「花束」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 花束とは

2021-05-12

anond:20210512122706

どーかついでがあったらうらにわのアルジャーノンとチャーリィとますだのおはかに花束をそなえてやてください。

anond:20210512122706

こんなところに花束が。誰かに愛でも込めたんやろか。

2021-05-11

いつか花束になっておくれよ

お前が花束になるんだよ!!!

2021-05-09

anond:20210509130101

母の日プレゼントあげる人は父の日にもプレゼントあげるでしょ

母子家庭のほうが多いのと、大人になってから父親のほうが早く死ぬからそういう印象になってそう

ところで、さっきコンビニ行ったらハゲ散らかしたオッサンカーネーション花束持ってるの見かけたわ。お母さんにあげるんかな

2021-05-04

ショーシャンクに花束をって人生メタファー

朝は赤ん坊無能

昼は成人して有能

夜は老化して無能

そんな感じをすごいスピードでやってる感じ?

俺、最近ものがよく分からなくて本とか読めなくなってきてなんかこの感覚知ってるなと思ったらアルジャーノンじゃんって

2021-04-10

anond:20210410180804

女には生理休暇を1日付与しろ

そして、男には花束を月1回無料で買う権利をくれ

2021-03-24

オタクはいつの間に愛を知り、大人になったのか

あずまんがに始まりハルヒらきすたけいおん東方ガルパン艦これウマ娘、、、

なんというか、オタクカルチャーっていうのは、愛とか恋とかが絡むようなお話って、クソ喰らえだった気がするんだ。

オタクたちはそうやって、自分に縁のないものを、自分の庭の外に投げ捨てて、マイワールドを楽しんでいたはずだ。

まるで修行僧のように。

少なくとも俺はそうだったし、今もそう。

それがなんか、どうした?

なんでシンエヴァの、あの無駄に生々しい、現実じみた終わり方に感動できるんだ?

進撃の巨人もうすぐ終わるけど、あのミカサのチューに生々しく盛り上がっちゃってるよな?

あとさ、なんだかよく分かんないけど、「バチェロレッテ」見ただろ?杉ちゃんちょっとだけ自分重ねただろ??

なんなら、「花束みたいな恋をした」見ちゃってるだろ??泣いちゃってるだろ???

オタクたち、いつの間に愛を楽しめるようになってしまったんだ?

つの間に大人になってしまったんだ。

俺には分からない。

2021-03-23

すごい私がんばったんだよなぁ。すごいがんばったんだけど、一緒に経験した人、もう誰もいないんだよな。あの瞬間、この瞬間、本当につらかった。その時たくさん考えて、勉強してやっても、でも、そんなの全然見てないんだよなぁ。そう、全然知らないんだよ…。孤独だな。仕事って、孤独だ。独りで。

ああなんか…つかれちゃったなぁ。この3月いっぱいで、本当によかった。おめでとう自分。すごかったよ。めっちゃがんばってたね。ぶっちぎりでMVPお疲れ様会しようか。盛大に。花束かな。ホテルスイートルームかな。ケーキかな。エステかな。はぁ…。

2021-03-21

anond:20210321193606

男なら一本で十分

そういうマッチョイズムが今の男性の生きづらさを作っているのです

まれてる女には一本で十分、弱者男性にこそ花束

ブスに花束をは許されるけど

KKO花束はくれないんでしょう?

ブスに花束anond:20210320203100

知らなかったからググったら本当に(少女漫画としては)不美人として描かれていた

美人になったり美人と入れ替わったりはしないみたいね。最終的なオチは読んで無いから知らんけど

 

ただテンプレ的な美人として描かれていない、例えばデブだとかそばかすがあるくらいだったら

キャンディキャンディからテンプレな気はする

カンナさーん!とか水玉模様シンデレラとかあげたらキリがない

 

ゴーストバスターズ主人公みたいなの、ブサメンガチファイター主人公みたいなのって話だよな、たぶん

答えとしてはないと思うがあるのかな?

2021-03-13

給料が倍になった

都会で一人暮らしして手取り20ギリギリで三十代に入った2年前。

地元に戻って実家暮らし。同じ職種就職したら手取りが倍になった。なにこれ。普通都会に出た方が給与増えるだろうよ。 

 

ずっと何か狐かなにかに化かされてる気分だったが今日、親の誕生日なので花束を贈り食事をご馳走したら親が喜んでくれた。

こういうこともあるのかもしれない。

狐よ今後も化かし続けておくれ。

給料が倍になった

都会で一人暮らしして手取り20ギリギリで三十代に入った2年前。

地元に戻って実家暮らし。同じ職種就職したら手取りが倍になった。なにこれ。普通都会に出た方が給与増えるだろうよ。 

 

ずっと何か狐かなにかに化かされてる気分だったが今日、親の誕生日なので花束を贈り食事をご馳走したら親が喜んでくれた。

こういうこともあるのかもしれない。

狐よ今後も化かし続けておくれ。

2021-03-01

花束みたいな

クンニ✋(👁👅👁)🤚をした

2021-02-20

お前が「花束みたい」と思い出した恋、昔の相手はとっくに枯らしてるぞ。

 最初に言っておく。俺は「花束みたいな恋をした」が大好きだし、元カノのことも嫌いとは思ってない。大筋は実話だが、バレ対策で所々の事実は曲げてる。この文に厳密に該当する個人は多分いないが、20代童貞ノンフィクションだと思ってくれて問題ない。

 タイトル通り。「はな恋」を見て俺が思い出した元カノは、「はな恋」を見ても元カレ(=俺)とのことなんか全然思い出さなかったらしい、という話だ。

 当たり前やろと思った人、盛大な独り相撲が好きなら読んでくれ。

 どこかにショックを受けた人、その幻想をぶち殺しにきたから読んでくれ。

 はな恋の中身の話もするから未見勢は早く観に行け。行って情緒に九頭龍閃されてこい。

 まずは思い出話。

 高3のとき、親密ってほどでもないけど話すと楽しいクラスメイト女子がいた。傾向は違うにせよお互い二次元オタクだったし、かといって自分世界に閉じこもり続ける訳でもない、それなりに真面目でそれなりに社会性があってそれなりにリア充を僻んでいるタイプだった。派手に迫害される訳でもなく、かといって異性にチヤホヤされる容姿でもないし浮いた話もない、そういうバランスの男女。たまに話が弾むうちに、お互いにちょっとくらい好感情が出るのは、ヘテロ若者だったら自然だろう。

 とはいえ高3だ。少なくとも都会ではない立地の(自称進学校で、大学が近くなる奴はまあまあレアだ。少なくとも俺は「最後だし気になる人には告白しよう」って思えるほど自己肯定感が高い高校生じゃなかった、遠距離の面倒くささを押しつけるのは気が引けるんだよ。だから例の彼女とも、別の大学行ってそれっきりなんだろうと思ってた。

 幸運なことに、あるいは不運なことに。俺も彼女も、違う専攻ながら志望校が一緒なのが分かってきた。一般試験を前提に難関(扱いの大学)に挑む勉強ガチ勢どうし、「一緒に受かろうね」という共闘意識はすぐに共有できた。

 共闘意識に加えて。「珍しく気の合う馴染みの女子男子)が」「同じ大学にいるなら」「お付き合いもできるのでは」という妄想だって始まってた。多分、彼女もそうだった。

 娯楽も限られ、空気の閉塞してくる受験期。これだけ利害の一致する人間がいたら頼りたくなる。教室やら予備校やらで顔を合わせる中で、少しずつ距離は近くなっていった。並んで歩いた、肩が触れた、バーガー店に寄り道した、ハイタッチした。ギリギリ友達範疇の、しかし交わす異性なんていなかった、そんなスキンシップがひたすらに幸福だった。リア充高校のうちにベッドインまで済ませている傍ら、ちょっと手が触れ合ったくらいで舞い上がるような高校生だった(今さらだ男子校勢には謝っておく)

 そうやって、言葉にはしないまま意識けが積み重なって臨んだ試験で、めでたく二人とも合格した。地方自称進学校で、ちょっとした快挙になるような大学だった。引っ越し手続きが落ち着いて、二人で祝勝会カラオケをして(君じゃなきゃダメ健全ロボがレスキュー!したのはうさぎですか?)、そのとき彼女から交際を申し込まれた。告白が叶った女の子が泣くんだって知った。

 親も応援してくれた難関大カップルで進む、進研ゼミもかくやという出来すぎた滑り出しで。お互いの好きなことは邪魔しないようにという(主に彼女の)方針だったから、サークルバイト優先で、一緒に過ごすことはそんなに多くなかった。それでも連絡は頻繁に取り合っていたし、相手が歩く新しい世界の話は純粋に好きだった。たまにファミレスで喋って、帰り道にキスするくらいで十分だった……俺がセッしたかったのは確かだったが、彼女からその手の話をされることがなかったぶん、踏み込みづらかった。まだ未成年だし、付き合いが長くなればそのうち、くらいの気分だった。自分を好きでいてくれる女の子が近くにいる、それで十分だった。

 そんな距離のまま後期になって、学業サークルも忙しくなってきた。お互いに真面目に取り組みたいのは分かっていたから、彼女からの連絡が少しずつ減るのも気にならなかった。

 試験期間が終わって、久しぶりに遊びにいって。そこで「別れたい」と言われた。納得もできないまま地獄に落とされて、それでも受け容れるしかなかった。水泳ときプールの中で海パンを脱がされるような日常だった小学校の頃以来、久しぶりに自死を考えかけたりもしたが、そんな気持ちまで彼女にぶつけるのはどう考えても間違いだったし(H誌のI田の件は絶許)、何とか立ち直った。カルチャーでつながった相手に振られてもカルチャーで立ち直ったオタクだ。気分転換の得意なフレンズなんだね

 あんまりな別れ方をした直後は絶縁状態だったが、数ヶ月もすれば傷も癒え、少しずつ彼女との交流も戻ってきた。そのときは明言していなかったが、サークルの先輩に心変わりしたのが大きな理由だったらしいし、今ではその彼と良好な関係が続いているという。俺自身、無害な友人としてはともかく、性愛対象としては魅力に乏しいと自覚してるし、そのくせ意識的にビジュアルを磨こうとも思っていなかったから、他の男に負けるのも無理はないと考えられるくらいになった。以前ほど親密ではないし直に会うことはなくなったが、たまには最近推しコンテンツ布教しあうような関係になったし、それが結構打率だった(というか言われる前から気になってる率が高い)ものからシンプルにオタ友として付き合えるようになった。何より、秘密を共有する相手というのは大きい。

俺は俺で、学年が上がるにつれて人間関係リソースを割けなくなってきたし(だから新しい相手もいないまま)、あそこで別れなくてもいずれ、という予感を抱くことも多かった。何より、その先が破局であったとしても、彼女との思い出には励まされてきたのだ。ひとときでも誰かに愛された記憶尊い、続かなくても間違いじゃなかった、違う道に幸あれ。本気でそう思えていた。別れたときに言えなかった「楽しかったね」だって、もう皮肉なしに言えたのだ。

 という風な経験を踏まえると。

「はな恋」がビシャビシャに刺さる人だな、というのは察してもらえると思う。

絹と麦が惹かれあっていく様子は高3の淡さを思い出した。初対面で作家の話ができるの最高だし、「電車に揺られる」と言っていたら気になる。

同棲中の過ごし方は進学当初に描いていた理想のものだった。同じ本で泣いたのは知っていたから、今度は一緒に読みたかった。

環境が変わると内面が変わるのを誠実に描いてくれたのも良かった。別れてからだって心は通じ合う、そんな関係性に自分たちもなれたと思っていた。

「はな恋」のキャッチコピーにまんまと乗せられた、これは俺たちの映画だ――という直感を抱いた頃、彼女も観る予定だとリア垢TLで見かけた。ただでさえコロナで人と会えない今、久しぶりに喋りたくなって、通話での感想戦を取り付けた。

 期待通り、映画の話は大いに盛り上がった、それはそれでちゃんと楽しかった。それは良いんだ。

 ただ、何を感じたか――というより「自分経験のどこに響いたか」は正反対だった。

 あらゆるシーンが彼女との思い出に接続されたと、缶ビールを片手に俺が語るのを聞きながら、彼女は段々と歯切れが悪くなっていた。顔は見えなかったが、多分げんなりしていたんだろう。

 やはり今が優先されるのが当然か、彼女が主に考えていたのは今カレとの馴れ初めや前途だったらしい。それは分かる。社会人なりたてとして当然。

 そこからが致命打だった。「君のことも思い出したけど、それは趣味が合う人がいる楽しさであって」「君と付き合っていた頃のことなんて全然思い出さなかった」「4年も経つのに君に思い出されて、ちょっとビックリしてる」

 つまりは、4年以上も前の恋人期を鮮明に思い出している俺に戸惑っていた。そんな言い方はしなかったが、完全に引いていた。

 俺から復縁を申し出たことは一回もないし、知らないなりに彼女と今カレの関係は(少なくとも言葉上では)祝福している。よりを戻せるだなんて全く期待していない。君の運命の人は僕じゃない、否めないというか今さら否定する元気もない。

 それでも。どうやら俺は、終わった恋に甘えすぎていた。彼女が「思い出」のフォルダに整理した体験を、ずっと大事に抱えたまま、昨日のように覚えたままでいる。

 新しい恋人が出来たからだとか、そもそも男女で思い出し方が違いやすいとか、そういう話も分かる。それでも俺は、かつての恋人の中で自分がどれだけ小さくなっているかを示されたのが相当にショックだったのだ。それだけ小さくできる存在が俺だ、そのことに今さら傷ついているのだ。

 また好きになれとか、振ったことを後悔しろとかじゃない。こんな映画を観たときに思い出してくれる、そんな存在はいたかった。絹と麦に憧れたのは、あれだけ幸せ現在を過ごしていたから以上に、幸せ過去を大切にできているからだ。パンフレット一枚目フレーズ号泣したの、俺だけじゃないだろ。

 薄桜鬼ヘタリアも黒バスも、見かけるたびに彼女が話していたことを思い出す。SAOゆるゆり麻枝准も、彼女は多分もう気にしていない。

 ラジオ映画評で宇多丸さんが言っていた、「別れた後でも、その思い出がある人生は素晴らしい」ことを描く映画じゃないかと。俺自身がそうだった、それを確かめさせてくれる映画だった。柔肌の熱き血潮は夢のまた夢、それでも、そんなに寂しい訳じゃなかった。あの頃に積み重なった初めての温もりは、どれだけ経っても心を温めてくれていた。そんな粘着質な感情なんて誰にも言えない、言えないけれど。彼女だってそうだったと信じていたのだ。別れたとはいえあんなに分かり合えていた。別れた後も上手く折り合いがついた、それはあの頃への愛着があるからだと思い込んでいた。

 あん未来が待っていた、それは一方通行の夢だ。ずっと知っている。

 あんな日々もまだ温かい、それも一方通行の夢だ。知りたくなかった。

 それでも好きになってくれた自分が誇らしい、そんな幻想だって、確かに明日への糧になっていたのだ。いつかそう思ってくれる人が現れる、それまでちゃんと生きようと自分に言い聞かせていた、それだって幻想だといよいよ痛感した。

 とはいえ精神に多大なダメージを食らったとはいえモラトリアムから目を覚ますには良い機会でもあったのだ。「自然な」出会いなんか一生来ない、やるならちゃんと金をかけてシステム使ってやるしかないし、ひとりで生きてく覚悟を決めたっていい。いずれにせよ、あの頃みたいな出会いなんて一生ない。少なくとも「俺には」ない。

 色褪せてきたことに気づかず、花瓶に飾ったままにしていた花束を。そろそろ片付ける頃合だろう。

「今回の件からお前が得るべき教訓は」別れた後の恋人に思い出話なんて、大抵の場合はするもんじゃない。胸の奥の花束は、陽に晒しときには枯れていく。

別れた後も思い出話に花が咲く人がいたら、それはそれで尊敬応援もする。けど、俺は違った。

かつて恋仲だった俺たちへ別れを告げる、いい機会だった。嫌いにならないまま、後悔まではしないまま、背を向けて手を振ろう。数年の時差はあったが、麦と絹の再演だ。

……ということを書きながら、段々と思いはじめたんだが。

秒速5センチメートル」を作ったときの新海さん、こんな気分だったんじゃないだろうか。ポスト宮崎駿というか終身名誉レぺセン童貞の誠くん、さっき「はな恋」も観たらしい誠くん、大丈夫? 話聞くよ?

2021-02-18

花束みたいな恋をした」を観てきた カルチャーお金セックス

映画花束みたいな恋をした」を観てきた。

私(40代後半自営業、既婚、子有)的にはすごく「刺さる」映画だった。

偶然を含む特別出会いがあり、好きな音楽映画が一緒で、同じスニーカーを履いてたりする

ってことで「私はあなたで、あなたは私じゃん、私達特別じゃん」ってなり、お互いのことを

知っていく過程において、自らの映し鏡としての存在相手に求める恋愛初期の楽しい日々が

続いていきます

一緒に暮らすようになり、社会人になり、彼と彼女が一番大切にしていたカルチャー達は

彼らになんの力も与えてくれない(お金を稼ぐ力とならない)中で、彼らにとっての

アイデンティティでもあった、自分達は他の人達とはちょっと違うんだという自負がゆらいでいく。

日々の生活の中で、燃えるような恋愛感情は変質していき、日常存在としてのパートナーと  

なっていき、そして・・という映画でした。

素晴らしい映画だと思いますので、ぜひいろんな方に観て欲しいです。

私は、ラグビーだのアメフトだの基本運動部の人でしたが、サブカルが大好きで

宝島(昔あったサブカル雑誌)を読んで、そんなサブカルに詳しい(好きではなく詳しい)

ことが自分にとってのアイデンティティであり、そんな気持ちを共有できる相手を求めていました。

たくさん本を読んで,映画舞台を観て、その中から得られるものを、人生にとって大切なもの

として生きていきたいなって思っていました。(〜27歳)

 

27歳に、大学在学中からやっていた商売がうまくいかなくなり、お金がなくなってきて

アルバイトをするようになったのですが、その時に、当たり前ですが、趣味程度のサブカル

何も私を助けてはくれないし、少し環境が変わると、それを摂取する時間お金もなくなり

結婚を考えていた女の子とも別れました。(と、純愛的に書いてますが、10年間くらい同時並行

で3人くらいの子と年単位で付き合っていてカップル喫茶ハプニングバー遊びが好きなただれた

生活だったのでお金が続いていたとしても振られていた可能性は高いですが。)

50歳近くになり、仕事生活に直接結びつかない小説映画に触れる機会は極端に減りました。

映画館で映画観たのは、ストレートアウタコンプトン(米のヒップホップスターの伝記的映画

シンゴジラマッドマックス怒りのデスロード、桐島部活やめるってよ くらいです、

映画秘宝寄りですね。

昨年秋に出会い系サイトを通じて彼女40代前半)ができましたが、メールのやりとりが

はじまってから実際に会うまでの1ヶ月ずっと、若いときと同じことをやってました。

お互いの本棚写真にとって送りあって「その本、前に読んだ。」「その本読みたいと思ってた」

「私達、趣味が合うよね」どんな映画好き?どんな音楽聴くの?とやりとりし続けることで

その人のことを知ろうとしていましたし、短歌を語り合ったりしている時には、お互い

「私達って他の人達とはちょっと違うよね。」って部分もあったと思います

 

1ヶ月の文通の後、会ったのですが、カフェでもずっとそんなカルチャー話をしていました。

でも3度目のデートホテルに行ってからは、肌が合ったこともあって、会ってる時間ほとんど

ずっとホテルのベッドです。10月後半くらいから今にいたるまで会っている間の会話はあえぎ声くらいです。

映画劇中と私の過去において、カルチャー生活するお金に無力であったのと同様に、非日常の愉しさを

求める関係性においては、カルチャーセックスには遠く及ばないってことを何度目かのホテルの後に

考えたりしました。

会ってないときは、Slackでいまだに読んだ本を紹介しあってます。下手な短歌を送り合ったり

花束みたいな恋をして」観てきた方がいいよって伝えたりしています。そして次あったとき

多分ただただセックスだけをします。

2021-02-06

花束みたいな恋って

見てないけど、恋人大勢つくって集めて眺めるみたいなこと?

2021-02-04

花のない生活

ほどほどに陽当たりの良い台所で、小さな鉢の観葉植物を二つ育てている。

どちらも元々は実家にあり、伸びすぎた茎を切って分けてもらったものだ。自宅に持ち帰って水を入れた瓶に挿しておき、根が生えるのを待ってから鉢に植え替えた。

つのうち、一つはブライダルベールで、札幌に住む祖母が、家で育てていたものを同じように切り分けて持って来たという。祖母認知症になり、今は施設暮らしている。もう何年も会っていない。

もう一つはポトスで、いつからあったのかはわからないが、物心ついた時から実家景色の一部だった。

植え替えた鉢を、初めは自宅のリビング(と言うほどでもないが)に置いていたのだが、陽当たりが良すぎたせいか、見る見るうちに葉が変色してしまった。ほぼ枯れかけの状態だったが、よく見るといくつか新しい芽が出ていた。まだチャンスはあると思い、まずは鉢の場所を移し、元気のない葉を切り落とし、土の状態をこまめに確認するようにした。場所を移してから半年程経って、ようやく様子が安定してきた。今では植物を育てることに対して楽しさのようなものも感じている。

ただ、どうしても花を育る勇気は出ない。また枯らすんじゃないかという不安があるのももちろんだが、多分それだけではない。小学生の頃、クラス友達のお誕生日会に行った日のことを思い出すからだ。

小学校1年生。お誕生日会というものに初めてお呼ばれした。まだ友達になってから1年も経っていない自分を呼んでくれるのがとても嬉しかった。

ところで、お誕生日会って何をするんだろう。自分の他にも、数名の友達が呼ばれているということだけは知っていた。みんなで誕生日の歌を歌ったりするのかな?学校じゃないからそんなわけないか。ごちそうやケーキを食べたりとか?

キドキしながら当日を迎えた。友達の家は少し遠いところにあったので、母が送ってくれることになった。

家を出る直前に母が言った。

「そうだ、花屋さんで花束作ってもらおうよ。」

えっ。と思った。だって花束とか、持たないじゃん、普通わたし花束もらっても別に嬉しくないし。友達も花なんかもらって嬉しいのかな?嬉しくなかったら嫌だなあ。恥ずかしい。

しかし母はすっかりその気だったので、嫌だとはとても言い出せず、結局花屋に行くことになった。

近所の小さな花屋は、当時から既に古い佇まいだった。今でこそレトロ雰囲気は持てはやされるが、当時は何だか暗くて、できることな行きたくないと思っていた。

店先の、あまり多くはない選択肢の中からいくつかが選ばれ、花束が作られた。

花束には白くて小さな花がたくさんあった。手に持つと、その小さな花が顔に当たってくすぐったかった。

友達の家に着いた。花束は目立つから必然的にすぐに渡すことになった。

「わあ!」と、友達のお母さんが喜んだ。

よかった。変じゃなかったんだ。

しかしわたしは見逃していなかった。友達が笑いながらも、少し困った顔をしていたのを。

やっぱりそうだよね。花なんかもらっても困るよね。わたしも知ってるよ。でもお母さんが買うって言うから

誰にも責められていないのに、心の中で必死言い訳をした。

誕生日会は、みんなでお菓子を食べたりゲームをしたりで、普段遊ぶのとあまり変わらないなと思った。

それはケーキを食べた後だったと思う。他にお呼ばれした友達が、主役の友達誕生日プレゼントを渡す時間があった。

えっ。と思った。

何でみんな、プレゼントを用意してるの?何でわたしだけ、プレゼントを用意するって知らなかったの?

他の友達があげていたプレゼントは、かわいい文房具とか、エプロンとか、とにかくもらったら嬉しいだろうなと思うものばかりだった。そんなプレゼントを選べる友達大人に見えたし、なぜそんなに高そうなものが買えるのかわからなかった。

わたしは(お母さんが買った)花束をあげたからセーフ?でも、友達、喜んでなかったし。

夕方になり、その日はお開きになった。少しホッとしながら帰り支度をしていると、そこでまた、えっ。という出来事があった。主役の友達のお母さんが、「今日はみんな来てくれてありがとう」と、全員にお礼の品をくれたのだ。しか結構大きな袋だった。

家に帰って袋を開けてみた。かわいい文房具雑貨の詰め合わせだった。花束を渡したとはいえ自分で何も選んでいないのに、お返しだけもらってしまった。罪悪感で胸がいっぱいになった。

その後も、他の友達のお誕生日会に呼ばれることが何度かあった。その度に母は花束を買ったが、わたし自分プレゼントを用意した。だがそれは、他のみんなが用意しているような文房具雑貨ではなく、手作り工作のようなものだった。「他のみんなはこういうプレゼントを渡しているんだよ」とは、母には言えなかった。「みんなと違う」と打ち明けるのが何となく嫌だったから。

そして、お誕生日会の最後には必ずお返しをもらった。お返しの品は、決まって文房具雑貨の詰め合わせだった。

わたしが住んでいたのは、市が合併する前の、学区の外れだった。家の目の前は違う市だったし、2年通った幼稚園も違う市にあった。一学年20人もいない、教会附属の小さな幼稚園だった。

卒園すると、学年の半分くらいは違う市の小学校入学し、残りはバラバラになった。一人だけ同じ小学校入学した子がいたが、クラス別になった。

入学した小学校は、目の前に幼稚園があり、クラスの半数以上がその幼稚園出身ということだった。当たり前だが彼らは元から友達同士で、持っているものもみんな同じだった。みんなキャラもので、両面開きの筆箱を使っていた。わたしは「いろいろ機能が付いていると気が散って良くないと聞いた」という理由で、地味な片面開きの筆箱だった。みんなはビニールのケースに入ったクーピーを持っていた。わたしのクーピーは缶のケースだった。缶は開けるときに大きな音がするし、ビニールに比べると古臭いから恥ずかしかった。みんなのクーピーには「はだいろ」があるのに、わたしのクーピーにはなかった。悔しいから、クーピーを赤から順に虹色に並べて気を紛らわせた。

3年生に上がると、お小遣いを貰えるようになった。わたしは今までの恥ずかしさを精算するように、両面開きの筆箱を買ったし、はだいろのクーピーも買った。はだいろは虹色の列の中では座りが悪く、端っこが指定席になった。

そして、友達のお誕生日会で渡すプレゼント自分で買うようになった。

みんなが同じものを持っていたのは、幼稚園に向けて一斉販売があったからだと思う。筆箱も、親同士で情報交換をした結果、同じようなものになったのだろう。

そして、「お誕生日会」も、そのコミュニティの中で出来上がった文化なのかもしれない。誕生日の子が、仲の良い友達を5~10人、家に呼ぶ。みんなでゲームなどをして遊ぶ。お菓子ケーキを食べる。呼ばれた子たちが、主役の子プレゼントを渡す。主役のお母さんが、帰りがけにお礼の品を渡す。そういったフォーマット存在していて、みんなそれに則ってイベントをこなしていく。思えば、お誕生日会の主催者はみんなその幼稚園出身だった。親もその文化を知っているから、子どもと一緒にプレゼントを買いに行くのだろう。だから子どもだけでは買えないようなプレゼントが出てくるのだ。

小学校での日々はそれなりに楽しかったけれど、既に出来上がった輪の中にお邪魔しているような気もして、何となく疎外感のようなものがあった。自分の行動がずれていないか、みんなはどうしているのか、仲間外れにされないかといつも気がかりだった。

花束の中にあった白い花は何だったのだろうと思ってネットで調べたら、どうやらカスミソウのようだった。「ちょっと昭和の印象もあったりして、オシャレなお花屋さんでは置いていないこともありますが…」という紹介文に思わず苦笑いした。あの花屋はまだやっているのだろうか。おそらくもうやっていないだろうな。

そんなことをいちいち思い出すので、未だに花は買えないでいる。

2021-01-22

anond:20210122224410

両手いっぱいくらいの花束毎日根負けするまで届けてみたら?

2021-01-07

花束を贈った人

最近では、花束楽屋に送るとか、スタンドブーケを送っておいてくださいとか、いろんな送り方があるらしく、何回か使った思い出がある。

しかし、花束を異性に手で渡した記憶が鮮明なのは、1回しかない。

恋心がなかったといえば嘘になってしまうが、初恋インパクトほどではない。

でも、いろんなことで尽くしてくれたので、感謝しているのは言うまでもない。

彼女は私の好意のそこかしこに気が付いていたのか、「今度ピアノの発表会に来てください」とチラシだったか案内状だったかをくれた。

発表会といっても、全門下生が集まる大規模なもので、教師がこれを全部聴くのは大変だったと思われるが、私は途中から聴いた。

彼女の番になった。

そのあと長く時間がたってから、全員の披露が終わった。

そして、私は「これくらい渡しておきなさい」と母親に言われた通りに、彼女花束を渡した。少々「はい、おめでとう」くらいは言ったかもしれない。

渡した次の日から気まずくなった。Crossボールペンとかを送ったほうがよかったのかもしれない。

この人も、私は下の名前で一回も呼んだことがない。最近は下の名前で呼び合うようにしましょうとかい教育もあるらしいが、当時は恥ずかしくて言えなかった。

下の名前漢字でもひらがなでも憶えているが、今も言えない。

私は、二人で連弾がしたかった。それだけだったんだと思う。でもその機会はなかった。

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