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はてなキーワード: 戸籍謄本とは

2020-10-15

anond:20201015200943

それがどこまでも追いかけてくる親ってのはいるのですよ

5ch や お悩み相談コーナーで見るな

 

親が犯罪者犯罪者じみていなければ、分籍して連絡先を教えないだけで絶縁出来る

分籍は20歳以上なら他に条件は要らない

下記を役所に持ってくだけで出来る

 


親が犯罪者じみている場合は下記かね。お悩み相談コーナーでは姓を変えられないとかやってたけど

フツーに変えれた判例あるので実績ある弁護士さんにまずは相談してみて

あとは海外へ行くか


氏名を変えたい


 > 具体的には、親から幼少時に暴力行為性的虐待などを受けた場合 など



判例大阪家裁 平成9年4月1日審判平成8年(家)574号、575号

 本件申立人は、小学生当時に実兄から継続的性的虐待を受け、その被害の影響が心に深く、

長期間にわたって残り、そのことを想起すると強い心理的苦痛を感じ、

激しい感情的変化や外界に対する鈍化や無力感といった生理的反応を示すようになっている。

そのため、精神的に安定した生活を送ることができず、定職に就くことも困難で、完全な社会復帰ができない。

申立人は、戸籍上の氏名で呼ばれることで、同じ呼称である加害者被害行為を想起して強い精神苦痛を感じている。

申立人が指名の変更を求めるのは、加害者ひいては被害行為を想起させる氏と、忌まわしい子ども時代象徴する名前を変更して、

被害行為過去のものとし、その呪縛から逃れて新たな生を生きたいと考えているかである

 上記事実によると、申立人が氏名の変更を求めるのは、珍奇であるとか難読・難解であるとか、

社会的差別を受けるおそれがあるといった社会的要因によるものではなく、

主観的しかも極めて 特異な事由(申立人の上記のような心理状態は、心理学的に見てあり得ない事象ではないことが推認される)」である

主観的事由ではあるが、「近親者から性的虐待を受けたことによる精神的外傷の後遺症からの脱却を目的とするものであり、

氏名の変更によってその状態から脱却できるかについて疑念が残らないでもないけれども、上記認定事実に照らせば、

戸籍上の氏名の使用を申立人に強制することは、申立人の社会生活上も支障を来し、社会的に見ても不当であると解するのが相当」である として、

申立人が氏を変更するについて、戸籍107条1項の「やむを得ない事由」があるものと認めるのが相当であり、

また名の変更についても、単なる好悪感情ではなく上記のような事由に基づくも のであること及びその使用年数等を併せ考えると、

同法107条の2の「正当な事由」があるものと解するのが相当であるとした。


子どもの虹 情報研究センター

http://www.crc-japan.net/contents/guidance/pdf_data/h17_bunken2.pdf

2020-09-14

離婚

名前を元に戻すのに戸籍謄本が要るらしい 苗字だろうがクソ

何れ名前でも苗字でも 離れて暮らしているので

互い違いに 個別説明を省き続けがちな

婚姻制度日常では まあまあ悲しいので

今も昔も代わるがわる 悪態をつく隙を見つけるためにも

離婚必要な時が 来た

運の尽きだ 

2020-09-06

10年かけて父は死んでいった

私が30歳の時に両親が離婚した。

その10年後、夫の後妻から連絡がきた。脳出血で倒れ、高次脳機能障害静脈瘤を患い、あなたに会いたいと言っているから来てくれないか

両親は長いこと仲が悪かった。あとから振り返れば「仲が悪かった」の一言で済むが、私が10歳の時から30歳になるまで、子供の前ではまともに口をきいていなかった。年金借家更新手続きなどはすべて娘を介してやりとりが行われた。娘の立場としては別れて当然だと思っていたが、よくある「妻が働くことをよしとしない夫」と「専業主婦を望まれて家庭に入り、まともに職歴のない妻」の組み合わせが崩壊すると、子供を養ってはいけなかったのだろう。

そして父には恋人がいた。愛人と称するべきなのだろうが、どうもなじまないので恋人とさせていただく。母によれば、口を利かなくなる前に、離婚歴があり一人で子供を養っていて立派だと、よく話していたそうだ。となると私が10歳の頃くらいには関係があったのだろう。私の前ではその人の話はしなかったから。

私が大学に入ると、恋人の子供の家庭教師というアルバイトの口があてがわれた。子供は親同士の関係を知ってか知らずか、どの教科を教えても手応えはなく、頭がいいのか悪いのかもわからなかった。家庭教師として恋人の自宅にお邪魔すると、その両親が出迎えてくれる。おやつ飲み物と軽い雑談、成立しない家庭教師役、私はうっすらと事情を察した。恋人の両親はよく父を褒めていた。頭が良くて、気が回って、本当に立派な人だ。どこの世界の人だろう、と思った。家では無口で、たまに自分を連れてファミリーレストランに行って。もっと小さい頃の思い出はたくさんあるが、10歳以降の思い出は数えるほどしかない。思えば自宅で風呂に入らないのが不思議だった。そうか、この家で風呂に入っているのか、と考えた。もちろんラブホテルの時もあっただろう。私は当時、まるで子供だった。母はアルバイトに対していい顔をしなかったし、その家で食事を勧められることをいやがっていた。今考えれば当然だと思うが、私は両親の中が悪いことは知ってはいても、両親の心境にはとんと疎かった。考えるのをシャットアウトしていたのではないかと今なら思えるが、何を考えているのかわからなかった、不可解だったというのが正直なところだ。

大人同士の機微を読むのが面倒になって、勉強が忙しいからという理由アルバイトを辞めた。

就職し、家にお金を入れ始めるようになった頃、父親が月に1回手渡してくる生活費の額ががくんと減った。バブル期でも不景気な時でもあまり額の変動はないようだったが、バブル期にはかなり儲かっていたらしく、自分の親戚にみかんを送る箱の数を間違えて発注し、4箱のはずが14箱届いたという電話を受けたことがある。父は子供に話すわけにもいかず、ましてや母に話せるわけもなく、一人でぷりぷり怒っていた。かなり面白かった。そんな状態だったから、額が増えても減っても母と私にはどうすることもできなかった。生活費がない月もあった。その頃から、父は何を思ったか子供がいない時に外から家によく電話をかけていたという。私は母の証言しか聞いていないが、母に働けと言ったり、お前が浮気をしているのは知っているんだと怒鳴ったり、大変そうではあった。母は事態かいつまんで話してはくれたが、父は何も言わなかった。ますます、何を考えているかからない両親だなとしか思えなかった。母が浮気をしていたかどうかは私にはわからないが、一度ぶっちゃけどうなの、と聞いた時には、本当に父親一人しか知らない、他の人に好意を抱いたことはあったが子供が生まれる前だった、と言っていた。真偽はどうでもよかった。なぜか父の恋人が家を訪ねてきて「あなたも働いたらどうですか」と母に説教してきたそうだ。私から見れば、母の化粧や外出、外で働くことの検討を嫌がっていたのは父の方だった。私にとってはすべてが藪の中だった。ただ、このままの両親が年を重ねていくのなら、私がずっと生活の面倒を見るんだろうという覚悟けがあった。

私が30歳になる頃、父母の電話での言い争いは激しくなったそうだ。どこまでも伝聞だ。母は不毛な言い争いに疲れ、離婚届を準備していた。証人欄ふたつのうちひとつには私がサインした。特に感想はなかったが、これで父が恋人再婚すれば、将来の面倒を見るのは母一人でいいのか、助かった、と思った。

父は離婚届にサインして、いくつかのアルバムだけ持って家を去った。私への連絡はなかった。携帯電話版号も、メールアドレスも知っていたのに、特に娘に伝えたいことはなかったのかと、不思議だった。不思議ではあったが、謎の両親の電話――本当にそういうやりとりがあったのか、私は知らない――で二人で決めたのなら、私は意見文句も言うまい、夫と妻の間の話だ、と思っていた。

それから10年間、父からの連絡はなかった。戸籍謄本から辿れば現住所が分かることは知っていたが、特に話したいことはなかったし、非常時にはいくらなんでも連絡くらい来るだろうとたかをくくっていた。結婚した時も報告しなかった。子供ができていたら連絡しただろうか?幸か不幸か、子供はできなかった。「仲の良い夫婦とその子供」というサンプルを知らない私には子供を持つのは厳しいだろうと思っていたが、ごく自然にできないままだった。

10年経って、父が脳出血で倒れたという連絡をよこしてきたのは、一度だけ親族葬儀で顔を合わせた父方のいとこと、父の恋人の兄だった。Facebookで探し当て、メッセージを送ってきたそうだが、Facebookメッセージを受け取る範囲を絞っていたので、気づいたのは倒れてから半年後だった。死んでいればさすがに親族から母に連絡があってもよさそうなものだったが、そういう話は聞いていなかったので、母には何も言わずメッセージに返信した。手間をかけてすまない、父の具合はどうか、非常時にはこの電話番号とメールアドレスに連絡をくれ、いざとなったら先方に伝えてもらっても構わない。それくらいの簡単ものだった。

ところが、携帯電話にかけてきたのは父の恋人だった。私は瞬時に、失敗を悟った。留守番電話に残されていた最初メッセージは「連帯保証人になってくれ」だった。SMSには再婚したこと、病状、娘に会いたいと言っていることなどが断片的に送られてきていた。どう出ればいいか迷い、しばらく自分からコンタクトを取るのは控えておこうと思った。

次の日、会社の始業時間から終業時間まで、というのは単なる偶然だったのだが、1時間おきに着信があった。これを書くのは本当に恥ずかしいが、狼狽した私は電話留守番電話の通知が恐ろしくなり、不安障害発症して心療内科に通うようになった。簡単に連絡先を教える自分がばかだったし、想定できたはずだったのだ。1日考えて、父の後妻(結婚したことがわかったのでこう書く)の番号を着信拒否にした。着信拒否にすることで逆上されかねないとも考えたが、このままでは自分生活が壊れると思った。夫には全部ひとりで決着をつけたいと言った。

次は父の携帯電話から着信と留守番電話があった。さすがに1時間おきではなかった。留守番電話を聞くのに心の準備が必要だった。何を言われるんだろう、何をふっかけられるんだろう、本当に怖かった。父よりも後妻の方が怖かった。留守番電話は2件あり、1件目は「ほら、◯◯ちゃんよ」という後妻の声の後に父が「◯◯◯◯(父のフルネーム)です、こんにちは、どなたですか」と言った後に電話が切れた。2件目は直接父が発言したようで、「◯◯、元気か。会いたいな。子供はいますか、元気ですか。連絡くれるとうれしいです」という、私の主観では「何かを読み上げた」ような内容だった。

2件目を聞いた時に、高次脳機能障害というのはこういうことなのかと腑に落ちた。私のことがわからない父も、私に会いたいという父も両方混じっている。人前でしかさない、機嫌のよい時の父の声で「どなたですか」と言われたこと。この10年一度も親から子への連絡をしなかった父が、私の10年を何も知らずに「子供はいますか」と無邪気に尋ねること。一瞬気が遠くなった気がした。そして私のことをきちんと認識している父はもういない。いなくて当たり前だ、10年かけて私の中でゆっくり父の不在から父の死へ変化していったのだから。私の中で既に父は死んでいた。正確には「死んでいたということがわかった」。私はもう父の家族に、といっても後妻しかいないけれど、一切関わるまい。そういう決心をしながら、そういえば私が家庭教師をしたあの子供はどうしたんだろう、という思いがちらりとよぎった。

父の番号を着信拒否してから、1年に1回ほど、後妻からメールが届いた。「賢くて頼りになるお父さんのことを思い出します」。頼りになる? あなたにはそうだったんだろう、私にとっては違ったけれど。いとこからメールがきた。「今度静脈瘤の手術をするので連絡してあげてください。私の母が死んだ時にお世話になったから、恩返しをしたい」。つまり私にとってのおばがこの10年の間に死んでいて、私に連絡がこなかったのだから親族扱いされていなかったのは私の方では? 誰も彼も何を言っているんだろうと思った。怒りはなく、ただ不可解さだけがあった。両親がなぜか電話意思疎通(といっても口げんかだったそうだけど、私は聞いていないからよくわからないままだ)していたこと。すべてにおいて排除されていたのは私ではなかったのか。そして父が死にそうな時にだけ連絡が来る。不可解だった。どのメールにも返事をしなかった。

最初コンタクトがあってから4年後、おそらく戸籍の附票からたどったと思われる封書が後妻から届いた。ざっくり言えばもうそろそろ死にそうだから、面会に来てほしい。相談したいこともあるから連絡してほしい。会っていなかった10年を埋めることもなく、ただ死にそうだという連絡だけが来る、それがなんだかおかしかった。

そのさらに1ヶ月後、今度はいとこから、父が死んだこと、告別式の日時と場所の連絡があった。私は即座に相続放棄手続きを開始した。お金について計画性があったとは思えないので、相続手続きをしたところでたかが知れている。相続手続きには相続人全員の承諾が要る――つまり後妻と私は何らかのコンタクトを取る必要性があるだろう。弁護士を挟むにしても。私は一切後妻と連絡を取りたくなかった。分かり合える何かがあるとも思えなかった。年を取ってから再婚なんだからそういうこともあるだろうに、なぜ死んだからといって関係性が生まれるのか。丁寧に必要書類を集めて回り、家庭裁判所相談員の人と会話をして、「よくご存じですね」と言われた。そのことだけが、この一連の騒動の中で、本当に感情を動かされた。つまり、うれしかった。誰も彼もが私を都合良く(といってもきっと善意なんだろうけど。地獄への道は善意で舗装されているのだった)使おうとする中で、事務手続きを挟んだ人だけが、私のことを褒めてくれた。

相続放棄の申立は無事受理された。

父の名に大きく×がつけられた、後妻の名前も入っている住民票を見て考える。父にとって私はなんだったのか。かわいがってもらった記憶も、愛情をかけてもらった記憶もあるにはあるけど、空白の10年間、私が気を遣って父にコンタクトを取るべきだったのだろうか。いやそんなことはないはずだ。父は父の意思で私を家族から外したのだと思いたい。私が一連の話の中で一番ショックだったのは、面識があったはずのおばの葬式に呼ばれなかったことだったのだから

父と母と私の欄に「除籍」と書かれ、後妻の名前が連なっている戸籍謄本を見て考える。一番コンタクトを取りたくない相手名前が、同じ書類の中におさまっている。後妻の生まれた日も、両親の名前も、続柄も、再婚した日も書かれている。そういえば再婚したという報告すら父からはこなかった、それは当たり前だろうと思う。別の誰かとの再婚ならともかく、母との婚姻継続中に家族の中に割って入った人。割って入ったことすら気づくのが遅れた人。

家庭裁判所から送られてきた「相続放棄申述受理通知書」と「相続放棄申述受理証明書」だけが、私にとっての宝物だ。家庭裁判所の人はやさしかった。見知らぬ私のために、書類についてあれこれ教えてくれて、印紙が売られている一番近いコンビニエンスストアまで紹介してくれた。人のやさしさってあるんだなと思えた。

長くなりました。読んでくださってありがとうございます

2020-08-29

anond:20200829021939

戸籍謄本の提出ってまじかよ。誰も通報しないの?

anond:20200828214741

少し前まで人事関係部署にいた地方公務員だけど近いものを感じた

部が変われば転職するレベルでやる事が変わる中、活きる人もいれば本人や周囲に取り返しがつかない事態を招いてしまうこともあるし

あとうちも未だに採用試験時に戸籍謄本の提出を求める組織なのでそのへんよく似てる

私はあなたよりずっと年も下だし、人事の一部分に携わったのはたった4年だったけど、あと1年居たら精神面で病気休暇取ってたか辞めてたと思う

もちろん向き不向きあるだろうけど、人事は長く居るような所じゃないと身をもって学んだよ

職員から退職したいと言い出される、前日まで元気だった職員が突然病死職員の子どもが亡くなった、職員同士で結婚する、子どもができて休暇を取る、子どもが生まれ引っ越しをしたので手当の内容を更新する、採用試験を受けたいけど災害のせいで日程が合わなくなってしまった、色んな話が毎日やってきて、最後はつらい話もおめでたい話も全部衝撃がやってきたとしか感じられなくなった、

あなたは私なんかよりかなりの長期間たくさんの問題とか職員から質問とか相談とか抱えてきたんだろうなと思うと、その心労は想像に難くない

お疲れ様でした

私も自ら人生を終わらせることについてよく考えていた時期があった

自分で思っていたよりまともにやれなていないという申し訳なさが本当に強くて、合法的円満逃げられないならどうにかして終わらせたいと思ってた

元気がある時はハンターハンター最終回を読むまではどうか生きるのを許してくださいと誰かに祈りしてた

でも一番自分で終わらせるのをやめようと思ったのは大事友達であり職員だった子のお葬式に行ってからだったよ

その亡くなった職員退職手続きをしたときに、私がこうなるのは出来るだけ先送りしようと思った

私は今たまたま自分で終わらせるのをやめれてる精神状態だけど、私はこうだったとか言っても仕方ないもんね

あなたにとってよりよい方向に向かうことを祈ります

2020-08-15

8月15日に記しておきたい怖い祖父の話

大正まれ祖父は、坊主頭メガネをかけ、こけた頬に冷たい眼差しを持ち、いつも気難しそうな顔をしていた。息子であるから聞く話でも、私は祖父に対して怖いというイメージしか抱いていない。第一印象も第二印象も、とにかく怖い。祖父を評する言葉はそれ以外に無い。もっとも、祖父は私が生まれる7年前に亡くなっている。だから、私が見る祖父はいつも仏壇の脇に飾られた白黒写真のみであり、その気難しそうな佇まいを見るたびに幼心にピシッとした気分になり、怖い爺さんだなぁと思うだけだった。私にとって祖父は、無機質な写真のみで完結していた。

対照的祖母はとても優しい人で、おっとりしたお婆ちゃんだった。私は末の孫だったこともあり、とにかく甘やかされていたので、特にそう思うことも多かった。祖父とは会ったこともないが、祖母とは長い時間を共にした。私は幼稚園に入る前、母が働いている間は朝から夕方まで祖母の家に預けられていたので、祖母とは二人きりの長い時間をゆったりまったり過ごしていた。かなり幼い頃の記憶だが、何故だかその日々のことは断片的によく覚えている。暴れん坊将軍と蒸し芋が大好きな未就園児だったので、祖母とは気が合い可愛がられた。

祖母は幼い頃の私にとって第二の母のような存在で、お話もたくさんしたけれど、既に亡くなっている祖父遺影インテリアのように飾らせているだけで、その人となりについては何一つ聞いたことがなかった。息子であるはずの父や叔父からも、祖父の話は聞いたことはほとんどない。思い出話も一つも聞いたことがない。祖父がどんな人かと聞いても「おっかねぇ(怖い)人だった」と返ってくるくらいだ。そんなこんなで、私が知る祖父像は極めて薄い。とても薄っぺらい。お前の爺さんだよと言われてもピンと来ることはなく、いつまで経っても白黒写真遺影の人でしかなかった。

そんな祖父遺影の脇には、立派な額に入れられた賞状が飾ってある。内容は、抑留生活を慰労し、銀杯を贈られたという内容で、すでに故人になっている祖父政府が贈ったものだ。戦後日本には57万人以上もの人々がシベリアへ連れて行かれており、祖父もその一人であった。『祖父戦争へ行き、シベリア抑留をされていた』たったそれだけの漠然とした事実が、私の中の祖父像を大きく占めていた。小さい頃から、「うちのじいさん、ロシアに連れてかれたんか」と単純に思っていた。どこからともなくの知識で、多くのシベリア抑留者がそうであるように「終戦時は満州にでもいて、捕まったんだろう。だが、どうにか生き延びて帰ってきた」と思っていた。

去年、祖母が97歳で亡くなった。50過ぎの時にヘビースモーカーが祟って肺癌で亡くなった祖父に反し、かなりの大往生である。そこで私は、葬式での親戚が口にした言葉で「祖母が嫁いだ翌日に、爺さんに赤紙が来た」と耳にした。おいおい、なんだそのタイミングは。ドラマかよ、と思った。そもそも祖父母はお見合い結婚だし、祖父戦後抑留され、長いこと家に帰って来なかったし、つまりそれが事実なら祖母は長々と見知らぬ姑と過ごしたことになる。しかも、ど田舎山中にある村で、家業農家という典型的な家だった。時代時代とはいえ、婆ちゃんは肩身の狭い思いをしていたんだろなぁと可哀想に思った。

その頃から興味が沸いていたんだと思う。

遺影の中で怖いオーラを放っているだけの、実態の無い祖父像について。

私はどこからともなく『兵籍簿』の存在を知り、取り寄せたいと決意して、去年の8月15日実家終戦番組を見ながら父に話を切り出して頼んだ。兵籍簿の取り寄せは三等親まで可能で、孫の私でも可能だが、故人の息子にあたる父が取り寄せた方が、必要書類が少なく済むからだ。父は戦争映画などを見るのが好きな人だし、その手のものに興味があるタイプなので、あっさりOKしてくれた。断られたらどうしようと思っていたので、聞いた時はタイミングを見極めドキドキだった。

兵籍簿の取り寄せは案外簡単だ。やり方は調べればネットに載っている。うちの祖父陸軍なので、県の恩給科に電話で問い合わせ、手続きを始めた。ちなみに、海軍だと厚生労働省になる。陸軍であれば『〇〇県 兵籍簿』あたりで調べれば、どこの県もやり方を導いてくれるだろう。発行に際して必要ものは、対象者が故人の場合申請者との繋がりがわかるための除籍謄本戸籍謄本といった、役所簡単に発行してもらえる書類。あとは申し込み用紙を書いて郵送する。コピー代などで数百円かかるが、あまりにも簡単なので、もっと早く取り寄せればよかったと思った。

まぁ、取り寄せた所で、どうせ祖父はちょろっと満州にいて、そのままシベリアに連れてかれていたんだろう。祖父は誰にも戦時の話をしなかったので、家族の誰しもがそう思っていた。語らずに亡くなったがために、語るまでもない軍歴だったのかと、我々は思い込んでいたのかもしれない。みんなが祖父戦争について知っていたのは、彼が『シベリア抑留されていた』たった一言事実のみであるのだから

待望の兵籍簿は一か月かからずに送られてきた。

当時の書類ということで、読み難く難解な旧字も多かったが、やはり同じ日本語なのでほとんどは解読可能だった。それもネットで調べられた。

読み解いてまず驚いたのが、祖父1940年から43年2月まで、きっちり軍生活をしており、一度は満期除隊をしていたということだ。その時は主に満州国境警備をしていたらしい。大きな作戦戦闘に関わることなく、晴れて日本へ戻っていたのだ。もしかしたら亡き祖母は知っていたかもしれないが、祖父は息子たちへ語らずに亡くなったので、満期除隊をしていたことなど誰も知らなかった。

次に驚いたのは1944年2月祖父除隊からほぼ一年後に再び徴兵されており、(祖母が嫁いですぐに赤紙が来たエピソードは日付けから事実だと裏付けられた、祖母マジでお疲れ様すぎる)今度は満州ではなく、北海道の先にある『千島列島』に行っていたことだった。私は先入観からてっきり、祖父満州終戦を迎えたと思っていたので、想像していた祖父人生はガラリと色を変えた。

千島列島……千島列島……たくさんの島が連なる北海道の向こう側……北方領土……。そうか、そこにいた人たちもシベリアへ連れて行かれたのか……。そりゃそうか。

千島列島といえば、日本降伏後にソ連が乗り込んできた占守島の戦いが有名だが、祖父は『新知島(シムシル島)』から途中で『得撫島ウルップ島)』に回され、その二度目の徴兵では約一年半の千鳥列島生活を送り、終戦を迎えていた。兵種はずっと砲兵終戦時は上等兵だった。祖父はヒョロ長い体を駆使し、轟音の轟く砲をぶっ放していたのだろうか。なんともたくましい。

お恥ずかしいことに、私は新知島のことも、得撫島のことも、「なんか名前は聞いたことあるなぁ〜」程度で何一つ知らなかった。千島列島ソ連が攻め入った経緯すらも、占守島の戦いの名前漠然としているだけで、よくわかっていなかった。

どんな所か調べたくなった。特に長くいたらしき得撫島について。当時の千島列島について。

祖父のいた部隊結果的には戦闘をしておらず、言わば活躍をしたわけでもないので、ほとんど資料がなくて見つけ出すのには苦労した。

得撫島はもとより、千島列島自然の宝庫であると同時、一年を通してほとんど霧に包まれ、風も強く、ましてや長い長い冬を有する極寒の地。白夜であり、夏の夜は極めて短い。夏でも長袖は欠かせない。ほぼ無人島。そんな場所で「はい今日から暮らしてね〜」となったら苦労していないわけがない。制空権を奪われていたので、空から米軍攻撃もあった。制海権も奪われており、艦砲射撃が降り注ぐ。戦時中その海域では民間人も含め、2-3万人の人が亡くなっている。祖父のすぐ後に続いて小樽港を出港した同郷の部隊は、魚雷を撃ち込まれ沈没。冬の海に投げ出され、当時は軍機密に隠され2000人以上が死んでいた。祖父もほんの僅かな順番が違っていたら死んでいた。私もこの世にいない。数奇な巡り合わせで今の私は生きている。

得撫島ラッコの島と呼ばれるほどラッコがいるらしい。オットセイもいるらしい。祖父は間違いなく野生のラッコを見ただろう。自然豊かな大地。現代人の私が見たこともない美しい景色を、祖父は計らずとも見ていた。不本意戦時下に望んでもない場所へ飛ばされてはいるが、愛くるしいラッコちゃんとの遭遇が顰めっ面の祖父の心を癒してくれていたことを願わずはいられない。

兵籍簿には、祖父召集や転属などの略歴が淡々と日付けと共に記されていた。必要最低限の事務的情報であるが、その一つ一つの行間にも目に見えぬ多大な苦労があったはずだ。

昭和20年

8月15日終戦

9月29日ソ連により武装解除

10月19日ソ連により得撫島出発

10月24日ソ連ポートワニー上陸以降土工作業従事

昭和23年

7月22日舞鶴上陸

古ぼけた紙は語っていた。戦争8月15日に終わっていなかった。南方の激戦地のように食糧に困る事はなく、敵と遭遇することも戦闘もしなかったとはいえ祖父戦後も長らく闘い続けていた。自分血縁である祖父が歩んだ具体的な数字を見せられ、これはリアルなことだったと肌身に伝わってきた。日本がしていた戦争と、祖父存在への深みが増した。

シベリアでの日々を、祖父の白黒写真の顔と合わせて想像してみた。マイナス40度の永久凍土で働く、ろくな装備もない日本兵たち。栄養失調。ひもじい。所々にシラミが沸く。病気流行る。ご飯は堅い黒パン。粗末なスープ戦争は終わったのに、周りがどんどん死んでいく。いつまで経っても日本に帰れない。故郷よりももっと寒い、極寒の異国の地。日本には結婚生活を1日しか送らなかった嫁が待っている。祖父は雪深い土地で生まれ育ったから、シベリアでも適応能力が多少なりともあったのだろうか。そう思うことが唯一の救いである。

祖父が何も語らずに亡くなったのは何故か。千島列島を盗られた背徳感か。過去抑留生活に蓋をしていたのか。赤化教育を受けたことによる偏見を隠すためか。南方の激戦地に比べたらと、自分の半生は話すまでもないことだと思っていたのか。祖父の心を知る事はできない。私は想像することしかできない。祖父日本に帰ったが、一切を語らずに亡くなった。故郷山村とは掛け離れた四季の彩りのない場所で、途方もない八年もの戦争と闘ったのに、一言も喋らずに亡くなってしまった。

ここでは政治的な話はしない。

兵籍簿を読むことによって、それまで漠然としていた祖父存在がぐんと近づいた。存在のものを実感した。祖父ちゃんと生きていた。過酷時代を生き抜いた。ドラマ映画主人公になるような経歴ではないが、私が一分で根を上げるような過酷環境に長々と身を投じていたのは明らかだ。じいさんすごい。マジでお疲れ様すぎる。生き抜いてくれてありがとう。じいさんが頑張ってくれたおかげで、私はこんな平和世界ツイ廃をしながら、ソシャゲに夢中になれて、推しに心血を注ぎ、それを通して素晴らしい友人と出会うことが出来た。夏にはクーラーの効いた部屋でアイスを食べられるし、冬には暖かい部屋でアイスを食べられる。平和は素晴らしい。色んな国の友達もいる。その中にはじいさんが憎んでいた国の人もいるかもしれない。私は紙切れ一枚で戦地へ送られることなく、空や海からの脅威を感じることもなく、当たり前の明日をのほほんと待ちながら好きなように生きている。これは素晴らしいことだ。そんな当たり前のことを、強く思った。

兵籍簿を取り寄せて良かった。兵籍簿はどこからともなく知った物だが、私はこれを読まなければ自分流れる血に関してとても大事なことを知らずに死んでいた。

仏間へ行き、再び祖父遺影を見上げた。祖父は相変わらず怖い顔をしている。けれど、もうそれだけではなくなっていた。その遺影漠然とした無機質なものではなく、凄惨時代を生き抜いた血が流れているのだ。仏間を見下ろす祖父は、計り知れない威厳を背負っていた。

2020-07-24

anond:20200724034953

親権停止させよう

民法

第820条 親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。

 

第822条 親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育必要範囲内でその子懲戒することができる。

 

第834条 父又は母による虐待又は悪意の遺棄があるときその他父又は母による親権行使が著しく困難又は

     不適当であることにより子利益を著しく害するときは、家庭裁判所は、子、その親族未成年後見人

     未成年後見監督人又は検察官請求により、その父又は母について、親権喪失審判をすることができる。

     ただし、二年以内にその原因が消滅する見込みがあるときは、この限りでない。 

 

(1)申し立てできる人

親権喪失申し立てを行うことができるのは、次の立場にある人です。

 

 

(2)必要もの

親権停止の申し立ては、次の書類等を揃えた上で、子どもの住所地を管轄する家庭裁判所で行います

 

 

このほか、窓口で申立人の身分証明書提示する必要がありますので忘れないようにしましょう。

https://best-legal.jp/loss-of-custody-13903#

2020-07-22

anond:20200722083620

親が犯罪者犯罪者じみていなければ、分籍して連絡先を教えないだけで絶縁出来る

分籍は20歳以上なら他に条件は要らない

下記を役所に持ってくだけで出来る


親が犯罪者じみている場合は下記かね。あとは海外へ行くか


氏名を変えたい


 > 具体的には、親から幼少時に暴力行為性的虐待などを受けた場合 など



判例大阪家裁 平成9年4月1日審判平成8年(家)574号、575号

 本件申立人は、小学生当時に実兄から継続的性的虐待を受け、その被害の影響が心に深く、

長期間にわたって残り、そのことを想起すると強い心理的苦痛を感じ、

激しい感情的変化や外界に対する鈍化や無力感といった生理的反応を示すようになっている。

そのため、精神的に安定した生活を送ることができず、定職に就くことも困難で、完全な社会復帰ができない。

申立人は、戸籍上の氏名で呼ばれることで、同じ呼称である加害者被害行為を想起して強い精神苦痛を感じている。

申立人が指名の変更を求めるのは、加害者ひいては被害行為を想起させる氏と、忌まわしい子ども時代象徴する名前を変更して、

被害行為過去のものとし、その呪縛から逃れて新たな生を生きたいと考えているかである

 上記事実によると、申立人が氏名の変更を求めるのは、珍奇であるとか難読・難解であるとか、

社会的差別を受けるおそれがあるといった社会的要因によるものではなく、

主観的しかも極めて 特異な事由(申立人の上記のような心理状態は、心理学的に見てあり得ない事象ではないことが推認される)」である

主観的事由ではあるが、「近親者から性的虐待を受けたことによる精神的外傷の後遺症からの脱却を目的とするものであり、

氏名の変更によってその状態から脱却できるかについて疑念が残らないでもないけれども、上記認定事実に照らせば、

戸籍上の氏名の使用を申立人に強制することは、申立人の社会生活上も支障を来し、社会的に見ても不当であると解するのが相当」である として、

申立人が氏を変更するについて、戸籍107条1項の「やむを得ない事由」があるものと認めるのが相当であり、

また名の変更についても、単なる好悪感情ではなく上記のような事由に基づくも のであること及びその使用年数等を併せ考えると、

同法107条の2の「正当な事由」があるものと解するのが相当であるとした。


子どもの虹 情報研究センター

http://www.crc-japan.net/contents/guidance/pdf_data/h17_bunken2.pdf

2020-07-08

戸籍謄本取って気づいたんだけどうち結構複雑な事情があるっぽい

めっちゃ気になるけど親にずけずけ聞いていい話なのかわからなくてモヤモヤしてる

2020-04-16

手続き簡単であることって商売に何より大事だよなあ、と戸籍謄本の郵送申し込みについて確認してて思った

これがもし通販サイトだったり、オンライン購入できるソフトサイトだったら、自分はとっくに離脱してる

とりあえず以下の作業必要なことは把握した

書類請求書役場フォーマットPDFファイルコンビニ印刷 のためのPDFプリントのためのアプリインストール

本人確認書類免許証)をコンビニ印刷

手数料定額小為替郵便局で購入

・返信用封筒、送付用封筒、と2通分の切手を購入

マイナンバーカードを今更ながら申込みしようかと思ったけど、同様の手数を踏むのがだるくてやめた

さあやるか

2020-02-27

離婚手続きが面倒

産後に夫の不倫が発覚(数年ぶり二度目)。発覚当時は子どもが0歳と小さかったため離婚は踏みとどまったが、数年経っても夫婦関係は修復できず、このたび離婚することとなったので、弁護士相談に行った。

これからやることを考えたら面倒すぎて憂鬱。なんで不倫されて傷付いた被害者なのに、さらにこんな手間もかけさせられねばならないのか。理不尽だ。


やることリスト

養育費の取り決め

公正証書作成(公証役場に行く必要あり)

戸籍謄本の取り寄せ(本籍地が夫の地元のため郵送で依頼)

離婚届をもらう

離婚届の提出

離婚届の反映後、さら戸籍謄本の取り寄せ(子ども戸籍移動に使う)

子ども戸籍移動と姓の変更手続き

・家探しと引っ越し

自分の各種身分証明書カード類の姓の変更

救いなのは自分経済的に自立していること、自分の親兄弟理解サポートがあること、子ども可愛いこと。

2020-02-17

[]2020年2月16日日曜日増田

時間記事文字数文字数平均文字数中央値
0010717495163.548
0161457174.927
026311701185.728
0321149571.240
043930930793.11138
05196692352.241
063526079745.11039
074424337553.1166
0859581098.545
097911478145.362
107811742150.545
1113916966122.146
12123628151.129
131251002080.228
1411712396105.942
15103616259.829
168712148139.627
179610480109.226
1810620641194.746
1913931239224.740
2012615779125.225
211551152874.431
2215621944140.737
2313014168109.048
1日2207342082155.040

本日の急増単語 ()内の数字単語が含まれ記事

Marathon(10), Kyoto(10), Sweden(7), ally(5), バイデン(4), PCR(4), ラテックス(4), ボンネット(3), ヒット率(3), プリーツ(3), アムウェイ(8), コロナ(50), コロナウイルス(19), 感染者(15), 武漢(18), 新型(16), ウイルス(17), インフルエンザ(12), 感染(35), マスク(34), 雪(13), 検査(26), 風邪(16), 治っ(9), 発症(8), 外出(13), 2020年(8), 症状(15), 派遣(17), 保育園(11), ワイ(78), エロい(13), 医療(11), 雨(10), 生産(9), 話しかけ(10)

頻出トラックバック先 ()内の数字は被トラックバック件数

おすすめ移住先教えて /20200216212507(12), ■炎上したアカウントのその後を見守り続けている /20200215135903(9), ■【追記ありアムウェイ学校教育相田みつを的なもの /20200216023638(9), ■花粉症の俺にマスクを買わせろ /20200214213830(8), ■叩き台が欲しい増田達よ /20200216133152(7), ■1人でラーメン屋に行く女は無理って言われた /20200216150216(7), ■会計3097円のときお金の出し方 /20200216080335(7), ■今更だが“武漢市”のスケール感がおかしい。 /20200216082259(7), ■何度聞いてもまともな答えが返ってこない /20200216120642(6), ■戸籍謄本に知らない人がいた /20200216070018(6), ■ラブコメの終盤はなぜ荒れるのか /20200216204655(6), ■なんで漫画デジタル作画流行らないんだろう /20200216191847(6), ■anond20200216222648 /20200216223156(5), ■ポリコレ現実に負ける瞬間がたまらなく好き /20200215214018(5), ■ /20200216050145(5), ■anond20200216090828 /20200216091729(5), ■新型コロナ検査って何のためにするの? /20200216104619(5), ■貧乳女性との結婚を考える /20200216164746(5), ■人生どうしたらいいのか教えてほしい /20200216202058(5), ■おっさんはなぜスキンシップで尻を触ってくるんだ? /20200212193609(5)

増田合計ブックマーク数 ()内の数字は1日の増減

7032257(1624)

2020-02-16

anond:20200216070018

爺さん亡くなって戸籍謄本を辿れるところまで辿った(相続対象者の確定のため)とき

これより前は関東大震災で記録が焼けてるから出てきません

的な表記がされてた。

anond:20200216152821

いや、父方の祖父の事は知らなかったんだろ。

(恐らく自分が生まれる前に死んだと思っていたかとかなんだろう)

んで戸籍謄本を見て初めて、父は非嫡出子で父方の祖母は父方の祖父結婚していなかった、と知ったと。

戸籍謄本に知らない人がいた

ひょんなことから戸籍謄本全部記載ってのを取り寄せたら父方の父親(わいからみるとじいさん)が知らん人だった。どうやら親父は非嫡子ってのだったらしい。名前でググってみると会社ホームページが出てきてその会社創業者としてかなり大昔に亡くなっていていまは、その子供が会社をやってるらしい。さらFacebookにはその孫。俺からすると従兄弟も見つかった。どういう経緯でそうなったのか分からんけど、これまで知らなかったところに従兄弟いたことにちょっとびっくりした。おそらく向こうの戸籍にも親父の名前があると思う。

「いやー私はあなたの従兄弟なんですよ」って言ったらどうなるのかなってちょっと興味がある。

みんなこういう経験ってある?

2020-02-13

anond:20200213132727

この前パスポート作ったときに初めて戸籍謄本戸籍抄本の違いを知った。パスポート申請戸籍抄本でもOKなのよね。でも戸籍謄本戸籍抄本請求するときにかかる手数料は変わらないから、せっかくなんで戸籍謄本にしたったわ。戸籍はあまり見る機会がないので面白かった。

2020-02-07

鈴木杏樹「お相手が独り身になると」/コメント全文 - 芸能 : 日刊スポーツ https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202002060000549.html

喜多村緑郎鈴木杏樹との不倫認め謝罪「全てわたくしの責任」【コメント全文】 | ORICON NEWS https://www.oricon.co.jp/news/2154856/full/

付き合う前に「離婚するなら誓約書を書いて、離婚しているなら戸籍謄本みせて」とか言うのか?!

世間一般が受け取る様に書いている??

とか疑い出すとキリがない…

2020-02-05

免許証への旧姓併記のために必要手続きと金

本籍地とは別の市区町村へ転居後この新制度が始まり運転免許証更新時期になったため旧姓併記手続きしました。

あくまで覚書ですが誰かの参考になればというところで。


運転免許証への旧姓併記のために必要もの

旧姓記載された住民票の写し(「旧氏」欄に旧姓記載されたものに限る。)

旧姓記載されたマイナンバーカード

https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/menkyo/maiden_name/maiden_name_jp.pdf


住民票マイナンバーカードへの旧姓併記のために必要もの

旧姓記載された戸籍謄本

https://www.soumu.go.jp/main_content/000625550.pdf


という訳で、まずは旧姓記載された戸籍謄本本籍地のある市区町村役所へ郵送請求


戸籍謄本の郵送請求必要だったもの(※金額様式市区町村により異なります

○ 郵送交付申請書(様式本籍地のある市区町村ホームページ記載

本人確認資料コピー運転免許証パスポート住民基本台帳カードなど)

証明手数料分の定額小為替(1通450円郵便局窓口で購入可、手数料100円)

○ 返信用封筒切手普通郵便84円)

○ 発送用封筒切手普通郵便84円)


上記出費が地味にありました…費用718円+封筒コピー代金など。

本籍地に在住の場合は郵送請求費用が不必要になるため戸籍謄本証明手数料のみ。


次は在住の市区町村住民票マイナンバーカードへの旧姓併記手続きをしに行きます


住民票マイナンバーカードへの旧姓併記のために必要だったもの

旧姓記載された戸籍謄本

マイナンバーカード(通知カード)ほか役所にて旧氏併記可能もの

本人確認資料

印鑑


住民票の写しを申請する際に旧姓併記手続きをしたい旨伝えると該当の窓口へ案内されました。

上記手続きの際、専用の用紙などはなく転入届用紙に職員の指示どおり記入しました。

事前にググった情報では専用の申請用紙に記入してから窓口へという記載があったためこれも市区町村によって異なるようです。


こちらは地味に時間がかかりました…特に混んでいる様子はありませんでしたが職員が慣れなかったのか40~50分ほど。

あと何度も念を押されました。何でこの制度知ったか旧姓併記する理由デメリット等もあるが本当に宜しいか等々。


続けて住民票の写しを発行してもらいます

運転免許証更新必要住民票本籍地記載されている必要があるため要注意です。

上記旧姓併記されたマイナンバーカードがあれば不要です。


住民票の写し証明手数料(1通300円)


無事に旧姓併記住民票の写しを手に入れる事ができました。


最後旧姓併記本籍地記載住民票の写しを運転免許更新の際に持参します。

運転免許証裏面備考欄への記載であれば更新タイミングでなくても無料記載でき、再交付場合手数料2,250円です。


余談ですが役所手続きを待つ間「マイナちゃん」「マイナンバーちゃん」がマイナンバーについて説明する動画ループしていたためマイナンバーがゲシュタルト崩壊を起こしました。


お疲れ様でした。

2020-02-02

anond:20200201114527

マジレスすると、妻の許可をとってからリンジ法一択

入籍してないと日本人工授精…というか不妊治療全般受けられないので(戸籍謄本確認される)、自宅で出来るシリンしかない。

Amazonで売ってる。

排卵特定して、いい時期になったら精子だけ提供してその場でポンプ注射みたいなのに入れて注入するの。

前にレズカップルがそれで子供作ってた。

車の後部座席精子提供者と交代で使ってたな。

2020-02-01

今日から無職です

よろしくお願いします。

2月末に退職しようと思ってたけど仕事の都合で1月末に退職することになった。

次の仕事は決まってて1か月暇。

やりたいこと
  • ジム通いを再開する
    • ジムに通ってたけど最近は月に1回行くかどうかって頻度になってた。週3くらいのペースに戻したい。

あとはお酒を飲み過ぎない、増田はてブに入り浸ったりしない!

2020-01-30

夫婦別姓ブコメで、戸籍や住基システムの改修コストが〜

と言っているブクマカ戸籍謄本を取り寄せてみればいいと思う

何度も‎改製されて滅茶苦茶になってるから

2019-12-06

郵便局スマートレターは使うな

追跡も保証もないから内部で盗み放題。

これで保険証送ったら盗まれてめちゃ困ってる。

以前戸籍謄本なんかおくったときも盗まれた。

盗難なんてそうそうないと思うじゃん。

二回目。

多分同じ苗字相手に送ってるからから親への郵便物=「ワンチャン金が入ってる」と思ったんだろうか。

スマートレター絶対に使うな。

確率で盗まれる。

同じ苗字相手に何か送るときは注意。

ほんとに物騒で治安の悪い国になったな。

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