はてなキーワード: パンデミックとは
ジャニーズ事務所についての最新情報は私の知識のカットオフが2021年9月までのものであり、その後の動向については把握していません。
しかし、一般的な芸能事務所の収益源としては、以下のような要因が考えられます:
ジャニーズ事務所のタレントは音楽活動やテレビ出演などから収入を得ています。
ジャニーズのアーティストは商品広告やテレビ番組のスポンサーシップなどで収入を得ることがあります。
彼らは人気が高いため、広告キャンペーンに起用されることが多いです。
アーティストのグッズ(CD、DVD、写真集、グッズ)の販売も収益の一部となります。
アーティストのコンサートやライブイベントは多くのファンを集め、収益を上げる機会です。
これらのイベントはチケット売上やグッズ販売、映像配信などから収入を得ます。
アーティストが自身の楽曲を制作し、それが売れると著作権料が発生します。
テレビドラマや映画など、映像コンテンツに出演することで収入を得ることがあります。
ジャニーズ事務所の多くのアーティストはグループで活動しており、グループの活動による収入もあります。
アーティストの人気、業界の競争状況、経営方針などが収益に影響を与えます。
また、特に2020年以降、新型コロナウイルスのパンデミックによる影響も考慮する必要があります。
ジャニーズ事務所が今後の収益をどのように確保するかについては、事務所自体の戦略やアーティストの活動内容に依存します。
最新の情報については公式発表を追うか、報道をチェックすることが必要です。
新型コロナのパンデミックと仕事やプライベートの多忙が重なり、ここ数年観劇から遠ざかっていた。
最近になってやっと時間ができたので、数年ぶりにまた劇場に足を運ぼうかといくつかチケット予約ページを開いたのだが、
ごく一般的な初老の勤め人にとっては、驚くほど予定が合わない。
うん、これはまあ仕方ないだろう。
土日はゆっくり寝てから出かけたいんです、13時からなんて間に合いません……。
以前はゆっくり寝て、掃除洗濯をすませてからでかけて、ソワレを楽しめたのに……。
水曜日こそ、多くの企業がノー残業デーに設定しているんだから、マチネをやってください!
明らかに公演数が減っているし、以前なら即完だったろうチケットがいつまでも買える状況を見ても、
客足が遠のいたまま戻らないことは想像がつく。
客が少ないなら公演数を絞るのは当然のこと、水曜ソワレを削るのも合理的な理由があるのだろう。
水曜日は夜こそやってほしい。
ちなみに私が行くのは池袋芸術劇場とかパブリックシアターとかKAATとか
パルコ劇場とか本多劇場で長くやれる劇団とか、なんかその辺りです。
劇場主催公演をよく見るタイプなので、制作のみなさん、お願いします!!!
俺が少数派だということは承知しているが全男性がこうだと思われても困るので俺個人について書く。
なお俺は童貞&処女の20代後半、体の性も性自認も男のパンセクシャル(バイに似ているが、バイセクシャルが「男と女の2性」を対象とする(バイは「2つの」の意。バイシクルとかバイアスロンとかバイナリとか。)のに対しパンセクシャルは「男女以外の性や無性も含む全て」を対象とする(パンは「全」の意。パンゲアとかパンデミックとかパノラマとか。)という違いがある。俺個人としては「文章だけを見て性を判断できないのと同じように容姿や声を観測したところで性は判断できないだろ、エロいかどうかに性が関係あるかよ」という立場だが、パンセクシャルが全員そう思っているというわけでもないんじゃないか。知らんけど。)
途中で飽きてきたのが目に見えて分かる。
2017年の夏、ジェンマ・マクガフ(Gemma McGough)は失業していたが、英国の上位1%の富裕層の仲間入りを果たしたところでもあった。自らが経営する企業「Product Compliance Specialists」を売却し、大富豪になったため、二度と働かなくて済む境遇になった。
19年、マクガフは「Eleos Compliance」を創業し、透明性と社会や環境に配慮した企業に与えられる「B Corp認証」も取得した。彼女は新会社から給料を受け取ることにしたものの、収入の大半は投資、債券、賃貸不動産などの資産収入が占めるようになった。
すると突然、マクガフのもとに、節税のために法の抜け穴を利用する方法を指南する不穏な文書が複数の会計士から山のように届いた。そこでマクガフは給与所得に課される税率と比べて、資産売却による所得に課される税率が低いのはなぜかなのか分析した。
マクガフはふたつの結論を得た。ひとつは英国の税制は不公平だということ。もうひとつは、自分はもっと納税して社会に貢献できるはずだ、ということだった。
公平性と常識を貫くための手段
富豪たちは激しい競争を勝ち抜いて富を手に入れたにもかかわらず、なぜ「富裕層に課税せよ」と声を上げるのだろうか? マクガフは、自分は「経済的に困窮している」労働者階級の出身なので、いまの資産で「もう十分」と思いがちなのかもしれないと語る。
マクガフは16歳で退学して最初の仕事に就き、「ノートPC2台と連絡先のリスト1枚」だけで元夫とともに最初の会社を立ち上げた。運とタイミングが功を奏し、マクガフのRFコンプライアンス企業は成長産業の一端を担うほどになった。そして欧州連合(EU)出身の労働者を雇用できたこともマクガフの成功につながった。
Patriotic Millionairesのメンバーは、健康で教育を受けた労働者人口を維持し、可処分所得がある中間層の消費者の双方を支えるためには、富裕税が役立つという経済的な根拠を示したいと考えている。裕福な実業家がより多くの税金を支払うことで、社会の安定性も高まるため、彼ら自身のためにもなると主張しているのだ。
だがマクガフは、経済格差が拡大し公共サービスが劣化している時代に、公平性と常識を貫くための手段として富裕税を捉えている。英国人の富裕層の1%は、最貧困層の70%が有する資産の合計よりも多くの資産を保有している。「社会全体が機能不全に陥っていても関係なく暮らせる大金を、富裕層が保有していることが問題だと思います」とマクガフは述べる。「国は、大富豪にしかるべき税負担をしてもらうべきです」
富裕層が自分たちへの増税を望む理由 | WIRED
https://wired.jp/article/millionaires-begging-governments-tax-wealth/
『愛国的大富豪』の英国支部が最近設立され、現在30人のメンバーを擁するまでに成長している。このグループは、「極端な富の終焉を加速させる」ために税制の見直しを求めている。
メンバーのゲーリー・スティーブンソン(Gary Stevenson)(35歳)は、「税制を労働者から、基本的にすべてを所有し、税金を納めず、働かない超富裕層にシフトする必要がある」と語った。
スティーブンソンはイースト・ロンドンのイルフォードの貧しい家庭に育ったが、シティバンクのトップ・トレーダーとして数百万ポンドを稼ぐまでになった。
彼は、世界が「経済災害」に向かっているという強い信念を持っている。二度と働く必要がなかった彼は、2014年に銀行を退職し、低賃金と手の届かない住宅に反対するキャンペーンブログ「Wealth Economics」を立ち上げた。
「大金持ちには基本的に何も課税されないこのシステムを何とかしない限り、この問題はどんどん悪化していく」と彼は言う。
愛国的大富豪は、キャピタルゲイン税を所得税に合わせることを望んでいる。
同グループはまた、360万ポンド以上の資産家に対し、年率2%から始まる「小規模な」累進富裕税の導入を主張している。これは全メンバーに影響するという。また、相続税の「大幅な引き上げ」も提唱している。
これは、できるだけ多くの資金を避難させようとする多くの大富豪にとっては忌まわしいものである。
(中略)
もう一人のメンバー、ジュリア・デイヴィス(Julia Davies)は、彼女が設立したバックパック会社オスプレー・ヨーロッパの株式を売却し、数百万ドルを手にした。
50歳の元弁護士は、その金の一部を使って環境基金We Have The Powerを設立した。イングランドの南海岸に2人の子供と住むデイヴィスは、昨年『愛国的大富豪』に加わった。彼女は、現在の税制は、余裕のない一般労働者を直撃していると語った。
「パンデミックによって、社会で本当に重要なのは誰なのか、真のキーパーソンは誰なのかが浮き彫りになりました」と彼女は言う。
しかし、愛国的大富豪が超富裕層を大量に勧誘する可能性はまだ低そうだ
Patriots who abhor extreme wealth or are they just potty? Meet the British millionaires who want to pay MORE tax
https://www.thisismoney.co.uk/money/markets/article-10554643/The-UK-millionaires-want-pay-tax.html
なお労働階級出身者の富豪や女性の富豪が声上げてることが多い感じがする
ディズニーの相続人のアビゲイル・ディズニーも課税を求める声をあげていて女性だね
https://www.bbc.com/news/business-60053919
ある意味課税されて当然の大富豪はおいとくとして、自分自身はいくらあればお金は充分か?の問題、難しいよね
ワイくんは運良く日本人に生まれ、なんとなくITの仕事をしているため、給与を貰いすぎている人々のひとりな訳だが、
レールから外れた人生を歩んでるのと、人よりもできないことが多いのと、いろいろあって面倒見ないといけないものが多いのと、
なんとなくITの仕事してるだけで別に何ができる訳でもないので、そこそこお金は稼げるうちに稼いで溜め込んではおきたい
贅沢もしたい
また犬飼いたい。フラフラ生きとるから犬や自分自身や身内がどんな状況でも責任持てるか自信無くて飼えんのよな・・・
犬飼う程度の贅沢はしたいけど、週末を過ごすためのセカンドハウスってレベルの贅沢はいらないし理解もできない(目の保養ではある)
海外も行きたい。サンフランシスコ→ニューヨーク→ハワイの3つを2週間くらいで巡りたい
でも高級ホテルではなくていい。安全で電気水でトラブル起きなそうならなんでもいい
(ハワイだけはリゾート地だからかまぁ無理がない範囲でそれっぽいホテルに泊まれそうなら泊まりたい)
自分の人生において、他人からハッキリと絶縁された経験がなかったので(単純に気付いてなかっただけかもしれないが)、自身の反省すべき経験として記録に残しておきたい。
今から3年前、2020年のちょうど今くらいの時期。なんだか遥か遠い記憶のような気さえしてくるが、「新型コロナウイルス」がニュースや新聞、ネットで毎日毎時間毎分毎秒のように取り上げられていた頃。
2019年の年末頃から、パンデミックという言葉が出始め、ロックダウンやらクラスターやらなんやら横文字が増えてきたのを覚えている。
もはや懐かしい気さえしてくるが、ニュースやTwitterで『県内〇〇例目となる新規感染者が確認されました』、『当県の今日の新規感染者数は〇〇人でした。』という文言が嫌でも目に入った。そういえば、と思って見返したらこの当時はまだ二桁台だった。
皆さんは覚えてるだろうか。
都会でコロナに感染した若い女性が、自宅療養期間に自己判断で地元に帰り、遊んだかなんだかでクラスターとなり、身元が特定されネットで叩かれ、地域で村八分となり、本人も家族も引越しせざるを得ない状況になった、というネットの記事を。
どこまで信憑性があるかは置いといて、私が住んでいる地域も似たような田舎性がある所なのだ。言い換えれば、自分自身の5W1Hがあっという間に広まる地域なのだ。
そんな地域に住む私だが、仲の良い友達6人のグループラインで、ある話があがった。
世界規模で感染症が流行している時期に、医療関係者の方々が必死に働いてくれている時に、何を考えているのであろうか。
この記録を書くにあたって、当時のラインを遡ってみた。
5月ごろコロナの新規感染者数が落ち着く→6月ごろ上記の飲み会の話があがる→県外に住む2人の友達も「職場から近県であれば行っても良いとお達しがでた」と言う→感染者数の移行を見ながら、自分たちも気をつければ大丈夫!→7月に集まって飲もうと結論
そして終わっている者たちなりにルールを設けた。
「飲み会当日まで、自宅と職場しか行き来しない」という訳のわからないルール。要は、お前らと遊ぶために、家と職場の人以外には会わないよ〜ということ。
家の人や職場の人が生活する中で感染者や濃厚接触者と関わっていたら?なんていうことは考えてもなかった。自分たちさえ気をつければそれで良いと思っていた。再三言うが、本当に終わっている。
終わりしFランバカ6人衆は、買い出しをどうする、ラフティング(川下り)もしよう、何時にどこ集合だと話を進めていった。
あの日までは。
飲み会の5日くらい前、グループのある1人(県内住み)からグループラインに連絡がきた。
『先週の金曜日に、歌舞伎町のホストクラブで働いてるやつとご飯食べたのね。そいつの話だと周りにコロナ陽性の人はいないし、近くにも出てるって聞いたことないと。
まあでも2時間くらい居酒屋で一緒に話したから怖いっちゃ怖いって感じなんだけど、コテージ飲みの前日くらいにその友達に連絡して、発症してなければ飲み会参加したいんだけど、どう思う』
ワオ。すごい。
急遽、会議が開催された。県外の友達もいるのでグループ電話で会議をした。
連絡をくれた彼は、バカ正直に言わずに、歌舞伎町で飲んだことを黙って私たちとコテージで飲むこともできたと思う。でも教えてくれた。
そしてメンバーの誰も彼が東京に行って遊んだことを責めなかった。あれ?もしかしてみんな黙って遊んでたりした??とも思ったが黙っていた。
結果、『万が一のこともあるから今回俺は不参加にさせてもらう』と彼が言ったことをきっかけに、彼以外のメンバーでコテージに行くことになった。
8月にまた集まって遊ぼうぜ!とか何とか彼に声をかけた。
コテージには1人キャンセルの連絡を入れた。本来ならキャンセル料100%だが、コロナの感染の疑いがあるかもしれないと伝えると何故か75%に割引してくれた。
そしてコテージ飲み会の前日、彼からまたグループラインに連絡がきた。
『なあ、おれ具合悪くないし、おれの友達も健康そのものなんだが。
これで参加できないのよくよく考えるとめっちゃ考えすぎな気がするんだけど、どう思う』
ワオ。ワオワオ。どうしよう。
その連絡が入ったのは前日の夕方ごろで、たまたま私はコテージに行くメンバーの2人と一緒にいた。
え、どうしよう、なんてその場で話している内に県外に住んでいる友達の1人から電話がきた。電話の内容はよく覚えていないが、来てほしくないんだけど、どう伝えたら良いか、みたいな話だったと思う。正直、それは私たちも同意だった。というか、彼は自分で不参加にさせてもらうと言っておきながら、どうして話をひっくり返すのか不思議だった。
彼からの『どう思う』ラインに誰も返事をしないまま、1時間ほど話をした。
結果、自分たちから「来るな!」とは言えないからコテージ側がダメだと言っている、と伝えてみることなった。第三者を悪者にしよう作戦。
彼に『コテージに1人キャンセルの連絡した時、コロナ感染の可能性があることを伝えてしまった。その可能性がある人が来る、というのはコテージ側も困ると言っていた』とラインした。念の為言っておくが、事実である。
すると彼は、
『了解👌よくわかった』
と返事を残してグループを退会した。
全員の個人ライン、Twitter、インスタすべてブロックされた。
同じ学科、同じ音楽サークルに所属し、同じバンドをいくつも掛け持ちした。サシでラーメンを食べに行ったり遊んだりしたこともあった。
そんな彼と絶縁した。私たちは絶縁した。
今考えると、『そうだな!一緒に行こう!』とまずは言って欲しかったのかもしれない。いや、彼に電話して直接話すべきだったのかもしれない。
あらゆるSNSをブロックされた私たちは、連絡を取ることができないまま、彼以外の5人でコテージ飲み会を決行した。幸いにもクラスターの発生やコロナ陽性者は出なかった。
私は怖かった。
もし彼がコテージに来て、実は陽性でした、となった時にどれだけ周り(家族や職場)に迷惑をかけることか。若者6人が飲み会をしてクラスターになりました、とニュースになり、近所にあっという間に広まり、村八分にされるのが。
なぜ、彼から連絡があった時に『じゃあ今回はみんなでパスしよう』とならなかったのか。
彼がグループから脱退して半年ほど経った冬、彼の携帯電話の番号が電話帳に残っていたことを発見した。普段はラインかライン電話で連絡をとっていたので携帯電話の番号が入っていると思わなかった。
絶対に着信拒否されていると思ったが、予想に反して彼は電話に出てくれた。
もしもし久しぶりと言い、努めて今まで通りの感じでご飯食べに行こうと伝えた。
彼は、久しぶりと言ってくれた後に、もうお前らとは会わない、と続け電話を切った。
当たり前だが、以降、彼と会ってもないし連絡もとっていない。風の噂で大学の時から付き合っていた先輩と結婚したと聞いた。
彼の結婚式に出席はできないが(式を挙げたのかも知らないが)、結婚おめでとうとここで伝えておく。
近頃平野君と神宮寺君の、というか脱退ジャニーズ関連のニュースが世間を騒がせている。
ジャニーズが卒業・脱退・解散する、というニュースを聞くたびに、私は手越のことを思い出して苦しくなる。
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なんでこのタイミングで書き起こそうと思ったかというと、前述のキンプリの騒動をはたから見る中で、そろそろ一度振り返ってみてみてもいいんじゃないかと思ったからだ。
というか、オルタネートを書いた加藤さんではないけれど、あの出来事から3年という長い月日がたって感情的ならずに思出せるようになって、でもこれ以上離れてしまったらきっと気持ちも記憶も色あせてしまうから、「今」が最初で最後のタイミングなんじゃないかと思った。
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何を話すかといわれると難しいが、結局のところ手越のことをどう思っているかというお気持ちと思い出をたどるための文章である。
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どこから話そうか迷ったが、時系列順で話すのが一番いいのかもしれない。
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なんか女子が騒いでるなあという感じで、当時の関心ごとといえばサッカー観戦、ポケモン、イナズマイレブン、受験勉強、ライトノベル、あとはおままごととかだろうか。
でもVS嵐も、イッテQも、地獄先生ぬ~べ~も、鉄腕ダッシュも見ていたし、キスマイの光のシグナル(ドラえもんの主題歌だった)も大好きだった。
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彼女は歌がうまくて、カラオケが好きで、そして増田担だった。彼女とカラオケに行くと、親友は必ずNEWSの歌を入れる。
当時4+FANの合いの手のリズムがわからなくて苦戦したのをいまだに覚えている。
友達が歌う曲をどうせなら一緒に歌えるようになりたいと思うのがカラオケ好きの性である。
親友に頼んでNEWSのCDを貸してもらい、聞いてみたのが多分2017年。
まずNEWSの歌にはまった。
アルバムを4つくらい借りたのでそりゃ一曲くらい好きな曲もできるし、テゴマスは当時から歌がうまかった。
歌番組の時に親友からアナウンスがあったので、時間が合えば見ていた。
当時日テレっ子だった私は、イッテQで手越を、everyで小山さんを知っていた。
気づけば親友からはテレビドラマやバラエティの番組情報のアナウンスも入るようになり、私はNEWSをしっかり好きになっていた。
親が厳しかったためにファンクラブは入れず、ライブも行けなかったが、私は私なりの最大風速でNEWSのことが好きだった。
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それから2020年まで、のんびりと、自分なりの距離感ではあったが「好き」を貫いていた。
2020年2月、NEWS LIVE TOUR 2020 STORYの当落発表があった。
2017年のNEVERLAND、2018年EPCOTIA、2019年のWORLDISTA、最後に2020年STORY。
4つのライブの頭文字をつなげると「NEWS」になるこの4作品は、通称「4部作」と言われるもので、NEWSにとっても、ファンにとっても思い入れの深い、大事な大事なライブだった。
「STORY(アルバム)」にはファンの将来の夢が収録された楽曲や、メンバーからファンに向けてつづられた思いのこもった楽曲、9人時代からの気持ちに言及するような楽曲、インタビューなどがふんだんに盛り込まれていた。
チームNEWS全員にとって本当に大切なアルバムで、私たちはSTORYのライブの成功を心から願っていたし、心から信じていた。
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様々なイベントの中止が決まっていった。
「来月にはこのパンデミックが収まる」と信じて駆けずり回ってくれた方がどれだけいたのだろう。
大きな会場を抑えてファンのために準備してくれていた。
ライブ直前のラジオ内で行われたマジカルバナナ的なゲームでは、「準備万端といえば?」「「「「STORY!!!」」」」と4人で口をそろえて言ってくれていた。
河川敷をランニング中、桜の舞う中で聞いたその言葉を今でも覚えている。
しかし準備万端だったはずのライブは一公演一公演丁寧に中止を重ねていき、結局全公演中止になってしまった。
実はあの当時、ファンの間でうっすら「STORYが終わったらNEWSは解散or 何かしら節目を迎えるのでは?」という空気があった。
実際どうだったのかは本人たちに聞かないとわからない。
それでも、STORYに込められた気持ちはそれだけ大きかったのだ。
「この作品が最後なのかもしれない。そんなことはあってほしくないけれど、もしそうであれば、悲しいけれどきっとどうにか受け入れることができると思う。」
時が来れば必ず報われると思っていた努力が、世界規模の不幸によってぶち壊されてしまう気持ちは痛いほどわかる。
この辺は一回全員back number 『水平線』と 「入学から、この世界だった僕たちへ。」を聞いてきてほしい。
当時高校生だった私も何度も泣いた。
当時仲の悪かった母親に背中をさすられながら、夜中に号泣したこともある。
高校生活の中で最も大事な思い出になるはずだった最後の合宿が、文化祭が、体育祭が、すべてがなくなってしまうやるせなさに、どれだけ頑張っても結局行われなかったそれらにたいして、声をあげて泣くことしかできなかった。
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彼らは底抜けに明るかった。
少なくとも明るくあろうとしてくれた。
まあ彼らに救われたことに関して詳しく書こうとすると長くなるので割愛するが、ジャニーズWESTと出会ったことで私のジャニーズの世界は大きく広がっていた。
NEWSはびっくりするぐらいジャニーズ内での縦のつながりがない。
気がする。
あったらごめん。
小山さんと手越からちらほら後輩の名前が挙がっていたくらいで、残りの二人に関しては正直ほとんど思い出せない。
加藤さんは正門君と如恵留くんがまあ居るか?と思ったが、名前が出始めたのはコロナ後かもしれない。
少なくともグループ全体でかかわりの深い後輩グループみたいなのはなかったと思う。
NEWSしか見ていなかった時代、全員顔と名前が一致していたのは正直NEWSと嵐とTOKIOだけだった。
ジャニーズWESTはそこが大きく違った。
関西での縦の結びつきは、とんでもなく強かった。
WESTと仲のいいだれだれが出ているなら、時間もあるし見てみよう、という感覚で、芋づる式に「顔と名前とざっくり性格くらいまでなら把握している」程度のジャニーズが増えていった。
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とまあそんな時期、手越が飲んでた。
外で、女の子呼びつけて。
「ねーわ」って思った。
でもまあ手越だし。
そういうやつだし。
そりゃ謹慎くらいするべきやろうけど。
文春では退所報道とかもあった。
正直なところ不安も大きかった。
Johnny’s world HAPPY LIVE with YOUが発表され、NEWSが3人で出演すると知ったときは動揺した。
見るのが怖かった。
それでもNEWSが好きだったから、あとこれは余談だけど、同じ日の出演者がジャニーズWEST(推し)とHey! Say! JUMP(当時好きだった女の子の推し)だったのでその日の配信チケットを買わない選択肢はどちらにしろ無かった。
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泣いた。
それはもうボロボロ泣いた。
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「クローバー」:NEWSからファンへのメッセージソング、4人それぞれが自分のパートの歌詞を書いた。手越のソロパート前半は歌わず、後半は3人で向かい合って歌った。
「weeeek」:6人時代からずっと歌っているライブの定番曲であり、代表曲。
「UR not alone」:4人の代表曲。ライブの最後やアンコールで必ずうたわれる名曲。ラスラビの手越のソロパートはこちらも歌唱ナシ
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手越のソロパート部分を歌わないという選択をした三人を見て、三人は手越の帰る場所を守ってくれているのだと思った。
ほかの2グループがアイドルらしいきらびやかな衣装で華やかな曲を歌っていて、言い方を変えれば自分たちのファン以外の子たちにも楽しんでもらえるような、それでいて自分たちのファンにも愛を届けられるような、そんなバランスの取れたセトリを組んできたのに対して、NEWSははなからNEWSのファンと、それから手越のことしか見ていなかった。
状況が複雑な中、語ることを選ばなかったのかもしれない。
当然だろう。
でもそれと同じくらい、手越さんが一番輝くステージで、ライブという空間で、歌を歌うことで、私たちに、彼に、語りかけようとしてくれたんじゃないかと思う。
私は手越の部分の空席をあえて作るその演出を「3人は手越が返ってくると考えている、これはその表明である。何も案ずることはない。もう少ししたらまた4人のNEWSになる」と受け取った。
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違った。ダメだった。彼は帰ってこなかった。
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3人での配信ライブが行われた次の日、「18時半に手越に関する重大ニュースがある。おそらく退所報道である」という情報がリークされた。
昨日の配信ライブで得た確信なんてものはいつの間にか崩れ去っていた。
どうしてもその事実を受け入れたくなくて、夕方17時に布団に入った。
ただの現実逃避だ。
知るタイミングを遅らせたからと言って事実が変わるわけではないのに。
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朝起きて、ニュースを見た。
不思議とこの日の朝からの記憶はあいまいで、もしかしたら無意識で封じ込めてしまっているのかもしれない。
泣いた気がする。
気がするだけだ。
3人の側があれだけお前の居場所を作って待っていてくれたのに、なんて不義理なんだ。
あれだけ一生懸命準備してきたものを放りだして「今」退所しなきゃいけない理由があるのか。
事務所じゃできないことって何なんだ。
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でも結局彼がわからない。
今書いている恨みつらみが、どの時点で私の中に生まれた感情なのかも正直わからない。
「やめたくなかった」「まだ続けたかった」という発言も散見されていた時、「じゃあやめなきゃよかったじゃん」「今ならまだ間に合うから、戻らせてくださいって頭下げて戻ってきてよ」と思っていた。
それと同時に、私たちを、四部作を、3人を、すべてを放りだして知らない人たちと知らないところへ行ってしまったことに激しく怒っていた。
暴露にもならないような浅い内容の暴露本を出したことにはぶちぎれていた。
それでも、彼が好きな気持ちもまだあった。
心のどこかで彼を信じていた。
彼を嫌いになることで、彼がいた時代の楽しかった思い出たちまで嫌いになるのは嫌だった。
気持ちの整理がつかなくても手越は勝手にズンドコ進んでいっちゃうし、NEWSの3人も少しずつ動き始めていた。
少しずつ「3人のNEWS」が当たり前になっていって、人数が少なくなっていった自虐もたまに挟まるようになっていって。
あといつの間にかNEWSがKinKi Kidsに次いで上から二番目になっていたことにびっくりした。
ずっと中堅くらいの意識だった。
そういえばもう嵐もTOKIOもV6もSMAPもタキツバもいねえや。
あとたまに忘れちゃうけど、エイトのほうが一年デビュー遅いですよ、これは増田さんへ。
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脱退後のインタビューで、「多くの人は、アイドルや事務所という“魔法”にかかっている」と手越が話していた。
違う。
多分違うと思う。
“ただの手越祐也”ではなく、“ジャニーズ事務所のNEWSのアイドル手越祐也”だったから、私たちはあなたの素行を、すべてひっくるめて、「アイドルの個性」と思って愛することができた。
むろん愛すべきところがたくさんある人だ。
花が開いたようにパッと明るく咲く笑顔が大好きだった。
周りを巻き込んで笑わせてしまうような、自分の信じているものに対する絶対の自信からくるあの笑顔が大好きだった。
人の心に直接刺さるような、それでいて華やかで、のびやかで、何にも縛られないような歌声も好きだった。
いつだかジャニーズみんなでTOKIOの『宙船』を歌ったとき、一人きりで上ハモを担当していた。
あの時の誇り高さは、あれだけの大人数でも埋もれない美しい歌声は、きっと一生忘れない。
運動能力の高さと、周りの空気を作り上げてどんな難題だってこなしてしまうところは、天性のアイドルだと思っていた。
彼以上に「アイドル」という言葉が似合う人間はいないんじゃないかとすら思っていた。
どこにも行かないとは思っていなかった。
それでも、あなたの安住の地が、優しいあなたの探してた場所が、僕らの愛したここであればいいと思っていた。
・
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今でも正解がわからない。
「NEWSにいたころの手越が大好きだ」「2020年以降のことに関しては絶対に許せない、許さない」という、相容れない感情がいつまでもぐるぐる渦巻いている。
カラオケでSUMMER TIMEのMVなんか見ちゃうとやばい。
あのMV全員ビジュ良いけどその中でも手越さん可愛すぎないか?
気づいた人がいるかどうかはわからないけれど、私いままでこの文章の中で二回だけ「手越さん」呼びをした。
この段落での一回と、3人での配信ライブの内容に言及したときの「でもそれと同じくらい、手越さんが一番輝くステージで、ライブという空間で、歌を歌うことで、私たちに、彼に、語りかけようとしてくれたんじゃないかと思う」という文章の中。
この三年間、私は手越を恨み続けてきた。
コロナ前までは「手越さん」と呼ぶことも少なくなかったが、退所後はかたくなに「手越」と呼び続けてきた。
ちなみに残りのメンバーはずっと「小山さん」「増田さん」「加藤さん」「山P」「錦戸君」呼びだし、ほかのグループの人のことも呼び捨てをすることはめったにない。
これはささやかな反抗だった。
私は、「私はあなたを許さない」という気持ちを込めて「手越」と呼んできた。それでも、彼のことを愛おしいと思うときには思わず「手越さん」と呼んでしまうのだ。
・
結局私は彼に対するこの矛盾した気持ちを抱えたまま生きていくしかないのだ。
退所前後の一連の行動は許していない。
きっと一生許せないけれど、彼が健康で、幸せでいてくれるといいなと思う。
今の彼のことを応援しているファンのことを盲目だとも思わない。
彼にはそれだけの魅力もある、訴求力がある。
あの奔放さを、考えなしな一面を、どうしようもない自我の強さを、許すことができるのであれば私だって今の彼の活動を応援したい。
もう一度あの伸びあがる歌声を聞きに行きたいし、はちゃめちゃさで成り立ってしまう天才的なバラエティ感覚を享受したい。
でもだめだ。
許せないのだ。
何一つ。
愛していたからこそ。
信じていたからこそ許せないのだ。
それでも愛しているのだ。
・
結局この話に結論なんてない。
せっかくなのではてなに挙げてみるが、誰かに届くかどうかなんて考えてない。
ただ、こういう折り合いのつけ方をした人間もいる。
・
カナダに来たばかりの時に、地下鉄で行ける公園でまだ1歳半の子供を遊ばせようとしたら、浮浪者っぽい人が飛んできて、ここは夜は麻薬常用者がたむろしてる公園で、芝生が安全そうに見えても、針や注射器が落ちている場合があるので子供を遊ばせない方がいいと優しく注意された。パンデミック前に話した浮浪者の人に、なぜシェルターで寝ないのか聞いたら、麻薬が蔓延していたり、犯罪をしろと言われるから、自分で住めるところが決まるまで外で凌いでるって言ってた。その当時でも住居決まるまで1年くらいかかるみたい。強制退去前にSWに介入してもらうのがいいんだけど落ち込んでいたりして手続きを取れないまま失業、家賃停滞、強制退去のパターンも多いみたい。
頭の片隅には常に仕事のことがこびりつき、週末であっても業務内容について考えてしまう。
考えない時間を強制的に作り、精神を休めるためには寝るしかない。そして寝るだけの週末ばかりを過ごす。
心の底から楽しい休暇を過ごすためには、日本から時差のある国に行かないと休めない。
自己責任だ。それは知ってる。
社畜だな、その通り。
今の状況が好きなんだろう?そうだね、とドヤ顔で答えられる。
海外旅行に行けるほど給料もらってるんだろう?と言われたら、まあ。というところ。
多分な事件事案解決への祭り感に乗りたい欲を満たし、自己犠牲精神を捧げ、外資企業に所属をするか業務として請け負っている時は
時差を乗り越えないとならない業務にどっぷり浸かりながらいわゆるWeb/IT業界を中心に転々としもう20年以上。
その間、9.11、2018年には初回のドットコム・バブル崩壊、3.11、コロナのパンデミック、ウクライナ紛争、日本元首相の銃撃事件
雇用体系や所属企業が変わっても一貫して24時間365日正常に動いて当たり前のサービスまたは製品を担当しているので
世情にも社内政治にも社内の状況にも全力で振り回される。
気分的にはジェットコースターに乗っているというより、一分一秒途切れず水もなしに高速で脱水している洗濯槽に生身のまま放り込まれている気分。
オタク「表現の自由を守れ!クリエイターの自由!言論の自由!フェミの規制を許すな!民間の自主規制を許すな!」
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〜コロナ後〜
オタク「飲み会やマスクをしないやつは悪!僕達オタクはしっかり自粛に従って偉い😤」
オタク「あー!なんかイケメンでモテる若いインフルエンサーが飲み会して遊んでる!叩け!殺人者!許すな!(嫉妬)」
ぼく「法的根拠は?」
オタク「え?」
ぼく「飲み会をしたりマスクをしない自由は憲法で保証されてるよ、たとえコロナ禍でも違法性は無いから本人の自由だよね?」
ぼく「法的根拠や違法性が無い行為を圧力かけて叩くって人民裁判だよね?それフェミが萌え広告に散々やった手法なんだけど同じことやるの?」
ぼく「常識ガー命ガー医療ガーってお気持ち論じゃん、俺が聞いてるのは飲み会やノーマスクの法的根拠なんだけど」
オタク「法的根拠とか関係ない、コロナ自粛しないのはありえない」
ぼく「え?君達散々フェミに向かって憲法が法的根拠がって言ってたじゃん」
ぼく「違うのはわかったからパンデミック下で飲み歩いてはいけない法的根拠と憲法の正当性を説明して?」
オタク「............」
オタク「......!!じゃあ飲み会もマスクも法的な拘束力を持たせればいい!どうだ!言い返せるか」
ぼく「自由主義国家やってるのにパンデミック起きたらすぐに法律変えれて国民の行動制限できるってそれ自由主義国家じゃないでしょ、そんな国はオタク君の大好きなアニメの表現の自由なんて保証されないけど大丈夫そう?」
オタク「......」
オタク「......公衆衛生や公共の福祉を守ってこその自由!好き勝手な自由は存在しない!」
ぼく「公衆衛生って?」
ぼく「法的な拘束力は無いけど常識的にありえないなーチラッチラッを世間では事実上の強制と言うんだけどそれもフェミの得意な手口だし自由主義者が一番やっちゃいけないやつでしょ」
オタク「さっきから違法性が無いとかしつこい!違法じゃなきゃ何しても良いのか!」
ぼく「てか君達フェミに普段なんて言ってたか忘れたんですか???????」
ぼく「◯◯は違うで憲法捻じ曲げられるなら最初から都合良く自由主義持ち出してオタクの表現の自由なんか主張すんなよ」
オタク「違う違う違う違うコロナは違う公衆衛生公衆衛生公衆衛生公衆衛生マスクマスクマスク飲み会するやつはバカバカバカバカ陽キャもパリピもバカバカバカ人殺し人殺し人殺し人殺し非常識非常識僕達は正しい正しい正義正義正義」
言いたいことはタイトルで言い切ってしまったので、以下は蛇足である。
5/8で新型コロナが5類感染症に移行となる。時を同じくしてWHOの緊急事態宣言も終了となり、世界的に猛威を振るったパンデミックもひとまずは収束と言えると思う。
自分なりにこの3年を振り返ってみて、楽しかったと思えるファクターはいくつかある。
台風だの大雪だのに不謹慎なワクワク感を覚える人はそれなりにいると思うが、まさにそれの最上級。世界的なパンデミックという、一生に一度遭遇できるかどうかの非日常イベント。
何気ない国際ニュースのひとつとして武漢の新型肺炎(当時は肺炎がフォーカスされていた)が報道されたのが19年の12月末だったと思うが、年の瀬の賑やかさに紛れて不穏なニュースがカットインされる、まさにスリラー映画やSF漫画の導入にありそうなシークエンス。
年を越して2020年、武漢の状況が悪化するにつれて報道の扱いも大きくなってきても、この時点でまだ大多数の人は対岸の火事、せいぜいが以前のSARSや新型インフルのような、それなりの騒ぎにはなっても所詮は限定的な影響で終息すると考えていたと思う。
「これは何かが違う」と思い始めたのは1月下旬、中国全土への拡大から欧州に飛び火し、日本国内でも感染者が報告されたあたりからと記憶している。
マスクが品薄になり、テレビでは連日クルーズ船内の状況がトップニュースに。都市封鎖などという物騒な(しかし蠱惑的な響きの)言葉も飛び交うようになってきた。
日常がじわじわと崩壊していく感覚は極めてスリリングで、眉間に皺を寄せ、表向き深刻を装いつつ、内心に抑え難い高揚感があったことを覚えている。
自分の状況でいえば、2月から在宅勤務が推奨されることになり、急遽work form homeの日々が始まった。並行して外出自粛の風潮が広がり、4月にはついに緊急事態宣言。生活のすべてが自宅に集約されることになった。
幸いなことにコロナ前年に家を買ったばかりで、自宅に引き篭もることに不便がないどころか、快適な自宅を24時間満喫できることは僥倖であったと言える。
とはいえリモートワークに耐えられるだけの設備はなく、当初はダイニングテーブルでPCを開いていた。1ヶ月もせずに硬い椅子に腰が悲鳴を上げたことでオフィスチェアを購入。不用品を片付け、部屋を空け、家具を購入して4月ごろには快適な仕事環境を整備した。
仕事中に仕事そっちのけねデスク整備のブログを参照し、Amazonやヨドバシでアイテムを精査しながら少しずつ環境を整えるプロセスは楽しかった。
通勤という概念の消失は、日常生活に不可逆的な変化をもたらした。これまで通勤に費やしていた毎日往復1.5時間が突如として可処分時間としてカウントされることになったのみならず、「起床してひとまず勤務開始、2〜3のチャットを返したら顔を洗い、洗濯。カメラオフのオンラインMTGに出席しながら朝食」とか、「勤務終了後、夕食を食べてまったりしていたら、メールの返信忘れを思い出した。PCを開いてメール送信だけを行い再び勤務終了」といった極めて柔軟な動きが取れるようになった。
通勤含め10時間近くを毎日無意味に拘束されるオフィス勤務にはもう二度と戻りたくない。
この三年間、世界はコロナを中心に回っていた。政治や経済は当然のこと、社会活動や家族の営み、個人の価値観に至るまでがこの未曾有の疫病に激しく揺さぶられた。
コロナ禍の初期には「ソーシャルディスタンス」が合言葉となり、これまで当然と疑わなかった人と人の近距離での接触が絶対悪となった。
他人との物理的な接触、特に人混みに対する忌避感が急速に醸成された。
飲食店は休業を余儀なくされ、観光地は軒並み閑古鳥が鳴き、興行という興行が中止になり、ついにはオリンピックが延期となった。
全国民に微妙にサイズが合ってないマスクが届き、(結局、その旗振りをした首相を除き、あのマスクを着用している人を見たことがない)、その後10万円が振り込まれた。
公衆衛生と経済停滞のチキンレースの中で、緊急事態宣言が出て、まん防が出て、東京アラートで東京タワーの色が変わった。GoToが始まって終わり、ワクチン接種と副反応は国民の共通体験となった。そして、そのすべてで国民を巻き込む大論争が展開された。
毎週のように状況が変わり、トピックが移り変わる状況には飽きることがなかった。
他にも、欧米諸国での大混乱や中国のゼロコロナ政策を対岸の火事的に眺めることや、未だ謎めいている発生源やそれにまつわる陰謀論の百花繚乱など、不謹慎ながら楽しんでしまったトピックは尽きない。
無論、COVID-19という疾病がなくなるわけではないし、現に今でも着々と感染者は出ている。これからも残り続けるだろう。
ただ、人類史に確実に残るであろう「コロナ禍」というタームは終わる。長かった非日常が終わり、日常が戻ってくる。
それ自体は歓迎すべきことでありまったく異論はないのだけど、一抹の寂しさがあることもまた事実であり、2023年5月6日時点の思いとして増田に残しておく。コロナ禍は楽しかった。
これらの要因は密接に絡み合っているからこれっていうのは難しいが、
地球の気温が上昇するにつれて、熱波、干ばつ、洪水、ハリケーンなどの異常気象がより頻繁かつ深刻になり、作物の栽培、きれいな水へのアクセス、インフラストラクチャの維持が難しくなっている
自然の生息地と生態系の破壊、および化学物質と廃棄物による汚染は、人間の健康と他の種の生存に重大な影響を与える可能性がある
世界の人口は増え続けており、食料、水、エネルギーなどの資源に負担がかかっている
COVID-19 などの新たな致命的な病気の出現は、特にその頻度が高くなったり、治療に抵抗したりする場合、人口と世界経済に壊滅的な影響を与える可能性がある
地震、津波、火山噴火、およびその他の自然災害は、特に人口密度の高い地域では、重大な損害や人命の損失を引き起こす可能性がある
https://news.yahoo.co.jp/articles/a98bfe8758f04ba5fa42d20a5e87963362e8b51b
米バズフィードは4月20日、ニュース部門の「バズフィード・ニュース」を閉鎖すると発表した。同社のCEOは「ソーシャルメディアの力で、無料で質の高い報道を拡散するビジネスモデルには限界があるという事実に気づくのが遅れた」と社内向けのメモで述べた。
2021年に国際報道のピューリッツァー賞を受賞したバズフィード・ニュースは、収益の問題で閉鎖されるとペレッティは説明した。「当社は、質が高い無料のジャーナリズムを支えるための十分な経済的サポートがなかったにも関わらず、過剰な投資をしてしまった」と彼は述べた。
ペレッティはまた、パンデミックやテクノロジー業界の不況、株式市場の下落、デジタル広告市場の減速などの課題を、今回の決断の背景に挙げたが、ニュース部門の閉鎖に至ったことを後悔しているとも述べた。
パンデミック前に体験したほんのり(と当時は思っていた)怖い話を残しておきたいと思います。
当方外資系の商社の営業部で働いている身なのですが、時折他国の支社に出張する機会があり、初めて上司を伴わずに一人で出張となったのが2018の事でした。行先はタイのバンコク。
数日間の忙しい仕事や打ち合わせを終え少し気も楽になった私は、一人であったこともあって独身男性の好奇心のままに夜の街に繰り出すことにしました。
ここでなぜか日本人特有のシャイさを発揮した私は、日本人の溢れる某エリアを避け、バンコク中心部から北東に離れた歓楽街に向かいました(念のためエリアの具体名は避けたいと思います)。有名歓楽街では女性を品定めして「買う」スタイルが主流であるのですが、当時彼女がいた私は海外とはいえそれも気が引け、そのバンコク北東エリアではセクシーな女性と一緒に飲んで楽しむというスタイルがメインとネットで見かけたのも私を後押ししました。
22時頃現地に到着すると、そこら中ネオンやサインで目がくらむというような感じでもなく、一目見て外国人と見受けられる男性陣もまばらです。予想以上のローカル感に少々面喰らいましたが、それらしきバーにとりあえず飛び込んでみました。
店内は50名程度はくつろげるであろうスペースのバーで、奥のステージでは5,6人のお姉さんがやる気のない感じで体を音楽に合わせて揺らせています。
稼ぎ時であろうと思われるのですが、店内には数名の地元客と思われる人たちしかおらず、外国人は私一人でした。今考えると繁盛店でなく、外国人もいない時点で危ない香りがするのですが、興奮と好奇心がMAXに達していた私にはそのことは全く気になりませんでした。
空いている席に着くと、小さめのドドリアのような小太りのおばさんがドリンクとフードのメニューを運んできます。地元密着型であるためか価格はとてもリーズナブルで、万が一の事を考えてかなりの額を両替してきた私の心配は杞憂に終わりました。一通り注文を終えると、ミニドドリアは「ガール?」と言います。どうやら席に女の子を付けたいか、という事のようです。満面の爽やかな(つもりでとても気持ちの悪い)笑みで「プリーズ!」と言うと、ミニドドリアが去って行った後に小柄の可愛い女の子が私のもとにやって来ました。
女の子はとても可愛い!某ダレ〇ガレさんを小柄にしたような彼女は、私のもとに来るなり隣の席ではなく私の太ももの上に座りました。片言の英語でコミュニケーションを取りつつ、私の手を彼女の体のあちらこちらに導く彼女に、この時点で私の興奮はマックスです。気持ちが大きくなるうえに彼女におねだりもされ、オーダーも進みます。ドリンクや追加注文をするたびに席で現金で払うシステムなのですが、現地の通貨になれていない私は正しい紙幣を探すのに苦心し、彼女に助けてもらう始末でした。今考えるとこれがいかに無警戒だったか…
さて、そんな形で楽しく30分ほど飲んでいた所なのですが、まだビールにカクテルを2杯ほど飲んだだけなのに、急に頭が朦朧としてきました。右手でダレノ〇レさんのお尻を撫でながら、楽しさでIQ2になった頭で必死に考えます。「これはもしや…何か盛られた!?」そうこうしている間にも、ますます頭が働かなくなってきます。横にいる女の子に私を心配する素振りが一切ないのも、ますます私の不安を煽りました。
(寝込みに財布の金を根こそぎ取られる…?痴態を撮影されて脅される…?まさか体を切り裂かれて臓器が…)と最悪のシナリオが頭によぎった私は、「今日は帰る」と女の子に告げ、もつれる足で何とか店の出口に向かいました。そばにいる店員は口々に「レスト!レスト!」と言ってきます。いよいよ危ない感じがしてきました。
ひどい千鳥足で出口までの道のりは永遠にも思えましたが、店のドアを開け、外で目に付いた最初のタクシーに飛び乗りました。
その後の一時間ほどの事は全く覚えていません。幸運だったのはタクシー運転手が超が付くほどの聖人だったことです。行先も告げずに気を失った私をとりあえず安全なバンコク中心部まで送り届け、そこで車を停めて起こしてくれました。彼の言うところによると、私の後を追って店員がタクシーのもとへやって来て、「この外国人は気分が悪いみたいだからうちで介抱する」と車から降ろすようにしきりに促していたようです。そこで車から降ろされ店に帰されていたら、果たして無事に帰国できたか分かりません。
ちなみにその後、混ぜ込まれた薬物の質が悪かったせいか、宿舎のベッドからほぼ動けない状態で上下の口からのマーライオンに2日間悩まされたのですが、理由が理由だけに同僚にも何も話せず、ただの体調不良を決め込んだのでした…
日本でもニュースなどで、女性をターゲットにした「デートレイプドラッグ」が報道されることがあります。しかし男性でも私のような形でターゲットになることがあるとは想像だにしておりませんでした。
ハルシオンやデパスのような即効性のある薬を、しかも店までグルになって仕込まれると、ほぼ対抗策がありません。私のような無鉄砲なエロ河童は少ないと思いますが、海外にお出かけの際にはくれぐれもお気を付けください。