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はてなキーワード: ボンボンとは

2021-05-10

金で買った五輪負債に落ちぶれていくのちょっと笑える

何のためにどこぞのボンボン顧問料払ったんだろうなぁ

2021-05-08

菅首相を見てると

結局苦労人って苦労してる人に厳しいんだろうなと思う。

締め付けは強化しつつ頑なに追加の補償拒否する。

自分と同じだけ苦しんで頑張れとでも思っているのだろう。

彼に比べるとまだボンボン安倍前首相の方が柔軟だった。

2021-05-03

anond:20210503070820

大学なんて金持ちボンボン道楽からな。

大卒70%になってもまだそんなこと言う人いるのかな。

いるんだと思うね。

それが日本から

anond:20210503062358

そもそも大学のとらえ方が間違っているかな...

高等遊民って知ってるか?

大学なんて金持ちボンボン道楽からな。

閑話休題

企業慈善団体じゃないんだから、そんなどこかの家のガキが遊ぶ金を出したりはしないだろうよ。

金を出すとしたら、その企業就職することを条件にその企業業務内容にすぐ役立つことを勉強する人に出すのでは?

それに、それだって過半数の子供たちが大学に行く時代お金を出すとなったら選別せざるを得ないだろうよ。

2021-05-01

エマ・ワトソン男性も男らしさにこだわる生き方から開放されよう」 ← これってさぁ

たまたま富豪の家に生まれボンボン令嬢が

自分なら到底耐えられないような困窮した生活を送ってる貧困層に向かって

お金にこだわるような価値観から開放されましょう」って豪遊しながら言ってるようなもんだよな

そらなんか頭にくるわって

2021-04-28

anond:20210428100934

二世ボンボンの害も目立って増えてきたが、まだまだ田舎地方集団就職組のダメ夫婦のガキがうざい。

anond:20210428100733

いや、二世クソボンボンを突き落とすために導入するんや

首を吊ってる母親を、自分の手でドアから降ろした話。

これも結構前の話になる。

「そういえばあの時、どんな気持ちだったっけ?」と思い返す機会があったので、折角なので文字に書き残しておきたい。

そうすれば胸に落ちるものも、もしかしたらだけど多少はあるんじゃないのかな?って感じで。

内容が内容なので、少し長くなるかもしれないけど、お暇な方がいらっしゃいましたら読んでやってください。

あんまり仔細に年月日を狭めすぎるとアレなので、時期は今から7年ほど前。

ちょうど今のような、若干寒さも落ち着いてきたかな?ってぐらいの春頃のお話だと思って下さい。

当時の俺は大学入学したての、ピカピカの一年生でした。

兄の方がとても優秀だったんで、随分と見劣りはするけれど、俺の通っていた高校レベルからすれば「まあ頑張ったんじゃないの?」程度の大学へと入学

その筋のマニアには結構有名な、二郎インスパイアの名店が近くにある登り坂の長い大学ですね。

あれは本当に数少ない良い思い出です。メチャメチャ美味かったな。店狭いし、オッサン怖いし、汚いけど。

オススメは小ラーメン・麺少なめ・ニンニクマシ・アブラシマシです。

しか高校まではチャリ通で10分だったところが、電車を乗り継いで1時間半になったのは本当によくなかった。

職場学校は、絶対に自宅から近い場所を選びましょう。近い場所にないのなら、あなた引っ越ししまいましょう。(経験則

そんなこんなで深夜までゲームやらアニメうつつを抜かしては、中途半端時間に目覚めて、一限は余裕でアウト。

気付いた母親に叩き起こされて、仕方なく起床。もそもそと着替えて、遅刻前提の移動。

それで素直に大学まで向かえばいいものを、「途中で行くのも面倒くせえな」と地元カラオケで朝割フリータイムしてたり、本屋立ち読みしてたり。

入学当初からそんなんだから、とにかく授業内容は良く分からないし、眠くて眠くて仕方なかった。

何よりも人見知りだったもんで、良くも悪くも自由大学形式の授業とサークル活動に、いまいち馴染めずにいた。

大学は少中高と違って、能動的に働きかけないと友達はできないもんなんです。あの頃の俺に教えてやりたい。本当に。

夢見ていた大学生活は、俺にとってはただの眠気との闘いに成り代わっていたのである……。

そんなんで仲の良い友達全然いないもんだから、授業サボりまくって、図書施設ビデオ設備で「ロード・オブ・ザ・リング」とか「戦場のピアニスト」とか見てたな。

いや、完全に余談でした。すみません

とにかく、こんなカスの具現化みたいな大学生活を送らないよう、新入生の皆さんは頑張ってください。

話を戻します。

俺が小学校に上がるぐらいの前に、うちの母親は一度離婚している。だから俺は種親の顔をほとんど覚えていない。

自分ママとパパと話すけど、ふたり全然しゃべらないなぁ」とか「やたらと関西実家に行ったり、親戚の子がうちに来るのはなんでだろ?」とか。

そんなことを子供ながらに思ってたんだけど、今思い返せばそういうことだったんだと。

そんなこんなで気付いたら第一父親が消えて、俺が小学校二年生ぐらいの時に、新しい父親が来た。

第二の父親は、俺は子供ながらに「良い人」だと思った。

そりゃ向こうも腹を据えて、血の通ってない兄弟二人を抱えるわけだから、多少の上っ面は確保してくるには違いないんだけど。

一緒にお風呂に入れてもらったことが嬉しかったのを覚えてる。そんな第二のお父さんの背中には、ご立派な龍のモンモンが彫られていたけど。

仮初でも、その人は優しくて良い人で、色んな場所に連れていってくれたりした。なんかホテルが多かったな。海ほたるとかもよく連れていってもらった。

多分これまでの人生25年、その人が来てからの数年が一番幸せだったんじゃないかな?

中学に上がる前ぐらいの、それぐらいの間。ホント幸せだったと思う。ボンボンボンボンで、当時Xbox360COD4ネット対戦してたの俺だけちゃうレベルで。

母親も、その時が一番楽しかったんじゃないかな?

俺も兄貴母親父親も、心から「家族」を感じてた最後の瞬間だったと思う。

で、俺が中学に上がった頃に、第二の父親が手掛けていた事業が一気に傾いてしまったと。

これは直接見たわけでもなんでもないけど、父親の元同僚の方に聞いた話なんで、間違いないことだと思います

首の回らないレベル借金も抱えることになったと。

そっからの酒乱っぷりたるや本当に凄くて、中学生ぐらいになると俺も兄貴も(特に俺は)夜更かしをするようになってるから

ベロンベロン状態で帰ってきた泥酔親父に、子供相手に何を言い出すねんみたいな絡み方をされだして。

うわぁ、イヤやな……って、毎日夜になる度に鬱になってたのを思い返します。寝てたら寝てたで起こしにくるし。逃げようないやん。

そんな紆余曲折を経る中で、第二の親父が俺に放った言葉

「お前なんて、オレの本当の子供じゃねえんだからな?」

この一言が本当に忘れられなかった。シグルイのあの人ばりに、(この傷は二度と戻らんな)と泣きながら感じたのを覚えてます

しかもこれ確か、母親の目の前だった気がするんですよ。なんか二人で揉めてて、俺が仲裁に入るじゃないけど、間に入ろうとしたらこうなったみたいな。

酔うと貯め込んだ本質が出るタイプの人っているじゃないですか。つまりはそういうことだったんだな、と。

それ以降、父親と心を通わすことは一切なくなった。もちろん話したりってことはあるけど、他人みたいなことで。

そんなこんなで、それでも気付いたら中学生になって、高校生になって。

第二の父親は家からはいなくなって、お金だけを入れながら、たまに連絡を取るぐらいの関係になって。

こっからはもう蛇足なんで、ちょっと飛ばし飛ばし

小中校まではすごい楽しかったんですよ。面白い友達もいたし。なんで急に大学ダメになったのか、不思議だなぁ。

母子家庭あんまり余裕のある生活じゃないけど、塾にも行かせてもらって、奨学金も出る。

大学にも行けるんだと思えば、ちょっとぐらいの家庭内のゴチャゴチャがあるぐらいで不幸ぶんなよ、俺よりひどいやつなんて山ほどおるぞと自分自分を戒めたりもして。

そして母親の様子がおかしくなりだしたのは、このあたりだったと思います。ちょうど俺が大学受験を終えたぐらいの時分。

深夜、お腹すいたなーと思ってリビングに行くと、母親ワインと大き目なビニール袋みたいなんを用意してて、一人で黙々と飲んでて。

で、ちょっとなんか変な感じがして、母親の目から。据わってるって言えばいいのかな。とにかく、明らかに普通じゃないけど、普通を装うとしているのが伝わってくるような、そんな感じで。

無言でいるのも変なので、「なにこれワイン?家での飲んでるの珍しいね、いいやつなの?」みたいなことを訊いた覚えがあります

うちは父親の件もあったので、母親とはすごく仲良しだったから。

思い返せば、極度のマザコンだったんだと思います特に兄貴が遠方の大学にいってからは、実家には俺と母親の二人だけだったから。

とにかく変な雰囲気だったから、「お酒家で飲むの初めて見たかも!俺もひとくちもらおっかなぁ」みたいな、おどけてなんとかしようみたいなムーブをした記憶があります

「いいよいいよ。飲んでみな」と、母親が余裕で許可をくれたことも結構意外でした。酔ってたのかな?分かんないけど。

ド深夜、テーブルライトだけつけたリビングの机、ワイングラス、謎の大きなビニール袋。

なんかすげえヤバイことになってんのかな?と。

なんでだろう、このあたりから薄々感じ取り始めたというか、そんな気がしました。今までにこんなことなかったよな?って。

そして寝て起きたら、横に母親がへたりこんでるんです。体育座りを右斜めに崩したみたいな恰好で。

俺は一瞬、本気で死んでると思った。でも慌てて抱き付いたら、ちゃんと体温も呼吸もしてたので、本気で安心したのを覚えてます

えっえっ?ってなって、どうしたん?って聞いたら「いや、ちょっと……」みたいなことで、手元を見たらスカーフ?とハンカチを束ねて作ったような、首吊り用の縄?があって。

正直ワインときから厭な予感はしてたから、メチャクチャ驚いたし、なんで?ってなった。

「それはだめだって、それだけはだめだよ。これからどうすんの?」って泣きながら問い詰めた記憶があります

人間、本当に近しい人であれば、ちょっとした行動から、「なんとなく自殺しそうだ」というのが分かるものなんだって思いました。

マジでここらへんの記憶が、ずっと頭からこびりついて離れない。身体を下ろした時よりもキツかったかもしれない。

未だに良く分からない。要するに母親は、部屋のドアノブに縄を引っかけて、首吊り自殺をしようとしたんだと。

しかも俺の部屋のドアノブだった。誰のだったらいい、ということじゃないけど。この時には、兄貴はとっくに外に出ていたはずなのに。

首元を見たら、真っ赤っていうか、うっ血したようなアザになっていて、「失敗しちゃった」みたいなことを半笑い、作り笑いで言っていたような記憶があります

未だに後悔しています

あれだけ明確に希死念慮を見せていたにも関わらず、なにもできなかった。

母親がこのとき、俺に助けを求めていたのかは分からない。あるいは本当のショックを与える前に、「私は死ぬからね」という予告をしたのかも分からない。

兄にも周囲にも連絡をしなかった自分の愚かしさ。せめて身内だけには言うべきだった。

でも、言ってもどうにもならないんじゃないか、言われた側に負担を強いるだけになるんじゃないかと、どこかで想ってしまっていたのも事実です。

母親自殺をするかもしれない。どうか助けて下さい。」この言葉を俺はいったい誰に伝えればよかったのか、いまでもわからない。

救い方があるとしたら、それは俺がどれだけ母親が好きで、愛していて、感謝しているかということを、心変わりするまで何度でもいうことしかなかったんじゃないかと。

ある日、大学に行った。四月の上旬。はっきりと覚えてる。

ちょっと早めに授業が終わったのか?サボったのか。正直どっちでもいいけど、俺は家に帰った。

なんだかすごい胸騒ぎがしてた。兄も俺も家にはいない。家にいるのは母親だけ。

ただいまとドアを開けた瞬間、やはり自分の部屋の前で、足元に椅子を置いて、スカーフで作った縄を首にかけて、うなだれて扉にもたれかかる母親を見つけた。

凄まじい衝撃と同時に、「やっぱりこうなった」とどこかで思う自分がいた。

首にかけているスカーフ素手では取れなかったので、キッチンからハサミを持ってきて、片方の刃で切り落とした。

抱き抱えた母親身体は、思い返せば想像よりもずっと軽かった。

「誰か、誰か助けてください」と今までにいったことのような言葉を金切り声で叫びながら、居間の上にあおむけにさせて寝かせた。

そして震える指でスマホをうって、まず兄にコールした。

兄は大学二年生で、本来なら学生寮にいたはず。この日はたまたま里帰りをしてきて、何かを読みに本屋にいってくるといっていた記憶がある。

しかすると母親は、この日を待っていたのかもしれない。兄弟が揃う日じゃないと死ねないと思ったのか。分からない。

ママが首を吊ってた。いま俺が下ろしたけど、意識がない。救急に連絡するから、すぐに帰ってきてほしい」

と言って、すぐに電話を切った。兄は「わかった」とだけ言っていたような気がする。

家の場所を伝えて、どうか助けてくださいというと、すぐに救急車と救助隊の方々が来た。

俺は人命救助の方法とかがまったく分からなくて、もしかすると心肺蘇生とか、胸骨圧迫とか、本当はいろいろなやりかたがあって、

待っている間にそれができていれば、母親を助けられたんじゃないかと思う。

でも本当に現実現実として受け止められてなかった。頭がヘンに冷静だったのは、「こんなことになったけど、きっと助かるよな」と無根拠に信じ込んでいたからだと思う。

ここではどうにもならないから、と救急車に乗り込んだ。

ハサミで深く切った指から血が流れていることに気付いた。痛みはまったく感じなかった。

俺「こんなんなっちゃったな」

兄「俺、これからどんな顔して顔あわせればいいかわかんないわ」

俺「そうだなぁ」

こんな会話を、兄弟で悠長に会話していたのをハッキリと覚えています

ここまではすごくハッキリ覚えているのに、ここから先があいまいなのが不思議で、不思議で。

確か夜の病棟に運ばれて、「自意識が戻る可能性はない」と言われたこと以外は、実はほとんど覚えてないんです。

翌日の病室の面会で、意識のない母親を前に過呼吸になるぐらいに泣いてしまたことを覚えてます

そして「自意識が戻る可能性はありませんが医療を続けますか?」というような旨を医師の方に伝えられて、「もういいです」と伝えたことは覚えてます

そしてずっと病院に居るわけにもいかいから、家に戻って、母親のいない家で過ごして。

三日後か四日後、電話の連絡で「お母さんは亡くなりました」と同僚の方から連絡をいただきました。

母親の死に目に会わなかったのは、自分にとって幸運だったのか、不運だったのか、未だに分からずにいます

からない、本当に今でもわかりません。

あのワインの日から自分に何が出来たかをずっと考えています

間違いなくサインとなっていたあの日ちょっとでも行動を起こす勇気自分にあったのなら、もしかすると母親は今も生きていたのかと。

2021-04-04

 あるアメリカ映画を見た。父親に反発して都心に出た息子が、父の死をきっかけに家業を継ぎに田舎に戻ってくる。会社経営ボロボロ。彼は一発逆転を狙ってトランスジェンダー女性と手を組み新事業を立ち上げ、紆余曲折の末に成功する話だ。

 主人公受け身のお坊ちゃんで、大学卒業後、婚約者が見つけてきた不動産会社就職しようとしている。しかし、父親の死後は彼女の見つけた仕事も、結婚約束反故にして、嫌で捨ててきたはずの家業の再建に奔走する。その上、婚約者に黙って、2人で住んでいるアパートまで新事業担保にしてしまう。主人公たまたま知り合ったトランスジェンダー女性からビジネスアイデアをもらい彼女事業を立ち上げようとするが、従業員にはパワハラトランスジェンダー女性にはモラハラをする。案の定婚約者には振られ、従業員トランスジェンダー女性も離れていく。彼は「俺は世間に認められる男性にはなれない」と悲嘆に暮れるが、献身的な幼馴染の女性の支えや、思い直してくれた従業員たちが戻ってきてくれて、やる気を取り戻す。そして、なんやかんやでトランスジェンダー女性も戻ってきてくれて、事業成功する。

 話としてはシンプル音楽がいいので楽しめたが、万人にわかやすいように「多様性」に切り込むと、こんなもんなのか?と思ってしまう。

 トランスジェンダー女性は、最初田舎町では化け物扱いだが、最後には友人もできて楽しそうにしている。でも、彼女主人公のために尽くした結果が「主人公成功」「ビジネスパートナーとしての自分成功」「田舎町での承認」だとすれば、ペイバックがあまりにも小さい。それに比べると、受け身ボンボンだった主人公は、父親を超えてやる!と勝手に一念発起して勝手自爆して、周りに救われ続けた結果、「ありのまま自分で頑張ったか成功しました!」と言う風である作品を通して、彼自身の学びや成長はほぼない。おまけに幼馴染の女性は、彼のそういう「男らしさ」に夢中になり、2人はラスト恋人同士になる。あまりにも都合がいい。

 「ありのままでいい」「ありのまま自分他者をただ受け入れて欲しい」というメッセージを、シスヘテロ男性でもわかりやすいようにすると、シスヘテロ男性を脅かさない、ひたすら寛大で理解のあるLGBTQのキャラクターと、主人公男性性を失わないことをアピールするための女性事実、幼馴染の女性主人公告白された直後「まだ女性が好き?」と確認している)のキャラクターがいるのかもしれない。

 今日映画1990年代作品リメイクなので、まあ価値観が古くても仕方ないのだろう。ただ、今後日本でもそう言う作品が出てくるのであれば、1990年代をそのままなぞるのはやめて欲しい。

2021-04-02

anond:20210401233843

つーか実際はそのケースの場合、妹も経営者に名を連ねてて給料も貰ってるよな

本当に経営に関わってるか名ばかりかは人によるけど

それとは別に非正規雇用に就くって事もない

趣味で大して儲かりもしない自営業やるとかならいるが

んで男でもそういうボンボンはい

実家から不労収入あって好きなことやってるやつ

音楽とか芸術とかってそういう金持ちのご子息ご令嬢だらけじゃない?

2021-04-01

anond:20210401171909

医者が安定した高収入なのは昔の医師会会長国民皆保険ロビーイングして大勝利したおかげ

国民健康保険導入以前は、裕福な患者を抱えている医者以外は結構しんどかった

医師優遇ちょっと行き過ぎてる面があるから、この辺で揺り戻しがあってもおかしくない

入った医学部のある地方限定医師免許とかね

そうなると関東患者私立出のボンボン医者にかかる率が高くなるけど

2021-03-31

働くよりこういう金持ちから金とる方がはやくね

私立中高一貫男子校でて医学部入って4留、名前出して専門医であること公表しながら「生保デモする暇あるなら働け」とツイートするボンボンの親の顔が見てみたい。

2021-03-30

ほんの最近まで守られるべき個人情報なんて無いも同然だったな

2000年新卒就活して2001年からピチピチの社畜になった世代だけど、内々定後にその会社から公安みたいなマネされたのは忘れられない。

俺が内定したのは結構デカくて知名度めちゃくちゃ高い会社だった。

大学4年の秋頃に懇親会みたいなのに内定者みんな1回呼ばれて、人事だったか結構偉いオジサンとみんな個別に面会させられたんだけど、何もかも調べつくされてて驚愕した。

「君が実は二部学生なのは知ってるんだよ」

甲子園出た幼馴染の仲良しがいるんだってね」

結婚を考えてる彼女がいるのも知ってる」

高校から中型バイク乗ってたんだってね」

こちらが面接の時にも履歴書でも明かしていない事実特に感情も出さずに淡々と突きつけられて本当に驚いた記憶がある。あまりに不気味だった。

多分会社が誰か使って近所の人や高校担任かに俺のこと聞いて回ったんだと思う。

今考えたらどうかしてる会社多かった。

東大だらけボンボンだらけの一流企業だって内定者の家庭訪問やるの普通だったもん。

2021-03-25

政治家になるべき人

1日8時間働けて国を良くすることにだけ興味がある人がなるべきじゃないか

そういう人間が育たないなら政治家養成学校を開校してもいい

受験にも卒業にも試験があって入学費は無料生活費支給される

毎日世界の様々な事例を学んで卒業したら政治家として各地に配属される

政治家年収国民の平均年収と同じにして同じように上がったり下がったりしていく

今のような選挙が大声大会になってボンボンピラミッドを築いてる現代だとまともな政治は望めない

政治家毎日料亭で会食することが本業国会プロレスごっこしてる連中がやるべき職ではない

2021-03-19

こうなんというか、小泉孝太郎めちゃめちゃ機を見るに敏で頭良かったんだなあって思うよ、今のレジ袋とスプーン停止強制ボンボン見るとな。

2021-03-16

自分食べ物に例えるとなんですか

こないだちょっとした余興で聞かれた

友達たちの答え

ウィスキーボンボン。見た目は子供で中身は大人から

カレー。なんとでも合う。誰とでも仲良くできるから

なんだか私と違う人生を送ってるな………って思っちゃった

私もカレーになりたかったなあ

こういうお遊び質問にさえ前向きに答えられずしなくていい自虐をしちゃうところがカレーになれない理由ですね

2021-03-15

高橋ヨシキ、めちゃくちゃ実家太いボンボンだし父親東大教授なんだよな

まぁ「そういう事」だわ

あい無頼漢気取りのお坊ちゃんが一番ダサい

2021-03-10

レジ袋やプラ食器と無縁のボンボンが嬉々としてるのでムカつく

温めの確認怠るコンビニスタッフがザラにいる現状で、

汁物デザート類を買ってもスプーンの要不要確認しないスタッフなんて

これからどんどん出てくるんじゃないのかな。

キャッシュレス化のおかげで小さいウォレットひとつポケットに入れて

手ぶら食事や買い物が楽しめるようになってるのに、

簡易包装しないと持ち帰れない品や量の買い物をしても

袋の要不要を尋ねない新人スタッフ大手量販店でもたまにいる。

ホント心配なのは有料化じゃなくてそっち。

2021-03-04

高卒擁護増田だけど

実業高校卒の全勝検定9種合格の生徒とかと会う立場なんだが

彼らのまっすぐな目はどっかのボンボンよりも輝いてる気がするな

まぁ専門学校卒とかになるんだけどなあいつら貧乏から

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