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はてなキーワード: 国体とは

2024-06-29

政体関係者暴力的手段に晒された時に出る「民主主義の敵」について

腐敗した構造に対して幾度となく文や声で批判してきたが、その実行的影響、実害のなさをもって舐められ続けた結果が国体衰退ではないのか。

凶器を持った暴漢に今まさに家族が刺されんとする中、相手を殴ってはいけない、正義のためならその家族死ぬことも覚悟すべきだと、安全から曰っているだけないのか。

それが自分の子供や配偶者であっても同じことが言えるのか。

そこまで民主主義を重んじるなら、あなたが何かして欲しい。

国が弱体化して家族が苦しむ様子を看過してまで守らねばならない形式とはなんだ。

お前らはゴミ汚物にまみれた部屋で朝日が昇る恐怖に苛まれたことなんかないだろう。

君たちのその聖人然とした振る舞いこそが、災禍の元凶であることを早く気づいて欲しい。

2024-06-23

[]

然るに近時に至りては、時弊に流されその神国なる所以(ゆえん)を忘るゝ者多きが如し。

これ吾国体に於て大害の兆(きざし)なり。

如何となれば、時流者偶々吾神典を一読するも、その意の解すべからざるを以て忽卒(そうそつ)一言の下に論じて曰く、

「吾神典に所謂(いわゆる)神国の伝は全く上古男女両人初めて吾日本国土発見し、その荒蕪(こうぶ)の地を開拓したる経営事業国生みと云ひ伝へたるに過ぎず」と論じ、

或は「両神国生みの伝は国民を生むを云へるものなり」と説き、

又或は「神典なるものは上古の小説にして比喩を以て作為したるものにて、彼(か)の俵藤太秀郷(たわらのとうわひでさと、藤原秀郷)の蜈蚣山(むかでやま)の昔話に類するものなりものなり」と評し、

甚だしきに至りては「神典なるものは上古の英雄が奇事を説きて神に託し、野蛮の民を治むるの具に用ひたる策略の書なり」と云ふに至る。


三者の如きは太古の伝説を見るの具眼無き者として暫くこれを怒するも、

英雄愚民を治むるの具に用ひたる作為なりと云ふに至りては、

歴世天皇の御徳に関するものにして不倶戴天(ふぐたいてん)赦すべからざる放言なり。

かくの如き妄説行はるゝ今日なるが故に、自ずから神国臣民たることを忘れ、

終にその心意を問へば外国人と異なること無きに至る。

今にしてこの弊を矯正ずんば、吾一系正統の皇位日本の習慣なりとして君臣の大儀も只に習慣と法律の上に存して精神の上に存せざるに至らん。

2024-06-20

原爆投下正当性という話になると、当時の日本軍事国家であり、国体というワケワカランもの国民の命よりも重要視していたわけで、原爆投下が無ければ、米軍上陸に備えて本土決戦子どもも竹槍を持って突撃しろ、非戦闘員身体爆弾を巻いて敵に飛びつけくらいのことをやっていただろうと思われ、原爆投下が無かったら戦死者はさらに増えていただろうと言われたら、返す言葉がない

2024-06-18

発達障害水泳平成不況リーマンショック、30代

・これは何か

私の半生を占める水泳と、それがその後の人生に及ぼした影響について整理するために書いた記録である

なお、当時は強いストレス下に置かれていたため、詳細を思い出せなくてぼんやりしている部分もある。

・なぜこれを書いているか

私は現在休職状態にあり、ADHDの診断を受けたところである

精神科に通いつつ、投薬とカウンセリング治療をおこなっている。

そしてカウンセリングを受けつつある今、自分がいまこうなっていることの底にはあまりに苦しかった水泳記憶があり、それを直視することは避けては通れない道ではないかと思ったからだ。

(先生に直接「直視しろ」と言われたわけではない。ただ、「あなた言葉あなた感情をひとことも説明しませんでしたね」、と言われ、その原因を自分で考えていたら、勝手にそこに行き着いたという話である)

正直に言えばそこに目を向けるのはめちゃくちゃ嫌で、前回のカウンセリングを受けてから2週間くらいメソメソメソメソメスティーソ泣いていたのだが、友達と遊んで少し息抜きをしたらちょっとした気づきと癒やしがあり、なんとか気力を振り絞れそうなので書いてみた。

水泳のこと

3歳から高校2年まで水泳をやっていた。

早いうちに才能を見出され、小学校1年か2年くらいでヘッドハンティングのような形で選手育成クラスに移った。

当時、肉体にすごく負荷を掛ける練習方法流行っていた時代だったから、シンプルに肉体的につらかった。スパルタが主流で、体罰は当たり前だった。

楽をしようものならコーチにも怒鳴られ叩かれ全員の前で吊し上げられた。そこまでは周りのみんなと条件は変わらないのだが、私の場合母親ほとんど毎日練習を見にきていて(それほどに熱心な親は他にはいなかった)、仮にコーチに怒られなくても、母親の目から見て私のパフォーマンスが悪ければ、そのことを帰りの車の中で詰められる日々だった。

行き帰りは車で母親に送迎してもらっていたが、車の助手席に乗り込むと母親の「今日練習について」の裁判が始まるので、毎日まるで犯罪を犯して法廷に立たされるみたいだった。キツい負荷の練習をこなしてやっと家に帰れるのに、すこしも安らいだ気分になれなかった。

でも、私は無理にでもやらせればやらせただけ、負荷をかければかけただけ、結果が出せてしまタイプ人間だった。

父親も叔母もスポーツ学生時代成功した経験があって、家系としても肉体的に優秀だったのだと思う。

それが母親成功体験になってしまい、尻を叩けば叩いただけ結果が出るという思い込みを強化したふしがおそらくあるんじゃないかと思う。

長期休みに入るたび、朝夕2回の練習では足りないと別のプールに連れて行かれ泳がされた。この習慣は我が家では「こそ練」と呼ばれていた。

ただでさえキツい練習をしてるので嫌だったが、嫌がれば母親から「速くなりたくないの?」と頷くまで詰められる。

こうやって追い込めば追い込むほど結果が出たので、母はどんどんエスカレートしていった。

極め付けはようやく出来始めた友人関係破壊されたことだった。

中学に上がると、小学生選手育成クラスから中学クラスに上がって、ここがジュニア女子選手としては一番上のクラスだった。その上に、高校生の男子さらにその上澄みだけが入る、一番練習ハードクラスがあった。

いま振り返ってみると、私はかなり発達障害的な特性のはっきり出た子どもであり、周りと関わるのがかなり下手だった。だから、キツい練習を何年も毎日一緒にこなしてきたというのにチームメイト連帯感を育めなくて、ずっと浮いていた。浮いているのに才能だけあったから、周りからすると目障りな子どもだっただろうと思う。選手育成クラスというだけあってそこそこ実力主義ではあるので、幸運にもいじめられこそしなかったが(あるいは特性上あまり他人に興味がなく嫌がらせに鈍感だっただけかもしれない)、やっぱり浮いていた。私は人生を通してずっと普通になりたい、と漠然と願ってきたが、その願いはこういう環境のなかで醸成されてきたように思う。

(ちなみに、当時どのくらい浮いていたかというと、なんか男子たちが私に話しかけるのを何かの罰ゲーム一種として扱っているな、と気づいたことがある程度には浮いていた)

けれど、ここで話の合う友達ができたことで、この一瞬だけ練習に行くのが楽しかった時期があった。

私はもともと才能があったので、中学生のクラスを受け持っていたコーチにも期待されていたし、たくさん話を聞いてもらえて、私自身もコーチのことを頼れる大人だと思っていたし、期待に応えたいと思っていた。信頼関係を築ける大人との出会いがここであった。だから、このクラスちゃんと私の記録は伸びていた。

だけど母はその伸びでは満足できなかった。

母にはいわゆる白雪姫の母コンプレックスみたいなものがあって、私が楽しそうにしていると不安になる性質だった。不安を感じやすく、その解消のために誰をどれだけ振り回しても良いと考える傾向があった。

私が楽しんで練習に行き始めた時、母は不満だった。私が苦しんでいないから、きっと負荷が足りないのだと考え、「娘の才能が無駄に消費されている!」と強く不安を感じたのだろうと思う。これでは速くなれない、と母は考えた。

そして、「上のクラスに上がりたいと言いなさい」と母は私に強要した。

私はかなり嫌がった。もともとジュニア女子が入れる中で一番上のクラスではあったし、せっかく話の合う友達ができたのに、その子たちと話せなくなってしまうことも嫌だった。先生の期待を裏切ってしまうことにもなる。すごく抵抗があったことは覚えている。

母は私に、「あん肥溜めみたいなクラスにいたら、あなたダメになってしまう」と言った。

嫌だった。泣いて抵抗した気がする。あまり覚えていない。でも、最終的には「上がりたい」と言わされた。コーチはショックを受けていたと思う。でも最終的には上のクラスコーチに頼んでくれて、私の(母の)要求は通った。

中学1年の女子高校生の男子クラスに入れられて泳ぐことになった。毎日階段をまともに降りられないくらいの筋肉痛になった。まわりはひと回り年の違う高校生の男子しかいないので、友達と話せる機会は減った。肉体の負荷は上がるのに、心の支えは何もなくなり、ただ苦しかったしつらかった。

私が苦しんだので、母の不安は解消された。

そして、精神とはうらはらに、私の肉体はそれに応えた。

実際に大幅に記録が伸びた。一緒に泳いでいた高校生の男子より私は上のタイムを叩き出し、彼らにもよく頑張ったと認められた。中2のころにはジュニアオリンピックで決勝に残り、関東中学で優勝し、全国でも10本の指には入った。国体にも県代表で選出された。県で私より速い選手はいなくて、私がベストを出せばその度に大会新記録、県の新記録だった。母はこのことについて、自分が尻を叩かなければ結果が出せなかったはずなので、自分の手柄だと考えた。

注意して欲しいのは、これらの成果を私自身もまた喜んでいたこである。才能や能力があると見做されることは、特性持ちの人間にとっては他人から受けるマイナス感情を弾く盾にもなる。母の手柄は、私を絞り上げ、苦しめて作り上げられたものであるが、同時に私を守るものでもあった。

あなたは結果で他人を黙らせなさい」というのが、母の持論だった。母は私のために、心を鬼にして私を苦しめていたはずである。叩けば結果が出ることがわかっていたのだから

この頃から試合合宿遠征先に行くと、夜中にこっそり抜け出して、当て所もなく歩き回るようになった。特に裏道や暗い道を選んで歩いた。いま考えると、間接的な自傷だったと思う。酷い目に遭いたかった。私という価値が一気になくなってしまうくらい、誰かに酷い目に遭わされたかった。母が守る『私』という価値と、それに伴う苦しみが分かちがたく結びついていたために、母の目の届かないところで地味な自傷行為に走っていたのだと思う。

体に傷を残すようなことはできなかった。そんなことをした日に母を襲う衝撃と、その衝撃の余波を受ける自分のことを考えたら、とてもではないが無理だった。

しかし、こういう無理は続かないものである。ほどなくして精神的に破綻して、泳げなくなった。中3の秋ごろだったように思う。喘息悪化させ、負荷のキツい練習から逃げ、最後は何か喚き散らして家に帰り、そこからしばらく練習に行けなくなったように思う。詳細は覚えていない。

だけど、そこで辞めるには水泳は私の人生で大き過ぎた。人生の大半を占める一大事業に等しかった。だからそこから高校2年の夏まで、通うスクールを変えて足掻きブランクを取り戻し、記録は少し伸びたし、インターハイにも出た。

ただ、大学受験に切り替えるならこの辺りがタイムリミットだった。結局、わたしはここで引退して受験に切り替えた。水泳のために自分学力よりかなり下の高校に行ったので、辞めてから予備校漬けになった。

受験勉強は圧倒的に楽だった。体の負荷も消えたし、学業自分特性から見ても結果の出しやすい分野だった。あまりにも結果が出やすくて、母も不安にはならなかった。躓きや苦しみも多少はあったが、水泳で受けたそれとは比べ物にならなかった。この時期、私と家族はかなり明るく過ごした。

大学には簡単合格した。願書を出した大学ほぼ全てに受かった。

とにかく家を出たかったので、その名目が立つ大学を選び進学した。

ここから水泳を辞めた後の話に入る。

友達が作れない、学業に身が入らない問題が出る大学1年目

ひとり暮らしをはじめて、やっと手に入れた自由を楽しんだ。でも1年目、ぜんぜん他人との関わり方がわからず、友達が作れなかった。小中高と水泳にかまけていて、相変わらず発達特性的な部分で学校でも浮いていたし、そもそも自分偏差値より随分下の学校に行った(水泳にはリレーメンバーの都合がある)ため、頭の程度が均されている環境でほかの人間と接して友達になる機会がまったくなかったのだ。県大会で何度も優勝し、実家に腐るほどトロフィーがあっても、友達の作り方がわからなかった。この時点で、私の能力は社交性に比して随分歪だったと言えると思う。

ひたすら学校と家を行き来して、家ではゲームばかりやっていた。

1年の後半の方になってようやく所謂オタクサークルに入って、対人能力に似たような問題を抱えた人たちに出会い、それでやっと少し友達ができた。ここから就職活動が始まるまでは、楽しく過ごせていたと思う。彼氏もできた。

とはいえ、あまり成績は良くなかった。勉強したいと思って進学したはずなのに勉強に向かう気力が湧かなかった。どころか、水泳を辞めたことが傷になっていて、「どうせ最後には全部台無しにする、水泳だってあれほどつらい思いをして人生を捧げてきたのにそうやってダメにした」と囁く声が頭から離れなくて、あまり集中できなかった。

漠然と、卒業したら死のうかな、と思っていた。

就活ができない問題が出る大学3年生

学業もそんな感じだったので、いざ3年になってもぜんぜん就職活動を進められなかった。というか授業もギリギリラインだった。

振り返ると、つらい思いをして思春期を生き延びた先に、ようやく手に入れたご褒美としての『自由』がたった4年で終わることに全然納得が行っていなかったんだという気がする。他の人たちは将来を考える精神の準備ができていたのに、私には何もできていなかった。こんな人生の先に、また何十年も続く苦痛が待っていると思って、絶望感があった。

就職留年

このあたりのことはぼんやりしているが、就職活動が出来なさすぎて就職留年した。ちょうどリーマンショック東日本大震災の影響があった時期で、特に女子就活は周りを見渡しても厳しかった。なので就職留年という言い訳は通った。

でも、留年したのに就活全然ちゃんとできていなくて、とうとう親が乗り込んできた。希望する企業の傾向は決まっていたので、母親マイナビリクナビエントリーする企業を選んでくれて、エントリーシートや履歴書に書く志望動機などの文章としてこちらで考えたら、それを母が手書きで代筆してくれたりして、こんな大学生はおそらく他にいないなと思うほど過剰にサポートしてもらった結果、なんとか書類選考が通るようになり、面接を受けたりと就職活動らしいものを進めることができた。

面接が苦手すぎて苦戦はしたが、なんとか内定をもらった。たた、周りがちゃんとこなせていることも自分にはろくすっぽできないとわかって情けなかった。

卒論が出せなくて2度目の留年

このあたりもぼんやりしている。夏くらいに内定が決まって、そこからしか全然ゼミに行かなかった。いや、たぶん特性的に並行してふたつのことができないので、就活中はゼミにも授業にも行けていなかった気がする。内定が決まった後、バイトしろと言われてしていて、必要な授業の出席とバイトくらいはしていたが、ゼミに出てないので卒論が当たり前に書けなかった。英米文学専攻なので卒論英語で書く必要があった。ぼんやり決めたテーマがあるくらいしかなくて、そのまま冬になった。ちょっと書こうとしたけれど当たり前に書けなくて、でもそれを就活を熱心にサポートしてくれた親には言えなくて、卒論提出の日に失踪した。1〜2週間家に戻らず、銀行口座の金が尽きたら死のうかなくらいの気持ちでいた。漠然と死のうと思っていたし、その時が来たのかと思っていた。

結局親に口座の金を引き上げられて、無様にも死ねずに戻った。怒られ、殴られ、彼氏にも心配をかけまくり、色々あったとは思うのだが、この辺りの記憶ぼんやりしている。

ひとり暮らしの家を引き払い、実家カンヅメになって母親監視のもと卒論を書いた。足りない単位のための授業とバイト以外の外出はさせないくらいの感じだったと思う。

ひとり暮らしの家を引き払った時、この時も家がゴミ屋敷になっていたので、ゲーム依存病気だと親に疑われたが、ゲームは単なる逃避行動で、やれない環境であればあっさり辞められた。振り返ってみれば、何らかの支援の網に引っ掛かっておくタイミングがここだったような気がする。ただ、スポーツで結果を出し、世間的には良い大学に行ったような人間が、ゲーム依存なんかで病院に罹るのは外聞が悪い、という意識がなんとなく家族全員にあったのか、結局ここでは必要だったであろう支援とつながることはできなかった。

この環境でなんとか卒論を書いて卒業した。就職は結局バイト先に拾ってもらうかたちになった。

新社会人として

もう一度実家を出てひとり暮らしをはじめた。

働き始めるととにかく眠かった。ひたすら眠かったことを覚えている。仕事でも会議でも寝てしまい、怒られて、怒られたあとは体が一時的闘争反応というか覚醒状態になるので、それで過集中を起こし仕事を進めてなんとか巻き返す、みたいな感じだったと思う。昼に寝てしまうので夜は眠れなかった。その悪循環で昼にまた意識を失った。

本当は病院に行くべきだったと思うが、家に帰るとその気力もなかった。家の電球が切れて、ほとんど暗闇だったのにも関わらずその家を引っ越すまで電球を変えられなかった。1年以上真っ暗闇で生活した。歯が折れて激痛でも病院に行けなかった。ぎっくり腰でも行かなかった。ゴミ屋敷はここでも生産された。

この時期私は相当な困難を抱えていた気がするけれど、同時にどこか安心しているような部分があった。自分価値がこうやって毀損されていくことに対する「ざまーみろ」という気持ちがあった。ちょうどこの頃、母親と完全に連絡を遮断して、実家と絶縁状態になった。直接のきっかけはなんだったか覚えていない。ただ、自分価値ボロボロと溢れ落ち、人生ダメになっていくことについて、母親への不健全復讐欲求が満たされるように感じていたのは覚えている。

この状態を5年くらい続けて、3つくらいの現場経験した。就職先は人売りのSESだった。

コロナ禍でリモートワークが開始する

これは自分にとって大きな転換点だった。寝ているところを他人に見られないのでストレスが大幅に減り、なんとか自分が起きていられる時間帯に仕事を進め、眠りたい時は寝ていることができた。とても褒められた就業態度とは言えないが、それほど能力的なハードルが高い客先でなかった幸運もあって、なんとか巻き返しが効いた。この時期が一番平穏だったように思う。この現場自分にとって一番長く続いたし、終わり方も案件ごと終了ということで円満だった。

この現場が4年くらいで終わり、本社に戻ることになる。

本社に戻る。眠気の問題ふたたび

リモートワークが終わり片道40分くらいの通勤生活が数年ぶりにスタートする。10年近く戻っていなかった本社に知った顔はほとんどなく、コミュニケーションが得意そうな子たちの若い顔が並ぶ。すでにこの時点でうまくやっていけるか不安ではあった。

自社開発の案件アサインされるも、やはり眠気の問題が復活し、怒られる。仕事客先常駐とは違い、粒度の粗い仕事を上手いことやっておいてというような感じで振られるため、勝手全然からず、先の見通しが立たない。作業をうまくこなせず、進捗が出せない。学歴スポーツの成績だけ見れば能力はあるはずだと思われているので、サボっていると見做される。寝てるよね?なんでコミット全然出ないの?

年次だけは無駄に高いので直属の上司もおらず、まともな相談先もなく、周りの子たちは若くてこんなことを相談できる相手ではなく、結果誰にもうまく頼れずにひたすら信頼を失い続け、頼みの綱だった週1回のリモートワークも許可を取り消される。

社長から新卒みたいなことを注意させないでくれる?」と言われる。怒られて、闘争反応になった勢いで、なんとかメンタルクリニックの予約を取った。

そうやって通院治療を開始したのが、2023年10月ごろ。

日中の眠気、夜の不眠、集中困難、ゴミ屋敷などの問題が主訴。

これらの問題は通院治療を開始したところでたちどころに解消するようなものでもないので、年末年始休みを挟んだ後、ボツボツ休みが増え、雪崩れ込むように職場に行けなくなって休職開始。

心理検査(WAIS-Ⅳ)の結果、言語理解ワーキングメモリ・処理速度の間で有意差50を超えた。言語理解・知覚推理凸、ワーキングメモリ・処理速度凹のタイプだった。

この結果と、現在社会生活が送れていない実態をもって、5月ごろにADHDと診断された。

現在は、投薬治療カウンセリングを受けている。

・総括

概観してみると、今の私を状態説明する要点は、下記のようなものであると考えられる。

特性を持って生まれ子どもが、いわゆる体育会系世界に入れられ、なまじ才能があったがために、支援 Permalink | 記事への反応(21) | 22:15

anond:20240618122648

そういう薄汚い発想しかできないから国が衰退するんですよ

お前みたいな堕落した男が増えたことで日本国体を成せなくなったんです

チンコマンコだ猿のような思考を繰り返してる日本男児の姿を100年前の日本人が見たら絶望するでしょう

お前のようなカス責任をとって今すぐ首吊っていただきたい

2024-06-05

副業解禁が広まらない理由


30代増田である世間では一応、公務職場市町村役場)で働いている。

最近ふと、副業解禁について思ったことがある。幣役所では残念ながら、副業に関する人事当局方針説明はなかった(国の機関では文書で通知があった)。

当然、今までと同じルールだ。労働系の副業は、農業を除いて厳禁である

それはさておき、世の中の流れとして副業OKになりつつあるけど、世間一般会社では浸透していないように思える。

その理由で感じたことがある。「職場の外で自己実現されると困るから」ではないだろうか。

私はイベント広報企画最前線で働いているのだが、周りから評価が低い男性職員がいる。私と同じ30代である

その人は、ほうれんそうができない。人が傷つく言葉遣いに気が付かなかったり、上司から休日の緊急電話にも出なかったり、仕事中に「私は能力が低い職員ですが、そのことに向き合って認めています」などと開き直りをしてる。

私もそこまでの社会人ではないが、それにしても彼はひどい。仕事中にも「信頼がなくても別にいいです」とかほざいてる。マジで意味がわからない。

でも、その彼は、どれだけ上司に怒られても、同僚から聞こえるように影口を言われても、平気なのだ

気にかけてないように見える。

実は彼は、学生の頃に剣道国民体育大会に出場したことがある。会社内の運動イベントの時に、私たちが住んでいる県の国体ジャージを着ているのを見た。今でも剣道をしていて、市内の有名な道場指導してる。

追記だけど、彼とは中学校高校が一緒である。ある程度のことはわかる。

まり彼には、自己実現をするための環境があるのだ。そこでの自信が凄まじいので、別に経済社会通用しなくても別にいいのだ。いや、彼の心理はわからないが、多分そんなところだろう。

正直、この職場はただの腰かけで、アルバイトのようなものなんだと思う。

いや、アルバイト公務員の正規職してるって、なんかもう笑いを通り越してしまう。

世の中で副業を推進していくと、彼のように会社仕事を離れて、自己実現ができる分野で活躍する人が増えるのではないか

すると、その会社にとってはダメージになる。本業から心が離れてしまっては困る。

そんな可能性があるから、どの会社副業推進に足踏みしているのではないかな~と最近思った。

皆さまはどう思われるだろうか。

2024-05-30

試合中に音楽かけるのなんなの

高校野球ブラバン応援音楽演奏するのは一体なんなの

どのタイミングで「音楽演奏しよう!」ってなったわけ?

少なくとも小学校中学試合演奏しないよね

高校になったらブラバン出てきて応援するのはなんなのよ いらんよ

そういや運動会ではテープ音楽流してるけど

国体100m走で流したりしないよね

逆に何故流さなくなったの?

国体ブラバン行って天国と地獄演奏すればいいじゃん

400mリレーかめっちゃ面白いと思うわ

なぜ野球音楽演奏するの?

プロ野球でも全然いらんし大リーグでもやってないでしょ

サッカー野球ほどでもないけどチャントとかも全然いらない

かに見たいわけじゃないけど音楽は気が散るからやめてくれ

2024-04-27

他人生活して自分が体力おばけであることを知った

タイトルの通りである

なぜなら増田祖父母、両親、兄弟友達、付き合う人間みんなが体力おばけだからだ。

増田子供の頃からとあるコンタクトスポーツを嗜んでおり、一時は結構良い線までいった。

70代の祖父は今も人にスポーツを教えているし、

母親祖父とは違うスポーツだが元国体選手父親元日本代表兄弟や親戚もそんな感じ。

自ずと付き合う友達もそんな感じ。

競技をしている時は早寝早起きだったが、引退してからは毎朝5時に起きて10キロ走って家事してちょっと資格勉強して出社、ジムに寄って帰宅して料理して食べてから深夜営業映画館で新作映画観てバーに寄って帰る。みたいな生活をしていた。

30代後半になって、普段とは違うコミュニティ出会った人と同居することになって驚かれた。

増田は同居する前から上記のような生活をしていることは伝えていたのだが、せいぜい週1〜2日なのかと思われていた。

増田同居人生活して驚いた。

夜は23時には寝て、朝も7時過ぎに起きてくる。

休みの日は10時過ぎまで寝ている。

だけど木曜日あたりからだるいめんどいと言っている。学生がカッコつけて言っている感じではなく、マジのトーンで言っている。

これが30代社会人普通、と言われた。

気になって職場の人に聞いてみたが普通だと言う。そして少しぼかしながら自分生活の話をしたら「たまにだよね?」「そんなこと毎日している人は体力おばけだよ」と言われた。

やっぱり異常らしい。

まり他人生活に興味がなく、自分プライベートについてもコミュニティ外の人に話す機会があまりなかったので分かってなかった。

まじで驚いたので、兄にこの話をしたらやっぱり驚いていた。兄は結婚相手もあるスポーツ実業団選手だった人なので、一緒に聞いていた彼女も驚いていた。

こういう違いって同じような人と一緒にいると全然気付けないんだなと知った。知ることができて良かった。電車の席はガンガン人に譲ろうと思う。

他人生活して自分が体力おばけであることを知った

タイトルの通りである

なぜなら増田祖父母、両親、兄弟友達、付き合う人間みんなが体力おばけだからだ。

増田子供の頃からとあるコンタクトスポーツを嗜んでおり、一時は結構良い線までいった。

70代の祖父は今も人にスポーツを教えているし、

母親祖父とは違うスポーツだが元国体選手父親元日本代表兄弟や親戚もそんな感じ。

自ずと付き合う友達もそんな感じ。

競技をしている時は早寝早起きだったが、引退してからは毎朝5時に起きて10キロ走って家事してちょっと資格勉強して出社、ジムに寄って帰宅して料理して食べてから深夜営業映画館で新作映画観てバーに寄って帰る。みたいな生活をしていた。

30代後半になって、普段とは違うコミュニティ出会った人と同居することになって驚かれた。

増田は同居する前から上記のような生活をしていることは伝えていたのだが、せいぜい週1〜2日なのかと思われていた。

増田同居人生活して驚いた。

夜は23時には寝て、朝も7時過ぎに起きてくる。

休みの日は10時過ぎまで寝ている。

だけど木曜日あたりからだるいめんどいと言っている。学生がカッコつけて言っている感じではなく、マジのトーンで言っている。

これが30代社会人普通、と言われた。

気になって職場の人に聞いてみたが普通だと言う。そして少しぼかしながら自分生活の話をしたら「たまにだよね?」「そんなこと毎日している人は体力おばけだよ」と言われた。

やっぱり異常らしい。

まり他人生活に興味がなく、自分プライベートについてもコミュニティ外の人に話す機会があまりなかったので分かってなかった。

まじで驚いたので、兄にこの話をしたらやっぱり驚いていた。兄は結婚相手もあるスポーツ実業団選手だった人なので、一緒に聞いていた彼女も驚いていた。

こういう違いって同じような人と一緒にいると全然気付けないんだなと知った。知ることができて良かった。電車の席はガンガン人に譲ろうと思う。

2024-04-26

税金減らせマンは何を減らすつもりなの?

俺は万博ブルーインパルスと儀仗隊と国体かなあ。

お祭り税金を使うな。

anond:20240425202636

国体のように国会も各県で持ち回り制にしよう

2024-04-12

anond:20240410183056

俺はジャップランド価値観とかエスブリッシュが大嫌いだけど、日本を選ぶよ。

シナとか露助とかコリアとかうるせーし「オマエラの国体は滅べ!クソが!」って思うけど、それだけだもの我慢できる。

核を使う国が2国もあるけど、そんなのはヨーロッパだって変わらんから

非核三原則(笑)のせいで何の躊躇もなく核を撃ち込まれることは確定しているし、米帝核の傘(笑)だって穴だらけの上にMAGA(笑)の連中に取り上げられそうだけど。

それでも米帝に生まれるよりはマシだし、露助シナなんか絶対に嫌だよ。

イタリアとかスペインとか好ましいって思っちゃうけど、そっちにはそっちの地獄がある。

それ以外の欧州は御免被る。俺の趣味実益エロを許すわけがないのでね(それを諦められるぐらいイタリアスペインは良いと感じる。理屈じゃねぇよ。あくまでも外見の話な)。

俺は男女平等とか継続可能社会とかマジどうでもいいと思っているので。

2024-04-06

anond:20240406081448

現状の天皇制ってぶっちゃけ妥協産物じゃん

敗戦国体護持と引き換えに当時のアメちゃん主義主張を無理やり受け入れ天皇をあっちのスポークスマンに仕立て上げるしかなかったのが、なんとなく惰性で今まで続いている

から8月になるとわざわざその手の式典に「出して」はアジア向けに配慮したコメントを「言わせて」いる

同じく式典に出てる自民党のお偉いさんより明らかにそっち方面に一歩踏み込んだそれを、だ

政治利用というならあれだって政治利用に他ならないけど、左派に都合が悪くないものからダンマリしてるだけ

天皇制がなくなれば式典は自民党のお偉いさんだけでいいし、いちいちあん配慮したコメントだってさせなくていい

ある意味戦争責任代表してちゃんと引き受けているのが天皇制で、それがなくなったらなくなったで左派もまた困っちゃうのだ

2024-03-22

何で今の国体を維持することが前提なんだろ

世界出生率、今世紀末までに大半の国が人口維持できず=調査

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/jp.reuters.com/world/us/UR6XAMRJBFPRDHBGUCW3EYLMH4-2024-03-21/


人類が減ったら国も合併して住みやす場所に集まって暮らせばいいじゃん

2024-03-16

anond:20240316211652

国の婚姻制度国体維持のためのもの恋愛婚姻を祝福するのは宗教の役目だが、同性婚が好きな伝統宗教ってないのよね

2024-03-15

奨学金は“社会”が支払うべき」というが具体的にどこから金を出すのか考えてみよう

万博中止

カジノ誘致中止

オリンピック拒否

・というかスポーツ周りの事業削減(国体各自スポーツ大会、運動部、体育施設)

国会議員の身銭、ポケットマネー(自民党議員特に多めに)

2024-02-26

anond:20240219222540

子連れの家庭向けの大型イベント」ってどの地方も言うけどさ、まず、子持ち世帯は全国で1千万世帯割れてる。ここ30年で2/3ぐらいの勢いだっけか。

イベントやるからにはオフシーズンの平日なんかにはやらず、大型連休だの夏休みだの良い日程を抑えるよね。

当然体は一つしかなく予算にも限りがあるから、この小さいパイを他の娯楽とか用事と奪い合うことになるわけよ。

子連れ家庭は結構忙しいから、家族みんなで出かけるのなんて年に数回、わざわざハイシーズンに宿泊を伴う遠出なんてそもそもやらない家も多い。そこわかってんのかな?

次、おでかけしようという子連れ家庭がいたとして、行き先の選定候補田舎の大型イベントが入るかどうかが問題だ。

子連れの家庭が求めているものってわりと画一的

とかなので、だいたいディズニーランドUSJ、あとはキッザニアとか各地の有名テーマパークライバルになる。むしろ近所のイオンモールのほうがニーズ満たしてる。

冷静に考えて、田舎の偉いおじさんと御用コンサルが急造したイベントが勝てるわけがないじゃん。ダンボール授乳室と仮設トイレなんてイヤじゃん。

結局、子連れが年1回どこかに家族旅行するぞってなったときに、地方の良く知らないイベント候補に登ることはないんだよ。

子供だってディズニーやめて徳島行くぞって言われたら「なんで?」ってなるわ。

子連れダメなら、スポーツを軸にっていったって、マスなスポーツファンはだいたい地元に贔屓のチームを持ってて、贔屓のチームが絡まないとアウェー田舎には行かない。

だいたい、毎年いろんな県で国体が開かれてるし、どこの県にもご立派なスタジアムなんてのはたくさんあるわけだけど、わざわざ地元以外に見に行くやついる?

どこでやってるかすら知らんことが多いだろ?

はっきりいって何もない田舎フットワーク軽くでかけて、イベントがあるとなれば毎年の恒例行事として早くから宿を取り、仲間と現地で待ち合わせしてその土地お金を落として・・・なんてのは何らかのオタクしかいねえのよ。普通の人ではないわけ。

萌えコンテンツツーリズムがイヤだとしたら鉄道鉄道がイヤなら祭り、城、あるいは変態グルメ、酒。そういうフックがあって少数のマニアが毎年来るってだけでかなり成功なんだよ。

スポーツでも、ある特定スポーツニッチファンを「聖地」として取り込むなら現実味はある。能代バスケみたいな感じで。

徳島なら、まだ阿波踊りブームを起こすぐらいのほうが現実味がある。

マス人気がほしい気持ちはわかるけど、田舎には無理。その現実を見た方がいいと思う。

現実問題として、会期中に地元の宿が満室になったんなら、それ以上の県外客を呼び込むキャパはどうあがいてもないんだから、単発のイベントとしてはそれで成功いいんじゃないのかと思う。

それでは結局地元は潤わないっていうなら、その規模で回数増やすとか、グッズ売るとか、街に来たらいつでも楽しめるような常設コンテンツ作り、さらには移住につなげるとかやりようはあると思うし。

追記

思い出したけど、子供オタク場合それに親が引きずられる形で旅行イベントに出かけるってけっこうある。

プリキュアオタクの子供+親とか、鉄道オタクの子供+親とかそういう組み合わせのオタクコンテンツってのはわりと勝ち味あるかもしれない。

四国アンパンマン列車に乗りに行った話は複数の親から聞いたわ。

2024-02-13

anond:20240212231152

なるほど、言わんとしてることは分かります認識も正しいのでしょうが東大から見ると国体選手だろうとパラリンピアンだろうと根本的に劣った人として見てますので大差ないです。

私は別に劣ってるから悪いとか劣ってる者を差別する気はまったくないのですが、旧帝大の人が自分大学名を名乗らず、「旧帝大」を自称して東大京大と同カテゴリーに入ろうとしてるのが嫌なだけです。

2024-02-12

anond:20240212193146

実際は東大京大だと早慶=数学できない人=馬鹿ってカテゴライズされるから旧帝大よりだいぶ下に見られるよ。

旧帝大は要するに学力が劣った人だけど、早慶根本的に学力を持たない人。旧帝大オリンピアンに対する国体選手だとしたら、早慶はパラリンピアン。

2024-01-31

anond:20240131101211

武道格闘技じゃないんだよ

まあ実際に高段者って強い方も多いんだけど、

段位や称号を取った時と現在の実力が同じというわけではない

一番わかりやすいところで言えば弓道

最年少で天皇杯を制して、翌年も予選ですべての矢を的中させたにも関わらず

あなたのやっていることは的当てて弓道ではない」と予選落ちにする

剣道有効打が入っていても「充実した気勢がない」というよくわからない理由でそれを認めずに

国体の優勝がなぜかほとんど開催県になったりする

(これは地元から何年もかけて強化する説があるけど、だとしても異様だと思う)

2024-01-26

金光翔 『<佐藤優現象批判

インパクション』第160号(2007年11月刊)掲載

目次

1.はじめに

2.佐藤優右派メディアでの主張

 (1)歴史認識について

 (2)対北朝鮮外交について

 (3)朝鮮総連への政治弾圧について

3.佐藤優による主張の使い分け

4.佐藤優へ傾倒する護憲派ジャーナリズム

5.なぜ護憲派ジャーナリズム佐藤を重用するのか?

 (1)ナショナリズム

 (2)ポピュリズム

 (3) 格差社会

 (4)「硬直した左右の二項対立図式を打破」―〈左〉の忌避

6.「人民戦線」という罠

 (1)「ファシズム政権樹立」に抗するために、人民戦線的な観点から佐藤擁護する

 (2)「論壇」での生き残りを図るために、佐藤擁護する

7.「国民戦線」としての「人民戦線

8.改憲問題と〈佐藤優現象

9.「平和基本法から佐藤優現象〉へ

10.おわりに

1.はじめに

 このところ、佐藤優という人物が「論壇」を席巻しており、リベラル左派系の雑誌から右派メディアにまで登場している。

 だが、「論壇の寵児」たる佐藤は、右派メディア排外主義のものの主張を撒き散らしている。奇妙なのはリベラル左派メディアが、こうした佐藤の振舞いを不問に付し、佐藤を重用し続けていることにある。

 佐藤による、右派メディアでの排外主義の主張の展開が、リベラル左派によって黙認されることによって成り立つ佐藤の「論壇」の席巻ぶりを、以下、便宜上、〈佐藤優現象〉と呼ぶ。この現象意味を考える手がかりとして、まずは、佐藤による「論壇」の席巻を手放しに礼賛する立場記述検討からはじめよう。例えば、『世界』の編集者として佐藤を「論壇」に引き入れ、佐藤の著書『獄中記』(岩波書店、二〇〇六年一二月)を企画編集した馬場公彦(岩波書店)は、次のように述べる。

 「今や論壇を席巻する勢いの佐藤さんは、アシスタントをおかず月産五百枚という。左右両翼の雑誌寄稿しながら、雑誌の傾向や読者層に応じて主題文体を書き分け、しかも立論は一貫していてぶれていない。」「彼の言動共鳴する特定編集者と密接な関係を構築し、硬直した左右の二項対立図式を打破し、各誌ごとに異なったアプローチ共通の解につなげていく。」「現状が佐藤さんの見立て通りに進み、他社の編集者意見交換するなかで、佐藤さんへの信頼感が育まれる。こうして出版社カラーや論壇の左右を超えて小さなリスク共同体が生まれ編集業を通しての現状打破への心意気が育まれる。その種火はジャーナリズムにひろがり、新聞社会面を中心に、従来型の検察官邸主導ではない記者独自調査報道が始まる。」「この四者(注・権力民衆メディア学術)を巻き込んだ佐藤劇場が論壇に新風を吹き込み、化学反応を起こしつつ対抗的世論公共圏形成していく。」

 馬場見解の中で興味深いのは、〈佐藤優現象〉の下で、「硬直した左右の二項対立図式」が打破され、「論壇」が「化学反応」を起こすとしている点であるある意味で、私もこの認識を共有する。だが、「化学反応」の結果への評価は、馬場と全く異なる。私は、これを、「対抗的世論公共圏」とやらが形成されるプロセスではなく、改憲後の国家体制に適合的な形に(すなわち、改憲後も生き長らえるように)、リベラル左派が再編成されていくプロセスであると考える。比喩的に言えば、「戦後民主主義体制下の護憲派が、イスラエルリベラルのようなものに変質していくプロセスと言い替えてもよい。

 以下の叙述でも指摘するが、佐藤は対朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮武力行使在日朝鮮人団体への弾圧必要性を精力的に主張している。安倍政権下の拉致外交キャンペーンや、一連の朝鮮総連弾圧に対して、リベラル左派から批判や抗議の声はほとんど聞かれなかったのは、「化学反応」の典型的ものである。「戦後民主主義」が、侵略植民地支配過去とまともに向き合わず在日朝鮮人に対してもせいぜい「恩恵」を施す対象しか見てこなかったことの問題性が、極めて露骨に出てきていると言える。〈嫌韓流〉に対して、リベラル左派からの反撃が非常に弱いことも、こうした流れの中で考えるべきであろう。

 私は、佐藤優個人は取るにたらない「思想家」だと思うが、佐藤右派メディアで主張する排外主義を、リベラル左派容認・黙認することで成り立つ〈佐藤優現象〉は、現在ジャーナリズム内の護憲派問題点を端的に示す、極めて重要な、徴候的な現象だと考える。

 馬場は、佐藤が「左右両翼の雑誌寄稿しながら、雑誌の傾向や読者層に応じて主題文体を書き分け、しかも立論は一貫していてぶれていない」などと言うが、後に見るように、佐藤は、「右」の雑誌では本音を明け透けに語り、「左」の雑誌では強調点をずらすなどして掲載されるよう小細工しているに過ぎない。いかにも官僚らしい芸当である佐藤自身は自ら国家主義であることを誇っており、小谷野敦言葉を借りれば、「あれ(注・佐藤)で右翼でないなら、日本右翼なんか一人もいない」。

 佐藤が読者層に応じて使い分けをしているだけであることは誰にでも分かることであるし、事実ウェブ上でもブログ等でよく指摘されている。そして、小谷野の、この現象が「日本知識人層の底の浅さが浮き彫りになった」ものという嘲笑も正しい。だが、改憲派の小谷野と違い、改憲を阻止したいと考える者としては、この現象について、佐藤優に熱を上げている護憲派を単に馬鹿にするだけではなく、〈佐藤優現象〉をめぐって、誰にでも浮かぶであろう疑問にまともに答える必要がある。なぜ、『世界』『金曜日』等の護憲派ジャーナリズムや、斎藤貴男魚住昭のような一般的には「左」とされるジャーナリストが、佐藤に入れ込んでいるのか? なぜ、排外主義を煽る当の佐藤が、『世界』『金曜日』や岩波書店朝日新聞出版物では、排外主義ナショナリズムの台頭を防がなければならない、などと主張することが許されているのか?

 この〈佐藤優現象〉はなぜ起こっているのか? この現象はどのようなことを意味しているのか? どういう帰結をもたらすのか? 問われるべき問題は何か? こうした問いに答えることが、改憲を阻止したいと考える立場の者にとって、緊急の課題であると思われる。

2.佐藤優右派メディアでの主張

 まず、佐藤排外主義的主張のうち、私の目に触れた主なものを挙げ、佐藤排外主義者としての活躍振りを確認しておこう。

(1)歴史認識について

 佐藤は言う。「「北朝鮮が条件を飲まないならば、歴史をよく思いだすことだ。帝国主義化した日本ロシアによる朝鮮半島への影響力を巡る対立日清戦争日露戦争引き起こした。もし、日本ロシアが本気になって、悪い目つきで北朝鮮にらむようになったら、どういう結果になるかわかっているんだろうな」という内容のメッセージ金正日に送るのだ」。朝鮮植民地化に対する一片の反省もない帝国主義者そのもの発言である。また、アメリカ議会における慰安婦決議の件に関しても、「事実誤認に基づく反日キャンペーンについて、日本政府がき然たる姿勢反論することは当然のことだ。」と述べている。

 特に大川周明テクスト佐藤解説から成る日米開戦真実大川周明著『米英東亜侵略史』を読み解く』(小学館、二〇〇六年四月)では、極めて露骨に、日本近現代史に関する自己歴史認識開陳する。以下、引用する。佐藤が自説として展開している部分である

 「日本人は(注・太平洋戦争)開戦時、少なくとも主観的には、中国アメリカイギリスによる植民地支配から解放したいと考えていた。しかし、後発資本主義である日本には、帝国主義時代の条件下で、欧米列強植民地になるか、植民地を獲得し、帝国主義国となって生き残るかの選択肢しかなかった。」(三頁)、「「大東亜共栄圏」は一種棲み分け理論である日本人はアジア諸民族との共存共栄真摯に追求した。強いて言えば、現在EUを先取りするような構想だった。」(四頁)、「あの戦争を避けるためにアメリカ日本妥協を繰り返せば、結局、日本アメリカ保護国、準植民地となる運命を免れなかったというのが実態ではないかと筆者は考える。」(六頁)、「日本武力によって、列強による中国の分裂が阻止されたというのは、日本人の眼からすれば確かに真実である。(中略)中国人の反植民活動家の眼には、日本列強とともに中国を分割する帝国主義国の一つと映ったのである。このボタンの掛け違いにイギリスアメリカはつけ込んだ。日本こそが中国植民地化と奴隷支配を目論む悪の帝国であるとの宣伝工作を行い、それが一部の中国政治家と知的エリートの心を捉えたのである。」(二八一頁)。また、蒋介石政権については、「米英の手先となった傀儡政権」(二五七頁)としている。他方、佐藤は、汪兆銘南京国民政府は「決して対日協力の傀儡政権ではなかった」(二四九頁)とする。

 右翼たる佐藤面目躍如たる文章である。ちなみに、こんな大東亜戦争肯定論の焼き直しの本を斎藤貴男は絶賛し、「大川こそあの時代知の巨人・であったとする形容にも、大川の主張そのものにも、違和感を抱くことができなかった」としている。

(2)対北朝鮮外交について

 佐藤は、「拉致問題解決」を日朝交渉大前提とし、イスラエルによるレバノン侵略戦争も「拉致問題解決」として支持している。「イスラエル領内で勤務しているイスラエル人が拉致されたことは、人権侵害であるとともにイスラエル国権侵害でもある。人権国権侵害された事案については、軍事行使も辞せずに対処するというイスラエル政府方針を筆者は基本的に正しいと考える」。さらに、現在北朝鮮ミュンヘン会談時のナチス・ドイツに準えた上で、「新帝国主義時代においても日本国家日本人が生き残っていける状況を作ることだ。帝国主義選択肢には戦争問題解決することも含まれる」としている。当然佐藤にとっては、北朝鮮の「拉致問題解決」においても、戦争視野に入っているということだ。『金曜日』での連載においても、オブラートに包んだ形ではあるが、「北朝鮮に対するカードとして、最後には戦争もありうべしということは明らかにしておいた方がいい」と述べている(10)。

 さらに、アメリカが主張してきた北朝鮮米ドル札偽造問題が、アメリカ自作自演だった可能性が高いという欧米メディア報道に対して、佐藤は「アメリカ政府として、『フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング』の記事に正面から反論することはできない。なぜなら、証拠を突きつける形で反論するとアメリカ情報源情報収集能力が明らかになり、北朝鮮を利してしまうからだ」(11)と、いかなる反証根拠も示さずに(反証必要性を封じた上で)、「北朝鮮情報操作」と主張しているが、この主張は、保守派原田武夫にすら否定されている(12)。佐藤現在右派メディアの中でも最も「右」に位置する論客の一人であると言えよう。

(3)朝鮮総連への政治弾圧について

 佐藤は、「在日団体への法適用拉致問題動く」として、「日本政府朝鮮総連経済活動に対し「現行法の厳格な適用」で圧力を加えたことに北朝鮮逆ギレして悲鳴をあげたのだ。「敵の嫌がることを進んでやる」のはインテリジェンス工作の定石だ。/政府が「現行法の厳格な適用」により北朝鮮ビジネス利益を得ている勢力牽制することが拉致問題解決のための環境を整える」と述べている(13)。同趣旨の主張は、別のところでも述べている(14)。「国益」の論理の下、在日朝鮮人の「人権」は考慮すらされてない。

 漆間巌警察庁長官(当時)は、今年の一月一八日の会見で、「北朝鮮が困る事件摘発拉致問題解決に近づける。そのような捜査に全力を挙げる」「北朝鮮日本交渉する気にさせるのが警察庁仕事。そのためには北朝鮮資金源について事件化し、実態を明らかにするのが有効だ」と発言しているが、佐藤発言はこの論理と全く同じであり、昨年末から激化を強めている総連系の機関民族学校などへの強制捜索に理論根拠提供したように思われる。佐藤自身も、「法の適正執行なんていうのはね、この概念ができるうえで私が貢献したという説があるんです。『別冊正論』や『SAPIO』あたりで、国策捜査はそういうことのために使うんだと書きましたからね。」と、その可能性を認めている(15)。

3.佐藤優による主張の使い分け

 排外主義者としての佐藤の主張は、挙げ出せばきりがない。前節で挙げたのも一例に過ぎない。では、佐藤は、こうした主張を『世界』『金曜日』でも行っているのだろうか。

 佐藤が仮に、「左」派の雑誌では「右」ととられる主張を、「右」派の雑誌では「左」ととられる主張をすることで、「硬直した左右の二項対立図式を打破」しているならば、私も佐藤をひとかどの人物と認めよう。だが、実際に行われていることは、「左」派メディアでは読者層の価値観に直接抵触しそうな部分をぼかした形で語り、「右」派メディアでは本音を語るという下らない処世術にすぎない。「左右の二項対立図式」の「打破」は、「左」の自壊によって成り立っているのだ。佐藤が『金曜日』と右派メディアで同一のテーマを扱った文章を読み比べれば、簡単にそのことはわかる。

 一例として、米国下院での「慰安婦」決議に関する佐藤の主張を読み比べてみよう。産経新聞グループサイト上での連載である地球を斬る〉では、「慰安婦問題をめぐるアメリカ報道を「滅茶苦茶」と非難し、「慰安婦問題に関する二〇〇七年三月一日の安倍発言についても「狭義の強制性はなかった」という認識なのだから正当だとして、あたかも「慰安婦」決議案自体不正確な事実に基づいたものであるかのような印象を与えようとしている(16)。ところが、『金曜日』では、こうした自分の主張は述べず、国権論者としての原則的立場から日本政府謝罪には反対だとしている(17)。なお、『金曜日』の同文章では「歴史認識を巡る外交問題 Permalink | 記事への反応(1) | 18:32

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