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2017-11-18

anond:20171117175858

まずなぜ回復不能なまでに少子高齢化悪化たか

これって無能政治家が老人票欲しさに老人にのみ金が流れる仕組みを長きに渡って実行し、少子化対策は完全に無視した結果。

少子化はいい、問題安倍が知恵遅れレベルのアホだから今なお続くが、超過剰医療で超多額の税金が無理やり延命されたジジババに注がれる。

無理やり延命されたジジババへの年金介護医療、これらの金はドブに捨てるようなものだ。未来投資を軽んじている結果だ。さっさと安楽死を導入しろ医療が高度に発達した時代には社会に循環という名の持続可能性を持たせるためにどうしても必要だ。国民だってほとんどの人が未来不安を感じながら生きているだろ。アホなネトウヨ馬鹿で短絡的だから悩みはなさそうだが。

話を戻すが無益延命措置に、こんな行為日本はなぜ非倫理的だと思わないのか不思議社会に持続可能性がないから今破綻するか20年後破綻するかの違いであって、ほんとこの20政治に携わった人間社会教科書国賊として名前を載せてもらいたい。

政策馬鹿すぎるのは言うまでもない。

少子化無視して人口減の最中地方創生という無益政策インフラの維持すらできなくなってくるのに何やってるんだ?順序が違うことくらい小学生でもわかるだろ?

少子化最中F欄大学を大量設立。ただでさえ勉強しなくても卒業できるのに、勉強しなくても入れる大学だらけ。そんな形だけの大卒を大量排出しても国力が低下するだけなのに、事もあろうにそんなF欄卒を更に大量排出するために補助金8000億円も投資するだと?安倍、おまえもFラン卒だからわかってるだろ、この無能コネ野郎が。

日本の政治は黒すぎる。おまえらやることは増税保証の削減ばかりで、そのくせ税金使途不明金だらけだよな。経費の8割が黒塗りとかやばすぎるだろ。税金が高い国はその使徒に透明性を持たし、国民がきちっと監視できる仕組みを用意しているか増税が許されるんだよ。

なんで不透明なまま増税増税日本国民もアホばかりだから気にしないときた。

少子化何が悪いのか?少子化が悪いんじゃなくて、老人ばかり増やしてバランスが悪いことが問題なんだよ。日本に命の尊厳なんてない。無理やり過剰医療で老人だらけの社会を作っておいて、国民がなんでそのツケを払わないといけないんだ?

こんな無能政治家によって度重なる頻度の高い増税保証減、こんな時代に生まれてくる子供は不憫でしょうがない。絶望しか感じないだろう。

人間生活における環境負荷は高い。環境問題によって絶滅するのも現実味を帯びてきて2100年から2200年の間に滅ぶと言われている。人口を減らす政策のほうが正しいんだよ。

5000万まで人口が減るのであれば5000万に合わせた社会を作ればいいだろ。

まあ安倍は短絡的思想政策しか持ち合わせていないから、そんなことを言ってもわからんか。

2017-10-19

anond:20171018121031

新章WUGで一番残念に感じるのは意志が感じられないところですね。

ヤマカン監督の頃には、強い意志作品から感じました。

フィルムからWUGを作ることの必然性と切実さと誠実さを感じました。

新章は意志を感じません。

これなら揉めないで新しいタイトル作ればよかったのに。

ああ、今までリアル現実声優アイドルとしての)WUGには多額のお金を注ぎ込んでるし、

そういうわけにはいかなかったって話かなw

まり金儲けのために無理に延命措置された作品ってことか。

そんなの誰が喜んで見るんだろうね?w

2017-09-13

anond:20170913173736

延命措置っていうのが誰の為になるのかってのを考えて欲しいものだね。

当人の為にならないのなら即刻中止するべきだと思うよ。

2017-03-02

[] #17-3『ヴァリアブルオリジナル制作秘話

2.『ヴァリアブルオリジナル誕生の時

マスダ:自転車操業ですから企画がないのはさすがにマズイぞ、と感じまして。そこで無理やりにでも企画を作ろうと思い至ったわけです。

フォン:オリジナル作品ということは、元請けとなるコンテンツがないということで評価は未知数です。ましてやウチのスタジオオリジナル作品を作ったことがない下請け

ーーそれでも何もアニメ作らないよりはマシだったと。

フォン:傍から見れば理解に苦しむかもしれませんが、そうなります

シューゴ:低予算から有名なスタッフを外から雇う余裕はない。というより、時期的に他のところに持っていかれているから手遅れなんだけどね。オリジナル作品、かつ有名なクリエイターもいないので求心力はない。つまり期待値は作り手にとっても受け手にとっても、まるでない状態だったわけだ。

フォン:本当に、企画の水増し目的でしたね。それでもないよりはマシだってうつもりの延命措置というか。

ーーでも、それがまさかの大当たりをしたんですね。その要因は何だと思いますか。

シューゴ:一部の表現方法好意的に受け入れられたことかな。既存演出方法を、作画枚数を減らすために多用しまくっただけなんだけどな。むしろスタジオ個性だと言う人もいるが、もしかしたら皮肉で言ってるのかもしれないな(苦笑)

ーーいわゆる“リミテッドアニメーション”ってやつですね。

シューゴ:リミテッドってあんまり好きな言葉ではないけれど、まあそうだな。日本アニメは「楽をしたいけど楽をしていると思われたくない」って意識の結果生まれた、コストパフォーマンスに優れた手法豊富から。そのノウハウをフルに活かせば、少数でもそれなりのもんは作れるわけだ。うちのスタジオ、数だけはこなしてきた分そういうのは得意だから

ーー“日本リミテッドアニメーション”を大いに感じる作りではありますが、逆にジャンプカットやボイスオーバーなどはヌーヴェル・ヴァーグの影響を強く受けているように感じました。

シューゴ:お、ヌーヴェル・ヴァーグだって分かるんだ。ジャンプカットやボイスオーバーは、アニメだと作画の枚数を減らすのに便利な演出方法からな。○○○○制作アニメとかがよくやってる。

フォン:ああ! いきなり本筋と関係のない話を長々とし始めるシーンよくありますけど。あれヌーヴェル・ヴァーグの影響なんですか。てっきり『女子ダベ』への当てつけかと思ってました。

シューゴ:まあ、それもある(笑)

マスダ:まあ、それはそれでいいんですが、さすがに背景美術とか、音楽すら社内でやったのは後悔しています。かろうじて経験のある人にやらせたから、体裁は保っているがチープ感は拭えなかった。今ではちゃんとした専門スタジオに頼んで高品質ですが、音楽に関しては今でもいくつかの曲はコードそのまま。

シューゴ:あのBGMって、確か『女子ダベ』の会話シーンで使われてたのをアレンジして『ヴァリアブルオリジナル』に使ったんだよな。「日常モノとか、コメディでよく流れてそうな、やる気のないBGM」とか言われているが、さすが熱心なファンは考え方がシャープだ。

ーー大衆音楽コードという視点では評価しませんからうまいことアレンジしているなあと感心しました。ですが、チープというのは謙遜しすぎかと(笑)

シューゴ:当時は実際問題チープだったからなあ(笑) 目を背けても仕方ない。脚本すらない状態絵コンテ書いたから、展開も思いつきで話進めたし。

ーー脚本なしで書いていたんですか!?

シューゴ:まあ、大なり小なり話を監督が肉付けするケースは珍しくないけどね。ただ、大まかなプロットすらない状態でやらないといけないのは初めて。○○○さんレベルの人はやってるらしいけどね。俺は普段だと脚本家や他の話数を担当する監督とかに入念に相談とかするんだけど、その時は俺一人だけなんで「これでいいのかなあ」って思いながら描いていたなあ。

(#17-4へ続く)

2016-09-22

尊厳死を認めるべき

って言うけどさ、人の意思って、真反対に振れることが結構あるから、これが認められる社会って結構恐ろしいと思う。

ALSって進行性の難病があって、段々全身の力が入らなくなっていくのね。最終的には呼吸に使う筋肉や、心臓が動くために使う筋肉も動かなくなって死んじゃうから、人工呼吸器をつけるつけないとか、胃ろうをするしないとか、いずれそういうシビア選択を迫られる場面も増えてくる。だからALS(他の進行性難病も含む)の患者の中には、予め延命治療をしないで欲しいって言ってる人もいる。(これらを俗に、リビング・ウィルと言ったりする。)

ところがどっこい、生前延命治療をしないで欲しいと言っていた人でも、いざ死期が迫ってくると、やっぱり死にたくないって意思を示す人が少なからずいるんだわ。ALS意識最後まで比較クリアに残ると言われているから、迫る死期を前にして色々と考えるんだろうね。喋ることができなくなったり、指先を動かすことができなくなったりしても、筋力が衰えにくい部位であるまぶたを使って、まだ生きたい、って伝えてくるんだわ。目配せなんて不確かなものではなく、透明文字盤や意思伝達装置っていうツールを使って、まだ生きたいって確かに伝えてくるんだわ。喋れるときは、書けるとき延命措置不要って言ってた人が、ギリギリになって心変わりすることがあるんだわ。もちろん、それは確固たるものではなく、生きたい、死にたいの波があるものなのだけれど。

けれど、いずれはまぶたも動かなくなる。意思を示すことが難しくなる。そうなると、本人の意思は誰もわからない。目の前には、人工呼吸器と胃ろうをつけた意思を示せない人がいる。この先この人がどうするのか、そこから先は家族判断延命措置を続けるかもしれないし、延命措置はいらないと示していた時点での本人の意思を汲むことを選ぶかもしれない。けれど、それはあくまでも家族判断であって、本人の判断ではない。スピリチュアルな話にはなってしまうけれど、もしかしたら、その時点では死にたくないと感じているかもしれない。だから自分は、延命措置不要とは生前には言い難いし、とても難しく、繊細な問題だと思う。

これは余談だけど、安易尊厳死を認めることは、昨今話題優生思想を認めてしまうことにもなりかねないなと、個人的には危惧している。日本尊厳死協会(もとは安楽死協会)を作った大田典礼って人がいるんだけど、この人、生粋優生思想主義者から回復の見込がない病人は殺せ、障害者は断種しろ、って人だから。そういうベース尊厳死を声高に主張する団体にあることも、広く知られて良いのかなと思う。

2016-09-21

高齢化への歯止めのかけ方

人口減少、高齢化何が悪い


 民進党が党を挙げて擁立した、いわば野党代表就任早々に言ったセリフがこれだ。

事業仕分けで散々叩かれ、二重国籍問題で叩かれ、またも燃料投下。もはや炎上ブロガー以上の炎上スキルである

続けてこう発言した。

「今の政権では社会保障の充実が置き去りにされている」(中略)

人生の先輩方がどうやったら元気で、長く、自分らしく生きることができるのか、大きなかじ取りをさせていただきたい」

http://www.sankei.com/politics/news/160919/plt1609190021-n1.html




 我が国一般会計予算96兆円(H27)のうち、33%(31兆円)は「社会保障費」である。そのうち、いわゆる老人に使うカネである年金医療介護保険給付費 (年金医療介護)は23兆円なのだ。※1

まりざっくり言うと、国家予算23%は老人に費やしているのだ。この国の未来よりも、選挙で一番投票層の厚いこの世代の事を考えれば怖いもの無しというわけでしょうか。彼女はこれ以上社保障費を充実して、何を削るというのだろうか?


 社会保障費に対して、我が国の"未来への投資"はどうだろうか?

文教及び科学振興 」(5兆円)と「公共事業」 (6兆円)の割合は合わせて11兆円程度であり、わず11%にすぎない。


 高齢者に対する投資が足を引っ張っていることは明白なのだ

しかに年配者は聡明で何でも知っており、できれば長生きして貰いたい人だっている。けどそれとこれとは別で、老いれば誰しもが、もはや独りで自立できる状態では無くなってくるのだ。


 きっと原因は進みすぎた医療にあるとおもう。

いや医療技術技術としては本当に素晴らしい。大昔の平均寿命を考えれば、もはや神の領域だ。しか医療恩恵を受けるのは身体のみであり、脳は延命治療は施せない。本来であれば脳が死ぬ前に身体死ぬはずだったとしても、現在身体医療により脳の寿命より延命される。

まり脳が死んでもなお身体は生き続ける。これが認知症状態だ(少なくとも私はそう認識している)。

  江戸時代の平均が30~40歳で、平均寿命が50歳を超えたのは戦後すぐの1947年医療によりわずか70年で平均寿命さらに35年も伸びたのだ。

脳の寿命がこんな急激な変化に対応できるとは思えない。


 現在、要介護認定者は2014年に600万人を超え、65歳以上の約2割を占める。(全体の人口の5パーセント

この中のどれだけの人たちが認知症なのかはわからないが、医療により身体と脳の寿命バランスが崩れてきているのではないかという気がする。


 自立していたであろう大人が年を追うごとに、赤ん坊帰化するかのごとく、頭も身体も、自分の足では立つことが難しくなる。

経済上若者が納めた税金年金享受し、介護では肉体的に若者に支えてもらっているのが現状だ。それ自体は仕方がないし、支え合うのは当然だ。

 しかし、老人ホームへ赴くたびに若者がこんな処で消耗していていいのか?と思う。

貴重な国の財産であり、これから未来を担うはずの若者老人ホームで、もうすぐ死ぬであろう者のお世話をしている。きっと好きでやっているんだろうな。

そう考えるとおこがましいが、勝手にどこかで彼らに対し"勿体無い"という気持ちになる。


 高齢者に対し、身体的にも経済的にも投資することに対する見返りはほとんどない。いわば"沼"なのだ反発係数ゼロの壁だ。そこへ投資するカネはとたんに"死に金"になる。

我が国はこれ以上本当に高齢者に、莫大な時間と、若者の手と、カネを費やす必要はあるのだろうか?


 ただでさえ各国に追い抜かれ、後進国となりつつある我が国若い層を大事にしなければならない。

子供を産ませ、教育サービス経済的支援を充実し、社会資本整備による国際競争力の向上、モノづくりに対する支援などで景気を好転せねばならない。でなければ、もう手遅れかもしれないが、秒読みでもっともっと情勢は悪くなるだろう。


 いずれは自分も、散々上記に挙げたような高齢者になるし、その時に誰にも助けてもらえなかったらと心配もするが、高齢者問題はこのままではあまりにも大きな重りとなって、この国を沈めてしまうだろう。

高齢者尊いし知恵もある人生の先輩だ。いつまでも元気で自分らしく生きて欲しいと願う気持ちも当然ある。

 かつて高齢者大事にしなさいとはよく言われたものだが、それは高齢者が数少ない貴重な存在だったからだ。貴重なものは確かに大事にすべきだが、高齢者はもはや増えすぎだ。

正直アンバランスである。数が多いもの大事にする必要があるかというとそんな事はないように私はおもう。


 例えば、うちのばーちゃんは認知症施設に置いている。

もう子供名前はわからないし、駄々をこねたように暴れたり、暴れお漏らしだってする。でもそんなことすら1時間もすれば忘れる。

そんな姿を見て、昔の姿と対比して、生きるってなんだろう?と思う。動いてれば生きてるということなんだろうか?解放できるのであれば、解放させてあげたいがそんなこともできない。

そんな祖母は上に挙げた社会保障から補助金施設に置くことができているし、幸運にも祖母自身にも貯金があった。そういう身内を支援する仕組みや貯金があって不幸中の幸いというやつだ。

よく無理心中の話も聞くが、これらが無かったらと思うとゾッとする。しかし世の中には当事者貯金もなく、要介護認定を得られなくて苦しんでる人だって、おそらく相当沢山いるのだろうな。


どうやって高齢化問題解決すればいいのだろう。現代姥捨山必要なのではないか

一定の年齢を超えたら無理に延命措置を取るのをやめる。

安楽死という手段合法化し、本人にも身内にも安楽死という手段選択肢に入るようにする。

これくらいしか思いつかない。というかこうでもしなくてはいけない段階にきているのではないかと思う。でも人間尊厳とかでそんなことを実現するのだって無理なんだろうな。根深い、根深いよ



※1 内訳には医療も含まれており一概に老人に使う金とは言えないが、医療費のかなりのウェイトを老人が占めるので多少大げさだがこの表現とした。

2016-08-20

昭和漫画アニメリメイクはやってるけど

訂正しました(梶原一揮→一騎

id:sukekyoさん へっぽこIME申し訳ありません。梶原一騎名前を間違えるとは・・・申し訳ありません。

実写化すると尻込みするというのは考えたことがありませんでした。ありがとうございます

※印象増田です

最近昭和漫画アニメリメイクが多い・・・と思う。そしてそれなりにはやっている。おそ松さんヤングブラックジャックガッチャマンクラウズキャシャーン、ベム・・・。

 リメイクって言っても2通りあると思う。

原作と同じ話を今の技術で作り直し。

キャラクター世界観を使って全く違うものを作る。最近後者が多い感じ。どっちも嫌いじゃない。どちらにせよ不満は漏れる。前者なら原作改変で怒られることもあるだろうし、後者ならこんなのは○○じゃないっていう批判もあるだろう。個人的には後者の方が気が楽。もしもひどくても自分ごまかせる。①の2004年アニメブラックジャックは改変がひどく(原作死ぬ人間を無理に生かしてるなど)、見るのがつらかった。

 リメイクやすアニメって何だろう?と考えたんだけども、やっぱり原作の時点で1話完結してるものじゃないかなーと。おそ松さんとかヤングブラックジャックとかその典型だと思う。もし人気がなくても急にやめられるし。

 日常系ならこれからもこの日々は続く系でとくにやめやすいと思う。これは逆にいくらでも続けられるってことでもあるし。ドラえもんクレヨンしんちゃんがそうであるように。つまりはっきりとした筋がないというか・・・。あ、別に批判してるわけではなくて。ぼんやりと終わりがあると見えているものはもちろんある。ドラえもんではドラえもんから卒業=独り立ちが卒業だろうし、おそ松さんだってニートから脱却すればあのぬるま湯が終わるってことだろうし。

 でも日常系でない、たとえばブラックジャックとかも急に終われとなってもそれなりの区切りをつけるというならやりやすいと思う。印象強いエピソードを持ってくれば、無理矢理終わらせることもできる。2004年ブラックジャックの終わり方は「人生という名のSL」ぽかった。

 で、おそ松さんヤングブラックジャックおそ松さんは大流行したけど、ヤンブラの方はそうでもなかった(アニメ化しただけですごいが)。どうしてだろう?ヤンブラの絵がちょっと女性向け過ぎたんだろうか?でもおそ松さんも絵はかわいいと思うし。ていう。ヤンブラはでも話はまじめで、手塚治虫好きな人ならおなじみのスターシステムで楽しく見られる。キリコ見たときリアルで「!?」てなったけどまあああい解釈もなくはない。ただちょっとサービスシーンが露骨すぎた気がする。あとこの人が、あの手塚治虫ブラックジャックになるのか・・・というのが駄目な人は駄目なのかもしれない。やっぱり地続き感がある。それに比べるとおそ松さんは昔のおそ松くんとの関係を断ち切るとは言わないまでも、ほとんどが新しい。腐女子視点を絞れば、個性のなかった六つ子にそれぞれキャラ付けをして、関係性を匂わせて。そういうのが腐女子にはたまらない。と思う。でもイヤミとかチビ太とか周りのキャラ基本的に変わらない。っていうのがなんていうか難しいけど、いいのかもしれない。つまり原作から見るとおそ松さんは見ると未来ヤングブラックジャック過去の話。未来の方がみんな受け入れやすいのかな・・・。誰か教えて。

 もっと考えれば、原作から未来過去も考えられないような作品は②のリメイクに向いていないのかも。おわり。

 で、あしたのジョーの話やねんけど(?)。これはなんであしたのジョーリメイクされないのかって答えになると思う。つまりジョーってあれでもう完結してるやん。終わりやん。とくに未来は無理やん。世界チャンピオンとまで戦ったし。まだ続けるとかあれではないやん。じゃあ普通生活?とか余計無理や。あれハートロッカーみたいなところあるやん。きれいに終わってるやん。想像しても難しいやん。過去とか想像できない。なんかずっと1人で生きてきた的な。ほら、原作ブラックジャックはどうしてキリコと会ったのかってわからんやん。でもジョーと力石はもうはっきり描かれてるやろ。詰んどる。

 いや、逆に延命措置みたいなのなくてよかったと思う心もあるで。巨人の星2とかアレやん。掛布好きやけど。でも最近はもうそれでもいいんだよ!てなったんや。だってテレビとかって未だに影響強いで。見てくれたら少しでも読む人が増えるかもや。ヤンブラdisってように見えたかもしれんけど、入りは何でもええんや。あれで興味もって若い子が原作読む→手塚治虫にはまるってあったと思うし、めっちゃ感謝してんねん。リメイクしたらジョーもそうなるかもしれんやん。あ、でも女の子ウケは悪いかな・・・。でも玖足手帖でグダさんがジョーハーレムアニメって言ってたからいける?気がするで。

 別に①のリメイクでもええんや出崎統という天才がすでにアニメ化しとるけど、別にええんやで。頼むからしてくれや。むしろいろんな監督がどう料理するのか?を楽しみたいんや。でもひどければ怒るんやろうな・・・。しかし怒ることさえ許されないこの現状を頼むってことや。

 

 いや、分かるで、2回もいいアニメ化してるんならそれで満足せえってのは。確かに他の作品より恵まれてたで。逆に、ミクロイドSとか再アニメ化なんでしてないんやってのもあれば、そもそもアニメ化すらしてなくて憤慨ってのもある。でも最近昭和アニメリメイクが続々出てきて欲がでたんや。タイガーマスクも再アニメ化するみたいやから、ここから梶原一騎ラッシュを望むねんけど。

2015-09-14

http://anond.hatelabo.jp/20150914171147

娯楽である以上、ネトゲに限らずいつか単独ゲームは飽きられるもの

ソシャゲの類がコラボだ強力カードだとぽこじゃか投入するのは「ここでやめたらついていけなくなる」「ここでやめたら損をする」と思わせるための延命措置であって、一般論で行ってそういう延命策に出た時点で大抵そのゲーム寿命は尽きている。ましてカードゲームなんて新しいゲーム性提供できるジャンルではなく、最近始まるものの大部分は「始まる前から寿命が尽きている」ものばかり。あとは如何に有名な原作を引っ張ってこれるか、いかに有名な作品コラボできるか、そのどっちも無理ならいかにエロくできるかくらいかしか生き残る道はない。

脱線したが、そういう特性がある以上、ステータスエロさかのどっちか、あるいは両方がインフレするのは必然

2015-07-10

新国立競技場犯人探し

諸君、私はミステリーが好きだ。

フーダニット好きだ、ハウダニット好きだ、ホワイダニットが好きだ。

クローズドサークル好きだ、と延々と続けてもいいが、このへんにしよう。ヒラコーすげえな。

さあ、犯人探しをしよう。

概要

ある程度物語が進むと、大抵はワトスン役が事件のあらましを振り返る。

  1. 新国立競技場 国際デザインコンクールお題目は『「いちばん」をつくろう。』だった
  2. ラグビーワールドカップ2019と、オリンピック(2020)メインスタジアムが主目的だった
  3. 新国立競技場は、2019年(2018年度)完成を目指し、予算規模は1300億円であった
  4. コンペは、2012年に開催され(東日本大震災の後)、46作品を2段階で審査した
  5. 審査委員会は専門アドバイザーを置き、実現性、技術的な調査を行った

新しい日本というシンボルであり、世界一場所であり、オリンピックに対する日本という国の象徴を込めようとした。

字面そのままの国威発揚であり、ランドマークでもって日本存在感を示す、土建極北でもあった。

総工費2520億円の巨大さに隠された秘密

まず、当時とのドルベースでの日本円は、1.56倍となっている。(78円→122円)

1300億円を1.56倍すると、2028億円となる。

これが、ザハ当初案では3000億円規模と言われていた。ドルベースでも1.5倍。

国家を上げての景気向上と、建築難易度と、見込み違いのダブルアップで2.3倍程度に膨らんだ。

さて、3000億円、規模縮小圧縮しての2520億円の目眩ましが見事なミスディレクションとなっている。

1300億円でスタジアムを一つ作るというのは、適切な金額だっただろうか?

シンボリックランドマークとしてのインパクトを求めたのは?

1300億円の予算を組んだ首謀者は、誰だっただろうか?

「アンビルド女王」という都合の良い呼称

ザハ・ハディッドは、第一級の建築家だ。脱構築主義建築家としての。

ザハが実力で現在地位を勝ち取ったことは留意する必要がある。

まり、コンペでのザハ案は魅力的に見えることが多いということだ。

ザハの案は、脱構築主義建築と呼ばれる枠組みの中では、一級品と言える。

さて、国威を示すために、世界一のナニカをつくろうと決めたのは、誰だろうか?

日本的な何か、機能美的な何かではなく、建築物の美しさを求めたのは、誰だったろうか?

ディスクロージャー情報開示

実は、建築関係者が諦めとともに眺めているのには、3つ理由がある。

  1. 国立競技場は、たぶん経年劣化で使えない(取り壊しは恐らく不可避)
  2. ランドマーク性を求めた時点で、1500億~2000億程度はかかる
  3. デザイン予算の調整を取るような、現場設計屋の権限が弱い

1964年東京オリンピック時に、国立競技場こと国立霞ヶ丘陸上競技場はかなりの突貫で作られている。

当時の施工技術環境を考えると、延命措置結構無理があると想像できる。

また、コスパ最優先の「機能仕様を満たした競技場」とは、全く違う建築物だろうというのも想像できる。

なので、ザハ以外のどの案が選ばれたとしても、1500億円を下回ることは無かっただろう。

そして、「これ建築難易度高いと思うが」と言う地べたに近い建築家意見が「アドバイザー」扱いされるコンペだ。

優先順位は明確であり、そうしたコンペはそれほど珍しくはない。

責任者不在の、嘘

さて、「一番いいデザインを頼む」と言われた建築家が、ドリームデザインを選ぶのは、必然だ。

ラグビーワールドカップ向けの良いヤツを!オリンピックに恥ずかしくない良いヤツを!

そうした、「新国立競技場を決める参加者」の、誰のデメリットにもならないという、不気味な状況になっている。

本来大学入学祝いに好きなの選んでいいぞって言って息子がベンツCクラスを指さした時には殴るのが親父の努めなハズだ。

例えば、キミが富士鷹ジュビロじゃなかった藤田和日郎のファンで、アニメ化をアレコレ言う立場になったとしよう。

様々な候補の中から、やはり「うしおととら」だと決定した所で、ではどう削るか、という話になったとしよう。

いくらなんでもアニメ化するのにメインである白面の者との戦いは削れない。

前半のクライマックスであるうしおの髪を櫛ですく盛り上がりの為には、各地の少女エピソードは削れない。

藤田和日郎の連載作家ならではの回り道しがちな癖が絶妙バランス拮抗しているが故に、どのエピソードも削り難い。

で、予算青天井で、必要エピソード必要なだけ盛り込む係だとしたら、削る理由がない。

でも、本来予算配分を考えてリソースを誰かが管理すべきなのだ

どうやってもこの尺では入らないと、誰かがハサミを入れないと、作品はまとまらないのだ。

押井守みたいに、与えられた予算と期限内で作品を上げるために容赦無く切っていく監督というはむしろ例外的なのだ

読者への挑戦状

さて、ここからは挑戦状だ。

新国立競技場基本構想国際デザイン競技」と呼ばれるコンペは、何を目的にし、何に対して責任があるだろうか。

新国立競技場建築予算」に対して、予算配分を決めたのは誰で、何に対して責任があるだろうか。

文科相やコンペ審査委員長スポットライトが当たる中、隠れているのは誰だろうか?

ザハ案が膨らんだ時点で「拒否すべきだった担当」は、どこの誰だっただろうか?

問題点を切り分けるための、簡単なヒントを挙げておこう。

それぞれ明確な責任者が居るが、キミに見つけられるだろうか?

(ここで責任者とは、「通す or 止める権限を持つ担当者」を指す。門番と警備主任ビルオーナーはそれぞれ違う)

2015-05-10

シャープの減資

さて、巷で話題シャープ99%減資ですが、一部報道で累積赤字の一掃と言っています意味がわかりません。

シャープ利益剰余金はまだマイナスになってないし、これまでの赤字利益剰余金相殺できていたので。

債務超過がどうこうと言っている記事もありますが、債務超過じゃないし、減資は資本金から資本剰余金に科目間で振り替えているだけなので、株主資本の総額としては減資しようがしまいが影響はありません。

債務超過に陥っている会社は例え減資しても債務超過は解消しません。

そもそも100%減資でない限り株主にとってはいくら減資しようが特に影響はありません。むしろメリットがあるくらいです。資本金配当できないけど資本剰余金配当できるので。

から「この減資は投資家への重大な裏切りで~」とか的外れですんで気をつけてください。まあ現状を打開できない責任は当然あるわけですが。

あと「一度限りの延命措置で~」とかでもないです。一度限りでしかないのはそうですが、株主資本自体は変わってないので別に延命でもなんでもないです。

減資でデメリットがあるのは債権者、つまりはたくさんお金を貸してる銀行ですね。資本金会社法的には債権者に対する最後の返済手段として維持しなければいけない金額ですから

減資は債権者が不利で株主には有利な手続きであるため、株主総会決議は必要ではありますが、債権者がOKと言っていれば特に問題とはならないでしょう。

ただ、この後DESがあったり優先株の発行が行われた場合既存株主希薄化の影響を受ける恐れがありますが、何のために減資したか考えればしばらく増資はないんじゃないかと思います

中小企業になると何が変わるかと言うと、税務上の優遇が受けられること、これに尽きます会社法上は大会社のままだし、金商法上も特に影響ないですから

中小企業税制優遇はいくつかありますが、シャープ場合で最も恩恵を受けられるのは「繰越欠損金控除」でしょう。

繰越欠損金控除は、過去9年間の赤字を将来の黒字で補った場合に、その補った部分は法人税が課税されないというものです。理屈上は、企業がトータルで黒字になった場合法人税を課税するのが公平なので、これに制限を掛けるのはおかしいと考えることもできるのですが、政治的判断から過去9年の赤字制限されています

更に資本金1億円超の大会社は、赤字の出た翌年度以降の黒字について、単年度につき黒字の65%までしか控除できません。例えば昨年200億円の赤字を出して、今年100億円の黒字となった場合、繰越欠損金控除は100億円の65%の65億円しか使えず、35億円については法人税を支払うことになります。残りの赤字135億円については翌年度以降の利益相殺していくことになります。この制限は昨年までは80%だったのが今年厳しくなり、さらに2年後には50%になる予定となっています

中小企業場合、9年間の制限はありますが、65%には制限されず、前述の例の場合100億円まるまる控除を受けられ、今年は法人税を納める必要がありません。だから今後少しでも利益が出せるようになった場合に、キャッシュを確保するために現状多額の繰越欠損金のあるシャープ中小企業となるメリットは大きいと考えられます

中小企業になると欠損金の繰戻還付も受けられるようになるけど、これは前1年に納付した法人税の還付だから、欠損続きの今のシャープにはあんま関係なさそうです。

法人税軽減税率減価償却優遇交際費の一部損金算入はシャープくらいの規模だとあってないようなものしょうが研究開発費の税額控除の拡大は割と大きいかもしれません。繰越欠損金のある間はそもそも法人税がないので税額控除はしようがないですが、今後業績回復の兆しが見えたときに、新たな研究開発を行うと、それにかかった費用の数%を法人税の減額とすることができ、大企業よりも中小企業の方が税額控除の枠が大きいため、このへんでも中小企業恩恵が受けられるんじゃないかなと思います

あと外形標準課税対象から外れるのも大きいかもしれません。赤字でも資本割はかかってしまますから

ざっと計算したら3億円くらいは節税になるんですかね。ただ今後外形標準課税の拡大があるかもしれないとのことですからどうなりますかね。

 
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