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はてなキーワード: モーツァルトとは

2020-06-02

代名詞になった人名

エジソン・・・発明家、、太閤秀吉・・・出世マザー・テレサ・・・人類愛、バッハベートーヴェンモーツァルト・・・音楽天才、のように現代の○○みたく代名詞というか象徴になった人ってどれくらいいるのだろう

伝記として親しまれている中でも飛び抜けた知名度を持つ人が代名詞になるのだろうか

なんらかの代名詞になることが有名人終着駅なのだろうか

2020-05-22

まだ眠たい

なぜか眠たい

ランチタイム前にシエスタしたのに、ランチ後のいま再び眠たい。

ラジオオペラだよ

今日金曜日かな。モーツァルトか?無難だしいいんじゃないの?聴取しよぅ・・と

2020-05-14

家族がアベガーで辛い

今日みたいな会見があると

TV大音量にして、酒を飲みながら

ベガー、アベガーと言い汚い言葉でずっと罵っている

こいつは嘘ばかり言ってる、なにも心に響いてこない、検査数をごまかしてる、日本は本当にダメな国だ、などなど

会見の内容も喋り終わるうちから文句を言うから本当に聞いてるのかな?ただアベガー言いたいだけちゃうかと思う

尾身先生家族から言わせれば御用学者らしいので、あいつは政府の犬だし、本当のことを言わないから何一つ信用できないということらしい

酒癖のせいもあると思うけど、もう少し落ち着いて、理論立てて話すことはできないんだろうか

どうも情報源朝日新聞毎日新聞TVだけみたいだし、もっと色々な方面から情報を得たほうがいいんじゃないかとも思うけど

反論?するとお前はネトウヨか?と言われたのでうんざりしてしまって、それから言うのはやめた

何より、もうすぐ子どもが生まれるんだけど、生まれからもずっとこの汚い言葉を聞き続けなきゃいけないのかなと思うと気が重い。なんとかしたいけど、どうすればよいのだろう

モーツァルトでも聴かせたらと言われるけど、音楽聴かせるよりも静かにしてくれたほうがよっぽどお腹の子のためになると思う

感情コントロールできないひとが本当に嫌だ

2020-03-07

NHKアニメへの偏見

NHK向けに作られたアニメに対して、しばしば言い表せない居心地の悪さを感じている。

ラブライブ!のように他局で放送したアニメ再放送や、スポンジ・ボブのような海外アニメは楽しく見ているが、他のものは独特な気持ち悪さというか、なんかよくわからない居た堪れなさとか、共感性羞恥じゃないけどぞわぞわっと寒気がして恥ずかしくなって一緒に見ている家族の輪から離れたくなる感じを感じてきた。

習慣的にNHKアニメを見ていたのが子供時代と、自分の子供が見るようになった近年であって、長年見続けてきたわけではない。

困っていることがあって、仕事等でたまたまむしゃくしゃしている日に子供が見ているNHKアニメの音声が聞こえてくるとうっかり嫌悪感を口走ってしまう。

子供の好きなもの否定したくない気持ちはあるのに「なんではなかっぱ嫌いなの?僕ははなかっぱ好き」と悲しい目で言われて自己嫌悪に陥るのだ。

経験嫌悪感が溢れ出てしまう状況を制御するためには嫌悪感理由をできる限り言語化して訳の分からない感情への安心感を得、余裕を持つことが有効ではないかと考えている。

しかし読んでもらえばわかるように全く言語化できていない。

嫌悪感を感じるNHKアニメ共通点はなんなのか、民放アニメとの違いはなんなのか、全然からないのだ。

なので誠に勝手なのですがこれを見て何か思い当たることがあった人は思ったことなんでもいいので教えてください・・・

NHKアニメと括ってるけど全部見てるわけじゃないので、特にぞわぞわした居心地の悪さを感じた作品をあげて所感を書いておく。

  • 十二国記
    • 正直ここに並べるの迷ったくらいに原作は好きなんだけど、アニメの色合いが苦手で見ていると鼻の奥が臭くなる。

公式サイトの一覧を見ながら思い出したことを羅列してみて少しわかったことがある。

苦手な作品が多かったため偏見は未だ強いがNHKアニメでも好きな作品がちらほらあった。

おじゃる丸、ふうせんいぬティニー、コレクター・ユイの3作だ。

https://www6.nhk.or.jp/anime/program/

NHKアニメは苦手だ」という強い思い込みから起こる居た堪れなさも多少あるだろうから、好きな作品もあると意識できたことは収穫だ。

好きな作品と苦手な作品、何が違うんだろう、苦手な作品共通点は何だろう。

苦手なNHKアニメでは苦手さの"質"が近いと感じている。ノリ?としか表現できないが……。

居た堪れなくなる感じは巷で言う共感性羞恥に近いと思うのだが、特にキャラが恥をかくシーンばかりで感じるわけではない。

これって、なんなんでしょうね?

2020-03-02

モーツァルト「俺の尻を舐めろ」

これはトイレットペーパーが無いとき対処法だったわけか

温故知新ってやつだね

2020-02-10

サリエリモーツァルトライバルとして有名になったけどモーツァルトが居なかったら誰も彼を知らないままだったろうね

実際にサリエリ名前が知られてるだけで彼の曲なんて誰も知らないでしょ?

2019-12-30

コシヒカリワインばかり喰らってモーツァルトを聴いた豚やニワトリ

anond:20191229191533

高級牛肉が崇められるのは、実際それが美味いかである

見方を変えれば、パッサパサで硬くてうま味の無い牛肉存在するからこそ美味い牛肉価値が生じる。

牛肉というカテゴリ内での実力差が大きいからこそ和牛というブランドが成り立っている。

豚や鶏はどうだろうか。

まれからコシヒカリワインばかり喰らってモーツァルトを聴いた豚やニワトリ

くっせえ小屋で生まれた時からクソまみれで配合飼料を食らってきた豚やニワトリより美味いのだろうか。美味いのだろうか。

2019-12-12

いちばん音程の高い音がある歌、低い音がある歌ってなんだろ?

候補:

2019-10-12

アートに関するよくある勘違い

表現不自由騒動きっかけなのか、最近アート」に関する勘違いを頻繁に耳にする。

とりあえずポリティカルなことや特定展覧会人物の動向は抜きに、アートに対して人々が抱いている勘違い淡々と正してみる。

文章が読めない人向けに繰り返すが、別に表現不自由展」など特定展覧会作品の是非について語っているわけではなく、人々が抱く「アート芸術」に対する先入観について語っている。


自費でやれ?

基本的に、人間芸術で食っていけないという前提がある。

前史時代から現代に至るまで、金銭作品発表場所など、なんらかの「補助」なしで歴史に刻まれ芸術作品芸術はいない。

「補助」は大まかに分ければパトロン系、政府系に大別されると思う。

パトロン

バッハミケランジェロボッティチェリレオナルド・ダ・ヴィンチ…今も知られる芸術家のほとんどは貴族王族庇護のもとにあった。特に有名なのはメディチ家。かなりの数の美術作品メディチ家庇護のもと、もしくは依頼で作られている。

モーツァルトのようにフリー音楽家に転身した例もあるにはあるが、彼ですら転身後、晩年は困窮していた。それどころか、主な収入源はやはり貴族などに委嘱されて作った楽曲によるものだそうだ。

現代だと、欧米では自らの作品を売り込んでファンドを得る、ほとんどビジネスマンみたいなアーティストが多い。ビシッとしたスーツに身を包み、自らの作品に新たな価値付けをして売り込む姿は、ベンチャー起業家のそれと変わらない。

政府

こちらは王政封建制より後の政治体制下の芸術に対する補助。大まかに分けると、プロパガンダ芸術と、政治思想のない(あるいは薄い)経済的補助がある。

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政治思想とは一定距離を置いた経済的補助で、一番大規模かつ有名なのはアメリカが1930〜40年代に行った「連邦美術計画」だ。ニューディール政策の一環として、政府が数千人から1万人単位アーティストを雇い、パブリックアート制作などをさせるというぶっ飛んだ規模の政策である

因みに「連邦美術計画」の効果は凄まじいもので、その後巨匠と呼ばれることになるようなアーティストを多数輩出し(ポロックベン・シャーンなど)、抽象表現主義などのアメリカ発の芸術運動バンバン興った。

それまでヨーロッパ中心だったアートシーンは、この時代前後を境にアメリカに移ることになった。さらに因むと、未だにアートシーンの中心はアメリカである。その市場規模は、世界アート市場の5割弱を占め、日本円にするとおよそ3~4兆円。しかも年々拡大し続けている(参考までに、日本美術市場は2,000億円強 / 中国は1.5兆円弱)。

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一方、プロパガンダ芸術で有名なのはソ連ナチスなど。政府意向政治思想に沿った作品を、政府が補助して制作させるというもの。作られた作品政府思想を広める宣伝ツールとして使われることが多い。

上述した政治思想とは一定距離を置いた経済的補助とは違い、題材やテーマなどは厳密に決められており、メディチ家などのパトロンの元での芸術活動に少し近いかもしれない。

ただ、これらの政府体制下で作られたプロパガンダ芸術は、今のところ芸術としてはあまり評価はされていない。

あくま個人的見解だが、プロパガンダ芸術はその性質大衆向けにならざるを得なく、どうしても前時代的なものになってしまうのが要因かと思われる。 ※ グラフィックデザインなど、一部評価されている分野もある。

なお、これらの国では、現代アート前衛芸術は「退廃芸術」として弾圧対象となっていたことも言及しておく。弾圧されたアーティストアメリカ渡り祖国に残ったアーティストを横目に名声を得たという例はかなり多い。


政治色をもつ作品芸術ではない ?

上述のようにプロパガンダ芸術にあまり価値が見出されていない現状を考えると、一見正しい意見に思える。

だが「20世紀代表する作品の一つ」とまで言われる、ピカソの「ゲルニカ」をはじめ、政治的なアティテュードを有する芸術作品は意外と多い。

現代であれば例えばバンクシーは思いっき政治的な作品で知られるが、今やアートシーンにはなくてはならない存在だ。

文学音楽映画だって政治的な意味合いが強い作品はたくさんある。

政治色をもつ作品アートじゃない」という言説は、「ジョン・レノンの"イマジン"は政治的なメッセージがあるから音楽じゃない」と言ってるのに等しいのだ。


大衆に受け入れられないもの芸術ではない?

しろ現在享受されている芸術作品で、大衆向けに作られたものはあまり多くはない。

バッハミケランジェロボッティチェリレオナルド・ダ・ヴィンチなどに代表されるような近代以前の巨匠たちは、先述の通り貴族王族むけに作品を作っていた。そもそも一般大衆向けの芸術ではない。

時代大衆向け芸術だと、例えば音楽では吟遊詩人酒場で歌うリュート曲とかがあるが、現代でも聞かれているかといえばNOである。もちろん、歌舞伎ケルト音楽など、現代まで残っている大衆芸術もあるにはあるが、近代以前の大衆芸術ほとんどは淘汰されている。

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現在大衆に受け入れられるアーティストでいえば、おばちゃんが大好きなモネは発表当時ヘタクソだの何だの批判されまくったし、今や知らない者はいないゴッホはご存知の通り作品が1枚も売れないまま精神を病んで死んだ。ストラヴィンスキージョン・ケージなどは、初演で暴動間際になったこだってある。

これらの例から、むしろ後世に残る作品は、同時代に生きた大衆感覚からはかけ離れていたことが分かる。でも、モネは今や企画展花形だし、ストラヴィンスキーバレエ曲の定番だし、ゴッホの絵を見ては「俺の方がうまい」とか宣うおっさん美術館の風物詩だ。どの分野に関してもそうだが、専門性が高くなればなるほど、大衆感覚はあてにならなくなる。自分感覚と相容れない現代美術作品を「こんなの芸術じゃない」と一蹴することは自由だが、それらの作品は100年後にはもしかしたら現代におけるモネのように広く受け入れられているかもしれないのだ。

かつて相対性理論が発表当時「完全に理解できるのは世界で数人しかいない」と言われていたのに、(専攻科にもよるが)現在では大学で習うのと似ている。これまでの価値観をひっくり返すような価値のあるものは、常人には理解できず、時間をかけて少しずつ受け入れられていくものなのだ

グリーンバーグ論文

この問題については、未だ現代美術に大きな影響を与えているグリーンバーグという美術評論家のおっさんが書いた「アヴァンギャルドキッチュ」っていう論文が分かりやすい。

この論文は、日本語訳もされているし、原文はインターネットでも読めるが、大衆感覚芸術作品価値乖離について論じている。要するに、「大衆迎合し消費される美術」と「前衛的な美術」ならば、後者の方が価値があるっていう内容だ。

80年前の論文なのだが、芸術分野では未だに影響力が大きい教科書の一つ。とても短く、すぐ読み終わるので、興味があればぜひ読んでみてほしい。


不快作品公序良俗に反する作品芸術ではない?

作品の題材として「裸の女性」というのは時代を問わずポピュラーだが、19世紀までは神話聖書出来事以外で裸体を描くことは不道徳とされた。端的にいえば、不快であり、公序良俗に反するとされた。

実際、マネによって描かれた「草上の昼食」や、裸体の売春婦を描いたとされる「オランピア」は発表当時大問題になった。「現実女性の裸を描くなんて、淫猥である不道徳まりない!下品メスゴリラを描きやがって!こんなのはアートではない!」というわけだ。

しかし、どちらの作品も今やマネ代表作。オルセー美術館に収蔵されていて、後の時代芸術からオマージュ対象とされるような絵画として扱われている。

一例を取り上げただけだが、時代を問わず同じような現象枚挙に遑がない。


写真みたいに写実的に描けている作品は素晴らしい?

簡単にいえば、写真実用化された時に「じゃあ写真でいいじゃん」ってなった。「写真絵画は違う」という考えに立脚し、ある時点でそれぞれ全く別の路線を歩むことにしたのだ。

で、モネみたいに空気感を描く作家や、セザンヌピカソみたいに多視点的にものを捉えて一枚の絵に表現する作家が登場した。これらの手法写真では(簡単には)表現できない。要は「写真じゃなくて、絵画からこそできる表現」というものが重視されていくようになった。

そして「じゃあ絵画価値ってどこにあるの?本質って何?」って突き詰めていった結果、「絵の具じゃね?」という話になり登場したのがポロックなどの抽象表現主義。「コンセプトじゃね?」という話になり登場したのがコンセプチュアル・アート特に後者現代美術への影響は色濃い。

もちろん、写真のようにリアル作品価値がないわけじゃなく、スーパーリアリズムのような動きもあった。ただ、20世紀以降のほとんどの芸術家は、「写真みたいにリアルであるかどうかとは別の土俵表現をしていることは知っておいてほしい。アーティストにとって「写真みたいリアルですごい」というのは必ずしも褒め言葉ではないのだ。


終わり

分かりやすさを第一に書いたので、表現が正確ではないところもあるし、時代的に前後したり乖離していたりもするが、だいたいこんな感じ。

文章中でも少し触れたが、アメリカ中国欧州比較すると日本美術市場はかなりちっぽけだ。国内アートがよりよく理解され、シーンが活性化することは、大きなマネーが動く「市場」を生み出すことにも繋がる。先述の「連邦美術計画」などは、政府美術に注ぎ込んだ「補助」に対して、「年間3兆円強のマネーが動く市場」という計り知れないくらい大きい対価をもたらした。アートにはそんな力があるし、前衛を受け入れる懐を自ら作り出したからこそ、現在アメリカ立ち位置がある。兆規模の市場から得られる税収は、控えめに言ってもバカにできないはずだ。

アートの受容と活性化は、普段アートに触れない人にも価値がある。少しでもみんなのアートに対する誤解が解けることを願ってやまない。

2019-09-08

おいおい大事な話を番外編にするなよ

先週金曜に劇場公開された、ヴァイオレット・エヴァーガーデン外伝を見に行った。

やはり京アニは凄い。

正直、TVアニメ放送当時から作品の話そのものあんまりきじゃなかったし、それは今も変わらない。

それでも、見れば目が潤む程度には感動してしま

それくらい絵の表現ヤバい。絵とその動きだけでここまで胸に迫るのか!と見るたびに驚愕する。

そんな極上の絵を、声優の演技とBGMが更に盛り立てるところが、まさにこれ以上ないくらい、正しいアニメをやっている感じ。

これは本作品のみならず、響け!ユーフォニアム氷菓、古くは涼宮ハルヒの憂鬱を見たときも思ったことだ。


それで、帰宅してから久しぶりに本作品のことを少し調べ回った。

そしたら円盤収録(後にネット配信開始)の特別エピソードとして、時系列的に4話と5話の間に位置する番外編があるというではないか

あんまり好きな作品じゃなかったので本放送終了後は完全放置していて、そんなの全然知らなかったよ。

そして、そんな重要すぎる話を後で公開するなよと思わされた。


というのも、4話と5話の間は時間的に数ヶ月、つまりほぼ季節1つぶん空いているのだ。

そして4話のヴァイオレットは本当に良くも悪くも「ロボットみたいなお人形」感がまだまだ半端ないキャラだった。

それが5話では若き王族の男女の恋を取り持つという、相当に高度な仕事を「随分と手慣れた感じで」こなすプロの顔を持ち合わせるくらいになっていたと。

から当時見たときまりの落差

「おいおいこれ本当に同じキャラクターかよ、大きく成長したのは間違いないけど、その成長の過程をすっ飛ばしてどうすんだ」

と、我ながら相当に不快な気分になったというか、結構憤慨したのだ。

最も気になるというか、少なから応援する的な感情移入をしてしまうところだし。

そしてこの「成長を見せなかった」件が、今の今まで本作品をあまり好きになれなかった一番の理由なわけで(もちろんそれだけじゃないけど)。


ともかく、それでついさっきその「番外編」を見終わり、当時覚えた嫌悪感がようやく氷解した。

これまた感動的エピソードで、例によって目頭が熱くなったし。

もうね、絵だけで胸に迫るんだよマジで(大事ことなので2回言いました)。

でも、今後こういう後出しは勘弁してもらえますかね、京アニさん?



さて、以下は与太話というかオタの我田引水的薀蓄。


後出しNGでも、そもそもこういう「たった数ヶ月の間に、一体何があったんだ」的展開そのものは、個人的感覚として特に嘘くさいとは思っていなかったりする。

史実では、かの天才モーツァルトが、フランスロココ趣味かぶれまくっていた20歳の年に作曲した、全5曲のヴァイオリン協奏曲の話が、まさにこんな感じなのだ

具体的には初夏に書かれた第2番わずか数ヶ月後、初秋に書かれた第3番が前作から驚異的な進歩を遂げたことは、今でも評論家達の「天才のなせる業」という絶賛の対象となっていたり。

まあモーツァルト場合、「ひと夏のエピソード」が未だに謎ではあるのだが。

2019-08-08

モーツァルトの三大名曲といえば



あと一つは?

2019-07-30

モーツァルト現代に来たら

まずは、メタルに目覚める。

そのあと、アイドルに目覚める。

2019-06-25

才能

「才能が無いから辞めます

才能ってのは結果を出した後で評価されるもんやろー

努力する根性がないんならー、まー、勝手リタイアせーや

努力しても無駄。才能がある人には敵わない」

そゆこともあるわなー

遺伝、体質や体格、家庭や学校環境、競い始めた時点での力の差、運とかその他諸々

全く同じ人間は2人とおらんから、持ち札も平等じゃないわなー

でも、それが当たり前ってわかっとったわな?

それでも自分天才から何とかなる、とか、幼児性万能感に酔ってたか

そもそもの話、何のどこを目指しとん? その分野の世界一

目標を決めて方向を定めて努力して、やるべきことを全てやった者同士で競ってしのぎを削って

それでも負けたなら、お疲れさん、頑張ったな

そうじゃなくて、何も考えずやってて、なんかスゴイ人に負けた

あんなん真似できん、自分天才と思ってたのにショックやわー、才能ないからボク辞めるー

ということなら、まー落ち着け

その才能の差ぁとやらを埋めるのは、ほんと無理なんかー

足りないものを洗い出して、やるべきことを調べて、時間をかけて努力すれば何とかなるんちゃうかー

ベートーベンモーツァルトになるわけちゃうんやろー

どうせググればわかる、でも始めるのが面倒くさい、その程度のもんなんやろー

じゃあ、やれや

「でも才能があるかどうか分からない」

「やってもうまく行くか分からない」

「やっぱり才能ない奴が努力しても無駄

うん、おまえ才能無いから辞めた方がいいよ

と言うて責任取って欲しいんか?

それとも才能あるから頑張れって保証してほしいんか?

気をつけろよ―

あっさりそれ言う奴ぁ悪いやっちゃぞー

「とにかく才能があれば・・・

せやからさー、ゴチャゴチャ言うとる暇があるなら、やろうや

サイノーがあろうがなかろうが、やるべきことをやるしかないやろー、

それとも、ほんまはやりたいことないんちゃうか? ○○家って肩書きに憧れとるだけでー

まー、やりたーないなら黙ってやめーや、とめんから

2019-06-10

スノー・ロワイヤル観た

予告で想像してたような、ハチャメチャどんぱちどーん!とか、ドタバタ復讐劇みたいなやつではなかった

全編冬の雪国らしく、冷たいテンションのまま淡々と進んでいったような……

クスリと笑えるようなシーンはいくつかあったけど(麻薬が絡んだ話にかけたギャグではない)、全体的には寂しげな雰囲気が漂っていた

決してつまらないとは言わないけど、もうちょっとメリハリの効いたテンションの違う話があると良かったか

クラシックが流れてるシーンで、「モーツァルト?」「バッハだよ」ってやり取りがあったんだけど、とりあえずモーツァルトって聞くのはどこの国でも同じあるあるなんだろうか

2019-05-19

眠くて起きれなかった、夢が長かった

モーツァルト逮捕されて刑務所に送られてた

私、夢の中の主人公組織体制側の不正を暴く証拠を友人の隣で見ていた

友人が睨まれ追われる

私は難を逃れた

その資料をこっそり大きな棚の上に隠した

無駄に壮大な夢だ

2019-03-27

ロミオ&ジュリエットが虚無

ミュージカル好きな母や友人、ツイッターに思いの丈を吐き出してもまだ足りない。一月前くらいからずっと抱えていた怒りやモヤモヤ

推し写真を見ても癒されず、むしろ雑誌インタビューを読むたびに虚無感が増す。

まりにも虚無だった。

まだしばらく虚無を引きずってしま自分が見える。よってこんなところに吐き出しています

暫く前に2.5の舞台界隈で虚無リンピックというもの流行っていた。

わたし幸運なことに、舞台を見たことを後悔するほどの虚無にぶつかったことはなかった。

いや正確には一度あったが、すっかり忘れていたそれまで思い出されてしまうほどの衝撃だった。

先日、ミュージカル ロミオジュリエット個人的虚無リンピックの堂々たる一位に君臨した。

他のミュージカル音楽を垂れ流して聴かないと癒されないほどの虚無である。とにかく虚無だった。

演者さんは悪くない。歌も別に悪くない。というかむしろ良かったんではないかと思う。エメ大好き。

演出がとにかくクソだった。

わたし演出小池修一郎先生のことを凄い人だと陰ながら尊敬していたし、本当にすごいひとだし(なんせ第一線で活躍し続けている演出である)しかしこのたった一公演でその印象が逆転するほどのクソさだった。

わたしは、これからミュージカルを観に行こう、チケットを買おう、という方々に、このロミオジュリエット絶対お勧めしない。これがミュージカルだと思われたら困る。もっと素晴らしいミュージカルは山ほどある。なんならあの空耳ミュージカルテニスの王子様の方がずっと面白い

そしてシェイクスピア謝罪したくなってしまった。2019年日本にこのようなミュージカルがあることを。ホント、ごめんシェイクスピア

ミュージカル ロミオジュリエット を知っていますか。今年は東京から都市を巡り公演し、先日千秋楽を迎えたミュージカルです。

様々な国で上演されており、日本では今回のミュージカルの他に宝塚でも公演していました。宝塚のもののほうが有名だと思います

そして多分、今回のものでなければ演出はかなり普通だと思う。多分。

ですがもし、この前そのミュージカルを見て感動した!という方は下の文を読まないで下さい。読んだらだめです。批判しかしていません。気分を害すだけです。道端のウンコに好き好んで足を突っ込むようなものです。

前書き、経緯を説明しますと、わたしシェイクスピアに興味があるわけではありません。シェイクスピア友達なわけでもない。

ロミオジュリエットを観に行ったのは、推し俳優が出ていたからです。

小池先生演出だし、あまりにも有名作品だし、履修しておくか、という軽い気持ちだった。

歌は城田優が俺たちが王になる〜みたいな曲をどっかの番組で歌っていたのを聞いたことがあるかな、ぐらいの印象。

原作を読んだことがないのは失礼かと思い観劇前、本屋ロミオジュリエット日本語訳を買いに行った。読んだ。結果は撃沈だった。

原文がどうなってるのか知らないが、難解だ難解だと聞くので原文も難しいんだろう。日本語訳も下手くそなのか、その辺はわからないのだがたった数十ページ読んだだけで読み進める気はなくなってしまった。シェイクスピアさんごめんなさい。わたしには無理でした。

ただ、ロミオジュリエットの内容はよく高校演劇でもやっているくらいとても有名だし、Wikipediaに載っている内容を改めて見ても理解の難しいものではない。

から言い回し問題さえ解決できれば、みんなシェイクスピアに興味が持てると思うし、読みやすくなると思う。

自分のことを棚に上げてなんだけど、もっと誰か理解やすくしてくれないだろうかとミュージカルに行く前にひっそり思っていた。

歌舞伎だって言い回しが小難しくて投げてしまったのだが、現代語訳されたものはとても面白くて楽しめたのと一緒で。

からロミジュリ歌唱披露Youtubeで見たときに、不安を感じつつも期待があった。演者たちはジーンズを履いていて、ジュリエット可愛い感じのドレスを着ている。若者向けっぽかった。内容をわかりやすくしてくれてるんだろうなと思ってしまった。

あとミュージカルロミジュリは今まで何公演も重ねてきたミュージカルで、支持する人が多くいたようなのでそういう意味でも安心していた。

はじまると、ダンサーたちのダンス衣装と髪色に度肝を抜かれてしまった。緑、青、グレー、赤。

モンタギュー家の旗とキャピュレット家の旗を鉄格子の上で振り回す若者いかにも安そうな、場末バンドマンが持っていそうなロゴ入りの旗である

え、安いテリトリー争い?なんだこれ。

どう見てもみんなパリピみたいな、ストリート系の格好をしている。めっちゃかっこいいダンスで抗争してる。

これ両家の深い確執と恋の話じゃなかったっけ?わたしHiGH&LOW見てるもしかして縄張り争いするヤンキーたちの話?懐かしの魔法のiらんどの実写?映画館きた?

衣装デザイナーさんとセンスが、破滅的なほどセンスが合わない。これなに?ほんとにシェイクスピア???

べつにテニスウェアを着てようが貴族カツラ被ってようがどちらもミュージカルなので格好はぶっちゃけどうでもいいのだが、これは原作シェイクスピアである。何度も言う。

ティボルトが颯爽と出てきて歌い出す、モンタギュー家の若者喧嘩をしている、しかし彼らがしているのは地方ヤンキー領土争いにしか見えない。あるはずのない改造バイクの幻影までもが見えそうだ。

え?これなに??ほんとに大人も絡んでる確執の話?

しょっぱなからこんな演出で、キャピュレット夫人やモンタギュー夫人が、争いは不毛で我々は生まれた時からあの家への敵意を植え付けられ教育されるの〜もうやめて〜と歌っても、たとえ歌がうまかろうが虚無である演出が安いからだ。悲壮ゼロ確執とは。

この確執が安くなると、なんでロミオジュリエット結婚できないのか、そこらへんの理由づけたる物語の根幹がぺらっっぺらのコピー用紙のような薄さになってしまう。つまり全部が虚無と化す。

いなくなったロミオを森に探しに行くシーンがあるのだが、ここで携帯電話初出である。え、シェイクスピア登場人物スマホ持ってるんですけど。

ロミオいないから探して、送信!っと!とマーキューシオ?が言うのだが、そこでもええ‥と虚無に陥った。

ツイッターライングループか知らないが、ここは一体どこの時代設定なんですか。ロミオ探しってインスタのハッシュタグだったりしてね。あとからモンタギューのポラロイド写真も出てきたし。

#ロミオをさがして #大切な仲間 とかつけてたら想像だけで虚無。わたしの心が死んだ。泣きたい。でもそんくらい時代設定がグズグズだった。

その後ロミオが、俺のために生まれてきた女の子を探しているんだ‥と夢見がちなことを言うのだが、携帯電話を持ち合わせているのだから何も街の女の子から運命を探さず出会い系サイトでも登録して女漁りをすればいいのである。どこにでもナンパにいきたまえよ。なんでそこだけ昭和なの。

ちなみに一番最初に出てきたジュリエットも、ドレススカジャンを着ていました。スカジャン

これ魔法のiらんどで履修した内容に沿って解説しますと、彼女敵対してるヤンキーグループリーダー美少女妹ですね。

実際ティボルトの従姉妹だしね。

ティボルトはずっとジュリエットのことが好きだったと歌うのだが、不憫萌えジャンル開拓しにきているので魔法のiらんどの履修内容だとSSが一本書けるタイプ登場人物です。

そのあともヤンキーたちの集団がお前どっかのロッカーかよ、と言ったり、走れメロスかよ〜と突っ込んだり、些細なセリフでここはどこの国でしたっけ?これ、どこの時代でしたっけ?と虚無に陥る。

現代っぽくわかりやすくしてくれるのはいいんだけど、全てに一貫性を持たせないと全体の印象がぐちゃぐちゃになる。やりたいことがわからない。

そのくせロミオジュリエット出会うのはやはり仮面舞踏会である婚活パーティー出会ったほうがよほどわかりやすいのに。

きらきらネオンと安そうな膝丈ドレス。なんでこの衣装とセットにしたんだ。やっぱ婚活パーティーだろここ。

こんな頭の悪そうな、品性のかけらもなさそうな坊やたちの仮面舞踏会。虚無。

チェーンメールを回してみたり、ロミオジュリエット結婚の噂も携帯から回ったり。挙げ句の果てにはロミオジュリエットに君の番号教えて?と聞く。

この2人の場合は両一目惚れなので当てはまらいかもしれないが、一目惚れした〜かわいい〜きみの番号教えて、と迫る謎のナンパ師は今でも池袋存在する。

ロミオっていいとこのお坊っちゃんなんだよね?

目眩。まじで。

ジュリエットには時間がないとはいえわたし彼女乳母ならそんなバカそうな男は絶対ダメだと忠告している。家柄とかじゃない。バカからだ。

こんな感じで、登場人物知能指数が全体的に低すぎる。賢い人間存在しない。

こんなやつらから世界が展開しているのだから、いがみ合って殺されようが感動なんてゼロだ。地方ヤンキーの抗争に世間の目が冷たいのと同じである

お前らが馬鹿からベンヴォーリオもティボルトロミオジュリエットも死にます

おお神よ〜運命よ〜ってわかるじゃん。お前らがバカからじゃん。

司教お前もだよ。大事なことはちゃん電話しろってママに教わらなかったの。

ジュリエットが仮死状態になることロミオメールしとくね〜迎えきてねって!あれ返事ないなぁ〜!ロミオ〜?じゃねえんだよ馬鹿愚か。電話しろ早く。

ロミオ携帯ない‥じゃねえんだよ。

街を追放された時に既存の連絡先全部消してたらあんな衝撃的な顔をしないので、人を1人殺してもロミオは今までの交友関係携帯電話に残して大事にするつもりだったということである。いつか街戻る気満々じゃねえか。携帯処分させなかった大公やっぱり処分甘すぎるんとちゃいますか?!

ツッコミが追いつかない

死体の前で泣いてないで全員並べ。泣きたいのはわたしのほうだよ。

これから喧嘩しないで学校行ってちゃん勉強してこい。

推し知能指数も30になっているので見ていて虚無である推しバカになっている。

どうして。

ロミオジュリエット演出がクソだからです。こんな内容でDVDとか、推しが出ていても買いたくない。

多分、あの携帯電話がないだけで随分マシになる。

もしくはもうロミジュリって名前をつけないでほしい。懐かしの魔法のiらんどミュージカルですって言われたら何も文句はない。そのわりには歌もダンスも上手いですけど。

ロミジュリ言い回し簡単にしてほしいって思ってたよ、思ってました!だけどここまで中学生向けにしろって、誰が求めてたわけ。

わたしシェイクスピア友達じゃない、ろくに読んだことすらない。でもシェイクスピア可哀想。こんなに安くされて。シェイクスピアの叩き売りかよ。

学芸会じゃないんだからもっとちゃんシェイクスピアにしてほしい。これじゃ登場人物みんなチンパン

ファッキンクソ。2.5でも原作をここまで蔑ろにしているのではと思ってしま作品出会たことはない。モーツァルト!やマリアントワネットだって過去実在人物へのリスペクトあってこそのミュージカルなのである

シェイクスピア原作もっとマトモであり感動できるはず、でなければここまで名作扱いされていないと思うので、シェイクスピア原作理解しようとこれからきちんとつとめようと思います。とにかくこれを吐き出したかった

ただそれだけです

2019-03-14

犯罪者作品は百年後めっちゃ価値出るかもな

ピエール瀧作品は消えるし、同じ理屈過去の名作はいくらでも消せる。

モーツァルトちんこだしてパクられたし、ビートルズも薬使い。勝新太郎座頭市やばいだろう。

評価は確定してるわけで、歴史的評価も加わる。

消されづらくて嵩張らない媒体に残しとけば、子孫へのささやか贈り物になるな。

劣化に強くて小さくまとまる媒体って思い付かんけど、今のうちに探しとけ。

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