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はてなキーワード: タイガーとは

2021-05-20

アニメの続編

グッズやBDを買えばアニメの続編が作られる!

って耳にするけどその話をあんまり信用してないのは

それがホントならBDもグッズも売上が凄まじかったタイガーアンドバニーはいまごろ10期くらい続編作られてるはずだと思う

アニメイベントで聞いた「続編はスタッフのやる気次第」っていうのが一番納得してる

2021-05-02

anond:20210502084603

タイガーガンダムに近いのはトライオン3、ジーエンアルトロン、SDには獅子ガンダムがあるし

ライオンモードに変形するガンダムもいる

フェニックスガンダムは既にあるよ

ペガサスそもそも戦艦にあるから敢えてつけるのはなかなかないだろうね

ネコガンダムはいないけどザクレロキャットはいるし犬ガンダムだってバクゥはそんなもんだろ

似たものは既にやってるもんだよ

2021-02-16

タイガー炊飯器使ってるんだけど、

「極うま」ってモードがあって

それで米炊くとわけわかんないくらいウマイから

炊飯器買い替えようって迷ってる人にオススメ

「極うま」モードがあるタイガー炊飯器

いいよ。

2021-01-27

G1 CLIMAX平成維震軍(反選手会同盟)が勝った世界線に住んでる

結論から言うと、正規軍が勝った世界線に住んでる人かわいそう。

以下、ざっくり現代までの歴史を書いていく。

橋本真也は日頃の不摂生が祟って病死長州力は小力とユニットを組むも爆死。両者の首は大阪城ホール入り口に晒される。蝶野正洋は「笑ってはいけない」のビンタ芸人となり実質引退

その後新日には何人かインディー出身レスラー移籍するが誰も定着せず不人気のまま。

新日なんて今もほとんど誰も見ていないマイナーリングの話は誰も興味がないと思うので話を元に戻す。

G1 CLIMAX終了後、越中詩朗が新団体代表になるも5年で引退。その後は後藤達俊代表代行になる。日本格闘技界は平成維震軍、NOAR、全日大日本などが乱立していたが、

総合格闘技ブームが起こらず、外国人レスラー招聘も進みエンタメ化が発展していったので時代遅れアンコ体型のレスラーは次第に消えていった。

その代わりにYouTuberとして人気を博した一般人エンタメレスラー化していく。というわけでこちらのプロレスの授業ではいちいち技の名前なんて覚えない。

そちらではやたらとストロングスタイルがもてはやされているらしいが、こちらではガチンコ(シュート)は前田アンドレ戦まではともかく、小川橋本戦以降はZERO-ONE旗揚げ引き起こし元凶で、野蛮で恥ずかしい存在しかない。

事前にシナリオが完成しているので、佐々木健介みたいなしょっぱーいレスラーベルトを長州するなんてことはなくなった。

90年代後半に入ると各インディー団体レスラーファンが蜂起して有刺鉄線電流爆破マッチなどが漸次的に認められるようになっていく。そちらとは違って新日の強権的な支配がないのでゆるやかにリベラル化していく素地があった。

UWF勢もUWFインター・RINGS両派が認められ、パンクラスとあわせて三大勢力になっている。その後、プロレス八百長説を信じる人も増えていく。

2000年になると前田日明がオランダ勢やロシア勢と手を組み法律禁止されていた総合格闘技の普及を始める。全国各地のライブハウスや潰れたパチンコ屋などが地下格闘技場となり、連日そこでダークマッチが開催された。

00年代後半になるとアメリカで金網ゲージの中で「なんでも有りルール」で闘う形式が人気となる。エンタメプロレスが主流となっていた日本レスラーも何人か参戦するが全く歯が立たない。

そんな状況を一気に変えたのが三沢光晴だった。こちらの世界三沢斎藤彰俊バックドロップをくらって死んだりはしていない。全日離脱後にNOARを経て初代タイガーマスクである佐山とともにタイガープロレス旗揚げしていた。

得意のエルボー武器海外総合格闘家相手に次々と勝ち進む三沢タイトルマッチブラジル人柔術家相手エメラルドロウジョンを極め戴冠した試合は最高視聴率91%を記録し、大河ドラマの題材にもなった。

返す返すも、そっちの世界のように新日本の野蛮なレスラー支配権を握らなくてよかったと思ってる。

2021-01-09

ダンピアのおいしい冒険

これ10巻以内に終わりそう?終わりそうだったら単行本を買おうと思っているが。

明日ちゃんセーラー服やスインギンドラゴンタイガーブギ単行本を買っているが、できれば10巻以内に終わってほしい。

最近購読漫画が増えて漫画疲れしてるし本棚追加が目前に迫っているのも辛い。

2020-12-28

村田ワンパンマンの展開が心底気に入らねえ


 村田パンマンについてはずっと前から気に食わなかったけど、今回最新話でのタツマキとブラストの邂逅のシーンで完全にキレたわ


 まずこのブラストの登場シーンが背景ホワイトになってるのが気に食わねえ。ここは、村田意図的原作との方向性を変えた部分だと思う。

 原作においてブラスト趣味ヒーローとしての役割を貫徹する一種の異常者として描かれており、一種ダークヒーローとしての役割を持っている。一方で村田パンマンにおいて、ブラストヒーロー化身として全てを救済する完全な理想図、言わばヒーロー青写真として描かれているのだけれど、はっきり言えばこれは村田解釈の逸脱である上に、「とりあえず原作とは方針逆にして攻めてみました」くらいの浅い作品理解が見え見えになってて辛い

 まず原作ワンパンマン106話におけるブラストセリフ「いざという時に誰かが助けに来てくれると思ってはならない」を、村田は、「強者の心得として」という(余計な)一言を付けてダウングレードした解釈を行っている。

 ちがう。全然違う。

 第一に、原作ワンパンマンにおいてブラスト純粋に異常者なのである主人公サイタマがそうであるように、ブラストは一介の人間趣味ヒーロー活動をしているに過ぎず、その精神根本には「趣味楽しいからやってる」という以上の信念が存在していないことは、原作最新話に至るまでのサイタマ発言を見れば一目瞭然である。そして、ポイントはサイタマにせよブラストにせよ、自身一種の異常者であることを自覚しているところだ。そう、普通人間ヒーローに憧れて自分を血反吐ぶちまけるまでに鍛え上げて怪人とタイマンで戦ったりしないのである。誰かを助けるためにスタコラ駆けつけたりしないのである。じゃあ何でそんなことをするのか、ヒーローとしての義務感があるのか? 誰かを助けなければならないという強迫的な使命感に促されているのか? 違う。「趣味」なのである

 そんなあやふや精神条件において何年ものヒーロー活動を行い続けることができているブラストとサイタマ根本的に異常者なのであり、また、サイタマ自身が述べているように、そのような常軌を逸した行動の反動として、そもそもサイタマ自分自身空虚さを日々感じているのだ。強くなりすぎてしまった、と。


 その辺の解釈が全く村田パンマンに通っていないことに俺は以前からかなりの怒りを抱いていた。勿論、村田イラストレーターとしての技術画力業界随一のものであることは確かなのだけれど、彼はそもそもジャンプ編集部から何故自身原作作画双方を担当する漫画を任せてもらえなかったのかを根本的に理解していない気がする。そう、作品理解構成根本的に浅いのだ!

 多分村田雄介という漫画家は努力と才能の二本の柱によって自己ブラッシュアップしてきた人間から、ある種の才能の無い人間葛藤とかそういうもの無理解なんだろうなと思う。ある種の人間の心の動きとか細かい心の機微といったもの無知なんだろうなと思わざるを得ない。才能がある人間特有浅薄さが彼のアイディアからは漂ってしまう。彼にはそういう意味編集から仕事を受け渡しづらかったんではないかと思う。ハァーーーーーーーーーー。

 とりあえず一番最初違和感を抱いたのは「海人族編」である。同編のクライマックス自分の腕の中に倒れ込んだ無免ライダーに対して、サイタマがポツリと言うシーン。

「よくやった ナイスファイト

 村田版と原作ONE版においてそのシーンの描き方の差は顕著である


 村田版:サイタマ笑顔で無免ライダーを受け止める。まるで部活コーチ選手を褒めるかのように。

 ONE版:サイタマは無表情に無免ライダーを受け止める。感情の動きは伺えない。


 この時点で二人の作品理解の深度が全く異なっていることは明らかであるONE原作なのだから当然なんだけど)、そう、先に述べた通りサイタマ日常空虚を抱えているのでそもそも根本的には無免ライダーの奮闘に感動していないのである。それは、同編ラストシーンにおける「つまんねえな、今回は期待したんだけど」というセリフからも明らかである

 村田に対して言いたいのは、何でそんな感情豊かやねん、という話である。勿論、これと同趣旨ツッコミは散々浴びせられてるだろうから村田にとってはこういう意見は今更なんだろうけれど。でも、それにしても作品解釈が雑すぎんかね? という話なんです。

 他にも、同場面において、背後から一撃を加えたにも関わらず何らダメージを受けたようには見えないサイタマに対して、海人王が沈黙の後に名乗りを上げるシーン。ここも明らかに原作意図を掴み切れていない浅薄描写となっている。本編において海人王はサイタマ生物としてのポテンシャルの高さを如実に感じ取っており、やや苦戦したジェノスと比較してさえなお「今までのゴミとは明らかに違う」と述べている。このことからして、海人王はこの時点で自身の敗北を些か覚悟していた可能性が高い。その上で、これまでどのヒーローと相対した時にも発さなかった「名乗り」を上げるのである

 つまりこの名乗りは、自身の敗北の予感を覚えつつも、目の前の強者推定)に対して敬意を表した「名乗り」だと言えるのだ。自分と同等かそれ以上の生命体を目の前にして、戦闘を開始する前に礼儀を尽くそうとしたのである敵役ながら天晴な心理描写に俺は感動してしまっていた。でも、当然ながら村田パンマンにおいてはそのような感情機微が捉えられている様子はない。ガッカリ


 そういった村田パンマン原作との齟齬は全体的にはそれほど多くないものの、時折というペースで伺えてしまうのである

 例えば地獄のフブキとサイタマ最初に邂逅するシーン。フブキは戦闘においてナイフを取り出しサイタマに切り掛かる。その目尻には涙が浮かんでいる。

 この涙は、フブキのナイーヴさの表現であることは明らかなのだけれど、その解釈ONE村田では幾分異なっているように見える。


村田版:子供自分の願いを聞き届けられなかったかのような悔しさを滲ませた涙

ONE版:目の前の相手に対する恐怖、そしてナイフという直接相手を傷つける武器によって相手殺傷することへのストレスを含んだ涙


 やはりこの描写からも二人の作品に対する深度の違いが現れているようでならない。村田普段仕事はきちんとしてるんだけれど、こういう見せ場みたいなシーンでしょうもない解釈ドヤ顔ブツけてくるからホント辛い。上記の通り、フブキはナイーヴであるため根本的に他者を傷つけることにストレスを感じていることが前後の流れから読み取れる。更には、相手武器で傷つけてまで自分地位を守ろうとすることへの葛藤さえもその表情から伺える。一方で村田……ヘイ村田

 上記の通りフブキの涙についての解釈が、その表情に関する解釈が、村田パンマンには希薄であるように思われるのだ。

 というわけで作品解釈がところどころ浅いっつーか、キャラクター人格根本の部分について村田は読み違えているように思えてならないのだ。いやまあ大体は大丈夫なんだけど、原作ファンとしては「ここが見せ場!」ってなってる場面でやらかすのが村田って感じなんだよな。例えば無免ライダーナイーヴファンボーイ的なキャラクターとして描写してるきらいが村田にはあるけれど、無免ライダーヒーローに対して明るい観念ばかりを持ってるファンボーイじゃなくて、ヒーローとしての自分への失望とか周囲の人間自分に向ける視線への恐怖(タンクトップタイガー発言「C級1位の座寄越せ!」などに代表される)と日頃戦っているキャラクターの筈なのだ。つまり根本的に暗くて弱い人間の筈なのだ。それでも、信念に従って倒されても立ち上がって戦い続けているから彼は魅力的なのだ

 なのに村田ときたら無免ライダーのことを「スパイダーマンに憧れたのでとりあえずスパイダーマンコスプレしてみた」的なファンボーイとして描いている。ハァー、バカチンが。


 まあ勿論繰り返すように全体は丁寧で、仮に褒めるとすればボロス編とかは全面的に良かったと思うんだけど。でもところどころやらかしてんだよなあ村田は。

 長くなったけど今回の最新話での蛇足描写もそうで、「強者の心得として」っていうセリフはいらなかったの。

 これは俺の作品解釈なのでONE想像と合ってるかどうか分からないけれど……、恐らく「いざという時に誰かが助けてくれると思ってはならない」というセリフは、根本的にブラストの優しさと厳しさの混じったセリフっていうところは当然村田解釈しているのと同じなんだけど、根本的にそこには齟齬があるようでならない。

 つまりあのセリフは「人を助けるってことは普通人間にはできない」という意味が籠もってると思うんだよな。

 だから普通人間にはできないことを期待しちゃいけない、って意味なんだと思う。そしてここで述べた解釈もまた表面的な解釈に過ぎず、裏を返してみればブラストが言いたかったのは次のことだろう。

「人を助ける人間は異常者だ」

 ってこと。

 繰り返すように、ブラスト趣味ヒーロー活動をしている自分の異常性について幾分自覚である。「普段は働いていて、これは趣味なんだけどね」と原作において付け足している部分からも明らかであるように、「自分はこんな異常者じみた活動をしてるけど、普段普通社会人なんだ」という、既に解消され消化されたであろう葛藤の、単なる痕跡としての「後ろめたさ」を匂わせているのである。そう、ヒーロー活動なんて本来は異常者の行うことなである。サイタマしかガロしかり、本当にヒーロー活動に真面目に取り組んでいる連中なんて皆まとめて異常者なのだ

 そしてブラスト自己意識においてもソフィスティケートされているので自身の異常性を認識している。彼はこう言う。「(自分ちょっとおかしいか趣味の一環で君を助けたりはするけれど、そうじゃない普通の人が君を助けることなんてまずないのだから、)いざという時に誰かが助けてくれると思ってはいけない」と。そしてここには更に裏の意図が込められていて、つまり「誰かを助けるなんてことを考えるのは、誰かに助けてもらいたいという弱者の望みを叶えようとするのは、根本的には異常者の仕事だ。君が、そういう弱者の望みを叶えたり、あるいは、『誰も助けになんて来てくれないのが普通の世の中』に対して忸怩たる感情を抱いているなら、君自身が異常者になって、つまりはただ助けを待ち望むだけで誰かを助けることのない普通人間から抜け出して、誰かを助ける側に回るしかないんだよ」と。


 ブラストはそういうヒーローなのだ。異常者としての、しかしサイタマガロウと同じく善なる傾向を持つと同時に、冷徹感情をも持ち合わせるダークヒーローであるのだ。その辺のしっかりとした解釈を、村田自分仕事に持ち込んでもらいたい。以上一読者から意見でした。

2020-12-22

anond:20201222182832

「とらづえ」って読み方じゃないのもイラッとする

とらづえだったら、タイガーキングみたいなノリだったのに

2020-10-19

舞台面白いけど現場が辛い…

声優オタクをずっとやっていて、去年までは主にライブトーク系の声優さんイベントに通いまくっていた。

しかし今年はコロナの影響でこれらのイベントほとんど行けず、その代わりに舞台にたくさん行くこととなった。

きっかけはコロナ直前の1月に観た舞台

当時推していた声優さん目当てに10公演全通し、面白くて、その舞台に出ていて気になった別の子が出る舞台2月も8回通った。

コロナで一旦途絶えたが、9月以降、ライブ系のイベントはまだほとんどがオンラインの中、舞台は実演が再開し、またちょこちょこ舞台を見に行った。

9月には1月に見た舞台の続編があり、今度は流石にコロナが怖いので全通とは行かなかったが、7公演見て世界観にどっぷりとハマった。

10月にも、9月舞台で気になった子を目当てに、2回ほど舞台を見に行った。

 

舞台の良さは、表現は難しいけど、何回も見て世界観にどっぷりとつかることの一体感個人的には感じる。

ライブは、良い音楽や会場と一体となった盛り上がりが楽しいが、どちらかというその場限りで、かつ一回一回でものすごく体力を消費する。

舞台は一回一回で得られる満足感は良いライブほどではないと感じるが、何回も見て、たくさんある登場人物の特徴、世界観等を理解し、ストーリー理解度を高め、謎への疑問や考察等を深める。

こういったじっくりと楽しめる点が面白いと感じる。

どっぷりとつかるので、舞台が終わった後の損失感、舞台ロスが非常に強く、しかしそのロスがなんとも気持ちいい、そういった楽しさだ。

 

長年声優オタクとしてライブ等のイベントに年間5〜60回通っていたけど、少々そういったイベントにも飽きてきていたので、これから声優さんが出る出ないに関わらず舞台を主現場にして行こうかな〜となんとなく確信してきているところだ。

しかし、どうしても現場が辛いなと思う出来事があり、迷っている。

 

今年計27回舞台を見たが、そのうち3回、座席の座り方で文句なり注意を受けた。

 

1回目は1月舞台の開演前。

この会場はパイプ椅子のため、2時間座り続けるのがとても辛く、脱いだ上着をクッションがわりとして敷いて座っていたら、後ろの席の男性に見えなくなるから勘弁してくれと言われた。

私は身長が180cmぐらいあり、座高もそこそこ高い。

しかも会場はフラット。ただでさえ後ろだと見えにくいのにさらにクッションで高くなったら見えにくいだろうなと思い、その場はそれに従った。

お尻が痛すぎて、観劇中は何度も姿勢をずらさざるを得なかったが。

多分私の座高が低かったら同じことをしても何も言われなかっただろう。

現に他の座席でクッションを敷いている女性を見かけた。

 

2回目は9月舞台の上演中。

3階の通路席で見ていたのだが、会場のスタッフ女性に横から、『前のめりでの観劇はやめろ』(正確な文言は当然これではないが、見せられた自分の印象としてはこれ)という旨が書かれたシートを見せられ、そこで集中していた観劇ストップし、以降集中して観劇できなくなってしまった。

自分姿勢は、前のめりかなんなのかは知らないが、確かに背もたれから背が離れて、腕に顎を乗せる形で見てしまっていた。

しかしこれには理由があって、3階席は座席前後の幅がめちゃくちゃ狭く、自分くらいの身長人間が背もたれに背をぴったりつけているとエコノミー症候群になるくらい苦しかたからだ。

普段こんな姿勢で見たことはなく、現に同じ会場の1階席で見たときは、座席幅がゆったりとしていたため、普通に前のめりにはならなかった。

また俺の隣(とは言ってもコロナ禍なので1席は空いていたが)のお兄ちゃんも同じような格好で見ていた(しかし俺と違って通路席ではなかったので、スタッフのお姉さんが見せようとしていたシートに気づかずそのまま観劇を続けていたが)。

前のめりで見るなという注意を聞いたのはその会場が初めてで、前のめりってなんやねん、それが一体どんな迷惑になるんだと思って、『舞台 前のめり』でググって上の方のページをいくつか見てみたら、そこには、この表現は適切ではないかもしれないが、俺には地獄しかと思えない光景が広がっていた。

前のめりは後ろの席の人を見えにくくする行為であり、音を立てたり、前の席を蹴ったり、録音録画したりするのと変わらない、いや、それらと違って実際に行われる頻度という意味ではそれらよりももっと怨嗟対象になりやすい、舞台観劇上の極悪非道マナー違反だったのだ。

前のめりする人に対する怨嗟怨嗟怨嗟の声を見た時は驚きとともに、寒気がした。

舞台界隈、怖え〜。某◯◯マス警察も可愛く見えるぐらいの地獄現場だな。』

前のめりの何が悪いんだなんて軽々しく口にしようものなら、完全に犯罪者糾弾されて、打首獄門晒し首にされかねない勢いだ。

個人的には前のめりだろうがなかろうが、座席の傾斜や前の人との座高差で見えるか見えないか決まるんじゃないかと思ったが、そんな疑問を口にしてスタッフに口答えでもしたら、それだけで迷惑な客、クレーマー客と認定されちゃうんだろうな…

実際今回の席も、後ろに座席は全くなく(客がいないのではなく席がない)、斜め後ろに席はあったが、斜め方向に見ても見える先は会場の壁であり、ステージを見るのを妨げることはあり得ない。

そんな理性的反論でも、「うぜ~。前のめり禁止は会場のルールなんだよ。従えないんだったら出て行け。」って思われるんだろうな…

なんだかな…

 

3回目、そしてこの文章を書くきっかけになった出来事が起こったのは10月の舞台の上演中。

その舞台を見る初めての回だったので、どんな舞台なのかなという気持ち観劇していた。

幸い今回は1階の前の方のゆったりした席だったため、前のめりの心配はない。

背もたれにぴったり背中をつけてじっくりと座って見ていた。

舞台を見始めて序盤、ステージ演者全員で歌うところがあり、この歌が非常に自分にハマり、「おっ、もしかたらこ舞台結構楽しめるかも」、と思った矢先だった。

『変な姿勢で見るのやめてくれません?』

突然暗闇の中、後ろの女性から言われ、一瞬なんのことやら理解できなかったが、自分のせいでステージが見えづらくなっているから頭を下げろと言われたということは理解し、頭を下げた。

自分はその時、前のめりにはなっていなかったが、席にかなり深く座っていたので、見ているときは気づかなかったが、頭がちょっと出ている状態だったと思う。

ただ、別に座席から腰を浮かせていたわけでも、背伸びをしていたわけでもない。

その劇場規定されている規則を一切破っていなくても、後ろの人が背が低くて、その人が見えづらくなったら、それだけで迷惑行為なのだ

そして迷惑行為をする奴ならば、被害者立場で、相手が同じ立場舞台を楽しもうとしているという事情など一切汲む必要なく、”正義の鉄槌”を振りかざして悪を退治できるのだ。

その舞台は、もうそれ以降まともに集中して見ることが出来なかった。

なんか俺悪いことしたのか?くそー、ふざけやがって、折角楽しく見ていたのに、今度なんか言われたら反論してやる、とか舞台の内容とは一切関係ない思いが頭の中を駆けずり回り続け、舞台の内容に集中するどころではなかった。

舞台が終わった今になっても、言われた言葉トラウマになって、思い出しただけでもイライライライラしてしまう(その気持ちちょっとは落ち着くかなと思ってこの文章を書いてはいるのだが)。

 

この3回の経験で、なんとなく悟ってしまった。

舞台現場では、背が高いこと、座高が高いことはそれだけで迷惑行為である。」

ということに。

背が低ければ座席間隔が狭くても前のめりになることはない。

背が低い、または後ろの人の背が高ければ、全く同じ姿勢で見ていても、変な姿勢で見ないでくれと後ろから正義”の鉄槌を振り下ろされることはない。

背が高くて、後ろの人を見えづらくしてしまえば、劇場規則に何ら違反はしていなくても、それは舞台現場では迷惑行為なのだ

これは長く声優現場に通っていた自分にはかなりショックだった。

声優さんライブトーク等のイベントでも、当然座席構造や前の人の身長によって、ステージが全く見えないまたは見えづらくなることはある。

私は身長は高い方ではあるが、それでも突出して高いわけではないので、前に背が同じくらいの人がいてステージが見えづらくなったなんてことはしょっちゅうある。

それでも前の人にしゃがめと言ったことなんてないし、私に限らず、背が高くて見えないからと言って前の人をどかそうとした人なんて声優現場では見たことがない。

当たり前であり、前の人は自分と同じ立場で、抽選の結果その席を獲得しており、その人の身長には何の罪もなく、そのようなことをする資格は誰にもないからだ。

しかし、舞台現場では、見えづらくしさえすればそれは迷惑行為として排除することが出来てしまうのだ。

ただ単にゆったりと座ってじっくりと見ているだけでも。

声優さんライブ現場でも迷惑行為と呼ばれるものはある。

輝度ペンライトを使ったり、曲の良い所でイエッタイガーと叫んだり、曲と関係なく声を出したり、周りにぶつかるのを気にせずに手足を動かしたり、オルスタで前の人間を無理やりはがして前に行ったり、ステージペンライトを投げたり、等々。

これらのどれが真に迷惑行為であるかどうかとかはどうでもいい。

言いたいことは、これらの行為は、それを行っているものが自らの意思に従って行っていることであり、それがゆえにその人自身意思でやめることが出来るということだ。

でも、背が高いことをやめるなんてのは不可能だ。

背が高いから、後ろの人に邪魔にならないように沈んで見ろというのも、2時間という観劇の間続けるのは困難であり、そもそも同じお金を払っている同じ立場の客として、背が高いということだけでそのような不利を強いられる謂れはない。

ただ、べき論とか筋論してはそうであると思うが、実際の舞台現場では、背が高いことを迷惑行為としてぶったたいても問題ないという状況になっているのだろう。

3回目のようなことを言われたのはその1回だけであるが、前のめりに関する怨嗟の声を見るにつけ、それを行った女性が少数派とはとても思えない。

少なくとも舞台現場では一定数いる可能性が高いと認識しておく必要があるんだと思う。

 

舞台にはまるきっかけとなった1月舞台の続編が、恐らく来年あり、それは絶対に見に行きたい。

その他にも、コロナのせいで今年できなかった舞台来年いくつか予定されており、それらも見に行きたいなと考えている。

でも、正直上に書いた経験により、私の心の中には舞台現場は怖いという認識が出来てしまっている。

私の身長来年縮むことはないので、私が舞台を見に行けば、それだけでステージペンライトを投げたり、周りの人を押しのけたりという迷惑行為をしているということにされてしまう。

今まで2~300回は行った声優現場で、迷惑行為いやだな~と思うことはあっても、自分自身迷惑行為当事者となることは全くなかったのに、舞台現場では、見に行っただけで、迷惑行為野郎とされてしまう。

本当それを考えるだけでも憂鬱だし、今度後ろからなんか言われたら言い返してやろうか?、とか舞台の内容とは全く関係ないことを頭の中で考えてしまっていること自体が嫌だ。

一応来年も前向きに舞台を見に行きたいなとは思っているが、少しでも嫌な経験をしたらぽっきりと折れてしまうかも...

折角舞台という楽しい現場を新たに見つけたと思っていたのに、本当に残念だ。

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