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はてなキーワード: パートナーシップとは

2022-08-27

りゅうちぇるの件、俺に置き換えてみた

例えばの話

俺は異性愛者だけど、たまたま好きになった人が男だった

その人と向き合うためにその人が求める同性愛者の男から見て理想的彼氏になれるよう努めてきた

そのままパートナーシップを結ぶことになり、相手たまたま有名人だったか自分もセットで有名になり

その人にふさわしい自分でいるために「いい彼氏像」であり続け、いい彼氏でいるためにするべきことなどを発信してきた

が、そう振る舞うたびに、発言するたびに「本当は異性愛者なのに」ということが頭にちらつくようになり

騙すつもりはなかったけど、ずっと信じてくれているパートナーファンに強烈な罪悪感を抱くようになり、次第に耐えられなくなる…

みたいな?

それはきついかもなー

2022-08-13

anond:20220812152434

端的にパートナーシップが築けてないだけなのにそのタイトルつけるの歪みすぎ

そんなんじゃたいていの人間増田とはまともに仲良くはなれんよ

2022-07-18

anond:20220718081655

幸せ家族づくりが、育てられたままの人生の延長線上にかなわない人の話をしてるんだよ

幸せ家族を持つには、孤独自分愛着規範の修整が必要なんだ

稀に宝くじのような偶発幸福で、壊れた人間相手パートナーシップを結べる人と出会えることもあるだろう

しかしそれは親密な関係になる以前に遭遇自体が相当に稀であるし、そうでない場合ほぼ例外なく強烈にパートナーと傷つけ合うことになる

故に自らの幸せ家族を作るためには、生家の呪縛や家庭という概念から一度きっちりと逃れる必要がある

無論、それらの結果うまく行かなかったから人を殺すは社会的に通らないが、なら家庭を持てばよかったにはならない

歩けず焼け死んだ人に「火事からなんで逃げなかったの」と問うのと同じことだ

2022-06-30

最近読んだ日常オブ日常系のBL二つ。(ネタバレあり)

 すごく何も事件が起こらない日常系BLと、やたら評判のいい日常系BLを読んだ。ストーリーをどったんばったんさせないで描く漫画家技量が高いというから期待しつつ、コケていた場合がっかり感が凄そうなので、びくびくしながら購入ボタンぽちった。


ジョークスタートルームメイト』(くらのね吉)



あらすじ

 サラリーマン野間は、家が職場から遠い事と最近恋人にフラれた事を十年来の友人・相良に愚痴った。そして冗談で相良にルームシェアを持ちかけたところ、あっさり承諾されておののく。

 ルームシェア野間が新しい彼氏を見つけるまでという期限つき。だが、面倒臭がりな野間彼氏探しは捗らず、しかも相良との暮らしは心地よく、ずるずるだらだらと共同生活は延長されてゆくのだった。

 ところが、そんな野間に相良はいっそルームシェア同棲に切り替えるかと提案してくる。つまり付き合っちゃおうということ。約十年の付き合いの中、最初から互いにゲイであることをカミングアウトはしていたものの、そういう意味での好意を持っている素振りを全く見せなかった相良が、同棲した途端に容易く恋人モードを出してきたので、野間困惑してしまうのだった。

増田感想

 まず、突飛な事件が何一つ起きない事に驚いた。何か特別なアビリティがある訳でもないごく普通大人日常恋愛物語。いやこれ恋愛っていうのかな? それくらい恋愛感情の盛り上りもない。でも、現実にはこう、お互いに相手を熱烈に好きな訳ではないが、なんか気が合うし歳も歳だし結婚ちゃう? みたいな感じで結婚する人って、たまにいるよね……。このお話舞台現代日本でありつつ渋谷区ではないのか、結婚というかパートナーシップ宣誓書を出すまでには至らないけれど、事実上結婚生活(付き合いが長すぎるせいで既に熟年ふうふの貫禄がある)のような漫画となっている。

 強いて特異な点を挙げるならば、カプの片方(受け)が極度のものぐさ太郎であるにも関わらず、家事が片方に押し付けられはしないということだろうか。そんな関係性はある意味理想だ。たいてい『おっさんずラブ』みたいに、いつの間にか攻めが家事を一手に引き受けて地味なスパダリ化してしまうのが、最近BLあるあるだと思うのだが(偏見)。

 すごく何も事件が起こらないのだが、主人公野間の心情のわかりみが深い。とても仲が良すぎて「親友」と言うのも恥ずかしいくらいの相手恋人の前でどう振る舞うのかなんて、出来る事なら知りたくないし見たくない……それな! 付き合ったからっていきなり恋人っぽい事しなくてもよくない?……それな! いわゆる「ぬいペニ」問題にかすりそうでかすらないくらいの所で野間悶々とするところが、読んでいてたのしかった。

 一方、付き合った途端に恋人モード出して野間にべたべたくっつこうとする相良というのも、野間視点では急にどうした!? と思えるんだろうけど、でもまあ「恋人」という言葉の枠に囚われてそれっぽい事をしてみたくなってしまうのは、にんげんだものそういう事もあるさって感じで解らなくもない。ストーリーの終盤辺りで相良の内心が明らかになるんだけど、やっぱり別に前々から野間に対してめちゃめちゃ恋患っていたという訳ではなかった、というのがリアルっぽくてよかった。

 濡れ場もまためちゃめちゃ地味。恋人になるかならないかの決定打が欲しいというので、付き合う前に致すという慎重さが大人恋愛物語っぽくていい。濡れ場2回目の翌朝「寝坊しない」って最中に言ってた方が寝坊して朝ごはんがやや雑になり、平日の夜は致さなルール決めをする所がほほえましい&もう若いとは言えない大人のくたびれ感があって趣き深い。ちなみに、濡れ場にアクロバットな事をしないで雑談とかするシチュエーションが私は好き。

 男女の恋愛でもあり得そうな話だけど、男女カプだと周りがけじめを着けろだのその人でいいの? だのと口を挟んできがちで、二人の間だけで方向性が決まるという事にリアリティーがないかもしれない。そこを、男同士のカプだからパッと見ただの友達同士で、他人の下世話な好奇心には引っ掛からない関係性で描くというのは上手いなと思った。まあでも、もしも漫画の下手な人が描いたら目も当てられない作品になっただろう。なので、ジャンルとか問わずシンプル面白い漫画を読みたい人にもおすすめ作品だと思う。

 友達関係から恋人同士にシフトチェンジすることに苦労するBLというと『リカー&シガレット』(座裏屋蘭丸)もある。


『となりのメタラーさん』(マミタ)




あらすじ

 大学院生の遣斗は、安さ最優先でガス栓の壊れた物件引っ越しして凍死しかけた所を、隣人の壮志に助けられ、しか朝ごはんまでご馳走になった。

 壮志の手料理にがっつりと胃袋を掴まれしまった遣斗は、それ以来ずっと壮志にご飯を作ってもらっており、気付けば丸一年暮らしていた。

 何故かほとんど喋れない寡黙な壮志は筋金入りのメタラー。遣斗はつい壮志の気を引こうとして壮志の「遠征」に着いていってしまう。メタルライブを楽しんだ二人だったが、酔い潰れてしまった壮志に対して、遣斗は恋心を自覚。だが遣斗は壮志にまだ自分ゲイだということをカミングアウトしていなかった。壮志はおそらくストレートであるが、性的指向がどうとか以前にほとんど口が利けないので、遣斗には壮志の意思の確かめ様がない。

 翌朝、壮志が目覚めると遣斗は既にホテルを出た後で、以来音信が途絶えてしまい……。

増田感想

 表紙絵に惹かれて購入。半袖で過ごせるほど暖かくしたお部屋で炬燵にあたりながら朝ごはんを食べている二人の図。背景にはメタラーの極まった感じの本棚CDDVDラック。画面右側のメタラー・壮志さんの傍らには編み物道具。青みがかった日差しが雪の積もった朝の光って感じで、室内の暖かさを引き立てる。

 メタル雪国日常の融合したイラストというのは、メタルの本場が北欧であるという事を知っている人にはなるほどなーと思われるらしいが、全然知らない私には奇跡の融合・ギャップ萌えに見えた。

 この漫画もまた、事件という事件は冒頭で遣斗が凍死しかけたのを壮志が助けた事と、後に遣斗が別に起こさなくてもいいような最低な別れ話を引き起こすくらいしか起きない。前述の『ジョークスタートルームメイト』の感想の中で、私は男同士の関係性には他人横槍が入り難いというような事を書いたけれども、この『となりのメタラーさん』は遣斗の友人もまたゲイなので、恋愛相談で遣斗が〆られる展開あり。

 メタラーさんこと壮志は明らかに吃音症か緘黙か何かを患っているが、彼の抱えた困難は生まれ持った何かというだけで病名はつけられていない。へたに病名を着けてしまうことで同じ病気を持った人への偏見を植付けてしまわないような配慮なのか、読者が病名で検索して知った風にならないようにする為なのだろうか。まあとにかく、病名のないことで壮志というキャラを見る時に変なバイアスがかからないのでいいなと私は思った。

 ところが、病名を明記していない事でそれを「病気」だと思わずに、壮志の性格を「ムカつく」といって非難したレビュアーもいたりするので、何でも物事は良し悪しなのかなあ。それくらい読み取れよとも思うけど。表現って難しいな。

 壮志の「自分の思いを言葉にするのが難しい」という性質は治るようなものではないらしく、しか家族職場人間関係には恵まれており、過去には辛い事もあり、今でも世間に出れば嫌な思いをする事が多々あるということが描かれている。

 彼の身近な人々は、言葉の出ない事にイラついたり急かしたりはしない。しかし彼のような人に対しての最適な関わり方を知っているというわけでもないようだ。(例えば壮志の職場店長言葉に詰まる壮志を、自分自身が焦りながら落ち着かせようとしている→壮志は余計に焦ってしまう)

 だが、遣斗だけが壮志の言葉を「待つ」というのをさりげなく、だが明確に態度で示した。それは遣斗が幼児教育研究する大学院生であり、実際にバイトという形で保育に携わっている人だからである

 そういう、文章によらない漫画描写が繊細な作品。人の言葉当意即妙の返しは出来ない壮志に合わせるかのように、ストーリー恋愛ゆっくり進む。舞台雪国でもっぱら季節は冬なんだけどハートウォーミングな話だった。

 そしてこれ、商業BLレビューサイトではかなり評価が高い作品。実際良いと私は思うけど、他のレビュワーの「泣いた」っていうのは言い過ぎかな。私的にはほっこりするって感じ。

2022-06-23

弱者ポリコレに冷ややかな目を向けるのは、彼が絶望してるから

自分弱者なのにポリコレに冷ややかな目を向けがちで、むしろ自己責任思想に接近しがちな人たちがいる。

そういう人は強者ではないのに弱肉強食指向するのはおかしいと言われがちだけれど、私は自己責任に寄っていく感覚もわからなくもない。

自己責任に接近してしま弱者には、絶望があるんだと思う。

太古から一般論としては、時代が変わるにつれて価値観は変化するし、概ね道徳観は向上していくものだ。

でも、ここ数十年の変化の方向(ポリコレと呼ばれることが定着したもの)が軒並み自分の生きやすさに繋がらない状況が続いてるなら、「ああ、少なくとも私が生きている時代道徳の救済対象からは私は外れてるんだな」って絶望するのはわかるよ。

自分が救ってもらえないか絶望するなんて甘いこと言ってないで自分で声を上げろ」って言いたくなる人もいるだろうけど、しかし、ちょっと声をあげた人も民間レベルでは叩かれるし、トランプみたいな大統領誕生させるという「快挙」を果たしてもそれが世界の潮流を変えなかったという失敗経験絶望を強めるに足る。



日本自民党が一強だし世界でも保守派が強くなってるのに、世界の潮流がポリコレ寄りと考えるのはおかしい」と言いたくなる人もいるだろう。

去年カズオ・イシグロがリベラルに苦言を述べた記事が話題になった時も、彼のリベラル側の人が理解しないといけないのは、ストーリーを語ることはリベラル側の専売特許ではなく、誰もが語る権利があり、私たちはお互いに耳を傾けなければいけないということです」という発言に、非リベラルの方が政治的権力が強いじゃないかとの反論があった。

それについては、ジョセフ・ヒースがインタビューで紹介している考え方を踏まえれば、カズオ・イシグロの指摘も理解しやすい。

文化政治を追求するのを選ぶ際に,左派の方が実はすぐれた戦略採用していたとバノンの方は考えていた,という点です.『我々はホワイトハウス占拠したが,かたやリベラルハリウッド占拠するのに専心している』と彼は発言しています.つまり右派国家支配しているけれど,左派文化産出の道具を支配しているというわけです」という部分だ。

ポリコレ的な思想が、ハリウッドSNSキャンセルカルチャーSDGsを主導したことで、ある種の人間には「これから私たち待遇はよくなりそう」と希望を与えたが、その希望の分配から取りこぼされた(にもかかわらず他人希望実現のための協力は要請される)人間ポリコレ絶望したくなるのだ。

取りこぼされている人でも、最初の頃は素朴な正義感によって「今は私には直接益がないけど、でもマクロでは良いことだろうからポリコレ支持しよう」と考えることはあるだろう。

でも色々な物語現代文化が自分を省みない方向に変化していく傾向が続き、私生活では自分老いていく、そんな生活の中で絶望に接近する人が増えてしまう。



から、これまでポリコレ思想が後回しにしてきたり、なんなら反省ばかりを促してきた「弱者とされない弱者」層にも、燦燦とした希望を与えなければいけない。

そのための物語ポリコレリベラルの名の下に作らなければいけない。

最近だと同性婚禁止合憲であるという地裁判決が出たが、それでも今後十年でパートナーシップ制度は広がっていくだろうし、改憲が行われれば同性婚保証される目は十分にあるという希望は力強いままだ。

それと同種の希望を、弱者男性とか喪女とかインセルとかロリコンショタコンとかトーキッズとか地方おっさんおばさんとかプアホワイトとか反社反グレとかマイルドヤンキーかにも見せなければ、彼ら彼女らの絶望弱者強食自己責任への接近を防ぐことはできないだろう。

雑踏で凶器を振り回す物語、暗黒啓蒙物語面白パフォーマンス政治立候補者投票して世間を困らせる物語戦争が起きて皆が大騒ぎの物語自殺物語、それらよりも魅力的かつ彼ら彼女らが主役になれる物語必要なのだ

2022-06-20

やっぱり同性婚支持者って無能の味方になりそう

anond:20220613094136

今回の地裁では同性婚全部退けられたわけだ

この調子で言ったら最高裁同性婚違憲まであり得る

そしたら同性婚が実現するのはいつかな

現役の結婚適齢期の人たちはもうしわしわになってそう

同性婚ではなく、必要権利法律をまとめてパートナーシップ制度として実現目指してたら今更幸せパートナーになってたろうに

誰に焚き付けられて自分たち幸せ放棄させられてるのか

やっぱりリベラル(笑)だよな

2022-06-16

anond:20220615172956

「既婚者という身分と、世帯という概念やそれに付帯する制度を使って生きていきたいからね」

それをパートナーシップ制度で実現するって話だろ

アホか?

結婚最高裁までもつれるからお前の結婚適齢期には無理だぞ

違憲とされたらお前が生きてる間には無理かもな

パートナーシップでなら明日から始められる

そういう話だぞこれ

2022-06-15

anond:20220615115818

私は戸籍制度に反発する異性愛者なので、入籍しない事実婚選択していた。住民票は同一世帯にしたし、結婚式もあげたけど、入籍しなかった。

しかしここに書かれたような事情、たとえば入院保証人とか手術の同意書とかと、加えて、子ども親権問題で、法律婚という制度を最終的に選択した。生活者としての選択です。

なので、日本ではもっとゆるやかなパートナーシップ制度があってもいいと思うし、同性婚運動の人たちも、戸籍制度撤廃連帯してくれないかなー、と思っている。

そもそも結婚価値なんかもうねえだろ

どういう統計の取り方してるのか知らんけど離婚率が3割で

フェミ学者サマも女が離婚したい分には「それは仕方のないことだから子供も祝福しなさい」みたいなことをヘーキで宣うわけじゃん

永遠の愛なんてもうどこにもないのよ

ならパートナーシップとやらが今更ナンボのもんじゃい、って正直思ってしまうわけ

ゲイだのレズだのの皆様って、もうすでに大穴の空いたような船に乗りたいんですかね?

本当に?

anond:20220615152602

世界中結婚とは別のパートナーシップ制度出来てるの知らんの?

黙っておくべきなのはお前だバー

頭わるいな

anond:20220613094136

LGBコミュニティでは、昔っからそういう形で同性婚批判する議論はありますぶっちゃけ50年以上前からあったし、今も同じ事を言ってる人たちはいます

まずゲイ男性同性婚批判について。ハッテン場とかをイメージしてもらうとわかるけど、ゲイ男性界隈というのはだいたい性的交流交渉に対してオープンで(享楽的ともいう)、短期間に多くのパートナーを持ったり、ワンナイトだけと割り切ってたりと、特定相手との排他的関係(モノガミーシップ)に拘束されたがらない人達が多かった(今でも多い)です。アクティヴィストも、基本的にはこういう行動パターン自分たちが創り上げた独自ライフスタイルゲイライフ)、異性愛主義から解き放たれたゲイ男性独自文化的資産とみなし、肯定的に捉えてました。

もちろんそれは、同性との持続的関係を公にしつつ生きることが難しい時代背景ゆえの事情でもあったし、一方で60年代ヒッピー文化でもフラワーパワーとかと並んで性の解放が訴えられてたという事情もあったんですけど、まあ時代の空気だったんですね。で、そういうライフスタイルが主流だったゲイ男性の多くにとっては、「同性婚」というのはあんまりピンと来ないテーマだったんですよ。俺たちがヘテロの真似してどうすんの、という。米国でも欧州でも日本でもこういう言説は根強くありましたし、当事者自身がそう書いている書き物も多く残っています

もう一方のレズビアン界隈での同性婚批判について。こっちはこっちで、結婚制度を「男女の性役割分業を究極的に固定化する差別的制度」という風に見る人たちが多かったんです。今よりもレズビアンフェミニスト的な立場人達の影響も強かったし。家父長制と結婚制度こそが世の女性たちを抑圧しているシステムなんだから、それを自分たち模倣するなんて…という抵抗感もありました。

そもそも当時は、「同性同士が結婚する」というアイディア自体、多くの当事者にとっても突飛な、想像を超える、およそ現実的でない絵空事だったんですよね。大半のゲイレズビアンは、そんなことが本当に実現するとは思ってもいなかったから、それを目指して社会運動したりもしなかった。そもそも「昼間の世界」でカムアウトすること自体自殺行為みたいな時代です。同性愛という性的指向を詳らかにして堂々と同性パートナーと暮らすことすら難しかったわけですからさらにそこに法律婚の仕組みを適用するだなんて発想を持つ人はほとんどいなかったんですね。もちろん「同性のこの人と結婚できたらいいなあ」と夢想する人達は当時もいましたけど、それは多くの場合ロマンティックなファンタジーとして語られていた。結婚制度を同性間に拡張することで、異性カップルに認められているさまざまな社会的権利自分たちも獲得しよう、という発想はまだ乏しかったんです。

こういう流れを一変させたのが、80年代AIDSパニックです。若い人は知らないと思いますけど、日本でも当時はプライバシー侵害なんかガン無視した、壮絶なパニック報道がありました(参考: https://www.janpplus.jp/topic/433 )。今でこそHIVAIDSは、発症抑制も症状の緩和も可能な、生活態度次第では余命を全うできる病気になりましたが、発見当初は本当に不治の病だったんです。震源地ひとつとなった米国ゲイ界隈はもう本当に凄惨な状況で、各都市コミュニティ自体が壊滅し消え去ってしまうほどのパンデミックになりました。バスハウス(ハッテン場)で活動的だった人達を中心にゲイシーン全体に感染が広がり、次々に病み、衰え、死んでいったんです。その中にはもちろん、互いに大切に思っているパートナーと長期的関係を築いていたカップルもいました。その経緯を通して、パートナーの病と死に伴う課題、つまりパートナー医療・看取り・相続などについて、同性愛者は全く権利がなく、法的にとても脆弱立場にある」ということがコミュニティに深く認識されることになりました。

結婚というのは、恋・愛から始まる親密な関係に確固とした法的枠組を与えてくれるものであると同時に、人が生きていればいずれ来る病・苦・死のリスクに対して、信頼できるパートナーと共に備え、支え合うことを可能にしてくれる枠組でもありますAIDSという歴史的な苦難は、そのことへの経験想像ゲイレズビアンコミュニティ全体に与える決定的な機会になりました。「ゲイの老後」という、それまであまり語られなかったトピック海外でも日本でも注目され始めたのこがこの頃です。多くのゲイ男性が「自由享楽的ゲイライフ」という夢の先にある、生活者としての現実シリアスに捉えるようになった…といってもいいかもしれません。これを保守化と取るか、成熟と取るかは人によって違うでしょうが自分後者だと思います

AIDSパニック以後、ゲイレズビアンアクティヴィズムが一気に同性婚推進路線に舵を切ったわけではありませんが、パートナーシップに対する法的保護ニーズを求める声はじわじわと広がっていきました。そして、米国各州で一部当事者法曹支援者同性婚訴訟を起こして、そのうちいくつかで良い結果が出続けたことで、同性婚に対して微妙葛藤を持っていたアクティヴィズム界隈でも「これは行けるかもしれない」という手応えがでてきて、徐々に同性婚をめぐる権利運動が主流化していきました。このあたりの経緯は、ぜひジョージチョーンシーの『同性婚 ゲイ権利をめぐるアメリカ現代史』をお読みください。




というわけで、実は元増田意見は割と真っ当というか、問題の芯をとらえてます。というのは、元増田が書いてることは、かつてのレズビアンゲイコミュニティでの典型的同性婚批判ロジックとしっかり符合してるからです。

自分同性愛者だったら絶対結婚とか目指さんけどな

だって結婚って異性であることを前提とした文化制度法律じゃん

そんなもん同性パートナーとのルールとして採用したくないわ


これは上でも書いた「異性愛前提の制度模倣従属すべきでない」という声。

それよりも新しく同性パートナーと生きていくのに必要なことを自分たちで決めてそれを法律に落とし込んでいく方がいい

それが多様性だろ


これは「既存結婚制度に縛られない、よりフラット意味合い法律関係シビルユニオンPACSパートナーシップ制度など)」を求める声。これについては、保護される権利が同等でない「まがいもの」で満足すべきではない、という批判もあったりして、結局それぞれにニーズのある人達がそれぞれの路線運動して、結果的に両方が実現していくという流れがあります

よく話聞いてると同性婚目指してる人たちって、結婚恋愛のゴールだと思ってる節あるんだよな

から同性愛者にも恋愛のゴールとして結婚させろと言ってるみたいでアホっぽい


恋愛のゴールとしての結婚」も、やはり異性愛主義ロマンティック・ラブ・イデオロギー模倣とみなす批判はあります。一方で、先のチョーンシーはゲイ歴史学者で「自分同性婚法律化されても利用しないと思う」という立場ですが、それでも同性婚をめぐる運動当事者を強くエンパワーしていることははっきり認めています。やっぱり法律婚って、そのパートナー関係に対する社会的承認象徴なんですよね。その関係行政公的に認め、社会も追認する。そういう承認を得ることが当事者にとってどれほど心強く、報われる、喜ばしいことなのかは、想像していただければわかるのではないかと思います

元増田のような問いを受け止めつつ、それでも諸々の紆余曲折を経て、同性婚の実現による法的権利社会的承認の獲得に向かって前進してきたのが、今のレズビアンゲイコミュニティだと思います

2022-06-11

同性でルームシェアするときパートナーシップ制度があると有利になってズルいみたいな話

行政ハックだなぁとしか思わんのだけど

女性が一人で家を借りられない社会の方が問題では

2022-06-07

同性婚って言うほど必要か?

病院家族として立ち会えない→パートナーシップ制度でいいよね

相続とか法律適用されてない→養子縁組でいいよね

差別だ→結婚とは別の同性間のパートナーシップ制度を制定を阻むものはないわけで差別ではないよね

一体みんなどこら辺を見て同性婚あるべきだって言ってるの?

2022-06-04

anond:20220604121507

ポリコレではパートナーシップ持ちが格上だよ。高齢未婚童貞みたいなのはマスキュ体育会系馬鹿にされるのは当然として、ポリコレからも一番忌み嫌われるタイプ

パートナーがいない時点で異性愛同性愛か以前に、誰から相手にされない、なんかの問題を抱えてるようにしか見られない。

2022-05-22

「女さん」みたいな揶揄をしながら女性結婚したいと公言する男性

自分が見下してる(としか思えない)存在パートナーシップ築きたいとかよくわからないんだけど、本当になんでその感じで「結婚したい」なのかよくわからない、謎……

2022-05-14

anond:20220514230740

キリスト教って女は感情的教義理解できない(それは教育を与えられてなかったのもある)と考えたので

修道士の男だけで引きこもりお互いを尊敬しあって、男女のそれなんかよりも遥かに優れたパートナーシップとか思ってたんよ。

そこに修道女は入らない。「女も修道士ごっこしたいなら、やりたいやつだけやっとけば?」みたいな感じで結構放置なんだよな。

修道士の俺たちの関係こそ至高!!みたいな古典結構あるよ。

2022-05-12

スパイファミリー逃げ恥も結局、「やっぱり家族っていいね」になる

スパイファミリーアニメを楽しく見ている。

ウクライナ情勢で戦争とか諜報に神経質になる昨今にしては、リアリティーラインが低いおかげで気を抜いて見れるのがいい。

あとアーニャかわいい

逃げ恥は、漫画は未読だったが、ドラマは毎週楽しみに見ていた。

ガッキー星野源リアル結婚にきゃっきゃしたくらいにはハマっていた。

これらの作品には共通点がある。

どちらの作品も、仕事遂行のため、効率性のため、社会的圧力をかわすためなどの、「愛情ではない理由」で偽装結婚をするのがストーリーの出発点、骨格になっている。

そして、そんな偽物の家族パートナーシップが、いつの間にか「本物の家族」、「本物のパートナーシップ」になるというところがエモくて、ウケている。(と自分勝手に思っている。)

まり、「旧世代やら社会のの結婚押し付けうぜぇ」という入り口から、でも幸せ結婚したいよねぇっていう気持ちに対して、ほらこれが見たかった家族でしょ?って提示してくれる。

一見「家族」ということのアンチテーゼっぽい作品なのに、実はゴリゴリ保守的幸福感を提示してウケているのが、興味深い。

個人ライト感想です。本当に好きなファンの人がイラつく書き方だったらごめんなさい。

あとアンチテーゼって言葉を使ってみたかっただけです。

2022-04-25

anond:20220425100814

煽り以外の反論がつかないのを見ても前半は正しいのがわかる

でも本能を克服する必要あるか?

女が力をつけていわゆる強者男性と対等にパートナーシップを結び好きなようにやってくれればそれでいいのであって

別にオタク嫌い弱者嫌いでもいいんじゃない

逆に頑張りたくない女は男に寄生してもいいと思うし

家父長制廃止勢ってそういう自由も認めたくないって話なのか?

2022-04-16

国連女性機関日本事務所長さんって

「約20年間、資金調達パートナーシップス構築業務従事」の経歴があり、

そして今回は

利害関係のない外部の第三者を、広告掲載をめぐる意思決定の場に含むようにしてもらいたい」

うーんこの

2022-04-14

選択夫婦別姓同性婚も何で壊す方向で進めるんだろうな

今ある結婚破壊しなくても

新しいパートナーシップ制度作ってそこで自分たち目的実現すればいいのに

結婚以外のパートナーシップ制度なんて世界中で生まれ始めてるじゃん

結婚なんて古臭い文化慣習宗教に基づく本当どうしょうもなく古臭い制度なんだよ

そんなものに拘ってもしょうがないだろ

いや、分かる

わかるよ

お前たちがしたいのは否定行動なんだよ

何かを否定することで自分は正しいと言いたいんだよね

みんなその欲求あるんだよ

けど、そんなの真剣10代しゃべり場までにしようよ

大人ンなんだから、やるべきことは破壊よりも創造

そうだろ?

anond:20220414154538

自由にしたくないぜって人がいることを分からないとダメだよね

自由にしたくない人たちからしたら、その宗教の例みたいに、結婚ではない別のパートナーシップ別で作ればって話になる

2022-04-05

妻への愛情が無い事に気づいた

妻に抱きしめられ、労いの言葉を掛けられたが、もう何も感情は沸かなかった。

どのような言葉だったのか憶えていない。昨日の出来事なのに。

妻を好きだと自己暗示してきたが、ついに気づいてしまった。

子どもが生まれから何度も衝突を繰り返し、そのたびにヒスを起こす妻を宥め、仲直りしてきたと思っていたが。

そうか自分の中では全く消化していなかったんだなと。

自分を変えたいと言った妻には申し訳ないが、先に限界が来てしまった。

結婚から5年。

からの繋がりやパートナーシップをついに築くことはできず、俺は妻の専属カウンセラーとなった。

妻が嬉しければ俺も嬉しいことや、妻が悲しければ俺も悲しいことを妻は理解できない。

だってからパートナーシップは築けなかったから。

妻は異常なほど献身的だ。外から見れば良妻だ。俺には居心地が悪い。

子ども可愛い。愛している。でも親権はとれないんだろうな。俺が男だから

今日が妻の誕生日。愛している、これからよろしくと綴った手紙は先週書いた。1時間掛けて。どうしようこれ。

渡して仮面を被り続けるか。きっと今度もその選択肢を選ぶのだろう。

さよなら自分

2022-04-04

anond:20220404193907

元増田じゃないんだけど、この話について当の本人たちの表現よりブクマで「挙式だけなら誰でもできるんだからおかしいことはない、一人でも友達同士とでもできるんだし」って言ってるブクマカの方が気になっちゃったよ。

そりゃそうなんだけど、現状同性同士については「挙式しかできない」わけじゃん。シスヘテロ法的拘束力のある婚姻というか、入籍に加えて他の選択肢として楽しみや決意や他の動機からの挙式を当然に選択できる自由がある状態

婚姻入籍ができなくて区切りとしての「挙式しかできない」不自由状態とは全然イコールじゃなくて、そのうえでそれ言うのか…と思って「入籍」の話でない方がすげえ残酷だなと思っちゃったよ。

(その人たちがその意見のまま普段なにか同性婚賛成についてアクションをしてるなら別に文句はないんだけどさ…。でも実際はただ話を聞きたくないだけの人がすごく多い気がしない?)


一応パートナーシップ制度のある市区町村養子縁組はあるわけだけど、これって結局は「法が同性婚を認めない」上でとれる対症療法のような抜け道のような方法にすぎないわけで、

生来権利と言われるとちょっと違うし、婚姻ができるならこちらを選ばない人がきっと多いよね。(事実婚については話がブレちゃうんで措くけど)

というか異性で、恋愛的、あるいは親愛的了解のある二人がなにか関係を結ぼうとして、婚姻を選べる状態の上でさらにこういう方法一般的にとられていない以上、

やっぱり両者には権利の上での格差があると思うんだよね…婚姻ができない状態において法的、金銭的な不利益を被っている現在がある以上、誰でも「挙式」はできるでしょ、それなら問題ないと思うよ!と言われても、

当事者としてはやっぱりひっかかるものがあるのはあると思うんだよね…。立っているライン全然違っているんだから、なんかそこについてはもう少し耳を傾けてもいいし、

変わってない現在とそれに対する彼らの行動が現在進行形である以上は今回あがったような声自体別に不当でないし「性的少数者としてなにかを解決しようとしてる態度とは思えない!」みたいに

大上段から複数で言われるほどおかし意見でもないなって思うんだよね。言い方は強かったかもしれないけど、あの写真を出した側の考えなさと商業主義姿勢に比べて

個人的には今回のような表現をやめろとは言わないけど、世間的に嘘をついていい日っていう了解のある日にあれを出すことについてデリカシーがないというのは全然否定はできないとこだと思ったし、

 それに対する批判だって同じように表現自由で守られていいと思ったよ)それ以上に予断や思い込みのあるものとも思えないし、

未だに同性婚が法的にできないことを知らない人もいる、それを気にしなくていい人の多い社会構造の中の現状を生きてる人間にとって

あい発言をすることにおいて「逡巡がない」と受け取られるのもそりゃあ違うだろって感じたよ(これはこう言っているブクマカの人がいたので)、

そもそもこういう何か言えば猛烈な反応の返ってくる状況をずっと見ていてカミングアウトできてない人だっていっぱいいるのだろうし、マジョリティ側が持ってる発言することの気楽さのある世界とはかなり違う世界を生きてると思う。

我々が特に気にすることなブクマで見られるような発言をしているとき、もうすでに黙って何度も何度もそれに耐えて頷いているかもしれない当事者はいっぱいいて、隣の席の同僚とかクラスメイトとか家族だってそうかもしれないわけでしょ。

そのことについてちょっと考えてもいいし、元ツイート主のああい意見を見て、じゃあこの先どうしたらいいかなって両方で歩み寄っていけないものかなって思った。別にそんなに損することなくない?

我々に話を聞いてもらいたいならそういう態度をとるんじゃないよっていうのも、「理想の〇〇」(この間橋下さんが理想戦争被害当事者規定して燃えてたね)をやすやす規定できる側の考え方に見えるし、

現状特に何かを変える必要にない側にいる人間から言えることだなって思ったよ。今性的多数派の側にいることそれ自体で被る法的な不利益自分にはないし、

他のいろんなもの対象にしたコンテンツ表現を楽しめる状態に水を差されることの方が自分たちが持ってる権利を持ってない人がいる社会が変わらないことより重いなって思うのも結構傲慢だなって感じるし、

よっぽど他の人間表現自由どころか得られていない権利自由侵害しといてそれはないよ…と思う感情自体否定されなくていいんじゃないのかなって思ったよ。

何か言いたい人の話をもうちょっとばっさり切り落とさずに聞いたってそんなに損なことある?って思ってしまった。とにかく多数派多数派論理でそうでない他者規定しすぎている反省はあってもいいのではないかな…って少し感じた。

一連の紛糾を見ていて、そもそも戦い続けてもまだ同性婚法制化できてないくら全然強い力を持ってない側にいる人たちの批判表現自由規制する側=権力としてとらえてるところから変だし、

とにかくもうちょっと「なんでそんな風に思ったんだろう?」って聞いたっていいじゃんってなった、「お前の態度が気に入らない」「論理破綻している(こっちもたいてい破綻しているのに向こうにばかり完璧を求めるのヘンだよな)」で切り捨てるんじゃなくて。

社会を動かす力も現状の社会構造を温存するのもどっちに対する力もむしろ多数派の方にこそあるんだから、それでとっとと同性婚成立させて好きなような冗談好きに言いあえる世の中になるのが一番いいよ。

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