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2017-08-14

イベントやるのか…全然クワクしないけど

https://anond.hatelabo.jp/20170805145112


結局、先日書いた新システムへの懸念杞憂に終わった。

それでいよいよイベが始まったわけだが、一番気になるのはもちろん朝霜とRomaの掘り。

wikiコメだと、朝霜はE-3RomaはE-6ドロップ確認報告が。

えー…どっちも資材消費が重い連合艦隊MAPじゃん。軽い編成で掘れないのかよ。

そしてRomaはいつも通りというべきか、後段作戦海域ドロップ。いい加減もう少し手前のMAPドロップして欲しい。


なお、今判明している情報総合した時点で、E-7はイベ開始前からクリアは無理と判断

てか、自分艦これ離脱するきっかけの一つになった、2015夏イベE-7の☆の数を上回るとか何の冗談だよ。

毎年夏イベが大規模になるのは想定内だけど、難易度更新とか付き合いきれん。


ちなみに当時「零時迷子」で悪名を轟かせた2015夏イベE-7、自分は丙で挑んだけど、一度ギミックの0時リセットを食らったこともあり、丙であっても資材が一時自然回復上限を下回るくらいまでに落ち込み、更にギミックとイベ残り日数の関係で、休日という限られた時間勝負するしかなかったことから、かなり追い詰められて、死にそうな思いでクリアしたわけで。

あれからギミック効果は少しは分かりやすくなったのか?多少ダサくてもいいから、どんなバカ提督が遊んでも分かるようにしろっての。

とにかく、まさに阿鼻叫喚というか、理不尽まりない思いをした上に、その後程なく離脱し長期放置だったこともあって、資材がイベ前の状態まで回復したのはようやく先月という、当鎮守府に深い爪痕を残していきやがった。

んで、そんな鬼畜MAPを上回ると公言してきたやつが今回の最後なんでしょ?アホかー!って感じだわ。

そんなに難しくするならいい加減報酬信濃実装しろ、いつまで待たせんだよ。

まあ別にエンタープライズでもいいけど。

ワンナウツ見た

からくり球場の仕掛けが思ったよりチープで不落城というには大げさな気がした

送風機を使って攻守で風向きを変えたりマウンドからバッターボックス上までの間に空気の射出口があって球に変化を加えたりくらいはするのかと思った

あの仕掛けならべつにホームじゃなくてビジターでも頑張れば使えるのではと思った

しかあんまりがちがちに組んだギミックだと本当に打開のしようがないので、あれくらいがちょうどいいのかもしれない

2017-08-13

https://anond.hatelabo.jp/20170813065939

作品について読むときに色々考えて行って、ギミックを楽しむかていがあるからじゃない?

例えば、迷路とかパズルとか楽しむときに、解答見ながらじゃつまらんでしょ?

ある程度はそんなのしてる時にネットにつなぐなという事はあるけど、さすがに発売直後ぐらいはネタバレは隠しても損はないと思う。

みんな展開知らないんだから

まあ、最近は暴速でクリアする奴おるからなぁ、、、、。

2017-08-11

艦これイベントが始まった

今回も出撃規制ルート固定のために仕方なく思い入れも何もない弱い艦を使い捨て

面白くもなんとも無い嫌がらせのようなギミックに苦労し、

配置するだけでボーキが減るわ制空値計算くそめんどくさいわ攻撃や襲撃演出が鬱陶しくて邪魔基地航空隊イライラし、

中大破しないようお祈りしながら、敵旗艦カットインが当たるようお祈りし、

最後に残った資材をすり減らしながら新艦を掘る作業が始まった。

つーか、全海域攻略後に出撃制限を解除するのってそんなに難しいことなのか?攻略後の掘り作業くらい全力でやらせてくれよ

2017-08-09

PS4版 DQ11あえてのダメだったところ

とても楽しませて貰った

神ゲーと言えるけど、何点か気になったところ

どっちかというとFF派だしロマサガ派だしライブアライブ

BGM使いまわし多すぎ

仕方ないとも思えるけど、すぎやんもう引退させてやれよ

一緒に仕事したこともあるし崎元仁さん辺りにまかせりゃいいだろ

よりによってラスボスの曲が使い回しだったのにびびったわ

選曲には意味がある物だったとしても

FF14よりDQ10派だけどFF14BGMに関してはダントツ勝ってるよなとは思う

ダンジョンギミックが少ない

落とし穴とかマウントにのってジャンプしたりとか岩壊す奴くらい

今まであったパズルっぽいの無いのはさびしい限り

なんとか魔城はやや大変だった。MP的に。

一番キツかったのは黄金城。階段ちゃごちゃ

武器、防具の入れ替わり激しすぎ

買って速攻次の出たり作れたりでやたら入れ替わり激しい

多分ゲームサクサク進むからかもしれない(110時間プレイした)

ムービーの顔がきつい

セーニャ目がデカすぎてきもちわりぃよ。通常のポリゴンだとまぁ可愛い

グレイグとかあの辺はとてもいけてる。

ターン回ってきたのがわかりづらい

PS4番は、1ターンの区切りはあるけど、従来の一度に全員分のコマンド入力するのではなく、

順番が回ってきたごとにコマンド入力するんですね。

これ無駄行動防げる便利なところもあるけどターンの区切りあいまいになってくるので

このターン中にどの敵と味方の行動残ってるかを念頭に置いとかないといけない

本通常バトルはオートにしてるけどたまにボス戦でめいれいさせろすると慣れてないのでやばい

…話は戻って、これDQ10UIそのままもってきてからだろうけど、

今どのキャラコマンド回ってきたか判断めちゃくちゃしづらい。

右側のアイコンちょっと左にでっぱってる奴が今コマンド来てる奴なんだけど分かりづらい

キャラ光るとかしない普通

DQ10は自キャラしか操作できないかコマンド入力自分の行動なんだけれども

DQ10のモーション使い回しで冗長

キャラのバトル系のモーションは大体DQ10の使い回し

オンラインだとそのモーション中にも他のキャラは動いてるからいいけど、

11場合一つ一つ見せられることになる

通常は平気なんだけど、○ターン内に敵を倒せ系のバトルの時めっちゃイライラした

ただ、DQ10の旅芸人お笑い芸人寄りのモーションなので、

シルビアだけ使い回しではなく独自のエレガントなモーションが作られているので

やみくもに使い回ししているのではないのはわかる。めちゃくちゃ素晴らしい

れんけいが弱い

弱い。普通に殴れ。

特殊効果がつく奴は使える。

メタル召喚できるやつ最強

男子服装露骨に少ない

ロウお爺ちゃん服装似たようなやつ2種ってひどない?

武闘家系の奴欲しかった

あと某英雄とセーニャの最終装備がクソダサでつらかった

2017-08-03

Murder cannot be hid long.A man's son may, but at the length truth will out.

彼はシェイクスピアの一節を諳んじてみせる。それは、目を眩ませるような不気味な光を放って脳髄に焼き付いた。

「なんという道化か。滑稽極まる、あれは恐ろしい殺人者です、その正体を確かめましょう」

何者か這い回る気配が空間に満ちていた。胸は異様な興奮に高まり、こらえるのがやっとだ。視線を巡らせると化物の姿を探す。目を閉じてあえて視覚遮断し、聴覚でその動きを捕らえようとした。何の事は無い、敵の正体は「黒く燻った汚れ者達」だった。

空想の中で何度も殺人を犯し、その虚妄に取り憑かれた彼は遂に化物となってしまった。ならば、彼にはいくつかの計画存在する筈だ。主人公を欺き、傷付ける為にいくつものギミックを用意している。彼の頭脳怜悧に働いていた。それは自らを克己する試練であるとも言えた。敵は何度も形を変えて手脚や胴体を襲い、猛然と打ち倒そうとする。

誰かに劣っているのではないかという不安自分が一番だという自己欺瞞の塊だ。誰に見せるのも烏滸がましいようなエゴの塊。恐ろしい叫び声を上げて化物は唸り狂う。耳を塞ごうとした。黒幕自分が退治される日を心待ちにしていたのだ。その化物に一歩、また一歩と迫る。

「お前は誰かの真似がしてみたかっただけの生き物だ。賞賛が欲しかった。昂然たる讃美者が。貴方は一塊の石ころに過ぎません。ネガティブを継ぎ合わせた物だ。退ければ退ける程、現実が押し寄せてくる。孤立し、千倍にも増大し、人を憎んだ。その成れの果て。」

2017-07-28

思い返すと昔のジャンプも明らかに小学生向けじゃないだろって漫画結構あったし

本当に対象年齢が上がってるかって結構微妙な気はする

ただハンターハンターみたいな小難しいギミック満載みたいなものが人気を得るようになったのは多分最近だろうし

読解に必要な踏まえるべき文脈が一段階上がったのかもしれない

小学生でも読めるけどラノベゲーム的な想像力親和的な子じゃないと厳しいみたいな篩はできたように思える

2017-07-20

Splatoon 2 は何が変わったか

Splatoon 1 とは何だったか

GEO で Splatoon 2 のダウンロードカードと Pro コントローラを買ってきたので Splatoon 1 がいったいどのようなゲームだったか区切りをつけてみたい。

Splatoon 1 を遊んでいると、インクを塗ることで自由な行動範囲を広げているような気がするが実際はあまりそうなっていない。

2014 E3 のこの動画。開発者インタビューでは次のような要素が紹介されている。

https://www.youtube.com/watch?v=F05Kp1_-_vQ

”ヒトで撃って、イカでアクションの幅が広がる。インクを塗ることで行動範囲を広げるって目的があって、行動範囲を広げたあとに、イカになって塗られたインクの状況にたいして様々なアクションをする。”

インクは通常の弾丸と違って見ることができるので、角の向こうからインクを撃っているのを視認すると敵の存在を事前に察知することができる。”

インクを塗りかえて道を分断すれば、敵の進路を壊して戦略をつぶすことができる。”

E3 で初めてこれをみたときSplatoon は本当に独特に感じられた。独自のアクション、独自の戦略があり、ほかのシューティングゲームとは一線を画しているかのように思われた。実際に発売された製品は、はたしてこれらの要素を満たしていただろうか。

インクを塗ることでしか到達できないような場所が意外なほど少ない。そして塗り広げたとしても、そこではイカのアクションもほとんど要求されない。さらにイカ自体のアクションも、かなり幅がない。多くのステージでは、裏とりのための細い通路を壁登りから侵入するが、そこから到達できる場所は大部分がヒトの状態でもたどり着けてしまう。塗ったところで裏とりの細い通路から小規模な空間前進するだけであって自由ではない。ステージ構造に戦略をあまりにも誘導されすぎている。たしかに動ける範囲は拡大しているが、そこを起点にどのルートを選んでもいいような自由な選択肢は少ない。塗ることによる行動範囲の広がりは円形が望ましく、できれば高さの概念があればさらに良い。細長い棒状ではない。

Bバスパークの中央高台が楽しいのは、そこがイカの固有アクションである壁登りを、かなりの高さがあるゆえに X ボタン連打を含めて行う必要があるだけでなく、いったん登ったあとはそこから周囲を見渡してどの方向へ進むか判断できる自由があるからだ。モンガラキャンプ場が味気ないのは、インクを塗って行動範囲が広がったとしても、直線的な進軍しかすることがない不自由さがあるからだ。

Splatoon の開発インタビューでは勝敗に関係のない壁を塗る行為はどうすべきか長期にわたる議論があったという。結果として壁が登れるようになり、壁塗りに意味がうまれ、壁を泳ぐことは Splatoon 独自のアクションとなった。だが実際に遊んでみると、壁を塗ることに意味はあるが、塗ることに意味があるような壁は驚くほど少ない。

Splatoon 1 はその基幹となる遊びにたいしてステージの質が追いついていない。

素晴らしい可能性を秘めたシステムにたいしてマップの設計が応対していない。

インクを塗ることで選択できるルートが格段に増え、しかも選んだ道を進むにはイカ固有のアクションが必要で、ルートを進んだ先にも多様なアクション選択肢が用意されている。そんな自由度Splatoon に必要なステージの設計であって、限られたどのルートを選んでもイカのアクションが必要ない普通のシューティングゲームと膠着状態しか楽しめない状況を用意することでは決してないはずだ。Splatoon 1 は楽しいシューティングゲームとしては完成度が高かったが、アクションゲームには成り得ていなかった。インク塗りを起点としていままでには存在しなかった多様なルート開拓され、プレーヤーはその選択肢にイカのアクションで応える。こうした設計のアイデアヒーローモードではすでに実現していた。

ヒーローモードはバトルのための入門用、訓練用とされていたが、それはシューティングゲームとしてのトレーニングであってバトルに役立つアクション教科書ではなかった。ヒーローモードには多様なアイデアによるイカにしか出来ない緊密したアクションが散りばめられていたのに実際の対戦マップではそれが全くといっていいほど反映されていなかったからだ。オンラインバトルとヒーローモードは断絶されていた。スポンジ、インクレール、水平の回転軸をもつ動く足場、落下死を誘う反復する網。連続するこれらのギミックに対処するにはヒトとイカの切り替えを頻繁に繰り返さなければならない。磨き上げられた気持ちいいアクションの応酬だ。だがこうした要素は後期に追加されたマップ部分的採用されているだけにすぎなかった。初期、中期のマップはイカのアクションの幅が少なすぎた。タチウオパーキングヒラメが丘団地はまだいい。塗るべき壁が多く存在し、それぞれに意味がある。どの壁を塗るべきか選択を要求してくるからだ。そして高さがあるため、戦闘が立体的になる。すべてのステージには高さの概念があるが、それは侵攻を阻止するためだけのものであり、戦闘を立体的にする構造でなかった。ただ、既存の多くのマップではいくつかの箇所で立体的な戦闘を誘導しているものの成功には至っていない概念がある。

それは金網だ。有利な場所に到着するには金網のうえを渡らなければならない。あるいは有利な場所そのものが金網の場合もある。リスクとリターンの関係があり良さそうに思えるが「インクを塗ることで行動範囲を広げるって目的があって、行動範囲を広げたあとに、イカになって塗られたインクの状況にたいして様々なアクションをする」この要素のいずれもが金網のうえでは無効化されている。アクション性が全くないにもかかわらず Splatoon 1 では金網を渡るよう強制するステージが多い。ここには手応えがない。金網はたいていの場合、足場としてしか使われていない。デカライン高架下では柵が金網になっていて通行するのにイカのアクションが必要だが、こうした金網の使い方はほとんどない。

Splatoon 2 ではこうした不満が解消されている。スポンジやインクレール、回転するイチョウ切りの壁といったギミックが初期マップから採用されている。

これらのギミックインクを塗ることでルート選択肢が大きく増える。そしてどれもイカのアクション必須だ。インクレールはイカになることで走行できる。レール上のどの地点から降下してもいい自由があり、勢いをつければ驚くほど大きくジャンプできる。インクレールを起点に行動範囲が大きく広がった。プレーヤー選択肢が大きく増えた。戦場は新しい高さを手に入れたことで戦いはより立体的になった。たった一箇所を塗るだけで、その後の可能性が大きく広がった。これが Splatoon の本来あるべきステージ設計だ。

ギミックを使わない例もある。海女美術大学では敵のリスポーン地点に侵入するには貝の形をしたオブジェに飛び移らなければならない。ジャンプの性能とオブジェ位置絶妙で、勢いをつけてのイカジャンプが必要となりプレーヤー精度のあるアクションが要求される。他にも単純な壁登りで侵入できるルートもあるが、こっちは微妙だ。Splatoon 1 のヒーローモードではジグザグに壁登りをしないと倒せないボス戦があったが、壁登りの途中で横移動が求められるステージはあまり多くない。そういった構造を導入してもいいと思うのだけど。

インクは通常の弾丸と違って見ることができるので、角の向こうからインクを撃っているのを視認すると敵の存在を事前に察知することができる。” これは Splatoon の非常に素晴らしい点だ。だがこの要素もマップ構造が邪魔をしている。Splatoon 1 のマップは窮屈すぎる。

Splatoon の魅力は圧倒的なわかりやすさだ。Bバスパークの中央高台に登る価値があるのは単に射撃に有利というだけではなく、戦況を確認したり敵の姿をいち早く発見できる場所だからだ。しかしホッケ埠頭のようないくつかのステージでは道幅が狭く、巨大な障害物が大量で、死角が豊富にあり、視認性が悪くなり、出合い頭の戦闘が非常に多い。3D マップ自由自在に走り回るのではなく、適時あみだくじの上を進んでいるかのような気分になる。なぜこのようになっているか色々理由がありそうだが、ひとつは GamePad を頻繁に確認するよう促すためではないかと思う。死角を増やすことでひと目見ただけでは 8人のプレーヤーがそれぞれどのように動いているのか分かりづらくなる。死角を徹底的に増やすことでプレーヤーに GamePad の地図を逐次見るように誘導しているのではないかWii Uハード特性を活かすためだ。だがジャイロセンサーを使えばカメラを凄まじい速度で回転させられるので、いったん前線を上げてしまえばそこから侵攻する敵はマップよりも TV で確認したほうが早いし、上位プレーヤーは移動量とスピードが高い次元にいるため 2本程度のルートならひとりで封鎖できてしまう。実際のところ GamePad はどの程度視線を移されているのだろうか。あまり多くないのではないか。それとガチヤグラルールによる理由も考えられる。ガチヤグラはタワーの位置によってホットスポットが連動するが、おそらくは防衛側有利にするためか狭い通路を通過させて集中砲火をさせやすくなっている。これは膠着を招く。

こうしたマップ構造は 2 ではかなり少なくなっている。

視認性だが、一部の遮蔽物がガラス製になったことで向こう側が透けて見えるように変化した。フジツボスポーツクラブの壁は 3月の体験版では普通のボルダリング壁だったが、E3 のバージョンではリスポーン地点に侵入する唯一の経路の壁がガラス製になっている。また海女美術大学では中央彫像展示が、コンブトラックでは左右のクラゲが入ってる箱がガラス製になっている。これによって、やたらめったらポイントセンサーを投げたり、カメラを無理やり壁の向こうに回して様子をうかがったり、臆病になっていちいちマップを見るといったゲームテンポを落とす行為をする必要が減った。敵が TV 画面で視認できたから警戒するのであって、常に慎重になったりあるいは なりふり構わず脳筋プレイ突撃したりする前に十分な考える余地を与えている。つまり鷲巣麻雀の要素を取り入れることで、Splatoon 2 では状況判断がいくらか容易になった。サーマルインクもそれを指向しているし、塗ると体積が減り空間が広くなるスポンジも同様の効果をもたらす。攻め側からすればスポンジを縮小することで視界を広くするとともに敵の取りうるルートを減らし、守り側ではより有利な位置に移動できるようスポンジを膨張させたり、膨らんだスポンジを防御壁としても活用できる。

マップ中央の広さが圧倒的に拡大した。それは平面としても広くなっただけでなく、視覚的にも開放的になった。Splatoon 1 では中央の高台は基本的に狭い空間で、しかも垂直に切り立っていた。中央高台の取り合いを活発にするためだと思われるが、垂直だったため真下の敵に反応するのが困難になっていた。Splatoon 2 では中央高台の空間が広いだけでなく、その壁がゆるやかな傾斜のついたものになっている。Splatoon の視認性の高さが最大限発揮されるようになった。

だが平面的にも視界的にも広くすればいいというものではない。サーモン・ランではむしろ狭く、窮屈なステージを志向している。サーモン・ランは一応オンラインに対応しているが主軸はオフラインモードだ。ボイスチャットを嫌うひとは多いが、実際に集まっての対面プレイなので当然会話による意思疎通を最大限活用するよう仕向ける設計にしなければならない。そのために死角を増やして現在どのような勢力がどの規模できているか分かりづらくしている。足場を狭くして戦闘を激しくしている。夜になったり霧で覆うことでその効果をさらに増やしている。サーモン・ランではプレーヤーの視覚情報量を制限しなければならない。

ヤグラに関する戦闘も変化した。ヤグラはその位置のよって戦闘のホットスポットが常に変化し続けるが、それを特に激化させたいとき開発者は細い通路上をヤグラが通過するよう設計することでそれを実現させていた。だがこれはプレイヤーの過剰なまでの密集を招いた。ヤグラを取り囲む戦闘も参加できるスペースが少なく、それぞれのポジションは凝固し、戦況は膠着した。2 では関門を用意し、インクレールやスポンジを配置することで、横にも縦にもの広い空間という環境下でも、激しさを保ちつつ全員がより多彩な角度から戦闘に関与できるようになった。素晴らしい改善だ。


インクを塗りかえて道を分断すれば、敵の進路を壊して戦略をつぶすことができる」

動画では敵インクの一部分を塗り替えすことでイカダッシュを妨害しているが実際はこのような戦略は成立しづらい。一部分を塗り替えすよりも、全体を塗ってしまったほうが有効だからだ。だがインクレールやスポンジのギミックはあえてそれを不能にすることに意味がある。タチウオパーキングにいる固定チャージャーは自分ポジションに最速で突っ込んでくる左手のレールに常に気を配っていなければならない。敵がインクレールの始点付近にいるだけでレールをシャットダウンするかどうかの選択を迫られる。スポンジも同様である。戦略に選択肢があることでプレーヤーは自由を感じることができる。Splatoon 独自の戦略がうまれてくる。




ハコフグ倉庫ホッケ埠頭、こういったステージは素晴らしい。まずモチーフが素晴らしい。自分の頭の中のアウトロー小学生が「こういう場所にこっそり忍び込んでサバゲーやったり、自分たちだけの秘密基地にしたりしたかったんだよナー!」と声高に叫んでいるのが聞こえる。ヒラメが丘団地もいい。遮蔽物が、なんと室外機や干してある布団になっている。室外機に隠れてたチャージャーに撃たれたりする。すげぇ。めちゃくちゃ団地で遊んでる感ある。めちゃくちゃごっこ遊びしてる感ある。戦闘のためだけに配置されているものなのに、めちゃくちゃステージに溶け込んでいる。それに比べてネギトロ炭鉱はやばい。背景が軍艦島なだけで、実際のマップは全然炭鉱感がない。朽ちたレンガと錆びた金属があるだけ。廃墟としても弱いし、炭鉱の要素がない。例えばボロボロになった生活用品や古い家電が遮蔽物として設置されていたり、かつてガラス張りのドームだった場所が朽ち果てそこらじゅうに植物が生い茂っているような場所なら、機能と世界観が融合しつつ、よりいっそう廃墟感があったのに軍艦島の港という舞台にしてしまったので中途半端になっている。Splatoonスーパージャンプというゲーム展開的にも映像演出的にもインパクトのあるシステムがあるので、完全に屋外か、体育館のような天井の高い場所しか舞台モチーフとして選択できないことになっている。これはステージモチーフとしての多様性に、窮屈な制限を設けてしまっている。これによって逸脱したのがアンチョビットゲームズで、私はこれをみてゲーム開発会社だと言われても正直困ってしまう。このような見た目のオフィスで戦っても、全くワクワクしない。クラゲ社員は階下にいるし、ゲームらしいモチーフも、部屋の隅にアーケードの筐体がポツンと置いてあるだけだ。床を上昇させるとサーバールームのようなものがせり上がってくるが、ファンを撃っている自分自身にはそれが見えない。射線を防ぐために天井からぶらさがってる謎の看板も、これがゲーム開発会社を直接想起させるものではなく、印象がチグハグで、ここがいったいどのような場所なのか截然としなくなっている。ごっこ遊びが出来なくなっている。例えばだが、雰囲気は同様のまま、これが大学図書館だったらわりと良かったと思う。

で、Splatoon 2 だが、わりとイイ感じになっている。ガンガゼ野外音楽堂は障害物が PA機器になっててステージっぽさがよく表現できている。海女美術大学は彫刻用の岩石だったり放置された台車だったり、クラゲの守衛が障害物になっていて雰囲気がある。だけどバッテラストリートダメだ。橋のうえに置いてある謎の木箱は無味乾燥中央橋の下の壁面はオシャレな場所に不釣合いな黒いビニールで全面が覆われている。マップ構造を記号化しすぎて世界観雰囲気が大きく損なわれている。これがアロワナモールではどうだったかというと、塗れない壁はガラスのショウウィンドウだったりブランドロゴが大きく印刷された垂れ幕だったり、射線を防ぐ構造物もヤシの木や看板だったり花壇だったりしてショッピングモール感があった。バッテラストリートは「こだわりのセレクトショップが軒を連ねるこの界隈には、流行の最先端を行くイカの若者が集まるらしい。」と説明があるのにマップのあらゆる場所になぜか運送会社の広告がある。大量にある。運送会社だぞ。運送会社がおしゃれなのか?

https://twitter.com/SplatoonJP/status/856435220693766144

さすがに意味不明からこの運送会社の大盛りっぷりにも理由があると思うけど、Co-op ゾンビモードであるサーモン・ランの報酬としてイカテン急便の作業着が入手できることからクマサン商会とイカテン急便には強いつながりがあると想像している。しかも回収対象の金イクラは設定上、石油のような燃料だというのだからこの運送会社は格安で得られた高出力のイクラ燃料を用いることで高い輸送能力を発揮しているのではないかと考える。というかヒーローモードかなにかで設定を回収してくれないと困る。

そして細かい素材ではなくステージ全体のモチーフについてだけど

インクを使ったナワバリ争いは、

あの世界ではスケボーのような

やんちゃ”な遊びというイメージなのですが」

https://www.nintendo.co.jp/wiiu/interview/agmj/vol1/index4.html

インタビューで言及がある。Splatoon 1 の初期マップはまさにこれを体現していた。高架下だなんて、まるでウェストサイド物語みたいじゃん。すげぇ良いじゃん。だが後期に追加されたマップリゾートだの、美術館だの、キャンプ場だの、健康的な大衆レジャーに成り下がっている。おいおい。イメージが壊れる。Splatoon 2 の初期マップでは健康的な印象のステージと、不良的な印象のステージ、半々採用されている。だがもっと極端にしてもいいと思う。アップデートで追加されるステージも、おそらく健全モチーフと不良モチーフがセットで増えていくと予想している。Direct ではアップデートで追加される帆船ステージが一瞬映ったけどパッと見た感じ従来型の狭くて窮屈なステージみえる。不安だ。

UI はかなり改善されている。これは開発者が実際の競技シーンをよく把握しているということだ。海外の野良トーナメントをみていると「dynamo dead, dynamo dead」と、しきりにやり取りしている。不憫でならない。やられたら「Nice」を押すのも慣習となっている。Splatoon 2 ではこうした意志の疎通を解決している。敵の使用武器は上部に表示され、死亡すると this way が ouch... に変化する。

任天堂には新しい構造ゲームをつくる際立った高い開発力はあるが、そのコンセプトを活かすステージの作成についてはバラツキが多すぎる。マリオサンシャインの「ふしぎせいぶつ マンタ しゅうらい!」は神がかり的な面白さなのに「村の裏のヒミツ」ありゃ一体なんだったんだ? 任天堂アクションゲーム界の KING であり続けているが、Splatoon 1 はイカのアクションを活かす場面が少なく、普通のステージで戦う「めちゃくちゃ分かりやすシューター」の域に留まっていた。だが Splatoon 2 ではマップ構造改善され、そのデザインが秘めたポテンシャルが発揮され、シューティングゲームアクションゲームの高度な融合が実現している。プレーヤーの行動には自由があり、戦闘の激しさは膠着から混沌へとその姿をより楽しいものへと変えた。

Splatoon 2 の大手海外批評サイトレビューを確認するとわかるが、彼らはジャイロコントロールをまったく使用していない。そんなものだから信憑性がなくなるのだ。そして Splatoon 1 の発売後インタビューで、ディレクターの阪口さんは「ラスボス戦のあとに響いている不気味な環境音の正体について教えていただけますか?」と質問があったのに明確な答えがない。ありゃ一体なんだったんだ。

https://www.youtube.com/watch?v=OhHRmToy500

Direct や体験版を遊んで得ただけの情報による着目だが、これが本当にそうなっているかは、数時間後に配信される Splatoon 2 が証明してくれるはずだ。

2017-07-08

けものフレンズ面白さの本質

けものフレンズ』の面白さの本質は、ガイナックス的なアニメ価値観から抜け出しているところにある。

少し補足すると「抜け出している」という意味は、ある価値観に反発したり、故意に避けたり、過剰に抑圧したりすることではない。一例を挙げると「あんなクズな父親のような人間には絶対にならない!」と考えることはすでに父親の重力に捉えられている、ということだ。

もうひとつの「ガイナックス的なアニメ価値観」は少し複雑だ。細部へのフェティッシュなこだわり、現場いぶし銀技術者ひとつの生物のように有機的に躍動する集団、学校文化と官僚システム/軍組織への熱い礼賛、マスメディアやと民主主義への蔑視……古い世代のアニメオタクの王道ど真ん中の価値観。この価値観の根底には「責任のとらなさ」がある。これについては後述したい。



私自身、『けものフレンズ』は話題になっているのをtwitterで見て、5話くらいから興味を持った後追い組のひとりだ。徐々にハマり、最後にはとても感動した。けれども、しばらくたってもその面白さをまったく言葉にできないことに気づいた。まるで「解」だけが前触れなく控えめに差し出されたようだった。この困惑について、福原慶匡プロデューサーインタビューで語っている。


「皆さんも、なぜ魅力を感じるのか、はっきりとは言語化できてないと思うんです。食べ物でも、なぜかクセになっちゃうみたいなものってあるじゃないですか(中略)というのも、僕が5年前にその感覚を経験しているんですよね(笑)http://a.excite.co.jp/News/reviewmov/20170327/E1490547358865.html

放送終了後、ネット上でいくつか探してみたが「大ヒットの理由」や「エヴァとの共通点」などIQの下がる批評しか見当たらなかった。その清新さや核心について書かれているものは無かった。自分で分析してみてもやはりわからない。一見すると『けものフレンズ』は、パワプロで喩えるなら「オールBでよくわからない特殊能力がたくさん付いている外野手」だ。ツッコミどころがあるようで、よくよく見ていくと隙がない。(あくまでも「一見すると」であり、構成についてはほんとに素晴らしい。監督自身は「怪我の功名」と謙遜するアライさんパートは発明と言っていいぐらいだ)

たつき監督の過去作を見ていくと、クオリティをまんべんなく上げた作品を作るというスタイルは昔から共通しているようだ。『けものフレンズ』では登場キャラクターの紹介とストーリー展開を均等に進め、両者が高いレベルで一体になることを目指したという。インタビュー記事最終話放送直前! アニメを作るのが得意なフレンズたつき監督に『けものフレンズ』の“すごーい!”ところを聞いてみた!!」(以下、「最終話直前インタビュー」)ではこう話している。

「「キャラ先論」「話先論」があると思うんです。そこをまったく同じパーセンテージか、行き来をすごく増やして、キャラ優先なのか、お話優先なのか、わからないレベルでその2つが有機接合できるといいなと考えていました」http://news.livedoor.com/lite/article_detail/12855680/

ところで、仕事でも3Dアニメを作り、休みの日も3Dアニメを作っているというたつき監督だが自主制作アニメ『眼鏡』発表後の2010年に行われたインタビューでは興味深いことを語っている。ここに一部抜粋したい。

―― アニメはお好きなんですか。

たつき 大学時代に「アニメ作りたいわー!」とか思い出したころからちょいちょい見だしたんですよね。

―― 「すごいアニメ好き」みたいな感じじゃないんですね。そもそもアニメをあんまり見てなかったのに、なぜアニメを作ろうと?

たつき アートアニメみたいなものは学校で見させられていたんですけど、もっと俗っぽいほうがいいなと思って「眼鏡」を作りましたhttp://ascii.jp/elem/000/000/532/532388/index-3.html

本人の発言を鵜呑みにするわけにもいかないが、そう質問せざるを得ないなにかを質問者も感じたのだろう。確かに『けものフレンズ』は熱心なアニオタが作ったアニメという感じはしない。1話の出会いシーンと休憩のシーンが例外に思えるほど性を表現すること行わない。その他ではペンギンの脚やカワウソのケツぐらいだ。もちろん全年齢向けというコンセプトもあるだろうし、動物と人間という認識の違いに厳密に取り組んでいることもある。だが、繰り返し見てもそこに「ほんとはエロくしたいけど抑えよう」や、「萌えを感じさせよう」などという作為が感じられない。肩の力が抜けているというか、監督の視線が別のところを見ているような奇妙な感覚があるのだ。

話題にもなったペンギンの脚については「最終話直前インタビュー」で、こだわったポイントは肉づきであり、それは未だ言語化できていないパラメーターと語っている。やはり焦点が別のところに当てられているようだ。このたつき監督独特の感覚について、チームの中では「ガラパゴス的」「ほどよく鎖国している」「天然」(「最終話直前インタビュー」)と表現されている。

たつき監督の制作に対するスタイルがかすかに見えてきたが、根本的なところ、なぜ面白いのか、なにが新しいのか、どこが違うのかが一向にわからない。繰り返し観ても「サーバルちゃんかわいい」「言われるも!」以外にこの作品を語る言葉は見つからなかった。

そんな時『シン・ゴジラ』についてのツイートたまたま視界に入ってきた。ああ、あの作品は私にとって全然ダメだったな、なぜってあれはオタクのウェーイだったから。だから受け入れられなかった……だからけものフレンズ』は良かったのか。本来なら過去や同時期に放送された作品に触れ、その違いを論じることで導き出すのが正統な論証だろう。だがここでは『シン・ゴジラ』を補助線に引くことでショトカしたい。

シン・ゴジラ』はあの庵野秀明監督による作品だ。詳細は割愛しよう。宮台真司の批判とか概ね同意だ。私がアレルギー反応のような拒否反応をおこしてしまったのは別の部分になる。同作でも、指揮命令系統のフェティッシュともいえる再現、圧縮された膨大な情報量、巨大な生物のようにフル回転する官僚機構がたっぷりと描かれる。ああ庵野秀明だ、ああガイナックスだと感じた人も多いだろう。ただ、結構な面積が焼き払われ、放射能に汚染され、東京の中心で彫像のように固まったゴジラが実写として映し出されるとシニカルな感想も浮かぶ。「想定外の天災」とはいえ主要な登場人物はなんの責任も取らないだろうな、“庵野秀明から”。

ガイナックス庵野秀明に代表される彼らが、凝縮し、エッセンスを取り出し、世に提示してきた価値観。古い世代のオタクの王道ど真ん中の価値観。そこには、新兵器があるなら使おう、ボタンがあるなら押そう、ロケットがあるなら飛ばそう、人類補完計画があるなら発動させよう……後は野となれ山となれだ、という姿勢がその根本にある。責任の取らなさ。それが露出してしまうと、フェティッシュに埋め尽くされた119分はオタクが「ウェーイ!」とはしゃいでいるようにしか見えなくなる。

新しい爆弾が作れるなら作りたい、作ったなら使ってみたい。そういう欲望はギーク価値観として近代には普遍的にあるものだろう。それは責任とセットになっていなければ極めて危うい。『ジュラシックパーク』(1作目)に出てくるでぶが度し難いように。『シン・ゴジラ』の官僚たちは誰一人弾劾されず、断罪されずスムーズに復興へ移っていくだろう。彼らの合理性なら、半減期が2週間なら翌月から暮らすことができるだろう。三権が一体化した効率の良い行政システムを築くだろう。責任を切り捨てたからこそ、フェティッシュの興奮に耽溺できたのだ。棄てられた責任野ざらしにされ担う者はいない。

2000年代2010年代アニメにおいてもガイナックス的な価値観は揺るいでいない。おそらくこんな声が聞こえるだろう。「『ハルヒ』は?『らき☆すた』は?『けいおん』は?『まどマギ』は?『化物語』は?日常系を無視するなとんでもない!“大きな物語”をまだ求めるのか?!」このあたりはもっとその分野に詳しい人の評論を待ちたいと思う。私の見立てでは、それらは(主に女性の)キャラクターについてのフェティッシュを深めたにすぎず、逸脱はしていない。フェティッシュに注力すればするほど与えられた価値観の中での反復行為となり、自らをその価値観の内部に限定させるという結果を生む。そして、目を背けた価値観のもの形骸化しながらもしっかりと保存され、視聴者を貴族的な愉しみという隘路に導く。

もし汲々とした再生産のサイクルの中にどっぷり浸かった人なら、そこから抜け出すには並々ならぬ苦闘と意志が必要だ。たつき監督にはそうした努力は必要なかっただろう。『けものフレンズ』は最初から“できている”。

これは自由の味だ。

ジャパリパークではフレンズたちは当たり前のように責任を持ち、細部へのこだわりは新しい領域に向けられているがそれ自体に耽溺していない。古い価値観を超えるものを作ろうとして頑張った結果やっとできた、ということではなく、初めからそうした問題意識のものが存在していないかのように新しい価値観を持っている。それほどあまりに自然に表現された作品として我々の前に現れた。

可能にしたのは主に3つの要素からなる。「3DCG作画」、「バランス感覚」、「アニメばかりを見ていないアニメ監督」。この3つは密接に関係している。「手書きには温もりがある」という言説は否定できないが、大勢が1枚1枚セルに色を塗るという時代ではなく、1人である程度は全部作れる3DCGという環境がたつき監督にとって不可欠なものだったことは想像難くない(実際はirodori時代から分業していたことはブログからも伺えるが、作業量や機材を比較して)。Wikipedia情報によると、彼はサンライズ作品のCGを担当することで商業的なキャリアスタートさせ、以降手がけた仕事は一貫してCG関係だ。これがもし手書きスタッフとしての参加なら、今の形の『けものフレンズ』は存在しなかったし、たつき監督もおそらく従来の価値観に染まっていただろう。

3DCG上で現在主流の2Dの表現をそのまま再現することは難しい。「不気味の谷現象」ではないが、3DCGから2Dアニメに寄せようとすれば違和感が増え、それを克服するためには新しいアプローチ必要になる。たつき監督はレイアウト(構図というよりも画角)の段階からキャラクターの正面を巧みに演出し、同時に正面ばかりで飽きさせないように一話一話を構成することでこの問題に挑んでいる。技術的な分野における刷新、さらに強く言えば断絶。これにより従来のアニメ表現から自然と距離をとることができたことは『けものフレンズ』にとって幸運なことだった。

次にバランス感覚が挙げられる。たつき監督のスタイルにも作品の全てをコントロールしたいという欲望が見える。映像作家としてこうした欲望は一般的ものだ。ただ、「監督、コンテ、演出、シリーズ構成脚本たつき」と商業アニメで網羅しているのは尋常ではない脚本についてはWikipediaの項目を参考にした)。福原Pは、その秘訣はレイアウトからビデオコンテ、セリフ、声の仮当て、声優への細かな演技指導、修正、差し替え、調整という全ての作業をやりつつも「作業のカロリー計算ができる」ことだと語っている。

「そこらへんはプレスコで作ってきた『てさぐれ!部活もの』の経験が活きていると思いますたつき君はその場のグルーヴ感で「これはやったほうがいい」と思ったら作業しちゃうんです。その後のカロリー計算も、しっかりできる人」

http://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1488452395

「北風がバイキングを作った」ではないが、繁忙期は1ヵ月ほぼ泊まり込みだったという『てさぐれ!』における過酷な進行がたつき監督を鍛え上げたことは間違いない。余談だが、ファンによるスタッフロールの解析やたつき監督のTwitterでの発言から、『てさぐれ!』2期からirodoriメンバー関西から呼び寄せたようだ。一部で話題になった出来事もこのあたりに遠因があるのかもしれない。閑話休題

福原Pの言うカロリー計算とは、「作業量」と「かかる時間」と「納期まで時間」を正しく見積もることができるという意味だ。結果、各話を見ても全体を通して見てもまったく破綻していないばかりか、各話のバランス、全体のバランスがとても良い。ほとんどの工程にアクセスし、手を入れ、なおかつどこか一場面に片寄っていないということは特筆すべき能力だ。このバランス感覚ミクロの視点とマクロの視点、ミクロの作業とマクロの作業の両セットを備えていないと成り立たないものだろう。シナリオ含め、一貫してたつき監督の思想が反映された『けものフレンズ』。そこでは、「美少女の細部にひたすら耽溺したい」というような偏ったフレームは分解され、ごく抑制の効いたボリューム/表現としてバランスが整った形で配置されることになる。

最後は、アニメばかりを見ていないアニメ監督。これは富野由悠季が公言し宮﨑駿も暗に語る「アニオタが作るアニメはつまらない」という言葉の裏返しであるたつき監督がケニア育ちだったから、というわけではないが本人の発言ではアニメを「ちょいちょい」見るようになったのは大学で「アニメを作りたい」と思った頃からだという。この時点で「東浩紀は『セーラムーン』をリアルタイムで観ていなかったニワカ」とディスられたレベルでのガチのアニオタではないとも言えるが、ここではirodori制作の短編を元に検証してみたい。

1作目『眼鏡』にあるのはメガネ萌え主人公エヴァギミックNARUTOアクションジョジョネタ(格闘ゲーム版)、東方という、既視感のあるオタネタだ。テンポの良さやオチの付け方など評価できるポイントはあるが、お約束というメタ設定(いくら殴られても負傷しない、カエルが空を飛ぶ、怒りで異形化、いくらでも撃てる弾薬など)のあしらい方はごく普通オタク価値観を共有している人向けに作った短編という印象だ。

続く『たれまゆ』では全体的にパステルカラーキャラクターの柔らかい描写に取り組んだことが見て取れる。手描きによる2Dアニメで制作され、架空の田舎の超常的儀式を通して小さな世界が描かれる。しかし、作業コストが高かったのか、合わなかったのかこの後は2D手書き手法は行われていない。

第三弾『ケムリクサ』では再びソリッドな3DCGに戻る。NARUTO風のアクションレベルアップし、設定も作り込まれている。リナちゃんズと呼ばれる5人の可愛らしさと非ー人間ぽさには独特の魅力がある。『眼鏡』のようにネタをそのままネタとして扱うことはなくなり、説明は最低限。たつき監督の作家性の輪郭がはっきり見えだした時期だろう。30分弱の作品にかかわらず、構成やカット割りに無駄がなくかなり洗練されている。しかし、完成度の高さと裏腹に、注目を集めた『眼鏡』よりも再生数や評価は低調だった。ニコニコ動画の過去のコメントを見ると『眼鏡』の軽いパロディのノリを期待する声が多く、制作側としては不本意な結果だったのではないだろうか。ここでは、1作目でふんだんに盛り込んだパロディで注目を集め、2作目では手描きアニメに挑戦。結果、手描きからは撤退し3作目では3DCGでストイックな作品に挑戦したという流れを指摘するに留めたい。

4作目となる『らすとおんみょう』は福原Pと出会うきっかけとなった作品と言われているが、1話を作ったのみで未完となっている。女性のキャラクターの表情はまた一段レベルアップしており、3DCGの中で2Dアニメ表現に歩み寄りたいという制作者の努力が見て取れる。何がこの作品を放棄させたのかは推測でしか語れない。多忙となったためや、異国の魔女と「適当だけど超強い男子中学生っぽい陰陽師(の下請け?)」が子作りするという設定に着地が見出だせなかったのではないかと思われる。現在残された多くの断片からは具体的な落としどころは示されていない。同作はいわゆるハーレムものの構造を取っており、一方でたつき監督の描く萌えはごく控えめだからだ。

5作目となる『のための』はirodoriとして最後の自主制作作品となった駅長さんシリーズ。できあがった時期は前出の『てさぐれ!』の激動を超え、プロフェッショナルとして確立した後になる。正確には『らすとおんみょう』より前に断片的な映像が出ていたが途中に長い中断があり、実質的に『てさぐれ』後に作られたものとみなすことができる。時系列で書くと2012年に2年がかりで『ケムリクサ』が完成。2013年前半に『らすとおんみょう』(1話)。2013年後半から2015年まで『てさぐれ!』シリーズ2016年8月末に『のための』が『駅長さん フル版』(以下、『駅長さん』と便宜的に表記する)として完成した。この作品は5分という短い時間ながらプロの仕事というべきものだ。目が描かれていない駅長さんの動く姿には、これまでに向上した技術が昇華されシンプルな姿で完成している。

ここで「アニオタの作るアニメ」(以下、オタアニメ)の定義について考えてみよう。もちろん厳密な定義などできようもないが、本文章が求める要件は「特定の層だけをまなざしている作品」であり、具体的には「アニオタ視聴者を満足させることを目的とした作品」であるたつき監督は『眼鏡』では明白にオタアニメを目指し、続く『たれまゆ』では本格的に手描き2Dを試み、より迫ろうとした。ここで最初の転機が訪れる。手描きという手法があまりにハイカロリーだったからか、ここでこの方向は放棄された。なろうと思っていたがなれなかったのだ。以降、アニオタ視聴者をメインの観客に据えることはなくなり、アニメばかりを見ていないアニメ監督として本来の姿、幅広い層へアプローチする道を歩むことになる。

ケムリクサ』の段階で3DCGによる手法に迷いはなくなり、削られたカットからも抑制の効いた演出を志向していることが見て取れる。この作品から作風が変わったようにみえるのはテーマシリアスからだ、という批判も予測されるが「ストーリーシリアスになる=オタクに媚びていない」という短絡は採用しない。実際、表向きはオタク向けの作品ではないと装いながら水面下で「今回はこういう感じで行くのでひとつよろしく、へへへ」と、メタ構造(オタアニメにおけるお約束の構造)やメタ構造を逆手に取った仕掛けを差し出すという交渉を行う作品は実に多い。同時に「まったくオタクに媚びてませんよ」という宣言は、冒頭に挙げた父親の比喩と等しく、オタアニメの枠組みから実は一歩も踏み出していない。『ケムリクサ』では前2作であえて“なろう”とした努力が消えている。木の枝が河に落ちるように自然に、観客と交わす密約もなく、反発もなく、媚びていない。ピンポイントに評価される層よりも広い範囲をまなざしている。『眼鏡』よりクオリティは高いにも関わらず受け入れられなかったことは間接的な傍証になるだろう。

『らすとおんみょう』ではその揺り戻しといえる現象が起こっている。ギャグテーマTwitterで発言しているが、いかにもオタアニメという構造(そのままアフタヌーンあたりで掲載されても不思議はない)にチャレンジするも1話を完成させた後に頓挫。理由は色々考えられるが、これまで見てきた通りハーレムものの企画自体がたつき監督に合わなかったと考えるのが妥当だろう。この時期が2度目の転機になる。ある程度スタイルが固まったのだ。それは『ケムリクサ』で表現されたスタイルの延長にありジャパリパークへ続く道だ。キャラクターに瞳を描くことさえ取り止めた『駅長さん』は『らすとおんみょう』の続きは作らないという静かな意思表明とも受け取ることができる。


再び繰り返しておきたいのは「3DCG作画」、「バランス感覚」、「アニメばかりを見ていないアニメ監督」この3つはどれかひとつが先立つものではなく、お互いに深く関連しており不可分なものだ。『けものフレンズ』ではこの全ての要素が花開いている。この作品に超絶的な技巧が込められた作画や、ぴちぴちとした美少女あるいは美男子を求めることはできない。あるのはサバンナに向けて開かれたような、開け放たれた窓だ。振り返ると、室内にはエヴァ以降20年にわたる作品がある。時代を代表する色褪せない傑作もあるだろう。でも、もう昔の作品だ。新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、清々しい朝日に貫かれた後では、戸惑いつつも思い知らされるのだ。どれだけ偏狭な価値観に縛られていたか。こんなにもこだわっていたものは汲々としていたか。自由とはこういうことだったのかと。

自由の味。開放されるということは、決定的に変わってしまうということでもある。一度開放されたことを理解してしまうと、重さの無いなにかが失われてしまい、二度と戻ってはこない。それを無視して、例えば「エヴァけもフレ」というように馴染みのある文脈に引きずりこみ安心することもできる。「ローエンドなCGでもいいものは作れるんですよ」と心の平穏を装うこともできる。でも、そういうことはもうやめにしよう。『けものフレンズ』はこの20年間潜在的に待ち望まれていたアニメばかりを見ていない監督によって作られたアニメなのだ。その面白さの本質は、ガイナックス的なアニメ価値観とは別の場所に立っていることによるのだ。私はたつき監督の成果に最大限の賛辞を贈りたい。素晴らしい作品をありがとう

ただ、アニメを見る目がこれまでとは違ったものになったことは少し寂しく感じてしまう。世に次々と出てくる新しい作品がどれだけ面白くても、それらが“過去の遺跡の新作”ならばそれだけで手放しで楽しめなくなったからだ。つまり、ちょっとした困難をかかえこんでしまったことになる。でもそんな心配はあまり気にする必要はないのかもしれない。なぜなら、すでに誰かが言っていたようなのだ。困難は群れで分け合えと。

2017-07-07

https://anond.hatelabo.jp/20170706175417

確かに、ダクソを挙げるまでもなく初期のドラクエ時代から現在オンラインゲームまで

沢山のゲームにおいてゲームオーバーにならずデスペナで継続するシステム存在するよね。

でもそのギミックが奏功するかがゲームにおいての価値な訳で

ダクソにおいてデスペナのシステム評価されてるのはそういう事でしょ。

新作マリオだって、もし実際にそれが奏功して面白かったら

それは称揚してもいいじゃん。そこで褒めれないとほぼ総てのゲームを褒めれないよ?

一般的だと言いつつ、仮にマリオの新作?が面白くてほめる人がいた際に

それを扱き下すような伏線はるとか、君が一番毒されてるように見えてならない。

2017-06-19

[]国会閉幕、私も閉幕

国会ウォッチャーです。

 見るものがなくなったので、アーカイブを見たりしています

 最後に何を書こうかな、といろいろ考えました。閣僚の答弁をチェック、採点してみてもどうせ改造だしな、とか、野党議員個人的評価高くなった人を何人か紹介しようかな、とか、総理閣僚の虚偽答弁を片っ端から挙げていこうかとか、山井和則榛葉賀津也両国対に対する不満もぶちまけたかったし。でも終わってから一番腹立ったのはやっぱり公明党山口代表でしたかコイツだけは罵倒しないと気がすまない。

両院議員総会での山口那津男

後半国会では、与野党対決の法案として、特にテロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案の審議がクローズアップされた。民進、共産党など野党は「廃案ありき」で、あらゆる抵抗手段を尽くす暴挙に出た。丁寧に審議を進めてきた秋野公造・参院法務委員長公明党)の解任決議案まで出した。

これを否決した後も、秋野委員長野党配慮し、質問の機会を確保して丁寧に進めようとしたが、野党法相問責決議案を提出し、「この法相の下で審議を続けるのは不可能だ」とまで言い放った。委員会で審議が進められない以上、国会法規定に従い、本会議で質疑・採決を引き取る手続きを取らざるを得なかった。

民進、共産党などがあれだけ抵抗したにもかかわらず、15、16日の参院法務委は円満刑法改正案の審議を進められた。両党がいかに組織犯罪処罰法案の審議を、「廃案ありき」の抵抗の場としてきたかが浮き彫りになった。

参院法務委では、テロ等準備罪の内容に関する議論が交わされるべきだが、本来、別の委員会議論すべき「加計学園」の問題がかなり議論されたのは残念だ。

 まず参院法務委員会では加計問題なんか総量でも10分も聴かれてないよ。知らないなら黙れよ、クズ。わかってていってるなら辞職しろよ嘘つき。小川敏夫議員総理入りのとき前川氏の証人喚問やってくれるように、指示してくれって頼んだことと、共謀罪の審議入りの前に真山勇一議員が、話の枕で、ちょろっと触れただけだよ。キクマコとか保守速報なみかよ。

 あと刑法改正案共謀罪の後に持ってきたの自分たちのクセに、「あれだけ抵抗したにもかかわらず、円満に審議を進められた」とかマジでどういう神経してたらいえるんだろうね。人間革命で生まれ変わってこいよ。民進は、刑法はとにかく1人の被害者も生まないためにも先入れ先出し原則的にも、絶対先にやってほしいって訴えてたよね。それを無理やり順番を入れ替えたのもてめーらだし。だいたい民進党が出席しなくたって委員会の審議はできるっつーの。自分たち委員長を守るためにクソみたいなことやったんだからちゃんとクソ掃除する責任は取れよ。何の必要もないのに、お前らの都合で、お前らが決めたんだよ、そこから逃げんなクズ

自分たち野党を丸腰にしておいて野党もっとうまくやれとかいうのなんなんだろうね

 朝日記者が、全部委員会止めてでも、証人喚問要求すべきだったとか紙面座談会みたいので言ってたけど、記者レベルでこういうこといっちゃうのもよくわかんねぇ。民進、共産出席拒否したら何か変わったの?空回しされて、ネトサポが、「ほら野党は審議する気がない」とか騒ぐのを見過ごすだけなんでしょ。もしやってたら朝日はその姿勢擁護する論陣張ってくれたわけ?それなら社説ででも野党審議拒否しろ、俺たちは支持するって書けよ。すき放題いいやがって。どこの床屋だよ。今日官房長官会見でも空気読んでないの望月さんだけじゃねーか。質問制限質問の事前通告みたいなクソみたいなルールにひたすら従ってきといて、「ゆるがぬ安倍一強なぜ」、「3ない答弁」とかほざいてんじゃんねーよ。お前らが、「答えてない」って聞き続けないで、どうすんだよ。どうせ今日安倍会見だって質問は3つ、寿司友が事前通告した質問に対する、官僚作成した紙を読み上げて、おしまいなんだろ。どこまでもなめやがって。

 結局、国会は数なんだっていった与党議員は圧倒的に正しい。絶対安定多数を持ってる与党に、野党が抵抗するための武器は何もない。それどころか、本来国会議員から監視される必要のある行政府資料提出を法的根拠なしに拒否するのを指をくわえてみているしかなかった。とにかく与党擁護がしたいだけの人たちが自分たち証拠を引っ張って来なきゃとかいってるけど、行政不正があってもその証拠管理しているのも行政だし、それを提出するかどうかを決めるのも行政だって言い張る今の政権からどうやって証拠をもってこいっていってるんだろうね。お前らそんなに頭良いならバカ野党に教えてやれよ。野党バカから政治がだめなんだろう?日本のためだからよろしく頼むよ。

絶対必要な少数調査

 今国会のあり方を見て、多数派良心とか良識とかに期待しちゃだめなんだってのがわかった。一昨年の鴻池委員長が、「参議院官邸下請けじゃない」っていったときか、去年の大島理森議長国会運営を丁寧にやってほしいとか言ったときには多少は期待したけど、もう期待しない。多数派良心に期待した制度ダメ。ぜったいダメ資料提出の是非は、理事会協議だけじゃなくて、議会の1/4の要求レベルでもみとめるようにしなければならない。証人喚問も同様。また第三者による調査委員会の設置を、当該省庁、大臣自主的に決めさせるのも論外。いまの政府みたいなやつが政権にいたらまともな調査をするわけがない。だから参考人招致と同じく、第三者委員会構成員の推薦も各会派からするべき。特別防衛監察がなぜダメかっていうと、調査が終わったのかを知らせる、適切だったのかなどを評価するのも当事者から、とっくに調査が終わっているといわれているのに、国会が閉じても報告しないみたいな体たらくになっている。これは万が一民進党政権とるようなことがあった場合には、当然自民党側にとっても必要なんだからこの要求絶対認めさせないといけない。公文書管理にしても、民進党改正案も不十分だと思った。民進党は、政権とったときマニフェスト予算の読みが甘かったのを反省してるんだろうけど、金のかかることを言いたがらなさ過ぎる。公文書管理にかかる人間が少なすぎること、国立公文書館の規模が小さすぎることをもっと大々的に主張していくべき。

 個人的には、委員会議論をもう少しコンセンサス型に動かすための開催のVetoとかなんらかのギミックがほしいと思うけど、そこまでは望まない。ただただ、行政が何をやっているのかを少数会派監視できないと、現政権みたいなクズが出てきたときにどうしようもない。高村正彦とか与党支持者が言うには、下種の勘繰りらしいので、どうぞっかりと野党調査させて、まさしく野党疑念がただの言いがかりだったときに、「下種ー」って笑うような制度にすればいいんじゃないの。公明正大で一点の曇りもない今の安倍政権自民党はまったく困らないだろうし、下種でバカ無能な今の民進、共産にきちんと情報公開したって何の問題も起こらないし、まかり間違って、民進党政権とったとき抑止力になるじゃん。ぜひよろしく。

一応これで一旦終わりのつもり 

 2ヶ月あまりいろいろ書いてきたけど、読んでくれた人ありがとう臨時国会が開いたらまたその時の気分で書くかもしれないけど、とりあえずこれで終わり。とりあえず野党はすぐにでも臨時国会の開催要求しないと、また開催しないまま1月を迎えることになるかもよ。要求したって絶対すぐには開くわけないんだから、今すぐ要求するように。そうしないと国会クラスタさびしい。んじゃまどうも最後罵倒気味の記事になってごめんなさい。ちなみにだけど、私民主党政権時代は、政権交代の前の選挙では自民党に入れたし、民主党事業仕分けとかぼろ糞に書いてたし、シバキアゲが大好きな毎日朝日結構嫌いだし、共産党も夢みたいなことばっかいってんな、とは思うけど、今の自民党の、自分たちで決めたことを官僚のせいにするやり方は事業仕分けより醜悪だと思うし、政権からリークを受けて、私人プライベートを一面に乗せる読売は頭おかしいとしか思えないし、維新がやってる無意味修正合意という政権アリバイ作りよりは、実現されない正論による問題点の指摘のほうが好きだっていうだけなんですよ。まぁ信じてもらえなくてもいいけど、一応ね。皆さんが、国会での議論に興味を持ってくれたなら書いた意味があったと思いますが、増田でこういうのやられるのが嫌だって言う人がいたのもわかるんでそこはごめんなさいね

2017-06-04

ITmediaのDX超合金魂コン・バトラーV記事コレジャナイ

http://www.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/1706/04/news013.html

この記事微妙だってことはブコメで散々指摘されてるけど、面倒なオタだから面倒なツッコミ入れるね。

1.「コン・バトラーV企画当初から立体化を前提にした初めてのロボットアニメ」だったのか

確かに『コン・バトラーV』は東映企画段階からポピー(現:バンダイ)にデザインを依頼している。

でも本当に「今では当たり前のビジネスモデルを取り入れた最初の事例」なの?

企画段階でやはりポピー(というか村上天皇)が参加していた『勇者ライディーン』の方が先でしょ?

ライディーン場合デザインがそのままアニメに反映されてないからというなら、『ボルテスⅤ』に最初を譲らなきゃならない。

とにかくコン・バトラーV最初ではない。

2.なんでリメイク玩具の紹介がGA-54なの?

記事の真ん中くらい、当時のポピニカの下に1982年発売の超合金の紹介がある。

1982年超合金として発売された「GA-54 コン・バトラーV」。頭部・胴体・脚部の3ブロックに分割できる簡易的な合体システムでした

うん。GAナンバー80年代に発売って無いだろ。その超合金1976年の放映当時に発売された事実上廉価版(ポピニカがDX相当だった)。

まあこれ調べたらこ記事ベースにしたであろうバンナムプレスリリースが間違ってたんだけどさ。

http://www.bandainamco.co.jp/files/E38090HPE38091E8B5A4E5AD97E8A882E6ADA3_2017060120D.pdfPDFファイル

たぶん本当だったらポピニカ(最初玩具、1976)→DX超合金GB-55、1982)→超合金魂(GX-03、1999)→超合金魂(GX-50、2009)→DX超合金魂(今回のやつ、2017)っていう

玩具パワーアップ歴史表現するはずだったんだろうけど、GB-55と間違えてGA-54(1976)載せてるから、まったく成立していない。

そしてその間違いプレスリリースを元に記事書いたから、なぜかポピニカとDX超合金魂の間に廉価版がぽつんと置かれている謎記事が出来上がったと。

んでそのプレスリリースは2日にGA-54の発売時期を修正したらしい。まあGB-55の資料探してきて差し替えるのも大変だろうしな。

記事の方は……

2017年06月04日 06時00分 UPDATE

……まあプレスリリースミス修正を疑ったり確認したり、ましてやその意図まで考えてたら記事上がんねーだろうしな。

あとはプロポーションに対して「そこはかとないコレジャナイ感を味わ」えるような金持ちの子供がそんなにいるかよってのと、

そもそもテレビ通りの合体ギミック革新的だった玩具プロポーションコレジャナイ云々言うかよってのもあるけどまあいいか

この男玩におけるプロポーションギミックトレードオフ問題ツッコミ始めると泥沼の戦争になるから、いいことにしておく。

個人的にはポピニカ版に問題があるとすれば体型よりもゴムバンドじゃないかと思いました。唇は闇すぎるからこれも問題にしない。

2017-05-21

BLAME!劇場版を見てきた

公開日5/20(土)に見てきましたよ。

全体的な感想としては「まあ、こんなもんでしょう」。(面倒なオタク特有の、上から目線。)

いや、こっちの問題なので、映画は悪くないです。

ビジュアル面は、仕方ないんです。

原作を初めて見たのが「アフタヌーン」誌連載の見開きページで、見た瞬間に脳を焼かれてしまって(ちなみに 内山英明 の写真を見たときも似た衝撃を受けました)。

もう何度も読み返して、脳内でグッツグツに煮えているわけなので。公式映像化というとどうしても期待が膨らんで、好きなシーンがいくつも脳内にフラッシュバックしてくるので、何を見ても物足りなく感じてしまう。マーベル・シネマティック・ユニバース作品並みの予算を投入しても満足できるかどうか。

アクションや、アニメーション(物の動き)に関しても、まあ。

これも脳が煮えてるので。

原作みてて思うのが、絵にモーションブラーをあまりつけてないので、躍動感というか「動いている感」はあまりないんですけど、どんな動きをイメージしているかは伝わってくる。そして、その動きはめちゃくちゃカッコいい。キャラクターアクションだけでなく、建築物や装置の動きも好きです(東亜重工入り口とか)。格闘描写は「ABARA」でも切り拓いているなあと思いました。

あ、霧亥とサナカンの格闘シーンはよかったです。

原作から削られた要素については、単発の劇場作品だから無理ないなと思いました。珪素生物はセーフガードと区別がつかないし、臨時セーフガードも人間と区別つかないし。

唯一文句を言いたいのが、メガストラクチャーが登場しなかったこと。作品の建築物描写における超重要ギミックじゃないですか。これによって、そのへんのビルがどこまでも積みあがっているわけじゃないんだな、ってのがわかる。

重力子放射線射出装置メガストラクチャーに穴を開けて新天地に行く、という名シーンは映像化して欲しかったですね。射出装置がただの強い銃程度のものになっていたのが残念。

劇場に行く前にインタビュー( https://akiba-souken.com/article/30072/ )読んだんですが、感情移入しやすいドラマを入れようってのはなるほどなあと思いました。原作みたいな突き放したつくりにすると、私みたいな性癖の者には刺さりますが、それだけでは売り上げはアレですからね。大勢の人に刺さる普遍的要素を入れるのは良いことでしょう。

でも、なんか、つまらない実写ドラマみたいな出来だなと思いました。面白い人間ドラマを作る難易度って、面白いアクション映画を作るとか、面白い恋愛モノを作るとか、面白い巨大建築物徘徊マンガを作るとかってのと、大差ないと思います。

あと、説明してくれるのはいいんですけど(私も「ABARA」のラスト意味不明でしたから)、視聴者の知性を信頼してないところが、なんか、つまらない実写ドラマみたいだなと思いました。“ながら見”されること前提で作ったテレビドラマじゃないだからもっと信頼してくれてもいいのになあって。特に微妙に思ったのが、自動工場にいくまでの背景の建物が、前のシーンのおやっさんのクソ長い説明台詞のときに写っていたやつそのままだったというとこ。

まあ、これで楽しめるって人が多くて、売り上げが上がるっていうなら、いいんですけどね別に。(面倒なオタク特有の、選民思想。)

私が原作で一番ドラマを感じたのは、臨時セーフガードと珪素生物の確執でした。結局パーソナリティは人間と同じなんで、出しても平気だったと思いますけどね。まあ前述のとおり単発の劇場作品では難しいのでしょう。「あのセーフガードが味方に」って意外性は連載を積み上げていたからこそだったし。

セルルック3DCGはとてもよい感じでした。

あのキャラクターたちが動いてる喋ってる、というのは嬉しいものですが、やはり違和感もありますね。

違和感つっても、映像版のデザインはそうなんだから、映像版においてはそれが本来の姿なわけで、文句を言う筋合いではありませんが。

まあ、私が原作を見てイメージしていたのはこんな感じだった、という話がしたいだけです。

霧亥は、妙に顔が太いなあって思いました。「BIOMEGA」の庚造一のような太さではなく、アゴはシュっとしているのに、なんか太い。原作もっと細いイメージでした。あとイメージよりずいぶん声が低くて喋るのが遅い。

シボは、すげえ高飛車になってました。顔や髪の描写はとてもよかったのですが、服と靴のデザインがそれかいって感じ。

サナカンは、全世界三億七千万人の 弐瓶勉 ファンが驚いたと思いますが、まさかアクセント付くのが「カ」だったとは。「サ」だとずっと思ってたのに。

電基漁師たちについては違和感がまったくなくて、モブとしてしか認識してなかったんだな、という感じ。髪やその装飾の描写がよかった。

捨造は、宮野真守の声してんだからもっと活躍せえやと感じました。電基漁師としては活躍していた方ですが。

づる の、最初の頬染とか、インナーチラ見せとか、そういうのいらねえなって感じでした(個人の感想です)。アレな深夜アニメ並みに突き詰めてくれればまだしも。

霧亥を踏みつけ銃口を突きつけるサナカンをローアングルから見上げるシーンとか最高だったので、そういうのをもっと個人の感想です)。

コンピュータ接続する際に無線が基本なのが、時代にあわせてアップデートしてきたなと思いました。原作ではは有線が基本でしたね。

視線に写る文字などのCG、映画では普通にCGで描写していましたが、思えば原作においてはCGを手描きで描写するというのがいい味出してました。原作が当時されていた当時は特にパソコンスペック向上が激しかったのでうっかりCGを導入すると陳腐化が早かったろうと思います。こういう描写で、手書きフォントみたいな、あえてガタつくような表現をしたら面白いかもしれません。

妄想キャスティング

 霧亥 浅沼晋太郎

 シボ 瀬戸麻沙美

 サナカン 花澤香菜 (あまり低くせず大人っぽくしたときの声がハマる気がする)

 メイヴ 悠木碧

 イヴィ 羽多野渉

 メンサーブ 茅野愛衣

 セウ 宮野真守

 ドモチェフスキー 中村悠一

 イコ 山下大輝

 ダフィネ 斎賀みつき

 プセル 早見沙織

 スチフ 細谷佳正

 ナギナタの人 種﨑敦美 (このイラストの手前に座っている珪素生物です https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=25548289 )

「ブラム学園」が映像化されるとよいですね。

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2017年5月23日火曜日 追記)

5/22(月)に二回目いってきましたよ。

初回は自分の中のイメージとのコンフリクトから「あれが無いこれが無い」を意識してしまいましたが、こんどはちゃんと「劇中にあるもの」だけに集中して見れた気がします。

スゲーよかった。

建築物の描写とか環境音とか。ずっと浸っていたい雰囲気。人間ドラマちょっと脇に置いて、世界観を楽しむ感じですね(って原作と同じやないかい)。

建築物の、特に質感(テクスチャー)がよいですね。原作よりもリッチ表現。今後原作を読むときは映像版のイメージ逆輸入すると、また一段と脳が煮えてきますね。

 

本編終了とエンディングテーマの間に流れたパートキャラクターの静止した3Dモデルがアップになり、カメラだけが動くやつ。

似たようなのが「パシフィック・リム」でもありましたね。あれを意識したのでしょうか。

サンダーバード」のエンディングにも似てるような気がしますが。

 

メカ描写では、電基漁師スーツの背中とグローブデザインがいいですね。強化外骨格という感じで。

 

一度目の鑑賞で気になって、二度目の鑑賞で深まった懸念があるのですが。

原作を知らない方は、建物が水平方向にも垂直方向にもどこまでも続いていて、「外」があるのかわからない、ってことを理解できたのでしょうか。

一見さんにもわかりやすくしたいってことで、ある面では手厚い説明がありましたが、この点については説明が足りてないように思われます。

なんだか、外があるっぽい気がしたんですよね。集落入口の谷とか、ビルの屋上と天井の挟まれた横に開けている場所(ポスターにも使われている)とか、遠くから光が差し込んできていますが、あれ自然光っぽくないですか? シボが塊都を回想シーンひとつでも、アトリウムみたいだと感じました。

映画の最初の方で「都市はどこまで続いているのだろう?」のようなセリフがあり、最後の最後で「無限に続く都市……」というセリフがありましたが、これ、都市が増殖しているのは水平方向だと思われてませんかね。地表を覆い尽くす、みたいな感じで。

都市の高さは「ブレードランナー」や「フィフスエレメント」くらいだと思われるんじゃないかなって。あと、開けた空間にも天井があるのも、「FF7」のミッドガルのようなものだと思われてないかと。

霧亥の「六千階層下からきた」ってセリフがあり、下に関する言及はありますが、上に関する説明がない。舞台となっているのは地表付近で、地底深くからやってきた、という解釈も普通にできますよね。

つか、私も不安になってくるんですよ。ひょっとして原作から改変してて、あれは実際に自然光なんじゃないか、この世界には普通に空があるんじゃないかって。原作通りだと閉塞感で不快になる人がいるかもしれないから避けたのかなって。

原作だと、霧亥が登っても登っても建物が続いていて、「うおー、この世界は何なんだー、上はどうなっているんだー、気になるー」ってなって、霧亥の探索から目が離せないわけです。終盤では木星サイズ距離が提示されたりして、少なくとも惑星よりもデカいんだなってわかる。でも映画だと舞台が固定されているうえに説明が無いので、普通に地球が舞台でミッドガルのようなものの中に住んでて、そこから外に出ないまま終わっちまった、みたいに思われてないか不安になりました。原作の壮大な世界観スポイルされてないかと気になります。

 

あと、原作を知らない人が、ネット端末遺伝子ネットスフィアに関してどう思ったかも気になります。

原作においては、マクガフィンのようなものでしたよね。登場人物の行動原理に芯を通し、「結局こいつら何がしたいの?」って支離滅裂にならないようにするもので。きっと見つからないまま終わるんだろうなあ、と覚悟していました。(実際に、まあ、ねえ。)

単発映画というところに重点を置くと、ネットスフィア接続するために端末遺伝子を探している、ってのは、「天空の城ラピュタ」における、ラピュタに行くために飛行石を探している、みたいなもんじゃないすか。そう考えると、劇中に飛行石もラピュタも出てこないまま終わったようなもんじゃないすか。

たとえば現代が舞台で「政府の重要書類」だの「世界最大のダイヤモンド」とかのありきたりなものだったら、はいはいマクガフィンねとわかりやすいものですが、違う世界が舞台で作品オリジナル造語なわけですからクライマックスバーンと出てくるのかな、って期待してもおかしくはないでしょう。

原作への「引き」になるといえばなるような気もしますが、それがきっかけで原作にきても、マクガフィンですからね。

大丈夫なんですかね。

まあ、私のような原作既読の頭の煮えたファンが考えても詮無きことではあります。

 

結局ネガティブな話になってまいりましたが。

 

二回目の鑑賞でも電基漁師はやっぱり、なんか、微妙でした。

パワードスーツで増強した筋力にモノを言わせて都市をパルクールで駆け回り、セーフガード監視をかいくぐりながら強かに生き延びてきたテクノ遊牧民の末裔——とは思えないほど、どんくさい

ヅルは新人だからまだしも、捨造とかおやっさんとかはベテランでしょうからもっとプロっぽくキメて欲しかったですね。原作なら所詮モブなので、どんくさい方が「霧亥カッケー」ってなって好都合なんですけど。

なんで棒立ちでのんびり喋っているかなあ、って思うことがしばしばありました。声優の演技は素晴らしいのですが、テンポが悪いというか間延びしているというか。

プレスコの仕方が悪かったんじゃないかなあという気がしないでもないです。

いや、アニメ制作プロに対して私が言うのもおこがましいんですが、劇場舞台挨拶の記事 http://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1495262889 なんかには「キャラクターの行動が伴うようなシーンはその場でディスカッションをしながら演じていた」「今回全く絵が無くて、あるのはト書きくらいなもんです」「セットが無い状態の舞台演劇をしている感じだった」とありまして。

たとえば、即興で作詞作曲して歌うとか、即興で会話を考えて劇をするとか、すごいスローになるじゃないすか、探り探りになって。本作もそんな感じだからモタついているように感じるのかなあ、と。

全員が原作読んでてグツグツに脳が煮えていればまた違ったでしょうけど、そんなことあり得ませんし。

原作の読み合わせも無かったようですし(そんな長時間拘束するような浪費的な契約は普通しなさそう)。

 

会話の内容で、ちょくちょく引っかかるところもありました。

シボが自動工場がどこにあるか言ったとき、その地域について何も把握してないようなリアクションだったのに、入口についてみると「この場所から帰ってきた者はいない」って言ってて、“おまえら知ってるんかーい”ってなりました。(話は逸れますが、自動工場といえば、新しい武器とか作って電基漁師がパワーアップとかするとわかりやすく燃えたかもしれませんね。「メトロイド」で新しい武器やスーツの強化パーツを手に入れるみたいな。原作でも倉庫から武器をとっていくシーンがありました。)

それと、自動工場にて、別行動していた仲間と合流した際に「彼女はどうした」「駆除系に潰された」のような会話があったのに、行ってみると当の彼女が腕を怪我した程度で座り込んでいて、でも誰も不審に思わなくて“え、おまえ潰されたとこ見たんだろ? だったら疑問を口にするんじゃない? それとも襲われたときすぐさま見捨てて逃げたの? おまえが彼女のことが好きだっていう感じの描写があったし、だから一緒に行動してたんじゃないの? 見捨てたのを悔んだりしないの? 別のやつも誰も気にしないの?”ってなりました。

 

人間ドラマ面で一番ひっかかるのが、死に対するリアクションでした。

あるキャラが死んだ後のヅルのノーリアクションっぷりはどうなのかと。

それだけでなく、冒頭で三人やられたことについても。人口が200にも満たないような小さな集落で、自分たち以外の人間に会う事ができないような寂しい世界で生きていて、同世代の仲間が死んでいったのに、それか、って。

声高に泣き叫べばいいってもんじゃないですけど、なんだかなあ、と。

ヅルに限らず、死んでいった者に対する思い入れがまるで無いように見えました。誰も死んだ者の名前を呼びません。何人やられた、っていうふうに、数しか言いません。

現代日本に比べて死が身近な世界からそうなってるのかもしれませんが、だったら結局は感情移入を拒むようなキャラクター造形だなあと。

悪い意味感情移入できる気がしました。視聴者的には特に思い入れも無いモブキャラが死んだくらいのテンションなわけですが、劇中の人物のテンションもそれくらいっていう。

 

ところで、原作だと電基漁師は死んだ人間の人格保存とかやってまして。

あれはグレゴリイ・ベンフォード小説「大いなる天上の河」が元ネタです。死んだ人間の人格チップに移して人工知能みたいな状態にできて、個人でチップを携行し、先祖たちと頭の中で会話をすることができます。

「大いなる天上の河」の他にも「銀河の中心」シリーズとしていくつか作品がありますが、「BLAME!」に劣らず暗い話で、宇宙からきた機械文明と人類が絶望的な抗争を繰り広げます。地球を飛び出し銀河の中心付近に進出した人類は、かつては巨大な宇宙コロニーを築いて機械文明と闘っていましたが、やがて敗北し、惑星上へと縮こまり、さらには惑星上の要塞も破壊されて流浪の民となり、機械文明の物資を略奪して生きる存在となった、という感じです。原作者が影響を受けた作品として明言しており、インタビュー http://kai-you.net/article/41199 などでも言及されています。

原作の電基漁師はけっこうサイバーパンクですが、映画では捨造が「機械と繋がるなんて嫌だね」と言ったりしていて、普通の人間像に寄せてきたなあと感じました。

 

ついでにもう一つ海外作品を紹介。「BLAME!から影響を受けたPCゲーム「NaissanceE」。

http://www.naissancee.com/

http://store.steampowered.com/app/265690/NaissanceE/

 

一回目の鑑賞よりもポジティブなこと書こうと思ったのですが、ネガティブ話題も多くなりましたので、最後は気楽な萌え語りで〆たいと思います。

 

二度目の鑑賞だと、改めて、霧亥、シボ、サナカンの演技が素晴らしかったです。

霧亥とシボが階段で別れるシーンはグっときました。

シボといえば、ヅルから霧亥を奪っていくシーンがラブコメの波動を感じてよかったです(語弊があります)。入室してくるシボの、あのドヤ顔花澤香菜の見下し声とあいまって最高ですね。

サナカンは、なぜか初回では気にならなかったのですが、すごい顔変わってますね。原作既読映画について知らない人に「プセルだよ」って言ったら信じるかも。額のセーフガードマークが髪で隠れてましたが、見えていたほうがよいかもと思いました。

顔といえば、駆除系の顔。原作より下膨れって感じで、ちょっとダサい気がしました。能面をフィーチャーしたのかも?

 

ところで http://www.ota-suke.jp/news/192644 によると早見沙織曰く「サナカンは、霧亥とは拳で語り合ってるんです。きっとですが、わりと無口な人って、モノローグでいっぱい考えてるんだと思いました」だそうで、私はセーフガード映画ターミネーター」のT-800のような存在であり、原作終盤はともかく、映画では原作初期の立ち位置なんだから、拳で語り合うとかいうのは解釈違いに収まらない明確な誤りなんじゃないか、スタッフはこういう基礎的なところも伝えずにプレスコやらせたのか、だからグダグダになったんだ、とか思っていましたが、考えているうちに映画版ではこの解釈が正しい気がしてきました。キャラデザカワイイ寄りのチューニングされてますし、表情豊かですしね。

ラム学園が映像化されて、「早見沙織のふり〜すたいる」のジングルみたいなやつをたくさんやってくれるといいですね。

 

それにしても、連載開始から20年の時を経た今になって、こんなに多くの人が同時期に「BLAME!」について見たり聞いたり語ったりするというのは、夢のようです。

2017-05-18

[]5月17日

○朝食:ヨーグルト

○昼食:おにぎり三つ(味ご飯が二つ、昆布が一つ)、からあげ

○夕食:ご飯、減塩野菜たっぷり味噌汁フリーズドライ)、納豆二つ、チキン南蛮、4種の香味野菜大根サラダ

調子

はややー。

仕事ちょっとミスってしまった。

とある状態意味する数値が本来は「4」なのに「0」と勘違いしてしまっていた。

ただ、確かに僕も間違えたけど、レビューした人も、会話聞いてた人も、全員間違えてたんだから、僕はそんなに悪くない。

悪くないが、それでもちょっと落ち込む。

はいえ、お客さんの手元に届く前には気づけたので良しとしよう、こういうのを見つけてこそテストなわけだし。

Xbox360

○SINE MORA

シューティング

積みゲーなにかしようと思い、なんとなくプレイ

横や縦を問わずシューティングは苦手なジャンルなので、大苦戦。

このゲーム被弾システムが独特なので3面のマップギミックでつまづくまではノーコンテニュで進めれたんだけど、

4面からが本番なのか、もうめちゃくちゃ難しい。

被弾するとすぐ死ぬわけじゃなくて、制限時間が減るという仕組みみたいで、最低難易度の序盤ならかなりゴリ押しできる感じ。

だったんだけど、4面からはどうもそうはいかなくて、敵は強いし、自分武器は強化できないし、

なにより背景が綺麗すぎる。

背景が綺麗すぎるせいで、避けなきゃいけない敵なのか、ただの背景なのかが、瞬間的によくわからない。

ゲーム部分は不満タラタラなんだけど、

スチームパンク獣人って世界観でどうもタイムリープ的なストーリーが展開されるのが非常に気になる。

気になるんだけど、今やってる最低難易度でも悲鳴をあげるぐらい難しくて、真のエンディングはもう一つ上の難易度じゃないと解放されないらしい。

うーむ、気になる、気になるが苦難の道のような気がして来たぜ。

3DS

ポケとる

ルガルガン(おひる)を捕獲

アシレーヌレベル14まで進めて、ついでに捕獲

イベントをこなした。

iPhone

コマスター

ログボのみ。

2017-05-17

グラビティダゼ2の猫CM

なんかいろいろ広告賞とかもらってるってことで、見た

初見だとすごいなと思ったけど、メイキング見た後だと、所詮ゆっくり回転する程度のギミックによって起こってることばっかでいまいちだなと思った

重力?引力?の向きが変わってるだけでさ

そういや重力の強さも精神ときのへやみたいにかわれば面白いのにぐらびてぃなんちゃらでは方向がかわるだけなのかな?

製品自体のれびゅー みたら微妙酷評多くてワロタwwww

2017-05-16

艦これに疲労度が必要ない理由

当初は「人間的」や「キャラクターを気遣ってる」などで賞賛された艦これの疲労度システムだが、既に無用の長物となっている。

時代がそうしたとも言えるが、それ以上に運営がそういう方向にしたと言えるだろう。

 

 

疲労度とはそもそもなんだったのか

状態異常というのが実態に近い。連続で出撃(MVP旗艦などでもなければ3回程度の出撃が限度なのを連続と言えはしないが)することで、短くても5分は待機させなければ攻撃回避などにマイナス補正がかかるようになる。このマイナス補正の大きさは凄まじく、普段からただでさえ深海棲艦よりやる気を見せない艦娘がよりサボるようになる。逆にキラキラ状態にしてもお祈り程度のバフしかからないのとは雲泥の差だ。

このシステムがあることで、ゲームとしてはプレイヤー拘束時間を増やしアクティブユーザーを水増しすることができる。キャラクター性などの理由もあるにせよ、実態アクティブユーザー増いう運営の実績のためのシステムにすぎない。

 

 

時間稼ぎをする必要はもうない

当初はゲーム自体で曲がりなりにも相応の実績を出さなければならなかったが、今やその必要はないほどの規模に艦これは成長した。

アーケード版はSEGAアケ部門に巨大な利益をもたらし、アニメアンソロなどのメディアミックスは角川にそれなりの収益をもたらしている。同人誌では未だ巨大ジャンルとして君臨している。DMMの中でも艦これほどの売上のゲームはそうそうないだろう。

アクティブユーザーは多いに越したことはないが、稼ぐというような言葉を使うほどの必要性は無いだろう。もちろんコンテンツの成長には常に稼ぐ意識を持たなければならないが、むしろそのためにも疲労度を始めとする様々な艦これの「売り」だった要素を改善していかなければならない。

 

 

時は金なり

結論から言えばユーザーにはかつてのように 金<時間 というやり方を絶賛する程の余裕は無い。忙しい毎日の中で放置できない一つの戦闘に加えて疲労度の回復待機時間まで捻出させるような余裕は無いということだ。

具体的に言えば、まずプレイヤー環境変化がある。4周年を迎えた艦これだが、多くのプレイヤー最初一年で入ってきているだろう。そこから数えても3年だが、この3年という数字大学生なら就活に忙しくなり、高校生なら受験真っ只中、社会人なら新人から脱して業務学習に忙しくなる頃合いだ。始めた当時は時間で遊べることを絶賛していた層も、肝心の時間が捻出できなくなる頃合いで、その影響力は無視できるものではないだろう。

次に、競合する他のゲームの台頭だ。これは戦艦少女意味せず、もっと幅広くソシャゲ単位で言えるものだ。グラブルFGOといった巨人は言うに及ばない。艦これはその独自性があるものの、金と時間の奪い合いとなっている昨今のソシャゲ事情オリジナリティだけで安定してパイを貰えるなどということは無い。他のソシャゲイベント時間が取られることに変わりはないが、艦これのそれよりは短時間で済む。古戦場艦これイベント海域を同数回すことになったとして、どっちがより時間がかかるかは明白だ。

最後に、運営時間強制的な消費に拍車をかけた。今行われている春イベントは中規模の枠と運営は騙るが、実際には様々なギミックやゲージにより見せかけのステージ数の1.5倍はあるボリュームだ。先述のように艦これは一回一回の戦闘放置できずまた時間がかかるということも踏まえれば、消費しなければならない時間は莫大なものとなるだろう。特に今回は多数の新しい艦娘ドロップ目当ての周回もあり、益々時間的余裕の無いもの門前払いとなってしまっている。

 

 

ゴリ押しをすれば良いというのは通用しない

勘違いした高難易度を良しとする風潮に後押しされて良いものとされているが、課金アイテムによるゴリ押し意味として微々たるものであるというのは、はっきり言って悪である女神ガン積みをしてもゲージ破壊の段階で旗艦を潰せなければ意味はなく、乱数のご機嫌次第という事情に変わりはない。それに運が良かったとしてもイベントに多数の時間を割かなければならないことに変わりはない。

 

 

難易度を下げれば良いという上から目線

甲乙丙の難易度で確かに丙を選べば攻略はより簡単になる。しかあくまでそれは攻略に伴う道中撤退などの危険性が少なくなるというだけで、何度も言うようにイベント全体で時間をかけなければならないことに変わりはない。おまけに新しい艦娘の掘りまで考えれば、一概に丙で攻略せよというのも難しい話だ。そこを諦めてイベント攻略だけをすれば良いと反論するならば、その論者は艦隊「これくしょん」の文字を読めないか艦これ批判ならなんでも噛み付く迷惑自己クレーマーであろう。

 

 

運営方針を転換すべき時

時間をかければ金の分を補えるという方向性は筆者も否定しない。

しかし同時に、艦これ運営はそれを信条としすぎて今や金の有無に関わらず時間をかけさせることが正義だと思っている節がある。

かつてならばそれで衰退した所で一つのサービスが終了するだけだったが、今や様々な企業が絡んでいる複合コンテンツとなっている以上、艦これ自身が己のサービス時代に合わせて変化し、プレイヤーに受け入れられるよう努めなければならない。繰り返すが、既に多数の企業が絡んでいる以上、その利益艦これ運営だけで消して良いものではなくなってしまった。

今、多くのプレイヤーに望まれていることは、如何にして短時間で遊べるかどうかに尽きるだろう。艦これに限らず、様々なサービスが即時性・即応性を求められている。

Flashベース艦これ自体限界が来ているというのは事実で、艦これ2.0とでも言うべき次世代型に移行するのがもっとも手っ取り早いとは思う。システム面だけでなく、アイディア面といった所でも限界は来ていると思うが、

まず艦これ運営が変わるべき第一の点として、プレイ時間短縮に向けた様々な、プレイヤーの実情に合わせた方針転換が成されるべきだ。そうでなければ、例えこのまま艦これ2.0が実現したとしても、頭脳が変わらぬやり方ではちょうどよい引退区切りしかならないからだ。

その一端として、題名のようにまずは周回を前提としたイベントづくりをする癖に、周回にとって邪魔しかない疲労度なるアクティブ稼ぎの古い施策を止めることだ。

もちろん疲労度を止めればこの運営、より周回を前提とした悪辣なマイナスアップデートに出てくるかもしれないが、それを行うのであれば、もはや運営は周辺事情が見えていない、クリエイティブに求められる最新情報を取り入れることも出来ない愚鈍さを見せつけるだけとなるだろう。

2017-05-08

絶対無敵ライジンオー

アマゾンプライムビデオにあったから懐かしくて見てるけど

改めてみると教室変形のギミックとか細かいところまで描写されてていいね

まず地下に降下していった教室を油圧ダンパーみたいなのがガショーン!って受け止めるとことか

2017-04-25

鉄血のオルフェンズおもちゃ販促アニメとしてどうなのか

鉄血のオルフェンズおもちゃ販促アニメとしてどうなのかという意見を見た。これについて思ったことを書く。

まずプラモというおもちゃがどんどんギミックを廃してディスプレイ(つまり遊ぶものではなく飾るもの)に特化していっており、ガンプラも同様の流れの中にあることはおおむね同意してもらえると思う。

今のガンプラギミックというと、ハイグレード(名前に反し事実上スタンダードグレード)だと、もう各部関節可動くらいしか無くなっている。別に批判したいわけではなく、これは強度的にも、コスト的にも、組み立て難易度的にも当然のことだ。

まりガンプラの遊びの幅というのは、基本的には一度組み立ててしまったら、あとはポーズを取らせて飾ることくらいしか無いのだ。

組み立て部分はアニメ領分ではない。アニメ提供できるのは、飾るときモチーフになるシーンだ。

からアニメに登場するガンダム(=ガンプラ)は見た目のキャッチーさと、劇中でどれだけ派手なバトルシーンを演じられるか、どれだけ印象的なポーズをとれるかが鍵になる。格納庫で鎮座しているだけではいけないのだ。

その点を見ると、鉄血のオルフェンズの2期は確かに足りない部分が多かった。バルバトス以外の活躍と見た目のキャラ性だ。

第1期から登場しているガンダムは更なる改装でシルエットを極端に変えないと「これもう持ってる」と思われがちだ。その違いをアピールできるシーンがバルバトスには山程あった。しかグシオンリベイクフルシティにはどれほどあったのか?

そもそもその存在アピールできるような活躍ヴィダールとキマリヴィダールにどれほどあったのか?

バエルはあの象徴的な降臨こそあるが、あとは落ちてっただけだし、あの回はバエル降臨直前のバルバトスの振り向きが一番かっこよくて他が霞んだ。俺あの振り向きのカット大好き。

フラウロスも数少ない活躍シーンにミソがついている(ダイスレイヴ使用→アヤつけられて兄貴死亡と死に際の狙撃失敗)。

から鉄血のオルフェンズ微妙という言い方もできるだろう。

だろうけど。

結局ガンプラを買うのはおっさんを中心としたガノタであり、そういう人らはたいてい未だに泥臭戦争厳しい現実量産機硝煙の臭いダグラムボトムズリアルボアニメを心のどこかで求めていて、そこへモビルワーカーなんて棺桶に乗ってた少年兵達がPMC興して、ヒューマンデブリなんて悲惨存在がいて、量産機がいっぱい出てきて、量産機のカスタム機も敵味方両陣営複数機あって、実弾兵器と格闘戦中心でゲロビームどかーん勝利!無しの戦闘を描いたガンダムに出てこられたら、もう大興奮でキット買っちゃうんですね。これが本音

あれだけボロクソに叩かれたAGEですらおっさんが旧式機で頑張るとか、エリート向け少数量産機とか、量産機の個人カスタムとか、部分部分で刺さって付き合った連中を相手するということを考えなきゃいけない。

から鉄血のオルフェンズ企画それ自体ガンプラ販促アニメとして大正解なんです。

2017-04-22

http://anond.hatelabo.jp/20170420024846

なんか追記を見ても日本語理解してない感があるが……

皆が言ってるのは攻略情報無関係な難しさのロンダルキア台地地獄だけど、攻略情報皆無で特攻するロンダルキア洞窟も同じくらい地獄だったということ。

あとから情報ありで遊んだ人間が「理不尽難易度台地に比べりゃ楽じゃん」と感じるのは当たり前で、話が盛られてるんじゃなくて当時の体験としては本当の難所だったってこと。

それと大半の人間が語る『ロンダルキア洞窟』の難しさは台地に出てから安全地帯の祠までの道のりも込みなんだよ。

「あそこは洞窟じゃないじゃん!」とか言っても無駄、洞くつ入り口からセーブポイントパスワードだけど)まで踏破して一区切りでありセットなの。家に帰るまでが遠足ってヤツ。

さらに「ドラゴンに気をつければいいだけ」って発言から洞窟攻略必要レベルを満たしてるのがわかる。ここが当時のユーザーと大違い。

当時の子供たちがロンダルキア洞窟にたどり着くのはもっとレベルで、洞窟内のザコ敵にさえ苦戦するのが常だった。

先人がレベルが足りずギミックに苦しめられ数日から数週間かけてさまよい突破した難所に、レベリングを済ませ攻略本付きで挑むのだから印象に残らなくて当然だ。

同じ山でも、装備もなく霧の中を手探りで登らざるをえなかった人間と、快晴の日にロープウェイで登った人間では別の体験なんだよ。

もちろん当時遊んだ人でも「そんな難しくなかったよ」って人もいる。

洞窟に到着するまでに異常にレベルを上げてしまった人もいるし、なによりあの頃は超絶理不尽ゲームが当たり前だったので、レベル上げりゃなんとかなるDQは親切な部類だったから。

2017-04-12

ゴースト・イン・ザ・シェル

むっちゃよかった

誰だよ金かかってるだけとか言ってたヤツ

攻殻機動隊知らない人が見たらあれかもだが

 

攻殻っぽいギミックアクションだけ豪華にみせときゃいいんでしょ、みたいのとは全然違った

シナリオ押井神山から(アライズはみてないからわからない)いろんな要素とシーン持ってきて初見でもわかりやすいようなオリジナル加えてうまく料理してあるしテンポもよかった

少佐とバトー関係も見てて気持ちいい(ファックサインとかボートのやりとりとか)

あとバトーの犬とかコンピューターの丸いインターフェースとか細かいところもよくできてたし

ネオサイタマレベルのやりすぎネオン風景シャフトアニメみたいな謎建物空間の対比も面白かった

 

###残念だったところ

社長。アホなので出てくると画面がアホになる

▪武の滑舌

2017-03-15

[]psycho-pass(1期)/ガッチャマン クラウズ(1期)【ネタバレあり】

dアニメストアたまたまこの2作を続けて見たんだけども、両方めちゃ面白かったていうかこの2作は全然違うのに構図が似ていてビックリした

 

クラウズではギャラックスがみんなの善意スキル効率的結集運用して無秩序欲望に打ち勝ったけど、その人類勝利シーンは先にサイコパスを見ていたせいで結構不気味に感じた

ギャラックス世界をより良くアップデートしていったら最終的にシビュラシステム完成するよねこ

 

無秩序欲望人類の英知(システム)で抑え込んでより良い世界にしていきたいけど、世界が良くなったらなったでまた槙島みたいなのが出てきて「そんなのは家畜だ、野生に帰るんだ」とか言い出してぶっ壊しにかかるわけだ

どっちなんだよと

 

以下個別感想

サイコパス

序盤に出てきたあかねの家みたいな生活あこがれまくるんだけど、ああい総合生活支援ロボットみたいのいいよね

今後VRの発展で作られたりするんかな?

ほかにも現実攻殻機動隊中間くらいの微妙ライン近未来社会感は本当によかった(服の転送とかはオーバーテクノロジー感あったけど)

 

作中は猟奇犯罪者ばかり出てきてなかなかグロかったが、とにかく格闘シーンがかっこよかった。どみねーたは起動遅いし判定も遅いし無駄威力強いしで使いにくそ

あと影薄いけどドローン君たちは毎度大活躍だったな。ただの箱が喋りもせず走ってるだけなのにかわいいという不思議タチコマによる先入観

 

終盤、あかねシビュラに呼ばれたところであっこれまどマギ展開くると思ったよね

「私、すべての潜在犯を消し去りたい! 過去未来すべての潜在犯を! 叶えてよインキュベーター!」って言ってシビュラの一部とかになってシステム変革すると思ったよね?

そんなことはなく結構臭い終わり方になったけど現実あんなもんか

 

あとイケメン先輩(名前忘れた)がとっつあんと同じになっていくところはベタだけどグッとくる。手も潰れてたし義手にしたんだろうな

 

調べたら劇場版もあるんだな。見なきゃ

 

ガッチャマン クラウズ

1話スーツギミックがかっこよくて戦闘で魅せていくのかと思ったけどそんなことはなかった

戦闘あんまりしないが序盤からルイ君とギャラックスとか謎だらけの展開でどんどん引きまれ

 

はじめちゃんがちょーかわいいんだけど底知れなさが不気味で(もし仲間が死んでもへらへらしてそう感があった)、どこかで一度へこんだり落ち込んだりするとこ見せてくれないかな~とか思ってたけど、カッツェをデートに誘ったところでああこのキャラはこれでいいんだなと、このまま突き進んでくださいと

 

他のキャラもみんな個性的出ててよかった。隊長かわいいODの強さだけは言ってるのと違くない?って感じのしょぼさだったけど(カッツェの力と相殺されたんだろうか)

あと食べ物描写もいろいろよかった お弁当とか隊長おつまみとか

 

でもカッツェは絶対に許さないよ。好き放題煽ってたら巨乳女子高生がかまってくれてキスされて最後おっぱいの中に保護されるなんてあるわけないだろ。調子に乗ってたらブクマカ正論で煽られて憤死するとかの落ちでよかったんだよあんなの

 

まあ面白かったしいいや。さーて2期もみるっすよ~

2017-03-09

http://anond.hatelabo.jp/20170309140136

基本的にはこれまでの各種オープンワールドゲームを良く研究したうえで良いとこ取りをした総集編みたいな感じではありますね。

その上で、誰もが思いついたであろうが、調整やマップデザインゲーム進行上の都合で実現できなかったであろう「ほぼどこでも壁登り」をゲームメカニクスの前提としたうえで、マップデザインから、各種 POI の配置まで再構築し、しかも滅茶苦茶高いレベルでやりきっているところがエポックだなーと感じます

単にシステム的にどこでも登れるようにしただけでは、デバッグモードで遊んでるようなもので、攻略もクソもなくむしろ面白さを削いでしまう結果にすらなりかねないと思うんだけど、それを恐らく「300人での通しプレイ」を通じて、徹底的に磨き上げたんだろうなあ。

かつて時オカで、初めてエポナに乗ってハイラル平原を駆け回った時、ただ馬に乗って走り回っているだけなのに何でこんなに楽しく気持ちいいんだ!と感動したものだけど、今作では起伏に富んだフィールドをうろちょろしているだけでもなんかアスレチック的な楽しさがあって、意味もなくあっちを登っちゃこっちを登っちゃしたくなる。地形とのインタラクションレベル尋常じゃない。

マリオクリボーとかノコノコとか敵も出てきますが、実は8割くらいはあれ、地形とのインタラクションですよね。敵の存在は、そこに加わるスパイス的なものというか。やっぱりファミコン時代からそこを長年やっているという地力の部分が、出てるのかなあーと思います

(グラビティデイズとかも、重力を操ってどのようにでも動けるのって、システム的には目新しいんだけど、「新感覚レベルまりと言うか、ギミックまりというか、マリオ64に感じたような、動かしてるだけでなんかわからんけどとにかく楽しい!というところまで到達してなかったなー、って余談)

これを一回体験ちゃうと、例えば Fallout の移動とか、非常に平坦な "作業" で、なんてダルいんだと感じてしまうのではないだろうか。(いや、Fallout は好きですよ!)

今作を持ってアクションオープンワールドの水準は完全に一段上がってしまったので、これからこのジャンルのものを開発するデベロッパーは、かなりしんどいんじゃないかなあ。しかもそれが、単にシステム的に真似ればいいってものじゃないところがまた大変。がんばれがんばれー!

褒めるばかりではアレなので要望も書いておくと、ウチでは Switch 入手できなかったんで Wii U 版やってますが、セーブアカウントごとに1つってのがね、めんどくさい。俺もカミさん子供たちもみんなゼルダハマってるので、交代するときにイチイチ Wii U 本体アカウント切り替えまで戻るの、すごいダルいんですよ!

アカウント切り替え後にまたソフトを起動するのでロードが入って、コレの待ち時間がもう全くのムダ! 普通にセーブデータ複数作れるようにしてくれれば、タイトルに戻って自分セーブデータロードするだけで済むはずなのにさあ!

任天堂はわりと 3DS なんかでもセーブ1コだけってのが多い (ポケモンとかな) ので、この辺はホントどうにかして欲しいなと常々思っております

あと Switch 版と Wii U 版あるので、欲を言えばソニー的なクロスセーブ的な仕組みもあったら嬉しかったですね。いやまあ Switch 自体が据置であり携帯であるので、PS4/Vita のような役割分担にはならないんだけども、今もう Wii U 版で始めちゃってるので、あとで Switch 入手できても移行できないなーって。Wii USwitch への一方向引継ぎだけでもあったら嬉しかったなあ。まあ完全に個人的かつ贅沢な要望ですが。

ゲーミングノートPCというのを中古で買った

リスクもあるけどまあ使いつぶすこと考えたらいいかなって

現状がちょっとひどくてしんどいから、それよりスペック上がるなら問題なし

はじめてゲーミングノートなんて買うわ

わくわくする

この感覚小学生ときにいろんなギミックついてた筆箱を買う感覚に似ている

キーボードバックライトが地味にうれしいなあ

これまでは部屋の電気けしたらキーボードがうちづらくなるからなかなか電気消せなかった

んで電気つけっぱで寝オチするという

これまで10年近くバックライトなしのやつつかっててストレスたまってたけどようやく解放されるんだ

艦これ検証問題を振り返って

艦これ検証問題っていうのがあったなあとふと思い出して関係者Twitter見てみたんだけど、まだ細々と続いてるんだね。

私は最初の方追っかけてたけど、すぐに興味を失くしてしまった。DMMによって、検証部が実質的に「去勢」されて艦これ本体に影響力を及ぼせないということがわかったから。まあ艦これアーケード関連の詐欺とかあったけどアケ版提督じゃないからどうでもいいんだよね。

ちなみに私は観察部が嫌いだった。というのも、ごく初期の段階でデマを巻き散らしたからなんだけど。ある程度の情報通なら一蹴するようなお粗末なデマだったから、実害はなかったと思うんだけどさ。それでも、検証部側もお粗末なデマ(ギミック関連のアレ)を拡散して運営に対する批判を煽ってたことを踏まえると、デマデマをぶつけるようなやり方には心底がっかりした。

ただ、今はある種の「公正さ」に拘ることは間違いなのかもしれないと考えている。自分たち意思とは関係ないところで、目障りな人間たちを進んで潰してくれる存在というのは、ほとんどの人にとって、「あえて言うならば」有難い存在なのだうから自分たちが属するコミュニティにおいて、問題のある人たちを(やや過激な言い方だが)「排除」するのは、ほとんどの人にとっても利益になるだろうし。社会的制裁を加えるために、プライベートメッセージのやりとりや鍵垢のツイート晒したり、顔写真入りのコラの作成をしたりとか、汚れ役を進んで買って出てくれる人なんてそうそう居ない。

もちろん、これが「正しい」行為だとは思えない。ただ、積極的に止めるべきだとも思わない。現実的に考えて、何も接点がなく、しかも(少なくとも)ある程度の非がある相手擁護する道義的責任なんて、誰にもないのだからもっと重要問題は、たくさんある。

ちなみに今でも疑問に思ってるのは、検証部中枢メンバーはなぜ(少なくとも表では)沈黙を守ってるのか、ということ。検証部にガッツリ協力してたpixyくんとか、のいじの囲いだった国見くんとかみたいに、変わり身が早ければ幸せになれたかもしれないのにね。薄い本とか精○持っていってあげれば何も考えてなさそうな性事部くんとか暖かく受け止めてくれるんじゃないかな(適当)

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