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はてなキーワード: 世論とは

2018-02-24

anond:20180224044613

自民党けが不熱心というわけでもないよな

民主党政権ときだってしたことやらなかったし

やってたら世論も違ってたんじゃないか

2018-02-20

anond:20180220175238

動きがあろうがなかろうが、トラバブコメを見てごらんよ。はてなの声イコール世論と考えるほど世間知らずじゃないけど、ある程度は反映してるでしょ。

2018-02-18

鉄道会社痴漢問題視させる方法

女性専用車両問題になっているが、本当に問題なのは性犯罪だ。

それは誰も否定しないだろう。

じゃあどうすれば性犯罪を防ぐことができるのか。

性犯罪が起きたら徹底的に電車止めればいい。

非常停止ボタンを押すんだ。

犯罪行為が車内で行われているんだ。

結局、鉄道会社性犯罪性犯罪冤罪対策に本腰を入れない、監視カメラ有効性が指摘されているのに全車両に設置しない、警備員を大して増員しない、満員電車を解消するために入場制限をかけることができるはずなのにそれをしないのは、経営上のメリットがないからだ。

から、大して経営にも影響がない女性専用車両程度でガス抜きを試みる。

性犯罪に対して本腰を入れさせるためには、もっと経営に打撃のある仕方で、鉄道会社社会一般にその問題認知させるべきだ。

性犯罪が起きれば鉄道が止まる。

世論ボタンを押した人間ではなく、性犯罪をした人間だけを徹底的に叩くべきだ。

性犯罪被害者に同情的な土壌は日本でも徐々に生まれつつあると思う。

公共交通機関の「ゾーニング」に対して、私たちモンゴメリーバスボイコットなどの運動を通して、それが容易に差別につながることを知っている。

しかも、その「ゾーニング」は完璧でない。

車両内で犯罪が頻発している。

犯罪犯罪として向きあうことが大切なんだ。

女性専用車両への抗議」への世論

少し潮目が変わりつつある気がしてる

抗議に対する擁護だか賛成だかの声も増えているかなと

anond:20180218033519

3番に関しては、今は対応する法律がなくても、今回のように電車が止まって騒ぎになることが続けば女性専用車両を認める法律条例が成立してしまうこともあり得るので、反対する会の連中にとっては本当に悪手。

それで成立した法や条例憲法違反だと裁判起こしても、裁判所社会追認するだけなので、現状の世論で受け入れられているもの違憲判断することはなく、実質詰む

2018-02-17

痴漢防護スーツの開発が急がれる。

女性専用車両差別的だという世論高まるなか、痴漢防護スーツの開発が急がれていると思う。

痴漢が触っても、肉体を触っている感覚を与えないような剣道の防具のような固い防護スーツでもよいし、

空気で膨らむライフジャケットのように、痴漢と女体の間にスペースを確保するようなものでもよい。

本当に痴漢が嫌なら、痴漢されないような工夫をしよう。

防護服はDIYでもきっと作れるはずだ。

女性専用車両なんて早く廃止しろ

本当に必要なのは

被疑者自白だけで有罪になる現状からの脱却

そのための全車両への監視カメラの設置

だろうが。

個人的にはここに『性犯罪常習(再犯)者への化学去勢措置の導入』(いわゆる女性ホルモン投与のこと)も入れて良いと思うのだが、これが倫理的に許されるか否かについて世論が固まってるようには見えないので保留する。

とにかく、『女性専用車両』なんてもの痴漢盗撮問題をとりあえず棚上げするだけの暫定的ものであって、本来なら棚上げしてる間に解決すべき課題がほぼ放置されている。もうそろそろ、課題に取り組むよう強く催促してもいい頃だと思う。

追記(2017-02-17 02:21) anond:20180217020126 に思うこと

監視カメラ映像があったとしても、決定的ではないんじゃないか

混雑した車内での監視カメラ映像では、あくま被害者被疑者との位置関係を捉えることしかできないのは、確かにそのとおりだろう。

だが、手のひらに付着した繊維の鑑定結果や、関係者供述との『突き合わせ』ができるようになる。突き合わせることにより、矛盾が浮き彫りになることがある。真実が見えてくることがある。

から、たとえ単独では決定的な決め手とならなくても、客観的物証を増やすことは重要だと考える。

ただ本当に恐ろしいのが免罪で…間違いなく立証できる手段があればいいのに。

冤罪を防ぐには、被疑者自白しか有罪にできない現状を変えるしかないと思っている。だからこそ上記の二点を訴えたい。

追記(2017-02-17 11:55) anond:20180217043552 に思うこと

個人的には、この議論で“差別”という語を持ち出すべきではないと思っている。

そもそも増田自身

痴漢被害は、男性加害・女性被害類型が非常に高い割合を占めるいうデータがある。従って男性排除すれば、痴漢被害は大きく減少するだろう。これ自体ロジックであって、誤謬は無い。

と言っているのだからあくま暫定的対応として、緊急避難先(シェルター)として機能する女性専用車両事業者が用意するのは公益にかなうわけで、差別という語を用いるべきではないと考える。

ただ、増田に限らず

混雑率が向上させられた車両に乗ることを男性のみが強制される

大多数の無関係男性問答無用痴漢加害者予備軍に仕分けることが不当

という不公平感や理不尽さを抱く人が少なからずいるのは分かる。

から

監視カメラ導入、警備員の乗車、混雑率緩和といった痴漢対策を徹底すべきであろう。

という主張には全面的同意する。そして、“不公平感”や“理不尽さ”を生んでいる女性専用車両廃止にも同意する。

2018-02-13

処女作」って言葉ダメでしょ

何堂々と「処女」って言っちゃってるんだよ。

安易下ネタに散々厳しい姿勢見せてるくせに何で処女作だけ見逃されてるんだよ。

看護婦看護師にわざわざ訂正される時代だぞ。

テレビ新聞も悪びれずに「処女」って使いまくるから気分悪いわ。

「初作品」に言い換えるべきだっていう世論になってほしい。

平昌オリンピックは「ベルリンオリンピック」と同じ役目を担っている

https://anond.hatelabo.jp/20170523204731

前にこんな話を書いた。

端的に言うと「歴史が繰り返されるのは『役者』が変わってるから一見して同じ演目をやっていると気づかない」という内容だ。

この後日本の政治は激動したが、結果的に「二・二六事件」は起きなかった。

前回も描いた話だが、安倍晋三という人物は散々ヒトラーに例えられて、マスメディアでも散々危険視されてる。

これだけ警戒されてる人間は、最後まで危険な企てを達成できない。

一部の人たちはよく自分に都合の悪い選挙結果が出ると「愚民」だなんだというが、日本国民の大半は馬鹿じゃない。

「一度やったパターン」なら、回避できる。歴史勉強して、メディアも散々その危険をあおってくれるからだ。

からこそ、俺は次に「ヒトラー」になれるのは、これまで一度も「ヒトラー」に例えられてない奴だけだと思っている。

小池百合子は、そういう意味ではとてもいい線を行っていた。

カイロ大学で学んでいたせいか彼女民主主義を軽視し、独裁的な手法で次々と物事を決めていたが、メディア小池百合子を一度もヒトラーとは言わなかった。

俺は、小池百合子選挙に勝って勢力を広げていくのを見ながら、この政治家は、次の独裁者役割を担える「役者」だと思った。

国政に出てきたときはいよいよ危ないと思ったが、「排除」の一言で最大の味方だったメディアからそっぽを向かれ、反乱は不発に終わった。


ただ、最近テレビを見ていて「結局、歴史は繰り返しそうだな」という思いが増してきた。

連日開催されている、平昌オリンピックがその理由だ。

今行われている平昌オリンピックは、1936年の「ベルリンオリンピック」と同じ役目を担っているように見える。

ベルリンオリンピックは、ヒトラー政権化のドイツで開催された夏の五輪だ。

ヒトラー自身オリンピックを「ユダヤ人の祭典」とみなして毛嫌いしていたが、周囲からプロパガンダ活用できる」と説得され、力を入れて実施する方向に考えを変えた。

その後の歴史を知っていれば、「なぜヒトラー政権下でオリンピックができたんだ」と不思議に思う人も多いだろうが、このときヒトラー重要な決定を下していた。

それが、「人種差別政策の一時凍結」だ。

国内からユダヤ人迫害を煽る看板などを撤去し、ユダヤ人を含めたさまざまな人種の出場を認めることで、ヒトラーは無事ベルリンオリンピックを開催にこぎつけた。

その後ヒトラーは「聖火ランナー」をはじめ、これまでのオリンピックになかった演出効果的に取り入れることで、大会成功に導いた。

大会の様子は世界中テレビ中継され、世界中の人々が釘付けになった。

意思勝利」の監督でもある女性映画監督リーフェンシュタールによって、この大会は「オリンピア」という名前映画化され、その映像国内外で絶賛された。

この歴史をふまえて、今の平昌オリンピックの様子を思い出してほしい。

開催されているのは韓国平昌だが、その話題の中心は北朝鮮だ。

開催直前に、金正恩対話姿勢を見せたことで、文在寅は喜んで北朝鮮選手団を迎え入れ、統一チームさえ作った。

開会式には金正恩の妹・金与正が派遣され、世界中メディアが、その姿を連日報道し続けている。

美女応援団は堂々とスタジアム内での応援を許され、明らかに金日成のものと思われる「美男子仮面」まで取り出したが、お咎めはなかった。

これらの様子は、世界中メディアが「融和」の言葉とともに連日報道し、誰もが金与正、美女応援団存在を知っている。

見事なプロパガンダだ。

アメリカペンス副大統領は、世論が「朝鮮半島の融和」一色に染められないよう、

北朝鮮拉致され拷問死した大学生オットーワームビアの家族とともに北朝鮮訪問していたが、

そのことを取り上げたメディアはごくわずかだ。地上波で取り上げられた時間は、金与正の百分の一以下だろう。

金正恩北朝鮮は、オリンピックを利用したプロパガンダに、現在進行形成功している。

その意味を、どれだけ多くの人が真剣に捉えているのか、正直疑問だ。

さらに悪いことに、ヒトラーと違って、金正恩は「核兵器の廃棄」を約束すらしていない。

オリンピックが終われば、すぐにその野心を隠さなくなるはずだ。


ベルリンオリンピックが開催されたのは、1936年だった。

次の開催予定地が何処だったか。思い出した人は、俺が言いたいことを理解してくれていると思う。

1940年の開催予定地は、東京だった。

いわゆる「幻の東京オリンピック」の年だ。

俺は、2020年オリンピックが幻になる可能性は、ゼロじゃないと思っている。

前回は、開催される可能性は「50%くらい」じゃないかと書いたが、今は、その可能性はもう少し下がったと思う。


プロパガンダに利用されたオリンピックが、この21世紀にまた生まれしまった。

歴史は、役者を変えながら繰り返している。

2018-02-12

anond:20180212130119

出生率改善されなければ5000万になる頃には65歳以上が過半数超えるんじゃないの

少子化対策しましょうって世論形成されるとは思えないのだが

下町ボブスレーよ恥を知れ

漫画

ボブスレー協会ボブスレーのソリを無償で作って!」

町工場おじさん「文化祭じゃねえんだぞ!馬鹿にするな!」

町工場にいさん「いや!金にならなくても必要なことだ!」

ドラマ

ボブスレー選手「ソリを作ってください」

町工場「しゃーない、作ってやるわ」

ボブスレー協会あなたたちを大会に参加させられません……」

現実

下町ボブスレープロジェクトボブスレー作ったで!使ってや!」

ボブスレー協会「開発協力もしたし問題点を挙げたりしましたが選考テスト外国製のソリのが優れてたので残念ながら今回は外国製のソリを使わせていただきます……」

下町ボブスレープロジェクト「はぁ!?オールジャパン体制で挑まんと盛り上がらないやろ!せや!ジャマイカチームに使わせて結果だしたら

メディア扇動して『何故ジャマイカが使って日本は使わないのか』という世論にしてボブスレー協会に使わせたろ!」

2018-02-08

anond:20180206004025

どれくらい容姿がひどいのかはわからないけど、

まりにひどいなら、普通に、それは整形すればいい。

しろそれは「治療」だ。

心の治療でもあるし、アトピーや痣や、傷などは整形でかなり改善するはずだ。

今は世論もだいぶ寛容になってきているし、

別に整形を治療とするのは問題ないと思うのだが。

増田正論だと思う。人は見た目が9割だ。

女性出会って3秒でそいつセックスできるか見分ける。

だが、注意して欲しいのは、ただしイケメンに限るではないということだ。

人にはある一定ラインがある。不快に感じるかどうか?というのがラインだが、

その部分がかなりあいまいなので、この問題が起きる。

見た目がイケメン美人ではなくても、不快に感じない容姿があって、

その幅に収まっていれば後は「清潔感」なんだよ。

から、ある人達は「見た目じゃないよ」と言うんだよな。

2018-02-06

なぜ世論がこわいのですか

ひとはなぜ世論がこわいのですか。

不祥事事件がおこったとき世間にかくそうとするのはなぜですか。

また、警察など国家権力からん事件でも隠そうとするのはなぜですか。

国民にバレても、結局はなにもできないのだから、隠す必要ないじゃないですか

しかしたら、世の中にもあたまのイカれたひとが多くて、叩かれないかもしれないのに。

2018-02-05

ネットの力ででウナギ絶滅阻止できると思ってたけど無理そうだ

タバコとかパチンコ人口がどんどん減っていってるのは

ネットで物凄い嫌われてるからに違いないネットすげー!

…って思ってたけど単に金がないのか健康志向的な流れだったってだけで

ネット世論なんて全然関係なかった

ネットで動かせそうなことと全く無力な分野ってあるよなあ

2018-02-02

anond:20180202222643

悲しいのは否定しないけど

黙っていたら強い言葉を使う側に世論が流されるだけというのが昨今の潮流だと思うので

俺はカウンター必要だと考えているんですよね

はいえそういう風に感じるあなたみたいな人がいるというのはわかりました

ミュージカル刀剣乱舞三日月宗近が許せない

どこかの誰かがもうとっくに言ってるかもしれないけど、この間の千秋楽で私は初めて見たので許して欲しい。

あと、刀剣乱舞のこともミュージカル刀剣乱舞のことも、知ってる前提で話すから本当にチラシの裏だけど、ごめんね。

自分のために書かせて欲しい。

今私は、なんで皆あの三日月宗近を受け入れて、なおかつなんで褒め称えられてるのか本当にわからなくて

疑問通り越して困惑している。


つわものどもがゆめのあと、いつもキャラとか物語解釈違いを起こす友人がべた褒めしてたので、

なんか嫌な予感がするなーと思って千秋楽ライブビューイングを見に行ったんだけど、

嫌な予感どころじゃなかった。

刀剣乱舞という作品にはそもそも大前提ルールがある。

歴史を変えてはいけない、守らなければならない』

このルールがあったから、過去作品の中では他のキャラクターたちは、

自分の大切な人が死ぬ運命にあったとしても、涙を飲んでそれを受け入れてきた。

なのに、今回の作品ではそれを根底からひっくり返した。

死ぬはずだった義経をこっそりと逃がし、物語大団円を迎える。


混乱した。死ぬはずの人を生かして逃がすなんてタブー中のタブーではないか

しかも話を見るに、それを実行したのは三日月宗近個人的判断で、主人から命じられたというわけでもないし、

彼がやろうとしていることを他の登場人物たちは誰も知らなかった。

彼は過去の人物に積極的に接触し、介入し、時には人心を操ってまで『義経を生かす』結末に歴史操作した。

これが、ルールに反する行為なのは誰がどう見ても明らかだと思ったし、

皆彼のやったことに対して困惑するか、更に言えば怒るだろうと思った。

でも終演後Twitterを開いて飛び込んできたのは、三日月宗近を褒め称える言葉ばかりだった。

優しい、そこまで人間のことを考えていてくれたなんて、素晴らしい作品、今までで一番好き。


愕然とした。その後怒りがこみ上げてきた。

ちょっと待って。あなたも、あなたも、前作も前々作も見たはずだ。

過去登場したキャラクターたちが、ルール自分の心の狭間でとても苦しんだことを知っているはずだし、一緒に涙を流したはずだ。

三日月宗近がやったことが許されるなら、あの時彼らが苦しむ必要なんてなかったじゃないか

みんなみんな、つじつまをあわせて助けてしまえばいいじゃないか

だって、これが許されるんだからあなたたちは許したんだから


歴史というのはいろんな解釈があるからルートは一つじゃないとか、

今回はこのルートが成立する条件が揃ってたから~とかいろんな解釈を見た。

だって義経生存説は知っている。でも問題にしてるのはそこじゃない。

その前提があったとしても『独断で、誰にも相談無しに積極的歴史に介入した上で、自分の思う通りに操作していい』と三日月宗近が思っていることが問題なのだ

そして彼はそれを『悪いことだ』と思っていない。

彼は今剣に義経を殺させないことで義経とともに今剣自身にも救いを与えようとしていた~とか、そんな感想も見た。

救いを与える、ってなんだ。今剣は三日月に救いを与えられなきゃならないほど、か弱い存在なのか。お前何様だよ。

から見ると彼は『相談無しに独断仕事を進めて、俺は仕事ができる、と思っているタイプ』にしか見えない。


べた褒めしている人たちは、彼がルールを破っている、ということに関してはどう思っているんだろう。

それがわからないし、そういう意見も見かけないのでとてもなんというかすわりが悪い。

過去作品歴史を変えてはいけない葛藤について、涙を流していた人たちがいるからなおさらだ


前々からミュージカル三日月宗近は、どこか他の刀を見下しているように感じることがあるのが気になっていた。

他の刀は自分よりも一段下にいる、と思っている傲慢さ。

そういうふうに見えるし、もうそうとしか見えない。


これが許された脚本とこれを許した空気があるのが信じられずにいる。

新作舞台には私の推しも出るのに今不安しかない。


うまくまとまらないな。でもちょっとすっきりした。

あれはちょっとっていう意見をほぼ見かけないか世論がどうなってるのかはわからない。

でも、ほんと、私はあれ理解できないし許せないし、あいつ、鼻持ちならねえって今思ってる。

2018-01-31

さようなら時天空

時天空をご存知だろうか。時天空モンゴル出身力士で、土俵上での華麗な足さばきによって知られている。かく言うわたし時天空の足技が好きだ。本人には申し訳ないが時天空が一番好きな力士というわけではないけれど、しかし、彼が勝つと思わずにやりとしてしまう。

土俵の上で時天空はいつも、仏像のようなふてぶてしい顔をしている。立ち会い、ぶつかって両者まわしを取る。相手力士の真っ赤な顔。だが時天空は、素知らぬ風に足をかける。相手力士は、しまった!という顔でバランスを失い倒れる。

時天空は裾払いが得意だ。蹴手繰りだって飛び出す。

時天空相撲は、わたし相撲だと漠然と思い描いているもの輪郭から、時折大いにはみ出す。だからわたし時天空が好きだ。柔道のようだと思うかもしれない。モンゴル相撲のブフは、もしかたらこんな感じなのかもしれない。時天空相撲は、イマジネーションを広げてくれさえする。あの器用な足でまた何かやらかしてくれるのでは?そんな期待をこめて、毎場所テレビを見る。

そこまで言うなら時天空相撲を見てみたい、もし可能であれば生で国技館で見てみたい、と思っていただけた方がもしかしたらいるかもしれない。願わくばいてほしい。しかしその望みは叶わない。なぜならば、時天空引退してしまって間垣親方になってしまたからだ。では親方として、警備をしたり解説をしたりチケットをもいだりする、あの仏像のようなご尊顔を拝せるのでは?しかしながらその望みも叶わない。なぜなら元時天空間垣親方は亡くなってしまたからだ。時天空2017年1月31日に亡くなってしまった。今日はちょうど一周忌だ。だから上の文章は、本来ならば動詞を全て過去形にしなければならない。

から相撲が好きだったわけでなく周りに詳しい人もおらず、面白そうだしいっちょ見てみますか!と思って見始めたわたしのようなミーハーな若輩者にとって、時天空はありがたい力士だった。なぜなら、時天空と言えば足技だと覚えておけばいいから。とりあえず時天空が来たら足技が出るのを待てばよかったので安心だった。本当は足技が失敗することもあったし足技は特に出ず押し出しで勝つこともあったけど、とりあえず時天空といえば足技。これで間違いがなかった。

力士の立ち会いはよく軽トラックの衝突にたとえられるが、ぶつかられて上半身はその対応をしておきながら、よくもまあ器用に足をかけられるな、バランス感覚はどうなっているんだと常々思っていた。

それに時天空は、四股名SFみたいでスケールが大きくて格好いい。旭天鵬(現友綱親方)に似てるという意見散見されるが、土俵上の時天空は、旭天鵬からお母さんみたいな雰囲気を全部抽出しきったあとみたいなおっかない顔をしていて、でもどこか荘厳で、鎌倉後期の仏像みたいで、思わず拝みたくなってしまうようなところがあった。

同僚と国技館相撲を見ていた時のことだ。幕内の取り組みが始まって当時は平幕の下の方にいた時天空が出た。

「この人は足技がすごくて!」

などと僭越ながら紹介した直後、時天空が裾払いを決めて勝ったことがあった。同僚は普段から大相撲を見る人でなかったからピンと来てなかったようだったが、わたしは嬉しかった。思いが通じたような、どこか共犯者めいた気持ちが満ちた。むずがゆくなるくらい嬉しく、誇らしかった。これから応援しよう!と思った。

でもその時はまさか、その場所とその次の場所が、土俵上で時天空を見られる最後になるとは思わなかった。

肋骨骨折で休場というニュースを見て、時天空がケガなんて珍しいな、十両落ちちゃうのでは?と思ったが、その後実は悪性リンパ腫だと知りショックを受けた。場所のたびに休場の発表があり、十両に落ちているのを国技館チケット売り場の電光パネルで見て、やっぱりと思うと共に早くよくなってほしいという気持ちが募った。

わたしは、時天空手紙を書こう!と思った。もしかしてまり読めなかったりして?と思ったが、時天空日本語ペラペラだし、たとえ読めなくてもそういうのは気持ちから出そう!と身勝手なことを考えた。ふりがなをふったら逆に失礼か?などと考えながら文面を考えていた矢先、ツイッターで久しぶりに時天空という文字列を見た。リンク先には引退間垣襲名会見のニュースがあった。

引退はさみしかったがその何倍も復帰が嬉しかった。丸坊主になった時天空は、痩せていたけど想像していたほどではなかった。しかし、目を真っ赤にして涙を流しながら会見していてはっとした。わたしのなかの時天空は、土俵の上のむすっとした顔でしかなかった。しか仕事からそうしていただけであって、こんな心許なさそうな表情もするんだと思ったらこみ上げてくるものがあった。でも同時に、モンゴル力士のなかで真っ先に日本国籍をとり年寄名跡を持っていたことを知り、さすが時天空だと思った。ぜひ後輩を指導してあの足技を継承してほしい。引退はとてもさみしいことだったけれども、帰ってきたことに対する嬉しさのほうが何倍もある。

お相撲さんやっぱり違うな!と思った。元々の体力があるから病気も治るんだな!よかったよかった!わたし安心してはしゃいでいた。

その後すぐ元時天空間垣親方大相撲中継で向正面で解説をしていた。名前を呼ばれると「ハイッ」といい返事なのがかわいくて、それと現役時代と比べて顔が少し穏やかになっていた。時折満面のスマイルを見せるので、うおー時天空こんな一面もあったのかー!とさらに好きになった。解説日本語が上手なだけでなく的確で詳しく、ついこの間まで幕内にいただけあってこの人と組んだ時はこうだったああだったと、話が尽きないので、聞いていて楽しくためになった。力士たちは「時天空関ととるのは嫌だった」とか「もう二度ととりたくない」とか「足技だけは教えてくれない」とか言っていて、声に出して笑ってしまった。

時天空という力士幕内からいなくなってしまたことは残念だったけれども、これだけ解説も上手だったら楽しみなことが増えたと思っていた。当時は大島親方だった旭天鵬も、もう一度断髪式すればいいって言っていてその通りだと思った。

わたしそれからすっかり安心しきっていて、その次の場所間垣親方が休場していることを全然知らなかった。テレビの映らないところで警備とか協会仕事をしているんだと思い込んでいた。でもそんなことはなかったらしい。元時天空間垣親方は、2017年1月31日に亡くなってしまった。

時天空が好きだった。全く知らない人の「時天空サッカー」というツイートを見たときに、なぜだか明確に好きだと思った。モンゴル平原をまわし姿でサッカーする時天空。似合う!足技はブフで培ったもの柔道東農大スポーツ交換留学に来た時のものかと思っていたが、柔道部だったころはそこまで足技に力を入れていたわけではないらしいとも聞く。ではあの足技はなんだったのか?やってみようと思ってやってみたらできたのだろうか。乗馬で鍛えたインナーマッスルが、相撲にも活きたのだろうか。

朝青龍のことを知って、自分もいっちょやってみようと来日して入門。稽古をしながら大学にも通い、卒論日本語で書き上げたというスーパーマンぶりには目を見張る。卒論テーマは「ダイナミックモデルを利用したモンゴル国人口動態に関する研究」、興味深い。

わたしはにわファンなので、相撲を見始めた頃の時天空はすでに30代なかばベテラン力士幕内下位定着たまに十両陥落くらいのイメージだったが、三役経験もあるし前頭一桁代だった時期も長い。時間前に立ち会いをしたり、まわしがとれかけたり、なかなかにバチバチだった時代があったようだ。

亡くなったことがどうにもショックで、当時は巡業の写真などをずっと探しては見ていたのだが、土俵の下ではにこにこしている写真ばかりで意外だった。名古屋場所トゥクトゥクに乗っている写真赤ちゃんをだっこしている写真後援会の人たちとじゃんけん大会をして負けているところ。ウインク

解説動画を探していていたときに、酔った時天空が「iPhone4彼女の顔を見ながら電話したい」と言っている動画を見つけてしまったりした。時天空はとても楽しそうで明るくていつも笑顔で、すごく人生を楽しんでいるように見えた。幸せそうだった。解説の時もそうだった。見ているこっちが笑ってしまいそうになるくらいだった。

一年経った今でも時天空のことを思い出す。病気さえなければまだ幕内相撲をとってたのではないかと思ってしまう。足で足をバーンと蹴ったりひっかけたり、器用に相手バランスを崩して勝っていたと思う。

時天空が亡くなってすぐ、入門直後はきまり悪くなると日本語がわからないふりしてごまかしていたこととか、部屋が世論問題視されていた時に懸賞金を手紙と共に返したこととか、時天空の人となりが感じられる話が世に氾濫して、そのどれもに心動かされ泣いてしまっていた。でも、亡くなってしまってその話を知るくらいなら、知らないでいていいから元気でいてほしかった。じゃんけんが弱いのもお酒が強いのも知らなくてよかった。おっかない顔の足技師としてにやにやさせてほしかった。40歳までは関取だと思っていた。やっぱり、あまりにも早すぎたと思う。

日々、自分の頭の中を好きなものでいっぱいにしていないとやっていけない。時天空もまさにその一部だった。でもその部分は時天空の形の穴になって、他の力士で埋めようとしてもなかなか埋まらない。時天空は、お腹は出ていたけれども膝下が不安になるくらいほっそりしていて、他の力士はそこがひっかかってしまうから駄目だ。

時天空は膝下に脂肪がなくてひきしまっていて美脚だった。その脚が器用に動いていた。またあんな足技が得意な力士が出てきたら面白いけれども、でもたとえ出てきたとしてもそれはまた別の力士で別の魅力があるんだろう。だから時天空の形の穴は埋められないのかもしれない。埋めなくてもいいのかもしれなくて、埋められないことそのものが、時天空という力士が代え難い魅力を持っていたということの証明なのかもしれない。

追記:ニュース相撲関係の悲しいことばかりが続いてつらくなる。口に出すのもおぞましいような表現特定力士侮辱する言葉はもう見たくなくてインターネットが縁遠くなる。協会のこととか理事長選とか、にわかファンわたしにはよくわからないしあまり興味もない。わたしはただ、土俵の上で色んな力士がそれぞれの最高の状態相撲をとっているところが見たいと思う。それを見てわくわくしたいと思う。

アメリカにおける児童ポルノ単純所持

Gleeのパック役で知られた役者マーク・サリング自殺した。彼は5万点に及ぶ児童ポルノ単純所持逮捕されており、通常なら20刑務所にいなければならないところを、罪を認めるなどの司法取引で、7年の刑期と20年の保護観察処分性犯罪者として登録される(住所と姓名がネット上に公開され、居住区なども制限されるやつだと思う)ことになっていた。享年35歳。アメリカでは「同情の余地なし」といった世論

これが日本で起こったらどうなるんだろう。単純所持でこの罰はそもそもおもすぎるという批判が飛ぶだろうか。たか単純所持やぞ、そもそも罰則化がおかしい、とか。そもそも児童性犯罪者データベース化にも反対の声が大きいだろうか。同情の声はやっぱりあがるのだろうか。

2018-01-28

anond:20180128174231

あの時代は、イスラム国家と同じぐらいのモラルだったんだよ

世論的には被害者側がわるものだったし私刑みたいなものだよ。

2018-01-26

小室哲哉の「引退

記者2 ミヤネ屋のシカナイともうします。今回の騒動、そして引退ということでダブルでショックを受けられた方も本当に多いと思いますあらためて、引退とおっしゃっていましたが、実際さまざまなプロジェクト始動していると思います。いつ頃、本格的にすべて音楽から携わるのを退くのでしょうか?

小室 先ほど申しましたとおり、自発的に「あれがやりたい」「これがやりたい」という音楽活動今日から退こうと思っております。そして今の話のような、それでも責任があるじゃないかと、「やってくれ」というもの責任は果たしたいと思っておりますので、不快な思いをされる方の目にはかからないようなかたちで全うしたいと思います

先ほども言いましたように、今、「まだやれよ」と期待をしていただいている方の制作に関しては、随時対応していこうと思っています

記者15 今後もファンの方となにかしらのつながりという場は持つことを期待をしてもよろしいのでしょうか?

小室 世の中の世論比率によるかなと思います。51対49みたいなことがありますけれども。その割合が「なんでもいいから、生き恥晒してでもいいか音楽つくれよ」という意見が何割あるのかというところで。

ファンというすごく不特定多数微妙表現よりは、この時代ですから数字に如実に全部出てきますので。その数字に従いたいかなぁと今漠然と思っています

引用は全部 https://logmi.jp/259338 から(3 ページ目と 4 ページ目から引用してます)

これは「引退しない」ということですよね。

ということを宣言しているわけです。

俺はこれまで小室哲哉の「音楽」については結構いろいろはてなで鬱陶しい評論を読んだことがあったのだが、「作詞家」としての彼の評価について読んだことはなかったし、また彼の作る曲の歌詞をじっくりと鑑賞してみたこともなかった(あらためて検索してみると結構彼の作詞家としての魅力を論じている人は多い、俺のインターネットへの向き合い方は怠慢であった)。

しかし、俺は今回この「引退」によって彼が圧倒的な言葉の力を持っていることを知った。この論点ずらしとごまかししかない「引退しない宣言」を人々に受け入れさせ、そして世論のほぼ全てを一瞬にして味方にすることができた。彼はこの世論をもって、見事に「復活」を遂げることだろう。

思えば、彼はもはや持ってもいない原盤権を売りつけるという詐欺をやった人物である詐欺とはまさに言葉による戦闘極北であろう。彼は、本当に圧倒的な言葉の力を持っている。そして、それを自分自身利益のためだけに悪用することをなんら躊躇しない、第一級の危険人物だ。

そのような魅力的な人物が作る歌詞に注目してこなかったというのは、随分もったいないことをしてきたと思うし、そういう点に注意してあらためて彼の提供楽曲を鑑賞してみようと思っている。

2018-01-20

anond:20180120101728

そうかな?

電通じゃないの?戦犯は。

政治よりも、テレビのほうがよっぽど世論を作るから

操られる方が悪いって言ったらそれまでだけど。

2018-01-19

けんちん・F氏の文章面白い その2

続きです。

問題点3:自論に対して黙秘反論する人に対し「擁護するから黙秘反論している」とレッテル張りを行い間違いを認めない>

ある意味一番の問題点だと思う。(感想

反論、又は黙っているって言う事は同じ穴の狢だからだ!演劇界は腐ってる!ふじこふじこ」みたいなのが多いように見えます。(感想


例:ケ

文章①より引用

ついでに福岡演劇人の反応や如何、と久しぶりに彼らのTwitterを覗いてみたけれど、事件に触れているのはほんのわずか。自分たち業界事件としては、

日馬富士暴行事件並の大事だって言うのに、何なの、この他人事ってな態度は。 仲間意識で触れないようにしているのか、脛に何らかの傷を持ってるのか、

逆にパワハラセクハラ福岡演劇界蔓延してるんじゃないかと勘繰りたくなってくる。

<以上引用

推論のすり替えに、「知ってるヤツが黙ってる=福岡演劇界蔓延してる」の主語の拡大と、さらに「黙ってる=同じ穴の狢だ」というレッテル張りをしている。こちら、けんちん欲張りセットとなっております


例:コ

文章④より引用

として、FPAPの高崎大志の件をTwitterで取り上げた。これは被害者の近くにいた人物が、被害者本人の了承を取った上で告発したもので、公的に判明した稀有な例だ。だからこそ事例として引用したのであるが、

被害者の知人から名前を出すな」というクレームを頂いた。 本人の弁を聞いたわけではないのだが、どうも被害者は、過去名前出しをしたことを後悔しているらしいのである

(憶測しかモノを言えないのは、非難してきた人物が、詳しい事情を教えてほしい旨を伝えたのに、無視されたかである)。

こちらとしては、パワハラの明確な実例として挙げたかったのだが、これも結局は「被害者泣き寝入りしたがっている例」として扱わざるを得ないことになってしまった。

これでは福岡演劇界には、セクハラパワハラもない、と錯覚されてしま事態になりかねない。 そういう「平和演劇界」にしたい人間が、この界隈にはごまんといるのだろう。

彼らは躍起になってこちらを攻撃してくる。加害者がまるで被害者のように振る舞って、周りの同情を買おうとする。卑劣手段を取って、恥じるところがない。

<以上引用

FPAPの件を被害者の知人から名前を出すな」と頂いた

名前出ししている事を公開しているらしい

これでは「被害者泣き寝入りしたがっている例」になってしま

そういう「平和演劇界」にしたい人間ごまんといる

彼らは躍起になってこちらを攻撃してくる。加害者がまるで被害者のように振る舞って、周りの同情を買おうとする。卑劣手段を取って、恥じるところがない。

凄くない?コレ。もはやセカンドレイプだよね。「知り合いの名前を出すな」っていうしごくまっとうな指摘が(しか理由の想定までできているのに)

パワハラの明確な実例としてあげるな」っていう「攻撃」に彼の中で脳内変換されてさらに「卑劣」とまで言ってのけてる。

ちなみにこの後「ここで手を緩めるわけにはいかない。」って続きます。アンタ一体誰と戦ってるんだ?


その2に続きます

例:サ

文章⑤より引用

 むしろ、私を詐話師のように仕立て上げようとする野村行為の方が卑劣まりないものであって、ああ、やっぱりこいつも市原と同じ穴の貉だったのだなと感じざるを得ない。

<以上引用

これはちょっと説明が面倒になるのですが、順を追って見ていきましょう。

1:野村氏が2017年12月28日noteにて(https://note.mu/nomuramss/n/ncf6decc718eb

"翌日、市原くんから被害者の方への謝罪と、私に対して詫びるメッセージが届きました。どう返したらいいか正直わかりませんでしたが、とにかく被害者の方のことを思うと、私自身、

許せるものではない。一方でSNS上は罵声の大騒ぎになっている。「友人として、これからの誠意ある行動を期待する」という言い方で「死ぬな」という念を送るしかありませんでした。"

記述。(きちんと読めば「死んで被害者の人から逃げるようなことをするな」という意味合いときちんと読み取れます。私はそう受け取りました。)


2:けんちん氏が2017年12月31日mixiにて

"野村氏は、市原電話で「死ぬな」と言ったとか書いているが、はっきり言って芝居がかっていてかえって白ける。電話でどのような会話をしたのかを「公的な報告」として記すのなら、

本来は今後の対応をどうしていくかについて書くべきで、こんなプライベートな心情吐露を垂れ流してはいけない。まるで、泣きを誘って、市原の方が被害者的な立場に見えるように、

話を粉飾しているようにすら見える。 "さらに"野村氏もまた、人間として最低な部類に属するのである。 "と批判

ちなみに、この際、野村氏のブログのURLを貼り付けています

(この時点で、事実が誤認(作り話)されています野村氏は『市原に「死ぬな」と電話で言った』とは一切書いておりません。)


3:野村氏が2018年1月4日

"どこにも、電話で話した、とは書いていない。この時点で「死ぬな」という言葉さえ伝えていません。しかるべき捜査機関に調べてもらっても同じ結論になります

完全に、けんちん・F氏の作り話です。・・「話を粉飾」してるのはどっちだよ!"と反論

そりゃそうだ。書いてませんもの


4:けんちんくんが2018年1月9日

"確かに、「電話で」とは書いていない。「死ぬな」も「念を送」っただけで、そういう言葉を伝えているわけではない。 けれども私は、野村ブログリンクを貼った上で、

上記記述を書いているのである。粉飾する意志があるのなら、そんなことはするはずがない。常識的に考えれば、野村が「メッセージが届きました」と書いているのを

電話で会話したのだろう」と捉えたのだと分かるはずである。おそらく実際はメールか何かだったのだろうと推測するが、はっきり言って、そんな連絡の手段なんか、どうでもいいのね。

そして、「死ぬな」という直接の言葉を伝えていないという点も、私が問題としているのは、そういう心情を市原に対して持っていることをわざわざ文章化していることが

被害者の心情を全く理解していないではないかということなのであって、これまた「作り話」という批判は全く当たらない。 "

反論さらに、これ以下の文章野村氏を延々と罵倒侮辱する内容に。


いやけんちん君、間違いを認めようよ。

野村氏は「友人として、これからの誠意ある行動を期待する」って言葉で「死ぬな」って念を送るしかしなかったわけ。

それを「電話で「死ぬな」と言ったとか書いている」って書いたのは作り話でしょ?音声データとか証拠があるなら別だけど、あんの?

さらに、間違いを認めず「常識的に考えれば、野村が「メッセージが届きました」と書いているのを「電話で会話したのだろう」と捉えたのだと分かるはずである。」

と、見苦しい言い訳。わかんねーよ!(笑)どこをどう読んだらそう見えんだよ。


例えばね、君のその後の発言を汲み取って『市原氏に対して誠実な対応を望むにしても、「死ぬな」という被害者に見えかねない表現はいささか問題があるかと存じます

実際の被害者の心情を慮った表現をした方が良いかと存じます』って批判ならわかる。

だけど"「作り話」という批判は全く当たらない。"ってのは違うぜ。だって実際に「野村氏が電話で「死ぬな」って言った」っていう作り話してんだもんアンタ。


"野村ブログリンクを貼った上で、上記記述を書いているのである。粉飾する意志があるのなら、そんなことはするはずがない。"とか

"元日記のリンクは貼っているのだから不正確で誹謗中傷だとまで言われるものではないことは誰の目にも明らかだ。 "って書いてるけど

意思があろうがなかろうが、リンク貼ってようが貼ってまいが作り話はしたんだからさ、「記事を読み間違えましたごめんなさい」って部分はきちんと認めようぜ。


でもって、この野村氏の理論的な反論に対して色々あった結果(皆さんの目で見てください)"野村への「最低の人間」という評価も、これだけの条件が揃えば、

的外れとも言いすぎとも言えないと、確信をもって言い切れる。"と、こう結論付けている。

謝ったら死ぬ病気の方でしょうか。

唯一、けんちん君の肩を持つなら野村氏がこの後カッとなったのか「けんちん・F氏がウソを認め、ウソをついてもいいと主張。 」

と書いたのはマズいと思いますよ。そりゃ野村さん、あなた感想です。けんちん氏がいう通り事実じゃない。


大体以上です。


<終わりに>

再度の通達ですが、私は市原氏を知りません。人としては最低だと思います。それだけです。彼が演劇に携わって欲しくない、とは思いますがその権利は私にはありません。

九州・全国の演劇界は腐ってない」とは言い切れないけれど、「腐っている」とも思っていません。いい人も悪い人もいるのは演劇界に限った話ではありませんし、

一般社会よりはちょっと問題が起こりやす環境ではあると思います

私がけんちん氏をこのように批判するのは「破綻した理論レッテル張りを垂れ流し個人批判する」その語り口が気に食わないだけです。

市原氏、野村氏、泊氏、高崎氏、その他、全ての個人に対して擁護批判を行うためにこの記事を書いておりません。

そして、かなり批判的に書いてしまいましたが以前のあなたの論評が好きでした。本当に。願わくば、元のキレのいい文章に戻ってもらいますように。



と、ラブレターじみて終わったものの、どうしても書きたい事もあるので書いてしまます、ごめん。

これは個人の感想であり言いがかりなので、誹謗中傷じゃねえかって言われたら反論できません。

先に謝っておきます、ごめんなさい。


1.彼の文章って「●●と思われても仕方がない」「●●も同然じゃないか」っていう、自分意見世論であるかのような言い回し頻発するよね。

朝日新聞記事みたい。「政府」を「演劇界」に変えるとわかるよ!

(以下朝日新聞コピペ

政府は何もやっていない」→自分たち好みの行動を取っていないという意味

議論が尽くされていない」→自分たち好みの結論が出ていないという意味

国民合意が得られていない」→自分たち意見採用されていないという意味

「内外に様々な波紋を呼んでいる」→自分たちとその仲間が騒いでいるという意味

「皆さんにはもっと真剣に考えてほしい」→アンケート自分達に不利な結果が出てしまいましたという意味

「心無い中傷」→自分たち反論できない批判という意味

「本当の解決策を求める」→何も具体策はないがとにかく政府等のやり方はダメだという意味

異論が噴出している」→自分たちが反対しているという意味

「各方面から批判を招きそうだ」→批判を開始してください

「~なのは間違いありません」→証拠が何も見つかりませんでした

両国対話を通じて~」→中韓に都合の悪い行動はやめて中韓の言うことを聞け

「問われているのは~」→次に中韓市民団体に騒いで欲しいのはここだ

表現の自由報道の自由」→捏造記事)の自由偏向報道)の自由

人権尊重」→(中韓に有利になるように)人権尊重しろ

右翼」→自分たちにとって都合の悪いことを言う人


2.一々例えに映画とか小説を使うあたりが「ザ・映画オタク(通ではない)」って感じで気持ち悪い。

吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』の冒頭で提示された問題はそれである。とか

たとえ市原が消えても、第二、第三の市原が現れる。市原ゴジラだ。ただ倒せばいいというものではない。とか。

こんな駄文のダシに使われちゃ名作も浮かばれんわ。


3.聞いてもいない自分語りナルシシズム自意識過剰気持ち悪い

から「俺も昔あんたにセクハラされたって、#MeToo に書いてもいい♪」って言われたが、それこそ貴様ハニートラップじゃないか。とか

コメントの「もしもあなたのところに直接あいつらがコンタクト取ってくるようなことがあったら教えて。今度こそ、命に代えてでも守るから。」とか

「今回の件に絡んで被害者本人から説明を受けて、例えではなく、本当に嗚咽し、悔し泣きをした身だ」とかね。単純に気持ち悪い。


4.これ率直な疑問なんだけど、なんでそこまで九州演劇界を憎んでいるの?

単純に、九州演劇界はここがダメ、っていう根拠を、他の地域演劇界比較した形で

団体名と具体的事例で事実と推論を分けた形で読んでみたいです。ほんとに。

他の地域演劇界のいいところを教えて欲しいもんです。


現場からは以上です。  

自分は何年もウナギ食べるの我慢してたのに、みんなウナギ食べるのをやめてくれなかった」とか嘆いている奴、意味不明

ツイッターの片隅で、口先で「私は食べません」アピールしたところで、どんな社会的影響力があると思ったのか。

心ある市民草の根運動で、乱獲が止められると本気で思っていたのか。

テレビ報道はいつ見ても一貫していた。ウナギが少なくなっているのは中国のせい、黒潮のせい、異常気象のせい、たまたま遅れているだけ。いずれは完全養殖でなんとかなる。消費を控えるなんてとんでもない。さあ、土用の丑の日にはウナギを食べよう!

だってスーパーに行けば売ってるし、店でも食べられるし、絶滅なんて嘘でしょ大袈裟に騒いでいるだけで。

絶滅しそうなものが売られているなんて、常識的に考えてありえない。だからウナギは食べてもいい。

誰かが買わなきゃ廃棄されるだけ、勿体ない。買わないなんてありえない。食べ物大事にしないと。

店の人も商売だしね。誰も悪いことしてないのに、どうして非難されなきゃいけないの。』

そういう空気を変えるために、ツイッターでちょろっと「私はウナギ食べません」アピールたからって何になるんだよ。

国が動かなきゃどうしようもねーんだって、それこそ何年も言われつづけてきただろ。

でも、国を相手要求するってことは避けてきたんだろ。世論に訴えるような積極的言論活動すらしてこなかっただろ。

資源保護大事だけど、自然保護団体みたいなことはやりたくない、活動家思想家には見られたくなかったんだろ。

権利団体権力とぶつからずにこの問題解決できたわけねーだろ。

自分生活がある無垢一般市民だし、そういうことは賢い人たちがなんとかしてくれるべきって姿勢

「私は食べない」しか主張してこなかった奴が被害者ぶって他人の消費行動を責めてるの、気分悪い。

新聞を購読する意味

ネットの普及で新聞を購読する人が減っている。理由は金の無駄から。だが、私はこの主張に疑問を感じる。なぜなら新聞社情報ネットニュースよりも正確だからだ。もちろん裏を取らない情報を垂れ流したり特定事実を隠し世論誘導することもある。しかし多くの場合新聞事実を正確に伝えている。あとはその事実の中から関心のある情報を手に入れると良い。その方が効率良く情報を集められる。正直、毎月の新聞代は負担だが不確かなネット情報に振り回されることを考えれば必要投資と言える。

2018-01-16

[] #47-4「嫌煙の仲」

この失敗を踏まえ、タバコについてより広く定義された。

これでタバコはなくなる……とはいかなかった。

定義されても、その度に企業わずかな隙間を抜けて新たなタバコを作り出したのだ(厳密にはタバコという名称ではなく色んな名前がつけられていたが、みんな普通にタバコと呼んでいた)。

そうすると自治体は新たにタバコ定義を加えたり変えたりする。

企業企業でその度に新たにタバコを作り直すというイタチごっこがしばらく続いた。

最終的に自治体企業のもの圧力をかけることで、この流れは沈静化する。

だが、この頃になると世論の流れが大きく変わりつつあった。

こういったタバコの中には、煙が出ないので他人に害を与えないものも多くあった。

それらまで禁止にすることに疑問を抱く人たちが、非喫煙者からも多く出てきたのだ。

そもそもタバコを吸わない人たちが禁煙法に賛成していたのは、副流煙による健康被害や紙巻きタバコ特有のキツい匂い理由としていたのが大半である

吸わない大衆にとっての分かりやす理由がない以上、全面禁止を訴える声も必然小さくなるのだ。


そして取り締まり問題もあった。

ちょっとそこのあなた、それタバコじゃないの?」

「いや、タバコじゃない」

「けど、その筒はパイプのように見えるけど」

「これはパイプじゃなくてポエプ。煙はフィルターによって有害でもないし、無臭から匂いもつかない」

「え?……だったらいいのかな……あ! そっちのあなたは違うでしょ」

「いや、これ単に寒いから白い息が出てるだけ」

度々起きたタバコの再定義に組員が対応しきれず、ロクに取り締まれなかったのだ。

そして、この頃になると喫煙行為は、歩行者信号無視くらいに有名無実化していた。

自作で“タバコっぽいもの”を密かに楽しむ人が増え、時にはそれを売り叩こうとする者までいたのだ。

当然、そんなことが裏で起きているのを苦々しく思っている人も多い。

その中でも特に眉をひそめていた層は自治体……ではなく元タバコ組合だ。

そもそもタバコ販売は、地域で競合が起きないよう組合で決まり存在していた。

それが禁煙法で丸ごとなくなったのをいいことに私腹を肥やす人間に対し、元組合の者たちは不満を募らせていた。

そうして元タバコ組合は一念発起し、秘密裏再結成される。

「サクリム組合」の誕生だ。

市場に出回る粗悪品は排除し、よく出来たタバコを作っていた者は組織に引き込んだ。

当然、「サクリム組合」の統制を快く思わないタバコ販売人も多かった。

そういった者達で立ち上げたのが「シューリンガン互助会」だ。

こちらは烏合の衆過激派であり、黒い噂が絶えない。

このため「サクリム同盟」とはしばしば小競り合いが発生し、そこに自警団が介入した日には収拾がつかないことも珍しくなかった。

結果として、禁煙法をきっかけに治安まで悪くなってしまったのだ。


そしてその二つの組織の争いは、いよいよ大規模なものへと発展しつつあった。

俺たちはマスターの店から遠巻きに、その様子を眺めていた。

社会を回すためにルールがあるのに、そのルールのせいで乱れるなんて皮肉なこともあるよな。有害もの禁止にするという点では、決して悪法というわけでもないのに」

マスターたちは談笑していたものの、俺は心のうちに焦燥感を抱えていた。

こうして今の状態を静観しているのは危険だと思ったのだ。

ハトタカの争いも、鳥に関心のない人間からすれば同じ動物同士の戦いでしかない。

あの二つの組織の争いが激化し、表面化すれば事態は更に悪化することだろう。

マフィアの抗争じみたことが起きて、一般社会にまで波紋が広がる可能性がある。

「何とかして止められないものでしょうか」

「それは構わないが、あの二つの組織をどうこうしても根本的な解決にはならないだろう。その場しのぎにしかならない」

もっと別のアプローチ必要ですな」

「それって、つまり……」

禁煙撤廃とか、だね」

かに禁煙法がなくなれば、以前のようにタバコ組合が公に活動できるから統制しやすくなる。

だが、禁煙法を撤廃するなんて可能なのだろうか。

禁煙法に相応の理由がある以上、撤廃することにも相応の理由がなければ政府は動かないと思うのだが。

事態を収拾するという名目だけでは弱い気がする。

「ま、ちょうどいいタイミングだろうな」

タケモトさんたちはゆっくりと立ち上がった。

その動きには焦りも迷いもない。

何らかの打算があるのだろうか。

(#47-5へ続く)
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