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はてなキーワード: 公共の場とは

2020-07-10

anond:20200710183900

正確にはアメリカでも公共の場の話なんだよね

公共の場特定宗教を持ち出すのはNGから

例えば公立校だとクリスマス会とかもやってはいけない

anond:20200710125651

本屋私的な場だけど

因みにコンビニは今だと社会インフラ扱いで公共の場とされてる

からエロ本排除された

でも本屋エロ本を売るのはOKだって本屋公共インフラ扱いではなく私的な場扱いだから

(勿論成人指定相当の本ならそれなりの扱いは必要だが

「成人指定ではないが子供に読ませるのは倫理的にどうよ」って内容の本も並べて売るのは問題ないし、実際広く売られている)

でも本屋と言っても子供向けである児童書コーナー(ラノベコーナー含む)に

「成人指定ではないが子供に読ませるのは倫理的にどうよ」って本を置くのは問題あるわけ

そういう一般社会規定が分からないの、ちょっと空気読めなさすぎだよ

anond:20200710125530

一般向けコーナーは大人向けの私的な場だった…?

しろ公共の場しかなくね…?

anond:20200710125420

最初から散々言われてるだろう

子供向けの場と公共の場ではやんな、大人向けの私的な場ならOK」だと

その程度のTPOくらい読めよ

anond:20200710124738

ってことは公共の場でも児童書コーナーじゃなければセーフってことか

anond:20200710045020

男性が作っている男性向け作品女性描写、完全に許された……!

いや、普通に許されてね?

→それ我々男オタクがさんざん言ってきたやつー! 「『女性らしい女性キャラ』を追放する運動になってない?」「別に巨乳キャラがいたっていいだろ……」ってさんざん言ってきたやつー!

女性らしい女性キャラ」も「巨乳キャラ」も普通に許されてるだろ?

許されないのは「子供向け作品」「公共の場提示される作品」であって、

BLでもそれは普通に許されてないし。

(勿論BLのすべてがポリコレに反するものではないから、これからポリコレ遵守したBL作品が表に出てくるかもしれんけど。

おっさんずラブ最初は酷かったけど二期は大分改善されてたらしいね

そういうのは段々こなれてくるんだろう。昔の同性愛テーマドラマなんて「禁断の愛」か「ホモきめー」しかなかった訳だけど、今時そんなもん作るとは思えないし)

何でこうTPOってもの分からんのかね?

2020-07-09

昔好きだった男の名前でケツを掘られた

という内容で書こうと思ったけれども、タイトルで全てを表してしまった。

けど書きたいと思う。

中学校ときに好きな男がいた。結局最終的に告白したけど振られた。

ここまではまあ別にいいです。どうでもいいけど、ノンケ告白するのって自分の中で折り合いをつける以上の意味存在しないよね。うんち。

告白して、振られたはいものの、感情が冷めることがなかったので、その男とは別の高校に進学したけどずっと引きずっていた。

ずっと、高校卒業したらもう一回告白しようと思っていた。それを生きる糧にまでしていた気がする。

他人ことなんて思い通りにいくことがないのはわかりきっていたものの、知っている人が変わっていくことはときに辛いと思う。

何が言いたいかというと、告白した相手は、告白した時は「チビファッションもあか抜けない・童貞」みたいなオタクキモ陰キャみたいな感じだった。ちなみになんで好きだったかというと、彼の匂いが好きだったからです。なので、今でも当時の彼の匂いみたいなものを感じると振り向くし、胸がざわつくし深呼吸してしまう。

そんな彼が変わりました。とりあえず、高校に入ったらとりあえずファッション結構投資し始めたらしい。あと、童卒したらしい。(これは後述する)

高校生のときは2回くらい会ったような気がする。そのときは革靴履いて、なんかよくわからん服着てて、服に着られてる陰キャチビやん!wwと思い込もうとして、やっぱカッコいいしかわいいなと思った記憶がある。ちなみにこの時点で告白してから2年半くらい経ってる。

そんなこんなで高校卒業して、大学に入って少ししてから、また会うことにした。この時は、向こうから連絡が来て、「あれ、会おうって約束してたよな?」みたいなニュアンスのことを言われて小躍りしてしまった。

さっき書いたように、高校卒業してからもう一回告白しようと考えていたこともあったけど、さすがに高校で3年間過ごして気持ちも冷静になっていた。

なので、会ってみて気持ちが再燃するようであったら考えようと思った。

高校卒業たから、彼はもう一段階変わりました。

ついに髪を染めた。汚い金髪になってた。

あと、よくわからんリングネックレスをしてた。リングネックレスをしてる大学生ははやく全員死ね

そのときに、彼が童卒したことを本人から告げられた。ちなみにその時俺は童貞処女です。

相手彼氏持ちの女で、彼氏とうまくいってないからソイツを求めるみたいな地獄だった。なのにその女は彼氏と別れる気はないし、関係修復に努めてるみたいな地獄。あ〜地獄ですよ地獄

しかもそういう話を公共の場で大声でするんですよ?何?拷問か??モラル失っちゃった?

あと、要約すると「オレ本気だせば大学イケてる奴らと仲良くできるけど、そういうの疲れちゃうから二軍とつるんでるんだぜwwwww」とか言われた。





えっ



イキリ陰キャ?????????

もしかして犯した女の数を自慢するタイプ人種ですか?????????(さすがにそんな話はそこではしていない)

カンカンカンカーーーンwwwwwwKOwwww

うんち…うんち…

理性的感想を補足すると、ゲンナリしたし、何を言ってもウンチ!にしか聞こえなかったし、衝撃だったのは、なんか「におい」がしなかったことだった。

あんなに好きだったのに、なんか「におい」がしなくなってた。なんでだろうね?



【ここまで前提です】

まりに彼を殺害したすぎたので、殺害することにした。具体的には、彼の名前を使って(下の名前を使って)ゲイ出会いアプリ登録してホモセックスをすることです。

何を言ってるのかわからないと思いますが、ぼくもわかりません。

彼の名前を名乗れば、自分の中では彼になれるだろうし、俺が「彼」になった状態でガン掘りされたら「彼」が犯されるに等しいのでは?という魂胆だった。

ちなみに、彼の名前を仮に「しょうへい」だとすると、俺は彼のことを「しょう」と呼んでいたので、アプリ登録名は「しょう」にした。そのほうが、俺が彼を呼んでいたのと同じように相手に呼んでもらえるかもしれないと思ったから。

彼を犯せば勝ち!((o(^∇^)o))みたいなヤツ

ということで、アプリを使って掘ったし、掘られた。誤算だったのは、アプリではじめて出会ったような人間は対面で俺の名前を呼んでくれないことだった。

一回だけ、年上の男が俺の名前(彼の名前)を呼んでくれたとき、何の感情も抱かなかった。

そこで気づいたのは、いわゆるデートとか、いろいろな思い出とか感情とかが前提として「名前を呼んでくれた人」が存在してくれないと、名前を呼ぶことに何の喜びも感じないのでは?ということだった。

も〜死にたいですね。

あらゆる人間、早く死んでくれ〜

でも唯一救いだったのは、彼に復讐したいという気持ちがそこまで深刻なものではなくて、「こういうことしたら面白いんじゃね?www」というものだったことです。

結論

この仮説を実証できるくらい懇意にしてくれる彼氏が欲しい

もしくは彼女が欲しい(バイセクなので)

以上です

ご清聴ありがとうございました

ころしてくれ

2020-07-08

どうやら私は害悪らしい、旬ジャンルとの関わり方について

女性向けアプリの旬ジャンル2020年七月現在ツイステッドワンダーランド」がきっとそれに当てはまるだろう。有名絵師がこぞって絵を描き、いつもグッズだのカード絵だのトレンドに入っている。私も最初はなんだなんだと遠巻きに見ていたが好きな文字書きさんがハマったことによりやってみるのかとダウンロードした。そして普通にハマった。ぬるぬるキャラが動くし、バトルとリズムゲームの二種類があって「これはハマるなぁ」というようなもの。なによりキャラ設定が素晴らしい。「エモい」を突いてくるゲームだった。

すぐに沼にドボンと落ちて、ズブズブと深くまで沈んでいった。同じヲタクなら分かるんじゃないだろうか、あの新しいジャンルにハマってすぐの楽しさ。それを味わっていた。

ずっとFGOをやっていたが少し離れ気味だったこともきっとここまでハマった一つの要因であると思う。(ジャンルを降りた訳ではない。今もゲームを続けている)

だけど、周りにツイステをやっている人は居てもここまでハマっている人がいない。同じ温度で楽しむ人がいないのは寂しかった。贅沢だと言われるかもしれないけど「ウンウンそうなんだー」よりも「そうだよね!そうだよね!わかるよその気持ち!!!」と言って欲しかった。

から新しいTwitterアカウント作ってみた。きっと多くの人が同じことをしているだろう。

言っておくと私は絵も文章も描くオタクである。周りの人に自分創作したものを見てもらいたかったし、前述したように周りの人と推し感想、興奮を分かち合いたかったのだ。身内との鍵垢と交換垢しか持っていなかった私にとってそれは新しい試みだった。それだけハマっていた。

きっと最初の一ヶ月は楽しかったと思う。ある程度仲のいい相互さんも出来て、その人達お話して……。TLは好きなものに溢れてたし嫌なことなんて何もなかった。現実の友人がみな全体公開のTwitterを利用してヲタク活動している理由もわかった気がした。やはり同じ趣味を語れる仲間はいものだと思った。その時には沢山のことで炎上していることにも全然気がついていなかった。

だが、暫く経ち関わる人が増えてくると楽しいだけの感情ではなくなってくる。まぁ増えてくると言っても相互さんが100人程度、これで満足だった。

きっかけはなんだっただろうか、きっとトレパク炎上だったんじゃないかなと私は思っている。簡単に言うと私の好きな人気の絵師さんにトレパク疑惑が浮上しすぐに垢を消した件だ。擁護するファンとトレパクを許さない人たちにより酷い炎上となった。

私の推しを描いている方だったし、素敵な絵柄だったので毎日更新されていないか確認するぐらいには好きだったのでそれはもうショックだった。別に擁護するつもりはないが推しカプの頂点にいるような人が炎上して何の弁明もなく垢消し。好きだっただけに悲しい。同じようにショックな人、いるんじゃないだろうか。

弁明もせず垢消しなんてトレパクを認めているようなものだし、もし本当にトレパクをしていたなら謝罪して、もうしませんと言えばよかったのに。一番嫌な行動をとられて悲しかった。だからこの思いを短い文にしてツイートした。

すると想像以上に私のツイートを見た人は多かったらしく相互さんみんなが同じようなツイートをし始める。こんなに広がるとは思ってなかっただけに驚いた。

ついにはツイート垢を消したトレパクの絵師さんのことを許せないと言い出す相互さんが現れた、こんなに周りの人を騙して悲しませるなんてなんて酷いんだ!と。その相互さんの怒りのツイートの量はTLを埋め尽くすほどだった。それは正直言い過ぎなんじゃないかと思うほどキツい言い方だったし、過激だと思った。そこまで言っていいのはパクられた当人だけじゃないかなと今でも思っている。表現する力が足りなくて申し訳ないのだが本当に過激だったのだ。私の先ほどの悲しいですツイートにもその人から「そうですよね!わやり直せたのに!!」とリプが来た。そこまでいつも話をしない人なだけに驚いた。

貴女、こういうときには反応するのね」とも思った。私は周りが荒れていくのを見て先ほどのツイートを消した。自分コメントで周りがその炎上していることに気がつき荒れていくのは見ていられなかったのだ。怖かった。言わなければ良かったと思った。

怒りのツイートをしていた人は結局、擁護する人と言い争いになっていた。正直騒ぎたかっただけなんじゃないかと思う。ミュートした。

トレパク垢消しのショックは吹き飛んでTwitterの恐ろしさとモヤモヤけが心に残った。

二つ目ネタバレの話。

公式Twitterよりも先に雑誌にそのイベントカードイラストが乗った日。相互RTでどのキャライベントカードになるかを知った。予想外の編成だっただけに「◯◯はいると思ったのになー、違ったのか」とツイートした。それから時間ほど後、TLを見てみるとネタバレ注意換気で埋まっていた。

しかった相互さんが「あぁ、みんながネタバレを踏んでしまった!許せない!!!」ととっても怒っていた。「◯◯さんも踏んじゃってる……大丈夫ですか?」「間接バレ多すぎ!!!」「相互さんにRTするような人はいないと思うけどね」「自分踏んじゃった!!」などなど。

その中にはあ、これ私のこと言ってるなと思われる文もいくつかあった。(過剰かもしれない)

私はネタバレ大歓迎だったのでそんなにキレるのかと驚いた。私の文は間接ネタバレになるらしい。別に誰が出るとは言ってないのにこれすらも駄目なのか。そういうことにこの業界は敏感に反応しすぎだとも思った。それに私は自衛してくださいとちゃん概要欄に書いている。それを見た上でフォローしたのだからそんなことで怒るのはどうなのとも。だけど大事にはしなくないので大慌てでツイートを消してすみませんでしたと謝罪した。すると、その人から空リプで「◯◯ちゃんえらい」と言われた。別にその言葉が欲しかった訳ではない。またモヤモヤした。

後日、新しいイラスト広告がやっぱり公式Twitterよりも前に東京駅に飾られる。怖くて流れてきても知らないふりをしたけど、やはりその人はネタバレが流れていると言って回っていた。わたしモヤモヤは増大する。

三つ目、ウツボ料理の話。

また炎上した。次はウツボ料理キャラ遺影を並べて撮った写真での炎上。沢山のキャラ名を並べて検索に引っ掛かりやすいようにした注意換気ツイートが流れてくる。

だが、読むとそんなに悪いことをしているようには見えなかった。パネル前で土下座したわけでも缶バッジを奪いとったわけでもない。キャラ名を挙げて検索に引っ掛かるようになこともしていない。自衛してくださいとも書いてある。まぁ、勿論フォロワーが多いか拡散されやすいと考えてほしいし、死ネタリョナの延長だとしても遺影気持ちのいいものではないので公共の場でやらないでくれとも思う。(周りで食べていた人は驚いたし引いただろうし、「あれがツイステ……」と思っただろう)

だがそれ以上に私は捨て垢でわざわざ拡散できるように沢山のキャラ名をならべて注意換気する人の方が嫌だった。何故晒しあげる。本人はこの業界モラルを守りたいのかもしれないが多くの人に拡散して炎上させたいようにしか見えない。

そもそも私自身その注意換気がなければ知らずに済んだのに。民度という現実を見なさいといわれたらそれまでなのだが、やはり知りたくなかった。

そのことを文章にし、ツイートをした。するとすぐに知らない人からRTされる。なんでだろうと思ってその人を見に行くと同じようなことを呟いている人を何人かRTして「これだから旬は……、自衛してくださいでは済まないんだよ」みたいなことを何度かに分けて言っていた。その人からすれば私は害悪らしい。旬ジャンル蔓延害悪。ほーうなるほど、ショックである。全てその通りだ!とは思えなかったけれど、害悪から前述二つであんな思いをしたのかと納得もしてしまった。それに、なんでもかんでも投稿し過ぎるのがいけない。

害悪を辞めたい。これから気を付けようとも思った。

そして最後、先日のメンテの件。メンテが大幅に延長したにも関わらずビックリするほど補填がショボかった。流石に今回は……と思っていたのに詫び石が一つもないのだ。正直まじか!と思った。前述したが私はFGOにいた人間である。だから詫び石くれーー!というくらい当たり前だと考えて(言い訳です)公式のリプ欄ではなく普通に自分ツイートとして「石ないのか、すごいなぁ()」と呟いた。するとあまりさな相互さんがすぐに「石をせびるな」「それは乞食課金しろ」と呟く。深夜で人も殆どいないので、あぁ、私のことなんだろうなとすぐに分かった。乞食という文字結構私の心に刺さった。別にそれぐらい言わせてよとも思った。不誠実だと思った公式対応に軽い文句言ってはいけないのだろうか。なんで周りは何も公式に思わないのだろうか。私の気にしすぎ?悪く言ってくる人をブロックしてそのまま知らないふり見てないふりでやっていけばいい?毎回ブロックミュートで対応していくべきなのか?

だけど知らない人からも叩かれた私だ。私の性格やあり方がいけないように思えた。そうならばやはり害悪なのかもしれない。そう考えると辛かった。推しを周りの人と語るのは楽しい。だけどそれ以外に辛いことが多すぎて、害悪になる自分が嫌でTwitterから離れようと決めた。まぁ逃げたとも言う。

Twitterから離れてみると気分はグッと楽になった。とりあえずと気分転換のために買ったバランスボールを膨らませながら私はこの文を書いている。うん、害悪になるくらいならこっちの方がよほどいい。(Amazon配達速度は素晴らしいですね)キャラは相変わらず好きなのでツイステはひっそりこっそりボチボチとやっていこう、そう思った。

2020-07-07

anond:20200707121326

男はオンとオフ分けるって発想ないのかな

まあ職場不倫したりしてるのを見るとそういう発想ないのかも

昭和時代エロポスター貼ってたっていうし

今でも許されるなら貼りたい男は沢山いるんだろうし

公共の場エロポスター貼りたがるのも、エロに対してはいつでもオンでいつでも見たくて当然なもの、と思ってるからなのか

2020-07-05

anond:20200705000400

鋭い。

元のエントリーを書いたとき差別反対デモのような「不当な扱いへの反発」も脳裏をよぎったけど、なぜそれを内訳に含めなかったか

考えてみると、それが男女の怒り表明の違いの重要ポイントのような気がしてきた。

社会運動的な怒りは一旦置いて、個人レベルの怒りでいうと、まっとうな成人男性は不当な扱いへの反発で怒ることは一見ないように見える。

まり、怒りの動機としてはあっても、それをそのまま表出することは自分が不利になるという刷り込みがありそう。

弱者として叫ぶのではなく、客観的に見てお前の方がおかしいことをしているだろという諭す立場で不満を表明する。

あるいは内心怒り心頭でも一見冷静に論理相手を詰めていく。

要はマウンティングである

学校だったり裏社会みたいに腕力支配する場所では、勝ち目のない相手には不当な扱いの反発を感じても怒りは抑圧される。

マウンティングできない相手への怒りはただの遠吠えとされる。

男は成長過程でそれを徹底的に刷り込まれるため、会社公共の場所のような腕力以外で秩序を保っている場所でも勝ち目のない怒りは封印してしまう。

腕力ヒエラルキーの外にいる女性はその点素直に感情を出せる。

ベテラン男性社員よりも入社年数の若い女社員の方が、社長ダイレクトに不満をぶつけやす現象がこれだ。

男は弱者として怒ると、弱者として舐められてかえって不利な立場になる。

それがわかっているから、おっさん無意識的に私怨義憤のようにすりかえて、あたかも世直しのつもりで厳しい指導としてコンビニ店員に怒鳴るのだ。

一方、公正なレフェリーのいるスポーツ裁判マスコミ群衆を味方につけられる社会運動は、ある意味勝ち目があるので怒りも表明しやすい。

という風に今考えたけど、どうだろうか。

2020-07-03

anond:20200703172104

喫茶店みたいなところでもバーチャル背景でごまかせるもんなのかな

リモートで打ち合わせしてたら、実は相手公共の場だった、なんて怖いな

anond:20200702225008

アメリカ人のアホさ加減はワールドワイド級。

でもふと思ったが、表現の自由戦士VSフェミニストの戦いの中でオタクたちが必死になって築き上げた「公共の場HENTAI美少女の絵を見せびらしてもOK理屈」なんて海外人間からしたら一笑に付される話なんだろうな。

2020-07-01

SF小説の表紙はなぜキャラ絵ばかりなのか問題について

論争の概要

 ・あるSF編集者自分担当したアンソロジー本(『日本SF臨界点』と『2010年代SF傑作選』)の表紙を掲載し、そのツイートが広くバズった。

 ・それを見てある読者が twitter で以下のような発言を行い、反響を呼んだ。


「なんでSF小説とかアンソロの表紙って漫画アニメ絵女の子ばっかなの?恥ずかしくて持ち歩けないんだけど。自らターゲット狭めてマーケット小さくしてる気がする。(中略)誰も彼も「売れるから」で思考停止している気がしてならない。」


それに対して当該編集者がfusseterで以下のような反論を行った。

・「女の子」に関して

 ・イラストレーターには『性別指定しない抽象的なキャラクター像』で発注したもので、『女の子』ではない,

 ・キャラクターであることそのものに対する違和感にしても、少なくとも現場ではそういうものにしようという意向ではなかった。


・「恥ずかしい」に関して。

 ・特に若年層ではキャラ絵が「恥ずかしい」と思う感性はあまりないはず。

 ・キャラ絵が想像力を狭めるということはなく、むしろ想像力喚起するもの


・表紙に対する意見について

 ・表紙を描くイラストレーターたちにも評判を気にして傷つくなどの感情はあるんだから、そういう人に届く危険認識したうえでSNSを使え。

 ・意見自体勝手にどうぞ


・「アニメ絵女の子ばかり」ということに関して

 ・事実として違う(SFマガジンの書評欄に見られる書籍の表紙を引き合いにだして)。


・今回の表紙の意図について

 ・なるべく広い読者層へリーチしてほしかった。


論点の整理と意見

二者間で応答された論点は以下のように要約される。

 1.なぜSF小説・アンソロの表紙はキャラ絵の女の子ばかりなのか

 2.キャラ絵表紙に対する「恥ずかしい」という個人的感情

 3.マーケティングとして、読者層を狭めてはいいか


1.は事実認識としては適当ではない。ただ、主観的不正確な感覚でも、その感覚が広範に共有されていればシーンに対する認識としては強度を持つ。

たとえば、読者の記憶に残りやすい「目立つ」コンテンツの表紙にアニメ絵率が高かった(ように思える)場合、多くのユーザーは「表紙にアニメ絵ばかり」という認識を持ち、関係するアクターやシーンの振る舞いもその認識に沿って動いていく可能性がある。


ハヤカワは伊藤計劃の『ハーモニー』『虐殺器官』の文庫化の際に、伊藤計劃作品アニメ映画キャラデザを務めたredjuiceを起用した。ちなみに表紙に、ではない。本をすっぽり覆うタイプのオビにイラストを反映させたのだ。実質的には「アニメ絵の表紙になった」とみなされても仕方がないし、事実そのように勘違いしている人も散見される。


シライユウコイラストレーションに対するファンダム記憶伊藤計劃百合SFと密接に結びついており、2010年代の「気分」を確実に決定づけていた。

シライユウコが表紙を描くこと」は他のイラストレーターキャラ絵寄りであれそうでないであれ)が担当するより確実にある種の指向性を帯びやすい。

どういう指向性か、と問われるとなかなか言語化しにくいが、このイラストレーター伊藤計劃の『ハーモニー』の単行本版の表紙を担当したこと、伴名練のデビューである少女禁区』の表紙を担当したことライトノベル作家短編が多く採られた『ゼロ年代SF傑作選』の表紙も担当し『2010年代SF傑作選』がその「再登板」でもあること、百合SFブームを決定づけた『SFマガジン』の百合SF特集号の表紙も担当していたこと、等々から鑑みて、「百合SF」に代表される近年のSF代表するイラストレーターとみなされうる、といったところだろうか。

もちろん、シライユウコ上記以外にも多くのすばらしい仕事を残している。ヤングの『時をとめた少女』など『2010年代SF傑作選』よりも「少女性」が強い絵も描く一方で、円城塔の『エピローグ』(単行本版)やヴァーリイの『逆行の夏』などのようなさほど「少女性」が目立たない絵もある。

しかし、世間でのイメージを決めるのは結局バズった仕事だ。

そうしたイラストレーターが表紙を担当することで、某評論家のいうように様々な出自トーンを持つ収録作のイメージを一つのカタにはめることになるのは否めない。それはイラストレーターの罪ではない。


日本SF臨界点』に関して言えば、伴名練が編纂するということで『なめらかな世界と、その敵』での「キャラ絵の人物がアップになっている表紙」が文脈的意識されているのだろう。

『なめらかな世界と、その敵』の収録作はジュブナイル的な色彩を帯びた作品が多く、表紙の選択はかぎりなくマッチしていたと思う。だがその文脈を発表年代も書き手バラバラアンソロに持ち込むのは(表紙を決めるのは編集者なので作家ではなく編集部として)作品群を「私物化」、あるいは領土化する行為として糾弾されてもしかたがない。


とはいえアンソロジー編集するのはひとつ創作活動でもある。DJのようなものだ。どんな作品を選ぶか、どんな順番で収録するか、といったことが作品個々の印象や読み味を大きく左右し、「一冊」のイメージを決める。その点で、表紙を「私物化」するのも表現の一部であるかもしれない。増田個人意識としてはアンソロの表紙もまた(アンソロ自体のコンセプトにもよるが)「私物化」されるべきと考える。

ハヤカワは伴名練という作家に過剰な文脈を背負わせすぎなきらいもあり、それはあまりよろしくないと感じるが、『日本SF臨界点』は伴名練の作品批評ひとつとして見なすべきではないか

アンソロ編纂するということはそのくらい暴力性を孕んだ行為なのだ。「埋もれた作品を発掘する」などといった無邪気な善性だけで成り立っているものではない。作品について一切指向性を持たせたくないのなら、表紙をつけず、amazon あたりで短編単位ひとつずつ売るしかない。


2.に関しては編集者の反応があまり噛み合っていない。「恥ずかしい」と感じることはどこまでも個人的感情なので、「若者には違和感がない」と反論してもあまり意味がない。発端となったツイートで「恥ずかしい」に続く文がマーケティングの話なので、マーケティングの話をされていると思ってもしょうがないというか、増田普通に読んでればそう取ると思うが。

また、編集者立場としてはイラストレーターを守りたい気持ちで「いや、恥ずかしくないんですよ」と反論したくなるのもわかる。表紙についての議論をすることに対してやや脅迫的ともとれる言辞をしているのも、そうした仲間を守りたい意識のあらわれだろう。その判断編集者として間違ってはいない。


ともあれ、その人が「恥ずかしい」と感じたならば「恥ずかしい」のは仕方がない。また、読者や作家にもそうした感覚共感する人々が一定存在するようなので、そうした心情を斟酌しないのはいかがなものかと思う。最低でも文面の上ではそうした消費者感情に向き合うふりくらいはしておくべきではなかったか

Twitterではよく「表紙が恥ずかしくて買えないとかガキか」という意見が目にされたが、そういうマウントの取り方もよくないと思う。


3.については(元の発言者は重要視していないとしているが)完璧に食い違っている。片方は「キャラ絵にすることでターゲットを狭める」と主張し、もう片方は「キャラ絵にすることでターゲットを広げる」と主張している。百合SFブームを仕掛け成功させたことや、この論争がそもそも2010年代傑作選』と『日本SF臨界点』が"バズった"結果生じたものであることを踏まえると、(編集者もまたマーケティングプロではないにしろ編集者側に理があるように思える。

SFというものキャラクター文化親和的なのだから、そっち方面から開拓の読者を拾った方がよいと判断するのは筋が通っている。「キャラ絵で買わない新規消費者」より「キャラ絵がついてることで買ってくれる新規消費者」ほうを多く見積もっているのだ。興味を持ってくれる読者層を有効開拓してこなかった業界の怠慢を一挙に巻き返そうとしている節はあるにしろ


ある一定の方向へ突出しすぎている表紙を出すことでそれ以外の読者を切り捨ててしま可能性はある。たとえば、ライトノベルの表紙絵はキャラ絵を好む読者以外へのリーチをハナから諦めている。キャラ絵を用いてる点では『臨界点』と変わらないが、よりパラメータがいわゆるオタク寄りに調整されている。最近スニーカー文庫ハルヒ角川文庫から再発されるにあたり、有名ないとうのいぢの表紙から実写を用いたいかにも一般向けの表紙へ切り替わったことがあった。これは「キャラ絵を切り捨てる層」への訴求を試みた例だろう。

ハルヒのメインターゲットであった層を掘り尽くしたので、本来ターゲットにしていなかった層も掘る余裕が出てきたのだ。メガヒット作ならではの展開といえるだろう。


キャラ絵を用いた表紙と、写真を用いた表紙。

間口を広く取れるのは後者だ。特定の層により訴えるのは前者だ。

どちらを取るかは出版社戦略次第だ。ハヤカワが大手より体力の低い中小出版社であることも考慮にいれるべきかもしれない。


だが、特定の層に訴えるマーケティングときにその層に含まれていないと感じた消費者への疎外感を生じさせる。そのことには出版社自覚的であるべきだろう


より個人的感想

個人的感想をいえば、シライユウコ絵が「マンガアニメ的絵」だという意識はあまりなかった。林静一から中村祐介に至るイラストレーター系譜(もちろん彼らにくらべたらややまんが的ではある)に連なるような存在として認知していた。

臨界点』のイラストもそこまでキャラ絵として意識していなかった。「恥ずかしい」と感じられるキャラ絵とは、それこそライトノベルの表紙絵くらいのレベルだと思っていたのだ。

たとえば、『臨界点』がライトノベル的な表紙であったら、増田も「切り捨てられた」と感じたことだろう(それはそれとして本を買いはする)。

こんなことを萌え絵に対して不感症になっている典型的日本人の謗りを受けそうであるし、実際そういう面も否めないのだろう。増田はよくTwitterで論争になる公共の場所で広告に使われる萌え絵について「恥ずかしいだろ」と(その是非とは別のレイヤーで)思ってしまう人だ。本当に「恥ずかしさ」の基準はひとそれぞれだなと思う。

今回話題になった表紙が即女性に対するオブジェティフィケーションにつながるとは思わない。

一方で、キャラ絵を用いたSF小説の表紙が女性という表象にまったく何も背負わせていないとも思わない。本人たちが意図するしないにかかわらず、文脈的には「百合SFムーブメントを作り上げた編集者」が、「伊藤計劃百合SFSFマガジンの百合特集号の表紙を描き、百合イメージが強いイラストレーター」や「百合SFムーブメントの一翼を担った新進作家」と作ったものなのだ。人はそこに「少女」を見る。その「少女」は私たちの築き上げてきた「少女」のイメージを背負っている。そこに無自覚はいられない。

私たちはどのレベルの「恥ずかしさ」で合意するのか。SFという貧しく狭い領域マーケティングコンプライアンスをどう天秤にかけていくのか。

今はまだ問いの出ない問題だ。作家しろ編集者しろ読者にしろ、一個人ではどうにもならない問題でもある。

だが、他人の感じる「恥ずかしさ」を「時代遅れ」と切り捨てることなく、あるいは読者同士で向き合うことで、ある方向へ流れていけるかもしれない。そこから先は、未来の話だ。作家たちの語るべき領域だ。


余談。あるミステリ作家が「消費者意見に対して真剣に向き合わず、味方を囲い込んでる」と例の編集者にキレてブロックしたことについて。むしろ、fusseterの文面ではTwitterでの論争の不毛さに触れているように、犬笛にならないように注意を払っているように感じた。よくやるように擁護ツイートRT連発みたいな行為にも走っていないし。

個々のフォロワーたちが発言したり群れたりするのは止められないだろうし、それを「味方を囲い込んでる」ように見えたとすれば、多分に先入観が強い。

意見に向き合え」というのはその通りだと思う。本人がおそらく可能な限り真摯に向き合っているつもりなのはfusseterで重ねられるエクスキューズからも読み取れるが、だとしても人はどこかで何かから目を逸らしてしまものだ。当事者になればなるほど防衛機制は強まる。ただ例の編集者自分に対して意見を言ってくる人を尽く敵と見做して戦争しかけるタイプには見えないし、あの作家の言うことなら無碍にはしないはずなので、ブロックする前に意見交換を行なって互いの認知を均したほうが幾分有益であったはずだ。

この問題については意見を出してる作家業界関係者でさえ恐る恐るというか、批判しろ擁護しろ通り一辺倒のことしか言っていない印象がある。

その穏当さが党派的な対立を強めていはしないか業界トピックとして捉えるなら、公の場で作家同士でもっと突っ込んだ話し合いを行うべきではないのか。

テーマパークと痛バの話(途中)

痛バ地雷です。

ツイステも地雷です。

コスプレも時と場合作品によっては地雷です。

痛バの話というよりはただの愚痴ですし、ツイステッドワンダーランド好きな人への配慮もありません。

Twitterに書けない愚痴を壁打ちしていきますので傷つきたくない人は読み進めずブラウザを閉じて頂きますようお願い致します。

(パークがオープンする前に好き勝手壁打ちしてしまおうという魂胆です。)


まず、私はテーマパークで働いていました。

東か西か、具体的な年数など特定に繋がりそうなものは伏せたりフェイク入れます

また、Dではゲストキャストという言葉使用しますが、D好き以外の人に読まれ可能性と分かりやすさ優先として「お客様」「スタッフ」で統一します。

痛バについても今回はひとつトートバッグに大量にグッズが付いているものを想定して書きます


たまたまTwitterで「ツイステの痛バをパークで見たくない」「禁止されていないから持っていってもいいでしょ」というようなツイートを見かけました。

法律禁止されていないという内容もあったような気がしますが、反射的にブロってしまったのでうろ覚えです。

(原文ままではなくニュアンスで書いてます)

痛バは確かにどこも禁止されていません。というより、そんな細かいことを一々禁止する訳がないんですよね。

なので非オタ配慮した暗黙のルール存在するんです。

(そもそも野鳥への餌やり行為禁止されているにも関わらずポップコーンを撒き散らす人が絶えない時点でお察しなんですよね。ルールを読んだことのない人多いと思います。)

なぜパークでは痛バを持ってきてはいけないという意見があるのか。

これは、パークをどのような場所として見るかで変わってくると思います

パークは公共の場所です。コミケなどの即売会特定作品イベント会場のようなオタクしかまらない場所ではありません。

老若男女、非常に多くの人が集まります。多くの人が思い出を作りに来ていますオタクはその中の一部にすぎません。

「痛バを使用するのはイベントのみ」「電車での移動でも隠すべき」という人はわかってもらえるかなと思います

Dではぬいばの痛バ(ぬいぐるみバッジを大量につけたものなど)を見かけますが、あれも正直好ましく思っていません。

作品が好きな気持ちは数ではありませんし、テーマパークは好きな気持ちを周りに見せてマウントをとる場所ではなく世界に入り込んで楽しむ場所です。

痛バをファッションの一部のように使われてる人もいるかもしれませんが、はっきり言ってめちゃくちゃ浮いてます

(小休止。下書きは一応あります修正したい部分があるので続きは後ほど。ぬい撮りコロナ予防でやめた方がいいとは思うけど…フォトスポットどうなってるかな。)

2020-06-30

anond:20200630115328

これはまあそうなんだと思う。

ただ、広告公共の場での表現でのゾーニングを考える際は、作者の意図は除外した基準を作ることになるはず。

そうじゃないとガイドラインにはならないので。

2020-06-29

anond:20200629020008

おなじみの議論だけど、別に個人で鑑賞することを規制したい人は少数だろ。公共の場でそれをやりたいっていうならオレからも勘弁願いたい

2020-06-26

感染者急増の見解

抗議デモ感染拡大と関係ない」という記事と「感染者が抗議デモのせいで急増」という記事が同時に流れてきた。

左派リベラルジャーナリスト関係ないと言ってる。

保健当局抗議デモで広まってるからマスク公共の場で着用してくれと言ってる。

どっちが正しいのかな。

2020-06-25

anond:20200625083717

すべてケースバイケースだからからない。

公共の場からといわれても、公共の場でもチケットが売っていることはある

公民館アーティストコンサートする場合など有料の席もある。

どこで、どういう条件で?というのがあるからからない。

一例でいうと新幹線だが 東京駅に近い人はずるくて 途中駅に近い人は不利という人もいる。その場合近くに金券ショップがないかさがしてくれといっている。

公共の場で席取りする人間

ただの愚痴だけど、

空いてるから座ったのに、

「そこ人座ってます

って言われるの腑に落ちなさすぎる。

というかどいたのに、睨まれ意味わからん

座ってるとかい人間全然帰ってこないし。

座ってよくね?

ていうかそういう席取りとかい行為そもそも禁止してくれよ

2020-06-20

エスカレータの片側空けはマナーだと主張する人

エスカレーターの片側空けはやめるべきだ。これはマナーではなく、公共の場でのルールだ。

片側空けがマナーだと主張するのは、雨が降っているのに晴れていると嘘をつくようなものである。つまり病気である

片側開けが良くない理由は、小学生でも理解できるくらい明白だ。

これらの理由理解できないのであればただの馬鹿だし、理解してなお片側空けを主張するのは病気である

2020-06-12

セクシャルマイノリティーに対する無理解

って、まだまだあるんだなーという話。

ハリポタ作者、トランスジェンダーめぐる発言で物議 映画出演者も批判 - BBCニュース

って記事ちょっとだけバズった。ブクマも少しついてる。ただ、このBBC記事は少し分かりづらい。

今回のことの発端は、ローリング氏による7日のツイートだった。「月経のある人のためCOVID-19後にこれまでより平等世界を作る」という、「月経のある人? そういう意味言葉が、かつてあったんじゃない? 思い出すの、誰か助けて。ウンベンだっけ? ウインプン? ウーマド?」」とツイートした。

このツイートに対して、<女性ウーマン)という言葉にはトランスジェンダー女性が含まれる。ローリング氏の発言はそれを否定する、トランス差別だ>という批判が湧き起こった。

もう少し詳細に言うとこうである

 6月6日人道支援メディア「Devex」が「オピニオン記事コロナ後の社会生理がある人々にとってより平等ものにするために」という記事掲載しました。この記事の「生理がある人々」という言い方は、性別適合手術を受けていないトランス男性生理に関する保健衛生の問題関係があることを示すために使われたものです。この記事引用しながらJ.K.ローリングは「“生理がある人々”とあるけど、そういう人たちを指す言葉があったはず。誰か思い出すのを手伝って。ウンベン? ウィンパンド? ウーマッドだっけ?」とツイート。「ウィメン(女性)」という言葉を忘れたふりをしながら「生理がある人」ではなく「女性」という言葉を使うべきだと揶揄したのです。 

 この投稿に対し、6月9日までに約3万件のコメントがつきましたが、そのほとんどが批判的なコメントでした。

『ハリポタ』作者J.K.ローリングのトランスジェンダー差別発言に対し、映画に主演したダニエル・ラドクリフらがトランスジェンダーを擁護する声明を発表 | LGBT研修・セミナー・マーケティングのOUT JAPAN Co.Ltd.(アウト・ジャパン)

 

ローリングが何を言ったか、わかりましたか? 彼女は以前からそうでしたが、トランス女性トランス女性としてしか認めない人なのです。トランス女性女性ではないと言うのです。先進国だと思っていたイギリスですらこうなのです。一般的にはその記事にもありますが、トランス差別をするフェミニスト=ターフと呼ばれます。でも、ローリングのような人は絶対にこれを認めません。自分たちトランス女性共感しているとさえ言うのです。差別が何なのか全く分かっていない人なのです。女性トランス女性を「含む」のですから。この記事は丁寧で、こう書いてあります

 J.K.ローリング10日、自身ブログあらためてトランスジェンダーについての意見を表明し、「生物学的性が存在しないのなら、同性に魅かれることはない。生物学的性が存在しないのなら、世界中で女性経験している現実が消し去られてしまう」と述べました。

 彼女は、自分はターフではないとしていますが、主張していることの内容はターフと同じです。「生物学的な性別存在しない」とは誰も言っていません。生物学的な性別存在するし、性自認や性表現という(社会的な側面を持つ)ジェンダーのありようも独立して存在していること、そして、出生時に割り当てられた性別とは異なる性別で生きたい(本来自分性別を取り戻したい)と望む人たちの権利尊重されるべきである人権である)ということを理解できていないのです。

多分、まだ多くの人がローリングと同じ理解しかしていないのではないでしょうか? トランス女性シス女性は違う、と。あるいはトランス女性男性であると。私も色々とツイッターを使って議論意見を見ましたが、ほんとに全然理解されていません。 

 

トランスでない、いわゆる半陰陽、今で言う性分化疾患と呼ばれる概念に属する人々に、セメンヤという陸上選手がいます彼女テストステロン値で言わば男性認定されてしまった女性です。そのために、彼女ほとんど虐待と言っていいほどの検査余儀なくされました。仕方ないと思いますか? 普通にしていても女性カテゴリーに入れてもらえないのです。足が長かったり、筋肉的に強かったりする人もいるのに、その人達と同じだとは見てもらえないわけです。

 

トランス女性なんか、最近まで女子大に入れなかったんです。で、入ったら入ったできっついフェミニストからトイレ入ってくんな!」と言われる始末です。ツイッター上で有名なトランス女性少年ブレンダさんが大型銭湯で女湯に入ったことを自分ツイートし「女体グヘヘ」とまでやって、炎上しましたが、おそらく大半の人は肉体が男性なら女湯に入ってはいけない、と思われるでしょうし、グヘヘなんてとんでもない恐怖を女性に与えるじゃないかと言いたくもなるでしょう。でもそれって何なんでしょうか? シス女性他人女性の体を愛でることだってあるだろうし、レズ傾向の人だっているかも知れないのに。彼女女性なのですよ。ところがいまだに世間トランス女性女性と認めない。というか、シス女性以外、あるいはテストステロン値まで用いて境界線を引こうとする。

 

もちろん、社会常識というものがあります。それはセクシャルマイノリティーの人だって分かってます。だから大学でも工夫してシス女性迷惑かけないようにしてたりするんです。公共の場所ならば、トイレは必ず多目的トイレを利用するようにしてるとか、着替える時は自分だけ別の時間だとか、そんな風に。それが社会一般なのだから、そうするしかないのです。でも、もう少し社会というか、そうでない私達の側がマイノリティーを理解するようにしないと駄目なんじゃないかと思います

 

少なくとも、ローリングのような発言は認めるべきではありません。

 

2020-06-10

anond:20200610170141

コールセンター音源は会話を録音したところで公共の場に出したりはしないぞ。

自分対応が正しかったのか、お客様の言い分は何だったのか確認するためだぞ。

クレームに発展した場合等に良く医療するぞ。

公共の場勝手に出して良いもんじゃないぞ。

公共の場マスクつけるって何か企んでそう

怪しすぎる

2020-06-09

anond:20200609023720

それは話が逆だ。

から多少見えようが、内心は内心。

 

例えば内心の自由一種信仰自由ってものがある訳だけど、わが国ではかつて「お前が心の内で何を信仰していようと勝手だが、戦争なんだから、家に国家神道のお札を張れ」と強要されたことがあった。拒否すると逮捕された。

その状況が内心の自由があったと言えるのかどうか。

 

内心の自由はあるが内心についての発言は禁じますよ」なんていうのは、理屈として成立しない。精神行為はそこまで明確にわかれない。公共の場での発言行為を禁じたっていうのは、それはやはり、内心の一部を禁じたっていうことなんだよ。

 

からこそ、行為発言自由を禁じることにも、慎重でなければならないよ。

anond:20200609100803

おっさん同士のキスバトルとかお見苦しいか公共の場所ではやらんといてくださいよ

頼みますホント

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