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2022-05-26

大正時代華族の娘が50歳の男に売られた話

柳原白蓮(1885年10月15日 - 1967年2月22日)、本名は燁子。

大正天皇の生母である柳原愛子の姪で、大正天皇の従妹にあたる。

 

13歳で華族女学校(現・学習院女子中等科)に入学

1910年11月上野精養軒で燁子と九州炭鉱王・伊藤伝右衛門との見合いが行われた。

燁子は当日、それを見合いだとは知らされていなかった。

伝右衛門は50歳、親子ほどの年齢差・身分教養ともあまりに不釣りいであり、

地方の一介の炭鉱主が「皇室の藩塀」たる伯爵から妻を娶るのは前代未聞のことで、「華族の令嬢が売物に出た」と話題になった。

異例の結婚新聞では、柳原家への多額の結納金媒介者への謝儀、宮内省への運動資金など莫大な金が動いたことが書き立てられた。

背景には貴族院議員である兄義光の選挙資金目的と、一代で成り上がった伝右衛門が後妻に名門華族の家柄を求めたことがあったと見られている。

1911年2月22日日比谷大神宮結婚式が行われ、帝国ホテルでは盛大な披露宴が行われた。

東京日日新聞』では結婚式までの3日間にわたり、2人の細かい経歴などを書いた「燁子と伝ねむ」というタイトル記事が連載され、“黄金結婚”と大いに祝福された。

燁子は遊廓に入り浸ることの多かった伝右衛門に病気うつされ大きな屈辱となり、夫婦の間の亀裂は深まった。

そんな歪んだ結婚生活の懊悩孤独を燁子はひたすら短歌に託し、雅号「白蓮」の名で、竹柏会の機関誌『心の花』に発表し続けた。

 

1917年暮れ、福岡鉱務署長・野田勇に炭鉱から贈収賄が行われた疑いで大規模な検察調査が入った「筑豊疑獄事件」が起こる。

1918年4月初頭、野田夫人の友人である燁子は贈賄側の証人として出廷した。

公の場に現れたことで話題となり、『大阪朝日新聞』は4月11日から筑紫女王燁子」というタイトル10回にわたる連載記事を載せ、大きな反響を呼ぶ。

この連載記事きっかけで「白蓮」が燁子であること、「筑紫女王」という呼び方全国的に知られるようになる。

 

1919年12月戯曲『指鬘外道』を雑誌解放』に発表する。

これが評判となって本にすることになり、打ち合わせのために1920年1月31日、『解放』の主筆編集を行っていた宮崎龍介別府の別荘を訪れる。

龍介は7歳年下の27歳、孫文支援した宮崎滔天長男で、東京帝国大学法科の3年に在籍しながら新人会を結成して労働運動に打ち込んでいた。

新人会の後ろ楯となったのが吉野作造学者による黎明会であり、『解放』はその機関誌であった。

親共に筋金入りの社会運動家の血を引き、時代の先端を走る社会変革の夢を語る龍介は、燁子がそれまで出会たことのない新鮮な思想の持ち主であった。

別府に2晩宿泊し、打ち合わせを終えて日豊本線に乗る龍介を、燁子は小倉まで見送った。

その後、事務的手紙の中に日常の報告と恋文が混じる文通が始まる。

 

燁子の上京の機会は伝右衛門に同行する春秋2回で、京都などで限られる逢瀬の中、2人は頻繁な手紙のやり取りで仲を深めた。

やがて龍介の周囲で燁子との関係の噂が広まり華族出身ブルジョワ夫人との恋愛遊戯など思想の敵として、

1921年1月に龍介は『解放』の編集から解任され、4月には新人会を除名された。このことは燁子の心を一層龍介に傾かせた。

 

1921年8月京都での逢瀬で燁子は龍介の子をみごもった。

燁子は秋の上京の際に家出を決行する準備のために、伝右衛門のお気に入り博多花柳界で名高い芸妓であった舟子を、

大金の4千円で身請けして、9月29日廃業届が出された。

自分の身代わりの人身御供として舟子を伝右衛門の妾にしたのである

龍介は新人時代の仲間である朝日新聞記者早川二郎赤松克麿らに相談して、燁子出奔計画を練り、決行した。

世に言う白蓮事件である。燁子36歳、龍介29歳であった。

 

1921年10月20日、伊藤伝右衛門夫婦滞在していた東京府日本橋旅館「島屋」から福岡へ帰るために車で東京駅へ向かい

妻・燁子は親族訪問する予定で東京に残り、伝右衛門を見送った。しかし、燁子はそのまま日本橋旅館に戻らず、行方くらませた。

22日、大阪朝日新聞朝刊社会面に「『筑紫女王伊藤燁子 愛人宮崎法学士と新生活?」と失踪第一報が伝えられる。大阪朝日単独スクープであった。

伝右衛門は福岡へ戻る途中で立ち寄った京都の宿「伊里」で、22日朝刊の報道を知って驚愕する。

その頃の燁子は東京府中野弁護士山本安夫の元に、伊藤から伴った女中と共に匿われていた。

山本は龍介の父・宮崎滔天の友人であり、子供の頃から親しい龍介に相談を受け、燁子の身柄を預かっていた。

22日夜、山本新聞各社に燁子の居所を連絡し、記者が押し寄せて取材が行われ、23日朝刊には記者対応する燁子の写真掲載される。

 

朝日スクープは、姦通罪を逃れるため、龍介が新人会の仲間で友人の赤松克麿朝日新聞記者の早坂・中川らに相談し、

マスコミを利用して世論に訴え、人権問題として出奔正当化するために仕掛けられたものだった。

から男に宛てて、新聞という公器を使って縁切りの宣言を行うという前代未聞の出来事に対し社会反響は大きく、

大阪朝日24日夕刊には、5百余通の投書が殺到した事が書かれ、世間を大いに揺るがす事件として受け止められた。

柳原家や燁子が身を寄せた山本家には多くの賛否手紙の他、脅迫まがいのものも届いた。

 

1024日に福岡に戻った伝右衛門は親族会議を開き、友人の炭鉱主らも同席する。そこで宮崎龍介赤松克麿らの思想的背景が問題となる。

伝右衛門ら炭鉱主は当時頻発していた米騒動ストライキに神経をとがらせており、彼らによって労働争議の標的にされる恐れがあった。

また姦通罪で訴える事は、今上天皇の従妹である燁子を投獄する事でもあり、宮崎側に関与する事は避け、問題柳原家と伊藤家の両家の間のみに絞られた。

 

11月1日夜、東京丸の内の日本工業倶楽部の一室に伊藤柳原両家関係者が招集される。

この席で燁子を伊藤から正式に離縁する事が決められ、伊藤家に残した燁子所有の調度品や衣類・宝石類を柳原家に託し、

燁子名義の土地家屋株券などは名義を変更して伊藤家に返還する事などが決められた。

 

11月2日、仲介役の奥平伯爵築地精養軒で新聞通信社に燁子と伝右衛門の離縁を発表し、3日付の新聞掲載される。

事件からわず10日後、伊藤家側は極めて寛大な処置で迅速に身を引いた。

伝右衛門は一族に「末代まで一言の弁明も無用」と言い渡し、「上京して姦夫姦婦を二つに重ねて四つに叩き斬る」と息巻く地元血気盛んな男達にも「手出しは許さん」と一喝した。

福岡天神町の銅御殿落成の翌日、11月27日に伝右衛門と燁子の離婚が成立する。

 

駆け落ち騒動最中に生まれ長男・香織と共に宮崎家の人となった燁子は、それまで経験したことのない経済的困窮に直面する。

弁護士となっていた龍介は結核が再発して病床に伏し、宮崎家には父滔天が残した莫大な借金があった。

裁縫は得意であったが炊事洗濯は出来ない燁子に代わり、姑の槌子が家事育児を引き受けた。

燁子は小説執筆し、歌集出版、色紙や講演の依頼も引き受け、龍介が動けなかった3年間は燁子の筆一本で家計を支えた。

1925年9月、長女の蕗苳が誕生する。

 

この頃、吉原遊廓から脱出した花魁森光子宮崎家に駆け込んで助けを求めている。

苦界にあった女性たちに白蓮は憧れの存在であった。

労働総同盟の協力を得て、光子自由廃業を手助けした。

その後も娼婦の救済活動は続けられ、1928年にも吉原から子持ちの娼妓宮崎家に駆け込んでいる。

この活動暴力団に狙われる危険ものであったが、燁子にはかつて伊藤家で舟子ら同性を

身代わりの人身御供にした罪の意識があり、娼婦の救済はその罪滅ぼしもあったと見られる。

 

1944年12月1日、早稲田大学政経学部在学中の長男学徒出陣し、

1945年8月11日、所属していた陸軍鹿児島県串木野市基地が爆撃を受けて戦死した。

享年23終戦わずか4日前であった。

1961年、燁子は緑内障で徐々に両眼の視力を失う。

龍介の手厚い介護のもと、娘夫婦に見守られ歌を詠みつつ暮らした穏やかな晩年であった。

1967年2月22日心臓衰弱のため西池袋の自宅で死去した。81歳没。戒名は妙光院心華白蓮大姉。

遺骨は長男と共に神奈川県相模原市石老山の顕鏡寺に納められた。

 

明治期だと上級国民が意外と40代とかで死んでいる

https://anond.hatelabo.jp/20220526175809

2022-05-24

anond:20220524162444

ワイは推し名前パスワード作った日にちを合わせてパスワードつくってる

そして、管理してるメモ

推し1のイニシャル)(推し3のイニシャル)(日にちはそのまま書く)

を書いてる

から例えば推し1が田中推し2が伊藤推し3が大石だったら、

パスワード:TanakaOhishi24

メモ:TO24

って感じ

隠れオタクでオタ友も作らない主義から誰も私の推しのことは知らないので超堅牢パスワードだと思う

anond:20220524151428

でも、「伊藤さん、ケンカしちゃダメ!」に変節しましたよね

2022-05-23

anond:20220523145609

✋(👁👅👁)🤚佐藤佐藤…ペロペロ

✋(👁👅👁)🤚鈴木鈴木…ペロペロ

✋(👁👅👁)🤚高橋高橋…ペロペロ

✋(👁👅👁)🤚田中田中…ペロペロ

✋(👁👅👁)🤚伊藤伊藤…ペロペロ

✋(👁👅👁)🤚山本山本…ペロペロ

✋(👁👅👁)🤚渡辺渡辺…ペロペロ

✋(👁👅👁)🤚中村中村…ペロペロ

✋(👁👅👁)🤚小林小林…ペロペロ

✋(👁👅👁)🤚加藤加藤…ペロペロ

2022-05-19

なぞなぞ佐藤さん・後藤さん・伊藤さんの中で、一番人付き合いが悪いひとってだーれだ?

こたえ:伊藤さん(厭うだから)

じゃあ俺がオチとしてオタク気持ち悪い平成ベスト音楽語りでもするか

最初に言っておくけど俺は音楽センス0で音楽は完全に「情報を食う派」だからな。

以下目次。順番は思いついた順なので特に意味はない。食える情報系統が違いすぎて順位はつけられねえや。

・硝子ドール

アカシア

eternal reality

Love Destiny

きれいな旋律

バンバード

・Constan Moderato

In the Blue Sky

・群青

・CROSSING

・夏の記憶

Gの閃光

Kiss the Future

・硝子ドール

作詞こだまさおり

作曲編曲帆足圭吾MONACA

歌:もえ・すなお from STAR☆ANIS

データカードダスアニメアイカツ!』より藤堂ユリカ様(ヴァンパイア設定アイドル)の持ち歌。女児向けでまさかプログレッシブメタルを!更にはピロピロギターソロを完備。個人的特筆すべきは「永遠の時を生きる吸血鬼少女」という設定からまれた『超・少女趣味耽美的・モラトリアム語り』な歌詞である。「ビロードの重い空」、「鍵が壊れた鳥籠」、「自分だけに見える鎖」などなどの歌詞によって浮かび上がる永遠の暗闇の中に自ら引き籠もりその悲観的な世界に酔いしれる姿。それを「いつまでも少年時代トラウマに引き込もったまま人間関係を構築しなくて良い趣味フィクション世界に籠もり続ける」オタク勝手自分に重ねてガン刺さりである。人目を恐れて締め切った暗い部屋の中で人生絶望しながら聴きたい曲。

アカシア

作詞作曲藤原基央

歌・編曲BUMP OF CHICKEN

ポケモンMV『GOTCHA!テーマソングMVを見ればそこにはポケモンの20年分の歩みが。目を閉じればBUMP OF CHICKENの25年の歩みが。

バンドってのはときに「メンバーAがメンバーBに音楽やらせ続けるために存在し続けている」なんて表現されることがあるが、BUMPもそういうタイプバンドだと思ってる。最高の仲間と出会い仲間を輝かせる中で自分も輝く道がある。ウッチャンとナッチャン、ピカチュウサトシオタクオタク趣味。まあ俺みたいな消費オンリーオタク一方的に貰うだけでは誰かに何かを与えたことはないが、心の中で出しもしないラブレターはいくらでも綴ってきたから輝きを見出してきた回数じゃ負けてねえぜって気持ちで聞いてるぜ。

eternal reality

作詞編曲八木沼悟志

作曲小室哲哉八木沼悟志

歌:fripSide

TVアニメとある科学の超電磁砲S』の後期OP。でももっとずっと重要なのはfripSide小室哲哉作曲した歌を歌ってるってこと!オタクソングの中には一定割合でコレもろに小室の影響を受けているなって曲が存在する。I'Veが一時期量産したエロゲソング代表されるように!それが、今、遂に、交差する!伝説との共闘。始祖との共演。夢のクロスオーバー。内容それ自体よりなんかもうそこが凄い!fripsideクロスオーバーだと『escape -crossroads version-』という白詰草話大槍葦人ガンスリンガーガールっぽいやつ)のOP(元はresetの曲)をfripsideが歌ったバージョン個人的には激推しなんだが、だが、eternal realityは……小室とのクロスオーバーは圧倒的すぎる……俺たちがずっと心のなかで思ったことが具現化してんだぞ……。

Love Destiny

作詞作曲伊藤千夏

編曲小林信吾

歌:堀江由衣

アニメ版『シスター・プリンセス』のOP。ある日突然12人の妹ができることで知られるあのシスプリ代表する曲。「lovelovelove」に「アイアイアイ」とルビをふる歌詞は一度見聞きすれば忘れられない。内容自体は「ほ、ほーっ、ホアアーッ!! ホアーッ!!」で長年愛される堀江由衣が歌うバリバリ純愛ソング。とにかくシスプリは凄かった。いま流行りのラブライブと設定を考えたのが同じ人(公野櫻子)だと言えば、その凄さの片鱗が少しは想像できるかも?一時期インターネット個人日記でどこもROラグナロクオンライン)とシスプリの話をしてる時代が確かにあったんだ。KANONROシスプリの話を皆してたんだ。最近だとシスプリキャラが20周年を記念してVtuberをやっていてまたちょっと話題になった。そのVのバーチャルライブ最中でこの曲のイントロが流れた時、どこからか「きょええ~~~~~~」という叫びが聞こえた。その時「わかる。」と思ったもんよ。だって本当に心拍数が凄い上がって、まるで初恋の人に夢で再開したみたいになって、さすがは運命の恋を歌う超名曲だなって。美化された思い出の完成形なんだよ。


きれいな旋律

作詞今野緒雪

作曲マーティ・フリードマン

編曲中沢伴行井内舞子

歌:KOTOKO

OVAマリア様がみてるEDオタク的にマーティと言えばももクロかコレ!本当にきれいな旋律なんだなコレが。その綺麗さがマリみてイメージと最高に噛み合って神々しい清涼感がある。聞いている間だけはどんな汚いオタク静謐気持ちになってしまうのだ。この曲を聞いてるとき必要な語彙力は「きれい」の3文字だけで十分だ。

oblivious

作詞作曲編曲梶浦由記

歌:Kalafina

劇場版空の境界』第1章OP。あの頃の日本に漂ういよいよ駄目なのではという閉塞感、自分価値を高めて生き残るしか無いという焦燥感、そうはいっても俺には無理だろという絶望感、そこから逃げるために広がる妄想膨らむ悲観の非現実感。そういったロクでもないものが心のなかで混ざり合ううちに、都会の暗黒へと魂が霧散していくような浮遊感。青く光る闇が広がりがちなビジュアルイメージとの噛み合いが最高だぜ。梶浦由記名曲まみれな中でコゼットの肖像からまり.hackまどマギやら脳内で次々トーナメントで戦わせていった結果最後にはコレが残った。研ぎ澄ましてもしょうがないオタクペラペラ感受性が尖らされた挙げ句センサー無限の虚無の中に落ちていく感じが好き。

バンバード

作曲:mozell

フリーゲーム遺跡島と7つのまほう』等で使われているフリー楽曲。数多くのアレンジ存在し、その中でも『バンバードPiano Version~』が特に有名。ノリノリでテンポのいい民族風の音が非常に軽快で楽しい。とにかく「音」が「楽」しい。うわーい「音楽」だ―。鼓膜に気持ちの良い周波数が次々叩き込まれて脳が快感に揺られる気持ちを味わいたい欲求を満たす能力が非常に高い。

Constan Moderato

作曲:ミツキヨ

スマホゲームブルーアーカイブタイトルBGMタイトル画面にふさわしい柔らかさをベースとして軽快にピッコピッコと音を叩いていくエレクトロな曲調に妙な安心感がある。これは……GBCとかGBAゲームでありがちだったアノ感じや……なんちゅうもんを食わせてくれたんや……。強めの味付けでスパイス聴かせて音を立たせていくレトロさは健在。そこにGB時代と比べ物にならないスマホゲーの豊富な容量が実現する当時にはなかった柔らかさを追加。古臭さは感じさせずに圧倒的に懐かしい全方面にあったっけえ音。これぞまさに実家のような安心感デジタル羊水よ。

In the Blue Sky

作曲小山健太郎

アーケードゲーム(家庭用もあるけど)『電脳戦機バーチャロン』の主人公ステージBGM。知ってる人なら一発で分るレベル自己主張抜群のイントロを聞けば魂が当時のゲーセンへと帰っていく。対人ゲーというストレス憎しみ発生装置からまれたとは思えない爽やかさと前向きさ。それでいてピリピリきてる神経とのくっつきの良さ。いつしか意識は画面の中へとシンクロし機体と痛覚がリンクするのだ「痛っ」「食らったのお前じゃないだろ」

群青

作詞作曲編曲:Ayase

歌:YOASOBI

ブルボンアルフォート』のCMソングらしいが、オタクからすると漫画ブルーピリオドイメージソング。八虎の「好き」が受け入れられた感覚手拍子コーラス表現する発想が天才すぎる。コーラスパートの明るさによって今度は1人で歌っている時の孤独さが加速する。芸術というコミュニケーションを通して不安を抱えながら恐る恐る胸襟を開く怖さ、伝わることの喜び、ブルーピリオド世界観がよく表現されてるぜ。そんな姿に漫画家と音楽家の間でもグッドコミュニケーション成立してるなと俯瞰視点古参面だ。ブルーピリオドが本当に面白いって皆が知ってくれて俺も鼻が高いよ。

CROSSING

作詞田中ロミオ

作曲:Funczion

歌:Marica

18禁ノベルゲームCROSS†CHANNELED。「絶望でよかった」から始まる歌詞自己社会への失望感を語りながらも、それでも結局は人と関わる道を選ぶことを歌う。聞き手社会不適合度が高いほどに何度も何度も頷いてしまう。同じように社会への不適合を嘆く歌詞の歌は世の中に数あれど多くはメタルオッサンヘドバンしながら聞き手を責めるがこちらはゆったりとその懺悔を復唱するかのように歌ってくれるので非常にメンタルにいい。社会が怖くて仕方ない夜でも何度も聞いているうちになんとか社会に戻ろうと思わせてくれるので助かっている。このゲームインスパイアされたらしい岸田教団の『84』もオススメ

夏の記憶

作曲前口渉

編曲鈴木Daichi秀行

作詞・歌: 清浦夏実

TVアニメスケッチブック』の最終話前回の限定OP。どこまでも広がる夏草の真横でママチャリ漕いでるような光景が浮かぶ曲。シットリとしていながらも爽やかな夏限定の青いノスタルジーまったりしたいときに聞くとちょうどいい。

Gの閃光

作詞井荻麟富野由悠季

作曲編曲菅野祐悟

歌:ハセガワダイスケ

TVアニメガンダム GのレコンギスタED。散々鬱っぽいことを繰り返してきたガンダムシリーズながらもまさかの超前向きソング。と思わせて2番では「リアル地獄」と言い出し、3番にいたっては「出来ると思ってない」なんて語ってしまう躁鬱の激しさ。富野監督が今までの人生の中から『やらないと始まらいからやるしかない』という答えを導きそれを若者へと伝えようとするある種の説教ソング。でも富野がそこまでいうならまあ地獄の中であがくしかねえなって気持ちになれる。


Kiss the Future

作詞元長柾木

作曲高瀬一矢

編曲C.G mix

歌:SHIHO

18禁ノベルゲーム未来にキスを-Kiss the Future-』テーマソング歌詞叙述トリックかけてくる歌でこれ超えてるの俺はまだ知らない。OPネタバレしてたアニメゲームは知ってる。叙述トリック仕込んでる恋愛ソングも知ってる。でも曲単体で叙述トリック成立させつつゲームの設定とも絡めてきててやってることのスケール作品世界根底全部ひっくり返してくるようなのは自分が知る限りこれだけ。それ以上にやってることのテーマが好き。気持ちのいいリリックで気の狂ったトリックしかけてくるし作曲高瀬一矢全部好き。なにより今の世界だと「まあ人類って結局何度もピンチを乗り越えられてるからうそう滅びなくね?」が蔓延してるけど、その直前の「本当にピンチになったとき人類は遂に滅びるのでは?」に神経をとがらせることがまだ出来た時代の名残とかデジタル技術指数関数進歩への盲信とかが加わってこの曲の展開に対してコレマジであり得るんじゃねみたいなノリがまだ可能でさ……つまりは失われた技術オーパーツだよ。

2022-05-15

やばいことにきづいてしまった消されるかもしれない

はてなーお茶がでない

お茶といえばおーいお茶

おーいお茶伊藤園

伊藤といえばはてなもとCEO・・・

2022-05-11

男の性犯罪被害者自由なんだな

anond:20220509165237

女性性犯罪被害者は、とても不自由だ。

どんな容姿でどんな年齢か、事件ときにどんな服や下着を着ていたか事件後どんな服や下着を着ているか、どんな表情をしているか、常に性犯罪被害者らしいかジャッジされ、笑われたり批判される。

山口が言っていた「本当に性被害にあった方は、伊藤さんが本当のことを言っていない、それから、たとえばこういう記者会見の場で笑ったり上を見たり、テレビに出演してあのような表情をすることは絶対にないと証言してくださったんですね。」のように、性犯罪被害者に対して、加害者が「笑ったり上を向くのは変だ」とジャッジする事すらも許されている。

暗器使いさんは男性レイプ被害者として、講演や雑誌取材などに答える活動をしている。

暗器使いさんが女性なら、レイプ被害者として活動してる女が20も年下のメンヘラ無料セックスしにいってお断りされ切れて騒いでいると、活動しているレイプ被害から疑われ嘲笑しまくられるだろう。

今回レイプ被害と絡めて語られていない暗器使いさんを見て、男性が性被害を訴える時の、女性とのハードルの高さの違い、男性性犯罪被害者自由さみたいなのが羨ましくなった。

2022-05-10

anond:20220510170647

初犯で釈放された伊藤君が増田に書いているのかな?

福岡市東区香住ケ丘派遣社員伊藤幹人容疑者(43)を逮捕した。署によると「自分タイプだった」と容疑を認めている。


彼もまた、氷河期世代犠牲者・・・ヨヨヨ

福岡市東区マンションで、小学生少女(9)にキスをするわいせつ行為をしたとして、東署は9日、強制わいせつなどの疑いで、同区香住ケ丘派遣社員伊藤幹人容疑者(43)を逮捕した。署によると「自分タイプだった」と容疑を認めている。

逮捕容疑は2月18日午後7時40分ごろ、マンションエレベーター内で、少女キスをした疑い。2人に面識はないとみられる。

少女母親が「マスクをはがされ、キスをされた」と110番した。防犯カメラ映像から浮上した。(共同)

anond:20220510115405

賛成。

ろくでなしブルース四天王薬師寺が弱くて幼馴染だったり

まだ人間ドラマがあるけど

クローズは結局花道が出てきてドカーンだもんな。

今日俺か特攻の拓



今日俺の中野VS伊藤11巻とか

特攻の拓

無駄文化や昔の音楽を知れるのも好き

2022-05-08

anond:20220508104059

園の件、伊藤詩織山口の件と比較してすらも燃えてないんだよな

司法無罪と決定してからすらも燃えていたのに

2022-04-27

伊藤くんはなぜ切腹しないのかなぁ

不適切発言自覚しているなら

誠心誠意謝罪する意味を込めて

切腹記者会見くらいして欲しいね

なんでみんな謝罪する時は切腹しないのかな

たか切腹するだけだよ

そんな嫌なことじゃないよ

切腹する程度簡単なことどうしてしないのか

早く切腹しようよ

もうアラフォーなんだしさ

2022-04-26

押印ってなんのためなんだろ

前の職場総合病院だった。去年まで働いてた。

いろんな業務がある中で、ひとつ「当直日誌の押印」というものがあった。

病棟当直した医者毎日日誌(といっても○人急変、死亡、とか簡潔にふたこみこと書いてあるだけ。3割くらいは自分名前しか書いてない)をつけていて、月末に1か月分まとめて全員分の押印をしていくのが仕事だった。

当直は3年目専攻医(数か月単位診療科をローテーションしてる若手)もやるので、人がコロコロ入れ替わる。つまり必要印鑑がどんどん増えてくる。

でも3年目専攻医はほとんどが半年~1年で病院を出てしまうのでわざわざ病院印鑑を残すほどじゃない。でも印鑑は押さなきゃいけない。どうするか。

古い印鑑の中で同じ苗字があればそれを使うし、なければ一番似ている気がする印鑑適当に選んで押す(「伊藤」だったら「佐藤」つかう、みたいな)。医師名前欄とちょっとかぶせて見えにくくするのがポイント

画数が多ければ多いほどごまかしやすいので助かるし、画数が少なくても適当にハンコのふちとかつかって二度押しすればそれっぽくなる。

どうしても似た苗字が見つからなかった時だって問題ない、篆書体で書かれた漢字なんて書道に造詣深い人間くらいしか解読できないんだから、なんかごちゃごちゃっとした感じの篆書体印鑑探せばいい。自分の時は「後藤」の篆書体を乱用してた。ありがとうかつていたはずの後藤先生

この日誌を回収して確認して保管するのは医事課仕事医事課のオバハンたちは印鑑見比べることしか仕事ねーんか?みたいな人はいないので、とりあえずハンコさえ押してあれば別に何も言わない。

詳しくは知らないんだけど、病棟当直についての日誌は毎日ちゃんとつけて何年以上保管すること、みたいなきまりがあるらしくて、そのため。押印する理由については知らない。でも正直意味ないと思う。だって医者でもなんでもない自分が、適当にその先生のものでもない印鑑押してるだけから

このペーパーレス時代にいつまでこの制度続けんのかなー日誌も紙で残してるしアホだなーと思いつつ、ま、あと10年は変わらないだろうなーと思った。

今の会社では入ったとき誓約書関連以外押印したことないです。

2022-04-19

anond:20220419141833

いやー、それ人間原罪みたいなもんじゃない?それこそ1万年単位解決してない根源的な問題な気がする。個別具体的な話じゃなくて、性が存在しているからみたいな。

しかし、そういう社会でどう生き抜くかを、どう子どもに教えていくかという話だとしても、例えば伊藤詩織さんみたいに育っても人間性を蹂躙されるわけだし、もうヤンなっちゃうな…

2022-04-15

フェミニズムが傷を抱えた人間セラピーになることについて

前書き

現代日本フェミニズムは、傷ついた人間が慰め合うセラピー看板のような機能を持っていると言える。

弱者が慰め合える駆け込み寺、いわばフェミニス堂があること自体は良いことだ。

エンパワメントシスターフッドという精神性・関係性を重視した言葉最近人気なのもその一環かもしれないし、そこまで前向きな気持ちになれないからとにかく苦しみや怒りを吐き出させてくれという層だって駆け込み寺には居場所がある。

だが、「セラピーとしてのフェミニズム」と「学問言論としてのフェミニズム」が分離されていないために、言論としてのフェミニズム信頼度が著しく弱まっている。

セラピー面も学問言論面もひと固まりからフェミニストはメンヘラだとか、他人幸せを許せないだとか、ミサンドリストセックスヘイタージェンダークレーマーだとかの批判に繋がってしまっているのだろう。

私自身も精神疾患持ちなので、精神が弱っていることを批判する気はないのだが、セラピー的な語り合いと、学問的討論がごっちゃになっている状況は大いに問題視している。

追記:↑ここで私の精神疾患に言及したのは、私も議論の場で当事者性を武器として使おうという態度でよくなかった。反省する。)


本稿で主張するのは、「冷静な研究者としての立場」と「傷つき怒れる当事者としての立場」は、兼任すると問題が生まれるのでどちらか片方だけの立場に立つべきだ、ということだ。

たとえ学位免許を持っていても、冷静になれない話題については傷が治っていない当事者から理論議論を使いこなせる研究者ではなくあくまで苦しむ当事者個人として発言した方が良い。

本論前に、何がOKで何がNGかおおざっぱに切り分けておこう。

冷静なフェミニズム研究者が、「困った女性のための駆け込み寺やセラピーの場や、肯定しあえる関係必要だよね」という学問理論を組み立てる。
冷静なフェミニズム研究者もしくは心理医療専門家が、セラピーの場の最低限の安全が保たれるように監督をする。
セラピーに集まる傷ついた人たちが、フェミニズム用語理論武装したり、怨恨を吐き出したり、過激むちゃくちゃな主張をする。(なぜなら、セラピー的な場では、ひどい発言原則許されるべきだから。ただし、それをそのまま社会への要求として広めるべきではない)

×
まだ傷が深く残っていて冷静な振る舞いができない人間研究者としての発言力を得て、本来患者としてすべき主張を研究者立場でする。
×
傷の残っている研究者セラピー監督役をやり、セラピー患者同調してしま患者内面吐露検討・洗練せずそのまま社会にぶつける。
×
研究者同士でも肯定しあえないと傷が痛んで耐えられないので、アカデミックであるべき関係を仲良しグループにする。




本論

フェミニズムという看板のもとに、傷ついた人々が集い、辛さや怒りを語り合い共感あい心を癒そうとする様子は、当事者会に近い。

当事者自体は、様々な依存症障害事故被害者などについて行われており、有用セラピーと言っていい。

だが「セラピーとしてのフェミニズム」の問題は、当事者会で癒される患者と、当事者会を監督したり理論を語る研究者がかなり重なってしまってるということだ。

要するに、当事者として治療を受けるべき傷を抱えたままの人間が、セラピスト役もやってしまっているという問題が、「セラピーとしてのフェミニズム」にはある。

全てのフェミニストが病んでいると言っているわけではない。

だが、SNSのそこら中で行われている「セラピーとしてのフェミニズム当事者会の多さに比べて、監督できる冷静な研究者は全く足りていない。


普通当事者会やセラピーは、福祉医療心理専門家によって研究理論化がされ、社会に対して有用性が主張され、会の時にはその場にいて見守ったりもするはずだ。

傷ついた当事者たちの語りは、しばしば自己中心的だったり理屈が通ってなかったり乱暴だったりするが、それは回復必要な心の解放だ。

それがそのまま社会への要求として世の中に出されたりはしないので、当事者会で語ったことが間違ってるなんて責任を問われることもない。

客観的専門家当事者たちの感情吐露分析して理論化した上で、必要な部分は社会に訴えるようになっている。

から普通健全当事者セラピーは、傷ついている当事者が冷静さを求められたりはしないし、当事者ヤバいことを主張していても研究者評価が下がることもない。研究者監督しているか当事者同士の会話が先鋭化するエコーチェンバーも防げる。当事者要求研究者が整理したうえで一般社会に伝えるので、外部の一般人当事者過激すぎる主張を直に聞かされて悪感情を持つこともない。

全てが完全に徹底されているわけではないが、それでも、当事者セラピーで語り合う患者とそれを監督する研究者の間に線が引かれていることで、ある程度は弊害抑制ができている。

しかし、「セラピーとしてのフェミニズム」では、患者監督者、研究者区切り曖昧になりやすいので、普通当事者セラピーでは減らせる弊害がモロに発生しているのだろう。

たとえばフェミニストが「トーンポリシングはやめろ」と主張し、議論や説得において言い方ってのは大事だろと反論されるのをよく見るが、あれも、内輪の癒しセラピー的な感覚と対外交議論感覚がごちゃまぜになっているせいだ。

「私はいま苦しすぎて言葉を選んでいられないのでセラピー患者として気持ちをぶちまけてるんだからトーンポリシング(言い方警察)するな」、という話なら真っ当である

「私は冷静を保ち、言い方や内容にしっかり気を使うから議論として発言を真面目に聞いてくれ」、というのも真っ当である

だがそれを同時にやろうとする、「自分セラピー的に感情をぶちまけるが聴衆は真面目に聞いてくれ」というのは無法な要求だ。

せめて、セラピー監督する冷静な研究者に向かってぶちまけて、その研究者理屈の通らないところを補助し冷静な言い方に直して議論の場に持っていくという形にしなければいけない。

なのにフェミニズム議論では、何もかも一緒くたになりがちである


当事者研究者の分離は、簡単なことではないとは思う。

特に精神思想分野ではそうだ。

臨床心理士カウンセラー看護師助産師になりたがる人間はしばしば自分が精神不安定を抱えているというのは、統計はともかく実体験としてはよく聞く話である

博物学系でも、たとえば動物学者はだいたい動物好きで、心情的には動物保護したがるだろう。

だが、そこは資格団体ががんばってたり教育だったりで、臨床心理士精神保健福祉士はある程度の信用をしてもいいだろうとなっているし、動物学者も後先考えない動物愛護活動をする人は目立ってないわけだ。

しろ愛護派の過激な主張の角を取って一般社会的に可能動物保護のやり方を訴えたりしていて、それはまさに、感情的になりがちな当事者の語りを、研究者自分のところで一度止めて丸め社会に伝える、当事者会に対する医療福祉関係者の立場と近い。

から臨床心理士動物学者などの学問的信用はまあ保たれている。


ところがフェミニズムや一部社会学は、理論家や研究者が、傷ついた当事者と近かったり同一人物だったりするせいで、冷静な監督者のいないまま野良セラピー的な語りあいを続け、当事者の悲痛な心情吐露ではあるがそのまま社会要求するには妥当性に欠ける内容が研究者学問立場から主張されてしまっている。

フェミニストはメンヘラだとか他人幸せを許せないだとかミサンドリストセックスヘイターだとか言われてしまうのはこのせいだ。

それにもかかわらずフェミニズム大義名分世界中で力があり、フェミニストの要求の内容を精査して妥当性十分の時は応じますという態度は悪だと指弾されるのが、本当に良くない。

ここで断言しておくが、メンヘラも、他人幸せを許せない人も、ミサンドリストミソジニストも、セックスヘイターも、楽しく生きてよいし好きに発言してよい。当事者会で同病相憐れむのだって、傷ついた人間には大切だと思う。

過激思想トラウマは緩んだ方がいいとは思うが、それもあまりに大きな加害に繋がらないのであれば自由だ。

ただし、その好き勝手発言暴言あくまで傷つき冷静さを欠いた人の胡乱な言動として生暖かく聞き流されている方が、周囲にとっても当人にとってもよいはずだ。

弱者の声は社会から無視されるべきではないが、そのままで妥当性が低いので、客観的研究者が集積して適度に理論化と穏健化した上で世の中に訴えるべきだろう。

フェミニズムが、弱者に肩入れしようとするあまり病んだ当事者発言をそのまま重用したり、著名な研究者が「冷静さを保つために私の当事者としての感情一時的に抑えよう」という努力をおろそかにしているのは、誰にとっても不幸である

辛すぎて悲鳴を上げざるをえない当事者と、冷静で他者対話可能研究者弁別は、完璧でなくとも努力する価値がある。できたぶんだけ弊害が減るはずだ。




おまけの具体例 朝日新聞運営の『かがみよかがみ』について

一つ、わかりやすい事例を挙げる。

フェミニズムジェンダー学周辺で、セラピー機能学問言論機能が混在することの弊害を私がはっきり感じたのは、朝日新聞運営の『かがみよかがみ』である

読者投稿エッセイメインコンテンツとするWebサイトだ。

「私のコンプレックスを私のアドバンテージにする」とか「私は変わらない、社会を変える」とかをコンセプトにして、女性自己肯定感の爆上げを目指すメディアであることを謳い続けている。

18~29歳の女性からエッセイ募集して、編集部がチェックして載せている。著名人契約コラムニストの連載もある。

そして投稿者を「かがみすと」と呼び運営ボランティアを「ミラリスト」と呼んで連帯感を出し、若い女性同士で肯定しあえるコミュニティを作ることも意図しているようである。(かがみすとは今もしっかり使われているが、ミラリストTwitter検索してもほぼ出てこないので今も使われてるかは外部からは謎)

二年くらい前に数回燃えたが、扱っている内容の割にはてはで話題になる回数は少ない気がする。はてなとは読者層が違うのだろう。

上野千鶴子さんに質問「ベッドの上では男が求める女を演じてしまう」 | かがみよかがみ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/mirror.asahi.com/article/12881008

フェミニストでも、守られたい。フェミニストだから、守りたい | かがみよかがみ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/mirror.asahi.com/article/13432941

これの上の記事に関わっていたコラムニスト(かがみすと)が、謝罪をしつつかがみよかがみを批判したnoteを全三回書いていたのだが、その第三回と、ここから辿れる記事類を読み、フェミニズムセラピー言論を区切らずやっている弊害はあるな、と強く感じた。

上野千鶴子座談会セックスワーカー差別炎上とかがみよかがみコミュニティ雰囲気について(下)|滝薫

https://note.com/hannnahkuku0819/n/n6514127ed85a

私はこれを読んだ時、伊藤編集長があらゆる批判に応じないのもわかる、といっそ清々しささえ覚える形で納得してしまった。「セーファープレイス」を構築しようとして、内部を守っているのではないかと思った。

(略)

『かがみよかがみ』を必要としている利用者はいる。それはわかっている。私も、エッセイ投稿した後の”共感”と”褒め合い”によって自信がついた一人であることは変えようがない事実である。その価値を認めていても、『かがみよかがみ』の未来に不穏さを感じてしまう。

『かがみよかがみ』が目指すのは、あくま女性自己肯定感の爆上げである。正しさではなく、自己肯定感である

それも、明言はしていないが18~29歳の女性だけを狙っているだろう。

若い女性たちがエッセイで悩みを語り合い、書き手同士のSlackか何かでも褒め合い、お互いが何を言っても原則として批判しないし自虐もしない。まさに当事者会でありセラピーのやり方である

フェミニズムジェンダーなどの内容が多く扱われているが、それはあくま自己肯定感爆上げの道具なので、理論的な正しさを保とうとして心が苦しくなってしまうようなら、正しさを追求しなくてよい。

エッセイ投稿年齢制限も無い方が「正しい」のはわかってるだろうが、年上の説教エッセイ愚痴エッセイが載ってるサイトは鬱陶しくて気持ちよくなれないという若者本音を慮って、微妙理屈をつけて年齢制限をかけていると思われる。

投稿者をかがみすとと呼んで内輪感を作るのも、その繋がりで孤独が癒える人がいるかである。そういう内輪感にウエッとなる人もいるだろうが、そのタイプの人は他のどこかで癒されればよいというスタンスだろう。

伊藤あかり編集長モットーらしい「全ての人を満足させようと思ったら、一人も熱狂させられない」とも合致する態度だ。

傷ついた若い女性のために、正しさではなく自己肯定感爆上げを目的とした当事者セラピーの場があること自体は、良いと思う。

だがそれが、朝日新聞運営メディアとして広くネット広告され、上野千鶴子石川優実企画に呼び、ヒコロヒーなどの連載があり、エッセイ投稿者ジェンダー学やフェミニズムで多少の理論武装をして識者っぽい人もたまに言及するとなれば、そこはもう言論の場となってしまう。苦しい内面安心して吐き出せる、責任を負わなくていいし怒られもしないセラピーの場としては相応しくない。

なのに、そこが曖昧に混ざった立場で『かがみよかがみ』の文章は発表され続けている。

から『かがみよかがみ』の記事批判されたのである

そして、これは、インターネットにおける様々なフェミニズム活動についても近いことが言える。



まとめ

最後にもう一度まとめる。

傷ついた当事者同士が慰め合うセラピー看板としてのフェミニズムと、冷静さと客観性を保つ学問研究としてのフェミニズムは、分割しておく必要がある。

現在日本では、セラピーの場としてのフェミニズムと、学問としてのフェミニズムが、ごちゃごちゃ混ざっている。

心が乱れてフェミニズムセラピーを求める患者と、冷静であるべきフェミニズム研究者が、ある程度重なってしまっている。

この状況を解消しないと、世の中の幸せにはつながらないだろう。



追記。本稿は3か月ほど前に増田に投げたが無反応だったものの再投稿である。)

2022-04-08

anond:20220408222543

左派は素直に認めて謝罪するけど、伊藤詩織事件を見てわかるとおり右派絶対に認めず揉み消しちゃうから、その差だろうね。

あと「右派クズから性犯罪くらい当たり前だけど普段から綺麗ごとを言ってる左派は少しの性犯罪も許さない」みたいな意識が働いて左派の方が大きく叩かれたりする。

たとえば自民党ジジイセクハラしてたって「いかにもやってそう」と思ってスルーするだろ?

2022-04-01

裏ビデオって今でもあるの?

伊藤弁護士AV女優権利が守られていない」

有識者大手AVメーカーちゃんとやってますよ」

伊藤弁護士「闇のAVメーカーは守ってない」

有識者「そんなのありませんから

伊藤弁護士「実際に被害にあった子がいる」

被害者を守ることに熱心な伊藤弁護士尊敬できるけど、

一方でAV業界は凄くまともになっているのも事実なんだよね。

2022-03-27

伊藤詩織がどうとかは置いといて

ツイートの内容によってはいいね犯罪になっても驚かないけどな

だって有名な人がデマいいねしたら多くの人が本当なんだって思うだろうし

それで不利益を被る人もいるだろうし

2022-03-25

大阪地裁中傷投稿RT賛同行為』 東京地裁いいねはセーフ』

リツイート賛同行為」橋下氏への名誉毀損ジャーナリスト賠償命令 大阪地裁判決

https://mainichi.jp/articles/20190912/k00/00m/040/120000c

ツイッター他人投稿引用する「リツイート」で名誉を傷つけられたとして、橋下徹・元大阪府知事ジャーナリスト岩上安身氏に慰謝料など110万円の損害賠償を求めた訴訟判決で、大阪地裁12日、33万円の支払いを命じた。

末永雅之裁判長リツイートについて「投稿賛同する表現行為」として、名誉毀損(きそん)に当たると判断した。



中傷に「いいね名誉侵害認めず 伊藤詩織さん敗訴、東京地裁

https://news.yahoo.co.jp/articles/f937908b356f4a648c19939b462c678ddc05b81b

自らを中傷する複数ツイッター投稿に「いいね」を押され、名誉を傷つけられたとして、ジャーナリスト伊藤詩織さん(32)が自民党杉田水脈衆院議員に220万円の損害賠償を求めた訴訟判決で、東京地裁は25日、請求棄却した。

武藤貴明裁判長は、「いいね」には幅広い感情が含まれブックマークや備忘目的でも用いられると指摘。

「非常に抽象的な表現行為で、押すこと自体違法行為評価することは原則できない」との考えを示した。

投稿リツイートではなく、「いいね」が名誉感情侵害行為に当たるかどうかが争点だった。



他人への中傷投稿に対していいねを押してフォロワー中傷拡散させる行為はセーフだと東京地裁お墨付きを与えたので、平熱パニックへの中傷投稿RTするのはアウトだが、いいねならセーフだってよ。

人治主義国家ニッポン万歳!🙌

何故表現の改変を求める際に科学的・統計的根拠等が必要なのか?

フェミニスト(?)の方による進撃の巨人評に一オタクが思う事

https://anond.hatelabo.jp/20220324120958

 

この増田にこの様な反応があった。

"科学的根拠統計的根拠等の「強い根拠」が必要" こうした意見に対する疑問を以前に投稿したが、納得のいく(科学的な)返答が得られなかったのでこの機会に再掲してみる https://b.hatena.ne.jp/entry/4711623874155541026/comment/B2igwzEE

そもそも表現の自由自体科学的根拠のもとに存立したものではないのでは。主張には常に科学的根拠が伴うべきであるなら、まず「なぜ科学的根拠なしに表現批判してはいけないのか」を科学的に説明してほしい

せっかくの機会なので一から考え直してみようと思う。

 

まず簡単な訂正から

元のコメントは別の話題に対しての物だから仕方ないんだが、俺は「主張には常に科学的根拠が伴うべき」とも「科学的根拠なしに表現批判してはいけない」とも言っていない。

批判所詮ただの感想に過ぎないので自由にやればいい、作品の改変等「強い要求」をする時にだけ「科学的根拠統計的根拠等の「強い根拠」が必要になる」と書いている。

(ただ、これも今見ると言葉が足りない気がするな、別に馬鹿みたいな要求しても無視しても良いなら問題無いんだから、正確には「作品の改変等「強い要求」をし、それが受け入れられるべきとするには科学的根拠統計的根拠等の「強い根拠」が必要になる」かな?)

ちなみに「科学的根拠統計的根拠”等”」ね。他に良い物があれば追加する余地を残してるからよろしく

 

根拠必要理由

では説明に入る。

何故「科学的根拠統計的根拠等の「強い根拠」が必要になる」のか?はっきり言う、そこに究極の根拠は無い。

「人を何故殺してはいけないの?」と同じだ、「究極の理由は無いが、そのように取り決めをした方が理不尽な目に合う人を減らせるし、社会がうまく回る」というのが答えになる。

少なくとも「他人に(時に当人意志に反した)要求をする時に何故根拠必要なの?」と問う場合、それは「人を何故殺してはいけないの?」と似たような問いをしている事は自覚した方が良い。

 

何故「科学的根拠統計的根拠等」なのか?

ここは「どういうルールがあった方が良いか?」を考える側として考えた方が分かりやすい。

創作物の改変等を要求する場合、どういう根拠必要とすると良いだろう?

まずあなたが非常にオタクを憎んでいて、根拠なんか一切無しで作品の改変を要求して良く、それが受け入れられるべきだと考えているとしよう。

しかしそうすると、あなたの好きな作品まで理不尽な改変要求をされ、それを呑まなくならなくなってしまう、更にターゲットにしていた萌え作品だけでなくBLまで同じ目に遭ってしまい、あなた腐女子ではない(とする)が、その様相に心を痛めるかもしれない。更には政府による規制根拠として悪用される可能性もある。

ここでゲームが発生する。

あなた萌え作品をより簡単に改変する為、なるべく必要となる根拠をユルくしたいが、

好きな作品BL等の他の作品を守る為には、必要となる根拠をキツくする必要もある。

ではちょうどいい塩梅はどこなのか?という事を考える必要が出てくる。

そこで候補となるのが「科学的根拠統計的根拠等」だ。

 

どんな根拠が有るか?

そもそも科学的根拠統計的根拠等」の他に、どのような根拠が有るだろうか?もしかしたらもっといい塩梅根拠が有るかもしれない。

考えられる根拠を挙げてみよう。

1.無し(根拠は一切必要ない)

2.「気持ち悪い」等の受容者1人の不快感

3.「気持ち悪い」等の受容者相当数の不快感

4.「犯罪性差別を誘発する気がする」という懸念科学的・統計的根拠は無し)

5.「私はこの作品によって犯罪性差別を誘発されました」という証言

6.その他

個人的感想としては)やっぱり科学的根拠統計的根拠を抜いてしまうと、あまり良さそうな根拠は残ってないね・・・

でも検討すれば案外良いかも知れない。

 

検討1:悪用可能か?

まず気になるのはやっぱりあなたの好きな作品BLターゲットじゃない作品まで巻き込むような悪用がされないか?だよね。

1,2は非常に悪用簡単、3は人数を集めないといけないから難しさは上がるけど、敵対勢力がいる場合は数集められたら終わっちゃうね、

4も科学的・統計的根拠を示さなくていいなら非常に簡単、5も証言だけなら嘘も可能からなー、という感じ。

まぁ、守りたい作品も無く、BL等他のジャンルも巻き込んでもいいっている「無敵の人」なら悪用も気にしなくていいんだけど、その場合は同じように考えてくれる人が少ないという点がネックだね。

 

検討2:冤罪を生まないか

今度は倫理的問題

これは人に依るんだけど、もしあなたが「オタク向け作品は憎いとはいえ理不尽な改変要求はしたくないなー」と考える程度(もしくは以上)の倫理観を持っているなら、気にすべき事が有る。その要求理不尽もの冤罪を生むものになっていないか?だ。

1~3については「自分(やその共感者)個人不快感根拠に改変を要求するのは、理不尽じゃない?」という事を考える必要が有るし、

4,5については冤罪を生む可能性がある。

冤罪というのは便宜上表現なんだけど、例えばあなたが「犯罪性差別を誘発する」と思っている作品が、本当は犯罪性差別も誘発しない、もしくは誘発するとしてもその程度が滅茶苦茶低い(他のコンテンツと同レベル)だとしたらどうだろう?

作品を作る側は「犯罪性差別も誘発しない」のに作品を改変させられる訳だけど、それをどうでもいいと思うか、仕方のない犠牲だと思うか、それとも流石に許容できないと思うか、許しがたい暴挙だと思うか、

それはあなた倫理観次第だね。当然オタク向けの作品だけでなく、あなたの好きな作品BL等の多ジャンルについてもこうした冤罪が「あってもいい」と思うか、考える必要が有る。

 

あなた科学的・統計的根拠を示したくない理由は?

他にも検討すべき事項は有るだろうけど、まずはこんなところでどうだろう?

1~5は悪用可能か、という点でも、冤罪を生むか、という点でも、俺の倫理観から言えば心許無さすぎる。

俺は自分の好きな作品が1~5を悪用した理屈で改変されるのは嫌だし、腐女子じゃないけどBLが同じ事をされれば心を痛める、それに冤罪によって改変されるのは嫌だなーと思う程度の倫理観は持ち合わせている。

一方で科学的・統計的根拠はある程度安心なんだよ、科学的・統計的根拠悪用するのは(錯誤等の詐欺手段を使えば)可能では有るだろうけど難しいし、検証可能科学的根拠があるなら冤罪結構潰せる(一方で統計的根拠冤罪が残る可能性は結構あるのは気になるね)。

俺は理不尽他者に意に沿わない改変を求める様な人間にはなりたくない、そういう人間にとって、科学的・統計的根拠はある程度の安心感を与えてくれる。逆にそれ以外の根拠自分理不尽加害者になる可能性が有るから怖いんだよ、俺はね?

あなたはそうじゃないかもしれない、あなた倫理観が欠如していても俺にはどうする事も出来ない。

要するにあなた交通事故加害者にならない為の交通ルールみたいなものだと思ってくれれば良いよ。

ただ、一つ考えて欲しいのは、そもそもあなたは何で科学的・統計的根拠を示したくないの?という事だ。

だって科学的・統計的根拠は滅茶苦茶良いよ?悪用されにくいし、冤罪も生みにくい、確かに面倒臭いけど、理不尽加害者に成りたくないなら一番の選択肢だと俺は思うよ?

何でそれじゃ駄目なんだろう?

かに難しいし労力はかかるよね、専門家じゃなければ直接科学的・統計的根拠を出す為の実験をする事は非常に難しいし、世の中にそういうデータが有るか論文を探すのもかなりの苦労だ。

でも、そういう労力をかけないと、犯罪性差別を誘発しない作品を「犯罪性差別を誘発する」と言って改変させたり、理不尽要求をしてしま可能性は減らせないんだよ。

それとも、あなたがしたいのはそれなの?犯罪性差別を誘発しない作品を「犯罪性差別を誘発する」と言って改変させたり、自分不快感を無くすために他人に意に沿わない改変をさせるのが、あなたがしたい事なの?

俺はあんまりそうは考えたくないよ。「犯罪性差別を誘発する」といて改変させるのは、本当に「犯罪性差別を誘発する」事が確定できるものだけにするべきじゃない?

「なぜ人を殺してはいけないの?」と問われて、俺は説明は試みるけど、無敵の人を説得できる自信は無い、これも同じ、あなたがこの説明で納得してくれるかは分からないけど、俺はやっぱり、悪用冤罪によって理不尽作品を改変させられるのは可哀そうだし、無くした方が良いと思うよ。

これが俺のお気持ち

 

 

追記

ちなみにコメントでこれを載せてくれている人が居るんだけど、

有害図書青少年非行を誘発したり、その他の害悪を生ずることの厳密な科学証明を欠くからといって、その制約が直ちに違憲ものとなるとすることは相当でない。」( 最高裁H1.9.19判決伊藤補足意見

これは実はありがたく、有害図書指定って結構BLが狙い撃ちされている現状と合わせると、まさに上の様な理屈で「厳密な科学証明」無しにBL規制する事が正当化されている、っていう話なのね。

この現状をあなたは追認しますか?と問いたいので、このコメントの人には感謝

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