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はてなキーワード: 空想とは

2018-10-14

anond:20181014153645

いや、「空想現実より素晴らしい」に対して「お前にとってはな」以外の返事はないでしょ最初から

あと、自身の肉体やデバイス現実にあるからといって空想などないということにはならんでしょ

anond:20181014152128

「おまえにとってはな」で終了しないか

そもそも空想」を構築するデバイスもきみ自身現実世界依拠した存在だよ。

anond:20181014151930

空想現実より素晴らしい」と言えるのは「空想」と「現実」の切り分けができてるから

まりオタク空想現実区別をしている。区別したうえで「現実は糞ゲー」といってるのだ

anond:20181014151653

オタクは「現実空想区別できる」と自称しているけど

空想現実より素晴らしい!」と主張するのはただ狂っているだけ

現実を見ろよ

anond:20181014151209

現実空想区別することはできない

もし現実空想区別できるなら、誰も映画を観るために金や時間を費やしたりしない

出来の良い空想は、まるで現実のものであるかのように感じられる――それが空想存在意義

2018-10-12

アニソン界の未解決問題

無限のリヴァイアスdis』急にデン!と終わるアウトロひどすぎじゃないか問題

Weiß kreuz『Velvet Underworld』「かかんない」と歌ってるとこ作詞家は「はかない」と読むことを想定していたんじゃないか問題

おねがい☆ツインズ『Second Flight』語りヘタクソすぎて曲全体の価値を貶めてる問題

Air鳥の詩アニメOPの尺に合わせるためのカットいくらなんでもひどすぎるんじゃないか問題

少女革命ウテナ輪舞-revolution-』「愛はお金では買えないって知っているけど"I"でお金は買えるの?」ぶっちゃけオヤジギャグ問題

MADLAXnowhereヤンマーニだと思ってたのが実はヤッラーヒだったと言われてもそうは聞こえない問題

エルフェンリートLilium外人に受けすぎ問題

蒼穹のファフナーShangri-La』「空想にまみれた」は「クソにまみれた」ってネタにされるの明らかすぎる問題

銀装騎攻オーディアン侵略-the Chariots VII-』ソーレハトテモシーズカニー問題

アニソンちょっと問題多すぎるんとちゃう

なお強引なタイアップによって生じた問題は数が多すぎるのでここでは取り扱いません。

どうせ浦安鉄筋家族の『I'll』よりひどい事例なんかないし。

空想現実

今まで、他人主観世界で生きてきたような

我慢が足りない、努力が足りないダメな子

怒られないよう、目立たないように、失敗しないように、それでいて自殺しない程度に頑張るみたいな。

自分感情やら利益やらを、如何にして受け容れてもらうかという基本的なことを大切にやっていきたとい。というか、世間ルールは、それぞれ自分(の利益感情)を大事にしているという前提で動いているらしい。

才能らしいこと、好きなこと、無意識のうちに続けられることを大切にしてこなかったので、上手く行かなかったらしい。

どうやら。

別に他人さん達は、そんなに自分内面までを気にしない。。

狭い世界に生きていたってことかな。

なかなか、辞めずらかったし、家族生活を支えないといけなかったのだが。

辞めようと思ったら、仕事辞めたっていいんだよな。

2018-10-10

[]若おかみは小学生!

若おかみは小学生!』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨です。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向け。またこ作品書籍漫画版アニメ版あるけれど、それらは横に置いといて映画の話します。

総評

これは120点っすな。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」なので、「見れて大満足! もうちょいお布施したい」でした。

演出とは裏腹に内容的にはかなりヘビー(というのを見越して爽やかで明るい演出を用いていた)なので、児童文学原作でお子様向け痛快娯楽活劇とは言い切れないんですが、個人的にはクオリティさえ伴えば子供を思いテーマや悲しい作品でぶん殴ってもええやないか、いてもうたれ、子供ってのは子供なりに受け取るんだ派なので、クオリティでぶん殴ればいいと思いますふるぼっこドン

この映画に関してはTwitter児童労働がどうのこうのという話もちらりと耳にした程度で事前情報収集もなく見に行ったんですが、そういう物語じゃなかったですよ。

喪失を乗り越えるという話

じゃあ、どういう物語だったかといいますと、大きく2つの柱が絡み合うストーリーでした。それは大きなテーマで言えば「喪失を乗り越える」と「自分自身と居場所を見つける」という話。

初っ端から重いですが、主人公である女子小学生・関織子(通称おっこ)は、本作冒頭の交通事故において両親を失います。もうこの時点で軽い話になりようがないわけですよ。にも関わらず事故被害のシーンはグロカットされ、葬儀とそれに続くドタバタのシーンも描写はされず、おっこは新生活の場であるところの、祖母の営む温泉旅館「春の屋旅館」へと向かいますトランクひとつ持って別に落ち込むわけでもなく、ちょっと大変なだなあくらいの顔色で一人旅をして、到着し、新しい部屋(いままでのマンションとは違う昭和的な和室)を与えられ、転校して新しいクラスメイト挨拶をして、ひょんなことから家業である温泉旅館を手伝うことになります

若おかみは小学生!』って言うタイトルから当たり前ですが、こうして女子小学生おっこの若女将修行生活が始まるわけです。

「春の屋旅館」がある「花の湯温泉」は歴史のある温泉街で、古都然としたまちなみに浴衣姿の観光客が歩く割合賑やかで、カラフルな町です。この辺音楽美術演出あいまって、しみじみと明るく暖かく描かれていて雰囲気良いですね。美術レベルは高かったです。

でも、この明るく爽やかなあたりが(とうぜんそれは演出意図に沿ったものなんですが)、ある意味ホラーでもあるわけです。

小学生児童にとって、両親を失うというのは、最愛家族を失うということであるのみならず、加護者も生活基盤も導き手も失うということです。もう、それは世界崩壊かいレベルでの悲哀なわけですよ。

にも関わらずおっこはそこまでの苦しさを見せない。両親を思い出してちょっとうつむくことはあっても、笑うし、日常生活を送るし、新しい出会いにも前向きでいる。それはよく考えればとてもとても異常なことなわけです。

異常なおっこの新生活は、やはり物語後半に向けて徐々に破綻してゆきます。「両親がまだ生存していて自分と一緒に暮らしている」という幻想を何度もみてしまうおっこは、あるシーンにおいて事故の原因となった(もちろん別のですが)大型トラックを見て、事故フラッシュバックから過呼吸になってしまう。おっこは、両親の喪失という悲しみを乗り越えたわけではなくて、ただ単に今まで封印をして日常生活を演じていたに過ぎなかったわけです。

あらすじなんかにおいて本作は「主人公おっこの成長を描く」なんてサラリと書かれているわけですけれど、それは不誠実な欺瞞であって、おそらくおっこの身になってみれば、それは成長じゃなくて引きちぎられてバラバラにされてしまった自己の修復というサバイバルなわけです。失った何かから目を背けて、決定的な破綻をしないようにごまかしながら疾走するというのが、この物語の前半部分でした。

自分自身と居場所を見つけるという話

そういう意味で、おっこが若女将をやるというのは、児童労働とかそういうレイヤーの話ではないのです。両親を失って加護者も生活基盤も支えも失ってしまったおっこにとって「いまできるなにか」に必死に飛びついて自分を騙そうとしていたとも見ることができます祖母である旅館経営者(現女将)の後継者問題という、旅館側の都合があったにせよ、おっこが旅館雑務に飛び込んで笑顔で充実していく背景にはそれがあるはずです。

事実おっこの若女将雑誌に取り上げられて評判を呼ぶという広告的な価値はあったものの、従業員としてみたとき、お客さんに感情移入しすぎて夜闇の中に駆け出すなど(一般的社会人価値からすれば)行き過ぎな面もありました。

でもそれも仕方がないと思うのです。両親という生活基盤を失ったおっこは、同時に目指すべき将来の自分像も失っています。「将来こういう自分になったらいいな」です。その空隙を、目の前に提出された安易な「若女将」で埋めてしまったわけですから、その意味では、おっこの若女将労働としての若女将ではなく「若女将ごっこ」でもあって、つまりはある種の自分の居場所探しなわけです。

たとえおっこ自身がそれを言語化できるレベルで気づいてなかったとしても、まだ収入もなく住む場所自分では決められない小学性にとって、他にできることなんて事実ないじゃないですか。それはせめて居場所を獲得するという生存努力です。

おそらく祖母はそのおっこの悲痛に気がついていて、周囲が無責任に「若女将誕生!」とはしゃぐなかで、決して自分からは手伝え、継げとはいいませんでしたし、おっこの労働危惧してた素振りも見えました。経営者として「子供接客なんてさせられない!」と拒絶することもできたでしょうけれど、おっこから女将をとりあげて、じゃあ不安定彼女精神に何をしてあげられるかと言えば何もない。だから黙認しかないわけです。

だいたい「自分自身と居場所を見つけるという話」なんてもの現代社会において、大学卒業して就職して一年二年経った青年が、俺はどうやらこういう方面には我慢が効くがこういう方面は苦手だぞ、どうやらおれはこういう仕事とこういう人間関係の中でなら生きていけそうだ――みたいなのをやっとこさやるものなわけで。そんなものを、小学生が引きちぎられるような喪失を乗り越えるのと二正面作戦でやるのは無茶というものです。

そういう意味では、周囲の大人たちはもうちょいどうにかフォローしてやれなかったのかよ、とも感じるんですが、でも逆にそれこそ大人視点傲慢物言いであって、大人だろうが子供だろうがどんな人間でも自分自身の心の中の悲しみや未来とは、自分一人で向き合うしかないというのも一面の真実です。

おっこは画面上の軽やかさやおっちょこちょいさに隠されがちですが、実は誇り高い女の子です。特に自分が設定した自己目標に対しては愚直なまでに誠実です。だからこそ、宿泊客のために対立している真月に頭を下げて教えを請うこともします。その実直さが両親を失うという危地の中で彼女孤立してしまった原因だし、それが巡って彼女の味方を増やす原因でもあったのは素敵だったと思います

ふたつの話の交差点

おっこは「喪失を乗り越えること」から逃避して、目の前のロールである女将に飛びつき、そこで必死に働くことによって苦しかった過去ある意味塗りつぶそうとしたわけですが、その逃避が「自分自身と居場所を見つける」ことにつながってゆきます

幾つかの出会いがあって、目指すべき未来のヒント、ロールモデル出会います。たくさん登場人物がいるのですが特筆すべきなのは三人でしょう。

まずは旅館女将である祖母。登場シーンは少ないのですが、彼女個人人格職業倫理が融合してしまったあの佇まいは、今は亡き母経由もふくめておっこの誠実さの根っこのように思います職業倫理がついには人格化しちゃうって、昭和的な善人のあり方としてすごく共感できるんですけど、今の時代では流行らないのかもしれないと思ってちょっとロリしました。

二番目には、おっこの同級生、秋野真月(大旅館の跡取り娘、通称ピンフリ)でしょう。この娘は小学生女子なのですが、広い視野旅館業と湯の花温泉京の未来を見つめていて、顧客に対して誠実であろうという、幼いながらある種の達人系キャラです(傲慢物言いをする残念キャラでもあるのですが)。この娘と同年代として出会うことができた、ライバルとして対立したり和解したりできた、というのはおっこを取り巻く幸運の中でも格別のものでした。彼女との交友は、悲痛から逃げ出して飛びついた「若女将ごっこ」に、その内実の精神性を加えて「本当の若女将」へ進化させてくれたと思います

(余談&劇中では語られませんが、温泉郷に住まう子供の中でも誰よりも本気で町の未来について抱え込んでしまってる真月の孤独にとって、その孤独の闇に現れて、自分の高さまで登ってくれると約束してくれたおっこの存在は、想像すると涙がこぼれるものが有ります。真月からみてもおっこは救いであったと思うし、そうだと良いなあ)

三番目は宿泊客である占い師グローリー水領です。長い黒髪をたなびかせたこ宿泊客は、都心部事務所を構える凄腕の女占い師なのですが、私生活での失意から「春の屋旅館」で飲んだくれ生活をしています

抑制的な演出描写される彼女鬱屈をおっこはどうにかして励まそうと、浴衣を着たことのないという彼女着付けを手伝います浴衣経験のそんな彼女艶姿におっこが感嘆した感想が「格好いい!」でした。

ものすごくさり気ないシーンだったのですが、それはおっこが喪失していた「自立した憧れるべき大人の女性像」を見出した場面だったんじゃないでしょうか?

私生活で辛いことがあっても他者に当たらず、それどころか宿泊先の幼い従業員おっこに気を使っておどけてまで見せる。グローリー水領はおっこ視点では「素敵な大人のお姉さん」です。その素敵な年上のお姉さんに、「可愛い」でも「素敵」でも「綺麗」でもなく「格好いい!」と小さく叫んだおっこに、少し泣けました。お洒落で(←女子小学視点では重要です)、颯爽としてて、自立をしてて、視線を合わせて話してくれる。そんなお姉さんはおっこにとってどれほど輝いて見えたことでしょう。暗闇の中で我武者羅に迷走していた、それでも笑顔だけは守っていたおっこにとって、それは小さな灯火で「未来自分」「目指すべき形」です。

祖母の言う「誰も拒まない花の湯」、同級生真月のいう「客を癒やすレストスペース」、女占い師自分仕事を「他人を励ます仕事」だと評したこと。それらは全て本作テーマに重なるパラフレーズです。そしてそういう人々の輪の中に、自分も入っていける。癒やしたり癒やされたりしながら前へ進んでいくコミュニティの一員になる。「若女将」という「自分自身と居場所を見つける話」は、おっこにとっては生存努力であり逃避だったわけですが、それを誠実に、ごっこから実体にしていくのならば、結局逃げていた「両親の喪失という苦しみを越えていく」につながっていくのだ、という脚本はすごく良かったです。

別れ

ここまで触れてませんでしたけれど、おっこには霊感があるという設定で「春の屋旅館」にきてから騒々しい幽霊少年やおませな幽霊少女出会い、励まされています。両親が今でも生存していて日常は壊れていないという幻想に悩まされていた頃おっこを支えていたこ幽霊たちですが、物語終盤でおっこから見えなくなってしまうという形で別れが示唆されます

でもそれは、おっこが人間社会のなかで居場所確立した――七つまでは神のうちといういわばまだ神様たちの一員であり神楽の主役でもあったおっこたちが、社会の中で着地して、痛みも悲しみも乗り越えていく季節がやってきたのだというエピソードです(おそらく魔女の宅急便黒猫ジジが喋れなくなる、も同様の構造ですよね)。

見終わってから気づいたのですが、この作品幽霊や鬼たちは、幼いおっこが空想したイマジナリーフレンズだとしても物語が成立するように設計されています

おっこは自分の中の勇気かしこさと一緒に自分の悲しみと戦った。「春の屋旅館」はその舞台であり、若女将はおっこが戦うための姿だった。

すべてのフィクションファンタジーなので現実視点を持ち込みすぎるのは野暮というものなわけですが、今後おっこは中学入学卒業して、大学はともかく高校くらいは出るはずで、一人前になるまで十年近い時間があります。(このお話のおっこは絶対旅館業一筋だと思うのとは別に一般化するのならば)そのなかで、旅館から離れるかもしれない。現実に寄せて考えるならその可能性は高い。

でもそんなことはおっこの戦いとそこで得たものとは関係がないわけです。おっこは若女将というコスチューム身分を手に入れたわけではなく、戦いの中で手に入れた人間関係自分自身がある。将来どこでなにをしようと、おっこの手に入れたものが曇ることは二度とない。それがこの映画の中心であって、それは児童労働とかそういうのではなく、もっとパーソナルで尊いものだったと思います

ps.おう真月ちゃんパート書き足したで!

2018-10-07

結局、日本言論とはマスコミ採用するか否かだけ

anond:20181007112538

正直、キズナアイ?が、ポルノかそうでないかはどうでもいい

おそらく、世界人権運動家も同じように考えている

これを批判する者も、擁護する者もアホすぎる

ごく僅か、擁護する側により真面な精神が宿っている事は認めてもいい

だが、問題はそこではない

事物あるいは世界をどのように認識し正しい世界はどのようなものであるかを突き詰めるためには

究極的には、認識論、つまり人間世界をどう認識するのか、さらには下がり、どう認識させされるのかを議論するのが

アカデミズムの追求すべき点であり、自分がこう認識したという主張をする限りにおいて、それはマスコミでも簡単模倣できることであり

それ自体議論に値しない、ただの戯言に過ぎない

キズナアイポルノかどうかが問題なのではない

社会活動において、ポルノという誘惑かつ(ポルノを厳然や表象として理解できず空想しかない)人に対して

正しい思考は何かを示す事であり、示すべきはアカデミズムを通じたマスコミによる世論伝播であるが、

現実日本アカデミズムマスコミが行うのは、単純に教授記者による一方的私的世論に過ぎない

まり自分が嫌いなものは、世界に嫌われるべきということしか主張していない

もし

本当に、認識論的な害悪存在するなその主張をするべきであるが、悲しいかな、マスコミとはペンエロよりも弱しという

ペン邪魔をする、もの攻撃し、ペンを買ってくれる広告優遇するだけの資本主義の虜でしかない

anond:20181007170553

フィクションである萌えキャラ現実暴力混同するとは、さては空想現実区別がつかない奴か。

てかさ、メディア効果論は散々否定されてるわけなんだがそういう知識があってなおフェミニストやってるの?

子供の頃からRPGとか漫画ストーリーを追うのが好きだった

やっぱり主人公たちってのは苦難を乗り越えて皆から羨望されるヒーローになっていくわけで、

いわゆるずるをしてその後負けて倒される悪人役になりたくなかったか

正しい誠実な行いをして世界に認められようと、愚直に生きようと決意したんだな。

歳をとって就職した今も振ってくる仕事をそのまま受けて土日潰してでも間に合わせたり

他の人が手に余ってる仕事自分が引き受けてこなしたりしている。

ふと、家族旅行に行く先輩の代わりに仕事を片付けている時に

配置転換できるよう、昔お世話になった他部署上司に話してみようかって考えがよぎった。

不得意な業務内容だし、周りにいいように使われてるだけだし、このままだと身体を壊すだけだと・・・

だが、困難を途中放棄して逃げるのはシナリオ展開で言うところのやられ役のモブキャラクターがやることで

その後で正義ヒーローたちから情けない行為だと罵られたり、因果応報ですぐ殺されたりする展開になる奴がすることだ。

から自分のパワーで苦難を跳ね返して逆転するぐらいでなければダメだろう。

俺の人生は俺が主人公だ。だから主人公らしく課題をこなさなければならない。逃げちゃだめだって奴だ。

現実空想区別が付けられない、自閉症野郎の末路なんてこんなもんなんだ。

お話の中の正義じゃなくて、現実と誠実に向き合える外向的な脳みそが欲しかったよ。

2018-10-06

anond:20181006165641

存在しない架空リベラルでっち上げ自分の気に入らない発言空想上で代弁させるよりよっぽど真っ当だろ

2018-10-05

anond:20181005001843

キリンぬいぐるみを可愛がっている子供は「このキリンは私と一緒にいて幸せなんだ」と(もちろん空想自覚しつつも)認識しているし、

の子供に対して「本物のキリン飼い殺しているのと同じだ」と言う人は現実架空区別がついていない。

わかります

2018-10-04

キズナアイ服装について

ドレスコード」とか「冠婚葬祭」とか言ってる奴いるけど、控えめに言って「空想現実区別ついてない」感ある。

第一、今回文句付けられてるのは「冠婚葬祭」ではない。

デブ熟女AVにはまった

みんな勘違いしているとおもうけれど、こういうのが好きな人のこと、一般的美女ブサイクと思って、逆にブサイク美人と思っていると思ってる。

違うんだな。

だって桐谷美玲とか、正統派美女はすごい好きだよ。

正直付き合ったりするとか、恋愛空想にでてくるのは美女の方なんだけど

でもチンチンが反応するのは違うんだよ!

何なんだろう。

わかんないけれど、心拍数が上がるのは違うんだよ

胸より太い腹なんだよ。

垂れた乳なんだよ。

崩れたラインなんだよ。

わかんない

でも両方に好きって言われたら正直悩んでしまうかもしれない。

2018-09-21

anond:20180921140648

入ってない。その理由は、一般には性的志向」と性的「嗜好」を分ける考え方があるからだ。だが、その説明が十分かというと、私は必ずしもそうは思わない。

志向と嗜好を分ける方は、その二つを絶対区別できると思っている。確かに概念として切り分けることは可能だ。だが、実際に自分性的衝動の根源が、対象の「性」にあるのか、あるいはそれ以外の「属性」にあるのか、私たちはハッキリと区別できているのだろうか?

たとえば年下の女性しか相手にしない男性性的衝動の根源は、対象の性にあるのか属性にあるのか本人に区別がついているのだろうか? 女性好きだ、特に物憂げな顔が…という男性は、単に女性好きなのかそれとも「物憂げな顔」フェティッシュなのか。「性的志向としては異性愛者で性的嗜好は年下好みだと言えます」「性的志向としては異性愛者で性的嗜好は物憂げな顔フェチです」という分析は確かに可能だろう。だが、それらの男性衝動はもともと一つである。そのとき、その切り分けに何か意味があるのだろうか?

 

そして「性的志向」も「性的嗜好」も本人の意志とは無関係に育まれものであるとき、前者は尊重すべきだが後者は異常である、と断言することがフェアなことだろうか? 二つを区別せよという言い方には、「性的嗜好は変態だが、性的志向変態などではない」といういささか差別的物言いが含まれているように感じられる。性的志向だって度が過ぎて社会関係破綻をきたせば異常だし、性的嗜好だって嗜むレベルにとどまるならそれは治療必要もない正常の範囲内ではないのか。だとしたら、嗜好することの権利は確保されてしかるべきではないかと思う。たとえば空想や、社会的に実害の及ばない範囲内で。

課題はある。それは、たとえば「社会的に実害を及ぼさないようにすることが難しい」性的嗜好が存在することだ。たとえば殺人行為のものに強い快感を覚える殺人嗜好などがそれだ。窃視や露出も「実行」の一歩を踏み出せばすぐ違法になる。それ以外については、同嗜好の集団である程度解消できそうではあるが、マイナー性的嗜好は公言しにくいだけに、どうしても反社会的世界とのつながりが強くなってしまうところがあり、危険であるロリペドもそうした嗜好とみなされているし、それを公言しただけで周囲に危険を感じさせるため決して口にすることも許されないだろう。ただ、だからといって自らの嗜好を卑下する必要はないと私は思う。性的志向保護されるべきものであるのと同様に、性的嗜好もそれ自体としては権利として守られるべきと考えるからだ。たとえどのようにマイナー性的嗜好であれ、その人の内心の自由尊重されなくてはならない。

2018-09-20

anond:20180920151926

そもそもオタクが手に入れてるのはアイドルにせよ二次元にせよ虚像であり、実体などないのだから

使い捨てにしてなぜいけない?

実際の女性にも同じことをするはずと思い込んでるのなら「空想現実区別がついてない」と言わざるを得ないな。

「●●劣化したな」でポイできて自分劣化している事実には気づかないでいられる傲慢さのことだ。

てかこれを理由規制するってそれ「内心の自由」にめっちゃ踏み込んでるけど

追記内容ひどすぎでしょ。

電源おとしたディスプレイよく見ろ。

にやけ終わったお前の顔写真ディスプレイうつしだせないレベルブサイクだろ。

毎日洗う程度の手入れさえしてない、他人風呂入れてもらうような生活してんじゃないかってこと。

これ、邪推以外の何物でもないよね。

相手人生を完全に見下してる。しか妄想で。

それは性的欲求純粋に特化したことでそれ以外のジャンルで自他の人生を高速消費している。

しかもその性的欲求の向かう先でさえ、ニセの性なのでさら純粋性的妄想以外なにも生み出さない。

「何も生み出さない」ことを非難するのなら杉田水脈と同じ穴の貉だな。

anond:20180920145926

感想

女性全員がエッチだと思われたくない

 →女性エッチなのを前面に出すと下品で嫌われるから

  アニメキャラと同一視してほしくないから。

なぜか「オタク現実空想区別がついてない」と思い込んでるよね。

・ほれほれ、女ってこういうもんだろ!? という価値観押し付け

 →これは男女ともにやられていると思うんだけど

  「こういうの好きなんでしょ」というのを見せられて嫌悪している。

同上。誰もリアルに求めてねーっつの

・表紙を見た後に自分を見られたら、比較されそうorエッチ服装を重ねて見られそうで嫌

二次元比較になると思ってるのか!?


oh...としか言いようがないね

2018-09-19

割と多めな内部事情リー増田退職後の報復暴露増田だが

まぁ俺みたいなひねくれものは「どうせ目立ちたがりメンヘラ野郎or嘘松マンコの創作」って思いながら見てるんだけどね。
なんか時折内容が異様に生々しいけど、どうせ嘘松だろうからどうでもいいんだけどね。

まぁ仮にそれが本当だとして、果たして増田に書いた事が正解だったのか?って思うのよ。まあきっと嘘松なんだろうが。

あーそりゃ匿名かつ個人に紐付けられないよ。IDがなんかの拍子にバレない限りはね。十中八九嘘松からバレてどうだってんだろうけどよ。
嘘松とはいえ伸ばしたがる増田共とブクマカがヤイノヤイノ言って、バカッターでも広まって、結果としてバズんじゃん?創作嘘松とはいえ

いやさ、(まァ嘘松増田空想の中の存在だろうが)暴露された側に伝わんじゃん。

匿名意味あんの?

多分きっとメイビー嘘松なんだろうが、明らかに会社個人としちゃやべー情報バラされて、ソレが黙ってると思うか?

相手匿名便所の落書き、ましてや嘘に嘘塗り固めた嘘松だったとしても、評判落ちる様な隠し事を赤裸々に語られるんだわ。
俺が偉いやつなら在籍者・退職者のリストを血眼になって増田探すわ。見つけ出して色々制裁加えるわ。金銭とか心理的とか。嘘松に対してだから極端な事言ってるけど。

なあ、なんのつもりで書いたの?

それが事実だろうが嘘だろうが、愚痴なら悪い事言わない、そういうのは個人名とか組織名とかわからないようにしとけ。というかほぼ空リプみたいに書いとけ。
やましい事あるなら、そいつらは普通に見つけ出すから。忙しいか興味無いかあんま手を出してこないだけで。

正義の投書とか、自分を苦しめた悪に一矢報いる!ってんなら、そりゃ無理だと言っとく。
ガタイチンコ権力も、基本デカい奴は強い。すぐ見つかってプチッとされっから

増田中の全てのそんな投稿、というか匿名コミュに書かれたそんな言葉が全て嘘松である事を切に願う。
本当なら、救われねえ。

2018-09-16

ラノベエロ表紙ゾーニング問題

今日わりとデカめの本屋に行ったらエロい表紙のラノベばかりが置かれていることはなく、BLだのティーンズラブだの性的表現が強めの漫画ちゃんゾーニングされていた。

俺が小学生の頃は週刊少年ジャンプで連載されていた電影少女っていう結構エロい漫画があってそりゃもう毎週ジャンプを楽しみにしていたし、単行本も買ってた。

親に中身見られたらヤバイと思ったけど、親は漫画に興味がなかったから助かった。

電影少女単行本持っているというと同級生の中ではヒーロー扱いで、みんなに貸してボロボロになった。

俺は今でも夜に散歩している時、見たことのないビデオ屋さんが散歩コースに突然建っていたりしないだろうかと空想にひたることがある。

それで何が言いたいかというと、こういう小・中学生でも手の出せる範囲エロって本屋マンガコーナーみたいな購入しやす場所にあってもいいと思うんだ。

矢吹健太朗先生くらいのエロさだったら少年漫画でアリってことだから、小・中学生が買いやすいところにあっていいと思うんだよね。

じゃなかったら今時の小・中学生はどうやってエロ補給するんだよ?

インターネットがみんな与えられているわけじゃなかろうし、昔のようにエロ本が公園の片隅に落ちているなんてこともめっきりみなくなった。

いやあれは妖怪が落としたまだ心が純粋子供しか見えないエロ本だったんだろうか?

エロいことに興味が出てくるのは自然なことで、それを適度に年齢にあわせて与えることって必要じゃないのかなと思った。それがラノベとか矢吹先生役割じゃないの?

2018-09-12

おばけなんてないさ

anond:20180912214709

twitterやらInstagramやらがこれだけ広まってる現代幽霊発見されてないから、やっぱりそれらは空想産物だったんじゃないか

いや空想というと積極的想像したみたいだけど、多分、幽霊の正体見たり枯れ尾花、ある種の精神状態にあるときにみる幻視のようなものだと思う。いっそ統合失調の前駆症状かもしれない。

人間の脳をコンピュータと考えて、コミュニケーションをその配線と思うことにすると、幽霊は脳の制御できない空き領域を半ば自律的徘徊し、怪談や恐怖の共感によって分裂・増殖、別の人の脳に移動し、その人の死によって忘れさられる、つまり死滅する。そういう情報生命体とみなすことができる。かもしれない。

anond:20180912155423

相手同意を得なければって、じゃあ空想漫画全て

同意得る相手いないからアウトじゃねーか。馬鹿かお前は。

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