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はてなキーワード: 戦国時代とは

2021-05-12

男系女系

どちらかと言えば自分男系支持派で、男系の続く旧宮家を復活させて今の女性宮家結婚させてでも男系は繋いだ方がいいと思っている。

しかし、こんなことを考えるのはタブーなのかもしれないが、これまで男系が繋がっていたという証拠は本当にあるのだろうかと疑問に思うことがある。現代遺伝子が父方の方で繋がっているという男系の考え方は、言ってみれば19世紀ダーウィン以後の遺伝子というもの生殖を通して個体継承されるという発見を踏まえた考え方であって、江戸時代やそれ以前にそんな現代的な意味での男系が本当に尊重されていたとは考えにくい。

例えば、戦国時代立花宗茂とか、大名大友家家臣の立花道雪に息子がいなくて同僚の髙橋紹運から養子として貰われてきて立花家を継いでいる。もちろん実子の娘と結婚して婿養子として家を継いでいるのだが、血が繋がっていなくても養子にすれば家としては存続できる、というのが当時の普通の考え方だったように見える。血の繋がりよりも形式上の家の方を重んじるというのは現代では理解しづらいが、まだダーウィン発見を知らなかったと考えれば理解できなくもない。

現代でも、政治家とかを見れば例えば安倍晋三の弟の岸信夫とか、岸家を継ぐために母方の岸家に養子に入ったりしている。庶民から見たらめちゃくちゃだが、伝統的な家柄ほど家というもの大事なのかもしれない。戦国時代やそれ以前からの古くさい考え方が今も残っているということだ。

問題は、血の繋がりよりも家、というのがコンセンサスだった長い長い時代の中で、どうやって天皇家だけ現代的な意味での男系という概念が維持できていたと言えるのか、ということだ。一応神道宗主の形は取りながら室町以降歴史の裏方にいた天皇家で、本当に無垢男系が維持できていたと言えるのか。権力欲剥き出しの藤原摂家たちが側近にいる中で(しかも母方で見たら既に藤原氏と血縁で混じり合っている中で)、どこかで養子に置き換えられることなく連綿と純粋男系を維持できてきた、と言えるのだろうか。(陰謀論に踏み込まずにこの論を考えるのは非常に難しい面もあるのだが。)

好意的に見るならば、そうした科学的な男系の立証は不可能だが、たとえどこかで置き換わっていたとしても同じく歴史上重みがあり天皇家の親戚でもある藤原氏(近衛家一条家など)の子孫だから問題なし、ということだろうか。たぶん、現代においてどこの馬の骨とも知れない庶民から男系を奪われるのとは較べるべくもない、ということだろうか。

2021-05-06

anond:20210506164609

はるか昔、戦国時代中国において・・・

スターウォーズBGM

こちらは最強の武器であるおppい!」

こちらは最強の防具であるおmmんまん!」

こうして盾と矛のことわざが生まれたのである

2021-05-02

anond:20210502143041

そりゃそうだろ

空襲で焼けた人が大勢が川に逃げた場所栄養が海に流されて魚が食って

人間が魚を食っている

戦国時代だって石器時代だってそうだ

旧帝大以外で女装ハッテンする奴は全員○ね!

女装を伴う性交渉古代ギリシャ戦国時代から続く上流階級の高尚な文化なの

況やGmarch以下の(高卒や中卒も勿論含める!)生物学的に劣等なゴミ共が女装ハッテンするのはその由緒ある歴史を傷つける、冒涜行為に値する。

賎民女装ハッテンの界隈に入るなど来世でも早いわ

一人でぼくのぴこでシコって寝てろ

2021-04-30

anond:20210429130738

から戦国時代とか衆道があったんだろうな

でも某アトピーニグロくんとかは間違いなく誰にも相手にされ無さそうで可哀想

2021-04-29

大河戦国時代映画合戦のシーンあるけど、身体を刀で斬りつけると血飛沫飛ばないで死ぬけど、本当は血飛沫めっちゃ飛んで、比べものにならないくら残酷ものだったんだろうな。

2021-04-24

anond:20210424212516

日本人って抜本的な行動苦手だよね

基本的に変えないことが良いこととされてるし

改善しかしないか黒船に弱いし(車業界だとテスラとかアップルにやられそう)

プライドが高いか下請けになることを拒んで負けたり(スマホになって負けた)

第二次世界大戦みたいな大チョンボやらかしても天皇ずっといるし

日本人が好きな戦国時代も行き当たりばったりの塊だし

日本史って大体行き当たりばったり

2021-04-19

anond:20210419191333

強者弱者を見分けて犯罪にならないように立ち回りながら殴るスキル社会有用もの

日本のみならず世界中で使える人類普遍有用スキル

たぶん戦国時代トリップしても使えるね

2021-04-17

anond:20210416005605

そうかな。戦国時代も基本悲劇で教わってる印象だよ。

大化の改新以降終戦まで、民衆はずっと重税と飢えで常に死の淵を彷徨っている地獄人生、という印象。

2021-04-16

なぜ戦国時代戦争ロマン扱いなのに昭和時代戦争悲劇扱いなの

どちらも一般人を含む大勢が亡くなったのだから、同じようにロマン扱いするか、悲劇扱いするか揃えて欲しい。

歴史の授業で人の死をロマンとして勉強するのに、昭和になった瞬間に平和教育を受けることになって混乱した。

2021-04-13

anond:20210413172502

桃太郎浦島太郎舞台が変わっただけ

江戸の町や日本戦国時代に転生する漫画がないのはブサイク日本人の顔を見たい読者がいないからだろうな

みんな女は金髪が似合う女がいいと思っている

2021-04-10

キャッシュレス化興亡記(個人的視点)

2018年末にPayPay が大型キャンペーンとともに登場してから、2年あまりが経つ。

最初操作に戸惑っていたスマホでのQR決済だが、2年の間に生活の中になじんできた。今回は、ここ2年くらいのキャッシュレス化進展の模様を、利用者である個人備忘録として書き留めておく。

スマホでのQR決済が中心だが、それ以外のキャシュレス決済にも言及したい。2030年ぐらいになったときに、「あん時代もあったな」と懐かしく振り返ることができるといいと思う。

注:記憶ベース手帳メモを見て思い出して書いているので、事実記述の正確性には欠ける。


2018 年まで

私はもともとお釣りを受け取り小銭を持つのが苦手でキャッシュレスには関心があった。

電子マネーに興味があったこともあり、2007年からおサイフケータイを導入した。

モバイル suica をセットし、コンビニなど suica で支払い可能なお店では極力 suica を使っていた。

クレジットカードはびゅーカードをメインに使い、suicaへのチャージで 1.5%分の ポイント還元をもらっていた。たまったポイントルミネ商品券に交換して、それを金券屋に売って現金化していた。詳細は覚えていないが、結構まとまった還元額となっていた気がする。

おサイフケータイには、suica 以外に nanacoiD をセットしていた。

nanaco は近所にイトーヨーカ堂があったので、そこで使用

iDファミマTカードをセッ トして近所のファミリーマートで使っていた。この使い方だと、レジでTカード提示しなくても、Tポイントたまるので便利であった。

それ以外の支払いは極力 suica で行い、使い分けは特に意識していなかった。結構suica で支払いができる店舗は多い。ただ、ランチの支払いで、個人経営系のお店は現金での支払いのみというところが多かった。

QR決済の登場

2017 年頃から、LINEPay や OrigamiPay などのスマホでの QR 決済が少し話題になっていた。

しかし、Felica決済に慣れていた自分にとっては、面倒くさそうに感じ、興味を覚えなかった。

2018年秋ごろ、「PayPay」が後発でリリースされた。その時もあまり関心はなく、ネーミングのダサさにびっくりした。動物園パンダ名前みたいだなと思った。

2018年12 月に PayPay の「100億あげちゃうキャンペーンが突然実施された。 支払い額の20%を還元するというもので、ビックカメラでの長い行列ニュースでも話題になった。自分は、完全に出遅れスマホでPayPayが使えるようになったころには、キャンペーンは早期終了していた。

同時期に、LINEPay が 15%還元キャンペーンを対抗でやっていたので、そちらで QR 決済デビ ューした。ビックカメラインクジェットプリンターインクなど消耗品をまとめ買いしたように思う。

このころは、LINEPay がいろんなキャンペーンを頑張っていたと記憶する。 登録で 500円、本人確認で 1,000円、友だちに初めての送金で 1,000円等、いろいろな還元があってワクワクした。クーポンローソンファミリーマート100円引きなどが何回も届いて、LINEPay を使う機会が増えた。現在の LINEPay キャンペーンの小規模化ぶりに比べると大違いである。

QR決済戦国時代

2019年度は、QR決済の実質的な「元年」であったといえるだろう。2月ごろから PayPay の 「100億あげちゃう第二弾キャンペーン」が実施。決済額に上限が設けられ、還元額は少な めだが、前回よりは期間が長く続いた。

2019年のGWは、各社のQR決済のキャンペーンが派手に打たれていた。 LINEPay は、還元10,000円まで、LINEPay のプリペイドカードでの決済も対象であったため、私はJR切符を買って、満額の 10,000円の還元を受けた覚えがある。

GWの時期に後発のメルペイも還元キャンペーンをやっていた。他社は 20%の還元率であったが、50%還元をしていたと思う。ただし、5,000円使用で 2,500円還元という感じだった。旅先のコンビニでの買い物で上限額まで使いきった記憶がある。 メルペイは6月8月に、後払いサービスでの利用で同様に還元があった。還元率が高いので着目度が高かった。他にコンビニなどで使えるクーポン配布も、最初のころは積極的だったと思う。

このころ、クーポンキャンペーンにつられて OrigamiPay も使いだした。ドラッグストアコンビニ還元クーポン供給があったと思う。大手に比べると、地味目であった。案の定、翌年はじめにサービス自体が終了してしまった。

6月ごろからセブンイレブンファミリーマート独自QR決済を導入するとニュースリリースがあった。7月サービススタートした。

セブンイレブンセブンPay はインストールしようかと思ったときに、不正使用問題が起き、そのまま廃止となった。セブンイレブンは、ローソンファミマに比べてクーポン配布などでもしょぼくて、キャシュレス化の波に乗り遅れている印象がある。その後も、セブンイレブンアプリときどき、おにぎりクーポン配布とかがあるが、全般的ケチくさい感じがする。

ファミリーマートもファミペイをリリースした。初回に2万円をチャージすると 3,000円還元があった。ファミペイは目立ったキャンペーンはなく、この初回くらいしか使う機会がなかった。代金収納対応しているので、電気代、ガス代の清算使用して、以降はほとんど使っていない。

2021年度冬に、ちょっとした還元キャンペーンがあったが、システムトラブルで中止となった。ファミリーマート以外でも使える場所を増やさないと、あまり出番がないままだろう。

クレジットカード会社の反撃キャンペーン

この 2019 年度は、QR 決済勢を迎え撃つ形でクレジットカード会社の大型キャンペーンがあった。 一番、規模が大きかったのはイオンカードで上限50万円使用で最大10万円キャッシュバ ックというものだ。

これはイオンカード新規で作って参戦した。こういう大型のキャンペ ーンをまたどこかの会社がやって欲しいものだ。

あと、JCBカードが、QuickPay 決済で 20%還元というキャンペーン実施した。使用上限が5万円(還元上限が1万円)であったので、デビットカードなどを3枚作って3万円の還元を受けた。それまで QuickPay の存在も知らなかったが、スーパーなど、結構使える場所が多く便利だと知った。ただ、このキャンペーンの後、QuickPay を使う機会はない。その後に続くキャンペーンや特典がないからだ。決済手段として定着させるには、一過性打ち上げ花火的なキャンペーンだけではなく、継続的施策必要なのだと思う。QuickPay は便利な決済方式だと思うので、もっと頑張ってほしいと感じる。

三井住友ビザカード還元キャンペーン実施。6万円の使用20%相当の 12,000円を還元というものだ。クラッシック (VISA)、マスター、エブリーと3枚新規で申し込んで対象の全額を使用した。買い物の使い道がなかったので全18万円とも nanacoチャージした。nanacoセブンイレブン公共料金の支払いで使った。 おそらく同じように nanacoチャージで使った人が多かったのだろう。翌 2020 年度の早い時期にセブンカード以外のクレジットカードでの nanaco へのチャージができなくなった。

このように、2019 年度はQR決済のキャンペーンや普及も目覚ましかったが、対抗するク レジットカード会社キャンペーンも大型であり、すべてを合わせると還元額は結構積みあがったように思う。

沈静化していった2020

2020 年度は前年のようにクレジットカード会社の反撃キャンペーンは目立たなくなった。

PayPay が使えるお店がチェーン店以外にも個人経営系の飲食店まで広まっていった。いままでランチ現金での支払いしかできなかったところが、キャッシュレスで支払いができる ようになり、利便性は増した。

2020 年初から LINEPay に「マイラン制度」なるものができ、使用振りに応じてクーポン が毎月配布された。ファミマローソンドラッグストアなどで使える100円引きのものでなかなかありがたかった。しかし、100 円引きは最初の数カ月くらいで、そのあとは5%引きとか、3%引きとかしょぼいものになり、2021年度には「マイラン制度」そのもの廃止されるらしい。 LINEPay は、このころからキャンペーンがしょぼくなり、存在感を失くしていくことになる。

メルペイも 2020年度当初は、還元額は 1,000円程度と額は小さいものの、還元率が 50%というキャンペーンがあった。飲食店対象したものや「ドラックストアフィーバー」といったものだが、4月以降は尻すぼみをしていった。ときどき、コンビニドラッグストアで使えるクーポンがくる程度。それも最近はなくなってきた。今ではメルペイの存在を忘れがちである

携帯キャリア勢の動向

このころ、ドコモによる d払い、au による au Pay も使い始めた。それぞれキャンペーン目当てで使いだした。

d払いはちょくちょく還元キャンペーンをやっている。エントリー必要なのと、還元にかかる要件結構細かくて面倒くさい。また、還元されるdポイントが期間限定かつ期限が短い。最初は、ローソンロッピーのお試し引換券で消化していた。最近はお試し引換券が人気があるのか交換できなくなったので、日興フロッギーという証券口座を作って現金化するようになった。 ドコモユーザーではないので、d 払いをメインにすることはないだろうが、キャンペーンがあれば細々と使っていくつもりである

au Pay は他の決済ツールに比べてアピールがかなり遅れた印象であった。2020 年の1~3 月にかけて 20%還元キャンペーン実施されたので、使用を開始した。しかし、すぐに全体での還元上限に達したので打ち切りとのアナウンスが相次ぎ、あきれてしまった。キャンペーン大風呂敷を広げるわりには予算規模が小さいのだろう。そのまま、 使わなくなるかと思ったが、ポイントponta統合された。現在は、au pay マーケット専用ポイントに交換すると増量するキャンペーンをやっており、ふるさと納税にも使えるので、ponta を集めるようになった。 au Pay もd払いと同様、メインで使うことはないが、キャンペーンに気づけば細々と使っていくことになるだろう。

後、この時期(2020年)から楽天 pay も使い始めた。こちらは目立ったキャンペーンはやっていないが、期間限定ポイントを消化するために活用している。近くのドラッグストアスーパー日用品(トイレットペーパー牛乳、卵などの生活必需品)を買うのに使っている。 楽天 pay は、この用途で地道に使っていくことになるだろう。最近suicaedy へのチャージ対応したりと機能強化をアピールしているが、期間限定ポイント消化以外の存在意義を見出しにくい。

2020年度の経過動向

2020 年度は前年の 2019 年度に比べ、各種還元キャンペーンも小ぶりで地味なものであった。 コロナ対応ということで、派手に外出による買い物をあおるような宣伝はしにくかったのか もしれない。

中でも LINEPay の凋落ぶりは大きかった。還元額もサービスアイデアについてもダメダメ経営統合により、PayPay にいずれ統合されるのだろうなと思わせる。

PayPay のキャンペーンも小ぶりで、還元条件などが細かくてよくわからないことが増えた。「還元祭」など大風呂敷を広げるけど、条件をよく読むと大した規模でないことに気づく。

10からコロナ対応での Go To Eat キャンペーンが行われ、そちらに関心が向かったのか、あまり QR決済のキャンペーンの印象は残っていない。飲食店での支払いは主に PayPay で行っていたのは事実であるが。

年末にメルペイで定額後払い(リボ払いみたいなもの)のキャンペーンをやっていて50%還元還元上限額1万円ということで、ふるさと納税で2万円つかったら、先日1万ポイントが返ってきた。還元額の大きさを考えると、リボ払いの利息収入はおおきいのだろうと思 う。分割払いを使わない私にとっては、こうやってキャンペーン還元を得られるのはうれしいことではあるが。

2021年度に入って

2021年度にはいってから1月2月は目立った還元キャンペーンはなかった。d払いとメルペイでちょこちょこクーポン配布があったくらい。AuPay で 20%還元策があったように思うが、それほど盛り上がらなかったように感じる。

3月は、d払いと PayPay も還元キャンペーンがあった。いずれも還元上限額が低いものであるが、使い分けて少額ではあるが、ポイントバックを得た。使用条件などが細かくなってきており、メモ帳に書き出して、どこでいつ使うかを考えないといけない。ちょっとしたゲー ム感覚ではあるが、こういったことが苦手な人にはやりづらいであろう。

そうして、2021 年の4月現在に至る。今後も、ちびちびとしたキャンペーン実施されるだろうが、それほど大きい還元額は得られないだろう。後から振り返ると、「普及当初の2019年頃はいろいろあったものだなあ」と懐かしむ日がいずれやってくるだろう。10年後くらいにこの雑文を読み返してみたい。

今後について

自分スマホ確認するとインストールしているQR決済アプリは、PayPay、d払い、楽天ペイ、メルペイ、LINEPay、ファミペイである。入っているが全く使っていないものがあり、Toyota walletクオカードペイ、ユニクロペイがある。あと最近セブンイレブンアプリに PayPay が付属された。

今後は、PayPay をメインに使っていくことになるだろう。個人経営系の飲食店で使えるところが増えたのが大きい。ランチでのクレジットカード払いは断られることが多かったが、 PayPay だと支払いやすい。今後は LINEPay も機能統合されるのだろうか。お店ごとのクー ポンなどの特典が充実してくるといいなあと思う。

他のQR決済も、キャンペーンがある限りは使うだろう。しかし、裏返して言えば、魅力的な還元キャンペーンがなくなれば、使う意義はなくなってしまうということである。やはり、複数の決済ツールを使い分けるのは面倒くさい。インセンティブがなくなってしまえば、自然と淘汰されていくだろう。

2021-04-06

anond:20210406094914

男性ばかりって言うけど原爆落とされて女もお年寄り子供もみーーんな皆殺し状態だったじゃん

女だけが安全って戦争ナメすぎでしょ

戦国時代だって戦争の後は村を襲って焼き討ち家財強奪

それがかつての兵士のご褒美だったんだぞ

2021-04-05

何だかんだ、世界統一に向かっている

先進()国では順調に少子化が進んでいるらしい。少子化のまま国が存続していた例は寡聞にしてしらない。猿から人間、そして有史に至るまで人間産めよ増やせよ地に満ちよであっただろうからそもそも少子化って現象自体がなかなか珍しいものだ。生殖による増員と選別は強力な武器であっただろうし、それをしない群れが生き残って来たとはちょっと思えない。

猿に近かった頃の人類の話から始めると全ての人の群れは猿山の原始カルトだった。遺伝子生存競争と同じように原始カルト生存競争もあった。原始カルトの今から見ると無茶苦茶教義に従って群れは暮らし、群れごと滅ぼしたり滅ぼされたり吸収したり隷属したりのカルト集団の生存競争の果てに今の国家群がある。群れがあり、別れ、また一つになる。何度も繰り返してきた生態だ。だがもうなくなるだろう。そして世界はなんだかんだ統一されるし、統一に向かっている。分かり合えるようになったからだ。

現存の原始カルトと言えばキリストだのイスラムだのヒンドゥーだのだろう。それに加えて土着の信仰勝手思い込みって意味だ)が混ざり合い、現在では皆似たり寄ったりでそれなりに仲良くなっている。現代社会全体で見れば極めてヤバイ宗教はもうほとんどないし、きわめてヤバイ宗教存在しないという形で宗教統一に向かっている。世界の裏のヤバイ人の数はどんどん減っており、我々は分かり合えるようになった。今戦争している地域も最終的にはおとなしくなり、負けた宗教は土着の信仰に貶められるだろう。宗教的な統一は順調だ。

国家的な統一も進んでいる。こちらの方はある程度で止まるだろう。それがどれくらいのサイズ感かはわからない。しか統一は進む。

理由①新たな群れはもう増えない

発見土地は既に存在しない。今後生まれるであろう群れが求める新天地存在しない。群れから別れようとするような異端分子存在しても行き場はそもそもない。アメリカへの移民アメリカがあったからこそ成せた。既にそのような場所存在しない。

更に言えばボス猿の武力が強くなりすぎている。その昔、人間というサル連帯によって敵を倒せていたらしい。どんな強者でも最悪100人から投石を貰えば死ぬしかしそれは昔の事。武装が強力になった現代では石を投げつけられてもビクともしない強い武装いくらでも存在している。そしてそれは製造に高度な技術要求する。コモン投石はレア機動隊装備には勝てないし、その気になれば核ミサイルを撃ってもいい。まず反逆が無理

理由②群れは消える事がある

人間の群れが大きくなるにつれ相対的世界は小さくなる。戦国時代には日本は分裂していたが現代では完全に統一されている。このような事例は枚挙に暇がなく歴史的にかつて国であった地域統一され巨大な一つの国になった。人が進歩するごとに群れは減っていく。

世界的に国家は減っていく。しかこちらはある程度で止まるだろう。江戸幕府が出来る可能性があるが黒船が来ない。もちろん宇宙人出張ってきたら話は別だ。最大でも中国あたりが覇者になり幕府を開き、それくらいで終わるだろう。

2021-03-24

anond:20210324195418

これはぶっちゃけあると思う

後天的に男に目覚めることがあるなら逆にセクマイを「矯正」してストレートにすることだって普通にできるはずだ

実際昔はそれがまかり通っていたのだろうし

もっと昔の戦国時代武士なんか、みんなや上司がやってるから、それこそ一昔前のゴルフみたいな感覚茶道衆道もやってたんだろう

単に周りがやるかやらないかというだけでも、そこそこ影響はあるんじゃないだろうか

その上で人権侵害を伴うから無理強いすべきじゃない、というのはもちろん思うけど

「生まれつきだから差別してはいけない!」というルールを掲げているから変えられないということにするしかないだけで、ちょっと苦しいよなあというのは正直思ってしま

2021-03-23

マイノリティをエンパワする歴史ドラマの例

歴史社会クラスタ積極的に優れた事例を紹介してくれるとありがたいよね

海外話題になった作品では

中世ヨーロッパ黒人貴族白人に負けない大活躍をする

近代ヨーロッパ黒人警部白人に負けない大活躍をする

というものがあった

日本舞台なら想像なんだけど

戦国時代女性武将男性に負けない大活躍をする

昭和時代で当時のアジア植民地から来た兵士長日本本土出身者に負けない大活躍をする

このような内容じゃないかなと予想する

史実の中から一番応援された気持ちになれる話を採用することになる

2021-03-22

赤い部屋

異常な興奮を求めて集った、七人のしかつめらしい男が(私もその中の一人だった)態々わざわざ其為そのためにしつらえた「赤い部屋」の、緋色ひいろの天鵞絨びろうどで張った深い肘掛椅子に凭もたれ込んで、今晩の話手が何事か怪異物語を話し出すのを、今か今かと待構まちかまえていた。

 七人の真中には、これも緋色の天鵞絨で覆おおわれた一つの大きな円卓子まるテーブルの上に、古風な彫刻のある燭台しょくだいにさされた、三挺さんちょうの太い蝋燭ろうそくがユラユラと幽かすかに揺れながら燃えていた。

 部屋の四周には、窓や入口のドアさえ残さないで、天井から床まで、真紅まっかな重々しい垂絹たれぎぬが豊かな襞ひだを作って懸けられていた。ロマンチック蝋燭の光が、その静脈から流れ出したばかりの血の様にも、ドス黒い色をした垂絹の表に、我々七人の異様に大きな影法師かげぼうしを投げていた。そして、その影法師は、蝋燭の焔につれて、幾つかの巨大な昆虫でもあるかの様に、垂絹の襞の曲線の上を、伸びたり縮んだりしながら這い歩いていた。

 いつもながらその部屋は、私を、丁度とほうもなく大きな生物心臓の中に坐ってでもいる様な気持にした。私にはその心臓が、大きさに相応したのろさを以もって、ドキンドキンと脈うつ音さえ感じられる様に思えた。

 誰も物を云わなかった。私は蝋燭をすかして、向側に腰掛け人達の赤黒く見える影の多い顔を、何ということなしに見つめていた。それらの顔は、不思議にも、お能の面の様に無表情に微動さえしないかと思われた。

 やがて、今晩の話手と定められた新入会員のT氏は、腰掛けたままで、じっと蝋燭の火を見つめながら、次の様に話し始めた。私は、陰影の加減で骸骨の様に見える彼の顎が、物を云う度にガクガクと物淋しく合わさる様子を、奇怪なからくり仕掛けの生人形でも見る様な気持で眺めていた。

 私は、自分では確かに正気の積りでいますし、人も亦またその様に取扱って呉くれていますけれど、真実まったく正気なのかどうか分りません。狂人かも知れません。それ程でないとしても、何かの精神病者という様なものかも知れません。兎とに角かく、私という人間は、不思議な程この世の中がつまらないのです。生きているという事が、もうもう退屈で退屈で仕様がないのです。

 初めの間うちは、でも、人並みに色々の道楽に耽ふけった時代もありましたけれど、それが何一つ私の生れつきの退屈を慰なぐさめては呉れないで、却かえって、もうこれで世の中の面白いことというものはお仕舞なのか、なあんだつまらないという失望ばかりが残るのでした。で、段々、私は何かをやるのが臆劫おっくうになって来ました。例えば、これこれの遊びは面白い、きっとお前を有頂天にして呉れるだろうという様な話を聞かされますと、おお、そんなものがあったのか、では早速やって見ようと乗気になる代りに、まず頭の中でその面白さを色々と想像して見るのです。そして、さんざん想像を廻めぐらした結果は、いつも「なあに大したことはない」とみくびって了しまうのです。

 そんな風で、一時私は文字通り何もしないで、ただ飯を食ったり、起きたり、寝たりするばかりの日を暮していました。そして、頭の中丈だけで色々な空想を廻らしては、これもつまらない、あれも退屈だと、片端かたはしからけなしつけながら、死ぬよりも辛い、それでいて人目には此上このうえもなく安易生活を送っていました。

 これが、私がその日その日のパンに追われる様な境遇だったら、まだよかったのでしょう。仮令たとえ強いられた労働しろ兎に角何かすることがあれば幸福です。それとも又、私が飛切りの大金持ででもあったら、もっとよかったかも知れません。私はきっと、その大金の力で、歴史上の暴君達がやった様なすばらしい贅沢ぜいたくや、血腥ちなまぐさい遊戯や、その他様々の楽しみに耽ふけることが出来たでありましょうが、勿論それもかなわぬ願いだとしますと、私はもう、あのお伽噺とぎばなしにある物臭太郎の様に、一層死んで了った方がましな程、淋しくものういその日その日を、ただじっとして暮す他はないのでした。

 こんな風に申上げますと、皆さんはきっと「そうだろう、そうだろう、併し世の中の事柄に退屈し切っている点では我々だって決してお前にひけを取りはしないのだ。だからこんなクラブを作って何とかして異常な興奮を求めようとしているのではないか。お前もよくよく退屈なればこそ、今、我々の仲間へ入って来たのであろう。それはもう、お前の退屈していることは、今更ら聞かなくてもよく分っているのだ」とおっしゃるに相違ありません。ほんとうにそうです。私は何もくどくどと退屈の説明をする必要はないのでした。そして、あなた方が、そんな風に退屈がどんなものだかをよく知っていらっしゃると思えばこそ、私は今夜この席に列して、私の変てこな身の上話をお話しようと決心したのでした。

 私はこの階下のレストランへはしょっちゅう出入でいりしていまして、自然ここにいらっしゃる御主人とも御心安く、大分以前からこの「赤い部屋」の会のことを聞知っていたばかりでなく、一再いっさいならず入会することを勧められてさえいました。それにも拘かかわらず、そんな話には一も二もなく飛びつき相そうな退屈屋の私が、今日まで入会しなかったのは、私が、失礼な申分かも知れませんけれど、皆さんなどとは比べものにならぬ程退屈し切っていたからです。退屈し過ぎていたからです。

 犯罪探偵遊戯ですか、降霊術こうれいじゅつ其他そのたの心霊上の様々の実験ですか、Obscene Picture の活動写真や実演やその他のセンジュアル遊戯ですか、刑務所や、瘋癲病院や、解剖学教室などの参観ですか、まだそういうものに幾らかでも興味を持ち得うるあなた方は幸福です。私は、皆さんが死刑執行のすき見を企てていられると聞いた時でさえ、少しも驚きはしませんでした。といいますのは、私は御主からそのお話のあった頃には、もうそういうありふれた刺戟しげきには飽き飽きしていたばかりでなく、ある世にもすばらしい遊戯、といっては少し空恐しい気がしますけれど、私にとっては遊戯といってもよい一つの事柄発見して、その楽しみに夢中になっていたからです。

 その遊戯というのは、突然申上げますと、皆さんはびっくりなさるかも知れませんが……、人殺しなんです。ほんとうの殺人なんです。しかも、私はその遊戯発見してから今日までに百人に近い男や女や子供の命を、ただ退屈をまぎらす目的の為ばかりに、奪って来たのです。あなた方は、では、私が今その恐ろしい罪悪を悔悟かいごして、懺悔ざんげ話をしようとしているかと早合点なさるかも知れませんが、ところが、決してそうではないのです。私は少しも悔悟なぞしてはいません。犯した罪を恐れてもいません。それどころか、ああ何ということでしょう。私は近頃になってその人殺しという血腥い刺戟にすら、もう飽きあきして了ったのです。そして、今度は他人ではなくて自分自身を殺す様な事柄に、あの阿片アヘン喫煙に耽り始めたのです。流石さすがにこれ丈けは、そんな私にも命は惜しかったと見えまして、我慢我慢をして来たのですけれど、人殺しさえあきはてては、もう自殺でも目論もくろむ外には、刺戟の求め様がないではありませんか。私はやがて程なく、阿片の毒の為に命をとられて了うでしょう。そう思いますと、せめて筋路の通った話の出来る間に、私は誰れかに私のやって来た事を打開けて置き度いのです。それには、この「赤い部屋」の方々が一番ふさわしくはないでしょうか。

 そういう訳で、私は実は皆さんのお仲間入りがし度い為ではなくて、ただ私のこの変な身の上話を聞いて貰い度いばかりに、会員の一人に加えて頂いたのです。そして、幸いにも新入会の者は必ず最初の晩に、何か会の主旨に副そう様なお話をしなければならぬ定きめになっていましたのでこうして今晩その私の望みを果す機会をとらえることが出来た次第なのです。

 それは今からざっと三年計ばかり以前のことでした。その頃は今も申上げました様に、あらゆる刺戟に飽きはてて何の生甲斐もなく、丁度一匹の退屈という名前を持った動物ででもある様に、ノラリクラリと日を暮していたのですが、その年の春、といってもまだ寒い時分でしたから多分二月の終りか三月の始め頃だったのでしょう、ある夜、私は一つの妙な出来事にぶつかったのです。私が百人もの命をとる様になったのは、実にその晩の出来事動機を為なしたのでした。

 どこかで夜更しをした私は、もう一時頃でしたろうか。少し酔っぱらっていたと思います寒い夜なのにブラブラと俥くるまにも乗らないで家路を辿っていました。もう一つ横町を曲ると一町ばかりで私の家だという、その横町何気なくヒョイと曲りますと、出会であいがしらに一人の男が、何か狼狽している様子で慌ててこちらへやって来るのにバッタリぶつかりました。私も驚きましたが男は一層驚いたと見えて暫く黙って衝つっ立っていましたが、おぼろげな街燈の光で私の姿を認めるといきなり「この辺に医者はないか」と尋ねるではありませんか。よく訊きいて見ますと、その男自動車運転手で、今そこで一人の老人を(こんな夜中に一人でうろついていた所を見ると多分浮浪の徒だったのでしょう)轢倒ひきたおして大怪我をさせたというのです。なる程見れば、すぐ二三間向うに一台の自動車が停っていて、その側そばに人らしいものが倒れてウーウーと幽かすかにうめいています交番といっても大分遠方ですし、それに負傷者の苦しみがひどいので、運転手は何はさて置き先ず医者を探そうとしたのに相違ありません。

 私はその辺の地理は、自宅の近所のことですから医院所在などもよく弁わきまえていましたので早速こう教えてやりました。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点ついた家がある。M医院というのだ。そこへ行って叩き起したらいいだろう」

 すると運転手はすぐ様助手に手伝わせて、負傷者をそのM医院の方へ運んで行きました。私は彼等の後ろ姿が闇の中に消えるまで、それを見送っていましたが、こんなことに係合っていてもつまらないと思いましたので、やがて家に帰って、――私は独り者なんです。――婆ばあやの敷しいて呉れた床とこへ這入はいって、酔っていたからでしょう、いつになくすぐに眠入ねいって了いました。

 実際何でもない事です。若もし私がその儘ままその事件を忘れて了いさえしたら、それっ限きりの話だったのです。ところが、翌日眼を醒さました時、私は前夜の一寸ちょっとした出来事をまだ覚えていました。そしてあの怪我人は助かったかしらなどと、要もないことまで考え始めたものです。すると、私はふと変なことに気がつきました。

「ヤ、俺は大変な間違いをして了ったぞ」

 私はびっくりしました。いくら酒に酔っていたとは云いえ、決して正気を失っていた訳ではないのに、私としたことが、何と思ってあの怪我人をM医院などへ担ぎ込ませたのでしょう。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点いた家がある……」

 というその時の言葉もすっかり覚えています。なぜその代りに、

「ここを右の方へ一町ばかり行くとK病院という外科専門の医者がある」

 と云わなかったのでしょう。私の教えたMというのは評判の藪やぶ医者で、しか外科の方は出来るかどうかさえ疑わしかった程なのです。ところがMとは反対の方角でMよりはもっと近い所に、立派に設備の整ったKという外科病院があるではありませんか。無論私はそれをよく知っていた筈はずなのです。知っていたのに何故間違ったことを教えたか。その時の不思議心理状態は、今になってもまだよく分りませんが、恐らく胴忘どうわすれとでも云うのでしょうか。

 私は少し気懸りになって来たものですから、婆やにそれとなく近所の噂などを探らせて見ますと、どうやら怪我人はM医院の診察室で死んだ鹽梅あんばいなのです。どこの医者でもそんな怪我人なんか担ぎ込まれるのは厭いやがるものです。まして夜半の一時というのですから、無理もありませんがM医院はいくら戸を叩いても、何のかんのと云って却々なかなか開けて呉れなかったらしいのです。さんざん暇ひまどらせた挙句やっと怪我人を担ぎ込んだ時分には、もう余程手遅れになっていたに相違ありません。でも、その時若しM医院の主が「私は専門医でないから、近所のK病院の方へつれて行け」とでも、指図をしたなら、或あるいは怪我人は助っていたのかも知れませんが、何という無茶なことでしょう。彼は自からその難しい患者を処理しようとしたらしいのです。そしてしくじったのです、何んでも噂によりますとM氏はうろたえて了って、不当に長い間怪我人をいじくりまわしていたとかいうことです。

 私はそれを聞いて、何だかこう変な気持になって了いました。

 この場合可哀相な老人を殺したものは果して何人なんぴとでしょうか。自動車運転手とM医師ともに、夫々それぞれ責任のあることは云うまでもありません。そしてそこに法律上処罰があるとすれば、それは恐らく運転手の過失に対して行われるのでしょうが事実上最も重大な責任者はこの私だったのではありますいか。若しその際私がM医院でなくてK病院を教えてやったとすれば、少しのへまもなく怪我人は助かったのかも知れないのです。運転手は単に怪我をさせたばかりです。殺した訳ではないのです。M医師は医術上の技倆が劣っていた為にしくじったのですから、これもあながちとがめる所はありません。よし又彼に責を負うべき点があったとしても、その元はと云えば私が不適当なM医院を教えたのが悪いのです。つまり、その時の私の指図次第によって、老人を生かすことも殺すことも出来た訳なのです。それは怪我をさせたのは如何にも運転手でしょう。けれど殺したのはこの私だったのではありますいか

 これは私の指図が全く偶然の過失だったと考えた場合ですが、若しそれが過失ではなくて、その老人を殺してやろうという私の故意から出たものだったとしたら、一体どういうことになるのでしょう。いうまでもありません。私は事実上殺人罪を犯したものではありませんか。併しか法律は仮令運転手を罰することはあっても、事実上殺人である私というものに対しては、恐らく疑いをかけさえしないでしょう。なぜといって、私と死んだ老人とはまるきり関係のない事がよく分っているのですから。そして仮令疑いをかけられたとしても、私はただ外科医院のあることなど忘れていたと答えさえすればよいではありませんか。それは全然心の中の問題なのです。

 皆さん。皆さんは嘗かつてこういう殺人法について考えられたことがおありでしょうか。私はこの自動車事件で始めてそこへ気がついたのですが、考えて見ますと、この世の中は何という険難至極けんのんしごくな場所なのでしょう。いつ私の様な男が、何の理由もなく故意に間違った医者を教えたりして、そうでなければ取止めることが出来た命を、不当に失って了う様な目に合うか分ったものではないのです。

 これはその後私が実際やって見て成功したことなのですが、田舎のお婆さんが電車線路を横切ろうと、まさに線路に片足をかけた時に、無論そこには電車ばかりでなく自動車自転車や馬車や人力車などが織る様に行違っているのですから、そのお婆さんの頭は十分混乱しているに相違ありません。その片足をかけた刹那に、急行電車か何かが疾風しっぷうの様にやって来てお婆さんから二三間の所まで迫ったと仮定します。その際、お婆さんがそれに気附かないでそのまま線路を横切って了えば何のことはないのですが、誰かが大きな声で「お婆さん危いッ」と怒鳴りでもしようものなら、忽たちまち慌てて了って、そのままつき切ろうか、一度後へ引返そうかと、暫しばらくまごつくに相違ありません。そして、若しその電車が、余り間近い為に急停車も出来なかったとしますと、「お婆さん危いッ」というたった一言が、そのお婆さんに大怪我をさせ、悪くすれば命までも取って了わないとは限りません。先きも申上げました通り、私はある時この方法で一人の田舎者をまんまと殺して了ったことがありますよ。

(T氏はここで一寸言葉を切って、気味悪く笑った)

 この場合危いッ」と声をかけた私は明かに殺人者です。併し誰が私の殺意を疑いましょう。何の恨うらみもない見ず知らずの人間を、ただ殺人の興味の為ばかりに、殺そうとしている男があろうなどと想像する人がありましょうか。それに「危いッ」という注意の言葉は、どんな風に解釈して見たって、好意から出たものしか考えられないのです。表面上では、死者から感謝されこそすれ決して恨まれ理由がないのです。皆さん、何と安全至極な殺人法ではありませんか。

 世の中の人は、悪事は必ず法律に触れ相当の処罰を受けるものだと信じて、愚にも安心し切っています。誰にしたって法律人殺しを見逃そうなどとは想像もしないのです。ところがどうでしょう。今申上げました二つの実例から類推出来る様な少しも法律に触れる気遣いのない殺人法が考えて見ればいくらもあるではありませんか。私はこの事に気附いた時、世の中というものの恐ろしさに戦慄するよりも、そういう罪悪の余地を残して置いて呉れた造物主の余裕を此上もなく愉快に思いました。ほんとうに私はこの発見に狂喜しました。何とすばらしいではありませんか。この方法によりさえすれば、大正の聖代せいだいにこの私丈けは、謂わば斬捨て御免ごめんも同様なのです。

 そこで私はこの種の人殺しによって、あの死に相な退屈をまぎらすことを思いつきました。絶対法律に触れない人殺し、どんなシャーロック・ホームズだって見破ることの出来ない人殺し、ああ何という申分のない眠け醒しでしょう。以来私は三年の間というもの、人を殺す楽しみに耽って、いつの間にかさしもの退屈をすっかり忘れはてていました。皆さん笑ってはいけません。私は戦国時代の豪傑の様に、あの百人斬りを、無論文字通り斬る訳ではありませんけれど、百人の命をとるまでは決して中途でこの殺人を止めないことを、私自身に誓ったのです。

 今から三月ばかり前です、私は丁度九十九人だけ済ませました。そして、あと一人になった時先にも申上げました通り私はその人殺しにも、もう飽きあきしてしまったのですが、それは兎も角、ではその九十九人をどんな風にして殺したか。勿論九十九人のどの人にも少しだって恨みがあった訳ではなく、ただ人知れぬ方法とその結果に興味を持ってやった仕事ですから、私は一度も同じやり方を繰返す様なことはしませんでした。一人殺したあとでは、今度はどんな新工夫でやっつけようかと、それを考えるのが又一つの楽しみだったのです。

 併し、この席で、私のやった九十九の異った殺人法を悉ことごとく御話する暇もありませんし、それに、今夜私がここへ参りましたのは、そんな個々の殺人方法告白する為ではなくて、そうした極悪非道の罪悪を犯してまで、退屈を免れ様とした、そして又、遂にはその罪悪にすら飽きはてて、今度はこの私自身を亡ぼそうとしている、世の常ならぬ私の心持をお話して皆さんの御判断を仰ぎたい為なのですから、その殺人方以については、ほんの二三の実例を申上げるに止めて置き度いと存じます

 この方法発見して間もなくのことでしたが、こんなこともありました。私の近所に一人の按摩あんまがいまして、それが不具などによくあるひどい強情者でした。他人が深切しんせつから色々注意などしてやりますと、却ってそれを逆にとって、目が見えないと思って人を馬鹿にするなそれ位のことはちゃんと俺にだって分っているわいという調子で、必ず相手言葉にさからたことをやるのです。どうして並み並みの強情さではないのです。

 ある日のことでした。私がある大通りを歩いていますと、向うからその強情者の按摩がやって来るのに出逢いました。彼は生意気にも、杖つえを肩に担いで鼻唄を歌いながらヒョッコリヒョッコリと歩いています。丁度その町には昨日から下水工事が始まっていて、往来の片側には深い穴が掘ってありましたが、彼は盲人のことで片側往来止めの立札など見えませんから、何の気もつかず、その穴のすぐ側を呑気そうに歩いているのです。

 それを見ますと、私はふと一つの妙案を思いつきました。そこで、

「やあN君」と按摩の名を呼びかけ、(よく療治を頼んでお互に知り合っていたのです)

「ソラ危いぞ、左へ寄った、左へ寄った」

 と怒鳴りました。それを態わざと少し冗談らしい調子でやったのです。というのは、こういえば、彼は日頃の性質から、きっとからかわれたのだと邪推して、左へはよらないで態と右へ寄るに相違ないと考えたからです。案あんの定じょう彼は、

「エヘヘヘ……。御冗談ばっかり」

 などと声色こわいろめいた口返答をしながら、矢庭やにわに反対の右の方へ二足三足寄ったものですから、忽ち下水工事の穴の中へ片足を踏み込んで、アッという間に一丈もあるその底へと落ち込んで了いました。私はさも驚いた風を装うて穴の縁へ駈けより、

「うまく行ったかしら」と覗いて見ましたが彼はうち所でも悪かったのか、穴の底にぐったりと横よこたわって、穴のまわりに突出ている鋭い石でついたのでしょう。一分刈りの頭に、赤黒い血がタラタラと流れているのです。それから、舌でも噛切ったと見えて、口や鼻からも同じ様に出血しています。顔色はもう蒼白で、唸り声を出す元気さえありません。

 こうして、この按摩は、でもそれから一週間ばかりは虫の息で生きていましたが、遂に絶命して了ったのです。私の計画は見事に成功しました。誰が私を疑いましょう。私はこの按摩を日頃贔屓ひいきにしてよく呼んでいた位で、決して殺人動機になる様な恨みがあった訳ではなく、それに、表面上は右に陥穽おとしあなのあるのを避けさせようとして、「左へよれ、左へよれ」と教えてやった訳なのですから、私の好意を認める人はあっても、その親切らしい言葉の裏に恐るべき殺意がこめられていたと想像する人があろう筈はないのです。

 ああ、何という恐しくも楽しい遊戯だったのでしょう。巧妙なトリックを考え出した時の、恐らく芸術家のそれにも匹敵する、歓喜、そのトリックを実行する時のワクワクした緊張、そして、目的を果した時の云い知れぬ満足、それに又、私の犠牲になった男や女が、殺人者が目の前にいるとも知らず血みどろになって狂い廻る断末魔だんまつまの光景ありさま、最初の間、それらが、どんなにまあ私を有頂天にして呉れたことでしょう。

 ある時はこんな事もありました。それは夏のどんよりと曇った日のことでしたが、私はある郊外文化村とでもいうのでしょう。十軒余りの西洋館がまばらに立並んだ所を歩いていました。そして、丁度その中でも一番立派なコンクリート造りの西洋館の裏手を通りかかった時です。ふと妙なものが私の目に止りました。といいますのは、その時私の鼻先をかすめて勢よく飛んで行った一匹の雀が、その家の屋根から地面へ引張ってあった太い針金に一寸とまると、いきなりはね返された様に下へ落ちて来て、そのまま死んで了ったのです。

 変なこともあるものだと思ってよく見ますと、その針金というのは、西洋館の尖った Permalink | 記事への反応(0) | 22:33

2021-03-20

行政書士って割とやばい業界なのかな

これ見る限りは限られたパイを取り合ってるけっこうヤバ目の業界という感じがするがどうなんだろう

税理士のほうがプライドもってそうなイメージがある

いろいろ未知の世界があるなあ

主だった士業の間で、行政書士以外に「ヒヨコ食い」があるという話を、管理人は聞きません。行政書士にのヒヨコ食いが横行する原因は、ひとつには行政書士試験が実務と全く関係ないこと、もうひとつには経験ある先輩のもとで実務に接する機会があまりにも少ないことによると思います

行政書士試験合格して、期待を胸にハローワークへ向かいます行政書士求人を探しますが、それ自体が大変少ないことに気づくまでそう時間はかかりません。履歴書職務経歴書を、書いては郵送しを繰り返し、疲れ果てて、何とかならないかインターネット検索をかけまくっているうちに、引っかかってしまうのが「実務研修」であったり「アカデミー」であったりするわけです。仮にこれで引っかからなかったとしても、実務経験営業ノウハウもないのにいきなり開業するしかないのか、と決めて開業し、案の定仕事は取れず、営業の仕方もわからず、手持ち金は先細り、焦るところにSEOだの広告コンサルティングだのという話が舞い込むことになります

ヒヨコ食いが横行するもうひとつ理由があるとすれば、行政書士業務がはっきりしていない上にマンガドラマの影響で行政書士試験受験生大量発生してしまった事があると思います。よく調べないまま「法知識を用いてほとんど弁護士のような活躍ができるが、その割にハードルはあまり高くない資格」というイメージが出来上がってしまいました。行政書士試験合格率制ではなく、合格点制です。300点満点中180点取れれば合格なのです。結果、毎年合格者を排出し、市場は完全に飽和状態です。

認可申請代理入国管理書類作成行政書士の独占業務で、行なってもどこからも待ったがかかりません。ですがその市場規模を考えれば、明らかに現状は行政書士が飽和状態だというべきでしょう。そうなると有利なのは以前から顧客を抱えている古参行政書士です。新人行政書士は、なにか自分にできることはないか試行錯誤した挙句、非司行為や非弁行為に手を出すのです。そして非司行為や非弁行為で急成長した「成功した新人」が純然たる新人ターゲットにしたヒヨコ食いをするケースが目立ちます

非司行為や非弁行為でもいいから、業務を行なって成功したいと考える人いるかもしれません。しかし、そう考える方は今が「士業戦国時代であるということを心のどこかに留めておいてください。サムライ業が増えすぎ、これまでは業際問題的に考えると行政書士に行わせておいてはいけない行為であっても「まあ、周辺業務だし」で許されていたところ、本来資格を持つ人から「それは我々の仕事だ」といつ主張されてもおかしくない時代なのです。例を挙げますと、グレーゾーン金利撤廃によって、借金をしていた人は一定の条件のもと払い過ぎ金利を取り返す事ができるようになりました。いわゆる「過払い金返還請求」です。この業務最初に見つけ出したのは司法書士です。従ってはじめは司法書士の間でこの業務は人気業務となりました。しかし、弁護士としてあまり儲けていなかった人が、この業務弁護士仕事だと言って手をつけ始めると、あっと言う間に司法書士弁護士駆逐されることとなりました。

行政書士は、弁護士司法書士税理士公認会計士弁理士社会保険労務士など、主だったほとんどの士業との間に業際問題を抱えています。そして、法律を素直に読む限り、ほとんどのケースで行政書士は不利です。仮に利益が上がるようになってもいつどこから「それは我々の仕事だ。出て行け」を言われても文句は言えないと覚悟をする必要があります

2021-03-19

anond:20210319080919

戦国時代だったら脆いとこをつくだろうから

そいつが真っ先に狙われない?

それか、大将などから目をそらすための囮とか?

だとしたらいい報酬もらってるのかもね

anond:20210319075345

「名乗り」だね、戦国時代だと武士のやつ

やあやあ~我こそは京で傷つき信濃国でも傷つきし出羽守××、近江では矢を受けながら此処へ参り候

2021-03-16

なぜ戦国時代タイムスリップするのか

時空の穴がちょうど現代から戦国時代につながっているのだろうか?

じゃあ南北朝時代じゃ駄目なんですか?といって南北朝時代への時空の穴を開けようとすると神の見えざる力によって妨害されるんだろう。

2021-03-14

ポリコレの悪い意味での結果の映画を見た

ふたりの女メアリーエリザベス」という映画が、ポリコレに対して普段まあそんなものでしょと思っていた私でも、納得がいかなかった。

2018年制作国内上映は2019)の映画だが、舞台は1561年の王様崩御からはじまる16世紀のイギリス王室スコットランド王室を中心としている。

当時のヨーロッパ各国にとって大航海時代、そして奴隷貿易花盛りの時代だ。

という時代背景を踏まえた上で気になったのが、イングランド大使黒人男優であったこと。女王のお付きの者にアジア系女性中国系イギリス人)がいたこと。

歴史映画ポリコレとかダイバーシティとか持ち込むことの是非はともかく、どのような作り手の意図があるかは分からないけど、

16世紀のイギリス王室で??

戦国時代舞台大河ドラマで何の説明もなくいきなり外国人存在してるようなものでは?

公式サイトにも「アカデミー賞受賞スタッフが作り上げる16世紀英国世界」って書いてありますけど…

全然からない。

公式人物相関図にも二人とも載ってる。分からない。http://www.bitters.co.jp/2queens/

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