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はてなキーワード: 陣営とは

2021-05-14

から! 弱者男性論はフェミニズムへのカウンターなんだって

フェミニズム共感ベース議論をするから、それを学習してアンチフェミニズム陣営がつくった概念弱者男性なんだよ。

で、この共感ベース議論っていうのは、別にフェミニズム発祥ではなくって、ポスコロ、アイディンティティポリティクス帰結なんだよ。

から、今の世の中では、共感によって作られた集団が、共感できない集団に対して、永久闘争を行っているんだ。相互にね。

anond:20210514102031

2021-05-09

はてブは数少ない日本インターネット界の左翼陣営だけど

最近ネトウヨが増えててもうじき陥落しそう

歴史小説降伏間近の状況感じててワクワクする

2021-05-08

オリンピック中止に金を賭ける

ネトウヨとQアノン

かねてから陰謀論にまみれる方々にはご高説の自信の程を金額で示してほしいとお願いしてみていた。

ワロス曲線などという言葉流行たころ、韓国崩壊を唱えるネトウヨ様方にFXウォンを売ってはいかがと勧めてきたが

皆様ちょっとばかり入口がわからないと躊躇して財布を開かせることができなかった。

あれだけ崩壊すると断言できるのであれば、ひと財産稼ぐチャンスを棒に振ることもなかったであろうに。

やり方がよく分からないというだけで敷居が鴨居に届いてしまっている。

当方説明不足で機会損失をさせてしまったと申し訳なく思う。

 

さて時は流れて2020年。Qアノンアノンの台頭によりまたオモシロ言説が流れはじめた。

米国大統領選挙不正があっただのトランプ氏の当選を疑わない方々を当初はキワモノニュースとして消費していたが

議会襲撃で死傷者が出る事態に至り、冗談で済むようなことではなくなってしまった。

金を賭けていたなどと言い出しづらくなってしまったので増田しか書けないのだが

昨年の暮れごろは、仮想通貨での賭けができる海外サイトで小遣いをつぎこんでいた。

当時の状況は以下の記事を参照されたい。

https://decrypt.co/47548/ftx-trump-traders-set-to-lose-11-million-as-biden-wins-presidency

 

記事の時点では、バイデン氏が勝利すると $1がもらえる権利が $0.993で取引されていたとある

トランプ陣営訴訟乱発を材料として多少の乱高下はあったのだが、最終的に$1で清算された。

この「最終的に」は具体的には2月1日清算なのだが、

なんとそれまでの間の大半の期間において$1未満で価格が推移したのである議会襲撃が起きた後の1月7日でさえ。

まりは、$1を $0.993で買えた、ということだ。多くの人はもっともっと安く大量に仕込めただろう。

 

詐欺か何かに騙されているのかと疑ってしまうところだが、襲撃事件を見るに狂信者信心度合いがよくわかり

ありがたくお金を頂戴した次第なのだが、納得&安心して清算日を待つことができた。

 

 

オリンピック

さてさて、前置きが長くなったがオリンピックの開催是非である

これも賭けの対象になっている。下のサイトのPrediction の中の「OLY2021」が賭けの対象トークンである

https://ftx.com/#a=OLY2021

 

狂信者がいるネタは賭けでおいしい思いができると覚えたからにはこれを活かさない手はない。

オリンピックについては果たして、どちらサイドにも偏り切ったそれらしき人々が見受けられる。

ぜひぜひ開催・中止について強い信念をお持ちの方は賭けに参加してみてはいかがだろうか。

信念どおりの未来がやってくれば信条的にも金銭的にも報われさぞ幸せになれるだろう。

そうでなければ対立する輩の養分になってしまうが。

 

賭けのルールは次の通りだ。

https://help.ftx.com/hc/en-us/articles/360057506211

  1. 2021年8月15日時点で15個以上のメダルの授与が終わっていれば開催されたと判定される。
  2. 参加者は「OLY2021トークン」を市場で売買する。開催される方に賭けるならば買い、中止に賭けるならば売る。株の空売りと同じでトークンを持っていなくても売りから入ることができる。
  3. オリンピックが開催された場合トークンの保持者にトークン1つについて$1が支払われる。
  4. 最大101倍のレバレッジが掛けられる

 

レバレッジを掛けただけ儲ける幅もあがるが、掛けすぎると途中の値動きで強制退場になるのでレバ20倍程度が限度。

もし\10,000を賭けて的中すれば20倍になって返ってきますね。これはおいしい。

 

 

賭けるか否か

さてさてさて、日ごろから強い言葉で主張されているあなたあなたの信念はQアノンに勝っているでしょうか。

いか世間に劣勢といわれようがあなたの信念どおりの結果がもたらされると確信しているでしょうか。

あなたの大切なお金を信念に賭けられるでしょうか。

賭けられないなら他人に強い言葉で主張できるほどの信念ではないということですから、そこのところは

日ごろの行いを反省するのがよろしいかと思いますよ。

 

賭けるというあなたは早速行動です。

上記海外取引所 FTX の口座と、仮想通貨での送金用に国内取引所に口座を開きましょう。

国内取引所はどこでもいいですが、とりあえずbitFlyerあたりがいいでしょう。

取引所でXRP(リップル)を買って送金するのが手数料が安いです。有名だからとBTC(ビットコイン)を送金に使うと

2500円ほど手数料にとられてもったいないです。XRPなら正味手数料は数円程度です。

 

からないことがあれば聞いてください。諸々ネット情報があるので困ることも少ないでしょう。

敷居はまたいで見ると案外と低いものです。

 

かつて恋愛弱者だった者が弱者男性議論を眺めていて思うこと

一連の議論を眺めていて、弱者男性定義不明なままだが、多分いかなる定義にも今の自分は当てはまってないと思う。一方、非モテ方面議論であれば、かつての自分非モテだったと思うし、おそらく弱者男性とされる者の一部の人が感じている生きづらさには共感できるであろう。これは、そんな人間視点からの雑感と一連の議論にかこつけた自分語りである

自分非モテだという自覚が生まれたのは、小学校低学年の頃だったかな。その時、仲のいい男友達がいたのだが、ある日、放課後クラス女子の家にその男友達を含む、今の言葉でいえば、スクールカースト上位の何人かで集まって遊ぶというイベントが発生していたらしいのである。当たり前のように私に声がかかることはなく、その後もそのような会合に呼ばれることは一度も無かった。男だけで遊ぶ場合には誘われるのだが、女子の家で集まるというところには明確な線引きがあったらしい。この時に、男子には女子の家にお呼ばれされるグループと、そうでないグループ存在し、どうやらそこには越えられない壁がありそうだと理解した。

これはまだ良くて、子供時代非モテに最も残酷だと思ったイベントバレンタインデーである。こんなこと学校禁止しとけよ、と思うのだが(当時もオフィシャルには禁止されてたのかも)、女子学校チョコレートを持ち込み、ある種の男子に配るというアレだ。必ずしも意中の人だけに渡すわけではなく、何人かに配っていたようで、これも貰える男子とそうでないグループに分かれ、それは概ね固定されていたようだった。俺は一度ももらったことがなくて上記は伝聞情報ではあるのだが、その日は男女とも何か浮足だっているので、貰えないとわかっていても、毎年心のどこかで期待して、ガッカリしながら下校するという経験が毎年積み重なった。これは子供心に自分非モテ=低価値であるという劣等感を植え付けるのに十分な出来事であった。この劣等感は種々の経験に伴ってさらに強固に積み上げられていった。種々の経験というのは、彼女いないのか、結婚しないのかという質問だったり、飲み会でのみんなの恋バナだったり、童貞ネタにされることだったり、まあ良くあるやつだ。

こういう劣等感子供時代からの成長過程で強烈に植え付けられてしまうと、これをどれだけ理性で抑えようとしてもどうにもならなかった。昨今のモテないことは人間として価値が低いことを意味しないだとか、男性も男らしさから降りて良いんだという言説は、将来自分のような者を産み出さないために重要で盛り上げていかなければならないと思う。しかし、今現在かような劣等感や生きづらさを抱えている人にはもう遅すぎたとも思う。上記のような言葉では、そういったいわゆる男性弱者を救うことは難しいだろう。

自分子供時代から呪いから解き放たれたのは、身も蓋もない話だが、女性と付き合うことになった時だった。あの瞬間自分の心の中のもやもやがスッと晴れたように感じたのを鮮明に覚えている。人生で唯一遊びに誘った女性結婚にまで至った。今でも自分はこの人以外の誰ともここまでの関係性を構築出来たとは思えず、こればかりは運が良かったとしか言えない。しか呪いが解けたと言っても、これまでに構築された規範から自由になったという意味ではなかった。子供のころから積み上げられた、恋愛価値を見いだす、そういう価値観はむしろこの頃にはさらに増強され、多分もう自分の頭から消すことはできないのだろうという思いがある。

自分が結局女性と付き合い始める以外でかつて感じていた生きづらさから逃れることができたのかと考えると、それは難しかったように思う。今更断っておくが、これは全部主観の話であって、他の人はそうでないことも往々にしてあるだろう。しかしまた、私と同じような思いの者だってそれなりにいるのでは、と思う。男友達は割と多い方だったと思うし、親友のような存在もいた。ある時はその友達彼女から増田くんの方が彼の彼女みたいだよね、などとも言われ、まんざらでもない気分だったが、それで女性からモテない自分無能感が消えることは無かった。小学生経験以降、自分にはモテない自分は何か欠陥を抱えている不完全な人間なのだという気持ちが常にあった。

だが、昨今語られているような、あてがえ論など自分たちの様な者を救うとは全く思わないのだし、そもそも自分に欠陥があると感じているので、それを社会や、ましてや女性から救ってもらおうなどと考えたことがなかった。むしろ誰にも我々は救えないのだ、くらいのことを思っていた。生きづらさのピークを迎えていたかつての自分が、一連の議論を見て、何か思うことがあるとしたら、うるせえ放っとけよくらいだ。男性の中にも弱者がおり、それを救うための前向きな議論は大いに進めていくべきだと思うが、今のはてなでの議論はどうだろうか? みんなはてブ増田で何か言葉を発してるやつだけが当事者だとでも思っているのか。議論に参加していないROM専にどういう属性の人がいて、彼彼女らがどういう思いでその言葉を受け取るのかとか考えているのだろうか。ムカつくやつがどこの陣営にもいて、そいつらをやっつけたい気持ちはわかるのだが、そのために生きづらさを抱えている人間を巻き込んで属性でまとめて攻めるのはやめてほしい。みんな強い言葉を使いすぎているし、この議論の中では今の自分にも刺さるようなコメントが多数あった。かつてストロングゼロを常飲してやさぐれていた自分だったら発狂して、自分自身も誰かを叩きにいったのかもしれない。何も発言していないような人間にも刺さるような属性攻撃はやめません?

長くなったし、結論も話の筋も無い駄文になってしまったが、我慢出来ずに書いてしまった。

追記: 個人的メモ

全く記憶から喪失していたが、昔自分ほとんど同じ内容書いてた。

https://anond.hatelabo.jp/20160130001142

2021-05-06

GW終わったら弱者男性論落ち着くかなと思ってたら

どちらの陣営活性化してて草生える

2021-05-05

anond:20210505175226

橋下が反省しないのは

一例として挙げていましたが、他のほとんどの方が同じだと思います

横田さんは、元増田を読んだだけでなく、きちんとそれまでの拾える限りの情報を読んで、そこに含まれてるニュアンス偏向的な報道は見抜いて客観的評価されてる方だと思いますが(もしくは記憶力に自信がおありか)、そうではない方が沢山いるんだろうな。と思っただけです

反省もしない奴

政治家さんほとんどがそうですよね。主義主張陣営に関わらずそうだということは、それでまかり通る世の中にしてる、誰が? というと、横田さんのように、きちんと調べた上で意見を言うのではない人だということでしょう。

それをバカ扱いって、無理矢理擁護したいようにしか見えないよ

いくら枕詞つけようが、橋下の支持者にしか見えん

同じ事を反維新議員でも、車椅子の人でも、自民党でも立憲民主党でもできますよ。客観的に見てるので。

問題は、「擁護やすい」ぐらいの雑な反論感情に任せた反論が多く、骨の有る意見が少ない事だという問題提起です。

加えて言うなら、ほとんどが馬鹿ってことです。増田も含め。

その中でも、まだマシな馬鹿が頑張ってくれたり、かなりの馬鹿ちょっと馬鹿になったら世の中よくなるのになぁと思います

ファクトチェック「僕は去年から “一斉検査して陽性者が出たら隔

2020年2月27日

(意訳まとめ、超訳

PCR検査完璧ではない。

検査は荒くとも、統計でしっかりデータとりましょう

2020年2月29日

全員PCRとかは不要

PCR重症しそうな人にして、40代は家で寝てれば?

2020年3月26日

”今の体制では”風邪症状でPCR受けるべきではない

2020年4月3日

僕ぐらいの風邪ではPCRいらん。

が、体制整備とワンセットのPCR検査の拡大はしてこうず

2020年4月17日

PCR検査、軽症者に推奨せずという意見を受けて)

(何がなんでも)拡大論者はこの意見を受け入れるのかな?

2020年4月21日

PC検査数の拡大しようず。

政府トップダウンでは無理があるから自治体に主導権を

2020年6月23日

医者の勧めでPCR検査

2020年8月6日

PCR検査特権じゃないよ~

2020年8月24日

(意訳)

市中感染を抑える一斉検査は10日置きにやらないとだめ。

検査拡大には反対してない。

クラスター捕捉に使いましょう

2020年10月11日

俺はハイリスク者、ハイリスク地域PCRをどんどんやるべきとの主張は以前からやっている

2021年1月1日

(一斉検査するなら)強制

闇雲にやるのはだめ



去年からハイリスク地域PCRをどんどんやるべきと言ってるのは事実っぽい。(言い続けてるんだか、コロコロ意見変えてるんだかは知らん)

ツイート掘ってみて、思ったのは、

否定的に見るなら、意見コロコロ変わってる、それこそ切り抜きしたら幾らでも矛盾で叩けそう

(保身とか格好つけとかで、いい事言ってやろう感も満載だしね)

肯定的にみるなら、その時の状況に合わせた自身意見を主張していると擁護もできそう

(50代以下の致死率とかPCRの正確さとか色んな情報があっちゃこっちゃ行ってたからね)

別に擁護する気も特にないけど、

そもそもこの増田だって嘘、誇張が入ってる可能性もあるし、

せめてニュースなりツイートなり、(私は暇ではあったが、ツイートで「PCR」「一斉 検査」だけで拾っただけ)自分記憶に頼らないで検証してみてから意見したらいいのになって思う。

何故かというと、普段からそれをしないでタイトルとか雑まとめだけを見て、「やっぱり○○はクソ」って言うと、その反証が出た時に、「思考停止で叩いてたやつザマあ」ってカウンター食らって撃沈して信頼性を失うから信頼性を失ってしまうと、ここぞという時の攻めが弱くなるのと、無駄リソース使いすぎてしまう。

どっちの陣営にもそういうのが紛れ込んでて、足を引っ張ってる。

多分ちゃんとそれなりに調べて自分ジャッジ出来る人ってそこまで政治に興味がなく、自衛手段も考えてるから表に出てないんだろう。そんなに正義感もなく利己的でもあるだろうし。

一部正義感のあるちゃんとした人も居るだろうけど、馬鹿な人にまぎれてしまうし、反対陣営からしょうもない攻撃受けたらやる気もなくなるだろう。

ほんとに国ヤバイってなった時、まともな人が、そこそこ頑張って意見を主張したり選挙行ったりするのか、どっかに逃げちゃうのかが心配

男性が受ける差別とは、警戒されることと、信頼という名目で粗末に扱われることです

男性が受けている差別として重要だと私が思うのは、警戒されることと、信頼という名目で粗末に扱われることです。

男にも女にも、男は警戒すべき存在だという感情がうっすらとあります

同時に、男性だったらほっといても大丈夫だろう、という肯定的な信頼の形をとって、男性のことをろくに気遣う必要はないとされがちです。

から世間話でもマスメディアでも、男性への警戒や、過度の信頼による雑で粗末な扱いが平然と行われています

それが積み重なった結果として男性は、敬遠されて孤独人生になりやすく、自尊心も低く、自分たち男性自身への嫌悪も生まれ自分の事すら粗末に扱い、次世代男性もそのように扱うので引き継がれる、などの被害を負っています

保護と抑圧は地続きなのでバランスが大切だ」という話をよく目にしますが、同じように、信頼と放置も地続きなのです。

家父長制は、自立したい女性にとっては抑圧という差別だけれど、自立を望まない女性には保護を受けやすいというメリットとしても働く。

それを裏返したように、男の自由放任は自立できる強者男性にとってはメリットだけれど、弱者男性にとっては助けてもらえないし悲鳴無視される差別として働いています



若者が遭遇しやす実例として、バイトサークル活動が長引き、夜になってしまった場面を考えましょう。

男性は帰り道の安全心配されることは少ないです。

これを、男性の方が不安心配事が少なく生きられるというメリットととらえることは確かにできます

しかし同時に、「襲ってくるとしたらたぶん男だ、男を警戒すべきだ」「男の自分は、夜道で女とすれ違う時に怖がらせてしまうだろうから気を使わねばならない」「男の帰り道を気遣ってやる必要はない、男は粗末に扱っていい。自分が男なら自分の事も心配せず粗末に扱うべきだ」という認識を強めることにもなります

実際は、男性でも深夜に一人で帰ることに恐怖を感じる人がそれなりにいるのですけどね。

でも、女性の帰り道は心配されるが男性はそうではないという現実と向き合うたびに、「ああ、俺の夜道への恐怖は認識すべきでない感情なのだ。むしろ俺は怖がる側ではなく怖がらせる側なのだ」という方向へ矯正され、やがて本当に自分でも自分不安や恐怖に気づけなくなります



色々な場面で、不安を感じてないことを前提とした粗末な扱われ方を重ねて、男性自分に対しても他人に対しても鈍感にさせられていきます

たとえばトイレ

男だったら道端で立ちションしても大目に見られがちという自由は、性器露出し排泄を見られたくない感情を気遣ってもらえないという粗末な扱いでもあります

不安羞恥を感じていた男児も、「その辺でおしっこ済ませてきな」と言われたり、仕切りのない小便器や、女性が清掃に入ってくるトイレを使ううちにその弱さを鈍麻させ忘れてしまます

たとえば「男の人がいれば安心だね」という言葉

この言葉はおおむね好意や信頼の表れですが、同時に「男の人は一人でも不安になる必要はないよね、あなた自身が男の人なんだから」という扱いでもあります

一人で行動しても口を挟まれない自由の反面、一人は心細いという男性感情最初から考慮されていない。

このような扱いに触れ続けることで、「俺は男だから不安になる必要はないんだ」と自分勇気づけ、痩せ我慢することが癖になります

夜道にせよ、トイレにせよ、一人行動にせよ、成人男性に直接聞いてもたいてい「いや全然平気だが」と言うだけでしょう。

最初から平気な男性と、鈍麻し平気にさせられた男性と、本当は平気じゃないが痩せ我慢している男性区別することは本人にすら困難です。…

…これは「たとえ当事者男性差別否定しても、それをそのまま受け取るべきではない。男性差別存在する」という無敵論法っぽくなるので好きではないロジックですが、そう言わざるを得ない。

ここ数週間のネットでは、男性セルフケア能力が低い、まずは自分を大切にすべきなのにそれをしようともしない、などという話も多くなっていますが、それは数十年にわたる「男性自由に行動してよい反面、粗末に扱ってよい」という経験の積み重ねによるものであり、決して男性個人に責を負わせるべきでも、自己解決を求めるべきでもありません。

セルフケアに焦点を当てるならば、社会によって損なわれた男性個人セルフケア能力を育て直すため、社会反省して手厚く協力してあげよう、という話になるのが妥当でしょう。

しかし現状の男性セルフケア論では、セルフケアというスローガンと丁寧な暮らし雑誌は与えてやるのであとは自分で(せいぜい弱者男性内部で)上手くやって満足しろ社会は手を貸す気はないぞ、という正反対の切り捨て論になっています



男性が警戒され、気遣ってもらえない原因には合理的理由がある、という反論はできるでしょう。

ホルモン文化的影響による男性の特徴は色々あります

腕力の強さ、性欲や暴力性の強さ、外見の悪さ(体毛が濃く皮脂が多く禿やすいなど男性ホルモンが外見に与える悪影響は多い)、コミュニケーション能力共感能力の低さ、など。

しかし、そのようなある程度の合理性があったとしても、統計的差別であることは間違いありません。

統計的差別はどの程度まで許されて良いか、というのは難しい問題なので、別に論じる必要があります

そして、フェミニズム弱者男性論の共闘が難しいのはここが主要な原因でしょう。

性犯罪男性から女性への加害が多い(犯罪全体では男性被害者の方が多いですが)」「腕力が強くて静止が困難」「妊娠リスク」など様々な事実に基づき男性に対する統計的差別をどの程度認めるべきか、真っ向から対立しまから

統計的差別は一切許されるべきでないと言い切る人も時々いますが、それはどの陣営であっても非現実的でよくないと思います

もっとも「社会運営するにはマクロ視点統計的差別必要なことは認めるけれど、その加減を考えましょう」とかぬるいことを言ってると、確かにそうだね考えなきゃねとは言ってもらえても実態現状維持が続くだけであり、統計的差別を一切許すな!と極端なこと言って圧を掛ける方が新規分野の社会運動としては実を結びやすいんでしょうけどね……。



これに近い話題は、今までも男性加害者として認められやす被害者として認められづらいという内容でしばしば語られてきましたが、たいてい注目されるのは悲惨な女→男セクハラ暴力事件がほとんどです。

それも由々しき問題ですが、その根底にあるのは、もっと日常的でうっすらとした「男ならまあ平気だろ。ほら、やっぱり平気だった」という日々の積み重ねではないでしょうか。

特に、「男性なら大丈夫」という信頼により粗末に扱われる場面は見過ごされやすいと思います

フェミニズムでは、「女を自立した人間と信頼して放任しろ、家父長制で口を出してくるのやめろ」というアプローチが行われていたため、その逆になっている、過度の信頼による放置という男性差別問題視されづらいのです。

女子供は弱いか保護して指示してあげなきゃね」という慈悲的差別に対して、男性が受けやすい「男は大丈夫だろうから心配する必要もないし勝手に自立しててくれ」は信頼的差別などと呼べそうです。



この記事は、これまで弱者男性論で強調されてきた、人間関係恋愛経済ジェンダーロール、弱者男性論が不条理否定される、などの論点対立しません。

警戒されつつ粗末に扱われることは、親しい人間関係恋愛関係ハードルを上げます

経済的貧しさについては、一般的貧困問題に加えて、男性公的にも私的にも助けてもらいづらいし、そもそも助けを求める能力社会により破壊されていることが困窮してはじめて露見するなど、男性特有の困難があります

男性ジェンダーロール問題とくくられるような、男なんだから泣くなしっかりしろと言われるとか、責任を負わされるとかは、「信頼の名目で粗末に扱われる」部分です。

弱者男性自体があまり聞く耳を持ってもらえないしミソジニストとすら言われるとか、困ってると認めてもらえなかったり、困っててもそれは受け入れるべき部分だと言われることなども、「信頼してるという名目で粗末に扱われる」ですね。



また、「男性にも弱者がいることは分かったけど、結局どうなることを求めてるんだ、要求を出してくれ」という問いがありますが、運動として歴史の浅い弱者に、的確な要求をする強さをいきなり求めないでください。

現時点では、「どうなったらいいかを、男性に肩入れしつつ一緒に考えてくれる人が増えるのが望みです」としか言えません。

少なくとも私は、男の乳首露出NGしろとか、男性トイレもすべて個室にしろとか、芸人ちんちんポロリシーンやハゲネタダメだとか、「男の人がいると安心」はハラスメントから許すなとか、そういう短絡だったり個別的すぎる議論にはしたくありません。

https://anond.hatelabo.jp/20210505030506

2021-05-04

モデルナ社のワクチンを打った人間ファイザー社のワクチンを打った人間能力が発現して

人類を二分する争いへと発展

手違いで二社のワクチンを一度ずつ打たれた主人公はどちらの陣営にも属すことが出来ず

宅配ドローン以外と顔を合わせない生活を続けていた・・・

anond:20210504185909

(続き)

といった問屋関係逸話が当時バンバン登場した。メーカーも対抗すべく(?)ダンピング出荷、返品受付などで一本でも多くソフトを売りさばこうと必死だった。このあたり、問屋小売店メーカーも、市場の異常さに気が付かずもがいていた感じが否めない。初心会二次問屋は、問屋の本分である日本全国に適正量の在庫ゲームソフト流通させる」という機能を忘れ、ただただゲームソフトを動かすことで得る利益をあげることに無我夢中だった。

ここで注意をしておきたいのが、「任天堂初心会が、一方的サードパーティ小売店から利益を吸い上げている」という既存論調は近視眼的だ、ということだ。スーパーファミコン市場に参入したサードパーティはおよそ200社。このうち途中で撤退を決めたのは10数社で、しかもこれら撤退したメーカーの多数は異業種メーカーであり、本業での業績が低下したためだったり、バブル期不動産に手を出して大やけどして倒産…といったもので、ゲームと直接関係あっての撤退ではないのだ。

小売店も同じことで、当時はファミコン-スーパーファミコンという新しい分野での市場拡大に手を出す小売店が多数いた。ただ問屋に苦しめられるだけの業種であるなら、こんなことは起きるはずがない。甘い蜜はそれなりに存在していたわけだ。ざっくり要約すると「不満はあるが儲けもある」といったところか。むしろPCエンジンメガドライブの有力ソフトスーパーファミコン移植して一旗あげようとするサードパーティのほうが多かった。それほど有望な市場であるがゆえ、いろんな輩が入り込もうとやっきになったわけだ。

市場が拡大している間はそれでもよかった。しかスーパーファミコンが円熟期を迎え、対抗馬として「次世代機」の姿がちらつくようになってきた頃に、いよいよおかしくなってきた。多数現れた三次問屋小売店二次問屋の中にねじ込み、己の利益を吸い取ろうとし始めた。手法としては品薄になりそうな人気ソフトを抱きかかえ、「小売店に小売価格そのままで」卸したりした。商圏を無視して跨いで他社の領域に食い込んで商売するところもではじめた。初心会の中にゲームソフト投機商品のように扱う問屋が現れ、二次問屋三次問屋が喜んで利益の分前を頂いた。その分小売店負担が偏り、結果的にはプレイヤーにも巡り、最終的には市場に悪影響を及ぼす。スーパーファミコン市場は歪んだまま大きくなり、そしてついに縮小を始めた。

衝撃が大きかったのはプレイステーションの登場だ。なんと問屋を使わずソニーが直接小売店ものを卸すという。革命的なやり方だった。返品なし、定価販売というところがネックになったが、どの商材も掛け率が一定であることに小売店は喜んだ。今までは問屋ごとに掛け率が違ったり、注文する本数によって掛け率が変動したり、そもそも抱合せ仕入れしかなかった(違法? しったことか!)からだ。

こんなことが可能なのはプレイステーションCD-ROM採用しているからだった。リピート生産ROMほど時間がかからない。お金も自前の工場からさほどかからない。最悪在庫になっても簡単に破棄できる。それゆえ最初こそ少量生産で行い、売り切れたら即リピート発注すればよい。こうすれば過剰な在庫メーカーも小売も苦しめられずにすむ。値崩れ・抱合せ心配いらない。

ROMカセット採用していたらすべて実現不可能なことだった。ちなみにセガサターンCD-ROM採用しているが、他社の工場での生産だったためなかなかリピートが上手く行かなかったらしい。(なお、詳しく書かないがここで上手くいった改革現在すべて崩壊している)

問屋存在意義が問われ始めていた。

一方、任天堂ROMカセット採用を64でもやめなかった。ディスクシステムに手を出してそのあまりに長いロード時間に苦慮したこと経験があるからだ。そしてこれを機にもう一度市場リセットを図ろうとした。市場にはスーパーファミコンワゴンセールが始まっている。なんとかして初心会内外にあるゲーム投機的扱いをやめさせなければならなかった。ソフトの数が少なくなれば、そのような動きはできにくくなる。そのためサードパーティソフトをとにかく減らし、少数精鋭路線で進もうとした。初心会外に取引を広げ自前で流通を行うという選択肢もあったが、これは取らなかった(実はSFC時代トイザらス日本進出をしてきたとき任天堂や各大手メーカー直接取引を持ちかけてきたが、これは上手く行かなかったようだ)。山内社長ファミコン時代の遥か昔から取引を続けていた初心会を切ることに抵抗があったからだ。それに「絶対に売れない」といってたファミコンも買い取ってくれたのは初心会だ。この前もバーチャルボーイというズッコケハードを出したが任天堂は全量初心会ハードを買い取ってもらっているので被害は最小で済んでいる。(その負債初心会が被り、さらにその負債小売店押し付けられた構図だ。)

しかしそれでも、初心会二次問屋たちは目先の利益を追い求めるのに夢中だった。

スーパーファミコン市場末期の1995年発売の聖剣伝説3は初回出荷は70万本だったが、実は初心会からの注文本数は合計140万本だった。前作がミリオン超えをしていたのでそれだけ期待があった、という表側の理由だが、ようするにこれも投機的に扱われることが明白だった(そもそも前作聖剣伝説2結構な数がワゴン行きしていた)。あまりに酷い値崩れを嫌ったスクウェアは出荷本数を半分の70万本にし、かつ卸値を10%引き上げると初心会アナウンスした。こうした動きに一部の問屋がなんと小売店に対して「スクウェア公正取引委員会に訴える!」と言いまわってしまった。もちろんスクウェア側には一切の非はない。運が悪いことに(それとも狙ったかスクウェア夏休みに入ってしまったので、小売店真相確認することができず業界の一大事が起きたのではないかパニックになったところもあるという。この話は巡り巡ってなぜか「任天堂が悪い」ということになった。PSが発売されて半年以上経とうとする頃でも、初心会危機感は全くなかった。

その年の末発売のドラゴンクエストⅥの発売にあたっては、初心会エニックスの間で注文数の予測で大紛糾だった。初心会予測は250万本。エニックス予測は300万本。エニックスは自信満々だったが、初心会はそこまで売れないと踏んでいた。初期出荷は250万できまりエニックスは自前で50万の在庫を抱えることになったが、この読みは的中する。即リピート発注がかかり、エニックス二次出荷を行った。

最終的に320万出荷を果たすわけだが、売上予測ができない問屋メーカー価値を見出すだろうか?

そして、ついに、終わりのときは訪れた。



1997年2月21日任天堂本社で毎年のように行われる初心会の懇親会。その幹部会の席上にて初心会会長である河田会長宣言した。

本日を持って、初心会解散します」

幹事会は静まり返った。関係者には事前に知らされていなかったのだ。解散任天堂山内社長と、初心会河田会長トップ会談秘密裏に行われた。今後一切の取引商品ごと個別に行われ、しか初心会内の特定10社のみそれが行われる。今までゲームソフト投機的に扱って儲けを吸っていた会社任天堂から拒絶され、二次問屋に落とされた。しかも64の少数精鋭路線のおかげでこれから商材はどんどん減る。今までのような振る舞いは不可能になった。


任天堂スーパーマリオクラブの立ち上げにより売上予測をするようになった。つまり予測ノウハウを自ら身につけつつあった。そうなれば商材を投機的にあつかう問屋不要だ。「どれほどのソフトが売れるか、我々にはわかりようがない。流通プロに任せるしかない」。かつての山内社長言葉だが、流通プロプロに値する仕事をしないのなら、切られても仕方がないというわけだ。


この改革任天堂内に留まらなかった。

実はこの流通改革前後してプレイステーションでも問題が発生した。デジキューブだ。スクウェアプレイステーションに参入する条件として、コンビニ自分たちで卸すデジキューブSCE許可させた。

もともとプレイステーションはすべてSCEが自前で小売店流通することを売りにしていた。ところが後から来たスクウェアSCEを通さず自前で流通させるという。

このあたりを詳しく解説する。SCEソフトメーカー協議し、ゲームソフト初回生産量を決める(ということになっているが、実質決定権はSCEにあった)。

SCEは特約店(一部、ハピネットといった問屋使用していたが)からの受注数がその初回生産量に満たない場合SCEが自腹で在庫を抱える(ように努力いたします、という注釈付きではあった)。

掛け率はソフトメーカー一律。

と、ソフトメーカーにかなり親切のように見える。しかしこれには問題が含まれていた。初回生産量はSCEが決め、実際に流通させているのもSCE自身だ。ソフトメーカー営業しかけ多くの受注を獲得したとしても、SCEOKを出さな場合、本当にそのソフト流通しなくなる。実際に飯野賢治プレイステーションDの食卓自分たち在庫を抱えてもいいから多くつくるべきだと要望を出しても、SCEはそれを良しとはせず、結果売り切れを引き起こし機会損失を生んだことがあり、飯野賢治セガ陣営への鞍替えしたことがあった。

ソフトメーカーからしたら、リスクも多いが儲けも大きい自社流通に切り替えたがっていた時期だったが、任天堂SCEもそれを良しとはしなかった(ただし任天堂初心会通しであるため、一社が売れないと踏んでも他の問屋が受注してくれる可能性はあるし、このときPSの取扱店はまだ初心会流通よりは少なかった)。しかスクウェアだけには特例としてそれを認めるというわけだ。SCE流通に関わらず、スクウェアが直接小売店コンビニゲームソフトを卸すわけだ。当然、初回生産量も自由に決められる。

いったいどういうことだ、SCEロンチから頑張ってきたメーカーに対して不義理じゃないのか。こうした理論で反発したメーカーがいた。コナミである

コナミSCEに対して自社流通を求めた。ゲームをつくる製造委託費とロイヤリティは支払うから、お前のところの流通網は使わんぞ、ということだ。こうすることでコナミSCE流通分の費用を削ることができる。5800円の小売価格のうちの取り分を増やすことができるわけだ。もちろん在庫リスク小売店へのやりとりはコナミ自身がやらなければならないから、自社流通完璧というわけではない。結果的大手メーカーはみな自社流通になっていくが、ナムコだけは付き合いもあってか(ナムコはかなり初期からPSに絡み、ライブラリの整備も行うほどだった。自社プラットフォームを諦めたかわり、PSに注力したということだろう)SCE流通を使い続けた。

プレイステーション側でこのようなことが起きてるのだから、当然余波は任天堂側にも及ぶ。コナミは64やゲームボーイの自社ソフトに対して「これから初心会を使わず自前の流通網使いますから」と一方的任天堂要求した。かつての任天堂ならば決して受け入れるはずのない要求だろう。だかしかし、任天堂簡単にこの要求を飲んだ。そして門戸が開かれた自主流通のおかげで、ゲーム業界流通改革は全メーカーを巻き込んだ。最終的にはコナミカプコンコーエースクウェアエニックスといった大手は自前で流通網を持ち、中小サードパーティはそこへ委託流通する形に落ち着いた。つまり初心会問屋たちを全く必要としない流通を実現してしまった。


解体された初心会ボロボロになった。合併倒産が相次ぎ、その多数が姿を消した。残された10社は直接小売店取引するようになり、二次問屋三次問屋は居場所がなかったからだ。


しか任天堂から選ばれた10社も順風満帆ではない。10社のうちモリガングバンダイ系列ハピネットに買収された。石川玩具タカラ事業譲渡した。松葉屋はラスコム事業譲渡し、そのラスコムも後年自己破産している。そんな一方テンヨー、カワダ、カマヤは今でも元気に問屋業を営んでいる。(名前が出てこない他の会社は調べても出てこなかった。情報plz

そしてジェスネット任天堂の子会社となり、アジオカは事業譲渡を行って「任天堂販売」となったが、これはなんと2016年の話だ。初心会解体されて20年近くたったが、完全に自前で任天堂流通するようになった。


こうして初心会歴史の中に消えていった。良い面悪い面両方ともあったわけだが、特に末期には悪い面が強く出すぎていた。しかしこうして羅列してみると、「初心会があらゆるあくどいことを駆使して不法市場を牛耳っていた」というわけではなく「初心会市場を牛耳っていたのでいろいろとあくどいことができた」ということに気がつくだろう。その市場も確固たるものではなく急激に膨らんだ不安定ものであり、なおかつ悪行も任天堂山内社長の怒りが落ちない範囲内の話でしかなかった。

悪徳の町、ソドムゴモラは神の怒りに触れ一夜にして滅んだ。初心会も同じ運命を辿ったのだった。


参考文献

麻倉怜士 久夛良木健プレステ革命

高橋健二 スーパーファミコン任天堂陰謀

武田亨 売られた喧嘩、買ってます任天堂勝利青写真

山名一郎 ゲーム業界三国志

山下敦史 プレイステーション 大ヒットの真実

赤川良二 証言。『革命』はこうして始まった

東洋経済 1997年3.22号 盟友・初心会抜き打ち解散した山内任天堂 焦りの流通改革

参考ツイッターアカウント

岩崎啓眞@スマホゲーム屋+α @snapwith

平林久和/H.Hirabayashi @HisakazuH

大森田不可止 @omorita

anond:20210504122509

自分達の陣営がやってるデモ客観視する機会が得られてよかったね

2021-05-03

Ingressの視点からGoogle+を見てみる

Google+ は結局なんでダメになったんだろう

Google製のSNSとして広く利用される可能性もあったんだろうか

自分が使った頃はAKB記事ばかりで除外設定するも流れ込んで来て

使い込む前にやめてしまったという感じだった

anond:20200502233936


Google+を最も多様していたのは間違いなくIngressでした。理由複数存在しますが、

  1. 初期のIngressではデフォルトGoogle+との連携が推奨されていた(当時のGoogle方針
  2. Google+機能Ingressではフルに活用できた(コミュニティイベント、Hangoutとの連携サークルカテゴリー、長文投稿GoogleDocumentsとの連携
  3. Niantic運営Google+積極的に使っていた
  4. TwitterFacebookRedditよりなんか新しいものを感じていたし、アングライメージIngressマッチしていた
  5. 機能面では他のSNSよりずっと優れていた

そんな感じ。Ingressは2陣営による争いが基本なのですが、面白いことに常日頃から陣営間の情報交換はあまり行われず、片方の陣営のみでコミュニティが完結するのが通例です。情報の秘匿に関してもかなり徹底されているので、中々Ingressに関するオープン情報共有というのはしづらいのです。

Google+はそういう公開の場として非常に重宝されました。とき作戦のSiterpを書いたり、ちょっとした日記にしたりとTwitterでは難しいことでもGoogle+なら平気、という人は数多くいたのです。

ゾーニングカテゴリーけがやす


Google+では情報公開の範囲をかなり自由に設定できますTwitterでは自分フォロワーにだけ伝わるようにするには、鍵をかけるなどの大雑把なククリでしかゾーニングが出来ません。一方でGoogle+では「一般公開」「特定フォロワーサークルに通知」「コミュニティ内部だけの会話」「カテゴリーごとの投稿」など多彩です。

一般公開とはTwitterと同じで全体に公開され誰にでも見れますIngress界隈では俗に「パンコ」と言われていたやつです。

しかしそうではなく、例えば「緑陣営の人には見せられないので青の人たちだけに見えるようにしたい」という投稿でも、共有先をそういう人たちだけに設定することが可能です。Google+にはもともとサークル機能があり、フォロワー属性ごとにサークルに分類することができます。そうすることで一つのアカウント複数話題投稿することが結構楽になります。ただこの機能は後続のカテゴリー機能の登場であまり重要視されなくなります

カテゴリー機能とは、自身投稿カテゴライズすることです。Ingress話題なら「カテゴリーIngress」「カテゴリーIngressミッション」などとし、自分投稿をそれに紐付けることが可能です。これの何が良いかというとカテゴリーごとに共有先を予め設定しておける点です。つまりカテゴリーIngress」をIngressの共有先をIngressエージェント限定にしておけば、そのカテゴリーとして投稿するだけでゾーニングができます。また人をフォローせずにその人のカテゴリー自体フォローすることも可能だったりします。これが地味に強力なんですよね。

共有範囲自由自在なのはIngressというゲーム性質マッチしています

ちなみにカテゴリの使いやすからか、ブックマーク自分だけの日記的に使うことも可能です。

Googleとの相性の良さ


IngressではGoogleサービスがかなり多用される傾向にあります。そのため、Google謹製サービスであるGoogle+との相性の良さは格別です。

オープンなようでクローズドな丁度いいSNS



Youtubeや他のGoogleサービスとの連携を共用されていた時代もあり、Googleアカウントを持っているとGoogle+を使う敷居は非常に低いものでした。にもかかわらずその無理やりな連携に悪意を感じることもあったり、機能面で優れていてもTwitterFBより難しそうに思える部分もあり、存在を知っているし始めやすいけど使っている人は殆どイないSNSでした。この誰でもすぐに使えるのに誰も使っていないSNSというのはアングラIngressにとっては丁度いい環境でした。

ちょうどIngressが普及しだした時期に実名制が解除されたのも良かったと思います


なんで駄目だったのか



利用者数の問題でしょうね。Youtube等と強引に連携したのに伸びなかったのは痛手だったかと。

あんなにIngressで普及したのはまさにIngressのためにあるような絶妙なさじ加減だったからで、逆に言えばIngressのような世間から隔絶された存在以外にはなじまなかったんでしょう。

あと、最初実名制を強要していたのと、以降も投稿名がGoogleアカウントと紐付けられるのが嫌って人は一定数いたのでは。

2021-05-01

anond:20210501133142

宮崎駿風の谷のナウシカ」全7巻

誰もがみたことがある映画漫画作品

話は映画版のずっと先まで続いており、人物像も丁寧に描かれているため

クシャナを始めとした敵陣営だったキャラクターたちも魅力的に仕上がっている。

発売されたのがかなり昔なので、大判本なのにやたら安いという特徴もある。

 

宮永麻也「ニコラのおゆるり魔界紀行」全4巻

魔界に迷い込んだ女の子と、ひょうんなことからの子と旅をすることになった行商人悪魔との旅物語

大人の鑑賞にも耐える絵本といった感じの作品こころが暖かくなる。

ついこの間完結した。

 

パーダ「魔導」web漫画で全131話

http://cba5.boo.jp/mado-kyara/index.html

魔導士一人が軍隊匹敵する戦力を持っているファンタジー世界漫画

序盤に出てきたちょっとした事が終盤の伏線になっていたり、

確固とした歴史世界観を持っていたりと物語構成がうまく、繰り返し読むとより面白い

この作者の他の漫画はそんなに物語構成が凝ってるわけではないので、

おそらく処女作のこれは構想ウン十年みたいなのが上手く作用した作品なんだと思う。

弱者男性12年前の最前線から語る

 男性が常に強者で勝者であるとするならば、あの真夏なのにエアコンなんてものはなく巨大扇風機が生ぬるい風をだらだらと放出し続ける倉庫で、全員時給1000円で集められた日雇い現場で、女性にはビール段ボールベルトコンベアの上で景品を貼り付ける仕事があてがわれ、男性にはびろんびろんに伸びきったまさに言い訳程度のコルセット安全靴を装着させた上で、ビール350mlが2ダース入った段ボールを上げ下げする仕事があてがわれた思い出はどう処理すればいいんですかね(挨拶)。

 むろんこの場合女性を憎む……のではなく、日雇いという弱者同士で連帯してそこでボーッと突っ立ってる監視役の倉庫社員をぶん殴る……のでもなく、倉庫社員とも連帯してサントリーを誅して社会主義革命を起こすのが唯一の正解であることは皆さん御存知の通りである

 さて、この増田では2009年出版された澁谷知美平成オトコ塾―悩める男子のための全6章』の内容を紹介する。澁谷は上野千鶴子ゼミ出身であるようだが、いわゆる「フェミニズム」的なテーマではなく、『日本童貞』『立身出世下半身』などを出版している、個人的に信用している書き手である

 目次は次の通り。

第1章 その「男の友情」は役に立つか?

第2章 「僕がキミを守る!」と思ってる?

第3章 非モテはいかにして生きていくべきか

第4章 暴力はなぜ、いけないか

第5章 包茎手術はすべきか否か

第6章 性風俗に行ってはダメ

 2009年の本で、いま論じられているテーマの大体が既に出ていることに驚くだろう。我々は弱者男性問題それ自体だけでなく、議論12年でほとんど進んでいないこともまた嘆くべきだろう。というかこういう話になると非モテ論壇とか言って侃々諤々やってたのが昔のはてななんだよな今の新参は昔のはてなを知らないから困る。失われた10年……。

 それはともかく正直、456章はそれまでの言ってきたことと関連性が薄く、また前の章ほど爆発的に面白いわけでもないので、言いたいことはわかるのだがこの本にいるか?という感じはする。なので、とりあえず3章から見ていくことにする。

 3章の冒頭でいきなり研究者としての特大のお気持ちドロップされていて面白いので少し長くなるが引用しておこう。

ヘテロ男性非モテ現象だけを扱うというと、必ず来るのが「ヘテロ女性非モテの方が、あまり苦しみが言語化されないだけに問題が多い。なのに、なぜあなたヘテロ男性非モテを扱うのか」という反応です。世の中には、Aという現象を扱う人に対して「A以外も扱え」と指摘することがエライのだ、これこそ目配りというものだ、と思う方が多数存在するみたいで、かなりの確率で前述のような発言出会います

が、そういう発言魚屋に対して野菜を売れと主張するに等しい。非モテ女子の話がそんなに重要なら、重要と思う人がすればいい〔澁谷注:私もいつかはしたいと思っていますが、「非モテ女の話の方が重要だ!」って言う人はどうぞお先に。止めませんよ。〕。それに、その手の話が見当たらないということは、苦しみがそれだけ大きいことを表しているのかもしれませんが、苦しみの不在を端的に表しているだけかもしれません。有力な傍証でもないかぎり、言語化されていないということから苦しみの有無を推定することはできないという、当たり前の事実も指摘しておきます。(p.75-76)

 「女性問題を扱え」といちゃもんつけられたことが一度や二度ではないのであろうことが怨念の籠もった書きぶりからわかる。まあ、それは12年後のネットを見ていてもよくわかるところで。

 男性について語れば女性の方がつらいか女性について語れと言われ、女性について語れば男性の方がつらいか男性について語れと言われる。もういい加減そういう「やってる感」を出すための100字ですら余るようないちゃもんはやめにしませんか。お前がやれ。俺もそいつもやったのだから

 澁谷は非モテを3種類に分類する。

[a]恋愛したくてもできないタイプ(内発的非モテ

 a-1 性的存在としての異性との関係性を欲しているタイプセックスをしたい、「女性」の存在に癒されたい)

 a-2 とにかく他者承認を欲しているタイプ(オレを認めてほしい!)

[b]「恋愛」をしたくないタイプ(外発的非モテ

 「恋愛」を押しつけてくる世間や、いま現在恋愛」と呼ばれている行為の中身や、それを統制するルール等々に違和を感じているタイプ(p.90)

 この分類に対して何か意見を言うことは誰にとっても容易であり、それは分類表の絶えざる細分化を招くだろう。むろんその行き着く先は完全に無意味な、総人口分のパターンである。だから、ここでは非モテ男性に最低でも三種類ある、という点を強調しておくことが必要だろう。

 男で、かつ非モテ、という狭く見えるテーマに絞っても最低これだけのバリエーションがある。そのことを非モテ男性当人達ですら大抵わかっていない。aのタイプ非モテ男性が「今すぐ女をあてがうべき」とまでは言わなくても「女をあてがってくれると嬉しいのは確か」ぐらいに思うことは自然であるが、bのタイプ非モテ男性から見ればまったく話が合わず、「非モテの中でも過激野蛮人」と感じられることだろう。それをきっとaは「すかした奴だ」とか「きれい事を言っている」とか感じるだろう。まして女性受け手場合さらに混乱が深まるだろう(男女の非対称性については後で論じる)。

 澁谷は当時の主流であった「経済的問題解決すれば結婚は増える」「機会をつくれば結婚は増える」といった主張を論駁し、「フリーター論壇」が経済について述べたフレームワーク非モテ問題スライドさせることを試みている。その過程で澁谷は「あてがえ論」について、2009年の時点ですでに考察している。

非モテ問題場合、これ〔若年労働者問題におけるベーシックインカム〕を「ベーシック異性」によって解決する発想がありえます女性をもれなく男性に分配する制度です。(p.95)

 澁谷はこの論が全くの荒唐無稽でないことを、19世紀半ばの宗教的コミュニティ、オナイダコミュニティを例に挙げ示すが、結局現代においては不可能であろうと言う。

当然のことながらこれを現代日本でやることは不可能です。「分配」される側の女性の中には、どうしても相手のことが好きになれない人が出てくるでしょうし、男性つがいになりたくない人だって居ることでしょう。そうした女性男性との共同生活セックス強要するのは、現代日本常識においては、「人権侵害」となります

もちろん、男性にとっても全く同じことが言えますあなた好みの女性あなたのもとに「分配」される保証はありません。〔…〕「なんであいつには美人が来て、おれのとこにはそうでないのが来るんだ!」なんていう新手の「格差問題」も生じるかもしれません。(p.97)

 この「格差問題」という未来予測面白い。「チェンジ」なんて贅沢は、限られた資源女性)をやりくりしないといけない政府が許すはずもない。チェンジOKをうたう風俗でも2回目以降は有料だったりするのだから

 個人的にはこの例示こそ「あてがえ論」に対する何よりのカウンターであると感じる。仮に「あてがえ」とガチに主張する人がいたとして、その人に人権を説いても馬の耳に念仏だろうが、こっちの懸念は聞いてくれるような気がするのである

 澁谷は続いて、経済問題における社会保障にあたるものとして、思想セーフティーネットの構築を提唱する。まあそれ自体は正しいと思うのだが、本田透電波男』における主張ほど面白いものではないのでここでは省略する。『電波男』を読め。

暴力的だったり、女性にたいして思いやりがない場合のぞき、ある男性女性から選ばれないのは、その男性のせいではありません。女性にとっての「よき男性像」が特定の偏り――収入学歴一定以上あり、ある水準以上のルックスをしていて、会話が続く――を見せている限り、そこに当てはまらない人や当てはまろうとしてもできない人が出てくるのは当然のこと。それは、男性陣が特定の偏りを持った「よき女性像」を持っており、そこに当てはまらない女性非モテ女性)が出てくるのと同じことです。(p.100)

 おそらくこの記述で多少救われる人もいるに違いない。KKOは来世に期待するしかないが、それはあなたのせいではない。

 ただここで考えたいのは、「暴力的だったり、女性に対して思いやりがない場合」をしれっと除外している点である。そんな男でも「女をあてがわれた」のがかつての日本社会であったことは、澁谷も指摘している。

とはいえちょっと脇道にそれますと、「分配」の方法は問わずに「男性にもれなく女性がくっついた」という現象だけを切り取ってみれば、それに近いものを一九五〇~六〇年代日本に見出すことができます。当時の男性生涯未婚率(五〇歳時点で一度も結婚したことのない人の割合)はわずか一%台でした。九八%の男性が一度は結婚したことがある、つまり女性を「分配」されたことがあったのです。

何故これだけ広範囲の「女性の分配」が可能になったのか。「男女とも結婚して一人前」という社会規範が強かったこともありますが、なにより男女の経済格差が今以上に大きかったことが上げられます

この時代、一部の職種を除いて、女性が一生続けられるような仕事はありませんでした。有名企業就職できたとしても、当時は、女性にの適用される「三〇歳定年制度」によって追い出されてしまったのです。一方、男性には安定した仕事がありました。給料は毎年上がり、先の見通しも明るい、なんといっても高度成長の時代です。(p.97-98)

 ちなみに本書では2005年男性生涯未婚率15.4%という数字を引いているが、2020年には23.4%になっているらしい。

 それに加えて、上で述べた加害性が必ずしも本人の責任ではないということも、90年代以降の精神医学社会学が明らかにしてきたのではなかったか

 とすれば、KKOのみならず、KKKOキモくて金が無くて加害性があるおっさん)もまた、必ずしも本人のせいとばかりはいえず、社会包摂すべき、という話になってくるかもしれない。その際には「ラベリング」「過剰包摂」など、社会学障害者ホームレスなどについて積み上げてきた知見を生かすことができるだろう。というか、福祉現場の人たちはいまもKKOだけでなくKKKO社会の内側へと復帰させるべく頑張っているのではないか

 なぜ、おっさん問題なのだろうか。あるいはより学術的な言い方をするならば、非モテはなぜ男性問題になるのか。本書はその問いに直接的に答えてはいないが、ヒントは与えてくれる。以下は1章のはじめの方の記述である

皆さんは、なーんか気分が晴れない、ってことありませんか? あるいは、漠然とした不安があるとか。原因不明の体のだるさがあるとか。そういった不快状態、つまり精神的に健康で無い状態を「ディストレス」といいます。そのディストレスが、独身男性と既婚男性とで、どちらが高いかを測った調査があります。〔…〕結果は〔…〕二八歳から七八歳まで、どの年齢層においても既婚男性のディストレスのほうが低かったのです(稲葉昭英「配偶関係精神健康」『日本男性心理学』二〇〇八)。男性にとって、そばに異性(=妻)がいる人生は、いない人の人生にくらべて、ハッピーなようです。(p.15)

 澁谷はディストレスと妻帯のどちらが原因でどちらが結果かはこの調査からは分からないと述べるが、続いて妻に感情を見せることによって、夫が精神的に健康になっていくことを示す調査引用し、「つまり女性と一緒に暮らすことがディストレスを低くすると考えるのは、間違っていないようです」と一旦の結論を置く。そして次のように続ける。

ならば、男性女性から精神的なケアを引き出している、といえる。「女性だって同じことでは?」という反論に答えておくと、女性独身か既婚かでディストレスに大きな差はありませんでした。〔…〕統計的な傾向でいえば、男性精神健康女性存在は欠かせないが、その逆はない、ということです。(p.16)

 この下りはまったく読んだ記憶がなく、今回読み返して一番驚いた部分である増田の実感としては「男がいないと鬱病になって死にそうな女」はよくいるが、その逆はあまりいない印象であるが、それはどうやら必ずしも正しくないようである(むろん男がいる=結婚ではないとか、ディストレスが高い=鬱病になって死ぬではないとか、そもそも元の調査やその読解がどうなのか、とかは考えなければいけないだろうがそれはそれである)。

 上の論述は、女性強者弱者フェミニストフェミニストを問わず)による「女に頼らずに男同士の友情で満足すればいいじゃん(私であればそれで満足するのに)」という主張が、必ずしも的を射ているとは言えない可能性を示唆している。もちろん逆もしかりで、「男性夫婦になれば女性だって幸せになるはずだ(俺のように)」という男性の主張が間違っている可能性も同時に発生している。

 ここに性にまつわる問題の隠れた難しさがある。「相手気持ちになって考える」ことと「相手気持ちになって考えたつもり」を区別することは、専門家であっても難しい。さらに加えて、先に述べた非モテ男性の三分類といった差異も隠れている。とにかく、話題への参入障壁が低い(男もしくは女であれば誰でも一家言持っている)わりに、トラップが多すぎるのである。これが2009年から今に至っても議論が終わらないし前に進んでもいない一因だろう。

 こうした非対称性が発生する原因として澁谷は、現在社会において女性男性より相手の話をよく聞くように育てられており、それに対して男性競争的に育てられていることを挙げている。その結果として男性女性に癒やされているし、女性女性に癒やされているのだろう。

 一応言っておくとここで澁谷や増田は「男性と違って女性は人を癒やすべきだ」とか、まして「男は働いて女は家にいるべきだ」とか主張しているわけではない。ただ、そういう傾向がいまの社会にあるようだ、と言っているだけである。それを望ましいとか望ましくないとか考えるのは社会科学の領分ではない。「〈こうであるから〈こうであるべし〉を導くことは不可能である」(ウェーバー)。

 12年後のいま、澁谷の主張に触れると、多くの部分はそのまま現在に流用可能であると感じる。しかし、目配りが足りていない部分もある。おそらく澁谷は包茎手術と高須クリニック関係よりも、男性における経済的問題について語るべきであっただろう。「女はホームレスにならなくて済むからいいよな」「いや危険から女はホームレスになれないのだ」「それでも事実として死ぬでもホームレスになるでもない選択肢がある女は恵まれている」云々のあれである。むろんそれは今だから言えることであるのだが。

 それでも増田が望んでしまうのは、そうした議論が両者ともにマジでクソだと考えるためであるホームレスと実地で接しろとは言わないからせめて、ホームレス女性は本当に少ないのか、少ないだとすればホームレスになるはずの女性はどこへ言っているのか、それはほんとうに「恵まれている」といえるのか、といった事実についての認識は両陣営ともに共有すべきであるし、その時点で認識差異があるならどの点で異なるのかを明らかにすべきである

 そうした仕事を澁谷が12年前に済ませてくれていたら、と思う。思うのだが仕方ないことなので、現在を生きる我々がやるしかあるまい。というところまでは澁谷の背中に乗って増田が到達させたので、ここから先はお前の仕事だ。頑張ってください。たまに手伝いに行くかもしれない。

 

===

 

追記

 バズったので宣伝します。狐火という、この記事や通念における弱者男性というカテゴリーからはみ出す部分はありながら、それでも弱者男性であることを納得せざるを得ないリリック10年以上紡ぎ続けているラッパーがいます。売れろ!

27才のリアル狐火(2010

https://www.youtube.com/watch?v=tmJBGEFXOvU

勇気が欲しい

特に上司が活発で生意気な年下でも

余裕で頭を下げられる

勇気が欲しい

月給25万以上社保険出来ればジムの割引券も欲しい

採用面接から働いている自分想像してネガティブにならない

勇気が欲しい

けど、本当は1つの事を信じて続ける勇気が一番欲しい

31才のリアル狐火(2013)

https://www.youtube.com/watch?v=MRLXZGylQRg

チューチュートレインの一番後ろでしゃがんでるだけの人生でいい

絶対こんなはずじゃなかった

オレこんなはずじゃなかったんだよ

上司に怒鳴られトイレで叫んだ

あんたらステージ上じゃ無力だ」

36才のリアル狐火(2019)

https://www.youtube.com/watch?v=loWcv5VEObM

よく聞かれる

「もし音楽成功したら、サラリーマン気持ち

歌えないんじゃないですか?」

サラリーマン気持ちを歌いたくて音楽を始めていたならどれほど楽だったか

37才のリアル狐火(2020)

https://www.youtube.com/watch?v=z1J8BbnBLyQ

27才までに見ていた夢は全て叶った

生意気な年下の上司はオレのファンになった

2021-04-21

左翼は自陣営弱者男性がいるとわかってる?

わかってて、その言動ならアホすぎる。

anond:20210421182049

まり人間ってそういうもの」なだけでリベラルがどうとかは関係ないですよね。どっちの陣営も同じことをやっているだけ。

最近新聞テレビ情報源の人との間に凄い壁を感じてる

どちらも軽いオタク趣味アイドルとか)で共通項はあるのに、

全然話がかみ合わない。共通趣味の話をしていてもだ。

オタク数人で話をしていても、一人で黙り込んでスマホを見る、話に割り込んで来てはなんか場がしらけて撤退というのを繰り返す人だった。

オタク話が多いので、どこに原因があるかわからなかったりしたが、ひとつ気付いたことがある。

その人はテレビ雑誌新聞情報を得ているタイプであった。

もちろん、アイドル情報については公式サイトも見るしツイッター等のSNSにも頼っているが、DNGである我々とは情報の捉え方が違う。

我々は、

といったことを自然に行うように教育されている。(これが新聞テレビ主流の時代には面倒すぎてできなかったこである

だが彼の人らは、そういう習慣が全くない。見っぱなし、読みっぱなし、信じっぱなしだったりする。

で、それだけだったらいいんだけど、圧倒的にディベート能力に欠けている。

己の武器議論材料)が、○○で放送されていたこと、○○で書かれていたことというだけのままの人生を歩んできているからだ。

もちろんじゅっぱひとからあげ? (なんだっけ?) にくくることはできないだろう。

増田DNGDigital Native世代だっていうのも嘘だ。

ただ、これを読んで、

等々、思い当たることがある人は、行動をあらためるとよい。

2021-04-18

anond:20210417180853

台湾中国側についた方が明らかに得なのに

落ち目アメリカ途上国日本胡麻吸って何かメリットあるのかね

中国陣営に下るときの条件を少しでも良くするための当て馬ではなかろうか

2021-04-16

フェミニストの主張を聞いてみた

この増田は、Twitter上で議論されているジェンダー問題について関心を持っている増田主が、フェミニストの主張を聞いて書いた増田です。
最低限、青識亜論石川優実クボユウスケ、という三名の人物を知らない人の場合、読んでも意味の解らない増田になっています

私は、Twitter上でジェンダー問題について関心を持っている一人で、立場は反フェミアンチフェミ)だ。

先日、クボユウスケという人物スマートフォンアプリラジオを始めた。
アクティブ・バイスタンダーズ・レディオ

正直、長続きしないんじゃないか?その内飽きて行進が途絶えるんじゃないかと思うが、反フェミアンチフェミ)にこそ、是非聞いて欲しい。
アクティブ・バイスタンダーズ・レディオ 第一回


最近Twitter上でジェンダー問題と言えば
フェミ側「フェミニストの皆さんは是非、我々と議論しましょう、対話しましょう」
フェミ側「反フェミとは対話する価値が有りません」
というやりとりを延々続けているだけになっている。
そんな最中に投下されたこラジオフェミニストの考えを知るために、反フェミに聞いて欲しい。

以下は、私がこのラジオの一回目の放送を聞いて感じた事だ
基本的に、私はフェミは嫌いだが、

「一歩踏み込んだから友達になった(中略)何となく相手石川さん)の事を同じ人間と見れて無かった所があるかなって思うよね」(15分20から

「(石川さんと)同じ目線でやんなきゃいけないのかなと思った」(16分12から

「仲間ですよとか味方だよというのをちゃんと伝えなければいけないと思ったんだけど、単に言葉で伝えるとか解った様な事を言うのでは効果が無くて、立ち位置を同じにして同じ方向を向くというのが必要なんだなって思った」(16分52秒)

「同じ方向が向けてないって言うか」「向き合う形になるとぶつかっちゃうから、向き合うのではなく相手と同じ立ち位置に立って相手と同じ方向を向くのが大事だなってなった」(18分04秒から

この辺りの発言に、フェミニスト(主に石川さん陣営)の求めている物がある事が解る。
これは、2019年11月頃に青識さんと石川さんが対談した後に反フェミフェミの間で大きな分断が生まれ理由とも言える。

近年、反フェミが反フェミとして活動している大きな理由は何かと言えば、数年前より、フェミ萌えアニメ等を批判してくる様になった。
萌えアニメ批判に腹を立てた人が反フェミになっていると言える。
そうした形から始まった対立が激化した所で、青識さんと石川さんの対談は行われた。

フェミ側が求めているのは、フェミ萌えアニメ等を批判してこないという紳士協定言わば不可侵条約だ。
しかし、フェミが反フェミに求めているのは「向き合って議論して不可侵条約を結ぶ事」ではなく、先ず、反フェミ側がフェミと同じ位置に立ち、同じ方向を向く。
これは、「反フェミ自分達の未来のために萌えアニメフェミ批判し始めたら一緒になって批判する」事が望まれていると言える、(反フェミ側)の自主的軍縮条約と言える。
敵対する相手不可侵条約を望む者と、敵対する者の自主的軍縮条約を望む者ではどれだけやった所で議論にならない。

そもそもフェミ側に言わせれば反フェミ側は軍事力が強く、フェミは反フェミ支配されており、フェミは隷属している(フェミが反フェミから人間扱いされていない)という認識がある様だ。
まり、お互いに「俺達・私達が相手から攻撃を受けている側だ」という思考なのだ
フェミと反フェミの争いに終わりが来ないのは、お互いに相手人間扱いしていないし、お互いに相手と同じ立ち位置に立ち、同じ方向を向こうとしていないからと言える。

フェミニストと同じ位置に立ち、同じ方向を向き、フェミニスト批判する物をフェミニストと一緒になって批判する反フェミが現れない限り情勢は変わらないのだろう。

お前が信頼を寄せるものが信頼できない

結局はこれのぶつかり合いなんだが、「うん、その点は確かにそうだよね」って発言もする陣営の方が信頼できる

徹底的に相手否定し、非難することしかしない陣営は実に怪しい

2021-04-11

anond:20210411163529

ああ、「弱者男性問題」って基本的に「問題だ」と本人がいいはることだけが問題なんだもんな

前提が抜けていたか

どっち陣営しろ「黙らせる」のは北朝鮮のやり方だね

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