「凡庸」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 凡庸とは

2021-05-09

anond:20210506052332

面接側は別に上手い返しを期待してる訳ではなくてこいつとはコミュニケーション取れるか?を試してる。

面接対策本を読めばどんなふうに考えて答えれば良いのかハウツーが書いてある。

大喜利ではないので凡庸普通の返しで良い。

2021-04-29

anond:20210429102718

女の場合は、極端な天才は男社会を脅かすものだとして排除される。

そして壊滅的に仕事が出来ない女も、こちらは容姿も悪い場合が多いので排除される。

その結果、社会に出てくる女は凡庸のしかいなくなる。

2021-04-24

anond:20210423211919

昔ひま部的なアプリで女にいいねつけても全く相手にされなかったこと思い出した。

ま、それも当然で女は数百いいねが当たり前で男にいいねなんか付かない男女比だったから。

けどプロフ画像ネットで拾ってきた金髪ツンツン男に変えた途端にメッセが来始めて「ふふっ」ってなったわ。

一握りの強者男性凡庸な女が群がり、その他オスと偏差値30以下の女が反目しあってるのがこの世。

2021-04-23

シン・エヴァンゲリオン劇場版:|| の感想

1か月以上前に観に行って、

ついうっかり「感想文でも書いておこうかな」などとTwitterでつぶやいたが最後

友人に拾われ「待っている」と待たれてしまった。

こいつは、しっかりとした文章を書かねばなるまい。

私がシンに対して感じた事。

それを素直に、そして素敵に書き連ねて、友人と感動を分かち合うのだ。


などと思いを馳せていたら全然書けなくなり、

「ああ、そうだ自分プレッシャーに弱かったんだ。忘れてた。」

と、自分ヘタレ気質を久々に思い出した。


まりに書けないので、先輩を捕まえて「文章が書けない」と愚痴ったところ

先輩からは「気負うなよ。なんだ、その友人だって、そんな約束もう覚えてないんじゃないか?」と、励まされた。


既にこの地点で待たせてから半月以上経っていた。

友人から特に催促などはない。


はああん、さてはそんなに気負いすることもないのかと

鼻歌交じりで湯船に浸かったり、踊りながら夕餉の支度をしたり、

switchで発売されたモンスターハンターライズをやったりして更に2週間ほど書かずにダラダラすごした。


そのうち書く気力が湧かないものかと期待もしたのだが、これがちっとも湧きやしない。

アイデアは閃いたその時にアウトプットしないと、どんなに素晴らしいものでも劣化すると言ったのは

確か大学の時の教授だったか


逃げるように打ち込んだモンスターハンターエンドロール見送りながら

自分は友人との約束を小脇に置いて、一体何をやっているのだ」と我に返り

待たせてしまっているのかもしれない友人に申し訳なさを感じながら、

ようやく書くぞと、今キーボードをたたき始めた。




ここまでが、つまり言い訳で、今更シンの感想文を書くに至った経緯である


どう書こうか散々悩んだが、結局文筆家でもない私の書くものだ。

感じたことをそのまま文章に起こすしかない。


なに、これは友人に宛てた私信の様な感想なのだから

第三者にとやかく言われる筋合いはない。


から友人が「見苦しい」と思わなければ、とりあえずは問題ないのだ。


では感想だ。どう書こうか。そうだな、本作は大きく分けて3つの感動が湧いた。

それぞれにタイトルをつけるなら、以下だ。


【大号泣お疲れ様でした、すべてのエヴァンゲリオン~】

【散々泣いた後「これシン劇場版だけ見た人は面白くないんじゃないだろうか」という懸念

戦艦好きにはたまらなかったです】



では、細かく1つづつ説明していこう。

うそう。ここからネタバレが発生するので、万が一まだ見ていない人がいたら気を付けてほしい。


----------------------

【大号泣お疲れ様でした、すべてのエヴァンゲリオン~】

とにかく泣いた。

キャラクターは何人か死ぬんだが、そういうシナリオ演出上の悲しみで流れた涙では当然なく、

「こう終わらせるのか」という感動というか。

昔感動したエヴァンゲリオンというコンテンツが、

時間が経って、時代が変わって、自分も一緒に歳をとって、そして受け入れている自分状態のもの

涙が止まらなかった。


それは、終わってしまうという哀愁とはまた違う感覚で、

かつて「なんて難解で新しいんだ!」という側面で感動したエヴァンゲリオン

(この次の詳細で書くが)こんなに分かりやすくなったとしても、受け入れて楽しんでいる自分がいる事の喜びでもあった。


期待していた感動の方向性が全く異なっているのに、喜んでいる自分がいるというのは、

シンの終わりに向けて自分も一緒に歳を重ねたからだと泣きながら気付き、

お疲れ様でした!」と関係者でもなんでもないのに、小さく独り言ちていた。


10代の頃に初めて出会って、一緒に歳を重ねたことで

今全くなんと形容していいのか分からない涙があふれ、

不思議な達成感と供に「楽しかった」「感動した」「泣いた」「素晴らしかった」を超えた感謝を感じた。


感謝

本作において、恐らく一番近い表現がこの単語な気がする。



【散々泣いた後「これ今からエヴァ見る人は面白くないんじゃないだろうか」という懸念

で、散々泣いた後に冷静になってこう思った。


「…今からエヴァンゲリオン見る人は「これ、そんなに面白いか?」と思うんじゃないだろうか。」


というのが、かなり解りやすくなっている。

TVシリーズおよび旧劇場版比較すると、エヴァンゲリオン秘密人類補完計画綾波レイの正体やら

台詞と絵でほぼ全て語ってくれた。


特に、旧劇場版では初見ではちょっと分かりにくかった、一体誰が敵なのか(ゼーレ?ゲンドウ??)というモヤっと感が

分かりやすく「ゲンドウがラスボス」「目的ユイたん復活」と、ご自身説明してくれる。


この辺りの凄く分かりやす説明に対しても、歳を重ねた自分は「語る事を決めた監督お疲れ様です!」と感動したが

なんとなく、「日本人は難解で解釈余地を残す演出の方が好む傾向があるのではないのか?」

という考えから「これ、今からシンを見る人は楽しいのだろうか?」という懸念が生まれた。


こればかりは、私の仮説が間違っているかもしれないので、過剰な心配かもしれない。

実際、序破Qと興行収入は上がっているらしいから、現代は不親切な難解さよりも、

明快な回答があったほうが好まれるのかもしれない。

(いや、でも、Qまでは結構難解だったよなあ。)


ただ、少なくとも、泣くほどの感動は多分ないだろう。


そう思うと、むやみやたらに「面白いんだよ。素晴らしいんだよ。」と勧めることを躊躇してしま自分もいる。


劇場版に比べると、シンは万人に受け入れられる作品にはなっていると思う反面、

自分は今回から観る人に狂うほど楽しいかと聞かれると、唸ってしまうかもしれない。



戦艦好きにはたまらなかったです】

最後はもう、自分の好みの話でしかないのだが、有人の人型巨大ロボットでの肉弾戦よりも

戦艦ものの方が好きな自分にとってはシンは最高だった。


エヴァンゲリオンは当然戦うんだが、ヴンダーが途中まで大活躍なのだ

活躍というか、ヴンダーベースエヴァンゲリオンが戦うのだ。

司令塔戦闘機も大好きな自分にとってさら楽しいありがとうございます

(余談ですが、そういう意味で、途中まで指令を聞かないマリの戦い方は好きではなかった。)


戦艦といえば、艦長。そう、艦長がどれだけカッコいいか大事


ミサトというキャラクターが、TVシリーズではどうにも雌くさくて好きじゃなかったのだが、

それでも、指令を出したり、無茶苦茶作戦ねじ込むシーンだけはカッコよくて好きだった。


そんな好きなミサトが100%、最後までかっこよく戦ってくれたことも、ありがとうございます

艦長から死んだのか、ミサトだから死んだのかは分からないところですが、ミサトは絶対退場するんだなあ…とかも思った。

でも、あのラスト艦長ラストだよね。全員逃がして最後は船と供には艦長としての散り方だよね。)


ヴンダーが動くのは一々カッコいいし、ヴンダーの開発秘話イケてるし、

最後に命の箱舟としての本懐を全うして兵器として出撃するシーンとか。

なんだアレ、ずるい。かっこよくてずるい。


最後の項目に関しては、本当にただただ好みの画がカッコよく動きまくってくれて

脳がひたすら喜んでいるだけみたいな感想なので、語彙がバカになっていると思う。


いや、でもカッコいいしか言えないね


ところで、私は戦艦ものが好きというか、一人のヒーローパイロット)が敵を倒すよりも

多数の凡庸凡庸と言ってもポテンシャル高め)な人々が知恵を絞り巨大な敵を倒すという構造が好き…

というタイプ戦艦もの好きなのだが、庵野秀明はその演出がとても気持ちが良く、

シンゴジラ幸せ過ぎて脳が溶けるかと思った。


そんな話をしたところ、先日知人に「それは、ヤマトは当然として、ウルトラマンウルトラQ)も好きかもね」と言われた。

ふむ、なるほど見てない。ウルトラマン


そして先日のシン・ウルトラマンの特報である


・・・これは期待するしかない。と強く思っている。


----------------------


以上が大筋の感想となるのだが、

今回書いてみて一方的レビューだと、心の中にある踊るような感動や衝撃というのが語彙力のなさも手伝って、きっと全然書けていないなと感じた。


これが会話だったら、もっと色々話したい箇所もたくさんあったなと読み返して思っている。


例えば、最後に畳みかけるメタ表現の数々や、その視点から演出だと思えばループスターシステムというもの

シナリオではなくアート寄りな(作家的な?)視点になるから議論不要なんじゃないかとか、

ラストの実写差し込みは昭和舞台壊しオマージュかな?などなど…


会話として意見を聞きながら会話を楽しみたいとは思う視点はたくさん出てくるんだが、

一方的に断言できる事は大体この三つだったなと思う。


特に、一緒に歳を取った作品がこう終わったのかという涙と感謝の話は

他の作品で感じたことがなかったので書いておけてよかったかなと思う。


そう思えば、「待っているよ」と言ってくれた友人に感謝である

ありがとう



ああ、そうだ友人よ。歳を重ねて…で思い出した。

来月私は母になる。

そういう事もあって、余計涙もろくなっているのかもしれない。


こんな時世だから会えるのがいつになるのか分からないが、

子供も連れてそのうち、書ききれなかった感想戦をやりたいものだね。

2021-04-20

ラッセンってネタ扱いされてるのな

十年以上前田舎商店街で複製画(?)が売られてるの見て、色鮮やかで綺麗な絵だね、家を買ったら1枚買って飾ろうかしら、と好印象を持ったのだけど。

ネットでこんな扱いされてるのな。

ラッセンの描いた絵を並べて作られた4コマ漫画がなんだか笑ってしまう「だから何感が半端ない」「最後集中線卑怯でしょ」

https://togetter.com/li/1701135

ちょっと検索した感じ、芸術的には凡庸の極みで全く評価されてないけど画商の売り方が上手くて日本無茶苦茶売れたので日本人のセンスの無さがバカにされてる(日本人は自虐してる)、みたいな文脈なのね。

部屋に飾って訪問客に密かに笑われる前に知って良かったわ。まだ家は建ててないけど。

2021-04-12

頭の良い人と悪い人の思考パターンの違い

頭の良い人と悪い人の思考パターンの大きな違いは、「自分で考えるかどうか」です。

多くの人が誤解していますが、

頭の悪い人ほど多くのことを自分で考えたがります。そして、既に最適な手法理論確立された分野で、既製品劣化コピー再生します。彼らは既存知識を学ばないので、いつまで立っても基礎が身に付きません。しかも、基礎が身に付いていないのに、彼らは搦手や変化球を好みます

一方、頭の良い人ほど自分で考えません。既に確立された手法理論が無いかを調べ、それを徹底的に学び、応用しようとします。そして、本当に考えるべきところにのみ、思考リソースを割きます。こうして、彼らは先人の叡智を自身の中で「常識化」していき、ますます高度なことができるようになります

「下手な考え休むに似たり」ということわざがありますが、頭の悪い人の思考パターンはこの「下手な考え」に他なりません。将棋初心者が「一手目の最善手」を考察しているようなものです。それよりも既存の定跡や手筋を学ぶ方が圧倒的に有効です。

なぜ、凡庸な人が"自分で考え"たがるのかと言えば、そちらの方が楽だからです。「自分で考える」というのは、要するにほとんど何も考えていないということです。初期位置から数手動かして将棋盤を見つめていたところで、矢倉も角換わりも出てきません。

一方、自分で考えないことは非常に大変です。当然、新たに覚えなければいけないことがたくさん出てきます。また、自分勘違い固定観念を正しながら学ばなければいけません。たとえば、将棋で駒損をしない方がいいというのは正しいですが、詰将棋寄せの手筋では駒損をする手順がたくさんでてきます

頭の良い人は、新たな事実発見に合わせて、自身思い込みや考え方を修正することができます。一方、頭の悪い人は、それらを見ないふりをしたり、無理やり自分の考えに当てはめて、分かったような気になります

2021-04-10

anond:20210410114537

  金がない。仕事もできない。友達もいない。努力もしない。見た目も心も貧しい。未来もない。

詩にしたいぐらい美しいと思った。

実際見ると凡庸を絵に描いたようで嫌悪感を感じるんだろう。

が、この属性でもぞっとするぐらい美しいのはありえる。

2021-04-06

anond:20210406224535

はぁ?うっせぇうっせぇうっせぇわ

あなたが思うよりデカチンです

一切合切凡庸

あなたじゃ分からいかもね

嗚呼よく似合う

その可もなく不可もないチンボ

うっせぇうっせぇうっせぇわ

チンボの出来が違うので問題はナシ

『うっせえわ』に乗せられる大人

一時期話題になったわけだけども、みんなトゲ見てても偉そうにマウント撮ってるもんばっかなんだよね。で、歌詞をよく見てみてると「私は変なやつではなく普通対応もできますし」、という予防線を張った挙げ句自分天才だと語っている。で、その歌詞をよく見てみるとアンビバレントなんだよ、内容が。わざと自己矛盾するように歌詞を書いてる。流行に乗るけど周囲は凡庸で、模範人間だけど模範的対応はやる気がない。で、全体を俯瞰した際に一切合切凡庸な私、という像をちゃんと描けてる。

要するに計算してうっせえわ的な人を描き出してるように見える。だけど他の人達書き込みを見てると、こいつ大人になったとき黒歴史赤面するぞ、とか脊髄反射(←懐かしい用語)してるわけで。メディアの裏側を読む気がない。

粗品との対談見ててもちゃんと頭の使えるやつで(https://bit.ly/3fH48U9)、アホだからあん歌詞晒したんだという指摘は、言い方は悪いけど自動的にアホメタ構造晒してることになってると思う。

anond:20210405100130

2021-04-04

俺が真のリベラルだ!なんて言うつもりは無いけれど

勢いで筆を取っている


まりにも酷くないですか?
いや成熟した大人として格好付けるのはやめるわ。

まりにも酷すぎるんじゃねぇか?

そんなに弱者男性が求めるものを女にしたいのかお前らは。
お前らは自分が何を言っているのか、自分言葉にしていることがリベラルだってマジで思っているのか?
それが大人の態度なのか?それが日本未来を憂うヤツの態度なのか?それが愛を知る者の態度なのか?

俺はそんな態度はリベラル成熟した大人だとは思わんし、それがリベラルだというのならばリベラル成熟した大人であると思うことを辞め、落ち着かなく汚ぇ言葉使って意思表明してやるよ!

世の中には弱者が居て、無視され冷遇され悲しんでいる者が居る。
これまでの社会構造から男女が持つ不遇さは性質の違いはあれど大小長短などの差なんて無いってのはこれまで散々語られてきたことだろうが。
それをなんだお前らは。ひとたび弱者男性の話となれば「弱者男性は女が欲しいんだろ?」とすり替え、下世話かつ問題矮小化に終始する。

お前らの言い訳なんざどうでも良いんだよ。テメェがいま口にしていることはクソ!これ以外の評価はなくクソなんだよ!クソ!

自己保身や自分感情を一旦置いといてゼロベース客観的自分の吐いた言葉の印象を考えてみろや。
弱者男女双方の問題を何ら解決できるわけでもなく、上から目線で「女が欲しいだけだろ?」と言ってるだけ。なっ?単なるクソだろ?
あぁそういや良い歌が流行ってたな。

はぁ?うっせぇうっせぇうっせぇわ
あなたが思うよりも健康です
一切合切凡庸
あなたじゃ分からいかもね

2021-03-31

アーツ前橋作品紛失問題

はてなでは意外と話題になっていないようだが、アーツ前橋という公立美術館作品6点が行方不明になる、という事件があった。

館長も辞任して一件落着かと思いきや、その後出た報告書で館長による隠蔽疑惑が指摘されたり、その報告書に館長自らが反論したりして、泥沼の様相を呈している。

まとまった記事としては美術手帖を参照されたい。

アーツ前橋作品紛失に関する調査報告書が公開

https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/23795

紛失問題報告書に関して、アーツ前橋館長の住友文彦が反論

https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/23803

一般の人にはあまり知られていないかもしれないが、アーツ前橋というのは近年アート業界ではかなり高い評価をうけている美術館である

たとえばこういう企画展

https://www.artsmaebashi.jp/?p=13991

堂々と掲げられた「本展のキーワード」の、「周縁性、ローカルジェンダー福祉ケア老い共同体移民」というあたりが、この館の方向性を端的に示していると思う。

ざっくりと言ってしまえば、社会問題を扱う現代アートを精力的に紹介しつつ、ワークショップによって地域との結びつきを強めていく、というスタンスである

個人的には、なんか優等生的だなという印象で、反感を抱かないでもない。

しかし、年々予算が削られ、文化政策への風当たりも強くなっている斜陽美術館業界からすれば、「SDGs」的なアピールによって先端的な雰囲気を放っているアーツ前橋は、地方美術館のあり方として、ひとつモデルともいうべき存在であった。

その方向をカリスマ的にリードしてきたのが、2013年の開館当初から館長をつとめてきた、住友文彦その人である

前橋市と館長、どちらの言い分が正しいのかは現時点でよくわからないが、すでに美術業界から擁護の声も出ている。

たとえば東大教授美術研究者加治屋健司。

アーツ前橋作品紛失の最大の原因は、予算、スペース等から美術館が借用作品の保管場所として外部施設を使わざるを得なかったことにある。その状態放置問題に適切に対処してこなかった所管部署文化スポーツ観光部及び同文化国際課に責任がある。これは専門職の館長ではなく行政職の職掌である

https://twitter.com/kenji_kajiya/status/1375731293581807616

スペース・予算の確保は行政職の仕事なのに、彼らはそれを怠っており、そのせいで悪環境作品を置かざるをえなくなったために今回の事件が起こった、という論理である

これは大局的に見れば正しいかもしれない。

ただ、美術の保管場所というのは確保するのに非常にコストがかかるので、無尽蔵に確保できるというものではない。

それに、少なくとも現状で保管場所がまともでないにもかかわらず、作品を預かることにしたのは、やはり学芸員なのではないか

まともな環境作品を置くことすらできないのであれば、そもそも作品を預かるべきではなかったはずである

そういう批判はあったようで、彼はあとから補足している。

他館の学芸員からお話を伺いました。館の作品管理問題があったと私も思います。それはすでに各所で指摘されており館長も認めているので、私はそれを前提としたうえで報告書問題を指摘しました。それを館の問題を認めない発言と受け止めた人もいたようですが、それは私の発言趣旨ではありません。

https://twitter.com/kenji_kajiya/status/1376207390836592642



とはいえ前橋市の報告書住友文彦の責任を追及したように、加治屋健司が行政職の責任を追及するという構図には、結局のところ学芸員行政職の党派性問題なのではないかという感も否めない。

一般にはさほど知られていないかもしれないが、美術館学芸員行政職の人間は、仲が悪いのがふつうである

なぜそうなるのかと言われると難しいが、技術職と営業職が不仲なのと構造的には同じであると思う。

まり理想を求める学芸員コスト重視の行政職という図式で、利害が一致していないのだから対立するのは当然なのかもしれない。

両者のいずれが力を持つかというのは、もちろんさまざまな権力関係によって決まるのだけれど、その勢力図を象徴的に表すのが、「館長が行政職か学芸員か」という問題である

現状で言えば、おそらく行政出身の館長のほうが多数派なはずで、その傾向は年々強まっているのではないかと思う。

現代アート畑の住友文彦を館長にしているアーツ前橋は、その意味でも稀有存在なのである

行政出身の館長というのもバックグラウンドはさまざまだが、教育委員会などから引退間際のおじいちゃんがやってくることが多く、そういう人の99パーセント現代アートなど興味も関心もない(のに反感だけは持っていたりする)ため、館長のくせに予算削減を推進する側に立ったりする。

今回の住友文彦退任にあたっても、後任に専門家を置けという動きが出ているのには、そういう背景がある。

後任に現代美術専門家を 「アーツ前橋」館長退任へ 芸術家署名活動

https://mainichi.jp/articles/20210330/k00/00m/040/038000c

ところで、先ほど「まともな環境がないなら作品を預かるな」と書いたけれど、現実的にはなかなかそうはいかない事情がある。

まず、あたりまえの大前提として、美術館が持っている作品を捨てるということは通常ない。

現実にはゼロではないのだが、やるとなると相当の覚悟必要である

から美術館作品は減るということはなく、ひたすら増えていくことになる。

加えて、美術品のほとんどは温度湿度を厳正に維持した収蔵庫で管理しなければならない。

「厳正に維持」というのは「24時間空調」のことを指す。

38度の真夏であっても、氷点下真冬であっても、24時間365日安定した温湿度でなければならない。

当然これには莫大なコストがかかり、倉庫が広くなればその分お金もかさむ。

まり美術作品は増えていくのに、倉庫を増やすのは容易ではないのだ。

「じゃあ預からなければいいじゃないか」と言うかもしれない。

しかしそうはいかない。

地方美術館美術作品寄付する人々というのは、たとえば地域小金持ちであるが、彼らはしばしばこういう考え方であったりする。

1. 蔵を掃除していたら、なにか絵が出てきた。

2. 貴重なものかもしれないので、美術館電話した。

3. 美術館で引き取ってくれないなら、廃品回収に出そうと思う。

「収蔵するか」「捨てられるか」という二択しか、ここにはない。

売るとか、他の美術館を紹介したらどうか、と言うかもれない。

名の知れた人気作家だったら、そういう手もありうるだろう。

でも、蔵から出てくる作品の作者というのは、典型的にはこういう経歴の人物だったりする。

〇〇県出身上京美術学校西洋絵画を学ぶ。卒業後に帰郷し、〇〇県立第一高校美術教員として教鞭をとる。戦後は〇〇県展の立ち上げに尽力し、後進を育てるなど、〇〇県画壇の重鎮として活躍した。

こういうプロフィール作家面白い絵を描くのだろうか、と疑問に思うかもしれないが、まさにご指摘のとおりで、美術史の大きな流れからすれば、なんの意義もない作品であることがほとんどだ。

しかし、地元での功績というのは地域にとって何よりも大切なものであるし、なによりそういう「つまらない」風景画には、地元民の心をこのうえなく鮮烈にうつし出したような、ローカルであるがゆえの価値がしばしばある。

日本都道府県ほとんどには県立美術館があって、そのそれぞれに多くの「凡庸地元作家」の作品が収蔵されていることの意義は、そこにあるというほかない。

そのような作品は、まさに、「収蔵するか」「捨てられるか」の二択だったところを拾われてきたのである

というわけで、いろいろ書いてしまったが、今回の事件は単なるカリスマ館長の不祥事という以上に、美術館業界の抱えるさまざまな問題関係しているように思われる。

気が重い話である

その他参照

調査報告書

https://www.city.maebashi.gunma.jp/material/files/group/10/hodo20210324_7.pdf

住友文彦の記者会見原稿

https://drive.google.com/file/d/1qQmOLCs2XI1VK9XzPgQpWyKlJZH809Yx/view

2021-03-29

チーム戦で戦えるより強いウマ娘の育成していくために

クラス5,6などチームレースで戦うウマを目指したい人向け

3x3青因子やSSR2凸以上が無い中でクラス6にまでは行けたので記念に

簡単に言えばSS/B/B/C/C といったステを目指すための方法

マイルならSS/B/B/C/C 長距離ならB/SS/B/C/Cといった重要ステを伸ばすことでチーム戦で有利に戦うことを目指していく。

A/B/A/C/Cといったステータスバランス配分すれば可能になる。

・前提として

因子が多少揃ってきてる 特定ステータスの青因子2,2,3+URA因子など 3x3ならなおよし

育てたいウマに合う金スキルを持つウマ or 凡庸強い金スキル

ちょっと前までは3か所を重点して育成するのが良いなんて話はあったが、チームレースで戦うならば、1ステはA~SSくらいは狙った上で他ステもBを目指していく必要が出てくる。

そうした時にサポートを3ステータスx2枚とかにすると総合ステータスが伸びなくなる欠点があるので、下記の方針にて育成する。

・1ステータスはほぼ因子でカバーする

・特化したいステータスウマ娘の成長率が高いものを選ぶ

・特化したいステータスサポート枚数を増やす+フレンドの強いのを借りる

・残りで金スキルカバーしつつレース用のもう一つステを伸ばす

ステータスSSにもっていくためには、トレーニングLv5を目指さないとかなり難しいが、中長距離キャラやチーム戦を目標としたキャラでは他ステータス結構必要になってくるので、

ステータス+賢さの並行育成ではどうしてもトレーニング回数が稼げず、B+BBみたいな半端なステになりがちである

そこで2ステータスに重点育成項目を絞り、さらにはサポートも固めることで4人で友情トレーニングなどステータスが一気に伸ばせる可能性を高めてステータスSSを目指していく。

その為には、1ステータスの育成を切りつつ、ステータスBを達成させる必要が出てくる。そのために強い因子が必要だ。

まず、因子で1ステータスをBにするには継承で100以上は盛れないと厳しく、3x3(フレ)、2x2+3で 108×3回=324

1年目は絆上げで因子要因のステも上げるので+50-100 あと不足分は合宿友情トレがないターンに稼ぐことで500-600を目指せる。

因子育成のステはパワーかスタミナが楽だと思う。スピードやパワートレでステータスがついでに増やせるので。

育成としては1年目に絆上げをしつつ、スピード・スタミナ・パワー、選べない時や偏った時に賢さを選択しつつ絆を上げる。

この時点では特化ステを先行しつつのバランス気味にする。250/350/250とか。ウマの目標達成が楽になるので。

イベント選択肢は育成しないステが伸ばせるとよい。根性/賢さなど。

2年目で絆が揃ってきたら友トレなど重点育成のステータスを重視して伸ばしていく。

合宿は不足ステのカバーや賢さ/根性の補完をメインにできるとバランスもやや確保できる。

3年目の早いうちに特化ステータスのトレLv4,5になるとよい。

複数人の友トレで50とか70とか増えるようになるので、これで一気にステータスSSを狙っていく。

複数の友トレが大事なので得意率も高いほうがよい。

うまいこと育成できればA/SS/B/C/Cくらいまでステータスが伸ばせそうではある。

チームレースで勝つにはスキル大事特にスキル効果が高いといわれてるので、なるべく採用したい。

後、ラストスパートを強化できるスキルは非常に重要。「末脚」のありがたさは理解されているだろう。

上位の「全身全霊」はめっちゃ欲しいがスペの覚醒以外だと、この方式では採用が難しい。

他のSSRを採用しよう。根性特化も強いらしい。

後は噂ではポジション系のスキルは非常に強いらしい。前方で詰まった状態では抜け出せないので。

ノーマルスキルだと「臨機応変」とかで

ゴルシ覚醒の「視界良好!異常なし!」は上位ランカーは全員持ってたりするので。

ステータス育成の縛りをつけると手持ちでスキルの合うSSRが採用できない可能性もあるので、

この方法は誰でも使える方式ではないが、ステータス有利とれるだけでも結構戦えるので試してみるといいと思う。

2021-03-27

anond:20210327221542

創作ショービズに限って女性へのルッキズムがすごいから仕方ないね

まだまだ年月は掛かると思う

 

単純に、 整ってない=非日常感がない=母ちゃん なんだと思うよ

男女とも "母ちゃんには萌えられないしな・・・" みたいな

 

かなり個性的なお顔立ち(婉曲表現)やひとやまいくらの凡庸なお顔立ちでも

日常感が演出できればショービズでも成功してるので

日常感が出せるかどうかじゃないですかね?

2021-03-24

いわゆる暴力女に憧れてた

自己整理のための書き散らし。

小学生の頃に、暴力女というジャンル(?)キャラクター(?)に憧れてた時期があったことをふとおもいだした。

憧れてた次は何やるかって、真似をするわけだ。はた迷惑まりないことに。思いっきり叩いてみたり、喧嘩したときには椅子を投げたりしてた。

2年生だか、3年生だかのころ、女性担任にも「冗談で」「コミュニケーションのつもりで」叩いたんだか、体当りしたんだかで、本当に痛いんだよ、と叱られたことがあるけれど、そのときはどうしてこの人は許してくれないんだろうと不可解にかんじていたように思う。

あたりまえだろ、お前はそんなこともわからないのかと言ってやることは不可能だけど、どうしてそれが冗談だとかコミュニケーションのつもりだとかになるのやら。

アニメキャラクターでちょくちょく見てた暴力ちゃんたちは、主人公馬鹿なことをしたら、あるいはセクハラを受けたときにグーでパンチをする。アームロックをかけるなどなどをしていた。

(雑がたりなので、具体的にどの作品よ?!というのは受け付けない。私が当時見てたアニメでそんな描写あったな〜くらいの感覚

これは雑な思いつきだけど、自信のなさの表れなのだたかもしれないなと。誇れるものがなくて、クラスの中心にもなれない中途半端立ち位置ドッジボールバスケでパスパス!といっても投げてもらえない屈辱感。キャラクター確立するのに暴力を振るうだけで済むのはなんと簡易なことか。なにものでもないものになるくらいなら、悪目立ちするほうがまだマシといった凡庸で幼稚な考え。

それに巻き込まれたひとがいるから、問題なんだけど。

キャラクター彼女たちは、暴力をふるっても許容される。なら私も許されるとおもったかは定かではない。

でも、とある作品暴力ちゃんが、ずっと好きだった幼馴染に告白するけど、その幼馴染はすでに物語主人公のことがすきだったし、普段受けてた暴力コミュニケーションが好きではなかったと告げられて振られるシーンを見て、「あ、わたし、まちがってるんだ」と思うくらいのことは出来た。

2021-03-22

anond:20210322160343

そういう増田若い頃はイキっていても「いつか評価される時がくる」と可能性を信じていられるけど

30過ぎてくるとそんな奇跡はもう起きないって自分でも薄々気付いてくるから

それで自分がレールに乗った凡庸人間の足元にも及ばないウンコ製造機の発達障害しかないという現実に狂う

2021-03-21

anond:20210321124622

ヒトラーは、

民族浄化(←もちろん絶対に許されることではない)にも

戦争にも

経済政策にも

すべてに失敗しているし

ポルポトと違って他国にも被害を出してる

 

どの角度からもどうにもならない

そのどうにもならさ(凡庸さ)が背徳的な共感を生むことはあるかもしれないが

どの角度からみても許してはいけないとしかならない

2021-03-17

『シン・エヴァ感想なぐり書き【ネタバレ

遅ればせながら『シン・エヴァ』観ました。個人的感想メモネタバレあり)。ちなみにTVから観ている39歳男です。

アスカの救済

・旧劇場版シンジアスカがお互い傷つけあったのは「二人は他者から、触れ合えば傷つくのは必然なんだ」と受け止めてた。それに対する『シン・エヴァ』の回答は「あれは二人の相性が悪かったせい。それぞれ別の人とくっつけば幸せになれるよ」ってことだと理解した。マジか、と思いましたね。あまりに身も蓋もなさすぎて。しかし言われてみれば確かにそう。こうなってみると、もうこの終わり方しか考えられない。

・旧劇場版アスカって、エヴァの全編を通してみてもトップクラスに酷い目にあってたと思う。肉体的にも精神的にも。見ていて居たたまれなかった。なので、浜辺のシーンで惣流のほうのアスカも救済してくれて嬉しかった。

カヲル君の正体

・それにしても、まさか渚カヲルゲンドウの分身(別人格)だとは思ってもみなかった。これが一番衝撃的だったかも。

・でもよく考えると、TV版の時点でカヲルレイに「君は僕と同じだね」って言ってるんだよね。レイユイクローンだとして、じゃあカヲルは誰の分身なのかと考えれば、論理的にはゲンドウしかありえない。なんで俺は25年間その可能性に気づかなかったのか、ということのほうが今となっては不思議

カヲル君の「歌はいいねえ」という台詞シンジ君のウォークマンが、25年の時を経てゲンドウというキーワードひとつに結びつけられる展開は震えた。

第3村

庵野さんの鉄道に対する愛情が全開で、鉄オタの俺、歓喜

・あそこに置かれていた鉄道車両は、庵野さんの故郷山口あたりで昭和時代に走っていたやつが多かったと思う(あとは天竜浜名湖鉄道?)。あの村が箱根そば2029年ごろに存在しているとすると、明らかに時空が歪んでいる。この時点ですでに庵野さんの心象風景に片足を突っ込んでいると理解した。あの村全てが仮想空間とも受け取れる。

作画もあの村の場面の一部だけ、なんか質感が違いましたよね?

TVから存在していた夕闇の電車の中での自分との対話シーン。あれはあの旧型国電の中でやってたのか。あの車両庵野さんの地元宇部線で長く走ってた形式。なので単に懐古趣味で旧い電車を出してたのではなく、自分故郷の、おそらく青春時代によく乗っていた電車の中でずっと自問自答していたわけね。なんというか、本当にエヴァって私小説だ。

・村の人がレイを「そっくりさん」と呼び続けるの、普通に気持ち悪いよ! 初日だけならともかく、その後もずっと。同僚に対してその扱いは酷くないかレイ視点から悪意がないように受け取れるけど、実際にはあれは村社会新人イビリなんじゃないの。エヴァは「誰が誰をどういう名前で呼ぶか」について極めて意識的作品なので、こういう「気持ち悪さ」も織り込み済みでやってそう。

レイはやっぱり個体によってかなり人格が違う。にしてもTV版の「ばーさんは用済み」のあの子だけは極端に性格悪かったな。あれは何だったのか。

シンジ君が嗚咽するシーンは緒方恵美さんの一世一代の名演。

ミサトさんとか

ミサトさんは「自分大人じゃないけど、それでも大人の役をきちんと果たすんだ」と決めた人。TV版と旧劇場版ではそういうちゃんとした大人ミサトと加持ぐらいだったけど、新劇場版ではリツコとヴンダークルー達も付いてきてくれていて、そこが良かった。

・にしても生命種の種を満載した船で最終決戦に突っ込むのは、リスク管理としてやばすぎ。そいつらはどっか安全場所に厳重保管しておくべき。

ミサトさんが息子とずっと会わないと決めたこと。それってユイゲンドウと同じ過ちを繰り返してるんじゃないの、と思えて複雑だった。ユイも「自分選択を息子はわかってくれる」みたいなことを言って死んだけど、息子の側からしたら親に捨てられたと思っただろうし、その葛藤を描いてきたのがまさにエヴァという物語なので。これは「シンジ物語が終わっても全てが解決するわけじゃない。親子の葛藤は次の世代にも続いていく」というメッセージだと受け止めた。

新劇場版の全体を通して、リツコさんの物語はほぼカットされちゃった。新劇から見た人にとっては、あの人はミサトさんの有能な副官というだけの存在になるのかな。まあ尺もあるし仕方ないか

新劇場版での冬月が何をしたかったのか全然からない。旧劇場版まではユイとの再会だよね? 今回は違うの? あんた何なの?

ゲンドウとシンジの取っ組み合いのケンカは笑った。庵野さんって、映画の前半で綿密にリアリティーを積み上げておきながら後半で暴走するよね。『シン・ゴジラ』の無人在来線爆弾ときも思ったけど。

・「ユイ、お前はずっとシンジの中にいたのか」って、そんなの当っったり前だろうがー!! そんな凡庸結論に至るまでに人類を3回も滅亡の淵に追いやるんじゃねえよ。

エンディング

庵野さんはエンディング巨匠だと思っている。「全ての子供達に、おめでとう」と「気持ち悪い」。観た人の記憶に刻み込まれエンディングを2つも作ったのは神業

・そして今回のエンディングも後世に語り継がれる素晴らしい出来だと思った。俺は泣きました。

大人になったシンジ君、イケメンだなあ。声は神木君だしパートナーは素敵な人だし。この話って結局「ただしイケメンに限る」ってやつじゃねーの、という思いもよぎる。

チョーカー現実世界でもずっとつけてたのは、思春期呪縛はそれだけ強いものなんだという意味合いかな。それとも単にマリチョーカーを外す場面が撮りたかっただけ?

マリ鶴巻和哉の色が濃いっていう評を見たけど、確かにフリクリから飛び出てきたみたいなキャラ。『フリクリ』も大好きなので嬉しかった。鶴巻さんもありがとう

・でもこの結末って言ってみれば「夢オチ」だよね。それでも自分も含めて肯定的感想が多いってことは、要するにたいがいの人は登場人物人間関係に決着がつくことを何より重視していて、そこに整理がつけば夢オチでも構わないと思ってるってこと…?

・「One Last Kiss」最高。天才の曲。宇多田ヒカルエヴァ関連の仕事は全て文句のつけようがない。こんな荒唐無稽物語にかっちりハマりつつ、なおかつ宇多田ヒカルらしさを失わない曲をよくぞ3曲も作ったものだと思う。宇多田ヒカルさんもありがとう

・で、『Q』で出てきたトウジの制服は何だったの? とかそういうことを考えだすとキリがないので、もう考えない。

余談

劇場自分の前の席に高校生集団が座っていて、終わった後で「どうだった?」「わかんねー(笑)」と、まさに自分高校生で旧劇場版を観た時と同じような会話を繰り広げていた。そのことに何だか感動してしまった。

庵野さん、カラーの皆さん。世代を超えて人の心を動かす作品を作ってくれて、ありがとうございました。

うっせぇ

成長とは おじさんとは

それが何か見せつけてやる

ちっちゃな頃には男の子

気づいたらオヤジになっていた

子どもの様な思考回路

大人になんてなり切れる訳もなく

でも何か足りない 髪が足りない

困っちまうこれは先祖のせい

あてもなくただ検便するホリデイ

それもそっか

最新の流行は当然のスルー

経済の動向はtwitterでチェック

凡庸精神で出社しパニック

社会人として風前の灯火です

はぁ?うっせぇうっせぇうっせぇわ

あなたが思うより凡庸です

一切合切天才

あなたじゃわからいかもね

嗚呼よく似合う

この可もなく不可もないパジャマ

うっせぇうっせぇうっせぇわ

今宵はかなり眠いので晩酌はナシ

2021-03-16

知的障害者って実質断種されてるよね

http://www.gp-sri.jp/report/detail028.html

これ見ると、知的障害者結婚率は2.3%

健常者が57.4%なのに比べると、メチャ低い

96.7%が未婚、というとマジですごい感じする

知的障害者は生きる価値いから、97%は生まれ次第殺処分だ!」っていうとヤバい感じするが、実際には80年かけてるだけで97パーセント殺処分して断種してるらしい

まあでも、それをいうと俺も殺処分されてんだよな

つうか、子を残したら「意味がある」 残せなかったら「無意味な命」っていうのも貧困な発想だな

いか!べつに!

別にいいんだ 子供なんか残さなくていい

知的障害者の9割以上が結婚すらできずに死んでいくかもしれないが、それでも彼らの命には意味があるよな!

特に電車でアウアウ言って車内に緊張感走らせてくれるタイプの人 彼らは俺なんかよりよっぽど社会的プレゼンスが高い

俺が今日死んでもほとんどのやつは気にとめないだろうけど、毎朝電車でウアーつってる知的障害者が突然死んだら、「あれ、今日はあの人いないのか…」ってなるもん

個性があってすごいよな ホントに生きてるって感じがする 多分俺より人生楽しんでるしな

ああ

知的障害者の未婚率をタネ社会バカにしようと思ったが、うっかり俺自身の虚無っぷりに目を向けてしまった

「命は大事!つって生かされるが、別に何を残せるわけでもなく、楽しくもなく、搾取されてぼんやり苦しみながら死んでいくだけの存在」、俺そのものじゃん

つうか、健常者も結婚率57%とかなのかよ

結婚が全てではない、子供なんか作んなくていい、それはそう、でも仕事キツいし、休日別にめちゃくちゃ楽しいわけじゃないし、じゃあなんなんだこの人生 

ていうか、この苦しみは俺に固有のものなんかでは全然なく、低く見積もっても25%くらいの人生はこんな感じなんじゃねえか?

それも悲しいよなー 俺だけが超かわいそうな最強被害者なんだったらまだ自己憐憫に浸れるけど、ちょっと周り見ただけで俺程度に辛そうなのはゴロゴロいる つらさすら凡庸

俺は誰にもこんな人生を送ってほしくないから、できたとしても絶対子供は作らないが、じゃあ俺はなんでこんな人生を送らされてんだ

親を恨む気にもなれん 気のいい人たちだし、いまだに金くれるし

俺は被害者だ〜ッ!つっても、それをいうならこの世の人間は全員被害者からなあ

どうしたらいいんだこの感じ

俺ってどうしたらいいですか?

瞑想

2021-03-13

ネタバレ】シン・エヴァ前半について

シン・エヴァについてはおおむね好評価ではある一方、過剰なまでに攻撃的な批評もみかける。

自分としても手放しで絶賛するわけではないし、批判的な評価についてはなるほどと思わされることのほうが多い。

ところで否定的な論者の大多数が拒絶反応を示しているのが、前半の第三村での描写であることは間違いないだろう。

リアリティのない原始共産主義ジブリマネごと、昭和価値観、お涙頂戴的な黒波の死、等々。

それは分かる、分かるし同意できるところも多々あるのだが、シンジが心的外傷から回復したのは、別に村の温かさだとか人情だとかではない、というところは指摘しておきたい。

村の人と交流し、自ら働きかけ、またそれに呼応した人間関係形成したのは黒波であって、

シンジ最初から最後まで(ケンスケを除いて)村人と一言も交わすことはない。

シンジ回復させたのは、ケンスケの、突き放しにも近い放置と、レイによる徹底した受容である

対比としてわかりやすいのが、ヒカリ父親や、トウジである

彼らはまさしく善人だが、彼らのやり方では残念ながらシンジに変化を引き起こすことはできない。



心の傷、トラウマを癒やすには時間がかかる。

黒波は仕事を通じて他者とのつながりを持ち、様々な感情を知っていく。

そうして少しずつ変化していった黒波が、今度はシンジの変化を引き起こす。

正直自分も観ながら、いつまでこの村のパートを続けるんだろう、と感じた。

この村のパートを削ったり、あるいは途中でWILLEの動きを挟むことで、ダラダラと村のシーンが続いたという印象を抑えることもできただろう。

それでも庵野淡々と同じような繰り返しを提示した。

それは日常というのは同じことの繰り返しで、ただ明日を生きることだけを繰り返していくしかないということ、それでも少しずつ変化が生まれていくということを示した。

凡庸描写で退屈にもなるからこそ、それが必要だったのではないかと思う。


それともう一つ

アスカはこのとき自らも傷を抱えているので、シンジを受容する余裕はない。

それでもシンジエントリープラグから引きずり出して、自分にはできないことをしてくれるであろう人たちに頼ることはできる。

こうして点々とつながることで、いつか回復につながる。

実際に回復したシンジは、旧劇の惣流を癒やす

新劇式波ケンスケに居場所を見つける。

きっとケンスケも誰かに助けられたのだろう。

助けてもらったら、別の誰かを助けることでしかそれに報いることはできない。



(なお、庵野らしいな、と思うのが、綾波タイプ式波タイプシンジ好意に持つようにプログラミングされている、という設定である。このプログラミングされた好意があるからこそ、黒波はシンジを徹底して受容できたのかもしれない(し、それとは無関係な黒波の意思かもしれない)。都合のいいすべてを受容してくれる美少女は結局作られたものかもしれない。小さな毒や皮肉視点を潜ませずにはいられないオタク仕草。)

2021-03-11

うっせぇわを聴いて思ったこ

 うっせぇわ、という歌を聴いて、思ったことを書く。

 最初に、9000万回も再生されるような動画を作れてすごいなーという思いを、私が作者に持っているということを明記しておく。これから書くことは、「うっせぇわ」で描かれている内容についてであって、作者に対してではないことを明らかにしておきたい。

 まずこの曲を聴いて感じたことは、反抗期の歌だなーということだ。

 「うっせぇ」と思うような規範内面化させられた不本意気持ちを、規範自分強制していると思っている大人に対して、「一切合切凡庸」「くせぇ口」と、けっこう理不尽罵倒することで発散しようとしているように、私は感じた。

 なんと的外れな怒りだろう。

 優等生であることや、模範人間であることなんて、今すぐやめてしまえ。

 「うっせぇ」と思う規範なんか、一つも守らなければいい。

 でもそれは、しない。あるいはできない。発想すら、していないように見える。

 なぜなら、馬鹿にしている大人が作っている世界に、圧倒的に庇護され、利益を得ているから。養ってくれ、頼らせてくれる相手一方的な怒りを抱いて反発すること、これぞ反抗期だ。

 優等生であること、模範人間であることは、自ら選んだことだ。選ばされたと思っているなら、それは間違っている。そこから外れることを恐れ、適合することで安全を、利益を得ようとしている利己的な行為だ。別にそれ自体は、戦略であり、何ら批判されるようなことじゃない。

 その世界が不満なら、変えるか、去ればいい。変えるというのは、不満のある大統領暗殺するのではなく、自らが議員になって政治勢力を作ることだ。夫に不満なら妻は離婚すればいいし、会社に不満なら転職すればいい。それが出来ないとき、まともな大人は、自分力不足認識し、力を増やす努力をしたり、自分に出来る範囲のことがないかを考える。

 あるいは、契約を取るためには、飲み会で「酒が空いたグラスにすぐに注」いだり、「串外」したりすることくらい、なんとも思わない大人もたくさんいる。そういう大人は、自分会社なのか、養うべき家族なのか、人によって違うだろうが、守らなければならない具体的なものがあったりする。守るべきものが何にもない若者には、自分がそれを気に入らないという感性が一番大切になって、不満が出る。

 不満を持つなとか、従順たれとは全く思わないし、不満を表明することで、物事が変わることもあるので、黙っているよりはマシだとは思うけど、この怒りは建設的ではない。自分の怒りの的外れさに気づけば、そこまで鬱屈させることもないし、むしろ自分人生を動かす原動力たり得る。

 あと自分にろくでもない規範押し付けているのは、周囲にいる無理解大人だと思っていそうだけど、それは違う。周囲の大人は、そういうろくでもなく見えている世界拒否することのできない、ある意味、弱き民だ。そうやって適応することで、生き延びて来ているので、同じようにしないと生きていけないよ、と思っているだけだったりする。

 「頭の出来が違う」のであれば、見下している相手に模範人間をやっているなんて、単なる時間無駄なので、さっさと望ましいと思う世界を創りましょう。本当の敵に出会うのも、きっとそれからだ。

2021-03-10

でも、どう取り繕っても『シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇』は凡作の類だよね

ファンにとってそうじゃないってのは分かるよ?意地でもつまんなかったなんか言わないでしょ。

成仏したとか言ってる奴はただの信者なわけ。「何で庵野は俺たちを救わなかったんだ!!!」って方向に振り切れちゃった狂信者もいるみたいだけど、その人達の方がこの作品凡庸さに向き合ってるだけまだ誠実だと思う。エヴァのことは神格化しているけど、シンエヴァのとこは神格化してない。


世間一般の人にとっちゃ「現実大事」「現実もいいもんだ」「向き合ってみよう」なんて無茶苦茶当たり前だし、何の目新しいメッセージでもないよね

アニメ業界だって富野とか宮崎駿とかが散々そんなこと言ってそうじゃん。

社会から隔絶されてるオタクアニメ監督にとっちゃ驚きの新事実なのかもしれないけど、普通の人がこんなん言われても何言ってんだコイツ??ってなるだけ。

普通の人は、鬼滅の映画見てあー面白かったねご飯食べに行こ、って物語物語として楽しんでさっと現実に帰っていくんだよ。そういう意味じゃ鬼滅の方がよっぽど良くできてる。カッコいい人がカッコよく活躍して、泣きの要素もあって、別に観念じみてもいない。誰でも楽しめる良い作品だ。

エンタメとしても退屈、作品としても凡庸なんよ。映画館も張り切って何回も上映してるけど、悪いこと言わんからすぐ鬼滅にリソース戻した方がいいと思うな、この映画絶対売れない。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん