「ファシズム」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ファシズムとは

2019-04-25

anond:20190425093801

右派として高く評価を受けてるぞ ウハウ

評価

肯定

嶋津格は、秦の著書『慰安婦戦場の性』の裏表紙で「このような結論を導くに際して、秦は、自らが国内外にわたって収集調査した資料を駆使する歴史学的態度を堅持している。そして、その結果生まれた本書は、総合性の上で、既存の類書の水準を超えた、「慰安婦」及び「慰安婦問題」の百科全書ともいうべき力作になった。これでやっと、冷静な遠近法の中で慰安婦問題を語る土壌が作られたのではないか」との賛辞を寄せている[32]。

池井優は、秦の著書『日中戦争史』および『軍ファシズム運動史』を、この分野における古典的名著である評価した[33]。

チャルマーズ・ジョンソンは、秦の『日中戦争史』を「1930年代日本対中政策に関する最も徹底した研究」と評した[34]。

佐々木隆は、東京大学出版会より刊行した『日本陸海軍総合事典』を日本近代史軍事史研究必携の事典評価した[35]。

アメリカ軍事史であるエドワード・J・ドレアは、「日本軍事史研究長老」と評する[36]。そして、秦の著書を研究や精度、解釈モデルであると指摘する[37]。

中国研究を専門とするヨーク大学ジョシュア・A・フォーゲル英語版)は、「40年以上にわたって日本戦争に関する優れた研究を発表してきた著名な学者」と評価する[38]。

ワイオミング大学講師山本昌弘は、「日本近代史研究日本代表する学者」と評価している[39]。

伊藤之雄は、中曽根康弘が、内閣が一致して決めたことには、憲法天皇には拒否権がなく、自動的に裁可したと誤解しているのも1989年研究水準に照らすと無理はないとして、「たとえば、高い実証能力を持つ歴史研究者の秦郁彦ですら、1984年に公刊された著作で、次のように述べている。」と記している。また太平洋戦争終結は、広島への原爆投下ソ連の参戦のどちら(もしくは両方)が主要因なのかは研究者でも見解が一致していないが、両方がないと終戦にもっていけなかったという秦郁彦聞き取りは当を得ている、とも述べている[40]。

奈良岡聰智は、「私の好きな中公新書3冊 現代古典を読む」において、秦郁彦の『南京事件 増補版「虐殺」の構造』(中公新書)を挙げて、「膨大な一次史料に基づいて実証的に虐殺の背景に迫っており、その堅牢実証は他の追随を許さない」「いかなる立場に立つにせよ、本書を読むことなくしてこの事件について語ることはできない」と評している[41]。

北岡伸一は、自身日本座長を務めた「日中歴史共同研究報告書を秦が概ねフェアとコメントしていることについて、さすが日本近代史研究第一人者と評している[42]。

否定

林博史は、『慰安婦戦場の性』における資料引用に際して、出典を示していないものがある、数値を誤っている、証言の一部分だけを抜き取って都合よく引用している、などとして批判している[43]。

永井和は、1998年になって自由主義史観を教材対象とするときにこの問題を調べ始め、この問題の中心はいわゆる広義の強制責任問題であり、それを『もっぱら「強制連行」の有無を争う』ことに絞ろうとする自由主義史観派が対立の因であり、それに実証的な立場のはずの学者(秦)が協力的だったと批判している[44]。また自身ブログで、『慰安婦戦場の性』について、秦が「おそらく、(略)大多数を占めるのは、前借金名目で親に売られた娘だったかと思われるが、それを突きとめるのは至難だろう」とする結論については支持しつつも、結論に至る論証の手続きについて実証史家としては問題がある、などとしている[45]。

前田朗は、上記著作には国連組織への初歩的な間違いや憶測に基づいている記述が多いとも述べ、秦の手法に対して方法論的な疑問を提示している[46]。これに対する秦の反論が「前田朗氏への反論」(『戦争責任研究2000年夏季)。

2019-04-21

健康ファシズム

一見美しく見えることこそ疑わないといけない。

2019-04-18

リベラル」、その理想矛盾

「リベラル」はそろそろダブルスタンダードを止めよう(橘玲) - 個人 - Yahoo!ニュース

今まで当事者以外誰もが分かっていて、しかし言わなかった事。それが上の記事には書いてある。

要約はたった二言ですむ。「じゃあお前らからやれよ」「自分が出来もしない事を求めんな」

リベラル

1.自由なこと。

2.自由主義的。

3.《名》自由主義者。

リベラル」。この言葉を名乗るもの日本にも米国にもいるが、しかしそこに見える大多数が全く自由主義的でもないのは私の錯覚だろうか?

先日の杉田水脈応援演説妨害も顕著な例だろう。

【2019/4/16】松浦たけあき候補「杉田水脈議員を呼んだことを後悔しています」「皆さんに謝罪します」 #会いに行ける杉田水脈 - Togetter

見るがいい。この暴虐な行為を。

彼らはかつての「反差別から膨れ上がり、逆らう者は全て悪だと称しているが、 それこそ悪であり、人類を衰退させていると言い切れる。(唐突シャア並感)

この行いのどこに、自由があろうか?寛容があろうか?

自由のため」と称して、人々の自由を奪い去ってるのは誰であろうか?

そこに「リベラル」はあるのか?

いささか話が脱線した。元に戻そう。

リベラル」は夢みたいな目標を持ってやるから、いつも過激な事しかやらない(唐突アムロ)。

しかもこの「過激な事」というのは、実は全くその「目標」に近づく事になってないのだ。

先にあげた杉田水脈の件なんか見てみればいいよ。ドン引きである

権力者の横暴を止める」という御旗の元に、数の力でもって黙らせる。これがリベラルか?自由か?

こういうと、「リベラル」諸氏は言うであろう。

不寛容には寛容であらねば寛容は失われる」、と。昨日の増田も「「不寛容」は追い出すのが「寛容」だ」と息巻く者がいた。

これこそ、冒頭の二言を突きつけるべき思想である「じゃあお前らからやれよ」「自分が出来もしない事を求めんな」

リベラル自身が自らと異なる思想を「不寛容」と断罪し、弾圧する。それは「寛容」と名乗っているものの、実態不寛容である

異なる価値観を受け入れないその姿勢のどこに寛容さがあろうか?

不寛容」に対して不寛容になった時点でもう寛容さなどどこにもありはしないのだ。自分に出来ない事を、なぜ他人に求めるのか?

それは「寛容」な思想以外は社会存在を許さなというファシズム、究極の不寛容ではないのか。


トランプの問いはこれをもっと現実的な形で「リベラル」に突きつけたものである

美しい理想を振りかざし、他人を殴るのは幸せである。みな、心豊か(になった気になれる)であろうから

だが、現実にその負担を、我慢を、自ら背負う覚悟はあるのか?

いや、覚悟だけじゃなく、実際にやって行けるのか?10年、20年と。

自分の守ろうとした「可哀想な者」が血の通う人間で、しかエゴも悪意もあると実感したときにこそ「リベラル」の真価は試される。

その嫌悪感、怒り。それは「不寛容」とされたものの抱えるそれと同一である。それを飲み込む事が、本当に出来るのか。

現状の「リベラル」の不寛容さを見るに、それは不可能だと私は思う。

2019-04-11

anond:20190411003629

一作者の言い分でもファシズムファシズム

ある価値観「悪」断じて消し去ろうとする奴を許しておく理由が無い

anond:20190411003045

少女漫画を読んだこともないし、今後も読者になる予定もない人たちが「表現規制しようとするなんてファシズムファッショファッショ!」とか言ってるの滑稽だよな。

出版社社長とか有名編集者が言ってるならともかく、一作者が自分意見として今後の少女マンガのありかたについて提言してるだけなのに、まるで親でも殺されたように「言葉狩りガー」とか「クソフェミガー」とか「PCガー」とかわめきちらしてるネトウヨさんたちほんと笑える。

2019-04-10

anond:20190410171621

メガネを外してもちゃんと見える」ようにする喩えなら、視力矯正が出てくるのは自然

もっと自然文脈で「矯正」が出てきたのならファシズムだの何だのという体で批判も順当だけど、視力の喩えから始まってるからなー。

2019-04-08

投票原理主義投票ファシズムに関しては、

1.一票が選挙結果に与える影響は極わず

2.影響が極わずであるから投票行動に対する責任も極わずか(そもそも投票行動に対する責任は一切負う必要がないのが民主主義大原則)

3.ゆえに投票しようがしまいが大した問題じゃない

というのが俺の考え。

若者の影響力理論は、老人の棄権を訴える者が見られない時点で破綻している。みんなが政治参加すれば政治は良くなる幻想みたいなものは、実のところ左右共通しているようだ。

選挙に行かなかった者は政治批判する権利がない理論に至っては意味不明

組織票が有利になるという批判に対しては、組織票の何がいけないのかわからない。

2019-03-30

anond:20190330114225

権威がある人間に従えってファシズムでしょ?

新自由主義って、富裕層大企業に対する押さえをなくすってこと。だから権威がある人間に従えというファシズム親和性が良い。

日本って新自由主義自民党新自由主義民主党の争いになってるがその腐った茶番劇は早く終わらせてほしいね

2019-03-28

anond:20190328120857

よくいるファシスト連呼くんは、この発言には「ファシストめ!」って言わないのかなー

この発言の是非は置いておいて(元増田ごめん)、ファシズム的な要素はあると思うんだが

2019-03-18

高須院長のホロコースト捏造ツイート擁護する

https://twitter.com/katsuyatakasu/status/655958931190124544?s=19

昨日から高須院長が2015年10月Twitter上で呟いたこ発言左翼達によって叩かれている。

しかし僕はこう思う。

高須院長が信じたい物語を信じるその自由は、その権利果たしてこの様に蔑ろにされていいものなのか、と。

皆で寄ってたかって高須院長の内心の自由及び表現の自由毀損する目的言論棍棒で殴り付ける今の左翼達のやり方は、皮肉にも往時のファシズム国家の様だとさえ僕には思える。正直言えばかなり怖い。

左翼からまるで歴史修正主義者のように悪し様に言われる高須院長だけども、そもそも院長は件のツイートにおいて「アウシュビッツ捏造だと思う」と言っているだけなのだ

この文章からは院長がアウシュビッツで起きたとされるホロコーストのどこからどこまでが捏造だと思っているのか、を明確には判断できない。

そして歴史事実というものはその根拠とされる資料と考えられていたものが実は虚偽であったり、それより更に確かな資料が後に発見されたりする可能性が常に考えられる為に、未来永劫に渡って不変不動のものではないわけだ。

よって極めて恣意的解釈すれば院長の件のツイート意図は、

今回左翼達が息巻いて批判する「アウシュビッツで起きたとされるホロコースト根底から捏造だと否定するもの」などではなくて、

「そうした確からしき歴史事実の全てが今後の再検証によっては変容し得る」という歴史学セオリーについての指摘なのではなかったか、と僕は思う

そして仮にそうじゃなくても高須院長の内心の自由、そして表現の自由はやはり護られなくてはならないと思う。

そして何より高須院長には信じたい事実を信じる広い意味での幸福追求権がある。

からTwitterで息巻く左翼達は自分達が愛してやまない平和憲法に自ら背くような愚かな行為を今すぐ止めて、高須院長に即刻真心のこもった謝罪をするべきだと思う。

高須院長は懐の深い方だからきっと許して下さることだろうと思う。

それから今回の件でアウシュビッツ博物館公式Twitter高須院長の件のツイートに対しこの様なリプライを送っていた。

https://twitter.com/AuschwitzMuseum/status/1106462599540105218?s=19

僕が思うにこれはクソリプ以外の何物でもないと思う。

かにドイツを初めとした欧州各国ではホロコースト否認法律によって禁止されている場合があるので、アウシュビッツ博物館も今回遠く離れた異国の院長である高須院長に対してお国柄もあって過剰に反応してしまったんだと思う。

しかしこれがもしお互いが国家代表する立場にあったなら、内政干渉にすらなり得た行為だったと強く自覚するべきだ。

これは極めて不謹慎だ。

なぜなら日本旧弊的などこのドイツさんとは違い進歩的平和憲法存在し、この憲法の元ではナチス礼讃もホロコースト否認国民権利として容認されているのだから高須院長の今回の行為日本国民として何一つ問題のない行為だったと言えるからだ。

よってアウシュビッツ博物館公式Twitterは即刻高須院長に真心をこめた謝罪をするべきだと僕は思う

勿論、この場合においても極めて懐の深い高須院長ならば許して下さることだろうと思う。

どうだろう。ここまで僕は何か間違ったことを言っているだろうか?

清く正しい文化ファシズムをどうぞ進めてくれや

自らそっちに向かってるんだからトコトンやれよ

悪いとされるものは即排除しろ

2019-03-11

シン・ゴジラファシズムときも、信者が引き合いに出す話のレベルがことごとく低いのが気になったな。

恋愛要素いれればいいんだろ?wwとか人が死ぬところ描写すればいいんだろ?wみたいな安い煽り

普段、粟とか稗ばっかり食ってるとああなっちゃうんだろうか。

anond:20190310214530

やり取りをみてて、ひとつ思ったこと。

表現の自由を守りたいという意見は、それを原則論として語りつつも、背後にある危機感はなんだろう。

ようするに、「快不快」によって表現流通が左右される社会が是か否か、ということが動機のように思えた。

そうであれば、すごくよくわかる。いや、わかるというのは、同意しているわけじゃなくて、なるほどな、だから日本表現の自由ってふわっとしてるんだなということ。

振り返ってみる。

日本表現規制の有り様は、戦前エロ・グロ・ナンセンス発禁にあるように、当局国民の大多数が不快と思うであろう「不健全」で「公序良俗」に反する表現対象としてきた。

そう、「健全」これこそがキーワードなんだな。たぶんね。

まり、割り切った言い方をすれば「健全」と戦っているのが表現の自由戦士だというふうに思える。

でも、ひとたび、「表現の自由」の思想的な出発点をヨーロッパアメリカ歴史から振り返ってみると、戦士動機づけとしてはあまりにも心もとない。

表現の自由とひとことでいっても、思想的な背景は、それぞれ背負っている歴史が異なる。

ここで、それを動機づけという視点比較してみる。

例えば、アメリカ合衆国。日本憲法がお手本とした国だ。

この国の憲法憲法判例が示してきた表現の自由は、ヨーロッパのそれとはかなり異なる。

17世紀にアメリカ最初に渡ったピルグリムファーザーズの世代特に、当時のヨーロッパプロテスタントに対する不寛容被害者であった。

メイフラワー号の協約に象徴されるように、お互いに異なるFaith信条)を持つ者同士が、どちらが正しいとして糾弾することなく、社会を構築しようという、社会多様性の確保が原点だ。

1970年代には、ヘイトスピーチを巡ってさまざまな紛争連邦最高裁まであがり、不協和音こそ社会の強さとまで判決意見で述べているものがある。

当時の裁判官のたとえを援用すれば、空気浄化しようとするやつが社会の敵なのだ

人間は不完全なのだから、正しいものなど、最初から先験的に決められない。ということから、この国では、思想の自由市場などという言い方も生まれてくる。

一方、大陸でも、表現の自由は大切な価値とされている。

しかし、他方で伝統的な価値観や習慣もそれなりに強い。いやかなり強い。

そういう土地柄では、動機づけとして、多様性の確保というのは、正直、あまりピンとこない。

しろ、彼らの原点は、教会から弾圧された経験であり、その反動としての「神を冒涜する権利」だ。

伝統的にカトリック教徒でありながらアンチクライストを叫ぶ、そんな権利を求めている。

とくにフランスでは、公共空間設計するにあたり、真理の判断権を持つかのように振る舞う教会がとてもまずい存在だった。

権力をふるいたがる教会に口出しをさせないことが重要テーマだった。

それゆえ、その解決のため、一方では、表現の自由というコンセプトで権利宣言し、他方で、政教分離という原則確立して、公共空間設計のための理論武装をしていく。

からイスラムスカーフ公立学校から排除しようとしたりする動きが起きるし、

ひとたびムスリムの神を冒涜するような表現したことで、襲撃を受けたりすると、社会は「涜神の権利はいずこに」とがぜん盛り上がるわけだ。



アメリカにしても、フランスにしても、それぞれ動機づけは異なるものの、表現の自由を守ろうとする信念というか確信の力は、

極めて強い。テロがあったり、社会情勢の変化で揺れ動いたりするものの、いざ事が最高裁までいくと、

じゃあ、国づくりの原点に戻ろうじゃないかという話になって、17世紀の悲惨経験が思い出として蘇ってくる。

その動機づけの強さにこそ、新大陸にしても、旧大陸にしても、表現の自由を将来に渡って確保しようとするエネルギー再生産があり、いわば持続性がある。



翻って、日本

健全なるものとの戦い、かぁ。うーん。

不快のような勝手基準で決めつけられたくはないよね、誰しも。

でも動機づけとして、やっぱり弱いんだよね。

ここで、仮に、日本は、アメリカ式の表現の自由を真似っ子しているのだ、としようか。

でも、日本社会は、アメリカほどには、多様性を求めてないでしょ。むしろ移民なんか大嫌いでしょ。

多様な意見なんか、どの組織でも出てこないでしょ。会議でも右に習えでしょ。

普段から多様性を確保しようというマインドベースにあって成り立っている社会とは全く違う。

そんな社会では、エロい表現ときだけ急に表現の自由だのと盛り上がるのは、歯が浮くような思いがする。

公共空間におけるエッチものの取扱なんて、はっきりいって、社会合意していればどっちだっていい。

じゃあ今度は、大陸が17世紀に経験した熾烈なコンフェッショナリズム、この思想的な背景を

表現の自由として日本憲法が参照している、と仮に想像してみる。

この場合仮想敵は、いってみれば、国家神道ファシズムかな。

(*ところで大河ドラマの「いだてん」って、健康ファシズム視点でみると面白いらしいね。みてないけど)

「国によって右へならえを強制され続けた結果、自分たち戦争に動員されてひどい目にあった思い出」とでもいうべき動機づけは

定期的に思い出す機会があるかぎりは、ある程度は持続的たりうるのかもしれない。

でも、第二次世界大戦を思い起こしてみると、国民国家キャンペーンに煽られて動員させられる、というのは、

なにも敗戦国ドイツ日本に限った話じゃないし、アメリカ含め、あちこちの国でウイルスのようにファシズム蔓延しかけていたのが現実

またファシズムコントロールできた国もない。その意味で、真の意味ファシズムに抗し切った国はないように思う。

表現の自由っていったところで、自然の摂理かのように、神がバランスをとってくれるわけじゃないんだよね。

流されるときは、人は流されちゃう。常在菌みたいなもの

そうすると、いざ日本にとって対外的な脅威(例えばアジアの隣あたりの国らへん)が増せば、

表現の自由なんか、どうでもよくなっちゃう程度のものなんじゃないか

他国の脅威に比べればファシズムのほうがマシだろ!みたいな。

このあたりの感覚は、動機づけとしては重要なんだけど、日本場合ちゃん思想として、自分たち言葉自分たちを守る武器として昇華してないんだよね。

敗戦で混乱していた時期にすかさず、日本憲法戦勝国からもらった、というところで思考停止になった、という面はあるかもしれない。

もらったもので、とりあえず勉強して運用してみよう、という時期が最初はあってもいいかもしれない。

でも、戦後30年、40年、とりいそぎ運用していたものが定着していく、という過程

例えば「思想の自由市場」ってよくよく考えてみると、日本社会では、あまりピンと来なくね?みたいな気づきがあっても良かった。正直、「思想の自由市場」って日本社会じゃ、なんの役にも立たない理屈だと思うんだよね最近

また、フランス公立学校でのムスリムスカーフ論争。大方の日本人は、何あれ?状態。背景となる歴史が違うんだから

歴史を知らないと理解できるはずがない。

それを知らずに無理やり、政教分離って憲法に書いてあることを適用しようとしてきて、実は消化不良を起こしているんだけど、

日本人は雑食なもんでなんとかなっちゃうという。。。

そういうことがよくわかったという話。

2019-03-07

anond:20190307180527

構っていらん、というかフェミが一人残らず消えたらそれで良いよ

女に恨みも憎しみもないよ

ただただフェミという暴力思想ファシズムが許せないだけ

2019-02-16

皮肉がわからない、わかろうとしない人が差別反対を語っているのが怖い

オタク嫌いのオタクみたいな人で最近目立つのだけど

ファシズムを招き寄せそうで怖い

2019-02-15

anond:20190215191843

ポリコレ自身専制を目指すファシズムなのに、専制を叩くわけないだろ

叩くとしてもそれは「俺の望む専制と違う」と言う観点においてのみ。

2019-02-10

anond:20190209200419

フェミニズムはイズムだから原義は学問じゃなくてイデオロギーだろ。

ファシズム社会主義資本主義と同じでいろんな過激派馬鹿がいるのは当たり前。

マルクス史観マルクス経済イコールマルクス主義ではないように学問としてのフェミニズムを名乗るのは別物と分けたほうがよい。

個人的学問としてまともな人達社会学者ジェンダー論)を名乗ってる印象。

2019-02-07

反〇〇と非〇〇の越えられない壁

ひきこもり論が華やかなころ反社会性と非社会性の違いということがよく語られていた。

反〇〇(アンチ〇〇)、非〇〇とよく言われるがそれを相互に置き換えるといろいろ違いや構造が見えてくる。

反ファシズム 非ファシズム

反差別 非差別

フェミニズム 非フェミニズム

安倍 非安倍

反出生主義 非出生主

反社会学講座 非社会学講座

非モテ 反モテ

非同盟諸国 反同盟諸国

非科学的 反科学

非合理 反合理

2019-02-05

anond:20190204000046

トンデモが出てこないように連携した時点で、それは「自由」じゃないんだよ。

個々の大学トンデモ人材を判定して自分のところに入れるのを排除するのはいい。

だけど、大学間で連携してトンデモか判定する仕組みができたら、その連携トップ権力が集中するのわからない?

自分に逆らうやつは、トンデモだ!というレッテルを貼って、大学ポストにつけなくすることができる。連携してしまうと、独裁者が生まれる土壌になる。

黙って従えなんてね、1番、学問の自由から遠い言葉だよ。

なんだ、今回の件は、民主主義ファシズム意見として容認すべきか…という話に似てるね。

2019-02-01

結局「反安倍」の連中の意図がよくわからんのは

安倍晋三がやってることが意味不明からじゃない?

大きい政府にしたいのか小さい政府にしたいのか

市場重視で行きたいのか統制重視で行きたいのか

・一方ではファシズムと呼ばれもう一方では毎日新聞に「リベラル外交」と呼ばれる(2017年10月25日社説)

安倍ってバックボーンとなる思想首相地位を利用してやりたいことも特に無くて、周囲が言ってる適当政策を寄せ集めて実行してるだけなんじゃないの

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん