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はてなキーワード: ギミックとは

2017-10-21

飲食店予約

AIスピーカースマホでの音声入力に今すぐでも対応して欲しいのは、飲食店予約アプリかな〜‬

‪「ここから歩いていけて、2人で4000円くらいのメシ屋」‬

‪街中でも自然に使えるように、あえてスマホ電話するギミックを取り入れるとなおよし。‬

2017-10-02

スマホゲーム終焉コラボ連発だなと思った

モンスターストライクの話だけど、昨日は4周年記念放送ということでみんながワクワクしてた。

俺も友人と「ついにルシファー(※1)獣神化(※2)かな」、「限定キャラ(※3)なのは間違いない」という会話をしていた。

(※1・・・ルシファーモンスターストライクの顔といってもいいほど人気のキャラ。)

(※2・・・獣神化。型落ちキャラの救済システム進化の先の段階を作ることでキャラスペックを上げたり新しいギミック対応させることで現行キャラ匹敵させる。)

(※3・・・限定キャラガチャシステムにおいて、特定の期間でしか取得できないキャラを刺す。基本的実装時に高めのスペックを持つ。※1のルシファー限定キャラ。)

 

そう、モンスターストライクにとってアップデートの一番の目玉は「獣神化」である

昔は使っていたけど型落ちして使わなくなったキャラ、元からスペックなのにときが達完全にネタとなったキャラも、この「獣神化」をすることでまた主力になれる。

この獣神化システムガチャシステムの欠陥である「型落ちによるハズレ化」を補うようなシステムなので、モンスターストライクをやってる人間はこの獣神化だけが楽しみといっても過言ではない。

そこで昨日発表されたのが、なんと過去コラボした「エヴァンゲリオンキャラクターの獣神化だった。

多くの人ががっかりしたのかニコニコ生放送放送終了後アンケートは最低な結果(5.よくなかった が77.5% 色々問題にされているPSO2ですら5.よくなかったは33.4%)

 

私はエヴァンゲリオンコラボモンスターストライクを初めた。なので純粋に嬉しい気持ちがある。もちろん今回獣神化されるキャラは全員もっている。

でも、やはりこのタイミングおかしい。「モンスターストライクの4周年」であって、エヴァンゲリオン関係ないはずだ。

モンスターストライク」という看板の4周年を祝いに来ているのに、強化対象は「エヴァンゲリオン」。私はエヴァンゲリオンの何かを祝いに来ているわけでもないし、祝いの対象もなにもない。

思うに、モンスターストライク運営は「予想を裏切る」ことに徹しているけど、「期待を裏切っている」ことに気付いてほしい。

 

この流れになぜこんなに不満が溢れているのかは今回のことだけでは語り尽くせない。

モンスターストライク7月あたりから月1で他作品とのコラボをしている。

7月は鋼の錬金術師。8月は化物語。9月は七つの大罪。実際コラボを楽しんでいたことは認める。全部好きな作品だ。(当然、作品を全く知らない人は楽しめないだろう。)

実際に、M4(※4)の宮坊さんは「最近コラボばっかりだったから」と発言しているので、コラボに飽きている人間も多い。

(※4・・・M4公式モンスターストライクうまいとされる4人を集めたチームのこと。宮坊とはファミ通Appスターズの人でM4の一人。)

最近コラボばかっかりだったから新しいモンスターストライクにワクワクすると発言を聞いたあとに「みんなが注目している獣神化はコラボです」と盛大な感じでいう。ド畜生かよ。

 

パズルアンドドラゴンズの落ちぶれ様をみるに、モンスターストライクもその後を追っているの間違いないだろう。

パズルアンドドラゴンズコラボを連発しだしてから落ちていった。(他にいろんな要因があって、あとだから言えることだけど。)

多分、コラボに頼っていくとスマホゲームコンテンツとしての地力はどんどん下がっていくのだろうと思う。コラボで人を集めたところで、私みたいに残る人間はいるが、去る人間コラボ先が魅力なだけで終われば去る人間もいる。

もちろん、コラボすればセールスランキングは上がるだろう。だけど、それは劇薬であって、コンテンツ自体筋肉(持続力)や価値が上がったことではないのをスマホゲームの開発・運営は一番に考えるべきであるコラボあくまでもブースト剤。

 

今回のモンスターストライク4周年の発表は非常に残念だった。

私は先に挙げた通り、エヴァコラボからはじめたので嬉しい気持ちもあるが、それでもやっぱり、モンスターストライクキャラクター優遇されることを望む。去年、3周年で「ウリエル(※5)」が獣神化したから、昨日の放送のなかで「ウリエルがこの1年で最も使われたキャラクターでした」と発表できた意味を考えてほしい。

(※5・・・ウリエル。察しの方は多いと思うが、モンスターストライクの顔であるモンスターストライクには4天使ミカエルラファエルガブリエルウリエル限定キャラとしており、そのどれもが多くプレイヤーが性能面や絵などから欲しがるキャラであるルシファーも同じく。)

 

ま、そうはいっても実際の4周年は10/10である。その展開でユーザーの期待に応えてほしいところである

2017-09-24

https://anond.hatelabo.jp/20170924152320

1ページ目1コマ

吹き出しがはしっこ過ぎ&はなれすぎ

もっと寄っていいよね


2ページ目1~3コマ

このへんでちゃんと背景を描こう

2人の位置関係がまったくわからないし

コマ最初の吹き出しでどっちが喋ってるかも一瞬わからない

さっさと情報提示する意味

「”サカキさんは”頭が外れやすくなりましたね」でよい


最後台詞の「オハヨーゴザイマス」に何の意味もない

なんか二人のやりとりの中で意味のあった台詞をいわせてくれないと

読者としては意味がわからない


何をいいたいのかわからないと言うのはつまりそういうところ

サカキさんが人間でなかったところを衝撃にしたいのか

マリ人間でなかったところを衝撃にしたいのか

まずどっち?

ぼんやりしてるでしょう

どっちかにしないので衝撃が分散して印象が弱くなっている


そしてそもそもそんな衝撃はもう有り触れてるのだから

これを短編として成立させるには

マリサカキさんの関係性」の方が大事

そこすらちゃんと描けてないからこの短編は失敗なんです


もっとマリサカキさんの関係性」を描いた上で

最後オリジナルサカキさんにマリがかける言葉にその関係性を凝縮してほしい

まり最後台詞で「マリサカキさんの関係性」に終止符(またはtobecontinued)をきちんとつけよう


人間だと思ったらアンドロイドだった」なんてSFギミックで誰も心を動かしません

(それが本当に画期的でまだ誰もやってないギミックでない限り、ギミック一本で成り立つエンタメなんてないです)

そのギミックによって人間存在感情がどう揺さぶられたかを見せるのがエンタメです

人に見せるものを描いているならそこには必ず向き合ってください


はいうほど雑ではないです

今の自分画力範囲内で頑張って仕上げてるのは分かります

絵について「デッサンが~」という人はしったかぶりなので気にしなくていいです

ただ自分表現したいもの必要表現力は持たなくてはいけないので

目的を持って絵も精進していきましょう

2017-09-17

ここが駄目だったよRe:CREATORS

最終話

築城院真鍳ちゃん野放しだけどいいのか国外逃亡したしもうどうでもいいのか

官僚天下りしてハッピーエンドっぽい感じでいいのか

・被造物を安易に元の世界に戻していいのか

・多元宇宙論がどうこう言ってるが多分誰もちゃんと理解してないけど本当に大丈夫なのか

メテオラずっと残るらしいけどこれは世界の歪み的にはセーフな範囲なのか

適当に話でっち上げて終わらせたぜってセリフスタッフ本音漏れてないか

チャンバーフェス

・ソノウソホント奇跡を起こして解決物語的にどうなんだ

・真鍳ちゃん>アルタイル>>その他作中の全て みたいになってないか大丈夫なのかマジで

クリエイター雁首揃えて考えた攻略法アルタイルを倒すためにアルタイル下位互換を用意したましたは流石にショボくね

・セレジアの恋人カロンハゲにかました皮肉を見事にスルーするハゲ創作者としてどうなんだろうかお前の話ワンパすぎんぞって言われてるぞ

・トレパク疑惑のある絵師自分創作キャライチャイチャしてるのを真剣に見守る統率の取れた観客

承認力作中最強クラス 電車

そもそも承認力って何だったんだろうね

アルタイルベース二次創作から何でもありだぞというギミックに追加の説明は無かったですね

承認力で全部説明つくならステマしてバズらせさえすりゃスーパーシンジやU1みたいな感じで他のキャラチートし放題じゃねえか

・だが最強なのはからチートの真鍳ちゃんなのだ

デウスエクスマキナクラスキャラを都合よく使ってはいはい辻褄合わせましたよは本当よくないよ創作者の怠慢だよ盛り上がれないよ

ソレ以前編

・もう疲れたので一言だけ

あじゃらかもくれんきゅうらいすは台詞がダサすぎて何でバズったのか不思議でならない

・というか承認力による設定改変をもっと積極的にやれよそれがこの作品の肝だろ

・どうせ設定の雑さなんて浮き彫りになりすぎてこれ以上どうしようもないんだからもっと派手に動くべきだったんだよ

チャンバーフェスネタを取っておこうとしたんだろうがそれならもう1クールでまとめろよ

・22話って中途半端だな本当に


下駄

いやーとりあえず最終話終わりましたね。

ラストを見るまでは分からないという事で今まで色んな事言うのは我慢してきましたが流石にもう言います

ひどかったね今のアニメ

最終回で大逆転することはなくて、やっぱ駄目だったかとため息がでるような話でした。

とりあえあず個人的評価を100点満点で言えば40点ぐらいの作品でしょう。

そのうち大部分がネットでわいわい語り草にするのが楽しかった事による点数ですので、人に薦める場合の点数は100点満点で10点ぐらいです。

嫌いな奴に時間無駄に使わせようって時か、糞アニメ好きな人アニメ紹介する時ぐらいしか名前を出すことはないでしょう。

放送前の期待値は70点ぐらいだったのでそこからかなり下がってます

自分もまだまだ見る目無いなぁ。

1話の段階で「ん~~~~???これって伸びない可能性のほうが高いのでは~~~????」と思うには思ったのですが、それを放送前に感じ取れないと駄目ですね。

伸びないにしてももう少し低空飛行しそうに予想してたのですが、気づけば地中を潜っていたレベルになったのは予想外。

全体的な造りも荒いし細部の枝葉も荒かったですからねー。

たまーに細かい話を掘り下げようと頑張っていたのは見かけたんですが、世界観の造りが荒いせいかいまいちピンと来ない話ばかりになってた印象です。

そんな中でも作画音楽は頑張ってた事が多いと思います

「落とした?」としか思えない放送スケジュールもちょくちょくありましたけどねー。

内容の割にはリッチな絵作りしようとしてましたからねー。

そこまで頑張らんでいいのにと思って見てました。

あいいやこの辺で話終わりにします。

どこまでもやり続けるとヘボット放送時間なっちゃう。

2017-09-13

しかし今更iPhone・・・

ギミックはいろいろ興味あるけど製品デザインとしてはもはや三流だよナ

いまだにカメラのでっぱりはブサイクなままだし

全面画面といいつつも上のセンサー類のラインはデットスペースなわけだし

アップルというのはデザイン機能コントロールしてくる美しさがよかったんだヨ

もはやガワにはなんの美しさもないね

2017-09-11

昨今の艦これユーザーに思うこと

かれこれ、艦これを4年近く続けている。

ガチ勢ではなくエンジョイ勢だ。

ランキングに載るための周回なんてやってられないと思ってるし、遠征だって1日13回やらないことだってザラにある。

嫁艦と呼べるほど好きな艦娘もいないので、指輪も使わずじまい。

そんなこんなしていたので、最初の内はイベントでは甲勲章を取っていたが、

つの間にか勲章は6つから増えなくなっていた。

今回のイベントもキツいと言われたE-4とE-7は難易度乙でクリアしたが、それ以外は甲でクリア出来た。

久々に楽しめたイベントだった。

一つ楽しめなかった部分と言えば。

私はTwitterで状況を呟きながら艦これを行っている。

勿論フォロワーフォローしている人にも艦これプレイしている人がいるわけだが、

その中でイベントの際にしか艦これログインしなくなっている人が何人か存在している。

普段艦これの事を喋らず、イベントの新艦目当てで参加するわけだが、

その人達は、漏れなく、イベントに対するヘイトツイートしまくるのだ。

曰く、輸送作戦がクソ。

曰く、PTがクソ。

曰く、ギミックがクソ。

この辺はまだ分かる。私だってめんどくさいと思ったことがなんどあった事か。

だが次第に。

曰く、艦娘が足りなくなるからクソ。

曰く、勝てないからクソ。

曰く、資源足りないからクソ。

次第に首をかしげたくなるような事にまでケチをつけてくる。

そして攻略をやめて、「今回のイベントもクソだった」という評価をする。

これが前回もあった。前々回も。

なぜこの人達は、イベントの前に準備しないで攻略できると思っているのか。

百歩譲ってイベント初参加で勝手が分からないなら仕方がない。

だがこの人達は、過去に何度もイベントだけは参加してきた人達だ。

艦娘が足りなくなることは前回のイベントでわかっていた。ならば使ってない艦娘レベルを上げて使えるようにしてやればいい。

勝てないなら装備や編成を見直さなければならないだろう。

資源が足りないなら、最低限遠征を回さなければ。連合艦隊基地航空、支援部隊など、イベントは消耗が激しくなるし、堀を考えると、余計に資源の確保が必要になる。

私もめんどくさいと先に述べた、輸送作戦や対PTだって、大発を装備できる艦娘を増やすなり、装備改修で命中を上げることだってできるのだ。

分かりきっていることなのに、彼らはやらない。

そして艦これというゲームのもの非難する。

そして次のイベントを待つ。なにもしないで。

漠然と次のイベントもクソなんだろうなと思いながら、なにもしないで待つのだ。

はたしてクリックしているだけで自分目的が達成されるものを、ゲームと呼べるのだろうか。

自動で旗を取りクッパを倒すマリオ

パンチボタンを押しているだけでベガを倒してしまスト2を、彼らは神ゲーと評するのだろうか。

たかゲーム、挑む姿勢は人それぞれであっていいと思う。

だが、彼らの、努力をせず、うまくいかいかゲームのもの酷評するスタンスは、

そんなゲームを真面目にやっている私たちを、どこか馬鹿にしているようにしか感じられない。

実際クソゲーと言われる部分は、艦これには沢山ある。

だが、その前に。

やるだけの事をやってからクソゲーと叫べ。

クソゲーと叫んでいいのは、万全の準備をした上で、無駄時間と労力を払い、もしかしたら課金たかもしれない、艦これを楽しもうとした我々だけなのだ

文句を言う前に、楽しむ努力をしてほしい。

そんな事を感じた、夏イベントでした。

2017-09-06

イベ終わったので総括してみた

http://anond.hatelabo.jp/20170506031453

↑の元増田です。


予定通り、オール丙で進めた夏イベが終わった。

今回、他の全てを差し置いて最優先だったRoma・朝霜は無事入手。

残りの期間は他のドロップの掘りに充てるとして…その前に2015夏以来のイベの感想を書いてみる。

少なくとも丙は難易度詐欺

今回、難易度の星の数が、E-6は2015夏E-7と同等の15、E-7に至っては16となり、歴代最高難度になったのはご存知の通り。

そしてそれまで最難とされた2015夏E-7は、丙ですら信じがたい難しさで、かくいう自分攻略中、一時的に燃料と弾薬自然回復上限を下回るという、丙らしからぬギリギリ状態に追い込まれた。

したがって今でも「零時迷子」と揶揄されるほど悪名高いのも頷けるし、もし今後のイベントが丙でもこれだけ難しいと、正直言って攻略不可能だと、当時は思わされたものだ。

というか、いつの間にかそこまで全提督にやり込みを強いるゲームに変貌したのか…と大いにショックを受け、ほどなくゲームから離脱することになった。「ぶっちゃけ、付き合い切れない」ということである


そして今回の難易度設定である

正直、一昨年の夏イベに照らし合わせるなら、丙であってもE-6だけで資材3万、E-7だったら5万くらい吹き飛ぶだろうと予測した。つまり全くクリアできる気がしていなかったし、「ふざけんじゃねーぞ」と大いに憤慨させられた。

しかし…確かにストレートで瞬殺にはならなかったというか、沼りかけた局面はあったものの、一昨年のそれと比べたら「楽勝」に含まれる程度の労力でクリアできてしまった。

といっても、離脱当時と比べて別にウチの艦娘たちが何か変わったわけではない。長門・鈴熊・鬼怒・駆逐数隻が改二になり、鹿島瑞穂がやってきて、五航戦装甲空母に化けた程度の変化は「強くなった」に含まれないだろう。

大きな違いは基地航空隊の有無と、32・33号電探を各3個から各7個にほぼ倍増させた程度だが、そんなの艦隊連合艦隊になった時点で帳消しなわけで。

というわけで、見出しにある疑問が湧いてきたわけだ。もし違うというなら、15夏イベE-7の難易度設定だけが壮絶に狂っていたというか、超絶クソだったということか。

ともかく終わってみれば、乙で挑戦する選択はあったかもしれない。

あ、レベリングと装備改修が死ぬほど嫌いな時点で甲を選ぶことは今後も絶対ないけどな!

輸送ゲージは安直な追加仕様

幸いというか、今回初体験輸送護衛部隊での出撃は、E-6のギミック解除のための1回だけで済んだ。

ちなみに輸送護衛部隊は、本隊こそ資材消費は軽いものの、道中・ボスマス共に支援必須になるため、トータルでの消費は水上打撃部隊空母機動部隊よりも多分重い。

そこにきて輸送ゲージだけど、これもう明らかにドラム缶有効活用から安直に決めたとしか思えないんだわ。

そんなことのためだけに、攻略無駄にしょっぱくするんじゃねーよというのが感想

基地航空隊安直な追加仕様

からさ、育成が安定するとボーキが余り始めるからって、別にイベで吸い上げなくてもいいだろって話。

おかげで敵さんまで連合艦隊になったじゃねーか。基地航空隊初体験だったけど、結構うんざりさせられた。

しかしたら敵艦で連合艦隊組ませたいという思惑と一致したのかもしれないが、それが結局のところ、今回のE-7甲をあれだけ難しくした元凶になってんだろーが。

ジャンプ黄金パターンじゃあるまいし、敵の強化と仕様追加のいたちごっこを際限なくやったら、ユーザが離れるだけじゃねーの?

まあ、何か新要素の一つもなければ飽きられるというのもあるんだろうけど、当初のシンプル仕様に惹かれてゲーム始めた人間からしたら迷惑


あとwiki基地航空隊のページだけど、初心者向けの説明として、ただ使ってみるだけなら

  1. 基地航空隊クリックします。
  2. スロット陸攻をセットします。
  3. 木札をクリックして出撃にします。
  4. 艦隊を出撃させたら、派遣したいマスを2回クリックします。
  5. 緑のボタンクリックして準備完了

程度の説明で事足りるんだから書けよって思う。

それすらないとか、誰も使えねーよ。

しつこいけど信濃マダー?

信濃実装されたら、育ちきったところで今度こそ本当に提督引退するつもりなので、さっさと実装してくれ。

あとエンタープライズな。

anond:20170906125813

周りを巻き込む嘘つきってれっきとした病気だよな

ローソンチケット…というか、企業を巻き込む気なんて(あちらから巻き込まれてくるという認識すら)これっぽっちもなかったと思うぞ

「欲しがってたアレ? なんか機械故障で買えなかったんだよ」「店員?ああ一応言ったけどダメだってさ諦めな」というごり押し説得または与太の話ってのは誰しもするだろう

今回はそれに「いや私どもの機械がダウンした形跡は全くないのですがいつの話ですか」と該当企業から公式リアクションがあったという「本当に反応があった怖い話なのだ

ちょいと自作ギミックが多かったのとTwitterで完全公開されたのが全部全力で悪いほうに働いてしまったがね

2017-09-01

防災の日なので言っておくが

手回し発電のラジオってあるじゃん

ライトとかついてスマホ充電とかできるようやなつ。

あれは、使えないからやめとけ。

手が痛くなるような勢いで5分まわして、30分聴けるとかそんな感じで、平時でもやってられないし、たぶん被災時の心に余裕がないときはなんでこんなもん買ったんだって後悔しかないと思うわ。

普通ラジオライトと、電池式のモバイルバッテリーを揃えて、年に一回の防災の日備蓄電池を交換する。

これが安定した運用

ギミック満載で男心がくすぐられるのは認めるけど、防災用品だから確実性をとっておいたほうがいい。

---

追加

備蓄電池を交換する」って書いたけど、実際には買い足していけばいいから。

自然放電電気が減るけど、5年保管しても7割くらいは使えるから電池に小さく書いてある使用期限がすぎるまで保管しておけばいい。

毎年20本パックのやつを買い足して、5年位くらいたった古いほうから捨てていったら常時100本くらいの備蓄ができる。

2017-08-31

艦これ聯合艦隊ワンパターンになった

最近イベント攻略編成は水上と機動で4種類くらいを使いまわしてるだけ。特に第二艦隊面子なんて、ほぼ固定。

今回は史実関係いかルート固定も簡単だったし、ギミック適当にやったらできたので情報すらいらなかった。

残ったのはツラい掘りとツラい資源消費。

もうなにが面白いのか分からないのにやってる。

2017-08-29

嫌いなもの10

自分」は禁止とする。

からあげクンの「クン」

なんか嫌い。臭そう。

なんでカタカナなんだろう。

ドンキで流れてる曲の「ジャングルだー♪」の合いの手

臭い。あの曲が聴きたくないのでドンキには絶対行かない。

広島東洋カープ応援歌の途中で表拍と裏拍が逆転するところ

これは説明必要かもしれない。

カープカープカープっひろっしま

ひぃろしぃまぁカーぁープー

2拍でこぶしを振ってみればわかるが、「まぁ」が邪魔で、次の「カー」がそれまでの「カー」と逆の拍になる。

もやっとする。

街灯の無い夜の海辺で1人佇む

怖い。地球の大きさをまざまざと感じる。

雉鳩の鳴き声

「ででーぽっぽぽー」ってやつ。小さい頃はフクロウだと思ってた。

「ででー」でやめられるともやっとする。

リバースモーゲージ

字面が突き放した感じがして嫌い。

意味を調べてもさっぱり頭に入ってこない。

最近100円ライター

子供の誤射(?)防止には良いことなのだが、メーカーによってギミックが違って知恵の輪みたいになってる。

タバコ吸わない自分としては緊急度の高い時にしか使わないので余計イライラする。

カメラに向かってスポーツ選手サインするやつ

最初見た時「えっレンズもったいな!」とびっくりした。

誰に向けた何のための演出なのか、よく分からない。

ししとう

辛いなら辛いではっきりして欲しい。

でも食べちゃう

コエンザイムQ10

なんか字面が修飾過剰な感じがして嫌い。


嫌いなものって、探すと意外と無いもんだなぁ。

あなたもどうですか。

追記:

「ででーぽっぽぽー」は土鳩じゃないよ雉鳩だよ!の声を多数頂いたので調べました。

雉鳩でした。食わず嫌いならぬ調べず嫌い。土鳩ごめんよ。

お詫びして訂正いたします。

FF14の3年間

もうFF14を初めて3年になる。その間のことを振り返ってみようと思う。

まず降り立ったのはリムサ。召還が強いというwiki情報鵜呑みにして、蛮神を従えるというジョブイメージがカッコイイという理由で巴術士を選択した。

しかし色々触っていると、ペット制御がめんどくさい、魔法が地味、dot管理がめんどくさいという何につけてもめんどくさいだらけのジョブだと気付いて同じキャスター呪術士へ。

前々からネットゲームではキャスターソーサラー職の高火力高コスト設計に強く惹かれていて、毎度その選択にしていたからというのもあった。

ひとまずレベル30まであげて、IDでの立ち回り、スキル回しが気になり始めて調べてみると、どうやらまとめではいちいちサンダーを投げなくて良い、ファイラでいい、50で覚える迅速フレアコンバートフレアが強い、という基本的呪術士としてのお仕事勉強した。

呪術から黒魔導士にあがるころ、公式日記になんとなく書き込んだところ親切なプレイヤーが私のFC見学にきませんかと声をかけられる。そのフレンドをCさんと呼ぶとする。FCマスターであるCさんは竜騎士だった。サブでタンクやヒーラーも嗜んでいた。

トントン拍子でFCに入り、IDに入り浸る。PTプレイでのヘイト管理の仕方を教えてもらう、初めてのメインクID体験する、初めての24レイド、はじめての・・・

本当に本当に大切な思い出であったと思う。このゲームの楽しみ方を教えてくれた。毎晩チャットし、仕事のことやFFについての雑談をした。

Cさんには大変にお世話になった。Cさんの丁寧な話し方、口調、冷静な判断に何度も助けられた。自然にあの人の周りにはいい人が集まった。いい人にはいい人が集まる。その一員になれたことがちょっとだけ誇りでもあった。

レベルカンストトークンを貯め始めたころ、Cさんから難易度レイドにFCで挑む提案を受け、FCメンバーで揃って最下層まで行く。

もちろん全滅するのだが、そのさいCさんは、今までしてきたことを試されていますねと言った。

DPSとしての勤めを果たせていなかったことを痛感する。もちろんCさんは、高難易度レイドを軽々攻略できる竜騎士ではなかった。ただ、全員のPTDPSが足りないだけで、ただ、プレイヤースキルが足りなかっただけだ。

でも皆、そのCさんの発言で、「これはゲームだけどお遊びではない」ということを思い知ったのだ。皆が足をひっぱるまいとスキルまわしを相談しあった。ギミックを復習した。DPSを計った。お遊びだと、永遠にツインニアを倒せないからだ。

しばらくして、ついにクリアすることができた。高難易度レイドでは適性がないといわれていた黒魔導士クリアできた。うれしかったけど、Cさんはふっきれたようにログイン頻度が落ちた。私は、「こういうのは、もういいかな」と思った。

仲間同士できつい思いをしてクリアするレイドは美談として語られがちだが、リアル睡眠時間犠牲にし、リアルの休憩時間ギミックの復習に費やし、ためたゲーム通貨を装備に費やす果たしてこのコストレイドのクリアに値するかといえば、私はそうは思わなかった。それくらい、FF14レイドは現実のいくつかを犠牲にした。

Cさんはそんななか、FCマスターとして皆のことを気遣って励まし、装備を用意し、立ち回り方のアドバイスをくれた。お金稼ぎの仕方や、レイドに行ってない初心者の手伝いに走っていたりした。

それからしばらくは、蛮神に挑戦したりフレンドのエターナルバンドに参加したり釣りを楽しんだり、それなりにエオルゼア世界を楽しんだ。去る人もいればずっとフレンドのままの人もいる。FF14に誘ったリアル同僚の男の子とエタバンをしてリアルでも付き合っている。それなりにエオルゼア世界を楽しんだ。

2年をすぎるころ、Cさんが突然FCを抜けた。彼(もしくは、彼女)の気持ちをうかがい知ることはできなかった。マスターがやめたので、別の人がマスターをした。その人は毎日インしてFCメンバーの遊びにつきあった。

Cさんとは今でもフレンドだし、なにか遊びに行くときに付き合ってくれる。でも今でも、なぜFCをやめたのか、なぜある一定のフレンドのつながりを切って隠居生活突入してしまったのか、その気持ちを知らずにいるし、汲み取ることは出来ないと思っている。

3年目になり、私はCさんのFCマスターをしている。皆3年の間にそれぞれの理由フェードアウトし、やめってった。残った中で私がマスターを受け継いだ。ずっと過ごしてきたFCハウスいつまでも残しておきたかった。メンバーアクティブでいうと5人しかいない。入った当時の半分だ。

そのうちの1人も最近、ひとりでがんばってみようと思います という手紙だけくれてやめていった。私はなぜ、そうなったのかわからない。Cさんがやめていった理由がわからないように、気持ちを汲み取ることができなかった。また同じ事をしてしまっている。ショックは大きかった。Cさんのようになりたかったけど出来なかったのだ。

ネットゲームは遊びだし、皆それぞれの気持ちエオルゼアにいる。

汲み取れないことだってあるだろう、でも、誰かに寄り添って気持ちを確かめたり変えたりすることだってできるはずだった。

私は今でもCさんを、マスターを、追い続けているのだと思う。

2017-08-28

https://anond.hatelabo.jp/20170828004753

単なるUSBメモリあんだけ壮絶に奪い合ったり謎ギミックPCに付けてるの笑うけど

PC使わず全部スマホタブレットで済ます世代にとってはUSBって馴染みがない規格なのかもしれんと思った

2017-08-24

艦これ隠れ引退しました

運営ちゃんは、ユーザー間のコミュニケーションで盛り上がるの見越してイベントギミック作ってるのかもしりませんけど、もういい加減追うのもメンドイ。ギミック検証も鈍くなっちゃったし。これからは完全コピー編成で滅びるのを見届ける所存。

2017-08-14

イベントやるのか…全然クワクしないけど

https://anond.hatelabo.jp/20170805145112


結局、先日書いた新システムへの懸念杞憂に終わった。

それでいよいよイベが始まったわけだが、一番気になるのはもちろん朝霜とRomaの掘り。

wikiコメだと、朝霜はE-3RomaはE-6ドロップ確認報告が。

えー…どっちも資材消費が重い連合艦隊MAPじゃん。軽い編成で掘れないのかよ。

そしてRomaはいつも通りというべきか、後段作戦海域ドロップ。いい加減もう少し手前のMAPドロップして欲しい。


なお、今判明している情報総合した時点で、E-7はイベ開始前からクリアは無理と判断

てか、自分艦これ離脱するきっかけの一つになった、2015夏イベE-7の☆の数を上回るとか何の冗談だよ。

毎年夏イベが大規模になるのは想定内だけど、難易度更新とか付き合いきれん。


ちなみに当時「零時迷子」で悪名を轟かせた2015夏イベE-7、自分は丙で挑んだけど、一度ギミックの0時リセットを食らったこともあり、丙であっても資材が一時自然回復上限を下回るくらいまでに落ち込み、更にギミックとイベ残り日数の関係で、休日という限られた時間勝負するしかなかったことから、かなり追い詰められて、死にそうな思いでクリアしたわけで。

あれからギミック効果は少しは分かりやすくなったのか?多少ダサくてもいいから、どんなバカ提督が遊んでも分かるようにしろっての。

とにかく、まさに阿鼻叫喚というか、理不尽まりない思いをした上に、その後程なく離脱し長期放置だったこともあって、資材がイベ前の状態まで回復したのはようやく先月という、当鎮守府に深い爪痕を残していきやがった。

んで、そんな鬼畜MAPを上回ると公言してきたやつが今回の最後なんでしょ?アホかー!って感じだわ。

そんなに難しくするならいい加減報酬信濃実装しろ、いつまで待たせんだよ。

まあ別にエンタープライズでもいいけど。

2017-08-13

https://anond.hatelabo.jp/20170813065939

作品について読むときに色々考えて行って、ギミックを楽しむかていがあるからじゃない?

例えば、迷路とかパズルとか楽しむときに、解答見ながらじゃつまらんでしょ?

ある程度はそんなのしてる時にネットにつなぐなという事はあるけど、さすがに発売直後ぐらいはネタバレは隠しても損はないと思う。

みんな展開知らないんだから

まあ、最近は暴速でクリアする奴おるからなぁ、、、、。

2017-08-11

艦これイベントが始まった

今回も出撃規制ルート固定のために仕方なく思い入れも何もない弱い艦を使い捨て

面白くもなんとも無い嫌がらせのようなギミックに苦労し、

配置するだけでボーキが減るわ制空値計算くそめんどくさいわ攻撃や襲撃演出が鬱陶しくて邪魔基地航空隊イライラし、

中大破しないようお祈りしながら、敵旗艦カットインが当たるようお祈りし、

最後に残った資材をすり減らしながら新艦を掘る作業が始まった。

つーか、全海域攻略後に出撃制限を解除するのってそんなに難しいことなのか?攻略後の掘り作業くらい全力でやらせてくれよ

2017-08-09

PS4版 DQ11あえてのダメだったところ

とても楽しませて貰った

神ゲーと言えるけど、何点か気になったところ

どっちかというとFF派だしロマサガ派だしライブアライブ

BGM使いまわし多すぎ

仕方ないとも思えるけど、すぎやんもう引退させてやれよ

一緒に仕事したこともあるし崎元仁さん辺りにまかせりゃいいだろ

よりによってラスボスの曲が使い回しだったのにびびったわ

選曲には意味がある物だったとしても

FF14よりDQ10派だけどFF14BGMに関してはダントツ勝ってるよなとは思う

ダンジョンギミックが少ない

落とし穴とかマウントにのってジャンプしたりとか岩壊す奴くらい

今まであったパズルっぽいの無いのはさびしい限り

なんとか魔城はやや大変だった。MP的に。

一番キツかったのは黄金城。階段ちゃごちゃ

武器、防具の入れ替わり激しすぎ

買って速攻次の出たり作れたりでやたら入れ替わり激しい

多分ゲームサクサク進むからかもしれない(110時間プレイした)

ムービーの顔がきつい

セーニャ目がデカすぎてきもちわりぃよ。通常のポリゴンだとまぁ可愛い

グレイグとかあの辺はとてもいけてる。

ターン回ってきたのがわかりづらい

PS4番は、1ターンの区切りはあるけど、従来の一度に全員分のコマンド入力するのではなく、

順番が回ってきたごとにコマンド入力するんですね。

これ無駄行動防げる便利なところもあるけどターンの区切りあいまいになってくるので

このターン中にどの敵と味方の行動残ってるかを念頭に置いとかないといけない

本通常バトルはオートにしてるけどたまにボス戦でめいれいさせろすると慣れてないのでやばい

…話は戻って、これDQ10UIそのままもってきてからだろうけど、

今どのキャラコマンド回ってきたか判断めちゃくちゃしづらい。

右側のアイコンちょっと左にでっぱってる奴が今コマンド来てる奴なんだけど分かりづらい

キャラ光るとかしない普通

DQ10は自キャラしか操作できないかコマンド入力自分の行動なんだけれども

DQ10のモーション使い回しで冗長

キャラのバトル系のモーションは大体DQ10の使い回し

オンラインだとそのモーション中にも他のキャラは動いてるからいいけど、

11場合一つ一つ見せられることになる

通常は平気なんだけど、○ターン内に敵を倒せ系のバトルの時めっちゃイライラした

ただ、DQ10の旅芸人お笑い芸人寄りのモーションなので、

シルビアだけ使い回しではなく独自のエレガントなモーションが作られているので

やみくもに使い回ししているのではないのはわかる。めちゃくちゃ素晴らしい

れんけいが弱い

弱い。普通に殴れ。

特殊効果がつく奴は使える。

メタル召喚できるやつ最強

男子服装露骨に少ない

ロウお爺ちゃん服装似たようなやつ2種ってひどない?

武闘家系の奴欲しかった

あと某英雄とセーニャの最終装備がクソダサでつらかった

2017-08-03

Murder cannot be hid long.A man's son may, but at the length truth will out.

彼はシェイクスピアの一節を諳んじてみせる。それは、目を眩ませるような不気味な光を放って脳髄に焼き付いた。

「なんという道化か。滑稽極まる、あれは恐ろしい殺人者です、その正体を確かめましょう」

何者か這い回る気配が空間に満ちていた。胸は異様な興奮に高まり、こらえるのがやっとだ。視線を巡らせると化物の姿を探す。目を閉じてあえて視覚遮断し、聴覚でその動きを捕らえようとした。何の事は無い、敵の正体は「黒く燻った汚れ者達」だった。

空想の中で何度も殺人を犯し、その虚妄に取り憑かれた彼は遂に化物となってしまった。ならば、彼にはいくつかの計画存在する筈だ。主人公を欺き、傷付ける為にいくつものギミックを用意している。彼の頭脳怜悧に働いていた。それは自らを克己する試練であるとも言えた。敵は何度も形を変えて手脚や胴体を襲い、猛然と打ち倒そうとする。

誰かに劣っているのではないかという不安自分が一番だという自己欺瞞の塊だ。誰に見せるのも烏滸がましいようなエゴの塊。恐ろしい叫び声を上げて化物は唸り狂う。耳を塞ごうとした。黒幕自分が退治される日を心待ちにしていたのだ。その化物に一歩、また一歩と迫る。

「お前は誰かの真似がしてみたかっただけの生き物だ。賞賛が欲しかった。昂然たる讃美者が。貴方は一塊の石ころに過ぎません。ネガティブを継ぎ合わせた物だ。退ければ退ける程、現実が押し寄せてくる。孤立し、千倍にも増大し、人を憎んだ。その成れの果て。」

2017-07-28

思い返すと昔のジャンプも明らかに小学生向けじゃないだろって漫画結構あったし

本当に対象年齢が上がってるかって結構微妙な気はする

ただハンターハンターみたいな小難しいギミック満載みたいなものが人気を得るようになったのは多分最近だろうし

読解に必要な踏まえるべき文脈が一段階上がったのかもしれない

小学生でも読めるけどラノベゲーム的な想像力親和的な子じゃないと厳しいみたいな篩はできたように思える

2017-07-20

Splatoon 2 は何が変わったか

Splatoon 1 とは何だったか

GEO で Splatoon 2 のダウンロードカードと Pro コントローラを買ってきたので Splatoon 1 がいったいどのようなゲームだったか区切りをつけてみたい。

Splatoon 1 を遊んでいると、インクを塗ることで自由な行動範囲を広げているような気がするが実際はあまりそうなっていない。

2014 E3 のこの動画。開発者インタビューでは次のような要素が紹介されている。

https://www.youtube.com/watch?v=F05Kp1_-_vQ

”ヒトで撃って、イカでアクションの幅が広がる。インクを塗ることで行動範囲を広げるって目的があって、行動範囲を広げたあとに、イカになって塗られたインクの状況にたいして様々なアクションをする。”

インクは通常の弾丸と違って見ることができるので、角の向こうからインクを撃っているのを視認すると敵の存在を事前に察知することができる。”

インクを塗りかえて道を分断すれば、敵の進路を壊して戦略をつぶすことができる。”

E3 で初めてこれをみたときSplatoon は本当に独特に感じられた。独自のアクション、独自の戦略があり、ほかのシューティングゲームとは一線を画しているかのように思われた。実際に発売された製品は、はたしてこれらの要素を満たしていただろうか。

インクを塗ることでしか到達できないような場所が意外なほど少ない。そして塗り広げたとしても、そこではイカのアクションもほとんど要求されない。さらにイカ自体のアクションも、かなり幅がない。多くのステージでは、裏とりのための細い通路を壁登りから侵入するが、そこから到達できる場所は大部分がヒトの状態でもたどり着けてしまう。塗ったところで裏とりの細い通路から小規模な空間前進するだけであって自由ではない。ステージ構造に戦略をあまりにも誘導されすぎている。たしかに動ける範囲は拡大しているが、そこを起点にどのルートを選んでもいいような自由な選択肢は少ない。塗ることによる行動範囲の広がりは円形が望ましく、できれば高さの概念があればさらに良い。細長い棒状ではない。

Bバスパークの中央高台が楽しいのは、そこがイカの固有アクションである壁登りを、かなりの高さがあるゆえに X ボタン連打を含めて行う必要があるだけでなく、いったん登ったあとはそこから周囲を見渡してどの方向へ進むか判断できる自由があるからだ。モンガラキャンプ場が味気ないのは、インクを塗って行動範囲が広がったとしても、直線的な進軍しかすることがない不自由さがあるからだ。

Splatoon の開発インタビューでは勝敗に関係のない壁を塗る行為はどうすべきか長期にわたる議論があったという。結果として壁が登れるようになり、壁塗りに意味がうまれ、壁を泳ぐことは Splatoon 独自のアクションとなった。だが実際に遊んでみると、壁を塗ることに意味はあるが、塗ることに意味があるような壁は驚くほど少ない。

Splatoon 1 はその基幹となる遊びにたいしてステージの質が追いついていない。

素晴らしい可能性を秘めたシステムにたいしてマップの設計が応対していない。

インクを塗ることで選択できるルートが格段に増え、しかも選んだ道を進むにはイカ固有のアクションが必要で、ルートを進んだ先にも多様なアクション選択肢が用意されている。そんな自由度Splatoon に必要なステージの設計であって、限られたどのルートを選んでもイカのアクションが必要ない普通のシューティングゲームと膠着状態しか楽しめない状況を用意することでは決してないはずだ。Splatoon 1 は楽しいシューティングゲームとしては完成度が高かったが、アクションゲームには成り得ていなかった。インク塗りを起点としていままでには存在しなかった多様なルート開拓され、プレーヤーはその選択肢にイカのアクションで応える。こうした設計のアイデアヒーローモードではすでに実現していた。

ヒーローモードはバトルのための入門用、訓練用とされていたが、それはシューティングゲームとしてのトレーニングであってバトルに役立つアクション教科書ではなかった。ヒーローモードには多様なアイデアによるイカにしか出来ない緊密したアクションが散りばめられていたのに実際の対戦マップではそれが全くといっていいほど反映されていなかったからだ。オンラインバトルとヒーローモードは断絶されていた。スポンジ、インクレール、水平の回転軸をもつ動く足場、落下死を誘う反復する網。連続するこれらのギミックに対処するにはヒトとイカの切り替えを頻繁に繰り返さなければならない。磨き上げられた気持ちいいアクションの応酬だ。だがこうした要素は後期に追加されたマップ部分的採用されているだけにすぎなかった。初期、中期のマップはイカのアクションの幅が少なすぎた。タチウオパーキングヒラメが丘団地はまだいい。塗るべき壁が多く存在し、それぞれに意味がある。どの壁を塗るべきか選択を要求してくるからだ。そして高さがあるため、戦闘が立体的になる。すべてのステージには高さの概念があるが、それは侵攻を阻止するためだけのものであり、戦闘を立体的にする構造でなかった。ただ、既存の多くのマップではいくつかの箇所で立体的な戦闘を誘導しているものの成功には至っていない概念がある。

それは金網だ。有利な場所に到着するには金網のうえを渡らなければならない。あるいは有利な場所そのものが金網の場合もある。リスクとリターンの関係があり良さそうに思えるが「インクを塗ることで行動範囲を広げるって目的があって、行動範囲を広げたあとに、イカになって塗られたインクの状況にたいして様々なアクションをする」この要素のいずれもが金網のうえでは無効化されている。アクション性が全くないにもかかわらず Splatoon 1 では金網を渡るよう強制するステージが多い。ここには手応えがない。金網はたいていの場合、足場としてしか使われていない。デカライン高架下では柵が金網になっていて通行するのにイカのアクションが必要だが、こうした金網の使い方はほとんどない。

Splatoon 2 ではこうした不満が解消されている。スポンジやインクレール、回転するイチョウ切りの壁といったギミックが初期マップから採用されている。

これらのギミックインクを塗ることでルート選択肢が大きく増える。そしてどれもイカのアクション必須だ。インクレールはイカになることで走行できる。レール上のどの地点から降下してもいい自由があり、勢いをつければ驚くほど大きくジャンプできる。インクレールを起点に行動範囲が大きく広がった。プレーヤー選択肢が大きく増えた。戦場は新しい高さを手に入れたことで戦いはより立体的になった。たった一箇所を塗るだけで、その後の可能性が大きく広がった。これが Splatoon の本来あるべきステージ設計だ。

ギミックを使わない例もある。海女美術大学では敵のリスポーン地点に侵入するには貝の形をしたオブジェに飛び移らなければならない。ジャンプの性能とオブジェ位置絶妙で、勢いをつけてのイカジャンプが必要となりプレーヤー精度のあるアクションが要求される。他にも単純な壁登りで侵入できるルートもあるが、こっちは微妙だ。Splatoon 1 のヒーローモードではジグザグに壁登りをしないと倒せないボス戦があったが、壁登りの途中で横移動が求められるステージはあまり多くない。そういった構造を導入してもいいと思うのだけど。

インクは通常の弾丸と違って見ることができるので、角の向こうからインクを撃っているのを視認すると敵の存在を事前に察知することができる。” これは Splatoon の非常に素晴らしい点だ。だがこの要素もマップ構造が邪魔をしている。Splatoon 1 のマップは窮屈すぎる。

Splatoon の魅力は圧倒的なわかりやすさだ。Bバスパークの中央高台に登る価値があるのは単に射撃に有利というだけではなく、戦況を確認したり敵の姿をいち早く発見できる場所だからだ。しかしホッケ埠頭のようないくつかのステージでは道幅が狭く、巨大な障害物が大量で、死角が豊富にあり、視認性が悪くなり、出合い頭の戦闘が非常に多い。3D マップ自由自在に走り回るのではなく、適時あみだくじの上を進んでいるかのような気分になる。なぜこのようになっているか色々理由がありそうだが、ひとつは GamePad を頻繁に確認するよう促すためではないかと思う。死角を増やすことでひと目見ただけでは 8人のプレーヤーがそれぞれどのように動いているのか分かりづらくなる。死角を徹底的に増やすことでプレーヤーに GamePad の地図を逐次見るように誘導しているのではないかWii Uハード特性を活かすためだ。だがジャイロセンサーを使えばカメラを凄まじい速度で回転させられるので、いったん前線を上げてしまえばそこから侵攻する敵はマップよりも TV で確認したほうが早いし、上位プレーヤーは移動量とスピードが高い次元にいるため 2本程度のルートならひとりで封鎖できてしまう。実際のところ GamePad はどの程度視線を移されているのだろうか。あまり多くないのではないか。それとガチヤグラルールによる理由も考えられる。ガチヤグラはタワーの位置によってホットスポットが連動するが、おそらくは防衛側有利にするためか狭い通路を通過させて集中砲火をさせやすくなっている。これは膠着を招く。

こうしたマップ構造は 2 ではかなり少なくなっている。

視認性だが、一部の遮蔽物がガラス製になったことで向こう側が透けて見えるように変化した。フジツボスポーツクラブの壁は 3月の体験版では普通のボルダリング壁だったが、E3 のバージョンではリスポーン地点に侵入する唯一の経路の壁がガラス製になっている。また海女美術大学では中央彫像展示が、コンブトラックでは左右のクラゲが入ってる箱がガラス製になっている。これによって、やたらめったらポイントセンサーを投げたり、カメラを無理やり壁の向こうに回して様子をうかがったり、臆病になっていちいちマップを見るといったゲームテンポを落とす行為をする必要が減った。敵が TV 画面で視認できたから警戒するのであって、常に慎重になったりあるいは なりふり構わず脳筋プレイ突撃したりする前に十分な考える余地を与えている。つまり鷲巣麻雀の要素を取り入れることで、Splatoon 2 では状況判断がいくらか容易になった。サーマルインクもそれを指向しているし、塗ると体積が減り空間が広くなるスポンジも同様の効果をもたらす。攻め側からすればスポンジを縮小することで視界を広くするとともに敵の取りうるルートを減らし、守り側ではより有利な位置に移動できるようスポンジを膨張させたり、膨らんだスポンジを防御壁としても活用できる。

マップ中央の広さが圧倒的に拡大した。それは平面としても広くなっただけでなく、視覚的にも開放的になった。Splatoon 1 では中央の高台は基本的に狭い空間で、しかも垂直に切り立っていた。中央高台の取り合いを活発にするためだと思われるが、垂直だったため真下の敵に反応するのが困難になっていた。Splatoon 2 では中央高台の空間が広いだけでなく、その壁がゆるやかな傾斜のついたものになっている。Splatoon の視認性の高さが最大限発揮されるようになった。

だが平面的にも視界的にも広くすればいいというものではない。サーモン・ランではむしろ狭く、窮屈なステージを志向している。サーモン・ランは一応オンラインに対応しているが主軸はオフラインモードだ。ボイスチャットを嫌うひとは多いが、実際に集まっての対面プレイなので当然会話による意思疎通を最大限活用するよう仕向ける設計にしなければならない。そのために死角を増やして現在どのような勢力がどの規模できているか分かりづらくしている。足場を狭くして戦闘を激しくしている。夜になったり霧で覆うことでその効果をさらに増やしている。サーモン・ランではプレーヤーの視覚情報量を制限しなければならない。

ヤグラに関する戦闘も変化した。ヤグラはその位置のよって戦闘のホットスポットが常に変化し続けるが、それを特に激化させたいとき開発者は細い通路上をヤグラが通過するよう設計することでそれを実現させていた。だがこれはプレイヤーの過剰なまでの密集を招いた。ヤグラを取り囲む戦闘も参加できるスペースが少なく、それぞれのポジションは凝固し、戦況は膠着した。2 では関門を用意し、インクレールやスポンジを配置することで、横にも縦にもの広い空間という環境下でも、激しさを保ちつつ全員がより多彩な角度から戦闘に関与できるようになった。素晴らしい改善だ。


インクを塗りかえて道を分断すれば、敵の進路を壊して戦略をつぶすことができる」

動画では敵インクの一部分を塗り替えすことでイカダッシュを妨害しているが実際はこのような戦略は成立しづらい。一部分を塗り替えすよりも、全体を塗ってしまったほうが有効だからだ。だがインクレールやスポンジのギミックはあえてそれを不能にすることに意味がある。タチウオパーキングにいる固定チャージャーは自分ポジションに最速で突っ込んでくる左手のレールに常に気を配っていなければならない。敵がインクレールの始点付近にいるだけでレールをシャットダウンするかどうかの選択を迫られる。スポンジも同様である。戦略に選択肢があることでプレーヤーは自由を感じることができる。Splatoon 独自の戦略がうまれてくる。




ハコフグ倉庫ホッケ埠頭、こういったステージは素晴らしい。まずモチーフが素晴らしい。自分の頭の中のアウトロー小学生が「こういう場所にこっそり忍び込んでサバゲーやったり、自分たちだけの秘密基地にしたりしたかったんだよナー!」と声高に叫んでいるのが聞こえる。ヒラメが丘団地もいい。遮蔽物が、なんと室外機や干してある布団になっている。室外機に隠れてたチャージャーに撃たれたりする。すげぇ。めちゃくちゃ団地で遊んでる感ある。めちゃくちゃごっこ遊びしてる感ある。戦闘のためだけに配置されているものなのに、めちゃくちゃステージに溶け込んでいる。それに比べてネギトロ炭鉱はやばい。背景が軍艦島なだけで、実際のマップは全然炭鉱感がない。朽ちたレンガと錆びた金属があるだけ。廃墟としても弱いし、炭鉱の要素がない。例えばボロボロになった生活用品や古い家電が遮蔽物として設置されていたり、かつてガラス張りのドームだった場所が朽ち果てそこらじゅうに植物が生い茂っているような場所なら、機能と世界観が融合しつつ、よりいっそう廃墟感があったのに軍艦島の港という舞台にしてしまったので中途半端になっている。Splatoonスーパージャンプというゲーム展開的にも映像演出的にもインパクトのあるシステムがあるので、完全に屋外か、体育館のような天井の高い場所しか舞台モチーフとして選択できないことになっている。これはステージモチーフとしての多様性に、窮屈な制限を設けてしまっている。これによって逸脱したのがアンチョビットゲームズで、私はこれをみてゲーム開発会社だと言われても正直困ってしまう。このような見た目のオフィスで戦っても、全くワクワクしない。クラゲ社員は階下にいるし、ゲームらしいモチーフも、部屋の隅にアーケードの筐体がポツンと置いてあるだけだ。床を上昇させるとサーバールームのようなものがせり上がってくるが、ファンを撃っている自分自身にはそれが見えない。射線を防ぐために天井からぶらさがってる謎の看板も、これがゲーム開発会社を直接想起させるものではなく、印象がチグハグで、ここがいったいどのような場所なのか截然としなくなっている。ごっこ遊びが出来なくなっている。例えばだが、雰囲気は同様のまま、これが大学図書館だったらわりと良かったと思う。

で、Splatoon 2 だが、わりとイイ感じになっている。ガンガゼ野外音楽堂は障害物が PA機器になっててステージっぽさがよく表現できている。海女美術大学は彫刻用の岩石だったり放置された台車だったり、クラゲの守衛が障害物になっていて雰囲気がある。だけどバッテラストリートダメだ。橋のうえに置いてある謎の木箱は無味乾燥中央橋の下の壁面はオシャレな場所に不釣合いな黒いビニールで全面が覆われている。マップ構造を記号化しすぎて世界観雰囲気が大きく損なわれている。これがアロワナモールではどうだったかというと、塗れない壁はガラスのショウウィンドウだったりブランドロゴが大きく印刷された垂れ幕だったり、射線を防ぐ構造物もヤシの木や看板だったり花壇だったりしてショッピングモール感があった。バッテラストリートは「こだわりのセレクトショップが軒を連ねるこの界隈には、流行の最先端を行くイカの若者が集まるらしい。」と説明があるのにマップのあらゆる場所になぜか運送会社の広告がある。大量にある。運送会社だぞ。運送会社がおしゃれなのか?

https://twitter.com/SplatoonJP/status/856435220693766144

さすがに意味不明からこの運送会社の大盛りっぷりにも理由があると思うけど、Co-op ゾンビモードであるサーモン・ランの報酬としてイカテン急便の作業着が入手できることからクマサン商会とイカテン急便には強いつながりがあると想像している。しかも回収対象の金イクラは設定上、石油のような燃料だというのだからこの運送会社は格安で得られた高出力のイクラ燃料を用いることで高い輸送能力を発揮しているのではないかと考える。というかヒーローモードかなにかで設定を回収してくれないと困る。

そして細かい素材ではなくステージ全体のモチーフについてだけど

インクを使ったナワバリ争いは、

あの世界ではスケボーのような

やんちゃ”な遊びというイメージなのですが」

https://www.nintendo.co.jp/wiiu/interview/agmj/vol1/index4.html

インタビューで言及がある。Splatoon 1 の初期マップはまさにこれを体現していた。高架下だなんて、まるでウェストサイド物語みたいじゃん。すげぇ良いじゃん。だが後期に追加されたマップリゾートだの、美術館だの、キャンプ場だの、健康的な大衆レジャーに成り下がっている。おいおい。イメージが壊れる。Splatoon 2 の初期マップでは健康的な印象のステージと、不良的な印象のステージ、半々採用されている。だがもっと極端にしてもいいと思う。アップデートで追加されるステージも、おそらく健全モチーフと不良モチーフがセットで増えていくと予想している。Direct ではアップデートで追加される帆船ステージが一瞬映ったけどパッと見た感じ従来型の狭くて窮屈なステージみえる。不安だ。

UI はかなり改善されている。これは開発者が実際の競技シーンをよく把握しているということだ。海外の野良トーナメントをみていると「dynamo dead, dynamo dead」と、しきりにやり取りしている。不憫でならない。やられたら「Nice」を押すのも慣習となっている。Splatoon 2 ではこうした意志の疎通を解決している。敵の使用武器は上部に表示され、死亡すると this way が ouch... に変化する。

任天堂には新しい構造ゲームをつくる際立った高い開発力はあるが、そのコンセプトを活かすステージの作成についてはバラツキが多すぎる。マリオサンシャインの「ふしぎせいぶつ マンタ しゅうらい!」は神がかり的な面白さなのに「村の裏のヒミツ」ありゃ一体なんだったんだ? 任天堂アクションゲーム界の KING であり続けているが、Splatoon 1 はイカのアクションを活かす場面が少なく、普通のステージで戦う「めちゃくちゃ分かりやすシューター」の域に留まっていた。だが Splatoon 2 ではマップ構造改善され、そのデザインが秘めたポテンシャルが発揮され、シューティングゲームアクションゲームの高度な融合が実現している。プレーヤーの行動には自由があり、戦闘の激しさは膠着から混沌へとその姿をより楽しいものへと変えた。

Splatoon 2 の大手海外批評サイトレビューを確認するとわかるが、彼らはジャイロコントロールをまったく使用していない。そんなものだから信憑性がなくなるのだ。そして Splatoon 1 の発売後インタビューで、ディレクターの阪口さんは「ラスボス戦のあとに響いている不気味な環境音の正体について教えていただけますか?」と質問があったのに明確な答えがない。ありゃ一体なんだったんだ。

https://www.youtube.com/watch?v=OhHRmToy500

Direct や体験版を遊んで得ただけの情報による着目だが、これが本当にそうなっているかは、数時間後に配信される Splatoon 2 が証明してくれるはずだ。

2017-07-08

けものフレンズ面白さの本質

けものフレンズ』の面白さの本質は、ガイナックス的なアニメ価値観から抜け出しているところにある。

少し補足すると「抜け出している」という意味は、ある価値観に反発したり、故意に避けたり、過剰に抑圧したりすることではない。一例を挙げると「あんなクズな父親のような人間には絶対にならない!」と考えることはすでに父親の重力に捉えられている、ということだ。

もうひとつの「ガイナックス的なアニメ価値観」は少し複雑だ。細部へのフェティッシュなこだわり、現場いぶし銀技術者ひとつの生物のように有機的に躍動する集団、学校文化と官僚システム/軍組織への熱い礼賛、マスメディアやと民主主義への蔑視……古い世代のアニメオタクの王道ど真ん中の価値観。この価値観の根底には「責任のとらなさ」がある。これについては後述したい。



私自身、『けものフレンズ』は話題になっているのをtwitterで見て、5話くらいから興味を持った後追い組のひとりだ。徐々にハマり、最後にはとても感動した。けれども、しばらくたってもその面白さをまったく言葉にできないことに気づいた。まるで「解」だけが前触れなく控えめに差し出されたようだった。この困惑について、福原慶匡プロデューサーインタビューで語っている。


「皆さんも、なぜ魅力を感じるのか、はっきりとは言語化できてないと思うんです。食べ物でも、なぜかクセになっちゃうみたいなものってあるじゃないですか(中略)というのも、僕が5年前にその感覚を経験しているんですよね(笑)http://a.excite.co.jp/News/reviewmov/20170327/E1490547358865.html

放送終了後、ネット上でいくつか探してみたが「大ヒットの理由」や「エヴァとの共通点」などIQの下がる批評しか見当たらなかった。その清新さや核心について書かれているものは無かった。自分で分析してみてもやはりわからない。一見すると『けものフレンズ』は、パワプロで喩えるなら「オールBでよくわからない特殊能力がたくさん付いている外野手」だ。ツッコミどころがあるようで、よくよく見ていくと隙がない。(あくまでも「一見すると」であり、構成についてはほんとに素晴らしい。監督自身は「怪我の功名」と謙遜するアライさんパートは発明と言っていいぐらいだ)

たつき監督の過去作を見ていくと、クオリティをまんべんなく上げた作品を作るというスタイルは昔から共通しているようだ。『けものフレンズ』では登場キャラクターの紹介とストーリー展開を均等に進め、両者が高いレベルで一体になることを目指したという。インタビュー記事最終話放送直前! アニメを作るのが得意なフレンズたつき監督に『けものフレンズ』の“すごーい!”ところを聞いてみた!!」(以下、「最終話直前インタビュー」)ではこう話している。

「「キャラ先論」「話先論」があると思うんです。そこをまったく同じパーセンテージか、行き来をすごく増やして、キャラ優先なのか、お話優先なのか、わからないレベルでその2つが有機接合できるといいなと考えていました」http://news.livedoor.com/lite/article_detail/12855680/

ところで、仕事でも3Dアニメを作り、休みの日も3Dアニメを作っているというたつき監督だが自主制作アニメ『眼鏡』発表後の2010年に行われたインタビューでは興味深いことを語っている。ここに一部抜粋したい。

―― アニメはお好きなんですか。

たつき 大学時代に「アニメ作りたいわー!」とか思い出したころからちょいちょい見だしたんですよね。

―― 「すごいアニメ好き」みたいな感じじゃないんですね。そもそもアニメをあんまり見てなかったのに、なぜアニメを作ろうと?

たつき アートアニメみたいなものは学校で見させられていたんですけど、もっと俗っぽいほうがいいなと思って「眼鏡」を作りましたhttp://ascii.jp/elem/000/000/532/532388/index-3.html

本人の発言を鵜呑みにするわけにもいかないが、そう質問せざるを得ないなにかを質問者も感じたのだろう。確かに『けものフレンズ』は熱心なアニオタが作ったアニメという感じはしない。1話の出会いシーンと休憩のシーンが例外に思えるほど性を表現すること行わない。その他ではペンギンの脚やカワウソのケツぐらいだ。もちろん全年齢向けというコンセプトもあるだろうし、動物と人間という認識の違いに厳密に取り組んでいることもある。だが、繰り返し見てもそこに「ほんとはエロくしたいけど抑えよう」や、「萌えを感じさせよう」などという作為が感じられない。肩の力が抜けているというか、監督の視線が別のところを見ているような奇妙な感覚があるのだ。

話題にもなったペンギンの脚については「最終話直前インタビュー」で、こだわったポイントは肉づきであり、それは未だ言語化できていないパラメーターと語っている。やはり焦点が別のところに当てられているようだ。このたつき監督独特の感覚について、チームの中では「ガラパゴス的」「ほどよく鎖国している」「天然」(「最終話直前インタビュー」)と表現されている。

たつき監督の制作に対するスタイルがかすかに見えてきたが、根本的なところ、なぜ面白いのか、なにが新しいのか、どこが違うのかが一向にわからない。繰り返し観ても「サーバルちゃんかわいい」「言われるも!」以外にこの作品を語る言葉は見つからなかった。

そんな時『シン・ゴジラ』についてのツイートたまたま視界に入ってきた。ああ、あの作品は私にとって全然ダメだったな、なぜってあれはオタクのウェーイだったから。だから受け入れられなかった……だからけものフレンズ』は良かったのか。本来なら過去や同時期に放送された作品に触れ、その違いを論じることで導き出すのが正統な論証だろう。だがここでは『シン・ゴジラ』を補助線に引くことでショトカしたい。

シン・ゴジラ』はあの庵野秀明監督による作品だ。詳細は割愛しよう。宮台真司の批判とか概ね同意だ。私がアレルギー反応のような拒否反応をおこしてしまったのは別の部分になる。同作でも、指揮命令系統のフェティッシュともいえる再現、圧縮された膨大な情報量、巨大な生物のようにフル回転する官僚機構がたっぷりと描かれる。ああ庵野秀明だ、ああガイナックスだと感じた人も多いだろう。ただ、結構な面積が焼き払われ、放射能に汚染され、東京の中心で彫像のように固まったゴジラが実写として映し出されるとシニカルな感想も浮かぶ。「想定外の天災」とはいえ主要な登場人物はなんの責任も取らないだろうな、“庵野秀明から”。

ガイナックス庵野秀明に代表される彼らが、凝縮し、エッセンスを取り出し、世に提示してきた価値観。古い世代のオタクの王道ど真ん中の価値観。そこには、新兵器があるなら使おう、ボタンがあるなら押そう、ロケットがあるなら飛ばそう、人類補完計画があるなら発動させよう……後は野となれ山となれだ、という姿勢がその根本にある。責任の取らなさ。それが露出してしまうと、フェティッシュに埋め尽くされた119分はオタクが「ウェーイ!」とはしゃいでいるようにしか見えなくなる。

新しい爆弾が作れるなら作りたい、作ったなら使ってみたい。そういう欲望はギーク価値観として近代には普遍的にあるものだろう。それは責任とセットになっていなければ極めて危うい。『ジュラシックパーク』(1作目)に出てくるでぶが度し難いように。『シン・ゴジラ』の官僚たちは誰一人弾劾されず、断罪されずスムーズに復興へ移っていくだろう。彼らの合理性なら、半減期が2週間なら翌月から暮らすことができるだろう。三権が一体化した効率の良い行政システムを築くだろう。責任を切り捨てたからこそ、フェティッシュの興奮に耽溺できたのだ。棄てられた責任野ざらしにされ担う者はいない。

2000年代2010年代アニメにおいてもガイナックス的な価値観は揺るいでいない。おそらくこんな声が聞こえるだろう。「『ハルヒ』は?『らき☆すた』は?『けいおん』は?『まどマギ』は?『化物語』は?日常系を無視するなとんでもない!“大きな物語”をまだ求めるのか?!」このあたりはもっとその分野に詳しい人の評論を待ちたいと思う。私の見立てでは、それらは(主に女性の)キャラクターについてのフェティッシュを深めたにすぎず、逸脱はしていない。フェティッシュに注力すればするほど与えられた価値観の中での反復行為となり、自らをその価値観の内部に限定させるという結果を生む。そして、目を背けた価値観のもの形骸化しながらもしっかりと保存され、視聴者を貴族的な愉しみという隘路に導く。

もし汲々とした再生産のサイクルの中にどっぷり浸かった人なら、そこから抜け出すには並々ならぬ苦闘と意志が必要だ。たつき監督にはそうした努力は必要なかっただろう。『けものフレンズ』は最初から“できている”。

これは自由の味だ。

ジャパリパークではフレンズたちは当たり前のように責任を持ち、細部へのこだわりは新しい領域に向けられているがそれ自体に耽溺していない。古い価値観を超えるものを作ろうとして頑張った結果やっとできた、ということではなく、初めからそうした問題意識のものが存在していないかのように新しい価値観を持っている。それほどあまりに自然に表現された作品として我々の前に現れた。

可能にしたのは主に3つの要素からなる。「3DCG作画」、「バランス感覚」、「アニメばかりを見ていないアニメ監督」。この3つは密接に関係している。「手書きには温もりがある」という言説は否定できないが、大勢が1枚1枚セルに色を塗るという時代ではなく、1人である程度は全部作れる3DCGという環境がたつき監督にとって不可欠なものだったことは想像難くない(実際はirodori時代から分業していたことはブログからも伺えるが、作業量や機材を比較して)。Wikipedia情報によると、彼はサンライズ作品のCGを担当することで商業的なキャリアスタートさせ、以降手がけた仕事は一貫してCG関係だ。これがもし手書きスタッフとしての参加なら、今の形の『けものフレンズ』は存在しなかったし、たつき監督もおそらく従来の価値観に染まっていただろう。

3DCG上で現在主流の2Dの表現をそのまま再現することは難しい。「不気味の谷現象」ではないが、3DCGから2Dアニメに寄せようとすれば違和感が増え、それを克服するためには新しいアプローチ必要になる。たつき監督はレイアウト(構図というよりも画角)の段階からキャラクターの正面を巧みに演出し、同時に正面ばかりで飽きさせないように一話一話を構成することでこの問題に挑んでいる。技術的な分野における刷新、さらに強く言えば断絶。これにより従来のアニメ表現から自然と距離をとることができたことは『けものフレンズ』にとって幸運なことだった。

次にバランス感覚が挙げられる。たつき監督のスタイルにも作品の全てをコントロールしたいという欲望が見える。映像作家としてこうした欲望は一般的ものだ。ただ、「監督、コンテ、演出、シリーズ構成脚本たつき」と商業アニメで網羅しているのは尋常ではない脚本についてはWikipediaの項目を参考にした)。福原Pは、その秘訣はレイアウトからビデオコンテ、セリフ、声の仮当て、声優への細かな演技指導、修正、差し替え、調整という全ての作業をやりつつも「作業のカロリー計算ができる」ことだと語っている。

「そこらへんはプレスコで作ってきた『てさぐれ!部活もの』の経験が活きていると思いますたつき君はその場のグルーヴ感で「これはやったほうがいい」と思ったら作業しちゃうんです。その後のカロリー計算も、しっかりできる人」

http://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1488452395

「北風がバイキングを作った」ではないが、繁忙期は1ヵ月ほぼ泊まり込みだったという『てさぐれ!』における過酷な進行がたつき監督を鍛え上げたことは間違いない。余談だが、ファンによるスタッフロールの解析やたつき監督のTwitterでの発言から、『てさぐれ!』2期からirodoriメンバー関西から呼び寄せたようだ。一部で話題になった出来事もこのあたりに遠因があるのかもしれない。閑話休題

福原Pの言うカロリー計算とは、「作業量」と「かかる時間」と「納期まで時間」を正しく見積もることができるという意味だ。結果、各話を見ても全体を通して見てもまったく破綻していないばかりか、各話のバランス、全体のバランスがとても良い。ほとんどの工程にアクセスし、手を入れ、なおかつどこか一場面に片寄っていないということは特筆すべき能力だ。このバランス感覚ミクロの視点とマクロの視点、ミクロの作業とマクロの作業の両セットを備えていないと成り立たないものだろう。シナリオ含め、一貫してたつき監督の思想が反映された『けものフレンズ』。そこでは、「美少女の細部にひたすら耽溺したい」というような偏ったフレームは分解され、ごく抑制の効いたボリューム/表現としてバランスが整った形で配置されることになる。

最後は、アニメばかりを見ていないアニメ監督。これは富野由悠季が公言し宮﨑駿も暗に語る「アニオタが作るアニメはつまらない」という言葉の裏返しであるたつき監督がケニア育ちだったから、というわけではないが本人の発言ではアニメを「ちょいちょい」見るようになったのは大学で「アニメを作りたい」と思った頃からだという。この時点で「東浩紀は『セーラムーン』をリアルタイムで観ていなかったニワカ」とディスられたレベルでのガチのアニオタではないとも言えるが、ここではirodori制作の短編を元に検証してみたい。

1作目『眼鏡』にあるのはメガネ萌え主人公エヴァギミックNARUTOアクションジョジョネタ(格闘ゲーム版)、東方という、既視感のあるオタネタだ。テンポの良さやオチの付け方など評価できるポイントはあるが、お約束というメタ設定(いくら殴られても負傷しない、カエルが空を飛ぶ、怒りで異形化、いくらでも撃てる弾薬など)のあしらい方はごく普通オタク価値観を共有している人向けに作った短編という印象だ。

続く『たれまゆ』では全体的にパステルカラーキャラクターの柔らかい描写に取り組んだことが見て取れる。手描きによる2Dアニメで制作され、架空の田舎の超常的儀式を通して小さな世界が描かれる。しかし、作業コストが高かったのか、合わなかったのかこの後は2D手書き手法は行われていない。

第三弾『ケムリクサ』では再びソリッドな3DCGに戻る。NARUTO風のアクションレベルアップし、設定も作り込まれている。リナちゃんズと呼ばれる5人の可愛らしさと非ー人間ぽさには独特の魅力がある。『眼鏡』のようにネタをそのままネタとして扱うことはなくなり、説明は最低限。たつき監督の作家性の輪郭がはっきり見えだした時期だろう。30分弱の作品にかかわらず、構成やカット割りに無駄がなくかなり洗練されている。しかし、完成度の高さと裏腹に、注目を集めた『眼鏡』よりも再生数や評価は低調だった。ニコニコ動画の過去のコメントを見ると『眼鏡』の軽いパロディのノリを期待する声が多く、制作側としては不本意な結果だったのではないだろうか。ここでは、1作目でふんだんに盛り込んだパロディで注目を集め、2作目では手描きアニメに挑戦。結果、手描きからは撤退し3作目では3DCGでストイックな作品に挑戦したという流れを指摘するに留めたい。

4作目となる『らすとおんみょう』は福原Pと出会うきっかけとなった作品と言われているが、1話を作ったのみで未完となっている。女性のキャラクターの表情はまた一段レベルアップしており、3DCGの中で2Dアニメ表現に歩み寄りたいという制作者の努力が見て取れる。何がこの作品を放棄させたのかは推測でしか語れない。多忙となったためや、異国の魔女と「適当だけど超強い男子中学生っぽい陰陽師(の下請け?)」が子作りするという設定に着地が見出だせなかったのではないかと思われる。現在残された多くの断片からは具体的な落としどころは示されていない。同作はいわゆるハーレムものの構造を取っており、一方でたつき監督の描く萌えはごく控えめだからだ。

5作目となる『のための』はirodoriとして最後の自主制作作品となった駅長さんシリーズ。できあがった時期は前出の『てさぐれ!』の激動を超え、プロフェッショナルとして確立した後になる。正確には『らすとおんみょう』より前に断片的な映像が出ていたが途中に長い中断があり、実質的に『てさぐれ』後に作られたものとみなすことができる。時系列で書くと2012年に2年がかりで『ケムリクサ』が完成。2013年前半に『らすとおんみょう』(1話)。2013年後半から2015年まで『てさぐれ!』シリーズ2016年8月末に『のための』が『駅長さん フル版』(以下、『駅長さん』と便宜的に表記する)として完成した。この作品は5分という短い時間ながらプロの仕事というべきものだ。目が描かれていない駅長さんの動く姿には、これまでに向上した技術が昇華されシンプルな姿で完成している。

ここで「アニオタの作るアニメ」(以下、オタアニメ)の定義について考えてみよう。もちろん厳密な定義などできようもないが、本文章が求める要件は「特定の層だけをまなざしている作品」であり、具体的には「アニオタ視聴者を満足させることを目的とした作品」であるたつき監督は『眼鏡』では明白にオタアニメを目指し、続く『たれまゆ』では本格的に手描き2Dを試み、より迫ろうとした。ここで最初の転機が訪れる。手描きという手法があまりにハイカロリーだったからか、ここでこの方向は放棄された。なろうと思っていたがなれなかったのだ。以降、アニオタ視聴者をメインの観客に据えることはなくなり、アニメばかりを見ていないアニメ監督として本来の姿、幅広い層へアプローチする道を歩むことになる。

ケムリクサ』の段階で3DCGによる手法に迷いはなくなり、削られたカットからも抑制の効いた演出を志向していることが見て取れる。この作品から作風が変わったようにみえるのはテーマシリアスからだ、という批判も予測されるが「ストーリーシリアスになる=オタクに媚びていない」という短絡は採用しない。実際、表向きはオタク向けの作品ではないと装いながら水面下で「今回はこういう感じで行くのでひとつよろしく、へへへ」と、メタ構造(オタアニメにおけるお約束の構造)やメタ構造を逆手に取った仕掛けを差し出すという交渉を行う作品は実に多い。同時に「まったくオタクに媚びてませんよ」という宣言は、冒頭に挙げた父親の比喩と等しく、オタアニメの枠組みから実は一歩も踏み出していない。『ケムリクサ』では前2作であえて“なろう”とした努力が消えている。木の枝が河に落ちるように自然に、観客と交わす密約もなく、反発もなく、媚びていない。ピンポイントに評価される層よりも広い範囲をまなざしている。『眼鏡』よりクオリティは高いにも関わらず受け入れられなかったことは間接的な傍証になるだろう。

『らすとおんみょう』ではその揺り戻しといえる現象が起こっている。ギャグテーマTwitterで発言しているが、いかにもオタアニメという構造(そのままアフタヌーンあたりで掲載されても不思議はない)にチャレンジするも1話を完成させた後に頓挫。理由は色々考えられるが、これまで見てきた通りハーレムものの企画自体がたつき監督に合わなかったと考えるのが妥当だろう。この時期が2度目の転機になる。ある程度スタイルが固まったのだ。それは『ケムリクサ』で表現されたスタイルの延長にありジャパリパークへ続く道だ。キャラクターに瞳を描くことさえ取り止めた『駅長さん』は『らすとおんみょう』の続きは作らないという静かな意思表明とも受け取ることができる。


再び繰り返しておきたいのは「3DCG作画」、「バランス感覚」、「アニメばかりを見ていないアニメ監督」この3つはどれかひとつが先立つものではなく、お互いに深く関連しており不可分なものだ。『けものフレンズ』ではこの全ての要素が花開いている。この作品に超絶的な技巧が込められた作画や、ぴちぴちとした美少女あるいは美男子を求めることはできない。あるのはサバンナに向けて開かれたような、開け放たれた窓だ。振り返ると、室内にはエヴァ以降20年にわたる作品がある。時代を代表する色褪せない傑作もあるだろう。でも、もう昔の作品だ。新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、清々しい朝日に貫かれた後では、戸惑いつつも思い知らされるのだ。どれだけ偏狭な価値観に縛られていたか。こんなにもこだわっていたものは汲々としていたか。自由とはこういうことだったのかと。

自由の味。開放されるということは、決定的に変わってしまうということでもある。一度開放されたことを理解してしまうと、重さの無いなにかが失われてしまい、二度と戻ってはこない。それを無視して、例えば「エヴァけもフレ」というように馴染みのある文脈に引きずりこみ安心することもできる。「ローエンドなCGでもいいものは作れるんですよ」と心の平穏を装うこともできる。でも、そういうことはもうやめにしよう。『けものフレンズ』はこの20年間潜在的に待ち望まれていたアニメばかりを見ていない監督によって作られたアニメなのだ。その面白さの本質は、ガイナックス的なアニメ価値観とは別の場所に立っていることによるのだ。私はたつき監督の成果に最大限の賛辞を贈りたい。素晴らしい作品をありがとう

ただ、アニメを見る目がこれまでとは違ったものになったことは少し寂しく感じてしまう。世に次々と出てくる新しい作品がどれだけ面白くても、それらが“過去の遺跡の新作”ならばそれだけで手放しで楽しめなくなったからだ。つまり、ちょっとした困難をかかえこんでしまったことになる。でもそんな心配はあまり気にする必要はないのかもしれない。なぜなら、すでに誰かが言っていたようなのだ。困難は群れで分け合えと。

2017-07-07

https://anond.hatelabo.jp/20170706175417

確かに、ダクソを挙げるまでもなく初期のドラクエ時代から現在オンラインゲームまで

沢山のゲームにおいてゲームオーバーにならずデスペナで継続するシステム存在するよね。

でもそのギミックが奏功するかがゲームにおいての価値な訳で

ダクソにおいてデスペナのシステム評価されてるのはそういう事でしょ。

新作マリオだって、もし実際にそれが奏功して面白かったら

それは称揚してもいいじゃん。そこで褒めれないとほぼ総てのゲームを褒めれないよ?

一般的だと言いつつ、仮にマリオの新作?が面白くてほめる人がいた際に

それを扱き下すような伏線はるとか、君が一番毒されてるように見えてならない。

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