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はてなキーワード: ゲシュタポとは

2018-10-13

最近、「女は顔が良ければ人生イージーなんだから専業主婦してろ。」みたいな雑煽りツイート引用RTで叩くツイートが流れてくることが多くなってきた。

いや雑も雑だろと思ってホームを見ると「2018年10月登録」。

件の大放火事件がちょうど1日か2日くらいだから騒動中に作られた垢ってことか。

確固たる根拠があるわけじゃあないが、

bioがやたら反フェミなのに対しフォローしてるのがbts関連やらchantoやらやたらフェミニンってところや、やたらツイートが少ないとこを見るとFの者のマッチポンプなんだろうなぁ…と。

まぁ思想を持つには人の数だけいろんな背景もあるし、フェミがいいとか悪いとかそういう話じゃなくて、

こういう落ち目好戦的クラスタが陥落瓦解する直前にはなんかこういう分かりやすマッチポンプで身内の溜飲下げる特有芸能が発生するのかなぁって。

というのも、例の弁護士大量懲戒請求に関連してハングル板なんJ民が侵攻仕掛けたことがあったじゃん。

そのときに出てきたエピソードに「在日を騙ったコテハン荒らし論破していく姿に熱狂するハン住民」みたいなのがあって…それを上の芸で思い出したんだよね。

こういうのは情けないなぁ恥ずかしいなぁ惨めだなぁってとこなんだけど、

思想における敵(そもそも思想に敵なんているのか?対抗する相手がいるとしたらそれは未来の協力者ではないのか?)を仮想的にやっつけてみせることで鼓舞するのは

どこか古典世界に出てきそうだし、想像してみたら結構スッとするかもしれないし…明らかに不利な状況で不安解消するにはてきめんだろうし…気持ちはわかる。

大量懲戒請求した人たちと同じく、今回乗じてポリコレゲシュタポポリコレアインザッツグルペンを演じてしまった人たちも、お馬鹿ではあったにしてもどこか同情できるんだよな。同意は出来ないが理解はできるってやつ。

お偉い先生様も参加するあたり、やっぱり学級裁判で冴えない男子ボコすのは一大娯楽なんだなって。

ただやっぱ「性的消費」とかあいまい言葉を使いたがるけど、その辺の定義しっかりしないと今回と同じこと繰り返すし、

日本ポリコレだけでもルールブックとしての何らかの文書必要だと思うんだよね。資本論とかああいう感じの。

今回は私刑裁判だったけど、私刑も刑なら法があるはずだからさ。そういうところをちゃんとすれば、お望み通りリンチしても拍手喝采になるんじゃないかなって。雑感。

あと、それはそれとして去年のゆらぎ荘とか今回もそうだけど例の人はそろそろちゃん落とし前くらいはつけとかないとあかんのとちゃうか?Fクラスタの顔に泥塗ったわけだしさ。

2018-08-05

カースト上位「お前、最低だな(キレる芝居)」←この破壊力

凄まじいよな。

まず、相手理屈など無視で、とにかく気に入らないか糾弾したいという悪魔的な意志がある。

理屈無視人格攻撃などしたら自分正当性が獲得できないから、そこはカースト上位の威光と、正義漢の立場からとにかく怒って軽蔑してるというオーラをビンビンに漂わせることで周りを味方につけようとソロバンを弾く。

こいつら、ルフィ的な正義漢では断じてないぞ。

ゲシュタポクメール・ルージュくらいにはキチガってる。

イン杯予選控えたサッカー部キャプテンの足をへし折った陰キャがこのやり方で問答無用糾弾されてた。

そのキャプテンからエスカレートして殺されるかどうかって瀬戸際までいじめられてたんだけどな。

ムードカーストストーリー重視の正義漢にはそんなの知るかだったようで。

2018-05-02

https://anond.hatelabo.jp/20180427145238

まあ、愚痴が変な方向に行っちゃって元の書き手の人こそが思想ゲシュタポみたいになっちゃってるけどね。

2018-04-20

匿名metoo」はヤバすぎる

第三者検証も何もなく、匿名一方的自分の都合の良い情報だけを垂れ流して、それに世間が乗っかって社会的断罪するって普通に考えたらヤバすぎるだろ。

metooがある程度の信憑性を持っていたのは実名告発することで告発者側も嘘ついたら批判されるリスクを負っていたからなのに、

今回は匿名告発してて何一つリスクを負っていないから嘘や曲解相手を貶めても全くお咎めがない。

「法的に断罪することが難しいか私的断罪」というのは、冤罪を防ぐために断罪ハードル上げてるのを無効化することにしかならん。

こんなことやってたらいずれ冤罪社会的死ぬ人が出てくるし、それを良しとしてたら我々の社会中世以前のレベルまで後退する。

こんなのゲシュタポ文革と変わらんじゃないか

2016-12-04

死の収容所へ 1

ヨーロッパユダヤ人絶滅の準備

 ドイツ軍ソ連侵攻は「特別行動隊」(Einsatzgruppen :アインザッツ・グルッペン)によるすさまじい組的殺作戦をともなっていた。侵攻から数週間を経ずしてナチスは他のヨーロッパ地域に住むユダヤ人絶滅作戦の準備に着手した。1941年7月31日、ゲーリング( Herman Göhring 空軍相、元帥)はラインハルトハイドリヒ(Reinhard Heydrich SS上級部隊隊長、SS大佐)に次のような命令を伝えている。

「次を命ずる‐貴官は、ヨーロッパドイツ支配圏におけるユダヤ人問題の『最終的解決』に関する組織、実務、そして財務上の必要なあらゆる準備にかかり、… さらに、ユダヤ人問題の『最終的解決遂行にかかわる準備組織、実務、そして財務上執るべき手段計画の全容を、本官に対し速やかに提出せよ」

 この任務遂行の準備を調整するためハイドリヒは1942年1月20日、ヴァンゼー(ベルリン郊外)に会議召集した。会議にはドイツ帝国閣僚の面々、ヨーロッパ占領地域各国のドイツ総督、そして、ゲシュタポ本部ドイツ移民ユダヤ人局長・アドルフ・アイヒマンを含むSSの上級将校たちが出席した。

ヴァンゼー会議」の決定はやがて、政治および軍事面において、全世界に重大な展開を引き起こすことになる。

 1941年12月11日日本軍による真珠湾攻撃を受けてドイツアメリカ合衆国に対し宣戦を布告した。戦争はすでに人類を連合国側と枢軸国側に隔て、全世界を巻き込む総力戦様相を帯び始めていた。この新しい局面は、ドイツ戦争遂行上の衝害から解き放った。ドイツにはもはや政治的配慮や「ユダヤ人の大量殺戮がもう始まっているのではないか」という世界世論に気がねをする必要が全くなくなったのだ。

 ヴァンゼー会議の進行は詳細にわたって記録され、議事録ニュルンベルク国際軍事法廷証拠として提出されている。それによれば、ハイドリヒはまずヨーロッパにおけるユダヤ人問題の最終的解決について自分ゲーリングから全権を委譲されていることを告げて会議を始めた。会議の中でハイドリヒは次のように述べている。

総統意向により、ドイツ移民は目下ユダヤ人をことごとく東方追放し、その跡地に対して行われることになった…

ヨーロッパにおけるユダヤ人問題の最終的解決の中では、各国に散在する約1100万人のユダヤ人が考慮されなければならない。次のとおり…」

 ここでハイドリヒはヨーロッパ33の国と地域ユダヤ人口をリストに揚げている。リストにはドイツ占領国や同盟国とは別にイギリスソ連ヨーロッパ地域、また中立国ポルトガルスペインスウェーデンスイスアイルランドトルコといった、ドイツ占領する予定だった国も含まれていた。

 ユダヤ人大量虐殺の実際の準備はハイドリヒによる組織の準備と同時に進められた。1941年夏、ハインリヒ・ヒムラーアウシュヴィッツ強制収容所所長ルドルフ・ヘスを呼んだ。ヘスは戦後証言で「ヒトラーユダヤ人問題の最終的解決の実行を決断したことを、このときヒムラーから知らされた」と明らかにし、さらに次のように述べている−「事実東部で行われているようなやり方(ソ連地域でのユダヤ人殺害特別行動隊による狩り込みと射殺)では与えられた任務対応できなかった。絶滅という任務のためには、特にアウシュヴィッツ収容所対応させる必要があった」。

 この会談の直後、アイヒマンアウシュヴィッツを視察している。二人は、ソ連で行われている射殺は大量の人間を短時間のうちに皆殺しにするには不向きであり、大量殺戮はガスを使う他はないとの結論に達した。

 ガスを使った殺害ナチドイツにとって初めての経験ではなかった。すでに「安楽死計画」において、ガスが使用されている。この計画1939年9月から1941年8月末まで実施され、7万から9万人にのぼる精神病者と重度の障害者がガス殺された。わずかにユダヤ人も含まれていたが、このとき犠牲になったのはほとんどがドイツ人だった。ナチスはこの「安楽死計画」を、「役立たずの穀つぶし」—ナチは彼らをそう決めつけた—を国家から駆逐し、アーリア人種の優性を高めるための手段だと考えていた。ヒトラーはこの計画にあたり「T-4」という秘密組織を発足させている。「T-4」は総統直属の正式組織として医師を擁する医療関係の諸機関大学研究所病院等)を支配した。不治の病に苦しみ死を待つばかりとなった病人たちの命運が、かれら医師たちの手に委ねられた。

 かくして犠牲者たちはそれぞれの医療機関に用意された気密構造の部屋へ案内され、ガスによって窒息したのだ。死体特殊な焼却炉で燃やされた。このガスを使った安楽死はすぐに外部に露見し、ただちにこの殺害行為をやめさせるための抗議行動が‐特に犠牲者の遺族と教会から‐起こった。ヒトラーは譲歩し、1941年8月末、これら医療をかたる殺人を当面中止するよう命じた。

 しかしこの安楽死計画の中で蓄えられた経験は、「最終的解決」の準備をしていたSS当局に役立つことになったのである

絶滅作戦

 絶滅作戦としての最初のガス実験は1941年9月アウシュヴィッツで行われた。ソ連軍戦争捕虜たちが実験台に選ばれた。彼らは密封された地下室に閉じ込められ、チクロンBによってガス殺された。非常な短時間捕虜たちは窒息死した。以後続けられた一連の実験で、ナチスはガスという新しい殺害方法を開発するめどを立てるに至った。同じ頃「特別行動隊」も、ハイドリヒ指揮下のSS技術局の援助を受けて同様の方法を開発している。ここでは「ガス室」の代わりに「ガス・トラック」が用いられた。この車の外見は救急車冷蔵車に偽せてあったが貨物室は気密構造となっており、マフラーから貨物室まで 延ばされた特殊パイプ排気ガス中の一酸化炭素を密閉された貨物室に直接流し込むようになっていた。犠牲者たちが貨物室に入れられるとドアが閉まり、鍵が下ろされ、そしてエンジンがかけられた。

 「ドライブ」は、全員が死亡するまでに30分も要しなかった。所定の場所に着くとドアが開けられ、死体は運び出されて埋められた。この「ガス・トラック」は、大型のものでは150人を、小型のものはその半数を収容した。ソ連ドイツ占領地域では1941年12月だけで、数千にのぼるユダヤ人が「ガス・トラック」で絶滅させられている。

 1941年12月8日。占領ポーランドのロッヅ管区ヘルムノ村(ポーランド名ウッヂ市ヘウムノ)近郊で最初絶滅収容所が稼働を始めた。殺害には「ガス・トラック」が用いられた。犠牲者たちは主に列車で運ばれ、収容所の近くで降ろされた。そこは一部を公園に囲まれ崩れかかった古い宮殿の中央広場で、人びとは垣根に囲まれ区域に通されると「労働に就く前にこれから車に乗ってシャワーを浴びに行く」と告げられ、次のように言い渡された。「衣服を脱いてこの車に乗るように」

 「ドライブ」が始まった。車が4キロメートルほど走ったころには、排気ガスによって全員が毒殺されていた。「終点」は森の中の柵で囲まれ場所で、そこにはこの仕事のために特別に殺されずにいるユダヤ囚人の一団が待機していた。彼らが死体を車から降ろし、そして埋めた(後には死体は焼却処理されるようになっている)。ヘウムノではこうした「ガス・トラック」が3台稼働し、当局員として150人ほどの警察官とSS隊員を擁して1943年4月に一旦閉鎖されるまで稼働し続けた(その後1944年から3ヵ月あまり再稼働)。ここではロッヅ管区他から連行されたユダヤ人と少数のロマ・シンティヨーロッパ語名ジプシー)の集団、合わせて30万人近くが殺害されている。

 1941年11月ポーランド総督管区内でユダヤ人絶滅作戦の準備が始動した。ヴァンゼー会議ハイドリヒの挙げたポーランド在住ユダヤ人口は228万4千人であるハイドリヒは1942年5月にチェコレジスタンス暗殺されたがそれ以後この暴挙は彼のファーストネームに因み、ドイツ政府より「ラインハルト作戦」のコードネームを与えられた。作戦指揮官には後のルブリン管区SS司令官警察長官、オディロ・グロボチュニクが任命された。グロボチュニクは3つの絶滅収容所計画を実行に移した。1942年3月中旬、まずベルゼック(ポーランド名ベウゼッツ)収容所、次いで同年5月ソビボル(同ソビブル)収容所が、そして7月末には第3の収容所、トレブリンカが大量虐殺を開始した。ドイツ東方植民地に設置されたこれら3つの収容所はいずれもガス室を備えていた。ここでは一酸化炭素ガスが使用され、ガスは屋外に設置されたガソリンまたはディーゼルエンジンからパイプで引き込まれた。それぞれの収容所には2、30名のSS隊員と、90から120名のウクライナ人(もとソ連軍捕虜で、ナチス・ドイツに協力を申し出た者)が 当局員として駐在した。SS隊員のほとんどは「安楽死計画」の要員から抜擢された者たちで占められ、後者ウクライナ部隊はルブリン近郊のトラヴニキにあったSS錬兵場で編成・訓練を受けたので、付近住民からは「トラヴニキ・マン」と呼ばれていた。

 ヘウムノ、ベウゼッツ、ソビボルそしてトレブリンカの各絶滅収容所は、文字に違わぬ殺人工場だった。連行された人々は、そのままガス室直行させられたのだ。何百人かのユダヤ囚人処刑を免れていたが、これは当局員と囚人たちの身の回りの世話のためであり、こういったグループはすべて数週間あるいは数ヵ月ほどで殺され、随時交代させられていた。

 ルブリン近郊のマイダネク収容所ユダヤ人、非ユダヤ人双方を収監する完全な構造を備えた強制収容所で、この地区にある他の収容所は全てマイダネクの補助収容所として機能していた。おびただしい数のユダヤ人がここで殺され、あるいは移送中に通過し、あるいは囚人として収監された。この中にはポーランド軍属のユダヤ人戦争捕虜も含まれている。マイダネクを生き残った者は数えるほどしかいい。

 強制収容所および絶滅収容所のうち最大の規模を持つアウシュヴィッツ収容所は、第三帝国ポーランド南部シレジア地方建設された。1940年、早くもアウシュヴィッツ村(ポーランドオシフィエンチム町)に近い旧ポーランド陸軍兵舎敷地強制収容所が設置されている。これは元々ポーランド軍将校政治犯収容するためのものだったが、I.G.ファルベン社などドイツ軍工業囚人労働力を提供するため、収容所近辺に多数の労働収容所が補助収容所として置かれるようになった。1941年にはビルケナウ村(ポーランド名ブジェジンカ)に最大の規模を持つ絶滅収容所アウシュヴィッツⅡ(ビルケナウ)収容所建設が開始された。ビルケナウはアウシュヴィッツ基幹収容所アウシュヴィッツⅠ)から西へ約3キロメートルの地点にあり、1942年5月に稼働を始めている。チクロンBを使用するビルケナウの4つのガス室は一度に1万2千人を殺害する能力を備えており、死体ガス室に隣接し連動する焼却炉(ナチはクレマトリウム火葬場と呼んだ)で 焼却された。焼却炉は24時間あたり8000人分の死体処理が可能だったが、1日で殺害される人数はこれを上回っており、残りの死体ガス室近くの森の中で野積みで焼かれた。アウシュヴィッツでのガス殺は1944年末まで続けられた。2つの収容所は約2500名のSS隊員を擁して1945年1月まで稼働し、その間に130万から150万のユダヤ人を含む、180万から200万人が殺害された。

 アウシュヴィッツビルケナウ収容所絶滅収容所と同時に強制収容所としても機能していた。殺されるために収容所に到着した人々は「選別」を受けるよう命じられることがあった。若く屈強な男たちは絶滅の集団からはずされ強制労働に就かされるか、他の収容所移送された。他に子ども双生児脊髄障害を持つ遺伝病患者などが選別の対象となった。彼らはドイツ人医師たちの医学実験用に選ばれていたのだ。医学博士ヨーゼフ・メンゲレは、医師団の中でもとりわけ悪名高い。

 生き残った囚人たちも「選別」を免れたわけではなかった。1日に何度も行われる点呼で衰弱したり病気にかかった者、または労働に適さない者が見つけ出され、彼らはガス室に送られた。

 厳格をきわめる制度の下に束の間の余命時間が貸与され、囚人たちはそれを生きていた。飢餓さらす、むち打ちなど懲罰の苦痛を与える−この種の非道所業はすべて囚人たちの心身を消耗させ死に至らせることが目的であり、SS隊員でもなければ思いつかないようなものばかりだった。 恐怖は、囚人たちの日常だった。囚人バラックから毎日、何十体もの死体が運び出されていた。 アウシュヴィッツビルケナウ−ここで心身を全うし得た者は、ごくわずかにすぎない。

2016-02-18

地元に帰りたくない

20代男。東京都下に住んでいるが、わけあって熊本人吉市に戻ることになった。

訳あって心身の調子を崩し、しばらく実家で静養しろということである

家族には恵まれた。しかしあの地域には二度と戻りたくない。

あの地域に数か月滞在することを考えただけで発狂しそうになる。ましてや永住なんて、考えただけで卒倒するレベルだ。

東京には最先端情報があり、娯楽がある。交通機関も発達している。

人吉には最先端情報も娯楽もないし、交通機関も何もない。

そのかわりあるのは醜悪な腹の探り合いと野焼きで汚された空気、そして相互監視と密告だけである

ゲシュタポみたいな公権力走狗存在しないものの、人吉球磨で幅を利かすDQNゲシュタポの代わりとして制裁を加える。

情報もなく娯楽もなく、交通機関がないためどこにも行けない。その上旧共産圏彷彿とさせる相互監視と密告、制裁の嵐。

そんなところで人間らしい生活など望むべくもない。

 

いまもこの文章を半泣きかつ過呼吸状態で書いている。意識もとびとびである意識もうろうとしてきた。

もし「一生人吉にいてくれ」といわれたら何のためらいもなく自殺する。

人吉に住むことは死に等しい苦行だ。

さすがにそんなことはないと思いたい。昨今はやりの地方創生政策鑑みると、「一生人吉にいろ。東京に戻るのは許さない!」となる可能性もある。

そうなったら絶望しかない。

2013-08-03

青山繁晴氏はウソをついて麻生氏を擁護したことを謝罪しなければならない

1.最後にボソッと大嘘を言っている。

 ナチス軍事力を使わず政権をとったのではなかったが、警察力を使って予防拘禁して全権委任法を通過させている。そのとき国会の周りを誰が警護していたのか?親衛隊突撃隊のようなんだ。

 したがって、彼が「ワイマール憲法の弱点を付いてナチス軍事力を使わず政権をとった」と言っているのは極めて不正確で、ナチス軍事力「は」使わずにがギリギリ正しいという程度。突撃隊SS軍隊じゃないか微妙

 可決する時に親衛隊突撃隊がガードしたのは歴史学を超えた常識

 青山氏は批判するマスコミと同じように事実を歪曲している。しか麻生と同じく歴史認識が誤まっている。

 ちなみに共同新聞はさも鳩山親中であるかのように演出した記事を書き民主党ダメージを与えていた。味方を撃つな。

http://www.47news.jp/CN/201307/CN2013070201002485.html

2.麻生氏は3つの意味で間違っている。

 1.ナチスワイマール憲法を変えていない。

 2.ナチスは静かに憲法を変えていないし、静かに全権委任法を可決したのではない。

3.「誰も気がつかない間に変わった。あの手口を学んだらどうか。」といった事実は否定できない。

 したがって麻生氏が言っていることはどう理屈をつけても事実関係を誤まっているのだから撤回せざるを得ない。

 

 以上の2点から青山氏が麻生氏を擁護し、ナチスのやったことを歪めて発言することは、反ユダヤ的発言だろう。

 またマスコミに対する批判も全く的外れで。青山氏もきちんと丁寧に歴史認識が誤まっていたこと、誤まった認識マスコミを批判したこと、誤まった認識マスコミ批判リスナー拡散したことを謝罪し、リスナーの誤解をとかなければならない。なぜなら「当時のナチスには反対」の立場からだ。

 これで納得している人が多いのは不思議だが、青山氏にはカリスマ性があるのだろう。しかし誤りは誤り。彼はマスコミを批判しながら、マスコミと同じことをしている。まあ青山氏ならリスナーは許すか、何が悪いのか開き直るのかもしれないが、しかしその甘えた認識がいつまで通用するか。あ、国内じゃなくて国際的にだけど。

 ということを書いていると、親衛隊が沸いてきて色々揚げ足をとったり否定するかもしれないが、そうすると、ますます引用元と同じ状況が証明されることになる。わかっているよ。下の書きおこしが部分的だといい、全文を出してもこんどは全文を読めば問題がないとか全文のここの部分を読めば問題がないとか言うのは。

 君は今日本に住んでこれを読んでいるか

 そうすると、これから21世紀にいながら1933年ごろのドイツ経験することができる。

 その稀有な体験を未来へ伝えて欲しい。

 唐突だけどなんでこれを書いたかというとそれはナチス虐殺されたユダヤ人の人たちが何のために死んだのかわからいからだ。

 あと、歴史の教訓を伝えるために生きているのではないし、死んだのでもない。まして誤まった歴史引用ならなおさらだ。これは死者への冒涜だと感じた。まあそんな2つの理由。

 http://kousyoublog.jp/?eid=2985

 今風に例えるならゲシュタポ仕事2ちゃんねる発言小町twitterと各種SNSその他諸々の中の主にネガティブな発言が全てゲシュタポに送られてきて、それら全てについて裏付けを取り釣り認定する、みたいなもので、おそらくゲシュタポの末端職員たちは日々終わりの見えない徒労感との戦いで、ナチイデオロギーを盲信することによって初めてそれを支えることが出来たのかもしれないな、などと思わされる。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm21489718

青山繁晴麻生太郎副総理ナチス発言撤回について

※発言を除き敬称は略させていただきました。

※氏名も省略させていただいております

10'24ごろから

青’麻生さんのおことばですけどナチスを例に挙げてはいけないというのはそれ自体がむちゃくちゃな話でしょう。

飯’ええ。そうなってしまうと・・・

青’ナチスが間違っていたことは確か。同じ戦争を戦った当時はいわばその・・僕は当時生きていたら反対していたと思うけど、同盟国だった。ドイツだけど。ナチスが間違っていたことは確かなんです。だからこそれ歴史に学ばなきゃいけないんでしょう。だからナチスというもの政治家が引き合いに出してはいけないとすると歴史の重大な教訓をね、政治家は捨て去るということでしょう。そんなのが一番ダメですよ。じゃ何のためにみんな死んだんですか。

飯’これは結局・・・あのそれが元になって言葉狩りとかそういうことになってしまったら一番いけないですよね。

青’そうです。それでね麻生さんがおっしゃっているワイマール憲法がむしろナチを産んだんだということは歴史学で一番普通の、ごく当たり前の認識で、何も、麻生さんが何も変わったことを言ったという部分はないんですよ。飯田さんが読んでくれた文を読めば。全文を読めばどこにも。

歴史学にも色々な立場はありますしかし「麻生さんがおっしゃっているワイマール憲法の弱点をむしろついてナチス軍事力を使わず政権をとった」というのは歴史学立場を超えた常識なんですよ。それをおっしゃっているだけなんで、ナチスを引き合いに出して誤解を招いたから発言を撤回するのは絶対ダメなんです。歴史に学ぶことができないじゃないですか歴史に学ばない政治をやれって言うんですか。

2013-05-15

http://anond.hatelabo.jp/20130515013005

いきなり話がゲシュタポまで飛んだよwwしかも何故か「アインシュタインいじめた」とか言ってるwww

これは明らかに今現在いじめられてる」自分天才アインシュタインを重ね合わせて自らを癒しておりますwww

弁証法といい知ってるだけの言葉をただ並べ立ててるのがありありwww

何度でも書くけど医者にかかりなさい。被害妄想が行くところまで行ってる。今のキミは人と対話して物事を理解したりさせたりできる状態じゃない。

自分は間違っていないのに世の中からいじめられてるような気分になってるしそれに対して攻撃を返してでも自分を守らねばならないと感じているだろ?

それを和らげるためには誰かの手を借りなくてはならない。プロ相談しなさい。

2010-04-25

ゆずの「夏色」にみる欺瞞

ゆずの代表曲の一つに「夏色」がある。

そしてその曲の有名なサビの部分はこうだ。

この長い長い下り坂を

君を自転車の後ろにのせて

ブレーキ一杯握りしめて

ゆっくりゆっくり下ってく

そもそも自転車の二人乗り自体、道路交通法第57条第2項、さらにゆず横浜出身なので神奈川県道路交通法施行細則第9条の該当規定により、2万円以下の罰金又は科料が課せられる立派な犯罪行為なのだが、まー警察の必死の抵抗むなしく(嘘)ヒット曲なっちゃったわけだし今回そこは大目に見てしまおう。

しかしサビの部分をもう一度確認していただきたい。

どこかおかしくないか?

サビのシーンをひとつひとつイメージしながら確認してみよう。

長い長い下り坂、自転車の後ろに「君」をのせ進む。

そこでブレーキをいっぱい握り締める。

そして自転車は長い坂道をゆっくりゆっくり下っ.......

ていくわけないじゃん!

坂道で、しかも人ひとり余分に積載した自転車ブレーキを思いっきり握り締めたら、急停車するに決まってるじゃん!

こりゃおかしくねー???

こんなありえない歌詞を堂々曲に、しかもジャンジャン流れるサビにしてしまったゆずもおかしいし、それを黙って受け入れる日本国民もおかしいぞ!

しかし俺の知る限り、このことを指摘した人をまだ知らない。こんなに大ヒットした曲なのに、そしてかなりの国民自転車坂道を駆け下りた経験をもつであろう自転車大国日本であるにも関わらずだ。

もしかしてこの痛恨のミスは「J-POP界のタブー」で、これを指摘した人間はひとり残らず「粛清」されているから、そしてその指摘は完膚なきまでに検閲」されているから世の中に流通していないだけかもしれない。

だとしたら俺も危ないのかもしれない。今この日記をかいている瞬間も、ゆず直属のスナイパーが俺の命を狙っているのかもしれない。

しかしやはり俺はこんな物理的にありえない歌詞を看過しておくわけにはいかない。俺が指摘してやらなければ、だれがする。そのためにとられる命であるならば、一遍の悔いもない。

さてそもそもなぜゆずはこんな歌詞を書いてしまったのか?その原因をさぐってみたい。

(1)単に表現の仕方をあやまった説

マジメに考察するなら、この説がもっとも有力だろう。つまり本当は「ブレーキを適度に握りしめながら」と歌いたかったところを、PVに見られるような「溢れだす若さ」が災いして勢い余って「いっぱい握りしめて」なんてやってしまったのかもしれない。

(2)実はゆずの歌詞はすべて妄想である説

実はゆずの二人は好きな人自転車の後ろに乗せて坂道を駆け下りるなんて、もう教科書レベルに模範的な「まぶしすぎる青春の構図」を体現したことなどなく、それどころか女子に相手にすらされない、悶々とした青春時代をおくってきたのではないか。それゆえ歌詞を全て「妄想」でこしらえたために、リアリティーが極端に欠如したこの歌詞が生み出されてしまったのではないか。しかもこの曲は彼らの「メジャーデビュー曲」である。根暗なやつが何らかの「デビュー」(その多くはいわゆる「大学デビュー」というやつである)を機にリア充をきどろうとして痛々しい結果になるのは、毎年この時期全国各地で見られる恒例のシーンである。つまりこの歌詞は、非リアの非モテリア充をきどってかえって痛々しくなってしまった一つの例に過ぎないという説だ。

(3)ゆずの所有する自転車が整備不良である説

もしゆずが本当に長い長い下り坂をブレーキ一杯握りしめて「ゆっくりゆっくり」下っていった経験があるとしよう。全くきかないブレーキ自転車で長い下り坂を下ったら間違いなく猛スピードになるだろうから、ある程度ブレーキは効いていたのかもしれない。しかし人間二人(推定100キロ)を積載した上、ブレーキをいっぱい握りしめても停止しないということは、やはりその自転車は完全に整備不良である。

そもそも長い長い下り坂の後半にはそれなりのスピードに達していると思われるが、この自転車は止まることが出来るのか?もし坂道の途中でクルマが飛び出してきたらもう轢かれるしかないし、止まることがマトモに出来ない自転車で二人乗りなんかしてたら確実に事故る、もしくは誰かを轢いてしまって殺してしまったり重大な障害を負わせる結果となるだろう。そしたら最悪死ぬか、重傷を負うか、あるいは交通刑務所行きのあげく多額の損害賠償請求を受けるだろう。死んでしまったら「ゆず」は下界ではデビュー出来ないし、仮に重傷を負ってしまったり刑務所行になったならそんな悲惨な経験をあんな楽しげに歌うはずがない。よってこの説の可能性は非常に薄いだろう。

個人的には(1)の説を信じたい。言い間違いか、ただの語呂の問題だったのかもしれない。しかし(3)はともかく(2)の説もまたやはり濃厚だ。デビュー曲の、よりによってサビの大事な部分がそんな痛々しい「非リアの似非リア充アピール」だったなんて、今や紅白出演アーティストであり、北川悠仁に至っては「月9俳優」でもある彼らにとっては「不都合な真実」だろう。そしたらやはり、俺は「ゲシュタポゆず」によって粛清されてしまうのかもしれない。

でもやっぱりこのことを伝えずにはいられなかった。もし俺がゆずに消されてしまっても、俺が残した「ゆずの夏色のサビってヘンだよねー」という指摘が消えずに読者のみなさまに残っていくのであれば、筆者として望外の喜びである。

2009-10-01

日本航空に信用不安

1985年3月湾岸危機の時に、JAL労組ナショナルフラッグである事を放棄している。ナショナルフラッグでもない航空会社労組わがまま経営危機になったからといって、税金を注ぎ込むというのは、いかがなものか。

政治権力とは、法律の条文を変えるという点でしかないし、予算の執行でしかない。法律に縛られている側や予算を受け取る側でなければ、権力は通用しないのである。政治権力を手に入れれば何でもできるというのは、万年野党であった民主党にしてみれば真実であり、与党は怠慢で強欲であると攻撃してきた根拠であるが、実際に権力を手にしてみて、その頼りなさ、役に立たなさに、唖然としているのではなかろうか。

日本航空ビジネス国境の外側を相手にしているビジネスであり、国内で幾ら信用を補完してみせても、国境の外側には通用しない。国境の外側がニュートラルであるという保障なんぞ、どこにも無いのである。友愛とかお花畑な事を言っていられるのは、国境の内側で実権の無い野党をやっている間だけだということに、今更気がついても手遅れであろう。

CO2排出量を1990年基準で25%減少させると国際公約してみせたり、円高を容認してみせたり、キャバクラ通いの費用政治活動費になっていたり、司法が決定した死刑判決の執行を個人の主義で怠けると公言していたり、外国人参政権を認めるとか、人権擁護ゲシュタポ立法案を通すとか、内閣成立後で施政方針演説もしていないのに、不祥事・不適切発言のオンパレードである。

日本航空が、日本投資家から空売りを浴びせられ、海外保険会社金融機関から見捨てられたように、現政権も、交渉の対手とせずと見捨てられつつあるのだが、気がついていないのであろう。

他人の失敗やミスにはすぐに気がついても、自分の失敗やミスには、なかなか気がつかないし、気がついても何かと理由をつけて棚に上げてしまいうのが人間である。事態を悪化させるだけなのだが、取り返しがつかなくなってから、差別されている陰謀に違いないと火病を起こすのが、このタイプ人格障害者の行動パターンである。より大きな権力正義にすがり付いて、自己正当化を計るという行動に移る可能性が高く、地球環境保護政治権力といった物が、このような形質を持った者達に利用されやすい。

人格障害者の政党与党になったというのは、他国のことであれば笑ってみていられるのだが、自国の政権という点が最大の問題といえる。

世の中には、お金よりも人の命よりも尊い物がある。それは信義である。損失を覚悟してでも、命を失う事を覚悟してでも、守らなければならないのが、信義である。信義無き者には、社会に居場所が無いのである。

万年野党で他人をけなす事しかしてこなかったために、信義を守る修羅場経験した事が無く、経験した事が無いから信義に叛いたことが無いという、格付け会社の偽装判定のような格付けで政権を取ってしまった民主党には、世間との対話が欠けている。対話能力が無いからこそ、万年野党になっていたとも言える。マニフェストを毛語録のように振り回す小紅衛兵のような閣僚ばかりでは、全国民に対する法の支配政治権力確立をする為に、社会主義革命を起こすという暴走も予想しなければならないのであった。

[2009.10.1] http://www11.ocn.ne.jp/~ques/diary/diary.html

2009-04-12

http://anond.hatelabo.jp/20090412132436

>全文タイプライターで偽造しようと思えば出来ますよね。

物量が多すぎると思うよ。それに逐一他の史料と照らし合わせにゃならん。まぁムリ。それに、何度も書いてすまんがゲッベルス日記の真贋に関する論争なんて現在は無い。

>今はもう誰も信じていない事が長い間「事実」とされてきた例を見ましょう。

それ、証言じゃないの?余計な話だが、リンク先はSSのミューラーとゾンタコマンドのミューラーの証言を、知ってか知らずか混同したりしてるね。wこういうのはお里が知れるんで、削除したほうがいいよなぁ。

絶滅ガス室もないホロコーストって何ですか?

誰か「無い」って書いたかい?要は「俺」と話をしろってこったよ。あなたのイメージする「正史派」じゃなくて。キライなんだろ?そういうの。

>そうですよ。でも、裁判では「キャンプの外で囚人と話が出来た」とある。

赤十字国際委員会 派遣員 モーリスロッセ

「私は、自分の書いた報告書が、まずジュネーブに送られる事を知っていました。そうなれば、24時間以内に、報告書はゲシュタポの手に渡るでしょう。ジュネーブにはスパイがうようよしてましたからね、私はゲシュタポに読まれる事を前提にあの報告書を書いたんです。彼らにはその後も、色々な頼みごとをしなくてはなりませんでした。私は赤十字国際委員会を問題に巻き込みたくなかったんです。

その後、収容所長にあった時、私はこう言いました。私の書いた報告書がここにあります、読み上げましょうか? すると彼はこう言いました。必要無い、もう目を通した。それが戦争というものなんです。わかりますか?」

http://72.14.235.132/search?q=cache:zukdWsAylsAJ:www.law.hiroshima-u.ac.jp/profhome/nishitan/doc/01998-redcross2.htm+BBC+%E8%B5%A4%E5%8D%81%E5%AD%97%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A%E3%81%AE%E5%85%89%E3%81%A8%E5%BD%B1&hl=ja&gl=jp&strip=1

どんな形で書かれた物であれ、存在するかしないか訊かれたら「ある」と答えざるを得んだろうな。そういうものだよ。

>さんざん、あなた方が言って来た「ツンデル裁判で、修正主義者赤十字存在しないレポートを提出し否定しようとした」という事を裁判記録をもって否定しただけなんですが。

では、カナダ裁判所HPから判決文全文のURLとその一部を抜粋しよう。

http://scc.lexum.umontreal.ca/en/1992/1992rcs2-731/1992rcs2-731.html

>Every one who wilfully publishes a statement, tale or news that he knows is false and that causes or is likely to cause injury or mischief to a public interest is guilty of an indictable offence and liable to imprisonment for a term not exceeding two years.

裁判所は「虚偽である」と結論しているね。だから裁判結果から見れば、間違ってるのはあなた。前にも出したよね、判決文。

つまりは、記録に残したい言葉だけを質問すれば、それのみが残るて事だと思うがね。どういう文脈で語られた証言なのか、それがハッキリしなきゃなんとも言えんわな。(こういうのは「トリミング」と呼ばれてて、史料を扱う際にはやっちゃイカン事のひとつと言われておるよ)もちろん、IMTにもNMTにも同じ事は言える。だからイェール大学とかで、全文翻訳とかが試みられたり、出版されたりするわけでさ。他の人(どうやら物好きにも見ている人がいるらしい)の参考に。

http://www.yale.edu/lawweb/avalon/imt/imt.htm

http://www.mazal.org/NMT-HOME.htm

2009-01-10

http://anond.hatelabo.jp/20090110230613

  • 女性が内心で「いいひとだけど、押し弱いなー」とか思ってるのと、
  • 社交辞令として「いいひとですね」って言ってるので、

「いいひと」の定義が同じだとでも思ってんのか?

恋愛対象と見られていないという点で両者はなんら異ならない。

あと社交辞令の「いいひと」は軽蔑憎悪もしてもらえねーよ。関心を持たれてない。

無関心は消極的憎悪だ。

たとえば、ナチ政権下でユダヤ人秘密裏にゲシュタポ逮捕されて突然姿を消したことに対して

当時のドイツ人は無関心だったが、ナチズムや反ユダヤ主義が憎悪でなければ一体何なんだ?

お前の定義の「いい人」とやらはそりゃ蛇蝎のごとく嫌われててもおかしくないが、

ここで話題にしてる「いいひと」はそういう定義じゃない。

言葉定義が必ずしも一意に定まるわけじゃないのは理解できるよな?

問題なのは「いい人」という言葉の厳密な定義ではなく、

「いい人」と十把一絡げにされる人々が女性にとってすべて恋愛対象外という事実

2008-07-10

http://anond.hatelabo.jp/20080709210007

ん?ぜんぜん冗談のつもりはないけど?

いや、ね、みんながみんなゲシュタポみたいな世の中になって、「あ、このヒトシートベルト着用義務違反です、捕まえましょう!」とかさ、「お、こいつは今タバコの吸殻を道に捨てやがった。ぼっこぼこにしてやんべ!!」とかになったら住みにくくない?

べつにケータイパンツ写真撮るぐらいいーじゃねーか、減るもんじゃなしw

だめなの?被害者の心が傷ついちゃったりなんだりすっから重大かつ許しがたい犯罪行為?

ははははは! …冗談だよね?

 
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