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2021-05-07

𝐀𝐧𝐨𝐧𝐲𝐦𝐨𝐮𝐬 𝐍𝐞𝐰𝐬 - 𝐌𝐚𝐲 𝟕𝐭𝐡, 𝟐𝟏

ローカルニュースを全国に

𝐀𝐧𝐨𝐧𝐲𝐦𝐨𝐮𝐬 𝐍𝐞𝐰𝐬についてと、バックナンバーこちら→anond:20210507172613

6日午後9時ごろ、横浜市戸塚区名瀬町のマンションに住む男性から、「飼っているニシキヘビがいなくなっていた」と神奈川県戸塚署に通報があった。戸塚署はパトカーで周辺を捜索している。

ニシキヘビは体長約3.5m、幅約10cmのアミメニシキヘビで、毒はない。動物愛護法特定動物指定されており、飼育許可必要だが、男性横浜市許可を受けて飼育していたという。



    全国各地で園児児童らが田植え体験

    手で苗を植える昔ながらの田植え体験が全国で行われている。主催保育園JA地元のこども会など様々だ。

    宮城県大河原町では園児らが「ひとめぼれ」の苗を、富山県黒部市では小学5年生の児童らが「てんたかく」の苗を植えた。奄美大島で行われた田植え体験では親子が参加し、うるち米ともち米を植えた。米がどのように作られるのかを学び、農業や食の大切さを子どもたちに知ってもらうことが狙いだという。

    参加した児童園児からは、米の出来上がりを待ち遠しく思う声や、泥が気持ちよくて楽しかったなどの声があった。




      京奈和自転車道路が開通 全長約180km

      京都嵐山から和歌山市内を結ぶ京奈和自転車道路の最後の未接続区間が開通し、全区間を通行できるようになった。同道路は京都嵐山を起点とし、奈良を経由して和歌山県に至るサイクリングロードで、総距離は180kmにもおよぶ。

      奈良県は自転車を利用した周遊観光の促進に力を入れている。沿道の名所やルートをまとめたパンフレット県内道の駅コンビニで配布するほか、世界遺産を巡る新たなルート整備も行う計画だ。



        追記(2021/5/7-17:31):タイトルと誤字を修正しました

        2021-04-26

        anond:20210425210135

        元増田末梢血幹細胞提供日記を読んだので、のっかってみる。元増田家族提供、私は骨髄バンク経由なのだけど、日記の内容は殆ど違いがない。

        「あー、そうだったそうだった」と思いながら書いている。

        私の時はだいたい

        入院初日(水曜日):健康診断自由時間→夕飯→自由時間→寝る

        ・2日目~4日目:朝一採血・回診→飯→9時頃G-CSF自由時間→昼飯→自由時間(朝の採血結果をこのあたりで聞く。)→夕飯→自由時間→寝る

        ・5日目:朝一採血・回診→飯→G-CSF10時ごろ末梢血幹細胞採取開始~13時過ぎ終了→車椅子で部屋に戻る(昼飯は時間が過ぎているので、院内売店で事前に購入しておく)→自由時間→夕飯→自由時間→寝る

        ・6日目:採血・回診→「既に患者さんには投与されました。必要量あったので問題なしです。明日退院」→昼飯→自由(以下略)

        ・7日目:退院→帰り道で宝くじを買う→家に帰る

        ・8日目:出社

        みたいな流れであった。暇すぎる。

        ドナーになるとどうなるか?

        1. ドナー手帳交付される。 https://www.jmdp.or.jp/documents/file/02_donation/donor_techo202008.pdf みたいなやつ。

         これは骨髄移植でも末梢血幹細胞提供でも中身はおなじ。家族提供でも同じものをもらうみたい。ここに注意事項とか記載されている。

        自分提供スケジュールとか、提供までの緊急連絡先(事故などで提供できなくなった場合バンク病院への連絡先)を書く。

        2. 骨髄バンク経由の場合、かなり頻繁にコーディネータから現状確認電話がある。風邪引いてないかとか、不安はないかとか。オカンかってくらい心配される。

        3. 骨髄バンク経由の場合提供にかかる費用原則負担しない。

        私の場合田舎にすんでいるのだが、ドナー候補者としての説明(これだけ最寄りの大規模な病院であった)、提供意思確認提供後1ヶ月検診まで、提供のために必要となった交通費支給された。入院中、個室になったがこれも私は負担していない。

         患者さんが個室料金を負担されたようだが、高い負担で大変だなと思う。ドナー健康な体なので病院側としても病人怪我人と同じ部屋にするのにリスクを感じるのだろうな。

        4. 骨髄バンク経由の場合提供後に事実証明する書類を発行してくれる。近年は市区町村条例で骨髄・末梢血幹細胞提供すると補助金を出してくれたり、医療保険請求できる場合があるが、このとき使用する書類である

        ・これまで質問されたことがある質問と、それへの回答

        1. なぜ提供したのか? …… ①骨髄バンクのことは過去何度か献血をするなかで、パンフレットなどをよくみたため知っていた。 ②知人がバンク経由で骨髄移植を受けて復職した。 提供してみようと思ったのはそういう理由

        2. 骨髄提供か、末梢血幹細胞選択できるか? …… 原則できない。どちらが患者さんの状況に適しているのか、によって採取する方法が決定される。

        3. 仕事はどうしたのか? ……有給使用した。提供時期はたまたま忙しくない時期だった。これもまた、患者さんの状況によって決定される。このあたり、ドナー選定時に確認されるため、「忙しいけど提供させられた!」みたいなことはない。提供できるような時間的余裕があるときにだけ応じたらよい。

        4. 入院中は何してた? ……自由時間はだいたい読書動画。個室なのでテレビカードなくても見放題だったが。あと、飲酒喫煙を除き飲食殆ど制限がないので、おやつ食ってもいい。

        元増田も書いているが、ドナーには医療上の特別制限ほとんどない。病院入院上のルールくらい。なお、入浴は他の患者さんとの調整が必要なので、若干制限されることがあるかも。

        5. 提供中は何してるの? ……末梢血幹細胞提供は両腕に針刺して、片方から血を抜き、幹細胞を分離してからもう片方の腕に返すため、なにもできない。

          暇潰しの準備をするようアドバイスされる。元増田も書いているが、タブレットとかノートパソコンを持ち込んでもいいし、飲食も準備しておけば手伝ってもらえる(今はどうなんだろう、コロナの件もあるからだめかも?)

        ちなみに、そうやって暇潰しの準備をしたが、立ち会いの血液内科医看護師お話しするほうが面白かった。

        6. G-CSFってなに? どうなるの?……簡単に言えば、血液中に幹細胞などをたくさん放出させるためのお注射インフルエンザ予防接種くらいの痛み。毎日注射してもらう腕を交互に変えてもらった。

        あと、3日目くらいから、骨のいたみがあった。私の場合は腰だけでなく、胸の間の骨(胸骨圧迫するときに手をあてるあたり)。この痛みはロキソニンが欲しくなるくらいズキズキくる。

          注射を止めて1週間くらいまで残った。

        7. 宝くじあたった? ……全部外れた。

        ・ 今どうしているか

        1. 患者さんとドナーとは1年間で2回まで手紙のやりとりができるが、1回だけした。正直書きたいこととかはあんまりなかったし、どうされているかとかもあまり知りたくない。患者さんが元気になってくれればと思うだけ。

        2. ドナー登録は削除した。提供後は自動的に保留となるが、1年経過後はまたドナー候補となる。これ以上提供しようって気にはならない。

         これは患者さんがどうとか今回の提供がどうとかっていうより、自分家族のことを考えての判断。あと、ドナー候補に選定されてから、抹消血幹細胞提供しおえて採取から車椅子で運びだされる瞬間までの緊張感(何かあったら患者さんの命が! とか思うと、寝られん日もあった)はけっこうつらい。

        3. 厚生労働大臣感謝状を貰ったが、スッポンスッポンする賞状入れの筒にはいったまま。飾ってどうってはなしでもないしね。

        4. 市町村補助金を頂戴した。上でも書いているが、市区町村条例で骨髄・末梢血幹細胞提供すると補助金を出してくれる場合がある。ドナーとして活動するために必要な日数×単価みたいな内容なので、1ヶ月後の検診もカウントしていただいた。あと医療保険ドナー給付金も。頂けるものは頂いた。

         上記の緊張感とか仕事を調整することの負担を考えると、こんなお金を目当てにするのは割にあわないと思うよ。

        5. 献血は、ドナーとして選定されてから提供半年くらいまでできない。半年ちょっとたってから再開した。最後献血したときとかわらず、とくに異常はなかった。

        おしまい

        2021-04-21

        anond:20210421055430

        金返せなんていわないよ

        大変おそまつ映画でした

        パンフレットがないと、忘れてしまう 思い出に残らない映画から

        忘れないようにパンフレットをくださいできれば3つ

        というのがマナー

        金のためにいったと思われちゃう

        どんだけクソだったか?という怒りを表すためには

        金の問題じゃないとパンフレットを買うのがマナー

        金返せというのなら、映画じゃない金の問題

        逆にパンフレットまで買うなら 金の問題じゃない 本当に お前の映画は糞だったと言う意味

        お前の怒りは所詮金の問題無料なら良いんだろ?

        じゃぁかねやればいいのか?

        から先にパンフレット買った もう1枚チケットかえばいか

        金の問題ではない、お前の映画は 金を寄付するぐらい糞だった 糞だと言うのを信じてほしいから金をやる

        2021-04-16

        母は専業主婦に向いていない人

        うちの母親は、専業主婦に向いてない人です。

        元々芸術家肌の人(その分野の講師だった)で、結婚後は趣味程度に自宅で講師をつづけつつ

        専業主婦をやってるけど、家事全般まり得意ではない。

        精神的にも細い方でうつ病治療経験者、今は精神科通院はしていないものの、

        季節の変わり目などは精神的に不安定

        お米を炊くのも億劫で2~3日かけて食べる計算で炊く。

        洗濯は1週間に1~2回。

        買い物は大好きで安売りスーパーなどで色々物を買い込むけれど、

        ストックや消費スピードをあまり考えずに買うので

        ストック多大で溢れているものや、使いきれず腐らせてしまうことがしょっちゅう

        特に整理整頓そうじについては壊滅的で、

        新聞の切り抜きやらパンフレットやらとにかく物を取っておきたい人だけど、

        それを整理できないので、家の中はTVによく出てくる「ゴミ屋敷」半歩手前。

        片付けを手伝うことは何度もしたけれど、こだわりが多すぎて喧嘩になり断念

        親子だと喧嘩になるから業者さんに入ってもらった時も、精神的に参ってしまい続けられず

        それなのに、家が散らかっていることをストレスに苛つき家族に当たりちらす…

        嫌なところだけ書き出すとまあ相当なのですが、人間的には本当に善良で家族思い

        スキルを生かしたボランティア活動なども積極的基本的には人に好かれる人

        欠点は折り込みつつ、それでも母として尊敬しています

        家族仲も基本的には良好なのですが…

        自分は全く休む暇もなくずーっと働いてて心休まるときがない

        何十年も努力してるのに家がちっとも片付かない、誰も手伝ってくれない…

        毎日毎日毎食の献立考えるの疲れたもう楽になりたい、死にたい…」

        自分

        ボランティアやら相続対策勉強会やら、不要不急の要件自分から増やしてるだけだってば…

         片付けは「How to 本」買い込んで読むだけで何も実際に片付けてないじゃない、手伝ったら怒るし…

         洗濯自分の分は自分でしているし、

         食事だって、土日の半分位は自分がつくってるし平日も半分は父が作ってるのに…)

        家族は皆母に気を使って、協力して過ごしてるのに、

        自己中毒でどんどんメンタル崩していく母に対して、言いたいことは沢山あっても、

        口にしたらますますメンタル悪化するのは目に見えており、溜め込んでたら自分メンタル崩してしまった。(こっそり精神科通院中)

        でも母は自分には気を使ってくれない…もう嫌だ…

        まあ、仕事はしてるものアラフォーパラサイトシングルやってる時点で何も言えないのですが…

        テレワーク仕事してるのに、もう昼は作れないから作って、を週に何度もやらされると

        私は働いてないとでも言いたいのかと怒りたくなる衝動を無理やり飲み込んで、ますます消耗していく自分

        という状態で↑を聞かされると、どんどん黒い思いが募ってしまう…

        お互いの為、一人暮らしするべき?まあそうなんだけど、収入的にはなかなか難しいものもあり・・・

        とりあえず、愚痴を吐き出したかった。

        田舎観光に行く価値がない理由

        1.公共交通機関脆弱

        ・1時間に1本の電車バスならマシだが、2時間以上待つ場合も多くまともな観光が出来ない。

        デマンドタクシーの大半は予約必須上地住民限定の為ほぼ利用が出来ない。

        一般的タクシーを使おうものならあっという間に万円単位まで行くので安易な利用が出来ない。

        レンタカータクシーよりマシだが、観光地に来るまでの旅費に近い価格の時もあるのでそこまでお金を出したくないとなる。

          

        2.宿泊料が高い

        ビジネスホテルですら8000円以上する場合がある。コロナ禍なのに5000円程度まではなかなか下げない。

        ・土日の宿泊料は1万円を超える。そこまで金をかけて一泊というのが馬鹿馬鹿しい。

        ・なお高いわりにサービスはたいして良くなく、古いホテルなどはタバコ臭場合が多い。

          

        3.観光地がしょぼく、感動が少ない

        画像で見た時は綺麗に見えたが実際に見るとしょぼい。

        紅葉などの行楽シーズン以外の時期に見ても全面一色緑色か枯れ木しかない。

        ・行楽シーズン以外の少ない時に行くと営業していない店があり楽しめない。

        ソフトクリームフランクフルトなど、どこにでもありそうな食べ物があって気が抜ける。

        ・期待すればするほど何も無く、大きな構造物の実物を目にしてもあまり感動がない。

        動画などで紹介されている観光内人女性とかはついてきてくれるわけではないので面白くない。

        ・道がよく分からないので迷って時間を浪費する。案内も分かりにくい。

        自撮りしてもプロ撮影した観光地のパンフレットみたいにはならないのでむかついてくる。

        ・足場が悪く、階段に手すりすらない場所が多い。

        野生動物と遭遇しやすいのに野生動物をサーチアンドデストロイしてくれる人がいない。

        楽しい思い出作りのつもりが、移動が大変で疲れたことばかりが思い出として残る。

        ジジイババアが多いと、年金暮らし悠々自適に余生送っていることにむかついてくる。

        ・高そうな料理を食ってるのがジジイババアだと更にむかついてくる。

        ・移動が遅いくせに一番最初観光地に入ろうとするいけしゃあしゃあジジイババアがむかつく。

        ・赤子連れで赤子が喚き散らしているのに即刻退散しない。

        子供が叫んでいるのに注意しない親がいる。

        喫煙場所以外で喫煙しているみすぼらしい格好のおっさんとかがいてむかつく。

        方言丸出しの疑似日本語でしゃべりかけてくる頭のおかしい人がいて他人の癖にからむなとむかついてくる。

        伝統工芸体験など、感覚重要なことを失敗してもフォローしてくれない職人にむかつく。

        ・思った以上に楽しくなく、なんでこんな遠いところに来たんだろう早く帰りたいと思うようになる。

          

        以上。個人の感想

        2021-04-05

        音楽ライブパンフレットって要る?

        ライブパンフレットって要る?

        1. 映画パンフレットより高い
        2. 当たり前だが当日の写真は無い
        3. たいしたインタビューも無い
        4. 誰向けかも分からない謎のピンナップ多数
        5. 事前物販のみ等で中身の確認出来ない
        6. そもそもページも少なめ(たまにやけに厚いのも)
        7. やっぱページ数に対して高すぎ


        映画パンフレット以上に読み返すことも無い。でもアーティストTシャツの次に購入を勧めるからきっとボロい商売なんだろうな。

        2021-04-03

        呉座と「男性皆殺し協会」を通じて盛り上がるネットモラル上ゲーム

        特定規準を以て他者非難した人間は同様の規準を以て非難されるのを甘受しなければならない。とまあ、そういうルールですよね?それはある種の「覚悟」であって尊ぶべきものに相違あるまい。

        呉座氏の件では論点が多岐に渡るため必ずしも採用される道徳倫理とか他の言葉に置き換えてもよい)規準一定ではない。私が思うに根本規準は呉座氏が北村氏を中傷していたのはよくないという程度だったろう[※1]。しかしま関係者含め他のことも非難していたりするわけで、その根本規準を外れたのであれば新たな規準を示したと考えざるをえず、その新規準はその新規準を用いた人間にも適用される。

        そしてなんと今回(結構前)めちゃくちゃ大きなアップデートがあったのである

        北村紗衣・北守・牟田和恵・古谷有希子各氏の過去発言|喜多野土竜|note

        簡単に言えば、約10年前に北村氏が男性皆殺し協会マニフェスト北村訳:男性根絶協会マニフェスト)を翻訳して、「『セックス』で検索してくる人がたくさんいるのだが、だいたいひっかかってくるのはヴァレリーソラナスの『男性根絶協会マニフェスト』の翻訳だろうから、見た人はびびるだろうね!楽しいな!」と書いたのが問題視されるべきだという内容の話である

        あ、いや、喜多野氏は「保留」と言って逃げているので、もへもへ氏やMGTOW NEWSが、もしくはこの件で批判されるべきだと言っている一部はてなユーザー達が規準アップデートしたと言うべきか。

        もちろん、訳しただけで問題だと言っているわけではあるまい。実際、MGTOW NEWS過去部分的に訳して説明を付している(https://archive.ph/2QksL何故かMGTOW NEWS消滅してしまった)。その中で、当マニフェストに対する否定的見解は「フィクションに登場する悪役、はたまたブラックすぎるジョークのように思える」という部分以外にオウム引用して暗に否定している部分だけである。加えて次のようなツイートをしている。

        ミグタウニュース MGTOW NEWS @MGTOW_JP

        本当は「みんなが幸せ社会」を実現したいだけなのに、なぜか誤解されて叩かれがちなフェミニズム

        本当は、男性も”解放”するのがフェミニズムだということを知ってほしいので、

        今回はヴァレリーソラナスさんが創設した

        #男性皆殺し協会 

        とっても素敵なマニフェストについて紹介します!!

        https://archive.ph/A6lfs

        もちろん、これは皮肉であるしかしこのような調子ツイートであっても問題はないということをMGTOW NEWSは示している(ダブスタなんてするはずないからね)。換言すれば「このような悪質な憎悪文書を茶化し結果的矮小化することは不謹慎だ」という非難はそれ単体では適用できないということだろう。ということは多角的分析せねばなるまい。

        なお、MGTOW NEWSは何故かこのツイートを削除してしまったので魚拓での引用とさせてもらう。

        北村氏の翻訳記事はいったいどんな内容だったのか

        記事自体は削除されたのだが、なぜかわけのわからん怪しいサイトで拾えたのでそれを真実勝手にみなして話を進めていく。セキュリティソフトが発動したのでちょっと不味い気がするが、気になった人は文章検索すればヒットするよ。さて、北村氏はマニフェストについてどう言及していたのだろうか?

        …(前略)…基本的にはレズビアンパレティストの立場から男性抹殺を主張するものである(?!)。ソラナスによるとこの文章辛辣風刺目的としたもので、別に本人は男性を本気で皆殺しにする気はなかったようだ(ハムレットも芝居の中で結婚している奴を皆殺しにすると宣言していたが、別にしなかったし、そのノリとたいして変わらん)。ただしソラナス本人は子供の頃から性的虐待を受けており、…(中略)…"cut up"を「抹殺」だと原文にある去勢イメージがなくなるから「根絶協会」のほうがいいと思う。

        なお、私は別にこのマニフェスト賛同しているわけではない(いや、男の人大好きですよ!とくに女装している時はね)。単に風刺文として面白いと思っているのと、日本語訳がないのと、クリスマス休暇中は図書館しまっちゃって時間があくから訳してみるだけである。一方でこのマニフェストに書かれているミサンドリー(男嫌い)的な内容は、現代大学で読まれているような哲学芸術史上重要とされているいろいろな論文に現れているミソジニー(女嫌い)に比べればそうたいしたことないんじゃないかと思っていることも確かであるこの論文はたしかイカレているが、初期キリスト教関係の文献とか、私が研究しているイギリスルネサンスアンチ女性パンフレットとか、現代の「未来派マニフェスト」なんかのイカレっぷりに比べてそう突出しているとは思えない

        太字が批判的、下線部が肯定的(?)な部分である

        とりあえず、「内容に賛同しているわけではなく、イカれたミサンドリーを含む文章だが、一方で風刺文として面白くまた過去現在ミソジニーを含む文章と比べてそう突出しているわけではない」という感じだろう。

        すなわち、今回作られた新規準によれば(1)イカれていて(2)ミサンドリーから(3)不賛同先に断っていても特に免罪にはならず断罪されるべきだと言うのである

        ではMGTOW NEWSの紹介記事とは何が違うのだろうか?「風刺文として面白い」のように少しでも価値を認めた時点でダメなのだろうか(なお風刺文として面白いというのは的を射た風刺だというのを意味ないらしいのに注意。後述)?もしくはミソジニーテキストと比べてそう突出していないという論評がどっちもどっち的な矮小化を思わせてよくないのだろうか?それはさておきもう2箇所程引用して少し検討してみよう。

        しかし、二パラグラフからヴァレリーソラナス自身男性嫌悪が匂い立ってくるようでまったくすごい…のだが、これは人生において一度はブスだったことがある女性しか書けないとこである気もする。実は私はこのあたりはかなり読んでいて厳しい。

        北村氏は一気に全文翻訳したのではなくかなりの回数に分けて翻訳している。これは2回目の翻訳の時の説明。この少し前に「あまりホラーっぷりにちょっと笑いがとまらなくなってしまった」とあり言葉は軽いが男性嫌悪の勢いに着いていけない感じがうかがえる。引用後半部分はそれとは別の感慨だが。

        この反ヒッピー論は私はなかなか頷けるところもあると思うのだが…ヒッピーコミューンとかが基本的男性中心的、異性愛中心主義だっていうのはよく言われていることじゃない?ここ二回ぶんくらい、表現が非常に下品なだけでソラナスの言うことが結構まともな気がするので、興味深いがちょっと諷刺の切れ味は鈍っている気がするな。

        ちょっと前に「なお風刺文として面白いというのは的を射た風刺だというのを意味しないらしい」と書いたのはここにかかる。まともだと風刺の切れ味が落ちるということは風刺として面白いというのはもしかしたら褒めてないかもしれない。

        ここは一部同調している箇所で他にも同様の反応が何箇所かある。逆に「相変わらずヒドい」と書いてある場所もある。…とまあおおよそこんな感じである

        さて、最後北村氏の態度についてまとめておこう。

        引用文書について(1)イカれた差別文書と認め(2)不賛同を表明しているが、(3)一部で論の価値を認め(4)他の差別文書相対評価している。

        新規準を整理しよう

        とはいえ喜多野氏やもへもへ氏らはどこに言及すべき価値見出したのか具体的に説明していないので何とも言い難い節はある。実際具体的にどのような態度で引用翻訳していたのかについての論評はない。つまり直接的に言及引用されている内容を中心に彼らの取る規準を見出せばとりあえずこんな感じではないか

        中核の評価基準

        (1)悪質な文書引用文書性質項を満たせば自動的認定される)について引用し(2)その攻撃性を軽視しているように見られかねない発言をしていた場合(3)その発言10年前程度の範囲内であっても問題である

        引用における態度

        (A)差別または憎悪文書と論じ(B)否定的評価イカれたなど)を下し(C)不賛同を表明する一方で、(D)部分的価値を認め(E)類例と並べて相対化している場合は免罪されない。

        引用文書性質

        (a)(引用から)40年前の文書であり(b)差別または憎悪文書であり(c)内容も過激で(d)本人が殺人未遂を起こしている。

        とりあえずキタ規準とでも呼んでおくとする(北村氏にも喜多野氏にも適用されないので不適切名称かもしれない)。「中核の評価基準」「引用文書性質」はこれより悪質性が高い場合問題視され、「引用における態度」はこれより良心的であれば責任は軽くなるという感じで、総合考慮されるべきだということになるだろう。ただし、何度も繰り返すようだが「引用における態度」については喜多野氏らは特段触れていないことに留意必要ではある。ここを入れないと逆にキタ規準適用されるもへもへ氏らに酷く高度な道徳規準適用されるのが不憫なため考慮に入れるのが妥当だと考える。

        ところで規準で時期を考慮することに不満を持つ人もいるかもしれない。「中核の評価基準」において時期を考慮するのは、1つはやはり価値観の変遷が大きな理由だ。例えば女性事務職という考えはすこぶる差別的だが過去に遡ってそういう発言をした人間断罪されるべきとなれば過去人物はわりと断罪される(もちろんそういう考え方が過去にあったことを差別的な思想蔓延っていたと批判するのは否定しない)。するとやはり過去発言の方が悪質性は減ると考えるべきではないだろうか。とはいえ過去においても問題であった言行は当然問題であり免罪されない。もうひとつ時効という考え方だが、こちらは不同意の方も多いかもしれない。なお例えば森元会長女性蔑視的発言をした際に15年前の「女の人だなあ。やっぱり(視野が)狭い」という発言が掘り起こされたのは単にその人の一貫した思想態度に対する批判であって15年前だから擁護することはできないだろう。何にせよ、一見した感じ呉座氏批判については3年前に遡った程度らしく、北村氏が現在ミサンドリー発言をして10年前の言行が掘り起こされたというわけでもないので、単発で10年前の言動非難されるという新たな規準が定立されたと評価するほかないだろう。

        引用文書性質」で一応時期を考慮に入れるのは少し違って切迫性の観点による。例えばどこぞの戦国武将の妻が「子供の1人でも戦死すればお家の名誉になる」と言ったのを称揚するのとどこぞの現役政治家が「お国の為に子供差し出すのが名誉あることだ」と言ったのを称揚するのではやはり深刻度は大きく変わる。

        キタ規準の演習例題問題

        というわけで架空の例題問題[※2]でどのように応用できるか考えてみよう。

        アメリカ議会を襲撃して逮捕された人物発言引用しよう(訳は引用者)。

        リベラルは超特大の馬鹿class-A moron)だ。いつでも自分達が正しいと考え意図に沿わない他者糾弾排斥する。自らを民主主義者の守り手と称するが、その実彼らは選民思想エリート主義者に過ぎない。弱者多様性を言い寛容を謳うが本性は非寛容で本当の弱者に対して無関心。アメリカを偉大さから引きずり下ろした犯人なのだ。今回もDSを支持し選挙を盗み民主主義だと嘯いている。彼らは引きずり出され、八つ裂きにされるべきだ。夜明けに連れ出され銃殺されるべきだ。」

        彼はこの発言非難された際に冗談だと返しておりリベラルは本気で殺されるべきだと思っていたわけではないようだ。それにしてもこの発言からリベラルに対する憎悪が伝わってくる。彼は陰謀論者であったが、リベラルについての評には見るべきところがある。選民思想の持ち主だと喝破するところなんて的を射ていないか

        今は例の議会襲撃者の発言ブログトップから別の用事で見に来た人はびっくりしそう。

        いい薬だね

        まず、引用文書は(a)最近発言で(b)差別かはさておき憎悪文書なのは間違いなく(c)射殺を言い出さすなど内容も過激で(d)本人も議会を襲撃しているという事情に鑑みれば悪質で切迫性も満たす発言問題だろう。

        引用における態度では、(A)憎悪が伝わってくるなど憎悪発言であることが読み手に伝わり(B)発言否定的評価は薄いが陰謀論者という評があり(C)不賛同だと表明していないが同調してはいなさそうである一方、(D)部分的好意的評価をしている。ただし、(E)相対評価はしていない。ただ総合的に見るとキタ規準抵触する態度と言わざるをえない。

        中核的の評価基準だと(1)悪質な発言を訳し(2)その攻撃性や悪質性を軽んじているように見られかねない態度を(3)最近取っていたので問題だと言える。

        まりこのような発言キタ規準抵触するということになろう。もちろんキタ規準絶対のものではないが、甘受する「覚悟」を示した人間には当然適用される。まあ北村氏にも喜多野氏にも適用されないのだが。何にせよ尊い覚悟は敬服し記録するものである

        MGTOW NEWSパラドクス

        ところで繰り返しになるが今回北村氏を批判した人々はマニフェスト翻訳したという事実とそれに言及したツイートをもって批判している。であるから、ここで適切だと考えた規準はいささか正確性に欠ける嫌いがある。ここで言うところの「中核の評価基準」で論じるべきかもしれない。しかしMGTOW NEWSも同じく男性皆殺し協会マニフェスト引用し「とっても素敵」と茶化し皮肉を言っている。これは「その攻撃性を軽視しているように見られかねない発言をしていた場合」と言えなくもない。

        所与の条件である今回の批判者は過去発言と直接的なダブスタをしていないは動くわかげないので困った話である。これをMGTOW NEWSパラドクスと言う。これを解消するためにこの論考では別の項目、特に引用における態度」の項を作り表面上逃れることとした。だが後続者の皆さんには正面から向き合ってこの点をブレイクスルーしていただきたい。

        終わりに

        小学生並みの感想を言うと何にせよモラルが向上するのは良いことだと思います覚悟がある人がモラル寄与するんですね。いいと思う。それは呉座のいいね欄を遡ってる人でも北村氏の件を非難する人でも同様である。その覚悟は敬意をもって記録されるべきだ。

        けど、自分は直接の誹謗中傷でなければ遡っても数年くらいかなって思うので私に対してはそのくらいの基準批判してもらえると助かるかなあ。その範囲でならリツイートだろうとスターだろうといいねだろうと謝罪するので…。ダメですかね。




        [※1] ここはみんな合意してくれると思うんだけど中傷ではないという意見の人もいると思うので次の増田で詳しく説明しておきたい。

        結論を言うと、容姿揶揄したと見るか全く言わないようなことを言っているかのような風聞を流したと見るかどちらかにせよ中傷であるという結論だ。

        [※2] 一応元ネタは何個かあるが、1つはトランプ政権で大規模な選挙不正は無いと言って事実上の更迭をされたKrebsに対してトランプ大統領の弁護士diGenovaが冗談?として言った”that guy is a class A moron. He should be drawn and quartered. Taken out at dawn and shot.”

        LOVOTを体験してみたが30分で飽きた話

        LOVOTというペットロボをご存知だろうか。

        知らない方は検索してもらうのが手っ取り早いが、要はアイボやディアゴスティーニのロビなどと同じ類だ。


        だが、それらと一線を画すのが値段である。購入はだけで30万かかるのだ。自分の月収以上である。またそれとは別に企業に毎月何万か維持費を払う必要がある。総額的には50万だ。高え!



        しか自分は気になっていた。何故なら可愛かったのであるマツコの知らない世界で紹介されていたのと、三浦春馬最後に出ていたドラマで使われていたのを見ていたのだが……つぶらな瞳に、後ろをついてくる姿。かわいい仕事が終わった時の癒しが欲しい。


        検索していると実際に体験できる場所があるとのことで、最近行ってきたのだ。(時期はぼかす。予約制で体験に来る人を絞っているからなのか、案内してくれた人が結構来た人を覚えているようだったので…)


        体験スペースでは30分ほど何体かのLOVOTと触れ合える。

        そんなわけで触った感想だが、最初20分は楽しかった。たが、それ以降は「やることが……やることが……ないな…」と言う感じだ。


        どういうことかというと、LOVOTと遊べる機能が少ない気がしたのだ。

        LOVOTは人がいるのを見つけるとそれを認識して寄ってきて、(家に帰ると出迎えてくれるらしい)抱きしめると鳴き声と共に喜ぶ。特定場所を撫でると喜んだり、くすぐったがったり、もしくは嫌がったりする。高い高いをするとはしゃぐ。


        ……以上。じゃれあう時の機能は大体これくらいだ。他にも、瞳の色が10億通り変えられるとか写真を撮ってくれる機能とかがあるが…。


        つ、つまらない。いやかわいいんだけど、このお値段ならもう少し沢山の反応や行動パターンが欲しい。

        これくらいだと、20分くらいで「うーん撫でるのも高い高いも飽きたなー」となってしまったのだ。



        猫カフェに行った時の猫のがさまざまな動きをしてくれて飽きなかった。ペットを飼えない人もターゲットらしい。パンフレットには、実際の犬よりも維持費は(ちょっと)安い!を売り文句にしてあった。


        だが、実際の生き物と比べるには少し機能が少ないように思えた。これが数万円ならまあこんなもんだよな、で良いのだが50万であるちょっと物足りない気がした。

        結局購入は見送った。

        これはあくま個人の感想で、実際彼らとの生活を楽しんでる人もいるようだ。もしかしたら自分感受性が乏しいだけなのかもしれない。



        また、2体で生活させるとおしゃべりしたりなど新たな姿が見られるらしい。

        総額100万円。若干金持ち道楽に見えなくもない。それでも生きてるペットの方がやはり良いような気もする。

        エバーのパンフレット買えたー

        さすがに人は減ってきたのかな

        2021-03-29

        英語が得意な彼女

         私が働いているのはNPO的なところで、補助金とかで成り立っているタイプ団体だ。儲けを考慮せずに社会課題解決に尽力するあれ。私はその立ち上げメンバーで、今も経理やら総務やらバックオフィス系をするために在籍している。

         うちの団体外国人支援がメインなので、外国語が得意な人を何人か雇っている。そのうちの1人が彼女だ。

         彼女大学時代フィリピンだかマレーシアかに留学して英語を身につけ、大学卒業後は小さな商社に入ったがすぐにうちの団体転職してきた。今は28歳だから、もう5年も働いている。

         彼女は週に2日働いている。月収は約16万円。月8日しか働かないとすると破格だろう。おまけに彼女実家暮らしから生活もそこまでカツカツという様子もない。

         彼女がやっているのは相談業務通訳パンフレット翻訳仕事でそこまで苦労している様子もないし、残業ももちろんなし。休みも好きにとらせるので、彼女からしたらいい職場なんだろう。

         入社した当初、彼女はしばらくしたらフルタイムでできる仕事転職すると言っていた。私も、そのつもりで見ていた。彼女以外の通訳外国人主婦で(この枠は就業が難しい外国人のためのものでもあった。彼女たまたま代表の知り合いから紹介されたのと、その当時働きたいと申し出ている英語話者外国人がいなかったので彼女を雇った)、家計を助けるために働いている。

         うちの団体補助金で持っているタイプ継続性に欠けるので、正社員を増やす余裕がない。なので、若くて就職もたやすそうな彼女にはさっさと転職して欲しかった。

         しかし、彼女はいつまでも転職しない。うちで働き始めてもう5年目が終わる。今年も、退職の申し出はなかった。本人が辞めると言わなければ一年ずつ契約更新するが、それでも非正規である正社員にはなれないし、通訳翻訳をしているが、業務的に専門性が育つようなタイプものでもない。おまけに、最近Google翻訳も優秀だ。いつまで彼女を雇えるか、私たちにもわからない。

         こんなところで若い時間を、可能性をダラダラ売るまねはやめてほしいし、こんな仕事には早く見切りをつけてほしいのに、彼女は楽してなんとなく稼げている気分になっている。年度が変わったら補助金申請をするが、コロナの影響もあり、補助金が絞られる可能性が高い。そうなると、通訳は一旦雇い止めになると思う。彼女にはそのうち、あなた非正規で、ずっと雇用されるわけではないと伝えなければならないだろう。

        2021-03-28

        「東アジア反日武装戦線」の初心と過ち

        韓国発の映画『狼をさがして』は何を描いているか

        太田昌国 評論家編集者

         韓国発のドキュメンタリー映画『狼をさがして』が間もなく日本で公開される。金美禮(キム・ミレ)監督2020年作品で、原題は『東アジア反日武装戦線』という。映画が描くのは、1974年から75年にかけての出来事――「東アジア反日武装戦線」(以後、「反日」と略す)を名乗る人びとが「連続企業爆破」を行ったこと――とその背景である

        歴史像と世界像が一新されてゆく時代のただ中で

         描かれる時代は、アジア太平洋戦争日本帝国敗戦してから30年近く経った時期に当たる。活動を担ったのは、敗戦から3~5年経った頃に生を享けた、当時は20代半ばの若者たちだった。いわゆる「団塊の世代」に属する。その彼ら/かの女らは、敗戦以前に日本がなした植民地支配および侵略戦争責任を問うた。同時に、戦後過程はすでに30年近い長さに及んでいるにもかかわらず、日本がその過去清算することもないままに、改めて他民族に対する加害国と化している現実に警告を発した。手段として使ったのは爆弾だった。

         その標的はまず、戦前絶対無謬の存在として日本帝国を率い、戦後は「平和」の象徴となった昭和天皇に向けられた。だが、「お召列車」の爆破計画が実現できなくなった後は、戦前戦後を貫いて繁栄する大企業に的を絞った。

         戦後日本象徴する言葉は、長いこと、「平和民主主義」だった。それは新憲法を貫く精神でもあると多くの人びとが考えていた。

         天皇戦争責任が問われることも裁かれることもなく始まった戦後は、「一億総無責任体制」となった。この体制の下では、日清戦争以降、断続的にではあっても半世紀もの間(1894年1945年アジア太平洋地域戦争を続けた近代日本実像を覆い隠し、この戦争全体像を、最後わずか3年半の「日米戦争」に凝縮して象徴させることが可能だった。広島長崎の「悲劇」を前面に押し出し米軍占領下の沖縄辺境ゆえに無視して、日本全体があたか戦争の「被害国」であるかのようにふるまった。「反戦平和勢力」の大勢も、そのことに疑いを持たなかった。

         1960年安保闘争の時にも、1965年日韓条約反対闘争の時にも、戦前日本帝国がなした対外政策と関連づけて現在分析する言動ほとんど見当たらなかった。すなわち、日本社会総体として、近代日本が持つ「植民地帝国」としての過去をすっぽり忘れ果てていたと言える。

         1960年代後半、この社会思想状況はゆっくりとではあっても変化し始める。日本は、高度経済成長過程で目に見える形での貧困は消え失せ、急速に豊かになった。この経済成長最初の基盤となったのは、1950~53年の朝鮮戦争による「特需景気」だとする捉え方が常識となりつつあった。

         時代はあたか米国ベトナム侵略戦争の渦中で、沖縄を軸に多数の米軍基地があり、インドシナ半島輸送される米軍物資調達地でもある日本は、再度の「特需景気」に沸いていた。近くに住むアジア民衆が苦しんでいる戦争によって自分たちの国が総体として豊かになっていく――この際立った対照性が、とりわけ若い人びとの胸に突き刺さるようになった。

         加えて、米国でのベトナム反戦運動は、黒人先住民族インディアン)の権利回復の動きと連動していた。植民地主義支配人類史に残した禍根――それが世界じゅうで噴出する民族問題の原因だとする意識が、高まっていった。

         「東アジア反日武装戦線」に所属した若い人びとは、それまでの歴史像と世界像が一新されゆくこのような時代のただ中にいた。彼ら/かの女らは、日本近代史と現在が孕む問題群に、「民族植民地問題」の観点から気づいたという意味では先駆的な人びとだった。

        「重大な過ち」の根拠を探り続けた歩み

         「反日」はこうして獲得した新たな認識を、すぐ実践に移そうとした。当時刊行された「反日」の冊子『腹腹時計から鮮明に読み取れるのは、次の立場だ。「そこにある悪を撃て! 悪に加担している自らの加害性を撃て! やるかやらないか、それだけが問題だ」。政治性も展望も欠いた、自他に対する倫理的な突き付けが、行動の指針だった。「反日」が行った、1974年8月30日東京丸の内三菱重工ビル爆破は、8名の死者と385名の重軽傷者を生み出す惨事となった。

         「反日」にはひとを殺傷する意図はなかった。事前に電話をかけて、直ちに現場を離れるよう警告した。だがそれは間に合わなかった。しかも、なぜか「反日」は三菱爆破の結果を正当化し、死者は「無関係一般市民」ではなく「植民地人民の血で肥え太る植民者だ」と断言した声明文を公表した。映画の前半部で、この声明文がナレーション流れる

         多くの人びとはそこで「引く」だろう。半世紀前の当時もそうだった。それゆえに、彼ら/かの女らは、日本では「テロリスト」や「血も涙もない爆弾魔」の一言で片づけられてきた。

         その責任の一端が、「反日」そのもの言動にあったことは否定し得ないだろう。だが、実はそこにどのような内面の思いが秘められていたのかということは、路傍の小石のように無視されてきた。そんな渦中にあって、獄中の彼ら/彼女らは初心を語ると同時に、自らが犯してしまった重大な過ちの根拠を探り続けた。獄外には、その試行錯誤を〈批判的に〉支え続ける多様な人びとの存在があった。映画『狼をさがして』は、これらの獄中・獄外の人びとの歩みを74分間の時間幅の中に刻みつけている。

        過去を振り返ることをしない社会は、前へ進むことができない

         画面には登場しない「主人公」のひとりは、「反日」狼部隊大道将司である。彼は2017年5月、長らく患っていた多発性骨髄腫で獄死したが、死刑が確定してのち、彼はふとした契機で俳句に親しむようになった。生前4冊の句集にまとめられたその作品は、人間関係自然とのふれあいも極端に狭められた3畳間ほどの独房にあっても、人間はどれほどの想像力をもって、ひとが生きる広大な世界を、時間的にも空間的にも謳うことができるものかを証していて、胸を打つ。それは、ひとを殺めたという「加害の記憶悔悟」を謳う句において、とりわけ際立つ。

         映画でも紹介される「危めたる吾が背に掛かる痛みかな」もそうだが、他にも「死者たちに如何にして詫ぶ赤とんぼ」「春雷に死者たちの声重なれり」「死は罪の償ひなるや金亀子」「ゆく秋の死者に請はれぬ許しかな」「いなびかりせんなき悔いのまた溢る」「加害せる吾花冷えなかにあり」「秋風の立ち悔恨の溢れけり」などの秀句がある。

         「反日」のメンバーの初心と、結果としての重大な過ちを冷静に振り返るこの映画制作したのは、韓国映画監督キム・ミレとその協力者たちである。ふとした機会に「反日」の思想と行動を知ったキム・ミレ監督がこの映画制作したのは、「人間に対する愛情、その人間を信じること」からだったという(「『狼をさがして』――金美禮監督に訊く」、東アジア反日武装戦線に対する死刑・重刑攻撃とたたか支援連絡会議=編『支援ニュース』420号、2021年3月6日)。社会正義のために、加害国=日本搾取され殺された東アジア民衆の恨みと怒りを胸に行動した結果、数多くの人びとを死傷させてしまった、つまり自らが加害者になったという事実に向き合ってきた「反日メンバーに対する思いを、かの女はそう語る。

         だが、その裏面には、次の思いもある。彼らは「長い期間にわたって、自らのために犠牲になった人々の死に向き合って生きねばなりませんでした。苦痛だったかもしれませんが、幸いにも『加害事実』に向き合う時間を持つことができたのです。8名の死と負傷者たち。それがこの作品制作過程の間じゅう私の背にのしかかってきました。しかし、彼らと出会うことができて本当に良かったと思います。この作品は、私に多くのことを質問するようにしてくれたからです。どう生きれば良いのか、今も考えています。」(キム・ミレ「プロダクション・ノ-ト」、『狼をさがして』劇場パンフレット所収)。

         74~75年当時の「東アジア反日武装戦線」のメンバーからすれば、韓国の人びととの共同作業は「見果てぬ夢」だった。日本自分たち戦後の「平和民主主義」を謳歌している彼方で、韓国および北の共和国の人びとは、日本植民地支配を一因とする南北分断と内戦、その後の独裁政権の下で呻吟していたからだ。

         そんな時代が40年近く続いた後で、少なくとも韓国では大きな体制変革が起こった。表現言論の自由を獲得した韓国新世代のなかから、こんな映画をつくる人びとが現われた。キム・ミレ監督は、この映画日韓関係の構図の中で見られたり語られたりすることを望まないと語る。過去を振り返ることをしない社会は、前へ進むことができない。日本韓国も、どの国でも同じことだ、と(前出『支援ニュース』および2021年3月18日付「東京新聞」)。

        脈打つフェミニズム視線

         最後に、もうひとつ、肝心なことに触れたい。この映画を際立たせているのは、女性存在だと思われる。

         刑期を終えたふたりの女性が、生き生きとしたその素顔を見せながら、獄の外から窓辺に寄ってきた猫との交友を楽し気に回想したり、かつて自分たち闘争に大きく欠けていたものを率直に語ったりする。前者の年老いて元気な母親は、娘が獄に囚われてから、娘と自分たちを気遣う若い友だちがたくさんできたと笑顔で語る。二人は自宅の庭を眺めながら、「アリラン」を歌ったりもする。

         キム・ミレ監督らが撮影する現場に付き添う姿が随所に見える女性も、長年「反日」の救援活動を担ってきた。撮影すべき風景、会うべきひとについて、的確な助言がなされただろう。

         死刑囚の獄中書簡集を読んで、あん事件引き起こしたひとが自分と変わらぬ、どこにでもいるふつう青年だと知って、縁組をして義妹となったひとの語り口もごく自然だ。女たちの運動を経てきたと語るかの女の言葉を聞いていると、獄中の死刑である義兄とは、媚びへつらいのない、上下関係でもない、水平的なものだったろうと想像できる。

         そして、もちろん、韓国人のキム・ミレ監督女性だ。弱い立場にある労働者現実を描いてきたかの女は、男性の姿ばかりが目立ち、男性優位の価値観が貫いている韓国労働運動の在り方に疑問を持ち、スーパーで働く非正規女性労働者が大量解雇に抗議してストライキでたたかう姿を『外泊』(2009年)で描いた。日本でも自主上映されたこ作品に脈打っていたフェミニズム視線が、『狼をさがして』でも息づいていることを、観る私たちは感じ取るだろう。

        2021-03-24

        anond:20150305021937

        読んでないけど、志望理由とか演技だから

        どれだけ社会人という演技ができるかというテストしかいか

        ぶっちゃけ日本無能の方が生きやす社会だと思うけど

        逆に下手に真面目に志望理由があるとか、生きる目標がある方が周囲にも敬遠される、みんなそんなのないか

        仮に大企業就職しても希望の配属が叶う人なんてほとんどいないわけで、

        まり設計企画がやりたい、って情熱があったり、

        大学とかもそういう学科も選んで、専門性を身に着けて、自分キャリアプランがある人であっても、

        企業はそういう人に営業やらせたり、生産管理や資材管理やらせたりする可能性があるので、

        そうなると、そこでちゃんとした人ほど脱落しちゃう

        (明確にやりたいことがないけど、働きたい、誰かに従いたい、という人は生きていきやすいと思う

        GIGAZINEだったかでも紹介されていた、IT企業にいがちな邪悪な人のタイプで、

        自分出世とか自分の損得しか考えない人というタイプがあって、

        その中に、プロジェクト成功するかは意外とどうでもいい、という項目があった気がするのだけど、

        日本企業はこのタイプの人が本当に多くて、

        逆に、人間関係とかを犠牲にしてもプロジェクト成功させる、企業利益に貢献する、

        というのがネガティブものと考えられている

        そうなると、真面目にプロジェクト成功を考えてるスタッフは完全に損をすることになる

        上司に「〜ということになると、プロジェクトが失敗しかねない。いいんですか?」みたいに質問しても、

        「いや、それでいいんだよ」みたいに平気で答える人は意外と多くて、

        なんでそうなるかというと、その上司の中では自分の損得で完結して考えて発言しているわけだけど、

        その下々のメンバーとか後継を育てるみたいなことは考えてないんだよね

        から、その人は出世するけど、他は置いてけぼりになる、プロジェクトコケる、

        結局はその出世する人が、仕事をしているフリをしたい、プロジェクトに挑戦したという経歴だけがほしい、のであって、

        そうなると、逆にプロジェクト成功されても困る、という人までいたりする

        下手にプロジェクト成功すると、自分がその新規事業責任者にされてしまうから

        から、わざと自分成功しない新規事業社内ベンチャーみたいな公募で打ち出して、

        わざと失敗して、しかしながら挑戦者として人事評価される、それを最初から狙う、みたいな人は意外と多い

        大企業になるほど多い

        この手の人に、まあ自分場合は両手で数えられるかどうかぐらいだけど、振り回されることは寧ろ普通と思った方がいいぐらい

        結論として、公立中学校動物園というネタが前にあったけど、

        どんな世界大企業だろうが、田舎ブラック中小企業だろうが、クソみたいな動物園であることが多いわけで、

        企業紹介のパンフレットとか脚色されてるだけだから、綺麗な社屋とか、実際は何の縁もなかったりするから

        から志望動機云々なんてどうでもいいぐらいの気持ちでいいと思うんだよね

        雇用側が、相手が喜ぶ美辞麗句を散りばめつつ、かと言って、下手に本当の志望動機なんて書かない方がいいぐらいかもしれない

        どうせ会社社会もクソなんで、期待するほど裏切られるから

        保身だけの人が上を占めてるのは日本の政治でも同じだし

        と、厭世感で書いて終わりにしようと思ったけど、

        ただし、ただしだけど、

        保身だけの政治家が牛耳ってたら、国難に対しては弱かったことが近年のように皮肉にも証明されてしまったわけだ

        これが東日本大震災コロナだったからまだ良かったとも言えて、

        マジで国難戦争だったら、この国は本当に駄目になってしまうんだろうなあとさえ思ってる

        巨大な組織が腐敗するというのは必ずしも悪いことではなくて、

        例えば、競争入札出来レースだったとしても、出来レース八百長からこそ道路ができたりシステムが開発される、

        というのは否めないところがあって、でも、それは平時というか、右肩上がりに成長する日本では問題なかった

        でも、そういう安定とか平和を前提にしたシステムは、対衝撃に弱い

        から黒船から一発砲弾を食らっただけで、国家というレベルシステムから崩壊しかねない

        そうでありながら、日本トップからボトムまで、そういう昭和モデルというか、慣性の法則というか、

        これまでのシステム固執してしまっているわけで、これは変えられないと思うんだよね

        一度焼け野原に戻るのもありかもしれないと思うぐらい

        仮にまた世界大戦レベル戦争とか、そういう時代が来て、もう一度日本焼け野原に戻るなら、

        前回はGHQにあまりにも逆らわなかったので、日本社会システムインフラを変えられなかった

        変更するにはお金もかかるわけで、そんな金はおまえら黄色サルには勿体ない、問題がある戦前システムでも我慢しろ

        みたいに白人に突っぱねられたから従うしかなかった

        から、また焼け野原になる未来があるなら、今度こそは侵略者側とちゃん交渉できる政治家なりトップでいてほしいなあ、

        と思うわけだけど、それもまあ無理なのかもなあ…

        2021-03-22

        俺と庵野秀明関係

        高2まで大阪芸大模試のアレに書いてた

        確かベネッセのやつでお前は漫画家に向いてるみたいな結果が出てろくに絵すら描いたこともなかったのに芸術系を目指したため

        特に大学とか知らなかったけどパンフレットかなんか見て近いし芸術か…と思って書いた記憶がある

        偏差値42ぐらいだったからそのFランですら最低の判定(EだかF)だったけど

        今は早稲田を出てIT企業をやってる

        エヴァだな

        たことないし興味もないけど

        Wiki大阪芸大出てるみたいなの見てより見る気が失せた

        2021-03-13

        anond:20210313155429

        大手フェミが発達グレーの若い子をリモコンフェミに変えて走らせてるのはよくある話

        他の派閥も似たようなことはやってるだろうけど

        増田の話をしげゆきエッセー漫画として描かせて啓発パンフレット頒布したいものだわ

        2021-03-12

        anond:20210312152622

        そもそもパンフレット買ったらフィギュア告知とかの冊子貰えるで

        エヴァ串刺しにしてたのに

         

        ワイはこの傍若無人ぶり嫌いじゃないよ、ふふ😊ってなった

         

        10マン以上の商品は流石にコケて欲しいけど熱心な信者買い支えるんだろな

        今のところヤフオクメルカリや各オタクショップに大放出みたいなことになってないし

        2021-03-10

        最近図書館だけでなく税務署にも心の悩み相談パンフレットが置かれている

        そういえば飯を食おうという意思がある者は死なないだろうということなのか飲食店スーパーでは自殺を減らそうキャンペーンポスターも見ないな

        2021-03-08

        必読書コピペマジレスしてみる・やっぱりオススメの21冊編 (1)

        思い出してどうしても書きたくなったので書く。

        前回→ anond:20210301080225

        小野不由美魔性の子

        ベストセラー十二国記シリーズエピソード0なのだけれど、独立して読めるのでこれにした。

        この作品に魅了された理由は二つある。一つは、二つの異世界出会うことで起きる惨劇SF的に面白いということ。こちらの常識が向こうには全く通じず、逆もまたしかり。ホラーではあるが、コミュニケーション不全の悲しみもある。作中の大量死の原因は、たった一つの誤解が原因なのだ

        もう一つは、主人公の未熟さが残酷なほど明らかになっていくことだ。ある意味ファンタジーに逃避しようとする読者に喧嘩を売る態度で、後述するが僕は作者に喧嘩を売られるのが好きである

        ヤスミナ・カドラ「昼が夜に負うもの」。

        貧困による家族との別離恋愛もつれや政治的立場の相違によってばらばらになっていく幼なじみ人妻による少年の誘惑、昔の知人との思いがけぬ場所での劇的な再会などなど、個人的に好きな要素が濃密に詰め込まれている。それは安易な娯楽に堕しそうでいて、何とか踏みとどまっている。

        カミュ小説では背景に過ぎなかった人々を主役にしているのもいい。「異邦人」のアラブ人はまったくの他者というか、理解できない原理で動く人格を描かれない、あるいはそもそも持たない存在だったように記憶している。

        同著者の「カブールの燕たち」も面白かった。イスラーム原理主義者により公衆面前で恥をかかされたことで、妻は夫を軽蔑し、憎むようになる。タリバン政権下の苛烈描写は読んでいて苦しく、告発の書としても読めるのだが、同時に、ストーリー自体オペラのように派手なのだ。わざとだろうか?

        小松左京「果てしなき流れの果に」

        壮大な時間空間の中で行われる追跡劇で、歴史改変タイムパラドックス進化の階梯など、テーマスケールが大きすぎてこの長さでそれをやろうとするのは完全な蛮勇なんだけど、でもたぶん小松左京作品では一番好き。この作品にはエピローグが二つあり、そのうちの片方は比較的序盤に現れる。失踪していたある登場人物が帰ってくる場面だ。これを、小説最後まで読んでからもう一度読むと、深いため息が出る。本当に果てしない旅を経て、帰ってきたのだなあと。

        扱われた科学技術は古びるかもしれない。未来世界女性観や社会描写も今では受け入れられないかもしれない。でも、表現しようとしたテーマは古びていない。SFはいだって宇宙時間の果てに手を伸ばそうと愚直なまでの試みなのだ

        フリオコルタサル「石蹴り遊び」

        冒頭で、パリのどこを歩いていてもお互いに出会ってしま恋人の話で始まったので、どんなロマンチックな話になるのかな、と期待したのだが、友人が服毒自死未遂したり恋人赤ちゃんが死んだりしてもひたすらマテ茶や酒で飲んだくれている、こじらせ芸術家ワナビを含む)たちのお話だった。

        しかし、この作品には仕掛けがある。通常の順番通りに読む「第一の書」という方法と、著者に指定された順番で、巻末にまとめられた付録の章を挟みながら読む「第二の書」という方法、この二通りで読めるのだ。第二の書では章の番号が飛び飛びになり、まさに石蹴り遊びのようになる。そこでは第一の書で省かれていたいくつかの事実や、登場人物の秘めた行動原理が明かされる。そればかりか新聞から脈絡ない切り抜きや、この本の著者と思しき人物の晦渋な文学論を含んだ独白が含まれ、そこでは一貫性を過剰に求め、受動的にしか読もうとしない者が批判される。要するに読者に喧嘩を売ってくるわけだ。

        読者に喧嘩を売る芸術が好きだ。なぜなら偉大な作家と同じ土俵に立てた錯覚を持てるから

        シドニー=ガブリエル・コレット青い麦

        「ダフニスクロエー」並にこっぱずかしいイチャラブもの。誰だって一緒に育ってきた少年少女が迎える性の目覚め的なシチュエーション萌えしまう時期があるのだと思う。もっとも、村上春樹作品場合、一緒に育ってきた幼馴染の男女は不幸な結末を迎えるのが常套なのだけれど。

        少年人妻に誘惑され先に性体験をするというのも、王道でいい気もする。とはいえ、昨今は少女が先に目覚めるパターンも読んでみたいと思うのである

        沢木耕太郎深夜特急

        北杜夫の「どくとるマンボウ航海記」とか妹尾河童インド旅行記にしようかとも思ったが、終着地のロンドンについてからオチが笑えたのでこれにした(興味があったらこの二つも読んでください)。

        元々はデリーからロンドンまでバスで行けるかどうかという賭けが旅のきっかけだが、「一人旅海外は二十六歳くらいがちょうどいい、それよりも若い経験値が少なすぎて、あまりにもすべてを吸収してしまおうとする」なんて趣旨のくだりがあり、初めての一人旅を読んでそうかもしれないとうなずいた。

        少し前の時代旅行記面白い。今では身近なフォーケバブがすごく珍しいものとして書かれているし、天然痘が根絶されていない時代の怖さもある。一方、アフガニスタンイランが今ほど物騒ではなく書かれており、政変を身近な危険として感じることができる。

        それはさておき、ほんと、スマホができて一人旅はずいぶんと楽になった。

        アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ夜間飛行

        強くてかっこいいことや、くじけずに挑むことに背を向けていた自分が気に入った数少ない強い人間物語。「星の王子様」が気に入った人は、ぜひぜひこちらを読んでほしい。いや、星の王子様子供向けに感じられた人や、表現が簡潔すぎたり抽象的過ぎたりしていると感じた人にこそ読んでほしい。あの物語の背後にあった、サンテグジュペリ飛行機乗りとしての経験がそこにある。

        ウラジーミルソローキン「青い脂」。

        はるか未来の、中国の影響下にあるロシア。そこでは文豪クローン物語執筆させることで、謎の空色物質を生成する、錬金術プロジェクトが稼働していた! この神秘物質をめぐって繰り広げられる陰謀の周囲には、ロシア文豪文体パロディあり、フルシチョフ×スターリンのイチャラブセックスあり、ナチス同盟を結んだ並行宇宙ソ連あり。

        筒井康隆高橋源一郎矢作俊彦を足して三で割らずに、ロシア権威文学暴力セックスでぶっ飛ばす。ちなみにラストは爆発オチループオチだ。

        筒井康隆残像に口紅を

        章が進むごとに使える文字を一つずつ減らしていく趣向で、たとえば最初の章から「あ」の含まれ言葉を使えなくなっている。表現の自由と不自由について体を張って考える作品であり、使えない文字が増えるにつれ、新しい表現開拓しなければならない。その中で語られる文学論や自伝は、片言だからこそ重い。また、使える文字制限がある中での官能表現も、表現の自由について鋭く問う。

        筒井康隆のすごいところは、狂っているように見える文章を書く才能だ。それがなんですごいのかっていうと、正気を失った人をそれらしく演じるのがとても難しいからだ。というのも、精神を病んだ人のなかにも、本人の中では一貫した理屈があり、全くのでたらめではないからだ。また、倫理観の壊れた人間を書くのがめちゃくちゃうまい。かなりグロ耐性のある自分も「問題外科」だけは気持ち悪くて読めなかった。これも、人間常識についてかなり深く考えないとできないことだ。

        ちなみに、ジョルジュ・ペレックの「煙滅」はイ段の文字を一回も使わないで翻訳された小説で、これもただの遊びにとどまらない。語りえないホロコーストという事件モチーフにしていて、あるべきものが不在なのにそれが何かわからない居心地の悪さをテーマにしている。これが気に入ったらオススメしたい。

        レフ・トルストイアンナ・カレーニナ

        ドストエフスキーヤバいやつだが、トルストイもそれ以上にヤバいやつだ。家庭を顧みずに財産を国に残そうとする狂信者だ。正直、妻や子供たちがかわいそうだ。後期の「光あるうち光の中を歩め」もはっきり言って宗教の勧誘パンフレットであり、読んでいて内容が完全に予想できる。ヤバい新興宗教パンフレットのほうが何が書いてあるか予想できなくてある意味でまだ興味深い。

        しかし、そんな将来そこまで頭の固くなる人間不倫の話を書いたのだから面白い。確かに、清純な愛を貫くいい子ちゃんカップル不倫カップルの対比はわざとらしい。けれども、まじめカップル愛情の細やかさと、一時の感情に負けた罪のあるカップル、どちらも美しい文章で書かれている。物事は正しくあるべきと考えている人間が、罪を犯してしまう悲しみを描いているのがいい。

        これは、プロット道徳に完全に屈従させてしまう前のトルストイのすばらしさが詰まっている(そういうわけで好きな長篇の順番は年代順に「アンナ・カレーニナ」、「戦争と平和」、「復活」)。

        あ、今思い出したけど、ソルジェニーツィンも好きだったんだった。

        星新一「つねならぬ話」

        作品根底には人間性への諦念が横たわっているのだけれども、初期の頃はそれが明確な暴力となって描かれていた。表現淡々としているが、殺人人類滅亡なんてよくある話だった。けれども、このころになるともっと表現が静かになっていった。悟りを開いた、というのとは違う。間違いなく諦念はある。けれども、苦い絶望とはまた別の感情がこもっている気もする。非SFのものが多いのも面白いので、星新一の芸風に飽きた頃に改めて手に取ってほしい。

        続く→ anond:20210308082031

        2021-03-02

        俺は2.5流の大学を出て大手企業に入ったお前を許せない

        anond:20210301212331

        めちゃくちゃイラついている。何に対してかって、この内容を投稿して理解を得られると思っているお前と、それにイラつている自分に対してだ。

        何なんだマジで。俺はお前なんだ。もっとひどい、と思いたいが無理だ。小中高浪大いずれも努力した記憶がなく技術も持たず自分を愛せず友人もおらず恋人が居た経験もなく仕事もできない、運だけで最大手企業に入った俺も、お前と同じく恵まれいるからだ。

        糞が。

        案の定お前の出身大学Fランと決めつけながら学歴コンプを改めろなどと抜かす、完全な差別かつ自己矛盾に満ちたコメントで溢れている。当たり前だ。ここははてなで、無自覚な糞野郎巣窟だ。別にそれに憤怒してるわけじゃない。

        大学パンフレットが一握りの例でしかないと大学3年になってようやく気が付き「自分コンプレックスをバネに成長する」などという陳腐な言説を再開発出身大学に砂をかけつつ、最後に俺にありがとう感謝したお前は、これからフォロワーをハッとさせ部下に慕われ出世街道を邁進していくのだろう。素晴らしいことだ。皮肉ではなくお前を採用したリクルート(仮名)は人の本質的能力を見る目がある本当に良い企業だと思う。

        何の不満があるのだろうか。いや、不満があるのは分かる。お前は俺ではないが、俺はお前だからだ。クソが。そこにあるのは、はてなかいゴミ溜め以外でも苦悩が理解されないかもしれないという恐怖だ。一流企業に勤めて仕事で結果を出すお前が自分を愛せないという悩みを、誰もマトモに取り合おうとしない恐怖だ。立派な悩みだ。でも大半の人間の脳は、俺やお前の企業名や仕事内容が聞こえたその瞬間、全ての悩みを棄却拒否するように出来ている。仕方のないことだ。お前はそれを知らないフリして、あまつさえ長文で自己憐憫を垂れ流し、卑しくも床にこぼされた同情までもかき集めようとしている。

        おれはめちゃくちゃイラついている。なんなんだ。俺は空っぽだ。高校の時マトモに努力せず0点を連発し担任無賃残業を延ばしまくっていた俺は母親に「自分小学校の時ゲームに逃げ続けていたのにサルゲッチュサルさえ全部捕られなかった屑なんだ」と泣いて嘆いて困らせた。今はそれさえできない。この意味が分かるか?糞が。俺は卑しい人間なんだ。おれは氷河期前夜と言われる今、のうのうと他の困窮している人間無視しお前の投稿をダシにこのショボい抑鬱さえ無いものにしようとしている。意味分からん。泣けるわけがない。別に泣くお前が悪いと言ってるわけじゃない。

        糞が。

        2021-02-20

        その昔、地元の街頭で3回ぐらい署名を頼まれ名前を書いたことがある

        から10年ぐらい前、それぞれ1年ぐらいずつ間は開いてる。

        確か、核兵器廃絶と、移民差別反対と、あと1つは忘れた。

        どれも老人で、今思い出すと目がギョロギョロしていたような気がする。

        3回とも同じ横断歩道のすぐ前、交差点信号が変わるのを待っている人に声をかけていた。

        今考えると歩行者が凄く多い所の一角邪魔になるように占拠する時点ですごい迷惑だし、本当にしっかり考えた上で世の中を良くしたいと考える人達ではなかったんだろうなと思う。

        今回の高須院長のニュースを聞いて、自分署名もああいった人たちに使われているんじゃないかと恐ろしくなった。

        そもそも署名の名簿なんて表紙だけ後で張り替えれば名前リスト自体はあとでいくらでも変えられる。

        内容がほとんど一緒だけど、微妙方向性が違うことにすることだって出来てしまうだろう。

        たとえば、「コロナウィルス対策を強化するよう政府に頼みましょう」と署名を集めておいて、実際は「コロナウィルス対策おざなりな現政権は今すぐ解体してもらって対策を強化しましょう」という内容にだってできる訳だ。

        そういったことをやられても説明パンフレットの端っこにAUショップの米印みたいにこっそり書いておいたと言われたらよく読まずに署名した自分が悪いことになってしまうだろう。

        自分は10年前のある日、ふとそのことに気づいてから道で歩行の邪魔になるような形で署名を募ってる人に頼まれても「は?しねーよ?お前らみたいな自分のことしか考えられない奴らのためには署名はしねえんだよ」と目で訴えながら断るようにしてきた。

        そのたびに心に織りのような物が溜まっていくのを感じたが、それで良かったんだと今回のニュースを見て確信した。

        だが今度は逆に、今までに書いてしまった署名がああいった連中に利用されたんだろうなという後悔が募っている。

        署名を集めるなら説明をじっくり確認できる場所でやるべきだ。

        街頭でそれをやり、ましてや関係ない人間の通行の妨げになる奴らは、やはりEVILなのだ

        間違いなく、高須軍団のような人種なのだ

        お前が「花束みたい」と思い出した恋、昔の相手はとっくに枯らしてるぞ。

         最初に言っておく。俺は「花束みたいな恋をした」が大好きだし、元カノのことも嫌いとは思ってない。大筋は実話だが、バレ対策で所々の事実は曲げてる。この文に厳密に該当する個人は多分いないが、20代童貞ノンフィクションだと思ってくれて問題ない。

         タイトル通り。「はな恋」を見て俺が思い出した元カノは、「はな恋」を見ても元カレ(=俺)とのことなんか全然思い出さなかったらしい、という話だ。

         当たり前やろと思った人、盛大な独り相撲が好きなら読んでくれ。

         どこかにショックを受けた人、その幻想をぶち殺しにきたから読んでくれ。

         はな恋の中身の話もするから未見勢は早く観に行け。行って情緒に九頭龍閃されてこい。

         まずは思い出話。

         高3のとき、親密ってほどでもないけど話すと楽しいクラスメイト女子がいた。傾向は違うにせよお互い二次元オタクだったし、かといって自分世界に閉じこもり続ける訳でもない、それなりに真面目でそれなりに社会性があってそれなりにリア充を僻んでいるタイプだった。派手に迫害される訳でもなく、かといって異性にチヤホヤされる容姿でもないし浮いた話もない、そういうバランスの男女。たまに話が弾むうちに、お互いにちょっとくらい好感情が出るのは、ヘテロ若者だったら自然だろう。

         とはいえ高3だ。少なくとも都会ではない立地の(自称進学校で、大学が近くなる奴はまあまあレアだ。少なくとも俺は「最後だし気になる人には告白しよう」って思えるほど自己肯定感が高い高校生じゃなかった、遠距離の面倒くささを押しつけるのは気が引けるんだよ。だから例の彼女とも、別の大学行ってそれっきりなんだろうと思ってた。

         幸運なことに、あるいは不運なことに。俺も彼女も、違う専攻ながら志望校が一緒なのが分かってきた。一般試験を前提に難関(扱いの大学)に挑む勉強ガチ勢どうし、「一緒に受かろうね」という共闘意識はすぐに共有できた。

         共闘意識に加えて。「珍しく気の合う馴染みの女子男子)が」「同じ大学にいるなら」「お付き合いもできるのでは」という妄想だって始まってた。多分、彼女もそうだった。

         娯楽も限られ、空気の閉塞してくる受験期。これだけ利害の一致する人間がいたら頼りたくなる。教室やら予備校やらで顔を合わせる中で、少しずつ距離は近くなっていった。並んで歩いた、肩が触れた、バーガー店に寄り道した、ハイタッチした。ギリギリ友達範疇の、しかし交わす異性なんていなかった、そんなスキンシップがひたすらに幸福だった。リア充高校のうちにベッドインまで済ませている傍ら、ちょっと手が触れ合ったくらいで舞い上がるような高校生だった(今さらだ男子校勢には謝っておく)

         そうやって、言葉にはしないまま意識けが積み重なって臨んだ試験で、めでたく二人とも合格した。地方自称進学校で、ちょっとした快挙になるような大学だった。引っ越し手続きが落ち着いて、二人で祝勝会カラオケをして(君じゃなきゃダメ健全ロボがレスキュー!したのはうさぎですか?)、そのとき彼女から交際を申し込まれた。告白が叶った女の子が泣くんだって知った。

         親も応援してくれた難関大カップルで進む、進研ゼミもかくやという出来すぎた滑り出しで。お互いの好きなことは邪魔しないようにという(主に彼女の)方針だったから、サークルバイト優先で、一緒に過ごすことはそんなに多くなかった。それでも連絡は頻繁に取り合っていたし、相手が歩く新しい世界の話は純粋に好きだった。たまにファミレスで喋って、帰り道にキスするくらいで十分だった……俺がセッしたかったのは確かだったが、彼女からその手の話をされることがなかったぶん、踏み込みづらかった。まだ未成年だし、付き合いが長くなればそのうち、くらいの気分だった。自分を好きでいてくれる女の子が近くにいる、それで十分だった。

         そんな距離のまま後期になって、学業サークルも忙しくなってきた。お互いに真面目に取り組みたいのは分かっていたから、彼女からの連絡が少しずつ減るのも気にならなかった。

         試験期間が終わって、久しぶりに遊びにいって。そこで「別れたい」と言われた。納得もできないまま地獄に落とされて、それでも受け容れるしかなかった。水泳ときプールの中で海パンを脱がされるような日常だった小学校の頃以来、久しぶりに自死を考えかけたりもしたが、そんな気持ちまで彼女にぶつけるのはどう考えても間違いだったし(H誌のI田の件は絶許)、何とか立ち直った。カルチャーでつながった相手に振られてもカルチャーで立ち直ったオタクだ。気分転換の得意なフレンズなんだね

         あんまりな別れ方をした直後は絶縁状態だったが、数ヶ月もすれば傷も癒え、少しずつ彼女との交流も戻ってきた。そのときは明言していなかったが、サークルの先輩に心変わりしたのが大きな理由だったらしいし、今ではその彼と良好な関係が続いているという。俺自身、無害な友人としてはともかく、性愛対象としては魅力に乏しいと自覚してるし、そのくせ意識的にビジュアルを磨こうとも思っていなかったから、他の男に負けるのも無理はないと考えられるくらいになった。以前ほど親密ではないし直に会うことはなくなったが、たまには最近推しコンテンツ布教しあうような関係になったし、それが結構打率だった(というか言われる前から気になってる率が高い)ものからシンプルにオタ友として付き合えるようになった。何より、秘密を共有する相手というのは大きい。

        俺は俺で、学年が上がるにつれて人間関係リソースを割けなくなってきたし(だから新しい相手もいないまま)、あそこで別れなくてもいずれ、という予感を抱くことも多かった。何より、その先が破局であったとしても、彼女との思い出には励まされてきたのだ。ひとときでも誰かに愛された記憶尊い、続かなくても間違いじゃなかった、違う道に幸あれ。本気でそう思えていた。別れたときに言えなかった「楽しかったね」だって、もう皮肉なしに言えたのだ。

         という風な経験を踏まえると。

        「はな恋」がビシャビシャに刺さる人だな、というのは察してもらえると思う。

        絹と麦が惹かれあっていく様子は高3の淡さを思い出した。初対面で作家の話ができるの最高だし、「電車に揺られる」と言っていたら気になる。

        同棲中の過ごし方は進学当初に描いていた理想のものだった。同じ本で泣いたのは知っていたから、今度は一緒に読みたかった。

        環境が変わると内面が変わるのを誠実に描いてくれたのも良かった。別れてからだって心は通じ合う、そんな関係性に自分たちもなれたと思っていた。

        「はな恋」のキャッチコピーにまんまと乗せられた、これは俺たちの映画だ――という直感を抱いた頃、彼女も観る予定だとリア垢TLで見かけた。ただでさえコロナで人と会えない今、久しぶりに喋りたくなって、通話での感想戦を取り付けた。

         期待通り、映画の話は大いに盛り上がった、それはそれでちゃんと楽しかった。それは良いんだ。

         ただ、何を感じたか――というより「自分経験のどこに響いたか」は正反対だった。

         あらゆるシーンが彼女との思い出に接続されたと、缶ビールを片手に俺が語るのを聞きながら、彼女は段々と歯切れが悪くなっていた。顔は見えなかったが、多分げんなりしていたんだろう。

         やはり今が優先されるのが当然か、彼女が主に考えていたのは今カレとの馴れ初めや前途だったらしい。それは分かる。社会人なりたてとして当然。

         そこからが致命打だった。「君のことも思い出したけど、それは趣味が合う人がいる楽しさであって」「君と付き合っていた頃のことなんて全然思い出さなかった」「4年も経つのに君に思い出されて、ちょっとビックリしてる」

         つまりは、4年以上も前の恋人期を鮮明に思い出している俺に戸惑っていた。そんな言い方はしなかったが、完全に引いていた。

         俺から復縁を申し出たことは一回もないし、知らないなりに彼女と今カレの関係は(少なくとも言葉上では)祝福している。よりを戻せるだなんて全く期待していない。君の運命の人は僕じゃない、否めないというか今さら否定する元気もない。

         それでも。どうやら俺は、終わった恋に甘えすぎていた。彼女が「思い出」のフォルダに整理した体験を、ずっと大事に抱えたまま、昨日のように覚えたままでいる。

         新しい恋人が出来たからだとか、そもそも男女で思い出し方が違いやすいとか、そういう話も分かる。それでも俺は、かつての恋人の中で自分がどれだけ小さくなっているかを示されたのが相当にショックだったのだ。それだけ小さくできる存在が俺だ、そのことに今さら傷ついているのだ。

         また好きになれとか、振ったことを後悔しろとかじゃない。こんな映画を観たときに思い出してくれる、そんな存在はいたかった。絹と麦に憧れたのは、あれだけ幸せ現在を過ごしていたから以上に、幸せ過去を大切にできているからだ。パンフレット一枚目フレーズ号泣したの、俺だけじゃないだろ。

         薄桜鬼ヘタリアも黒バスも、見かけるたびに彼女が話していたことを思い出す。SAOゆるゆり麻枝准も、彼女は多分もう気にしていない。

         ラジオ映画評で宇多丸さんが言っていた、「別れた後でも、その思い出がある人生は素晴らしい」ことを描く映画じゃないかと。俺自身がそうだった、それを確かめさせてくれる映画だった。柔肌の熱き血潮は夢のまた夢、それでも、そんなに寂しい訳じゃなかった。あの頃に積み重なった初めての温もりは、どれだけ経っても心を温めてくれていた。そんな粘着質な感情なんて誰にも言えない、言えないけれど。彼女だってそうだったと信じていたのだ。別れたとはいえあんなに分かり合えていた。別れた後も上手く折り合いがついた、それはあの頃への愛着があるからだと思い込んでいた。

         あん未来が待っていた、それは一方通行の夢だ。ずっと知っている。

         あんな日々もまだ温かい、それも一方通行の夢だ。知りたくなかった。

         それでも好きになってくれた自分が誇らしい、そんな幻想だって、確かに明日への糧になっていたのだ。いつかそう思ってくれる人が現れる、それまでちゃんと生きようと自分に言い聞かせていた、それだって幻想だといよいよ痛感した。

         とはいえ精神に多大なダメージを食らったとはいえモラトリアムから目を覚ますには良い機会でもあったのだ。「自然な」出会いなんか一生来ない、やるならちゃんと金をかけてシステム使ってやるしかないし、ひとりで生きてく覚悟を決めたっていい。いずれにせよ、あの頃みたいな出会いなんて一生ない。少なくとも「俺には」ない。

         色褪せてきたことに気づかず、花瓶に飾ったままにしていた花束を。そろそろ片付ける頃合だろう。

        「今回の件からお前が得るべき教訓は」別れた後の恋人に思い出話なんて、大抵の場合はするもんじゃない。胸の奥の花束は、陽に晒しときには枯れていく。

        別れた後も思い出話に花が咲く人がいたら、それはそれで尊敬応援もする。けど、俺は違った。

        かつて恋仲だった俺たちへ別れを告げる、いい機会だった。嫌いにならないまま、後悔まではしないまま、背を向けて手を振ろう。数年の時差はあったが、麦と絹の再演だ。

        ……ということを書きながら、段々と思いはじめたんだが。

        秒速5センチメートル」を作ったときの新海さん、こんな気分だったんじゃないだろうか。ポスト宮崎駿というか終身名誉レぺセン童貞の誠くん、さっき「はな恋」も観たらしい誠くん、大丈夫? 話聞くよ?

        2021-02-19

        anond:20210219142652

        新卒なら大学就職募集パンフレットがあってその中に求人募集封筒が入ってたらしい

        そこに記入して送っ繰り返し…

        2021-02-18

        掛け算ばかり探すのが嫌になってきた

        どこもかしこもみんな掛け算を探してる。

        今の価値が何倍にもなる、なるべく苦労のない最短距離を求めて抜け道裏技ばかり探してる。

        1+1を地道に積み上げるような事が軽く扱われるようになったのはいからだろう。

        「決まった事をやるだけならロボットでいい・非正規でいい」

        決まった事を毎日何年何十年も続けてきた人の勘や察しの力を軽視するようになったのはいからだろう。

        例えば電気が止まればあっという間に時代は数十年前に戻る。

        タブレットパンフレットなしでは自社の商品や値段もろくに説明できない営業マン

        スイカばかりになって乗り越し精算運賃を調べるのに分厚いマニュアルを読まないと分からない駅員。

        その辺にあるものでちゃちゃっと済ませば一瞬で終わることが社内規定に則って遠方にある指定梯子がないとここには登れないからと平気で時間を捨てるサービスマン

        より効率の良い安全なやり方を導入したはずなのに、今まで出来たことが出来なくなっている事を軽視しているのは何故だろう。

        2021-02-16

        anond:20210215174312

        たぶんパンフレットとか人の噂とかテレビとかネット調べでいわゆるカタログスペックしか知らない、言ってみれば図鑑の暗唱くらいできちゃうけど動物たことない子だったんじゃないの?

        しらんけど

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