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はてなキーワード: 享受とは

2020-05-30

SNS嫌い

SNSネットに登場し始めて何年になるのだろうか?

私は最初から嫌いだった。

ミクシィグリー?よく覚えてないけど、何が嫌いだったかと言うと、インターネット自分の行けないところが作られるような感覚を覚えたからだ。

もちろん他にも会員制のように絶対アクセス不能場所はいくらでもあるのだけど、SNSは繋がりたい人同士を繋ぐ装置として機能し、繋がりたくない人を排除する役目も果たす。

私はどちらも嫌だった、繋がりたくもなければ排除もされたくない、その自由さが好きだった。自分意志で決められるのがインターネットじゃないのか、と。

からSNSサービスは私にとってはいつも不自由さを感じさせた。

ミクシィ特に嫌だった。招待されなければ入れない、これが正直むかついた。私は自分意志で決めたいのに、誰かから入れてもらわないといけない、この感覚がたまらなく嫌だったから、実際には簡単に入れるのにミクシィには頑として入らなかった。

グリーには入った。そうは言ってもSNSインターネットサービスの大動脈になることは分かっていたし、いつまでも嫌ってもいられないと思ったから。

勧誘制ではなく、自分意志選択できるのが選んだ理由の一つだけど、でも実は気に食わなかった。

SNSをやっていると、自分の行けないところがあることに気がつく。

ウェブサービスの基本は、ハイパーリンクで好きなところに行けることだ。リンクさえあればひとっ飛び。それが好きだった。

これがSNSでは出来ない。説明しにくいが、検索でも分からず、見えない部分がある。仲間に入っていないとわからないのである

全部繋がっているはずのインターネットなのに、その中に、システム的ではない、リンクされていない別のネットがある、そんな感覚

見えている部分が人で全然違う。それは私が見てきたインターネットとは全く違うものだ。

インターネット世界中の人と人を繋ぎ、これまで分断されていた社会のその壁を取っ払っていくものだと言われていたこともあった。

でもSNSはそれに反するものだとしか思えなかった。むしろ分断を生み、加速させ、衝突を生み出す、絶対そうなると私は思っていた。

フェイスブックツイッターはそれを証明した。

フェイスブックは、考えるまでもないだろう。人それぞれで見えているタイムラインが全く違う。そこにあるのは仲間内だけの世界だ。シェアが繋いでいるように思うかも知れないが、実際にはそのシェアは分断を増長すらさせている。

極端な話が、あるクラスター疑似科学だらけデマだらけ嘘ばっかりのようになっていたりする。そうした情報しかシェアされない世界がそこにある。フェイスブックは極端な閉鎖性を持つ。繋がっているはずなのに全然からない別の世界無尽蔵に存在する。

Twitterはそれとは全く異なるように思うかも知れないが、Twitterだって酷い。ここで見られるのは、日々繰り返される炎上騒動であり、激しい戦争だ。住処の違うものどおしが見えてしまうので、気に入らないとそれらを叩き始めて、言論攻撃排除しようとする。

インターネットは人と人を繋ぐなんて全くのデタラメにしてしまったのがSNSなのである

そもそもインターネットハードウェアネットワークであり、ソーシャルネットワークではない。

それでも、あまりにも膨大な情報宇宙から必要情報を得るにはSNSを利用しなきゃならない。

ググって情報を得るなんて最早太古の昔の話であり、タイムライン自動に流れてくる情報をまるでブロイラーが与えられた餌を食うようにして享受していかないと時代社会についていけない。

これが喩えようもなく苦痛である

でもやめたくてもやめられない。

繋がっていないと私が人間社会から放り出されてしまう。

誰かSNSをぶっ潰す別のサービスを作ってくれないだろうか?

2020-05-26

知的障害の話を読んで「子供 捨てたい」で検索した

子供知的障害者になった

https://anond.hatelabo.jp/20200524233706

これを読んで私がしたのは「子供 捨てたい」の検索

検索してみると色々な理由子供を手放したいと思っている人の悩みが吐露された相談掲示板のやり取りが表示された。

まず、親元で養育ができると判断される場合施設に預けようとしても断られるらしい。

親戚などに面倒を見てくれる人がいると判断された場合もだめらしい。

目的子供を守るためなので、子供安全生活できるかが判断基準…等々、様々な答えがあった。

次に、ではもしこのようなことになった時、いざ子供を手放したいと思ったら、どのような状況であれば認められるのかと考えてみた。

急に知的障害を負った子供は目が離せないだろうからフルタイムで働くことができなくなって収入が下がる。

子供の養育について夫と揉めて離婚し、養育費が支払われない。

実家の親にも面倒がられて疎遠に。

精神的に不安定になり、子供を怒鳴りつけてしまう日が続く。手が出てしまうことも。

母親の怒鳴り声と子供の泣き声を気にした近隣の人から通報が相次ぎ……

といったところだろうか。 

もちろん件の増田さんがこんなことを考えているなんて思ってはいない。

元来福祉というのはこういう人のためにあるべきものだし、お子さんは元に戻らないかもしれないがそのために一家暮らしにくいという事態が起きてはいけないと思う。


余談だが、私は39歳の独身だ。

モテいからという最大要因を棚に上げれば、ありとあらゆる面倒を避ける性格もあり、独身一人暮らし享受している自由他人のために犠牲にしたくない等々の理由結婚出産に興味がない。

から簡単子供を手放すという可能性に考え至るのかもしれないが、果たしてこれを薄情だと非難できる人はどれくらいいるだろうか。

2020-05-25

anond:20200525180241

カマトトぶらなくていいよ。お前は中間層がなくなって格差の大きさを享受したい、そういう政治的立場でいるんでしょ。

自然現象じゃないからね。

anond:20200525174854

つの答えかたがあって、

 

1.どんなマスメディアも間違いや私見があるのは当たり前であって、それを見抜く作業メディア側じゃなくて受けて側に委ねられている。口を開けてまっていても良質なニュースけが届いたりはしない。

例えば新聞を2紙とって、同じニュースについて論調を比べてみるだとか。

あるニュースが気になったら、その報道の元になった政府発表もちゃん公式ページ確認するとか

そうやって初めて「まともな報道」を享受することができる。

 

2.朝日だって産経だってマトモな記事は常にあるよ。毎日ある。

マトモな記事に気づいていないやつらは、単純にそのメディアの紙面を全部読んでないんだよ。

特にリツイートされたニュースアクセスランクトップニュースだけ読むみたいな行為は最悪だ。マトモじゃない記事ほど売れるようにできているんだから

から何がマトモかっていうと、「普通の」ニュースであるほどにマトモだ。

NHKならニュース7だし、朝日なら普通朝日新聞の紙面だし、地方住みなら地方紙。

それを全部みる。常人並みの知性があれば、そのなかにまともな報道を見つけることができるし、まともじゃない報道無視することもできる。

anond:20200525103914

稚魚をある程度大きくしてから放流するのと一緒だぞ

大きくなった後の利益享受するために、大きくするんだぞ

ペットではなく経済動物だぞ

anond:20200525101525

その代わりSNSでは良い事をすれば大勢人間から賞賛される。

SNS大勢人間と繋がるのはそれが目的だろ。大勢人間交流して良い反応を得たいという。

悪い事をすれば大勢人間から批判されるのはその裏返しなわけで、

前者のメリットだけ享受しようってのは無理だよ。

2020-05-24

「てえてえ」ってご存じですか。

今のACG(Anime,Comic,Game)系オタクコンテンツで最も重要な要素は「てえてえ」になりつつあります

コンテンツが「面白い」「楽しい」「美しい」「かわいい」「エロい」等の要素も勿論大切ですが、

重要視されるのは「てえてえ」です。

てえてえとは、主に人と人との関係性の尊さを指していて、

漫画アニメ登場人物同士の関係性や、最近ではバーチャルユーチューバー同士の関係性によって表現されます

登場人物同士が互いを想い合う様や、自己犠牲献身精神を持つ様が「てえてえ」であり、

その様子が現実的である程に、その「てえてえ」は高い評価を得る事になります

オタクの「てえてえ」に対する嗅覚は非常にデリケートです。

「てえてえ」の作り方に粗が在る、各登場人物が「てえてえ」を強要されていると受け取った場合

オタクはそのてえてえ演出を最低評価対象します。

「てえてえ」を作り出す為にはどうすれば良いのか?

てえてえを作る為にはまず、その人間関係を見せつける「場」を形成する事が必要不可欠です。

人と人とが助け合う為には共通の大きな目標必要であり、

犠牲献身の心を持つためには、何か大きな障害存在している必要があります

アニメ漫画ゲームでは、

例えば巨悪を倒し世界を守る物語

アイドルとして大成する物語

恋愛成功させるに至る物語

理不尽社会運命等に抗う物語

等々で「目標」と「障害」を演出し、

その世界の中で登場人物達に「てえてえ」を実行させることが可能です。

ただそれらはあくまアニメゲーム製作陣が作り出した虚構存在であり、

どれだけ現実味のある「てえてえ」を作ったとしても限度があります

オタク達はどこまでも「てえてえ」を求め続ける。

だけれども、よりリアルな「てえてえ」は架空作品では享受し得ない。。

ならば一体オタクは何によってその飢餓感を満たすのか…

その答えの内の一つが、

最近バーチャルユーチューバーだと思う。

彼ら彼女らは、youtube上やtwitter上で人気を得るために、日々必死に「てえてえ」を作り出している。

そんな彼らは、見た目はアニメキャラクターだが中には人間が入っていて、

「有名になる」という目標の為に「炎上」「アンチ」「不人気」等の障害と闘っている。

バーチャルユーチューバーというキャラクターを演じる点には多々虚構を含む物の、

有名になる目標の為に炎上アンチや不人気に抗うという様は、

商売バーチューバ-を続けている以上は紛れもない真実であり、

「大きな目標障害」のリアリティ完璧だ。

そのうえで、各バーチューバー同士で助け合ったり献身し合っている様を演出する事が出来れば、

「てえてえ」の強度は計り知れない物になる。

正しそのてえてえが偽装された物や、会社側に強制されている物の様に見えた場合オタクは冷めてしまう為に人気が出なくなる。

まりバーチャルユーチューバーはより強度の高いてえてえを作り続ける事が求められる存在なんだわ。

企業側もその辺解ってるからイメージ戦略必死に頑張ってるんだろうなって。

オチは無い。

2020-05-19

何故鬼滅の刃を終わらせた?

何度でもすがりつくに決まっておろう

一度で終わりだと誰が決めた?いかにも愚昧で浅慮な考え方よ


今が一番旬の漫画である鬼滅の刃を何故引き伸ばさない?

ただ連載しているだけでジャンプ単行本も売れる金の成る木を何故みすみす手放す?

このまま続けておけば新しい柱として君臨しえたのだぞ?

ジャンプ再興のきっかけとなり得る逸材だったのだぞ?

それをお前らは何故あっさりと見逃す?


最後最後、薬でラスボスを仕留める流れ

それをほんの少し変えれば良いだけではないか

鬼舞辻無惨はあと僅かの所で逃げ去り衰えつつも脅威を向ける

壊滅した鬼殺隊と柱は今度こそ逃すまいと特訓を積む

その中で新しい日輪刀なり新しく柱になったものなり新展開が描けるではないか

そして最後最後、成長した鬼殺隊が協力し、ヒノカミ神楽でついに打ち倒す

その様な二部構成にすれば良いではないか

さしたる手間ではあるまい

だというのに、何故その様な形をとらない?


何も漫画の話だけではない

メディアミックスについてもまだ戦う余地はあるだろう

既に手を出したアニメや番外編は勿論のこと

アプリソシャゲコラボドラマCD劇場版、果ては実写化の道もある

なのにそれらを向かえる用意もせず何故ただ一人生き急ごうとする?


今の展開で終わらせる覚悟があったとしよう

それでも現代編への突入がある

闘いばかりで疲れたろう、もう少しぬるま湯につかり

誰も傷つかず誰も死なない、ただ穏やかな時の流れる学園編を本誌でも書けば良いではないか

かつて火の丸相撲、天下の刃皇でも辿り着けなかった日常

そして僕勉の者々が享受している延長戦

数多の作家どもなら喜んで飛びつく垂涎ものだと言うのに

何故それすらせずに、話を畳もうとする?


思えば前提からおかしいのだ

天下の週刊少年ジャンプで一線級を貼った安寧の地位

それを放棄し次の連載に生き急ぐ必要など本来はないはずなのだ

己が能力を見出せず打ち切られてゆく者

己の衰えに呑まれテコ入れに頼り破滅する者

そういったものとお前は違う、確かな才能があるのだぞ

なら何故その才能をもっと活用しない?

これまで私の前に現れたヒット作家はいずれも生に執着した

引き延ばし、もがき、拘泥し、他紙に移籍してもなお打ち切り抗うもの殆どだった

それを不意にして、全てを捨てるというのか

己の中の、仲間の持つ次なる希望に託すというのか

実におこがましい、その為に生命を投げ打つなど到底考えられない

私には到底耐えられない、あまりに狂おしい思考


それを叶えられたのは何故か?


ひとえに週刊少年ジャンプ編集部が、異常者の集まりから

鬼滅はもっと生に執着しろ

何度でもすがりつくに決まっておろう

一度で終わりだと誰が決めた?いかにも愚昧で浅慮な考え方よ


今が一番旬の漫画である鬼滅の刃を何故引き伸ばさない?

ただ連載しているだけでジャンプ単行本も売れる金の成る木を何故みすみす手放す?

このまま続けておけば新しい柱として君臨しえたのだぞ?

ジャンプ再興のきっかけとなり得る逸材だったのだぞ?

それをお前らは何故あっさりと見逃す?


最後最後、薬でラスボスを仕留める流れ

それをほんの少し変えれば良いだけではないか

鬼舞辻無惨はあと僅かの所で逃げ去り衰えつつも脅威を向ける

壊滅した鬼殺隊と柱は今度こそ逃すまいと特訓を積む

その中で新しい日輪刀なり新しく柱になったものなり新展開が描けるではないか

そして最後最後、成長した鬼殺隊が協力し、ヒノカミ神楽でついに打ち倒す

その様な二部構成にすれば良いではないか

さしたる手間ではあるまい

だというのに、何故その様な形をとらない?


何も漫画の話だけではない

メディアミックスについてもまだ戦う余地はあるだろう

既に手を出したアニメや番外編は勿論のこと

アプリソシャゲコラボドラマCD劇場版、果ては実写化の道もある

なのにそれらを向かえる用意もせず何故ただ一人生き急ごうとする?


今の展開で終わらせる覚悟があったとしよう

それでも現代編への突入がある

闘いばかりで疲れたろう、もう少しぬるま湯につかり

誰も傷つかず誰も死なない、ただ穏やかな時の流れる学園編を本誌でも書けば良いではないか

かつて火の丸相撲、天下の刃皇でも辿り着けなかった日常

そして僕勉の者々が享受している延長戦

数多の作家どもなら喜んで飛びつく垂涎ものだと言うのに

何故それすらせずに、話を畳もうとする?


思えば前提からおかしいのだ

天下の週刊少年ジャンプで一線級を貼った安寧の地位

それを放棄し次の連載に生き急ぐ必要など本来はないはずなのだ

己が能力を見出せず打ち切られてゆく者

己の衰えに呑まれテコ入れに頼り破滅する者

そういったものとお前は違う、確かな才能があるのだぞ

なら何故その才能をもっと活用しない?

これまで私の前に現れたヒット作家はいずれも生に執着した

引き延ばし、もがき、拘泥し、他紙に移籍してもなお打ち切り抗うもの殆どだった

それを不意にして、全てを捨てるというのか

己の中の、仲間の持つ次なる希望に託すというのか

実におこがましい、その為に生命を投げ打つなど到底考えられない

私には到底耐えられない、あまりに狂おしい思考


それを叶えられたのは何故か?


ひとえに週刊少年ジャンプ編集部が、異常者の集まりから

anond:20200519081049

そうすると右翼義務を果たした後にコロナ権利享受できない場合政府義務を果たさなくても良いか?という質問が飛ぶ

権利と義務に関して

まず義務があり、それを果たしたご褒美として権利が与えられると考えるのが右翼

まず権利があり、それを社会全体で享受するために義務が発生すると考えるのが左翼

鬼滅を引き伸ばさない異常者集団

今が一番旬の漫画である鬼滅の刃を何故引き伸ばさない?

ただ連載しているだけでジャンプ単行本も売れる金の成る木を何故みすみす手放す?

このまま続けておけば新しい柱として君臨しえたのだぞ?

ジャンプ再興のきっかけとなり得る逸材だったのだぞ?

それをお前らは何故あっさりと見逃す?


最後最後、薬でラスボスを仕留める流れ

それをほんの少し変えれば良いだけではないか

鬼舞辻無惨はあと僅かの所で逃げ去り衰えつつも脅威を向ける

壊滅した鬼殺隊と柱は今度こそ逃すまいと特訓を積む

その中で新しい日輪刀なり新しく柱になったものなり新展開が描けるではないか

そして最後最後、成長した鬼殺隊が協力し、ヒノカミ神楽でついに打ち倒す

その様な二部構成にすれば良いではないか

さしたる手間ではあるまい

だというのに、何故その様な形をとらない?


何も漫画の話だけではない

メディアミックスについてもまだ戦う余地はあるだろう

既に手を出したアニメや番外編は勿論のこと

アプリソシャゲコラボドラマCD劇場版、果ては実写化の道もある

なのにそれらを向かえる用意もせず何故ただ一人生き急ごうとする?


今の展開で終わらせる覚悟があったとしよう

それでも現代編への突入がある

闘いばかりで疲れたろう、もう少しぬるま湯につかり

誰も傷つかず誰も死なない、ただ穏やかな時の流れる学園編を本誌でも書けば良いではないか

かつて火の丸相撲、天下の刃皇でも辿り着けなかった日常

そして僕勉の者々が享受している延長戦

数多の作家どもなら喜んで飛びつく垂涎ものだと言うのに

何故それすらせずに、話を畳もうとする?


思えば前提からおかしいのだ

天下の週刊少年ジャンプで一線級を貼った安寧の地位

それを放棄し次の連載に生き急ぐ必要など本来はないはずなのだ

己が能力を見出せず打ち切られてゆく者

己の衰えに呑まれテコ入れに頼り破滅する者

そういったものとお前は違う、確かな才能があるのだぞ

なら何故その才能をもっと活用しない?

これまで私の前に現れたヒット作家はいずれも生に執着した

引き延ばし、もがき、拘泥し、他紙に移籍してもなお打ち切り抗うもの殆どだった

それを不意にして、全てを捨てるというのか

己の中の、仲間の持つ次なる希望に託すというのか

実におこがましい、その為に生命を投げ打つなど到底考えられない

私には到底耐えられない、あまりに狂おしい思考


それを叶えられたのは何故か?


ひとえに週刊少年ジャンプ編集部が、異常者の集まりから

2020-05-18

鬼滅を引き伸ばさな編集部は異常者

今が一番旬の漫画である鬼滅の刃を何故引き伸ばさない?

ただ連載しているだけでジャンプ単行本も売れる金の成る木を何故みすみす手放す?

このまま続けておけば新しい柱として君臨しえたのだぞ?

ジャンプ再興のきっかけとなり得る逸材だったのだぞ?

それをお前らは何故あっさりと見逃す?


最後最後、薬でラスボスを仕留める流れ

それをほんの少し変えれば良いだけではないか

鬼舞辻無惨はあと僅かの所で逃げ去り衰えつつも脅威を向ける

壊滅した鬼殺隊と柱は今度こそ逃すまいと特訓を積む

その中で新しい日輪刀なり新しく柱になったものなり新展開が描けるではないか

そして最後最後、成長した鬼殺隊が協力し、ヒノカミ神楽でついに打ち倒す

その様な二部構成にすれば良いではないか

さしたる手間ではあるまい

だというのに、何故その様な形をとらない?


何も漫画の話だけではない

メディアミックスについてもまだ戦う余地はあるだろう

既に手を出したアニメや番外編は勿論のこと

アプリソシャゲコラボドラマCD劇場版、果ては実写化の道もある

なのにそれらを向かえる用意もせず何故ただ一人生き急ごうとする?


今の展開で終わらせる覚悟があったとしよう

それでも現代編への突入がある

闘いばかりで疲れたろう、もう少しぬるま湯につかり

誰も傷つかず誰も死なない、ただ穏やかな時の流れる学園編を本誌でも書けば良いではないか

かつて火の丸相撲、天下の刃皇でも辿り着けなかった日常

そして僕勉の者々が享受している延長戦

数多の作家どもなら喜んで飛びつく垂涎ものだと言うのに

何故それすらせずに、話を畳もうとする?


思えば前提からおかしいのだ

天下の週刊少年ジャンプで一線級を貼った安寧の地位

それを放棄し次の連載に生き急ぐ必要など本来はないはずなのだ

己が能力を見出せず打ち切られてゆく者

己の衰えに呑まれテコ入れに頼り破滅する者

そういったものとお前は違う、確かな才能があるのだぞ

なら何故その才能をもっと活用しない?

これまで私の前に現れたヒット作家はいずれも生に執着した

引き延ばし、もがき、拘泥し、他紙に移籍してもなお打ち切り抗うもの殆どだった

それを不意にして、全てを捨てるというのか

己の中の、仲間の持つ次なる希望に託すというのか

実におこがましい、その為に生命を投げ打つなど到底考えられない

私には到底耐えられない、あまりに狂おしい思考


それを叶えられたのは何故か?


ひとえに週刊少年ジャンプ編集部が、異常者の集まりから

2020-05-17

安倍首相がんばってください

4期目はないと自ら言っているので続投はないのでしょうが、引き続き頑張ってください。

番組SNSでは叩く声も目立つようになってきましたが、支持率調査では40%付近を維持できています

打ち首にせよ!的な過激な一部の声が大きいだけで、今のところ大勢に影響はないようで何よりです。

者ども総じて浮動票を獲得しようと印象付けをしているため、それを不安視した擁護の声も大きくなり、

よりネット内が怒りで満ち満ちているように感じます

リモートワークになったこともあり、世間リアルな声を耳にする機会が減りました。

安部首相政府自民党について、これまでリアル居酒屋政治談議も含め口にしたことはありません。

打診程度の狙いで職場の同僚と話をしたこともありません。

製造業など日本を支える産業の分野では民主党時代に比べ格段に好況になっていますので

造語ではありますアベノミクス恩恵享受し、年収生活レベルとも向上していますあくま私事ですが。

機会さえあれば、この7年間の安定した生活向上について、同様の想いをもつ人々と談義したいところです。

が、風潮的になかなか政治の話を市中ですることがはばからます

欲張りなひとが増えたのでしょうか。コロナ封じ込めと経済対策を同時に行うことはできません。

しかたなく、一部の批判を受けながらも、順々に対策対応をしていくしかないということをわかっている人はわかっています

いつも完璧対応ばかりではありませんが、及第点を取り続けることは素晴らしいと思います

2020-05-13

anond:20200513134414

うんだから、カッコ内が本質なんじゃない?

そういう交流の楽しみをする、できやすくなった、という意味で、まさに過去よりも進歩していると考えるべきなのでは。

そして俺やお前は進歩享受してないから今の良さが判りにくい。

2020-05-06

演劇業界は、今こそVR演劇を作るべきである

演劇業界は、今こそVR演劇を作るべきである

シルク・ド・ソレイユYouTube配信している180°VRの”ImmerCirque” ( https://www.youtube.com/results?search_query=%23ImmerCirque ) は、演劇業界の人々は見るべき価値のあるシリーズで、これをOculus Goで視聴した時は、正直演劇における革新だと思った。画質はまだクリアとは言えないが、それでもあれは十分に、間違いなく「演劇を観てる」体験であった。舞台中継を通じたTVによる視聴で確かに演劇を見ることはできる。しかし、それは行為のものが「舞台を観る」からTVを観る」に変異してしまっているため、演劇鑑賞とは極めて縁遠いものだと思う。だがVRによる観劇はそれが少しも変異しないと感じた。つまり演劇演劇のままとしてVRゴーグルで観ることができたのだった。演劇とは「その場でドラマを観賞する」体験のものが売りであり、観客はそこに対価を支払うことから、その体験をそのまま提供できなければ演劇あるいは観劇とは言えない。よって2D映像配信演劇のものではない。だが、VR演劇は、間違いなく演劇体験だった。

これは演劇革新だと思う。なぜなら、VR演劇世界で初めて流通可能演劇」を誕生させる可能性があるからである劇場に閉じ込められていた演劇VR演劇としてネット配信し、それによって対価を得られるようになれば、観客数は劇場の客席数×公演回数に限定されなくなり、また公演期間にも限定されることなく、作品が恒久的にお金を稼ぎ続けることができる資産価値を持つようになる。これまでの演劇の最大の弱点は、劇場しか客に対して作品提供できず対価を得られなかったことだけでなく、製作した作品が公演期間を終了すると同時にその資産価値実質的消滅するところにあった。映像などの媒体に転換することで一部の価値保全できうるが、舞台作品実体としては確実に消滅し、そして再現不能である。これが演劇経済的に不利な立ち位置にある最大の理由である。「後世に残る作品を作りたい」と演出家が言ったところで、それはそもそも残らないしお金も稼いでくれないのが演劇本質であった。しかVR演劇なら、空間のものを記録・再生できる特性から、それが可能になる。

流通可能VR演劇によって、観客は過去作品にも自由アクセスできるにようなり、いわゆる「伝説の公演」、それを観たものけがその価値享受特別存在でいられるような、極めて優れた作品群も体験できるようになる。そしてここが重要だが、外国語字幕を付けることで海外の観客を新たに獲得することも可能となるだろう。これまで、舞台における字幕プロニアム型の劇場ではプロニアム・アーチ外縁の上部や左右、または舞台の上部に吊ったスクリーンなどに表示していたが、実に見づらい上に公演回ごとに微妙に変化する台詞回しのスピードに同期しないケースがあり、正直使える印象は皆無であったが、VR演劇なら見やす位置に配置し、台詞回しと同期でき、そしてあらゆる言語を表示可能になる。またこれによって、耳が不自由な観客にも演劇を届けることができるようにもなるし、さらには演劇初の「吹き替え版」を作ることもできるだろう。

また演劇が持つ基本的舞台表現の幅も無限に広がるだろう。つまりVR演劇では舞台は必ずしも劇場である必要はなく、ビル住宅などの一室や、ショッピングモール海辺、森の中など、使用可能なあらゆる場所舞台とすることもできるようになる。過去にあった、アパートの一室で押入れを客席にしたような演劇とか、KAKUTAがやった遊園地を丸ごと使った同時多発演劇、またかつての維新派のようなだだっ広いグランド演劇などが、より低コスト自由製作でき、あらゆる人々に配信できるようになる。そしてそれらの空間使用したドラマ演出は、舞台演出家こそができる技術であるVR演劇以降は、舞台演出家VR演劇演出家として新しい活動の場を獲得できると思う。

最後に、もちろんこれらのことは全て演劇に新たなお金をもたらすだろう。日々の稽古と並行して別の職の仕事をし、その上チケットノルマも課されるような、今で言えば真っ黒もいいところのブラック労働であったものが、VR演劇が恒久的に稼ぐ売上によって浄化され、大きな産業として成長するだろう。演劇補助金が不可欠とか言う必要もなくなるし、日本演劇の諸悪の根元であるチケットノルマも葬り去ることができる。また、これまで舞台の規模として商業的には全く成り立たないが、しかしながら極めて価値の高い優れた作品についても、きちんとお金を稼ぎ、演出家俳優達は新たな作品制作に集中できるようになるだろう。

このVRによる演劇革新によって、演劇を楽しむ観客人口の桁が2つか3つ増えれば、社会における日本演劇重要性も変わるだろうし、いわゆる必要不可欠な文化としての立ち位置を獲得できるのではないかと思う。それを得られないうちは永遠に義務教育科目に「美術」「音楽」はあっても「演劇」はないだろうし、補助金くれくれ言い続けるしかないだろう。

2020-05-05

anond:20200505111628

アメリカはわかるが、中国が生み出した文化て何?

皆、そんなに中国文化享受してんの?

日本にはもう文化は贅沢なんだと思う

演劇業界死ぬほど叩かれてるけど、これってそもそもコロナ関係なく、経済人口も衰退の一途をたどる日本にはもう「文化」と呼ばれるものは贅沢な時代突入していて、そんな中で「文化がある国が当然」みたいな態度で発言たからここまで叩かれたんじゃないかなと思っている。

Jリーグを国が支援という話も出ているが、そもそもサッカーという文化を自ら運営する権利があるのは経済的に余裕のある先進国だけであって、日本は今やその権利を維持できるような国ではなくなってるって話だと思うんだよね。アニメだってそう。アニメーターが安い給与で買い叩かれるのも、アニメーターをきちんとした給与で雇うだけの経済的な余裕がないのが根本問題。最早文化を維持するだけの余裕はこの国にはないんだから、そろそろ「文化を生み出すことを諦める」というフェーズに移行していくべきだと思う。

世界の大多数の国は、自ら文化を生み出し、運営することはそもそもできていなくて、アメリカ中国が作り出す文化享受しているだけ。これがお金のない国の姿。第二次世界大戦後に生まれた余裕のある時代の幻影にすがってないで、そろそろ身の丈にあった文化への向き合い方を模索した方がいい。

風俗嬢カツオの刺し身は地続き。線引きの問題

最近、「風俗落ちを望む態度を非難しつつ、不況のために起きたカツオの安売りを喜ぶのはダブルスタンダードではないのか」という議論が盛んだ。

両者の差異議論され、それが態度を変えてよい程度の差異であるかどうかが語られている。

私は、「現在では、風俗落ちを喜ぶことは許容されないが安売りを喜ぶことは許容されている」と考えている。

これは、両者の差異を鑑みた答えではない。悪から距離の差を基にした答えである。そして、いつかは安売りを享受することも許容されない時代が来るとも考えている。

悪に対する答えは時代と共に変わる。

かつて、人の裸を公共電波に流すことは許容されていた。

かつて、性的ジョーク飲み会披露することは許容されていた。

かつて、セクハラは許容されていた。

現在性的感情喚起する絵を広告に用いることの是非が話題になっている。

かつて、生まれの違う人間を同等に扱わないことは許容されていた。

かつて、遠くの土地で生まれ人間奴隷とすることは許容されていた。

かつて、性別の違いで職を分けることは許容されていた。

現在も、賃金格差を利用した国際分業は許容されている。

我々は、悪と合意できた行いを順次禁止してきたのだ。原初時代から禁止していたわけでもなければ、忌避していたわけでもない。

我々に出来るのは、「どこまで許容できるのか」という合意だけだ。

悪かどうかを判断する時に、矛盾類似性から結論を出すことは出来ない。

少なくとも、人間資産能力を通常よりも安く買うことは許容されている。

安くなった株や不動産を買うことは許容されている。

倒産した企業備品安く買うことも許容されている。

客が消え、弁当を売らざるを得なくなった飲食店存在も許容されている。

刺し身が安く買えることは歓迎されていた。

フェアトレードは未だ普及していない。

生活のために、したくもない仕事をしている人間などありふれている。

では、風俗嬢を買うことは許されるのか。

全て地続きの問題だ。

強制されたわけではないが、積極的従事したいわけでもないセックスワーカーは増えても良い存在なのか。

存在を許さないという価値観は、従事者への冒涜とはならないのか。

冒涜してでも訴えるほどの価値は何なのか

買い手と売り手という差異理由に異なる価値観を作ることは出来ない。買い手の態度も問題ではない。類似性理由を求めても先に進まない。

2020年5月の現時点で、どこまでが許容されるのか、その線引きを語るのが肝心だ

2020-05-03

自分仕事の意義を見失った

なんとなく溜め込んでいるものを、どこか吐き出したくなり書いてみる。

自分IT企業に勤めているアラサー男子である

今は一人暮らしで、都内に住んでいる。

うちの会社コロナが本格化するちょっとからフルリモート化が進み、無理に出社させないようないわゆる良い会社である

自社の領域としても、今回のコロナで悪い影響はでにくいところで、正直業績的な危うさは比較的小さい。

リモートが始まったとき会社雰囲気としても、「仕事用に椅子買っちゃった」とか「リモート飲みはXXすると楽しい」とかが話題になるように明るかった。

自分ニュース流れる不景気ニュース自分の肌で実感することができず、ちょっとした異常事態をどこか面白がってしまっていた。

しかし、そんな世の中は驚くべき速度で変わってしまった。

パンデミックが本格化し、世間はいつの間にか完全に自粛ムードになった。

自分の街にもその影響が出始め、よく行っていたラーメン屋も潰れた。

そう、これは本当に異常事態なんだと実感せざるを得なくなったのだ。



そんな中、4月自分部署異動があった。

しかし、ここで自分が上手く新しい部署適応できていない。

新しい部署メンバー関係性築けないまま、リモート勤務でコミュニケーションが上手くいかなった。

また、新しいタスクもきれにこなせず、色々なものが空回りするようになってしまった。

成果を求められ、それを達成するために尽力しいてるが、上手くいかず。

正直けっこう精神的苦しい。

(人とのコミュニケーションで上手くいかないのは単に上手くタスクを進められない以上の精神負荷がかかる)

その上、自粛で上手く発散ができないまま、淡々ストレスが積み上がっていく。

嫌いではなかった(むしろ好きだった)仕事が嫌になり、月曜を迎えるのがどうしようもなく憂鬱になってきた。

「ああ、このままじゃだめだな、きちんと成果出さないと」と思いつつ、

ふとこんなことも考えてしまうのである

「これは何のための仕事なのか」

世の中の多くの企業飲食店倒産がかかっている中で、頭を本当に悩ませ乗り越えようとしている。

医療関係者は本当に自身生命リスクももった上で懸命に戦ってくれている。

物流エッセンシャル仕事も世の中のために、日々サービス提供をしてくれている。

それなのに、自分はなんだ。

感染リスクや、収入がなくなる危険も負っているわけでもない。

コロナとは全く関係のない、単なる自社サービスの成長を目標にした仕事をしているだけである

「それなのに精神的につらい?

え、それは何のためなの?

なんでこんなときに、そんなことで精神的に辛くなってんの?

は?」

自分自分仕事の意義を突然見いだせなくなってしまった。

この世の中の状況で、お金が本当になかったり、日々リスクのもと感染者の方の治療にあたっている人たちが苦しい中戦っているというのに、自分の今の状況で大したリスクにもさらされていない。

その状況下で、コロナとはおおよそ関係のない仕事で辛くなってしまうのが、情けなかった。

そしてどうしようもなく、申し訳なくなってしまった。

もっと本当に苦しんでいる人もいる中で、こんなことで苦しがってしまっているのがただただ申し訳なく感じられるようになった。



街に買い物にいく度に感じることがある。

今、街の労働のすべてが尊く感じられるのだ。

飲食店テイクアウト料理を作っている人、スーパーレジをしている人、ウーバーイーツの配達員ゴミの清掃、荷物カゴを自転車で引く物流業者

みんなすごく輝いて見えるのだ。

彼ら彼女らの経済状況や、勤務に伴う感染リスクを軽視するわけでは決してない。

(ほとんどの人はやらなくて済むならやらないのだろう)

だが、自分は今、彼ら彼女らがとてもうらやましく思えてしまうのだ。

目の前の生活のためのものを買い求めたりする人々に対して、実際に自分労働を直接的役立てることができる。

(大げさではあるだろうが)人々の生活のために、今自分身体活用できる。

このことが今自分の中でものすごく尊く感じられるとともに、なぜこんなシンプルなことを自分が今できていないのだろうかと思ってしまう。

そして何らな今、感じるべき苦痛、苦労を感じることができることすら羨ましく思ってしまう。

この状況で享受すべき苦しみを享受できていないのが、どこか置いてけぼりを食らってしまっているようにすら思えるのだ。

(なんて失礼な話だ。)



ニュースメディアでは頭の良い人たちが色々な観点からアフターコロナウィズコロナといろいろ話している。

正直、この世の中が今後どうなるかなんて自分には全くわからないし、考えようとする気も起きていない。

ただ、これを機に自分の中の価値観というか労働観というのは変わる気がする。(もう変わったのだろうか。)

このように感じているのは自分くらいなものなのだろうか?

なんか仕事上手くいってなくて疲れているだけといったら、案外そうなのかもしれないな。

風俗嬢カツオの刺し身の違いを考えた

https://anond.hatelabo.jp/20200503121929

 

まず、ブクマには「風俗嬢は人で、カツオは人じゃない」みたいなコメントがある。直感的には揚げ足取りしか見えないが、とは言え直感で物を言ってもしかたないので、とりあえず両者の構図を比較してみよう。

カツオの話も風俗嬢の話も、「新型コロナウイルスの影響により、同じ対価でのサービスハイレベルになる」という点で共通している。その上で、サービスに着目して構図を比較すると下記のようになるのではないか

まり元増田カツオ風俗嬢を同列に並べてしまったがために誤読を生んでしまっているが、この議論においてカツオ風俗嬢比較対象ではない。

それで、新型コロナウイルスの影響でサービス主体がどのように変わるかを考えると、

となる。カツオに関しては<サービス>が変わっているのに対し、風俗嬢については<サービスを生み出す主体>が変わっており、この点において構図が異なる。

 

それでは、風俗嬢の話に怒りカツオの話に喜ぶのはダブルスタンダードではない、と言い切れるかというと、そうも言えない。

元増田の言いたいことは、要は下記の一文だろう。

自分利益のために人の不幸を期待しているのは風俗嬢に対してもカツオに対しても同じなのでは?

まり、「<サービスを生み出す主体>が不幸になり、その不幸によってもたらされる利益享受する」ことに対する態度を問うている。

からダブルスタンダードと言われたくないのであれば、「望まずに性的サービスをする状況は問題だと思うが、第一次産業での需給バランスが崩れて経済損失を被る人がいることに関しては何とも思わない」という限定的な態度が必要になる。

一方、単に、「人の不幸を望むのは許せない」「新型コロナウイルス経済的に苦しくなった人に付け込むような話は許せない」といったような、より一般的レベル風俗嬢の話に怒っていた人は、仮に同時にカツオの話で喜んでいたとすれば、ダブルスタンダードの謗りを免れないだろう。当人は無邪気にカツオ刺身の量が増えているのを喜んだだけなのかもしれないが、しかし、無邪気だったのは、風俗嬢発言をしたお笑い芸人も同じだ。

anond:20200503121929

しかし、これは漁師、卸業、飲食店で働く人たちの不幸を自分利益として享受していることにならないのか?

こいつらカツオを捕まえてきて売るポジションであって、風俗でいうところの風俗経営者スカウトに相当するだろ。

直接消費されるカツオ風俗嬢とで区別がつかないというのであれば、憲法カツオ人権を認めさせるような活動でもすればいいんじゃない

それくらい頓珍漢。

風俗嬢カツオの刺し身の違いを論理的説明して

ちょっと前にこんな記事がバズった。

コロナの影響でスーパーで買うカツオ刺身が美味すぎる。」

https://note.com/suzukimakoto/n/nbf2bad91eca2

内容を抜粋する。

「外出の自粛リモートワークの推奨などでそもそも飲食店の客足が減っていたところに、緊急事態宣言が出て飲食店は休業を迫られたり夜の営業を控えるように言われたりしています

そこで、大きなカツオに対する飲食店需要が少なくなり、大きなカツオの単価が下がっているのです。」

「私の漁業者支援することを仕事にしており、カツオ一本釣り漁師さんたちともお付き合いがあるので、この状況だとかなり厳しいよな~と心配になっています

ですが、消費者のみなさんにとっては、普段はお寿司屋さんに行かないと食べられないような美味しいカツオスーパーで買えるチャンスです!」

はてブでは2200以上のブックマークが付き、ほとんどが有益情報だと大絶賛。実際に探しに行って買ってきた人のコメントもある。

しかし、これは漁師、卸業、飲食店で働く人たちの不幸を自分利益として享受していることにならないのか?

金銭的に行き詰まった女性風俗店で働くのを舌なめずりして待っているのは、スーパーで四角いカツオを熱心に探しているお前達と一緒ではないのか?

自分たちがスーパーで買うことで漁師に貢献しているだろ。と言う人もいるかもしれないが、じゃ四角とか三角にこだわらず買えと思うし、風俗店に通う男たちも女性たちに貢献している。

性的搾取嫌悪されるが、自分利益となる搾取には寛容になるのはなぜか?

芸能人公共電波で言ったからとか岡村隆史性格うんぬんとかは論点ではなく、自分利益のために人の不幸を期待しているのは風俗嬢に対してもカツオに対しても同じなのでは?

違うと言うのなら論理的説明してほしい。

カツオ記事を絶賛して、岡村隆史を叩いているダブルスタンダードアカウントを調べようかと思ったが数が多すぎて面倒なのでやめた。

2020-05-01

anond:20200413002154

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