「喝破」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 喝破とは

2020-05-24

外国人の「署名よろしくねがいします」にやり返した話

京都には結構勧誘とかマルチとか多くて、俺みたいなチーズ牛丼顔はよくカモにされる。イヤホン音楽聞いてても効果なし。両手に荷物持っててもお構いなし。進行通行を「あにょ~スミマセン」と塞いでくる。名刺みたいなのを渡してきて、「少しお話いいですか?」って言ってくる。

京都駅とか、四条らへんは特に多い。大丸とかがある交差点はああいうやつらの激戦区で、あそこ通るたびに外国人に「少しお話いいですか?」って声かけられるし、大学生っぽいやつらもほぼ毎週末に10単位くらいで列をなして「〇〇さんのために募金よろしくねがいします!(よろしくねがいします!)」って大声出してる。まあ後者マルチ違うかもしれんけど…。

結構前、例の交差点信号待ちしてたら外国人に「少しお話いいですか?」って聞かれたので、またかと思いつつ、なぜか「はい」と答えてしまった。

こういうのはなんか恵まれない人達系の話をされたあと、「よろしかったらご署名お願いします。書くだけでいいから。」って言われるのである。「話を聞いた後だから署名拒否するのはなんだか申し訳ない」という心理を用いたテクニックである。ちなみに署名だけで済むはずもなく、たいてい署名したあとには「お気持ちだけでいいので」と募金も促してくる。さらにちなみに、記入欄には電話番号仕事の欄もあったりするのだが、それを空欄にして返そうとすると、「お兄さん仕事は?」とか「書けるとこまででいいから」と再度要求してくる。くっそはらたつ。

俺は外国人の話を聞いてる途中、「なんで『はい』って答えちゃったんだよ俺はよぉ~~~」とずっと後悔していた。そのあとやっぱり「よろしかったらご署名お願いします」と聞くもんで、俺は「いいです」って突き返した。そしたら外国人が「なんで!?」って大声で聞き返してきた。なんか結構な声量で文句を言われてたが、少しびっくりしたので内容は覚えてない。信号が青になったので無視して立ち去った。

俺は後悔した。なんで「はい」って答えたのかもそうだし、なんで文句を言われなきゃならんのかとイライラした。なんで言い返さなかったのか。「お前が怪しいからだよ」って言えばよかったのに。俺がチーズ牛丼から舐められたのだ。

そういうわけで、ここから妄想だけど俺は外国人リベンジすることにした。昨日の話であるコロナが明けた最初の週末だったので意気揚揚と街に繰り出した。「やっぱまだちょっと人少ないな~」とか「マルイ閉店して次何ができるんだろう」とか「ていうかあそこの交差点どっちが北か東かわかんないから目印になる建物立ってくれんかな。ドンキとか」とか考えながら歩いてたら、ついに例の交差点差し掛かった。そしたら案の定外国人に話しかけられた。コロナ明けからしょうがねーな全く。

ちょっとお話いいですか?」

『なんですか?』

「実は外国人留学生支援をやってて~(略)」

『なるほど~』

「ここに署名してくれませんか?」

きた。

『いいですよ。』

俺は名前の欄に「アムウェイ絶対さなマン三世」と書いたあと、他人の書いた署名を次々と二重線で消してやった。

「なにしてるの!やめて!」

ステイアウェイク!(目を覚ませ!)』

俺の喝破にびびった外国人は、来日してまで何をやっているのだろうと己の行動を恥じ、地下鉄にのって祖国へと帰っていった。

気分の晴れた俺は、すき家四条店でチーズ牛丼を食べて帰った。おわり。

2020-05-04

カツオ風俗嬢は似ていない。ただ、IT土方風俗嬢なら似ている

 ここのところカツオがどーだ、安売り買ったらお前は搾取たこブルジョワジーめと殴り合いが続いてますが皆さんお元気でしょうか。

元気じゃない人はちゃんと寝てくださいね


 で例のカツオの例えの記事を何個か見てて思ったんですけど、やっぱカツオと今回の嬢は似てませんよ。

片方が魚で、片方が人間からと言いたいんだろって?そんなものじゃなく経済的に苦しんでるのは変わらないから一緒って?

いや、その構造も違うんでないかなあと。


 そもそも、今スーパーにある安いカツオを買うのは、100%搾取なんでしょうか。

店は開けることができません。加工も無理。

スーパー仕入れてこなきゃ、ゴミです。何も生まない。経費でマイナスです。赤です。

まりスーパー仕入れ我らが買うのは、応援でこそあれ搾取汚名だけを貼られるものではないのでないでしょうか。

 農林水産省が余分に牛乳かって、ってやりましたよね?

学校で使われず余って安売りになりそうな牛乳の消費を求めたあれですが、あれの近いものではないでしょうか。買って応援

値段の不相応がありその意味搾取です。

でもそこだけクローズアップしていいものなんですか?


 発言で示された風俗嬢を考えても、いろいろと違うんじゃないかと思えるところが出てきます

発言で期待された風俗嬢は、元々業界にいません。

新しく労働を始める人か、何かを辞めた、辞めざるを得なかった人たちですよね。

一応いいますが、風俗嬢をやることは悲劇じゃない。

この機にやってみようと思ってた、ってんならどうぞご自由にしてください。

 でも発言風俗嬢短期間で辞めるとなっている。やりたくて入った方は、3ヶ月だけで辞めるんでしょうか。

それは自由意志からしてやりたくなかったけど、その意志を飛び越えてやる必要があった人たちがメインではないのですか。

 応援するという意味ではカツオと一緒じゃないかとなりそうですけど。

漁師さんは漁師業界知識活用して売り先を変え、漁師アイデンティティを守ったうえで応援してもらえるのです。

個人事業主で事前知識を誰も教えてくれないまま、意思関係なく風俗嬢業界に飛び込まなきゃいけない所に応援って、本当に一緒なんですか。


 そんな風に考えたとき、私に一つの記憶がよみがえりました。

詳述しないですけど、昔私は不況の只中で就職活動をやる羽目になりました。

希望業界、やりたいこと、ちょこちょこ色々あったけど、全部パーです。

その時たまたま元気だった業界を選ばざるを得ませんでした。それがそう、IT業界です。

 人は募集してたし活気があったのは間違いないですけど、その時代とうにIT業界の化けの皮は剥がれており、過酷労働跋扈しているとささやかれました。

体調不良に鬱なんてよくある事、業界を知ってる人からは平然と辞めた方がいいと言われてましたね。

でも私は選ばざるを得なかった、そんな糞上等の世界から、何の事前知識もなく正しい会社を選び取ってIT土方になるしかなかった。

 これです。これこそ、あの発言で期待された風俗嬢なのではないですか。

若く、体力も多分あってハンデもないと思われる、そんな大量の学生が事前の希望一切関係なく、経歴に空白を生む致命傷だけは避けるため。

何だったら、3ヶ月。3ヶ月というキリのいい数字だけでも働いて転職時に話せる経歴にしておきたい。

勿論生活費も稼いでおきたい。


 私はこの時の自分と、件の発言がダブってしかたありません。

聡明な読者なら多分、どこからか違う部分を見つけ出して喝破してくれるかもしれません。

でも私には自分意思職業を選びきれなかった屈辱が今も心のどこかに残ってて、発言で指差された風俗嬢に、自分勝手な憐憫を感じざるを得んのです

2020-04-25

anond:20200425163527

さすが増田常連であらせられる貴殿は優れた頭脳をお持ちですな。

矛盾を華麗に喝破してみせるその姿に恥ずかしさなどは皆無。

これにはスレ主もタジタジ不可避。アッパレですぞ

2020-04-04

COVID-19後の住居と衣服

ちきりんさんが、「コロナきっかけに『通勤服』というカテゴリーが消えそうなのでアパレル産業が大変」

ツイートされていて、その点について考えた。

今回のコロナのような感染症対策では、環境温度湿度より換気(外気の取入れ)が重要に思える。

一方で、住居の温度湿度、換気とは、ある種のトレードオフになっている。

森博嗣先生は、その著作の中で衣食住のうち衣と住の区別あいまいものである、と喝破されていた。

まり安全で快適な生活必要機能は、衣服と住居のいずれかで実現できればよい、と考えられる。

保温、保湿、換気を衣と住に振り分けようとすると、衣が保温、保湿で、住が換気というのが

自然に思える。その逆はできるだろうか?一般的には衣の外に住があるため衣による換気が難しい。

そうすると、換気は住まいに全振りして、衣服は保温、保湿というのがひとつ方向性では

ないだろうか。リモートワークで見られても恥ずかしくなく、暑さ、寒さ、乾燥、ジメジメを

緩和してくれる部屋着。あるいは、見た目はVRカバーできるので不要かもしれない。

2020-01-16

anond:20200116161503

概ねtwitterなりの「歴史認識には大きなゆがみがあるからその大きなゆがみから見て正しい/間違ってる を基準にする必要はないと思ってるがな。

良くあるのが「中世ヨーロッパはメッチャ不衛生だった」みたいなのが常識レベルで広まってる訳じゃん。

あーいうのアフォっぽいからそろそろ「んなわけあるかハゲ阿部寛はお風呂好きやったやろが」くらい喝破してほしいんだけどなあ。

2019-12-20

anond:20191220014349

さすがに「ソース小川榮太郎」で人を非難するのは頭おかしいだろ。

半分くらいは「レイプ被害者がそんなことするわけがない」って決めつけで、裁判官からは「レイプ被害者は事実にわかに受け入れられず日常通り振る舞いをすることは十分にあり得る」って喝破されてるじゃん。

ていうか裁判官の言ったことって俺でも前に聞いたことあるぞ。小川山口の頭の中ってどれだけ古いんだよ。

それ以外だと昨日の記事

https://www.j-cast.com/2019/12/19375572.html

特に検事のおじがいると言ったが実際はいいから嘘つき」ってやつ

あっさり「副検事のおじがいる。専門家以外は副検事検事と呼ぶのは自然」って反論された。

だって副検事って言われたら検事一種しか思わんわ。

反論もないか副検事のおじは実際いるんだろ。

で、おじに検事がいないって調べたって事は、当然副検事がいるって事には気付いたはずだし、それを検事と言ってるんだろうって想像はつくよね。

なのにそれは伏せた上で「検事じゃないから嘘」って攻撃してるんだぜ。

言ったのは小川じゃなくて北村弁護士だけど、こいつらの主張なんて全部この類いだろ。

脱臼してたのにスタスタ歩いてた」なんてのも小川の主張以外には何の客観的ソースもないし、これを理由被害者叩いてる奴は全員訴えられればいいのにな。

2019-12-13

でもグレタさんが年金問題にHow dare you!って喝破してくれればお前らも手のひらクルクルするんやろ?

2019-12-12

anond:20191212030010

哲学者哲学研究者、使い古された言い回しだけど永遠課題やね。

中島義道喝破したように、歴史上の哲学者を誰一人知らずとも哲学に射抜かれた魂を持つ市井の人はたくさんいる、と。

2019-12-07

anond:20191207170007

たまに登場する「お気に入りだけは助けようとするはてなー」を喝破する増田さん好き

2019-11-14

京大博論を元にした本が東大紀要書評フルボッコされてる件2

(長く書きすぎたみたいだ。途中で切れてしまった。。。)

京大STAP細胞はありま~す?」

もう終わりにしよう。書評批判が当たっているなら、こういうことだ。超大物教員指導の元、こんな博士論文が書かれ、専門家達が「厳正な」審査をし、超一流の博士号が授与され、それをテコに大学で職を得た人がいる。これがわかったのは、本が出版されたおかげだ。ちなみにこの本、名もない出版からではなく、京都大学出版会が出している。もちろん、本の出版は著者が勝手にできることではない。本の最後に超大物元指導教員が「解題」を寄せているから、知らなかったはずはない。解題を見てみたところ、基本的にほめていて、特に批判らしい批判はなかった。実はその解題、公開されている博士論文審査結果の要旨とほとんど同じ。

https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/199376/1/ynink00705.pdf

審査結果からもいくつか引用しておこう。

論文は、個別言語における認知メカニズムの解明によって言語固有の形式文法カテゴリ創発する根源的理由説明を試みた意欲的研究であり、認知言語類型論という新たな研究分野の基礎を示した先駆的研究として評価することができる。

論文日本語文法事象を中心に扱っており、その記述分析の面においても、射程の広さと事例観察の綿密さが評価される。分析対象として、格、時制、主語目的語自動詞他動詞、態、形容詞といった広範な現象を横断的に扱い、本論文の主張する日本語の「主体化による認知モード」によって一貫した説明が試みられており、それらがいずれも西欧パラダイムによる言語研究標準的使用されてきた文法概念と完全な対応関係を結ばないことが、説得力をもって示されている。

日本語学で所与のものとして適用されてきた「動詞の自他」や「態」といった文法概念のものの再検討を迫るという点で、本論文日本語研究にも一定の貢献をなすものである。また、本論文日本語における文法カテゴリや語彙の変容にも照準を合わせたものであるが、その主張は単なる理論憶測ではなく、万葉集源氏物語などの主要な古典作品をはじめとする膨大な歴史的資料に基づいたものであり、言語研究において不可欠である言語データの観察の綿密さについても高く評価することができる。

論文共時的言語事例と通時的言語事例とを並行的に分析し、日本語言語現象全般個別現象の解明を目指した統合研究であり、認知言語類型論という新たな研究視点提供している点で、学術価値は高いと判断される。

よって、本論文博士人間環境学)の学位論文として価値あるものと認める。

また、平成26年11月26日論文内容とそれに関連した事項について試問を行った結果、合格と認めた。

まさにお墨付きだ。

最後ちょっと真面目な話。『認知言語類型原理』の問題は、この書評で間違いだと明らかになったことじゃない。学問は古い学説踏み台にして進んでいく。今の定説もいつかは否定され、乗り越えられていくかもしれない。だから、間違いを含んでいるとわかったこ自体問題じゃない。それまでの研究に新たな知見を付け加えたのなら、たとえ間違いを含んでいても価値ある研究だ。ダメなのは、従来の研究に何ら新しい知見を付け加えず、最初から間違いだとわかる研究だ。『認知言語類型原理』はまさにそのような本だと批判されている。もちろん、出版された本に対してそのような批判をする権利は誰にでもある。たとえ批判が当たっていなくても、ある。自由批判ができることは、学問の発展に不可欠だ。書評子が批判したことで将来不利益を被ることがあってはならない。

それにしても、どうして『認知言語類型原理』は『日本語主語はいらない』みたいに多くの言語学者から批判されていないんだ? 『日本語主語はいらない』は大手出版から一般向けに出たのに対して、『認知言語類型原理』は学術専門出版から専門書として出たからか? それにしたって、専門書でも専門家なら読むだろうし、なんならもっと真剣に読むだろう。他に書評は出てないのかとCiNii https://ci.nii.ac.jp/ で『認知言語類型原理』を検索したけど、ないみたいだ。もしかして京大とか超大物研究者とかの権威に怯んでるのか? 文系学問がそんな腐敗した世界なら、世間から不要とされるのも無理はない。この腐敗した世界に堕とされても、くだらないことでビビることなく「王様は裸じゃないか! 裸の王様、何を学んだの?」と喝破した書評子には拍手喝采を送りたい。だけど、こんなものを書くために生まれたんじゃないだろ…。

京大博論を元にした本が東大紀要書評フルボッコされてる件

日本大学特に文系学問に対する風当たりが厳しい昨今、文系学者達は自分たち存在意義を示そうと必死だ。大学で行われている文系研究は、どう役に立つかはともかく、それ自体研究としてちゃんとしたものなんだ!ということは前提となっているし、みんなそう信じている。文系先生達は決してSTAP細胞のようなデタラメをやっているのではないと。

だが、それは本当か? 証拠はあるのか? 最先端研究専門家でさえ評価が難しい。たとえばアインシュタイン一般特殊相対性理論を作ったけど、時代の先を行き過ぎていて正当な評価がされなかったそうで、ノーベル賞は他の業績に対して与えられた。文系研究基本的には同じで、研究の良し悪しを判断できる人は極少数だ。だから、知らないうちにトンデモない研究がはびこっていて、それに社会的評価が伴っていても、ほとんどの人にはわからない。専門家が厳正に評価してくれていることを信じるしかない。

パンドラの箱が開いた

本題に入ろう。最近、1つの書評論文東大言語学研究室発行の紀要に出た。

田中太一日本語は「主体的」な言語か―『認知言語類型原理』について―」『東京大学言語学論集』 41 (2019.9) 295-313

https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=53475&item_no=1&attribute_id=19&file_no=1

書評された本は『認知言語類型原理』(京都大学出版会)。

https://www.amazon.co.jp/dp/4814001177/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_6P9YDbPVN9WJ2

著者は、関西外国語大学 短期大学部 英米語学准教授中野研一郎先生

 

普通書評というのは基本的にほめるものだ。批判はあっても最後ちょっとだけ。しかし、この書評は、冷静な筆致でありながら、酷評酷評、ボロクソ、クソミソ、ケチョンケチョンフルボッコだ。一個もほめてない。批判が当たっているなら、トンデモ本に違いない。

こうすればあなた博士になれる

一番ヤバいのは、この本が博士論文を元にしたものということ! 一応説明しておくと、博士論文とは、最高の学位である博士」の学位を取るために大学院生が何年もかけて書く長大論文で、大雑把に言って本1冊以上の分量がある。もちろん、何でもいいからテキトーに書けばいいわけではない(はずだ)。自分オリジナルで、学術的に価値のあること、つまり、これまで誰も知らなかった知見を新たにもたらして人間知識を拡大するような研究の成果でなければいけない。どの分野でもそうだ。

そして博士論文原稿は、3~5人の審査委員審査する。審査委員は全員、その分野に詳しい大学教員だ。審査は3回くらいある。まずは博士論文の大枠ができた後、本格的な執筆にゴーサインを出すかを決める一次審査、そして論文が大体書けた後、論文大学に提出していいか審査する二次審査最後論文が完成し、大学に提出された後、博士学位を与えるか否かを決める最終審査がある。それぞれ少なくとも1時間はかかる本格的なものだ。ディフェンスと言われる最終審査の口頭試問は、公開で行われる。最後に別室で結果を審議した審査委員が会場に戻ってきて厳かに合格が伝えられると、みんな拍手で心から祝福する。

ミサト:おめでとう!

アスカ:おめでとう!

レイ:おめでとう。

シンジ:僕はここ(アカデミア)にいてもいいんだ!

研究人生のフィナーレではないが、1つのピーである。こうやって研究者の能力お墨付きを与えるのが大学存在意義の大きな一部分だ。

要するに、博士号を取るのはとても大変なのだ日本だと博士号を持っている人は1万人に1人くらいしかいないらしい。日本大学は入るのは難しいのに出るのは簡単だとよく言われるけど、大学院の博士課程はそうではない。入るのも修士課程ほど楽ではないし、文系では入っても博士号を取れない人の方が多いくらいだ。これだけ大変だから博士号はアカデミアでは評価される。大学教員になるなら、博士じゃないとエントリーすることさえほぼほぼ不可能。『認知言語類型論』の中野先生は、フェイスブックを見たところ、以前は高校先生だったみたいだけど、博士号をとってから、50歳を過ぎて関西外国語大学准教授になったようだ。周知の通り、大学終身雇用教員の座をめぐる争いは非常に激しい。博士号がなかったら就職できなかっただろう。

 

博士号はどこの大学でとっても価値は同じ、みたいなことを何度か読んだことがあるけど、あれはデマ。真に受けてはいけない。いい大学博士号ほど高く評価される(Why not?)。中野先生がお持ちの京都大学博士号は、京大が超一流なのと同様、超一流の博士号だ。50歳を過ぎて大学就職できたのも不思議ではない。しかも、中野先生師匠は、日本言語学界の大物中の大物、山梨正明先生だ。『認知言語類型原理』に山梨先生が解題を寄せているから間違いない。この大先生は、「日本代表する理論言語学者の一人」([wikipedia:山梨正明])。中野先生が在学していた頃には、日本語用論学会(2008〜2011)や、日本認知言語学会(2009〜2012)の会長を同時に務めもした大物中の大物だ。ちなみに、山梨大先生2014年度に京大を定年退官して、2015年から中野先生より一足早く関西外国語大学で教鞭をとっている。ちょっとややこしい話だが、博士論文審査が終わる前に京大を定年退官したようで、審査主査ではないが、審査委員には名を連ねている。https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/199376 博士論文を書くのに何年もかかるから、こういうことはよくある。

日本語に主語目的語、態、時制、格、自動詞他動詞はいらない?

さて、超大物お墨付き博士論文(を元にした本)はどんなもんなんだろうか。書評から拾っていこう。2節は専門的な議論でよくわからいかパス。3節「日本語に存在しないとされるものから見ていこう。まず、1節に同書のまとめらしき部分から引用がある。

日本語(やまとことば)」を深層とする日本語において、「形容詞 (adjective)」・「主語 (subject)/目的語 (object)」・「態(voice)」・「時制 (tense)」・「格 (case)」・「他動詞 (transitive verb)/自動詞 (intransitive verb)」といった、従来ア・プリオリに前提とされていた統語・文法カテゴリ妥当していないことも論証した。さらに、「膠着」言語の一つである日本語」においては、その語・語句・節の生成メカニズムは、「音」自体に「意味」を見出す「音象徴 (sound symbolism)」を基盤にしていることを論じた。

(『認知言語類型原理』[以下、中野 2017] p. 308、書評論文[以下、田中 2019]p. 295から禁断の孫引き。以下、同書の引用は全て孫引き)

昔、『日本語に主語はいらない 百年の誤謬を正す』[amazon:日本語に主語はいらない]という本が出て、言語学者に酷評されたことがある。金谷武洋日本語に主語はいらない』批判記事一覧 - 誰がログ https://dlit.hatenadiary.com/entry/20071216/1197757579

主語がいらないと言っただけでそうなったのに、『認知言語類型原理』は、ミニマリスト断捨離なんてもんじゃない。主語だけじゃなく、形容詞、態、時制、格、自動詞他動詞も、いらない、何も、捨ててしまおう~♪と謳っているらしい。全部なしで日本語の文法はどうなっているのかというと、「その語・語句・節の生成メカニズムは、「音」自体に「意味」を見出す「音象徴 (sound symbolism)」を基盤にしている」ということらしい。

「音象徴」の名の元に蘇る亡霊

これは熊倉千之氏の「音象徴理論に基づいているそうで、熊倉氏は、

膠着語にかんして、「イメージイメージを膠でつけるように、ことばができているのです。ですから、具体的なモノとモノをつなげると、言語(コト) としての「抽象」 性が生まれ、新しいことばが作られるのです (熊倉 2011: 18)と述べた上で、日本語の音素はそれぞれ何らかのイメージを持つという観察を根拠に、やまとことばの「音声と意味」には、ソシュールの説に反して、「恣意的」ではなく、密接な繋がりが感じられる」 (熊倉 2011: 30) と主張している。

(これも田中 2019: 309から禁断の孫引き

熊倉千之 (2011)『日本語の深層〈話者のイマ・ココ〉を生きることば』東京: 筑摩書房.

とのこと。

近代言語学の父、ソシュールの一番有名な恣意性原理否定しているが、それ自体はない話ではない。音象徴が当てはまる例として、ポケモンとか怪獣名前は、音と意味関係が全く恣意的なわけではない、みたいなことが最近よく言われている。ただ音象徴基本的オノマトペ擬音語擬態語)や新たに名前を付けるものについての話、しかあくま傾向性言語全体の「語・語句・節の生成メカニズム」になるようなものとして扱われてはいない。しかし、中野説はそういった主流の音象徴研究とは一線を画する。具体的に見てみると、

「あ/a/」は「空間出来の語基」 として、「い/i/・居」 は「様態化の語基」 として、「う /u/・続」 は「プロセス化の語基」 として、 「音象徴」 により語彙を創発させる機能を担っているのである(中野 2017: 247) 。

知らなかったー、日本語ってすごいですね(棒)。たとえば、「合う・会う」は、「あ/a/」+「う /u/」だから、「(出来)動詞」だそうだ。書評子が、

「「出来」が「プロセス化」すると「合う・会う」になるという説明は到底理解できるものではない」(田中 2019: 309)

と言う通りだ。「あい」(愛とか藍)はどうなるんだろう。中野先生によると、音象徴

日本語(やまとことば)」の同音異義の語の数の多さと、またオノマトペの豊穣さの、母体にもなっている」 (中野 2017:232)

そうだが、書評子は、ここに鋭く矛盾を見て取る。

この主張は、本書の議論を決定的に破綻させるものである。もし「音=意味」という恣意的でない結びつきが存在するならば、同じ音を(同じ順序で)組み合わせれば同じ意味になるはずである同音異義語存在が極少数に限られるならともかく、その数が多いのであれば、日本語の全体を「音象徴」に基づいて分析することが不可能であることは自明である。(田中 2019: 310)

かに。他にも、中野先生は「確かに」・「達する」・「頼みます」・「たった、これだけですか」・「立つ」・「経つ」・「絶つ」・「裁つ」などを例に、

日本語(やまとことば)」では、音部分が同根であれば、「音象徴」に基づき、その意味機能通底している 。 [中略] 「た/ta/」音を語頭とする語は「心的確定(確信)」を基に語彙が生成していることが理解できる。「日本やまとことば」の「た/ta/」音は、「音象徴」において「確信」を「意味」とする「音」なのである。 (中野 2017: 255)

と言っているそうだが、「立つ」とか中野先生自身の例でさえ、どこが確信関係があるのかわからない例もある。この説が無理なのはよく考えてみるまでもない。

そもそも、「音象徴」なんて流行りのタームを中野先生熊倉氏は使っているが、こういう説は「音義説」[wikipedia:音義説]と言うのがより正確だ。近代以前に唱える人がたまにいたけど、今ではググるとわかる通り素人が唱えているだけのものだ。ちなみに、このような形で同書に大きな影響を与えた熊倉千之氏とは、

1980年「『源氏物語』の語りの時間」でカリフォルニア大学バークレー校にてPh.D.取得。ミシガン大学サンフランシスコ州立大学などで日本語・日本文学を教える。1988年帰国後、東京家政学院大学教授1999年金城学院大学教授2007年退職

[wikipedia:熊倉千之]

という人。ウィキペディアでは一応「日本文学者・日本語学者」となってはいるけど、専門はどう見ても文学言語について言語学界とは関係なく自由思索著述をしている人のようだ。そういう独自言語論を唱える文学思想研究者はよくいるけど、普通言語学者はそういうのはまともに相手にしない。『認知言語類型原理』もその類の本だったなら、東大言語学を学ぶ書評子も取り合わなかっただろう。でも、これは京大言語科学講座で博士号をとるために書かれた論文(が元になった本)なのだ

驚愕の主張の数々

他にも同書には、業界震撼の主張が満載みたいだ。是非同書を買って私の代わりに確認してみてほしい。

日本語では論理的命題を表すことができない」(田中 2019: 305)
日本語は英語を含む近代ヨーロッパ標準諸語に翻訳できず、また近代ヨーロッパ標準諸語も日本語に翻訳できない」(中野 2017: 268)
科学数学物理学化学生物学法学経済学歴史学社会学言語学等)」と称せられるものの全ての言説は、日本語で書かれている限り、「日本語(やまとことば)」の論理によって、「客観的であるとする言語論理的根拠を維持できないのである。当然のことながら、この本自体も、日本語で書いている限りはその陥穽から逃れることができない。」 (中野 2017: 268)
日本語の「伝聞」というコミュニケーション様態においては、伝えられる内容は、伝える者によって「主体化」されており、したがって、その「主体化」された内容の真偽判断に関わっては、「権威」が必要となる。伝える者に「権威」が伴っていない場合、伝えられる内容は真と判断されない。」(中野 2017: 16)

しつこいようだが、これで5年前に京大博士号が取れたのだ。

ちなみに、なんで日本語が英語などと違ってこうなってるかと言うと、中野先生によると、日本語は歴史的文字を持たなかったからだそうだ。とはいえ英語だってそうだし、文字で残っている歴史の長さも日本語と同じくらいなんだけど。っていうか、どの言語も昔々は文字がなかっただろ!

ということで、書評の内容は変な言いがかりではないようだ。そもそもこんな空前絶後激辛書評論文大学院生が書くこと自体大きなリスクを伴う。(書評子、いろいろ大丈夫か?)無理なイチャモンをつけるためにそんな危険を冒すわけがないし、出版前に東大で止められるだろう。ま、『認知言語類型原理』は、博士論文審査から本の出版にいたるまで、誰にも止められなかったみたいだけど!

京大STAP細胞はありま~す?」

もう終わりにしよう。書評批判が当たっているなら、こういうことだ。超大物教員指導の元、こんな博士論文が書かれ、専門家達が「厳正な」審査をし、超一流の博士号が授与され、それをテコに大学で職を得た人がいる。これがわかったのは、本が出版されたおかげだ。ちなみにこの本、名もない出版からではなく、京都大学出版会が出している。もちろん、本の出版は著者が勝手にできることではない。本の最後に超大物元指導教員が「解題」を寄せているから、知らなかったはずはない。解題を見てみたところ、基本的にほめていて、特に批判らしい批判はなかった。実はその解題、公開されている博士論文審査結果の要旨とほとんど同じ。

https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/199376/1/ynink00705.pdf

審査結果からもいくつか引用しておこう。

論文は、個別言語における認知メカニズムの解明によって言語固有の形式文法カテゴリ創発する根源的理由説明を試みた意欲的研究であり、認知言語類型論という新た

2019-10-04

存在しない初音ミクの肉体が突然私の脳みそを殴ってきた話

すこし前からネターやパーフィットネーゲルを読んでて、「なんで私は私なのだ?なんで私以外は私じゃないのだ?」と真剣に悩んでたぼく。

今日大学帰りの道すがら宙を凝視しながら、宙の無が私でありえた世界線の私'(あるいはproto「私」)が「この」感覚を「私の」領有から引き剥がしはしないかとヒヤヒヤしていたのだ。

そんなおり、ふと思い出したのが他ならぬツインテール今村初音ミク関連ツイート

彼のツイートジョーク以上に知的に興味深い内容を感じるものがちょくちょくあって、そのなかで現象学的に興味深いのが↓

https://mobile.twitter.com/kyk_twintail/status/1001081317671358465

存在しない肉体の幻肢痛」…!!そうだ、それこそが「私の」痛みなのだ

「私の」という語りは、あるいは意識というもの特権化された「この」肉体に強く依拠しているのだ、これ以外の体は傷つけられても「私の」痛みにつながらないんだ、だから「この」は他でもない「私の」と呼ばれたがってるんだ!!

…なーんて、素朴な思い込みをしていた、そんな時期が私にもありました。そう、もはや傷つけられる他者の体なんて余計な存在を措定しなくても「私」の難問を得く糸口はあるのだなあ!

そんなことを思うと、見つめられるこの宙もガラリと見え方が変わって、ここに何もないってことはつまり存在しない初音ミクの痛みがまさに今ここにあるのでは?そう初音ミクは我々がそれを「初音ミク」という名前で知るようになるずっと前から既に存在していたんだ、それこそ中森明夫喝破したように…!

すると突然、謎の頭痛とともに私の視界がグラッと揺らぎ、激しい目眩で立ってもおられずその場にうずくまってしまった。そんなことは今まで経験したことがなく、しばらく動けないくらいだった。

で、これは何も証拠はないんだけど直感的に観想できました。これは存在しない初音ミクの肉体が「この」脳を揺さぶってきたんだ、と。存在しない「私」なるものを、殴られた痛みによってそこにあると分からしめたのが、存在しない初音ミクによるものだったとは、何とも皮肉ものじゃないですか。

みなさんもそんな、実存の動揺に怖い思いをしたことがあるのかどうかはわかりませんが、私はかなり怖かったのでここにシェアさせていただきます

2019-09-08

俺の中で「キングダム」が完結した

俺はずっとマンガキングダム」を歴史スペクタクルマンガだと思っていたが、違った。

キングダムヤンキーマンガなのだ

地元都道府県、そして全国の高校のやべーやつらと戦って、全国制覇を目指す。キングダムフォーマットはそれだ。

からオリキャラ史実キャラわず量産型やばいやつが途切れることなく出てくる。「秦六将」とか「三大天」とか「魏火竜」とかは「〇〇高校四天王」みたいな感じだし。

と言うわけで自分の中で整理はついた。

それと同時に、寝る前とかに妄想してた「俺のキングダム」が先日無事始皇帝が死に、次世代英雄たちが顔見せして終わったので、俺の中のキングダムをここに書いて残しておきたい。

いやー、項燕は強敵でしたね…。

主な舞台は3つ

キングダムにはストーリーの軸となる舞台が3つある。

この3つだ。

この3つを経糸に、キャラクターを緯糸にしてストーリーが紡がれていく。歴史スペクタクルとしては標準的な形だ。

そして、主人公の信はこの3つの舞台全てにかかわっているという、まさに主人公らしい立ち位置にいる。

そして、それぞれの舞台で魅力的な人物が多数いるので、何をどうやっても面白くならないわけがないのがキングダムの魅力だ。

史実を見るだけでもやばいやつらがそれぞれにひしめいている。

それを一つずつ解決して、信と政がどんどん力をつけていく。この3つの舞台を上手く使えば、「有名人=とりあえずめっちゃ強い」というヤンキーマンガ文法から脱することも容易だ。

キングダムは非常に優れたフォーマットマンガと言えよう。

ヤンキーマンガ揶揄しているわけではなく、歴史を描くのにヤンキーマンガスタイルは合わない、と言うことだ。

さらに、3つの舞台それぞれにラスボスとなる人物存在することも非常に大きい。

以下、それぞれの舞台登場人物ラスボスを見ていこう。

ドロドロの王家の内情、暗殺劇が楽しめる宮中

原版の「キングダム」でもこの宮中編は極めて面白い。特に弟の2度の反乱のストーリーは素晴らしい。弟君には生きてほしかったぞ…!壁さんはそんなに…。

後宮のドロドロとした問題が、回りまわって政治問題となり、そして戦争に至るという、ある意味で「全ての元凶であることもポイントだ。

そして、そのど真ん中に秦王・政がいるわけで、のちの始皇帝となる彼の胸中にもスポットライトが当たる。ともすれば闇に飲まれる政を救うのが信であり、テンであり、向ちゃんちゃんである

特に信は様々な事件後宮に切り込んだことのある人物なので、後宮と言う閉鎖された環境を大きく振り回す役目も持っている。

そして、政治戦場という表舞台には出てこない、もう見た目からしてヤバい奴らが出てこれるのもこの宮中編だ。

うぉおおおお!角力剛拳

ベルセルクバーキラカ編がめっちゃ面白かったように、キングダム宮中編も面白いのだ。ここぞとばかりに妖術!仙術!奇々怪々!な人外もの共演が魅力だ。

そして、この宮中編で出会ったキョウカイと戦場編、そして政治編を共にしていくという、まさに「裏から舞台に、闇から光にぐいぐい引っ張り上げていく」信というキャラの魅力も存分に楽しめる。

テンは軍師としてではなく、この後宮における諜報活動をメインの舞台にして、趙高と対決しつつ、対外的には山の民との折衝を、内に対しては暗殺者たちの警戒を、そして信が戦場に行っている間の領地経営などをすれば、「テンにしかできないこと」によって信や政をサポートできる。

そして、この宮中編のラスボスはやはりコイツしかいない。

荊軻である

キングダム世界の最強の暗殺者として描写される荊軻は、政、信、テン、キョウカイと物理的に対決することができる貴重な存在だし、中国史上最も有名な暗殺者(だと思う)で、しか人格高潔。また「傍若無人」の語源にもなった男として(語源結構いい意味)、知名度エピソード的にも隙がない。

理想のためには己の手を汚す、歴史汚名を残しても構わないという政に向かって、「そうはいってもお前がやっていることは中華全土の民を苦しめる行為である」と喝破できる暗殺者。荊軻こそ宮中ラスボス

ここに至り、政や信はルァァ!ではなく、筋として、現実的な回答としての「善い国」を目指さねばならなくなる。そして、史実では成功したとは言えない始皇帝の各種改革の意義も、きちんと読者に提示することができよう。

荊軻とキョウカイの戦いはワレブシンなどとは格の違う激戦が展開される。

闇を心に宿す聖王である政と、光を心に宿す暗殺者の荊軻という対比もいい。

荊軻がどのような最期を迎えても、読者に強烈な印象を持たせられるはずだ。

また、結局のところ最後最後まで残る秦国最悪の毒である趙高のヤバさも存分に描くことができる。趙高荊軻の対比も面白いかもしれない。人格最悪の宦官と、人格最良の暗殺者とかね。ベタかもしれないけど。

外交領土経営が楽しめる政治

主人公がどんどん成り上がっていく、となれば、それはもうアメリカンドリーム世界なので面白くないわけがない。

クッソボロい小屋から始まって、村、町、郡、県、そして国政にもさんかする秦国重要人物になっていく様は、政の目線から見ても面白ものになる。

政が初めて信に褒美を手渡したシーンは名シーンだ。家で待ってるテンもかわいい

最初のうちは昌文君の後ろにくっついて国政や外交見学するわけだが、そこにキョウカイも連れて行ったりしたのは面白かったな。

賓客として訪れる各国の重要人物との縁もできるし、そこから戦場対峙するギャップもいい。

しかし何より楽しいのはやはり領土経営だろう。

テンちゃんには後宮での諜報活動の傍ら、こちらに注力していただいて、戦場ストレスを抱えるよりこちらでほのぼのと領地経営をしていただきたい。たまにキョウカイが飯を食いに来るとか。

そのうち王騎の城をもらえることになったりとかね。

秦は法治主義がかなり浸透してるので、その法治主義の利点、欠点商鞅の件みたいな)をひきつつ、では信はどういう国を理想とするのか、政はそのためにどういう王でなければならないかが描き出される。

領地経営を通じて、信は大きく成長し、その経験戦場でも生かされることになるだろう。

なぜ法治国家であった秦が強かったのか。他国との違いは何か、かかすことのできないストーリーになるだろう。

ラスボスはいろいろと考えられる。外交面では斉王だろうが、「国家運営」と言うところまで話が広がれば、丞相・李斯とどういう関係になるかが問題になるだろう。

また、後宮編ともリンクするが、政の二人の息子の問題が大きくクローズアップされる。

政は長男をどう思っているのか?それがキーポイントとなる。

信は王子にどうかかわるのか。

そしてここでは蒙恬も大きな役目を果たす。

蒙恬は知略、政治にも優れたイケメンで、最終的に政の長男を奉じて最後まで行動(史記では批判されているが)し、悲劇的な最期を遂げることになるのだが、そこに至る伏線を張り巡らすにはちょうどいいだろう。

この政治編のサブ主人公蒙恬と言える。李斯趙高に対抗するにはどうするか、王子をどう教育するか。

個人的に、政の長男扶蘇に「おじさん」と呼ばれてめっちゃなつかれる蒙恬が見たい。

しろ扶蘇女の子でもいいぞ。女の子から継承から廃された、とかね。

蒙恬はテンちゃんとくっついてもいい。むしろそれだけの材料は十分にある。

宮中編がトリガーとすれば、政治編は撃鉄と言うことになるだろうか。

そして、全ての決着をつける弾丸となる戦場編に舞台は移動する。

武将の華・戦場

ドンドンドン

誰が至強か!?

ドンドンドン

誰が至強か!?

ドンドンドン!!

 汗 明 ! 

大体このノリでOKだ。文官だった汗明さんがこんな至強に。それがキングダム戦場である

宮中編、政治編とはまたベクトルの違った奇人変人ステージとなるこの戦場編では信には思う存分ルァァしてもらって、キョウカイにはスヒンしてもらえばそれでいいと思う。

ここに関してはさほど言うことはない。みんなが思っているような戦場を思い描いてくれればOKだ。

ただ、ぶっちゃけもうちょっと項翼の格は上げてほしいし、何なら戦国最強の項一族とか捏造して項翼のみならず項翔とか項離とか項飛とか「項+飛翔系」の量産型をそろえてもいいかもしれない。ダメか。

それはともかく、李牧さんには政治編でも活躍してもらえるので、戦場での出番はここ一番まで取っておいてもらって、部下のニンジャマスクには退場していただければそれでいいような気がする。ニンジャマスクはなる早でキョウカイに切り捨ててもらえるとありがたい。

この戦場編でのサブ主人公は王賁と言うことになるだろうか。

ベジータのようないいライバル関係になってほしいところ。

上手く描写すれば王賁とキョウカイがいい雰囲気になる寸前のところくらいまで言っても受け入れられると思うんだよね。

ラスボスは当然のごとく項燕。

カリンさんは政治編でも頑張ってもらえばいいので、やはりラスボスはこのオッサンだろう。

後の覇王項羽のおじいちゃんなので、ぶっちゃけもう項羽として描いてもいいんじゃないって感じはする。歳の問題はあるが。

そして、重要なことは次である

キングダム最大の懸念

「信、イキリ散らした挙句の大惨敗問題

である。みんな心配しているだろう。

でも、これは、割と簡単解決する。

というのも、信が楚に20万(だっけ)で攻め入った時、蒙恬も一緒にいるのだ。

蒙恬=知将+イケメンなので、蒙恬がいたのにそんな無様なことにはならんだろと言う予測がつく。

そして、歴史作品の魅力と言えば、「なぜその人物はそんなことをしたのか」に上手い理由をつけるのが醍醐味

ならば、簡単に「なぜイキリ散らしたのか」に理由がつけられる。

それは、

楚を、項燕を倒すためには二段攻撃必要だったか

OKだ!

楚は国土がでかい長江もある。ゆえに他国からまり侵略を受けていないので、楚の内部の城郭がどうなっているのか、兵士はどれくらいいるのかが全く分からない。

なので、だれかが犠牲になってでも強行偵察&戦力を評価をしなければならない。今秦国が動かせるのは80万しかない。いきなり80万で出て行っても、翻弄されて撃破される可能性がある。

ならば、秦王の最も信頼の厚い将軍である信がその「潰れ役」を買って出て、次なる勝利布石とする!

みたいなことを信の口から言わせれば、信がこれまで経験してきたことで説得力もあるし、王翦ら歴戦の将軍も納得し、一目置かれるだろう。

そうならば、「泥臭いもこなせる」楽華隊を率い、信の親友である蒙恬がついてきてくれることにも全く違和感がない。

王賁もこのころまでにギスギスをやめて、劇場版ジャイアンみたいな感じで送りだしてくれるだろう。

で、決死の強行偵察であることを悟らせないために(朝廷にもスパイ入ってるだろうし)、公的にも、歴史的にも、「信とかい若い将軍がイキって20万で楚を攻める」という体にしておく。

「天下の大将軍になる」という目標の信が、「政の目指す国のために、名誉を捨てる」という、劇的な変化を見られるのだ。

そんな内情を、何となく兵士たちは察したときキングダム冒頭の「李信将軍!」とついていくのだろう。熱い話である

李信一族

歴史を見ると、李信一族は「優秀だが報われない」一族であることがわかる。

李信の子である将軍・李広は武勇を誇るも功績を認められる憤死

その李広の孫である李陵は「あいつは寝返った」と勘違いされ、不名誉を着ることになった。

しか一族は決して衰退することな繁栄しのちの世にまで子孫を繋いでいる。

まり、「報われない一族でありながらも、きちんと評価してくれている人がいる」という一族でもある。

その筆頭が、史記を書いた司馬遷だ。先の李陵を弁護したため宮刑を受けてしまった司馬遷は、「自殺よりも歴史書だ!」と熱い情熱を燃やし、史記を書きとおした。

キングダム李信史記、これが一つにつながるのである

さらに、詩仙・李白李信一族の子孫なのである

李白始皇帝について詠んだ詩があるという話は聞いているんだが、それはまだ確認できていないが、ラストシーン李白に詩を読ませるところでしめてもいいかもしれない。

誰のための大将軍なのか

結局のところ、信が大将軍を目指して走ってきたのは、漂との約束があるからだ。

最初はただの功名心で始まった大将軍の道が、様々な出会いと別れで肉付けされていく。これがキングダムの一番の幹である

そこで、自分の夢を命を預けられる親友、政にであい、道を同じくする。

そして、「政の目指す国を作るための剣になる」ことに目標がほんの少しスライドするのである。その道の先に、名誉を捨てて理想のために戦うという、信の本来の姿が浮かび上がってくる。

李信大敗後、だれも責任を追及しないし、処刑もされないし、子孫は漢の時代からそのあとにも反映している。

それは史書には残せずとも、当時の人は本当のことを知っていたということにできる。

王賁あたりに「信、お前がナンバーワンだ」と言ってもらおう。

エンディング

キングダムがさわやかに終わる可能はどのくらいあるのだろうか。

かなり難しい気はする。

まぁ焚書坑儒については、ある程度行ける。

焚書で焼いたのは、各国の歴史書と、法律の本だ。あと儒教経典

これは当時の世相を考えれば、何とか理解できるような気がする。というのも、ぶっちゃけ中華史上初の統一国家を作る、となれば、強引にでも意思統一しなければならない。

そのために、「俺らの祖先は秦にころされたんだぜ」というような本は廃さねばならなかったろうし、儒教経典については、はっきり言って法治国家儒教邪魔なので、致し方ないといえる。

なんせ、儒教は「徳のある君主統治するなら、法律など不要」「法律なんてものを作ったら、その法律の穴を利用しようとする小物ばかりになってしまう」というものなので。

その代わり、農業書や実用書は焼かれずに奨励されたというしね。

あくまでも実利、実学法治思想での近代的な国家運営を目指した、が、それは時代が早すぎた。という感じなのか。

あるいは、「今理解されずともよい。後世に理想を見せるための建国なのだ」と言わせるか。事実、これ以降の中華大陸は「統一しなければならない」という意識がかなり強まった気はする。そして宋の時代中華思想が完成するわけで。

ボス

キングダム世界には裏ボス豊富だ。

まず趙高。いうまでもなく裏ボスだ。李斯も裏ボス風味ではある。

そして、裏ボスとしての説得力最高の人物がいる。史上最高の軍師張良だ。

なんとこの張良史書デビューしたのは始皇帝暗殺だ。始皇帝の乗る車にハンマーを投げ込ませるというエクストリーム暗殺未遂を起こしており、そこで追われる身となってセンプク。その最中軍学を学び、史上最高の軍師誕生するわけだが、

この経歴&女性のような容姿&仙術修行趣味から考えると…

暗殺者系の最上位の裏ボスになりうる!

仙術!妖術!暗殺術!キョウカイ以上の美貌!恐るべき頭脳

割と裏ボスにぴったりなんではないだろうか。

しろ張良始皇帝暗殺しちゃってもいいかもしれん。病気でなくなるよりは劇的だろうし。

後は妖術師徐福だな!

格はだいぶ落ちるが!

まぁいいか

最後

余命少ない俺には、生きている間にキングダム完結が見られないのでこんなことを書きました。

俺の代わりに最終回まで見届けてほしい。

2019-07-11

ミサンドリストフェミ)の非論理

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/note.mu/sumomodane/n/n8b4410951f81

このブコメ、まさに地獄である


データをもとに、論理的女性上方婚志向喝破たこnoteに対して並んでるコメントときたら...

感情論人格否定だけで、本論の内容を何一つ否定しえない。

馬鹿じゃないのかな。いや、馬鹿なんだろうけど。

2019-06-09

フィギュアのメドベージェワが中傷手紙をもらったニュース

5chの芸スポなんかでは早々に、「アンチ過激な人の仕業でしょ」と喝破したが、

当のメドベージェワのアンチスレでは「筆跡がおかしい!本人の自作自演でしょ」という流れになってて

はてブのほうでは「筆跡がおかしい!日本人ではなく特定国外国人なりすまし」という意見トップコメ

2019-05-21

anond:20190521102153

「理」とは限らないぞ

件の弁護士「理」を以て「オナニーだ」と喝破したが、

デモ参加者「理」なく感情推定有罪を求め、「理」なく感情的反発だけで本人ではなく仕事攻撃した。

その幼さ、卑劣さは言語に絶する

2019-04-13

anond:20190413012252

宮崎監督も今時のポリコレ意識してるよ

人工知能3D動画の非健常的な動きを「ゾンビ映画に使えないっすかね」と持ち込んできた業者に対し、障害者馬鹿にするなというニュアンス喝破してた

2019-02-14

anond:20190214090811

描くものの形を立体や空間として破綻なく描く力、という意味で使ってる。

まぁ喝破された通りオレオレ定義だけれど。

これを「デッサン力」という言葉以外で表せるなら是非教えて欲しい。

2019-02-05

anond:20190205113828

その存在しない仮想敵を殴って見せることで、自分というオスがさも女全体の味方であるかのように演出するやりかた

これに何かい名前がついてた気がしたが忘れた。

むかし、セクハラ事件に関して「男として恥ずかしい」と表明するはてサに、お前はただのスケベ男と喝破するオルタナ系がいてスゲェと思った。

2019-01-23

anond:20190123113657

自衛隊犯罪組織ではないので反論しても問題ない。

組織的に何かなんかあるわけがない。

国民に選ばれた」「俺は日本のためにすべきことをやっており、負い目はない」という自負があれば

路上でも正々堂々とあいてを喝破できる。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん