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はてなキーワード: パンフレットとは

2019-05-13

anond:20190513103628

他人自分ってどういう人だと思う?って聞いて

それを手がかりに1を100にする勢いでひろげろ

 

「好きなものはとことん頑張れる」でもいい

「いつでも落ち着いて見える」でもいい

 

あと、結婚相手探しにもよくあるが

自分だけ運命を感じてても相手は全く1ミリも感じてくれなければ最初から運命を感じたことが間違い

どうせ外部用パンフレットには光と希望があふれてる写真をつかって

見栄えのいいところしか見せないのが社会マナーなんだから

内部を知ってる人(同じ大学?卒の先輩)とかから話をよく聞け

その上で自分を買ってもらえ

2019-05-11

相変わらず最大手携帯会社回線網以外は最低だと思った。

〇コモの光TV契約したが、普通にルーターと有線接続して、TVHDMI接続をすれば使えますとの説明だったが、

IPv6接続じゃないと使いないという説明契約時には無く、サポートセンターでもたいした助言もしないし、

自分でいろいろと検索して、ルーター接続設定を見直して使えるようにしたけど、半日無駄にした。

改めて思うけど、ドコモに限らずどこの携帯会社も同じなんだが他の商品分野と違って、解かり難い説明

多すぎる。商品として未完成すぎるんだよなぁ。至極面倒くさい設定が必要だし、できない場合にはこういった

サービス契約する必要がありますというのを、各商品パンフレットに一番目立つように書けよと。

もちろん、小さい字で書いてあるところまで、丁寧に読まなかった当方に落ち度があるのはわかるけどね。

とりあえず、サポートセンタースーパーバイザーよりも各担当の方が解決しようとする意志能力が高い

ことは、分かったので、ドコモ正社員であろうスーパーバイザーはクビにして、契約社員であろう担当

正社員になって欲しいなぁと思った土曜日だった。

サポートセンターの人、面倒な客で申し訳ない。

2019-05-10

文系学問において資料実在証明するものとは何か

久々にビッグ研究不正ニュースktkr

ということでキリスト教思想史研究やってた人が研究不正で懲戒解雇された件について、報告書に目を通した上でちょっと書きます

今回調査委員会被告発者に求めたのは、以下の項目でした。

この「写し」というのはどういうことでしょうか? 資料のもの調査委員会が求めなかったのはどういうわけでしょうか?

歴史学者にとっては常識なのですが、他の分野の人にとってはどうかわからないので、解説してみます

そもそも文系はどんな材料を使って研究してるのか

これは人というか研究分野によるので、安易なことは言えません。文学哲学社会学人類学歴史学言語学とでは使う資料がぜんぜん違います

で、この被告発者の研究手法は、近現代を扱う歴史家の多くが採用している手法だと思います近現代史を扱う人たちは、

を主に史料として使います(「史料」ってのは、歴史を記録したナマの資料のこと。「資料」と呼ぶと後世に書かれた二次文献なんかも含む)。あるいは、上に書いたようなものをまとめて出版した本とかを使います

これらの史料の特色とは何か……それは、

ことです。

公文書館というのは、「お役所の書いた書類を保管しておく施設」のことです。これはどのくらいかというと半永久的にです。普通文明国ならどんなに細かな書類でも公文書館に保管されていて、(民主国家場合は)数十年して機密解除されたり(独裁国家場合は)体制崩壊して民主化したりすることによって「申し込めば誰でも読める」状態に置かれます。これによって我々はソ連時代領収書なんかをロシア公文書館で読むことができるわけです。ソ連ですら公文書を保管して後世の我々に見せてくれているというのに……いや、これは余談でした。

当たり前ですが、それらはその国(あるいは地方)の公的な記録であって、自分のものにして持ち帰ったりすることはできません。ではどうするか。多くの歴史学者

などの手段史料を入手して研究しています(ちなみに写真撮影もカネを取る公文書館結構ありますね。日本だとどうなんでしょ)。

昔の人が書いたものも、本とかなら古本屋さんとかで流通しているのを買うことができるかもしれませんが、稀覯書でなかなか手に入らなかったり、古雑誌バックナンバーとか揃えるの無理ゲーだったりするので、図書館に所蔵されているのを使うことが多いです。近場の図書館に置いてない? 相互貸借もさせてくれない? そういう場合は当たり前ですが所蔵している図書館がある街まで行きます。その図書館がある街というのが新幹線必要距離だったりパスポート航空券がないと行けない距離だったりすることも稀によくある(歴史学者研究費は旅費と本代に消えていく運命なのです……)。そして、辿り着いた図書館カメラをパシャパシャやったりコピーを黙々と取ったりするわけです(最近スキャナーが普及してくれてマジ嬉しい)。

なので、調査委員会は「一次資料の写し」を求めたわけですね。たとえ彼が清廉潔白研究者であったとしても、一次史料原本なんてふつうは手元にないわけですから

しかし、本来、彼は「一次資料の写し」を提出する必要などありませんでした。自分論文を黙って調査委員会に提出すればよかったのです。なぜでしょうか?

ここで、もう1つの大事な話をします。

文系に「実験ノート」はない

もちろん分野によります心理学みたいに人を対象とした研究だとしっかり実験ノートつけるように言われるかもしれないし、考古学とかは発掘時の状況を克明に記録しておくことが重要だったりするかもしれない。でも、少なくとも近現代史みたいな分野では、実験ノートをつける、という習慣はありません。

私は一度も、理系で求められるような意味での実験ノートを書いたことはないし、書けと言われたこともないし、書いていないことを理由に責められたこともありません。もちろん史料ノートに筆写したりはしていますが、そのノートだって別に厳密なものではない。普通研究においてノートは使いますが、それは高校までのノートと一緒で、鉛筆で書いてもいいし、好き勝手なやり方で書いていいし、なんなら途中で破ったりしてもいいごく普通ノートです。最近ノートじゃなくてパソコンとかを使って研究上のノートを取ってる人も多いんじゃないかな(手書き疲れるもんね……)。

なぜか? と言われれば、

です。

まり、「もとになった資料」というのは、理系のように自分実験室の試験管の中にしかないものではなく、別の誰かが保管してくれているものなのです。

理系学問において標準化された改竄不可能な形で実験ノートをつけなければならないのは、自分実験室の試験管の中にしかオリジナル資料がないからですよね? しか文系場合は、少なくともここまで説明した近現代史場合は、オリジナル資料はどこかの政府管理している公文書館とかどこかの大学図書館かに保管してあるわけで、そこに辿り着くまでの情報さえ明記してあればそれで十分なのです。これはドイツ連邦共和国ベルリン連邦文書館の何々というファイルに保管してある何というタイトル史料だ、とわかれば、チェックのためにはそこに見に行けばよいし、これは19世紀に書かれたほにゃららという新聞に載っていた記事である、と書いてあれば、その新聞が所蔵されている図書館を探して読んでくればいいわけです。

なので、別にどんな方法ノートを取ろうが自由なわけですね。最終的に読者がその元になったデータを見つけられるようにしておけばいいわけから

ゆえに、歴史学論文や著書には膨大な注がつけられます引用した史料のそれぞれについて「どこに保管されている史料なのか」「なんという本の何ページに書いてあることなのか」ということを書かないといけません。

なかには、史料自分の手元にある場合もあります。多くの場合それは「昔の人が出版した商業出版物」なので(たとえば、極端な例ですが『わが闘争』)、他の誰かも持っていることが多いです。もしそういう史料捏造とかしちゃうと「俺もこの本持ってるんだけど、お前が引用してる箇所見つからなかったよ?」という怒られが発生します(なお、捏造ではないですが誤訳指摘は受けたことがあります。コワイ! でも覆面査読なのにこの文献の誤訳を指摘できるってことはあの人しかいないじゃん……ってわかっちゃう! 文系世界基本的に狭い!)。「むっちゃ少数しか発行されなかった自費出版の本」とかが典拠になっている場合もあります。こういう史料典拠にするのも仕方ない場合があるんですよ……典型的には、そこまで有力ではなかった政治家とか在野の知識人とかを研究したい場合、彼らが出してる本は全部自費出版というのがありえます(あと、言語学とかだと、たとえば与那国島方言研究したい場合に一番の参考資料になるのは与那国島のお年寄り自費出版した方言辞典だ、みたいな例がありまして……与那国町が進めてる辞書出版プロジェクトむっちゃ楽しみ)。ごくごく稀に、古本屋歴史上の人物が書いた手紙の山をまるごと購入できた、みたいな奇跡があって、モノホンの一次史料研究個人の所蔵になっている場合があります。これはねえ……もう本当に個々の研究者の良心を信じるほかないよね……若手研究者だと色んな大学を移り歩くこともあるだろうから所属してる大学図書館寄付しろとも言えないしね……原史料出せって言われたときにすぐに見せられるようにしておいてね、定年退職するときは勤務校の図書館に置いていってよ、とお願いするくらいしかできない感じはあるよな……

さて、長々と書いてきましたが、要するに、捏造を疑われた研究者がきちんと注で出典を書いていれば、彼は論文調査委員会の人たちの前に突きつけて「ここに出典書いといたから、見に行って確かめてこい」と言えばそれで済んでいたのです(それが生データにあたるものなので。実際、今回の調査委員会ドイツに問い合わせたりしていますね)。もっと言えば、彼本人から話を聞く前に、調査委員たちはまず典拠との照合作業を行って、彼が誠実に引用したこと、つまり彼が研究不正に手を染めてはいないことを確認してくれていたでしょう――もしも彼が潔白であったならば。

しかし今回の件では、注に不備があったので調査委員たちは注から出典を辿ることができませんでした。そこで被告発者に「写し」を求めた結果、元となる史料そもそも存在しない、捏造されたものであることが判明したわけです。

注をしっかりつけろよ! まことにごもっとも。特に今回のケースは注の多い学術書であり、注の不備は申し開きができません。しかし、しかしです、この背景には、日本出版事情が絡んでいるのです。

「注がない本」問題

今回の被告発者は、学術書のほかに新書も書いていました。多くの新書には、参考文献リストはありますが注はありません。そして日本には、「研究者が書いた真面目な学問に関する本だが、注がない」というのが一定数あります(一応言っておくと、ここではauthor-date方式みたいな「厳密な意味での注じゃないけど、ともかくも出典を示す機能を担っているもの」も含めて注と呼んでいます)。実はこれ、文系あいだでも問題視されていることなのです。

文系学者が書いた学問に関する著書には、明白に書誌情報として区分されているわけではないですが、いくつかの区分があります第一にいわゆる狭義の「学術書」。むっちゃ小難しい語彙で書かれてて、先行研究とか新規性かに一言及して、参考文献を何十ページも載せてたりするやつです。読者は同じ学者、あるいはその卵。これで注を省くのは論外です。第二に「教科書」。これは学生さんとか初学者向けに易しく書き、内容には特に新規性を求められておらず、包括的な参考文献はなくとも読書案内がついていればそれでよし、という感じでしょう。注は別になくたっていい。

そしてこの2つのあいだには、「一般向け」という広大なグレーゾーンが広がっています

あなた読書好きで、少々お硬い本にも興味があるのなら、中公新書とか講談社選書メチエとかそういったレーベルを聞いたことがあるでしょう。岩波書店青弓社社会評論社といった出版社の名前を聞いたことがあるでしょう。実はこの辺、色々な種類の本が入り交じるグレーゾーンなのです。

これらのレーベルで真面目な学術書出版する人もいます講談社選書メチエでも、末尾にビッチリ注がついてたり参考文献リストがあったりするやつあるでしょ? ああいうやつ。一方で、こういうレーベル一般向けの概説書・入門書を書くことに使う人もいます。よく中公新書で、包括的タイトルで薄めの本を見ることがあるでしょ? 今回の『プロテスタンティズム』もそれですね。そして、一般向けの解説を書きながら、さり気なくその中で新しい見方提唱したりする人もいます学術的な新規性のある内容を、一般受けしそうだという理由で限りなく一般向けの本の体裁で書く人もいます最近のやつだと『姦通裁判』マジお勧め)。

さて、こういう本を出す上では、内容は著者の完全な自由にはなりません。編集者は、もちろん学術的に正しい内容を求めているのでしょうが、彼らにとって重要なのは「売れること」です。そのために「一般向けにもうちょっと柔らかい言葉遣いで書いてください」とか色々と内容に介入してくるわけです。文体くらいなら別に構わないかもしれませんが、彼らの中にはこんな要求をしてくる人もいます「注なんてつけたら一般読者に嫌がられます、注は省きましょう」

こうして生まれるのが、「学術的に新規性が高く面白い内容を扱っているのだが、注がない」という一般書の群れです。

もちろんこういった本にも参考文献はあり、「注はないけど、典拠を探しながら読めば典拠がわかるような書き方になっている」本もそれなりにあります(たとえば、はてな太郎の説によれば、と本文中に書いてあれば、注がなくても参考文献リストはてな太郎が書いた『増田研究』という本を探し出せる)。ただ、やっぱりそれは注がある文献の出典表示の厳密さに比べれば一段劣るわけです。

これに関しては、研究者も出版社もそれぞれに問題があります研究者サイドは簡単に「注を省け」なんて要求妥協すべきじゃないし、そもそも「著書を出版する」ことが、博士論文を見るためにはわざわざ学位を授与した大学国会図書館に行くほかなく出版して書店流通させることが最も良い研究成果の流通のさせ方だった時代であればともかく、各大学リポジトリを持っていていくらでもディジタル研究成果を公表できる時代にあって本当に重視されるべきか考え直す必要があるでしょう(でも、欧米出版社でも学術出版は盛んなので、これは日本だけの問題じゃないんですよねぇ。今でもオックスフォードケンブリッジハーバードコーネルといった有名どころのUniversity Press学術書出版しまくってます学術書研究業績として重視されるのは人文系では割と世界標準なので……)。

一方で、出版社は注をもっと重視するべきです。というよりも、日本出版社やジャーナリストノンフィクション作家は注をつけなさすぎます。先日、ボブ・ウッドワードトランプ大統領についてのルポルタージュ出版しましたが、体裁も内容もおおよそ学術的とは呼べない一般書そのものの本なのに、きちんと出典を示す注がついていました。出版社は、学者に注を削れと言うべきではなく、ノンフィクションを書く作家記者たちに注をつけろと言うべきでしょう。

とはいえこれは一朝一夕はいきません。そもそも知の折り詰めである新書」という形態が割と日本独自のもので、そういう一般学術を橋渡しするレーベルが広く一般読者に読まれていることの重要性というもの鑑みると、簡単になくせとか言えません。私も色々お世話になってるし。人口1億人ちょいの書籍市場ではどうしたって限界があり、色々な本を出すのではなく折衷的な本を1冊出すのが経済学的には最も合理的という考え方だってあるでしょう。ただ、やっぱり一般書にも(それこそ講談社ブルーバックス岩波新書レベルにも)注を入れるようにする、というのは必要だと思うのですよね。

さてここまで「注がない本」問題について解説してきました。でも何が一番言いたいかというと、

注はあなたの身を守るためにある

これ。これに尽きます。注はちゃんとつけよう。もしもあなた捏造者でなくとも、研究不正をしていなくとも、実験ノートをつけない我々の業界において潔白を証明してくれるのは注だけなのだから。注だけが資料実在証明してくれるのだから。本の売上よりも、あなたの保身のことを考えよう。あなたが、部屋が汚いとかハードディスクがお亡くなりになったとかパソコンの買い替え時に行方不明になったとかの色々な理由で、史料の「写し」を紛失する日はきっと訪れる。そのときに、これまでのあなた研究の誠実性を証明できるのは、人文系学問においては、注だけなのだ

以上です。駄文に長々と付き合ってくださりありがとうございました。続きはanond:20190511125053で。

誰に対して、どこで、何まで話すかの選択が難しい

むずかしい

みんなどうしてるの?じぶんがヘタクソなだけなの?

まり考えがまとまっていない、雑なやつ

メディアごとに空気感が異なるので、それを考慮しての使い分け

note広告がなくて落ち着いてるから難しい話やポエムをするのに向いてる。

はてなエンジニアが多そうだから技術系の話をする。

twitterヤフーコメント欄などの「速度の速いSNS」は政治系・言論系には適さない。さんざん懲りて辟易したので、その辺の話題もっとスローで巧緻な媒体でやったほうが良い。

ニコニコネガティブ視聴者が多いが、インターネットノリは良い。

YouTubeポジティブが多いが、一般人寄り。

等々、たくさんある。

要件定義

「誰に対してどこまで話すか取捨選択するのが難しい」

言い換えれば、「このハンドルネームキャラ設定はどうするか」「キャラ崩壊しない運用」に悩んでいる。ということ。

1. 自分がやりたいこと・言いたいことがこれだけあって(リストアップ)、

2. そのためには、このハンドルネームからはこのアイテム、あのハンドルネームからはあのアイテム、を分担する。

という戦略を立てるわけだけど、キャラ設定が壊れがち。めんどくさくなって素が出てくる。そもそも演技が苦手で下手なので、あまりハンドルを細かく分けるのに向いてない自覚がある(ちゃぶ台返し)。

また「この話題はどこでアウトプットするか」を悩んでしまって、アウトプット自体が面倒になる。そうやって溜まってる記事企画が山ほどあって腐らせて旬を逃してもったいないと思う。そもそも、処理能力に対してやりたいこと(要求)が多すぎるのも問題だと思う。

というか、仲良くしたい・気に入られたい相手がいる場では、ネガティブイメージを抱かせてしまいかねないことは言いたくないんだよね。でもそれ以外のどこかで言いたいんだよね。という、取り扱いが面倒な話題需要自分の中にある。

何か、その辺のガイド指南してる本とかある?有料のネット記事でもなんでもいい。

もっと「居場所」をたくさん増やすと良いような気はしている。

「この話題はここなら話し相手がいる、あの話題はあそこなら話し相手がいる」という状態に持っていきたい。

独り言が多いのがさみしい。言い換えれば、「この話題について話せる相手・場を確保できていない」ことがちょっとつらい話題がある。ということか。

セルフブランディングの側面もあると思う。

SNSネガティブなことを書くな原理主義」の人もいれば、ネガティブなことも書くけど上手くやっていけている人もいる。ネガティブ話題アレルギーのるある人は、ネガティブなことを書く人からは離れていく。それは、政治アレルギーとほぼ同じで、政治的なことを書く人からサーッと離れていく人と似ている。

から自分はどうしたらいいのか?よくわからない。あちらを立てればこちらが立たず。

ネガティブ発言話題で盛り上がってるクラスタに参加してみたら、ポジティブクラスタから離れて敬遠されてしまうのがさみしい。

ネガティブ発言を減らしてポジティブにすり寄ってみたら、今度はネガティブ話題で会話が成立してるクラスタが羨ましくなり、「自分能天気な話しかしない人だと他者から見られているのでは」と気になったりする。

自分はどうしたいか」と問われれば、「ポジティブなこともネガティブなことも、難しいこともとりとめもないことも、言いたいことは全部言いたい」です。

二兎を追う者は一兎をも得ずなのか・・。

本名

べつに特別なことをしているわけではないと思っている。

インターネットがない時代でも、ハンドルネームでなく本名であっても、親に見せる顔、勤め先に見せる顔、友達に見せる顔、子供に見せる顔、・・・それぞれ違うわけでしょ、それと同じだと思う。

なぜかインターネット比較するとリアル顔の使い分けはうまくいっている。と思う。比較的。

父はオタク趣味を毛嫌いしていて兄弟にもブチギレて映画パンフレットビリビリ事件を起こした前科があるため、無意識オタク趣味エロゲ方面などは出さないように気を付けている。というか意識しなくても、無意識のうちに脳内金盾が発動している感じがする。

会社にはわりとオタクな話してる人を見かけるのだけど、なぜか自分オタク趣味を話したことがない。なんでだろうか。やっぱお金を稼ぐ場なので、お金を稼ぐのに問題が発生しうるかもしれない余計なことを言わないようにする、というリスク回避意識があるのかな。あるぽい。(というか、そもそも会社雑談できる人があんまりいない・・)

一般論の「酒の席では野球宗教政治の話はするな」ってやつだ。

でもインターネットでも、「身バレ・住所バレ・特定されないように気を付ける」というのは無意識にできてるなぁ。といってもリアルで会ったことある人は複数twitterでつながてるけど。

やりたいこと(目的を具体的に)


今の仕事一本で生きていけるのだろうか、という疑問は常にある。だから、何らかの生活費を稼げそうなスキルを伸ばすとか、仕事がもらえそうなスキル持ってますアピールをするとか、再就職に有利に働かないかなー?と思ってるんだけども。どうなのかな。

大学生は逆に「SNSでの活動ネガティブ要素になる」と判断しているようで、むしろ就活に見せないようにしてるみたいだけども。

  • 趣味や関心ごとについて話せる相手が欲しい

お金を稼ぐ以外の欲求の充足。恋人とか結婚とかは想定してないです。自分人生にはもう無関係だろうとおもっているから。

オタク趣味各種。

自分が抱える発達障害精神疾患比較的に軽いとは思う)

将来の不安

政治経済社会

というと大げさですが、自分提供できる有意義なことはやっておきたい。自分が調べた情報をまとめて公開するとか。ボランティアアンケートちゃんと答えるとか、クラウドファンディングをやるとか、知り合いの宣伝リツイートするとか。

2019-05-09

なぜ有償ボランティアじゃいけないんだろ

地元で毎年初夏の季節にやるイベントがある。

去年の来場者は7万人を超えた。

今年は10万人を超えるんじゃないかって言われてる。

そこのボランティアスタッフが集まってない。

無償からだと思ってる。

無償から尊いって考えなんでだろうって思う。

今まで来場者側も既存スタッフも今まで頑張ってきてこれを民度が高いっていうんだろうけど

大きな事件事故もなくイベントを終わらせてきた。

でもさ、これは運が良かっただけじゃないかな。

お金をもらっても必要最低限の仕事しかしない人もいるか金銭を発生させずに士気を上げてするため」って説明してるけど、私、毎回これを気持悪いって思ってる。

有償からって卑しいのか?尊くないのか?そんなわけないじゃん。

仕事をしてる人はみんな偉いし凄いし尊いんだよ!

使えるスタッフ100人揃えて100%使おうとすんなよ。

金出して150人揃えて8割使えるやつだったらラッキーくらいでいろよ

参加するたびにハラハラしてしまう。

あとスタッフ募集条項まで見る参加者ほとんどいないじゃん

イベント内のゲストとか施設使う人はTwitterもチェックするから目にするだろうけど

ただ何となくじゃらんとかチラシ見て来るお客さんはスタッフ証つけてるだけでバイトって判断してるだろうし、それでなくても金をもらっても貰ってなくても変なこという輩はいるじゃん。

参加する側としてはパンフレットとか施設使用料とかもっと高くなってもいいか

スタッフに金を出してもっとちゃんリスク分散とかスタッフ仕事減らしてやれ!!

って思うんだよ。

ここまで言うならスタッフやればって話なんだろうけど、スタッフじゃないけど色々あれこれ手伝っているんだよ。そのイベント中は別のことで忙しいんだよ。

2019-05-03

私は日本人に生まれたことが恥ずかしい

私の兄は大手金融機関に務めている。

その兄がGW明けから自衛隊に2週間ほど缶詰になって研修を受けると聞かされた。

内容が気になったので案内のパンフレットを見せてもらっていたが、これが本当に酷いものだった。

アラフォーおっさんたちを集めて、国旗敬礼だのベッドメイクだの掛け声三唱だのをやらされるようだ。

辛い……こんなものを「幹部研修」として大手企業やらせていることが辛い……。

完全に時間無駄だ……。

兄は「こんなごっこ遊びお金が貰えるんだからありがたいよ。行ってる間はノルマが達成できそうもないか給料は減っちゃうけどね」と笑っていたが。

日本にはまだ精神論が深く根付いている。

気合を入れたらなんだか突然不思議な力が湧いてきて物事が一気に解決すると信じているおっさんたちが大勢いる。

子供向けのホビーアニメ脳みそレベルが何も変わらないことを、自分たちが荒波に揉まれた末に見出し現代社会の奥義であるかのように語る。

巫山戯ている。

人口ボーナス朝鮮特需の中でたまたま経済の波に乗れただけのことを、自分たち大和魂がその結果を生み出したという錯覚を抱えたままで奴らはのうのうと暮らして、最後年金制度最後の一山を全部かっさらって死んでいくのだ。

さも、自分たちこそが日本を救った英雄だという顔をして。

殺してやりたくなった。

自分の身内が務めている会社の上役や、その上役にこんな無意味商品を売りつけた国営ヤクザ共を全員殺してやりたくなった。

私は日本人に生まれたことが恥ずかしい。

2020年も間近になっておきながらこんな精神論を振りかざしている人間たちの中で生まれて、それに迎合して生きている自分が恥ずかしい。

牟田口廉也の命じるままに大勢人間無駄死にしてから世代経って、結局何も変わってない自分たちが許せなかった。

死にたい

この体を流れる日本人の血そのものをこの世から消し去りたい。

マーベル自分と7年+α の続き

なんか長すぎて表示されてないっぽいことに気付いたので、表示されてない部分のコピペ

これ

https://anond.hatelabo.jp/20190503032712

の続きです。

【注意】この文章には「アベンジャーズ/エンドゲーム」のネタバレが含まれます

【注意】自分語りがメイン。

【注意】とても長い。

病院とは、急性肝炎を起こしたことを切っ掛けにおさらばした。

劇症肝炎を疑われてでかい総合病院に転院→ただの急性肝炎だったし肝炎寛解→そのまま退院、自宅療養という流れ。

ICUでおとまりした。ディズニーホテル並に高かった。

今でこそ笑い話だけども、吐き気でげえげえいってるとき最初に運び込まれた先で医者が親に「劇症肝炎だったら50%確率、あと10日くらいで死にます」と言っているのが聞こえたのだった。

医者倫理観とは。

結局最初に運び込まれた先では対処できないとなって別のもっと大きな病院に運び込まれたんだけど、輸送中車の窓から花火が見えて、「死ぬ前の最後花火だあ~」と笑ってたら母親ガチ切れされた。

肝炎を起こしている時は絶食になるんだけど、数日の絶食ののち病院食が出たとき、別の意味死ぬかと思った。

食べるのにものすごく苦労する。一口噛むだけで汗が噴き出る。

最初食事は、看護師さんを待たせながら何十分もかけて食べたような気がする。脂汗がひどかった。

生きることは食べることってこういうことかあ、って今でも思っている。

大学食事に要するエネルギーはとても大きいとは習っていたけど、それを実感するとは思わなかった。

退院した後、母親関西旅行に連れて行ってくれた。

USJスパイダーマンライドに1日で3回くらい乗った。楽しかった。トニー(というかアイアンマン)を見つけて大はしゃぎした。

でも母親めっちゃ優しくてとても怖かった。

エイジ・オブ・ウルトロンに関してはほとんど記憶がない。

劇場を出て、トイレで泣いたのだけは覚えている。

ピエトロの死が耐えられなかった。

たぶん、MCU作品の中で最初に泣いた作品はこれだ。

劇場はしごする予定で席を取っていたものの、びえびえ泣いているもんだから、同行してた母親心配されたけど、涙が止まらなかった。

クイックシルバーなんて自分の中ではネタキャラ的な愛し方をしていると思っていたのに、いざ映画に出てみたら悲しくて悲しくて仕方がなかった。

でもこのときは、X-MEN権利を持っているフォックスとの兼ね合いもあって、ピエトロは一回きりにするしかないんだろう、そういう大人の事情があるんだろうと思って我慢した。

それでも、映画を見ているときエンディングまでのどこかで再登場するんじゃないかって、そう淡い期待を持って見ていた。

リントが子供名前ピエトロとつけたところでもうダメだと分かった。

AOUはその他にも、原作ではハンク・ピムが作ったことになっているウルトロン制作者がトニーになっていたり、JARVISが死んでしまったりと、ダメージが大きくて、今でもいいイメージがない。

かについにベタニーの中身?が出現したのは嬉しかったけど、それ以上に悲しかった。

ビル・ウォーが公開されたときが一番面倒だった。

ファン意見割れた。もう映画のものを滅茶苦茶に叩く人がいっぱい現れた。

なんであんな口汚く罵れるんだろうって思うくらい凄かった。

トニーとキャップコンビが好きだった私もなんとなく熱が冷めて、少しアメコミマーベル映画から距離を置くようになった。

もともと人付き合いなんてめんどくせぇと思っているタイプだったのに、ファンの諍いなんて頼まれても見たくなかった。

トニーが一番好きだったけど、キャップのことも好きだったから、それぞれを悪く言っているのが辛かった。

その後のMCU作品は、CWほど足繁く通わなくなった。CWは少なくとも7回くらい見たらしい。

後半になるほど顕著で、アントマン&ワスプ劇場で見なかったし、キャプテン・マーベル劇場で1回しか見なかった。キャプテン・マーベルは公開前にトニー出るらしいよという噂があったから見に行っただけで、その噂がなければ見に行かなかった。ご存知の通り噂は嘘だった。確かドクター・ストレンジも1回しか見なかった。

トニーがいないからいいや、というくらいにはスキップするようになっていた。

それよりもWロバート主演の「ジャッジ」や、RDJが凄い変な役で1チャプター分だけしか出てない「シェフ」や、コードネーム U.N.C.L.E.を見ているのが楽しかった。

コードネーム U.N.C.L.E.はいいぞ。劇場10回見た。耐えきれなくなって既に海外で発売していた海外ブルーレイぽちって、届くまで一日おきに映画館に通った。公開してから20日目にブルーレイが届いたので、それから毎日家でブルーレイ再生していた。

エンドゲームは、吐きそうになりながらパソコンに張り付いて初日初回IMAXの席を取った。

入場者特典が欲しかったので、公開日2回、翌日も2回、席を取った。どの席もいつもだったら絶対に座らないようなクソみたいな席だったけど仕方がない。3日目は母親が同行してくれるとのことだったので、1回だけにした。

アベンジャーズとの出会いを果たした109シネマズグランベリーモールは休館中なので、その後オープンした二子玉川にした。

ビッグ3のみならず、アベンジャーズ初期メンバー6人の卒業公演になることはなんとなく知っていた。

前々からクリエヴァがキャップ役を卒業して映画監督をやってみたいと話しているみたいな話は耳にしていたし、それぞれのキャスト契約満了することも知っていた。

公開当日、恐怖のあまり3時に目が覚めた。

終わるのが怖かった。

ネタバレを一切見ないように気を付けて、家から劇場までノイズキャンセリングイヤフォンを付けて移動した。Twitterも見ないようにしていた。ニュースアプリの通知もきり、劇場フィギュアメーカーからメールも数日前から無視していた。

これまで見たことがないくらい混んでいる物販に並んでパンフレットを買った。ついでにグッズも売りきれる前にと買った。実際1回目を見終わった時点でいくつかグッズが品切れになっていたので買っておいて良かった。

映画は、素晴らしかった。

EG含め22作品アベンジャーズ一作目と出会ってから7年。全ての作品内包する出来だった。

笑ったし泣いたし、面白かったし苦しかった。

ビッグ3の結末はあまりにも悲しかったけれど、トニーとキャップに関しては、文句のつけようがなかった。

後述するけれども、ソーはちょっと今後の課題が残っている気もしている。

トニーは死んでしまったけれど、私は自分でも驚くくらい納得していた。

そういうことをするキャラクターなのは分かっていた。誰よりもヒーローっぽくなくて、誰よりもヒーローなのがMCUトニーだった。

お葬式のシーンを見ながら、私はぼーっと「これでもうトニーは苦しまなくて済むんだな」と思っていた。

数回見てようやく聞き取れたけど、トニーに言われたように、と自分人生を歩んだキャップにも納得がいった。

憑き物が落ちたように見えた。ヒーローであらねばともがいてきたキャップが、最後にようやくトニー(とナターシャ)の助言を聞き入れて、自分本来望んだ道を選んだのは嬉しかった。

(欲を言えば字幕にもトニーの文字を入れて欲しかった)

もちろん細かい突っ込みどころは沢山あるけれど、架空ヒーロー像に自分を当てはめてこれまで過ごしてきたキャップが、一人の人間としての道を選んだのは彼なりの成長だと私は思った。

もちろん、本当は大団円が良かった。

最初の6人が揃ってハッピーエンドを迎えて欲しかった。

でも、それはきっと無理なんだろうと、AOUピエトロが死んだときから思っていた。

JARVISが戻って来ない時点で、私の中の最高のハッピーエンドはもうないものだったのかもしれない。

ソーは、インフィニティ・ウォーから不安定だった精神が更にズタボロになって体型にまでそれが表れていた。

病気になると太ったり痩せたりとにかく健康に見えなくなるのは実体験としてよく分かる。

から、結局最後までお腹がひっこまなかったソーが今でも心配だ。この先ソーのその後が描かれるのかは分からないけど、正直綺麗に完結したトニーとキャップに比べちょっと扱いが酷いと思った。

最後のクイルとの会話もなんだか含みがあるように見えて心配が加速した。

それでも総評して映画は素晴らしかった。

EGを見て、こんなだらだらと長文をかいしまうくらいには。

初めてスクリーンアベンジャーズを見たあの夏から7年くらい。

いろんなことがあって、実際私は学生から社会人になった。

その7年間、私の部屋にはいつもアイアンマンがいた。

ありがとうと言いたい。

トニーに、トニーを演じたRDJに、映画を作ってくれた制作陣に、そのほか全ての関わってきた人たちに。

2019-04-24

anond:20190423101547

勝負というものは決して負けてはいけないものだと俺は子どもの頃教わった。弱者は必ず抑圧されるものであり、強者であることは安全と安寧を得られる唯一の立場だ。だから俺は——この「パパママいっしょに体験!〜妊娠中のママの体に起きること〜」という戦場において、決して気を抜かないと決断した。

会場に入るとそこには、戦士たちが集められていた。女たちは——これからママ』という権力の座を手に入れようとしてるものたちは——すでに席につき、パンフレットを読んでいた。ピンクの紙に水色の字で何かが書いてあったが、よく読めなかった。あのパンフレットには、いかにして夫を搾取し上位に立つかの方法が書いてあるのだろう。

しばらくしてやってきた女は——ここで女が出てくるということが、現代の歪みの象徴なのである——ベラベラと安定期、初期と言ったよくわからないことを話した。これは難しいことを言って我々の勇気を挫こうとする体制側の策略である。そして女は、取り出した。7kgの重りがついたベルトを。

さて、これから話すのは世界の闇についての物語である。俺は、戦った。すべての勇気を出し、権力と戦った。7kgの重りは重かったが、それでも俺は負けなかった。腕立て伏せ、腹筋、スクワット。俺はやった。俺は立ち向かったのだ。

しか世界は——そうだ。俺が子供の頃から世界はこうだ。——俺を受け入れなかった。時計が15時を指した。わくわく老人クラブの連中がぞろぞろとレクリエーション室へと入ってきた。向かい調理室ではお菓子作りクラブの5年生と6年生たちが準備を始めていた。

俺は彼らに問いかけた。隷属の立場に降りた馬達は果たして幸運なのか。強者に媚びへつらうことで消耗する人生価値はあるか?俺には——その答えを聞くことができなかった。子供のころから、そうだいつまでも——。俺は震える手で、重りを外した。

2019-04-17

やんちゃ事務所オーケストラ

https://twitter.com/ukstudio/status/1118420632985686018

やんちゃ事務所ひとつしょうもないことを思い出したので書く。

高校時代部活オーケストラ所属していた。そこで定期演奏会をやることになったのだけれど、それを開催するお金がなかった。そこで、スポンサーを求めて地元のお店や企業を回って部員営業することになった。演奏会パンフレット広告枠をもうけて、そこにお店や会社名前を載せる代わりにスポンサー料をもらう仕組みだ。小さな枠は5000円、大きな枠は3万円とか。今振り返ってみるとなぜ部員がこんな外回り営業みたいなことをやらされなければならないのかと思うのだけれど、吹奏楽部管弦楽部はどこもそんな感じらしい。

学区ごとでチームを組み、店や会社リストを作って、自転車でいろんな店や会社を駆けずり回った。パン屋居酒屋床屋パン屋整骨院病院工場会社などなど。そんなある日、警備保障会社を訪ねた。いつもは三人だったけどその日は二人だった。どうやって事務所まで入ったのかはあんまり覚えていないんだけど、通された事務所がちょうどこんな感じのやんちゃ事務所だった。もう既に嫌な予感しかしなかった。

事務所に通されるなり社長っぽいおじさんに説教された。どんな内容だったかはそんなに覚えていないし納得の行くものでもないが、要約すると「高校生のよう分からん遊びになんで俺らが金を出さなきゃならんのだ、カエレ!」というものだった。連れは怒られてることにキレ気味だったが自分はもうこの場から逃れたい一心で謝るしかなかった。

会社を出ていく階段ときにも「なんでお前謝ってんだよ」って連れに怒られた。帰って親にこの話をすると、「お前は進学校学生だし、オーケストラというものは興味ない人からしたらよく分からいからなんとなくムカついたんだろう」と言われたので、そう思うことにした。

ところで、最近転職しようとして通された会議室っぽい部屋もすごくやんちゃ事務所っぽかったので、なんとなくやる気をなくして帰ったのも思い出しました。

こうして振り返ってみると、人間の怒りとか説教なんてもの合理的だったり理性的じゃなくって、単に相手の顔を見てなんとなくイラッとしたからとか、直前に引いたガチャが大外れだからだったとか、直前の会議上司にしこたま怒られて虫の居所が悪かったとか、そんなテキトーなのがほとんどなのかもしれないと思った。

マルチ商法現場ってなんであん面白いんだ? という話。

 ハロー、ミシェーラ。元気ですか? 兄ちゃんは元気です。この前都内とある場所マルチ商法勧誘をしている現場に遭遇しました。

マルチ商法現場ってなんであん面白いんだ? という話。】

 休日都内某所、某カフェ。多分この時点で場所特定できた人が居ると思う。きっとそういう場所なのだろう。だってほら、トイレに「マルチ商法ダメ絶対」みたいなこと書かれた張り紙が。

 その日私は友人Aと二人で、友人Bの到着を待っていた。今日の予定は、三人で東京散策。なんだかんだ毎週のようにあっているけど、いつもと違う場所に行きたくなったから。

 Bの到着が遅くなりそうなので入った喫茶店パンコーヒーのいい香りと、落ち着いた音楽。入った瞬間に「また来よう」って思えるくらい良い雰囲気

 注文を済ませて、二階へ。席を確保して、Aに番を頼んで、私はお手洗いへ。なんだここもお洒落かよ、なんて思っていると、雰囲気無視してがっつりラミネートされた警告文が飾ってあった。「当店でのマルチ商法禁止されております云々」……。イマイチ現実味がないし、第一マルチ商法現場に遭遇したこともない。違和感が残ったまま席に戻ると、Aが「眠すぎるから寝る」と一言ふわりと落とし、そのまま机に突っ伏してしまった。

 

 私はやることもないので、コーヒー彼女の髪を写真に収め、BにLINEで送る普段勝手に撮られることを嫌がるAは、シャッター音にすら反応しない熟睡具合だった。

 

 そんなわけでBを二人で待ちつつスマフォを弄っていると、隣の席の話が聞こえてくる。盗聴は趣味じゃないのだけれど、たまたま聞こえてしまったワードに、それを趣味にすることをここに誓った。

マルチ商法って、そんな簡単にいくの? って思うじゃん。でもね、これがすっげぇ簡単なんだ」

 

 ???????? マルチ商法? 今時そんなことをやってる人がいるの? マジで

 いやいや、マルチ商法って、所謂「とにかく大人数を勧誘したら勝ち」みたいな頭悪い商売のことで、馬鹿みたいに画期的な商材を取り扱ってるのに全部嘘っぱちの三歳児みたいな大人がやることでしょ?

 え? このお洒落カフェミスマッチすぎひん?

 ここにきてさっきのお手洗いの張り紙輪郭が浮かんでくる。「マルチ商法の話する人、現実存在したんだ!」という、ツチノコ発見した子供のように浮かれてしまった。ただ私はツチノコ発見してはしゃぐ子供を知らないし見たことがないので、この例えはちょっとおかしい。

 簡単に言えば、若干の寝不足コーヒーカフェインでやられた頭が、深夜テンションを平気で引きずってる状態だって、こんな話を聞けるなんて思ってなかったから。

 私は「ねとらぼ」のとある記事を思い出していた。(https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1812/02/news008.html)この記事では、主人公の作者が10歳年上の知人にマルチ商法の話を持ち掛けられるというものだ。私が重要視したのはその手口もなのだけど、そのツイートにもあったスレッド。「マルチ商法あるある」の方。持ち帰れないパンフレットや、通じない連絡先。そして、画期的なのにどこにも売っていない商材。うーん、これが本当か確かめたい好奇心が疼いてしまう。

 もちろん、ちゃんマルチ商法だって判明した時点で席を立つし、店員に伝えるつもりでいる。単純に男子トイレにも同じ張り紙があって、戻ってきた一人がそれを話題にしたのかもしれないし。

 さーてここでお待ちかねのメンバー構成発表のお時間です。隣の席には三人の男性。顔立ちは幼めなので、多分大学生あたりなんじゃないかな。「田」の字の左上のマスにメインで喋っている人(1)がいて、左下が被害者っぽい人(2)。ひたすら聞いている。そして右下に寡黙な一人(3)。スマフォも触らずにじっとしている。ぼくなつの相撲してくれる三人組みたい。

 1は先輩なのだろうか、サラサラと淀みなく話を進めていく。

1「今から老後のこととかって考えてる? 考えてないよなー。俺もあんまり考えてない。でもさ、金が多いに越したことはないよな」

 字面だけ見たら、普通雑談っぽい。ただ、1が2へ『教えを説く』的なトーンと話し方をしているので、雑談ってわけでもなさそう。……なんだろう。絶妙説得力がない。年齢のせいか、顔立ちのせいかだって話してる内容はマルチ商法でしょ? 就職の話でもないんでしょ? なら金云々の話は安定がなくね? 

 この時点で思わず吹き出しそうになってしまった。このまま奇想天外な方向に進んで、最終的にはNHKYouTubeに公開してるコントhttps://youtu.be/t3lZo1kdsQw)みたいになったら百倍面白いのに。

 可能性はゼロじゃないので、このまま耳を傾けることに。私はスマフォを弄るフリをしつつ、彼らの次の言葉を待つ。

1「でさ、俺の知り合いの社長さんとかも資金運用ちゃんとしてるんだけど、それでもまぁカツカツなわけ」

 んなわけあるか!(粗品ロウ)本当にカツカツだったら他人資金運用の話しないだろうし、ちゃん資金運用できてるならカツカツにはならないだろうし、本当にその人物がいるなら付き合う人を考えた方がいいし、嘘としては笑えるレベルすでに面白い

 いやそれにしてもつまらない!(粗品ロウ

1)「そんな人でもお金のやりくりには苦労してるわけ」

そりゃどんな人でもお金のやりくりは苦労するよ。お前と付き合ってる社長さんは特に苦労してそうだがな!

1)「そこで重要になってくるのが、若いころから貯金お金は大切だよ」

へー天才か? この流れでマルチ商法の話だして陥落させようとしてるの? 無理じゃない?

1)「どう? やってみない?」

へーイエッタイガー合いの手入れてあげる。実際この瞬間に私は吹き出ししまったので、お時間のようです。ちゃんスマフォを弄る演技を続けていたので、彼らが一瞬こっちを見たけど、それをなんとかカバーする。

私「ね、起きて。駅着いたって。移動しよっか」

 

 Aに嘘をついて起こす。寝ぼけ眼の彼女に「コーヒー飲める?」といってカフェインをすすめる。その間に席を立ち、時計時間確認する。

 

 パンを買ってないのが良かったな、なんて思いつつ、今度はスマフォを耳に当てた。電話してるフリ。数秒待って、マイク部分に「今駅前カフェにいるんだけど、もう出るから。うん、大丈夫。そのまま駅の×口で待ってて。はい了解。じゃね」と吹き込む。早口だったかな、と不安が頭をよぎったけど、気にしていられない。

 

 移動したいのは事実。恐らく彼らは、周りに自分たちの会話が聞かれていることを承知の上でこの話題を口にしている。堂々としているし、あとから来た私たちを気にした素振りを見せなかったし、第一片方が寝ていて片方がスマフォを触っている状態で聞かれない方がおかしい。あと吹き出すタイミングバッチリだったし。そんなわけで、聞かれていることがバレていることと、お手洗いに張り紙があることが周知の事実の上で、私たちは泳がされているのだ。逃げない手はない。

 

私「よし、いこうか」

 

 私がやけに足早に離れると、まだ寝足りないAがよたよたと追ってくる。先に階段下りて、スタッフの方を探した。ちょうどバイトじゃなさそうな方がいたので、近づいて話を切り出す。

「あの、美味しかったです。ありがとうございます。で、二階の子の席にいた三人組なんですけど……」

 

 私は、この後Bになんて説明しようか考えていた。

2019-04-13

anond:20190413000402

漫画喫茶にそのパンフレット置いてあった。

ようするに、東京都郊外にある介護施設でおじいちゃんおばあちゃんうんこ拭く仕事をするらしい。

2019-04-11

anond:20190411214556

最近東京ネットカフェには、行政支援に関するパンフレットなんかが置いてあるので、

チェックしろ公的機関に頼れ。 怪しげな組織人間に頼ってはいけない。

素人デザイナーが時給125円以下だと買い叩かれて疲弊してしまった話

はじめまして

日々生きるのがつらいアラサーOLです。

依頼された仕事が終わって以降、どうにも落ち着きが悪く、未だに引きずってしまっているので文字にでも起こしてなんとかこの気持ちを整理して供養したいと思います

私はグラフィックの専攻生ではありませんでしたが、デザイン学時代に授業でイラストレーターフォトショップの使い方を一通り学び、WEBデザイナーコーダーとしての実務を1年ほど積んだ経験があります

実務経験が浅く、あまり難しいことはできませんが、簡単DTPデータ作成や、簡単WEBサイトデザインコーディングなら行えます

今はほとんどデザイン仕事はせず、平日週5でOLをやってます

そんな私は友人に頼まれデザインをすることになりました。

新規開拓ベンチャー企業で、開業に付随する印刷物デザインウェブサイトデザイン構築全てを任されました。

制作物は以下の通り。

フライヤー片面A4

パンフレットA5 8P

イラスト 2点

名刺 片面

ウェブサイト デザイン・構築まで全て

制作期間は全てを1ヶ月半で。

お金がないから5万円で!」とお願いをされ、そんなに沢山作るしあんまり時間もないのに5万か…とは思うものの、自分技術素人だし、頑張る友人を応援していたので、「本当はもっともらいところだけれど、出世払いよろしくね!」と引き受けることにした。

もちろん、日中OLとして働いているので平日昼間の作業はできないことも伝えてあります

アイテム作成は友人とマンツーマンでのやり取りでした。

友人なので、お互い思ったことは何でも言い合い、まずはイラスト作成からでしたが、何度も修正しながら作り上げました。

はじめこそ、友人として、彼の新規事業応援したい気持ちが強く、やる気満々で作業に取り組めていた私ですが、こだわり気質の友人からOKはなかなか出ない。

友人には完成イメージがあるので、それに近づけてゆく作業でしたが、彼の完成イメージ最初からある訳ではないので、そこへたどり着くまでがほとほと長い。

イラスト2枚の作成休日丸3日、ウェブサイトデザインコーディングには1週間ほどかけた、と思うが実際どの程度時間がかかったかは覚えていない。日中OL仕事が終わっても、毎日3〜4時間ほど打ち合わせや作業をしていた。

作業時間確保のため、有給を消化したりもしました。

ウェブサイトは今後私が管理するにしても、管理費は出ないので、できるだけ私が管理しなくても良いよう、wordpressを使って、簡単更新ができるような構築に。

通販もしたいが、アマゾン楽天での委託では手数料が多く取られ赤字になってしまうと言うので、作成したサイトウェブショップシステム導入を提案し、通販できるような仕組みを作成した。

はっきり言ってもうこの辺りで完全にやる気が出ない。もう5万円の作業量はとっくに超えたんじゃなかろうか。

そんな気持ちが日々頭の中を巡るようになっていました。

パンフレット作成は私にとって、より過酷ものでした。

まず中身の文章データや、グラフ写真画像データが一向に届かない。どんどん締め切りは迫っていくし、それらのデータがどんなものなのかも知らされていないのでなかなかデザインも進まない。私が知っているのは大雑把に各ページの概要だけ。

本来であれば事前にしっかりと全体イメージを把握し、そういった素材が全て完成した状態デザインラフをあげ、作成していくのが順序だとは思うのですが、彼はオペレーション意外にも仕事が忙しく、しっかりとしたイメージ共有など、そのような手段は取れませんでした。

文章データ画像データが揃ったのは予定から1週間遅れ。

「遅れてるから、来週中には入稿して」

写真データを使える画像にするために加工をするところから始め、レイアウトを考え、やっと見せられるデータになるまで3日。

修正を加え、納得してもらえるデータになるまで4〜5日。「今日絶対入稿して」と言われ、データを変換し、入稿データを送る。

日中入稿後のデータチェックで変換ミスの連絡があり、帰宅修正し、再入稿

同じようにフライヤーも作ったが、フライヤーに関しては「2日で入稿して」と言われた。おおよその情報はもらっていたが、細かな文言などは自分で考えてと言われた。

とにかく急かされ確認データを送ると、スペルミスがあり、修正

入稿したデータにはやはり変換ミスが見つかり、修正し再入稿

更に追加でウェブ用の画像作成し、セミナー告知のためのページを作れとのこと。今日中に必要なのですぐ作ってくれとのことなので、平日帰宅後すぐ作った。

名刺休日のほぼ1日で作り、ミス無くいった。

完全に私は疲弊していた。

どれだけやっても、急いで作業をしても、もらえるお金は変わらず5万円。

不満は溜まるばかりだった。

プロデザイナーをしている友達が忙しそうだね、と声をかけてくれたので相談したところ、 「ありえないよ、最低50万の仕事量だよ!?ちゃんと値段交渉しなよ!1人でこなすの大変だし、いつでも手伝うから言ってね」と言われた。

手伝いを依頼したいのはやまやまだったが、そもそも5万円しかデザイン料に割けないと言われているところで、プロデザイナーである彼女へお給料を払える余裕は無いと判断。本当にありがたかったが、手伝ってもらうのは諦めました。

それと同時に、プロだったら50万円ももらえる仕事だったのか…と思い、相場を調べ、自分技術が無いことを加味しても、おおよそ15万円ほどならもらっても良いのではないかと思った。せめてそれぐらいの働きをしている、と私は思っていた。

給与に関しては、聞いていた日に入金が無かったので、友人の会社事務の方へ直接連絡したところ、翌月の振込になるとの回答だった。

制作代で必要な分があれば別途請求を立てるようにも言われたので、もう少しお金をもらっても良いものなのかな、と少し希望がわいた。

事務の方へ連絡したその日に友人から電話がかかってきた。

彼の言い分はこうだ。

給与の不満が多く、やる気が見られない

・やってあげているような傲慢気持ちで作っているように感じる

・本当に応援してくれているのか疑わしい

自分達はプロとして仕事をしている 私の犯したミスプロではあり得ないものばかり

納期も私のミスのせいで1週間遅れた

・私が日中仕事をしているので修正依頼しても、結局夜にした入稿できず、一箇所修正に丸日かかることが不満

社長フライヤーデザインに満足していない 期限もないので印刷したものはこのまま使用するが、作り直しをする

プロに依頼するのであれば、それ相応の額を支払っていたが、私への依頼だったため5万円だった

・依頼したので5万円は払うが、もう5万円払うのも不本意である

・これらの理由により、今後デザインの依頼はしない

・友人関係は今後も続けたいので、お互いにリスペクト精神を忘れないようにしよう

私はもう反論する気力もなかった。この後私が何を言ったかもう覚えていない。

それほどまでに疲弊していました。

よくわからないままその日は眠り、翌日友人に言われたことを考え始めると、悔しくて悲しくて涙が止まりませんでした。

しかに私はプロではないし、クオリティが低かったのだろうと思う。

それでも全てのデータを逐一友人にも社長にも送り、確認してもらい、OKが出るまで修正していた。

コピー自分で考えて入れてと言われたので、私が入力した。誤字脱字が不安だったし、誤入力があってはいけないので確認をお願いしたが、その際に発見された誤字脱字もプロだったらありえないミスだ、とのこと。

そりゃ私みたいな素人プロクオリティデザインをできるなら良かったんでしょう。でも私はプロじゃない。自分技術不足なんてわかってはいるけれど、素人からという理由で依頼をしておいて、あんまりな言われようだと思った。

全ての作業が終わるまで、2ヶ月ほどかかった。私の日給は1000円にも満たないのだと思うと、また泣けてきた。パンフレットウェブサイト名刺はこれからも使い続けるそうだ。彼らは日給1000円にも満たないお給料で私に作らせた商品でこれからお金を稼ぐらしい。

何より「デザインお金をかけられない」という理由で私以外には頼めないものだと言われて引き受けた仕事だったけれど、本当のところは「プロに依頼するならそれなりのデザイン料は出せるが、私だから5万円以上は出さない」という方針だったことがショックだった。

私の仕事には日給1000円、時給にしてしまえば125円の価値しかないと、最初から思われていたのだ。

時給125円の価値しかない私に「やってあげている」ような態度を取られるのは、さぞ癪にさわることだったろう。

その程度の私が「お給料をあげてほしい」などと言うのは、身の程知らずだったのだろう。

彼は「仕事をさせてあげている」私が、不満を持って仕事をしていることが許さなかったのだろう。

最初から見下されていたのは私のほうだった。

私は彼から事業の話を聞いた時、絶対成功してほしいと思った。だからこそ、5万円で仕事を請け負ったし、彼の要望には出来る限り応えられるよう対応してきたつもりだった。

大したクオリティは無いが何でも言うことを聞いてくれる、時給125円で仕事をさせてあげている便利なやつだったんだろう。

本当に馬鹿馬鹿しい。

そんなことにも気付かず、自分時間を削って仕事をしていた私は本当に馬鹿だ。

傲慢な態度が嫌だと言われたが、最近から最後まで傲慢だったのは彼のほうではないか

互いにリスペクトし合って友人関係を続けようと言われたが、ずっとリスペクトなんかされていなかった私がどうやって彼をリスペクトすれば良いのかわからない。

彼はとても良い友人だった。

どんな悩みも打ち明けることのできる唯一無二の友人だった。

しかし私は、もう彼と友人関係でいたいと思えない。

彼は「言いにくいこと全部言うけど」と前置きしてこれらを私に言ったが、彼には「言いにくくても言うべきこと」と「言ってはいけないこと」の区別がついていないのだろうと思う。

昔の私ならきちんと指摘できたと思うが、もう私は彼と関わりたくない。

請け合いをした私が悪かったのだと思います

友達からと、お互い甘えていたんです。

彼は私に「友達から」思ったことを素直に言ったのだろうと思います。彼は私を「時給125円以下の女」扱いしていることに、たぶん気付いていません。

誤解の無いよう書き留めておきますが、彼は悪気のある言い方を一切しませんでした。しっかりと言葉を選んで、本当にただ、私の悪いところを指摘して改善してもらいたかったんだと思います

ただ素直に私への評価を伝えてくれました。「大した技術もなく時給125円以下の価値しかないくせに傲慢で偉そうで金の話ばかりしてくる女」だと。

私は彼の進めているプロジェクトを高く評価していました。だから安い金額でも、こんなむちゃくちゃな仕事をなんとか頑張ることができました。

私を選んで依頼してくれた彼に、私が彼に対して思うように、私を評価して欲しかっただけでした。それが傲慢だったということなのでしょう。

彼らは今後も夢に向かってひたむきに走り続けるのだろう。

是非がんばってほしい。

今後何か困ったことや酷いことがあったとしても、全て私のせいにして生きていってほしい。そう思うことで彼らが楽に生きられるのなら。

これからもし、「ただ安く済ませたいから」という理由で人をこき使おうと思っている方に知っておいて欲しいのは、「人間評価された分しか返せない」ということです。

やる気の問題ではありません。根性論なんて糞食らえです。あなた傲慢にも「使ってやっている」という気持ちで雇った誰かは、あなたに「使ってもらっている」なんて有難がることは一生ありません。

仕事を受けようと思っている人はきちんと自分価値を見定めてください。自分が満足するだけの評価をもらわない限り、自分の満足する仕事なんて一生できません。ただし、自分への評価傲慢にしてはいけません。冷静に力量を見極めた上で、価値を探してください。

評価=お金」ではありません。人間不思議もので、きちんと評価を受けていると感じられるのであれば、希望のお給料より少し安かったとしても力を発揮できます。そこにきちんとリスペクトがあれば、です。

私は「尊敬する友人に時給125円以下だと思われていた」という事実を一生抱えながら生きていかなければなりません。冒頭「この気持ちを供養する」と言いましたが、恐らく一生供養なんてできません。

本当につらいです。私には最低賃金価値はおろか、1時間働いたって自販機で缶ジュースを買うこともできない程度の技量しかない人間なんだと言われたのです。

死にたいと思いました。死んでやろうかとも思いましたが、同情してくれる恋人や友人が僅かばかりいたのでなんとか生き延びてしまいました。

それでも今こうしてこんな長文ブログを書いてしまうぐらいに悔しくて悲しい気持ちは一生忘れません。

かと言ってもう「技術を磨いてすごいデザイナーになっていつか見下してやる!」なんて上昇志向も持てません。

時給125円以下の技量しかない私は、今後デザインなんて一生しません。

私にはもう何をする力も残っていません。OLらしく生きていこうと思います

この先、デザインを依頼する人、される人が、私と彼のようになってしまわないことを祈るばかりです。

2019-04-09

新卒で入った富士通を9ヶ月で退職しました。

前提。何を語るのか。

2018年4月入社した富士通を同年12月退職したので、順を追って経緯を説明する。

昨今さまざまな問題が浮上している企業ではあるが、大変お世話になったことに違いはないため、最大限の敬意を払いながら語りたい。

3月入社に至ったきっか

キーワードは3つだ。①新卒採用パンフレット、②メジャー感、③人の良さ。

まず、富士通新卒採用パンフレットの出来がよかった。大企業ながらも新しいことに取り組んでいく姿勢ヒューマンセントリックという標語SIer実態とはかけ離れた煌びやかさ。(当然ではあるが)新卒者が入りたいと思うような仕上がりになっていた。いま振り返ると、自分視野があまりに狭かったと反省するばかりだが、当時は純粋パンフレットを読んでワクワクしていた。

また、会社メジャー感も入社の大きな決め手となった。富士通には、大手企業ならではの採用における露出の多さや安心感があった。「最初はやっぱり大企業だよな...」社会の右も左も分からぬ中、大手企業以外の選択肢自分にはなかった。

最後に、人の良さも入社する理由となった。老婆心忠告しておくが、企業を「人の良さ」で判断するのは悪手だ。採用担当は「人が良い」に決まっているし、何より社内の人間は流動的で、いつ誰が辞めていくかもわからない。

とにかく、このような理由入社することとなったが、数ヶ月後にミスマッチだと気がつくことになる。

4月8月新人研修

富士通では、約4ヶ月にも渡り研修が行われる。自分にとっては、良くも悪くも学びの多い期間だった。

最初の数週間は、富士通という組織について学ぶ。会社歴史文化を知るだけでなく、タグラインである「shaping tomorrow with you」を、単語レベルで分解し意味咀嚼していったりもした。この研修で、自分富士通が大好きになった。というよりも、自分所属する組織に誇りを持っていたかった。事実から目を背けようとしていたところもあったかもしれない。いずれにせよ、自分は至る所で「shaping tomorrow with you」と意味もなく吹聴して回った。普通に死にたい

5月に入ると、プログラミング研修が始まった。使用する言語Javaだった。初めてのプログラミング不安もあったが、本当に楽しく学ぶことができた。「変数とは、配列とは」という基礎レベルから手取り足取り教えてくれる企業富士通くらいのものだろう。文系出身自分プログラミング第一歩を踏み出せたのは、他の何でもなくこの研修のおかげであり、いまでも本当にありがたく思っている。

そして7月プログラミング研修が終わった頃、富士通に対する不安、というよりも漠然とした恐怖感を覚えた決定的な瞬間が訪れる。新入社員全員で、社内のとある講演を聞いていたときのことだ。前後文脈は省くが、講演者の方がこのような発言をした。

「私がam I shaping tomorrow with you?と訊くので、皆さんは全員でYes! I am shaping tomorrow with you! と答えてください。am I shaping tomorrow with you?」

その後、新入社員一同が起立し、

Yes! I am shaping tomorrow with you!」

という声が響き渡った。

場内は盛り上がっていたようだが、自分は「Yes! I am shaping tomorrow with you!」と言えず挙動不審にあたりを見回していた。「shaping tomorrow with you」というタグラインはいまでも大好きだが、あまり画一的で、どこか宗教的な様子に一歩引いてしまったのだ。この瞬間から、「この会社自分に合わないのかもしれない」という確信めいた気持ちが生まれていた。

8月12月。待ちに待った配属、そして実務。

8月中旬。当然のように配属は希望通りにならず、長年運用が続くレガシーシステムに携わることとなった。使われている言語は、当然のようにCOBOLJavaアプレット新卒パンフレットとは全然違うじゃないか!とは思わなかった。その頃にはある程度SIer現実を知っていたからだ。だから、何とか楽しくやっていこうと思った。興味のない分野かつ、レガシー環境だったが、自分の周りだけでもハッピーにしていくつもりだった。それに研修でも「置かれた場所で咲きなさい」と教わった。(ある種の教え込みだったのかもしれない)

しかし、その意気込みは数週間しか保たなかった。

業務に関して詳細を語ることは控えるが、自分のメインの仕事は「コピペ」だったのだ。EXCEL方眼紙で作られた手順書の通り、文字通り、ctrl+Cとctrl+Vを交互に押していくだけの簡単お仕事。一日中コピペを繰り返していると、指が変になりそうだった。また、ディスプレイは貸し与えられないため、いくつものウィンドウを小さなラップトップで開き、何とかやりくりして捌いていた。

それが何週間にも渡って続き、9月中旬には退職を決意していた。

しかし、そんなすぐには会社を辞められるはずもなく、当面は転職のための勉強を続けながら働くことになった。

念のため言っておくと、富士通での仕事は決して悪いことばかりではなかった。メインの業務は相変わらずコピペだったが、トレーナー不憫に思ったのか、マネジメントや社内ツール作成にも携わる裁量を与えてくれた。残業ほとんどなく、毎日定時で帰ることができた。それでも自分がたったの9ヶ月で退職をしたのは、「今のままではマズイ」という本能的な危機感だった。コピペEXCEL方眼紙業務では何のスキルも身につかないし、たとえ開発に携われたとしても言語COBOLだ。自分未来果たしてどうなるのか?ひたすらに頭を捻った。自分人生について、初めて本気で真っ正面から考えた。

...可能な限り早い段階での退職。それがベストな答えだと悟った。

12月末〜。その後。

退職するに当たって、一切の問題は発生しなかった。退職の旨を伝えた際、引き止められることはあっても理不尽なことはなかった。手続きも大変スムーズであり、非常に感謝している。

自分はこれからWebエンジニアになることが決まっている。結果として、富士通での9ヶ月は「自分が本当にやりたいこと、実現したいことは何か」に気づくための期間となった。周りよりも一手遅れてしまったが、とにかく、富士通での業務自分にとって必要ステップだったのだと思う。昨今、富士通に対するネガティブ記事が数多く出回っているが、富士通をはじめとするSIerは決して悪ではない。そこにはただ「合う合わない」があるだけだ。誰もが自分に合う職場で、ハッピーに働いていければそれでいいと思う。苦い経験ではあったが、富士通での経験無くして今の自分はいないということを忘れず、これからハッピーに働いていきたい。

2019-04-03

AI人工知能EXPOに行ってきたよ

https://www.ai-expo.jp/ja-jp/exhibit/about.html

金曜まで東京ビッグサイトでやってます

人がすごかった。

たくさんパンフレットもらった。

AI技術を展示でわかりやす説明するのってむずかしいんだなーって実感した。

2019-04-01

説明会なら、ホームページとかパンフレットとか読んだ上でのちょっとした疑問点とかかな

もちろん「ちゃんと予習してますよ」のアピールなんだが

2019-03-28

カウンターで注文する形式の店が苦手なんだが

オシャレなカフェとかカウンターレジで注文する形式の店は、どうにも慣れない。

スーパーみたいに商品を手にとって見て回れるか、従来の飲食店みたいに腰を落ち着けからメニュー表を見てゆっくり決めたいんだが

最近カフェというのは、なぜカウンターで注文する形式なのか、別にカウンタで注文すること自体は、どうでもいい。

問題は、そのカウンタに行くまで何があるのかメニューが全くわからないということだ。

例えばコーヒーを飲みたいと思っても、コーヒーにもいろいろ種類があるわけでケーキをセットに頼みたいと思っても何があるのかわからない。

売出し物とかは、店先のディスプレイに書かれているが詳しいことは書かれてないし、何と何がセットで頼めるのかとか全くわからない。

カウンタで注文する形式だと後ろを待たせたら申し訳ないという気から落ち着いてメニューを見れないんだよ。

店先にメニュー表置いておくとか、パンフレット置いておくとかないの?

メニューが無いから店先でスマホwebサイト見てみたがオススメ品がいくつか出てるだけでメニューらしきものすら公開されていない。

最近カフェというのは、初見お断りトレンドなのか?

店先にわかやすメニュー表設置してくれよ。

いきなりカウンタに行って注文するとか何があるのかわかんねーんだよ!

2019-03-26

SexyZone LiveTour2019 PAGES 個人的記録

気持ちがまとまってきたので文章にする。思ったこバーッて書くだけだから文章的なまとまりもクソもないほぼ自分用まとめ。sexy言葉感想が書けなくてごめんね。


大学受験の真っ最中当落発表で見事に落ちたので病みに病んだ。第一志望校にも落ちた。

受験が終わった後は一般にも電話をかけまくったけどこれまた見事に落ちた。ので、チケットを探すことにした。

超人見知りの陰キャコミュ障キモオタクだし取引は初めてだったから凄く不安だったけどそんなことよりも去年のツアーぶりのsexy達に会いたい気持ちの方が何倍も強かった。そして、ありがたいことに静岡の一日目に同伴させてもらうことが決まった。

そこからはもうずっとウキウキで何を着ようどんメイクをしようどうやって行こう何時くらいに着こう何を準備するにも楽しかった。アルバムが発売されてどの曲をどんな演出披露するか考えるのも楽しかった。当日までチケット保証は無いけれど取引が決まる前と後では世界の見え方が違った。

仙台のプレ販でペンラの画像が流れてきた時にはちょっと泣いた。聡ちゃんも一緒にツアーを回るんだと思ったら胸がじんわりとあったかくなった。そして風磨くんのうちわの顔が最高だった。風磨くんの顔が世界一可愛くてかっこよくてエッチ。最高。この世に生まれてきてくれてありがとう風磨くん。こんなにも顔がいいうちわが一週間後には自分の手元にあるのかと思うとニヤケが止まらなかった。キモオタからネタバレ見るのを防ぐためにtwitterログアウトした。

当日、念願の風磨くんのうちわを手に入れて、無事取引する方とも会えて安心して会場に入った。席はスタンドの上の方であまり良くなかったけれど私はメインスクリーンさえ見られればどこでもよかったので十分だった。(去年はメンステ真横の上の方でラブマニのフィンガータットが全然見れなかったので)

席についてびっくりした。私の周り、キンブレまみれ。

通路挟んで隣の席にキンブレ2本持ち2連、後ろの席も公式ペンラとキンブレ1本持ち、前の席に公式ペンラとキンブレ2本持ちとキンブレ5本持ち、そして私にチケットを譲ってくれたお姉さんも公式ペンラとキンブレを一本ずつ持っていた。

もちろんキンブレを持つオタク一定存在することは知ってたし会場でキンブレを持つオタクは見たことがあったけれど、幸運なことにガイシで一昨年去年と参戦して自分の席の周りにキンブレ持ちがまったく居なかったのでいきなりキンブレに四方八方を囲まれてめちゃくちゃ驚いた。こんなにおったんかキンブレ持ち。なんとなく都市部より地方の方がそういうオタクは少ないと思ってた。そしてクソコミュ障の私はお姉さんにキンブレの事を言えるはずもなかった。

ジャニーズ現場のキンブレがめちゃくちゃ嫌いだった(シンプルに眩しいのと悪い意味でクソ目立つから)ので中々モヤモヤする始まりだったけれどライブが始まってしまえば全部吹っ飛んだ。登場から最高だった。SexyZoneは天才。と思ってたら前の席のキンブレ複数持ち2連が腕上げてキンブレ降り始めてまたモヤった。

でもやっぱりすごく楽しかった。正直4人だけのライブを見るということに不安はあったけれどでも今できる一番のライブだと思った。

問題は私だ。声が全然出せなかった。今までは友達や妹と来ていたから気兼ねなく声を出していたけれど今回は周りに他人しかいなくて周りの迷惑にならないかなとか余計なこと考えて全然出せなかった。メンバーがたくさん煽ってくれるのに全然出せなかった。会場全体でもSTAGEやリペの時よりも全然盛り上がらないように感じた。メンバーがこんなにも頑張っているのに声が出せなくて悔しかった。風磨くんが少し不満そうで寂しそうな顔と声をしている気がして申し訳なかった。どうせ自分は変な人なんだから周りから浮いたっていいやと思える気持ち自分にあればよかったのに、周りを気にする自分が嫌だった。

アンコールの外周の時、周りのキンブレたちが一斉にうちわ取り出してキンブレ振ってた。前の人にいたってはスケッチブック取り出してた死ね。お前はADか?

凄く嬉しかったのはメンバーががっつり干してくれたことだった。全然上見なかった。私の方に来た時にこっちを向かないのはやっぱり少し寂しかったけれどキンブレを構うことと比べれば5000倍くらい嬉しかった。SexyZoneに会うたびにSexyZoneへの信頼が増える。すごい。

SexyZoneへの大好きという気持ちと罪悪感をかかえてライブは終わった。

その日は家に着いてふまけんらじらーで死んですぐ寝た。次の日、パンフレットを読んだ。泣いた。

風磨くんがどう考えて今回のステージ構成にしたかを知って、昨日の比じゃない罪悪感が襲った。ほかのメンバーに対してもそうだ。声を出して欲しいと、何度も言っていた。メンバーファンをこんなにも信頼してくれているのに私は一ミリたりともその信頼に答えられなかった。

また別の公演のチケットを探すことにした。次は声を出すために。自己満足なのは十二分にわかっているけれどこれで終わりたくない気持ちが勝った。沢山声を出したい。

受験中心の支えになってくれたSexyZoneに今度こそ恩返しがしたかった。Sexy Zoneへ感謝を伝える方法公式お金を落とすか直接声を届けることしかいから。

次行くときにはキンブレが全部折れてますように。

2019-03-20

結局女は学歴よりも顔

高校生の時、いわゆるクラスのマドンナみたいな女がいて、確かに美人だったけど性格悪くて、私のようなブスのことはいつも笑い者にして、クラスで何かやろうって時もハブにしてたんた。

そいつは遊んでばかりでロクに勉強してなかったから、Fラン大学に入るもすぐに中退して、キャバ嬢とかやってたらしい。

私は死ぬほど勉強して有名大学に受かった。うちの高校ではそこそこ快挙だったから、翌年の学校パンフレットには私の写真が「○○大学合格!」って煽りとともにどーんって載ったんだよ。

そんで4年間まじめに勉強して、そこそこ有名企業就職した。

マドンナのほうは、元ホストみたいな男と結婚するもすぐに離婚してシングルマザーになったらしい。

その話を聞いたとき、今まで不真面目で他人を見下してきたバチが当たったんだと思ったよ。そんなことを思う私の方が性格悪い、と言われそうだけど、こっちは今まで真面目に勉強してたのに見下されてハブられてきたんだ。どう考えてもマドンナのほうが人間として欠けているし、私には、今度こそ人生逆転のターンだ、とほくそ笑む権利くらいあると思う。

で、結局マドンナはその後すぐどっかの金持ち結婚して専業主婦していて2人目も生まれたらしい。

おかしくない? 専業主婦寄生虫なんじゃなかったのかよ。キャバ嬢なんて中古のクソビッチなんじゃないの。他人の子を育てるなんて罰ゲームじゃねーの。なんで性格悪くて不真面目なクソビッチ金持ち結婚できるんだよ。

あいい。私は同窓会には行かないし、彼女とは二度と会わないだろうから。それに、私の夫は金持ちでもイケメンでもないけど穏やかでいい人だから何だかんだで不満はない。

最近自分には新しい趣味ができた。もともと映画オタクだったんだけど、ある役者さんが気になってググったら小規模な舞台イベントによく出ていることが分かって、小遣いの範囲で通うようになった。

マイナー役者さんなのですぐ認知してもらえたし、握手も会話もしてくれるし、有名俳優舞台挨拶のチケット必死に取ってた時に比べれば夢のようなオタク生活が出来ているんだけど、ある日、同担の子の多くがキャバ嬢風俗嬢であることに気づいたんだ。

なるほど、だから彼女らはチェキ10枚買ったり出来るのか。私は、貯金もしたいし不妊治療お金かかるしで(結婚したあとに排卵しにくい体質だと明らかになった)、チェキは2枚までと決めている。当然、チェキ10枚買うファンの方が推しと仲良くなれるし優遇される。

でもさ、私、リーマンショック最中就活したのに有名企業就職できて、30代前半で年収500万円以上ってぶっちゃけそこそこ頑張ってるほうじゃない? これって割と勝ち組じゃないの?

なんでみんなが遊んでる時にコツコツと努力してやっと勝ち組になれたのに、ロクに勉強もせず遊んでたキャバ嬢風俗嬢に負けるわけ?

結局、女に必要なのは学歴でも仕事でもなく、顔だったのかなって最近思う。

時間を戻せるなら、恋愛や遊びを犠牲にしてまで頑張って勉強するのではなく、その時間風俗嬢でも何でもやってお金を貯めて整形したい。

あ、でもそもそもブスじゃ風俗嬢にもなれないかあはは。ブスは決して幸せにはなれないんだな。

anond:20190320011019

お前アホやな

本当のこと言ってどうすんだよ

業界自分が成長できそうな会社を探してますとか言っとくんだよ

んで、あとは会社パンフレットみて新入社員にどんな研修教育システム持ってるか把握しといて

つっこまれても受けた会社のそのシステムについて魅力的だと思ったって言えばいい

面接だって最初からチャンバラやってんのなんか承知なんだから自分の都合はなされたら意地悪くらいいいたくなるわ

2019-03-08

anond:20190307220630

大学合格おめでとうございます大学入学までにしておくといいことを思いつく限り書いてみます

絶対にすること

入学金・授業料振り込み、入学手続き書類作成・期日の確認・提出など(生協加入など付随する手続きも含めて)

オリエンテーション健康診断などの日程の確認

したほうがいいこと

大学サイトを熟読する

大学インターネットサイトには様々な情報が載っていますオリエンテーションなどで口頭の説明資料の配布などがありますが、4月になってからだとあまり情報が多すぎて混乱することも多いかと思います。手に入れられる情報は今のうちに整理しておくと、4月以降、楽になり、勉強に集中することができます。いろいろ調べているうちに、大学生活を具体的にイメージできるようになり、頭がウォームアップされるという面もあります。おおむね以下の点をおさえておくといいかと思います

1.カリキュラム関連

履修要項が確認できれば一番良いですが公開されていないことも多いので、ざっくりした学科説明だけでも読んでおきましょう。卒業要件単位数、各学年の必修単位選択単位などです。ここから各学年での履修コマ数がイメージできます

2.スケジュール

来年度の学事暦が公開され次第、手帳に記入するなどしてメモしておきましょう。現在大学によってかなりバリエーションがあります。セメスター(2学期)制なのかクオーター(4学期)制なのか、授業がいつからいつまでか、学祭などの授業休講日、祝日授業実施日、履修登録期間、履修修正期間、定期試験実施日などが大事です。また、時間割もチェックしましょう。これも、現在、90分授業、100分授業、105分授業を導入している大学がありますので、それぞれの時限が何時から何時なのか確認してください。

3.学部学科での勉強内容について

進学する学部サイトに公開されている専任教員のページを読んでください。名前と、業績を眺めます。(業績リストなどが載っていなければ、researchmapで検索してみてください)それぞれの先生研究キーワードを2~3個メモしてください。意味が分からなくてもいいです。その学科で行われている研究全体像が掴めます

次に、シラバスを眺めてみましょう。ほとんどの大学シラバスが公開されています。また、年々、詳しく書かれるようになっています。1で確認した必修単位選択単位の科目名、または教員名でシラバス検索をかけてみましょう。どういう授業が行われ、どのように成績評価されるのかが分かります

4.IT関連など

学生がどのような施設ソフトオンラインジャーナルなどを使えるか確認しましょう。学生無料で使えるものが色々あります

5.キャンパス関連

キャンパスマップを見てみましょう。どこに何号館があるのか、どこに食堂売店があるのか、どこに図書館があるのかなどをチェックします。高校までと違って、毎時間移動があります。おおまかな位置関係だけでもおさえておくと、4月以降に迷子になって遅刻することを防げます

もし時間があれば、マップを片手に、キャンパス見学にいきましょう。入れない建物も多いですが、位置関係を把握することはできます食堂売店などは実際に利用してみましょう。4月には新入生やらサークル勧誘やらであふれてカオスになるので、今のうちに見ておくといいです。食堂があまり充実していなそうな場合は、近辺のコンビニ食べ物屋さんもチェックしておきましょう。

図書館も、申し出ると見学させてくれることがあります。「図書館の使い方」などのパンフレットも入手して読んでおきましょう。

書店にも行ってみましょう。授業で使われる教科書参考書も並んでいます。すでにチェックした研究キーワード教員名で気になるものがあったら、関連する本をぱらぱら眺めてみてください。気になるもの面白そうなものがあったら、数冊購入して読んでみるのもいいでしょう。

だいたいこれくらいおさえておけば、落ち着いて大学生活を始めることができるのではないでしょうか。4月になると一気に環境が変わり、それに適応するのに労力を要します。今のうちに少しでもイメージができていると、大学での勉強研究スタートがスムーズにきれると思います

最後に、しないほうがいいことです。それは親御さんの世代大学生活の話を聞いて、そこから自分大学生活のイメージをつくりあげることです。ここ十数年で日本大学は大きく変化しています。たとえば、授業への出席は必須です。課題も多いです。授業時間も長くなってきました。休講は少なくなりました。まじめに勉強しないと卒業できません。そのかわり大学から学生へのサポートは増えています就職キャリア関連、資格関連、留学支援メンタル関連、いろいろなサポートがあります。使えるものはなんでも使って、大学での教育効果を最大限に高めていってください。

どうぞ実り多い大学生活を過ごされますよう。

2019-03-01

anond:20190301144930

俺は無党派層だが...

選挙のたびに入れる党が変わる。

ちゃんと右左その他の選挙公報もパンフレットネット討論も見てるよ

気になる候補者演説聞きにもいく

バカにするのも大概にしろ

やっとこの日が来た

あなたオリエンタルランドにいるなら、

私はあなた現在の外観で港のリハーサル特別写真を撮るまで

新しい港のショーで新しい衣装(New Look)を作ると思いました。

Newlekが初めて登場したのは、上海を開く前の役人のためのグリルでした。

Instagramは、2016年4月に初めてです。

その時からミッキーミニーの顔が変わった!」と語られました。

しかし、ファンの間だけでは、情報一般的レベルには広がりませんでした。

2016年6月オープンした上海ディズニーランド、ニュールックオフィシャルです。

この段階から、いわゆるアンチニュールックの人々がいました。

上海ディズニー希望であり、ローカライズされているだけなのか」という見方もありました。

しかし、ニュールックアナハイムパリ香港、そしてフロリダに次々に紹介されます

オーラニやクルーズラインでも。 それは急速に変わりました。

フロリダ州は最新の状態を保ちましたが、これはヘッドの数が完全に異なるためです。

フロリダを去るべきだということですか」などの声がありましたが、やがてより環境にやさしいものに変わりました。

そして残ったのは東京でした。

切り替え時期としては、2017年3月の海の15周年の閉会が最も良い時期だったと思います

舞浜では新しい外観がやってくると思いました。

3月末までの年間パスデザインは年の途中で変化していると発表されました。

しかし、イベントの終わりには、どういうわけか "Fantasmic"のリハーサルが港で行われました。

リハビリ自体も珍しいことではありませんが、実は今回はミキミニが船に乗っていました。

これからは「イベントが終わってもミキミニの顔は変わらない」という

メッセージだったのかもしれません。それは私の想像力だけです。

まあ、たとえマーケティングがどれほど貧弱であっても(それはオリエンタルランドだと思っていましたが)、

SNSが新しい見た目になっただけでは迷子になります

しかし、オリエンタルランドフランチャイズです。

ディズニーが私に言ったとき、私は最初にそれを拒否することができないはずです。

また、キャラクターの頭は日本製ではなく、アメリカから買っているそうです。

あなたけが新しいルックスを売るなら、あなたはそれを紹介することしかできません。

もしそうなら、あなたは少しずつあなたファンを紹介する方法を取るべきです。

新しいショーのための報道資料は最新でした、しかしそれが始まったとき、それは新しい一見でした。

フロリダでやるべきこと、それは大きな炎の上です。

まず、実写商品のマスマーケティングを始めました。 ディズニーホテル予約緑。

オリエンタルランドとして、実写商品を売ることができることを私は知っています

次回は2018年4月土地の35周年記念イベントでした。

Donna Dejiの頭が変わったのはLand20周年記念イベントでした、可能性がありました。

35周年が始まる前に舞浜市に新しい外観がもたらされたという噂もありました。

しかし、ここでは紹介されていません。

土地記念日イベント有益であり、そして地域のための昇進は広くヒットしています

20周年のDonna Dejiのように、ポスターは最新のもののようです、彼らはそれが新しいものであるとしたら

混乱するだろうと彼らは考えました。

そして、35周年記念イベントでも、実写商品の大規模な発売。

ミキミニに関連する画像ウェブから削除する

TDS Easterのコンセプトアートが明らかに私に新しい一見を思い出させるようなデザイン

そして今年のデザインは、実写からイラストパターンへと変わります

オリエンタルランド以外にも、ディズニージャパンニューラックの浸透にも力を入れています

ミッキー誕生日プロジェクト京都に行ったのは、新しい外観でした。

氷上ではフランチャイズとして扱われますが、管轄ディズニージャパンです。

それでミキミニはまた初期段階で新しい見方に切り替えました。

ミニーのデイプランニュールックミニー雑誌に登場。

このように考えて、あなたは非常に慎重にやっていますね。

そう、Sea's Harbour ShowはNew Lookを紹介することにしました。

それでは、あいさつや他のショーで何をするつもりですか?

パフォーマンス更新に合わせて変更するのが最も現実的だと思います

私はすぐに終わる人に新しい一見を導入することを想像できない。

結婚式ホテル宴会バスケットボールコートは誰にとっても最も興味深いものです。

結婚式では、日本人アメリカミキミニの顔に文句を言って

困っています

ミリアルは今からまりにも恐ろしいことではありませんか?

おそらく、現時点でパンフレットサインアップする人は現在の外観でそれをするだろうと思います

たとえそれが問題になったとしても、拒否された支払いは難しいでしょう。

舞浜にとっては、最も重い料金のゲストです。

何が起こるのか見ていきます…。

私がTwitterFacebook公式投稿を見たときRipフィールドは何でもできる。

ライトレイヤーには、新幹線N700SとN700Aが見えます

あなた情熱的な情熱的な人であるならば、私はあなたが違いを知っているとは思わない。

ついにこの日がやって来たか

オリエンタルランドなら、現行ルックハーバーリハとか、スペシャルフォトの撮影までやって、新しいハーバーショーで「新しいコスチュームニュールック)ですよ!」って出すのかと思ってた。


ニュールックが初めて世に出たのは、上海開園前の関係者向けグリだった。インスタグラムが初出。2016年4月のこと。


当時からミッキーミニーの顔が変わった!」と話題になってたよ。ただ、あくまでもコアなファンの間だけで、一般層まで情報は広がらなかった。


2016年6月上海ディズニーランドが開園して、ニュールック正式ものに。この段階から、いわゆるアンチニュールックの人たちはいた。


上海ディズニー社の悲願。ローカライズしただけでは?」っていう見方もあった。だけど、アナハイム香港パリ、そしてフロリダに続々とニュールックが導入されていく。


アウラニやクルーズラインでも、どんどん切り替わっていった。フロリダは現行・ニューを併存させていたけど、これはヘッドの数が全然うからね。「もしかしてフロリダは残すの?」なんて声もあったけど、結局はグリも全面切り替えに。


そして残ったのが東京だった。


切り替え時期としては、2017年3月のシー15周年終了が一番のタイミングだったと思う。私も絶対に、ここで舞浜ニュールックが来ると思ってた。例年は3月末日までの年パスデザインが、年度途中で変わるって予告されてたし。


だけど、イベント終了日の深夜、なぜかハーバーで「ファンタズミック」のリハが行われたんだよね。リハ自体は珍しくないんだけど、実はこのとき船にはミキミニも乗せてた。


から考えると、「イベントが終わっても、ミキミニの顔は変えないよ」っていうメッセージだったのかもしれない。ただの私の妄想かもだけど。


そりゃ、いくらマーケティングが下手くそ(だと思われている)オリエンタルランドだってSNSであれだけニュールックが叩かれてたら、導入を迷うでしょ。


だけど、オリエンタルランドフランチャイズディズニーに言われたら、まず拒否はできないはず。


しかも、キャラクターのヘッドって、日本製じゃなくて、アメリカから買ってるって話も。もしニュールックしか売ってくれなかったら、導入するしかない。そうだとしたら、少しずつファンに導入を匂わせるやり方を取るはず。


新しいショーのプレス向け素材は現行だったけど、本番始まったらニュールックでした!なんて、フロリダみたいな事したら、大炎上からね。


まず始まったのが、実写グッズの大量投入。そしてディズニーホテルの貸し切りグリ。オリエンタルランドとしても、実写グッズが売れるのは分かってるはずだから


次にタイミングだったのが、2018年4月ランド35周年イベント。ドナデジのヘッドが変わったのは、ランド20周年イベントだったし、可能性はあった。35周年が始まる前に、ニュールック舞浜に納品されてるって噂もあったし。


だけど、ここでは導入されなかった。ランドアニバーサリーイベントは儲かるし、地方向けのプロモーションも大々的に打つ。20周年のときのドナデジみたいに、ポスターは現行、現場はニューってことにしたら混乱しちゃうって考えたのかも。


そして、35周年イベントでも、実写グッズの大量投入。ウェブからミキミニ関係する画像の削除。TDSイースターのコンセプトアートが、明らかにニュールックを思わせるデザイン。年パスデザインが、実写からイラスト柄へ。


オリエンタルランド以外にも、ディズニージャパンニュールック浸透に力を入れてた。


ミッキーのお誕生日企画で、京都に行ったのもニュールック。オンアイスフランチャイズ扱いだけど、管轄ディズニージャパン。だからミキミニも早い段階で、ニュールックに切り替え。


ミニーの日企画で、ニュールックミニーちゃん雑誌に登場。こうやって考えてみると、かなり慎重に進めているよね。


さて、シーのハーバーショーは、ニュールックを導入することが決定。あとはグリーティングと他のショーをどうするのか。


終演とリニューアルに合わせて変えていくのが、一番現実的だと思う。もうすぐ終わるワンマンに、ニュールックを導入するとは思えないし。


一番みんなが気になってるのは、婚礼ホテル宴会バケパグリの3つかな?婚礼なんて、日本人アメリカミキミニの顔にクレーム付けて、トラブルになってるくらいだからね。ミリアルも今から戦々恐々じゃないの?


たぶん、今のパンフレット契約してる人は、現行ルックでやると思う。だってトラブルになって、支払い拒否されたら大変だもん。舞浜にとって、一番の重課金ゲストですから


さて、どうなることやら…。


TwitterとかFacebook公式投稿見てると、リプ欄が荒れ放題。まあライト層にとっては、新幹線のN700SとN700Aを見極めるような感じかね。熱心に通っている人じゃないと、違いなんて分からないと思うよ。


最後に、私が敬愛する人のウェブサイトのリンクを貼っておきます


ニュールックミッキーミニー導入の軌跡

https://dpost.jp/2016/08/14/wp-31199/

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