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はてなキーワード: キーホルダーとは

2021-05-12

anond:20210511011851

馬なり軍艦なり刀なり、なんらかの既存事象美少女イケメンエロコーティングしてやるだけで、

ヨダレをダラダラ垂らしたオタクがわらわら飛び付いてきて、わんさか金を落としてくれる。

元々キャラクタービジネスってのは分別のつかない幼児小学校低学年程度の為のものだったんだと思う。

幼児小学校低学年の子供達はただキャラクター印刷されているだけの人形カード

キーホルダーTシャツ、あるいはパンカレーソーセージといった食品などを無闇矢鱈に欲しがる。

でも中学生前後にでもなれば、そういった製品を持つのは小っ恥ずかしくなって欲しがらなくなる。

そもそも格好悪いし、キャラクター印刷されていることよりも流行機能性、デザイン性を重視するようになるから

しかオタクは違う。精神年齢がある程度で止まってしまうので、そのままキャラクタービジネスに没入したままの大人になってしまう。

前述の「キャラクター印刷されているだけの商品群」に対して盲目的に給料の大部分を湯水のように注ぎ込んでしまったりする。

『その「キャラクター印刷されているだけの商品群」が自分生活にどれだけの価値をもたらしてくれるのか』、

という一瞬の思考すら放棄してしまい、短期的な快楽の為に野放図・無計画な消費を繰り返して貴重な資産を失い続けていく。

その結果出来上がるのはろくに人生計画や貯蓄、資産形成も行っていない上に周囲との対人関係ももはや破綻している哀れな中年である

オタクは誰よりも経済を回しているか問題ない」というオタクから意見散見されるが、これは詭弁だと思う。

質が殆ど考慮されていない製品であっても「キャラクター印刷されているだけの商品群」でさえあれば、オタクは金を落とすからだ。

本来なら1本10円のうまい棒美少女印刷して1本100円でオタクに売りつけるのはやはり阿漕商売だと思うし、

そんな方法企業が儲けた金は泡銭もいいところだ。何より「企業の社会的責任」に堂々と唾を吐きかけるような不道徳な行いだ。

言葉を選ばずに言えば、知的障害者認知症高齢者といった分別のつかない者に高額な商品を売りつけるのとたいして差は無いようにも思える。

オタク商法企業にとっても麻薬のようなもので、この商法に頼ると長期的に見て根本的な品質の低下やオタク層以外から忌避されるといった弊害も起きるだろう。

お先真っ暗な日本社会で今後も安定して一山当てられそうな手法の筆頭がこの阿漕な「オタク商法なのは日本人のひとりとしてなかなか暗澹な気持ちになる。

2021-05-09

anond:20210508204034

元増田の例だとそうなるかなあ。一人が複数台を使い分けるならそこまでいらないかも。エネキー自体カードと紐付けだから、メインの車のキーに付けておいて、他の車の時は(同じ)カードってのが現実的な感じだが、そこまでするなら最初から作らないってのはわかるよ。

しかにエネキーだけ盗まれ勝手に使われる可能性はゼロではないが、現金とちがって足がつきやすいから脳が弱い人しかやらんだろう。ここまでくるとサイフ盗まれるのとどっちが確率いか?て世界だと思う。

うちはセルフスタンドメインで、一人で一台しか使わずキーに付けてるからめちゃくちゃ便利だぞ。サイフもTカードも出さなくていいし(Tカードも一括登録できる)。新しいスタンドなので洗車機まで使えるのがさらに助かる。キーにつけておくってのが車に乗るっていう自分の行動動作ガソリンスタンドでの動作での導線が一致してるから本当にストレスがないんだ。

EasyPayも登録してキーに付けてる。キーホルダー型なので、カード型非接触とちがって2枚重なって誤動作とかもまあ無いからそれもいい。

2021-05-08

EneKeyって不便すぎんか

Q. EneKey(エネキー)とはなんですか?

A. ENEOSセルフサービスステーションで利用できるキーホルダー状の非接触キャッシュレス決済ツールです。

近所のガソリンスタンドでいつもいつも勧誘されるからもう面倒くさくなって作ったんだけど、

  • キーホルダー型だからって車のキーに付けとくわけにはいかない。1台の車だけに乗るわけじゃないし、いざという時には盗人に追銭状態になる。
  • かといって車の中に置いておくわけにもいかない。1台(略
  • 持ち歩こうにも財布に入らない。小銭が入るタイプの財布なら入るかもしれないけど小銭は財布に入れないし、財布持ち出すならカード使う。
  • なかったことにして使わなかったらまた勧誘される。

便利に使ってる人はどういう風に使ったら便利なのか教えてほしい。

2021-05-02

anond:20210502124442

結婚した先の名字が2000位よりチョイ下

たまには見かけるんだけどそれよりびっくりしたのが

下の名前がめずらしくておなじ読みだけでもほとんどみかけないとおもってたら婚家において3人めだったこと(読みだけ同じなんだけど)

このよみをする下の名前はこの名字結婚する運勢っていわれたらちょっと信じたくなる

大きい○○さんとちいさい○○さんと呼ぼうかとかいってたけど

結局居住地つけてどこそこの○○さんと呼ばれている

 

ちなみに2000位の名字だと

・100円ショップのはんこコーナーには9割くらいの確率でおいてない。安い既製品みかけたらおもわず買って家族に分け与える

とある職業名簿で唯一名字が同じだからって見知らぬ人に依頼?メールをもらったことがある

職場の属人検索で堂々と名字だけ検索で一発で1件ヒット

下の名前

お土産品の名前キーホルダーで○○ちゃんでみかけられない(省略した○ちゃんならある)

2021-04-18

エヴァンゲリオンを乗り越えて、あるいはその手前で

 お前が望んでいたものが、いまあらわれているんだよ。という言葉が、自分身体を上から下に駆け抜け、僕はそれで、頭から血が抜けていったように感じた。その言葉は、ある意味では間違っていなかった。けれど、間違っているといえば、全面的に間違っていた。

 目を凝らしても見えてくるのはパソコンの画面と荒れ果てた部屋しかない。右手の小指と薬指がその付け根にかけて少し痺れている。特にキーを叩いていたわけではない。パソコンの画面をつけて、何をしようかと思っていただけだ。すると、僕に言葉がやってきた。それは僕が望んだ言葉ではなかった。この暗い部屋は、僕が望んで生まれものだった。この荒れ果てた部屋は、僕がどうしてか生み出したものだった。あの言葉は、ただ、とても嫌いな言葉だった。

 望む、望まないなんてことを考えたことはほとんどなかった。あるといえば、望まないことばかりだ。いろんなことが嫌だ。特に、望むことは何よりも嫌だ。自分が何かを望んでいると思うだけで気分が悪くなってくる。自分が何かを望まなければ生きていけないのだとしたら、死にたくなる。何も望みたくない。何も望まれたくない。そうして僕はこの場所を作った。僕が今望んでいること? それには答えられない。ただ一本の煙草が吸えたらいいと思っているだけだ。それが望みなんて大きなものに含まれるのだとしたら、今すぐにでも僕は首を吊ってやる。セブンスターソフトは残りわずかだ。一本取り出して、口に咥えた。火を付けずにパソコンの画面を見た。

 さっきまではTwitterホームが映っていたが、僕はもう少し孤独になりたくて、ウインドウを閉じた。デスクトップ画面には、雑多なファイルが、まるでこの部屋みたいな雑駁さで並んでいる。それの後ろには描かれた美少女アニメ美少女なのかどうかはわからない。インターネットで見つけた、絵の美少女だ)が憂鬱げに体育座りをしている。彼女右手には安全剃刀が持たされている。左腕にリストカットの痕はない。安全剃刀は文字通り安全なのだ少女の足元には薬瓶が転がっていて、その転がる移動を堰き止めるように、本が置いてある。フェルナンド・ペソアの本らしい。表紙の白い部分には血痕のようなものが伸びている。

 灰を落としてみると、煙草の1/3はなくなっていた。僕は考えごとをする前に、なにかと準備運動必要みたいだ。考えるべきことというのは、僕の身体を駆け抜けて行った言葉についてだ。

 僕は「望む」なんていう大掛かりなものが嫌いだ。望むとも、望まざるとも、嫌いなものは嫌いだ。だが、そこにばかり注目していては次の文がわからない。次に進む。すると、それがあらわれているという。

 それがあらわれている。それはお前が望んだものだ。

 というのであれば、僕はわかるような気がする。まずはじめに「あらわれ」があって、その説明、あるいは定義けがされる。これは、わかる。あると思う。いや、あるべきなのだ自分がいまどうして存在しているか? こうして暗い部屋で、食事に使って洗わないままで転がっている食器や、ゴミの類いが転がっている、この雨戸が閉められた部屋で、僕の身体は、パソコンは、煙草は、まず、「ある」。そして僕がその「あらわれ」を何らかの形で受け取る。受け取ったものには、それ相応の制限がある。それが説明であり、定義でもある。こうして抽象化すれば、わかる話だ。話がわからなくなっているのは、そこに「望む」という言葉が出てきているからだ。煙草を灰皿にすりつぶした。

「こうしていても埒があかない」

 そう呟いた。こう言ったところで、あの言葉が離れていくわけでもなく、これから行動をとったところで、あの言葉が離れていくわけではないだろう。精々気晴らしにはなるだろうが、自分の中にある嫌悪感がぢくぢくと膨れていくか、いつの間にか消滅しているか、そのどちらかだ。経験的に、後者の方がよくあることだ。いつの間にか消滅するには、原理的に時間必要から

 家を出ると小雨が降っていた。庇の外に左手をかざすと、ほんとうに細やかに、少ない量の水が手のひらに当たった。深い青空全国的に深夜であることを告げていた。振り返って家に鍵をかけてから、僕は肺にあるどんよりした空気を深い青の空気と入れ替えた。まるで僕の肺が一つの世界になっているみたいに青い深夜だった。その世界は二つあった。そのうちのどちらかに、隣部屋のお風呂匂いが流れ込んできた。歩き出した。傘はいらないだろう。煙草お菓子を買ってくるだけだ。

 思った通り、雨ざらし階段はそれほど濡れていなかった。足を滑らせる心配はなさそうだし、きっと降りはじめてすぐなんだろう。階段を降っていくと、

「お前が望んでいたものが、いまあらわれているんだよ」

 という、声がした。言葉ではなく、声がしたのだ。階段を降りている感覚が薄れて、ゲシュタルト崩壊してしまった。階段構成する線と線の繋がり、それがなす直角と、段差、線の全てが空白もしくは混沌世界に放り込まれた。ポケットに入れていた鍵は、僕の拳から飛び出すことなく、音を立てることもなかった。目を閉じた。「うわあ」と思った、その頃にはもうすでに階段の一番下まで辿り着いていた。でも服は汚れてしまった。階段から転げ落ちたのだ。頭の裏、腕の曲がらないところ、脚の曲がるところ、何より腰が傷んだ。それから遅れて左手に妙な感覚があった。座り込んだまま、左手を開いてみると、家の鍵を強く握りすぎたからか血が出ていた。鍵に何かキーホルダーをつけていたわけではないから、純粋に鍵で傷ついたのだ。親指の付け根に小さな切り傷が付いていた。思ったより血が出てくる。なんとなく、右の人差し指中指でそれを拭い、右の頬に付けてみた。この、なんとなくの一連の動きは、シネマスコープの中に映し出されているといいな、と思った。身体中が痛かったけど、おもしろかったから、よかった。僕は立ち上がることにした。雨は本当に少しだけ降っている。

 ここからコンビニに行こうとしている。それなりに汚れてしまったが、仕方がない。自転車を見た。自転車に乗って行こうか、いや、この程度の濡れ具合で滑って転んだのだ(たとえ変な声が聞こえてしまたからといえど。またあの変な声が聞こえないとも限らない)、大事をとって、あと気晴らしのために歩いていくことにしよう。自転車を金網越しに見た。僕は歩いてコンビニに向かう。決めたからだ。ぶらぶらさせていた右手を鼻の前にかざして、匂いを嗅いだ。鉄くさく、砂っぽかった。これでコンビニに向かおうとしているのだから、笑えてくる。いや、これは気晴らしにすぎない。コンビニ店員も、適当事情を察してくれるだろう。コンビニ店員は本当に飲み込みが早いから、わかってくれるはずだ。

 そんなことを考えていると、下には列車が通る小さな橋に辿り着いた。水色の塗装ははげかけているが、子供が手すりで遊んでいて怪我をするほどではない。おしゃれみたいに朽ちている。その下では電車が通る。橋の真ん中に辿り着いて、ここから落ちたら死んじゃうだろうと思った。いや、生きちゃう? 電圧注意と書いてあるから、落下して骨が折れたり、死んじゃう前にびりびりっと身体破壊されてしまうかもしれない。それにいま僕は濡れている。電気はよく通ることだろう。でも、痛そうだ。さっきの落下でさえ痛く、血を流してしまったのだ。僕というのは風船みたいに壊れてしまときには、弾けるように壊れてしまう。そして、壊れてしまうと、びっくりするし、うるさい。毎度この橋を通るとこんなことを考える。死ぬことはないだろうとは思うが、死んでいいかもしれないと思う。そして、橋の真ん中で線路を眺めるのをやめ、先に進もうと体勢を変えると、昼間子供達がよく遊んでいる公園が見えてくる。深夜の公園だ。いやらしいことを考えないわけではない。でも、重要なのは、いやらしいことを考えたその時には、もうすでに水色の手すりから離れて、コンビニに向かって歩きはじめていることだ。

 公園に面した道路を進むとコンビニがある。だからコンビニに向かうまで、橋の上、橋の下り、道路、と少なくとも三つの視点から公園を眺めることになる。意図して見ないときもあるが、この場所から見た公園をその時に考えてしまっているから、大体いつもみているようなものだ。道路に面している側には遊具はない。公衆トイレがあって、それを二本程度の灯りが照らしている。公衆トイレほとんど立方体の形になっていて、二つの光源から伸びるそれの姿は、三つの視点、どこからみても美しい。道路から見たとき前景に公衆トイレがあると、その後景にブランコがあって、その間くらいに滑り台がある。ジャングルジム砂場公衆トイレに隠れてしまう。

 今日こうして家を出てきて、コンビニに向かっているのだけれど、いつもは見かけない、変な影が三つの視点全てにあらわれているのを見た。人影というには小さく、あまり動いていない。でも横に長いわけではないから、犬や猫の類いではないと思われる。霊でも無さそうだ。霊に影があったら、僕はその霊と仲良くできるだろう。

 よくわからないその影は少し揺れているだけで、歩いたりしている様子ではない。ブランコ周辺でただ揺れている。こういうのはあまりない。不審な影を見かけることはよくあるが、それはその人物不審から影も不審に見えるのであって、影が独立して変な雰囲気を纏っているのはなかなかない。それに、徹底して影の主が見えてこないというのも、変な話だ。影しか見えない。特に怖がることはなかったが、

「変だなあ」とは思っていた。そのまま、コンビニへ向かった。

 その前に、円柱状の灰皿に吸い寄せられていった。右ポケットには忘れずにセブンスターソフトと、ジェットライターが入っている。ジェットライターは素晴らしい。片手で着火できるというだけで、なんだかカッコいい感じがする。喫煙にかっこよさを求めたことはないけれど。客観的にそう思う。絵になるというか。

 セブンスターを咥えて、右ポケットからジェットライターを取り出して、先端に火を付ける。ゆっくり吸う。強く吸うと美味しくない。けれど今は若干の湿気があるから、どちらにしろ美味しいのかもしれない。

 煙草を吸っていると、気分がいい。家から出てすぐ深夜の空気を吸ったように、身体の中の空気を違う空気で入れ替えているように感じる。手軽に自由を手に入れてるような気がする。これが自分の望んだものなのだと言われたら、認めてしまうかもしれない。この一本の煙草が僕の自由に繋がっているなんて、ちょっと詩的だ。けれど……

 お前が望んでいたものが、いまあらわれているんだよ。

 これはどういうことだったんだろう。

 こと?

 あれははじめ、「言葉」として僕の身体に降りかかってきた。「言葉」が身体を貫くような感覚は、実はよくあることでもある。だからそれはいい。問題はその「言葉」が「声」になって聞こえてしまったということだ。「声」になって聞こえたということは、誰かがそれを喋ったのだ。あのとき、僕の近くには誰もいなかったから、僕の「言葉」が「声」に聞こえてしまった(?)ということなのかもしれない。つまり幻聴のようなものだ。幻聴ということは、幻? 幻には思えなかった。なぜなら、まずはじめに「言葉」が降りかかってきたからだ。幻にふさわしいのは、何の予兆もなく、何の脈絡もない「声」が聞こえてくるということではないのだろうか。あるいは、僕を貫いた「言葉」は「幻の声」を予知していた、とか。ファンタジーじみてきた。同時に自分精神的におかしいと思われる(思われてしまう)ことを毛嫌いしていることに気づいた。言葉に則して物事判断している。まるで、そうしないと生きていけないように。セブンスターは半分になっている。そうしないと生きていけないということは、僕は「言葉に則して物事判断することを望んでいる」のかもしれない。それのあらわれとして、部屋があんなことになっているのかもしれない。数日間シャワーの浴びていない自分がいるのかもしれない。言葉に則して物事判断することを望むというのは、ここまで代償が必要なんだな、とひとりごちて、笑った。口から煙草の煙が飛び出た。

 コンビニでは煙草お菓子を買った。煙草はいものセブンスターお菓子適当チョコ、なんだか寝付きが良くなるらしいチョコがあったからそれと、イカのゲソを買った。ゲソを買うとビールに手を伸ばしそうになる。でも僕はビールはあまり好きではないから、好きなのはゲソとビールという組み合わせだけだから、やめることにする。結構そこで戸惑う。けど、ビール自分には必要のないものだ。煙草チョコイカのゲソは、自分必要ものだ。

 帰り道、公園が見えてきた。あの影はまだ居るだろうか? 僕としてはいないほうがいい。帰りは行きと違って、目に入ってくる視点が二つなくなっているからだ。橋の下りと、橋の上では、振り返らない限り公園の姿を捉えることができない。公園の姿を素で確認できるのは、今、この公園に面した道路でだけなのだ。だからこそ、ここでしっかりと、あの影がまだ居るかどうかを確かめ必要がある。そうしないと、公園を背にしてからが怖い。

 立方体公衆トイレが二つの光源に照らされて伸びる影の先には、ジャングルジムがあり、わずかながらジャングルジムの影も砂場に広がっている。幾何学的な影は、砂場の凹凸に習って、あまりユークリッド幾何的ではない形になっている。ブランコにはあの小さな影はなく、滑り台にも影はない。灌木を含め、公園全体を見渡してもあの小さく、揺れていた影は見当たらなかった。僕は一安心して、煙草を口に咥えた。少しだけ、雨が強くなってきた。火をつける。

 とりあえずは安心てところだろう。もともと霊とかは考えていなかったから、特に恐れることはなかったのだけれど、一応だ、一応の確認必要だと思ってだ。それから公園から目を離して歩いてみた。なぜかまた右手の小指と薬指が痺れてきた。コンビニで買ったもの左手で持っている。右手煙草を吸うために放っている。それにしてもあの影はなんだったんだろう。影があるのだから、影の主はいるのだろうが、僕はそれを見ることができなかった。するとやはり、影は独立したまま存在し続けるのかもしれない。僕の中でも。世界の中でも。

「お前が望んでいたものが、いまあらわれているんだよ」

 という声があらわしていたものは、僕の考えていたように、ものごとの素朴な存在を認めろ、ということなのかもしれない。だからこそ、影にはその元があるとは考えなくて良いし、「声」のものも、「言葉」のように独立したツールとして、その元を探る必要はないのかもしれない。だが。

 そうしたことを伝えるのであれば、やはり「言葉」に留めておくべきではなかったのだろうか? 「声」でこのことを伝えるというのは、そのもの矛盾しているからだ。通常のものの考え方ではたどり着くことができない。「声」には人を必要とするという考えは、どれだけ複雑な回路図だったとしても、確かなものからだ。僕はそう思う。「声」独立して、僕に警鐘を鳴らしていたというのは、考えられない上に、警鐘ですらない。現状の説明を、何か「声」を使って説明する必要はどこにあったのだろう。必要? では「言葉」で表す必要はどこにあるのだろう。普遍的で、使いやすいのがキーなのだろうか。それが必然に関わっているのか。でも、こうしてみると「声」も「言葉」も大差ないように思える。すると、なぜはじめに「言葉」があり「声」が生まれたのか、が問題なのかもしれない。僕はあの言葉から逃れられていない。いまだに考え続けている。もうすぐ橋を渡り終えるというのに、家に帰ってもずっと考えてしまうのだろうか。橋の下階段に足を付けると、

「お前が望んでいたものが、いまあらわれているんだよ!」

 明らかに声がした。それもあのときに感じた「声」ではなく、方角があり、ちゃんとした輪郭を持った声だった。だが、どこか浮世離れしている。それでも僕はびっくりした。何しろ深夜なのだ。僕は振り返った拍子に咥えていた煙草を落としてしまった。湿っていた地面に落ち、火が鎮む音がした。そこから煙が立ちのぼった。雨が止んでいた。

「お前がどう考えても何も変わらないが、お前はなぜか望むことができる。お前はそれを否定しているだろうが、それは、お前が望むことができてしまうことに勘づいていたからだ」

 橋を上ってくる音が聞こえる。人にしては軽い音だ。

「お前が何かを望んでいたとしても、それが叶うことはまれだ。まれということは、叶うこともある。お前はそういう能力を持っているのだ」

 橋の上に立って僕を心持ち見下してきたのは、高校一年生くらいの少女だった。それにしては身長が小さいし、逆光だからか影しかみえない。

 僕は思ったことを言った。

「でもそれって、僕以外の人にも言えることじゃないですか?」

 なぜか敬語が出た。

「そうなの?」

「たぶん」

 影の少女はため息をついた。マジで……と呟いていた。僕は聞き逃さなかった。

「お前が考えていることは、実は大切なことだ。これ以上ないくら大切なことだ。あまりそういうことを考える人はいない」

「そうなんですか。ちょっと煙草吸ってもいいですか」

わたしにもくれ」

 それにしてもこいつはなんなのだろうか。深夜に高校一年生くらいの少女と一緒にいて、通報とかされないのだろうか。僕は影の少女煙草を渡すために近づいたが、影の少女は、「少女」になることはなく、影の少女を保っていた。なんなのだろう?

ありがとう今日煙草が美味しい日だ。君が思ったことだよ」

「そうだったかもしれませんね」

「だが、お前には足りないものがある」

「なんでしょうか?」

 そこで少女は本当に長く時間をあけて、煙草を吸った。とても長い時間だったが、次に出てくる言葉がわからなかったから、僕は待っているという気分ではなかった。僕も僕で煙草を吸っていたのだ。

「お前は実は求められて、存在している」

「え?」

「お前はそれを拒絶している」

「そうかもしれませんが……」

「お前は求められているから、存在しているのだ。お前が求められなくなったら、存在しなくなる。死ぬとはまた違ったものなのだがな」

わたしはお前に求められて存在した。類を見ないほどひねくれたやり口だったがな」

 そういって影の少女は僕の手を取った。左手の血は止まっていて、傷になっていた。影の少女が、その手をぎゅっと握ると、傷はなくなった。影の少女は、影の少女にふさわしく、とても冷たい手をしていた。

「お前の考えていることは基本的に正しい。が、まずい考えでもある。それを警告しに来た。お前には知ってもらうことがひとつだけある。そのために来た」

 そう言うと、影の少女は地平線の向こう側に指を差した。何も見えない、と言うと、耳を澄ませ、と言われた。それに従って耳を澄ませていると、軽く、高いが地鳴りのような音が聞こえてきた。信じられないだろうが、線路中に列車が猛スピードで走ってきている。どの列車も見たことがない。ここは新幹線は通ってないだろうが、新幹線と同じくらいのスピードで走っている。だからか、電車にも見えない。謎の列車が猛スピードこちらに走ってきている。深夜なのに。どういうことなのだろうか。

「お前に足りないものは」

 影の少女は、橋の手すりに立った。そこで、影の少女少女になった。制服を着ていた。白いパンツが見えた。胸は小さく、確かにあった。ショートヘアだった。見覚えのある子だった。だが、会ったことはない。会ったことはないが、見覚えのある子だった。可愛い少女煙草を咥えたままだった。

 夜が静まりかえっていた。少女が決然と橋の手すりに立って僕を見下しながらも、夜空にはたくさんの星がきらめいていた。青い深夜は地平線見渡す限りに広がっていた。少女は僕を哀れむように見ていた。空間が張り詰めていた。それを揺らす列車の轟音。少女がふらっと動いた。

「圧倒的な喪失だ」

 制服少女は橋を飛び降りた。少女が地面にたどり着くころに、列車は飛び込んできた。衝突する。血が流される。さっきまで話していたあの謎の影は少女で、彼女飛び降り自殺をした。僕が手を伸ばした時点で、少女は見えなくなっていた。なにもかもわけがからない。僕は止められたかもしれなかったのに、影の少女から少女になったところで驚いて、何もできなかった。もしかしたら、なにもするべきではなかったのかもしれない。彼女は僕が求めたか存在したのだ。だが、彼女は自ら消滅することになった。ということは僕は彼女自殺を願ったのだろうか。彼女 Permalink | 記事への反応(0) | 11:49

2021-04-16

anond:20210416185916

カジュアルキーホルダーに使ったりするけど大金かける気にはならないわね

一線超えた人はキショいよ

2021-03-26

以前海外旅行したとき

お土産食べ物しか買ってなくて、残る物を何も買ってなかったことに気付いた。絵はがきとか置物とかキーホルダーとか。

せっかく海外なんだし(しかも今当分行けないし)何か買っておけば良かった気もする。

でもいずれ邪魔になって捨てちゃうのかな。

2021-03-05

オタク一般人成る方法

外見

眉毛を整える(形と濃さ)←超重要

・服は柄物をなくしベージュを入れる

・男はチェーンを外す

・女は猫のニーハイを履かない

・毛量を減らし髪を茶色に染める(美容院に行く)

キーホルダーをつけない

話し方

ゆっくりはっきり話す

・聞かれた質問にだけ答える

自分質問する

質問に返ってきた回答から話題を広げる

自分の話だけしない

沈黙を怖がらない

・焦らない

・目を見て話すのが難しければ遠くの景色を見る

2021-03-01

推し意味がよくわからない

さなからずっとわからない。

姉に男子が数人出てくるアニメを見せられて、話も理解できないうちに

「誰が好き?」

と聞かれた。よく知らん話で誰が好きもくそもなかったのだが、この人は家事が得意で女の子みたいだよ、と教えられて(もう20年前くらいの価値観なので)じゃあこの人、と言ったと思う。

女の子が好きだったりフェミニン雰囲気家事が得意な男性が好きというわけではなくて、自分女の子から「仲間」に近い属性を選んだというだけだった。

漫画小説が好きだし、いわゆる群像劇と言われるキャラクターのたくさん出る作品が好きだ。

でもそのなかで誰が好きなの?といわれるといつも困る。

好きなキャラクターがまったくいないわけではない。

あれ、私はこのキャラが出てくるとなんだかうきうきするな、と思うことがある。

それはやっぱり好きなんだと思う。

ただそれはすべての作品にいるわけではなく、また好きなキャラクターがいなくても好きな作品はたくさんある。

芸能人はなおよくわからない。

アイドルの歌を聞いたりすることはあるし、この人面白いなーとか好きだなーと思うこともある。

だがそれが「推し」になるかというと少し首をかしげる。

舞台を見るのが趣味なので、演技がうまいとか歌がうまいとか身体能力が高いとかで好きな役者さんはいる。

その人が出てるなら見たいなあと思うことがあるけれど、それが「推し」なのかというとそれもわからない。


もともとグッズの類いに興味がない。

好きなキャラクターが描かれたキーホルダーも、好きな役者サイン特にほしくない。

これについては本当になぜほしいのか理解できないので誰かに教えてほしいと思っている。

私にとってほしいのはそのキャラクター役割を果たすストーリーであり、そのアイドルの歌やバラエティであり、その役者の演技だ。


なんだか周りをみていると、何か好ましいコンテンツに触れたとき

その中から誰か一人を選びだし、好きだと言わなければならない、と思っているように見える。

そして好きだと言ったら、それをあらゆる方法表現しなくてはならず、その一連の活動が「オタク」と呼ばれているように見える。

大人になったら酒を飲むものだ、とか、

恋愛をするものだ、のように、

そういう表現を「するものだ」と思ってやっているように、私には見える。

しかしたら私が何かを好きになる愛情リソースのようなものが足りないだけで、

みんな作品をみた瞬間好きな気持ちが生まれ、それを表現せずにいられなくなるのかも知れない。

私がたまたま、冒頭に述べたような経験から「好きなもの」を「選んで」いると思い込んでいるだけなのかもしれない。


なんにせよ「推し」という概念に馴染めないまま暮らしていたら、

つの間にか、趣味を通じて誰かと繋がることが難しくなったような感覚がある。

なんだか、「推し」を語ったり描いたりすることがオタク第一歩めのように見える。

しかしたら作品に対する深い考察ができれば「推し」がなくても面白いことができるのかもしれないけれど、考察のようなことをするのは結構手間と時間がかかり、あまり頭がよくない自分には重労働だ。

さらオタク趣味を通じて新しい友達を作ろうとするのが誤りなのかもしれないが、なんだか寂しいなと思う。勝手な疎外感を感じている。

2021-02-24

小さい頃に名前を書け書け言われたからか、名前を書く癖が抜けない。キーホルダーイニシャルものだし、イニシャルアクセばっかり持ってる。服も下着タグ名前を書がないと落ち着かない。間違うことなんてもうないのに。見られるとちょっと恥ずかしい。

2021-02-22

必読書コピペマジレスしてみる・日本文学

方針

森鴎外舞姫

留学先で女性妊娠させて見捨ててしまう話なので、近頃は評判が非常によろしくない。そのくせ、この文体のせいで美しいと感じてしま自分がいて、実はこれ、レトリック文体によって騙されることに注意しろっていう警告なんじゃないかって気もする。「自分おすすめ編」にも書くつもりなんだけど、ナボコフロリータ」もそういう自己正当化がとにかくうまい

余談だが、鴎外自身東洋人だったこともあり、留学先では写真を撮らせてくれと頼まれたことがあったという。それに対して、構わないけどもあなた写真も逆に撮らせてくれ、と言って、相手も満足させつつ日本人としての尊厳も守ったことがあって、これは割と好きなエピソードの一つ。まあ、漱石よりは世渡りうまいよな。

樋口一葉にごりえ

古風な文体挫折しかかるも何とか読破。これよりは幼馴染系の「たけくらべ」のほうが好きだったなあ。増田では古文いるかどうかで議論になったことがあったらしいが、古文がすらすら読めるほうがこういう趣味というか楽しみが増える気もするし、純粋実用面だけでいえば法律用語や古い公文書を読む必要がまだあるんじゃないのかな。

舞姫」の話の続きだけど、古典文学にもやっぱりクズエピソード結構あり、じゃあどれを教えてどれを教えないかは割と難しい。

泉鏡花高野聖

僧侶山間で美しい妖怪出会う話。文庫ちくま日本文学全集で読んだ。全集と銘打っているけど、このシリーズ日本の近現代文学作家ベスト盤みたいな感じで、チョイスはいいのだけれどときどき抄、つまりダイジェスト版みたいなのが紛れていて、コンプリートしようとは思わなかった。

話としては幻想的ですごく好き。幻想譚が好きな自分がどうして泉鏡花にどっぷりはまるまでいかなかったのかが不思議なほどだ。当時は、著名な作品をどんどん消化しようと思って乱読していたからかもしれない。そういう意味でも、課題図書読破することが自己目的化した読書には幾分害がある。

国木田独歩武蔵野

とても好き。小説が読めなくなったときには、文豪の書いたこうした随筆というか、風景描写の豊かな文章を読むことで、自分リズムを整えたくなる。外出の難しい昨今、こうして空想世界でだけでも豊かな自然のなかで過ごしたいものだ。五感が刺激される文章というのはなかなかない。

夏目漱石吾輩は猫である

我輩を吾輩に修正

ここ最近漱石の評判はあまりよろしくないと聞く。所詮は当時の欧米文学の輸入に過ぎないとか、結局は男社会文学だとか。言われてみれば確かにその通りなのだけれども、日本近代文学開拓者にそこまで求めちゃうのも酷でしょうと思わないでもないし、この作品からたったの十年で「明暗」にまでたどり着いたのだから、やっぱりすごい人ではないかと思う。五十になる前に亡くなったのが惜しまれる。

で、肝心の内容だが。基本的おっさんおっさんの家をたまり場にしてわいわいやる日常ものなので、当時の人にしか面白くないギャグを除けば、普通に笑える。最終回は突然後ろ向きになるが、もしかしたら漱石の本分はユーモアにあるのかもしれない。

余談だが漱石留学時代日記に付き合いのお茶会について「行カネバナラヌ。厭ダナー」とのコメントを残している。

島崎藤村破戒

素直に面白かった。若干のプロパガンダっぽさがなくはないが、読んだ当時は差別する側のねちっこさや意地の悪さが良く書けているように思われた。とはいえ、昨今は善意から来る差別についても考える時代であり、問題はより複雑になった。

被差別部落問題については気になっているのだがなかなか追えていない。日本史について読んでさまざまな地域実例について断片的にかじった程度だ。それでも、地域によって温度差やあったり、差別対象が全く異なっていたりすることがわかり、どこかで日本全体の実情について知りたく思っている。

田山花袋蒲団

女中の布団の残り香を嗅いで悶々とする話だってことは覚えているんだけれども、読んだときにはあまり印象に残らなかった。なぜだろう。自分が読んできた近代文学は、基本的ダメな奴がダメなままうだうだする話ばかりだったからかもしれない。その多くの一つとして処理してしまたか

で、自分が好きなのは飢え死にするほど悲惨じゃないくらいのダメさであり、親戚のちょっと困ったおじさんくらいのダメさなんだろうと思う。

有島武郎或る女

読んだことがない。ただ、ドナルド・キーンの「百代の過客〈続〉 日記に見る日本人」によればこんなことを書き残しているそうだ。「僕ハ是レカラ日記ハ僕ノ身ニ大事件ガ起ツタ時ノミ記ケルコトニ仕様ト思ツタガ、矢張夫レハ駄目な様デアル。日記ヲ記ケ慣レタ身ニハ日記ヲ一日惰ルコトハ一日ヲ全生涯カラ控除シタ様子ナ気ガスル。夫レ故是レカラ再ビ毎日日記ヲ始メ様ト思フ」(意訳。日記書かないとその日が無かったみたいで落ち着かない)。ここでツイッターに常駐している自分としては大いに共感したのである。そのうち読もう。

志賀直哉小僧の神様

読んだはずだが記憶にない。「暗夜行路」で娼婦の胸をもみながら「豊年だ! 豊年だ!」と叫ぶよくわからないシーンがあったが、そこばかり記憶に残っている。これを読んだ当時は、この小説のように自分がどれほど理想を抱いていたとしても、モテいからいつかソープランドに行くのだろうな、とぼんやり思ったことを覚えている。

ちなみに、自分が初めて関係を持った女性貧乳だった。だがそれがいい

お父さんとうまくいっていない人は子供の才能をつぶす話である清兵衛と瓢箪」が刺さるんじゃないかな。あとは少女誘拐視点の「児を盗む話」もよかった。

内田百閒『冥途・旅順入城式』

大学時代知り合った文学少女から薦められて読んだはずなのだが、覚えているのは「阿房列車」の何編かだけだ。それと、いつも金に困っていて給料を前借りしていて、そのことのまつわるドタバタを描いた作品日記もあって、そうした印象ばかり残っている。

関係ないけど就職活動中に、この文学少女から二次関数を教えてくれと言われ、片想いしていた自分はそのためだけに都内にまで足を延ばしたことがある。いいように使われていたなあ、自分あいつには二度と会いたくないが、元気にしているかどうかだけは気になる。

宮澤賢治銀河鉄道の夜

めんどくさいファンがいることで有名な作家全集には第三稿や第四原稿が収録されており、比較するのも楽しい。俺は〇〇は好きだが〇〇が好きだと言ってるやつは嫌いだ、の○○に入れたくなる作家の一人。○○には「ライ麦畑で捕まえて」「村上春樹」「新世紀エヴァンゲリオン」「東京事変」などが入る(註:この四つのものとその愛好家に対する歪んだ愛情から来る発言です。僕も全部好きです。すみません)。サブカル系にはこれがモチーフになっているものが数多くあり、その点では「不思議の国のアリス」と並ぶ。

思想に偏りはあるが、独特の言語感覚や観察眼は今でもすごく好きだ。余談だが新書の「童貞としての宮沢賢治」は面白い。

江戸川乱歩押絵と旅する男

知り合いにいつもぬいぐるみキーホルダーを持ち歩いてかわいがっていた男がいたが、それで本人が落ち着くのならいいと思う。不安の多い世の中で、人が何か具体的に触れるものにすがるってどういうことなんだろう、って、ってことをこの作品を思い出すといつも考える。どこで読んだか思い出せなかったが、これもちくま文庫全集でだった。

横光利一機械

狭いコミュニティの中でこじれていく人間関係の話ではあるけれども、新潮文庫場合表題作よりも他の話のほうが気に入った。印象に残っているのは十二人の旅芸人夜逃げする「時間」と、ナポレオンヨーロッパ征服に乗り出したのはタムシのせいだったという「ナポレオンと田虫」。

谷崎潤一郎春琴抄

実はこの作品は読めていない。谷崎作品は割と好きで、「痴人の愛」「刺青秘密」「猫と庄造と二人のおんな」「細雪」は読んだ。「痴人の愛」という美少女を育てようと思ったら逆に飼育される話は自分人生観に多大な影響を与えたし(例の文学少女気持ちをもてあそばれても怒らなくなってしまったのもこれが遠因だろう)、「細雪」はただ文章リズムにぷかぷかと浮くだけで心底気持ちがいい。ついでに、戦時中生活爆弾が実際に降ってくるまでは震災コロナでただよう自粛雰囲気そっくりだったこととよくわかる。

ところで、最近久しぶりに谷崎作品を読もうと思ったら、ヒロイン名前が母と同じだったのですっかり萎えしまった。というか、ここ最近趣味が「健全」になり始めていて、谷崎作品に魅力を感じられなくなっている。感覚がどんどん保守的になっていく。これはいかん。

夢野久作ドグラ・マグラ

ミステリ編参照。anond:20210215101500

川端康成雪国

高校生の頃に読んだのは確かに記憶に残っているのだけれど、高校生川端康成エロティシズムが理解できたかどうかはよくわからない。たぶんわかっていない。せいぜい伊豆の踊子の裸の少女を読んで、ロリコン発症させたことくらいだろう。

太宰治斜陽

太宰はいいぞ。自分は愛される値打ちがあるんだろうか、というテーマを本人の育った境遇パーソナリティの偏りや性的虐待疑惑に求める説は多いが、そういう心理普遍的ものでもあり、だから多感な時期に読むとわかったつもりになる。芸術に何歳までに読むべきという賞味期限原則としてないが、これもできるだけ若いうちに読んでおくといい。太宰の理解者ぶるつもりはないが。

もっとも、本ばかり読んで他の活動をないがしろにしていいものだとは全く思わない。あまりにもドマイナーな本を読んでマウンティングするくらいならバンジージャンプでもやったほうが話の種にもなるし人間的な厚みも出るというものだ。たぶん。

三島由紀夫仮面の告白

天才的。男性のあらゆる種類のコンプレックスとその拗らせ方を書かせたら彼の右に出るものは少なかろう。ただ、大学卒業してから突然読めなくなってしまった作家でもある。息苦しくなるまで端正に磨きこまれ文章のせいかもしれない。

武田泰淳ひかりごけ

極限状況下でのカニバリズムテーマにした小説なんだけれども、途中から戯曲になって、「食べちまう葬式ってえのは、あっかなあ」などとやけにのんびりした台詞が出てくるなんともユニーク小説。ただし、これは単なるブラックジョークではない。物語は序章、戯曲第一部、第二部と別れているのだけれども、その構成にきちんとした意味がある。

人類全体の原罪を問うようなラストは必見。あなたは、本当に人を食べたことがないと言えますか?

安部公房砂の女

祖父母の家から貰ってきた作品で、愛蔵版らしくカバーに入っていた。カフカにはまっていた時期だから楽しんだ。カフカ父親の影から逃れられない主人公とは別の種類の渦巻にとらわれてしまった主人公がだらだら、ぐだぐだしてしまうのだが、カフカ男性によって抑圧されているとしたら、こちらは女性に飲み込まれている文章だ。

大西巨人神聖喜劇

未読。不条理陸軍の中で、最強の記憶力を頼りにサバイブする話だと聞いて面白そうだと思い購入したのだが、ずっと積んだままだ。これに限らず、自分戦争もの小説漫画をあまり読んでない。戦争に関しては文学よりも歴史書からアプローチすることが多い。

これは自分の悪癖だが、戦争ものになると庶民よりも知識人にばかり感情移入してしまう。

大江健三郎万延元年のフットボール

大江健三郎は初期の作品をいくつかと、「燃え上がる緑の木」三部作を読んだきりで、どういう態度を取ればいいのかよくわかっていない作家の一人だ。狭い人間関係の中のいじめだとかそうした描写に病的に関心のあった時期に読んだせいで適切な評価ができていない。

燃え上がる緑の木」は新興宗教原子力発電といった(結果的には)非常に予言的であった作品であったが、癖が強くカトリック宗教教育を受けた自分であっても世界観に入り込むのに時間がかかった。「1Q84」よりもきつい。面白いが。

萩原朔太郎『月に吠える』

大学時代の友人に薦められて読んだ。「この家の主人は病気です」と、飢えて自分を食ってしまったタコの詩ばかりを覚えている。覚えているのはこれだけだが、この二つが読めたからいいか、と考えている。大体、詩集ってのはピンとくる表現ひとつでもあれば当たりなのだ。そして、それはあらゆる書物にも当てはまることである

福沢諭吉福翁自伝

祖父学生時代に送ってくれたのだけれども、ぱらぱらとしか読んでいない。

子供向けのものだった気もするし、近々原文にチャレンジするべきか。自助論西国立志編)なんかと合わせて、自己啓発書の歴史を知る意味でも興味深いかもしれない。

正岡子規歌よみに与ふる書

読もうと思って読めていないけれども、これまたドナルド・キーンの本で面白記述を見つけた。「墨汁一滴」の中に、つまらない俳句乱造しているやつの作品にはどうせ碌なもんなんてありゃしないんだから、そういう連中は糸瓜でも作ってるほうがマシだ、という趣旨のくだりがあるそうだ。創作する上でのこういう厳しさは、いい。

石川啄木時代閉塞の現状』

ローマ字日記しか読んだことがない。たぶん日本最初フィストファックが描写された文学かもしれない。春画はどうか知らないけど。

小林秀雄『様々なる意匠

詩集翻訳しか読んだことがない……。

坂口安吾堕落論

堕落と言いつつもある種の誠実さについて語った本だった気がするが、それよりも新潮文庫で同時に収録されていた、天智天皇天武天皇家系にまつわる謎についてのほうが印象に残っている。

哲学編に続く→anond:20210222080300

関係ないけど芥川が載ってないのは納得できないぞ。

2021-02-21

知らないフリをするのをやめたい

知ったかぶりじゃなくて知らないフリをしてしまう。

例えば、俺がドラえもん好きで鞄にドラえもんキーホルダーでも付けてるとする。

そうするとそれを見たやつは「ドラえもん好きなの?」と聞いてくる。

で、俺はドラえもんが好きなんだから「そうです、小さい頃から好きで」って答えればいいのに、何故か「いや〜これ貰い物なんですよね」とか知らないフリをしてしまう。

なんなら、「私もドラえもん好きなんです」ってわざわざ話しかけてくれた人にさえ、ドラえもん詳しくないんですって言ってしまう。本当は詳しいのに。できれば一緒に語りたいのに。

知ったかぶりをついしてしまう、って悩み相談はよく見るけど、俺はその逆。

これも一種の虚言癖なんだろうか。

同じ人はいないだろうか。どうしたら直せるんだ。

2021-02-19

子ども大人へのセクハラ

https://togetter.com/li/1669760

こういうの

堅物でマヌケ教師は「おまんこ」なんて低俗言葉知らないんだろうなあw大人ってバカだなあw

ただの女店員が「クリトリス」なんて知ってるわけがないんだろうなあw

こんな中年おっさんインターネットを使いこなしてるわけがないw俺たち子どもけが分かってるw

と言わんばかりに

まんこっwまんこっwぷぷぷぷっw」と小声で呟いてみたり

食べ物の栗とぉー、動物のリスのぉー、キーホルダーって売ってないですかぁ?www」と絡んでみたり

「xvideoがさあ!Pornhubがさあ!」と大人の前でわざと友達と大声で喋ってみたり

大人相手無知シチュみたいなのを楽しもうとするクソガキって一定数いる

大人が知らないふりをしていてくれることに気づかない

本当に気持ち悪い

だいたい育ちの悪いブッサイクなガキ

言葉意味を知っていることを匂わせたらそれはそれで「エロいこと知ってるんだああーーーー!!」と狂乱して最悪こっちが何かしらの罪に問われかねないので(未成年相手性的な話を振ったとかそういうの)対話解決することは難しい

昔だったら黙ってぶん殴って解決してたのかな?

あんまり話題に上がってるの見かけないけどガキのうちからセクハラ・反抗できない者へ性犯罪する体質のバカ処分されてほしい

2021-02-11

さら初恋よ、物語たちよ。

こちらへの投稿は初めてで、また自分は作文が得意ではなく、ただの(夢女子の)戯言といえばそうかもしれない。でも「王様の耳はロバの耳」の如く、吐き出して心を整理しなければ心が死んでしまうところだったので許してほしい。

自分とある刀剣ゲームが好きなアラサーであるゲームのものは元々ブラウザのものであるが、自分ゲーム歴はスマホ版が出てしばらくしてから始めたので4年半くらいだろうか。始めたきっかけは同じ県出身で好きなイラストレーターキャラクターデザインをしていたことだった。ただし当時は期間限定登場キャラクターだったため、始めた頃にはそのイベントは終了していて、それを知って崩れ落ちたのだが。

さて今年はゲーム開始6周年、そのゲーム存在は6年前の当時はちらっと知っていた程度ではあった。でもどうしても擬人化というのに対しては色物からと苦手意識があった。テレビで刀の展示が特集されて「会いに来たよ〜」とか言って映っている女子も苦手だった。だがこの辺りは同族嫌悪なのかもしれない。自分も元々漫画などが好きなオタクで、マスコットキーホルダーなど好きなものを鞄や携帯にジャラジャラ付けたい収集癖のあるオタクではあったのだが、人型イラストのないイメージグッズならともかく、ひと目でわかるキャラクターが描かれたグッズには抵抗があった。

そんな折、まだゲームも始めていない頃、地元本屋で刀の雑誌を見かけた。キャラクターが全面に押し出されたものではなく、有名な刀剣を扱った図鑑だった。今引っ張り出したらゲーム実装刀の名前が表紙にズラっと書いてあるし、発行年月日も2015年6月とあったかゲーム開始直後に出た本といえばそうなんでしょう、審神者(ゲームプレーヤー総称)を狙ったといえばそうかもしれない。その本で、運命出会いがあった。

それは表紙にも名前が載ってはいなかった。

でもピンナップとして取り上げられるくらい、綺麗な刀だった。

自分の生まれ月が名前に入る、名の響きも姿も、美しい刀だった。

また刀工も同じ県だというのもあって、気にならないわけがなかった。

1番美しいと評判なのは別の刀だけど、刀に興味を持つきっかけになったのは間違いなくこの刀だった。

その刀が先日、ついにゲーム実装されたのだ。

自分は、趣味の合う友人達TwitterグループDMでひたすらに騒いでいた。キャラクターデザインもまぁ悪くは無いなと思っていた。ひたすらやかましかったので申し訳なかったとは思う。

でも後にキャラクター紹介の文面を見てびっくりした。別の方がはてなブログに書いてらしたように「なぜそんな内容をピックアップした!?」とは思った。自分リアルにそのお刀と対面できたのは1、2年ほど前のたった1回、現在収蔵の美術館がある県の外に住んでいる関係もあって自分はろくに美術館周回もできてないので、その投稿者の方ほど熱狂的かというとそうでもないかもしれない。でも同じ美術館にある別の刀との回想など楽しみにしていたのもあって、実装後すぐには無かったので残念ではあった。そのあたり今後あったらええなとは思っている。

さてそのお刀であるが、つい先日、ミュージカル出演というのが明らかになった。ゲーム最近登場した、同じ刀工で別のお刀の姿もお披露目された。

周りがキャーキャー騒ぐ中、自分はというと……本当は、来ないでほしかった。

このようなゲーム発のミュージカル舞台はいわゆる2.5次元と言われ、最近ではTVにも出てくるようになって発展が目覚ましいといえる。こうしたものから名前が知られてテレビ番組にも出てくる俳優の方も増えつつあると思う。間違いなく見目も整ってるし、こうした俳優さんの活躍は嬉しい。

ミュージカルの方は先日5周年を迎え、記念のミュージカルが上演された。このコロナ禍の中、運営側感染対策をしっかりして、またライブビューイング配信など、ファンに向けたサービスをよくやってくださった。ただ残念なことに現地では、今回はいつもある客降りがなく、また来場者も声出しができずにペンライトを振ったり拍手のみだった。きっと皆さんもっと騒ぎたかたことだろう、愛を叫びたかたことだろう。

━━ただ申し訳ないのだが、おかげで自分は今回、安心して配信を視聴できたのである

書き方が悪く、性格悪いなという自覚はあるが、自分は客降りでのファンサービスファンの歓声が苦手だ。観劇の上で、自分以外の存在があるのが苦手なのかもしれない。ライブビューイング映画における応援上映なども行けず楽しめない、強火な同担拒否勢なのである。まぁひょっとしたら騒ぐのや人の目があるのが苦手と言うだけかもしれない、でもアーティストライブは平気だったりするので本当になんなんだ自分メンヘラなのか。

……まぁ刀剣絡みではないのだが、リアルでは自分推し(ただのシスコンなので申し訳ない)である妹が「実家彼氏を連れていく」とか言っていたのもあるので、正直荒れている。自分に浮いた話もない癖に年齢が年齢だけあって焦っているのかもしれない。ただ自分は、信頼していた既婚者大学OBと一緒に出かけたタイミングで突然キスされたのが原因で人間不信男性恐怖症になったので、もう普通恋愛はできないとは思っている。ごめんね、家族。ほんまはちゃん自分の子自分の愛すべきお刀を代々伝えてってほしいと思っていたが、結婚もできなさそうでまして子供なんてと思うので、自分が死んだら妹の家に相続してもらうとしようか。多分あっちの家の方が家柄もしっかりするだろうし、美術系好きな血筋ではあるから、しっかり守ってくれるさ。とりあえず自分が今後障害になりそうだったら、姿消すなりして迷惑かけないようにしようと思う。ま、生きてる限りはしっかり守り刀してもらうつもりですが。

もう行け、僕は少し泣く。

……話が逸れてしまった。救いといえば、どの作品でも「とある本丸」と明記していてくれることだろうか。よそはよそ、うちはうち。ましてただのゲームといえばそうなのだ、ただのフィクションなのだ。ならば自分の役目は、フィクションフィクションなりに、その物語ごと愛すことだろうか。自分は周りと同じように楽しめないかもしれないけれど、今後ますますの発展、お祈りいたします。

通勤イヤホンランダム再生近侍曲を聴いていることも多いのだが、同じ美術館所蔵の短刀の曲が流れると、やっぱりあの刀を思い出す。

きっかけを、ありがとう

初恋を、ありがとう

そして家族や周りの人達、縁たち、自分のお刀、全てに愛を。

長文乱文失礼しました。

この文章を読んでくださった、あなたにも愛を。

2021-02-01

anond:20210131184504

あのブログみてわかったけど、こういう系統の人って文字文字でみて判断するんだね

「真っ当」といえば、その意味とか状況とか結果の例とかたとえとか字面とか雰囲気とか人の引用とか

「真っ当」とは何かという事についてまず一旦考えないんだよね

何かといえば「発言者想像している内容」に他ならないよね

その言葉がどんな意味かということは別にして発言者言語情報として伝達したいわけではなくて

複合的な情報判断基準の方向づけに選択肢の幅を広げたりするために例えて言語にしただけなんだよね

「真っ当」とは、辞書に書いてある意味はこうだがそれでよいか、などと聞き返す必要もないよね

いつか当たるかもしれないと親の金宝くじを買い続けたりすることが「真っ当」なのか

自分が憧れたり役に立ちたいと考えている相手に対して何を行使すれば達成できるのかが「真っ当」なのか

真っ当がどんな意味かは関係ないんだよね

私の思う真っ当はこれだ、という返答をもらったらそれ以上はなにも言えないわけだし

要するに喩えとか文字で伝わるかとか伝えやすいかとかで表現したりすることは余計にこじらせるようにみえ

なんでも自分武器に取り込んで、それをつかえばマルチでもいいってことですよね、みたいにしてしま

自分の口から自分理解言葉をつくらせないとアドバイスするたびに深みにはまっていきそう




彼女いつまでも奴隷でいないために考えてほしい事といえば

・買わされるだけの客でいるのはエンドユーザーだけだろう

・売る側として成功するなら直営専属代理店ではなく雑貨屋くらいからではないか

商売をするのに借金をするのは当然

まず売れもしない商品を買うのは自分がその商品最終消費者になるものだけ

買ったはいいが使わないけど、売れないすなわち捨てるしかない、そんなものを買わされるのはどう考えてもおかし

嘘でもいいから「売れすぎて入手困難、これ世に出したら大金になってしまうので転売禁止」とでも銘打ってる商品ではあるべきじゃない?

だれでも定価で買えるものを頂くのに会員になる必要とかそれを売ることをチャレンジなんていう必要がない

次にその商品だけしか売れない商売ってそれこそ「売ったら確実に金になってしまうので売る人間を選定する」専売でないと意味がない

先述と同じくほかから安く必要ときに近くから買えばいいだけなのであなたが頑張る必要がない

他にない商品を手に入れられないのなら作るしかない

似顔絵なりキーホルダーなり版権使用料を負けてくれるとかキャラクタの商用利用を許可してくれるとかあるべきが会員だろうし

その売り上げをプペるのはなにも問題ないでしょう

商売してる人や大きな会社でも銀行からお金を借りています

借金リスクとかではないです

売り上げて返せる見込みがあるのなら、そのプラン言葉説明して第三者理解してもらって

信頼してもらって義務を果たせるならお金なんていくらでも借りれます

クラウドファンディング成功した、ってそれは大道芸お金をせびったのと同じでしょう

返済義務がないから達成義務もない

自分の見た目という体一つで稼いできたお金でプペろうというのは生産をしないで自分の体を消費して稼いできたお金ですよね

お金を返す予定で借りる、返せるだけの努力をどこにできる、そんなプランがあってはじめて「なにかをできる人」ではないでしょうか

チケットさばいてきてと言われて「はい」と返事できることがクラブ内での「信用」でそれをしたから「信用」をつかって他の人にも自分チケットを売れます

自分ライブをするといえば西野クラブの人たちは買ってくれます

そういうところだと思うんですよね

言葉でこれを伝えても「言葉はつたわった、だから私は絵本を買ってチケットを買って売るね」になるという事をなんと言えば伝わるのだろうか

たぶん伝わらない気がする

なにかを体感するしかないと思うのだけど、それがいつ訪れるのか期待をして楽観的に見守るしかないと思います

2021-01-27

anond:20210126211637

なんで老人を直接殺さないのか全然からない。

そんなに恨んでるなら、老人ホームとか燃やしたり通り魔したり、独居老人相手なら、ばれにくいしどんどんやればいい。老人から金品奪っていけば十分生活できるし。

あるいは「老人」みたいになるって方法もあるでしょ。つまり障害者になるってことなんだけど。なんでしないの?


結局あなたみたいのは、適当な奴と結婚して、相手の財力に頼りつつ、「趣味仕事に」みたいなライフスタイル送りたい(鎌倉で)、ってあたりが実際の願望だろ。

若者幸せになる社会を築きたい、安全平等社会を、なんてのは建前も建前で、

実際は、私がやりたいときセックスしてくれて、私にお金投資してくれて、優しくて、私を怒らないで、適度に広い家(鎌倉)を持ってる結婚相手と、修善寺デートしたり、北欧家具販売をしたり、それが不思議成功しちゃったり、インスタの登録者数がちょうどいくらいの数になったり、暮らしメディアで顔を隠してインタビューうけたり、YoutubeチャンネルもってYoutuberとコラボしたり、自分の持ってる実店舗王様のブランチ取材にきたり、なんか感じのいい老夫婦不快にならない程度に思い出話をしてくれて私に気づきをあたえてくれたり、付き合いたての高校生が来店して(もちろんセックスはしてない)なんかちっちゃいキーホルダーかったり、その高校生カップルの片方に恋愛相談されて自分の昔ばなししたり、ツイートしたおばあちゃんとの思いでがバズって書籍化したり、育ててる草花がいい感じに成長したり(虫はいない)、飼ってるハリネズミが大した世話もしてないけどなついてくれたり、結婚相手添い寝してほしいタイミングだけ一緒に寝てくれたり、たまたま立ち寄った雑貨屋で買った綺麗なビードロを空に透かして「私捨てたもんじゃないな」と思ったり、未成年の異性を家に上げて料理を作ったり作らせたり、アメリカで元気してる従妹から変わった置物が送られてきたり、トイレ便器が薄い水色だったり、たまたま知り合った人が香港でわりと有名な俳優で丁寧に中国の習わしや思想を教えてくれたり(香港の今の状況など、こっちが考えたくないことは言わない)、小さいころ付き合いのあった親戚の弟分がなんだかよくわからないけれど凄い忙しい仕事金持ちになっていて「僕の人生が輝いたのは○○さんのおかげだよ」とかいったり、ふとしたきっかけで仲良くなったやんちゃな子が心を開いていく現場に立ち会ったり(もちろんやんちゃな子はあなた暴力を振るわない)、たまたま知り合ったゲイカップルに「世間でさげすまれてる私たちあなたは受け入れてくれた。ありがとう」と感謝されたり、偶然知り合った病弱な女の子の走りたいって夢をかなえてあげたり、その女の子が結局死んじゃうんだけど母親から感謝されたり、親戚のとっつきにくいおばさんの葬式で、おばさんが裏ではあなた感謝していたことがわかり、なんかしゃれた小物を遺品としてプレゼントしてくれたり、糞生意気なガキが実は自分に恋していてガキが引っ越しして遠くに行くんだがその別れ際で泣きそうになりながら最後のいたずらをしてきたり、昔の同級生自分よりつまらない仕事をしてる)と偶然再会して「お前のことうらやましかったんだぜ」とか言われたり、そんなものがお望みなんでしょ?

大体、あなたが言ってることって、自粛がどうとか関係あるの?

本来趣旨は「あなたあなたの自信補強するすべとして他者を頼ってて、最近はそれができにくくなってる」ってことでしょ?

その話のどこに老人が出てくるの?なんで出したの?

結局、ダサくて、実現する気もない夢の供養として、最近のご時世からたかっただけなんでしょ?

どうぞ自粛やめてください。あなたひとりがやめたところで何の影響もないんで大丈夫です。他の人はちゃん自粛してくれてるんで。

結局煽るような文章書くのも、最終的に批判されて「あーわたしダメなにんげんだ。ダメなにんげんだから自粛をやめよう」ってそうやって言い訳みつけたいからでしょ?

一つひとつの立ち回りがクソだよあんた。


インセンティブがないと人は動かないっていうけど、そもそも人間活動なんか、たいしてインセンティブはたらかないでしょ。

ポイ捨てしないことで個人が得られるインセンティブって具体的になによ?でもお前はポイ捨てせんやろ?


普段非モテ糞みそに貶して「非モテの優しさは下心だからギルティ」とかほざいてるくせに、

いざ自分配慮する立場になると、「他人の命なんてどうでもいい。いんせんてぃぶ?ってやつがひつようなんですけど!」って自分が見下げた奴より(しか勝手な推察上での話だ)

更に終わってるムーブするの本当にやめてくれ、糞ダサいよ。

2021-01-19

金山さんちは三階建て

東京二十三区の駅チカ、商店街まで徒歩5分の立地に金山さん(仮名)は住んでいる。

三階建ての自宅は12LDKはあるはず。それ以上あるかもしれない。

アパート経営かと思ったら玄関ひとつしかなかった)

金持ちだろうから通称金山さんと呼んでいる。

駐車場は二台分。

その駐車場に車が止まってるのをあんまりたことがない。

つのタイミングか忘れたけど、ネコチャン用の段ボールと思われるハウスが何個か置かれるようになった。

皮膚病でボロボロ黒猫なんかが住み着いてる。

少なくとも三匹はいた。

見るたびに「うへぇっ」と思ってた。

こんなゴミみたいな猫をよくもまあ敷地においておけるもんだと呆れていた。

ボロボロネコチャンたちはとても汚くて、死んだ方が早くね?と思わせるほどボロボロだった。

通りがかるたびに「生きてるかな?」「死んだかな?」とのぞき込むのが習慣化した。

ネコチャンはいたりいなかったりした。

いないと死んだと思ってちょっとほっとしたし、いたらいたでちょっとほっとした。

でもボロボロだったから早く死んでもいいのになあと思ってた。

ネコチャンたちは金山さんの半端な厚意と善意によって段ボールハウスと食物をもらって細々と生きてる感じ。

やっぱ汚くて病気っぽいから家には入れてもらえてないようで、

冬は寒そうに段ボールハウス植木鉢にはまってじっとしてた。

近所の人に嫌われてるだろうな金山さん。

ネコチャン汚さは半端なかった。

一年ぶりぐらいに久々に金山さんちの前を通った。

東京寒いけどこのところ天気がいい。

金山さんちの前にでっぷり太って年取ったネコチャンが三匹いた。

「は?」

日向ぼっこしてる三匹の首に首輪が巻いてあった。

鳴らない鈴とかキーホルダーみたいなのがついてる。

あのネコチャンたちだった。

ハゲてたのに毛並みも良くなって見違えた。

ゴミネコ普通ネコチャンになってる。

いや、見た目だけなら飼い猫だわ。

出世してた。

段ボールハウスは相変わらずだけど果物かごのベッドやバスタオル使った寝床が増えてた。

金山さん、病院連れて行ったり色々としてくれてるみたい。

相変わらず外飼いだけどたぶん死ぬまで面倒見てくれそう。

2021-01-10

anond:20210110031520

ついでに言うと立体がNGってよく言われんのは歴史的経緯もある。まず公式グッズと利益が競合しやすい、同人誌が売れたか公式漫画アニメが売れにくくなる事態は考えにくいが、フィギュアキーホルダーなんかはそうじゃないから。更に海賊版と見分けが付きにくい点が挙げられる。"立体はNG"というのはガイドラインでもNGなことが多いし、どうせ公式に止められるからグッズ系はやめとけ程度の意味合いが多い。

うるさいな

権利者以外は口を出すなよ

そういうのを学級会っていうんだよ

anond:20210109201000

複数人が異なる内容主張してることに対してゴールポストが動いてるって指摘するのはナンセンスでしょ

権利者が何も言わなければOKだしNGだったらNGなんだよ

ついでに言うと立体がNGってよく言われんのは歴史的経緯もある。まず公式グッズと利益が競合しやすい、同人誌が売れたか公式漫画アニメが売れにくくなる事態は考えにくいが、フィギュアキーホルダーなんかはそうじゃないから。更に海賊版と見分けが付きにくい点が挙げられる。"立体はNG"というのはガイドラインでもNGなことが多いし、どうせ公式に止められるからグッズ系はやめとけ程度の意味合いが多い。

2021-01-09

二次創作ゴールポスト

印刷代がかかる」「イベント参加費がかかる」

お、そうだな

あれ、デジタル配信・・・している・・・

「描くのに何時間かると思ってるんだ」「公式許可していることもある」「親告罪

・・・ズズ・・・

Palantir やる人が全責任でやればいいだけで外野が学級会しなくてもいいんじゃない…? 自分がどうするかの表明は参考になるかもしれんが

権利者以外は口を出すな」「親告罪

「つままれキーホルダー作りました^^」「xxをイメージしたアクセ売るよ~^^」

「立体はNG!」「俺たちも潰される!」

あれ・・・権利者以外は口を出すべきではないという話は・・・

・・・ズズ・・・

sds-page ゴールポストが動いてるのではなくて権利者ごとに方針が違うのでゴールポスト無限にある状態

それはそれで「権利者以外は口を出すな」を徹底してくれればいい

自分らで勝手理由なんか作らなくていい

権利者が印刷代ならOKと言っている」「デジタル配信OKと言っている」で終了

無限ゴールポストがあるからその時々で都合のいいポストを選ぶなら移動してるのと同じ「立体物ーふんがー」

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