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はてなキーワード: 中性的とは

2019-06-20

anond:20190620140229

所詮同性愛で奇抜な姿と男女にはない中性的ってだけ。目立つと惹きつけるは近いけど魅せるもんじゃない。

2019-06-19

旦那10代の頃は芸能事務所スカウトされるくらいそれはもう美男子だった

でもかわいい感じというか、細くて目が大きくて顔も短い中性的タイプだったか老いが怖かったみたい

男は30過ぎたらワイルド系にシフトすればいいとか思ってたけど、自分には無理かもと焦ったらしい

35になった今、筋トレスキンケア超がんばってる

あと脱毛ホワイトニングもしてるし、体臭のために食べ物も気をつけて運動もよくしてる

こうまで頑張ってやっと「かっこいいおじさん」になれるんだなあと見てて思う

あんなに頑張ってるし、結果も出てると思うけど同窓会行くと「昔はかわいかったのにね〜」って女子に言われてる

おじさんの美容って大変なんだなあ

anond:20190619141911

おひげビンラディンだと中性的でもアカンよな。男の娘適性のあるボーイを探すのは結構難易度高いぜ。

2019-06-09

性自認と性他認が一致していないけどあまり問題はないと思ってるよ

性自認と性他認が一致していないときもあるタイプトランスジェンダーだけれど、案外生活で困っていることはあまりないと思う。

ジェンダーレス化の流れか、案外元の性別認識されたまま中性的な~性別規範越境した振る舞いをしていても結構気にされないことはあります。(もちろん個人差はあると思いますので一般化は出来ないと思いますが)

唯一困るのは、「もっとプライベートを見せてくれ、もっと信用してくれ」と「場」に強要される時。

どういうことかといえば、個人相手なら、「相手はここまでなら平気そう」と互いに不快にならないラインを探してそこまでの自分のひととなりを伝えることが出来るけれど、大人数の「会合」とか、「職場」とかそういうところに僕個人性質を表明するのはちょっと(いやかなり)躊躇する。

なぜなら、そういうところは大概、「トランスジェンダーなんて理解できない」と嫌悪感をもってしまっている人が少数であれい可能性があるので、その場に参加している人間性質を見極めるまではちょっと何もいえない部分があります

まあしいていえばそのぐらいですかね。困ってることは。

anond:20190609200841

ホモはむしろ中性的な外見と縁遠いヤツが多数派

これがホモモテ筋であり標準装備

まーホモで女にモテる中性的タイプってのもいるけどそれがホモの全てではないしそうじゃないやつにそうなれって言われても無理でしょ

2019-05-24

anond:20190524125902

機械自動生成する声、私は女性だけど女性の声がいい。

デフォルト男性声だったら、女性声に設定で切り替えるくらい。

将来、アシスタントロボットができたとして、女性型のロボットがいい。

本当は人間を模したものではなく、電子レンジ洗濯機のような、

見るから機械機械したルックスが良いんだけど、人間型の中から選ぶのなら女性型がいい。

女性型が無理なら、雄々しい男性型ではなく、痩せていて小柄で女性的な顔立ちの中性的男性型がいい。

それくらい、「アメリカ女性が好むような、性的に誇張されたマッチョ男性ルックス・声」が苦手。

イギリス人女性が「スペイン人男性は素敵」と言っていたけど、イケてるスペイン人男性の感じも苦手。

自宅にそんなロボットがあったら体調が悪くなりそう。

 

ゲイ以外の男性性的理由女性ロボットを好み、女性の半数ほどが性嫌悪的な理由女性型を好むなら、

多数決の結果として女性型の見た目が採用されることが多くなるような気がする。

接客業女性スタッフが好まれるのも、同様の理由だったはず。女性客も女性店員の店を好んでお金を払う。

女性なかには「イケメンと話すと気分が上がるからイケメン美容師指名する」という人もいるけど、

私は必ず女性美容師指名するし、同性スタッフ指名派の女性はそんなに少数派ではない。

私はレズビアンじゃない。レズビアンではないけど、女性のほうが安心するから女性指名する、

そういう女性結構ボリュームでいると思う。

それを「女性アシスタント・道具としてみている女性差別」といわれるとどうしていいかからない。

 

ゲイでない男性が同性スタッフ希望する例として、

毛深いことを気にしている男友達が、肛門まわりの毛を衛生上の理由レーザー脱毛するとき

女性看護師の前でお尻を丸出しにするのはどうしても嫌で脱毛できず、

男性看護師男性しかいない美容皮膚科が開院したのを知ったとき、すぐ契約したと言っていた。

女性視線意識するからこそ、コンプレックス部位をどうしても見せたくないという需要もあると思う。

友達とは感覚真逆で、女性看護師にお尻や性器を触らせるのが嬉しくて、女性看護師指名するような男性もいる。

性風俗店感覚で利用された脱毛サロンやクリニックは、スタッフ退職を防ぐため、男性お断りになってしまったりもする。

これを男性差別といって騒がれるのも、ちょっとなと思う。

 

友達のような感覚の持ち主の客が増えれば、男性店員需要は広がるのでは。

今のところ、イケメン美容師イケメン好き女性指名するようなシーンしかなく、

別にイケメンというわけではない男性店員の「男性にとって安心感がある」という価値があまり認められていない。

そういう世の中である限り、男性女性に貢がれるイケメン経営者管理職・高度な専門スキルの持ち主以外、働く場がないことになってしまう。

2019-05-20

anond:20190520010333

女装男子がそうだし中性的男子を好むのもそうだ

相手の非を許さな

弱者を見たら徹底的にたたく女の子しか日本列島はいないんだ

ハゲが悪いのも女はハゲいか

2019-05-05

2019年アニメ1話ほぼ全部観たか感想書く その1

 連休使っての旅行計画に精を出すうち、気づけば既にリアタイから周回遅れを食らっている今日において今更1話感想なんて…とは思いつつ感想を書くことにした。1~2話までしか観ていないので、3話以降を既に見ている諸兄においては「何言ってんだこいつ」程度の温情を頂ければ幸いだ。なおニコニコ動画コメントツイッターの実況などは敢えて見ずに書いてみた(このあと見るつもり)。ニコ動で観てると、感想だんだんネットミーム紹介文」みたくなっちゃうの難しいよね。

 それっぽく並べてあるけど、作品の優劣は付けてない。容赦して。

 

2019年春アニメ1話ほぼ全部観たから感想書く その2

2019年春アニメ1話ほぼ全部観たから感想書く その3

2019年春アニメ1話ほぼ全部観たから感想書く その4

配信情報について

~独占…対象サービスしか配信してない

~のみ見放題…対象サービスでのみ全話見放題。その他のサービスでは有料配信

~のみ最新話無料対象サービスでのみ最新話見放題。その他のサービスでは有料配信

言及なし…複数サービスで全話見放題/最新話無料

 私はTVアニメを観ない(BS見れないし、TOKYOMXもAT-Xも受信できないし)ので、配信情報はこれ以外の手段について書いている。

感想(上の作品ほどモチベ高め)

キャロル&チューズデイ

Netflix独占

 クリスマスまれ(多分)と火曜日まれ(多分)の二人が火星大都会で一緒に音楽する青春ドラマ。「カウボーイビバップ」等でおなじみナベシン監督の新作。制作ボンズ。 本作で特に目を引くSF描写。都会の中心部はいかにSFっぽい高層ビル群な街並みなんだけど、周辺に90年代アメリカみたいな町並みが広がってたり、往来する人も含め朝昼晩と色んな表情がある。「大都会だけど金持ち貧乏人、ホワイトカラーブルーカラーが入り交じる都会感」に強いリアリティがあるところが好き。細かい所だと、飲食店の注文が全部スシロー方式店員呼ばなくておk)なのに、作中の客がみんな店員呼びつけてクレーム入れてたのリアルすぎて笑った。設定こそSFだけど、現代舞台にしても成立するような話をあえてSF世界で展開するっていうのもリアリティを強める要因っぽい。そんなSF描写の中でも好きなのが「家出ってどうやるの?そんなこと、聞ける人もいなくて。色々とググってみたけど、やってみたら意外と簡単だった」という冒頭のモノローグ。ゆうて火星の話ってことは実質ファンタジーみたいなもんかな、という先入観があっただけにこの一言だけで「実はこの世界リアル世界と地続きで、しかも遠い未来というわけでもなく、とりわけ若者像はほとんど変わっていないんだよ」というSF世界であることがわかる。似たようなシーンだと、セッション後「私達のはじめての曲が完成しました!イエーイ!」つってインスタにセルフィをアップするシーン。作中何度も語られる「何も特別ではない、リアル世界にもたくさんいる、何者でもない誰か」て感じをよく表してる。本作の脚本はみんな大好き赤尾でこなんだけど、私はやっぱり彼女の関わる作品に登場する女性が一番好きなのかもしれない。先のクールで言えば「同居人は猫~」「3D彼女」が赤尾でこ脚本ハルって女の子だよね?特に同居人脚本赤尾でこx絵コンテ佐山聖子タッグによる挿話がたくさんあってめっちゃエモかった。

 1話では「二人がなぜ音楽をやっているのか」という部分が中心で、音楽への初期衝動を丁寧に描いてるのが好き。「ふとラジオから流れてきた曲を聞いて涙が出てきた」とか、路上演奏してるけど歌はなく(ハミングだけ)「ただの音の連なり」を演奏してるだけ、とか。本作に限らず「初めて新入生に軽音部が自己紹介がてら演奏を見せるシーン」とか「生まれて初めてライブハウスライブを見たシーン」とかめっちゃエモいよね。

 セッションも、最初はお互いにそれぞれの初期衝動を持ち寄って始めるんだけど、お互い探り探りから徐々にノッてきて、歩み寄っていく過程がすごく丁寧。途中でやり直してみたりとか、お互いに相手を見つめながらテンポや歌を合わせる感じとか。

 それにしても演奏シーンがやばい最近演奏シーンに3DCGを駆使してダイナミックな動きを表現する作品が増えてるけど(ピアノの森とか)、本作は演奏シーンに限らず多くが作画アニメーション。ボンズすげえ。ギターの弦を押さえる運指見てるだけで一日が終わりそう、別のカットも、手元だけを映すんじゃなくてチューズデイの上半身全部作画してるし(大抵の楽器は全身使って演奏するものなので、彼女ギター演奏中は体をかなり動かしている。本作はそれを作画で丁寧に表現している)。

 加えてギター作画が凄まじい。まずギターケースを開けるときアニメーションから既にヤバイ。あえて楽器の持つ神秘的な雰囲気とか、艶やかな反射とかを作画表現してるのは京アニだけだと思ってた。

 SF大都会ストリートの子と一緒にストリートミュージックを、お嬢様ファッションに身を包んだ子がアコギ演奏するっていうギャップは、案外「全力でアコギ演奏シーンをリアルに描きたい」という発想からスタートしてたり?

 そしてギターの音ワロタ。開放弦でベヨェーンしたときのボディが響く感じとか、ギターに指が触れたときのギュインッまでちゃんと入ってるし、セッション中なんかギターの音に限らず、服の擦れる音「彼女たちが演奏してる部屋の空気の音」が(おそらく)全部入ってる。演奏シーンは文字通り空気が変わった。

 「え、歌くっそうまいやん」と思った人も多いと思うけど、本作はCV別に担当アーティストがいる。英語圏オーディションをしたらしく、この人たちがまたとんでもなく歌がうまい。もうハミングの時点でめっちゃうまいってどういうことな・・・

 音楽で言えば劇伴はMocky。R&BやJAZZの人で、軽快なベース音がたまらない。ついビバップ菅野さんを思い出しちゃう。それにしても、音楽テーマ作品とはいえ劇伴が多彩すぎる。1話を通して音楽アルバム聴いてるみたい。

 歌で言えばED作詞作曲編曲Benny Sings劇伴から一変してPOPS。カートゥーンっぽい絵と相まってかわいい

 

さらざんまい

すんでのところでFOD独占を無事回避

 浅草日常アニメ。「さらざんまい」の意味は、ざっくりいえばユニバース感覚のこと。それにしても「さらざんまい」というネーミングセンスよ。幾原邦彦監督による新作。制作は「ユリ熊嵐」に引き続きラパントラックで、本作は共同でMAPPAが参加している。ピングドラムユリ熊嵐で印象的なピクトグラム担当した越坂部ワタルや、その2作で劇伴担当した橋本由香利が本作にも参加していて、「チーム幾原邦彦」が確立されていく感じがある。

 俺が本物のかっぱをみせてやるよ!(by幾原邦彦公式ラジオ番組が毎週配信されていて、MC諏訪部順一まさか監督制作大丈夫ですか?)とのこと。曰く「かっぱと尻子玉は切っても切れない関係。なのに尻子玉を描かないかっぱ作品が多すぎる」というわけで、本作では尻子玉が重要なモノとして描かれている。これが本物のかっぱだそうです。噂に聞いてはいたけれど、かっぱに尻子玉を抜かれるというのはかくも恐ろしいことだったのか。ちなみにエンタ中の人は「尻子玉が抜かれるときの気分は、痛み8割気持ちよさ2割くらい。あと恥ずかしい」という気持ちで演技したとのこと。ノイタミナプロデューサーからの「勘弁してください。ノイタミナですよ?」という柔らかい拒否を押し切って作られた尻子玉搾取シーンは割と必見。

 1話は「かっぱとは?尻子玉って?」を中心にまとまったお話ピングドラムユリ熊嵐と比べてとっつきやすい感じがある。公式あらすじも

中学2年生の矢逆一稀、久慈悠、陣内燕太の3人はある日、謎のカッパ生命体“ケッピ”に出会い、無理やり尻子玉を奪われカッパに変身させられてしまう。『元の姿に戻りたければ“ある方法”でつながり、ゾンビの尻子玉を持ってこい』ケッピにそう告げられる3人。少年たちはつながりあいゾンビの尻子玉を奪うことができるのか?!」

といった感じでかなり分かりやすい。とはいえ本質ピングドラムユリ熊嵐に続く群像劇、というか愛憎劇なので結構しんどい系ではある。非常に愛が重い。ピングドラムストーカーっ子にドン引きした視聴者は多いと思うけど、要はあんな感じ。作画部分でもキャラの表情、特に主人公のアップがすごく綺麗(中性的な顔っていう感じがよく出ていて好き)で、より群像劇みが強い。冒頭の主人公が走るお芝居すごい。

 ユリ熊嵐と比べると、あっちが「隔世」なのに対してこっちは「現実世界浅草)」という舞台設定の違いがある。描かれる浅草描写もすごくリアルで、いわゆる「世界的な観光地」ではなく「昔ながらの下町っぽさ」に焦点を当てている感じがすき(背景:スタジオパブロ)。ぐちゃぐちゃした看板まで再現してて、三ツ星カラーズ並みに生活感がある。そして登場する場所が、地元民ならではのチョイス。監督自身若いから浅草で遊んでたらしく、その頃のイメージを元にアニメ舞台浅草に決めたらしい。浅草寺などの観光地より雑踏(街を歩く人、通勤の車とか)によって街の雰囲気を描いているところとか、生活圏にあるテーマパークこと「花やしき」が出てくるとことか、地元民らしい描き方だよね。

 そして例の尻子玉(尻子玉と書いて「よくぼう」と読む)搾取から始まる一連のシーン。みんな何回くらい観たんだろう。MAPPAが関わってるだけあって凄まじいアニメーションに仕上がっている。劇中歌とともに欲望搾取~浄化までシームレスに続くシーンの中毒やばい過去作と比べ、初めから終わりまでキレイにまとまってて完成度が非常に高い。「少女☆歌劇 レヴュースタァライト」のレヴューと似たような感動を覚えた。またアクションをするのが人間ではなくかっぱやモンスターなので、より一層爆発力というかファンタジー感が加速しているのも好き。

 挿入歌でいうと、ユリ熊嵐と一変して本作はほぼ登場人物男性なのが印象的で、挿入歌も今の所ボーカルが全員男性特に2話挿入歌カワウソイヤァ」がすごい好き。余談だけど、アフレコ時点であのシーンはアニメ化用の実写映像資料だったらしい。ちょっと観てみたい。

 EDは「青春ブタ野郎」OPでおなじみThe Peggies。青ブタもこれもしんどい群像劇なので、このバンドサウンドがすごく合っている。

 ところで、最後の「フィクションです」的なキャプションは一体どういう意味なんだろう。「まあ、かっぱなんて存在しないんですけどねwww」とか「実際のかっぱはこんなんじゃないんですけどね、へへへ」とか?かっぱが非実在みたいなメッセージに見えるから不適切じゃない?

 

鬼滅の刃

 ゴブリンスレイヤー英題は”DEMON SLAYER”。エミヤさん家に引き続き、ufotable肝いりの新作(ユーフォーテーブルって読むのね、初めて知った)。テーマは「動く浮世絵」とのこと。大正時代日本舞台に、鬼殺しをするお話制作体制的にはufotableアニメテイルズオブゼスティリアザクロス」の布陣。舞台こそ違えど、壮大なファンタジーっぽく仕上がっている感じは似てる。特に壮大なBGMの使い方とか、映画かな?これ絶対映像に合わせて作曲してるやつでしょ(やってるってラジオで言ってた気がする)。オケ雅楽までなんでもありな感じが聴いてて楽しい

 近代日本舞台にしたアニメの中でも特に地方(山の中)が舞台アニメといえば「ゴールデンカムイ」が似てるかも。背景美術でいうとあっちは「美しい自然を感じる」っていう印象なんだけど、本作は背景が全体的に黒っぽくて薄灰色支配された不吉な感じ。闇=鬼の領分、みたいな緊張感がある。そういう意味では「どろろ」に近いのかも。金カムは実質ゆるキャンなので、自然の描き方は趣向がかなり違う。金カムが「自然怖い」なのに対して本作は「鬼怖い」だし。野生の動物が登場しない感じからもそういう意図があるのかな。

 で、何その背景の書き込みユーフォーテーブルの背景(たぶん自前)って、エフェクト自然に盛り込んで多角的に映す演出をするけど絵っぽさを残してるというすごい技術を使ってるよね。2話の修行シーンとか特にやばかった。主人公が背景の中にちゃん存在して、立体的に生えてる木々の中を疾走しているようにしか見えない。でもキャラデザはテイルズオブゼスティリアザクロスと違い、輪郭線に特徴がある平面的なデザインになっている(浮世絵みたいな感じ)。そんなキャラ縦横無尽に画面を駆け巡るアクションシーンすごくない?最近だと「スパイダーバース」とか。あれは更にすごかったけど。

 1話ゴブリンスレイヤーで言うところの前日譚で、「鬼って何なん?」みたいな話が中心。いわゆる妖怪等と違い、鬼がゴブリンくらい生き物してる。金カムではヒグマ神様化身みたいな扱いで人間を襲ってたけど、あれくらい怖い。おまけに人並みに考える上に喋るしほぼ死なない。散発的に現れる感じはゴブスレで言うところの「落ち延びたはぐれゴブリン」なのかな。強烈なヌルヌル作画ゆえ、鬼がとても肉肉しくてキモい。「甲鉄城のカバネリ」のカバネくらいキモい

 そんな厳しい世界を生きる主人公CV.花江夏樹)の、鬼気迫るセリフ息遣いめっちゃ好き。ゴブスレさんは鎧に身を包んで常に平坦な口調だったのに対して本作の主人公はすごく感情表現豊か。「4月は君の嘘」を見てから彼の演技が大好きなので、またアレを見れるのが嬉しい。演技で言えば、鬼頭明里演じる禰豆子かわいい基本的山田たえ状態なんだけど、呼吸やうーうーだけで感情の起伏(非常にピーキー)や体型の変化を表現する感じとかめっちゃ好き。特に2話の見せ場では音楽アニメーションによる強烈な緩急も加わってすごいことになってた。ご飯我慢するシーンすごいよね。癒やされる。

2019-05-03

カルチャー顔」って単にネーミングが下手なだけだよな

やたらルッキズムだとか差別だとか炎上しているけど、ぶっちゃけこれってネーミングが下手なだけだよな。

誰もが膝を打つ名称なら悪口でも受け入れられてたと思うよ。「おしゃべりクソ野郎」みたいなさ。

でも、「カルチャー」って。語義が広すぎるし何ら顔の特徴に付随してないじゃない。

人それぞれカルチャーイメージなんて違うから「それ、おまえと同じメディアを熱心に見ているやつしか膝を打たないよ」っていう。

カルチャー誌」によく出てるからカルチャー顔」っていうのも芯を食ってないよね。

じゃあ出るやつが変わったら「カルチャー顔」も変わっちゃうじゃんw

そもそも問題としてあげられた顔のやつばっかりがカルチャー誌に出ているかというとそうじゃねえじゃん。これが致命的。

何ら適切じゃないネーミングをドヤ顔で発表したから反発くらってる。それだけのことだろ、これって?

たとえば「ちょいワル親父」って聞いたら何にも知らなくてもある程度伝わるじゃん。ああ、ちょっと悪いオラついた中年の人ね、いるいる、って。

ジェンダーレス男子」でも「中性的な見た目の男の子、いるよねえ」って簡単に伝わる。

それなのに「カルチャー顔」って何にも伝わらねえw 「ほら、モトー世理奈とか小袋成彬みたいな顔のことをおれはそう呼んでるんだけど……」って言っても「モトーラと小袋ってぜんぜん違う顔じゃない? というか、男女両方を含有する顔のカテゴライズって無理ない? しかも何でその言葉が『カルチャー』なの?」って言われて終わりだよ。

こんなことを言葉生業としている編集者がやってるんだから、その鈍感さ、商売道具の使い方の杜撰さに呆れるよ。

素直に「一重でタレ目の人って、おれは好きなんだよね」とでも言っとけ。そしたら誰も批判しねえよ。

2019-05-01

anond:20190501221543

阿修羅王中性的で美しいですよ。

原作私先に読んでた光瀬龍さん。

あのころ本読んでたなー。

2019-04-24

anond:20190424002301

自分も昔から色白だったけど、ここ30年で価値観がガラッとかわったと感じている。

私の記憶では、1980年台は間違いなく色黒至上主義だった(男子限定)。漫画登場人物を見ても、イケメンは色黒でマッチョが基本だった。

色白だったオレも、学校迫害差別に遭ってきた。「色白の男=軟弱」という図式があったのだ。

だが90年台になると少しずつ変わり始める。一部の女子が「清潔そう」「いかにも男ってタイプちょっと…」と色白擁護論を唱え始める。

過渡期であるため全ての女子ではないが、確かな時代の変化を感じた瞬間だった。

そのきっかけを推察すると、人によって意見が多少異なるだろうが、一説にはジャニーズの台頭がある。

色白・細身・中性的と、従来であれば女性から一蹴されていたような男性像を羨望の的にした事で、大衆の劇的なパライダシフトが生まれたというのだ。

しかし私の考えは少し違う。もちろんジャニーズという追い風もあったのだろうが、

トリガーとなったのはそうしたアイドルではなく、ジャンプ黄金時代聖闘士星矢だと考える。

彼らの容姿を見ればわかるが、聖闘士という戦闘員でありながら色白・細身・中性的といった特色を持ち、これは従来の漫画キャラとは一線を画すものだった。

毎週、流星拳や昇竜波といったダイナミックな必殺技を見ながら、いつしか無意識のうちに我々の中で「あれ?色白・細身である事と戦闘力って必ず一致しないのでは?」という新たな常識が植えられていった。

その後のバブル崩壊で、毎週サーフィン日焼けしていた男性は勢いを失い、更にその後訪れたITバブル

ITで成り上がった経営者エンジニアは、その仕事がら細身で色白だ。そうした者達をみて「あれ?色白・細身である事と経済力って必ずしも一致しないのでは?」という、これまた新たな常識に塗り替えられていった。

まり我々は、聖闘士星矢ジャニーズバブル崩壊IT という流れの中で、色黒から色白へと価値観の変貌を遂げていった…という説はやや誇張し過ぎだろうか?

2019-04-18

BLの趣向

受けを女の子のような女性的、中性的に可愛らしい外見の子にしていると

『それBLじゃなくて男女CPでもいいじゃん』って言う人ってなんなの?

そのCP好きな人はその攻めと受けのキャラがそれぞれ好きなんだからそれを否定するなよ

嫌いだと思ってもスルーして自分が好きなもの脳内を上書きしようよ

自分が好きCP漫画やら小説やら書いて、それを興味が無い他ジャンルの人に

『その話そのCPで書く意味あるの?他CPでも成立するじゃん』って言われたらムカつくだろうがよ

ムカつかないんだったら、ムカつくタイプの人が多いのを今から知ってくれ

2019-03-29

中性的名前

まこと

つばさ

つかさ

はるか

ゆうき

ひろみ

など男でも女でも使える名前が好き。英語圏中華圏などでもこういう中性的名前はあるのかな?

短縮したニックネーム女性が「サム」って呼ばれていたりするのを見たことあるんだけど、そういったもの中性的名前に当たるんだろうか。

2019-03-20

anond:20190319214717

元増田だけどもうちょっと補足すると、以前はバカにもされなかったし、何も言われなかったんだよ。

女子にも中性的ですね、って言われるぐらいでさ。

それが最近になって「さぁ!カミングアウトできますよ!ほんとはカミングアウトしたいんでしょう?」みたいな圧力を感じるようになったの。

「ぼくらLGBTのこと否定しませんから大丈夫ですよ!」って。

そもそもカミングアウト」っていうコンセプト自体がおれは否定的だからさ。

ヘテロカミングアウトしないわけで。なんでマイノリティだけ性的指向告白しなきゃいけないんだよ。

2019-03-01

男の娘とかTSとかの作品

大好きでたまんない。

なんで好きかと言うと、元々女の子で生きたかたから。

でも、明らかに男だし、どんなに女の子になりたくたって骨格からして無理だから諦めないといけなかった。

性格もどちらかと言うと女の子寄りだから、オシャレ話や可愛いもの大好きだったりする。

子供の頃は女の子とばかり遊んでたし、それで冷やかされたりもした。

中学になって、今度は女の子にも馬鹿にされるようになって辛かった。

でも、可愛いものが好きで一部の女の子とは気があったりで楽しくおしゃべりしてた。

高校になって、ますます可愛いかに興味が出たんだけど、見た目が男だから買い物もできないし遠くから眺めてるだけだった。

社会に出て、男の娘TS系の作品をたくさん読んだ。

YSは憧れだった。男の娘中性的だったり元が可愛いから許されるんだと感じて読むのが辛かった頃もあったけど、登場人物が楽しく活躍しているのが好きで面白かった。

いい歳しても、やっぱり憧れは今も変わらない。

来世があるなら、女の子で生まれたい。

可愛い服をたくさん着たい。

2019-02-20

かっこいい男性キャラ

っていわれると、中性的ヤングと髭面ワイルドおっさんがでてくると思うんだけど、

かわいい女性キャラっていわれるとほとんどヤングなのはなぜ。

2019-02-16

百合ジャンル歴史現在 前

 本稿では、BL/やおいと比べ論じられることの少なかった「GL/百合ジャンル確立歴史と、その現状について考察する。

 はじめに、「百合」というマンガアニメにおけるジャンルを示す言葉概要説明する。「百合」とは主に、女性同士の恋愛と、それに満たない関係性も含めて描いた作品ジャンルを指す。川崎によれば、定説として語源ゲイ雑誌薔薇族」に由来する。男性同性愛を指す「薔薇族」と対になるよう、女性同性愛者を「百合族」と呼称した「百合族の部屋」というコーナーが1976年から不定期連載されるようになったのが始まりであるとされる(川崎2014:44)。当時はレズビアンを指す用語だったが、徐々にサブカルチャーに輸入され女性同性愛を扱った作品群を呼称する言葉に変化していった。

 まず、日本での「百合」のマンガジャンルとしての成立について述べる。そもそも大正ごろの日本においてマンガとしての形態以外で女性同性愛テーマにした創作物としては、性描写過激男性向けポルノか、少女向けの小説に二分されていた。特に女学生同士の姉妹関係エス」をテーマにした少女小説金字塔として、「花物語」(1925)などが代表される。しかし、大正時代少女文化として流行した「エス」の概念現代の「百合概念とは違い、上田は「自覚的女性を愛することを選択したというよりは、良妻賢母になるための安全なる予行演習という側面もあった」と述べている。(上田 2014:192)

マンガが発展し、女性同士の関係性を主題とした最も初期の連載作品1970年代ごろから山岸涼子「白い部屋のふたり」(1971)、池田理代子おにいさまへ…」(1974)、「ベルサイユのばら」(1972-73)のオスカルロザリーなどにみられはじめる。これらは、「24年組」に代表される少年愛テーマとしたマンガと同時発生的に少女マンガ誌に掲載されたものだ。藤本は、このころの百合マンガの大きな特徴として

 ①対照的な二人の容姿(中性的・くっきりとした美人可憐少女イメージ)

 ②演劇モチーフ(宝塚歌劇の影響)

 ③悲劇的なストーリー(少年愛を扱う作品対照的同性愛による葛藤描写)

を挙げている(藤本 2014:101)。これらの特徴は、1970年代女性の抱えていた抑圧感を反映していたものなのではないかと考えられる。女性作家による「少年愛」が現実の抑圧から解放として、性的未分化存在(少女)の何物にも縛られない感情の動きを描写したものなら、このころの「少女愛」はそれと対照的に、抑圧からの逃避としての悲劇的な結末が設定されることが多かったのではないだろうか。表現手法舞台設定は耽美幻想的でありながらも、当時の日本での女性のおかれる立場に忠実な閉塞感が描写されたものだと考えられる。また、この時代百合マンガ少年愛ほどの大きなムーブメントには発展せず、作品数も多くはなかったため、自然消滅的に衰退していった。

 しかし、1990年代同人誌文化の発達に伴い、百合ジャンルも急速にその勢いを復活させる。

まず、「美少女戦士セーラームーン」(1992-97)によって、女児向けマンガにおける戦う美少女という概念ジェンダー論的な観点においての大きな転換点となる。異性愛的な要素が物語の中心に関与していたにもかかわらず、同人イベントではセーラー戦士同士のカップリングを描いた作品が爆発的なブームとなった。その理由として考えられるのは、消費される客体としてではなく主体としての戦う美少女像が確立されたことではないだろうか。これにより、百合的な描写70年代における悲劇的な結末に向かう物語ではなく、少女が二人で主体的に幸せを獲得していく過程が重視されるようになっていったと推測できる。

そして、物語の中の関係から百合文脈を汲み取っていた時代から、前提として百合のもの主題においた作品も増加していく。代表的なものとして、「少女革命ウテナ」(1996-98)がある。この作品は、古典的少女マンガシンデレラストーリーを基盤に「王子様」と「お姫様」を少女同士に置き換えてなぞりつつ、70年代百合作品に見られた演劇的なモチーフや学園モノ、男装美少女といった設定を取り入れ、また絵柄としても耽美で繊細なものであったが、これらは意図して行われたパロディ化された演出だった。ストーリーの結末も、最終的には二人が離れ離れになる点は悲劇的にも取れるが、その後ヒロインたちの再会が示唆されている。アライによると、「王子様」と「お姫様」が結ばれてハッピーエンド、という構造少女同士で反復するだけではなく、最終的にヒロインたちは「王子様」と「お姫様構造破壊し、自身覚醒させ歩き出すことで、社会的女性規範を打ち砕くことができるのだ。(アライ 2015:57)それこそが「世界革命する力」であり、この結末によって投げかけられたのは、異性愛規範や家父長制へのアンチテーゼと、黒人女性解放運動日本女性ウーマンリブ運動などの背景を踏まえた社会的メッセージだった。

これらの2作品によって、社会的な動きと呼応した百合マンガの潮流が形作られはじめる。「セーラームーン」も「ウテナ」も少女マンガ誌に掲載されており、本来ターゲット層は10代の少女対象にしていたと考えられるが、ここでのプラトニック少女たちの絆がオタク層にも受け入れられ、恋愛的な文脈解釈した成年層による二次創作が爆発的に流行する。これと同時に一次創作オリジナル同人誌においても、「百合」という概念が定着しはじめ、少女同士の恋愛主題にした作品がみられるようになる。

 そして2000年代に入ると、マンガジャンルとしての百合を専門に掲載した「百合姉妹」(2003-2005)が発刊される。その後、「コミック百合姫」(2005-)に統合され、現在刊行中。専門誌の発刊は大きなジャンルの発達の手掛かりとなり、この雑誌に連載されていた作品アニメ化や二次創作流行によって、「百合」というジャンルがはっきりと定義されはじめ、広く認知されるようになっていく。しかし、その定義に関して「男性が主要人物として登場し、恋愛関係に介入する」「性的関係が生じた場合百合ではなくポルノ」などといったさまざまな議論が巻き起こったのもこの時期である

また同時期に、「神無月の巫女」(2004-05)や「舞-HIME-」(2004-05)などの少年誌で連載される百合作品が登場する。これらの作品は、少女マンガ作品よりも直接的な同性間の恋愛としての描写性的表現が強く押し出されていた。ここから現代男性向けと女性向けの要素を同時に内包した現代百合マンガ形態確立しはじめたといえる。2007年には、前述した「コミック百合姫」の姉妹紙として一迅社からコミック百合姫S」と「コミック百合姫Wildrose」が発刊。「S」は本誌よりソフトで繊細な関係性の百合を扱い、なもりゆるゆり」(2008-)が代表するような「日常系百合」の流れを作った。一方「Wildrose」は、それまで成人向けポルノとしての過度な性描写忌避されがちだった(厳密な定義での「百合」ではないとされる議論があった)当時の風潮の中、直接的な性描写掲載した作品を扱う専門誌として独立した挑戦的な試みだった。

 ここで、2008年に行われた「コミック百合姫」の読者アンケートを参照してみる。2008年7月号時点の『コミック百合姫』読者の男女比は男性27%、女性73%であるのに対し、『コミック百合姫S』の方は男性62%、女性38%となっている。つまり現在統合された「コミック百合姫」の購買層は、この男女比を単純に平均すると男女差はほぼ半々で、やや女性読者のほうが多いということになる。ここでは百合マンガの購読層を性別と消費の形態に4つに分類して考察した。

①「傍観」型女性

 女性購読層において基本的には、社会的比率を前提にすると異性愛女性のほうが多いと考えられる。彼女たちは少女同士の関係性に、「現実における異性愛ジェンダーロールによる苦痛から隔絶された「非現実的な同性間による越境快楽」を心の拠り所として愛好するのではないだろうか。なおこれについては、やおいBL ジャンルを愛好する女性においてもほぼ同じ理論適用できる層が存在すると思われる。

②「投影」型女性

 百合というジャンル性質上、他の恋愛形態をメインとしたジャンルよりもレズビアンバイセクシャルを自認する女性が購読層に多い傾向にあることは考慮するべきである彼女たちは、異性愛女性が「少女マンガにおけるロマンティクラブ」を夢見るのと同じように、自身性的指向に一致した自己投影先として「百合マンガにおけるロマンティクラブ」を享受していると考えられる。

③「傍観」型男性

 百合自分投影先の存在しないストーリーを消費するものとして受け取っている購買層。①「傍観」型女性とほぼ同じ論拠が適用できると考えられる。

④「投影」型男性

 百合マンガ登場人物自己投影する男性は、ジェンダーロールから解放と、女性との恋愛の疑似体験を同時に達成できる。この購読層の性的指向に関しては、社会的比率として異性愛男性が多いと思われるが、異性愛コンテンツNL)ではなく百合GL)を愛好する彼らに関しては、③「傍観」型男性よりさらに複雑な感情ルーツを持っていると考えられる。また、TS願望を持つ男性MtFとは区別する)や、同性愛男性共感を持って少女同士の関係性を愛好する例も、この枠にひとまず収めることとする。

⑤「乱入」型男性

 特に男性向けの性的描写の含まれ百合マンガ等においては、その世界の中に没入し登場人物の中に「混ざりたい」という観点で消費する層も存在する。これは上記の4つの例と異なり、少女同士の関係性ではなく「(男を知らない、穢れのない存在として描写される)レズビアンである少女を自らの男性性によって屈服させたい」というマウンティングによる性的欲望や、男性主人公やその代わりとなる女性キャラクター存在しない「ハーレムもの」といった受け止め方に由来するものと思われる。ただし、これらの男性百合ジャンルファンから忌避される傾向にあり、特に近年の百合主題とした作品においては減少している。

これらのファンがそれぞれ百合というジャンル定義について議論を重ね、各需要を満たすような創作物制作していったことにより、百合ジャンルが発展していった時期だった。

次に、2010年代百合文化を振り返る。このころに代表的な作品として挙げられるのはテレビアニメ魔法少女まどか☆マギカ」(2011)だろう。この作品は、「セーラームーン」にルーツもつ戦闘美少女系譜を受け継ぎながら、現代調に前提として百合意識して構成された作品ひとつで、魔法少女同士のカップリングを扱う二次創作が爆発的に流行した。

 また、少女マンガ誌において百合を扱った作品が満を持して再び登場する。70年代以降、異性間のラブストーリー(NL)に偏っていた少女誌において約30年ぶりに百合が復活した形で、「野ばらの森の乙女たち」(2011)や「ブルーフレンド」(2010―2011)が連載された。これらの作品は、少女漫画特有の筆致でありながらも明確な少女同士の恋愛関係としての描写があり、また両作品とも70年代のような悲劇的なラストを迎えることはない。少女向けの要素として、学園設定や疑似姉妹などの設定は残されているものの、これらは批判的なパロディというよりも前時代少女誌における百合作品に対する敬意からくるオマージュ解釈するほうがふさわしいだろう。これは近年において少年誌よりもジェンダーロールの強固だった少女誌界隈に百合ジャンルブームの波及がみられた、極めて注目すべき例である

<続きと参考文献リストこちら>

https://anond.hatelabo.jp/20190216025236

2019-02-06

anond:20190206174004

わかるなあ

女性に人気ある声の中で中性的な男の声があるが、あれダメだわ

軽薄を煮詰めたような声で殴りたくなる

 

本人に罪はないだろうが、いや本人はそういう声がウケるとわかってやってる節もあるが

2019-02-04

anond:20190204104553

資格者って大抵男だから、むしろ「男に身体を触られたくない女が行くのがメインの店」だと思ってたけど

からあの手の無資格リラクの大多数が女性店員だし

女性が入りやすい・居心地が良いと感じる雰囲気を心掛けたり

オプションで美肌になるエステ的な要素が入ってたりする

ラフィネもも女性向けの宣伝してるのに、あれが「男向け風俗」だと思えるのか謎だ

てもみんなら宣伝中性的からまだ分かるけど

2019-01-29

2019年アニメ1話ほぼ全部観たか感想書く その1

 こないだ「宇宙よりも遠い場所」いしづかあつこ監督のインタビュー記事内で「ファンにできることはありませんか」という質問に「「このアニメが好き」って、一言発信していただくだけで、すごくうれしくなりますね。」と答えていたのを読んでふと「案外こういう怪文書でも巡り巡って彼らの活動支援になったりするのかなぁ」なんてことを思ったので感想を書くことにした。ちゃんと見てから感想書きたい気もするけれど、以前よりもいの完走レビュー書いたときは1ヶ月費やしたので時間の制約上1〜3話程度の感想になっている。

 それっぽく並べてあるけど、作品の優劣は付けてない。容赦して。

2019年冬アニメ1話ほぼ全部観たから感想書く その2

2019年冬アニメ1話ほぼ全部観たから感想書く その3

2019年冬アニメ1話ほぼ全部観たから感想書く その4

配信情報について

 ~独占…対象サービスしか配信してない

 ~のみ見放題…対象サービスでのみ全話見放題。その他のサービスでは有料配信

 ~のみ最新話無料対象サービスでのみ最新話見放題。その他のサービスでは有料配信

 言及なし…複数サービスで全話見放題/最新話無料

 

 私はTVアニメを観ない(BS見れないし、TOKYOMXもAT-Xも受信できないし)ので、配信情報はこれ以外の手段について書いている。

感想(上の作品ほどモチベ高め)

かぐや様は告らせたい

 恋のデスノート。やっぱりA-1 Picturesラブコメ面白いラブコメの中では圧倒的にセリフ量の多い会話劇。

 テーマとして恋愛頭脳戦を掲げているので、メインの二人が「表情に出さないけど思考フルスロットルさせ、頭の中がカオスになっている」っていう様子を面白おかしく絵にする難しさがあるんだけど、あの手この手で彼らのジェットコースターみたいな心情変化を演出している。

 BGMアレンジといい「恋愛頭脳戦とかいう新しいことをやってるみたいでその実、思春期真っ只中な高校生男女なんやで」っていうベタな部分を昭和チックなラブストーリー調に演出するとこが非常に良くて、あくまで二人が大マジで恋愛を繰り広げているからこその面白さ(大マジだからこそ面白いっていうのは「月間少女野崎くん」もそうだよね)にちゃんフォーカスしている。不意にときめいた瞬間を「ラブ・ストーリーが突然に始まりそうな曲」で笑わせてくるところとか最高だった。どういうオーダーしたらあの曲になるんだろう。

 そして青山穣によるイケボ解説が最高。最近良かったナレーションだと「ティラミス」の大塚明夫陰毛役)、「プラネットウィズ」の小山力也おっぱいのくだり)、「ダグ&キリル」の上田燿司(本作のノリはコレに近い)とか。淡々としているようで、ちょくちょく感情を見せてくる生きたナレーションが全体的なテンポ感を規定している感じがあるので、冒頭のあれは毎話必須な気がする。

 「かぐや」はともかく「御行」「藤原」っていう独特なネーミングは竹取物語登場人物元ネタなのね。そのメイン3人のキャラデザについて。原作者インタビュー記事に「まつげを『女性漫画家の書くまつげ』っぽくしてほしいってお願いした」みたいなこと書いてたけど、確かにかぐやと御行の目元が非常に艶っぽくて、ラブコメしからぬ奥ゆかしさを印象づけてる。個人的畠山監督作品の「静かに視線を伏せる男性キャラ」が好きなんだけど(「昭和元禄落語心中」の菊比古師匠ことなんだけどね)、本作の御行も単に目つきが悪いっていうだけではなく、見栄っ張りでありながら動揺しやす性格ちゃんと表情に現れててすごく好き。一方のかぐや様も御行ほどではないにしろ目つきが悪い(やや吊目ぎみ)のに表情が豊かで、しかベクトルが「侮蔑」「焦燥」「優越」「失望」「失意」とか、そっち!?な方向。それでいて、ときめいた瞬間のかぐや様めちゃくちゃ可愛いっていう。

 作者天才かよって思うのが「頭脳戦ゆえ落とし所が難しい話の流れをジョーカーこと藤原千花のサーキットブレーカーというかインターセプトが鮮やかにキマって、ちゃんと短い尺の中でオチがつく」という構成藤原キャラクターとしての自由度が高いのもあって毎回不意打ちを食らっちゃう。また藤原はメイン二人と比べて柔らかい線で構成されたキャラデザなので、メイン二人のきつい目が交互に映る緊張感からの、柔らかい線で描かれた千花の目が映ることで緊張→緩和の流れが出来てるので、どうあっても笑ってしまう。そういえば御行の急な行動→かぐや様がときめくっていう流れのときも、かぐや様は全体的に柔らかい線になるよね。かわいい。そういう部分も含めて緊張と緩和の流れが完璧なので、何度でも観て笑える。1話もう20回位観たかも。早く3話観たいな。

 話題OP水野良樹作曲。すっかり「いきものがかりの人」からアニソンの人」になりつつある。

 

ブギーポップは笑わない

 「濃いアニメを作るスタジオ」ことマッドハウスの新作(監督含む主要なスタッフ的にはワンパンマンとかACCA13区の布陣)。20年くらい前に書かれたライトノベル原作現代舞台にしたSF(少し不思議サスペンス会話劇。

 クオリティが高いというのもあるけれど、作りが完全に映画のそれ。各シーンをぶつ切りしていく演出とか、その中で登校シーンみたいなリフレインを入れて時間経過を表現してたり、ブギーポップとの会話で変化する主人公感情日常生活の行動を切り取る形で淡々表現してたり、凄く尖った演出になってる。写実的な背景(背景:アトリエ・ムサ)も気合いが入ってて、屋上のシーンで敢えて遠景のカットが多い。リアリティの強い世界観を持った作品

 あと劇伴が印象的。本作の劇伴は「聲の形」「DEVILMAN」でおなじみ牛尾憲輔。穏やかなのに心がざわざわする美しくて豊かな音楽聲の形っぽさを感じるんだけど、不穏な空気シンセの重低音で表現してたり、カットの切り替わりで音楽をぶつ切りして、直後の無音で緊張感を演出する等、映画劇伴で使う手法地上波アニメでやってる感じがある。あの音ってスマホで出せるのかな。サントラ欲しい。

 その会話も、ブギーポップという非日常存在に、学校という日常空間(会話する場所は必ず校舎の屋上)の中で会うっていう、ブギーポップ実存性(不確実なはずなのに、確かそこに存在しているっていう感じ)が凄く不思議。そういえばそんな話を二人もしてたっけ(多重人格についてのくだり)。あと同級生との、少し距離感を感じさせる会話なんかすごく小説っぽい。

 会話劇として「あの作品っぽいなぁ」みたいな作品をいくつも思い出すけど、(このライトノベル刊行された時期的に)私がこれまで触れてきた多くのライトノベル作品が「ブギーポップは笑わない」の下流存在しているわけで、非常に感慨深い。

 それにしても、ブギーポップを演じる悠木碧すっげー。中性的な声を持つ声優さんって貴重だけど、その中でも特に、声に含みがありすぎる感じ(本人もよく「私の演技は情報を詰めすぎてしまう傾向がある」と言ってる)がたまらない。あと宮下藤花も悠木碧が演じてるってことに最初気づかなかった。

 EDは「やがて君になる」のOP曲でおなじみ安月名莉子xボンジュール鈴木。すき。

 

荒野のコトブキ飛行隊

 水島努x横手美智子の新作。空飛ぶ用心棒日常アニメ。またバンダイナムコからスマホゲーム配信予定。

 水島努監督作品ガールズ&パンツァー」が「清く正しく美しい戦車の可愛さを描く、女の子が中心の世界」なのに対し、本作は「ならず者のはびこる男社会の空を、プロペラ機で逞しく生きる女の子の話」なので、決してやさしいせかいではない。戦闘シーンが両方共ガチなのは共通

 アニメーション制作をGEMBA(CG)、ワオワールド作画)が行っており、主要キャラ(コトブキ飛行隊、飛行機)が基本的3DCG。対してモブ作画キャラなので、3DCGキャラ作画キャラが同じ絵の中にいる不思議アニメに。3DCGキャラの利点として、細かい作業を行うときマジでかい作業)の手元がちゃんとしているところと、飛行中の機体を引きで見たときの良さが際立ってる(実際、作画モブキャラは飛行中、引きの絵が無い)。あとトゥーンレンダリング調のキャラに対して飛行機写実的。なんか3Dゲームに出てくる飛行機みたい。年季の入った感じとか、個性のあるペイントとか。

 相変わらずミリタリー関係演出ヤバイ。まず怒涛の専門用語による会話から始まる戦闘。何言ってるか全然わかんない。艦橋で交わされる、ウィットに飛んだテンポの良い会話はさすが横手美智子って感じ。そしてほぼ完全再現?される出撃前儀式。いやその計器を指差し確認されてもわからんし。燃料とか油圧とか確認してるんだろうけど。機体は既存飛行機が今後も登場する模様。1話は隼、紫電零戦。その後敵機とドッグファイト突入するけど、ガルパンでもあった「回転する砲塔視点」みたいな視点結構使われてて、機銃視点で天地がくるくる回り、敵機と追いかけっこしながら銃弾が飛び交うシーンが続く。攻撃側の狙う場所が(アニメ的には飛行機の胴体を攻撃するのが絵的にわかやすいんだろうけど)羽根の付け根部分を射撃→燃料タンクに着弾→燃料が漏れる→引火→爆発っていう描き方がガチ過ぎて笑った。着弾した場所ちゃんと弾痕あるし。他にも、相手の後ろに取り付いて攻撃するっていうパターンが徹底されている上に「後ろに取り付いてきた敵機に対して、急制動による捻り込みで背後を奪う」からの「エース機と思しき敵機に捻り込みを使って背後を取ろうとするも、裏をかかれて被弾」とか。主人公を追い詰めた敵機がとどめを刺そうとしたタイミングタイムリミットになり引き返すシーンも、一瞬だけ燃料メーターを映して「燃料が帰還分しか残ってないよ」って演出したり。機体をフラフラさせて煽るシーンは笑った。どんだけ描写を練ってるんだ。同じ空戦でも「ガーリー・エアフォース」とかなりベクトルの違う魅せ方なのが素敵。

 で、音がブッチギリヤバイ空間的な変化を丁寧に反映した音響はさすがとしか言えない。大音量ヘッドフォンか、部屋が震えるくらい大音量スピーカーで視聴推奨。出撃前後で言うと、出撃前はエンジンのドコドコ音が響いていて、滑走路を走行エンジン音が徐々に変化してるのに加えてタイヤのガタガタ音が重なり、空中に出た瞬間、空間的な広がりを感じるエンジン音と風切り音に。風切り音も通常飛行と雲の中を進むときとで音違うし。縦に旋回する時、機体がギシギシ軋む音は感動した。機銃の音も、発砲する機体が映ってるとき発砲音は乾いた音(パパパン)が聞こえるが、撃たれる側が映ってるとき、遠くで鳴ってるような残響(ボボボン)になってるとことか。命中した音も、近くだとキキンッっていう軽い音と弾丸の風切り音が混ざってるが、引きだとガガンッっていう重い音に変わってたり。

 音楽ガルパンに引き続き浜口史郎戦闘シーンの音楽めっちゃかっこいい。ミリタリーストリングスの相性って抜群だよね。

 ちなみに戦闘シーンはガルパン以上に説明的な会話が無いので、ニコニコ動画ミリタリーに詳しい人たちと一緒に観たほうが良いかも。私も全然わかんない人なのでニコニコ動画コメント付きで観ようかな(音のクオリティ的に、ニコニコ動画品質妥協しづらい…)。「解説つけなくても視聴者は付いてきてくれるはず」という水島努監督の強いメッセージを感じた。ちなみに毎週更新公式webラジオレシプロ機の詳しい解説を見ることができたり、できなかったりする。

 

盾の勇者の成り上がり

 「メイドインアビス」のキネマシトラスによる不条理文学。2クールかけて主人公が成長する姿を描く。原作はなろう系小説1話は1時間スペシャル

 最近よくアニメになってる異世界転生(転移?)モノだけど、オバロとか転スラのようなヒロイズムと大きな距離がある。こういう作品共通した性質としてゲームライクな世界観というものがあって(本作のゲームライクな演出は「デスマーチから始まる異世界狂想曲」に近く、絵としてのGUI結構練られている)、主人公がただの村人Aではないこと(異端というか特別)の記号になってるんだけど、本作の主人公俗物的で、上記のようなヒロイズムに対するポストヒロイズムみたいな感じ。勇者D(X人目)。転生によってアドバンテージを得た勇者が転生先で成功するお話に対し、本作は転生によってディスアドバンテージを得た主人公が、転生先でそれに抗う、あるいは異世界人のように逞しく生きながらえるお話

 王前で主人公慟哭するシーンは、異世界生モノの持つ「現実世界において「自分社会から不当に虐げられている」という漠然とした不満のようなものを持っている人たち」というメッセージを強く表現してる。なんとなく「風と共に去りぬ」を思い出した。風と共に去りぬ南北戦争を描いた小説で、差別不条理と戦う女性お話、だっけ。本作における「剥がしたり消したりすることのできない盾」は彼が例の勇者であり、同時に排斥対象であることを知らしめるレッテルになっていて、彼が戦っているあらゆる不条理がこの「盾」に集約されている。そういう意味では、最初に仲間になったのが奴隷っていうのも大きな意味があるよね。

 面白いのは「1ヶ月後にやってくる敵の襲来」というイベント。彼が勇者である以上逃れる術はないので実質的に盾と同じ不条理象徴ではある(特に2話は、「襲来を乗り切って生き残るんだ」というセリフが何度も登場する)んだけど、同時に彼がただの大罪人ではなく世界一利用価値がある人間であることの担保になっていて、ワンチャンあらゆる不条理を打ち負かす可能性を秘めていること(世界に借りを作ることができる)。タイトルはそういう意味なのかな。

2019-01-27

anond:20190127220439

残念ながらバリバリに男です。

中性的って言われるんで許してください😌

2019-01-18

私のなかで毎日私が死につづけている

 トランスジェンダーという言葉すら長いこと知らなかったし、いまだに自分がそうなのかもよくわかっていない。伏線のような違和感は至るところにあったが、これが本当にそうなのだ、という確信を得られたことは一度もない。いわゆる「男体持ち」として生まれ差別的蔑称であるらしいことを知ってはいても、響きがかわいいよな、軟体動物みたいで、と思うことがわりとある)、当然のように男性として長いこと育てられてきた。私の実名には「お前は死ぬまで男として生きていくのだ」というメッセージ刻印されている。「剛」「太郎」「大輔」みたいな雰囲気言葉ミキサーにかけたようなものと思ってもらえばよい。最近の子供の名前ランキング中性的名前が多くて、本気でうらやましくなる。DQNネームの話しかできないおっさん、逝ってよし。

 ツイッターというのは便利なもので、トランス女性自分が女風呂侵入する性犯罪者予備軍ではないことをマジョリティ証明しなければ生きる資格がないっぽいという知見を得られたりもする。へえーっ。関係ありませんが、個人的風呂の♨想い出♨を書きます。小中高と継続していじめを受けていたので、解離状態っていうのか、はっきりとした記憶ではない。ぼんやりとした空白感のなか、自分は二十代になってからまれてきたような感覚がある。断片的で雲のかかった記憶のなかでも、はっきりと覚えているのは男子寮男子風呂のこと。

 家から離れて全寮制の学校に入れられていた時期、この頃のいじめはかなりきつかった。学校でのいじめが寮まで継続するので、二十四時間どこにも逃げ場がないのだが、特にきついのが、時間制で必ず入らないといけない浴場で……書こうと思ったがやっぱり書けないので詳細省きます。私は男子風呂に入るのがいつも異常につらく、その原因がずっと分からなかった。他人の裸を見るのも、自分が見られるのも好きじゃない。この嫌悪感それ自体は、性自認に関わらずわりと見られることかもしれない。しだいに風呂からは足が遠のき、体臭に関するあだ名を無数につけられ、だからといって浴場に行っても時間制のためほとんどの場合いじめメンバーに遭遇し、脱衣場で半笑いのささやき声がうずまき、例のあだ名と笑い声、その後は誰でも想像がつくようなひどいことをされ、その繰り返し、要するに地獄であったわけです。

 性自認に関する違和感はいくらでもあったはずなのだけど、いじめを受けていたせいで、かえって「なぜ男子浴場が不快でたまらないのか」の違和感は別の問題に棚上げされてしまった感がある。自分は生まれつき風呂が嫌いなのだと思い込もうとしたけれど、転校してからは、家の風呂ならいくらでも入れることに気づいた。男/女限定風呂場という場所は、「どちらでもないかもしれない人」が社会的存在しないことになっている。そんなところ、私はわざわざ自分から入ろうとは思いませんが、強制的規則によって毎日放り込まれ場合、ごらんのように悲惨なことになるわけである。誰も見ていない実家の一人の風呂場は、どちらでもないかもしれない人がそのまま入れるのだな、という当たり前のようなことに気づいたのは、ようやく最近のことだった。

 ある時期までの私は、自分とは生まれつき髪型にも服にも興味がない人間なのだと思いこんでいた。そんなことに悩むのは時間無駄死ぬまで自分には関係のない問題なのだと。個人的ひとつの転機は、近所の理髪店改装して遠方に引っ越したこと。髪は自然と伸びてくる。ある日、鏡を覗き込んだ自分は、はじめて何かに気がついた。この肩まで伸びてる黒いやつ、これって意外と……いやいやいや、確かに爆発に巻き込まれ金属バット丸坊主じゃない方みたいな感じではあるけど……フーーン、でも、いいんじゃないですか、ねえ? 試しに髭を剃ってみる。おやおやおやおや?? これはいったいぜんたい、どういう種類の感情なんだ???

 このとき気持ちを誰かに伝えられたらと思うし、わかってたまるかという気持ちも少なからずある。はっきりとした絶望は、親にバレない範囲で、下着などから女装をはじめたときのことだ。ずっと、服に興味がないと思っていた。なのに……ずっとすぐ近くにあったのに、毎日ここを横目で素通りしてきた。女性用コーナーには、自分がずっと着たかった服が無数に並んでいた。「そうなれば話は違う、ここに並んだ大量のおつまみがすべておかずとして立ち上がってくる」!!!! 黄金でできた大陸を見つけたような境地。そして、その気になればいつでも手が届いたかもしれないのに、ここにある小宇宙のような無限のかわいさを私が着てきた過去はこれまでほとんど存在してこなかったという事実ディック短編みたいな悪夢。私はずっと、私として生きたことがなかった。ずっと他人身体で、他人人生を送ってきた。……こんなことってあります? まあ、あるんですけど。

 そして、私はいまだに他人人生を送り続けている。誰にもこのことを相談したことがない。〈消えた天才〉を見ていた母が横目で、「あんたが女だったら、私の夢を無理やり投影してたかもしれないわ」などと言う。「男でよかったわあ」。苦笑いする。この微笑みは〈わかってたまるか〉寄りだ。親の扶養ぬくぬく実家の飯を食い、その代りに心の自由を売り渡し、ちんぽのぶら下がった肉体を着たまま大学に行き、男子トイレウォッシュレットを最強設定にする。大学を離れ、いつか一人暮らしができれば、ホルモン治療やら手術やらができて、現実人生が始まるかもしれないのだが、ただでさえ不景気なのにトランスが就ける職はろくにないというウワサであるし、そこまで辿りつけるかは不明。髪を束ねて、髭を剃り、周りをキモがらせない程度の微妙なかわいさである髪留めを装着し、なんとなくキショいけどどちらかといえば男だよなって感じの顔で毎日歩きまわる。トイレの前で、たまに立ち止まる。少しずつ自分が嫌いになる。

 人生は日々、すり減っていく。制限時間が近づいてくる。いじめから遁走した転校のときごっそり遅れた年次と限界になった休学が挟まり、すでに私は25歳になりつつある。私はまだ、生まれてすらいない。

2019-01-15

anond:20190115141727

スゲー分かる

中性的イケメンよりはガッシリ男らしい格好良さに惹かれる

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