「快感」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 快感とは

2017-06-26

(続)今、某声優ファンだけど「強火」になりたくない。

https://anond.hatelabo.jp/20170626100841

どうやら文章がなが過ぎたのか切れてしまったので、誰にも求められていないとしりつつも続きを載せておく。

↓↓↓

運による要素もとても多いのだが、つい「もしかしてちょっと頑張ればいける?」なんて思ってしまう情けなさ。

大人しくしておけばいいのに、後ろだって充分楽しいのに。

本気で毎回前を取ろうとしたらどうしたらいいのかはわかっているけれど、それをするためには費用も労力もかかりすぎるし、おそらくそれをしたところであの頃と同じ楽しみ方はできない。

そもそも、あの頃のように認知されてお気に入りファンになりたい訳では無いのだ。

これだけは自信を持って違うと言える。

私にとってそうなりたい対象は後にも先にもaさんだけだ。

それに、今応援している声優さんと私が楽しくお話ししている様子なんて全く想像もつかないし魅力もあまり感じない。

というか話すことがない。

ライオン赤ちゃんのような?

檻越しにみて「キャーかわいーー」と思ったり、抱っこして写真撮影をするくらいの触れ合いなら楽しいけれど、じゃあ毎日会いたい?毎食餌やりしたい?というか飼いたい?と聞かれたら答えは即答で「No」みたいな……

なんとなくそんな感じなんですけど伝わりますかねぇ……

あの頃のようにもっと必死な強火のファンになりたい!

そうは思うのだが、求めているものが当時と違うのだから同じ方法では私の欲求は満たされないのではなかろうか。

けれど、この前最前列でその声優さんを間近で見た時の興奮はあの頃いつも最前列で感じていたそれと全く同じ感じでドーパミンアドレナリンが出ていた気がする。

これはどういうことなんだろう。

どうしてこんなに苦しいのか。

私はただ、好きでいたいだけなのだ

その人の声を聞いているだけで幸せになれて、その人の出演作を追っていくとその度に新しい発見があるのが嬉しくて、

ラジオでみせる素のその人をうかがい知れる様子がとても微笑ましくて。

それだけで充分なはずなのに。

もう「強火」はこりごり。だって苦しいって知っているから。

ライトファンでいたい。

もう目立つことはしたくない。

他人を気にせず自分のペースで好きでいたい。

これは間違いなく私の本心である

けれど、必死で全力で追いかける事でしか味わえない感情がたまにフラッシュバックする。

あの快感中毒性でもあるんだろうか、

それが欲しくて仕方ないのも、また否定し難い事実なのだ

今、某声優ファンだけど「強火」になりたくない。

今日応援している声優さんがお誕生日を迎えられたので、初めてTwitterでリプを飛ばしてみた。

できるだけ目立たないよう、当たり障りのない言葉を選ぶのに一生懸命になっていたら30文字程度なのに10分もかかってしまった。

けど、送れた。緊張した。

沢山のリプが来ているから、きっと埋もれてしまうだろう。表示数の上限とかに引っかかって見れないかもしれない。

けど、それでいいと思う。

それでいい、という事にしたい。

私は、その声優さんに関してはライトファンでいたいと考えているからだ。

私がその声優さんファンになってから、まだ1年も経っていない。

中高生の頃はアニメをよく見ていたけれど、2次元は随分とご無沙汰だった。



その、2次元から離れていた期間の事を少し話そうと思う。

私はとあるジャンル所謂「追っかけ」をやっていた。

ジャンルはぼかすが、お笑い舞台アイドルバンドなどの「ステージを観に行く」系のものだと思ってほしい。

元々高校生の頃からそのジャンルファンではあったのだが、大学生の頃にとある人に興味を持ち、その人を目当てに見に行く回数が増えていった。

便宜上、その人をaさん、aさんが所属する団体をAとする。

Aの規模は決して大きくない。

「若手」とか「マイナー」とか「インディーズ」とか、そんな感じだと思ってほしい。

aさんと出会うまでは同じジャンルももっと規模の大きなところに通っていた私は、Aでカルチャーショックを受けることになる。

距離の近さだ。

さな会場だと、一番後ろでも表情がわかる。目が合う。

Twitterでリプを送ると反応が返ってくることがある。

出待ちイベントで直接話すことができる。

そしてそういう事を繰り返していくうちに、相手自分を覚えてもらえる。

自分存在相手に影響を与えているということがあんなに嬉しいとは知らなかった。

そして、そういった体験は私をどんどんaさんに夢中にさせていくことになった。

当時を振り返って、私がaさんという「沼」の深みにはまってしまった原因はなんだったんだろう?と最近考えることがあったのだけれど、決定打(致命傷というべきか)を与えたのは「チケット」かもしれない。

私は、チケットを取るのが上手かった。

Aは規模が小さいのでチケット完売することはまずない。

なのでいつ買っても良いのだが、同じ席種のチケットでも優劣があるのは良く知られている事だと思う。

まり、「より良い場所で見られるか否か」。

座席が決まっているものでも整理番号入場で自由席でも、基本的には先着順で良いチケットは無くなっていく。

そしてそれは運の要素ももちろんあるのだが、先着順で先頭になるテクニックというもの存在する。

決して特別なことではないのだが、私はそれをするのがどうも一般的な人よりは上手かったらしい。

Aの公演に通い始めてしばらくして、初めてチケットの発売日にチケ発をしたら最前列でみれるチケットが取れた。

本当に特別な事はしていないので驚くと共に、私は不安に襲われる。

どんなジャンルでもそうだと思うのだけれど、最前列は熱心なファン、「強火」なファンが多いものである

そんなファンの中に、まだにわかな私が入っていっていいものなのだろうか。

いじわるをされたりしないだろうか。

そんな不安は、当日公演を見たらすっ飛んでいってしまった。

遮るもののない視界。

手を伸ばせば届きそうな距離

しっかりと私宛と認識できるファンサービス

やっべちょうたのしい。

こうして私は、だんだんと公演を見に行く回数が増え、「前方で見ること」にこだわるようにもなっていったのだった。

それから1~2ヵ月経つ頃には、一般的に「追っかけ」というレベルになっていた。

公演には9割方行っていたし、その大半は前方数列以内で見ていた。

地方の公演にも行くようになった。

出待ちも毎回するようになった。

そうするうちに、aさんもAに所属する他の演者も私の事を覚えてくれて、お互い軽口を叩ける位の関係性になっていった。

そうなるともうやめられない。

結果として私は、1年間に70~80公演、イベントも含めると100回近く、それくらいのペースでaさんに会いに行くようになった。

どんなに時間や体力や懐が厳しくても、会いに行くことをやめられなかった。

その頃の生活についてもさらっと触れてみる。

1~3年目は大学生だったので、公演がない日は隙間なくバイトシフトを入れ、単位を落とさない程度に授業に出ていた。

キャリーバッグを持ってバイトに行き、終わり次第夜行バスに乗って地方公演に行ったり、

地方公演に行った後空港徹夜して、始発の飛行機で戻りそのまま大荷物大学に行ったりとなかなかアグレッシブだったと思う。

就活は一応した。就職を機に追っかけをやめようと思っていた。

しかし、結局就職先が決まらずにフリーターをしながら資格勉強をする道を選ぶことになる。

名前が書ければ入れるような大学ではなかったことと、その年の就活事情が「氷河期よりひどい」と言われるレベルだったことを一応言い訳させてほしい……首都圏大卒初任給額面15万(残業代出ない)の求人を蹴ったのは間違いではないと思うんだ……。勿論私が追っかけにかまけて就活を真面目にしていなかったことが一番の原因なのだけれど。

何となく察していらっしゃるかと思うが、フリーターになったことで追っかけはとてもしやすくなった。

よく働いた。そして給料は全てaさんのために。

2年後にようやく就職するまで、私は大学生の時以上に追っかけに精を出すことになってしまったのであった。

なお、資格は3ヶ月で諦めている。費用は全て自分持ちだったので勿体ないことをした。どうせならその費用を追っかけに使えばよかったと未だに思っている。

aさんの追っかけをしていたのは正味5年間くらいだと思うのだけれど、その内4年間くらいはずっと「強火」だったんじゃないだろうか。

さっき、「公演には9割方行っていたし、その大半は前方数列以内で見ていた。」と書いたが、前方数列以内では基本的に満足せず、最前列をいつも狙っていた。

理由は色々ある。

誰よりも近くで見たかったし、他のファンが目に入るのが嫌だった。

それに、最前列にいると「誰よりも近くにいる」という優越感も出てくる。

しかし、まあ、そうなってくると問題も色々起きてくる訳で。

Aでは、最前列で見ている面子ほぼほぼ固定されていた。

その面子の中にはもちろんaさんの他のファンもいる。

中にはAの他のファンと結託してチケットを取っている人たちもいたから、その戦争に打ち勝ち最前列を勝ち取るのは大変だったし、自力で良いチケットを取って最前列でみれたはいものの、他のファンから嫌がらせを受けて楽しめなかったりもした。

それでも、私はaさんを近くでみたかったし、元来勝ち気で負けず嫌い性格なので嫌がらせなんぞに屈する訳もない。

しろ火がついてより一層チケット取りに力を入れることになる。

テクニックで取れる先着順のチケットも、万全を期すために代行業者に頼んだりした。

抽選販売保険をかけて何口も申し込んだ。

手売りのチケットで順番がランダムになっていた時は30枚、50枚、100枚と良席が出るまで買い続けた。(流石に毎回は出来ないが。)

余ったチケットは定価か定価以下で譲りに出していたけど、譲り先が決まらなくて手元に結局残ってしまったことも少なくない。

今でも実家掃除するともぎられていないチケットの束が出てきたりするのはそのせいだ。

もう使えない意味の無いチケットなのに、なぜか捨てられない。

一応金券だからだろうか。いや、多分理由は違う気がする。

私が100枚買ってもチケット完売しないような状態だったから、きっとAにとっては良いお客さんだったろう。

おかげでAの演者たちから、私はそれなりに気に入られていたと感じている。

まあ、客だから悪く扱われないのは当たり前なのだけれど、他の「強火」のファンの中には割と問題児もいたりしたので「相対的に」ということだと思ってもらえればいい。

その問題児についても沢山書きたいことがあるのだが(なんせ面白い話が沢山あるのだ)、長い話になるため、まだ本題にも辿り着けていない今回は自重したい。

詐欺」と「下肢静脈瘤」と「亀によく似ている」いうキーワードだけ置いておくのでもし増田でいつかそんな記事を見かけたらその時は宜しくお願いします。

話を戻す。

私はaさんから、他のaさんファン比較して1番良い扱いを受けていたと思う。

相対的に見てまとも」

「他のファンと揉めない」

「毎回来てくれる」

チケットを沢山買ってくれる」

「気の利いた差し入れ(時に高価なもの)をくれる」

これなら気に入られるのは当たり前なんだけれども。

当時の私も、その事は理解していた。

理解していたからこそやめられなかった。

やめてしまえば、今の「特別扱い」は無くなるとわかっていたかである

私はそのポジションを守るために必死だったから、やってみて評判が良かったことは続けるようになってしまった。

チケットは、もう良いチケットを確保していてもまだ沢山残っていたら追加で買った。

差し入れは、たまにaさんだけではなく他のAの人にもさり気なく配って他の演者から評価も下げないように気をつけた。

他のaさんのファンとも積極的交流をもち、仲良くした。

出待ち自分が話す時間が無くなっても、他のaさんのファンの子を「話しに行っておいで」と送り出した。

全部、最初は打算なくやっていたこと。

たまたま、友人を誘う予定ができたから追加でチケットを買っただけ。

たまたま、お礼をしたいことがあったから他の人にも差し入れを渡しただけ。

私が他のaさんファンから嫌がらせを受けたことがあったから、私はaさんファンに優しくしてaさんファンを増やしたかっただけ。

でも、それに「ありがとう」と言われてしまうと、やめるのが怖くなり自分をどんどん追い詰めていくようになる。

それでも、自分特別だと思っていたし、自分が好きでやっている事だから何も気にならなかった。

けれど、

例えば、自分がどうしても譲れないと思っていた公演で最前列を取れなかった時。

例えば、自分はされたことのないファンサービスを他の人にしているのを見た時。

例えば、相手の機嫌が悪くて冷たくされた時。

_______辛かった。苦しかった。しんどかった。

Aの、aさんの熱心なファンが増えていくほど、そういう事は増えていった。

違うか。

私が、そういう事を前より気にするようになってしまっただけだ。

(だってAの客は5年間で殆ど増えなかったんだもの)(新顔が増えるのと同じくらい前からファンが離れていったから)

自分が強火になればなるほど、その火力は沢山の利益をもたらしたけど、それと同時に私の精神は焼け爛れていった。

幸いにも、5年間の間にAの他の演者ファンで、私と同じようなスタンス応援している信頼できる仲間ができて、その子達と相談したり協力しあっていたか孤独ではなかった。

これが辛いと愚痴を零せば「わかる、私もね……」と話をしてくれ、お互い慰め合い励ましあって。

1人でないことがどれだけ心強かったことか!

けれど、aさんはAで一番人気で一番ファン問題児が多くて一番気分屋だったから、他のみんなより私は苦労することが多かった。

事実はどうあれ、少なくとも私はそう思っていたので、その結果

「みんなはいいよね、私なんか……」

と思う事も一度や二度ではなかった。

その頃にはもう、お金を稼ぐ時間とaさんに会いに行く時間以外はなくなっていったし、稼いだお金はいくらつぎ込んでも足りなかったから、友人からの誘いも断ることばかり。

元々私は多趣味で他にやりたいことも沢山あったけどそんな余裕はどこにもなくて、私の世界はどんどん狭くなっていく。

そしてそうなればなるほど、「私にはaさんしかいない」という盲信は強くなる一方……

舞台の上のaさんをこれからもずっと見ていたい、応援していたい」

そう思って走り始めたはずだった。

それだけならそんなに苦しい道では無かったかもしれない。

けれど、道の途中で美味しい果物を見つけてしまって、気が付けばそれを探さずにはいられなくなってしまった。

道端に落ちていたりたまたま貰えたりすることもあったけれど、いざ探し求めるとその果物は高い木の上や険しい崖の上にあった。

手の届く所にあるものだけでは我慢できなくて、傷だらけになりながらそれを取りに行った。

同じaさんのファンを妬み、仲間を羨み、時にaさん本人すら呪い、正解も終わりもない「特別扱い」を求めて自分を追い詰めていった。



そんな日々の終わりは、意外とあっけないもので。

他のファンに、私が取った最前列の一番いい場所理不尽横取りされたというだけのことだったんだけど、そこで「あ、もういいや」となってしまった。

普段ならそれくらいのことで折れたりめげたりしないのにあの日はなんだったんだろう。

まあ、そんなこんなで私は頑張るのをやめた訳です。

徐々に公演に行く回数も減らして、就職をすることにした。

完全にファンをやめた訳ではなかったけれど、頑張らないというだけでとても気持ちは楽になった。

そうなると公演ものんびりと楽しめるようになる。

どういう訳だか、頑張っていた時のような興奮と感動を味わうことはなくなってしまったのだけれど、穏やかな気持ちでaさんを見られることは悪くなかった、と思う。

特別扱いは無くなるだろうと思っていたけれど、意外なことにそんな事はなかった。

たまに公演に顔を出せばいつもファンサービスをくれたし、たまに話す機会があっても今まで通り。

「そんな事をしても、もう前のようには頑張らないよ」

と言ったことがある。

しかし、そんなつもりはないと返ってきた。

それも含めて営業かもしれないが、私の5年間は一応何かしらの成果を出したのかも知れなかった。

そんなこんなで数ヶ月が過ぎた頃、aさんは突然Aをやめた。そのジャンルからいなくなり、普通の人になった。

最後の公演を観に行くことはなんとなくしなかった。その必要はないと思った。

そういえばその時、aさん宛にメッセージを集めたいとaさんファンの子に言われたけれど、それは断ったのを覚えている。断った理由は忘れてしまったけれど。

こうして、私とaさんの5年間は終わった。




随分と長い昔話になってしまったが、最初の話に戻ろう。

今私は、ある声優さんファンをしている。

去年、友人に勧められて見たアニメで好きになったキャラクターの声を担当していたのがその人だった。

その当時、中の人に興味がなかったので、本来であればそこで終わる話だったのかもしれない。

なのだが、そのアニメきっかけで2次元に出戻り、色々なアニメを見たりアプリゲーをするようになって、その声優さんキャラに惹かれることが多いことに気付いた。

まりにもその人が声を当てている子ばかり好きになるものから、その人の他の出演作を見てみたくなった。

その人本人にも興味が出た。

そんな感じでなんとなくそ声優さんを気にかけるようになって、やがて

「もしかしたらファンなのかもしれない」

と思うようになる。

出演作を追えば追うほど、ラジオやなんかで人となりを知れば知るほど、その人を応援したい気持ちは増していって、

ついに自分がその声優さんファンだと認めざるを得なくなった。

そしてここから、この記事の本題である私の悩みが始まる。

(そう、なんとここまで全て前置きなのである)

私は、「強火」なファンしかファンの形を知らない。

普通の温度で応援するやり方がわからない。

けれど、もう私はどんなジャンルであれ「強火」にはなりたくないのだ。

aさんを追いかけていた頃より歳をとってしまった今の私には、あの頃のような体力も行動力もない。

嫌な思いをしてもその人に会いに行くために全力を尽くすという気概もない。

もう、あんしんどい思いはしたくない。

更に、もし今その声優さんをあの頃の私の温度で追いかけようとした場合時間費用も体力もあの頃とは比べ物にならないだろう。

300人キャパの会場が埋まらなかったAと、売れっ子の若手声優さんでは色々な規模が違いすぎる。

イベントチケットを取ろうとしたってあの頃のようにほいほい最前列が取れるわけもないし、そもそもチケット自体激戦で取れないことだってある。

リプを返してもらえたり、出待ちやなんかで直接話す機会が沢山あったaさんとは違うのだ。

この先その声優さんファンをやってて、果たして直接話せる機会なんて来るんだろうか。

そう、つまり、あの頃と同じことは実際問題不可能

そんなことは私のスッカスカの脳みそでも理解している。

理解しているのだが。

では、どうやってファンをしたらいいのだろう。


ファンである自覚してから、最初に興味を持ったのは声優イベントだった。

元々「見に行く」ジャンルにいたせいだろうか、直接本人が見れるイベントに行きたくてたまらなくなったのである

正直悩んだ。

イベントに行く=ガチ勢、というような印象があったし、aさんを追いかけていた頃の悪い癖が出そうで嫌だった。

間違いなく、行けば深入りするきっかけになってしまいそうだと思った。

けれど、誘惑にはめっぽう弱い私なので、結局、とあるイベントに行ってしまった。

悩んだが、行ってよかったと思っている。後悔はしていない。

「うわーーー生きて動いて喋ってるーーーキャーー」

というクソみたいな感想しか出てこなかったが、実際に生で喋っているその人を見れて嬉しかったし、話し方や表情の動きを見ているだけで本当に楽しかった。

けれど、危惧していた悪い癖は案の定バドバ出てしまう。

その悪い癖というのは、他のファンを観察してしまうこと。

その人の服装、持ち物、連れと来ていればその関係性と会話の内容、

どの程度必死ファンなのか、人間性はどうか、マナー違反をしていないかファンサービスをされているか……など。

まりは、

「あっ、今あの人わかりやすファンサされた。最前列にいるし言動からして熱心なファンのようだし、もしかしたらあの声優さんから認知されている常連のファンなのかもしれない。やだなー、あの人さっき友達割り込ませてたじゃん、そんな人がファンサ受けるなんて……」

というようなことを考えてしまうということである

Aを見に行っていた当時は、

見ない顔があれば観察して、誰のファンなのか、aさんに認知されているのか、どの程度の頻度で来ているのか、最前列を狙うようなファンだろうか、迷惑行為をしたりするような人ではないだろうか……

と、毎回そんな感じで他のファンを観察していた。

観察する理由は色々だが、「知らない人がいるのが嫌」ということにまとめられる。

aさんのことはなんでも知りたくて、それは「どんなファンいるか、そのファンにどんな対応をしているか」という点についても同様だったのである

そして、観察対象自分比較して不安になったり安心したりするのが常であった。

その癖は対象がかわっても治らなかったようで、私はその日、他のファンを観察しては一喜一憂していた。

その声優さんファン層やファンサの仕方を知りたい、という好奇心だけならよかった。

けれど、自分よりも熱心で、沢山その人に会いに行っていて、更に自分より前列で見ている相手がいると勝手に妬み、勝手自分卑下して、勝手に傷ついてしまう。

そんな事をしても無意味なのはわかっている。

「好き」という感情を他人比較することも自分の定規で他人のものまで測るのも、無意味で無様で失礼なことだ。

またマウンティングゴリラになってクソの役にも立たない優越感を味わいたいのかもしれない。マウンティングする力なんてもうないのに。

こういう気持ちを打ち明けられて、相談できる同じ趣味の仲間がいたら、と思う時がある。

けれど、同じ人のファンとは表面上の付き合いしかできる気がしないし、例えば違う声優さんファンだったとしても、過去の私は違う人のファンにまで嫉妬をしてしまっている。

そもそも、こんな面倒臭くて考え方が危ない人間であることを受け入れてくれる人がどこにいるんだろう。

なので、声優ファンの友人を作るのがとても怖い。

先日、同じ声優さんファンの方からTwitterで声をかけられ相互フォローになったが、とても窮屈な気持ちになっている。

私の不用意な発言でその人を傷つけてしまうかもしれない。嫌な思いをさせたくない。

私のこんな澱んだ感情は隠し通さねばならないと思い、息が詰まる。

もうひとつ厄介なのが、Aを追いかけていた頃に培った技術がどうもこのジャンルでも多少有用らしいこと。

最近は二回連続イベント最前列を取ることができたし(これは指定席抽選ではないやつ)、ちょっと取りにくいチケット普通に取れた。

運による要素もとても多いのだが、つい「 このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2017-06-25

リベラルって、感情的だよね (続・リベラルオタクに嫌われる理由)

リベラルオタクから嫌われる理由

https://anond.hatelabo.jp/20170621180734

これを書いた増田です。

  

今回のタイトルにした「感情的」とは、喜怒哀楽が激しい、口が悪い、論理性が欠けているという意味ではありません。

好き嫌い感情をそのまま政治信条に用いるということです。

  

私が「オタクリベラルを嫌う」と書いたら、ブコメの方ではなぜか、「オタクリベラル不支持」と誤読されていました。こんなふうに誤読されるのは、「嫌悪感情」→「不支持」と結びつけて考えている人が多いからでしょう。

しかし、人は自分感情だけに従って政治信条を決めるのではありません。ときには自分感情に逆らって、正しいと思うことを支持する場合があるはずです。

ゲスの勘ぐりになりますけど、「嫌悪感情不支持イコールで結びつけるのは、あなたたちがそういうタイプ人間からじゃないですか?」と言ってやりたくなります

  

これはリベラルに限ったことではないから、あまり悪口みたいにして言いたくはないですが、好き・嫌い、快・不快感情に衝き動かされて政治活動をしている人は多いでしょう。

リムジンリベラル」に感じる欺瞞の一つは、多分そこにあって、セレブたちはリベラル思想を主張するのがさぞかし快感だろうなと思うのです。華々しい壇上でスピーチすることで、セレブたちはきっと自己肯定快感を得ているはずですし、自分を売りだすための商業宣伝にもなるから一石二鳥です。

(これは前回に書いた話で、リア充が得意げにリベラル思想を語ってみせる問題にも共通です。)

  

  

  

だいたい、トップブコメもひどかったです。

id:agricola リベラルにとって表現の自由は数多ある権利の一つという位置づけなので、他の権利との衝突で表現の自由制限されることもしぶしぶ容認するし、いやいやながら手を貸すこともあるわいな。わがまま片思い乙(嘲

これはスターの付きまくっている人気のコメントなんですけど、「しぶしぶ」「いやいや」って何? それ、あなた感情ですよね?

オタク自由制限する側に立っているリベラルが、自分自身のやろうとしていることに反感を持っているのです。それなのに、自由制限される側にいるオタクが反感を持ったらダメだなんて、そんなふざけた話がありますか。

  

他には、こんなブコメもあって、これなんかはほんと、人のふり見て我がふり直せの典型例です。

id:IkaMaru自分たちは気分で政治を選びたいんだ。放っといてくれ」というならもうどうしようもないけどさ。そんなんで世の中の平均よりも知に軸足を置いたクラスタのつもりでいるならお笑い草だよ?

リベラルの中には、「オタクリベラルに逆らってきたから、俺たちはオタクを助けてやらない」と言っている人たちもいます

そこまで露骨ではなくても、オタクのことを嫌っていて、助力することには消極的になってしまう人もいるでしょう。

これはまさしく、感情に流されて政治を選んでいる事例です。

自分感情的になっていることは気づきにくく、他人感情ばかりが目につくのは、人間心理がよく陥ってしま陥穽です。リベラルの論者にもその傾向は少なくないと思う次第です。

  

例えば先日のクジラックスの件に触れておくと、警察漫画家個人宅を訪問して異例の"要請"をおこなったことの是非と、表現規制の是非は、それぞれ別の問題です。

表現規制必要という立場の人は、本来ならば法律ガイドラインでそれを行うという道理を曲げて、今回の警察のやり方を容認やすい傾向にあります。もしくは、警察のやり方には反対だと思っていても、抗議することに消極的になってしまう傾向があります。これは感情に流されて政治方針を変えたからです。

もちろん、警察のやり方は違法ではなく、それを容認するべきだという見解もあるでしょう。今後はいかなる場合もその道理を通し、オタク以外のものがこれと同じ仕打ちを受けてよいというならば、その立場を取ることにも一貫性があると言えます

  

(私はべつに「感情的からダメだ」と断ずるものではありません。感情に流されて政治方針を変えることの是非だとか、感情政治信条の決定に際してどう影響するかとか、そのへんの問題を論じるだけの力はありません。そこはパスさせてもらいます。)

  

  

  

もう一つ、「お前はリベラリズムを正しく理解していない」というコメントも多かったです。

例えばこれ。

id:tick2tack なんだこれ。「僕の考えたリベラル」感がすごい増田。とりあえずリベラル語るなら社会的公正というとこから始めるべき

id:daisya リベラル定義が間違ってるんじゃねーの、私もよく知らんけど。自由っつーなら昔の大金持ちはめっちゃくちゃ自由に生きとっただろう、人を殺しても問題にならないぐらいに。

いわく、リベラル自由放任主義と違って、社会的公正の概念を用いる。

自由同士が衝突するときは調整するべきだからリベラルにとって表現の自由絶対のものではない。

  

――それくらいのこと、百も承知ですがな。前回のエントリでは、リベラル自由放任主義なんてことを言っていません。私はリベラルが「自由」の価値を重んじていると書いただけです。

  

例えば社会的公正にしたって、自由同士が衝突したときの調整機能にしたって、リベラルがなぜそんな厄介な方法を用いるかと言えば、真の意味での自由を実現するためにそれが必要だと考えているからでしょう。

自由放任主義はかえって自由を阻害するからダメ、というのがリベラル立場です。

これは結局のところ、リベラル自由価値を重んじていて、その価値について熱弁をふるう性格を有するということなんです。

  

  

  

id:Arturo_Ui 「"自由"を無制限拡張すれば他者の"自由"と衝突してしまう。何をどこまで認めるか、社会的議論必要だ」って前提を共有できないなら、問題は「リベラル不寛容」ではなく、「オタク側のヘタレぶり」じゃないの?

これは立場によって、物の見え方が違ってきます

リベラル自由調停者として誠実にふるまっているつもりなんでしょうが、それによって自由制限される側は、どうしても調停を受けること自体を嫌がる傾向にあります意見をまったく聞いてもらえずにバッシングされるんじゃないかという危惧もありますヘタレと言われようが何だろうが、それならば調停拒否してゴネる方が得策です。

(もしかたらこの点は、あなたみたいにリベラル立場にいる人は見落としてしまうことかもしれませんけど、リベラルが主張しているその"前提"とやらは、なぜ社会のすべての構成員が受けいれないといけないんですか? 「リベラル勝手に唱えている"前提"なんか知らないよ」と言って黙殺する政治的立場もありえるはずです。)

  

それから、「自由同士が衝突しあって調停必要なほど深刻な事態になっている」という現実認識にも根本的な差異がありますオタク自分たち一方的イチャモンをつけられたと思っているので、自由調停するだの、そのために議論するだの、現時点ではそんな必要がないと考えているわけです。

リベラルが言うところの「自由同士が衝突したときには調停必要だ」という一般論が正しいとしても、「今がその状況だから調停必要なんだ」という現実認識が常に正しいとはかぎりません。

リベラルは、特に問題ないようなことを大げさに騒ぎ立てているチンピラとは何が違うんですか? 例えば、あるリベラルの論者が自分自身のことを誠実な調停者だと思いこんでいたとしても、客観的に見れば、そいつ調停不要のところに因縁をつけているだけのチンピラという場合もありえます調停者がチンピラから話を聞いてもらえないのか、それとも調停を受ける側が身勝手理由でゴネているのか、どちらの側に道理があるのかは一概に言えません。ケース・バイ・ケースでしょう。

  

月並み結論になりますが、リベラル調停者になるために誠実性をもっと追究しなくちゃいけませんし、オタクリベラルが正しい事を言っているときには"社会的議論"に応じなければなりません。おそらくそれが、(リベラル的な意味では)最も理想的なあり方です。

しかし、相互信頼関係が欠如しているし、リスペクトが欠如していることも多いから、そういう形にもっていくのは難しいと思います

  

  

  

余談

ところで、一部のオタクは「表現の自由」を絶対的ものだと叫びまくっていて、リベラルから表現の自由戦士」と揶揄されています。私もああいう連中のことは理解できません。

  

そもそもオタクは、すでに表現規制を受けています。性描写のあるものは成人指定になっていてゾーニングしないといけないし、商業誌には自主規制があるので、そこで出版できないもの同人誌に追いやられてしまます

実在する人や団体を馬鹿にするような漫画を作ると、それは名誉毀損で訴えられる恐れがあります

街や職場でところかまわずポスターを貼ったとすれば、景観条例やら、セクハラやら、そういった法律にひっかかって処罰対象です。性器表現にはモザイクがかかっているし、いろいろと国家権力から規制されまくっているんです。

  

自分たちがこの規制の枠内にとどまることで社会共存できているという現状を無視し、表現の自由絶対的もの表現規制はすべてが悪いものだと主張しているオタクは、いったいぜんたい何のために戦っているのか意味不明です。

また逆に、リベラルの論者が既存規制について評価・再検討するというプロセスをすっ飛ばして、いきなり「規制必要」とかいう話に持っていこうとするのも度々見かけます現状認識を怠っているという点では、これも同じくらいにアホだなって思います

  

  

  

追伸

id:coldsleepfailedid:quick_pastid:tick2tackid:IkaMaruid:agricolaid:k-takahashi ←前回のエントリ内で、追記を書いて返信ました。

くたびれはてこid:kutabirehateko のことは、別のエントリを立てて書きました)

2017-06-20

突然変異じみた化け物級のウンコ

その成人拳級の極太は俺の肛門をねぶりつくしながら30分以上かけて横断したかと思うと下水道へと消えていった。

後には残るは異常な熱感、ただの違和感しか形容できない純粋快感の余韻。かの者は、まだそこに開発の余地があることを証明せしめたのだ。

2017-06-18

結婚したアイドルのあれ

アイドルに貢いだ結果発表結婚してやめまーすと言われたファンは気の毒だとは思うのだが、妙に爽快感があるのはAKB48の売り方が気色悪いからだろうな。

アイドル恋愛禁止みたいな戯言を看板にして競い合ってるから金を出さないと推しが悲しい思いをするよと搾り取り、アラサー商品価値の無くなる頃にはポイ。

俺が貢いでるからアイドル自由恋愛してはいけないと妙な独占欲を持つファン

AKB48の型にはめられて個性AKB48になってるからピンでは売れない。

アイドル恋愛禁止幸福追求権を侵害してるとか判決もでたし、この気色悪い看板やめようよ。

指原がずっと一位なくらいだからAKB48ファンももうどうでもええのでは。

スライムの目薬の刺激が強すぎる

清涼感のレベルが最強っておかしいじゃん

スライムってドラクエで最弱のモンスターでしょう

マヒャド級の爽快感!って謳ってるけどそんなスライムいないっしょ

2017-06-17

女の浮気の方が男の浮気よりたち悪いって思ってしま

最近ネトリ系のエロ漫画とか掲示板をよく見ているんだが

女(彼女・妻)が身体の誘惑に負けて何度もセックスが上手い男とやってしまうって話はよくあるんだが、

その逆ってのはないのか?

結婚してからは妻をすごく愛しているっていう幸せ状態ときに、

結婚する前に付き合ってたセックスが上手い女に再開して、その彼女とのセックスが忘れられなくて妻を裏切ってやっちゃう。みたいな。

そういう話はないのかなぁ。

仮にあったとしても、全然エロくないというか、背徳感はないんだよなぁ。

快楽に溺れているっていうよりは、ただやりたいだけの馬鹿な男としか思えない。

これが男と女が逆だったら話は全く変わってくる。

なんでだろう。

やっぱり女のほうがセックス快感が7倍あるとも言われているからかなぁ。

男がただセックスするだけじゃなくて、女にアナルを開発されてて、前立腺とかおもちゃを使ってズブズブにされて快楽に溺れさせられてても、それでもまだ女のそれには及ばない。

仮にそれがパートナーにバレたとき、男だったら土下座して謝って、もう会わないって約束したら、本当に会わなさそうだけど、

女の場合は、本当に会わないでいられるの?って疑念が出てきてしまう。本当に我慢できるの?って。


これってエロ漫画の読みすぎですかね?実態を知りたい。

SEGA SATURNナイツってゲーム

ビジュアル的な不思議感が魅力なのだ

キャラクター操作感として直線的に飛んでいるときは爽快感があるのだがステージは狭くいろいろぶつかったりして少し窮屈だった

スペックの制約やビジュアル優先のために犠牲にされたのだろう

2017-06-15

https://anond.hatelabo.jp/20170615150029

https://www.amazon.co.jp/dp/4484121034/

https://www.amazon.co.jp//dp/4309463983/

ここらへんが参考になるかも

上の本では男性レイプものを好む傾向もあることや、その理由考察など

他のエントリに出てるレイプされてるのに女性器が濡れる件についても、女性性器が興奮を示していても脳みそ全然快感を感じていないって実証されてたよ

男女(という二分法が余りに雑であることは著者も触れているけど)で持つ性欲が完全に別物であることがデータ統計であからさまになっていて面白かった

支配されたい願望を持つ人もいるし、奥さんもわかってくれてるといいね

たまには交替して相手の役を担当するのもいいと思うよ

https://anond.hatelabo.jp/20170615115927

いじめをすることに楽しさを感じるか感じないかという人格の差がある

女でもいじめをすることに快感を覚えるタイプは、

学校卒業して環境が変わっても職場などでターゲットを探し繰り返しやる

性犯罪は性の部分だけクローズアップされがちだが

「人の嫌がることをして喜べる」かどうかというのが最も重要だと思うね

自分性犯罪被害者いじめ被害者などと比べて「上位である」ということに

快感を覚えるなら素質アリな人格

男も女も無い

2017-06-12

女はそれを待てない

自分の持ち物を褒められることに快感を覚えるため、自分の子供が将来有名大学に進学するプロセスがいちいち公立では満足できない。それまでのんびり待てないという人が多い。

有名私立に早くから通わせることで経済的にも恵まれていることをアピールできるし、とにかく早く出世コース確約が欲しいという気持ちの焦り。

なんでも先回りする親は子供のためといいながらも、自分自身不安解消やマウント材料のためのエゴしかない。

http://anond.hatelabo.jp/20170611193846

妻とセックスしたくない夫もめっちゃいる

妻にセックスを拒まれる夫はよく話題になるし、セックスレス特集でも夫が求めて妻が拒むとされる事が多い。

だがアラフォー既婚男の自分やまわりの既婚男性結婚してない同棲カップルまで含めて、逆パターンが圧倒的に多い。

拒む妻の話題を見るたびに、逆だろ?と感じる。

妻が求めてくるが、正直妻とはもう「積極的には」したくない。子供ができると一層。

理由は拒む妻とさして変わらない。

「疲れている」「めんどくさい」「家族なので異性として見れない(要は妻に対して性欲がわかない)」

妻が夫を拒むのはとても勇気がいる事だろう。

だが夫が拒むのも、とんでもない勇気必要リスクがともなう

求める妻の勇気を知っているからこそ、拒んだらどれだけ悲しませるか、恥ずかしい思いをさせるかを、男達は皆、経験上知っているから。

から自分から求めないが、勇気を出して求めて来た妻の相手はする。

仕方なく、ではあるが、出来る限りの愛情妄想自分の息子を奮い立たせ、何とか戦いに望む。

月1回か二か月に1回か。そんな夫婦が多かろう。

時には妻が求めてくる前に、したくはないのに先んじて求め、妻が「セックスレス」に悩む事を未然に防ぐ。

だがこれもせいぜい40代半ばまでが限界なのではないかと思っている。

ぶっちゃけ男の多くは、「セックスレス」なんかで悩む必要はないと感じてるんじゃないか

セックスがない事は、そんなに問題か?

から妻を愛している。浮気風俗ゼロ。でも妻とはセックスしたいと思わない。

オナニーだけは結構している、ごめん(これが妻に性欲がわかない原因だと言われたら2割くらいはそうだろうなとは思うが)。

女の多くは快感だけでなくセックス愛情確認するのだ、と言われたらそうなのだろう。

愛情と性欲、快感とのシンクロ率が男より高いのだろうし。

だが男の多くはそのシンクロ率が低いかセックスなしでも妻への、そして妻から愛情勝手確信していられるし、

顔面騎乗放尿エロ動画でシコる快感と、放尿など喰らいたくない妻への愛情は1ミリの重なりもなく両立し得る。

妻がエロ動画で日々快感を得るのも、それはそれで良かろう(隠してくれれば。夫も隠すので)。

だが「セックスレス」に悩む妻達は、夫達と違いそれでもやはり悩むんじゃないか

そんなことない?

ないならごめんなさい。

それはそうと「黄昏流星群」はエロい

2017-06-10

日本リベサヨが終わってる理由(ホシュウヨが安心してていい理由

1

2017英総選挙:コービン労働党まさかの躍進。その背後には地べたの人々の運動(ブレイディみかこ) - 個人 - Yahoo!ニュース

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/byline/bradymikako/20170609-00071923/


ブレイディみかこはバーニーサダースやコービンにずっと注目して来た人で

「右と左ではなく上と下の時代になってきてる」という視座も前から繰り返し言ってきてる。

海外での左派の躍進成功例や、成功まで行かなくとも希望の芽と見られる事例の紹介をずっとしている。

本当に下に信頼される知性と政策努力があれば左派は勝ち、しか継続的に世の中をよく出来るはずだと。

これは説得力がある。

日本でコツコツと正攻法自民党を倒す努力方向性があるとすればこれだろう。



けどブックマークコメントを見ればわかる。

日本リベサヨは終わってるし、

からみかこが紹介するような何かが日本に伝播することはないし、

日本のホシュウヨは何も心配しなくていい。



はてサコメント

nabeteru1Q78 非常に良い記事だと思う。サンダース。コービン。日本左派が見習うべき政策も、運動のあり方も、恐らくそこにある。 606 clicks

リンク2017/06/10 Add

星4つ、人気7位

Gl17 『高齢者冷遇する政策を取れば、「自分たちは損をしている世代」と感じている若者たちが満足すると思った』老人ムシれとか、

正社員厚遇過ぎとか言ってばかりな、どっかの国のネット俗論ぽい。我慢大会が続く訳だ。

リンク2017/06/10

星15、人気2位(はてサ1位)


わかるだろうか。

とりあえず口でだけでも「我々も見習わねば!」と言うはてサはてサ人気すらいまいちで、

なんとかかんとか「ネトウヨガー」「日本人ガー」を安定出力するはてサはてサには圧倒的人気。

今回nabeteru1Q78の発言特別知的だとか殊勝だというよりは、

左派の勝ち筋紹介」という記事の本旨を一切迂回して日本の俗論叩きに話を持っていき終わらせるGl17の強い方向性と技巧が光る。


2

この記事に限らず、

nabeteru1Q78とGl17で圧倒的にGl17の方が人気なのがはてサ(引いてはネット左派)の限界の全てだと思う。

nabeteru1Q78も感情的で先鋭的な発言はちらほらあるけど、全体的には知的であったり現実的アクションに繋がる話をする。

Gl17はまさに「ネトウヨガー日本人ガー!」みたいな当てこすりと癇癪爆発の発言だけをする。

そこから自分達の取るアクションみたいなものが一切見えないのがGl17ブコメの特徴だ。


安倍晋三を降霊して眺めるならば、

手強いのは圧倒的にnabeteru1Q78であって、Gl17はむしろ小遣いやって支援したいぐらいだ。

nabeteru1Q78は仕事が出来そう。Gl17はまともに仕事に取り組んでなさそう。

でも人気が出るのは後者


要するに過半数はてサリベサヨが望んでいることは

現実を変えていくこと、自分理想に沿って世の中をよくしていくこと」ではなく、

実は「とにかくアベシンゾーを倒して民進か共産政権を持たせること」ですらなく、

まりは「自分の思い通りにならないと決定してる現実に拗ねながら恨みごとや当てこすりを言い続けること」なのだ


ブレイディみかこのように「左派希望」を見せてくれる記事は、

nabeteru1Q78には喜びであり検討すべきロールモデルかもしれないが、

Gl17にはい迷惑であり、なんならちょっとウザいのだ。

だって、そんな記事左派希望も見せてくれるが、左派自身努力改革を求めるではないか



それじゃ困るのだ。

Gl17ら主流派はてサは、現実での勝利の為に自己批判自己改革なんか1ミリもしたくないのだから

彼等にとって最重要なのは「常に説教する立場にいること」それが無理なら次点被害者として恨みごとを叫べる立場に居ること」だ。

仕事の出来そうなnabeteru1Q78より仕事の出来なさそうなGl17が圧倒的人気なのはそういうことだ。

Gl17の最大唯一の長所は、どんなニュースでもなんとかして「ネトウヨ」や「日本人」を侮蔑説教するコメントをひねり出すノウハウと執念だが、

要するにnabeteru1Q78は自分主体として取り組む意思を持ってニュースを読んでいる行動者であり、

Gl17はどこまでも自分主体性責任を透明化しながら侮蔑的評論を加えるためだけにニュースを読んでいる評論家だ。



3

たとえば何かのイシューがあったとして、

それが上手く伝わっておらず支持や協力を得られないときに、

nabeteru1Q78型は伝え方をチェックして省察改善をして、自分努力未来を変えていく大人の楽しみを夢見るのだろう。

しかしGl17型が望むのは、「これを支持しない奴等は良心が無い!こんな世の中はクソだ!」と泣き喚いて地面をゴロゴロする幼児快感なのだ

Gl17型が夢見る希望は、「不届きな奴等」が自主的に改心して詫びを入れに来ることで、自分達は座ったままふんぞり返ってその詫びを受ける身分なのだ



別にnabeteru1Q78個人をヨイショする気はないし

はてサの中にも主体性のある評価されるべき人間が他にも居るのはわかっている。

しかしGl17型が一番人気と言うのが結局ははてサリベサヨの明白な限界だろう。

左派主体性があり過ぎるほどある人達に御老人やそれに連なる人が多く、

逆に入れ込みすぎてて素人がついていけないとか、ウン十年前の成功体験フレームに囚われてるとかいうのも辛みだが。


追記

記事ブコメhttp://b.hatena.ne.jp/entry/tenfa.wnp.jp/1520/

Gl17 現地直の情報はいいんだが、この人も単に不満言って意味もなく左派への嫌味くらいしか結論がない辺り、すごい浮世離れ感ある。今回の件は米同盟国同士、GCC内の争いで、融和の建前を軽視した結果だと思うけど。

うへっ

常に不満言って意味もなく日本人への嫌味くらいしか結論がないブコメを延々と書く人がこれを言うのか

つかその記事カタール在住の人が取り急ぎ物資の欠乏状況を書いてるだけのエントリなんだから

大きな視野建設的な結論なんかあるわけないだろ

ほんまアホちゃう…(そしてこのコメントがまたはてサ人気一位)

2017-06-09

昭和生まれの性を自分の中に見つけてしまった

くしゃみの音は人それぞれです。静かなくしゃみをする人もいれば、馬鹿デカくしゃみをする人もいます

馬鹿デカくしゃみをする人は、中年以上の男性に多くないですか?一説によると、「クシュン」とクシャミをするよりも、「ハクショーン!!」と声を出しながらくしゃみをした方が爽快感があるようです。なんだかわかる気がします。

しかし、こういう馬鹿デカくしゃみって側から見ると迷惑まりないですよね。うるさくてびっくりするし、何より大量にツバが飛んでいるようで不衛生です。そんなとき、ついついお行儀の良い「ばあさんを見習え!」と思ってしまうのは、私が昭和生まれ男尊女卑感覚を持ってしまっているからなのでしょうか。別にばあさんも馬鹿デカくしゃみをしてもいいのにね。

ちなみに私は「ヘクシッ」派です。

http://anond.hatelabo.jp/20170609104651

2017-06-03

痴漢冤罪ほとんど存在しない

薄々気づいている人もいると思うが、実は痴漢冤罪と言うものほとんど存在しない。

痴漢して捕まって諦めたしたやつが80%

実際に痴漢して捕まって冤罪を訴えてるやつが19%

痴漢冤罪被害者が1%ぐらいだ

お前らは痴漢冤罪悪質性を強調する。たしかに悪質だ。罪ですらないのに日常破壊される行為、とても許されることではない。

しかし残念ながら本当の冤罪被害者なんてものは一部の例外だ。

痴漢盗撮はクセになる。普段味わえないスリル、緊張感、「モノ」は重要じゃない。それをやっているという行為自体性交と同じレベル快感

一回成功するという何十回もする。痴漢をしてる奴は半分が盗撮もやる。

盗撮した動画グループで共有する。売ったりもする。

痴漢で捕まった男がいる。彼は逮捕され無罪を訴えた。そして裁判で見事に無罪を勝ち取った。冤罪グループ会長にまで上り詰めた。

しかし、彼は数年後にまた痴漢逮捕される。

これは現実にあった実際の話だ。

2017-06-01

自分努力して頑張っていると、努力もせず頑張っていないように見える他者嫌悪し始める現象

http://anond.hatelabo.jp/20170601132858

この感情諸悪の根源だよな

息をするように比較をして他者を憐れむことで快感を得る傲慢

そしてそいつ自分の上を行くとまた比較をして嫉妬をする

自分も含めてだけど本当にこれ気持ち悪い

2017-05-31

受験時代の俺へ

〇〇大学工学部です!

そう言うと、アルバイト先の人たちは皆褒めてくれる。

この快感地方国立大生の特権だと俺は思う。

そして俺の立ち位置再確認するための儀式でもある。

もちろん俺の通う〇〇大学学歴社会において大したことはないと自覚している。

でもそれは学歴社会という閉じた世界での話だ。

世界は広い。

いろんな学歴の人がいて、いろんな境遇の人がいる。

これは去年インド留学した時にやっとわかった。

自分ステータスを閉じた世界の中だけで評価していてはならない。

から志望した大学に落ちたくらいで自殺なんて考えるな、俺よ。

2017-05-29

ついったー疲れた声優おたくの話

10ちょっとほど声優おたくをしております

応援している人を絞ってその人達現場には全て行って作品も全てチェックしております

昔に比べるとインターネット進化して情報が早くなったなぁと思う一方で、私のような現場にいる系おたく個人の感想がすごく拡散されやすくなっていて恐怖を感じます

とくに最近現場はいって、わー楽しかったー!あそこがああでこうでーしあわせーみたいな脳みそ5gみたいな感想のがまたたくまに拡散されていくのです。

そして非公開からRTやらいいねやらをしているのか最初のうちは誰がRTしてるのか見えない状態です。

まだどんな人がRTいいねをしているのかわかればいいけれど、もしかして私のつぶやきで私をけなしているとか(まあこれはどうでもいい)、もっと最悪なのは私の好きな人をけなす材料にしているとか…わからない時代になってしまっているなぁと…。

じゃあやめれば??鍵かければ??と思うじゃろ?

私の好きな人エゴサしてるので、そういうわけにもいかず、エゴサにひっかかる範囲ポジティブ感想を発信していきたい…!(好きな人が見なくても他所からみても楽しそうだとファンも増えやすいし…)

色んな人の考え方が見えやすくなった分いろいろやりづらくなったなぁと…。

アンチもそうですが、安易同担拒否もふえたよなぁと。

同担拒否否定しているのではなく、ちゃんとご自身対策してる同担拒否の方は全く問題ないのですが、たまに今日ファンサもらえたーハッピー!みたいなツイート引用RTでブサ○ク!調子に乗んなぼけ!勘違い!みたいなのが通知で来て、笑い転げてます

見なきゃいいのにっていうのは通じなくなってきている一方で、見なきゃいいのにと返されてしまうこの世の中、自分けがポジティブでいるような、なんだか損した気持ちにならなくもないですね。

まあ好きな人情報くるたびそんなの忘れるし、これからファンサもらったー!うっひょー!と勘違いツイートしていきたい所存。

あと最近はわー新しい情報だー!って呟くと何故か私(一個人おたく)にたくさん質問リプがくることが多いです。

公式アカウントとかにも最近そんなのサイト読めばわかるレベル質問を投げてる人増えましたね。

お前の手にしている端末はなんなのだ??みたいな気持ちになるくらいの頻度でくるので割とスルーしているのですが、情報を取得する手間を省きたいのかなぁっていう印象を受けます

新しい発表やイベントトーク内容って昔は行った人にしかからないことだったのに…お家にいてイベントいかなくてもまるで録音でもしているかのような書き起こしが流れる時代

レポをするためにイベントにいってるのか??みたいなメモを持ったおたくをたまに見かけます一年に一回くらいはスケッチブックを持ったおたく現場で見ます。何しに来てるの??

情報を楽して集めて無料で楽しみたい人とそういうたくさんの人から求められることが快感になってるのかなぁ?

自分のまぶたに焼き付けたらそれでいい…寝る前に今日イベントしかったなぁって思いだすくらいじゃダメ時代なのかなぁ。

キャストスタッフの方々も大変苦労されている反面、いわゆるパワーワードが一つあれば客のツイートがまたたくまに拡散されていい宣伝になると思われているのかな?みたいな部分もあります

お金払ってる現地のおたくといろんな事情あれど結局はお金払ってないイベントに来れないおたくにも気を使わなきゃいけない。

昔は声優イベントなんてもっとクローズドニッチなところだったのになぁとたまに時代についてけなくなりますが、ネタバレ禁止!とかを演者から依頼されるのは微妙気持ちになります

争いをさけるためにはネタバレが流れなきゃいいのは理解していますが、全通していない方々が検索しなきゃいい話なのでは??と思わなくもないです。

でも全通しない方の方が数も多いし声も大きくなるのでしょうね。

それを慮って、朗読ならアドリブ過多にして一つとして同じ公演は作らないようにしたり、、ライブならセットリストを変えてその日その日でしか聞けないステージを作ろうとしてくれるのが私の好きな人なんですけどね!!

結局不満とかあっても応援している人とは直接関係ないので、後回しにしがちだなと思い今時点の気持ちメモ

結局応援している人はステキだったら私はそれでどうでもよくなっちゃうー!あー楽しい

http://anond.hatelabo.jp/20170529002506

分かります

コンボを覚える」「コンボを出せるようにする」「実戦で活用する」ってすごい敷居が高いんですよね

もちろん自由自在に扱えるようになったらその快感は得難いものになるでしょうが、たどり着く前に挫折するパターンがよくあります

2017-05-27

今日夢精

どえらい快感に見舞われながら、ついさっき目が覚めた。

久しぶりに夢精をしていた。

夢の中身はすでに朧げなのだが、

女子高生変装するために女性メイクをしてもらう、という内容だったと思う。

直接的に性器を触ることをしていなければ、淫語めいた言葉を囁かれたわけでもない。

メイクをしてくれた女性は、昔付き合っていた女性だった。波瑠に似ている美人だったな。

40歳

自分自身、まだ知らない性癖を持っているのだということに驚嘆すると同時に、自分自身ですらこれなのだから、人と人とが完璧に分かり合うなどということは遥か至難のわざであるよなぁと、

今、紫煙を燻らせながらぼんやりと考えている。

パンツを取り替えたらまた寝ます

おやすみ

2017-05-25

君の名は。』が流行った理由今日わかったので今日のうちに

なんてことはない、マジョリティにとって都合のいい話だから流行した。

君の名は。』は、話題惨事をせっかくなので自己愛発見手段として使いたいという話だった。

5年の時が経ち、そろそろ震災記憶を処理したいという非被災者ニーズにちょうどうまくはまる物語だった。

被災者震災に対して曖昧に抱いていた、抱かされていたと思っていた後ろめたさを曖昧に強引に自己肯定に転換させる力をもつ物語だった。

この物語ニュースキャスターに「壮麗」という言葉をしゃべらせる。「美しい彗星」の正体が大量の人間を死に至らしめる大災害であることがすでに観客にわかっている段階でしゃべらせる。無知な者のんきな言葉に観客は道徳的快感をもよおす。主人公自分)だけはこの彗星がただの綺麗な彗星ではないことを知っている、この彗星がもたらす惨事を人々は不道徳にも忘れてしまうが主人公自分)だけはその問題性を意識している、そして主人公自分)だけが救世主になれる。

こんな事情、実際の震災対応するものなど何もない。地震予測できないし時間は戻らないし死んだ人は生き返らない。「物語でだけはせめて」この展開を願う非被災者のいったいどこが道徳的なのか。不道徳自分否定したいがために震災のほうを変形させることを望むのか。どこまで勝手で不誠実なのか。

震災はその困難さに向き合われることなく、要素だけをつままれマジョリティに都合のいいように利用された。

1年前の日本人震災解釈として欲望したものがこれであったとすると、結構絶望的な事態だと私は思う。

いつもスマホはてなブックマークを見てるけど、星が15個並んでいるとそのブコメにあまり共感しなくても星を押してしまう。15個並んでた星が星16と表示されると言葉では言い表せない快感がある。これからも15個並んだ星を星16にしていきたい。

自慰行為

30半ばのおっさんである。かれこれ20年、自慰を続けている。

思えば、物心ついたとき、と言っても思春期であるが、ペニスをいじっていると、射精に至った。

これが快感となり、継続してきた、というのが実際である

しかし、一番の継続理由としては、中学時代に生じ始めた「朝立ち対策」と「女子を見て勃起対策」の2点である

朝、起床し、朝立ちが生じている場合、当時は排尿すれば朝立ちが収まるなどの知識はなく、無理矢理射精をすることで鎮めていた。

また、朝、射精をしない場合日中女子を見ることで、不意に勃起してしまうため、この対策も急務であった。

中学ズボンでは、勃起すれば露骨に周囲に判明する事実となってしまうのである

このため、私の習慣として、朝起床し、自慰を行うということが習慣となった。これは必要に迫られての対策である

一方、就寝前に行う自慰行為は、自らの快楽のためであって、社会的要請に応えるものではないのである

この点、明確に区別をしたい。

世の男子諸君には、大いに賛同が得られる経歴だと自負し、筆を置く。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん