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はてなキーワード: 残滓とは

2017-09-14

インターネット粘着マンから逃げ延びるにはコタツ記事を書くしかない

もしも自分の手足で手に入れた情報を載せてしまえば、インターネットストーカー戦士警察犬のように臭いを嗅ぎつけてくるのだ。

古の時代ネチケットの中に「自分情報をできるだけ載せないようにしろ」という文面があったのを覚えているだろうか。

キチガイにつけいる隙を与える事はキチガイにエサを与えること、キチガイ餓死させ駆逐するためにもエサは出さないようにしましょう。

そういうルールがあったのだ。

長い年月を経て人々は忘れてしまった。

何気なくアップロードした写真から家が特定される可能性を知りながらも「今日ランチはXXで食べたお~~~」と呑気にインスタに足跡アップロードし続ける者達。

彼らが与えたエサを喰らいブクブクとストーキング欲を肥大させてきた狂人の群れ。

その中でまだ個人情報残滓香る記事アップロードするなど狂気の沙汰。

己の生活、信念、哲学、全ての気配を消臭したコタツ記事けが、この暗愚蔓延時代において身を守る闇の魔術から防衛なのだよ。

コタツ記事けが安全なのだ

2017-08-21

フィクションと割り切れない人々

他人炎上が娯楽な私にとって某SNSは非常に素晴らしい宝の山だが、どうもココ最近は収穫が芳しくない。

ついこの間は少年誌のお色気シーンやコンビニエロ本に騒いでいたがもはや残滓のみである盗賊はさっさと次の獲物に向かっていた(今ならインスタ蝿イラストか)。

フェミ系の話に偏ってしまったが、これに限らずいちいち風刺四コマ現実世界問題を論ったり見下していたアイドル正論を突きつけられた途端に鬼の如く牙を剥いたり未成年の主張にいい大人が集って粘着したりとまあ世の中には本当に色々な人がいて、しかしそれでも街の中では無害で凡な一般人としての擬態を守っているのだから人間というのは恐ろしい。

恐ろしいと思う反面、そのエネルギーが少し羨ましいと思うこともしばしばある。結局何かに対して過剰といえるほどの熱量を割くことが出来るのはその人の日常生活 がある程度満たされているからではないのか?学生時代デモに勤しむ知り合いが羨ましくてしょうがなかった。親元で床と飯と小遣いを貰い自分主義主張の為にふたまわり以上離れた政治家罵倒出来るのである。そりゃあイキイキもするだろう。

こんなことをいいつつ、某スカッとする番組アレルギー反応を現在進行形で起こしている私。一体どの層がアレを支持しているのか甚だ疑問である。あれはフィクションだよ〜と娘がケラケラ笑いながら見ているが、なるほど私も他人のことを言えたもんじゃないなあとひとり反省

2017-06-17

生命

安定状態になることが出来ず不確定の領域存在する以上

不確定の領域を走査、探索することは生命生存するためには不可欠のことなのだ

そして自身が不確定領域を創出することも是とされる自身不安定要素が増すことになったしてもそれは行われる

生命体は生存のためにあらゆる手段を用いあらゆる行為を実行するそれが自身生物全体を危険晒すとしても不確定領域存在はそれ自体危険であり

その領域放置した状態で将来その危険に接触すれば破滅被害は免れ得ないかである

死ぬのも将来死ぬのもコードの耐久期間が違うだけで結果が同じである遺伝子からすればそれは生存の失敗でありさした違いはない

また不確定である領域危険性を把握することは出来ずそのためその領域を探索するべきかどうかという選択肢を持つことは厳密な意味では出来ない

故に接触した不確定領域は随時、走査、探索が行われる

生命とは第一原理である遺伝情報の維持に失敗し、なおも

現状を維持しようともがきながら誤謬を繰り返し続け歪に変形し、異様な複雑さを獲得するしかなかった悲しき原初生命残滓であるという

スタニスワフ・レム虚数の考えに対してこういう見方もできる遺伝子コード生存必要な基礎コードを維持し続けていると

自己拡張自己改変が行われたとしてもはどのようなものであっても生存否定生存、複製を継続させることは出来ない

自己拡張自己改変もまた事前の遺伝子コードの内容から大きな影響を受ける、継続するものは事前に存在するものの影響から逃れられない

このため私達が何らかの存在自分たち生存目的に適合させ生存、存続させようと意図した場合でも事前のもの(私達)のコードの影響を受けることになる

この場合においては直接的影響じゃないため幾つかの曖昧さがや別の意図が付加されるだろう

しかしどの場合においても生存否定内包存在継続することは出来ず生存必要な基礎コードの伝達に成功する

そして不安定状態を孕み生命継続するということは上記の理由によりあらゆる面においてあらゆる生命変異形を作り出すことに繋がる

生命とは存在し続けることを意図するものであり、あらゆる面で生存領域を無制限に拡大、拡散する機構とも捉えられる

2017-06-10

生命とは

安定状態になることが出来ず不確定の領域存在する以上

不確定の領域を走査、探索することは生命生存するためには不可欠のことなのだ

そして自身が不確定領域を創出することも是とされる自身不安定要素が増すことになったしてもそれは行われる

生命体は生存のためにあらゆる手段を用いあらゆる行為を実行するそれが自身生物全体を危険晒すとしても不確定領域存在はそれ自体危険であり

その領域放置した状態で将来その危険に接触すれば破滅被害は免れ得ないかである

死ぬのも将来死ぬのもコードの耐久期間が違うだけで結果が同じである遺伝子からすればそれは生存の失敗でありさした違いはない

また不確定である領域危険性を把握することは出来ずそのためその領域を探索するべきかどうかという選択肢を持つことは厳密な意味では出来ない

故に接触した不確定領域は随時、走査、探索が行われる

生命とは第一原理である遺伝情報の維持に失敗し、なおも

現状を維持しようともがきながら誤謬を繰り返し続け歪に変形し、異様な複雑さを獲得するしかなかった悲しき原初生命残滓であるという

スタニスワフ・レム虚数の考えに対してこういう見方もできる遺伝子コード生存必要な基礎コードを維持し続けていると

自己拡張自己改変が行われたとしてもはどのようなものであっても生存否定生存、複製を継続させることは出来ない

自己拡張自己改変もまた事前の遺伝子コードの内容から大きな影響を受ける、継続するものは事前に存在するものの影響から逃れられない

このため私達が何らかの存在自分たち生存目的に適合させ生存、存続させようと意図した場合でも事前のもの(私達)のコードの影響を受けることになる

この場合においては直接的影響じゃないため幾つかの曖昧さがや別の意図が付加されるだろう

しかしどの場合においても生存否定内包存在継続することは出来ず生存必要な基礎コードの伝達に成功する

そして不安定状態を孕み生命継続するということは上記の理由によりあらゆる面においてあらゆる生命変異形を作り出すことに繋がる

生命とは存在し続けることを意図するものであり、あらゆる面で生存領域を無制限に拡大、拡散する機構とも捉えられる

2017-05-30

(昨日見た夢)六月の月

六月。陽が紫陽花色の残滓を残し沈んだ直後、入れ替わりに空へ現れた低く大きな月と、

明滅する黄ばんだ街灯に照らされる薄暗がりの中、セーラー服を着た少女が廃品工場敷地に積みあがった錆びたガラクタの山を睨み付けていた。

帰宅途中、自転車で通りかかってその様子を見つけ、なんとなく立ち止まって彼女を眺めている私に気付いたのか、

彼女は一度、背後に停めてある彼女の銀の自転車越しに私の方を振り向いたが、すぐに興味を失ったように視線ガラクタの山へと戻した。

肩までかかるまっすぐな黒髪と、やや度の強い眼鏡をかけた彼女について、名前はわからなかったが、私は自分彼女同級生だという事をなぜか知っていた。

私は、人気のない工場入り口自転車に跨ったまま、声をかけるでもなく、しばらく彼女の背を眺めていた。

「ねえ。」

不意に彼女が口を開いた。

その言葉が私に向けられたものなのか確かめる間もなく、聞いていようがいまいが関係ない一方的な様子で、彼女は続けた。

「ユキのこと、覚えてる?」

ユキという名前には聞き覚えがあった。タニムラユキ。緩くパーマのかかった、明るい栗色の髪が印象的な少女

タニムラさんは、私と彼女の前年度の同級生で、明るく活発で誰にでも分け隔てなく接するタイプの、少し勉強が苦手な子だった。

成績が良く控えめな性格の目の前で背を向けている彼女とは好対照性格ながら、傍から見ても二人は特に仲の良い友人関係だったように見受けられた。

タニムラさんは、五ヶ月前、ちょうど冬休みが明ける頃に亡くなった。

朝、ご家族が起こしに行くと自室で首を吊って亡くなっていたそうだ。

遺書のなかった彼女の死は、二年生への進級を控え、進路や勉強についての悩みが原因の突発的な自殺として片づけられた。

私も通夜に参列し、学校では命の大切さを説く授業が行われ、現在も一部の生徒にはカウンセラーによる面談継続的実施されているはずだ。

もちろん覚えている、と私が口を開きかけた途端、彼女が先に口を開いた。

「ユキ、自殺する前日に『明日先輩に告白する』って言ってたんだ。」

「先輩?」

間抜けな私が、今夜初めて声を発して聞き返した。タニムラさんの死は、実は失恋によるものだったのか。

聞き返されたことが不快だとでも言いたげに少しの間を置いて、彼女は続けた。

「……シュート先輩。サッカー部の。このことは多分……ユキのご両親も知らないと思う。」

シュート先輩について、名前を聞いても顔が思い浮かぶほどの接点はなかったが、

私はその名前が、スポーツがとても得意で容姿の整った、女子生徒から人気のある一学年上の男子生徒だという断片的な情報は持ち合わせていた。

「ユキが死んだ少し後、私、シュート先輩のところに話を聞きに行ったの。

 少しでも、亡くなる前のユキの様子を聞きたくて。

 そしたら、部室の中から『マワしたのがバレるかと思って焦った』『まさか死ぬとは』って……。アイツら、笑ってた。」

その言葉を聞いて、私は言葉を失った。

ごくありふれた、思春期精神的な揺らぎに勢いが付きすぎて死んでしまったのだとばかり思っていたタニムラさんが、

彼女気持ちを踏みにじる、俄かには信じがたいような乱暴を受けたことを苦にして亡くなっていた、ということか。

「許せないって思った。絶対に、絶対にこいつらに復讐して、ユキの仇を取ってやるんだって……。」

絞り出すようにそう言うと、彼女は手に持っていた、どこかのご当地ものらしいキャラクターマスコットを、潰れるほど強く握りしめた。

マスコットを歪め、ガラクタの山の頂上を睨み付けたまま、彼女さらに語る。

「その後、シュート先輩やサッカー部の事を調べたら、結構いろんな噂があった。

 サッカー部の連中は、みんな共犯みたいだった。

 だから、アイツらに近づいて、油断させて、証拠タップリ掴んで、

 卒業まであと少しの……そう、ユキの一周忌秘密を全部バラ撒いて、あいつらの人生グッチャグチャにしてやろうと思った。」

「……そのために私は、都合のいい女になろうと思った。

 無条件に愛して、尽くして、学校でも街でも家でも、いつでも呼び出せて、身体を使わせる、そんな女……。

 男って面白いのね、最初は皆に使わせていたのに、何度も繰り返して、それでも私が離れないとわかると

 段々情がわいてきたみたいに、逆に独占したがって、優しくするようになるの。」

シュート先輩のその行為はとても認められるものではなかったが、その心情がどこか理解できるような気もしてしまった後ろめたさを、私は沈黙で隠した。

「それで、これからは、部活引退して、私が勉強サポートして、いい大学入学を決めて……その後、その後全部台無しにしてやるつもりだったのに……!」

彼女の語気が強くなり、嗚咽が混じり始める。不意に振りかぶるように上げられた右手に握られたマスコットが、更に変形した。

「なのに……なんであっさり死ぬのよ!なによ、遠征帰りのバス事故って!!」

「なんで、遠征先で私に、プレゼントなんか買ってんのよ……!!!

事故サッカー部バスが?そんな話を、私はまだ聞いていなかった。

しかし言われてみれば、昼間救急車が妙にたくさん走っていて、学校教師陣の様子が慌ただしかったような気がする。

驚き、展開を吞み込めないでいる私を置き去りにするように、彼女は続けた。

夕方病院で先輩のお母さんに会って渡されたの、この人形。『あの子が、あなたに。いつもありがとう。』って。」

「何よそれ!!ざまあみろ!自業自得だ!死んで当然だ!因果応報だって

 私が!ユキのために!言って……!笑って……!こんなもの、投げ捨ててやらなきゃいけないのに!!」

腕を振り上げたまま髪を振り乱す彼女の声は、最早完全に泣き叫んでいた。

「どうして、捨てられないのよ……!こんな……ものが……!!」

きじゃくり、肩を震わせながら、力なく彼女右手が降ろされていく。歪んだマスコットを握りしめたまま。

「どうして……」

なだれ、小刻みに震える彼女の背と、同年代人物から発せられたあまりに強烈な感情を前にして、

己の幼稚さが急に恥ずかしくなり、かける言葉も見つけられずただただ見つめるばかりの私を、

先ほどよりも濃さを増した夜と、少し高くなった月が見降ろしていた。


昨日風邪をひいて20時間ぐらい寝ていたら色々な夢を見たのだけれど、その中でも印象に残っているもの文章におこしてみた。

でも頭の中の映像ではもっと迫力あったんだよなー。うーん。やはり夢の話はしょうもないか。

実はシュート先輩の乗ったバス事故は、独自真実を突き止めた(学生が噂を拾えるくらいだし)

タニムラパパあたりが起こしてたりするのかなーとか、起きてから想像してゾワっとなりました。

2017-04-23

25歳で脱童貞したイキりオタクの話

下ネタ注意】

25歳にしてやっと脱童貞できた。

どこで読んだ話か忘れたが、年齢を重ねれば重ねるほど脱童貞できる確率は小さくなるらしい。

25歳で負のスパイラルから脱出できた俺は運のいい方なのだろう。

自身大学生の時は「早く脱童貞しなければ!」という焦りがあった。

色々あって一度職を失って以来、そういう焦りも消えたのだが。

焦れば焦るほどうまくいかないのはなんでだろうな。

必死さは人を遠ざける。

さて行為全体を俯瞰すると、てんでダメな出来だったと思う。

うまく入らなくてグダったし、入ったら入ったですぐ限界来たし。

相手あんまり経験ある方ではなく、スムーズいかないのは当然の結果だった。

それなのに。

それなのにだ。

翌日を迎えた俺の全身には妙な達成感があった。

男は肉体的な快楽を求める生き物らしい。

それは否定できるものではない。

だが今の自分感覚、この四肢に行き渡る充足感が性欲の残滓であるとは到底思えない。

性欲と呼ぶにはあまりに柔らかく、滑らかな感触だった。

俺は長年異性に対してコンプレックスがあった。

今でもコンプレックスじみたモヤモヤは消えていない。

一応これまでも彼女ができたことは何度かあるが、長続きしたことがない。

自分を受け入れてもらえる自信もなく、肉体関係を結ぼうと試みたことすらなかった。

今回はどうして勇気を出せたか、というと単に俺が歳を重ねたからだろう。

中身は相変わらずクソガキだけれど、クソガキなりに成長した部分もあるってところか。

ぎこちない俺の所作を受け入れてくれる相手に恵まれたのも一つ。

彼女身体は固いんだか柔らかいんだかよくわからなかった。

あとなんで女性行為に入るとあんなに表情が変わるんだろう。

昼間無邪気にサンドイッチを俺に押し付けてきた女性とは別人のような笑みだった。

25歳で脱童貞できることもあるよ!

お前らも希望を捨てるなよ!

とか言いたいわけではない。

そんな無責任なことは言えない。

誰にでも等しくチャンスが来るとは思えないしな。

女性関係についての経験値爬虫類以下の俺だが、そこそこいい大学を出て恥ずかしくない仕事にも就いている。

容姿全然優れていないが、どうすれば楽しくおしゃべりできるかは色々と研究した。

努力せずにここまで漕ぎ着けたわけでもない。

努力方向性を間違えたことも一度や二度ではない。

それでもその度軌道修正してきた。

大事みたいに書いてきたが、彼女ができないとか行為する相手がいないとかで死ぬほど思いつめる必要はないんじゃないかと思う。

気持ちはわかるけどさ。

自分にできる努力を最大限した後は、焦らずのんびり構えてりゃいい。

チャンスは向こうから寄ってくるものだ。たぶん。

童貞して大きく世界が変わったかと言えばそんなことはない。

相変わらず俺は自分を好きになれずにいるし、名前も知らない他人の舌打ちに怯える日々だ。

仕事には行きたくないし、リア充オーラを放つ人間は怖い。

相変わらず家族仲はボロボロから実家には帰りたくないし、6畳の部屋が広くなったわけでもない。

それでもまあ、前よりは生きやすくなったような気がする。

気のせいかもしれないが。

2017-04-15

入社2週目で失恋して鬱になりそう

新入社員24歳、男。超長文です。話長いと思う方は、適当に読み飛ばしてもらって結構

結末は最初最後に書いてます

あ、会社恋愛関係ないです。

入社研修のどえらく辛い状況と、失恋自分がどうしようもなくなった状況が重なってしまい、この1週間死ぬかと思った。そして今後の人生についても正直絶望している。

失恋は初めてではないが、落ち込み方が下手すぎて、仕事に集中できない。

読めばわかると思うが、明らかな地雷っぽいのを見抜けなかったあたり、恋愛経験は少ないことはお分かりいただけるだろう。

研修では、1日のほとんどが私語禁止なので、仕事の件で悩むうちに1人で頭を抱えてしまう。さら失恋に関する地雷が誘爆しだすと、元気な自分はもう帰ってこない。よくアドバイスされる、思考停止できる多忙とは正反対の状況。

一応恋愛に関していえば、いま自分は「諦めることを受け入れようとしている段階」にあって、前進はしているのだろうけど。。。

書くきっか

3年目に切り出された突然の別れ話で生きるのが辛い

http://anond.hatelabo.jp/20170310185744

日記を書こうと思ったのは、これをいま改めて読んだから。ひと月前にこれを読んだ時は、まさか私が同じ気持ちを味わうことになるとは思っていなかった。あの時はまだ自分が上手くいく可能性をバカ正直に信じていた……。

相手の子とやりとりするようになってから関係を切るまで、期間にして半年

私は恋愛感情として好きだったが、相手にとってはあくまで「一番仲の良い、一番話が出来る男友達」。

互いに意地でもその気持ちを捨てなかった結果、会うたびに辛くなる状況になったので、私の方から友達としても縁がなかったね。」とカットアウトするに至った。この選択は間違っていないと思う。

しか恋愛において、追う立場は圧倒的に弱い。

恋い慕っていた気持ち残滓に悩み苦しんでいる。

誘ったデート。2か月前から楽しみにしていた、行くはずだったライブ

イベントが好きで、一緒に行く人も大好きな人で、最高に幸せだっただろうに。これが完全になくなってしまった。

そして今後一切、その手の楽しみが(その子と)味わえないことを思うと、どうしようもない気持ちになる。

「あの子に会いたい、話したい、一緒に笑いたい」と心が叫んでも、それは二度と、絶対に叶わない。

それを実感するたびに、身体まで悲鳴をあげる。ここから立ち直るのにどうしたらいいんだろうか。


ちょっと自分語りさせてくれ。もう二度と思い返したくないから、吐き出してしまいたい。

相手の女。女子中高大とき女子大生、とだけ。

知り合うまで

初対面は、とある合コンの時。そこですごく自分に懐いてくる年下の子が居た。

なぜ自分に心を許してくれてるのかは分からなかった。

おとなしそうな子。だけどルックス可愛いし、普段無口そうに見えて、自分と話すときだけ本当の自分?みたくよく話す。そのギャップにグッときた。

またその笑い方がちょっと不器用で、人と接するの慣れてなさそうなのがなおさら愛おしい。

そんな子に、飲み会後わざわざ自分を名指しで「い、一緒にプリクラ撮りましょうよ!」なんて言われたら、女慣れしてない奴は一発KOじゃないですか。自分もそうでした。

はいLINE交換しそこねてしまい、しばらくは何もなかった。

そして半年後、似たメンツで2回目の合コン

の子にまた会いたかったので、その子友達と仲良くなって、自分主催した。

その時はしっかりLINEを交換し、やりとりが始まった。

仲良くなる過程

会話をするようになって少し経って、2人で食事に行かないかと誘った。そしたら「そちらのあのAくん(後輩)も呼んでください!」と。

脈絡のないご指名に「この子、Aと合コンで仲良かったし気があるのか?」と嫌な予感がよぎる。

でも、私にとって可愛い後輩だけど絶対モテなさそうなAよりも、自分の方が圧倒的に魅力があると思い込んでたので、その可能性をすぐに棄却

それで、3人でメシを食ってきた。

その中で向こうの失恋話になったので、次はそれを聞こうと2人で会った。

自分失恋経験があったので、互いの失恋話で、元恋人悪口で、めちゃくちゃ盛り上がった。

カフェで5時間喋れる間柄、そうそう居るもんじゃないでしょ。

これを機に、その子LINEのやりとりを続けつつたまに(2人で)会う仲が1,2か月続いた。あらゆる手を尽くして、彼女と仲良くなるように努力した。話題ストックは常時10個以上あった。会う時は30個くらい用意した。

話好き同士、ちょこちょこLINE、月2,3回会うのに加えて月2,3回通話。これも毎回1,2時間くらい。

告白、その後

2月のクソ寒かった時期、告白した。

それに対し向こうは

増田さんのことは、友達としてしか見れなくて……。

 人間的には増田さんのこと大好きですよ?

 2月3月ヒマなんで、また遊んでください」

という返事。

微妙……だけど、私のことそう慕ってくれてるんだったら、時間さえ待てばまだ可能性が有るんじゃないか。この時はそう思った。これが最初勘違いだった。

この後も、「また遊んでください」の言葉を信じて遊びに誘い、2人で映画行ったりカラオケ行ったりしたけど、そのたびに私は別れ際「やっぱり可能性ないかな?」と切り出して「いやー、恋人はムリですね」と断られる。

それでもいつかはこっちを向いてくれるだろうと無根拠に信じていた。

家に来た

そんな中、3月のある日、観たい映画DVDを2人で見ようという事で、カラオケに行くことになった。

ちょうど、先述の「3年目の~~」を目にして他人事に思っていた頃だ。

春休みなせいかDVDが使えるカラオケ屋はどこも満席

「せっかく集まったのに……」と2人で途方にくれたところで

私は往生際悪く、距離を縮めようと

「じゃあ、うちで見る?安上がりだし、自由だし」

と家に誘ってしまう。

の子も「え、いいんですか……?」と確認しつつも

家に来ることに。

そうして、一つ屋根の下で2人きり。

1人暮らしの男の家に、1人で上がりこむ女子大生

やっぱりこの子は、私にここまで心を許してくれてるんじゃないか。また期待を抱いてしまう。

彼女はまるで自分の家のようにくつろいでいた。映画が2,3本目になると、ストッキングを脱ぎ、クッションに枕しうたた寝しだすご様子。なんと無防備

私も年頃の男子である故、目の前に妙齢女子無防備に横になっていて、しか密室で誰も咎めない状況というと、頭に浮かぶことは一つ。

それでも、過去、同じ状況で手を出した結果絶交に至ったこともあり、今回は誓って手を出さないことにした。

結果、何事もなく解散

わたし、次は案内無しで行くんで大丈夫ですよ!」なんて嬉しいことも言ってくれるし。これが勘違いを加速させるわけだ。

それから数日、その子との距離感に悩んだ。

こういうのは会った後がしんどい

家に来た(2回目)

そしてまた先日、この前の日曜日。家で、今度はアニメを観た。家に来るのは2回目だ。近所までは来れたが、迷ってしまったみたいで、迎えに行った。

「次来るとき絶対にもう大丈夫ですから!」なんて、また嬉しいことを。こっちの気も知らずに。

「あ、前より部屋が綺麗になってる!」「トイレも華やかになってましたね!」と、ささいな変化に気づいてくれる。嬉しい。常連にまでなったか?って思う。

だが、こういう関係性の接近を、もう単純には喜べなくなっていた。

私は「彼女恋人になりたい」という意志があったこと、それがまだ残っていることは明白である

向こうも「あなた恋人になる意志はない」という意志は明白。でもそれでいて、向こうはさら距離を縮めようとしてくるのだ。もう、わけがからない。

私の気持ちを完全に無視している、踏みにじっている、都合の良い男扱い?

向こうは(恋愛として)相手に接近を許さないくせに、自分の方は親友関係性に甘える。このアンバランス関係

会った後がしんどいわけだ。自分の方だけ全然満たされていないから。

その日、私は「もうこうやって家に来るのは止めよう」と切り出した。

理由は「友達としては距離が近すぎる」。その子は納得してくれた。

そしてもう最後だろうということで、彼女は名残惜しそうに部屋の隅々まで眺めて、目に収めようとする。

もう、やめてくれ。これ以上、私の部屋に思い出を残さないでいってくれ。

その日の夜、シャワーを浴びながら。

の子との関係性を離さなければならないことと、会社のしんどい研修が1週間始まることを思うと、人生にはもう何の楽しみも無いんじゃないかと、深い絶望を覚えた。自殺の2文字が頭をよぎった。

決別

そして先日その子と、一応最後の会う予定になっていたライブの話をした。

2か月前からチケットをとって、それに向けてアーティストの曲を聴き込むなど予習もしていたので、それだけはキャンセルできなかったライブだ。

そこから、後輩Aくんが、私のツイートを見て心配しているという話に。

「(後輩Aも入れて)3人で遊ぶことはもう無いんだね」と言うから、話を聞いていくと

そのままの流れで、その子から後輩Aに好意があることを告げられた。

どうやら、最初に僕から食事に誘われて、脈絡なく彼を呼んだ時。

その前の合コンで喋っていた時からなんとなく好意はあったらしい。

そこから僕がどれだけ恋愛的に距離を縮めようとしても、友人枠しか空いていなかったのだ。

それに気づかなかった私がバカだった。

女性の、固まってしまった気持ちは揺るぎない。

そしてこうなってしまった以上、ぼくもその子とも、後輩Aとも会わせる顔がない。

会うのも話をするのもしんどいので、ここで縁を切ることにした。

自分選択は間違ってないはず。

まぁ、こうやって思い出してしんどくなってるんだけども。

振り返り

私も向こうも、自分のことがかわいくてたまらず、自分感情に関して融通が利かない人間なのだ。似た者同士。

互いが互いに「相手自分の思い通り(都合の良い方)に動く」と思ってダラダラ曖昧関係をつづけた結果、気持ちの差違が決定的になって、別離を迎えた。

私は(おそらく向こうも)自分他人に甘いところがあり、「ひょっとしたらしばらくして自分の思い通りの関係になるかも」という期待を抱いてきたんだろう。これまで。認知の歪み、というやつ?

しかしもうそ可能性はあり得ない。今はその現実に向き合っているのだ。

思ってみれば、正直一目ぼれだったんだな、と思う。

なのに告白タイミングが遅すぎて、友人としてしか見てもらえなかった。

片想いの仲良くなる過程楽しいのは、創作世界だけだ。

次は、後戻りできないくら気持ちが重くなる前に交際を申し込むようにしたいと思う。

それと、手広くいきたい。

……って頭では分かってるんだけど、そう簡単気持ちの整理がつくわけねーよおおおおおおおおおおお!!!

自分気持ちについて

結局これなんすよ。これを早く消し去りたい。消化してしまいたい。

この1週間で10人くらいに事情話したけど、それでもまだ足りないくらい。

正直、家に来た時に手を出して既成事実を作ってしまえば、勝手に向こうが気持ち適応してくれたのか??処女だし家だし2人きりだし。あーもうわかんね!!!

そういう過去のifとか、ライブとかドライブとか行こうとか言ってた未来のifとか全部諦めて捨て去らないといけないんすよ。

の子と遊ぶこと、その子の力になることに最大最高の価値を置いていた自分をぶち壊して、価値観を再構築しなければならない。

でもこの部屋に居ると、あの子を部屋に呼んだ時のことを思い出してしまい、全く落ち着かない。毒沼。休まらない。引っ越ししてえー。まだここに来てひと月も経ってないのに。

思い出すヒマがないくらい、考えるヒマがないくらい何かに没頭したい……。しか修行のように無言で自分と向き合う研修で、それも叶わない。

八方ふさがりよ……。

というわけで、気持ちの切り替えをしようと色々頑張る気力さえ持てない状況なんですが、それでも気持ちの整理が出来る方法を教えてください。

2017-03-14

なんか車社会感じ悪いよね

振返れば、2000年代前半くらいまでは、高校生バイク禁止時代なので若者鉄道趣味サブカルなどで無軌道さを競い合った。高校大学卒業して社会人になればみんなにわかから本物の「オタク」になり、もっとあか抜けた。当時はいまのようなバイク乗りの高校生みたいなものもなかったと思う。

それがだんだん車社会適応するように強いられ、気づけば高校生バイクのりが許される環境ができあがり、それをすべて適応してしまう人が増えた。合理的理由も、自己選択余地もなく、2010年代になれば、持つ層になれば、年長者になればと環境変化に基づいて装備を切り替えていく。

もっと不気味なのは全体としての車社会人口が減少しているということ。車嫌いは以外にも地方の中高年のほうが多いし、事実30代以上の中には車嫌いの影響で鉄道好きになる者もある。で、若者免許車両取得者が増加しているのだ。今では大都会道路でも無軌道者でないのに若者バイクに乗る。

普通に考えて、車社会や車やバイク洪水ってあんまり楽しい社会ではないよね。外国人車社会限界を感じて鉄道社会にあこがれている。で、日本1980年代公害車社会化の失敗で車社会を一回捨てたはずだった。

それか戦争中の国家連想するんだよな。非常にうざったいイメージ鉄道ファンと言うだけで後ろから指差されて侮辱される。たまに鉄道ファンと言うだけで悪者扱いされるパターンもある。昔の韓国台湾ロシアがそうだったんだけど、正直言って不気味さがあるよね。

日本の「今更な」車社会化やっぱこれ、世界右傾化あるいは日本左傾化が原因じゃないかと思う。今の二代目大日本帝国としての日本の起点にあるGHQは、例えば差別や変わり者嫌いの激しかった連合国のお堅い人達が、植民地政策劣化コピー猿真似日本社会全否定して近代化を進めた歴史がある。なので本来なら非合理や不公正なこともまかり通った。

なので韓国的な非寛容社会社会構造の中で仕組化され、それが問題であることにさえ気づきづらくされてしまう。欧米において時代遅れだった前時代的な交通スタイルである車社会」が何十年も遅れて猛威を振るっている。つまり、つきつめると若造が皆免許取得に走り、日本人が車嫌いを差別する原因はGHQ統治での失敗にあるということではないか

GHQ統治の失敗に対する怒りの感情に基づく行動パターンと照らし合わせれば、暴走族と不良の直結(日本以外では有り得なかった事)やギャルキモヲタヤンキー化は腑に落ちる。そしてGHQ残滓が源流の社会戦後一貫して最右翼で今もその地位にあり、欧米化ぶれする日本人や、右翼になびく日本人批判さらされていることの象徴の一つが、文教利権をめぐる一連の問題だ。

その思想集団に推奨される「人民教育」とは、「常識に反発する」ことを徹底的に去勢するようなものだ。差別偏見奨励で車嫌いの居場所大都会ですら奪い、自己決定権を奪い続け、若いうちに使う使わない問わず免許を取り、欧米目線思想を呑み込ませたり、疑うことの醜さを洗脳されるもの

2017-03-06

デートサイゼはない」を理解できないのは発達障害から

馬鹿舌の庶民のくせして一丁前に「サイゼはない」だぁ?

どうせテメーは外見至上主義低俗な下級国民でそれを食事にまで適用してるだけだろうが、くだらねえ

舐めてんじゃねーぞカス

所詮テメーらの恋愛には寄り添いが、コミュニケーションがないんだよ

から肩書や外見に過剰に縛られる、お前が見てるのは人間ではない、属性集合体言葉の集積地だ

傷つくことを恐れ保身に走り、常に利益だけを求める怠惰な豚に堕ちていく、悲しみも怒りもマニュアル化されコンテンツとしての様相を呈している

そんなやつと関わっていると自分まで汚染される、自分実体は消え失せ、そこには霧散したアイデンティティ残滓けが滞留する

人と人とのぶつかり合い、欠けた破片が飛び散る、コミュニケーションとはそういうものだよ

そういうところにこそ皆が求めてやまない本当の愛というものがあるんだよ

虚栄を捨てろ、本当のお前を思い出せ

違うだろ

俺達はそうじゃないだろ

2017-03-03

聞こえてくる故郷日本」の断末魔

そういうわけで、今の日本殺意の矢面に立たされているのは「日本残滓」ともいえる。というのも最近自公政権おろし発言に、実に納得する。つまり、表面的に彼らがすべてを支配しているように見えるが、実は本当に窮地なのは日本残滓の側だろう。

1980年代昭和時代だが、まだ発展の前半だったので、当時の国民の誰もが残滓と戦っていた。1990年代残滓的なものますます壊れていったが、それは都市部に限ったことだった。2010年代、もはや日本残滓は、政治サブカル手法によって相互エンコ的に結び付きあわないと成り立たなくなってないか

おニャン子」の時代握手券もなければ秋元康氏が支配層とずぶずぶになることはなかった。ニューミュージック洋楽こそ限定的であった。しかし今の日本では、若者音楽離れすらしている。非常識的なCDセールス国策迎合がなければ国民グループは成り立たない。

ネトウヨサブカル風味(あの暴走族らしさも含めて)は特殊だが、日本的市民団体の多くは運動が成り立たなくなっていて、そういう政治団体組合会長左翼趣味をまき散らして云々することはできなくなっている。壁も中身もうすっぺらいサブカルしかない。

新自由主義」の美名のもとに、好景気まがいな豪華列車が全国各地で走ったり、今時ポストヤンキー名乗りをして道路利用者警察から顰蹙を買う連中は、寝台列車を走らせていたり、痛車ラノベ競争が行われていた頃よりはるか日本らしさを失っている。

日本残滓」がモンスターになったものが、あらゆるものを蝕んでいる。というわけだ。1980年代から1990年代ヤンキーつぶしの迷惑オタクが被っていた頃に比べると、今回の右傾化問題はちゃっちすぎじゃん。昔は、その地域の最大の家族一族大金持ちになり支配層になり、色々な産業に口出ししているということだが、今は新自由主義富裕層インフレするというショボいやり口になっている。日本残滓は弱体化している。

この線香花火が消える寸前にブワッと燃えるような感じの「日本残滓の悪あがき」が、2010年代日本なのである非行ネタ消費も、鬱陶しいほどの鉄道拝金志向オタクギャルヤンキー化もそう。全部が、断末魔。あからさまに必死になり癒着しあって虚勢を張っているだけだ。

から虚勢であり、内実がないから、これはしょせん偶像しかないし、前時代論理であり、ネタしかないし、あやかしであって、モンスターなのである。これに終止符を打つ、一種の抵抗を迎えるのが、今われわれ文明社会を信じて生きる都市住民にはあるのではないか

あの問題が第二次自公政権という擬似右翼政権の幕切れで終わる訳がないと思っている。日本社会性にも切り込まれるだろうし、現在人類が(人類が何度も滅んだと言う説もあるため一応。)文明社会始まって以来受け継いできた帝国システムも、そろそろしっかりと「精算」されるはずだ。2017年から2019年はまさに一つの人類伝統東洋小国から終わる時ではないか日本人自ら日本看板を捨てる。


今の日本人2000年代までとはまったく異質で極左的だ。天皇制への疑念も高い。

だが日本で起きようとしている2019年問題とは、まさに“嘗ての中国”が行ったことと親和性が強い。現在台湾中国王朝制度破壊したように。それがわからない「肉屋を支持する豚バカ支持母体となった社会崩壊する。日本故郷もつ私にはまことに不本意だが、肝心の彼らがこうなのだからもうどうしようもないとなかばあきらめている。

2017-02-28

ブラック日本的ムードに殺される前に、ゆとりムードを殺そう

ゆとりブームを生んだ日本社会は、このたびゆとり世代社会問題をめぐる自身見解を発表したのだが、これがゆとり評価は「意図と大きくかけ離れた結果」だと、「日本人イメージアップとしては成功だった」と、開き直りが酷い。

結果的に、1987年前生まれ1997年以降生まれは猛反発している。しかし、国民みな兄弟という国柄か、ゆとり世代特殊世代としての緊張関係を持たず同じ「日本一家」の横並び意識があるので、彼らがゆとり世代の歪んだ問題点を厳しく批判非難することは、できないのである

これは大げさな話ではない。ゆとり以前の日本人間性個人自己同一性がしっかりしていて、向上心の高さが評価の的だった。欧米人中国台湾人を見習ったようなものになれないぶん、差別化をはかっていたのである

しかしその時代教育がパッとしなかった。テコ入れ必要になり、順次まともな教育スタイルを打ち切って、今みたいな和製韓国人の巣になったのが1988年1996年まれ世代環境である。で、これで不良の人口はほぼゼロ人に、学歴レベルは平均的に底上げとなったが、人間の質という点では最悪になった。結果、韓国人みたいな精神を持つ人が増えて、究極的に没自アイデンティティで、現実を冷笑し理想を求める努力すらしない、韓国人北朝鮮人の間並みにダメになった人間が氾濫し、いじめが不良校でないところでも起きるようになり、行き着いた先がブラック日本的ムードだろう。先人の求めた夢や努力など壊死しているのである

すべては日本社会のを蝕む「ゆとり残滓問題である世代名前が変わり、ネット原住民、没民族主義になって、既存王道型のモデルがうまくいかなくなった時に、ひねくれた形で、せこい形で、低劣な手段弱者をだますやり口に転換し、すべてが単調で低級に卑劣になっているというわけである

で、ゆとり世代卑怯精神性がわず20年で中高年を筆頭とした日本人全体に染まった。日本右傾化SEALDsもそうだし、それに感化された支配層もそうで、愛国精神日本版阿Q精神という形で国民性もっとひどくなり、メディアネットのこれでもかと続ける冷笑・サブカル悪化を右から支えて助長している。

しかし、虚偽放送ヘイト番組社会問題になっているように、この手の世代精神社会的に与える悪影響はあまりに大きく、韓国社会精神をまねたようなマインドがまかり通れば、やがて彼らが日本人である証拠がなくなる。それでもかまわないと麻痺しきって、ユーチューバーや(一部の)商業小説漫画作家並みにイカれた連中がますます幼稚になっているのが、今のブラック日本たる原因の象徴である

ドイツナチス精神の克服ならぬ、中韓日帝残滓克服ならぬ、ゆとり残滓の克服こそ必要なのである大人努力次第で、きちんとした社会環境や本人のセンスさえあれば私みたいな三十路独身中流現役2ちゃんねらーでも不良を更生させられる時代で、まして上流が人間的に落ちぶれてもそれなりにパワーがあって様々なノウハウもあるのだからゆとり世代の再教育ゆとり残滓の精算は思い切り次第で簡単にできるはずだ。

日本社会よ。今こそ人間的に落ちぶれたゆとり世代を、再教育させ、立ち直らせよ。欧米どころか中台にさえ抜かされた名誉を取り戻せ。人間性から社会環境から商業社会から、あらゆる常識世界水準に底上げしなければならない。支配層も。今、ゆとり社会を脱しなければ、一生ゆとり社会、リトル韓国のままだぞ。

2017-01-27

ジブリもいいけど伊丹十三を流してくれよ

なんでマルサの女とかタンポポとか放送しないの?

日本映画産業を衰退させてんのは誰なんだ。裾野が広がらないと、テッペンも上がらないっていうのに。

なにが日本の文化だ、クソが。どうせ、能が出てきた頃も、こんな感じで大衆迎合して失われた精神性があったんだろうし、その積み重ねが「日本人精神年齢は低い」ことに繋がっていくんだと思うよ。

音楽チャートは死んだし、映像アニメばかりになってしまったし、テレビ局タレントと一緒に企画を作らないし、先人の残滓のみでなんとか食いつないでるくせに一丁前のツラしやがって。

お前ら全員加水分解しろ

2017-01-25

女性保育士問題にならないのは滅ぶべき家父長制文化の古い性規範残滓のおかげ

それが解体されていけば気にする男も忌避する男も今後どんどん増えてくる

2016-12-15

ものすごく弱っていて、誰かと話をしたいのに。こういう時に話をできる友人が僕には1人もいない。ちょっと死にそうになっていて、誰かと自分が今何をしたいのか何をしなきゃいけないのかそういうのを話したい。

いや違う、そういうのではなくてただただ楽しい話をして元気を出したいんだけれども、僕にはそういう話ができる友人がいない。まるでいない。楽しいことがわからない、誰かと共有できる楽しいこと。創作が好きだったけど、今は創作自身苦痛で、物語が好きだったけれども、今は物語のことを考えたくない。

美味しいものを食べに行くと言うことも楽しみではない。友人と共通の友人の話をしたりして、どうでもいい話をして人は自分のしんどいことやそういうことをごまかしたりするんだろうけれども、そもそも友人がいないので僕には共通の友人と友人の話をするということができない。

毎日を生きる上で、やらなければならないことがたくさんあって、家族の上で、家族が嫌うので、そーゆー人間関係を、全部断ち切ってきた。そのツケがいままわってきてるんだけれども、その時は家にどういう選択肢があったのかわからない。生きているのはもうそれだけでしんどい、誰かに助けて欲しいと思うけれども、助けてくれる誰かいない。

いのちの電話電話してみたけれどもずっと話し中でつながらなくて、あーこういうものって全く役に立たないなぁって思った。

何もすることができない。体中からエネルギーが抜けてしまって、頭の中で、これから作るものイメージやディティールが、全く像を結ばない。昔はできたのに。

昔はできていたことがどんどんできなくなる。年をとっていると言うこともあるんだけれども、やりたいことや欲しいもの我慢して我慢するのも疲れるので、心の中からそういう願望そのものを削り取って、何も感じなくなるようにしてやりすごした結果こんな感じになってしまった。

人が何かを作るときや行動するとき、新しいことを始める時、それ以外でも何かはがんばる時に必要な事は欲望だと思う、それはそのやらなければならない事とつながってなくてもいい。何か欲しいものやりたいもの、そういうのがあるからこそ人は頑張れるんだと思う。

昔は、やりたいことが、あったはずなのに、今はもう、思い出せない。パソコンの奥にいくつかメモがある。やりたいことの企画やしたい事のリストにもならない残滓。でもそれを見ても、今の自分には、それが一体何なのか、理解できなくなっている。

疲れた。本当に疲れた。本当に休みたい。休みたいけれども、やらないとならないことがたくさんあって、休むことができない。休むことができないけれども、そのやらなければならないことが、力が全然入ってこなくて、やることができない。

生きるのがただ辛い。ずっと辛い。この10年間ずっと辛い。朝起きたら偶然死んでないか、そういうことを望んでいる。死ぬと困る人がたくさんいて、死ぬこともできない。でも生きるためのよすがが全くどこにもない。

しかったものが思い出せない、何かのために頑張りたいけど、その何かがどこにもない。誰かに〇〇のために頑張れと言われて、それは世間一般的にとても正しいことなので、本当に自分のしたかった、多分、世間一般的に見て、正しくない歪んでいる事、誰かを傷つけること、そういうことを、自分の中から追い出していた結果、いつの間にか、空っぽになってしまった。

偽物の願望は、やっぱり偽物で、頑張れば頑張るほど、どんどん虚しくなっていく、疲労だけがたまる。折れそう。

10年間患った鬱は結局直らなかった。双極性障害、つまり躁鬱病二次障害としてのうつ病で、また、もともと発達障害の部分があり、つまり生きるのが辛い、普通に生きてても、社会との軋轢がすごいあって、ただただ削れる。

ただ、小さい頃からそんなふうにずっと削れていたので、そんなふうに削れて辛いのは当たり前のことだと思ってた。辛いのにもうきついのにも慣れていた。

も慣れるのと、体が耐えられると言うのは全く別のことで、大人になって会社に勤めだして数年が経った時に、倒れて動けなくなってしまった。

ずっと生きるのがきつくて、もう、高校生ぐらいから、ずっと朝起きたら死んでいたらいいのにと思っていた。だから倒れてこのまま死んでしまいてたらそれでいいと思っていたけれども、当時恋人がいて、恋人が悲しむし、家族も悲しむので、死ぬわけにはいかなくて、なんとかすごくきついの耐えて頑張ってる、そろそろ限界だけど。

それから結婚して、子供ができた。子供作った理由は、子供がいれば、自分が死んでも死んでいなくなっても残った人間は、自分のかわりに子供を糧にして、生きていけるだろうと思った。とりあえず自分がいなくなっても何とか持っていけるようにしたかった。自分がなくなって大丈夫状態を作りたかった。

結局失敗して、子供の分、さらに生きて行かなきゃならなくなったし、お金育児をしている分だけ働ける時間が少なくなって、厳しくなった。働きたいけれども働けなくなった。本当はお金を貯めて自分がいなくなる分の先の分をなんとかしたかったけれどもどんどんどうにもならなくなっていく。

借金を返すために働けば働くほどなぜか借金が増えていく、吉原風俗嬢みたい。または昔の遊女とか。

働きたくても、働く時間が作れない。いくら仕事企画アイディアしたいこともあったけれども、そーゆー部分にさく、時間精神的なメモリの余裕がなくて、できないタスクに、ずっとメモリの1部を使い続けているわけにはいかなくて、自分のしたかったことを削ったみたいに、そのアイディアやそれを必要とするための脳の機能、考え方、その他必要アプリみたいなものも一緒に削ってしまった。そうしないと育児ができなかったから。

自分のような、アスペルガー気質、いや、アスペルガー人間にもいろいろいるから、これは自分自身だけの問題で、自分には育児が、本当に大変だった。能力的にものすごく厳しかった。連続して長い間ひとつのことに集中せずに、いろんなことをマルチタスクで集中してみると言う事はものすごく疲弊する。子供を育てると言う事は、ものすごくマルチタスク能力判断力要求される。睡眠時間を取らないとものすごく判断力が鈍るけれども、子供は夜中に起きるので全く寝ることができない。予定を組んでも必ず子供風邪をひいたり急な病気になったりとして絶対に予定通りにはいかないんだけれども、自分特性として予定通りに物事が運ばないとものすごくダメになる。その後計画していた予定すべてをする気力をうしなってしまう。気合でどうにかできるものではないと言うことをこの10年で思い知った。

若いうちは若さとかエネルギーとかそういうので無理矢理自分気質を捻じ曲げていたのだけれども、結局それによって削れてしまって倒れてしまって、それからはもう、本当に無理が効かないようになってしまった。

ただ育児は無理をしないとどうしようもない。もっと自分を削って行かないといけない、自分欲求自分形成している1番大事な部分、そういう部分のタスクを削って育児に、割いて行かないといけない。もともと他人との生活が難しくて、人と暮らすと言うことで削れていっていた分がますますひどくなった。

死にたいって思ってるずっと。それが無理ならせめて1人になりたい。






自分のこういうような性質。何かをするエネルギーが外から持って来れなくて、限界を超えたときに、そうやって自分自身を削れば何とかなると言う性質マルチタスクができなくて、すごく集中すれば人と会話をしたり子供と楽しく生したりはできるけれども、それがものすごく体力を使うことだということが妻にもわかってもらえてなくて。

少し前のテレビ番組であったらしいんだけれども、発達障害ピアニストの人が、生徒に教えるとき、いつもはのだめカンタービレ主人公のようにふわふわとしているのが、ものすごくしっかりとした、音楽先生のようになって教えていたと言う。ただ30分が限界でその後はばったりと倒れこんでしまうと言う。

自分も同じで、無理をすればできる。無理をしないとできない。その2択なのに、できる範囲でとか、困る。後で倒れるならやめてと言われてもどうしても倒れてしまう。それ以上頑張ろうと思ったら、自分精神自体を、削っていくしかない、削ったら何とかなる。だから何とかしてる。そういうことをずっと小さい頃からやってきて、でもそろそろ本当に限界みたいだ。

多分これを読んでいる人は、これが一体何を書いているのかほとんどわからないと思うけど、何か生きづらい人がたくさんいるはてなだったら、何人か分かってもらえると思う。

もう無理がきかなくなってきていて、大体1年位前からで、頭が何かを考えることができない。手癖のようなもので、仕事をしているけれども、どんどん質が下がっていく。今作っているものはとても商品になるものではないと思ってる。でもそのクオリティを上げることができない。ディティールが想像できない。

がんばらないといけないんだけど、気力だけではどうにもならない位の力がなくなってしまっていて、気力自身も振り絞るのが難しい。





失敗した、僕は失敗した。僕が失敗した。

2016-12-04

点鬼簿


 明日は、父の命日だ。

 この時期になると、決まって思い出すのはあの凍えるような日のことである

 前橋の端にある大きな病院の一室で、父は亡くなった。

 その最後家族に見守られて、幸せそうに見えるものだったろう。だが、私は父の臨終に際して泣き喚く連中に対してこう言った。

「うるさい」

 それは、私自身の本心から気持ちでもあったし、おこがましくもあの時ばかりは父の気持ちが乗り移っていたように感じる。

 父は、恐らくは静かに逝きたかった筈である。たった一人きりで。大好きな音楽を聴きながら。大好きなものたちに囲まれながら。一人きりで何にも悩まされることなく、穏やかな気持ちで逝きたかった筈である

 決して大勢の者に無様な姿を見られながら、本心から自分を思っての為では無く、自分を失うことで自身が悲しいだけの人間たちの声を聴きながら、彼岸になどゆきなくなかった筈である。だから、私は泣かなかった。決して声を上げたりしなかった。

 せめて、私だけは静かに父を見送りたかったのだ。それが、父に対して出来る最後の最善のことだった自負している。

 私と父は、実の家族であるのにほとんど会話らしい会話をした記憶が無い。それは、父がワーカホリック帰宅時間も遅く、多趣味休日ほとんど家に居なかったかである

 もう一つの理由は、私たちが仲良くしていると母が機嫌を損ねるからである。今から思えば、一体何を危惧していたのだろう。父を早くに亡くした母は、年の離れた夫に父性見出し求めていたのかもしれない。ならば、同じ女である私は父を自分から奪う泥棒猫のように見えたのだろう。ゆえに私たちは違うところで繋がる他なかった。私の嗜好するものは、父からの影響も少なくなかった。私たちは一緒に過ごした時間は少ないけれども、確かに繋がっていた筈である。今は、そう信じたい。

  人というものは必ず死ぬものである認識したのは、愚かしくも成人してからである

焼いてしまった人が、こんなにも軽くなることを知ったのも、大人になってからである

大柄ではなかったが身長の高かった父の骨は骨壺に入りきらず、斎場の人が潰して入れ込んだ。あの「ぐしゃり」としたなんとも形容しがたい音が、今も耳から離れず時々思い出したかのように耳鳴りがする。ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり。駄洒落ではないが、骨のことは舎利ともいう。ものが潰れるさまという意味らしいが、案外ここから来ているのかも知れないなと思った。

 

 私は時々夢想する。自分の死に際を。自らの葬列を。人の居ない寂しい葬列を。青白い顔に施される薄化粧を。痩せ細った身体に着せられる死に装束を。棺に押し込められた色鮮やかな花々に埋め尽くされる自分を。私は、夢想する。自分の、死ぬ時を。

 いつか自分が死に、焼かれた骨が潰される音も、父と同じ音でであると願いたい。

 ぐしゃり。また、あの音が聞こえる。明日で、もう四度目だ。

 「お父さん、貴方人生幸せでしたか?」

 私は小さくそう呟くと、煙草に火を付けた。あの凍える空に昇っていった父の残滓は、今どこに在るのだろう。私は、誰の為か分からない涙を少しだけ流した。

 

2016-10-18

匿名掲示板 =

便所の落書きっていう喩え自体昭和残滓な気はしないでもない。

うそろそろ新しいのか、ここまで普及してんだから受け取り方が変わってもいい頃。

2016-09-21

母が自殺した時のはなし

それは何の代わり映えもしない初夏のある日だった。家に帰ると母が首を吊って死んでいた。私はその死体を見て、ただ、「母が死んでいる」と思った。ひょっとするとそれほど珍しいことではないと思う、そうだ、自殺はよくあることなのだし、それを家族が見つけることだって、探せばよくある話なのかもしれない。それでもよくあるかないか問題なわけではないのは明らかだった。私は人の死体を見たのは初めてだったけれど、それが死体だということはなぜか、痛いほどに分かった。最早生きていない。生気というのか、生き物のその残滓すら感じなかった。リビングの横の部屋で暗がりに紛れてひっそりと死ぬ母は、こちらを向いていなくてその顔を見ることは出来ない。触れたわけでもない。それでも直感と肌で感じる全てが母の死を物語っていた。ロープの絡まる首の肌は引きつれて、項垂れた頭は重力に負けている。足先は赤黒く変色して、1ミリたりとも心臓が動いていないことは明らかだった。その右手けがまるで意志を持つほどに強く支柱を握り締めていて、そこだけをみると一瞬私は母が生きているのではないかと思う。死後硬直が、そんなにも硬いなんて、私は知るよしもない。そこまで見て、私はやっと母から目を逸らした。全ては救急警察に任せ、遺体安置所で再会するまで、もう二度とその自殺した死体を見ることはなかった。

私は自殺した母の顔を見なかった。だからこそ余計にどれほど苦しみ恐ろしい顔をしているかと異形を想像しては眠ることも出来ず、また背を何か、布団や壁に押し当てていないと自分の見えない後ろ側が恐ろしく、ベッドに仰向けに寝転がって天井をただ見上げながらこれから自分はどう生きるのだろうかと思った。

母が死んで分かったことは、思っていたよりずっと私は悲しくないということだった。肉親を亡くせば悲しかろう、寂しかろうとも思う、そんな気持ちは全くなく、ただ母のことを想うと鉛を飲まされたような気持ちになる。憎しみとか負の感情があるわけではないけれど。母が死んでから私は母のことを思い出さない日はない。思い出すことは、それは母の死体のあの背中で、首で、足で、手なのだ仕事中も、電車の中でも、風呂でも、とにかく何度も何度も思い出しては、時間けが過ぎていく。普段は誰の前でも、平静に安穏に元通りの生活を手にしているように見せているし、自分でもそう、思っている、つもりなのだけれど、その時間だけは、なくなることはない。涙もない。悲しいことなんて少しもない。本当にただ、人が死ぬということはどういうことなのだろうかと考えてしまう。

私は母が死ぬのではないかと思っていた。自殺すると思っていたわけではもちろんないのだけれど、近いうちに逝ってしまう気がしていた。その日も、家に帰って扉を開けるそのときに、母が死んでいるのではないか、死んでいたらどうしようかという不安が過った。それは間違いない、嘘ではない。それでも自分の悪い予感というのは当たった試しがなかったし、まさか――まさか、と思っていた。皆そう思っていた。おそらくは、本人も。だから母は死んだのか、そうでなくても死んだのかは今はもう分からない。母が死ぬのかもしれないと思っていたのであれば止められたはずだという気持ちと、どうしようも出来なかったと諦める気持ち。死を、察していた。それでも自分の母が、まさか自分の母が死ぬはずないと思っていたその背反を抱きしめたまま私はずっと立ち止まっているのだと思う。後悔しているのか、自責なのか、何度も問答を繰り返している。兄弟が、「きっと母は楽になれたはずだ」と自身を納得させるように言ったとき、私も肯諾したけれど、「でもたぶん違う」ということは、皆腹の中で思っていたはずだ。母は絶望して死んだのだ。その絶望は、はかることは出来ないけれど、どれほどのものだったのだろうか。遺書もなく、語る言葉もなく死んだ母の、本当に望んだものだったのだろうか?物言わぬ人形になり果てた母の背を思い出すたびに、私はアレが自分の将来の姿なのかもしれないと思う。幸せだったはずだ、母は、幸せだったはずだ。それなのに、すべて、失われてしまった。私も今は、何一つ不自由なく暮らし、学び、働き、誰かを愛し、愛され、若く、健やかなわけだけれど、いつかそれは失われる。そうすれば、絶望の中に、死ぬのだろうか。30年後の私は、また、同じように私の娘の前で、死んでいるのだろうか。そういう思いを、拭えないままでいる。胸に刺さった十字架、というのか、そういうものである。たぶんこれが、自殺遺族として生きるということなのだと思う。果てない問答を己のうちで繰り返し、深く傷ついたこころを癒すことも出来ないで、何度も死を舐めては、胸に積もりゆく砂のような何かの重みに耐えられず、這いつくばってそれでも生きるしかない。私はいま生きているのだと思う。この文字を書き連ねることで少しでもその砂の重みが軽くなればいいのにと思う。悲しみではないその空虚を受け止めて、受け入れて生きていくのだと思う。それが自殺遺族なのだ。悲しむことも憐れむことも、憎むこともできないままでいる。そうやって過ぎていく時間を、何とか耐えている。

2016-09-10

http://anond.hatelabo.jp/20160910105521

この国では女は十代、せいぜい二十代前半までしか若い扱いをされず、30過ぎたら無条件でババア扱い。

一方卵子が老化するとされている年齢は30代半ば。大分開きがあるんですが。

そんな医学知識なんてなくったって、女性は十分に焦っていると思うんですが。なんで女の無知のせいにしたがるんだろう

いま30ぐらいの女性のせいじゃなくて

もうちょい上のバブル世代バブル残滓世代が滅茶苦茶傲慢かつイケイケでヘイト貯めたんだよね

こういう世代ギャップ関係ない人が叩かれる現象っていろんなところにある

2016-08-30

http://anond.hatelabo.jp/20160830000425

こういう時出て来る校長教育委員会がまったく仕事能力情熱もないクソカスばっかなのなんでだろうな

とくに教育委員会

やっぱながいこと日教組のようなウジムシが我が者顔してたのの残滓なのかな

仕事もせず変な政治活動と怠慢ばっかりやって

概念上の市民の命や外国人の命には大騒ぎするけど自分管轄の子供の命はどうでもいい」

国の責任糾弾するのは大好きだけど自分仕事責任追及されると不愉快なっちゃう」

という人間ゴミなじじいたち

2016-07-12

どうして日本心理学界隈は常に一周遅れなのか

自己評価は高ければ高いほどいい」

http://www.osushicompany.com/entry/2016/07/11/185035


この手の若干自己啓発気味な「自尊心ワッショイ!」運動って

心理学の本場米国だと思うオワコンなんだよね。。

セルフエスティーム! セルフエフィカシー!なんて言ってるのは、

売れない自己啓発カルトくらいなもので、結構大規模な調査

自尊心の高さと社会的成功って関係なくね?」て結論がほぼ出つつある。

運動とか瞑想があちらでブームになったのも、自信とか自尊心みたいな

曖昧自己評価より、身体健康や脳機能を高めた方が直接的に効果ある

っていう行動主義的な評価が出揃ったからなんだけど、

どうして未だに日本では「自尊心ワッショイ」ムーブメントがなくならないんだろう。。

危機精神性で乗り切ろうとした戦時思考残滓なのか。

2016-03-01

学生運動パロディ化するなんて80年代からあったというのに

http://www.asahi.com/articles/ASJ266D3YJ26PLZB010.html

今まだやってんのかよって感じ。

90年台に東京学生だったが、明治法政あたりは残滓残滓残滓な感じだった。

パロディすら最近見ないのに、俺らは何やっとるんだろうかっていうね。

2016-01-25

http://anond.hatelabo.jp/20160125051206


旧共産圏の国に行けば、今でも当時の残滓として店員商品告げて引き渡すタイプの店なんてまだ残ってるからロボット云々とは別の話もあるかもね。

2016-01-03

カエルさんを生贄にする行為迷信によって残酷に殺すだけの無意味行為

http://anond.hatelabo.jp/20160102231849

ご飯を食べなければ死にます栄養多様性必要であることが統計的にわかっています。これが理性の力です。

神事を行わなければ、何らかの健康被害生存に対するデメリットが優位に生じるということは論理的証明されていません。

まり野蛮な思い込みに過ぎず、近代化した社会に残された旧世代残滓に過ぎないのです。

我々は現代社会に生きています因習を断ち切り、未来を切り開いていく必要があるわけです。

ちなみに、食事も最終的には不殺になるべきだと思います。これは方向性としては正しいです。

でもベジタリアンであると害が生じるという研究があるように、人間の理性から見ても、いまだその段階に達していないというのが正直なところでしょう。

量産された倫理的フリーな肉を、食料を安定供給できる世界になったならば、食用としても人は、殺してはならないと思います

2015-10-04

第四問

 かつての自国の様々な栄華と感動に比較して、以前は歯牙にもかけなかったような下種腹の子供が暴れ狂う時代に成り果てたことに絶望し、

ただ一図にそのような勢力を殺しつつ、かつての繁栄残滓をかき集めて自分を慰める余生しか送ることができなかったということ。

2015-09-01

「男は女をエスコートしなければならない」って固定観念から自由になってくれないかな。←これさあ…

memorabilia 「男は女をエスコートしなければならない」って固定観念から自由になってくれないかな。

女性の方が男性よりずっと美味しいものを知ってるし、いい雰囲気になれる店も知ってる。

変なプライド捨てて女に任せてよ。

リンク2015/09/01 Add Starqwertonquick_pasthisamura75migrant777flyinggardenharisenbon_fukurahagitsuki-rsgambolgambolyamamototakehisayamamototakehisaOKU_s62marumusu10

これ単体なら反対する理由はないし

女性の方が男性よりずっと美味しいものを知ってるし、いい雰囲気になれる店も知ってる。」

ってのもきっとその通りだと思うよ。


けどさあ

「男は女をエスコートしなければならない」って固定観念

変なプライド

これを男に押し付けプレッシャーかけてきたのは女じゃないの?元々。

バブル期以降もずっとそういう雰囲気プレッシャー漂わせてたじゃん。

女さんサイドからメディアからも「もうそういうのやめます」っていう終結宣言を見た記憶ない。


なのに

「男は女をエスコートしなければならない」って固定観念

変なプライド

って言われるとすごく不条理感がある。


なんかこういうのいっぱい無い?

男に押し付けられてた対女性場面での役割とか規範や高めの要求

「そういうのやめましょう」という終結宣言もなく

勝手にやめにしてて散発的に「そんなの求めてないのに」とかさあ。

それどころか「男が自発的に始めた変な拘り」みたいに歴史修正までされてんの。


俺はギリ30代前半なんだけど

俺が子供の頃から思春期までに見せられた空気情報では

女さんサイドは不合理なほど(そこまでされてエスコートされる方の便益はコストに見合うの?っていう)高値の札を出してたよ。

それを見て結構な数の男が怯えて自信を失って付き合ったりするの諦めたのに。


から「そんな高度なエスコートは求めてない」「高い値札はつけてない」みたいに言われてもすごくイライラする。

今更そんなこと言われてももう手遅れだよ。

適正価格お買い得ラインナップなのに買おうとしない草食系」みたいないじりもあったけど

そんな価格改正情報どこに掲示されてたんだよ。


それで俺達より下の世代の男女はナチュラル不況世代でもとよりバブル残滓呪いも受けてなくて

から力抜けた感じでお金かけない付き合いでも仲良くしてる感じ。

http://anond.hatelabo.jp/20150901003232

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