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はてなキーワード: 花形とは

2021-05-08

anond:20210508032456

一介の社員に過ぎなくても、花形社員なわけだし、所属企業労組とか直属上司とか監査かに実情を訴えることくらいはできると思う。お客様からクレーム届いてます的な。それって十分組織意思決定の素材になると思うんだけどな。

しかアスリートは辛い立場だなあ。みんな政治が悪い。

2021-04-16

市役所で働いてた子をITコンサルスカウトしたら指名停止になった話をする

もう何年経つだろう。

の子を初めて見たのは、とある市町村ふるさと納税制度運営パートナーを決めるためのプロポーザル型入札の会場だった。

100㎡もないだろう狭い会場の中に私達のグループが入ると、市の職員が数名、一番遠くの壁に並んで立っていた。ふるさと納税担当部署職員だった。

その一番左端に、その子はいた。若い職員だった。爽やかなセミフォーマル姿で、装いはパリッとしている。物憂げな瞳を足元に向けて不安そうにしていた。

スライドの正面には、険しい顔つきの幹部職員が座っていた。審査員の顔を見渡し、私達は最初挨拶会社説明者の紹介)を簡単に述べた。副市長の「それでは始めてください」という合図と一緒に、『その子』もすぐ後ろにあった長椅子に他の職員とともに腰かけた。

なぜ、その子の姿が目についたかというと、清潔感だ。清潔感がとんでもなかった。若いっていいな、自分あんな25くらいの頃に戻りたい、という雑念を捨ててノートパソコンを立ち上げ、レーザーポインタを起動した……

約1週間後、弊社がめでたく第一候補者(※ほぼ内定という意味)として選ばれた。契約書に押印するため、F市役所へと、私が席を置いているオフィストップ(所長としておく)と一緒に向かった。

ふるさと納税事業担当課(地域を盛り上げる的な名前が付いていた)の窓口に行くと、まだ約束10分前だというのに、その子Sさんとする)が待機していた。あの時と同じように緊張した面持ちだった。すぐ隣には、四十代半ばくらいの男性上司がついている。

「先日はどうもありがとうございました!」

「緊張しましたよ~」

みたいな世間話ちょっとした後……契約書に印紙を貼って、割り印をして、契約者名のところに押印をして、最後に捨て印を押そうとすると、いらないですと言われ……そして、Sさん契約書を手渡した。

Sさんが不慣れな手つきで2枚の契約書に市長印鑑ゆっくりと押すと、はにかんだ笑顔で1枚を返してくれた。

「今後、私がF市の事務担当者になります。今後ともよろしくお願いします」

こちらこそ。私が弊社の窓口です。宜しくお願いします」

こんなやりとりだったかな? 男性上司の人は、「この子がメインで渉外を担当します」と説明していた。

私は、その年若い事務担当者のことが気になっていた。

Sさん大学出て何年くらいになるの?」

衝撃を受けた。想定よりずっと若い人だった。

私がSさんくらいの時は、毎日サークルの部室でごろごろして、アルバイト帰りに仲間と飲みに行って、恋人と別れてショックを受けたりしていた。

それだけに衝撃だった。異常だ、とその時は感じた。でも、それは私達から見た場合感覚であって、向こうからすれば違う。高校を出てそのまますぐに就職する。そういう人も多くいて、たまたま私達の世界大卒が多いだけで。それだけの話だった。

大学生ほどの年齢の子が、ふるさと納税という大きなお金が動く舞台で、公務員組織にとっては重大なチャレンジであろうこの機会に、一応はプロITコンサルITだけじゃないけど…)である私達と折衝する役割を担っている。

私の経験上、官公庁側のこういった花形事業担当者は、〇〇長が付くような役職の人か、30代前半くらいで、昇進が期待されている人が選ばれる。



契約期間は2年だった。

その間に、ふるさと納税制度の導入パートナーとして、システムの整備やら、返礼品の選定やら、業務フローの構築やら、その自治体が安定して制度を回せるまでの準備をしていく。

3年目に晴れて制度スタートしたら、弊社はシステム保守業者として、毎年度、特命一者タイプ随意契約によって安定的仕事を得ることができる。

肝心のSさんだけど、こちらの想定よりも頼りになる子だった。普通なら無理なお願いも聞いてくれて、それでいてこちら側の仕事、主にシステム関連の知識をぐんぐん吸収していった。

地頭がよく、それでいて物事に対して本気になることができる。そういう子だった。

(以下、ちょっと蛇足

例えば今回、「F市ふるさと納税制度導入パートナー選定業務」みたいな件名で入札が行われたのだが、弊社が勝つ確率は約85%と推定されていた。

というのも、入札実施の前年度に弊社がF市に呼ばれ、「ふるさと納税をやろうと考えているのですが~」といった具合に相談を受けた後、参考見積書と設計書をF市に提出していた。そして、入札にあたっては、その参考見積書と設計書がそのまま採用されている。

おわかりいただけたかと思うが、他社がプロポに入れないよう、提出書類に予め細工をしておくのだ。そうすることで、こちらに有利な形で契約を取りに行ける。実際、プロポに参加した企業は弊社のほかに2社しかなかった。その経済圏におけるライバル企業の数は優に10社を超えているにも拘わらず。

一般に、地方自治体担当者はIT関連に疎いことがほとんどであるため、こうしたこと通用してしまう――でも、Sさんは違った。上記に挙げた弊社が勝った理由について自分なりに考えて、私達に指摘をしたのだ。

「ほかの自治体でも参考見積書を出したら入札にかなり勝ちやすいんですよね?」と自然に切り出したうえで、他社が入札に参加できないように行った諸々のワザを見抜いた。

Sさんは、システム関連の勉強をして、プログラムの打ち込みに挑戦して、職場でも、電子機器の導入やセキュリティ責任者といった役割を買って出ていた。

一方で、おっちょこちょいなところもあって、メールに添付文書を忘れるのはしょっちゅうだ。褒められると顔を真っ赤にする。急に頭の回転が鈍くなって、とんちんかん冗談を言ったりする。

一応はコンサルなので、競合他社と同じく顧客評価ランク付けを行っている。その中でも、F市のランクは高い位置にあった。

無茶な要求をしないし、レベルの低い問題でいちいち呼びつけたりしない(自分達で解決する)し、十分な契約金額と契約期間を用意してくれた。市役所内のシステムの深いところの情報(通常、外部組織に閲覧させるべきではないもの)を見たいといった時も、システム管理課に掛け合ってくれ、数時間もかから情報を手に入れることができた。

蛇足終わり)

その2年間で、Sさんの表情が曇る時もあった。

年配の職員Sさんの隣に座っていたのだけど、折り合いが悪そうにしている時があった。その先輩がSさんに行った指摘について、私が座っている窓口まで聞こえることがたまにあったが、大抵は些末な内容だった。

文字の送り仮名(行なうじゃなくて行うとか、見積もりじゃなくて見積りなど)や、請求書の処理件名の些末だと思われる部分の指摘、イベント運営マニュアルでの各人の動き方(特にその先輩の)について具体的に文書で示すようにとか、ほかにもグチグチと同じようなことを言っていた。その人との話が終わった後に窓口に来たSさんは、大抵ムスッとしていた。表情が曇っていた。

ある訪問機会のことだった。うちの所長が私と一緒に来ていて、Sさん一人が役所玄関まで送ってくれたことがある。玄関から離れて社用車へと歩き出す直前、私はついに言ってしまった。

Sさん公務員も向いてるけど、コンサル業界も向いてるんじゃない!?」

反射的に「やばい」と思って、所長の顔を見た。

「うん。Sさんウチおいでよ! 歓迎するよ」

所長もノリノリだった。Sさんは俯いて、唇を尖らせていた。

「まだ21なんですけど」

大丈夫。また今度考えてね。〇〇さん(※私)も応援しているから」

帰りの車の中で、所長が言っていた。

「もちろん冗談だよ。あの子公務員の方が向いている。でも、うちの採用試験に来てほしいとも思う。働けるだけの実力は多分持ってる」

……それから一か月後。私の携帯電話が入った。Sさんからだった。

弊社の採用試験を受けたいらしい。

市役所仕事あんまりきじゃないんだって。今の仕事楽しいけど、前の部署戸籍仕事をしていた時は、やめたくてしょうがなかったんだって。何から何まで細かすぎるところと、自分で考えて動けないのが嫌なようだ。自分で考えて、自分で動いて、結果に対して責任を取るタイプ仕事がしたいらしい。

私一人で考えてもしょうがないので、所長に報告をして、本社スタッフ部門にも相談したところ、結論が出た。

採用試験は受けられない

理由①として年齢。大学を出ていないコンサルタントはいるが、そこまで若い人は例がない

理由②として取引先との関係。人を奪うようなことをすべきではない。彼が本当にその気であれば止めないが...

あなた達がそこまで推すなら、23才になったら採用試験を受けてもいい。ふるさと納税導入パートナー契約期間が終わるまでは必ず待つこと。

あと1年ちょっとだった。

私はこの時、Sさんにとってどんな道がいいのか? と思案していた。

普通に考えれば、地方公務員の方がいいだろう。コンサルタントの道を勧めてよかったんだろうか、あの子を不幸にしやしないかという不安に捉われたのを覚えている。自分で言い出しておいて、本当に勝手なことを考えていた。



それから約1年後。弊社が借りているオフィスの一室に、Sさんスーツ姿で現れた。

相変わらず、清潔感が抜群だった。真白のシャツがよく似合っている。

試験は何の不安もなかった。書類選考は顔パスだし、筆記試験(Webテスト)は限りなく満点に近かった。

一次面接を務めた私と所長は、Sさんに対してほぼ同じ結論を下した。内容としては、①地頭がいい。頭の回転の速さも悪くない、②温かみがあり、顧客安心に繋がる話し方である、③偉ぶったところがなく謙虚姿勢が見える、といったものだった。

本社での二次面接も無事に終えた。面接官だったディレクター日本企業でいうと本部長~役員くらい)に電話で話をうかがったところ、「概ね一次面接の印象のとおりの子だった。難点として、芯が弱いところがある。強烈なキャラクター顧客相手だと通用しないだろう」とのことだった。

「次の面接には進めますか」と聞いたところ、「三次面接を行う必要はないと判断した。他社も受けているとのことだったので、ここで内定を出す。弊社のほかは辞退するように伝えてほしい」

当時のメモによると、私はディレクターとこうしたやり取りをしていた。懐かしい思い出だ。

当時は、「Sさん採用されますように! 弊社でなくても、ほかのコンサルに入れますように」と毎週のように祈っていた。それくらい、Sさん性格のいい子だった。今でも、あの笑顔を思い出して幸せの余韻に浸ることがある。



そろそろ結末について話す。

Sさん退職時期と、ふるさと納税導入パートナー企業としての契約期間の満了はほぼ同時だった。

最後Sさん職場を訪れた時の、あの男性上司の苦渋の顔を忘れることは難しい。

やるせない表情をしていた。見た目は笑っているけど、心の中でなにかヘドロのような汚物ブンブン飛び回ってるんじゃないかって、そんな顔つきだった。

Sさんがうちに来てくれたのは嬉しいけど、本当に申し訳ないと思った。

さて。通常のパターンだと、ふるさと納税運営していくための基幹システムの整備や地元産品の手配体制業務フローの構築などを終えると、弊社はシステム保守管理地方自治体から請けることになる。

……タイトルにあるように、弊社は事実上指名停止(※)になった。システム保守管理は、F市が戸籍市民税システム保守を請け負っている会社が一任することになった。その後、弊社のスタッフがF市を訪れたことは一度としてない。

当初は、「ウチのスタッフがいないのに保守なんてできるの?」と疑問に思っていたけど杞憂だった。Sさんが気を吐いて、どんな職員業者に当たってもシステム運用管理保守が担えるように引継資料を作っていた。

今回のような事態予測したり、意識していたわけではないだろう。ただ、Sさん仕事に対してひたむきな人だったから、物事に対して本気になれる人だったから、普通地方公務員レベルはるかに超えて、みんなのために頑張ることができた。それだけだ。

事実上指名停止特定会社指名停止にしたくてもできない場合に行われる。今回の例でいうと、職員の引き抜きを理由に私達を指名停止にはできないので、指名リストに載せたまま『排除』する。弊社はもう、F市から参考見積書や設計書の提出を依頼されることはないし、プロポーザルに呼ばれることもないし、参加申込ができたとしても必ず負ける。



筆に熱を込め過ぎた。反省している。

あれから4年以上が経って、私は別の会社転職した。SさんはITとは別の分野に異動になり、忙しい毎日を送っている。はてな匿名ダイアリーを見ている可能性は0%といってもいい。それくらい忙しい環境だ。辛い日々を送っているかもしれない。いや、確実に辛いだろう。それこそ地獄のように。

今でも思い返すことがある。私があの時、Sさんを誘ったのは本当に正しかたかということだ。

私はSさん職場で悲しい顔をしていた時、なんとかしてあげたかった。そんなことはできるはずもないけど、それでも助けてあげたかった。だから無責任立場ではあったけど、うちに来てみないかって、声をかけた。

本人にとって良き選択だったのか、それがわかるのはまだずっと遠い未来のことだけど…過去でも、現在でも、未来でも、私はSさん幸せを願っている。

一緒に働けたのは短い間だったけど、楽しかったよ。また会おうね。

2021-04-12

はてなー幸福からかけ離れている理由

32年の追跡調査でわかった「幸福な人生の秘訣」 | WIRED.jp

成人してから幸福度に最も結びついていた要素は、若年期における「社会とのつながり」だった(その方面に詳しい人向けに言っておくと、相関係数は0.62)。これに比べて、「学業成績」は幸福度の予測因子としてはるかに劣っており、相関係数は0.12だった。

この研究では、「社会とのつながり」について、「社会愛着の質」「組織的クラブグループへの参加」「主観的能力または長所」「生活への満足度」の4つの尺度評価している。


以下、WIRED記事ポイントごとに考えていく。

両親が嫌い・学校が嫌い

第一に、十代の若者にとって、社会愛着の大きな部分を占めるのは「両親との関係」だ。十代のころに両親との関係が良好であるほど、幸福度の高い成人になる可能性は上昇する。また、十代の若者にとって、自分の親を好きであることと同じくらい重要で、なおかつ同じくらい想像しがたいことは、彼らが学校を好きであることだ。

毒親」なんて単語が入った記事で、3users以上のはてブを獲得しているものは3000件を超える程度あり、その関心の高さがはてなーには見られる。そして、その基本論調は語るまでもなく、ここぞとばかりに毒親批判する。あまり批判したい気持ちが先行していて、ブラック企業カルト宗教のようなやり口に自覚なく手を出してしまうこともある(久しぶりにこんな胸糞案件を見た)。当たり前だが、はてなーで「10代の頃に両親との関係」が良好であることはない。

また、「公立中は動物園」と言い放ったブコメトップで星を集め、それが問題視されても「公立動物園擁護ブコメ一番星を集めるのが、はてなだ(はてなリベラルやばすぎ)。学校をあまりにも憎んでいるので、地毛黒染め校則の件については保護者たちの強い要請や生徒集客公立中の統廃合といった諸事情をろくに考慮することなく、ファビョってしまった(「子供を小学校に通わせなくてもよい」という意見に対して、元教育者として言いたいことは山のようにある)。校則だけでなく、エアコンデマにも引っかかる有様(はてなブックマークが学校のエアコンデマに対抗できなかった件について思うこと)。学校制度とは別の学校生活の方も、「教室アルバム」の反応からすれば、ダメダメなようだ(今どきの卒業式はこんなに進化している!「教室アルバム」が超楽しそうでグッとくる)。当然、はてなーは「学校が好き」なわけがない。

ひどい相談相手

ただし、社会とのつながりや学校を好きであることが重要からといって、その子どもが「人気者」でないと幸福大人になれないということはまったくない。花形クォーターバックであることより重要なのは、「何か悩み事があったり、怒りを覚えたとき相談できる相手」を持つことだと、研究チームは述べている。また、所属するクラブスポーツである必要はない。幸福につながるのは運動への熱心さではなくグループに属することだ。

「何か悩み事があったり、怒りを覚えたとき相談できる相手」は、はてなーにとってはてな匿名ダイヤリーを通じたはてブだろうが、鬱病の人をはてブフルボッコするぐらいには凶暴だ(鬱病の人をはてブでフルボッコにしたら亡くなってしまったという事例)。あのネガティブ執拗攻撃を繰り返す感じは、実社会で考えたら完全にパワハラ上司のそれ。ゴールポストを動かして、粗探しして、ひたすら攻撃を続ける様は、部下とかをメンタル不全に追い詰める有様とどう違うのだろうか。企業ハラスメント問題最上から批評しつつ、加害者という立場に片足突っ込んでいる人たちが相談相手として適切だとはとても思えない。

非常に不幸な大人になる可能

そしてもうひとつ重要なのは、32歳になったとき幸福度を予測する因子は、10代の若者客観的事実としてどのような生活を送っているかではなく、その若者自身自分生活をどのように評価しているかだという点だ。その若者は、自分の将来について楽観的で、自立していて、おおむね忙しい毎日を送っているだろうか? もし答えがイエスなら、その若者は、西洋社会における若者ステレオタイプを覆す存在であり、かつまた将来、非常に幸福大人になる可能性が高いということだ。

はてなー10代の時に「自分の将来について楽観的で、自立していて、おおむね忙しい毎日を送っている」なんてちょっと想像ができない。移民AIに将来仕事が奪われるんだと悲観的で、リタリンネット依存していて、帰宅部で暇な毎日を送っているんじゃないかな。

2021-04-09

喪女プログラミングスクール行って彼女が出来た話など

すみません長過ぎて削れちゃったので再編集版です。

プログラミングスクールは良くないって話が多いので、人それぞれだよねっていうのと、何もやらないよりは何かしらあるんじゃないかなっていうお話です。

フィクションのつもりで聞いてください。


私は地方で育ち、地元女子中・女子高・駅弁大学卒業し、地元とあるテーマパーク就職しました。

比較的なんとなく生きてきたので、仕事って大変そうだからせめて面白そうな職場を選ぼう、くらいの気持ちでしたがすぐに辞めたくなりました。

toC接客、屋外での勤務、立ちっぱなし、友達休みが合わない、覚える事が多い、職場僻地ダンサーチームの揉め事仲裁契約社員組みから嫉妬大学生組の惚れた腫れた、田舎特有の異様なゲストの図々しさ・馴れ馴れしさ、どれも好きじゃないやつでした。

まあゲストイラつく事があっても、それはしょうがないと思ってます仕事から

でもスタッフも、とにかく感情で生きてる人間が多すぎます。私よりずっと大人なのに。

華やかな表舞台とは裏腹に仕事はそこそこハードで、給料の水準も高いとは言えない環境のため、人の出入りが激しく、トラブルを起こしたり、恨み辛みを吐きながら辞めて行く人が多いのもメンタルにきました。

最初に威勢のいい人ほどすぐ腹を立てて辞めていくので、個人的に警戒して距離をとるようにしていました。

理想現実ギャップが大きいからなのか、彼らの自己評価が高いからなのかわかりませんが、もしかしたら私のように、ドライ仕事しんどいものだと思ってる方が、色々受け入れられるのかもしれません。

そんなこんなで2年ほど勤めましたが、最後まで職場にも業務にも慣れる事もなく、花形着ぐるみポジションが空いた事によるダンサーチームの派閥争いの激化に伴って私の神経も擦り切れ、半ば衝動的に仕事を辞めてしまったのでした。


実家に住んでいたので、しばらくはニートしながら次に何をするか考える予定でした。

しかしそんな折、東京に住んでいる祖母怪我をしてしまい、介護を要する状態になってしまいました。

私は昔から祖母が大好きだったので、喜んで同居と介護の役目を担うことにしました。

祖母とは小学校低学年くらいまで同居していた期間があり、その頃から私の唯一の理解者でした。

私が真面目で、冷めていて、興味を惹かれると他のことが目に入らなくなって、

自分のペースで物事を進めたくて、少し融通が効かずに周りの子達と馴染めなかった頃、

その事に両親はお手上げで「みんなと同じように」「普通に」「お願いだから」としか言わなかった頃、

あなたちょっとだけ人より心が大人なんだよ。それでいいんだよ。賢くて真面目なあなたが好きだよ。

もも疲れたら、周りの子たちと同じくらいには、いい加減で、だらけて、失敗してもいいんだよ」

と、声をかけ、私が「もう大丈夫」と言うまで何十分でも抱っこしてくれた祖母

祖母のその言葉と、帰ったら祖母が家にいるという安心感で、私は少しずつクラスメイト達と打ち解け、誰かに心を許したり、自分が失敗することも他の人が失敗することも許せるようになっていったのでした。

東京には別の親戚もいたのですが、ペーパードライバーで頻繁に祖母病院に連れて行くのが難しかったり、仕事の都合だったりで他に候補者もいなかったので、私の立候補には関係者みな渡りに船という感じでした。

母に「おばあちゃんが好きってだけではできないよ。よくわかってないんじゃない?」とも言われたけど、私は祖母に関する事ならちゃん理解たかったし、自分想像が及んでいない事があるなら、それも知りたかった。

介護はまあ大変だったのですが、意外と祖母が元気で、怪我の経過も芳しく、家の中の生活においては一人で出来る事が多かったのもあり、私は徐々に暇になっていったのでした。

美術館博物館が昔から好きで、最初は狂ったように行っていたのですが、お金もそんなにないし、周りに友達もいないので、やや時間を持て余すようになってしまいました。

そこで、一念発起して、噂に名高いエンジニアとやらになろうと思いたち、プログラミングスクールを探し始めました。

テーマパークで働いていた私からしたら、エアコンの効いた部屋で座って作業できて、toC接客をしなくてよくて、給料が高い(らしい)なんて夢の職業だと思っていたのです。

東京での普段淡白ながら、楽しみ方の選択肢がとても多い生活も肌に合っていて、祖母介護を終えても田舎には帰りたくなかったので、こっちで就職して帰らなくていい理由を作りたかった、というのもありました。


色々調べて、とあるオンラインがメインのプログラミングスクールに決めました。

祖母の家が都内とはいえ西の方で、交通費も出ないのに電車都心に通うのは厳しかったのと、祖母用事が最優先なので時間の都合がつけやすいようにと、グループでやる課題とかがきっと向いてないだろうなと思ったからです。

(今になって思えば、git実践的な使い方に慣れられるし、どうせ働き始めたらチームでやるんだからグループ作業経験しておくのをおすすめしたい)

ニート期間が短かかったので貯金があまり減っておらずなんとか料金を捻出できたのですが、貯金はなくなりました。

プログラミングスクールでは、まず卒業後どういう職種や働き方を希望するかを聞かれ、それにはどんなスキル必要説明を受けながらカリキュラムを決めていきました。

授業は、エンジニア経験のある人とskypeを使ってマンツーマンで、テキストを進めたり、課題をチェックしてもらったり、デバッグを手伝ってもらったり、わからないところを教えてもらったり、実際の開発現場の話を聞いたりしました。

私はなにせ女子校育ちだし、喪女だしで、女性先生が良かったのですが、女性先生は数が少ない上にみなさん大変な人気でなかなか予約が入れられませんでした。

平日の日中に授業を受けられるので、働きながらの人よりはずいぶん有利な立場にはあったはずなのですが、できれば同じ先生にずっと見てもらいたいと考えると、なかなか厳しい状況でした。

ですが、一人だけ比較的予定が空いている先生がいました。そう、後の彼女である


彼女の予約が空いている理由は1回授業を受けたらすぐにわかりました。

早口だし、自分の言いたい事は最後まで言わないと気が済まないし、アイスブレイク下手くそだし、全然笑わないし、癖なのか10分に1回メガネを拭いてるし、説明が長いし、1回説明した事は完璧理解するはずだと思ってるし、なんか顔が怒ってるし、なんか厳しくて答えをなかなか教えてくれないし。

顔は結構美人なのに、性格きつい人だなあというのが無遠慮な私がもった第一印象でした。

まあでも予約を続けてとれる女性先生は他にいないし、私も生来かなり真面目な性分だし、授業が終わった時のやけに油断してホッとしてる顔がなんかちょっと可愛いし、実力をつけるには問題ないだろうという事で継続して予約を入れる事にしました。

しばらく授業を受ける事で、だんだん彼女の態度は軟化していきました。

プログラムも楽しかったし、彼女については保護猫をだんだんと慣らしていくような面白さもありました。

授業は丁寧だし、彼女フレームワークの細かい内部の挙動や、メソッドオプションなんかにもかなり詳しく、それらの点では優秀な先生だったので、私の心からはいしか懸念も不満も消えていました。

そんなある日、パソコンを買い換えたいと思っている話をしたら、意外にも彼女が付き合ってくれる事になりました。

(当時、なんか可愛いという理由で買った、やたらキーピッチのあるVAIOノートパソコン作業していたのですが、色々目が開いてきてMacに乗り換える事にしました)

買い物当日、MacWindowsの違いから丁寧に教えてくれた彼女私服はダサかったのですが、お礼も兼ねて新宿居酒屋に行く事になりました。

主に、Windowsで使ってたツール類のMacでの代替品を教えてもらうつもりだったのですが、いつのまにか梅酒2杯で饒舌になった彼女の身の上話を色々と聞かせてもらっていました。

ゲームが好きでプログラミングに興味をもったこと、

プログラミングが好きでシステムエンジニアになったこと、

新卒SES会社入社して働いていたこと、

同期の中で唯一の女性だったこと、

研修は同期の中で一番成績が良かったこと、

頑張って資格をいっぱいとったこと、

現場で役に立ちたくて色々な提案したこと

いい提案ができるように新しい技術を家でもたくさん勉強したこと

いいシステムを作る為にプロジェクトの良くない点はきちんと指摘したこと

それらを煙たがられて注意を受けたこと、

「女のくせに」って言われたこと、

空気をよめ」って毎日何回も何回も言われたこと、

自分が席を外したタイミングで夕会が行われるようになったこと、

プロパー+αの人だけの飲み会」にチームの中で自分だけ呼ばれてなかったこと、

契約期間を途中で切り上げて退場になったこと、

社内で待機している時、営業に「女でこんなに売れないのお前だけ」って言われたこと、

新卒もどんどん現場に出ていくのに自分は次のプロジェクトが決まらなかったこと、

「とにかく人が足りないから大歓迎です」って言われた案件でもチームの中で1番最初に退場になったこと、

同期で自分以外の全員が主任かPL以上になったこと、

飲み会で同期にそのことをイジられたこと、

男の人が怖くなってしまたこと、

円形脱毛症になってしまたこと、

声が出なくなってしまたこと、

病院に通ったこと、

会社を辞めたこと。

業界が向いてないのは身に染みてわかったけどプログラミングが好きで今の職についたこと、

スクール先生も向いてないのはわかっていること、

授業のリピート率の低さに会社からいつも小言をもらっていること、

SESが辛くて辞めたのに、多くの人が卒業SESに行くプログラミングスクール先生をしているということ、

自分のやってる事が人の為になっているのか信じきれていないこと、

本当はスクール先生じゃなくて開発がしたいこと、

SES以外の社内SEとかで転職を考えたけどどこにも受からないこと、

から人付き合いが苦手なこと、

親戚のおじさんに一人すごく嫌な人がいること、

成績は悪いが愛嬌のある弟ばかり親が可愛がること、

私が授業をリピートしてくれて、すごくすごく嬉しかたこと、

私となら雑談がうまくできて、すごくすごく嬉しかたこと、

私が授業以外で会ってくれて、すごくすごく嬉しかたこと。


「いや、まだそんな重い話を聞く関係じゃないですよw」って途中まではいつ言おうかタイミングを見計ってたけど、とうとう言えずに最後まで聞いてしまった。

気がついたら私は泣いていました。それは気持ちがわかってしまたから。

小学2年の春、誰かに一緒に帰ろうと誘われるまで教室で本を開いて待ち、みんな連れ立って帰ってしまいひとりぼっちになった後、仕方なく開いていた窓を閉め、カーテンを束ねていた、その風景を思い出してしまたから。

ああこの人は祖母出会わなかった私なんだな、と、どうしようもなく理解してしまたから。

私はこの不器用女の子を、放ってはおけなかった。


私が優秀だと彼女評価もあがるかもしれないと思って余計にがんばり、無事卒業を迎える事になりました。

プログラミングスクール卒業生の主な就職先はSESです。(今はわからないけど)

SESについて彼女に色々聞いていたので、客先企業に常駐して、多重下請け上等で、使い捨てで、人売りと呼ばれていて、残業が多くて、無理なスケジュール押し付けられて、仕様変更が頻発して、現場では肩身が狭くて、theITドカタっていうのは知っていました。(今はわからないけど)

でも私はなんでも知りたかった。彼女のことをもっと知る為に、SESについて身を以て知るつもりでした。

同じ時期に卒業を迎えた人の中には、断固SES拒否する人も何人かいました。

下請けじゃなくて上流工程ができて経営が安定していてまったり働ける社内SEか、自由先進的でフットワークが軽くて自社サービスのあるベンチャーがいいのだと。

いやいやいやと、社内SEがそんなにいいものなら、学業が優秀だった人か、SESで優秀だった人から順番に行くでしょうと、

ベンチャーがそんなにいいところなら、すごく優秀な人たちの少数精鋭なんでしょうと。

課題サンプルのプログラムをいくつか作っただけの私たちがどうしてそんなとこにいけるでしょうかと。

修行のつもりでありがたく、いろんな現場業界で実戦経験積めよと、1行でも多く実務でコード書けよと、色んなプロジェクトドキュメントとかプロジェクトマネジメント見て勉強しろよと、SESでもないと逆にそんな機会も無いぞと、そんなことを思っていました。

私の就職先は、2回面接をしただけで、スクール推薦のSES会社にあっさり決まりました。


祖母は、私が平日フルタイムで働いても差し支えない程度まで回復していました。

彼女とは頻繁に連絡をとったり、遊びにいく友人の間柄になりました。

彼女は私の職場についてすごく心配していました。

しかし、実際SESで働いてみると、覚悟していたような環境とは少し違いました。

基本的に自社のリーダーしかさない(プロパーが直接メンバーに指示を出すのはダメらしい)し、スケジュール変更や仕様変更もちょこちょこあるけど、その分の残業代もちゃんと出るし、なんだか全体的にいいところでした。(テーマパーク比較するとなおのこと)

彼女最初に働いた企業が、現場が、時代が、運が、悪かったのだとわかりました。

その事については奥歯が割れるくらい、悔しかった。

でも、「あなたのおかげでエンジニアになれて、人生が変わって、嬉しいよ」って、彼女に伝える事はできました。


数年はそのまま穏やかに、繁忙期には激しく、時が流れていきました。

祖母怪我は完治し、私はそこそこのスキルを身に付け、転職引越し検討し初めていた頃でした。

そんなある日彼女から東京を離れるつもりだという連絡が入りました。

彼女は私の卒業後もスクール先生をしていたのですが、それがあまりうまくいっておらず、だんだんと稼働が下がり、収入も下がり、公共料金生活費も滞納しかかっているような状況だったそうです。

そして、そのことが親御さんに伝わり、帰ってくるように言われたそうです。

私は彼女の唯一の理解者だったので、私が彼女幸せにしようと思いました。

彼女引越し先でのルームシェアと、当面の生活費の負担と、その代わり家事をしてもらう事を提案しました。

すったもんだの末彼女はなんとか承諾してくれました。

しか問題お金です。彼女お金がぜーんぜんないし、私も引越し料金(2人分)とルームシェアできる物件2LDK以上)の敷金礼金・初期費用を払うのは苦しい状況でした。(実家かに頼ると、生活できないならこっちに戻ってこいと言われてしまう)

そもそも転職先が決まらない事には物件を探す事もできません。

折り悪くコロナの影響が、転職市場や私の現職の稼働に影を落とし始め、「やっぱり私実家に帰るよ」などと彼女が言い出して、これはいよいよヤバイなと思い始めた頃、

事態は急転して、なんとお金問題転職問題唐突に片付きます

みなさまPayCareerさんをご存知でしょうか。企業面談するごとに3万円もらえる転職サイトです。

そこで数件のスカウトが届き、多額の臨時収入を得られ、トントン内定複数頂く事ができました。

みなさま是非PayCareerをお使いください。求職者に寄り添うお心をお持ちの採用担当者のみなさまも是非PayCareerをお使いください。

その後物件探しにも散々苦労するのですがなんとか新居が決まり私たちルームシェアを始めることができました。


ある土曜日の晩、ブラックスワンという映画がどんな内容かをよく知らずに、なんともなしに見ていた私と彼女関係は、日曜日未明に友人から恋人に変わりました。

彼女彼女になりました。

私は女子校だったので、女性同士でお付き合いしている人たちを長く近くで見ていた事、彼女過去経験から男性に恐怖心を抱いてしまうこと、ここ数年似たもの同士の2人がお互いを助けあって生きてきた事、要因はいくつもあったと思います

多分お互い、本当のところは男性の事が苦手ないしよくわかっていないだけで、もしかしたら男性と付き合おうと思えば付き合えるのかもしれませんが、この上なく安心できて、優しさを掛け値なしに注ぎあえるパートナーを得られた時、それは問題になりませんでした。

人の寝言って今まで聞く機会がなかったのですが、彼女はすごいはっきりと寝言で喋るので驚いています

私は転職する時に、自社サービスを持っていて、担当者裁量業務委託の採用発注ができる企業を探していました。

条件に該当する企業入社できたので、彼女は今、フリーランスプログラマーとして私と同じ職場で働いています

彼女はとても幸せそうで、私は大満足の日々です。

ということで、喪女プログラミングスクールに行って彼女ができた話などでした。

2021-03-23

普通人間になれたら死にたさが加速した

ただの長文自己満自分語りです。

子供の頃自分は人より劣っていると思っていた。普通人間には到底なれないと。

空気を読むのが苦手で、中学では軽く虐められた。

家庭環境は悪くないが、貧乏

教育熱心な母親と頭の良い弟の3人暮らしで、勉強のできない私は肩身が狭かった。

弟は絵が上手くさら音楽の才能もあった。

私には何も無かった。毎日辛かった。

楽しいはずの子供なのにこんなに毎日辛いなら、大人になったらもっと辛いに決まってる、そう思った私は大人になる前に死のうと決めた。

高校では虐められなかったが、学校が面倒で半分不登校になった、

勉強は嫌いだったが、母がお金を捻出して熱心に塾に通わせてくれたので大学にはなんとか入学

大学でも友人は出来なかった。

貧乏育ちでケチ下戸だったので飲み会なんて絶対嫌だった。

カフェ巡りやファッションも贅沢だと思ってひたすらバイト代貯金していた。

しか大学ではある転機が訪れる。

中高時代ブス扱いだった為、自分なんか汚物のような顔だと思っていたが

女なので言い寄られた。所謂モテ

調子に乗って遊びまくった。

私にも価値があるんだと思えた。承認欲求が満たされたと同時に女に産まれた事に感謝した。

友達の助けもあり留年もせずにすんだ。

そして大学4年就活の時期。

働きたいとも思えなかったし就きたい職業もなかった。

が、奨学金返済もある。

大学4年の12月適当に受けた中小企業内定を貰ったのでそこに決めた。全く興味のない職種だった。

周囲は大手企業銀行、やりたい仕事内定を貰ってキラキラしていた。

私はやっぱり自分ダメなやつだと感じた。

しか就職して気づいてしまった。

私は別に世間一般の中でダメなやつではなかった。

働いてみると自分は案外仕事が出来ることに気づいた。

女性活躍の流れもあり、有難いことに同期の中でトップ評価を頂いた。

小中時代汚物扱いだった為、ブスだと思い込んでいたが実は顔も悪くなかった。

天パ出っ歯メガネのブス3装備を縮毛矯正歯列矯正コンタクトにしただけで

周囲から評価がガラッと変わり、急に美人扱いされるようになった。

コミュ障だったが、控えめな性格は逆に女の武器になった。

良い男性にも出会えた。

同い年でとても優しく大切にしてくれた。収入も良く将来的には結婚したいと言ってくれた。

子供の頃の想定と違い、私には順風満帆未来が用意された。

私は人生で1番死にたくなった。

何が辛いのか書いていきます

まず仕事

本当は辛い部署努力してる同期が評価されるべきなのに、たまたま花形部署に配属され、

たまたま私が女で、たまたま仕事ちょっと出来るという理由だけで、私が評価された。私よりできる人はたくさんいたのに。

まりただの運。本当に周囲に申し訳なくなった。

顔もそう。社内で同じ苗字の同期が居た。その同期はブスだった。

私は美人な方の○○さんと呼ばれた。

申し訳なさで死にたくなった。

の子の髪や手を見てもめちゃくちゃ美容に気を使ってるのが分かった。

でも美人な方と言われるのは私だった。これもただの運。

そして恋人

結婚したいと言われたが、私は微塵も思わなかった。子供も欲しくなかった。

一緒に死のうと言って欲しかったのに、死にたいというとめちゃくちゃ心配された。

一緒に生きようと言われたが、そっちのが辛かったのでフった。

本当に誠実な人だったので申し訳なかった。

私は子供の頃ダメ人間から死ぬしか道はない、だから死にたくなるのだと思っていた。

でも大人になったら違った。

死にたいから死にたいのだった。

やりたいことが無い、生きたいと思えないか死にたいんだと痛感した。

三浦春馬自殺報道で、「恵まれてるのに…。変われるもんなら変わって欲しい」

と皆が言った。

私には三浦春馬気持ちが分かるような気がする。

まれてるからこそ死にたくなるんだ。

周囲の人に申し訳がなくなる。生きてて本当にごめんなさい。

ブスに産まれたあの子や、仕事が出来ないあの子と変われるもんなら変わってあげたい。

自分より劣ってる人に出会うと私がそのスペックに産まれてたらとっくに自殺してるわと思った。とても失礼。ほんとにごめんなさい。

私は本来こんな幸せ享受すべき人間ではない。

もっと言えば地雷原で必死に生きてる国の人々、奴隷労働をしている人達病気で苦しんでる人達と変わって死んであげたい。

けど現実問題変われないのでさら申し訳なさが加速。

3月いっぱいで退職します。

今25歳なので貯金尽きる27歳頃に自殺予定です。

ずっと死にたかったですが、ようやく時期が決まりました。

死ぬ理由自分でもよくわかりませんが、皆が生きる理由ももっと分かりません。

私より不幸な境遇スペックに産まれて生きる気力に満ちてる人、結婚して子供を作ろうと思う人ほんとに尊敬します。

こんなことリアルTwitterで話しても、え?自慢?嫌味?って思われるだけだと思うのでここに吐き出させてもらいました。

もしここまで読んでくれた人がいたら、とてもありがとう

2021-02-20

anond:20210219123454

小学生国語マスターたからな

 

ところで本当にゴンロクが悪役名か不安になってきた

こちらに歌舞伎で使われる役名リストがあった

ttps://fumikura.net/tool/yakumei.html

まずゴンロクは非常に少なかった(柴田勝家から?)俺はFGOにやられちまってたんだな

でも権がつく役名は非常に多い

名無しのごんべいという話もあったからようわからんな 脇役はとりあえずゴンベイ(ゴンペイ)といっていいくらいこの2つは多い

関西ではゴンタ、ゴンタクレが悪い意味なのは現在固定みたいだから関西人がそういうならそうなんだろうってことで許してくれ

 

上のサイトから引用したゴンりすと

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ごん|権|安永0202|坂角|けいせい花絵合・三つ目|戯曲全集02

ごん|権|享和0301|江市村|江戸紫由縁十徳・序幕|戯曲全集06

ごん|権|文化0604|江市村|霊験曽我籬・序幕|戯曲全集35

ごん|権|文化0701|江市村|心謎解色糸・序幕|戯曲全集12

ごんえもん|権右衛門|文化0411|江河原崎|万代不易戯場始・序幕|戯曲全集46

ごんくろう|権九郎|安永天明頃|大坂|双蝶々曲輪日記・序幕|戯曲全集29

ごんくろう|権九郎|寛政0701|坂角|姉妹達大礎・六ツ目|戯曲全集08

ごんくろう|権九郎|寛政0905|江河原崎|関取菖蒲〓・二幕|戯曲全集17

ごんくろう|権九郎|天保0708|坂中|油商人廓話・二幕|戯曲全集21

ごんくろう|権九郎|文化0606|江森田|阿国御前化粧鏡・二番二幕|戯曲全集11

ごんくろう|権九郎|文化0708|江市村|当穐八幡祭・二幕|戯曲全集12

ごんくろう|権九郎|文化1101|江中村|色情曲輪花形・序幕|戯曲全集38

ごんくろう|権九郎|文政0501|江市村|御摂曽我正月・二幕|戯曲全集38

ごんくろう|権九郎|文政0807|坂中|艶雙蝶紋日・序幕|戯曲全集38

ごんくろう|権九郎|宝暦0812|坂角|三拾石〓始・三つ目口|台帳集成11

ごんざ|ごん三|享保05二|京万太|傾城八万日|絵入狂言本下

ごんしち|権七|寛政0801|江桐|隅田妓女容性・二幕|戯曲全集06

ごんしち|権七|文政0111|江中村|伊勢平氏神風・一番大詰|戯曲全集13

ごんしち|権七|文政0205|江玉川|梅柳若葉加賀染・一番四建|戯曲全集24

ごんしち|権七|文政0701|江中村|御慶曽我扇・序幕|戯曲全集18

ごんしち|権七|宝暦0701|坂大西|天竺徳兵衛聞書往来・三|台帳集成10

ごんしろう|権四郎|明治前|江市村|ひらかな盛衰記・大詰|戯曲全集37

ごんじ|権次|安政0303|坂中|昔鐙文武功・四幕|戯曲全集33

ごんじ|権次|元治0104|江中村|獅子頭牡丹蝶鵆|戯曲全集27

ごんじゅうろう|権十郎|宝暦09閏07|坂角|大坂神事揃・三祭|台帳集成12

ごんすけ|権介|文政0507|江中村|伊賀越道中双六・四幕|戯曲全集29

ごんすけ|権助|安永0601|坂中|伊賀越乗掛合羽・六幕|戯曲全集08

ごんすけ|権助|嘉永0603|江中村|与話情浮名横櫛・三幕|戯曲全集23

ごんすけ|権助|享和0301|江市村|江戸紫由縁十徳・序幕|戯曲全集06

ごんすけ|権助|天保0104|江中村他|仮名手本忠臣蔵十段|戯曲全集15

ごんすけ|権助|文化0604|江市村|霊験曽我籬・二幕|戯曲全集35

ごんすけ|権助|文化0703|江中村|勝相撲浮名花触・発端|戯曲全集12

ごんすけ|権助|文化1011|江市村|戻橋背御摂・二番序幕|戯曲全集13

ごんすけ|権助|文化1309|江中村|褄重噂菊月・三幕|戯曲全集41

ごんすけ|権助|文政0608|江森田|忠臣蔵増補柱礎|戯曲全集40

ごんすけ|権助|宝暦0908|坂大西|銀閣寺釿始・四|台帳集成12

ごんぞん|権蔵|文化1101|江中村|色情曲輪花形・五幕|戯曲全集38

ごんた|権太|寛政0601|坂角|けいせい青陽〓・四つ目|戯曲全集07

ごんた|権太|天保1001|坂角|けいせい浜真砂・大詰|戯曲全集23

ごんた|権太|文化0301|江市村|略三五大切・二幕|戯曲全集06

ごんたざえもん|権太左衛門|宝永04二替|京早雲|石山寺誓の湖|上方狂言本06

ごんだろくのしん|誉田六之進|宝暦1112|坂中|秋葉権現廻船話・口明|台帳集成15

ごんない|ごん内|正徳0501|京万太|傾城千尋海|元禄歌舞伎集・続

ごんない|権内|寛政1101|江市村|春姿詠千金・大詰|戯曲全集17

ごんない|権内|享保1701|京早雲|傾城妻恋桜・上中入|台帳集成02

ごんない|権内|享和0201|坂中|けいせい廓源氏・切幕|戯曲全集02

ごんない|権内|年不詳|座不詳|吹雪桜田武士鑑・五幕|戯曲全集44

ごんない|権内|文化0211|江河原|蝶花形恋聟源氏・一番五建|戯曲全集13

ごんない|権内|文化0509|坂中|舞扇南柯話・六幕|戯曲全集36

ごんない|権内|文化0705|江市村|絵本合法衢・三幕|戯曲全集20

ごんない|権内|宝暦1112|坂中|秋葉権現廻船話・二ツ目|台帳集成15

ごんない|権内|宝暦1201|坂中|秋葉霊験道中噺・二幕|戯曲全集49

ごんのかみおきよ|権之頭興世|文化1011|江市村|戻橋背御摂・一番大詰|戯曲全集13

ごんのすけ|こんの介|元禄0707|坂岩井|日本阿闍世太子|上方狂言本01

ごんのだゆうかげなり|権の太夫景成|文化0211|江河原|蝶花形恋聟源氏・一番三建|戯曲全集13

ごんぱち|権八|寛政0804|坂角|艶競石川染・五つ目|戯曲全集03

ごんぱち|権八|天明0603|江中村|猿若万代厦・二番目序幕|戯曲全集01

ごんぱち|権八|明治2105|東千歳|篭釣瓶花街酔醒・六幕|戯曲全集32

ごんべえ|権兵衛|安永0707|江中村|伊達阿国戯場・七幕|戯曲全集16

ごんべえ|権兵衛|安政0407|江中村|三世錦繍文章・三幕|戯曲全集21

ごんべえ|権兵衛|天明04閏01|坂中|けいせい倭荘子三段目|戯曲全集05

ごんべえ|権兵衛|文化0311|江市村|壮平家物語|戯曲全集46

ごんべえ|権兵衛|文化1205|江中村|句兄弟菖蒲帷子・二幕|戯曲全集41

ごんべえ|権兵衛|文政1101|坂角|桜時廓美談|戯曲全集21

ごんべえ|権兵衛|宝暦0908|坂大西|銀閣寺釿始・六|台帳集成12

ごんべえ|権兵衛|宝暦1302|京北|音羽山恋慕飛泉・四・五|台帳集成16

ごんべえ|権兵衛|明和0507|坂竹田|宿無団七時雨傘・口幕|戯曲全集04

ごんぺい|権平|寛政0401|坂角|旧礎花大樹・大詰|戯曲全集34

ごんぺい|権平|寛保0303|坂大西|菊水由来染・口明|台帳集成05

ごんぺい|権平|享保08二替|京北|けいせい袖振山|上方狂言本08

ごんぺい|権平|元文02夏|坂大西|敵討巌流島二ツ目|台帳集成03

ごんぺい|権平|文化06|坂角丸|敵討巌流島・三幕|戯曲全集39

ごんぺい|権平|文化1003|江森田|お染久松色読販・序幕|戯曲全集12

ごんぺい|権平|文化1308|江河原崎|染替蝶桔梗・一番四建|戯曲全集38

ごんぺい|権平|宝暦0201|坂中|けいせい都富士・四|台帳集成07

ごんぺい|権平|宝暦0407|京南|恋飛脚千束文月第一|台帳集成09

ごんろく|権六|天明0507|江桐|千代音頭瀬渡・四立目切|戯曲全集01

ごんろく|権六|年不詳|座不詳|敵討上野誉・七幕|戯曲全集39

ごんろく|権六|文化0111|江市村|本朝廿四孝・序幕|戯曲全集28

2021-02-15

花形職種だけどくそつまんねえ

とある業界の、割とみんななりたがる花形職種だけど本当に最近くそつまんねえ。

ぶっちゃけ努力だけでどうこうなる仕事ではないから誰でもなれるわけじゃないではない。

から余計憧れられるし、羨ましいって言われるけど、実際のところは精神削られるからめちゃくちゃキツい。

だってそんなよくないし、まわりに同じレベル理解してくれる人が少ないか孤立やすい。

あーなんでこんなんなってしまったんだろ。

憧れたり、なりたくてなれなかった奴には申し訳ないけど、こんな才能いらなかった。

けどこれ一本できてしまった&社会からもこれしか求められないから他の仕事したくても却下される。

言い方あれだけど、自分の才能(もちろん運も大きいけど)が首絞めて、自分の道狭めてる。

別の職種転職したいけど今のやつが特殊すぎて難しい。

もういっそ地球滅んで欲しい。

2021-02-05

昔の文豪高学歴だけど文豪花形職業だったの?

ペンは剣より強しだから

未開の日本文学高学歴文豪が切り開いて今の文壇があるってこと?

今は権力ペンを黙らせることができるから高学歴の人はこぞって官僚になるのか?

2021-01-31

外国人実習生派遣する会社営業奴隷商の自覚がない

これが最大の問題なんだと思うよ。

自分たちは立派なビジネスマンだと思ってる。

なんなら花形だと思ってるわけ。

うそ空気が嫌。恰好からしうさんくさい

昔の携帯ショップにいた敬語おかし若い女店員みたいな、

男だったら起業セミナー講師みたいな風貌してる。

そういうのが田舎工場事務所を訪ねてくるわけ。

実習生構造批判するのは大切。

でもね。こういう連中に、まっとうな道にいない、かたぎの商売じゃない、

自覚させないと無理なんだと思うな。

2021-01-01

その名が轟く花形エース社員が重役になれずに終わる現象

あい番狂わせってなんで大企業で起こるんだろ?

社内や業界人はもちろん、一部の一般人からでさえ「天才編集者」として名前も顔も知られてるような社員まさか編集長まりで、同期の地味な経理マン役員椅子勝ち取ったり。

2020-12-20

男、抑圧されてるのでは?

ガキとか見てたらわかるけど、明らかに男って好戦的じゃん 

遊びの花形は「戦いごっこ」だったし、みるテレビ番組、読む漫画、大抵なにかしらの形で戦ってる

そりゃ社会構造とかジェンダー意識の影響もゼロじゃないんだろうし、戦いが好きじゃない男や戦いが好きな女がいるのも事実だろう

でも全体として、傾向として「男が戦いを好む」のは確かだと思うんすよ

で、今の社会はどうか もう全然戦う必要がなくなっている 殺し合いどころか、パンチ1発で刑務所行きが見えてくる 戦う機会は全然ない

本能的に戦いたい性別にとって、社会全体が巨大な抑圧構造なんじゃねえかという気がするんだよな

女が何をしたいのかは知らん 知らんけど、少なくとも戦いよりは平和的で生産的で、現代にやってても文句言われないようなことなんじゃないかと思う コミュニケーションとかかもしれない

まり現代社会ってあれなんすよ 女は本能的にやりたいことと社会に求められることがある程度一致している 平和な村で手芸とかコミュニケーションとかをやっていたノリで行けばよろしい

男は違う もう狩りもクソも無くなっていて、男らしさは全部有害でクソということになりつつある やりたいことをやると捕まるので、なんとか抑えていかにゃならん

悲しいことな気がするんだよな かといって狩猟採集社会に戻そうとかみんなで殺し合おうってわけにもいかない

女の勝ちだなあと思う

2020-12-15

昔のゲーム業界人、若すぎワロタ!!ワロタワロタ、、、、

90年代ゲーム雑誌を「懐かしいな~」とめくっていてね、花形クリエイターインタビューとか読んでてね、「あれ、こいつら、この時代めっちゃ若くないか?」ってことでゲームクリエイターの年齢を調べてた。

はあああああ~~~若い業界自体ほとんど80年代に興ったような若い業界から作り手も若いのは当たり前なんだけど、それにしたって若い

神童みたいな存在だった中村光一中裕司若いうちから代表作を残しているのは当たり前としても、あん清濁併せ呑むような作風の『タクティクスオウガ』作ったとき松野泰己20代なんだよ。「ガキが...舐めてると潰すぞ」ってならんか?ならんか?

あと何気にショッキングだったのは、堀井雄二広井王子ね。元々ゲーム業界外の出身であるこのへんは年齢も高く、ゲーム雑誌を熱心に読んでいた90年代中盤の自分にとっては「おじさん」っていうか殆ど初老」って感じだったんだけど、年齢みたら40歳前半くらいなんだよな。全然若いなオイ、ソシャゲディレクターとかのが全然年齢上だぞ、ってなる。

から年齢の問題はともかく、橋野さんや外山さんに比べて一回り遅れている気持ちが、どうしても僕の中にはあります若い頃に芽が出なくて、やっと32歳のときに『ドラッグオンドラグーン』でディレクターでしたから。

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ニーア、ペルソナ等の人気ゲーム開発者激論国内ゲーム産業を支える40代クリエイターの苦悩とは【SIE外山圭一郎×アトラス橋野桂×スクエニ藤澤仁×ヨコオタロウ

https://news.denfaminicogamer.jp/interview/170828

ヨコオタロウの「やっと32歳でディレクター」というのは、現在感覚からすると随分順調なように思えるが、2003年(『ドラッグオンドラグーン』のリリース年)であっても、なおそれくらいの若々しさが残っていた業界だったということだ。この座談会のなかで、外山はコナミで3年目、橋野はアトラスで5年目で初ディレクターを任されたと語っている。




2020-12-12

[] #90-1「惚れ腫れひれほろ」

地球は回っている。

そして太陽のまわりを周っている。

いわゆる自転と公転ってやつだ。

これらが巡り巡って、太陽地球を照りつける箇所が変わってくる。

それによって気温が上がったり下がったり、明るい時間も増えたり減ったりするんだ。

その変化を俺たちの世界では“四季”だなんて表現するけれど、この言葉最初に考えた人はきっとロマンチストだろう。

または底抜けポジティブシンキングだと思う。

だって客観的に考えて、季節が変わったら面倒くさいことの方がずっと多い。

それを良い事のように解釈する人もいるけれど、実際は煩わしいことだらけだ。

夏は海で遊べるけど、それは暑いことの裏返し。

猛暑を誤魔化すための対症療法しかない。

秋の公園紅葉が綺麗だなんて言うけどさ、むしろ銀杏臭くて最悪だよ。

暑いんだか寒いんだかハッキリしてなくて、優柔不断なところもダサいし。

冬は雪が積もって特有の遊び場になるけど、そのせいで交通は不便になるし、家の雪かきとか手伝わされる。

その時にできた泥と混ざった雪の塊を見て、白銀世界なんていう奴がいたら俺は笑うね。

だけど俺たちに惑星の動きなんてどうこうできるわけもないし、グチグチ言ってばかりいられないのも確かだ。

だったら多少は前向きに考えるくらいが生きていくには丁度いいんだろう。

でも、変にこじつけるのはどうかと思うけれど。

例えば春は恋の季節とかって、別に春じゃなくてもいいだろ。

恋愛漫画を読んでる時のタオナケを見てると、つくづくそう思う。

“恋に恋してる”っていうのは、正にああいう感じなのかもしれない。

…………

「はあ~、今週の『君に読むトワサガ』だけど、ちょーエモーショナルよぉ~」

その日もタオナケの心はオールシーズン狂い咲き満開。

彼女植物プラントを維持するためには、恋愛漫画必要不可欠なんだ。

「マジたっとい、感じ入るわ……」

「それ先週も言ってなかった?」

「言ったかもしれないけど、それは今週言わない理由にはならないの!」

そして俺含む他の仲間達は一歩引いた場所から対応する。

これも、いつも通りだ。

だって俺たちには、こういう恋愛モノの良さがイマイチからない。

物語花形は結局のところバイオレンスだ。

惚れた腫れたで口ケンカするのが、切った張ったのケンカよりエキサイティングとは思えない。

「はあ……この良さが分からないなんて、あんた達はガキね。少しはシップー君を見習ったらどう?」

シップー君”っていうのは、タオナケが読んでる漫画の主要人物だ。

常に主人公を気にかけて理解共感言葉を投げかけ、爽やかなスマイル無料提供してくれる。

まあ“如何にも”すぎて、逆に珍しいタイプ恋人役だ。

そんな実在人物や団体とは関係のないものを持て囃し、挙句に見習えと要求するのは俺たちよりガキっぽくないか

それに、もし言われたとおりシップー君の真似をしても、それはそれで「あんたらキモいわ」って言ってくるだろう。

恋愛漫画モード”のタオナケは理屈の外にいる。

から俺たちはこういう時に、タオナケの粗熱がとれるまで放置するしかないんだ。

次 ≫

2020-12-09

ちょっと前までは星野源ときの顔でイケメン扱いされているのが納得いかなかったんだけど、ひと昔前のジャニ花形露骨ホスト顔だったからあれと比べりゃ健全指向なのかなと思うようになってきた。

2020-12-04

anond:20201204010818

バットボールを使って遊ぶゲームプレイヤーも昔から花形扱いされてるし

そういうもんじゃねーの

まー仕事が遊びの人たちも弱くなった瞬間に廃業

なかなか大変な世界とは聞くが

2020-11-13

anond:20201112100721

  • 売れない

動画勢の多かった2018上期ならまだワンチャンあったが、生放送主体の今新規参入してにじホロクラス広告力を得るのは相当厳しい。

理由VTuber見始めてみるか~と入門した視聴者がにじホロで可処分時間を使い切ってしまうからで、生放送コンテンツからしか言いようがない。

実際、この2つ以外の箱や個人VTuberはいかにここのライバーと接点を持つかというのが成長の重要ファクターになっている。

まああそこまで成長しなくても収益は上がるので戯れで参入することはあるかもしれないが(サントリーとか)、広告塔というゴールを考えた時には自社Vの選択肢はない。

生放送コンテンツ演者スキルコネ依拠する成長要因が多いので、売れたいならどうしても「強い」演者が欲しい。

が、そういった「強い」演者は当然にじホロを筆頭とするVTuber事務所も欲しい人材である

演者目線花形VTuber事務所と売れないが定説の非VTuber企業との人材獲得競争になるので、

VTuber企業側は相当積まないと苦しく、広告宣伝費の節約という目的が達成されるかは怪しい。

2020-11-03

anond:20201103160125

広報アカウント会社花形って本気?笑

使えない奴らにあてがわれる仕事だろ

企業アカウント炎上する宿命にある

タイツメーカーツイッター炎上事件

普段、白饅頭やわかり手のツイートが流れてくるような、ディープツイッターユーザーだと、その是非はともかく「これは炎上必須」と分かる案件だろう。

タイツという女性専用の道具、二次元美少女イラスト。細心の注意と経験必要となるジャンルだ。

だが、一般の人にはそれに燃焼可能性があると認識できない。

なぜか。

ツイッターでは1%でも不快に思う人がいれば、大炎上する。だから、どういうのが炎上するかを知るにはその1%の人たちについて知っていないといけない。

1%の人たちとは、リベラルネトウヨという対立軸と、フェミアンチフェミという対立軸戦争をしている人たちだ。

具体的には、白饅頭note課金して、わかり手のツイートにふぁぼりつしている信者や、それらを引用RTでボロクソ叩いているようなアンチ

もし彼らが企業ツイッター広報担当者なら、今回の企画を全力で止めただろう。

(たとえ、自分が白饅頭信者アンチフェミでも、これは炎上必須だと分かって止めさせる)

だが、そんなツイッターリテラシーのある人間というのは、勤務時間中もずっとツイッター眺めているようなツイ廃であり、職場で浮いた人間だ。

企業広報ツイッターアカウント運営という花形重要仕事を任されることは絶対にない。

企業アカウント担当者になるような人は、仕事もできて、社内での信頼関係もあり、勤務時間中にプライベートアカウントに連ツイしたりしない人間だ。

そんな人たちは、フェミアンチフェミ闘争や、リベラルネトウヨ闘争になんか、近寄りたくもないと思っているし、白饅頭やわかり手のツイートを見たりしていない。

社会不適応者でない、まともで健全人間なのだ

から自分感覚を頼りにツイートしたり、宣伝企画を立てたりしても、どこに地雷があるか分かってない。

やがて地雷(とされているもの)を踏み抜いて炎上してしまう。企業謝罪に追い込まれる。

企業アカウント炎上させないためには、白饅頭やわかり手の信者やそのアンチ広報担当者に当てればいいのだが、そんな人間に重大な任務を任せる企業なんて存在しない。

から企業アカウント炎上必須なのだ積極的広報をすれば)

代理店運営を頼めば、炎上はしないが、さしさわりのないようなことしかつぶやかないので、話題になることもなく、依頼費用分の効果の回収もできない。

結論ツイッター企業アカウントなんて、やめておけ。

2020-10-15

活躍しているWebライターの末路

ヨッピーさんの記事(というか、顔写真で会話する記事)ってもう古いんじゃないかという増田記事を見た。

実際には、現状は数字的には減ってないだろうし、むしろ増えているのだと思う。

しかし、かつての雑誌業界を知るものとして、ちょっと書いておいたほうがいいんじゃないかと思ったので書く。

80年代から90年代において、出版では「雑誌ライター」が花形だった。

彼らは若者向け雑誌にくだけた文体原稿を書き、人気を得ていた。そのころ、そういうライターは平気で年収1000万いった。

けれども、そういったライターは今どうしているか? というと、ほぼほぼ生き残っていない。いたとしても今じゃ年収300万以下だろう。

何が彼らに起きたかというと、過度な口語面白おかしいことを書くというのが、時代に合わなくなってきたのだ。

90年代後半から、読者に求められるのは実用系の記事ばかりになってきた。これはたぶん、雑誌を読む世代の年齢が上がったから。

面白文章」みたいな記事雑誌からどんどんなくなり、巻末の連載コラムだけになった。

そのころ、一番稼いでいたのはインターネットのやり方を指南するライター。そういう人が年収1000万いっていた。

しかし、おもしろライターの面々はその流れに対応できず、どんどん傍流に押し流されていった。そして、いなくなった。需要がなくなるって残酷だと思う。

今、コラムニストとして活躍しているのは能町みね子さんや犬山紙子さんといったWebから出てきた人々。それも別におもしろ」とはちょっと違う。くすぐりはありつつも、読ませるテーマみたいなのがある(かつての雑誌ライターテーマがなく、「こういうの面白くない?」という視点しかなかった)。

さて、Webライターの人々を見ていると、かつての雑誌ライターの人々を思い出してしまう。

笑えるネタ若者の興味を引き、時流に乗った書き方で読ませる(写真で見せて、セリフ応酬するみたいな書き方)。

しかし、先日の増田にも書かれていたように、その書き方もそろそろ耐用年数が過ぎようとしているのではないかと思う。

スマホで長々と顔写真入りの記事を読むのはちょっとつらい。それに、同じようなネタならYouTuberを見たほうがいいのではないか、という気もする。

ちょっと思い出してみても、以前はWebライターとして見た顔も、今じゃまったく見なくなった人も少なくない。

ひょっとしたら、すでに消えた人の方が悲惨ではないのかもしれない。時代に合った稼ぎ方に移行すればいいのだから

つらいのは今後もWebライター的な記事を書いていく人だ。かつての雑誌ライターのようにどんどん傍流へ押し流されていく。

80年代90年代活躍した雑誌ライターは、今振り返ると驚くほど書籍を出していない。本を出さなくても雑誌で稼げたからだ。

同じようにWebライター記事書籍化していない。そもそもあの形式だと紙で見せる方法がないのだけれど。

本が残らないということは、そのまま人々の記憶ごと消えてしまうということだ。Webライターはほんの一時期だけ稼げた時代の徒花に、このままだとなってしまうと思う。

2020-10-06

anond:20201006190654

作れないのではなくて『雇用を守るためクビに出来ない』『効率化して既得権を失いたく無い』からだよ

どんなUIにするか?とか処理スピードなどでは戦うところはいろいろあるけれど

一元管理する・自動化するに限定すれば技術的に難しいところはないので

パーツなら色んなメーカー日本でもいくらでも出してるよ

たとえば労務周りの手続き自動化・一元管理するやつとか

例)SmartHR  https://smarthr.jp/

 

クビには出来ずとも、仕事はどんどん減っており、世の中には閑職部署ではなく、閑職事業所もあって、

若い人ほど将来を悲観して突発休や (仕事が大変じゃないのに) 鬱病になる人が多んだぞ?

実際には超大企業なので解雇に対するハードルは異常に高く、仮に事業所が閉まってもなんらかの場所へ配置替えがあるはずで

過剰に気に病む必要性は感じなかったのだが(黙って、投資語学/難関資格チャレンジ海外旅行/各種大会参加/クリエイターやっとけばいい)

この状態だと、将来自分はどうなるんだろう?ってやってたよ

なので花形部署での海外研修含む激務はむしろ喜ぶべきだと思ってるけど、働く気無さそうなブクマカは多いよね

 

約束の地を探さないで欲しいけど、何かをするのなら自営しかないぞ

 

anond:20200212111557

知識というのは自分の食い扶持を作り他人を助けるためのもの

社会選別のためのものでは本来ない

ただぼんやり与えられることを望んで学歴をつけて超大企業に入ったとしても

年齢と共にほぼ無条件で1000万くらい貰えて

定年まで安心して過ごせる時代はとっくに終わっている

日々、子会社永久片道出向からのほぼ強制転籍とか、なんもない閑職事業所とかで死んだ目をしている

運良く定年まで残れたとしてもなかなか再雇用はない

グループ定年退職者が退職所属するシルバー派遣会社だって自前であるのに

戻って来るのは元役職者や社内営業が得意そうな方々ばかり

そもそも論として事務系の仕事は今すぐに本気出せば無くせるのであるAIとか関係無しに

それを整備するために事業の遅延があってはいけないのと雇用を守るために先延ばししているだけである

約束の地を捜さんで欲しい

 

・・・けども、何かをしたいなら自営しよう

既存組織において波風を立てない以上のことが求められる事は

おそらくアジア圏外でも無いぞ

何故ならボス増田では無いからだ

自分組織を作ろう

2020-10-05

なぜNTT市場で負け続けるのか

最近余りいい話を聞かないので悲しく思う。新卒から長年お世話になり、大変可愛がってもらいながら楽しく仕事をし、数年前に離れた。出会った人達殆どが、気の良いおっちゃんおばちゃんで、今でも故郷のように懐かしい。

NTTグループ持株会社と言われる日本電信電話ドコモを中心に、毎年優秀な若者が多く入社する。幹部層も人格頭脳に抜きん出た人材が多い。しかしながら、顧客提供するサービス無駄が多くて費用も高く、現場人材は低モチベーションレベル

自分がいた法人向けサービス領域で思い出す事は、営業マン地位の低さ。営業フロント仕事より、経営管理営業推進、商品主管といった企画職の方が明らかに偉く、昇進の機会やボーナスで高評価を貰える母数も多い。営業マネージャーは主に新任課長就任するポジションだ。

 花形企画職はロジカル説明能力と広い視野での部門間調整能力必要とされるが、各々の業務範囲は細分化されており、抜本的な施策を行う為には膨大な数の人間とネゴる必要があり、ほとんど不可能と言ってよかった。やる気のある若手が頑張るだけ無駄だと感じる要素が十分にあった。

つまるところ内部の組織はまさに官僚組織のもので、トップダウン命令に対しての動きは迅速だが、市場や外部環境の変化を捉えて柔軟に動く力や仕組みは全くない。

 時代の変化と共に少しずつ変わっていくべきなのに、規制業種かつ莫大な投資必要インフラ業のため新規参入がなく、市場の声を聞いてサービス改善する体質は身につかなかった。

ドコモNTT完全子会社となったものの、先行きは暗いように思う。もっと世の役に立つサービスを生み出す為には、社員インセンティブ設計し直すべきだろう。今は上司や社内に認められたら出世できる構造だが、会社の外に対して貢献したら評価されてお金が貰える、役職がつく等。

マネージャーになるしか出世のレールがない事も苦しい。

実直に働く社員が多いので、事業をうまく絞って派手さはないが堅実でいいサービス提供する企業であり続けてほしい。

2020-10-01

anond:20200930204140

増田のいうことすごいわかるよ。

自分情熱がなくて大手ゲーム会社正社員辞めた。みんななりたがる花形ポジションだったけど、ゲームなんて微塵もきじゃなかったから。

どんなに羨まれても条件良くても、情熱がないもの情熱かけるのは精神にしんどいよな。

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