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はてなキーワード: 圧倒的多数とは

2017-07-07

https://anond.hatelabo.jp/20170707000515

ちょっと前の車椅子飛行機の件でもそんな感じだったね。とにかく、憎いウヨク攻撃するために身障者の権利をダシにしてるやつが圧倒的多数に見えて仕方なかった。

2017-06-30

有償ボランティアは悪か?

 

 

バニラエア話題になった身障者が「営利目的プロ障害者である」ということが批判されている。

  http://netgeek.biz/archives/98767

 

ブコメでも、趣旨賛同して、当の身障者を批判する人が多い。

  http://b.hatena.ne.jp/entry/netgeek.biz/archives/98767

 

 しかしこれらの多くは勘違いに基づく。

 

1.プロであること

 

 プロであることが批判されている。

プロ障害者として金儲けしている」と認めた

 

 しかし、プロであることは悪ではない。ボランティアには、「有償ボランティア」と「無償ボランティア」とがある。普通の人がやるのは、「無償ボランティア」だが、実際になされているボランティア活動圧倒的多数は、「有償ボランティア」によってなされている。

 たとえば、ユニセフもそうだ。しばしば「日本ユニセフ事務手数料20% も取るので、けしからん」と批判されているが、この手数料を取ることで、募金活動をしているのだから手数料を取らなくなったら、募金活動すべてが消滅してしまう。それでは意味がない。

 「ボランティア有償でなく無償であるべきだ」と思う人が多いようだが、それは根本的に勘違いなのだ。この件は、ネットで多く解説されているので、読むといいだろう。

  → 有償ボランティア - Google 検索

 

2.営利目的

 

 営利目的であることが批判されている。

バリアフリー研究所」という名前に反して活動社会貢献などではなく営利目的なのは明らかだ。

 

 営利目的であることは、何ら悪ではない。遊んで暮らせる貴族階級は別として、たいていの人はみな職業を持つ。だいたい、これを書いている当の netgeek ですら、営利目的でやっている。なのに、営利目的であることを批判するというのは、理屈が通らない。

 記事では《 「バリアフリー研究所」という名前に反して 》というが、名前ぐらいは別に何の問題もない。NPO と記しているのならともかく、そうでもないようだ。ただの任意団体だろう。何の問題もあるまい。

 ま、これは、「社会貢献目的とする」と勝手に思い込んで、その思い込みが外れた、というだけだ。これを称して「藁人形論法」という。クソ論理による見当違いの悪口であるにすぎない。書き手の愚かさを示すだけだ。

 

3. コストアップ

 

 要求に応えることがコストアップになると批判されている。

 顧客わがまま要求を通せば価格は上げざるを得なくなる。

 

 要するに、筆者はこれが言いたかったのだろう。しかしこれが不当であることは、国交省見解で明らかだ。

  → 障害者への差別的な対応しないよう航空会社に指示へ 国交省

 

 これが正しいのだからnetgeek の主張は不当だ。(文句があるのなら、障害者個人批判するのでなく、国交省批判するべきだ。)

 

 そもそも、今回の事例は「わがまま要求」なんかではない。単に「階段昇降機などを用意してほしい」というだけのことだ。コストアップ要因など、ごくわずであるにすぎない。機体本体に比べれば圧倒的に低い額であり、ほとんど誤差レベルの額だ。

( ※ ちなみに 航空チケットの料金8000~18000 円ぐらいの間で毎日変動する。それに比して、今回の対処によるコストアップ10円以下だろう。誤差レベルであるにすぎない。)

 

4.ルール違反

 

 今回の事例を「ルール違反だ」と批判する。

 事前連絡必要HP掲載していた

  ……

 ルール無視して原因をつくったのは木島英登氏だ。

 これはおかしい。

 

 第1に、私企業自分勝手に作ったルールなど、保護される価値はまったくない。記事の主張は、ブラック企業エゴ論理であるにすぎない。

 第2に、法律は「バリアフリーに努めるべき」というふうに定めている。今回の会社は、この法律に反する違法行為をしている。

 換言すれば、「違法ルールを守るべきであり、そのためには違法行為をしてもいい」と言っているだけだ。netgeek違法行為是認する反社団体となっている。

 第3に、「事前連絡必要」ということ自体意味を持たない。「事前連絡をすれば拒否」と社内ルールで定めているからだ。バニラエア公式回答( http://j.mp/2txlStX )はこうだ。

 今回のケースでは……事前連絡があれば断っていたケースに当たるということです。

 

 つまり、「事前連絡をすれば拒否」というルールを定めておきながら、「事前連絡をしなかったかルール違反となり、悪である」というのでは、(事前連絡をしてもしなくても)どっちにしても搭乗できなくなる。理屈として破綻している。自己矛盾

 

 

 それにしても、こんな滅茶苦茶なエゴ意見賛同ブックマークを集めるとは、世も末だな。

 

 

2017-06-29

いじめが許せないのは分かるけど加害者執拗以上に叩くのは同罪やで

いじめを許せない」とか言いながら、自分自身加害者いじめているパターンがあり、なんとも腑に落ちない。

被害者本人がやり返すのなら分かるけれど、第三者加害者執拗以上のはいじめ以外の何物でもないだろう。

そもそもやられたらやり返す」という考えを持っている人が圧倒的多数からいじめ絶対になくならないのだ。

それをやっているのが自分自身という自覚もなく「私がやっていることは正義だ」なんて勘違い野郎にも程があるぞ。

てめえは悪そのものだ。

追記

別に自分正義だと思っていませんがいじめ肯定するクズには死んでほしいです

いじめ肯定するのはクズ野郎ってのは分かるよ。死んで欲しいと思うのも良い。だけど世の中には暴力暴力で返すやつもいる。これもまたクズなのだ

執拗以上というワードに残念な気持ちにされました。

いじめをしている以上、叩かれるのは仕方ないでしょ。だから執拗以上”なの。限度がある。人格否定とか誹謗中傷はいじめっ子と同じ。

2017-06-19

当たり前に思っていた母の料理スキル

がめちゃめちゃ高いと改めて認識したのは実家出てからだなと改めて

一般的な水準と比較してもかなり高いと思う

それは認識していたけど、そのすごさが身にしみて分かったのは己でやるようになってからだな


なんでこんなこと急に言い出したかというと、自分味噌汁に入れた大根の切り方が雑だったからということなんですけどもね

一般的はいちょう切りだよね。だから私もいちょう切りにしたんだけど、ちょっと太いし、なんかいまいちで

作るときはそういうの全然思い出さなかったんだけど、食べたときにそういえば母は全然違う切り方だったなって不意に思い出した

母の切り方の方が食べやすいからそうしたいんだけど、その切り方にしようとすると意外と大変だってことに今更気付いた

母のすごいところは、幼稚園児とかの私が「ひとりでできるもん」とかに影響されて作り出したあまり美味しくない料理も、いい感じって食べてくれたことにあると思う

やってるときは見守ってくれて、食べた後に、次するときはこうするといいよと教えてくれたので

次横で教えてって言えば教えてくれたし、何も言わなければただとりあえず見ていてくれた

やってるときに口出されると嫌になるだろうからってことなんだと思うけど、ああいうのってなかなか出来ないよね…

あと、絵本とかに出てくる料理作ってみたいという私に嫌がらず付き合ってくれたことも多数

ダヤンスープとか、こまったさんとかわかったさんとかをよく読んでは作っていた

今も割と覚えているのは、わかったさんドーナツを作ったことで、それ以降しばらくお菓子作りブームが来て、休日母親を巻き込んで結構大掛かりな作業をしていたこ

お菓子作りという普通料理よりも圧倒的に面倒なことを、しか普段働いてる母親休みの日なんて休みたいだろうに毎度付き合ってくれたんだなと思うと頭が下がる

おかげさまで、生きてきた中で料理が嫌だと思ったことがない

夜いつも帰るのは21時以降だからめんどくさくて自炊の回数自体は多くないけど、料理が嫌いなわけではない

休みの日とか早く帰れた日は楽しく料理してる


つの間にりんごの皮むきできるようになったか考えてるけど全然思い出せないし

保育園くらいの時には卵焼きつくるのに目覚めて日曜の朝早起きして家族の分の卵焼き作ってたし

小学生高学年くらいの時には一通りの料理できるようになってたから、母親が、私の自主性に任せて見守ってくれたお陰なのかなーと

いつも夕飯時には手伝いと称して母親料理してる様子を見ていたから(もちろんちゃんと手伝いもしてたけど)そのへんもあるのかも

母親風邪で寝てたとき、代わりに夕飯を作ることになり見よう見まねで作った味噌汁が、母親のとほぼ同じ味だったことは今もはっきり覚えている

作業的にはいつも味噌を濾すことしか手伝ってなかったから飲んでみて自分が一番びっくりした

何で出汁とってるかとかちゃんと見てたんだな~と

ちなみに出汁煮干鰹節、選んだ具材白菜だったのでその時は切り方に関しては問題なかった


あと、母親自由料理する人だなと改めて

名前のハッキリしている料理より、適当な、ありあわせの材料で作るもの圧倒的多数から

レシピ見ながら作る様子を見たことがない

家には料理本とかも特になかったし

大根の葉っぱとツナを煮て卵でとじたやつとか、大根に焼き目を付けた後みりんが効いてる醤油ダレで煮てちょっとだけ一味振ったやつとか、ジャガイモ鶏肉の煮たやつとかそういう感じ

きんぴらとか肉じゃがとかカレーとかハンバーグとかも出たし美味しかったけど、そういうなんでもない感じのやつが美味しいんだよな~

さいころは何食べたいって聞かれると、明確な名前のある料理リクエストしがちだったけど、今、実家帰って何食べたいって聞かれたらそういうのが食べたいな~と思うけど、リクエストしづらい

季節とか、その時家にあるものが大いに影響するせいで

最近そういうのを思い出して、自分晩酌のアテとか常備菜として作ってみてる

近い味にはなるけど母親のほど美味しくないから、次帰ったときにはああいうのどうやって作ってるかちゃんと聞いておこう




久々の有休にちゃんとごはん作って食べてたらなんかそういうどうでもいいことばっかり思いだしたり考えたりしてしまった

疲れてんのかな

2017-06-15

https://anond.hatelabo.jp/20170615192938

A:規制したら、空想で発散できなくなってリアル犯罪に走る派

B:規制すれば、変な影響を受けずにリアル犯罪に走らない派

C:規制してもしなくても、自分の性欲抑えられずに性犯罪を犯しますよ派

D:規制してもしなくても、犯罪を犯すことはしない圧倒的多数

さて、それぞれ何%いるでしょうか?

2017-06-07

消費者嫌儲性」って言い出す業者は必ずアレ

ユーザーWEBメディアが儲けること自体が気にくわない

でも、嫌なんですよね。(一部の)ユーザーは。

何が嫌なのかっていうと、WEBメディア自分クリックで儲けること自体が気にくわないんです。

出た出たこれ。

必ずこうやって反発した消費者への人格攻撃をはじめるのな。

でも話逸らしだろそれ。

ヨッピーが「おおつねの発言ダセえ」に焦点あてて論点スライド図ったのとそっくり同じ戦法。



ブコメの誰が儲けること自体批判してるんだよ。

「フェアにやれ」「騙しを儲けの手法に入れるな」って言われてるだけじゃねえか。

儲けること自体が気に食わない?

いままでヨッピーとかオモコロかめっちゃ好意的応援されてきただろうが。

わりとなんでも厳しい目で見るはてなでだぜ?

それがちょっと儲け手法のよくない部分を指摘された途端

嫌儲だ」「儲けること気に食わないんですよね」とか言い出す。

うわ~~~~~うぜ~~~~~~



つーか俺が今までネットを見てきて、

トラブルときに「消費者嫌儲性ガー」って言い出す企業でまともな企業なんか一個も無い。

古くは2chAAパクって商売しようとした企業とか、近い所では他人記事パクリまくるキュレーションサイト運営企業とか、

やってることがグレーブラックだったりクズしか言いようがない企業な。

そういうとこがコンプライアンスを問われると

「儲けることが罪なのか」「嫉妬嫌儲だ」とかわめき出すんだよ。

お前のその論法と話の逸らし方はクズ企業の弁護や擁護でハンコで捺したみたいに毎回でてくるやつだ。

苦情への人格攻撃に話を逸らそうとするのは、まともに返答できないからだろ?

から仮に、タイトルPRを入れることが業界規定化されたとしても、今度は別の部分に嚙みつくだけでしょう。

こういうのもな。

「苦情入れてる奴はクズなんだ!だから対応してもダメなんだ!」って叫び始める。

もうこれ発作でしょ。

いから不当なやり方を是正しろよ。

それで不当な部分がなくなったのにもしま因縁つけられたなら堂々と殴り返せばいいじゃん。

是正をしない理由になってねえよ。

万引き常習犯が怒られて「僕のことが気に食わないから言ってるんだ!だから万引きやめてもだめなんだ!」つってるみたいなもの

いからまず盗みをやめろってだけだろそんな奴。




企業は幾らでも利益を追求すりゃいい。

けど人を騙したり人に不当な迷惑掛けたりしながら儲ける権利はない。

こんなもん消費者嫌儲性」の話じゃねーから

あと「一部のユーザー」とか言って分断図ろうとするのも無理だから

ブコメでもはっきりと圧倒的多数ユーザー意志が現れてるだろ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/yoppymodel.hatenablog.com/entry/2017/06/06/224921

http://yoppymodel.hatenablog.com/entry/2017/06/06/224921

騙しや誤クリック広告見せようとする手法を支持してるユーザーなんかいねえよ。寝ぼけんな。

「フェアにやれ」と言われるだけのことがそれだけ不愉快不都合なら、その商売モデルの方が間違ってんだ。

http://anond.hatelabo.jp/20170607123334

2017-06-06

面白いですね

愛が得られないか能力承認されようと思う人なんてそんなにいるんでしょうか

無能から愛が得られなかったので無能な私でも愛してくれる人募集みたいなゾンビ圧倒的多数になっているように私は感じます

これはダイレクトに見えてる階層に直結している話かもしれませんね

2017-06-05

http://anond.hatelabo.jp/20170605115322

確かにそうだけど、だから何って感じ

から女性より茶髪流行ってないか問題になってないし

そもそも日本於いて圧倒的多数男子は短髪なので、

黒くてもロングヘアーよりは重たく見えない。

そして短髪を染めるとなるとかなり頻繁に染めないと目立つ

美容院代だけでなく染める代も頻繁にかかるというのがネックで流行ってないのでは

(まぁ自分で染めればだいぶおさえられるけど)

2017-06-04

このミソジニー大国日本においてミサンドリーは悪でミソジニー正義

オフ会で男に襲われた人がいるから男をオフ会に呼ぶな」って男性ツイートは「男性差別ガー!オンナダッテ!女が悪い!女の味方面してヤリたいんだろ!」と数々の批判クソリプを受けツイ消し

https://twitter.com/takuya220_dc5/status/870532434445520896

この、痴漢被害者泣き寝入り推奨するような女による女叩きツイートは6.5万RT、8.5万いいね正論正論よく言ったと持て囃される。

この国においては女性を敵に回し男性の味方をする方がその逆よりも遥かに生きやすい。またミソジニー正義思想として絶賛され、ミサンドリーのみが叩かれまくる

これがジェンダーギャップ指数111位の国

これほどまでに女尊男卑女尊男卑言われまくり女叩きされまくりの国があるだろうか(あれば教えて欲しい)

この国のジェンダーギャップ指数は下がる一方。2006年には最高記録で80位だったけど、その頃には今ほど女叩きはなかった。女叩きが増えるにつれ下がっていった。

それでも、国の調査では一応、日本男性優位だと答える人が圧倒的多数だった。それももう終わりだな。次はきっと逆転されてる。

いつになったらこの国はマシになるんだろう

嫌なら見るな増田ウォッチャー(笑)が。何が疲れただ。死ね

2017-05-31

http://anond.hatelabo.jp/20170531204936

総裁の力がめちゃくちゃ強くなってる昨今、自民党の中で自浄作用が働くと思ってるほうがバカじゃない?

国会両院において与党圧倒的多数派のままだと多数決論理与党がやりたい放題するのは止められないと思うし、だからこそ野党議席取ってもらいたいんだけど。

国会中継観た人は~って言うけど有権者の多くは興味ないし時間的国会中継観れないよね。民進党はそんな一部の人に受けるための党じゃないと思うんだけど。自民党カウンターパートになる気がないじゃないか

確かに首相は異常だと思うけど、それに対する野党のやり口も揚げ足取りだったり極論だったり、なんていうか「自民も民進もどっちも悪い」みたいな印象を与えちゃってるのが良くない。

滅茶苦茶する人に振り回されずにクレバーな態度を野党がとり続けてれば、与党のやり口にうんざりした人の受け皿になれるのに。

2017-05-26

馬鹿なことを言うということ

どうして高学歴様って馬鹿馬鹿なこと言ったぐらいでいちいち大騒ぎするの?

まるで暴力を奮ったかのごとく、ブチ切れられるのは理不尽だ。

単純に考えて、馬鹿が頭良さそうなことなんてそうそうたくさん言えるわけ無いじゃん。

自分が頭いいからって馬鹿に無理なことを要求して受け入れられないと切れるというのが頭がいいということなの?

もちろん自分のような馬鹿とはそういう方々の思考形式差異があるというのはわかっちゃいるけど納得はできんよ。

高学歴とかの視点からしたら世の中なんてぶっちゃけ馬鹿のほうが圧倒的多数なんだから

いちいち馬鹿馬鹿なこと言ったぐらいで騒いでたらキリがないと思うんだが。

やっぱり高学歴だと周りに馬鹿が少ないからそうでもないってことなのか?

馬鹿なことを言った自分も「馬鹿だった」わけで悪いことは当然だし

そこは治すべきだが、ではここが違うのだからけしからんだとか、生産的に、次失敗を無くせるように言えばいいのに

感情的に怒鳴るだけでは解決にならなくないか

能力的に高学歴と同じように考えることはどのみち不可能だってのが現実なわけで。

なぜそれが受け入れられない?

まあすんでる世界が違うんだろうなあってのはわかるんだけど

じゃあもうかかわらないようにするとかそういうふうにしてほしいわ。

2017-05-13

初代会長治安維持法によって獄死 創価学会員50人に聞いた】

初代会長治安維持法によって獄死 創価学会員50人に聞いた】

アナタ共謀罪に賛成ですか 信濃町本部周辺で直撃 圧倒的多数が意外な答え 

創価学会内が〝圧倒的無関心〟の中、共謀罪は成立しようとしている。

牧口初代会長は草葉の陰で何を思うのだろうか(日刊ゲンダイ

2017-05-04

パワポの数式機能を知らなかった学生

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/irorio.jp/takumiurushidate/20170503/397831/

「そのくらいググれよ。普通疑問に思うだろ」的なツッコミが多数あるけど、世の中の多くのPCユーザーはこのレベルだよな。

ドキュメント作成Excelを使って「めちゃくちゃ効率悪いじゃん。なんとかならないの」って思わない人のほうが圧倒的多数だし。

2017-05-01

クリエイター職の待遇改善されない理由


人間多数決というやつが大好きで、頭の足りない人間は数をかき集めて賢しい人間社会的にはたき落とし、

そうすることでしか満たされない自己承認欲求生存戦略を満たし続けるわけだが、要はこれが極まった現代社会では無理という話である


アニメーター日本において人間扱いされない。やりがいではメシを食えないということが忘れられている。

あまりにも有名な話なので、アニメーターにおける例はまあ語らずともという感じだろう。

CD売上に対する作詞作曲家マージンはよくて10%、普通は5~6%が目安だ。

残りのすべては小売・広告制作レコード会社が暴利とも言える勢いで持っていく。

広告代理店下請けとなったデザイナー動画制作、末端のアシスタントディレクターなど、

その辺りの闇も同様に深い。学生時代バイト先に派遣されてきた元テレ業界末端の方の話がいまも忘れられない。


娯楽関連に限らず、後付された仕組みや制度によって辛酸ぶっかけられているような製造業

たとえば農家の方々やら下請け工場IT業界関連も広く捉えればこの例にあてはまるだろう。

とにかくどこを見ても、損をしているのは「一次生産を担う末端の人間である


アニメーター問題にはこれまた様々な対策や、どうにかしろという風潮はあるものの、

少なからず向こう30~40年は解決することは絶対に無理であろうと見ている。

社会構成人員が総入れ替えされなければ達し得ない、そんな目標であるからだ。


ここで、「きっと何者にもなれない人々たち」の話をする。

特別な才能を持たず、一般的な家庭に生まれ幸運にも恵まれず平均水準の環境で育った人々のことを指す。

他国は知らないが、日本国内においてはこの種類の人々は年々増加し、おそらく現代は9割がこれにあたるだろう。

筆者もまたこの部類に属する、「きっと何者にもなれない人々」である


現代社会というのは、「新しい価値創造提供できる人間」が継続的に現れないと立ち行かない。

これは「運命に愛された人々」で、優れた才能を持ち、裕福な家庭に生まれ幸運にも恵まれ高水準の環境で育った人のことを指す。

必ずしも裕福である必要はなくて、要は能力値が120/100くらいになるという結果があれば条件を満たすところだ(貧乏家庭から出世)。


こうした種類の人々はぽつぽつと存在していて、決してそこまで珍しいものではないと言える。

その辺の人を10人並べれば1人はいるくらいの割合だ。真に傑出している人物もっと少ないだろうが。


そして現代社会というのは、この「運命に愛された人々」によって支えられている割合と、

その重要であるはずの彼らに対しての報酬バランスが崩れている――という話である


一次生産は誰にでもできることではない。彼らの仕事を見ていると本当に感服するし、

尊敬せざるを得ない人間性を抱えている方も多いし、自分とは違う領域に住んでいると実感することも多い。

自らの意志ねじ曲げることができず、不器用ではあると思うが、それでも圧倒的に「強い」人間なのだ


そんな彼らがなぜ迫害とも言える攻撃力で、社会的に低い身分に甘んじなければならないのか?

簡単な話である。そうしなければ「きっと何者にもなれない人々」は満足に生きていけないからだ。

なぜそのような雑魚風情が「運命に愛された人々」を差別できるのかというと、これも単純で、

数の暴力がいとも容易く通用してしま人口構成比だからである


アニメ業界を例にあげて考えてみよう。

日本動画の線が引ける人間というのは、おそらく製作委員会構成する会社それぞれが抱える、

社員全員とその家族の総数よりも圧倒的に少ないだろう。この時点で容易に想像できるが、

原画を描ける人間さらに少なく、作監クラスさらに、一握りである監督を務められるような

すばらしいセンスを持った人間は、その辺の駅にいる通勤ラッシュ構成する人々よりはるかに少ないはずだ。


単純に考えて、アニメーター監督という「運命に愛された人々」は、

製作委員会にいる無数の「きっと何者にもなれない人々」を少数で全員支えていると言っても過言ではない。

なぜなら、優れたアニメーターたちがいなければ製作委員会以下の社員たちは稼ぎを失って死ぬからだ。


アニメーターたちは「線を引いてアニメを作る」という仕事価値よりも、

「彼らでなければ生み出せない」という希少価値製作委員会提供していると言える。

この唯一無二性はもっと評価されるべきであり、しか社会はここから目を背け、

運命に愛された人々」に対して尋常ではない差別を平然と行っている。


かい理屈を抜きにして考えれば、アニメーター製作委員会利益を7:3くらいで折半すべきで、

これは左右の総数に差があろうとも適用されるべき比率であると思う。彼らの仕事は代え難いもので、

アニメーター(500人):製作委員会10000人)であっても正当な理屈であると考える。

しか現実社会はそれで回らない。それは低賃金化で生活レベルの維持が困難になるとかではなく、

単純に人間が持つ「劣等感」や「嫉妬心」などによって、この7:3は維持が不可能からである


である製作委員会側に属する人間圧倒的多数で、その中にはご存知のとおりどうしようもないダメ人間

おそらく2割くらいは含有されていて、彼らがまず率先して大きな声をあげる。

卑怯である」と。「あいつらは好きなことをしてメシを食っている」と、「自分たち差別している」と。

ダメ人間である自分社会にどれだけの価値提供できるかなど考えず、感情で彼らはアニメーターを殴る。

しかし、ここで製作委員会側に属する8割の人間は、そのダメ人間を止めることはしないのだ。

彼らのなかにも同様の心理がある。「卑怯である」と、「自分たち差別している」と。

価値創造できないことの何が悪いのかと、この時点で、己の怠惰を棚にあげて内心で「差別」が始まっているのだ。


この不当な差別は、500:10000という圧倒的大差による数の暴力通用しまかり通ることで増長してきた。

安く買い叩かれ続けて20年30年、現代では立派な「常識」としてこの差別根付いてしまっている。

手塚治虫がなんとかという話もあるが、それは「きっかけとなるひとつの隙」でしかないと言っていいだろう。


作曲家に関しても同じことが言える。バラエティ番組全盛の1970~80年代というのは、

本当に有能なごく一部の作曲家が大量の案件を安く引き受け、一件ごとの単価を引き下げていた。

その頃は生楽器による演奏音楽主体であったため、アカデミック知識センスを併せ持つ、

打ち込み全盛である現代とは一線を画する、優れた能力を持った作曲家けが仕事を得ることが出来た。

その結果として「きっかけとなるひとつの隙」が与えられ、やがて現代マージンに収まっていく。



別に、何も「運命に愛された人々」に常に7割のマージンを与えろという話ではない。

現在のままでは、彼らに対するリスペクトがあまりにも低く、報酬水準も0.1:9.9くらいのものであり、

これはさすがにおかしすぎるという話である仕事必要能力給料が合っていない例として、

一時期どこかの美術館での募集話題になったことがある。そのときは「人脈が」「経験が」と言われていたが、

そんな「社会的価値」を生み出したのは他でもない「きっと何者にもなれない人々」の醜い嫉妬心であり、

ここに搾取構造があるという大前提完璧に見落としているから、あの件はそこそこ話題になったのである


日本では、何かを作ることで大富豪になった人間小室哲哉くらいなのではないかと思う。

それ以外の人間は、「きっと何者にもなれない人々」が「きっと何者にもなれない人々」のために作った、

まりにも無能であるゆえに複雑怪奇と化している社会的システムを利用したごく一部の人である

彼らは何も作り出すことは出来やしない。事実がどうあれ、どうしようもないほど不快存在だと思ってしまう。



自分たち「きっと何者にもなれない人々」は、「運命に愛された人々」をもっと尊重しなければいけない。

嫉妬心劣等感から彼らを差別するのではなく、少しづつでいいから、彼らに対するリスペクトを醸成して、

世代が入れ替わるごとに新しい価値観をなんとか育て続けなければいけない。現代社会で育ちきってしまった、

変化を極端に忌み嫌う現代大人などに期待できることは何もない。若手が変えていかなければいけないのだ。



そのための啓蒙となっている現象は、ツイッターをはじめインターネットでよく起こっていると思う。

運命に愛された人々」のすごさを、捻じ曲げずに直接触れることができるのだ。

これからに期待してはいけない、ということはないと思う。






GWなので日々思っていたことをクソ長文にして吐き出した。これで休める。

2017-04-23

高校入学直後に死んでおけばよかった

多分、ネットで何万回と繰り返されてきた話。

22歳、男性無職正社員歴無し、童貞

毎日ネットで誰かを攻撃して留飲をさげるだけの人生を送っている。自殺したいが、する勇気もない。

そんな人間が己の人生を振り返ります


小学校中学校では「神童」と呼ばれた。勉強ほとんどした記憶がない。でもテストはいつもほぼ満点だった。クラスの他の奴が100点を取れない理由が、当時は本気で理解できなかった。

高校県内一の進学校に行く事にした。さすがに塾には通ったが、似たような問題を反復練習して精度を上げるだけだった。入試問題はあっけない程に簡単で、合格通知が届いても特に感慨もなく、淡々入学手続きを済ませた。

私はこんなだったが、両親、特に母親は喜んでくれた。両親は2人とも学がなく、特に母親小学校すら満足に通っていない。私が幼い頃から、「人の2倍給料が欲しいなら、人の2倍働くしかない」が両親の口癖だった。

おかげで物心ついた頃にはいつも家にひとりでいた。両親は昼も夜も働いていた。土日も働いていた。たまに日曜日の晩に家族揃って晩御飯が食べられる時があるが、私はそれが何よりも楽しみだった。

そんな母親から高校合格した時には、ご近所に「○○高校になんとか受かりまして…。」と吹聴しまくっていた。私はそれが大層恥ずかしかったが、母にとっては自慢の息子だったのだろう、私が「あまり自慢するのはやめてくれ」とせがんでも、静かになる様子は一向になかった。

だが、テンプレ通り、私は高校でアッサリと堕落する。周囲は本物の天才揃いで、しか努力家が圧倒的多数だった。他校の授業は受けた事がないので一概に比較もできないが、通っていた高校の授業内容もかなり独特だったらしく、授業はかなりハードだった。

中学までの学習貯金はアッサリ底をつき、1学期の中間テストで壊滅的な点数を取った時、自分は選ばれた人間ではない事を知った。

そこからは早かった。学校には出席日数ギリギリしかわず、あとはバイト三昧の学生生活だった。バイトで稼いだカネはほとんどゲーセンで使った。高校までロクに遊びを知らなかった人間が「遊び」にハマった時の行動は極端で、学校よりも自宅よりも、駅前ゲーセンにいる時間の方が長かった。

さすがにこれじゃいかんと高校3年の時に慌てて勉強を始めたが、当然の事ながら宮廷だの地底だのといった大学には引っかかる事もなく、東京の某大に受かるのが精一杯だった。

この時に何か思うところがあれば、私は変われていたのだろう。だが皆さんのご想像通り、私は変わることができなかった。だからこんな文章をダラダラとタイプしている。

大学に入ると、当然一人暮らしになる。東京大学に入ったんだから、当然そうなる。私のような人間一人暮らしをするとどうなるか。答えは簡単だ。大学に行かなくなる。

起きたらバイトゲーセン大学に行くのはたまにである。その「たまに」が起こって大学に行ったとしても、サークル棟の奴らとダベって終わりである単位は3つぐらいしか取ってないんじゃないだろか。結局、大学は1年休学した後に辞めた。

大学を辞める時、母親に連絡しようか迷った。私は休学している事も告げず、毎月毎月仕送りを受け取り、盆も正月も帰らなかった。休学中も仕送りを受け取るのは心苦しかったが、都会の誘惑に負けた。しかし、さすがに大学を辞めるとなると連絡をしない訳にもいかない。

もしもし?俺だけど、働くことにした。」

大学のみんなと会社を立ち上げる事にしたんだ」

「だからもう、仕送りはいいよ。」

「今までありがとう。」

正直、会話の内容はあまり覚えていない。嘘と見栄と虚飾で糊塗した言葉をひたすら吐き出して、仕送りはもういいと言って一方的電話を切ったような記憶しか残っていない。

大学を辞めても、特に何も変わらなかった。休学中から特にやる事も変わらず、バイトゲーセンに通うだけの人生

いつしかインターネットで誰かを攻撃する時間が増えた。会った事もない、話したこともない、顔も知らない人間が、twitter失言する。ブログ炎上する。そんな人間を、自宅のPCから延々と責めたてる時間が増えた。「叩いてもいい」人間が目の前にいて、圧倒的正しさをもって思う存分叩ける。叩いている時は快感だった。自分正義執行であることに酔った。当初は目についた炎上案件を叩いていたが、叩く対象を探すようになり、失言文句暴言呪詛をすすんで検索するようになった。

見つけた後は、すぐに騒ぎ立てずに、対象個人情報収集にはげんだ。twitterfacebookなどの交友関係から年齢や地元を割り出し、実家写真などをgoogleマップキャプチャする。twitterなら鍵垢になってもいいようにフォローも飛ばす。フォローされやすいように、常時40個前後アカウント管理していた。様々な大学企業趣味嗜好についてのアカウント作成し、1日1回はアカウントに沿った内容で何か呟く。そうやって「育てた」アカウント対象に滑り込ませ、まんまとフォローされてから炎上→鍵付きとなったアカウント情報キャプチャで取得し、ネット拡散する瞬間には無上の快感があった。

そんな生活も2年近く続けてきたある日、実家から荷物が届いた。食べ物だった。段ボールの蓋だけ開けて放置していたが、翌日に母親から電話がかかってきた。「ご飯は食べているか」「元気でやっているか」「たまには帰って来いよ」基本的母親電話上の発言はこの3パターンしかない。なのでいつもは会話もそこそこに電話を切るのだが、この日の母親は違っていた。いつも通りの居心地が悪くなる会話を終わらせようとすると、ふいに

食べ物だけじゃなくて、少しお金も入れといたから、たまには彼女とおいしいものを食べてね。」

「いつ帰ってきてもいいんだからね」

「じゃあね。まだ寒いかも知れんから、温かくして寝るんだよ」

と言って、最後に「おやすみ」と言って、母は電話を切った。

母親から電話を切ったのは、今のところ、この時が最初最後だ。

すぐに箱の中身を確認すると、底の方に封筒が入っていた。中には20万円入っていた。


私は封筒を握りしめて嗚咽した。何もしていない、何もしていない、何もしていない。なんの努力もせずに、ダラダラと時間無駄に過ごし、他人攻撃ばかりしている。こんな何もしていない人間に、生きている価値があるのだろうか。これから何かを成し遂げる気概があるのだろうか。

消えてしまいたい。そう思ったが、自殺する勇気もない。だいたい、自殺できる人間は「自殺する」と強く願って成就しており、私のようにネットでダラダラと「死にたい」「自殺したい」と言っている人間自殺しない。

高校の頃に交通事故か何かで死んでおけば、将来有望若い命として、両親に多額のカネを残すことができた。「惜しい人を亡くした」と皆に同情してもらえた。ところが今はどうだ。今死んだところで、正社員でもない、学歴もない、才能もない。葬式を開いても誰も来ない。働きもせず、ネットで誰かをいびり、母親にお情けの仕送りを送ってもらう。そんな人生になんの意味がある?

特にオチもないが、私の自分語りはこれでおしまいである荷物が届いたのが数日前、それからバイトに行く元気もなく、体調不良と言って休んでいる。遠からずクビになるだろう。

できれば私はどうするべきなのか、教えてほしい。

追記:cj3029412 様、idコールするのも恥ずかしいので追記にて失礼します。食事のお誘い、本当にありがとうございますインターネットの優しさを感じました。しかしながら、GW実家に帰り、両親と今後についてきちんと会話する事になりました。まだ何もしていませんが、少しだけ前に進めたような気がします。これもcj3029412様、トラバブコメを頂いた方々のおかげと思っておりますありがとうございました。

就職関係の話

就職できない、あるいは条件が悪い、職場が気に食わない――みたいな話に対していつも思うのだけれど、圧倒的多数の、99%の増田は、そして日本人は、就職してどこかの企業にぶら下がってお給料もらうことしか考えてないよなあ。と。

金は抜きにして「コミュニティ参加者コミュニティ運営者」っていう切り口で見ても、運営者になる気は微塵もないよな。

増田Aが何らかの企業設立し、従業員雇用し、ホワイト業務給与を支払い、社員生活保証する。この増田Aの会社が99人の従業員増田雇用した時、益田百人の村はやっとホワイト完全雇用になる。

応報の話で言うと、他人雇用する気のない人間は、他人から雇用されないことを甘受すべきだと思うんだよ。個人会社選考するように、企業だって個人(応募者)を選考するのはあたりまえだ。

2017-04-07

同人音声作品脚本担当に言いたいことがある

なんで「おちんぽ」が圧倒的多数派なの

もっと「おちんちん」って言わせる作品増やしてよ

いま下手したら20:1とか30:1ぐらいの割合になってるんじゃないか

http://anond.hatelabo.jp/20170407151539

2017-03-19

みんなどの程度 契約書に目を通してるのかな

「何の契約書?」って例えば賃貸とか電気ガス水道とか保険とかクレジットカードとかWebサービス利用規約とかそういうものね。

平たく言えば高木浩光愛読書

それをみんなどの程度読んでるのかなあって。

「みんな」を日本人の平均とみなして考えてみよう。

たぶん全く読まないか、読もうとするけど10秒程度即息切れしてサッサとハンコか同意ボタンを押すという人が圧倒的多数だよね。

という意識合わせ?がこの増田で言いたかったこと。


いやね、さっき関電ガスとかいう新しいガスサービスが始まるっていうDMが自宅ポストに届いててね。

何やら良さそうな気がしたので契約してみようかと思ったんだけど、もし◯年縛りとか契約解除しづらい事されたら嫌だなあと思って。

それで重要事項説明書とやらを読んでる訳なんです。

こういうの普段全く読まない人なんだけど、3連休でヒマだからさあ。

それにこういうの読んでるとか神経質なインテリっぽくて良いなと思って。

でね、全部で29項あるんだけど、もう2項目で疲れちゃって。

むつかしいこといっぱい書いてあってさぁ。

甲とか乙とかは書いてないし、ですます調で頑張ってフレンドリーに書いてくれてるんだけど、専門用語が多くって。

高木浩光とかこんなの毎日読んでるのかなあと思うと尊敬ちゃうよね。

でも高木さんって呼ぶと逆に馴れ馴れしいし怒られるかな。

2017-03-16

2次元3次元と2.5次元

2.5次元に対する拒否反応すごい人が、声優さんが顔出して歌うライブとかはありなのがよく分からない。

これは完全に個人感覚から単純に私は分からないと思ってるだけで、それが全然アリな人の方が圧倒的多数なのは分かってる。

からこれをヲタ繋がりの人がいっぱいいるツイッターとかは絶対言えないんだけど。


アニメ漫画ゲームキャラクターの、その見た目からその声が出てるって認識してるんだ私は。

から、その見た目と全然似てない人からその声が出てるのを、キャラとしては見られない。

なんか、声が似てる人のカラオケみたいな気持ち

生歌は聴きたいけど、でもそれはキャラの生歌ではなく、キャラの声をやっている○○さんの生歌であって、キャラの生歌ではないよね。

普通にもちろんそのキャラの声をやっている人の歌としての価値は分かるし、それを聞きに行きたくなる気持ちはとても分かるけど、声優さんキャラって感じになるのはなんかよく分からない。

声に対してキャーってなる気持ちはすごく分かるんだけど、ビジュアルを見て混乱する。そのキャラではないから。

いわゆる2.5次元作品で見目麗しい俳優さんとかがメイクとかを駆使してそのキャラビジュアルを寄せた上で演じてくれてるものに対してキャーキャーいうのは、ちょっと分かる。演じているという前提ありきなので。声は似てないけどコマにない部分まで動きを見せてくれる漫画みたいなもんだし。

ただ、キャラ俳優って見るのは無理だし全く意味からない。

何をいいたいのかというと、

声優さん場合、声がキャラと一致してて見た目は一致してない

俳優さんの場合、見た目がキャラと一致してて声は一致してない

って感じだから、同じようなものなのに、片方はこき下ろして、片方は絶賛する意味いまいちからないな、ってことなんだけど。

私は両方いまいちしっくりこないから、なんかこう、ライブとか2.5次元とかに乗り切れない。

声も見た目も一致してる人もごく稀にいるけどね、声優さんでも俳優さんでも。でもまぁその人だけがライブとか舞台とかやるわけではないし。

普通にアニメとか漫画とかゲームとかCDとかだけ楽しむことに満たされてるから特に文句はないんだけど、とにかく回りに声優さんライブは行くのにアンチ2.5次元の人が多くて謎だったから吐き出したかった。

2017-02-21

なんだかんだブサイクよりイケメンのほうが多い

逆、つまりブサイクが大多数を占めていてイケメンの方が多いという印象が強く有るが、ブサイクからしたらイケメンの方が圧倒的多数だ。

死ねや。

2017-02-16

なにがなんでも「彼女出来ない男は人格が悪い」としたがる奴等

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1081348

https://togetter.com/li/1081348

また湧いてるって感じ。


これに出てくる男が彼女出来ない?

こいつは出来るよ絶対

まさにこういう人格の既婚者が知り合いにいるもん。

もうすぐバツ2になりそうだけど。


彼女が出来ない男の圧倒的多数はこんな図々しくもアグレッシブでもなく、身のほど弁えてひっそりしてるんだよ。

会話は常に自分から切り上げてればこのまとめみたいなことは絶対思われないしさ。

女とねちっこいLINEしてる時点でそのうち彼女出来る側でしょ。

あのキモいノリのLINEだって気にしない女とかそういうのが好きって女も有る程度の割合はいるし。


いつもいつもそうなんだけど、彼女出来ないような男の圧倒的多数大人しくしてるっていう事実無視して

そういうアグレッシブキモい変な男を「彼女出来ない男の代表」にしたがるんだよね。

地下アイドルに付きまとって変なプレゼント贈ってつきまとったあげく滅多刺しにした男とかさ。


昔は大人しくしてるだけの人間にもわけわからんハラスメントを仕掛ける事が出来たんだけど

今はさすがに世間の目が厳しくなってきてそんな差別いじめ丸出しのアクションはしにくいからね。

でも彼女出来ないような男を叩いて説教したくてしょうがない、ウズウズ!

からあいう変てこでアグレッシブな男のエピソードを持ってきて

彼女出来ない男」として括ってでっかい主語で語るんだよね。


好きだねえほんとに。

結局どうにかこうにか、差別対象いじめ対象が欲しいんだよね。

2016-12-31

グレーだと思う。

作者側の信条として「リアルでやってはいけないことは創作物でもやってはいけない。」という縛りにおいて捜索するのはアリだし、

読者側としてそうしたやさしい作品群だけ摂取して生きるのはアリだと思う。

そこまでなら全然アリな価値観

ただ、そうした価値観でない作者や読者の方が圧倒的多数であり、表現の自由こそが多数派価値観であることは認めていかなければかなりヤバい領域に入ると思う。なのでグレーと判定。

重箱の隅だけど「愛し合った人同士のエッチばかりに『なって』」とか「とても幸せ社会生活が送れそうな気がする。」あたりに、ほかの作者や社会全体への波及を想起したニュアンスを感じてしまったので。

2016-12-28

映画この世界の片隅に」が教えてくれた漫画映像化の道

  • 一つ目。

まず漫画の絵が動いている、ということだけで感動できるという感想が多かった。

これがアニメ化における利点だろう。

実写ではハードルがあがる。ただ中には「お前原作通りだな!?」っていうサプライズもあるので捨てがたい。

映画この世界の片隅に」においては動く人物たちの背景に拘ることで、漫画以上のリアリティを加えた。

実写の場合ロケセットを立てる。または舞台があるなら映画ピンポン」を江ノ島で撮ったように、現地で撮ればいい。小道具も使える。

アニメ場合、実際の風景を取り込むことで可能な「君の名は。」新海監督や京都アニメーション技法存在する。

ただ、映画この世界の片隅に」を今の呉や今の広島で撮ったところで意味が無い。カラー写真ほとんどない。

再現できたのは『作品への情熱』のおかげだろう。

アニメ限定で出来るとかは思わない。実写もCGを駆使すればいい時代になった。役者演技力も年々上がる。

情熱は、どうか?昨今減ってはいいか

  • 三つ目。

これが最重要だ。

たびたび原作通りにするかしないか論争が起きる。特に映画化場合は2時間に収めるために原作カットしなければならない。

映画この世界の片隅に」はどうだろうか。

決して、全くの原作通りというわけでは無いと思う。史実に基づき原作おかしなところは直しているし、微妙ニュアンスを変えた台詞存在する。

またエピソードを大きくカットしている。これは原作ファンには何故?と言われていたが、カットするには正解の場所だったし「無かったこと」にはされていないのが印象的だった。

確実にここに何かが合った。しかもそれをアピールしてくる。抜けている何かがある。なんだ?という疑問が見ている最中にでも起きる映画がこの作品だ。

あえて重要エピソードを抜き、あえて抜いたことをアピールした。(それが原作大人買いとか、カットしたところを見せてくれ、という新しい商売を生んでいる。言い方は悪いが)

監督のワザでもあったし、全てが上手く行くとは思わないが、時間が収まらない漫画映像化の際には、こういう風に映像化すればいいのではないか

原作ファンも一番納得のいく形になりそうだ。

  • 四つ目。これは三つ目と被るのだが。

原作ファンをないがしろにしてはいけないということだ。

映画バクマン。であるスタッフはこう言っている。「原作ファン割合は2~3割」「原作を読んでいる人の倍以上が映画館にくることが多くて、読んだことのない7~8割の人に『ああ、この原作読んでみたいな』って思ってほしいんです」

しか果たして映画バクマン。」の出来は置いといて原作ファンの反応はどうだっただろうか。

映画バクマン。」は原作ファン以外からはソコソコの高評価を受けたが、原作ファンの反応は微妙だった。

興行収入は人気ジャンプ漫画を使った期待に比例せず、続編を作る目安には届かなかったため、監督は残念な声をあげていた。

スタッフは売るために原作とあえて違う設定を選んだらしいが、売るなら原作通りが良かったのではないか

作品評価している人は原作と違うところを褒めていたが、作品性を高めるために違うものを選んだわけでは無いのだろう。

映画この世界の片隅に」はクラウドファンディング製作された。もちろん監督ファンもいるだろう。

しか圧倒的多数が『原作ファン』であろう。

その原作ファン(約3000人)が先行的に鑑賞し納得し、SNSで具体的に宣伝した結果は大きなものとなっている。

そう。原作ファンは納得すれば宣伝してくれるのだ。納得しなければ、大きな批判をするのだ。人気原作とはどっちにしろ『大きな声』を生むのだ。

その大きな声をあげる2~3割を排除してしまって良いのか?

例えばスマッシュヒット作で100万人を動員したとして、その2~3割は何万人になるだろう。

果たして2~3割とは本当に少ないのか?

その何万人が大宣伝してくれたとしたら?その何万人が大批判したとしたら?

東宝プロデューサーは今一度考えを改めなおしてほしい。

ファンには悪いのだが映画ちはやふる」もあそこまでキャラ設定を変えなければ、原作ファンもっと宣伝してくれたのではないか

※あげている作品は少しマイナス評価したところで痛くはない高評価を貰っているもの判断していますが。

原作大事に。原作に、愛を。

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