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はてなキーワード: 卑怯とは

2019-05-24

anond:20190523212147

ごめん、後から統計限定してくるお前は卑怯だし、答えてませんよね。

2019-05-23

おっさんすぐ怒鳴るから嫌い

本能的なものだと思うけど、怒鳴れたら萎縮してしまう。言い返せもしない。体格にも筋力にも声量にさえそんなおっさんに負けてしまう。それでもお互いに同じ人間同士として、他者尊重し合い、対話によって理解し合うのが人間なのではないか

対話強制的シャットアウトして、怒鳴り散らすおっさん卑怯だ。声を荒げるのは愚かで野蛮だ。猿と一緒だ。一刻も早く死んで欲しい。

2019-05-22

幼女を見殺しにした

自転車スーパーに買い物に行く途中、自転車に乗った小学生女児とすれ違った

通り過ぎた数秒後、背後でどんがらがっしゃーんと大きな音がして

女児自転車コケたようだが、いっさい無視して走り去った

(泣きだす声は聞かなかった、よって大したケガはしてないと判断した)

【以下言い訳

0.女児コケたのは俺とすれ違った後、俺のせいではない

 道幅は充分に広く、すれ違った瞬間は何も問題なかった

 女児が無理に俺をよけようとした結果コケたとは考えられない

1.ここで女児に「大丈夫?」と言って駆け寄れば

 無関係第三者に俺のせいでコケたと思われかねない

2.さら無関係第三者から

 女児いかがわしい意図を持ったロリコン犯罪者だと思われかねない

3.あるいは無関係第三者から

 女児ええかっこしい所を見せるためにわざとやっていると思われかねない

4.仮に「大丈夫?」と言って駆けっても何ができたというのか

 何か女児とその親に感謝されるようなことができる可能性は0.000001%もない

5.もし俺がキモい中年おっさんではなくJKであれば

 間違いなく「大丈夫?」と言って駆け寄っていた

6.べつに俺がJKでなくても生物学的な性別が女ならそうしてた

7.ところがキモい中年おっさん女児に駆け寄ると

 事情に関わらずロリコン犯罪者に誤解されるリスクがある

8.俺は悪くない宮崎勤が全部悪い

 もし宮崎勤という男が逮捕されて有名になっていなければ

 一般人の多数はこの世にロリコン凶悪犯罪者なるもの存在するなどと

 認知することもなく、そのような存在に警戒することもないはずだから

9.宮崎勤が憎い!憎い!憎い!(でもとっくに死刑になってる)

――じつは、丸一年ほど前、ほとんどそっくりシチュエーション

目の前で自転車に乗っていた男子小学生コケて膝をすりむいたので

たまたま持っていた絆創膏を貼ってやったことがある

なんで男女差別するんだよ? と思い切り怒られそうだが

このときは通り過ぎた後ではなく目の前だったし

俺のせいでコケたのではないのは誰の目にも明白

しかも俺とはまた別の親切なおっさん

手持ちのウェットティッシュ男児の傷口を拭いてやった

何より、ショタ少年愛変態犯罪者ならば

ロリコンよりも格段に一般人の間では認知度が低い

中年男が(絆創膏を貼るため)ケガした男児の足に触っても不審がる人は少ない

が、女児相手だとケガを口実に変態ロリコン行為をやってると誤解されかねない

逆に、成人女性治療理由男児の足に触っても不審がる人は少ないだろう

成人女性ショタ好き変態犯罪者もきわめてごくまれ存在するが

成人男性ロリコンより格段に少ないし世間認知度も低いだろう

くり返す、ケガしたかも知れない女児を見殺しにしたのは俺のせいじゃない

宮崎勤が悪い、宮崎勤が全部悪い(でもとっくに死刑になってる)

残念ながら俺はロリコン変態犯罪者に間違われても

女児を助けて治療するなんてかっこよすぎるヒーローキャラではないんだ

あー畜生、なんで俺生物学的な身体が男なんだろ

俺のゴミ野郎、俺のクズ、俺の卑怯者、俺なんかうんこ野郎

2019-05-21

説教したらセクハラ冤罪着せられた

Aさんは26歳で脱ニートして今年入社してきたばかりの新人

私が婚活中で結婚相手20代なら専業主婦でもよいし家事は手伝うと話したことで私と結婚したがるようになった。

社内では淡々と接していたが、日々メールのやり取りを重ねて心の距離は縮まっていた。

しかデート当日、急に用事ができたとすっぽかしてきたのだ。

次の約束を取り付けようとしたらなぜか話が変わって私が怖いから会いたくないということにされた。

人のせいにするのはよくない、正直に話しなさい、卑怯な真似はやめなさいと説教したが反抗的な態度を取られたので、こちらもムキになってしまい仲直りできないままでいた。

数日後、上司からのしたことはセクハラに当たると注意を受けた。

なぜか関係のないメールセクハラ証拠として偽られてしまった。

恋人とは手を繋いだり腕組んだりしてみたいな。Aさんも同じだと嬉しいんだけど」

えっちな本やDVDたくさん持ってる男ってどう思う?捨ててほしい?」

「Aさん身長低くて撫でやす位置に頭あるね。撫でられるの好きなの?」

「痩せてるけど体重キロ?」

まてまて。結婚することになるわけだから、一応どんな付き合い方をしたいか確認しただけだ。

体重子供産む上で低体重はあまりよくないと聞いたか確認したのであって他意はない。

ところがAさんは私と結婚したがっている、告白はしていないが恋人のよう関係だと話しても、年が一回り以上離れてるのにそんなわけないと信じてもらえない。

今回は注意だけで済んだが、女性の気分次第でクビになる可能性があると考えると恐ろしくてもうこちからは話しかけられなくなってしまった。

Aさんから謝ってくれて関係修復できたとしても、また気分次第で悪者扱いされると思うと怖い。

2019-05-18

anond:20190511182408

これでも「私の少年」はOKなんだろ

皺や臭さを描いていない卑怯作品

10代前半それも同世代女の子モテる上位ランクから見たら恋愛対象では絶対ない

1718なら違うんだろうけどあの雰囲気ではありえないね

anond:20190513121453

こいつは割りときちがいぶりや卑怯さが分かりやすいね

zyzy先生思考自分のなかで回転しすぎてて何言ってるのか・何でそうなるのかわからんコメント多い

2019-05-17

人様のキャラの陰でなんか言う卑怯な腰抜けにはなりたくないもの

2019-05-16

anond:20190516131727

子供に声掛けする事案と一緒で

故意なのか偶然なのか判断しずらいところから始めて、相手が強固に抗議してこない場合は次の性的接触に移行する

徐々にレベルを上げて言って最終的にレイプが起きる

ちょっとのことでもセクハラと言われてもう何も言えないとかフザケル男がいるけど準備段階なんだな

ヤンキーでもとりあえず話しかけたり目を合わせて戦闘力判断してから脅迫する

ちらっとすら顔を見ずいきなり後ろから殴るDQNはいない

相手わずかな接触自分意識過剰だと自分で罪悪感を持ってしまう子を注意深く選んでいる卑怯者男をつるせと言ってるだけ

2019-05-14

増田リスト

・うんち増田

うんちとだけトラバする糞増田筆頭

  

・しゃぶれよ増田

しゃぶれよとだけトラバする糞増田

  

パンティ増田

パンティーとだけトラバする糞増田

  

・スペース増田

全角スペースで文字を区切ったトラバをするが

すぐに削除する糞で卑怯増田

  

・三大~増田

三大~あと一つは?とトラバ乞食する糞増田

  

死にたい増田

死にたいとだけ書く糞増田

anond:20190514155831

散々ブサイクだのなんだの人を貶しておいて、自分への攻撃は「そういうところやぞ」と予防線

卑怯者のやり方やね。

2019-05-12

anond:20190512232031

反論してる人たちの言ってることは正しいと思う。というか私自身も最初に同じことを考えた。

でも、そもそも「そういう話はしてない」感もある。言葉尻を捉えて揚げ足とってるだけ、というか。

要するに「自分の中に本当に差別心がないのか胸に手を当てて考えてみろ」と言ってるだけでしょ?「どれが差別でどれが差別じゃないか」って話にすり替えるのは卑怯だと思った。

2019-05-11

食欲と睡眠欲と性欲に襲われている

三つ同時とか卑怯だろ

2019-05-10

anond:20190510234849

じゃあその実力こうしとやらを屏風ry

データもない妄想だったことを直視せず逃げ回ってる卑怯者じゃん

そういうバカももっとわかりやすくいうと

フェミ強迫神経症現実世界漫画家書店迷惑かけないとこで勝手に一人エコチャンバーしてて」

anond:20190510232129

母親に言えもしない恥をフェミ相手になら何百回でもくりかえす卑怯者がなんかいっとるの?

anond:20190426211521

この記事に関する限り脱字はなさそう。だが、誤字誤変換に加えて衍字がある。認知の歪みも激しい。

「当事の私」

→当時の私

「でてくることよくあることだ」

→でてくることはよくあることだ、が正しい。「こと」を二度使う必要はないから「でてくることはよくある」でいい。

「指摘してくる人にもその人以外には」

→指摘してくる人もその人以外には、が正しい。「人」を二度使う必要はないから「指摘してくるのもその人以外には」でいい。

「心がざらついた」

→「ざわついた」の間違いではないか

「まぁお察しとの通り」

→まぁお察しの通り

以下は誤字の指摘ではなく、記述内容に対する突っ込みである

「どうにもできない現状に指摘がくるというのは」

ウェブに正誤表を出せばいい。「どうにもできない」わけではない。

「誤字脱字誤変換の無い完璧な本が欲しいなら」

⇒誰もそんなことは言っていないだろう。「完璧じゃないなら本を出すな」ともAさんは言っていない。藁人形論法になってしまっている。Aさんは、あなたの誤字だらけの「作品」をせっせと買って読んでくれているじゃないか

「誤字脱字誤変換は多かれ少なかれあるもんだよ」

⇒だからこそ減らすべきものである。「多かれ少なかれあるもんだから気にすんな」と言いたいのかもしれないが、本を出して売る立場からそれを主張するのは我田引水で図々しすぎる。本を買って読む側が言うならまだしも。

「筆を折りたい字書きがいたら誤字脱字報告新刊のたびに毎回すると心を折ることができるかもね」

⇒元はと言えば、作者が誤字脱字をしなければいいだけの話である。また「筆を折る」というのは「文筆活動をやめる。筆を断つ」という自動詞的な表現だ。他人の文筆活動をやめさせる、の意味なら「筆を折ってやりたい」などの表現に置き換えるのがよい。「誤字脱字報告新刊のたびに毎回すると」も語順おかしく「新刊のたびに誤字脱字を報告すると」のほうがいい。

「逆にすごくないか?」

⇒「逆に」の使い方がおかしい。Aさんの注意力は「逆」でも何でもなく、普通にすごい。賞賛に値する。たぶんプロ校正者として報酬を取れるぐらい。しかしAさんは、その仕事無料でやってくれている。

「本人が希望してない限りは本への誤字脱字誤変換の指摘はやめておくほうが無難だよ」

あなた個人の感じ方や願望を勝手一般化している。そのような社会的合意存在するわけではない。「私が希望してない限りは」と書くのが正確だろう。そしてあなたは「誤字脱字誤変換の指摘はやめてください」という単純な要求をAさんに伝えることができず(なぜならその要求無理筋で見っともないことを内心では知っているから)Aさんと無関係アノニマスダイアリー愚痴をぶちまけ、共感と同情を求め、Aさんから反論が出ないであろう場所でこっそり自己正当化を企てている。実に潔くない、卑怯な態度である

「この文章に誤字脱字誤変換の指摘は一切不要です」

いくら「一切不要」と言っても、自分が書いたもの公表したら他人からあれこれ言われるのは不可避で当然のことである。それは商業出版であろうと同人誌であろうと増田であろうと私信であろうと同じだ。どうやら「私が貰って嬉しいと思うタイプ感想」だけをくれというのがあなた本音のように見える。だとすると極めて虫がいい話で、読者はあなたの自惚れ鏡じゃないんだよ。

2019-05-09

anond:20190509015250

上の人間は、卑怯だけなら手段は問わなかったよ。

底辺から今ほど搾り取ってなかったら、日本の負けっぷりはもっとひどかったと上の人間は思っていたんじゃないだろうか。

実際は違うと思うけど。

2019-05-08

スペース増田 は 卑怯者 逃げるな 卑怯者!

なんでこいつは、いつもいつも投稿したらすぐ消すんだ卑怯者。

逃げてんじゃねえよこの卑怯者。自分は好き勝手言いたい放題言って

消して逃げる卑怯者が。

お前は永世卑怯者だよこの野郎。みんなお前が大嫌いだよスペース増田

卑怯者って言われたくないなら消すなよこの卑怯!!!

ジョジョ好きとか今更お前ら卑怯だぞ

20年くらい前にワイがおもろいでって言ったら気持ち悪い漫画読むとか気持ち悪いって叩かれたんやで!!!

なんなんやお前らはって思うで。

ペドオタクからネトウヨ卒業した

高校生のころネトウヨだった。そしてその当時も、今も、僕はペドフィリアオタクだ。

ネトウヨになったのは韓国について悪し様に書かれた文書を読んだことがきっかけだった。今にして思えば何故あんもの鵜呑みにしてしまったのか不思議なのだが、はじめてネットに触れるようになった時期で、身も蓋もない言い方をすればネットリテラシーに欠けたからだろう。

韓国卑怯卑劣寄生虫だと信じ込んでいた。韓国だけでなく、同様に糾弾されていた野党朝日新聞も当時の僕にとっては悪だった。―こう書いていて思うのが、その当時と今とで10年以上たっているのに、その間は決して平穏ではなく、寧ろ激動の時代であったと言っても良いのに、ネット上のこのような言説は変わらないということだ。変わらないからこそ、今ではもはや怨念のように凝り固まっているのだろうか

さて、高校生の時分に政治世界情勢のことなど分かるはずもなく、当時の関心は専ら自分権利が守られるかどうかだった。権利ーこの場合自分の好きな漫画アニメゲーム等だ。

今でこそ折り合うことができているが、当時は本気でオタクであることを恥じ、ペドフィリアであることに罪悪感を抱いていた。そのように自分属性に悩んでいた一方で、いや、悩んでいたからこそ、オタクでありペドフィリアであることこそが、自分の唯一のアイデンティティーであるように思われた。失笑されるかもしれないが、僕のような反社会的人格は少数派なのだ。そのことで権利を主張しようとは思わないが、自分特殊なのだと意固地にならざるをえない。

とにかくペドフィリアオタクである僕にとって、その手の作品は生きる上での友であり、それを侵害するものは敵だった。

そしてその当時敵だと思っていたのが、いわゆる「左翼」だった。

左翼」は声高に人権を守れと言う。その人権非実在存在にまで適用し、僕の権利侵害しようとしているー思い返すだけで頭が痛くなってくるので、当時の愚かな思考を正しく説明することは難しいが、確かそのようなことを考えていた。

愚かなことだ。人権があるからこそ創作作品を楽しむこともできるのに。しか保坂氏や枝野氏など、「左翼」こそが表現の自由を守ってくれていたのに。

いや、薄々とは気づいていたようにも思う。だからこそ、当時でさえ保坂枝野氏などには悪感情は持たなかった。「左翼」だが味方でもある、そう思っていたか

実際自分子供のころから千葉ロッテマリーンズファンなのだダブルスタンダードまれり。

結局自分にとっては国よりも自分の好きなものこそ重要だったのだろう。そしてそれ故にネトウヨ卒業することができた。

ネトウヨを辞めるきっかけとなったのは、浪人生のころ、2ch掲示板で、「ロリコン在日」とか、そういった類の書き込みを見たことだった。拍子抜けと感じるだろうが、僕はその程度のことでネトウヨに冷めてしまった。

自分が少数派である自覚はあった。それでも、同胞である日本人なら受け入れてくれると思っていた。なのに、結局ここでも切り捨てられるのだーそう思った。

いったん冷めてしまうと、ネトウヨの嫌なところばかり目に付くようになった。少しの瑕疵があれば昨日の仲間を今日は敵認定する。高尚な正義感を気取りながらやっていることは荒らしデマロッテスレコピペ爆撃する。とことん醜悪だと思えた。

右派は冷たくて、けしていざという時に守ってはくれないー余命騒動で明らかだろう。畢竟人間孤独で、国籍が同じだからといって無条件に受け入れられるわけではない。

僕は自分ペドフィリアからこそ、そう気づいた。だが同時にこの人格に意固地になったあまり他者への眼差しを欠いたことが、ネトウヨになる端緒ではなかったか

振り返ってみれば、ネトウヨになったのはネットの影響。ネトウヨを辞めたのもネットきっかけ。なんというか、独り相撲しかない。それまでの人生で、韓国人と会ったこともなかったのに。

韓国人や、「反日」とされる人にも良い人はいる。

近所の焼き肉屋韓国人の従業員はとても気前が良くて、色々とおまけをしてくれる。留学生の李くんも良い奴だった。

朝鮮学校無償化に賛成し、某ネトウヨサイトに「反日大学教授」と名指しされたある教授は、僕が出会った中で最高の人格者だった。先生は、僕なんかの悩みも真剣に聞いてくれ、生きているだけで偉いのだと、度々仰った。そんな先生から子供のことを、生徒のことを第一に考えているからこそ、賛成したのだ。本当の教育者から、賛成したのだ。

それもまた個別経験にすぎないと言われるかもしれない。

だが、愚かな私は、個別経験を積むことすらせず、何もかも知ったつもりになっていた。

ネット上で悪魔化された人々が、血が通い、尊重すべき人間であるーそんな当然のことすら、理解せずに。

ペドフィリアと自認しています性犯罪歴はありません

2019-05-07

交通事故でも思った

リア充弱者甘えるなというだけで自分被害を受けるパターンになると人道がどうのこうのの卑怯

生きて苦しんでほしかった

anond:20190507165549

KKO内弁慶から

リア充に熱湯を浴びせてケロイドにするとかあるいは会談で足を引っかけて一緒松葉づえにするとか

口では勇ましいことは言ってもリアルでは何もできんさ

だって連中はネット弁慶の小心者だから

リアルではトンカチで男の頭を殴るスラできない卑怯

腰抜けだ

KKOは腰抜け

家族連れの父親をトンカチすれば嫁をソープ送りにできてお前らの力で不幸を作れるのに

何もできない腰抜けがKKO

一生奪われ続ける弱者KKO

KKKO=ゴミ

2019-05-06

梅田飛び降り動画を見て

何となくtwitterを開いたら梅田飛び降り自殺動画話題になっていた。

人が死のうとする場面を撮影するなんて非常意識

カメラ回してるやつは人としておかしい!

まあ、正論っちゃ正論なのかもしれないけど、そんなことは現代日本に限られたことじゃない。

昔の戦争中のレ●プ動画なんかがあったり公開処刑に群がっていた人々が居た事実から見るといつの時代好奇心や遊び心でそういった行為に及ぶ人間というのはいもので、SNSという便利なツールがあることで広まりやすくなったというだけに過ぎないと個人的に思う。

所詮歴史上の衝撃的なワンシーンでしかなく、撮影者は貧困集落実態繁華街の闇を探るどこぞのカメラマンなんかと根底は同じでそこには善悪は無いんじゃないかなーなんて考えたり。

また、わざわざGW日中なんて人の多い時間を選んだ彼女を見るとその辺も覚悟の上というかそんな気がしないでもないし、彼女の通う学校から部活動にて不適切指導があったという発表もあって彼女があえて選んだ場所でもあるような。

まあその辺は死人に口なしなの憶測の域から出ることは無いし探偵みたく推理したとこで野暮だなと思いながら書いてるとこもある。

それから、「自殺なんてしなくても・・・」なんて声がこういったニュース毎にあるけれど自殺に良し悪しもないと個人的には思う。

同じ人間とはいえ中身は全く別物であって、私たち彼女の心の内など到底理解できないし、他人から見ていくらでも選択肢があるように思えても彼女にとっての選択肢というのはもう飛び降りる以外になかったんだろうな。

飛び降り理由絶望であれ腹いせであれ、それが彼女が選んだ道なんだと私たち傍観しているしかない。私のように彼女をよく知る身近な人間以外は所詮他人他人事でしかない。

ただ、つい最近まで

「もう消えてしまいたい、この世に存在しなかった者として消えて無くなりたい」

とばかり考えていた私にとっては、未熟で卑怯でどうしようもない私とは違い彼女はとても勇敢で強い人間だったのではと勝手に思っている。

そして、今まさに人生の節目っぽい場所にいる私にとって、生きたい、私はまだまだ生きていたいと強く思わせてくれた。

不謹慎ながら動画を見たことで私のレベルが一段階上がったようにさえ感じるほどに。

多分私もあの動画撮影者と何ら変わりないし、もしかしたらそれ以上に世間的に頭のおかし人間なのかもしれない。

それでも、私はあの動画に何か生きる上でプラスになるものを与えてもらった気がするのだ。

2019-05-05

「妹の姉」がなんだかぞっとする

件の漫画を読んだのが例のバズってる批判ブログ(へのブクマコメント、への当人からの返答)がきっかけだったため、当初から批判よりのバイアスがかかっていることは否めない。

フーン、知らなかったけど読んでみよう。

漫画としてものすごく上手く出来ていて面白い。故に、軋轢を抱えた姉妹芸術へかける熱い思いと家族愛物語として爽やかな青春譚のようにさらりと読まされてしまう。

しかし確かに指摘されている通りだ。問題点ありすぎる。

幸いなことに、『尊い』などと絶賛する声や批判への批判タイムラインには現れないが、無言でながやまこはるちゃんツイートリツイートが流れてくるのを見てはぞっとしてしまう。

この違和感の正体を探るように批判よりのツイートを探してはうんうん、と頷いて安堵感を得ている自分は全くもって卑怯人間だと思う。卑怯が極まって、結局こうして初めて増田に書いていたりするくらいには。

以下、個人的なあれやこれやを書かせてもらう。

考えたままつらつら書いたのでまとまっていないし、ろくに推敲もしていないので読みづらいと思う。

あの物語アウトライン

当人の了承なく作成されたアイコラが校内に貼り出され、無遠慮な性的からかいへの苦痛を訴えるも「芸術から」「妹はあなたを愛しているから」をまるで免罪符か何かのように振りかざされ、訴えを取り下げられる。

苦痛を訴えた当人は自らに課せられた性的幻想を打ち崩すセルフヌード作品アイコラ作者に「勝利」する。

自らを打ち負かした当人ますます心酔するアイコラ作者は当人の断りなく、芸術家でありミューズである彼女のところに押しかける。

なぜなら彼女ミューズを「愛して」いるから。

めでたしめでたし

と、説明することが可能ではないだろうか。

行動だけを取れば狂気の押しかストーカーであるアイコラ作者の暴挙批判されない。

アイコラ作者は彼女の妹であり、妹は姉を愛しているから。

そして姉はセルフヌードで妹を打ち負かしたことにより、芸術と称したアイコラを生み出した「妹」から屈辱を跳ね返し、彼女もまた、妹を心から愛しているのだと証明した(という幻想を抱かれている)から

まれな才能を持ち、嫉妬と羨望で火花を散らし合うライバル同士でありながら、誰よりも身近な存在である姉妹」という関係性、妹から狂気を孕んだ一方的な執着と崇拝。

妹のじっとりとしたまなざしには、うがった目ではなく「性的まなざし」が見受けられる。

美化したなまめかしい体つきで腰をくねらせて悩ましげな表情を見せる幻想の「姉」は妹の性的願望の現れであり、だからこそ、絵を見たもの性的欲望をそこに向ける。

自身性的消費にショックを受けた姉は、身勝手幻想を打ち壊さんとばかりに貧相な胸で股を大きく広げ、好戦的な表情を見せつける自身セルフヌードで妹に勝利する、というクライマックスは冒頭の「自身性的消費」にショックを受けていた彼女が取った行動としては信じられないほど鮮やかで爽快感に溢れている。

からこそ、この作品は魅力的だ。

『消費されることを拒んだ自身の裸体を自ら晒し屈辱を跳ね返す』

並大抵の人間に出来ることではないだろう。

自分の裸を無断で見世物にされて本気で嫌がっていた、自分感覚と近しいものを持った思春期女の子』の物語を読んでいたと思っていたら、彼女超人だったことが明かされ、別々の道を歩むと思っていた芸術家二人は「姉妹から」というある種の血族の呪いにより、べったりと癒着した関係が続くのだと示唆されて物語は終わる。

『素敵なお話』としてうっとりしようにも、あまりに妹の行動、周囲の無邪気さが不快で、それらに対してとった姉の行動、その強靭さは信じがたく、『冷静に考えるとめちゃくちゃ嫌な話なのに物語として綺麗に落ちてるところがすごい』という薄ら寒さを感じた。

not for me.で済む話なのかもしれない。

要は『作者が萌えを貫くためにぶち壊した倫理観価値観キャラクター自分には受け入れがたいもの』なのである

お話からいいじゃない、被害者はどこにもいないんだからで済むと言われればそれまでである

とはいえ、作中の『性的被害を訴えても取り合ってもらえない』『家族愛から、の一言不快なことを受け入れることを強要される』『女体は軽々しく性的消費をしていいものとされている』といった事象はあまり現実世界での出来事と地続きで『理不尽性的消費が受け流されている作品世界気持ち悪い』のだと思う。

それが男性の手によって描かれていることを『社会における無自覚暴力再生産』として取る人がたくさん居たからこそ、『男性に置き換えると物語が成立しない、この世の中での男体と女体の扱われた方の不均衡』への嘆きも含めての批判が広がっているのだろう。

美術学校関係から指摘されていた『ヌードモデルを性的に見ることの非常識さは業界への偏見助長するもので許しがたい』という意見に関してはもっともだと思う。

性別を入れ替えては〜という意見を見て、少し前にモーニング新人賞話題になった漫画のことを思い出した。

この作品と同じく、芸術を志す兄弟ライバル心と羨望と執着が描かれ、結末はこの作品と同じように、兄弟間でのべったりとした癒着に落ち着いて終わっていた。

そういう話が好きな人が多いということに尽きるのだろう、結局のところは。

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