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2021-05-05

叔父おかしくなっている

叔母は看護師として働いていて、叔父と二人でマンション暮らしなんだけど、コロナが心配だからということで、叔父には以前住んでいた平屋の一軒家で一時的に一人で生活してもらってる。

その家は庭があったりそれなりに広いんだけど、敷地の角の一部が、本来は私有地なんだけど外にある公道部分と一体化してる部分がある。

人一人が立つくらいのスペースがあって、公道を走る車を避けるために人が待避所として使わったりする。

叔父は「俺の土地なのに」とそのスペースがそんな風に使われるのが許せないという。

最初は「ここは私有地です」って看板を立てただけだったんだけど、次にコンクリートブロックを積んでスペースに入れないようにして、今は有刺鉄線を張り巡らせて看板に赤い字で「禁」と書いて主張してる。

はたからみてても怖い。

叔父は普段は温厚な人なんだけどこの話になると「勝手に入ってくるゴミども」「クソ野郎」とか物騒な単語で罵ってる。

叔母も困ってる見たいだけど俺からも強くは言えないしどうしたもんか…と悩んでる。

コロナが落ち着いてマンションに戻ればもとに戻るんだろうか。

2021-04-29

年寄りネット問題

時々話を聞いていたが、ついに私の叔父もなってしまった。

まり陰謀論信者である

60代だが、今でもスマホは使わずガラケーを使っていてテレビ番組が大好きなようなアナログ人間だった

便利だからと娘(従姉妹)にiPadを渡され、それで写真を撮ったりして日々良く使うようになった。


そこで出会ったのがyoutubefacebookである

facebookで懐かしの友達に会ったのか、のめり込むようにハマって行った。

結果どうなったか、2年前から様子がおかしくなり始めた。


トランプ正義であるディープステートはなどと会うたび力説してきていた。

去年は新型コロナビルゲイツが作ったとか、アロマコロナは防げるからマスクはいらないと言い出してレモン臭のアロマ唐揚げにかけていた。


本人のFacebookを見ると、友人数が300人以上になっており、

その中で友達数が多い人をGoogle検索にかけてみたところマルチ界隈の有名人物であった。

そしてその人物関係しているマルチにどっぷり嵌まり込んでいた。

なんでも毎晩勉強会というミーティングがあるそうだ。

また都度あるごとにFacebookのMessengerで陰謀論を説くyoutubeチャンネル動画が送られてくる。


Youtubeおすすめ機能Facebookの閉鎖性が完全に悪い方向に働いている。

しかも今までテレビ番組しか見ていなかったような免疫抗体0である

ピーヒョロロとなるISDN、嘘を嘘と見抜けない人でないと難しいとひろゆきが言ったネオむぎ茶からネットに接していた自分から見ると、

なんだこれは。。。という状況なのだが、もう元に戻すのは正直難しいと思う。


twitterも昔の2ch批判するという作用がまだ働いている。

それが今のFacebookyoutubeでは全く機能していない。

完全にコミュニティに閉じてしまっている。

これはどうにかして貰わないと、これからこのような人がどんどん増えると思う。


なぜなら、その叔父の元いた友人の5%ぐらいはマルチ勧誘の結果入ってしまった。

10代がアムウェイに引っ掛かるのならばまだ理解できるが、

なぜ私の2倍以上生きている人たちが次々引っかかるのかが理解できない。


本日、久しぶりにその叔父の自宅に行ったところ玄関からトイレ芳香剤のような匂いが漂っており、居間ではジンジャー香りが漂っていて喉が痛くなった。

そろそろ縁を切りたいが、

コロナがおさまったら来年正月にでも宗教にハマった叔母と対面させて妖怪大戦争元旦から眺めたいとも思ってしまう。

2021-04-23

殺人より重いのに処罰されない罪

 低スペが子作りすんのマジで止めろよ。産まれ子どもは人に蔑まれ劣等感に苦しみながら地獄人生を歩むんだぞ。それでいながら自殺も許されず、ただ長い生き地獄を味わうことになる。つまり、一つの生命に死以上の苦痛を与えている。それを凶悪犯罪と呼ばずして何と呼ぶ。親が健全だったけど、不運にも低スペガイジが産まれしまったなら仕方ない。それは不可抗力だ。だが、低スペでよほどの幸運が無い限り産まれ子ども粗大ゴミ確定の状況で子ども作るの止めろよ。俺の両親、お前のことだぞ。低学歴ブサイク性格ゴミのくせに子ども3人もつくりやがって、メンヘラですぐ泣き出す糞雑魚メンタルの長女、常に人の悪口ばっか言ってて、ブサイクのくせにルッキズムにどっぷり浸かった次女、そしてブサイクコミュ症、勉強運動もできない俺。俺だって好きでこんなクズに産まれたわけじゃない。家族教師、同期、先輩に蔑まれ、貶され、自分を、親を、社会を呪ったよ。死ねものならすぐにでも死にたいのに産まれしまった以上生存本能邪魔してきやがる。結局全部親が俺を産まなければ始まらなかった不幸だ。本人も周囲も不幸にしか出来ない粗大ゴミをつくった親の罪は重い。両親が自分らの状況を客観視して、子作りはやめようという適切な判断を下せば誰も不幸にならなかった。妊婦が酒やたばこやるのも不幸なガイジに味わう必要苦痛を強いているのだから極刑に処すべき大罪だよな。

 何で俺がこんな苦痛を味わないといけないの?確かに俺は頭悪くて、無神経だから周囲に迷惑かけてばっか。そもそもブサイク存在すること自体他人不快にしているのは明白。だから、人に嫌われ、コンプレックスに悩まされるのは当然の報いかも知れない。でもさ、最初からまれなけりゃ無の訳じゃん。俺は望んで産まれたわけじゃないんだよ。愚かな親のエゴは全ての大本なんだよ。

 余談だが、俺の母方の祖母人格者だ。昔なら産まれた時点で産婆にしめられてもいいような俺をよく可愛がってくれた。その息子、つまり俺の叔父人格者で、美人の嫁と結婚した。2人の間には3人の子どもが居る。長身美形の長男イケメンスポーツマン次男美人で気立てのいい長女。彼女最近結婚して可愛い赤ちゃんが出来た。おそらく俺の母親遺伝子複製のエラーで母の優良形質が伝わらず、叔父のような幸せ者になり損ねたのだろう。

 俺の同期は男ですら惚れ惚れするイケメン。成績優秀、スポーツ万能、絵、ギターが上手く、機械設計に長け、何よりとても性格がいいと絵に描いたような高スペック父親人格者だし、母親もものすごく美人で気立てのいい子煩悩良妻賢母

 上記のような連中を見てると子作りってのはある程度スペックのある奴に限定すべきだと思う。上述程の高スぺである必要は無いが、せめて俺の両親みたいなゴミ遺伝子を絶やして、負の連鎖を断ち切ってくれ。俺は優生学なんか嫌いだ。だが、社会子どもが不幸にならないために、低スペの子作りを法律禁止すべきだと思う。

2021-04-22

叔父さんに会って、男は老後一人になると惨めだと思った

こんなご時世ではあるが、諸事情叔父さんと久々にあった。

 

叔母さんの葬式以来である

叔父さんは、奥さん(自分から見れば叔母さん)に数年前に先立たれた。両親(自分から見れば祖母)より早く娘がなくなるのは驚きしかない。

かつては家族4人で暮らしていた都内の駅チカマンションに一人で暮らしている。なかなかいマンションなので、今でも結構いいお値段がする。

叔父さんは、東大を出た後、某有名企業で重役まで上り詰めた。親戚一同で集まる機会があれば、できるビジネスマンみたいな雰囲気が凄く会った。

接待の多い業界なので、親戚の中でも色々な人と話で盛り上がっていた。定年後は、子会社社長に落ち着くというエリート路線であった。

 

それで子会社社長もやめ、その後相談役みたいなちょっとだけ行く仕事も終わり、さぁと思った所で叔母さんが病気になり看病に明け暮れた。

最後はもう疲れて切っていて、叔母さんの様態ちょっとよくなったと聞いた時に、なんか落ち込んでいたと親戚の人が言っていたぐらい疲れていた。

息子は2人いるが、一人は遠方に行ってこっちに返ってくる見込みのない職種。もう一人は首都圏に住んでいるが、まぁ父親と息子というのは、そう頻繁にあう間柄でもない。

 

それで久々にあった叔父さんは、奥さん関係があるものをすべて断ち切りたい様子だった。自分は叔母さんの弟の子供なので、こっち側である

俺も関わり合いたくない人間らしい。別に、俺が頼んで叔父さんと会ったわけじゃないんだけどな。

仕事がすべてで趣味の話なんか聞いたことない叔父さんは、今凄く孤独になっている。そして本来今を楽しむはずだった、奥さん記憶を少しでも消すのに精一杯みたいだった。

 

葬式の後すぐに、家にあるすべての女性もののバックを買い取りに出したのは驚いた。最初愛人がいて、再婚したいから整理したのかと一瞬思ったが、そんな人はいないらしい。

学歴過去仕事プライドだけで辛うじて生きているらしい。過去の自慢話につきあわされた。本題はそこじゃないだろ。店が早く閉まってくれるご時世でよかったと思う。

 

親戚や知人を見ると、妻に先立たれて生き生きしている人はほぼ見たことない。反対は、夫に先立たれて生き生きしている人は多い。

結婚離婚しない+奥さん健康+そこそこ金がある

 

老後の不幸回避は辛すぎ。

2021-04-17

悪くない人生だった

36歳男。

今朝、死ぬ夢を見た。

路上で倒れて俯瞰視点になって誰も助けてくれない。

目が覚めてから走馬灯のように人生を振り返った。

結婚もしてないし女性とお付き合いした経験もない。学生時代栄光もなければ仕事活躍したりもしてない。そして今コロナ職場を追われその日暮らしをしているが、それでも悪くはないなと思えることも多かった。

幼少時に両親が離婚し、母親に育てられた。

2年の時だったか、「お父さんの仕事についてお話を聞いてきましょう」という宿題が出て、俺は母親に聞くしかなかったからそれを発表したら「何でお母さんなの?」みたいになって、教師の大したフォローもなく大泣きしながらそのまま帰った。

その日から不登校になったが、あの宿題の出来は結構良かった記憶

文化祭タイミング教師がうちに来て、文化祭は来ような、みたいな感じになって「ふじまる」という相撲取りの役をやった。あれはイマイチだった。

学校に行ったおかげで山下という親友ができた。読書お笑い趣味が合い、本や深夜の番組を録画したテープを貸し借りした。今でも仲が良い唯一の友達だ。

それから泣かず飛ばず義務教育を終え、なんだかんだあって公立高校に行ったが、2年の時に母親乳癌で亡くなった。あらためて、本当に育ててくれてありがとう母親と出かけた記憶は本当に良い思い出が多い。

叔父の助けを借り、近所の寮付きの材木屋で働き始めた。

特に目立つようなことは出来なかったが、「お前飲み込み早いな」と褒めてくれた人がいたのは今でも覚えてる。

お金がある程度たまったので安いアパートに越してフリーター生活を始めた。

倉庫での仕分け仕事だが、割と評価してくれたのか1年で正社員にしてもらえた。

いうても給料はそんなに上がらなかったけど、人生で初めて認められた実感を得た。

一眼レフを買って写真を撮りはじめた。原付適当場所にいってパシャパシャと撮って、たまに雑誌投稿したりしていたら掲載してもらったことがある。この時も本当に嬉しかったな。

本や映画面白いのをたくさん見れたし、現状でもかなり満足。

増田全然だったな。

一回100ブクマ超えたけど「三大○○」というアンケート系であんまり満足出来なかった。

働いてたのは食品を扱ってる倉庫だったんだが、去年の緊急事態の時に大幅に売り上げが下がって切られた。

今はとりあえずウーバー配達員やってる。

コロナ時代からか、配達先で凄い感謝されることが多く、なかなかやりがいがある。

ま、文字にすると本当に些細なことしかないしこれを小さな幸せ()と笑う人もいるだろうけど俺には贅沢すぎるぐらいの喜びなんだわ。

豊かな暮らし結婚生活に憧れがないといえば嘘になるけど、完全に俺好みにしたワンルームは最高だし俺が作るからあげはめっちゃ美味しい。

人を殴ったこともないし悪いこともしてない。

良くはないけど悪くもない。

明日からも頑張るわ。

2021-04-16

追)婆ちゃんともう一度会うこと。これが叶うことは難しそうです。

anond:20210405210851

 

来週のどっかで行こうかと思っていた。

そんな中、叔父さんからメールが来ていた。面会禁止になったと。

すぐに乗換案内で、「出発地:現在地、到着地:婆ちゃん入院する病院」と検索した。あぁダメだ。今日中には着かない。あぁ終わったんだなと思う。

素人目にも、婆ちゃんがこれから容態が回復退院するのは難しいだろうし、面会が再開できるまで生きているのも難しいと思う。

 

面会禁止に関して、特に驚きはない。むしろ自分が行ったタイミングで会えたのが奇跡に近いと思う。

ちゃん入院している病院の近くの病院は、去年からずっとほぼ面会禁止になっている。たまたま、ここの病院入院する運びになったから、婆ちゃんと面会できたのだ。

この地域コロナ患者は増えている。叔父さんには、病院の近くのあそこでも出たと聞いた。すぐには分からなかったが、ストリートビューで見たら確かに先週通った場所だ。

 

毎日のように、叔父さん達に叔母さんに姪っ子に友達と面会に来てくれてただけに、これから一人になってしまうのかと思うと、婆ちゃんは寂しいだろうな。

でも、もう意識もあまりないのかな。これだけ、毎日いろいろな人が来てくれたのだから幸せでいいのかな。

  

あん時、無理してでも婆ちゃんに会いにいっておいて本当によかった。もしあの時、仕事理由にして行かないで、この状態になったら後悔しかなかった。

あの時、眠っている婆ちゃん確認して、叔父さんにじゃ先に失礼しますって言ったのが最後の姿になってしまった。最後に、婆ちゃんにまた来ます。心の中で本当にありがとうっていう言葉をかけ忘れたのは少しばかりの心のこりである

まりしまずに最後時間を過ごせることを祈るのが、今の自分に唯一できることです。

 

もう会えないのはコロナのせいと言えばそうですが、変な話、コロナで面会禁止の変なプレッシャーがあったので、まだ意識のある婆ちゃんと会えたので不思議な感じもします。

2021-04-12

確定申告今年も無事終わった増田よ出す魔たっ和叔父部も使徒国紺敷いてくか(回文

おはようございます

今年も無事確定申告終了よ。

というか、

4月まで延長したものの、

ゲームで遊び呆けていたのが悪いのよ!

ビシッと気を引き締めて

やる事務処理は処理しちゃいました。

個人でやってる分は

たかが知れてる規模なのであんまりそう言う月1万円とかでの

税理士さんとかそういうのにはお任せコースはしてなくて、

それ月1万円でも年間12万円の費用が浮くと思えば自分でやっちゃうわよ。

でね、

ふつーに費用収益を上回ったら納税額ゼロになるかと思ってたけど、

そうは問屋が卸さないよくよく考えてみたら当たり前だのファイヤークラッカーよね。

そういう所の知識のなさが露呈しちゃうわ。

今期は利益マイナスで経費計上たくさんしたか

てっきりもう納税額ゼロかと思ってたけど、

もうちょっと本当に経費計上すればよかったわって思うし、

しろ結構経費たくさん計上しちゃっても大丈夫なのね!って

日々やっぱり帳簿は付けておいてリアルタイムに状況を把握して確定申告時の納税額を把握しておくべきだったわ。

ギリギリになって帳簿が完成して納税額がこのぐらいかーってその時に知るより

事前に月ごとなのかそういう段階段階で知っておけば、

随時対応修正とかもできるじゃない。

日々勉強だわーって思っちゃったわ。

あと私の場合

紙の領収書とかレシートとかは少ないので、

あっても秒で入力処理とかは瞬殺出来ちゃうけど、

やっぱり勘定科目毎でレシートを分けておく方が

入力するときレシート整理し直さなくて済むから

今年はちゃんレシート勘定科目毎でまとめてファイルしておかなくっちゃって

そうするとまた秒で確定申告終わるから楽チンよね。

あとインターネッツで申告する場合深刻なことで、

いい加減Windows7ではなんかログイン出来ないというかカードリーダーが上手く対応できないというか、

このためにWindows10を買う?って思ってたけど、

昨年パソコン新調しておいてよかったわって思うし、

Windows7でもずっとずっと戦えると思っていても、

こういう行政とかのOS縛りがあったら

やむなく新しいのにしなくちゃいけないマイクロソフト商法なのかしら?って思っちゃうわ。

まあ無事全部終わったから良かったものの、

今回は経費のこと勉強したので

昨年より少ない納税額で済んだし

ちょっとお利口さんになった私を見て!って感じでもあるわ。

帳簿を付けるのに時間が掛かるというより、

パソコン対応しているしていないで、

それを調べている方が、

時間を取られることが多いような気もするわ。

マイナンバーカードパスワードとかも

今回はちゃんと覚えておいたし、

今年は恙なく宴もたけなわと言ったところかしらね

から前も書いたかも知れないけど、

これは経費になりますか!って類いの本が

棚にいっぱい並ぶじゃない

ああ世の中の人は経費になるかならないかいかに困っているかビジネス本になるぐらい活況しているんだし、

そもそもとして確定申告ムック本は役には立たなかったので

暖炉の薪として焼べることにしました。

あれは見ても全く役に立たなかったので、

なくても良いかもしれないし、

大抵のことは勘定ソフトウェアがやってくれるので、

私はほぼ何も考えなくても良いか

開いた時間マリオカートで遊び呆けてられるのよね!

さすがに任天堂SwitchIT機器として経費計上するのはやり過ぎだと思うし、

バレたら怒られそうなので、

しなかったけど物は言い様かも知れないし、

ユーチューブ的な動画を観る端末と言い張ったらいいじゃない!って思ったけど、

ソレよりももっと経費計上できる手段

会計の本を一冊読む方が

家賃按分なんて知らなかった単語

ぷよぷよ相殺って言葉を初めて知ったときのような喜びよ。

まったくもってオフセットだわ。

あとさ、

エクセルが無くちゃ生きていけないと思ってたけど、

今はネットでもエクセルが出来るから

いつでもどこでもどんな機械でも

エクセルが出来るから帳簿付け放題で素晴らしいエクセル好きにはたまらない時代突入していたのね。

これなら日々帳簿付けるのも苦じゃないし、

確認もできるって訳よ。

便利な世の中ね。

本当にそう思うわ。

私も使おう!って思ってたけど

売上帳は既にネットグーグルエクセル

これがそうなのね!って

改めてビックリした次第よ、

もうこんなところにも浸透していたんだわ!ってね。

うふふ。


今日朝ご飯

シン・サンドイッチあったわよ!

厚切り玉子焼きベーコンも挟まったやつ!

今買わねばいつ買う買って鬼気迫る感じで

わずゲットよ。

玉子系のサンドイッチがあるなら

商品には飛びついちゃうわ!

アメリカ暮らしが長いと日本で食べる生のベーコンちょっと抵抗有るけど、

私はあのカリカリベーコンも嫌いではないし、

ベーコン味噌汁ってカテゴライズされているぐらい

アメリカでは結構あれをいかに上手にカリカリ焼けるか選手権で嫁に行けるか行けないかってあるみたいだから

カリカリ焼きベーコン焼き機は

嫁入り道具の定番なのよ。

今日デトックスウォーター

イチゴがこの時期最高にマックスなので

バリューのあるうちに

まり苺の良い季節に良いデトックスウォーターは今よ!って具合で

ちゃんウォーラーしました。

ほんのりピンクイチゴ味よ。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2021-04-11

佐藤

九月二日

 次の日もよく晴れて谷川の波はちらちらひかりました。

 一郎と五年生の耕一とは、丁度午后ごご二時に授業がすみましたので、いつものように教室掃除そうじをして、それから二人一緒いっしょに学校の門を出ましたが、その時二人の頭の中は、昨日の変な子供で一杯いっぱいになっていました。そこで二人はもう一度、あの青山の栗の木まで行って見ようと相談しました。二人は鞄をきちんと背負い、川を渡わたって丘おかをぐんぐん登って行きました。

 ところがどうです。丘の途中とちゅうの小さな段を一つ越こえて、ひょっと上の栗の木を見ますと、たしかにあの赤髪の鼠色のマントを着た変な子が草に足を投げ出して、だまって空を見上げているのです。今日こそ全く間違まちがいありません。たけにぐさは栗の木の左の方でかすかにゆれ、栗の木のかげは黒く草の上に落ちています

 その黒い影かげは変な子のマントの上にもかかっているのでした。二人はそこで胸をどきどきさせて、まるで風のようにかけ上りました。その子は大きな目をして、じっと二人を見ていましたが、逃にげようともしなければ笑いもしませんでした。小さなくちびるを強そうにきっと結んだまま、黙だまって二人のかけ上って来るのを見ていました。

 二人はやっとその子の前まで来ました。けれどもあんまり息がはあはあしてすぐには何も云えませんでした。耕一などはあんまりもどかしいもんですから空へ向いて、

「ホッホウ。」と叫んで早く息を吐はいしまおうとしました。するとその子が口を曲げて一寸ちょっと笑いました。

 一郎がまだはあはあ云いながら、切れ切れに叫びました。

「汝うなぁ誰たれだ。何だ汝うなぁ。」

 するとその子は落ちついて、まるで大人のようにしっかり答えました。

「風野又三郎。」

「どこの人だ、ロシヤ人か。」

 するとその子は空を向いて、はあはあはあはあ笑い出しました。その声はまるで鹿しかの笛のようでした。それからやっとまじめになって、

又三郎だい。」とぶっきら棒に返事しました。

「ああ風の又三郎だ。」一郎と耕一とは思わず叫んで顔を見合せました。

「だからそう云ったじゃないか。」又三郎は少し怒おこったようにマントからとがった小さな手を出して、草を一本むしってぷいっと投げつけながら云いました。

「そんだらあっちこっち飛んで歩くな。」一郎がたずねました。

「うん。」

面白いか。」と耕一が言いました。すると風の又三郎は又笑い出して空を見ました。

「うん面白い。」

「昨日何なして逃げた。」

「逃げたんじゃないや。昨日は二百十日だい。本当なら兄さんたちと一緒にずうっと北の方へ行ってるんだ。」

「何なして行かなかった。」

「兄さんが呼びに来なかったからさ。」

「何て云う、汝うなの兄あい※[#小書き平仮名な、82-14]は。」

「風野又三郎。きまってるじゃないか。」又三郎は又機嫌きげんを悪くしました。

「あ、判わかった。うなの兄※[#小書き平仮名な、82-16]も風野又三郎、うなぃのお父さんも風野又三郎、うなぃの叔父おじさんも風野又三郎だな。」と耕一が言いました。

「そうそう。そうだよ。僕ぼくはどこへでも行くんだよ。」

支那しなへも行ったか。」

「うん。」

岩手山へも行ったが。」

岩手山から今来たんじゃないか。ゆうべは岩手山の谷へ泊とまったんだよ。」

「いいなぁ、おらも風になるたぃなぁ。」

 すると風の又三郎はよろこんだの何のって、顔をまるでりんごのようにかがやくばかり赤くしながら、いきなり立ってきりきりきりっと二三べんかかとで廻まわりました。鼠色のマントがまるでギラギラする白光りに見えました。それから又三郎は座って話し出しました。

面白かったぞ。今朝のはなし聞かせようか、そら、僕は昨日の朝ここに居たろう。」

「あれから岩手山へ行ったな。」耕一がたずねました。

「あったりまえさ、あったりまえ。」又三郎は口を曲げて耕一を馬鹿かにしたような顔をしました。

「そう僕のはなしへ口を入れないで黙っておいで。ね、そら、昨日の朝、僕はここから北の方へ行ったんだ。途中で六十五回もいねむりをしたんだ。」

「何なしてそんなにひるねした?」

「仕方ないさ。僕たちが起きてはね廻っていようたって、行くところがなくなればあるけないじゃないか。あるけなくなりゃ、いねむりだい。きまってらぁ。」

「歩けないたって立つが座ねまるかして目をさましていればいい。」

「うるさいねえ、いねむりたって僕がねむるんじゃないんだよ。お前たちがそう云うんじゃないか。お前たちは僕らのじっと立ったり座ったりしているのを、風がねむると云うんじゃないか。僕はわざとお前たちにわかるように云ってるんだよ。うるさいねえ。もう僕、行っちまうぞ。黙って聞くんだ。ね、そら、僕は途中で六十五回いねむりをして、その間考えたり笑ったりして、夜中の一時に岩手山の丁度三合目についたろう。あすこの小屋にはもう人が居ないねえ。僕は小屋のまわりを一ぺんぐるっとまわったんだよ。そしてまっくろな地面をじっと見おろしていたら何だか足もとがふらふらするんだ。見ると谷の底がだいぶ空あいてるんだ。僕らは、もう、少しでも、空いているところを見たらすぐ走って行かないといけないんだからね、僕はどんどん下りて行ったんだ。谷底はいいねえ。僕は三本の白樺しらかばの木のかげへはいってじっとしずかにしていたんだ。朝までお星さまを数えたりいろいろこれから面白いことを考えたりしていたんだ。あすこの谷底はいいねえ。そんなにしずかじゃないんだけれど。それは僕の前にまっ黒な崖がけがあってねえ、そこから一晩中ころころかさかさ石かけや火山灰のかたまったのやが崩くずれて落ちて来るんだ。けれどもじっとその音を聞いてるとね、なかなか面白いんだよ。そして今朝少し明るくなるとその崖がまるで火が燃えているようにまっ赤なんだろう。そうそう、まだ明るくならないうちにね、谷の上の方をまっ赤な火がちらちらちらちら通って行くんだ。楢ならの木や樺の木が火にすかし出されてまるで烏瓜からすうりの燈籠とうろうのように見えたぜ。」

「そうだ。おら去年烏瓜の燈火あかし拵こさえた。そして縁側えんがわへ吊つるして置いたら風吹いて落ちた。」と耕一が言いました。

 すると又三郎は噴ふき出してしまいました。

「僕お前の烏瓜の燈籠を見たよ。あいつは奇麗きれいだったねい、だから僕がいきなり衝つき当って落してやったんだ。」

「うわぁい。」

 耕一はただ一言云ってそれから何ともいえない変な顔をしました。

 又三郎おかしくておかしくてまるで咽喉のどを波のようにして一生けん命空の方に向いて笑っていましたがやっとこらえて泪なみだを拭ふきながら申しました。

「僕失敬したよ。僕そのかわり今度いいものを持って来てあげるよ。お前※[#小書き平仮名ん、85-9]とこへね、きれいなはこやなぎの木を五本持って行ってあげるよ。いいだろう。」

 耕一はやっと怒るのをやめました。そこで又三郎は又お話をつづけました。

「ね、その谷の上を行く人たちはね、みんな白いきものを着て一番はじめの人はたいまつを待っていただろう。僕すぐもう行って見たくて行って見たくて仕方なかったんだ。けれどどうしてもまだ歩けないんだろう、そしたらね、そのうちに東が少し白くなって鳥がなき出したろう。ね、あすこにはやぶうぐいすや岩燕いわつばめやいろいろ居るんだ。鳥がチッチクチッチクなき出したろう。もう僕は早く谷から飛び出したくて飛び出したくて仕方なかったんだよ。すると丁度いいことにはね、いつの間にか上の方が大へん空あいてるんだ。さあ僕はひらっと飛びあがった。そしてピゥ、ただ一足でさっきの白いきものの人たちのとこまで行った。その人たちはね一列になってつつじやなんかの生えた石からをのぼっているだろう。そのたいまつはもうみじかくなって消えそうなんだ。僕がマントをフゥとやって通ったら火がぽっぽっと青くうごいてね、とうとう消えてしまったよ。ほんとうはもう消えてもよかったんだ。東が琥珀こはくのようになって大きなとかげの形の雲が沢山たくさん浮うかんでいた。

『あ、とうとう消けだ。』と誰たれかが叫んでいた。おかしいのはねえ、列のまん中ごろに一人の少し年老としとった人が居たんだ。その人がね、年を老って大儀たいぎなもんだから前をのぼって行く若い人のシャツのはじにね、一寸ちょっととりついたんだよ。するとその若い人が怒ってね、

『引っ張るなったら、先刻さっきたがらいで処とこさ来るづどいっつも引っ張らが。』と叫さけんだ。みんなどっと笑ったね。僕も笑ったねえ。そして又一あしでもう頂上に来ていたんだ。それからあの昔むかしの火口のあとにはいって僕は二時間ねむった。ほんとうにねむったのさ。するとね、ガヤガヤ云うだろう、見るとさっきの人たちがやっと登って来たんだ。みんなで火口のふちの三十三の石ぼとけにね、バラバラリとお米を投げつけてね、もうみんな早く頂上へ行こうと競争なんだ。向うの方ではまるで泣いたばかりのような群青ぐんじょうの山脈や杉すぎごけの丘のようなきれいな山にまっ白な雲が所々かかっているだろう。すぐ下にはお苗代なわしろ御釜おかま火口湖がまっ蒼さおに光って白樺しらかばの林の中に見えるんだ。面白かったねい。みんなぐんぐんぐんぐん走っているんだ。すると頂上までの処にも一つ坂があるだろう。あすこをのぼるとき又さっきの年老としよりがね、前の若い人のシャツを引っぱったんだ。怒っていたねえ。それでも頂上に着いてしまうとそのとし老よりがガラスの瓶びんを出してちいさなちいさなコップについでそれをそのぷんぷん怒っている若い人に持って行って笑って拝むまねをして出したんだよ。すると若い人もね、急に笑い出してしまってコップを押おし戻もどしていたよ。そしておしまいとうとうのんだろうかねえ。僕はもう丁度こっちへ来ないといけなかったもんだからホウと一つ叫んで岩手山の頂上からはなれてしまったんだ。どうだ面白いだろう。」

面白いな。ホウ。」と耕一が答えました。

又三郎さん。お前まいはまだここらに居るのか。」一郎がたずねました。

 又三郎はじっと空を見ていましたが

「そうだねえ。もう五六日は居るだろう。歩いたってあんまり遠くへは行かないだろう。それでももう九日たつと二百二十日からね。その日は、事によると僕はタスカロラ海床かいしょうのすっかり北のはじまで行っちまうかも知れないぜ。今日もこれから一寸向うまで行くんだ。僕たちお友達になろうかねえ。」

「はじめから友だちだ。」一郎が少し顔を赤くしながら云いました。

「あした僕は又どっかであうよ。学校から帰る時もし僕がここに居たようならすぐおいで。ね。みんなも連れて来ていいんだよ。僕はいくらでもいいこと知ってんだよ。えらいだろう。あ、もう行くんだ。さよなら。」

 又三郎は立ちあがってマントをひろげたと思うとフィウと音がしてもう形が見えませんでした。

 一郎と耕一とは、あした又あうのを楽しみに、丘を下っておうちに帰りました。

   九月三日

 その次の日は九月三日でした。昼すぎになってから一郎は大きな声で云いいました。

「おう、又三郎は昨日又また来たぞ。今日も来るかも知れないぞ。又三郎の話聞きたいものは一緒いっしょにあべ。」

 残っていた十人の子供らがよろこんで、

「わぁっ」と叫びました。

 そしてもう早くもみんなが丘おかにかけ上ったのでした。ところが又三郎は来ていないのです。みんなは声をそろえて叫びました。

又三郎又三郎、どうどっと吹ふいで来こ。」

 それでも、又三郎は一向来ませんでした。

「風どうと吹いて来こ、豆呉けら風どうと吹いで来こ。」

 空には今日も青光りが一杯いっぱいに漲みなぎり、白いまばゆい雲が大きな環わになって、しずかにめぐるばかりです。みんなは又叫びました。

又三郎又三郎、どうと吹いて降りで来こ。」

 又三郎は来ないで、却かえってみんな見上げた青空に、小さなさなすき通った渦巻うずまきが、みずすましの様に、ツイツイと、上ったり下ったりするばかりです。みんなは又叫びました。

又三郎又三郎、汝うな、何なして早ぐ来ない。」

 それでも又三郎はやっぱり来ませんでした。

 ただ一疋ぴきの鷹たか銀色の羽をひるがえして、空の青光を咽喉一杯に呑のみながら、東の方へ飛んで行くばかりです。みんなは又叫びました。

又三郎又三郎、早ぐ此こさ飛んで来こ。」

 その時です。あのすきとおる沓くつとマントがギラッと白く光って、風の又三郎は顔をまっ赤に熱ほてらせて、はあはあしながらみんなの前の草の中に立ちました。

「ほう、又三郎、待っていたぞ。」

 みんなはてんでに叫びました。又三郎マントのかくしから、うすい黄色のはんけちを出して、額の汗あせを拭きながら申しました。

「僕ね、もっと早く来るつもりだったんだよ。ところがあんまりさっき高いところへ行きすぎたもんだから、お前達の来たのがわかっていても、すぐ来られなかったんだよ。それは僕は高いところまで行って、そら、あすこに白い雲が環になって光っているんだろう。僕はあのまん中をつきぬけてもっと上に行ったんだ。そして叔父おじさんに挨拶あいさつして来たんだ。僕の叔父さんなんか偉えらいぜ。今日だってもう三十里から歩いているんだ。僕にも一緒に行こうって云ったけれどもね、僕なんかまだ行かなくてもいいんだよ。」

「汝うなぃの叔父さんどごまで行く。」

「僕の叔父さんかい叔父さんはね、今度ずうっと高いところをまっすぐに北へすすんでいるんだ。

 叔父さんのマントなんか、まるで冷えてしまっているよ。小さなさな氷のかけらがさらさらぶっかかるんだもの、そのかけらはここから見えやしないよ」

又三郎さんは去年なも今頃いまごろここへ来たか。」

「去年は今よりもう少し早かったろう。面白おもしろかったねえ。九州からまるで一飛びに馳かけて馳けてまっすぐに東京へ来たろう。そしたら丁度僕は保久大将の家を通りかかったんだ。僕はね、あの人を前にも知っているんだよ。だから面白くて家の中をのぞきこんだんだ。障子が二枚はずれてね『すっかり嵐あらしになった』とつぶやきながら障子を立てたんだ。僕はそこから走って庭へでた。あすこにはざくろの木がたくさんあるねえ。若い大工がかなづちを腰こしにはさんで、尤もっともらしい顔をして庭の塀へいや屋根を見廻みまわっていたがね、本当はやっこさん、僕たちの馳けまわるのが大変面白かったようだよ。唇くちびるがぴくぴくして、いかにもうれしいのを、無理にまじめになって歩きまわっていたらしかったんだ。

 そして落ちたざくろを一つ拾って噛かじったろう、さあ僕はおかしくて笑ったね、そこで僕は、屋敷やしきの塀に沿って一寸戻ったんだ。それからにわかに叫んで大工の頭の上をかけ抜ぬけたねえ。

 ドッドド ドドウド ドドウド ドドウ、

 甘いざくろも吹き飛ばせ

 酸すっぱいざくろも吹き飛ばせ

 ホラね、ざくろの実がばたばた落ちた。大工はあわてたような変なかたちをしてるんだ。僕はもう笑って笑って走った。

 電信ばしらの針金を一本切ったぜ、それからその晩、夜どおし馳けてここまで来たんだ。

 ここを通ったのは丁度あけがただった。その時僕は、あの高洞山たかぼらやまのまっ黒な蛇紋岩じゃもんがんに、一つかみの雲を叩たたきつけて行ったんだ。そしてその日の晩方にはもう僕は海の上にいたんだ。海と云ったって見えはしない。もう僕はゆっくり歩いていたからね。霧きりが一杯に

私は公務員だったのに

 4月に転職をして一週間以上経過した。新しい職場ガラスの卸をやっている中小企業で、私は制服を着て、営業事務として見積書を作ったり請求書を作ったりしている。雇用形態契約社員で、この会社営業事務契約社員しかいない。会社の中ではパートさんと呼ばれている。とはいえ私はフルタイムで働いているので、何でパートさんと呼ばれているかは謎である

 私は大学卒業してからこの3月まで、区役所に勤めていた。だいたい10年間働いた。その話をすると、聞いた人はみんな「どうして辞めちゃったの?公務員の方が安定していたのに」という。私もそう思っていた。ただ、私は非常勤職員嘱託職員最後会計年度任用職員と呼ばれていた、つまり非正規雇用公務員だった。

 大学四年生の時に、内定がなかった。就職浪人するだけの余裕がなく、かといってフリーターになるのも嫌だった。そんな折、叔父がそこで働いていた関係で、非常勤職員の働き口を紹介してもらった。期間は一年だけど、みんな延長を繰り返していて、実質的には公務員から、と叔父は言っていた。私は履歴書を書いて、形ばかりの面接を受けて働き始めた。

 私の職種事務補助員だったので、コピーを取ったり簡単な打ち込みをしたり、来客にお茶を出したりするような仕事だった。給料は良いとは言えなかったが、実家だったのでなんとかやりくりしていた。同じ職場更新を二回した後、その職場事務補助員を廃止したので、私は別の部署を紹介され、そこの嘱託職員になった。仕事はだいたい同じで、若干の接客が発生した。

 令和元年度から法律が変わって、私は会計年度任用職員になった。うちの区役所では、基本的事務補助の非常勤職員嘱託職員も全員会計年度任用職員に移行した。筆記試験面接を受けた。面接の時に、筆記の成績が悪いか勉強しないと来年は危ういよ、と面接官に言われた。そこで初めて会計年度任用職員は毎年試験を受ける必要があるのを知った。

 会計年度任用職員になってからも、同じ部署所属していた。課長は、「できればきちんと試験を受けて正規職員になれるよう努力して欲しい」と言っていたが、専門学校にいくだけの余裕はなかったし、独学できるほどの頭もなかった。転職も考えたが、スキルがなかった。とはいえ試験さえ受ければ会計年度任用職員でもずっと役所にいられると思っていたから、この時はそれも無視していた。

 二回目の試験普通に受かったので、令和二年度も同じ場所で働いた。去年の秋の試験では、面接から「できれば一つの職場にとどまらず、正規職員と同じように職場をローテーションしてほしい」と言われたが、同じ職場で働いて6年も経っていたのでピンとこなかった。だから、ローテーションは絶対に嫌というわけでではないが、同じところの方がいい、というようなことを答えたた。

 結果的に、私は今年は採用されなかった。コロナの影響で受験者が多かった、と言うふうに説明されたが、筆記が悪かったのか、面接が良くなかったのかは不明である。聞いた時は目の前が真っ暗になった。一応は名簿搭載されているので空きが一年以内に出ればまた採用してもらえたらしいが、私の職場にはもう別の会計年度任用職員がいるし、何をやらされるか、いつから働けるかも分からない。そう思うと転職する他なかった。

 転職エージェント登録をして、今の会社を紹介してもらった。派遣期間は2年で、給料は今までと変わらない。会計年度任用職員になってからボーナスも出ていたのに、今の会社ボーナスが出ないのでげんなりしている。一緒に働いているパートのおばさんからは、「公務員は辞めちゃダメだって」としたり顔で言われるが、おばさんは終身雇用でない公務員がいることを知らない。

 非常勤職員嘱託職員時代はともかくとして、会計年度任用職員制度上は公務員だった。服務の宣誓もした。官制ワーキングプアをなくすため、なんて試験の時に会計年度任用職員の成り立ちを教わったが、私は賃金もずっと低く貯金もできないワーキングプアだったし、その挙句簡単に切られてしまった。勉強をして正規公務員にならないのが悪いと言われたらそれまでだが、そこまでの頭がなかったから仕方ない。でも、やっぱり私は区役所でまだ働いていたかった。友達も知り合いも多かったし、仕事内容も気に入っていたのに。ボーナスだってやっともらえるようになったのに。会計年度任用職員だって、きちんと公務員だったのに。

 誰かに公務員を辞めるのはもったいないよ」と言われるたびに、本当は「私だって辞めたくなかったよ!」と言い返したくてたまらない。だけど、そうすると色々説明しなければいけないことがありすぎるから、私はただ曖昧に笑うだけだ。

2021-04-09

覚醒遺伝ってあるじゃん

祖父

仕事◎ 女遊び◎

祖父

仕事△ 女遊び×

仕事○ 女遊び◎

増田

仕事× 女遊び○

増田's son

どういう因子持って生まれてきてるのかが非常に気になる。

今のところ「勉強×」はついてそうなんだけど

追記

母系

祖父

不明曽祖父の書き方で父系母系かがあると思ったけど異字だけか。叔父伯父叔母伯母と勘違いしてたっけ。

祖父

仕事○ 女遊び× 髪の毛◎

メンタル× 気性×

かに、髪の毛は母系のおかげで助かってる。

父系は、父、祖父、曾祖父全員禿てたから。

2021-04-06

anond:20210406002559

元増田とは違うけどうちの叔父さん、父親からの激しい暴力を受け続けてひどい統合失調症になってずっと入院してる

2021-04-05

ちゃんに会えてよかった。

家に帰ってきたら、また涙が出てきた。

 

5年ぶりに会った婆ちゃんは凄く苦しそうだった。酸素マスクがつけられた状態だった。

とくに自分が到着した時、かなり数値が悪化しており、見ているのもつらい状態だったが、滞在している時間に少しは改善し、帰るとき気持ちよく寝ているような感じだった。

自分が来たことは理解してくれたみたいで、ありがとうって言う声が辛うじて聞こえて嬉しかった。

どこどこをさすって欲しいとか、暑いから○○してほしいみたいなことは身振り手振りで意思疎通できたので、数少ない自分の出来ることをして面会の時間を過ごした。

寝ている婆ちゃんを起こさないまま静かに後にした。これが別れにはなりたくはない。

 

少し前に入院して、当初はそこまで重病になるような話ではなかったが、ある時から悪化する一方だった。

本当は二週間前に行く予定だったが、婆ちゃんと同じ街に住む叔父さんから、「もうちょっと元気になってから来てよ」と言われたのにちょっとほっとした自分がいた。仕事がかなり立て込んでいたのだ。行かない理由がほしかった自分がいた。

その後、一気に悪化してきて、親戚の話は、お通夜葬式にこれる見たいな話に変わっていった。

そうなると、二週間前行かなかった行動を猛烈に後悔するようになった。このまま婆ちゃんと生きている間に会えなかったら、叔父さんに「いや見舞いに行くよ」と言えなかったことを長く後悔するだろうと。

 

そして今日、もうこのタイミングで行っておかないと一生後悔するだろうと思って、昨日前泊して、今日面会してきた。あと、婆ちゃんの住む地域コロナ患者が増えてきて、面会禁止になるのも心配だった。

日帰りでも辛うじて行けるが、前泊して少し広めのシティホテル宿泊して、そこで仕事をすることでどうにか時間を作った。

 

5年前に会ったのは、仕事で来た際に、もう一日滞在して会ったのが最後。その後、何度となく行こうかと思ったが、そのままになっていた。

さすがにコロナウイルスが広まってからは、行くのは絶対に避けないと思って、そのままになっていた。でも嫌な予感がしたのも事実だ。

 

小学校卒業までは、学校休み事に行っていた。婆ちゃんは優しくて、お話好きで、行くのが毎回楽しかった。ゲーム機を買ってもらえるのも嬉しかった。

中学高校時代はほぼ行かなかったが、婆ちゃんの住む地方都市の隣の都市大学を受けたときは、婆ちゃんの家に泊まって受験した。朝飯の味噌汁とんでもないほど薄かった。そして合格した。

大学時代は、近かったので、各休みに1回は車で婆ちゃんと近所に住む年下のいとこを連れて、どっか食べに行ったり遊びにいったりしていた。

Googleフォトを見るとそん時の写真がいっぱいある。色んな思いでがある。

 

僕は婆ちゃんが好きだった。なのに、ここ数年一度も行かなかったことを後悔している。でも今日会ったことで、ちょっとだけ荷が降ろせた気がする。まぁ自分自己満足で、婆ちゃんはどう思っているか分からんけど。 

それでも、帰りの電車の車内。もう少し滞在しようか、もうこの電車が婆ちゃんの町を離れればそれは一生の別れなんじゃないかと思うと、僕はこの電車に乗っているのが辛くてしかたかった。引き戻るか。じゃ引き戻ってどうするんだ。今のこと、過去の事いろいろな事を考えると、胸が引き裂かれそうだった。早く終着駅についてくれと言う気持ちでいっぱいだった。

2021-03-31

彼氏趣味を合わせて一年経ちました。

まだコロナが騒がれる前、駄目人間自分ニートになりました。

今もニートなんですけどね。

 

ニートになった経緯等は本題ではないので省きます

そして色々あり、一年前に彼氏趣味であるMMOゲームをやり始めました。

以前より彼の趣味ではないソシャゲに付き合わせていたということもあり、仕事を辞めた罪悪感から逃げる為にも。

人見知りで、オンラインゲームなのにソロ活動している彼にとにかく喜んで欲しかったんです。

 

最初操作方法も分からないし、世界観も好きなものではなかったので楽しさもあまり共感出来ませんでした。

一応楽しそうに振る舞うようにはしていましたが。

そうしていないと、ニート自分価値が無いと思ったんです。

愛想笑いや話を聞くことは人並みには得意でしたので、嘘のオーバーリアクションを取るのは全然苦ではありませんでした。

 

彼は以前から私と過ごす時間以外は常にゲームをしており、ほとんどの時間はそのMMOをやっている感じでした。

ゲーマーであることに関しては、自分叔父もそんな感じだったので全く気にはしていませんでした。

そして自分も多趣味だったのでいい距離感を保てていたのかもしれません。

 

昨年の冬頃、彼は自分共通して遊んでいたソシャゲを辞めました。

元々ソシャゲガチャで金を取るシステムが嫌いらしく、無理強いをさせてしまっていたので仕方ないかなと思っておりました。

申し訳無さそうに辞めてもいいか伺う彼に続けろと強要することなんて勿論出来ませんでした。

 

それに、その頃にはMMOのある程度のコンテンツを一緒にプレイ出来る位にはキャラを育成出来ていました。

相変わらずデザインストーリーもいいものなんだろうなというのは理解しつつも、好きだったりハマるだったりまではいきませんでしたが。

これまでと共有する時間は変わらないだろうし、何より働いて無いヤツが強請れる物は無いですから

 

しばらく経つと、彼と共通ソシャゲが無くなって困ったことが一つ出てきました。

彼が自分に辞めた筈のソシャゲの新情報などを自分感想と併せて逐一教えてくるのです。

から情報などは教えてくれてはいたのですが…。

 

元々自分情報を知って盛り上がるタイプでは無く、実機で実装を見るまで必要以上の情報は要らないとまで思っておりました。

ですので、共通趣味では無くなった以上その行動はお節介しかなかったんです。

何度か情報は要らないし、やってないゲーム情報評論するのは辞めて欲しいと伝えたのですが辞めてはくれず。

段々と頻度は減っていったので、不快にはなりつつもまあいいかと思っておりました。

何より働いて無いヤツが(ry

 

年明け辺りより件のMMOで、複数人連携しないとクリア出来ないコンテンツを彼はやりたそうにしていました。

人付き合いが苦手な彼が喜ぶ為に、自分SNSゲーム専用アカウント作成し、小さなコミュニティ作りました

お陰で先月初めて複数人コンテンツクリアー出来、彼は本当に嬉しそうにしてくれました。

 

そして同じ時期に自分は今までやっていたソシャゲ趣味のものを全部捨てました。

 

一年間彼に趣味を合わせ続けた結果、自分は彼の趣味を好きにはなれませんでした。

嫌いではないし、いい作品だというのも非常によく理解出来ましたし、沢山のファンが居るのも彼がのめり込むのも納得だなと思いました。

 

ただ、自分は何百時間かけても心からは楽しくありませんでした。

そこに時間と労力を割いた分、どんどん他の事がどうでもよく思えてきました。

そして自分は今、心から楽しいと思う感情を忘れてしまった気がします。

何となくで何とか今日も生きてます

そして、多分今日もあのゲームをやるのでしょう。

 

まり他人に合わせるのも考えモノかもしれませんね。

とりあえず趣味ではないですが、今現在自分が唯一自然に笑えている物が一つ。

剣持刀也さんの動画です。

これだけは捨てられないというか、自然に観たいという感情が湧いてくるんですよね。

剣持さん、素敵な世界ありがとうございます

 

皆様いい1日を。

2021-03-23

雑誌映画秘宝』の記憶(23)

町山智浩柳下毅一郎問題発言集】(No.04)

功夫から「バカ」認定されましたが、元『映画秘宝編集部員の秋山直斗(ナオト)さんにも不正義や不公正と闘ってもらうために、引き続き頑張ります。これまでと同じく、出典は『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判』(2002年洋泉社)、発言者を「町山」及び「柳下」と表記します。記述形式

   [ページ数]

   発言者発言内容

   【※】付随情報や私個人の感想など(適宜)

   (初出)

です。

 なお、問題発言だけでなく「今から見返したら『味わい深い』」と云う発言も有ります

〈警告!〉「同性愛者に対する差別発言」などが含まれるため、読むと気分が悪くなる可能性が有ります

引用ここから

[p179]

【※】古株の『映画秘宝』読者にはお馴染みパンチパーマトレードマークの「✕澤サン」に関する話題から始まる。

 柳下20世紀FOX宣伝部のボス、✕澤さんの話を書いてから、怪しいタレコミが引きもきりません。

 町山:本当?何が来たって?

 柳下:『映画ビジネス』って業界紙なんですけどね。これが凄いんだ。月二回発行で購読料がなんと月額7000円!

 町山:それ総会屋(笑)

 柳下:知りませんけどね。新年号で✕澤さんがインタビューされてるんだけど「映画宣伝マンの条件」を得々と語ってる。「宣伝マン身体が丈夫で情熱があって、忍耐力があって、忠誠心と少しの自己犠牲精神があり、一生懸命仕事をしながら女性口説くぐらいのガッツとパワーがないとだめですね」

 町山:「身体が丈夫」「忍耐力」「忠誠心」、それに「自己犠牲」?それ、要するに「オレ様に逆らうな!」って意味ですか(笑)

 柳下:「そして絶対に人を裏切らないということです」だって(笑)

 町山:脅すなよ(笑)

【※】「町山さんが大好き」なので女性パートナーの肉体を差し出す子分柳下の後追いで草を生やしたツイートを連投した子分もしかして、✕澤イズムの後継者は、町山智浩たち自身なのでは?

[p185]

【※】映画インサイダー試写会話題に。

 柳下:実際『インサイダー』は大人気で、試写も一時間から行かないと座れない。行ってみたら超満員で、開場二十分前に来た人も帰らされていた。ところが真ん中にズラッと十席ばかり「予約席」があったんだよね(笑)。で、こんなインチキしてる奴はどこのお偉いさんだ?と思って見てたら、五分くらい前になって筑紫哲也女子アナだかタレントだかをゾロゾロ連れて入ってきた(笑)

 町山:「おじさま〜、じゃーなりずむって何だか教えて〜」「よしよし、君にだけ教えたげよう」ってか(笑)。『ニュース23』のスタッフいくらエロ事件を起こしても筑紫が辞めようとしなかったのは、自分業界の毒にすっかり染まってたからだったのね。それで「報道真実が…」とか、したり顔で言われても説得力ないよなあ。

【※】業界の毒、したり顔で年下の女性に語りたがる…はて、何処かで聞いたような話ですね。地方映画祭に謎の同伴者がいた話とか。

(初出『映画秘宝』00年vol.17)

[p202]

【※】ジョン・ウー監督トム・クルーズ主演『M:I-2』の話題

 柳下トム・クルーズって「男らしさの証明したがり病」ですね。

(中略)

 町山:どうしてそんなに男らしさにごだわるかね。

(中略)

 柳下:トムの男らしさ強迫症のもう一つの原因はホモ疑惑。だから、すれ違ったチンピラに「ホモ野郎!」って言われて女買いに行くことを決心する『アイズ ワイド シャット』はモロ。

【※】誰よりも町山・柳下自身が「男らしさの証明」と「同性愛者でない証明」の強迫観念に駆られて、その証明のために同性愛者に対して差別発言を繰り返しているとしか思えません。

(初出『MEN’S CLUB』00年8月号)

[p206]

【※】『ハピネス』のフィリップ・シーモア・ホフマン自慰場面に触れて。

 町山:淀川長治先生がご存命なら「フィリップちゃん、一緒にお風呂に入りましょ!」って叫んでるぞ。

 柳下淀川さんに『フローレス』(99年)観せたかったな。ホフマンがディヴァインばりの女装を見せるの。

※また故人の淀川長治揶揄する。

[p207-208]

【※】『サウスパーク無修正映画版』の話題に。

 町山:でも(ジョージ・)クルーニーの役って犬だよ。しかも他のオスのカマを掘りまくるホモ(笑)。恩人にそういう最低の仕事をさせるか(笑)

 柳下:まあ、史上最悪のアニメですから映画版『サウスパーク』には、Fuckなどの不適切セリフが合計399,不適切な行動が128、おまけに221の暴力&残酷描写があって、これは映画史上最多記録だって

(中略)

 町山:いちばん好きな歌は「アンクル・ファッカー」だな。♪叔父さんにカマ掘られてるだろ、お前、チンポしゃぶってケッなめて、朝から晩までハメまくり、オレのキンタマくわえやがれ!

 柳下:歌うなって!その歌詞といい、なんか映画版『サウスパーク』ってゲイネタが多すぎない?地獄に落ちたサダム・フセイン魔王サタンのおカマを掘るし。

(中略)

 柳下:やめやめ!二人でこんな会話してると僕らもゲイだと思われちゃうよ!

【※】さんざん自分たちが同性愛者を差別する発言を繰り広げておきながら、同性愛者と思われることを恥とするかのように言うのは、二重の差別

(初出『MEN’S CLUB』00年9月号)

感想】『サウスパーク作品内において用いられた「敵対者に対する攻撃手段」としての「敵対者同性愛者として描く」と云う手法は、町山智浩柳下毅一郎高橋ヨシキら『映画秘宝関係者同性愛者を差別する思考言動に大きな影響を及ぼしたのではないかと私は思います

今回はここまでにします。ヘイル・サタン

anond:20210323133023

幅広い交配をして強い子孫を残すため、生物は近親者には生理的嫌悪を感じる

(例えば、思春期の娘は父親本能的に嫌うようになる)

みたいな話を聞いたことがあったし

ワイ自身も身内に性的感情は一切持てないんやが

最近エロ漫画広告でよく

主約の男がおかんとか姉とヤッてたり

子だくさんの大家族兄弟姉妹+親まで含めたキンシンソーカン祭りやってたりするのが目につく

叔父と姪なんかはもはや普通になってきた

読む人がいるか広告が出るんだろうが、個人的には「おええええー」って感じやな

2021-03-22

シグナ

「ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、

  さそりの赤眼あかめが 見えたころ、

  四時から今朝けさも やって来た。

  遠野とおのの盆地ぼんちは まっくらで、

  つめたい水の 声ばかり。

 ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、

  凍こごえた砂利じゃりに 湯ゆげを吐はき、

  火花を闇やみに まきながら、

  蛇紋岩サアペンテインの 崖がけに来て、

  やっと東が 燃もえだした。

 ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、

  鳥がなきだし 木は光り、

  青々川は ながれたが、

  丘おかもはざまも いちめんに、

  まぶしい霜しもを 載のせていた。

 ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、

  やっぱりかけると あったかだ、

  僕ぼくはほうほう 汗あせが出る。

  もう七、八里り はせたいな、

  今日も一日 霜ぐもり。

 ガタンタン、ギー、シュウシュウ

 軽便鉄道けいべんてつどうの東からの一番列車れっしゃが少しあわてたように、こう歌いながらやって来てとまりました。機関車きかんしゃの下からは、力のない湯ゆげが逃にげ出して行き、ほそ長いおかしな形の煙突えんとつからは青いけむりが、ほんの少うし立ちました。

 そこで軽便鉄道づきの電信柱でんしんばしらどもは、やっと安心あんしんしたように、ぶんぶんとうなり、シグナルの柱はかたんと白い腕木うできを上げました。このまっすぐなシグナルの柱は、シグナレスでした。

 シグナレスはほっと小さなため息いきをついて空を見上げました。空にはうすい雲が縞しまになっていっぱいに充みち、それはつめたい白光しろびかりを凍こおった地面じめんに降ふらせながら、しずかに東に流ながれていたのです。

 シグナレスはじっとその雲の行ゆく方えをながめました。それからやさしい腕木を思い切りそっちの方へ延のばしながら、ほんのかすかにひとりごとを言いいました。

「今朝けさは伯母おばさんたちもきっとこっちの方を見ていらっしゃるわ」

 シグナレスはいつまでもいつまでも、そっちに気をとられておりました。

カタン

 うしろの方のしずかな空で、いきなり音がしましたのでシグナレスは急いそいでそっちをふり向むきました。ずうっと積つまれた黒い枕木まくらぎの向こうに、あの立派りっぱな本線ほんせんのシグナル柱ばしらが、今はるかの南から、かがやく白けむりをあげてやって来る列車れっしゃを迎むかえるために、その上の硬かたい腕うでを下げたところでした。

お早う今朝は暖あたたかですね」本線のシグナル柱は、キチンと兵隊へいたいのように立ちながら、いやにまじめくさってあいさつしました。

お早うございますシグナレスはふし目になって、声を落おとして答こたえました。

「若わかさま、いけません。これからあんものにやたらに声を、おかけなさらないようにねがいます」本線のシグナルに夜電気を送おくる太ふとい電信柱でんしんばしらがさももったいぶって申もうしました。

 本線のシグナルはきまり悪わるそうに、もじもじしてだまってしまいました。気の弱いシグナレスはまるでもう消きえてしまうか飛とんでしまうかしたいと思いました。けれどもどうにもしかたがありませんでしたから、やっぱりじっと立っていたのです。

 雲の縞しまは薄うすい琥珀こはくの板いたのようにうるみ、かすかなかすかな日光が降ふって来ましたので、本線シグナルつきの電信柱はうれしがって、向こうの野原のはらを行く小さな荷馬車にばしゃを見ながら低ひくい調子ちょうしはずれの歌をやりました。

「ゴゴン、ゴーゴー、

 うすいから

 酒さけが降ふりだす、

 酒の中から

 霜しもがながれる。

 ゴゴン、ゴーゴー、

 ゴゴン、ゴーゴー、

 霜がとければ、

 つちはまっくろ。

 馬はふんごみ

 人もぺちゃぺちゃ。

 ゴゴン、ゴーゴー」

 それからもっともっとつづけざまに、わけのわからないことを歌いました。

 その間に本線ほんせんのシグナル柱ばしらが、そっと西風にたのんでこう言いいました。

「どうか気にかけないでください。こいつはもうまるで野蛮やばんなんです。礼式れいしきも何も知らないのです。実際じっさい私はいつでも困こまってるんですよ」

 軽便鉄道けいべんてつどうのシグナレスは、まるでどぎまぎしてうつむきながら低ひくく、

「あら、そんなことございませんわ」と言いいましたがなにぶん風下かざしもでしたから本線ほんせんのシグナルまで聞こえませんでした。

「許ゆるしてくださるんですか。本当を言ったら、僕ぼくなんかあなたに怒おこられたら生きているかいもないんですからね」

あらあら、そんなこと」軽便鉄道の木でつくったシグナレスは、まるで困こまったというように肩かたをすぼめましたが、実じつはその少しうつむいた顔は、うれしさにぽっと白光しろびかりを出していました。

シグナレスさん、どうかまじめで聞いてください。僕あなたのためなら、次つぎの十時の汽車が来る時腕うでを下げないで、じっとがんばり通してでも見せますよ」わずかばかりヒュウヒュウ言いっていた風が、この時ぴたりとやみました。

「あら、そんな事こといけませんわ」

「もちろんいけないですよ。汽車が来る時、腕を下げないでがんばるなんて、そんなことあなたのためにも僕のためにもならないから僕はやりはしませんよ。けれどもそんなことでもしようと言いうんです。僕あなたくらい大事だいじなもの世界中かいじゅうないんです。どうか僕を愛あいしてください」

 シグナレスは、じっと下の方を見て黙だまって立っていました。本線シグナルつきのせいの低ひくい電信柱でんしんばしらは、まだでたらめの歌をやっています

「ゴゴンゴーゴー、

 やまのいわやで、

 熊くまが火をたき、

 あまりけむくて、

 ほらを逃にげ出す。ゴゴンゴー、

 田螺にしはのろのろ。

 うう、田螺はのろのろ。

 田螺のしゃっぽは、

 羅紗ラシャの上等じょうとう、ゴゴンゴーゴー」

 本線ほんせんのシグナルはせっかちでしたから、シグナレスの返事へんじのないのに、まるであわててしまいました。

シグナレスさん、あなたはお返事をしてくださらないんですか。ああ僕ぼくはもうまるでくらやみだ。目の前がまるでまっ黒な淵ふちのようだ。ああ雷かみなりが落おちて来て、一ぺんに僕のからだをくだけ。足もとから噴火ふんかが起おこって、僕を空の遠くにほうりなげろ。もうなにもかもみんなおしまいだ。雷が落ちて来て一ぺんに僕のからだを砕くだけ。足もと……」

「いや若様わかさま、雷が参まいりました節せつは手前てまえ一身いっしんにおんわざわいをちょうだいいたします。どうかご安心あんしんをねがいとう存ぞんじます

 シグナルつきの電信柱でんしんばしらが、いつかでたらめの歌をやめて、頭の上のはりがねの槍やりをぴんと立てながら眼めをパチパチさせていました。

「えい。お前なんか何を言いうんだ。僕ぼくはそれどこじゃないんだ」

「それはまたどうしたことでござりまする。ちょっとやつがれまでお申もうし聞きけになりとう存ぞんじます

「いいよ、お前はだまっておいで」

 シグナルは高く叫さけびました。しかシグナルも、もうだまってしまいました。雲がだんだん薄うすくなって柔やわらかな陽ひが射さして参まいりました。

 五日の月が、西の山脈さんみゃくの上の黒い横雲よこぐもから、もう一ぺん顔を出して、山に沈しずむ前のほんのしばらくを、鈍にぶい鉛なまりのような光で、そこらをいっぱいにしました。冬がれの木や、つみ重かさねられた黒い枕木まくらぎはもちろんのこと、電信柱でんしんばしらまでみんな眠ねむってしまいました。遠くの遠くの風の音か水の音がごうと鳴るだけです。

「ああ、僕ぼくはもう生きてるかいもないんだ。汽車が来るたびに腕うでを下げたり、青い眼鏡めがねをかけたりいったいなんのためにこんなことをするんだ。もうなんにもおもしろくない。ああ死しのう。けれどもどうして死ぬ。やっぱり雷かみなり噴火ふんかだ」

 本線ほんせんのシグナルは、今夜も眠ねむられませんでした。非常ひじょうなはんもんでした。けれどもそれはシグナルばかりではありません。枕木の向こうに青白くしょんぼり立って、赤い火をかかげている軽便鉄道けいべんてつどうのシグナル、すなわちシグナレスとても全まったくそのとおりでした。

「ああ、シグナルさんもあんまりだわ、あたしが言いえないでお返事へんじもできないのを、すぐあんなに怒おこっておしまいになるなんて。あたしもう何もかもみんなおしまいだわ。おお神様かみさまシグナルさんに雷かみなりを落おとす時、いっしょに私にもお落としくださいませ」

 こう言いって、しきりに星空に祈いのっているのでした。ところがその声が、かすかにシグナルの耳にはいりました。シグナルはぎょっとしたように胸むねを張はって、しばらく考えていましたが、やがてガタガタふるえだしました。

 ふるえながら言いました。

シグナレスさん。あなたは何なにを祈っておられますか」

「あたし存ぞんじませんわ」シグナレスは声を落として答えました。

シグナレスさん、それはあんまりひどいお言葉ことばでしょう。僕ぼくはもう今すぐでもお雷らいさんにつぶされて、または噴火ふんかを足もとから引っぱり出して、またはいさぎよく風に倒たおされて、またはノア洪水こうずいをひっかぶって、死しんでしまおうと言うんですよ。それだのに、あなたはちっとも同情どうじょうしてくださらないんですか」

「あら、その噴火洪水こうずいを。あたしのお祈りはそれよ」シグナレスは思い切って言いました。シグナルはもううれしくて、うれしくて、なおさらガタガタガタガタふるえました。

 その赤い眼鏡めがねもゆれたのです。

シグナレスさん、なぜあなたは死ななけぁならないんですか。ね。僕ぼくへお話しください。ね。僕へお話しください。きっと、僕はそのいけないやつを追おっぱらってしまますから、いったいどうしたんですね」

だってあなたあんなにお怒おこりなさるんですもの

「ふふん。ああ、そのことですか。ふん。いいえ。そのことならばご心配しんぱいありません。大丈夫だいじょうぶです。僕ちっとも怒ってなんかいしませんからね。僕、もうあなたのためなら、眼鏡めがねをみんな取とられて、腕うでをみんなひっぱなされて、それから沼ぬまの底そこへたたき込こまれたって、あなたをうらみはしませんよ」

「あら、ほんとう。うれしいわ」

「だから僕を愛あいしてください。さあ僕を愛するって言いってください」

 五日のお月さまは、この時雲と山の端はとのちょうどまん中にいました。シグナルはもうまるで顔色を変かえて灰色はいいろの幽霊ゆうれいみたいになって言いました。

「またあなたはだまってしまったんですね。やっぱり僕がきらいなんでしょう。もういいや、どうせ僕なんか噴火ふんかか洪水こうずいかかにやられるにきまってるんだ」

「あら、ちがいますわ」

「そんならどうですどうです、どうです」

「あたし、もう大昔おおむかしかあなたのことばかり考えていましたわ」

「本当ですか、本当ですか、本当ですか」

「ええ」

「そんならいいでしょう。結婚けっこんの約束くそくをしてください」

「でも」

「でもなんですか、僕ぼくたちは春になったらつばめにたのんで、みんなにも知らせて結婚けっこんの式しきをあげましょう。どうか約束くそくしてください」

だってあたしはこんなつまらないんですわ」

「わかってますよ。僕にはそのつまらないところが尊とうといんです」

 すると、さあ、シグナレスはあらんかぎりの勇気ゆうきを出して言いい出しました。

「でもあなたは金でできてるでしょう。新式でしょう。赤青眼鏡あかあおめがねを二組みも持もっていらっしゃるわ、夜も電燈でんとうでしょう。あたしは夜だってランプですわ、眼鏡もただ一つきり、それに木ですわ」

「わかってますよ。だから僕はすきなんです」

「あら、ほんとう。うれしいわ。あたしお約束くそくするわ」

「え、ありがとう、うれしいなあ、僕もお約束しますよ。あなたはきっと、私の未来みらいの妻つまだ」

「ええ、そうよ、あたし決けっして変かわらないわ」

結婚指環エンゲージリングをあげますよ、そら、ね、あすこの四つならんだ青い星ね」

「ええ」

「あのいちばん下の脚あしもとに小さな環わが見えるでしょう、環状星雲フィッシュマウスネビュラですよ。あの光の環ね、あれを受うけ取とってください。僕のまごころです」

「ええ。ありがとういただきますわ」

「ワッハッハ。大笑おおわらいだ。うまくやってやがるぜ」

 突然とつぜん向むこうのまっ黒な倉庫そうこが、空にもはばかるような声でどなりました。二人はまるでしんとなってしまいました。

 ところが倉庫がまた言いいました。

「いや心配しんぱいしなさんな。この事ことは決けっしてほかへはもらしませんぞ。わしがしっかりのみ込こみました」

 その時です、お月さまがカブンと山へおはいりになって、あたりがポカッと、うすぐらくなったのは。

 今は風があんまり強いので電信柱でんしんばしらどもは、本線ほんせんの方も、軽便鉄道けいべんてつどうの方もまるで気が気でなく、ぐうん ぐうん ひゅうひゅう と独楽こまのようにうなっておりました。それでも空はまっ青さおに晴れていました。

 本線シグナルつきの太ふとっちょの電信柱も、もうでたらめの歌をやるどころの話ではありません。できるだけからだをちぢめて眼めを細ほそくして、ひとなみに、ブウウ、ブウウとうなってごまかしておりました。

 シグナレスはこの時、東のぐらぐらするくらい強い青びかりの中を、びっこをひくようにして走って行く雲を見ておりましたが、それからチラッとシグナルの方を見ました。シグナルは、今日巡査じゅんさのようにしゃんと立っていましたが、風が強くて太っちょの電柱でんちゅうに聞こえないのをいいことにして、シグナレスに話しかけました。

「どうもひどい風ですね。あなた頭がほてって痛いたみはしませんか。どうも僕ぼくは少しくらくらしますね。いろいろお話しまからあなたただ頭をふってうなずいてだけいてください。どうせお返事へんじをしたって僕ぼくのところへ届とどきはしませんからそれから僕の話でおもしろくないことがあったら横よこの方に頭を振ふってください。これは、本当は、ヨーロッパの方のやり方なんですよ。向むこうでは、僕たちのように仲なかのいいものがほかの人に知れないようにお話をする時は、みんなこうするんですよ。僕それを向こうの雑誌ざっしで見たんです。ね、あの倉庫そうこのやつめ、おかしなやつですね、いきなり僕たちの話してるところへ口を出して、引き受うけたのなんのって言いうんですものあいつはずいぶん太ふとってますね、今日も眼めをパチパチやらかしますよ、僕のあなたに物を言ってるのはわかっていても、何を言ってるのか風でいっこう聞こえないんですよ、けれども全体ぜんたい、あなたに聞こえてるんですか、聞こえてるなら頭を振ってください、ええそう、聞こえるでしょうね。僕たち早く結婚けっこんしたいもんですね、早く春になれぁいいんですね、僕のところのぶっきりこに少しも知らせないでおきましょう。そしておいて、いきなり、ウヘン! ああ風でのどがぜいぜいする。ああひどい。ちょっとお話をやめますよ。僕のどが痛いたくなったんです。わかりましたか、じゃちょっとさようなら

 それからシグナルは、ううううと言いながら眼をぱちぱちさせて、しばらくの間だまっていました。

 シグナレスもおとなしく、シグナルののどのなおるのを待まっていました。電信柱でんしんばしらどもはブンブンゴンゴンと鳴り、風はひゅうひゅうとやりました。

 シグナルはつばをのみこんだり、ええ、ええとせきばらいをしたりしていましたが、やっとのどの痛いたいのがなおったらしく、もう一ぺんシグナレスに話しかけました。けれどもこの時は、風がまるで熊くまのように吼ほえ、まわりの電信柱でんしんばしらどもは、山いっぱいの蜂はちの巣すをいっぺんにこわしでもしたように、ぐゎんぐゎんとうなっていましたので、せっかくのその声も、半分ばかりしかシグナレスに届とどきませんでした。

「ね、僕ぼくはもうあなたのためなら、次つぎの汽車の来る時、がんばって腕うでを下げないことでも、なんでもするんですからね、わかったでしょう。あなたもそのくらいの決心けっしんはあるでしょうね。あなたはほんとうに美うつくしいんです、ね、世界かいの中うちにだっておれたちの仲間なかまはいくらもあるんでしょう。その半分はまあ女の人でしょうがねえ、その中であなたはいちばん美しいんです。もっともほかの女の人僕よく知らないんですけれどね、きっとそうだと思うんですよ、どうです聞こえますか。僕たちのまわりにいるやつはみんなばかですね、のろまですね、僕のとこのぶっきりこが僕が何をあなたに言ってるのかと思って、そらごらんなさい、一生けん命めい、目をパチパチやってますよ、こいつときたら全まったくチョークよりも形がわるいんですからね、そら、こんどはあんなに口を曲まげていますよ。あきれたばかですねえ、僕の話聞こえますか、僕の……」

「若わかさま、さっきから何をべちゃべちゃ言いっていらっしゃるのです。しかシグナレス風情ふぜいと、いったい何をにやけていらっしゃるんです」

 いきなり本線ほんせんシグナルつきの電信柱でんしんばしらが、むしゃくしゃまぎれに、ごうごうの音の中を途方とほうもない声でどなったもんですからシグナルはもちろんシグナレスも、まっ青さおになってぴたっとこっちへ曲げていたからだを、まっすぐに直なおしました。

「若わかさま、さあおっしゃい。役目やくめとして承うけたまわらなければなりません」

 シグナルは、やっと元気を取り直なおしました。そしてどうせ風のために何を言いっても同じことなのをいいことにして、

「ばか、僕ぼくはシグナレスさんと結婚けっこんして幸福こうふくになって、それからお前にチョークのお嫁よめさんをくれてやるよ」と、こうまじめな顔で言ったのでした。その声は風下かざしものシグナレスにはすぐ聞こえましたので、シグナレスはこわいながら思わず笑わらってしまいました。さあそれを見た本線ほんせんシグナルつきの電信柱の怒おこりようと言ったらありません。さっそくブルブルッとふるえあがり、青白く逆上のぼせてしまい唇くちびるをきっとかみながらすぐひどく手をまわして、すなわち一ぺん東京まで手をまわして風下かざしもにいる軽便鉄道けいべんてつどうの電信柱に、シグナルとシグナレス対話たいわがいったいなんだったか、今シグナレスが笑ったことは、どんなことだったかたずねてやりました。

 ああ、シグナルは一生の失策しっさくをしたのでした。シグナレスよりも少し風下にすてきに耳のいい長い長い電信柱がいて、知らん顔をしてすまして空の方を見ながらさっきからの話をみんな聞いていたのです。そこでさっそく、それを東京を経へて本線シグナルつきの電信柱に返事へんじをしてやりました。本線ほんせんシグナルつきの電信柱でんしんばしらはキリキリ歯はがみをしながら聞いていましたが、すっかり聞いてしまうと、さあ、まるでばかのようになってどなりました。

くそっ、えいっ。いまいましい。あんまりだ。犬畜生いぬちくしょうあんまりだ。犬畜生、ええ、若わかさま、わたしだって男ですぜ。こんなにひどくばかにされてだまっているとお考えですか。結婚けっこんだなんてやれるならやってごらんなさい。電信柱の仲間なかまはもうみんな反対はんたいです。シグナル柱の人たちだって鉄道長てつどうちょうの命令めいれいにそむけるもんですか。そして鉄道長はわたし叔父おじですぜ。結婚なりなんなりやってごらんなさい。えい、犬畜生いぬちくしょうめ、えい」

 本線シグナルつきの電信柱は、すぐ四方電報でんぽうをかけました。それからしばらく顔色を変かえて、みんなの返事へんじをきいていました。確たしかにみんなから反対はんたいの約束くそくをもらったらしいのでした。それからきっと叔父のその鉄道長とかにもうまく頼たのんだにちがいありません。シグナルもシグナレスも、あまりのことに今さらカンとしてあきれていました。本線シグナルつきの電信柱は、すっかり反対の準備じゅんびができると、こんどは急きゅうに泣なき声で言いいました。

「あああ、八年の間、夜ひる寝ねないでめんどうを見てやってそのお礼れいがこれか。ああ情なさけない、もう世の中はみだれてしまった。ああもうおしまいだ。なさけない、メリケン国のエジソンさまもこのあさましい世界かいをお見すてなされたか。オンオンオンオン、ゴゴンゴーゴーゴゴンゴー」

 風はますます吹ふきつのり、西の空が変へんに白くぼんやりなって、どうもあやしいと思っているうちに、チラチラチラチラとうとう雪がやって参まいりました。

 シグナルは力を落おとして青白く立ち、そっとよこ眼めでやさしいシグナレスの方を見ました。シグナレスはしくしく泣なきながら、ちょうどやって来る二時の汽車を迎むかえるためにしょんぼりと腕うでをさげ、そのいじらしいなで肩がたはかすかにかすかにふるえておりました。空では風がフイウ、涙なみだを知らない電信柱どもはゴゴンゴーゴーゴゴンゴーゴー。

 さあ今度こんどは夜ですよ。Permalink | 記事への反応(0) | 22:29

2021-03-19

近親婚に続いて同性婚事実上婚姻状態と認められるようになったか

同性事実婚不貞行為慰謝料 最高裁、法的保護認める

https://www.chunichi.co.jp/article/220792?rct=national

同性カップルでも民法上の不法行為対象となると認め、賠償を命じた判断最高裁で確定したのは初とみられる。

過去にはこのような判例も。

叔姪婚

https://www.wikiwand.com/ja/%E5%8F%94%E5%A7%AA%E5%A9%9A

茨城県における叔父と姪の内縁関係で、叔父が死亡後の姪に対する遺族年金給付可能であるかを巡って訴訟が発生し、2007年平成19年3月には、そのような内縁関係でも倫理性などに問題がなければ遺族年金給付可能という最高裁判所の判断が示された[6]。2009年平成20年1月には、兵庫県における叔父と姪の内縁関係訴訟においても遺族年金給付を認める判決東京地方裁判所で出されている[7]。

令和は多様な愛が内縁という形で認められる時代になっていくのだろう。

あなたたちの愛が今は認められていない愛だからといって、諦める必要はない。

2021-03-04

anond:20210304122543

去年叔父孤独死して溶けた話をしてやろうか。

近くにいたいとこが処理したようだが、

家中のありとあらゆるものをすべて取り替えたらしい。

でないともうニオイが凄まじかったそうな。

死んでいた風呂場はタイルまで全取り替え。

2階も例外ではなかったそうだ。

どれだけの費用がかかったか

それでも気になるので誰もいない家は窓を開けっぱだとか。

一軒家だったのがせめてものいか

俺にできたのは多めの香典を包むくらい。

防げないならとにかく素早く発見してもらう

工夫をしておかないと、相当な迷惑をかけるぞ。

2021-03-01

anond:20210301223145

DuckDuckGoはヒットした

Ki-SS - ポケモン小説投稿

[pokenovel.moo.jp/mtsm/mtsm.cgi?mode=novel_view&id=watanaben&nvno=13&pgno=13&cplist=off ドメイン検索する] pokenovel.moo.jp/mtsm/mtsm.cgi?mode=novel_view&id=watanaben&nvno=13&pgno=13&cplist=off

「展開してるのはキザキの叔父様だけじゃないわね」 その場に赴いたキッスは周辺警護に当たるPMCスタッフ視野に入れていた。『やはり、ジョウトPMCは君の正体を分かっていて展開していると思うべきなのだろうか』

「大きく違うな、ジョークマン。ワシは然るべき罰を与えるべきだとは思っておる。ヤツは犯罪者だ。だが、何の問答もなく殺せだと? そのような思考停止、ワシが許さん!」

2021-02-28

私が里親募集サイトで猫を引き取る事を諦めた理由

内容はタイトルの通り


挫折までのカウントダウン


私は30代の男性、60代の父と二人暮らし

まず猫を飼おうと思ったきっかけは約20年間一緒に住んでいた猫との死別

なかなか日常の会話も進まない二人の不器用な男、そんな暮らしささやかだが彩りを与えてくれていた愛猫

その喪失感に耐えられず、死別から一年経ち喪が明けたという気持ちもあり、二人でしっかりと相談を重ね猫を再び飼おうと決意した


そしてたどり着いたのは「里親募集サイト

様々な条件はあるが、最初は車で一時間程度の所にある保護団体募集に申し込んでみた

答えは 否

理由は「家族構成が気に入らない」

その後調べた所、保護団体は条件が厳しいとの情報があったため、個人での譲渡希望者を探す事にした


二件目は同じ県に住む相手、どうやら家猫の避妊手術をしていなくて増えすぎた子猫を譲りたいようだ

これならばと思い申し込んでみた

やはり答えは 否 どころか沈黙したまま募集終了とだけ一筆

しかしたら申込みが遅すぎたか?と思い次を探してみる事にする


三件目は同じ県、車で40分程度 好条件だ 拾った子猫の扱いに困って譲渡したいとの事

なんとやはり 否、とのこと理由不明だが、申込みが遅かったわけではなく……やはり家族構成だろうか?と考え始める


四件目 偶然にも隣の市、車で10分以内、しかトライアル期間(1週間程度お試しで飼い、お互いに感触を確かめる)あり

さすがにこの条件ならば、と思い募集後すぐに譲渡希望申請をした

もういいだろうが返答は 否、である

しか理由はお決まりのように「家族構成こちらの条件と合わない」


私は辟易した うんざりだ 返信もせずにサイトの退会ボタンを黙って押した



理想家族構成とは


さて、私が譲渡する側にもしもなったら確かに「60代の父、30代の息子」に安心して猫を譲渡出来るか?と言われたら若干悩むかもしれない

理想の家庭は「40代夫婦10の子ども」とかだろうか?

かに世間から見て理想の家庭像かもしれない、そして猫からしても……?


それを見極めるのが「面談トライアル期間」ではないのだろうか?

「人となり」を見極めるのは難しい 実際相手を目の前にしていないと尚更だ

アルバイト募集するのに、30分程度の面接でその相手を完全に判断出来る人間など居ない

面接官は気難しい顔をして相手の顔と履歴書をチラチラ伺い、お決まりの問答をして「じゃぁ試しに雇ってみる」事だって多いはずだ

しかし、里親募集している彼らはもっと難しい事をしているのだ

大企業学歴フィルタレベルラインがある たった1000文字にも満たない応募文章でとりあえず選別をする

たか透視能力でもあるかのように、「人となり」を見極めようとする 私にはとても真似できない芸当だ


「60代男性、30代男性二人か うん、ダメだね」 気持ちは分かる

しかし、何を持ってダメとするかが腑に落ちない

猫が20年生きたら父はその前に死ぬからだろうか? 男性は猫を虐待するからだろうか?

では「40代夫妻、10の子ども」だったら確実に幸せにしてくれるだろうか?

「もしも」を考えたらキリが無いのだが、夫婦円満な家庭だろうか?この時代仕事に疲れている夫婦虐待放置をしない?

病気はしないだろうか?私の叔父などは私より若い歳で妻と子を残して白血病で亡くなった

子どもは猫で健全な情操教育を育むだろうか?

昔、私が10代の時に学校アンケートがあった「ペット虐待したことはありますか?」

なんと、犬猫を飼っていた家庭のかなりの子どもが大なり小なり「経験がある」と答えていた

それを作文で発表し、自らを戒める道徳の授業だ

ちなみに私はその時ペットを飼っては居なかったので、正直そんな他人の話に興味は無かったという記憶もある


話が脱線したので戻すこととする

『なぜトライアルすら許されないのか』

「人となり」を確かめるなら一件ずつ面談、条件が良さそうならばトライアル とすればいいのではないか

しかし彼らはそれをしない 「人手が足りない」「時間が足りない」のだろう

それらしい理想の家庭を文章だけでまずエスパーのように読み取り、あたか大企業面接官のように面談したりトライアル期間を設けて決定する

それが最も「効率がいい」のだ

彼らにとって持て余してしまった動物は言わば「不良債権」であり

その「不良債権」をなるべく高く条件のいい所にそれっぽく手放し、そして「ああ、私は”儲けた”」と言う自己満足に浸る

特に二件目の「無責任に増やしてしまった」飼い主などは今頃自分の無関心、無知が産み出してしまった過ちを「私の猫たちが可愛がって貰える!」なんて胸を撫で下ろしてるに違いない



くそくらえ だ


かに私達は客観的に見て悪条件である それは認めざるを得ない

しかし、命を扱う覚悟アピールする場も無く、門前払いを受けるのは不当だと強く感じた

特に最後の件だが、10ちょっと場所にある我が家を是非見に来て欲しかった

亡き愛猫が残したペットタワー、ブラッシング爪切り道具一式、冬も安心の猫用ホットカーペット

動物を愛してやまない心優しき父、猫と適度な距離を保ちお互いを同じ家族として扱う私(さすがにこれは自惚れだ)

当然二人とも猫に暴力を振るったり、放置したり、必要ケアを怠ったりなど20年間一度もしなかった

日中日当たりも良く、猫のくつろげる場所はたくさんある かかりつけのペット病院も歩いて行ける

フードやトイレもすぐにホームセンターへ飛んでいって用意して歓迎する事を約束出来る


でも私達は彼らに「猫を飼うには不適切ダメ家族」というレッテルを貼りつけられまくった



■そして選ぶ道


結局、里親募集サイトは諦める事となった 時間無駄から

今後、春になったら捨て猫が居るかも知れない 知り合いからの縁で譲り受けられるかもしれない

亡き愛猫も足を怪我していた所を私が保護したもの


出会い里親募集サイトだけではないのだ

気長にいつか現れるであろう新しい家族を待ちながら、この文章を終わりとする

2021-02-25

anond:20210225055021

うーん

親と仲が悪い

実家父親叔父は70越えで既に老後

台所の奪い合いになるのが嫌だ

家族間で泥棒が発生するのが嫌だ

と言う訳で実家嫌い

済みませんね

アドバイスイラついて

済みませんね

しかし何でアドバイスに当てはまらないほうが頑張って事情説明するんでしょうね

アドバイス不適切からでしょうね

したこと無くてよかったです

よさげ環境じゃないと言うことも含め

したこと無くてよかったです

2021-02-24

anond:20210224183709

なんかわかっていなさそう。

ある人物から見て両親の兄弟ということまでは合ってるが。

親の兄は伯父、親の弟は叔父と書く。

たとえば自分よりも三十歳歳上だとしても、親の弟だったら叔父だ。

そして、自分よりも年下でたとえ乳幼児だったとしても親の兄弟なら叔父である

2021-02-13

anond:20210213222223

規制緩和による競争促進を徹底し、市場への介入を最小限にして、個人へのセーフティネット保障するのが新自由主義政府だと思う。

だけど日本はいまだに家族扶養しあうべきって考えが強くて、生活保護申請したら叔父や姪にまで扶養照会されるからな。

憲法家族助け合い義務を書き込もうとする国だし。

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