を合意したのかを不明確なままにして他の人を悩ませることがあってはなりません。

プロジェクト参加者は、意見の不一致を建設的に解決することが期待されています。もしも合意に至らなければ、あらかじめ決められたリーダー仲裁を依頼し、透明性 (clarity) と指示を求めます

からないことがあれば手伝ってもらう

誰であっても、完璧であることを求められてはいません。誰かに質問することは、後で発生するであろう問題回避できるので推奨されます。ただし、適切な場所質問してください。質問を受けた人はすぐに反応し、手助けしてあげてください。

役目を降りるときには丁寧に

プロジェクトを離れるときには、与える混乱を最小限にするよう動くことが求められますプロジェクトから離れることを他の人たちに伝えて、離れる人が作業を中断した地点からほかの人たちが再開できるようにしてください。

リーダーシップ権威責任

我々は、実例議論と行動によって動かされます。新しく参加した人は、もしプロジェクト改善につながる新しい考えがあれば、ぜひ人々を率いて、行動を起こしてください。リーダーシップは、行動を起こすことだけで誰でも実践できます。その機会があれば、誰かの許可を待つ必要はありません。

トップから権限委任

プロジェクトに関する責任は「慈悲深い独裁者」を頂点として、そこから特定範囲について責任権限委任されたコミュニティカウンシル、その下にいるチームや委員会 (councils) 、個人委任されていきますコミュニティカウンシルまたはその代表者が、争いごとの解決を行います

我々は実力主義に基づいて、意思決定や統率、リーダーシップを、長く参加している人から能力があって関心の高い候補者委任していきます

権限委任は支持に基づくか評価されている

評議会 (boards) や委員会 (councils) への任命は、コミュニティカウンシルが決定権を持ちます。ただし、事前にコミュニティに対してインプットを求めるものします。

リーダーシップは、表彰権利肩書きではありません。リーダーシップ権限であり、そこには責任が生まれますリーダーシップコミュニティから委任されたものです。リーダー権限は、委任するコミュニティから支持されている間だけ得られるものです。

議論データと決定を尊重する

我々は何かものごとを決める前に、意見データ関係者から意見表明を集めますリーダー役割として、チームが決定を遅滞なく行う手伝いをし、ガイダンスを与え、合意に至らなかったときに決定をし、決定の実施責任を持つことが期待されています

何かを決めないことには、先に進めません。明確な指示には価値がありますときには、データが足りなかったり、合意が得られがたいこともあるでしょう。それでも、何らかの決定を下さなければなりません。いつでも完璧な決定を下せる保証などないのです。決定を先延ばしにするより、失敗して、失敗に学び、将来の役に立てることが大切です。

我々は、問題をより把握しているチームを信頼して決定を下してもらうことで、プロジェクトはよりよいものになると認識しています。もし決定に不満があれば、それを下したチームと調整します。調整が付かなければ、その決定についてレビューする統治機構 (governance structure) があります。つまるところ、責任を持つ人が決定を下し、それがプロジェクト統治 (project governance) に支持されていれば、その決定は有効であるします。我々はある決定について納得しないこともあるかもしれませんが、それでもプロジェクトを信用し、たとえ内心では違うほうがよいと思っていたとしても、プロジェクトとしてその決定が実施されることを支援します。

開かれた実力主義

誰であっても、どの組織所属していようとも、どのようにプロジェクトに関わろうとも、我々は参加を歓迎します。コミュニティは開かれたものであり、能力や適性を持っていることを示せれば、職責を負うことができます

チームワーク

リーダーが目指す最も重要なゴールは、チームの成功です。

「名演奏家はその演奏によって評価され、リーダーはチームの行動で評価される」リーダーは、行動すべき・身を引くべきときを知っています。チームは、リーダー権限を渡したりそれを取り戻すべきときを知っています

称賛

良きリーダースポットライトを浴びようとせず、他のメンバー活躍をたたえますリーダーはチームメンバーの中で目立つ存在しょうが、良きリーダーはその注目を他のメンバーの優れた活動に対してスポットを当てるために使います

度胸と考慮深さ

リーダーときに、理解されず、合意に基づかず、一般的ではない冒険的な決断を下す必要があります。我々は、完全な合意を得るよりも物事を進めることを優先し、勇敢にもそのような決定を下すことを評価します。とはいえ、冒険的な決断には十分な検討必要です。ある人にとっては頭の痛いことになるかもしれないことを肝に銘じ、影響を抑えるようにしなければなりません。変更について、その理由を明確にして、そして早めにコミュニケーションをとることは、その変更を実施するのと同じくらい重要です。

利益相反

もしもリーダー自身雇用関係や他のプロジェクトとの関わりによって利益相反状態になっている場合には、それに気がつくことが期待されています。そして、私利私欲のためとみなされることのないよう、棄権したり決定を誰かにゆだねたりすることが期待されていますリーダーに限らず全てのプロジェクトメンバーにも、私利私欲のためではなく、ユーザー暮らしをよりよくするために決定を下すことが期待されています

もしも利益相反が疑われる場合には、誰かにセカンドオピニオンを求めてください。利益相反状態にあることを明らかにすることが、解決への道筋にとって重要です。リーダーは、たとえ一般的ではない、あるいは特定グループに有利・不利となるように思われるものであっても、決定が信用できるものとなるよう行動すべきです。

このUbuntu行動規範は、網羅的でも、完全なものでもありません。ルールブックでもありません。協調的で共用の環境 (a collaborative, shared environment) とゴールに関する、我々にとっての共通理解を引き出すためのものです。

このUbuntu行動規範は、クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 3.0 非移植ライセンスのもと配布されますあなた自身プロジェクトにこれを再利用することができます。また、好きなように改変することもできますが、あなたの改変を他の人が利用することも許可し、Ubuntuプロジェクト著作権表示を付けるようにしてください。

2017-04-04

オルフェンズのラスボスは何したかったの?

ラスタル=エリオンの目的がまるでわからない。

・ギャラホを民主的組織にしたい

・ギャラホの実質的独裁したい

ヒゲのおじ様殺した鉄華団を全滅させたい

なんでもいいんだ、なんでもいいのに何かが描かれてたと思わない。エピソード世界を良くしたかった的に描いてるけどそんなん後付け以外のなんだってんだ。

ギャラホを改革しようとしてたなら、マッキー協調路線をとろうとする素振りくらい見せてほしい。その話し合いで力にこだわるマッキーに見切りをつけて粛清を目指すならそれでいい。

子供時代マッキー見て同情してるのに、登場時点からマッキー対立してて追いおとそうとしてるのとか雑すぎる。

紛争起こさせたり禁止兵器乱発してまでこのおっさんが何をやりたかたかからいかご都合主義漁夫の利でクソ脚本なんだよ!

2017-03-10

お願い。ADHDの人と残業原則反対派は一呼吸置こう

今、ADHDの人と残業反対派で、話が噛み合っていないことが問題になっている。まだやってんのかと思うころかもしれない。手斧スター手裏剣の投げ合いを見ていると疲れてそこから離れたくなるよな。

だがもう少し聞いてほしい。続く過労死運輸業界の疲弊を経て、今ようやく「さすがに労働環境について検討し直さないとまずい」という認識が広まってきたところだ。すぐには解決するわけがないので焦らず妥協案を探る話し合いをゆっくりとでも続けてほしい。

今回主語が大きくてすまない。二者択一ではないということは承知している。

ただ、本来労働者会社」という枠組みで協力し合っていいはずの労働者同士が、現在弱者強者」もう少し正確には「ADHDに多様な働き方を派 対 それでも残業ダメ派」が争点となっている。どうしてこうなった

と、せっかくの話題が膠着してしまったことが悲しかったので、一連の流れを見返してみたら原因が分かった。

この問題残業禁止派は

個人責任を論じても効果はない。会社社会全体を変えなければ解決しない問題であるという認識を皆が持つ必要がある

と考える。他方、

普通の人を守るためならマイノリティ黙殺しても仕方がない、それが労働規則だ」という多数意見を見るとは思わなかった

発達障害者の切実な状況について気を遣いながら書かれたエントリに対して、定時帰りを絶対善視する人たちのブコメ酷薄さが恐ろしい。「残業禁止強者ルール」というのが図らずも証明されてしまってるのでは。

ADHD側に主眼を置いたコメントにも多くのスターがついており、「交渉決裂」の様相を呈している。が、そうではない。単にハテブが100文字しか記入できないからお互い齟齬が発生しているだけなのだ。ここで諦めずに折衷案を探していけば、仕事ができる人もできない人も今よりずっと働きやす環境になるので、長くなるが聞いてほしい。

一連のトピックを追う。昨年10月頭の長谷川秀夫教授残業100時間超で過労死は情けない」等の話題を通過した後、このあたりから始まる。

2016-10-16「長時間労働撲滅運動」には賛成できない http://www.outward-matrix.com/entry/2016/10/16/120846

という内容だ。同時に

人を奴隷のように扱うような企業には反対

とも書いており、お?分かってる人か?と一瞬思わせるが、この人はその少し前に、

問題105時間という残業量それ自体にあるわけではないのです。自分が心から打ち込め、周りともいい関係を築き、素晴らしい人に囲まれているような環境であれば、残業を何十時間しても苦にはなりません。http://www.outward-matrix.com/entry/2016/10/08/113552

という言葉を残している。ワタミ等多くの例があるが、このような人は「自分ができることは人にもできる(できない奴は無能)」と考える傾向がある。疲弊している人や弱者に寄り添う方針とは相容れないように思う。そこでブコメ欄は次のようなものとなる。

このエントリ言及して、同日に次のエントリが上がる。

2016-10-16 会社員には「長時間労働をする自由」など必要ない http://dennou-kurage.hatenablog.com/entry/2016/10/16/173609

これらは先のブコメを追認しており、残業反対派の言いたいことをうまくまとめてくれている。

そして先日、上記を引きとる形で次のエントリが書かれた。

2017-02-24 残業禁止強者ルールなのでは、という話 http://syakkin-dama.hatenablog.com/entry/20170224/1487937935

ここで幾つかの食い違いが出てくる。
  • どうも、効率の悪い人です。それ、効率良く働けるマンしか生き残らないよな。
  • 「え、職場についていけないなら辞めればいいじゃん。無能なんでしょ?」そういう声も聞こえてくる気がします。

まず「無能はやめろという方向のブックマークコメント」はごく少数でしかない。先の2エントリ計、約750コメントの内7つ前後判断が難しいコメントがあるので)。獲得★スター合計、TOP10の1,800個に対し10前後

時間を区切って生産性上げろよ」「効率上げろ」と仰る皆さん

同様に先の2エントリ中にこの方向のブコメは同750中24前後。獲得★スター合計、TOP10 同じく計1,800個に対し16個前後

ここで『残業禁止強者ルール』という重要言葉が出たわけだけど、上に書いたように「無能は辞めろ」「効率上げろ」といった個々人の弱さを責めるコメントはごくわずかだった。

(「残業をしないということは弱者はクビにされる。つまり無能はやめろと言っているのと同義ではないか」という方向から意見かもしれない。しかし私はこの前提が正しくないと考えている。理由は最下部に書く)

前の方のエントリで書きましたけど、効率よく仕事する皆さんにボッコボコにされた悲しい経験があります

とあるように、このエントリには自身の別記事のやり取りでの経験が尾を引いているようだ。(あの記事かな?と思うものはあったが特定できなかった)

であれば当該記事との関連をもう少し明確にしないと、やはり「何の話をしている?」となりついて行きにくい。

このエントリには次のようなハテブコメントが付いた。

これらのコメントを受けて

発達障害者の切実な状況について気を遣いながら書かれたエントリに対して、定時帰りを絶対善視する人たちのブコメ酷薄さが恐ろしい。「残業禁止強者ルール」というのが図らずも証明されてしまってるのでは。

とのコメントが付く。これは大事な一文なので、続くエントリのあとで合わせて追記する。

2017-2-26 ADHDと「残業禁止ルール」の相性の悪さについて http://menhera.jp/2064

前提が間違っている。

先に記載された通り「労働ダンピングは許せない」は一連の流れにおいて主内容ではない。ダンピング言及したコメントは先の2エントリ12前後/約750コメント。獲得★スター合計、50個前後/TOP10計1,800個。

「噛み合っていないんですよ」と言うのであれば、まず自身が噛み合わせてから話し始める必要がある。

「"仕事が遅いからといって労働ダンピングは許せない"というコメントに対する反論」とするならば正しい。だが、その一部分を主題とせず「一律の残業禁止は是か否か」という大元の流れを自身で呼び寄せたにも関わらず「(全体の話は置いておいて)私は今回ADHD特性をより詳細にお伝えすることで"労働ダンピングは許せない"という人への反論します」という内容でしかないのであれば、そちらがズレている。

はてなで”普通”の人を守るためならマイノリティ黙殺しても仕方がない、それが労働規則だ。という多数意見を見るとは思わなかったね。

残業禁止強者ルール」でのブコメ発達障害者の切実な状況について気を遣いながら書かれたエントリに対して、定時帰りを絶対善視する人たちのブコメ酷薄さが恐ろしい。「残業禁止強者ルール」というのが図らずも証明されてしまってるのでは。

マイノリティーにも多様な働き方を」という主張は正しい。だがここで使うのはズレている。システムとしての安全策を構築するのではなく"弱者自己努力でなんとかしよう(時間はあげるから)"と言っているようなものなのだから

ADHD側の話題が徐々にずれてきているから「主題残業例外を認めるか否かだよな?答えは、ADHDでも例外は認めない。個人責任を負わせてはいけないから」と主題への返答をしたのに「私は全体のことについて話しているのではない。私自身のことに目を向けてほしいのだ」「マイノリティーを黙殺するのか」という方向にもっていっている。

全体の流れを追って話をしている人たちからすると、いきなりポンと話を支流へ飛ばされてしまうと面食らうんです。えっと…今急にその話題に飛ぶの?その話も確かに大切だけど、主題をもう少し詰めてからでないとややこしくなるよ、と考える。

なぜ話が飛んだんだろうか?カドカワさんに「めっちゃいっぱいPV集めたら書籍化」って言われたから無理やり話題を引き入れたのかな?と一瞬勘繰ったが、いや違う、思い出した。

ADHDの人って「途中から話に割って入ってしまう。今言わないと忘れるからという傾向があることを。ああそうか、と自分の中では納得がいって、別に喧嘩するほどのことじゃないなと安心できたんですが、どうでしょうか。

そうでなくても、いちいち全体の流れなんか把握してらんないのでちょっとずれたこと書いてしまうということは誰しも思い当たるふしがあると思う。だから自分の話も聞いてほしい」と思ったり、話がポンと飛んでしまったりすることがあるのは仕方がないけど、同時に、いきなり話題が飛んだことについていけない人がいるのもまた仕方のないことであり、そのことをもって「心無い人たちだ」と思うのは間違い。

このポンと飛んだ話から「言いたいことは発達障害者の切実な状況についてである」を第一に考えられた人はえらい。一方で、他の人がそのことを本当に理解できていなかったかというとそれもまた違うと思う。

話がずれているな、と感じるとき人がすることは二手に分かれる。話題を元に戻すか、一旦主題は置いておいて副題へ移るかだ。しかしこの時点では主題煮詰まっているとは言い難く、このタイミングで副題へ移ってしまうのは主題が疎かになる可能性があった。こうした理由とハテブの100字制限もあり、「ADHDの置かれた立場という副検討課題」よりも主題に対してのコメントが多くなってしまったのだと思う。

残業禁止個人仕事の進め方の話をしてるんじゃなくて、「赤信号は止まりましょう」位のルールの話で。赤信号で止まるのは視覚障害者に厳しいから止まらなくても良いことにしてくれという事にはならないだろう。

そう。視覚障碍者への対応を考えなければいけないのは明らかだが、まずは主題「赤信号は止まる必要がある」という原則を皆が共有する必要がある。しかし「全員が止まるなんて無理」という意見が出ているので「いや、やはり赤信号では全員が止まらなければいけない。なぜなら」という話を進めていく必要がある。

ADHD側が阻害されたと思うのと同様に、根幹の話し合いを疎かにすると以前から話を進めていた残業反対派も進行を阻害されたと感じてしまう。

ADHD管理職をやっている者なんだが http://anond.hatelabo.jp/20170227161628

このエントリでせっかく素晴らしい知見が得られているのに

  • なんかなあ。別に誰も「定常的に一定効率を出せないやつは死ね」なんて言ってないと思うんだけど。問題は「残業規制するのはADHD疎外だ」って主張だよ。それはまちがってる
  • 最初の話は多様性を認めろじゃなくてサビ残認めろだったよな。サビ残と戦おうとしてる人を強者扱いしてかわいそうなADHD物語作ってたよな。多様性認めなかったのどっちだよ。俺は雑な話をしたくないだけだ。

と、内容に直接触れたものではないコメントが最多の支持を得ることになってしまった。この反応は、率直に言うと「"過労死を防ぐ"という核心部分のために残業規制を話し合っていたのにADHDの人に全部持っていかれてしまった……」という"悔しさ"みたいなものかもしれない。そして「ADHDの人にも関係あること話してるのに黙殺だって言わないでよ」と。なぜなら、その残業問題主題にはADHD仕事ができない人も当然内包されているから。どういう意味だろうか?

まり、こう。

仕事ができない人はクビになる」と怖がってるけど逆だよ。現状「周囲に助ける時間的余裕がないから、仕事ができない人に厳しい」んだよ。全体の残業が減って時間的余裕がある世の中の方ができない人へも優しいよ。

夢のある予想だが、しょせん理想に過ぎないだろうか?

ここで一度話を切ります。次の増田では、上記理想論を含め当初から出ている多くの疑問点について一つ一つ答えてみる形で進めます。続けて読んでもらえたらうれしいです。→http://anond.hatelabo.jp/20170310204122

もうひとつ

一番最後エントリ1000ブクマを超えている。ハテナ民がブクマをする理由はこうだ。「うわー長文だしなんか難しそうだな…でも"知らないままで置いておくわけにはいかない"。ポチっとな(後で読む)」。そう、後で読まない。ともかく、皆発達障害の人を見ないことにしてれば良いなんて考えてないんだよ。知っておかなければいけないと分かってるんだよ。

残業規制問題の盛り上がりはまだ始まったばかりで、発達障害、その他沢山の課題順次考える必要がある。そのときADHDについて日々書いてくれている人たちが強力な助っ人になるので、どうか焦らず、でも止まらず書き続けてほしい。

今治獣医ができる経緯

過去毎日新聞愛媛新聞岡山理科大学組合のページとか見ると経緯がある程度わかる

2007年あたりから愛媛県今治市加計学園獣医を作りたがる

2015年12月特区指定

2016年11月獣医特区決定

2017年1月公募


この経緯はずっとその都度公表されているっぽい

1月公募で急に表に出た話じゃないね

もちろん、加計学園以外の大学もこの流れは把握していたはずなので、おそらく応募しようと思えばできたはず

しかし、今治市加計学園10年かけて認めてもらった話なので、

「あれ、あの話認められたんならウチも公募に出すわ」

みたいな、横取りをしようとする大学はまず出てこないと思われる

私学同士の協調とかもあるんだろうしね


公募期間というのはあくま書類を受ける期間なので、期間が短いことはおかしくはない

そんな公募って珍しくなくない?

公募条件をくっつけまくって、結局1社しか出せない公募とかさ

市役所工事発注とかそんなのしかなくない?

というか、今治市特区指定2015年12月のようなので、本気で奪いたい大学があれば、その時点で積極的に動くことで少なくとも公募に出すくらいはできたはず

しかしそれもないってことは、やりたい大学がなかったか、さすがに横取り仁義に反するでしょ、ってなったのか

で、土地無償譲渡は、町おこし大学誘致じゃどこでも行われていることだし、今治市議会承認されてるし、問題はなさそう


あとは、特区が認められた経緯ってのがどうなのかだけが、よくわからんかなー

森友みたいなキチガイ話とは全然違いそう

2017-02-19

http://anond.hatelabo.jp/20170218235056

ありえる話だとおもう

ヨーロッパ富裕層自然も海もなく協調と抑圧にかられているため

ファッション芸術といった投資に惜しみないがそれでは刺激がたりない

ヨガ生活スタイル食事といった規制健康法投資先として楽しむも

文化的選択余地が小さいため「金持ちの娯楽」たりえない

そこでかわいそうな人間たちが移民で行き場をなくしていることについて

投資文化を取り入れそのストイック文化自分たち健康法ファッションとして

取り入れる

にわか金持ちが娯楽としてのイスラム教を楽しみ始める未来想像にかたくない

2017-01-25

http://anond.hatelabo.jp/20170125115008

納得できない回答の時はどうしてるんだ?

あと、提案するのは良いけど、ちゃんと成果やサンプルを相手に見せてるか?

何もなく理想正論言うだけの奴とかウザいぞ。

早めに周りと協調していく生活覚えな。協調できないなら良い会社でも移れ。

一人でも生きていける!仕事プライベートは別!って言うのも良いけど、そういう奴は周りから人が消えるぞ。本当に。

2017-01-16

ソーシャルチートが増加した

ポケモンGOジム戦のソーシャルチート対策がどういう形で可能だろうか?

という話の続きです。

http://anond.hatelabo.jp/20170116081742

ソーシャルチートの報告に対して次のような返信が有りました。

"ご報告ありがとうございます

他のトレーナー言動についての議論はできませんので、

本件について追加で情報必要場合は改めてご連絡いたします。

  • NianticOps"


今回の話は「不正ツール使用する」という形の不正よりも悪質です。

それは「味方への信頼」に対する裏切りなので。

昨日「ジム戦の戦歴を開示する」という形でのソーシャル監視で、

ある程度の不正抑止が可能かもしれないと書きました。

活動時間からおそらく子供中学高校)であろうチートプレーヤー

自分の行動の記録が残っている事がわかれば「ズルは周りの全員が見ている」

という事に気づき自分の行動が「恥」であることを認識できるでしょうから

何度も同じ不正行為は起きないと考えたのです。

でも、「不正にはペナルティーを科す」という運営からアナウンスが無い為

ソーシャル不正行為は既に大きく広がってしまっているのかもしれません。

今日も目の前で不正が行われるのを見ていました。

ジム攻撃され、名声49560に低下して門番ポケモンが追い出された直後に

新しいポケモンが入ってきました。


私以上のスピード現場に駆け付ける事は不可能です。

私はそのジムが壊されてから2分以内にそこに到達しまから

その事実は、ジム攻撃した「敵」と入り込んだ「味方」が

実際には協調行動をとっていたことを示しています


子供には、不正にはペナルティーが有る事を

自分のずるが、実は多くの目によって監視されている事を

しっかり教えるべきだと考えます

「ばれなければ何をしてもいいんだ」と間違わない為にも。


もう一度書きます

今回の話は「不正ツール使用する」という形の不正よりも悪質です。

それは「味方への信頼」に対する裏切りなので。

多分アナウンス必要なのです。

ソーシャルチートが起きている事は把握している」という運営側からの。

そして、ゲーム内部での他のプレーヤーとの唯一の接点であるジム

同じチームのメンバーとの連絡が行える機能実装が。

ソーシャルハックに対してできる事はおそらく「共同体による監視」のみです。

ゲームの公正さを守る為にも、きちんと対処すべきだと考えます


コードは「プログラムが作り出す世界の法」です。

そして「データは消さない限り消えない」のです。

当たり前に思っていたそれらを、もう一度考えます

2017-01-11

http://anond.hatelabo.jp/20170109062650

フェミニストに限った話じゃないけどSJWとかこの手の正義の名のもとに敵を断罪する人たちが「とにかく自分判断基準から一歩も歩み寄ることなく、人の話に耳を貸さない」のは実践改善という観点が抜け落ちてるからと思われる。

悪魔認定した相手を「この○○め!」と断罪するところで話が終わるならば自分の思ったままの言動をしてもなんの支障もない。

けど、実践改善という観点があれば、この世から消すことができない以上、どうしても対話や説得をしたりともに改善を行うパートナーとして扱わなればいけない。だから多少は耳を貸したり、相手立場を考えなければいけない。フェミニストの中でも攻撃的な人たちの主張を聞けば、誰だってこれを見聞きした大抵の男性はぎょっとすることは予測できるはずだけど、彼女らは男性の説得や彼らとの協調なんか頭にないか受け手の反応に無神経でいられる。

つまるところ現実世界改善なんて正味のところどうでもいい、ただ人を叩いてスカッとしたいだけだから正義の名のもとに敵を悪魔認定して断罪できるのさ。

2016-11-24

無能ってこういうことなのか

もう何年も前、自分大学院生だった頃の話

計算PC複数人で共有していた。windowsOSが入っているので、個人PCみたいにパーティションを入れてCドライブとかDドライブとかに分かれていて、でもそのCドライブは数十GB単位の容量しかないので、皆、そこにデータを保管したり個人作業フォルダを置いたりはしないで使っていた。

ある日気が付いたら、見慣れない名前フォルダがCドライブ直下に置かれていて、10GB以上の容量を喰っているのに気が付いた。明らかに自分と後輩が使っているものではないので、メール使用者全員に「Cドライブに大きいフォルダ置いてるの誰ですか?外付けハードとかに移してください」と連絡した。

数日後、同じPCを共有するNさんからメールが来た。

「Cドライブの容量喰ってるの誰なの?」

Nさんは一応先輩だけど、同僚とうまくいってなくていろいろ問題を抱えてる人だった。扱いが面倒なのはわかっていたので、下手に出て「どういうことですか?」と聞いたら、「おかげで計算が途中で止まったわ。どうしてくれんの?」と言ってくる。

そのときは何が起きてるのかよくわからなかったけど、少し考えて、「Nさんは計算が止まったのを自分たち(俺と後輩)のせいだと思ってるのか」と気が付いた。

何を勘違いしているのかもわからないので、「先日送ったメール見ましたか?僕は誰が容量を喰ってるか分からいから聞いてる立場ですよ」と答えた。

するとNさんは「お前が知らないならお前の後輩のせいだな、あいつは今何をやってるんだ」と言ってくる。

後輩が使っているプログラムも把握してたので、いや、違いますよ、と返信するついでに、

「誰なのか分からないけど、こういう名前フォルダを誰かが置いてて、それでCドライブパンパンなんですよ」と伝えた。

Nさんはこう返してきた。

「あ、それ、俺のフォルダだわ。ごめん」

誰もデータを保管してなくて、容量も切迫しているCドライブデータを保管して、そこで作業していて、書き込める容量がなくなって計算が止まった、ということだったらしい。それで他人を疑っておいて、「ごめん」の一言

呆れてものも言えない、とはこのことかと思った。

それと同時に、こんなことやってたら、そりゃ同僚ともうまくいかなくなるよなぁ、と。

自分も働くようになったけど、あそこまで協調の取れない人には出会わない。

勉強ができないとか仕事ができないとか、そういうレベルじゃなくて、何もないところから問題を起こす、そういう人を無能と言うべきなのかと最近になって思う。

2016-11-10

勝ったもの正義

大統領選絡みで「勝ったもの正義だ」みたいな事を言う人がたくさん居るのだが、彼らは神聖裁判でもしているのであろうか。

「勝ったものが正しい」というのは「勝ったものの取った手段の方が合目的である」という意味だし、「勝てば官軍」「歴史は勝者が作る」は「だから判断には注意しろ」という意味だ。

究極的には正義は人の数だけある。民主主義って言うのは根本的には各々の正義議論協調によってすり合わせていくこと。「勝ったもの正義」という人は「民主主義とは多数決のこと」だと思っていそうでこわい。それでは選挙王制か全体主義だよ。

2016-11-07

あゝ失敗 通販オーダーメードをしようとしている方へ

既製服がなかなか合わないのが長年の悩みである

まず、日本人女性の平均と比較して背が高すぎる。また、運動部時代の名残で脚は筋肉モリモリ。

既製ジャケットはたいがい袖が短いか肩幅が合わずパンツは裾が足りず、スカートワンピースは短すぎて不細工な脚が余計協調される。

筋肉脂肪以上に恐ろしい。医者に止められるレベルで無茶なダイエットをしても絶対に取れなかった。

仕事用のスーツは何とか自分に合うブランドを見つけたが、時にはやっぱりかわいい服を着てみたい。

今まで何度、生まれ持った骨格とスポーツにいそしんだ10代を恨んだことか。

そんなある日、格安オーダーメードができるサイトを見つけた。

スリーサイズ希望する着丈、袖丈、希望する生地を連絡し、金額を振り込めば仕立ててくれるという。

格安なのは海外から

仮縫い等がなくてもサイズさえ伝えればピッタリに仕上げられる技術があるのだという。

(どういう仕組みなのかは知らないが)

ただ、よく見るとウェブサイトの作りが若干雑で、不安を覚えた。

サイトは全て日本語で、日本女性に向けて作られていることは明らかだが、

参考デザインの多くが日本で着こなすには奇抜すぎた。

その他にも、可愛らしいワンピース写真が写っていたかと思えば、ヨレヨレシワシワの服もあったり。

アジア系女性モデルが膝丈で履いているスカートが総丈80㎝ですと表示されていたり。

そのモデル、どんだけ脚長いんだ、とツッコんでしまう。

今思えば、怪しいと思った時点で止めておくべきだった。

しかし、上品な形のジャケットを見つけ、

「今度こそ自分理想の服が手に入る!」と興奮した自分は早速コンタクトを取った。

店長とおぼしき方が非常に丁寧に日本語で返信してくれて、好感度が上がった。

金額相場と比べて若干安い。

早速、サイズを伝えて所定の金額を支払い、製作してもらうことにした。

自分の体形の特徴やサイズ身長体重まで細かく伝えたので、安心しきっていた。

そして、いよいよジャケット海外から届いた。

…最悪だった。

まず、写真全然違う。

写真ジャケットもっとシンプルに落ちるタイプだったのに、届いたジャケット

ウエスト部分が異様に絞られていて、そこから裾に向かって思いっきり広がっている。

袖には金ボタン

これ、どっかで見たデザインだな…あ、バブルの時に従姉が同じようなの着てたな。

とにかく何とも言えない古臭い形だった。

次にサイズ

バストはきっちり指定サイズに仕上げてあったが、絞ったウエスト位置が悪く、肋骨に食い込む。

明らかにサイズ感がおかしい。これ着られるってどんな体形の人間だよ。

何となく予想はしてたけど、今回は失敗。

ただ、失敗のまま終わってしまっては悔しい。

縫製は海外でいいとして、デザインはやはり日本ファッション精通している人でないとだめだ。

何が流行か、よりも大切なのは、どんな形やデザインがダサく古臭いか。これを知っている人に限る。

次に、簡単な採寸だけで仕上げられるなんて信じてはいけない。

よほどの事情がない限り、店舗訪問して担当者にしっかり自分の体を見てもらうことだ。高価ならなおさらだ

2016-10-26

上流工程お気持ち表明爆音上映

会議室の灯りがゆっくりと落とされる。没個性社会的協調を究むるスーツ達が長机とパイプ椅子腰掛けている。衣擦れの音はほんの僅かにしか聞こえてこない。均質な空間の前にプロジェクタの光が投影され、上着を脱いだ男──クールビズだ──がマイクを持って人々に声を発し始めた)

システム稼動開始70ヶ月という大きな節目を過ぎ、2ヶ月後には、運用6年目を迎えます

私も上流担当になり、技術の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年、SEとしての自らの歩みを振り返るとともに、この先の自分の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました。

本日は、技術オープン化が進む中、当システムもまたレガシーとなった場合、どのような在り方が望ましいかSEという立場上、既存システム構成に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えて来たことを話したいと思います

入社以来、私は当システム開発運用を行うと共に、弊社開発組織の上流と位置づけられたSEの望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。運用担当者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、更に日々新たになる技術顧客の中にあって、弊社の開発部門が、いか技術オープン化し、いきいきとして社会に内在し、顧客の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています

そのような中、何年か前のことになりますが、2度の長期システムダウンを受け、加えてレガシー化による可用性の低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのように保守をしていくことが、弊社にとり顧客にとり、また、私のあとを歩む社員にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました。経営観点から見て、幸いに顧客満足度は高くあるとは申せ、次第に進む当システム大規模化考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって顧客ニーズに応えていくことが、難しくなるのではないかと案じています

私がSE職務についてから、ほぼ2年、この間私は、弊社における多くの喜びの時、また悲しみの時を、顧客と共に過ごして来ました。私はこれまでSEの務めとして、何よりもまず部門の売り上げ目標に到達することを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として顧客の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。SE上流工程を担うと共に、顧客獲得の要としての役割を果たすためには、弊社が顧客に、SEという上流の立場への理解を求めると共に、SEもまた、自らのありように深く心し、弊社社内に対する理解を深め、常に社員と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、社内の各部署、とりわけ営業部企画部との交渉も、私はSE上流工程必要行為として、大切なものと感じて来ました。PG時代も含め、これまで私が上司と共に行って来たほぼ全社に及ぶ対話は、社内のどこにおいても、その部署理解し、その利益を地道に支える社員の方々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、SEとして大切な、顧客を思い、ものづくりに励むという務めを、顧客への深い信頼と契約をもってなし得たことは、幸せなことでした。

SE上流工程に伴う仕事の仕方が、開発工程や、そのマネジメントとしての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。また、SE多忙であったり、出張などによりその業務を果たし得なくなった場合には、運用自動化するクラウドを置くことも考えられますしかし、この場合も、SEが十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、当システム運用終了に至るまで責任者であり続けることに変わりはありません。

SE配置転換により、担当から外れる状況に立ち至った場合、これまでにも見られたように、当システムがダウンし、顧客満足度にも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの弊社の慣例として、当システム運用終了に当たっては、複雑な手続きが連日ほぼ2ヶ月にわたって続き、その後プロジェクト報告に関連する書類作成が、1年間続きます。その様々な手続きと、新システムに関わる諸行事が同時に進行することから、当システムに関わる人々、とりわけ待たされる顧客は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります

めにも述べましたように、弊社経営陣の下、SE方針に関する決定権を有しません。そうした中で、このたび弊社の長い開発運用歴史を改めて振り返りつつ、これからSEがどのような時にも顧客と共にあり、相たずさえて当システム未来を築いていけるよう、そしてSEの務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちお話しいたしました。

経営陣の理解を得られることを、切に願っています

2016-10-22

しかも、こちらはその「協調行動」を、十分すぎるほど十分に、言葉ではなく行動で示した。

証拠がある。

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