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はてなキーワード: トリガーとは

2018-01-21

ダーリンインザフランキスが酷かった

面白かった人はスルーして欲しい

 

1話だけ見た、2話は見るつもりない

トリガー大丈夫か、と不安になった

セルフオマージュ、どっかで見たデザイン、どっかで見たキャラ、どっかで見たストーリー、どっかで見た設定、キャラが皆同じ口調、みんなポエマー

 

同じ人たちが作ってたら、似たものができるってのは分かるんだ

それを踏まえた上で、トリガーガイナあたりは更に面白くしてくれるチームだと思ってた

でも今回のは違う

まるでファン二次創作したような・・・しかも強いシーンばかりを継ぎ接ぎしたような

なんだこれは

過去の名作を読み込んだAI適当に出力した作品か、はたまた専門学校ヲタ学生作品

ツライな

 

フリクリ2は大丈夫・・・あ、あれIGだっけ

2018-01-18

日本に愛はない

憎悪があるだけ。なぜならば、憎悪があってそういう行動に及んでいるから。愛があるからではない。

っていうか、日本みたいな劣等民族に愛があるはずがないし、そんなものが行動のトリガーになる

はずがない。

2018-01-15

anond:20180115000129

こういう話聞くと、

昔の日本保守的な異性交際の文化

性感染症の防止という意味合いプラス

作用していたのではないか?と思う

現代日本で、

異性経験200人、300人とか豪語する人って

確率で何らかの性病感染している確率が高い訳だし。

そこで、

自然界には、こういうトリガーの外れた不衛生な個体排除する仕組みは無かったのかなー

と考えてみると。

例えば、昆虫だと性行為後にオスかメスが相手を食べる習性を持つものがいるけど、

そういう背景なのかもね。

哺乳類だと、そこら辺甘いんだよなー

感染したメス・オスが回り回って群れ全体を感染させる危険性を排除しきれない。

最終的には、突然変異で耐性がつく or 群れ全体が淘汰されるという話なのかねー

とすると、人類におけるヤリチンヤリマンという種族は、

進化過程にあるニュータイプなのかもしれない。

是非とも頑張ってほしいもである

2018-01-14

三大ロボット萎える要素

2018-01-07

anond:20180107024859

ついに、本物の意識高い系リベラル派まで広がってきたのねー

海外メディアが報じたってのがトリガーだと思うけど、

あーいう人たちの言動は、

増田意識高い系リベラル派の後追いになることが知れただけでも

今回の件は収穫多いですわ 笑

2018-01-06

anond:20180106173044

軽蔑を覚えると辛くなるし風呂入っても悩みが取れた気がしないからじゃないのあとトリガーとして不適切だとかまあこう言うのは

anond:20180104221258

御返事ども。君がトリガーになってるかもしれないので、君は婚活市場から退出したほうがよくないかな。男性意志無限じゃ無いよ。

2017-12-30

anond:20171229201216

この手のって結局「晒し」だけでも相手にとってはとても「困る」ことだろうという想像が前提なんだよねえ。

 

ネットで長く生きていると「オフ会で一度知り合った(個人情報たくさん知った、ちょっと頑張れば特定できる)けど仲良くする気にはなれないまま相手が闇落ち炎上した」なんてこともある。

そんなときみんなどうするかだね。

もちろん、炎上を経て特定されてwikiいけば本名書いてある人も大勢いるけど、まだそこまでいってない人で。

これ一緒にオフ会出てた人と目と目で「おまえ行く?」「いやまだだろ。」「おまえが行ったら俺も行くわ。」みたいな状態あるある

もちろん犯罪行為はしないけど、「(合法範囲で)何をしたら相手は困るか」「(合法範囲でも)何をされたら自分は困るか」いろいろ想像力を働かせてみよう。

結局は意外なことがトリガーで、意外なことが抑止力になってる、そんなもん。

 

元増田 は 煽られ耐性 に 気付いた」

2017-12-26

発達障害と診断され社会不適合者と確定したので好きに生きようと思う

そりゃ上手くやれんわと

まれ物心が付き、過去を振り返れば人付き合いというものが非常に苦手だった。

現在31歳。ずっと人間関係をどうにかしようと、どうにかしようと努めてきたけれど、やっとその努力を辞める決心が付いた。

そのきっかけは、自身がいわゆる「発達障害」であり具体的に言えば枕詞に「非常に強い」と付く「ADHD(注意欠如多動性障害)」および「非常に強い」と付く「ASD(自閉症スペクトラムアスペルガー症候群)」であることが判明したからだ。

これら発達障害名称は話に聞いたことがあったし、ネット上で「俺はアスペからwww」とジョークを言ってみたり「コミュ障乙www」なんて軽く言われたことはあったけれど、まさか本当に自身がそれに該当するなんて思ってもみなかった。

ただ「非常に強い」と言われたとき驚きや悲しさ、怒りなどはなく、妙なしっくり感があった。やっぱりそうだったかと。

どうやら義務教育下の学生なら、そういった学級に入っっていなければならなかったレベルらしいが、学生とき普通学級だったし、こういうことを指摘されたこともない。

更に「無駄努力してきたな」と自嘲の念も浮かんだ。他人へ合わせようと努めてきたけれど、それは自分にはできないことだったわけだ。

歩み寄り

医者と話しているときポロッと自分から溢れた言葉がある。それが「歩み寄り」だ。

慣用句的な表現に「人と人は歩み寄り理解し合いましょう」というものがある。

様々な騒動を起こし、問題の中心へ居続けた俺は、実のところずっと他人へ歩み寄って合わせ理解しようと努めてきた。

他人共感できない価値観文化風習を飲み込み、あまつさえ合わせることが幸福であるかのような笑顔を作り、ずっとずっと俺は歩み寄り続けてきた。

結果として俺の価値観へ歩み寄ってくれる者はこの社会に極々少数しか居ないことを経験するに至った。

大半の者は「それは間違っている」「常識的おかしい」「その考えはつまらない」などと否定言葉をかけてきて、ただただ俺にだけ歩み寄ることを求めて来た。

俺がいくら譲歩して、歩み寄っても大半は歩み寄りをしないのが現実だった。

社会は常に「理解しろ」「理解しろ」「理解しろ」と、他人は常に「歩み寄れ」「歩み寄れ」「歩み寄れ」と俺に求めてくるだけだった。

からないでもない

ただ、今までの人生の中で溜めた経験に問い合わせ他人感性へ歩み寄れば、わからないでもない。

"普通に"考えれば「発達障害医学的に感性のズレを指摘するものであるから発達障害感性一般的感性の持ち主が歩み寄るのは困難、もしくは苦痛であると推測できる。だから俺はそういう感性へ対して「わからないでもない」と返答する。

俺が一般的感性の持ち主へ理解してもらいたいのは「その困難さ、苦痛さを俺はずっと感じてきた」ということ。俺はその困難さ、苦痛さをずっと感じてきたから「わからないでもない」んだ。

そして、一般的感性の持ち主の人々が俺に対してしてきたことに罪はないと思う。俺自身発達障害だと知らずに生きてきたわけだし、ましてや赤の他人配慮しろというのは無理がある。だからあなた達に罪はない。

単に自分自身で気付きも、他人に気付かれもしなかったことが不幸だっただけだ。

与えられた責任を投げ出す

俺にとって他者から教えられ、与えられた責任を投げ出すというのは非常に勇気のいることだ。

何故なら俺には責任を投げ出すことは無責任であり罪であるという常識が刷り込まれており、それらを投げ出すことは不安しかない。

しかし、その社会的責任を負い、社会的責任を果たすことは俺にとって困難であり苦痛であり、更には他者迷惑を掛けるトリガーになりうるものだと言うのは既に人生の中で経験済みだ。

から、真面目に社会的責任果たしている諸氏には大変申し訳ないが、俺は発達障害という診断を得たこタイミング勇気を持って力強く責任を投げ出そうと思う。

収入はどうするのか?

とりあえず今の仕事退職することに決めた。

まだ国から障害認定を受けてはいないが生活保護を受けさせて貰うという流れになりつつある。

ただ生活保護を受け、何もしないというのは個人的価値観から非常につまらないと感じるので何かしらの仕事をしたいなと考えている。

さなからパソコンが好きだったのでパソコンを使う在宅の仕事ランサーズクラウドワークスあたりに転がってないかなと日々見ているが、今まで業務としてパソコンバリバリ使う仕事をしたことがないので、要領をつかめず、更には労働対価が適正かどうかもわからないので見てるだけに留まっている。

パソコン趣味を続けていたら一応HTML/CSSなどのコーディング簡単なCプログラミングWordExcelPowerpointの基礎的なこと、画像加工や動画編集などがいつのまにか出来るようにはなったけれど、コレが業務利用可能レベルなのかどうかもわからないので、むしろ業務利用できるレベル学習をしてみたい。

こういった仕事プロを前にして趣味・独学の人間が大見栄切って「仕事で使えるレベルです!」と勝手自己評価で言っても事故になる未来しかかばないので、1番最初仕事をどうやって選定して良いものか本当に悩む。

単なる愚痴

ここまで読ませておいて難だけれど、このエントリは単なる愚痴に近い。

不幸なことに30年以上も発達障害だと気付くことなく・気付かれなかったわけだけれども、幸いなことに30年以上も「普通大人」であろうとした経験を俺は得た。

この経験は俺に「全く共感できないけれども他人はこう考えているだろう」という推測をたてられる能力を与えてくれた(外れることも多いけど)。

俺は普通には生きられないけれども、ひっそりと社会迷惑をかけないように好きに生きていこうと思う。

2017-12-25

神と宗教の発生しなかった民族ってある?

場合によっては神でなく精霊とか悪魔信仰とかも含むけど

そういった目に見えない超越存在を一切信じなかった民族って存在する?

元々そうでも後からカトリック仏教イスラムに準じただろうけど

 

追記1:

もし交流のない民族同士が自然発生的に超越存在意識したのだとしたら

それは知能指数トリガー

実益としての宗教はよく議論されるけど、発生の原因はあまり語られない

2017-12-21

はあちゅう嫌いだが、支持という立場について

・今回、はあちゅう氏の告発により、岸氏の信用が地に堕ちると共に、はあちゅう自身批判が集まり、結局、告発行動の趣旨矮小化されてしまった。つまりセクハラを許す構造は何に由来し、その構造が未だに維持されている業界は他とどう違っており、我々はどのようにその構造解体したらいいのだろう?という議論の深まりには至らなかった。

武器を持った通り魔が瞬間的に大量殺戮を行なうのを制止するのと異なり、日常的恒常的に行われるある種の性暴力は、単に悪い個人排除すれば解決する問題では無い。それを許す(時にはそのような人を求める)ような土壌、構造存在する限り、排除された権力の空白に他の誰かが座るだけだからだ。仕事が出来るキチガイは、どうせ星の数ほどいるのだから

・このような構造、土壌を個人の力で解決することは非常に難しく、だからこそ誰かが声を上げ、人数のチカラ、ある種の動員を持ってして構造改革にまで持っていく必要がある。metoo運動に意義があったとしたならば、そのようなところだろう。

しかし、結果として、そのような論点には目はあまり行かず、はあちゅう氏やよっぴー氏に批判が集まり「岸氏は非常に悪かったが、はあちゅう氏も同じ穴の貉的」な扱いを受けることになってしまった。

・この増田としては、よっぴー氏や深津氏が問題点として挙げていた「身辺が綺麗な人間で無いと告発出来なくなる」ことについてもう少し深く言及していきたい。

・一部では岸氏のセクハラ問題とは別にはあちゅう氏の童貞揶揄問題があるのであって、それはそれこれはこれで批判すべきであると言う正論が主張された。確かにこれは全く別件の話なのであって、別の話としてはあちゅう氏が批判されることは妥当であるかのように思われる。

しかし、問題はそんなに簡単なのだろうか?ここから人々はこう学習するのでは無いだろうか?「セクハラ告発をすると注目が集まり、その結果、告発関係ある/ないを問わず批判が集まってしまう」と。そのように言うと、批判妥当性を持ち出し、妥当批判から為されるべきである、とあなたは言うかもしれない。

物事はそのように単純には割り切れない。告発者にとってみれば、批判妥当であればあるほど、正当であればあるほど、謝罪や総括や反省をする必要性が生じる。告発による負荷が増えるのである。それは、別件であろうが何だろうが、告発を行なった結果、告発トリガーとして発生したことなのであって「実質的告発コスト」として勘定される。告発者となる可能性がある人が、これらを予期し、結果としてそれをやめてしまうことは充分考えられる。

・それでは、果たしてそうした予期を防ぐために、我々は司法取引的に、告発者の全てを許すべきなのだろうか?いや、それもあってはならないし、単に受け入れられ無いだろう。はあちゅう氏のある種の価値観童貞揶揄に対する批判はいつか為されるべきだった。

・ここでの落とし所は「いつか為される」こと、つまり司法取引的に告発者の過ちを「全て帳消し」にするのではなく「一旦、この告発が行われたタイミングで過ちに対する請求(批判反省謝罪を求める行為)を停止し、しかるべき時と場所で行う」ような、タイムラグを作ること、あたりにあったのではなかろうか?告発コストとして勘定されないように、すぐに批判を加えず、一旦留保するいう振る舞いである。

・その意味で言うと「はあちゅう嫌いだが(一旦置いといて)、告発応援する」という態度は、実はかなり妥当な落としどころであった可能性が高い。しかし、よっぴー氏の擁護が「彼女の過ちをチャラにすべき」のように響いてしまった(意図はそうでは無かったようにも読めるが)のもあり、その遅延的な免罪も無くなってしまったように思う。

・無論、別の観点、例えばはあちゅう氏の発言や態度により、実質的被害を被った人の立場からすれば、はあちゅう氏の過ちに何らかの配慮すること自体を許せない、許さないと主張するのも当然、正当な立場である。それが帳消しだろうが遅延だろうが関係ない、結果として、セクハラ告発コストが上がろうが、それは別の話であって、自分には関係の無いことだ、と。

・ここで、我々はもっと当事者意識を持つべである問題はこのように複雑である。我々は例えば、どちらかの立場を選ばざるを得ない。

1)告発者の過ちに何らかの手心を加え、告発コストを下げて悪しき構造解体への寄与コミットする。

2)告発者の被害者コミットし、告発者を批判し、反省を促す。実質的告発コストは上がる。

・そう、我々は無関係では無い。我々がこのような件について言及するとき批判するとき、それが本気であっても面白半分であっても、その件についての、なんらかの結果を左右してしまう。我々はいずれかの立場を助け、もう一方を挫くような、そのような当事者である。つまり、ある立場人間を傷付ける者である

告発者は善人でなければならないのだろうか?やましい人達は、弱い人たちであることも多い。傷つく人達は、愚かな人たちであることも多い。素晴らしい人たちについて、我々は簡単に同情可能である。善人ついて我々はすぐに感動を覚える。善き人たちは、すぐに救われるだろう。善人たちとともに、そうでは無い、理解不能で、愚かで、同情し難い全ての他者を「人間扱い」するために、おそらく、人権はある。

2017-12-16

https://anond.hatelabo.jp/20171215170850

日本人になんか配ったらだめ

すぐ行列つくってくるところみてもそう

最低限の環境を用意したら最低限のなかでいかにくらすかを

知恵を絞って適応してくる

貧困を救済したつもりが貧困クラスター形成になってしまったり

たりなければあるもので工夫する気質がへんなところでいかされる

ないと死ぬじゃないとあきらめない

死んでもさらにあきらめないやつもいるか死ぬ程度では

しんでもいいやがでてくる

日本人貧困から救うためには

かにならなければ自由がないということを差別的に誇示する必要

あるけれども嫌儲清貧といったトリガー弱者救済

階層構築方式で行ってきた伝統エスカレーター片側あけがごとく

浸透してるので困難

本当に助けたいのはその当人なのかその階層の人なのかということを

最初に明確に目的として救うためには犠牲必要

どっちを犠牲にするか選択しないと

けっきょくみんな同一に犠牲になるだけ

2017-12-15

anond:20171215171027

何かを成し遂げたり人に褒められた時の高揚感は、ほんのひと時だけ常態化した不安感を麻痺させてくれる。

それが自信だと思っていたこともあるけど、なんか違うんだよね。

だってもともと自尊感情高い人は、なんの外的なトリガーがなくても自家発電みたいに自尊感情が高いもん。

から、自信のない人はとにかく成功体験を繰り返せみたいな説法は実感としてまったく信じていないし、

この期に及んで自信をつけたいというのはもはやないものねだりだと思って期待せずに生きている。

自信がなく不安感情につつまれてても実績は作れるということを知ってるから。まあでも生き辛いのは確か。

2017-12-08

はてなブログEdgeで開いて記事書いてると、一定時間経過?かなんかのトリガー勝手に画面リフレッシュが始まって、書いた内容が全部消えるんだけどなんでなの

放置してるときじゃなく、普通にがりがり書いてるときリフレッシュされるんだけど

まあEdgeがクソなのはわかる、よく固まるし

2017-12-05

発達障害記事について見ていてすごくやきもきするので書きました

この記事について

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171203-00010000-yomidr-sctch&p=1

きちんと理解していない人が的外れ意見炎上させているの、見ていられなかったので書きました。

できる限りわかりやすく平易に書こうとしていますが、そのために誤解を招く表現が生じた場合は適宜修正を加えます

三点あります

発達障害についての基本的な誤解

②あの記事で伝えたいこと/意図していないこと

③やめてほしいこと

発達障害についての基本的な誤解

まずそもそも発達障害かどうかというのは医師しか「診断」できません。臨床心理士がそうでない人間そうかもしれないと思うのはあくまで「推測」です。そして発達障害理解のない人間が「あの人発達障害なんじゃない?」と言うのは悪口になります

発達障害であると「診断」されている場合、その人あるいはその人の保護者は困っている可能性が高いです。どちらかでも困っていなかったらわざわざ医者にいって診断などしません。困っている原因が発達障害であるとわかれば対処法がわかってうまく付き合っていくことができるかもしれません。この診断はレッテル貼りのためのものではなく、今後「発達障害によって困っていること」をうまく対処していくためのものです。

②あの記事で伝えたいこと/意図していないこと

くだんの記事は決してレッテル貼りをしたいわけではなく、単にケースの話をしています

発達障害でない人間」は通常、他者への発話の際に波風をたてない言い方を把握しています。また、相手によってもそれを変化させることができます。「めんどくさいから一人で行くわ」という発言に嫌な気持ちにならないグループもあるでしょうし、仮に思うことがあっても相手攻撃しないグループであれば、同じ内容の発話であっても話は全く違うでしょう。しかしこの記事にこの事象がケースとして乗っているということは、この女子中学生はこの発言の後「仲間はずれにされて部活にいづらくなって」います

・発話を受けたグループ女子中学生発言を許容せず

・その後女子中学生は仲間はずれを受けて困った

この場合、怒るべきはこの記事を書いた人ではなく、「めんどくさいから一人で行くわ」という発言に対して許容せず排除するような環境がつくられていることではありませんか? また、この女子中学生でない他者が似たような発言をしてそれが許容されるかどうかは、この女子中学生には全く関係のないことです。

その発言をしても許されるかどうか判定のできる人間とは違い、このこの女子中学生は仲間外れになりました。「なじみたい」のに「なじめない」という時点でこの女子中学生は困っています。これがエスカレートするといじめに発展する場合もあります女子中学生って、異端に対して厳しいですよ。「自分別に平気だった」という人もいれば、平気じゃない人もいます。平気だと主張する人は平気なのでしょうが、それを当事者押し付けるのはおかしいんじゃないかと思います

誤解しないでほしいのは、私はいじめの原因が発達障害者にあると言いたいわけではありません。いじめをするのはいじめる側が悪いです。そしていじめを許容する社会の歪さを表していますしかし、女子中学生が「発達障害であることによって「一般的社会性に欠けた言動をすることがある」「その相手がどう思うか気持ちを考えられないことがある」ことで女子中学生不利益を被っている場合純粋支援するべきです。

また、発達障害に対して理解が進んでいないことについては、ケースの女子中学生発言に対して仲間外れを決行することからもわかります記事に対するネガティブな反応が仲間外れをする側でなく発達障害のケース自体に向いていることも「ああ理解がすすんでいないんだな」という印象を深めました。発達障害者でないならこの記事のケースに自己投影するのはおかしなことです。

③やめてほしいこと

基本的に前提として発達障害者、またはその保護者が困っている以上、支援する必要があります

この症例においてはすでに女子中学生はおそらく発達障害と「診断」されていていますあなた医師でもなんでもなく、女子中学生の他の言動をみたこともないのであれば、あなた彼女発達障害であるかどうか決めることではありません。そして女子中学生発言の一つのみを見て「自分もこれぐらい言うしこんなの発達障害じゃないじゃん」と思い込むのは、発達障害に対する偏見を表しています

もしもあなた発達障害者は奇声を発したりブツブツ言ったりするものだという思い込みがあるのだとしたら、それは数多くある例のうちの一つでしかないと言わせてください。

以下、ツイッター複数見かけた意見についてです

・こんなことが発達障害って言われるなら自分発達障害でいい

あなた発達障害でないなら発達障害と言うのは絶対にやめてください。冗談だとしても迷惑になります。この記事あなた発達障害であるかどうか診断するものではありません。あなた普段このように言うことがあることと、記事女子中学生がこのように言うことは別の事象です。あなた本来憤りを感じるべきはこの発言をしたことでその女子中学生がその後いじめられたであろう環境にあるべきだと私は思います

職場いじめを受け、発達障害だとレッテルを貼られ退職に追い込まれた。しかし診断結果は発達障害ではなかった。

→大変な思いをされましたね。しかしそれはその職場人間あなたに対し行ったことであり、この記事あなたがに対してレッテルを貼るものではありません。同一視してまるで自分がこの記事によって攻撃を受けたように言うのはやめてほしいです。

繰り返しになりますが、重要ことなので書きます

この世界でのコミュニケーションはだいぶ部分が「発達障害でない人間」で構成されています。そのため広汎性発達障害の人たちがコミュニケーションの場にいるとき発達障害出ない人間らしく発話や行動することによって「発達障害でない人間から異質なものに受け取られることが多々あります。「発達障害でない人間」がコミュニケーションをとるときにはある程度相手がどこまで許容するのか何がアウトなのか把握し、会話のなかで「相手を傷つけないであろうと思われる語彙」を無意識に選んだりすることが「できる」ことがほとんどです。場面などによって「できるがしない」場合もあるでしょうがそれは「できない」ではありません。

ここが一番重要なのですが「本人または周囲が困っていること」「対処法がわからずうまく付き合っていけないこと」がトリガーですので我々が「え~〇〇ちゃん/くんは別に発達障害っぽくなくない?」などというのは本当に的外れです。この手の発言はむしろ迷惑であることを知っていてほしいです。あなたにとってそれは発達障害者に対するいわゆる「誉め言葉」なのかもしれませんが、本人がそのことについて本当に困っている場合無理解を悟って悲しくなります。「○○ちゃん/くんって発達障害なんじゃない?」というレッテル貼りと同等にやってほしくないことです。本人が困っていることについて、主治医でもなんでもない他者判断することではありません。

もしもあなたがこの記事に対して疑問に思うことがあったなら、まず広汎性発達障害についてきちんと調べてみてください。なぜそれが「障害」だと言われているのかについて考えてください。当事者が困っていることについて、「障害じゃない」なとどいうのはやめてください。当事者が困っていなければ、それが「障害」と定義されることはありません。

2017-11-28

叩かれる人物には"起こっている問題"以上の原因がある

貴乃花増田見て思ったんだけど、大体これ当てはまると思うんだよね。

何か間違ったことを一度言ったりやってしまったりしたことだけで人はあんなに怒りにまかせて叩いたりしない。

叩かれている事象以上の何かしら原因があると思って間違いないと思う。

煩いとか言い方が気にくわないとか上から目線とか謝るつもりのない態度とか、大抵そんなものが積み重なったことを一つのトリガーきっかけに叩くようになっただけ。

人は感情論だけで叩く事にものすごく躊躇する。自分感情論で叩かれることを恐れるからなのかもしれない。

ああ、追記しよう。増田に至っては上記に当てはまらない。

なぜなら匿名なので、自分が直接名指しで叩かれる心配がないからだ。

心配事がなくなったことで誰でも好きに叩ける増田は最高だね。

2017-11-16

実在14歳巨乳女性性的な目で見て二次元創作SNS共有するのはなぜ

https://togetter.com/li/1171485

俺はアラサーの男で、人に性的な目で見られることがたぶんほとんどない。なので人に性的な目で見られることが不快かどうかは、正直よくわからない。

ただ電車に乗ったある日、ふと気づくと露骨に顔を覗き込んでくるちょっと普通雰囲気じゃない真顔の汚い人がいて心底ビビたことがある。そして俺が気づいて顔をそらした後も、俺が下りた後もずっと俺を見ていた。自意識過剰承知の上でとにかくかなり気持ちが悪くて、…まあいいや、すぐ忘れるだろ!と思ったけど3年以上たった今も覚えている。

たぶん「人に見られる」ということや「人に見られていると感じる」ことは、それだけでわりとストレスになるんじゃないだろうか。知らない人ならなおさら。あまり人の視界に入らない同族の方にも是非想像を張り巡らしてみてほしい。

そしてそれが「性的」となると、ただ不気味なだけではなく、より現実的危機を予感させるものになるのだ。

性的な目で見られたことをきっかけに直接身体的な危機被害があったり、そういうエピソードを伝え聞くことによって、性的な目で見られる=危険回避すべき=不快、という感情トリガーと結びついて回避しようとするのは生き物として合理的だ。「性的な目で見られることが不快」という根底にはきっとこういう経緯と感情が流れている。

(他にも「性的=いやらしい」みたいな洗脳教育の影響があるのかもしれないけど、こっちは意味がわからない。いやらしいって何?)

ともあれ「性的な目で見られること」は危機を感知させるものであり、「常に性的な目で見られているかもしれないと感じること」はいうなれば危機感センサーが常に警報を鳴らし続けるということでそれはたいそう疲れ滅入るというか、結果として「キモイ」「ムリ」という感情が表れるのもある意味正常だよな、と想像する。

そしてそれがまして14歳などという中二前後、ヒトの最も繊細で危なげで多感な時期に「危機感センサー」を鳴らし続けるのはさぞかし辛かろう。自意識過剰感情の行き場がなくなりやすくてべらぼうに傷つきやす人達が「これはもしかして自分のことでは…?」と悩んでしまうとしたら、それはなんだかかわいそうだと思うのだ。その後の価値観・考え方にも大きく影響するだろう。

から、本人が特定されようがされまいが、「もしかしてこれって私のことだろうか、私は常にこんなふうに誰かから見られているのだろうか」と誰かを不安にさせることは、思いやりの心を持った人間としては、極力なくしていきたいというものだ。人の目に触れないところで楽しむなり、創作だと断言したり、やりようはあるはずだ。

ちなみにあの件、SNS拡散すればするほど、創作物を目にして自分のこと?と不安になる人も増えるだろう。作者だけでなくシェアした方々は己の影響力を過不足なく見極めていただきたい。想像力と思いやりのある人間ならば。

はいえ人が人を性的な目で見ること、とくに男性女性性的な目で見ることは避けられそうにない。なぜならその外見の性的魅力への感情トリガーになって生殖してきたのがヒトだから。なので本当の本当は、性的な目で見られる→危険!→イヤ!!という感情の結びつきが、その原因となる事案がなくなるといいよね。ヒトがヒトに優しくなれるように、できることや抑止力はないかなぁ…。

ところで、性的な目で見られること、あるいは二次元として創作されることが「消費される」「モノ扱いされる」とはどういうことなのだろう。それは何がいけないのだろう。記事を読んで懸命に考えたが引き続きわからないままだ。

2017-10-30

弱者男性の増加が、日本を変える!

人間というものは面倒くさいもので、目の前に明確な危機危険が現れないと、容易に重い腰を上げないものだ。今の日本全体を覆っている行き場のない閉塞感を打ち破るトリガーになりえるのは、おそらく弱者男性存在だ。リアル社会でもネットでも叩かれる傾向が強い弱者男性であるが、この弱者男性の増加によって社会は変わってきている。だからこそ、今声を上げて言いたい。弱者男性が増えることこそが、日本を変えるのだ!

弱者男性存在がもたらした最大の功績と言えば、「男社会」の社会通念を現在進行形の形でぶち壊していることだろう。今までは男は女を守って当たり前、男は女よりも金を持っていて当たり前の価値観があったが、今の若い男にはこんな古い価値観通用しない。女も経済力負担して当たり前、女も社会責任を持つのが当たり前という価値観が主流になってきている。しかし、肝心の社会の仕組みが昔の「男社会」のまま変わらなかったので、女性社会進出男女共同参画社会の実現も頭打ちの状況だった。

このこう着状態を打開するのが、今以上に弱者男性が増えていくことだ。女側からすれば、もはや男の経済力を頼ることはできないので、自らが主体的に働いていかざるを得なくなる。結婚して子供が欲しければ、自分から男を探さざるを得なくなる。今後、女の上方志向はおそらく消滅する。実際問題として、経済力のある男がいなくなれば、物理的にそうなるだろう。弱者男性の増加の結果として、女性社会進出は今以上に進むことになる。

今の日本で数少ない強者男性も、内心では「男社会」をぶっ壊したいと思っている。今のままでは、日本のものが持たないことは強者男性自身が一番よく理解している。その点においては、強者男性弱者男性も思惑は一致している。

2017-10-28

オバさんになるのが怖い

老いに対する恐怖ではなく、文字通り「オバさん」という存在自分がなることが猛烈に怖い。

あなた今日からオバさんです!もう若くないですよ!」と定年退職のようにスパッと自らがオバさんである認識できる仕組みがあるならいい。

でも、オバさんって無意識だ。

すごく尊敬していた年上の友人がいる。それなりに賢くて(賢いと思っていた)理知的自分意思がしっかりある人。

こんな大人になりたい、と学生時代は思ったものだ。

彼女最近よく怒るようになった。

さいこから自らに関係ない世の中のゴシップ、あと「結婚」が異様に地雷のようで、テレビ番組家族団欒特集ウェディング特集に常に怒っている。見なきゃいいのに。

「こんなことも知らないんだw」と周りに自らの薄い知識を開けかすようになった。

「軽い気持ちで●●を見たら後悔するよ( ;´Д`)」 その作品、割と有名だし、そこで優位に立ったところで誰が得をするのか。

「これだから老害は!」「これだから若い子は!」自分と同じテリトリーに属さな人間をいつだってひとくくりにして批判するようになった。

以前はこんな人じゃなかった、と思う。

少なくとも、楽しそうだった。イキイキしている彼女が、何事にも捉われず自由に生きている彼女が好きだった。

老害」「新規」を叩き、様々なものを阻害する、まさに「オバさん」だと思う。

現実でもインターネットでも若い人間に異様に物事を教えたがったり、はたまた異様に忌み嫌ったりする割と年配の女性というもの一定存在する。

自らの界隈ではないので詳細は不明だが、先日とあるベテランアイドルグループ中学生くらいのファン女性に、デビュー当時からファンを名乗る女性が長文で「若いファンのこういうところが嫌い。あなたたちが私たちに擦り寄ってきてくれれば私たちデビュー当時の貴重な映像音源なんかをあなたたちに無償提供してあげるのに」といったような文章を送りつけているのを見かけた。

ドン引きした。「ドン引き」という言葉しか形容できないほど気持ち悪く、まさに「オバさん」的であると感じた。

自らの娘と同世代、下手したら孫世代でもおかしくない子供に対してだ。(しか中学生くらいの女性本人はマナー違反等をしたわけではなく、「どうして新規が嫌われるのだろう?もっとみんなと仲良くしたい!」といったような純粋な呟きがトリガーとなったようで、彼女はそれを批判するでも煽るでもなく「そうか!こうすれば昔からファンとも仲良くできるんだ!」とはたまた純粋気持ちインターネットにその婆オタクから届いたメールを載せたらしい。気の毒だ。)

そんな純粋無垢でまだわからないことの方が多い若い年齢の人間にムキになって何が楽しいのだろう。

若い子と若くない大人と住む世界が違う、と許容して、攻撃するくらいなら関わらなければいいじゃないか

短いスカート、ヘアメイクネイルアート、派手な洋服何が悪いんだ、なぜ私たち私たちの何も知らないただ私たちより年が上というだけのオンナに見下され、「これだから若い子はw」なんて言われなきゃならないのだ。

女子高生は身なりは派手でも、好きなものを着て自分の好きなように生き、自分とは違う人間を怒っている暇がないくらい「自ら」の物語謳歌している。

私より若いの子たちがとても眩しく、そういった存在を素敵だと思う。

「オバさん」はきっと自らなりたくてオバさんになっているわけでも、批評がしたくて物事を厭世的に見ているわけでもない。

きっと「オバさん」は無意識的に生まれてきて、自らが「オバさん」であることには気づけないのだ。

「オバさん」というモンスターの悲しき宿命である

これが加齢や長く生きていることに対する弊害ならば私は歳をとることが怖い。

そして、彼女を受容することも直接注意することもできずこんな掃き溜めのような場所愚痴を書いている私自身もまた、「オバさん」への道を少しずつ歩んでいるのだ。

2017-10-22

お祭りTCGにおける非戦闘問題

たとえば、ヴァイスシュヴァルツラブライブ勢とか、

プレシャスメモリーズの、けいおん勢とか、

あるいはコラボ企画アルテイル初音ミクコラボやら、ゼクス日本一コラボやら)、

TCGとは違うが、パズドラコラボイベントなんかでもこういう問題は発生する。

それらのカードゲームには、純粋武力・魔力を持った生粋戦闘キャラ跋扈しているにもかかわらず、

アイドル活動をしてるような普通女子高生そいつらと渡り合えてしまう。

ヴァイスシュバルツにおける例では、

一方では、学園都市最強の「“超能力者一方通行」がパワー7000であったり、伝説魔法少女である“エース・オブ・エース”なのは」がパワー8000であったりするのに比べると明らかに強い。

もちろん、カードゲームとして成り立っていないかというとそんなことはない。

パワーが違っても、コストトリガー効果、ほかのカードとの兼ね合いなどで単純に上位下位の関係にならないようになっている。

だが、パワーはパワーだ。

ゲームとしては問題ない。だが、世界観として大問題だ。

パワーってなんだよ。パワーの定義はいったい何?

歌で戦うの?マクロスみたいに?

元がオリジナルキャラを使ったカードゲームであって、企画で他作品コラボするような時はさらに大問題になる。

ヴァイスシュヴァルツでは、あるいは「パワーとは、力ではないのだ」と言い張ることもできるかもしれないが、

たとえばゼクスなんかでは、パワーとは戦闘力のことである、としっかり定義済みである

ソースは見つからないが、武装した人間のパワーはおよそ1000相当である、という基準値もあったと記憶している。

さて、この世界コラボ企画で放り込まれた「流行り神」の主人公「風海警部補」のパワーは、2500である

拳銃警棒くらいしか装備していない一介の警官が、武装した人間の2.5倍のパワーを持っている。

さらに言うと、「真 流行り神」の主人公北條紗希」は、パワー6500。

拳銃すら持っていない一介の女子高生が、武装した人間の6.5倍・・・

コラボ企画内だけで比べても、女子高生警部補より強い。

別に、こういうコラボをすること自体は良いことだと思うし、非戦闘民を戦闘民より強くするな、と言いたいわけじゃない。

けど、パワーの上では劣るけど効果で圧倒するとか、やりようは幾らでもあるんじゃないかな。

歌を歌うキャラなら、味方のパワーを上げるとかライフ回復とかだったらすごいそれっぽいじゃん。

そもそも版権作品を使っておいて、そのキャラに全く関連のない効果とか与えられるのがすごく嫌。

これは戦闘民でも同じことで、一方通行なら攻撃の反射とか効果再現してほしいし、なのはなら戦えば戦うほどスターライトブレイカー威力が上がるのを再現してほしい。

そういう所こだわらないんなら、版権キャラじゃなくて良くない?テキストそのままで名前イラストだけ別のキャラに変えても通用するようなカードは作らないでほしい。

2017-10-10

犯罪者動機を語る時の違和感

キチガイ世界観では、

犯罪が起こる際のトリガーは常に被害者の側にのみあって、

己が葛藤することは絶対に無いんだな。

葛藤の回路がないから、ピタゴラスイッチみたいに

「こうなって、そしてこうなって」という事だけが"動機"として語られる。

正常な人間が聞きたいのは、そこじゃないんだが。

なぜ犯罪者連中があんな風に育ってしまったのか、不思議でならない。

2017-10-05

11年ぶりの10月5日木曜日

今日11年ぶりの10月5日木曜日だ。

11年前の2006年10月5日(木)に自殺未遂をした。近所の高速道路高架橋から飛び降りようとしたが、見つかってしま未遂に終わっている。

自殺しようとした理由だが、その日に2006年上期の成果目標面談があり、成果未達で上司から「このままではお前は解雇だな」と言われたのがトリガーになっている。

過去160時間を超える残業で鬱になり会社を数ヶ月休職していたが、休職期限満了で解雇されそうになったので2006年5月に半強制的職場復帰する事になり、その際に一緒に成果目標も設定されていた。

成果目標営業目標とかではなく、上司1人が主観的に「達成した」「達成していない」と決められる内容。要は俺の成果達成・未達は上司の腹一つで決められていた。

そんな上司から「成果未達」「このままでは解雇」を突きつけられて絶望的になった訳で。

2006年10月と言えばリーマンショックの前だったが、景気はデフレのど真ん中。まともな職にありつける見込みは無かった。

会社のせいで鬱になって休職したのに、復帰したら上司の腹一つで解雇待ったなしの成果未達を突きつけられたのは不条理過ぎた。

結局その会社自己都合で退職したが、その会社で過ごした7年間は俺のキャリアの中で無駄になっただけだった。

何が言いたいって?

成果主義はクソだという事さ。

2017-09-28

anond:20170928215912

一見ストレス解消したように思えて

脳は二人称理解できない。故に、その罵詈雑言他人に言っているようで自分に言っているようなもの

まりサンドバッグにしているようで自分自分で首を絞めてることになってるんだ。

足元を掬われるのは願望でもあるが、上に記述した事がトリガーになる事でもあるわけ。

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