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はてなキーワード: 利害関係とは

2018-10-17

軽減税率OKなの?

サマータイムときネットでも批判の声がむちゃくちゃあったと思うんだけど、軽減税率についてはほとんど聞こえてこない。

もちろん、たまに見ると一律で反対で、それは自分もそう。

2%軽減を実現するためにかかるコストが2%の軽減分以上にかかると思うんだけど。

コンビニでイートインだと10%で持ち帰ると8%とか想像しただけでゾッとする。

べつにSEでもないし小売業者でもないか利害関係者でもないんだけど。

なんでこんなに静かなの?

これって検討段階じゃなくて「やる」って決まってるんだよね?

反対しても仕方がないから、お葬式モードなの?

2018-10-08

祭というもの

私の住む町には日本代表する祭りがある。毎年ニュースで取り上げられるほどの豪快な男の祭りである

しかし、私は今参加していない。見学しに行ってるだけである

祭り自体は嫌いではない。むしろ好きなほうである

なぜ参加していないのかというと、途中から参加することができないシステムであること。

厳密にいうと途中参加はできる。

しかし、年功序列である組織の中で途中から参加するとやりづらい。人間関係がめんどくさいからだ。

祭りとは当日の華々しい姿とは別に一年かけて集まり人間関係をがっちり作り、それに耐え抜いた者同志が楽しむものだ。

私は一年中その組織に参加する時間を作る時点でできないと判断している。それは仕事を優先していたり、家族への投資を優先しているからだ。

それを二十歳ころに決断して今にいたる。

でも大人になり友達との疎遠が続いてきた今だからこそ、その祭り生活の一部にしておけばよかったと正直思う。

同じ目標に向かって仕事利害関係なしに達成する満足感や優越感を共有したかった。

から祭りがない人生は満たされない思いが常にあり、祭り以外の事で満たそうと思ってるけど、まだそれが何なのかは見つかっていない。

見ているだけの者でも、満足できる事がほしい。

anond:20181007113322

昔はソビエト連邦っていう国が国連重要地位を占めていたということを思い出そう。

国連機関の長は利害関係バランスやその人本人の資質で選んでいるところが大きいと思う。

他国ということでいえばサウジアラビア政治体制について調べてみろ。少なくとも民主化度と女性人権中国以下。日本サウジアラビアから石油の輸入やめる?

ちなみにUAE独裁だけどそっちは?

2018-09-29

anond:20180928111404

利害関係の調整」とか書いてる増田もいるが

これが完全に出来るようになった社会個人差って

貧富の差ぐらいになってしまうような気が

なんか上手く書けんが

2018-09-28

anond:20180928111404

「予定の調整」の本質は、「利害関係の調整」なの。つまり政治」と同じ。

人類社会構成する動物になったときから続いている。100年どころじゃないよ。

2018-09-26

ゲイはザイニチなんだから杉田水脈を叩くのをやめろ

杉田水脈氏の「LGBT生産性はない」から、先日の新潮45擁護論文に至る流れについて。

そもそも立ち返ってみれば、杉田論文の主張は

LGBT生産性はない」「故に税金を注ぎ込む必要はない」

といったものでした。前段が差別的であるためそこにばかり焦点が当たりましたが、本来の論旨は後段であったと思われます。雑に言ってしまえば、「(生産性がない)LGBT国民血税を掠めとるのを許すな」ということでしょう。

これは「在日特権を許さない会」とよく似た構図のように思われます

せっかく匿名日記があるのだし、陰謀論に踏み込んでみますと、杉田氏が自民党から大きな叱責を受けなかったのは「国民間の分断を煽り権力に都合の良い状況を作り出す」方向にあるから、といった見方もできようかと思います。また、その背景にアメリカのような「ポリコレへの反発」があるのだとすれば、ターゲットLGBTのものではなく、その支援者理解者、あるいは「直截の利害関係には無いが政治的に正しくあろうとする市民(以下ポリコレ勢)」、ということになるのだと思います


在日特権」ならぬ「LGBT特権」を想定し攻撃を加える。その結果、特定層の溜飲を下げたり、権力への批判をそらすことができる。何よりも、特定層とポリコレ勢は分断され、両者はその党派性から団結した政治活動ができなくなる…。

今後、杉田氏が「子育て支援もっと手厚く」といった主張をした時に、「杉田LGBTに謝るまで認めない」とのブコメはつかないのか。逆もまた然りで、杉田氏を支援するである「若くてお金のない夫婦」が、ポリコレ勢と手を取り合うことができるのか。そう考えると、分断がもたらす「大きな政治機運の成立しにくさ」は、権力者や富者といった既得権益層の意向にかなうものではあるでしょう。今回の流れは安倍晋三こそが黒幕!、などといった陰謀論的飛躍は自重し、偶発的なものと考えるにしても、自民党安倍政権はその受益者の一人であるとは言えそうです。



陰謀論を続けちゃいますけど。

差別発言をまといつつも、目的LGBTへの差別感情社会敷衍することではなく、分断そのものにあるのであれば、「差別やめろ」「特権などない」といった反論は、問題解決には寄与しないということでもあります在日コリアン問題においてそうであったように。

杉田論文に対しては

https://www.buzzfeed.com/jp/shibunnagayasu/sugita-stop-lgbthinan?utm_term=.qtWenBANE

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/14032

のように、「LGBTへの支援は度が過ぎるというが、そんな支援はないぞ」といった反論もありました。きちんと構成された丁寧な内容だと思いますしかし、「分断を喜ぶ悪い奴ら」の目的は、国民を分断し政治的に無力化することです。特権実在や、論理ファクト、正しさは関係ありません。むしろであるほど、一種の「ツッコミ待ち」」として反撃を誘いやすいとも言えます攻撃と反撃とが1往復すれば、その時点で分断は明らかになり、目的は達成されています。「黒幕」は論戦に勝利してLGBT在日コリアンから特権剥奪することに、大して興味はありません。はした金ならくれてやってもいいだろ、と考えているかもしれません。

上の記事には論理ファクトも正しさもありますが、同時に攻撃性が隠れていない「反撃」です。LGBT当事者が「生産性がない」などと中傷を受けた心情を慮ればやむを得ないにしても、それもまた分断を煽る側にとって喜ばしい結果に収斂するとすれば、残念としか言いようがありません。


杉田氏の主張に対して、ポリコレ勢がとった反応は「差別主義者とは話さない」といった冷淡な態度に見えました。これを受け、杉田氏を擁護する小川論文は、LGBTと、犯罪行為である痴漢を同種と見なすなど、杉田論文と比べて攻撃性を増しています。つまり、「ザイニチを殺せ」ならぬ「LGBTを殺せ」に一歩近づきました。この行き着く先は泥沼と化した在日コリアン問題の二の舞、にしか思えません。自分観測範囲しかなく何らエビデンスの無い反知性的な総括、すなわち「※個人の感想」にすぎませんが。

新潮休刊となったそうです。この先、杉田氏にも相応の処分が下るかもしれません。しかしこれは勝利なのでしょうか。杉田氏や小川氏やその支持者は、持論を撤回したのでしょうか。新潮休刊に追い込んだポリコレ勢を言論封殺と詰るのではないでしょうか。砲撃は未だ鳴り止まず、勝敗は彼方にたゆたっているのではないでしょうか。


必要なのは攻撃ではありません。勝利でもありません。対話であり、相互理解です。自分が思うに、ポリコレ勢には、相手、つまり差別主義者や反ポリコレ勢の心情に寄り添う義務があります。そしてこの義務一方的自分にのみあることも、同時に理解されるべきです。差別主義者や反ポリコレ勢は「ポリコレ野郎はお家でミルクでも飲んでな」と放言したところで、その思想信条とは相反しませんが、多様性内心の自由を尊ぶポリコレ勢にとってはそうではないからです。

あるべき姿は、相手が誰であっても、穏当に対話を続け、団結できる着地点を探し続けることです。ネットを見ていると、当初はそのような志を持っていたにも関わらず、あまりの「話の通じなさ」に放棄した人たちが、ウヨにもサヨにもいるような印象です。マンガアニメでよくある「闇落ち」的なね。しかし、「分断を煽る黒幕」にとっては、団結を模索し続けるプロセスこそが脅威であり、団結できたかどうかは、そこまで重要ではないように思われます


だとすれば政治的に正しくあろうとするのは修羅の道ですねえ。話の通じない差別主義者どもと結果の出ない対話を続けるしかなく、そこに相手論破したり、分かり合えたり、尊敬を得たりする、快楽や達成感など求めてはならないのですからAIあたりに代行してほしいところです。いや、そもそも人間にできることではないと諦めるべきかもしれません。


まあ釣りタイトルから陰謀論まで持ち出して長々と書いたのは、あんまり強い言葉攻撃するのは自重しましょうよ、というだけなんですけどね。ウヨさんもサヨさんもどっちもだぞ。真紅バスローブを来てブランデー揺らしてる「分断を喜ぶ黒幕」がほくそ笑んでるかもしれないぞ。

思うままに書いてみたら、なんだか「国民よ団結せよ、真の敵は他にある!」みたいな話になってて自分でも戸惑ってますが、言いたいことは以上です。

2018-09-23

これから社会に出る若いアスペルガーの子たちへ

 これから社会に出るであろう若いアスペルガーの子に言いたいのは「人生を誤らない判断力」を身につけること。日常会話で多少トンチンカンなことを言ってしまうくらいはたいしたことではない。最終的に人生を誤らなければそれでいいと開き直ること。酒鬼薔薇王国くそ餓鬼さんは盛大に人生を誤った。

 そして「法」と「利害関係」を正確に理解すること。これは法的な正義を振りかざしたり自分利益を極大化するという意味ではない。「他人に」どのような権利があり利害関係があるかを理解配慮すること。けだし表面的な言葉から感情理解できなくとも法や利害関係論理的に推察することはできる。

 最後に「自分が知らない事実」に思いを致すこと。今ある事実から導き出される結論尊重すべきだけれど、それが絶対の真理であるかのような言い方はしない。

2018-09-22

親安倍・反安倍理由

自分安倍政権についてはなんとなく支持となんとなく不支持を繰り返すような緩い中間層なんだけど、ネット上だと安倍政権の極端な信者とかアンチとかをよく見かけるので、彼らがどんな理由親安倍・反安倍になってるかをちょっと考察してみた。
当事者じゃないから粗がある分析かもしれないけど、この理由は違うというのがあれば教えてください。

親安倍理由

これは紋切り型理解だけど比較想像やすかった。

  1. 国粋主義者ネトウヨ
    美しい国」とか「自主憲法」とかのキーワード愛国心を刺激される層
  2. 金持ちネオリベ
    株価が上がって嬉しい資本家経営者・株取引やってる富裕層
  3. 土建とかの特定産業
    政権方針と直接利害関係がある

安倍理由

こっちは一応考えてみたけどよく分からん。とりあえず現時点での考察
結局は全部安倍政権改憲に熱心なことに帰結して、他は「坊主憎けりゃ袈裟まで」なのかなと。

  1. 安保改憲反対のパシフィスト
    冷戦時代に反権力・親東側だったイデオロギー系譜
  2. 反独裁政治却下
    与党が反対を押し切って強行採決した具体例が集団的自衛権から、結局はパシフィストからという理由帰結しそう
  3. 腐敗政治反対(却下
    モリカケで騒いでるけど、その割には籠池や前川菅野完みたいなのを持ち上げてるので矛盾するし、単なる党派性のような気がする

想像力が足りないとかいうけど

想像力が足りないとかいうけど、他人社会について想像力を働かせることはノーコストなわけじゃないんだよな。

配慮とか思いやりとか優しさとか気遣いとか打算とか考察とか全部そう。

コストをかけるほど好きでもなければ自分にとって重要と感じていないなら、相手の心情も利害関係も考えてやるはずない。

2018-09-21

anond:20180921101627

まぁ今はセンシティブ問題へ対して「興味ない」と言ったら「利敵行為」だと騒ぐ利害関係至上主義みたいな連中が多いから難しい問題ではある

利害関係のみによらない社会運動への解は全く思い付かないけど、元増田が言うような社会運動になっていけたら良いとは確信するなぁ

anond:20180921101627

社会利害関係だけで動いているものではなく、個人それぞれの「思想」の占める割合も大きいと思う。

私自身も同性婚を認めることは反対だけど、それは私自身が利益不利益化の問題ではない。

同性愛のものを認めたくない」という私自身の思想信条主義主張であり、それには利害関係は一切存在していない。

そして一つの主義主張思想信条である以上は、最大限に尊重されるべきだという確信もある。

言及できないと言える勇気あなたにどんな不利益がありますか?」

同性婚が認められると、あなたにどんな不利益がありますか?」木村草太小島慶子ブルボンヌが同性婚実現性を探る | http://fairs-fair.org/marriage-for-all-event-vol2/

不利益がありますか?」と聞かれれば無い

しかし「利益ありますか?」と聞かれても無い

それを社会で広く言える自由は今の日本に無いかも知れない

利害関係という言葉をもう一度考えてみるべき

利害関係というのは利があるか害があるかという記述そのままイメージやす言葉ではあるが、もう少し掘り下げて考えてみるべきではある

利害関係は「利-利関係」による協調と、「利-害関係」による敵対によって成り立っているものであり、これは双方とも一種コミュニケーション関係であるはずだ

「利-利関係」による協調支援と、「利-害関係」による敵対競争によって議論はより成熟していくのだが、中には一切その議論に関わりたくないと考える者も確かに居て、そういう層の自由は奪われるべきではない

関わらないことが最大の利益

よく言われる「アナタがもしその立場に立てば」「協調するとアナタ利益にも協調して貰えるかも知れない」という文句

例えば、極論かも知れないが「高校生カップル婚約婚姻社会的に推進していくべき」という立場協調を求められた場合どのようなリアクションを取れるのか

人によっては「子供はまだ判断が未熟だから」と否定する者も居るであろうし、心無い者は「子供恋愛は遊びだ」と断定し、その十数年が人生のすべてである高校生を酷く傷付けることもあるかも知れない

高校生はその十数年の人生によって「本気」で考えており、二十年の人生の「本気」や、五十年の人生の「本気」や、百歳の人生の「本気」と比較して価値が低いはずがない

人生の長さに関わらずそれぞれの「本気」は平等評価されるべきであり、現代日本社会の中で困難に遭遇する物事へ突き進もうという恋人同士の、本気で同性恋愛を、本気で同性婚姻を進めようとする者が、子供同士の恋愛婚姻制御しようとするのは正しいのか?

ここまで言われれば「本気」である者の中に出てくるのではないか

「この議論に口を出すとむしろ不利益になる。協調敵対もせず静観することが最も自己利益に繋がる」と考える者が

利さず害さずの者をどう考えるか?

協調はしない、そして敵対もしない」と言われた際、そのような発言が真っ当な社会権利であると認められ、このような発言をすること、つまり協調」「敵対」「静観」がそれぞれ同等の「発言したこと価値がある」と評価を受ける社会へとなった際、アナタたちはその人物をどう考えるのか?

政治で言うところの「無党派層」どころでなく「無投票層」であるその人物をどう考えるのか?

利害関係で考えることを見直す必要性

まり、実際のところ利害関係のみによった社会運動の行動指針や判定は誤っている可能性がある(誤っていると断言はできない)

これまでの社会運動は結局市井へ対して「利害関係を持てと強制する」動きであり、この強制へ気付いている者がどれだけ居るのか?と考えるし、全く別の行動指針や判定を開発する段階へ来ているのではないか?と推定している

感情へ訴え味方に付けるのでなく、理性的利害関係によらない議論の仕方というものが開発されることへ期待していきたい

2018-09-18

一国の首相には孤高を求めるべきなのか

安倍さんの「将棋はいいのか」発言蓮舫さんの「2位じゃ駄目なんですか」発言並みの迷言だと思ってるし、

うそろそろ安倍さんにはご退場頂いても良い頃合いなんじゃないかと思っているのだけれど、

それはそれとして「首相利害関係者と交遊を持ってはいけない」という論調にも正直思う所がある。

1. 相手組織の長でなくとも「友人が所属している会社業界から優遇したんですね」と言われることまで考慮するなら、

一国の首相ともなれば「利害関係者」とは即ち国民のほぼ全員な訳で、

瓜田李下忌避するなれば首相在任中はほぼ全ての交友関係を断たなければならないことになる(同職の国会議員のみセーフ?

2. しかしながら、政治を行う上ではただ首相という立場から上から目線俯瞰ヒアリングなどをするのみならず、

同じ立場目線から、各業界事情現場本音を耳にすることも非常に大切なことでは?

政治批判常套句として「現場のこと、業界のことを分かってない」というのがあるけれど、

それを知るために大切な 「人脈」 を首相在任中は断てというのは、杓子定規にして机上の空論助長しかねない。

現在含め歴代首相がどれだけ現場の声を反映できてきたかは兎も角。「更に悪化」と言った方が良いかも。)

また、よく「経営者孤独」と言うけれど、一国の首相にはそれ以上の孤高を求めるというのは、

首相首相である前に一人の人間な訳で、精神衛生上ホントにそれが正しい政治判断力や国民の益に繋がるのか疑問。

3. 加えて、『瓜田李下』と言うならば『疑心暗鬼を生ず』とも言う訳で、人の疑念というのは何処にでも生じ際限がないもの

加計問題にしたって極端に言えば、例え友人優遇であろうとも、それが国民にとっても益になる政策ならば然程問題は無く、

真に問われるべきは獣医学部新設の判断妥当性であり、岩盤規制突破の是非こそが焦点になるべきだと思うのだけれど、

その肝心の焦点が人の心,印象,疑念という抽象論になってしまっているのは不毛だと思う。

2018-09-17

anond:20180917121507

ハぁーーー 

こういう人に気を使えない 

年寄りで弱そうだったら相手を軽視していい 

ほんと法律に反しなければ何をやってもいいと考える悪意ある人間が増えたと思う 

研修の時ビジネスマナー白髪とか志和とか年齢や死を想起させる話題をするなと言われなかったか

あれは利害関係者だけじゃなくて誰に対しても非礼なことはしちゃいけないんだよ

オタク議論の仕方が極端だと思う

簡単に言えば1か0かという感じ。

オタクの好む物語セカイ系というのが昔あったけど、それは個人-社会-世界とあるなかで、個人出来事社会をすっ飛ばしていきなり世界とつながるとかそんな感じだったと思う。

オタク思考様式においては、始点と終点しか見えてなくて、中間にある無数の多様で複雑な段階が見えてないことが多いと感じる。社会形成して生活している人間というのは、個人精神生活まり始点だけにとどまることもなければ、世界の終わりや論理的帰結まり終点に辿り着いてしまうこともなく、その間の多様で複雑な中間領域で人生を営んでいくものだ。そういう当たり前のバランス感覚オタクには欠けているように思える。論理の飛躍や雑なレトリックを用いて中間領域が吹っ飛ばされる。思考が一瞬で極端なところまですっ飛んで行ってしまう。

でも現実はそうじゃないんだよ。もちろん議論相手もそういうオタク思考様式は持っていない。

始点(1)から終点(100)の間に、中間領域(2)-中間領域(99)があるとする。議論相手は始点(1)から中間領域(2)へ移行することを提案しているのに対して、オタク議論の仕方だと、「中間領域(2)へ移行するということは自動的終点(100)に辿り着いてしまうということだ。それは危険だ」という感じ。

この危機感感覚に疑問を感じる。もちろん可能性としては最初の一歩が破滅を導くということはある。しか現実はそう単純ではない。机上の空論ではなく、もっと現実的にプラグマティックに考えてみてはどうだろうか。

オタク的な想像力というのは一見優れた性質に見える。だが、その旺盛な想像力は、実際には細部の複雑さを考慮しない幼稚なものであるとも言える。複雑な中間領域を無視して終点まで驀進するだけの1か0かの単純な想像力だ。オタク社会という現実生活のなかでじっと地に足をつけ、他者との関わり合いのなかで妥協点を探して、なんやかんや不満はあるなかでもある程度は譲歩しつつ生きて行く、というようなことを完全に拒否しているように見える。

少しでも自分に都合の悪いこと、つまり中間領域(2)に一歩足を踏み出すということをまるで終点(100)が提示されたかのように相手意見捏造して、全否定する。こういう論法だと、もちろん相手終点(100)については否定するしかない。オタクとしてみれば終点(100)が却下されたのなら、始点(1)にとどまることが是認されるべきだという考えなのだ議論するべきは中間領域(2)-中間領域(99)の間のどこに着地点を見つけるかなのに。

こういうオタク論法現実生活をよりよくしていこうという議論のためのものではないと思う。社会というのは論破して終わりという場ではない。様々な力関係利害関係存在して、いろいろな波に飲まれていくものだ。オタクもも自分世界だけには閉じこもってはいられない状況になってきた。

いつまでも子供駄々をこねていればいいわけではない。きみたちはもう大人なんだ。

2018-09-16

anond:20180916114150

観測範囲では根っからオタクみたいな人は寛容な人が多い気がするんだけどねー

しろ普通っぽい人のほうが利害関係を見てさっと離れていくような人が多いイメージ

攻撃なのはその中間みたいな人のイメージなのかな?

2018-09-02

anond:20180902034231

問題が大きくなってるから身バレしたくないのは当然だし身分証提示拒否したのは理解するけど、自分の保身のために親父を屈辱的な目にあわせたことは正直に言って全世界の人に知ってもらわないとね。」

  

「オレ?オレは何の利害関係もない第三者だけど、まったく本筋と関係ないところまで完璧に正確に記事にしてないのは絶対悪なので名指しで糾弾するよ。ああ、自分は保身のために増田でやらしてもらうっすわ。」

  

かなり控えめに言って バカ じゃねえかと思う。

こういう頭が決定的に弱い絶対正義マンは本当に今すぐ死ねばいいのに

2018-08-26

anond:20180826101729

嫌われるのは当然だと思いますよ。

でも嫌いなくらいでここまで言うかなあ?既に利害関係にもないのに。

2018-08-21

スウェーデン声明

スウェーデンは、プロトコル1及び4の改正に関する欧州連合モロッコ王国協定署名と締結に関する理事会決議を採択する提案について、仕方なく指摘させていただく。スウェーデンは、欧州連合モロッコ王国間の協定に対するプロトコル適用に関する交渉開始承認に賛成票を投じたときスウェーデン国家としての声明において、将来の協定は、欧州司法裁判所ケースC-104/16 Pの判決を含め、国際法を完全に尊重するもの理解することが、それを行う際の基礎であるとはっきり申し上げた。法的確実性はすべてにとって必要である。かかる判決では、西サハラ領土カバーするモロッコとの協定は、西サハラの人々の同意を得なければならないと述べている。 しかるにスウェーデンは、この国家声明にて、この判決に沿って「利害関係者」が「西サハラの人々」である理解したことを明確にした。スウェーデンは、協議プロセス実施を含め、交渉過程での欧州機関実質的作業感謝する。スウェーデンは、「西サハラの人々の同意を確かめるためにすべての合理的かつ実現可能措置が取られた」と結論した理事会法務サービス(WK 10738/18)の貢献をよく覚えている。スウェーデン西サハラの人々がこの協定同意することが重要である再確認し、協議過程相談した団体西サハラの人々である規定うるか曖昧であると指摘した。 協議プロセスおよび/または協定案に対する拒否特に国連プロセスにおけるサハラ以南の人々の公式代表であるリサリオによる反対に鑑みて、西サハラの人々の自由インフォームドコンセント構成すると言える……との当協議プロセスの結果に、スウェーデンは満足していない。

2018-08-16

anond:20180816204345

もっと年配者だけど、その年頃のときには、キリスト教牧師への懺悔とか告解とか、こういう心境のとき必要なのかと思ったもんだ。日本の寺の坊主でもいいんだけど、なんかそういう、直接の利害関係者じゃなくて、日常生活をともにする人でもなく、自分にとって直接の責任を持たない人であって(親とか恩師とか上司とか、責任を感じさせてしまうから、言えないっしょ。かと言って、配偶者子供など自分責任をとるべき立場相手には、もっと言えないし。)、だけど全くの無関係他人でもない、重過ぎない緩い義務他人を受け止めるべき立場の人に、受け止めてもらえるってシステムは、かつては宗教が受け皿だったんじゃないかと思う。

2018-08-12

オクトパストラベラー観測範囲女子がぜんぜんやってない

個人的にはオルベリク編でグレイグとホメロスの幻影に悩まされまくったからド11クラスタかにはやって欲しいんだが

しかしわたしには拡散力がない、どうしたもの

ゲーム全体の感触としてはフィールド操作感はスターオーシャン戦闘ジョブなんかはブレイブリーデフォルトって感じ

ただし自由度はそれぞれ上の2作に遠く及ばない

どこか懐かしさを覚える昔のRPGの要素が組み合わさって、全体として受ける印象はなんとなくアライアンスアライブって感じだ

アラアラも懐古を目指したゲームだったので、当然っちゃ当然か

ちなみにアラアラは途中で投げた、だいぶ後半になってやる元気がなくなった(そういうことはよくある、FF13もオーファンズ・クレイドルまで行ってクリアしなかった)

シナリオはそれぞれ主人公ごとにある感じで、8人はパーティーにはなるものの直接の利害関係になく、物語は「彼らひとりひとり」に焦点が当たっている

言うなれば彼らの旅はアンソロジーであって、昔ながらのJRPGのように仲間が出会いひとつの状況に巻き込まれひとつストーリーを織り上げていく、というスタイルではない

おのおの目的のために世界を回り、その時々で光が当たっていない別のパーティーメンバーは(特に利害関係はないが)それに付き合っている、という感じになる

それぞれのシナリオ台詞回しに違和感が少なく、入り込んで楽しむのを妨害しない

街の人々にもそれぞれ裏設定があり、フィールドコマンド対応してそれらのテキストを楽しむことができる

そのテキストもなかなか読み応えがあり、ライターの力量を感じさせる

こんな感じで、「それぞれ」を見るとタコ旅はなかなか面白い

ただしそれらを貫き作品をまとめる一つの軸が見えてこない、なんとなく世界個人散逸した面白い物語収集してひとつゲームに納めた、という感じだ

そういう意味アンソロジーと言った(とはいアンソロジーには大抵テーマがあるのだが)

素材はいいので、そこから想像を広げていくのが楽しいかどうかは個人趣味嗜好によりけり、となるかな

そういう意味では余白が多い作品を好む大友ジャンルオタクが向いていると思う

うーむ、女性に向けてPRするにはどうしたらいいんだろうな

こんな文章女子がやってくれるとも思わないし

2018-08-07

みんなが武器を持たない社会理想なのか

広島知事「お隣吹き飛ばす爆弾子供説明できない」

https://www.asahi.com/articles/ASL863389L86PITB00G.html

この記事ブコメを読んでいると、以下のようなものがある。

hakuoh 理想論だと言われても、少なくとも広島市長と長崎市長はこうであるべきだと思う。そういう立場を取る人も必要

grdgs 提言努力必要だろう。嘲笑ってるやつらは現状を追認するしか脳のない思考停止のアホ。大人ぶりたいガキだな。

medakamaster 究極の目指す姿がこれなのは間違いない。この姿を忘れてはいけない。 知事は今すぐ全廃しろなんて言っていない。

「全員が武器を持たないで仲良くできれば理想社会ができるね」というようなことはよく言われるのだが、そもそもそれは理想なのだろうか?

まず「全員が仲良くできれば」というのは、その思想自体はいいことのように聞こえるが、構造的には全体主義である。「全員が仲良く」を実現するには方法は、私が考えたところだと三つ。

どちらにせよ「お前らとは仲良くしない」という、現在社会に当たり前に偏在する多様性を何らかの形で間引くことでしか「全員が仲良く」は成立しない。これが果たして人類が目指すべき理想的な社会なのだろうか? 一番最後選択肢が実現すれば、まあ「武器なき世界」にソフトランディングできそうな気はするが、それはもはや人類ではないかもしれぬ。

フィクション世界では、「全員が仲良い社会」というのは何度か実現しているが、どれもろくな結果になっていない。

例えば貴志祐介に『新世界より』という傑作があるが、あの世界では進化した人類が個々に強力な力を持ってしまったがため、お互いを攻撃できないように思想洗浄がなされている。ボノボ型の性愛文化も取り入れられ、あらゆる形で争いが起きないように制度設計がされている。おかげで仮初めの平和社会が保たれているものの、その過程で発生する不穏な因子は排除されるわ、イレギュラーな外敵から攻撃には極端に弱いわと、その社会のありかたは歪で脆弱だった。

アラン・ムーアの『ウォッチメン』はどうだろうか(以下結末に触れるので未読のかたは読まないように)。あの作品でもある形で世界平和が実現するのだが、それは本当によいものだっただろうか。仮面を剥ぎ取ったロールシャッハのあの表情は、何を表していたのか。

かように、全体主義に基づいた人類兄弟的な平和はよく理想だと言われるが、本当に理想なのかがそもそも疑問だ。それは浦沢直樹の『20世紀少年』のラストで、全員がグータララーと歌って仲良くなるような不自然社会だと考える。イレギュラーが許されない清浄社会よりも、利害関係スパゲッティのように絡まり、多様なプレイヤー価値観で溢れかえり、汚物まみれのゲロだらけのそびえ立つクソを、それでもなんとかかんとか運用していく現在社会のほうが人間的というか、私にはよほど理想社会に見えるのだが、どうだろうか。

2018-07-31

オウム報道の裏事情

今月オウム事件死刑囚が全員執行された。

ニュース被害者の声や識者の声が報道されていたが、識者の声としてジャーナリスト江川紹子氏、弁護士滝本太郎氏のコメント複数メディアで取り上げられていた。

 

これまでもオウム事件に関して識者の意見が載るときには、江川氏、滝本氏のコメントが多く掲載されてきた。

私自身、この二人にメディアコメントを求めること、そして彼らが普通にコメントを出していることについて、違和感を持っていた。

なぜなら、彼らは「被害者」だからだ。

 

偏向報道回避するために、どのような記事番組しろコメントを出すのは、一般的に直接の利害関係がない、その事案についての専門家であるという前提がある。

しかしながら、江川氏はオウムホスゲン事件被害者であり、滝本氏はオウムのVX事件被害者である

江川氏は、オウム真理教に子ども出家した親に坂本堤弁護士を紹介しており、滝本弁護士坂本弁護士からオウム被害者の会の仕事を誘われ、断っていたという過去がある。

まり、彼らは被害者であり、他の被害者坂本弁護士とも深い関係にあった。

 

この事実考慮すると、江川氏と滝本氏はともに、本来利害関係のない「第三者」としてコメントするのはおかしな話である

コメントするなら専門家としてではなく、「被害者」としてでなければおかしい。

にもかかわらず、あたかも「自分第三者ですよ」というような顔をして、自分被害感情を混ぜながら、コメントを述べている。

中立的第三者としてコメントを求められた場合自分被害者立場にあるから公平な目で見られないという理由で、コメントなどは辞退するのが、本来プロの取るべき姿勢ではないか

 

メディアメディアで、なぜ彼らのコメントを、あたかも「中立的第三者意見であるかのように扱うのかが分からない。

この偏向は、オウム事件ゆえの特例として認められているのだろうか?

もし、オウムとは関係がない一般事件であれば、被害者である専門家コメントを求めることなど、メディア常態化しないだろう。

無名被害者の声は載せないのに、彼らのコメントを頻繁に載せるのは、他の被害者の軽視と言われても仕方ないのではないか

(だからこそ、村上春樹氏は「アンダーグラウンドhttps://www.amazon.co.jp/dp/4062085755/ で、一般オウム事件被害者の声を取り上げたのではないか?)

 

また、江川氏と滝本氏は、麻原裁判が行われていたときは麻原を死刑しろ判決確定後は執行しろという意見を表明している。

その上で、江川氏は麻原の四女の後見人になったり、滝本氏も事実上の後見人となったりしている。

かに四女は、「父親死刑執行をするように」と述べているが、家族の心情はそう単純なものではないはずだ。

四女のために保護者後見人となるのであれば、四女の成長のために客観的立場で接するべきだったのである

 

しかし、江川氏、滝本氏ともに、四女を支援しながら、麻原の死刑執行について賛成の意見を表明している。

このスタンスだと、四女を支援したのは、四女のことを考えてのことではなく、自分たちの活動に四女を利用しようとしたからだ、と言われても止むを得ないのではないか

江川氏が後見人になった後、四女は教祖として振る舞おうとしたということだが、これも江川氏の言動が影響している可能性も否定できないし、滝本氏のところに行っている四女に幻覚幻聴があるというのも、滝本氏の言動が影響している可能性も否定できない。

 

オウム事件偏向報道に陥る原因は、江川氏と滝本氏のスタンスに一因があるのではないか

2018-07-29

https://anond.hatelabo.jp/20180729093940

お互い責任能力がある大人から、というのは良い基準なんだが、

それでも近親婚と重婚はどうするか決めなきゃいけないんだよなあ。

君らは婚姻の可否条件について線の引き直しを国家要求している。

から俺たちも線の引き直しについて議論している。

線を引き直すなら、なぜ線を引き直す必要があるのか。

引き直すとしたら何を基準に引き直すのか。

そもそも今までの線は何を基準に引かれていて、それは妥当と言えるのか、

という点を明らかにしていかないと新しい線を引くことはできないだろう。

「小児婚や動物婚はNG。なぜなら、相手責任能力判断力意思伝達能力に難があるから

でも同性婚は、大人同士なら責任能力判断力意思伝達能力問題が無いのだからOK

という理屈はかなり筋が通っている。

ただ、それを基準とするなら、近親婚もOKだし、重婚OKという事になる。なぜなら、双方に責任能力判断力意思伝達能力問題が無いから。

それでOKなのか、という話になる。

また、責任能力に難がある、いわゆる知的障害者や薬物依存症患者結婚していはいけない事になる。

じゃあ今度は、それならなぜ現在婚姻制度知的障害者や薬物依存症患者でも結婚して良い事になっているのか。

それは妥当性がある事なのかを検証しなければならない。

近親婚は閉ざされた環境での強制につながる可能性があるからNG、という話になるなら、

次は、じゃあ義理兄弟姉妹間の婚姻が認められているのはなぜか、それは妥当性があるのか、という検証必要になる。

また力関係強制につながる可能性があるという理由で認められないなら、

利害関係のある人同士が結婚する事は認められていいのか、という点を検証する必要が出てくる。

利害関係が強くて事実上拒否不可能である人同士が結婚しても良くて、強制される「可能性がある」だけの近親婚が禁止されて良いのか、という話にもなる。

同性愛病気じゃない」と主張するのは自由だし、それについては某国会議だって異を唱えてはいないだろうが、

結婚という制度の話になれば、話は別だ。

どこまで認め、どこからは認めないのか。そこに線を引くのがなぜ正当と言えるのか。

君らが要求してるのはそういう話なんだから、当然ペット婚や機械婚が許されるのかという点も同じまな板の上に乗るさ。

そうは思わないか

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