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はてなキーワード: 言葉自体とは

2022-09-27

anond:20220927022043

三高という言葉自体がそうだったとして

 

 

みたいなのがある以上女が三高好きなのは変わらんけどなw

2022-09-21

追記あり安倍元首相若い世代から人気な理由説明しよう!

アベノミクス就職率が高い、とか言ってる人がいるけど、的はずれで困っちゃうね...。

こんな有り様だと、職場のZ世代とうまくやっていけないぞ❤️

そこで、21歳ピチピチ❤️Z世代自称パヨクの私が、若い世代がアベを支持する理由説明しよう!

今の10代~20代前半の世代って、安倍ちゃん以外の首相を知らないんだよね。長期政権だったから。民主政権時代首相コロコロ変わったから、その時期の印象が薄い、っていうのも理由としてあると思う。

とにかく、物心ついた時からずーっと首相だったという効果は強くて、日本首相=安倍ちゃん という意識がこの世代では定着している。

アベノミクス世間を席巻していた当時、今の大学生小学生から中学生くらい。「アベノミクス」ってキャッチーな響きだから、具体的な内容は知らなくても言葉自体はどんな子供も知ってた。特に中学生場合社会時事問題で「アベノミクス」が出題されたりするから、印象深かったんじゃないかな。

もう少し時が進んで、モリカケサクラグダグダやってた時期になると、中学生から高校生くらい。当然ニュースなんてちゃんと見ないか公文書偽造なんてピンとこないし、増税所得低下とかあっても、親の金で飯食ってるから何とも思わないわけ。

こういう経緯があり、「具体的な成果やスキャンダルは知らないけど、アベノミクスとかそれっぽいことをやっていた」という評価をZ世代から得ているワケよ。

国葬の賛成率が高いのもその理由物心ついて思春期を過ごした、唯一ちゃんと知っている首相悲劇的に死んじゃった。だから、「かわいそうだし国葬でいいじゃん」っていうライト理由で賛成しているんだと思う。

ちなみに、30代から安倍政権評価が下がり初めるのも世代理由。今30代の世代は、安倍政権発足時に大学生から新社会人世代中学生高校生とは違って世間ニュースに目が向くし、自分で飯を食うようになって金にシビアになる。その分、安倍政権の悪政を深く理解している人が多く、それが統計に反映されているワケです。

匿名ダイアリーにいる弱者男性諸君、わかってくれたかな❔

anond:20220921134504


追記

いくつかのコメントに返信します。

sirotar その理屈では「物心ついた時から官房長官」の菅義偉氏が1年で総理退任に追い込まれ理由説明つかない

官房長官首相と違って影の薄いサブキャラなので、安倍ちゃんほどの知名度は無かったと思いますニュース見てる人は会見で官房長官を見たりしますが、そういった機会が無い限り、官房長官が誰なのか、知って覚える機会は少ないと思います。(学校で習った記憶あいまいです)

若い世代に対する第一印象が非常に大切であることは菅さんも深く理解しており、「パンケーキ首相」みたいなアピールをしたのでしょう。

菅さんが倒れてしまったのは、コロナ一般世間から厳しい目で見られていたことが大きかったと思います特に若者政権に良い印象があったとしても、ピンチ政権応援したりはしません。

koo-sokzeshky "アベノミクス就職率が高い" が的外れである理由が分からなかった。

大学3年で就活中ですが、就活してて政治就職率を意識しない、っていう実体験がその理由です。我々は今回の就活が初めての就活。これから社会に出ていく段階ですから就職率の変化を肌で感じる機会がありません。氷河期世代は大変だったとは聞きますし、我々の世代は恵まれているのでしょうが、それを実感する機会は無いのです。

rna親の金で飯食ってるから何とも思わないわけ」それでも親が失業したらさすがに辛いだろうから雇用改善微妙に効いてたってことだと思う。あとバイトの時給上がってるのは流石に気付いてるのでは。

時給が上がっていることについては、就職率と同様の理由であまり気づかない人が多いと思います。長い期間就業する機会があれば、バイトの時給が上がるのにも肌で気づくでしょうが学生なので長時間働く経験をする人は少ないです。さらに、生きるためではなく遊ぶために働く人がほとんどなで、自分収入に対してシビアに考えないことも理由としてあるでしょう。

death6coin

入試制度グダグダを見ても何も思わなかったのか、首相責任と思わなかったのかは気になる。

医学部入試不正が発覚したとき、ちょうど受験生でした。

医学部受験生がかわいそうだ、とんでもない。とはみんな思ってましたが、私含め医学部受験生以外に当事者意識はあまりありませんでした。冷静に考えてみれば、大学入試すべての信頼が揺らぐ大事件だったと思いますが、受験勉強で忙しくそこまで考える余裕はありませんでした。

当然、不安に感じた人も少なからずいたと思いますが、学生運動みたいなことにはなりませんでした。大学に行くために上げなければならないのは声ではなく学力不正があろうが無かろうが、学力を上げないことには大学に受からないので、とにかく不正がないことを信じるしかなかったのです。

また、入試まで時間がある高校1,2年生で、強く問題意識を持った人も少ないでしょう。1,2年は受験ことなど考えたくもないし、将来の夢や展望を持ってる人も少なく、何よりも今を楽しむことが大切だと思っています

rider250 なるほど、リベラルってこんな感じで若人を舐めてる/見下してるんだな、年がら年中「啓蒙してやる!」ばっか言ってるからわかっちゃいたが。俺が10代の頃、中曽根長期政権だったがこんな風には思ってなかったぜ?

若者は愚かだと思いますが、見下してるつもりはないです。いつの時代も、それが当たり前だと思うからです。ニュース見ないし、政治なんて興味ないし、それより短絡的で楽しいことをする。いつの時代だって、そんなもんでしょうと。

普遍的若者の特徴と、安倍政権タイミングが噛み合ってこのような状況になった。ただそれだけの話で、Z世代が悪いとは思いません。

そして、「立憲をはじめとした野党は、そういった若者の特徴を押さえながら選挙運動をするべき。批判するだけでは支持を得られない。」っていう指摘は本当にその通りだと思います

2022-08-29

anond:20220829035320

お前みたいなのにわかやすく「王者」って言い換えてくれてるだけで

本来選手」っていう言葉自体にそういう王者とか選ばれしものみたいな意味内包されてんだよ

わからんやつにものを伝えるってのは難しいなあ

2022-08-15

生活習慣病」という言葉自体は悪くないと思うんだよなあ

よく、「生活習慣病」という言葉槍玉に挙げられるけれど、

個人的には生活習慣病というネーミングそれ自体は悪くないと思うんだよな

https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/life-style-disease-hashimoto-1

ここにあるように、

『むしろ時間生活の余裕があるかどうかだと思います糖尿病や高血圧のための食事はそれなりに注意して用意しなければならない。

時間も手間もかかるのに、その時間が買える人と買えない人がいる。

お金だけでなく機会や時間など多次元的な意味で「貧困」が健康を左右しているのです。』

こういう関係性を把握する事自体有意義だと思う。

問題なのは生活習慣は個人自己責任である」という考え方にあるんじゃない?

だって普通に考えたら生活習慣って労働時間経済的余裕に大きく左右される事が簡単に分かるだろうし、

それは元を辿れば当人にはどうにもできない親ガチャという要素が大きく絡んで来る

貧乏人の方が生活習慣が悪い、金持ちの方がバランスが取れた食生活が出来る、とはもはや定説になっている訳で…。

生活習慣」に焦点を当てる事自体別に悪くないよね。

そこから貧困をなくそうとか賃金を上げて所得格差を減らそうとかいう方向に行くべきだったんだ。必要なのはけして個人に対する医師による「指導」なんかではない。

必要なのは生活習慣病」という病名をなくす事ではなく、「生活習慣は個人努力で全てが決まる」という考え方をやめる事だと思う

2022-08-14

なんかおかしいなと思って調べたけど、やっぱり「大学全入」を別の意味で使ってるね

2032年の子供の数は650000です。

もう大学は全入になります

anond:20220814154935

大学全入」って言葉自体はもう10年以上前からあったはず。

「あと数年でその時代が来る」「私立大学の定員割れを考えるともう来た」とかそんな言説もあった。

なのに2032年って遅くない?って思ってWikipedia調べだけど、やっぱり後数年程度での話だった。

2024年入試時までに日本大学への入学希望者総数が入学定員総数を下回る状況を迎えるとされる状況を指す言葉で、日本文部科学省[2]もこの単語を用いている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E5%85%A8%E5%85%A5%E6%99%82%E4%BB%A3

一般的意味は「入学希望者総数が入学定員総数を下回る状況」だけど。

この増田の使っているのは「その年の人数が入学定員総数を下回る状況」を指してると推測。

2022-08-11

男の娘瀕死

ブリジットの参戦で色々昔にブリジットに落とされた諸兄どもが沸き立って「ブリジット男の娘元祖ですごい存在」ともてはやされていることに何かを言いようのない違和感を覚えていたのだがなんとなく彼らはブリジットの初登場から今回までの歴史が隔絶してるんじゃないかという漠然とした不安を感じた。

ブリジット男の娘元祖だと騒ぐが、今のオタクの中では男の娘ジャンルはかなり小さいもので、ニッチ存在と言っていい状況であり、男の娘という言葉自体にさほどの力がない。

そのため「男の娘元祖」と誇らしげに言うこと自体がかなり情けないというか、粗チンを誇るみたいな話なところがあり、違和感があるのだ。

ブリジットからの「男の娘」の言葉のまでの間は確かに一時期流行って、影響力を持ったジャンルだったこともあった。

しかし、あのあとも追い続けて人間であれば、その後に急激な衰退をしたことも知っているはずだ。

男の娘を題材にしたエロゲは大量に出たが、その殆どシリーズ化せずに単発で終わった。(その分脳内彼女・の~すとらいくさんには頭が上がらないけど。)ショタアンソロジーである好色少年のススメ少年嗜好も一時期女装少年を載せていたが、次第にそれもなくなり、アンソロ自体も終わったり長らく間が開いたりとするようになっていった。(ぼくのピコの続き誰か作ってくれないかな)

極めつけは男の娘専門雑誌の「わぁい」と「おと☆娘」が休刊したことだった。

あれで世の中の男の娘フリークは、男の娘一過性流行であり決定的に衰退してしまったのだと思い知らされたはずだった。

 

その後も男の娘としてサブキャラ的に出てくることは続いていった。

今でも男の娘キャラは一つのフレーバーとして変化球としてソシャゲに現れていたりする。ただ、結局はその程度であり、色ものキャラと同程度の存在しかない。一大ジャンルだった昔と比べてしまうと、ショタオンリーふたなりオンリーに吸収されてしまたことを考えると、もはやだいぶ衰退してしまったという悲しさがある。

そして正直、女装ショタ・LGBT・同性愛といった言葉が浸透していく中で、ことさら男の娘」という表現をすることはなくなっていった。

ギャルゲなどでも女装するキャラがいたとしても「男の娘」などと書かずに「女装しているが性別は男」、「性別不明」といった表現が主になっている。「いわゆる男の娘」が通じにくいのか、野暮ったいと思われているのか、言葉は消え始め、性癖として薄く馴染んでしまって終わり始めている。

から、だいぶ「男の娘」という言葉自体は「死語」になっているという感覚だった。

から、今回「ブリジット男の娘元祖」と騒ぎ立てることに違和感があったのは、もう男の娘ってそんな騒げるほどのものじゃなくない?という感覚なのだ

なんというか、騒いでる人たちはブリジットの初出から今回までずっと男の娘ってジャンル興隆していたかのような勢いだ。衰退してたことも知らないかのような紹介の仕方だ。

でもこちからするともうだいぶ衰退した概念だよ、というのが何となく気持ちがかけ離れてる感じがして気持ちが悪い。

 

男の娘が本当に凄いものならカスカベアキラFGO概念礼装は男の娘100%になってるべきだったよな。しろよ。クソが。

2022-08-09

anond:20220806155545

ごめんなにいってるかわからない

2022-08-06

■「分からない」ことが分からない

この前、飲みの席で同僚と某アニメの話になったんだ。

熱が入って矢継ぎ早に話してて、隣に居た女の子から「何言ってたか全然からなかった」と言われた。

そこで思ったんだけど、このときの「分からない」って、専門用語的な単語のことだと思うんだ。

そのアニメを見てないと分からないという意味では専門用語的なものだと思うし、実際に見たことがないと分からないし。

でだ、たとえば全然フランス語を知らない人が、知らないフランス語単語を言われたら何言ってるか全然からないでしょ?

そのときの「分からない」と、言葉は聞き取れるけど言葉意味が「分からない」。

このときの「分からない」には違いがあるんだろうか?

個人的には実はそれほど違いがないんじゃないかと思っていて、普通に考えれば全然違うように思える。

だって一方は言葉を聞き取れてて、もう一方は言葉意味どころか言葉自体を聞き取れていないんだから

でもどっちにしろ言葉意味が分かっていないことは同じで、本質的には同じなんじゃないかと思う。

たとえばプログラムなんかで記述が間違ってるとPCはその意味が分からいから反応しない。

意味が分かっているならニアミス的な記述ミスは「あ、これって○○を入力しようとしたんだな」と判別して修正するだろうから

から記述ミスとして入力された言葉PC理解しない。

同様に、ある言語のものに違う言語を使えば当然プログラムは(それ単体では)動かない。

よって言葉自体を聞き取れていても「意味が分からない」となると、実際にはその言葉を聞き取れずに「分からない」ことと状態としてはほとんど一緒なんじゃないかって思う。

でもこれも漠然とした考えで正しいとも言い切れず、ただ「分からない」には一定の濃度があることは間違いないような気がする。

そんなことを同僚の女の子から冷めた目で見られ、「意味わかんない」とつぶやかれたことで考えたわけだ。

2022-08-07

anond:20220807103906

元増田が言ってるのは「ガバガバ」という言葉に「抜けている」「穴がある」という意味が定着したのはいつであったかという話で言葉自体がいつからあるかという話ではないぞ

そりゃ昭和からガバガバ」という言葉はあるさ

お前が例示したのは「ガバガバ飲む」「ガバガバ食べる」という用法

元増田が言いたいのは「設定がガバガバ」とか「論理ガバガバ」とかの使い方の話

2022-08-06

「分からない」ことが分からない

この前、飲みの席で同僚と某アニメの話になったんだ。

熱が入って矢継ぎ早に話してて、隣に居た女の子から「何言ってたか全然からなかった」と言われた。

そこで思ったんだけど、このときの「分からない」って、専門用語的な単語のことだと思うんだ。

そのアニメを見てないと分からないという意味では専門用語的なものだと思うし、実際に見たことがないと分からないし。

でだ、たとえば全然フランス語を知らない人が、知らないフランス語単語を言われたら何言ってるか全然からないでしょ?

そのときの「分からない」と、言葉は聞き取れるけど言葉意味が「分からない」。

このときの「分からない」には違いがあるんだろうか?

個人的には実はそれほど違いがないんじゃないかと思っていて、普通に考えれば全然違うように思える。

だって一方は言葉を聞き取れてて、もう一方は言葉意味どころか言葉自体を聞き取れていないんだから

でもどっちにしろ言葉意味が分かっていないことは同じで、本質的には同じなんじゃないかと思う。

たとえばプログラムなんかで記述が間違ってるとPCはその意味が分からいから反応しない。

意味が分かっているならニアミス的な記述ミスは「あ、これって○○を入力しようとしたんだな」と判別して修正するだろうから

から記述ミスとして入力された言葉PC理解しない。

同様に、ある言語のものに違う言語を使えば当然プログラムは(それ単体では)動かない。

よって言葉自体を聞き取れていても「意味が分からない」となると、実際にはその言葉を聞き取れずに「分からない」ことと状態としてはほとんど一緒なんじゃないかって思う。

でもこれも漠然とした考えで正しいとも言い切れず、ただ「分からない」には一定の濃度があることは間違いないような気がする。

そんなことを同僚の女の子から冷めた目で見られ、「意味わかんない」とつぶやかれたことで考えたわけだ。

2022-07-22

anond:20220722100841

女子でも大学に進学出来て普通に就職できるようになった結果、専業主婦になんてなりたくないという気持ちが強くなり、

結婚(出産)しても働き続けられる社会や同じ内容の業務をしているなら同じ賃金をくれっていう要求が盛んになったのが今なんだと思う。

普通に就職するのが当たり前になった今は、上記問題解決されない限り家庭に入りたくない(「家庭に入る」という言葉自体嫌悪される)と考える女性が多い→だから平等を求める声が多数上がる ってことなんだろうな

2022-07-11

子育て世代」って言葉自体大嫌いだけど、その当の「子育て世代である30~60代がまさに自分達の利益を削る自公維新積極的投票しているというのに

シルバー民主主義だの何だの言って高齢者だけの責任にしているんじゃねーよと思う

2022-07-05

anond:20220705185954

公共」とか「社会」みたいな言葉自分棍棒しか思ってないんだよね

都合のいい時だけいくらマイノリティとか自称してても、結局マイノリティという言葉自体どっかなめてる節がある

2022-07-04

私が「親ガチャ」「毒親」という言葉を嫌う理由

ここ最近SNSネットニュース上では「親ガチャ」「毒親」という言葉流行しているが、自分はどうもこれらの言葉が好きにはなれないでいる。

いや、正確には「言葉自体」が嫌いなのではなく、「その言葉を使うことを無条件に肯定する人間や風潮」が嫌いなのであろう。

その嫌悪感は、「親の言うことは無条件に正しい」「産んでくれたことに感謝しろ」「みんな大変なんだ、自己責任だ」といった無根拠精神論根性論によるものではないということは、初めに強調しておきたい。

どうも、インターネット上ではこれらの言葉に反感を抱く者は、上記のような精神論を振りかざしていると、誤解により、若しくは意図的レッテルを貼られ、

無理解大人である」とカテゴライズされることを免れないようだが、せめてもの抵抗として、ここにその旨を記しておこう。

さて、私が「毒親」「親ガチャ」を不快に思う理由は、主に以下の3点にまとめられる。

1.本来問題矮小化することに繋がる

2.無条件な肯定により健全精神的成長を阻害する

3.非論理的属人的論法に持ち込まれやす

この3点について、それぞれ考えを述べていきたい。

1. 本来問題矮小化することに繋がる

毒親」「親ガチャ(外れ)」の定義は非常に曖昧だ。

精神的、身体的、性的虐待をしている、経済的に困窮している、近所とトラブルを起こす、アルコール中毒である自身の進路や恋愛への過干渉、単に性格が合わない等々、

その問題の大小を問わずに使える点で、便利な言葉であろう。

しかしながら、その言葉意味の含有する領域があまりに広いことにより、非情カジュアル意味合い

(具体的には、自分意見を聞き入れてくれないといった、思春期にはありふれたような悩み)でも使うことができてしまう。

この言葉使用者目線で言えば、自らの具体的な悩みを抽象的で使用やす概念を指す言葉に置き換えているので、

当然自らの状況が「毒親」「親ガチャ」に該当するのである確信を持てている状態となる。一方で、この言葉を見る者からは、

毒親」「親ガチャ」といった抽象的な概念を指す言葉から発言者の具体的な悩みを推し量ることは難しい。

こういった「発信者」と「受信者」の理解に隔たりが生まれることは、良い状況を生まない。

信者は深刻なSOSのつもりであっても、受信者は「カジュアル意味合いで使っている者との区別がつかず、無条件に肯定し難い」のである

この問題は、単なる親との不和を指す言葉として「毒親」「親ガチャ」を使う話者が増えれば増えるほど、深刻化していくだろう。

では、そういった発信者と受信者のすれ違いを解消するには、どのような方法を用いればよいのか。

私は単に、それぞれの問題に相応しい言葉を使うべきだと考える。

虐待虐待貧困貧困、我儘は我儘なのであって、それ以上でも以下でもない。

果たして、「親から虐待を受けているから早く家を出ていきたい」「貧困のツケを子供に払わせるような親を恨んでいる」といった趣旨発言に対して、

冒頭のような「親は悪くない/自己責任だ」と心無い言葉を浴びせる者が、そう多くいるだろうか。

たとえ同じ悩みについて語っていたのであっても、「毒親」「親ガチャ」と表現するより、遥かに信者にはその深刻さが伝わるだろう。

毒親」「親ガチャ」の言葉定義曖昧さに起因するカジュアルな響きは、「万引き」「いじめ」といった言葉において指摘されているような、問題矮小化という欠点を抱えている。

いじめ万引きは、その加害者責任者が使うことによる問題矮小化を指摘されているので、正確にはやや性質が異なることは承知しているが、毒親、親ガチャ被害者自らがそれに類似した矮小化を招いていると言える。)

自分の悩み、心の叫びを誰かに聞いてほしいのであれば、より正確に、相手にそれが伝わる言葉を用いることも一つの工夫であろう。

毒親」「親ガチャ」といったサーチに引っ掛かりやすい、目につきやす言葉を用いて形容することで、より多くの人の目に触れる可能性は高まるというメリットも確かに存在する。

よってその言葉自体を使うことを非推奨するわけではないが、用いる場合も自らの具体的な悩みを併記する方が、真剣に捉えてくれる人は多いはずだ。

2.無条件な肯定により健全精神的成長を阻害する

これは、「毒親」「親ガチャ」を使用する側の問題ではなく、「受信者」の、更に言えば「大人」の責任問題だ。

毒親」「親ガチャ」を使うことは何も悪くない、どんどん使うべきだ、批判者は恵まれているだけだ、こういった無条件な肯定は、同世代共感からくるものとは限らない。

自分虐待などに苦しんだ、などの経験を持つ「善意の」大人からも多く寄せられている。

しかし私には、どうも「嫌ならやめよう、逃げよう」論と同様に、自らが責任を持たなくて済むのを良いことに、軽々しく注目を浴びたいだけの者や、

毒親」「親ガチャ」といった言葉存在社会問題に繋げたい者といった、「悪意ある」大人が多分に含まれているように思えてならない。

(思えてならない、というのは正確ではないかもしれない。実際にそういった趣旨の発信を観測したことや、発信者のbioおよび過去の発信を観察した結果などから鑑みるに、上記大人一定以上の確率で紛れ込んでいるのが事実だ。)

1で述べた通り、「毒親」「親ガチャ」は曖昧言葉で、本来は「虐待」「貧困」などといった深刻な問題から、単に思春期特有不和なども含まれている。

そこに新たな社会問題が生まれたのではなく、「元々そこにあった問題が別の呼称をされている」に過ぎない。

もし社会的問題が新たに生じているのだとすれば、青少年SNS使用する機会が増えたことにより、そういった「無責任大人や唆したい大人」の意見へ触れる機会も、必然的に増えてしまたことこそが問題だ。

(無論、SNSの繋がりによって救われる人も多い。SNSのもの青少年に悪影響である、と主張するつもりは全くない)

本来であれば、後から思い返して「自分が若かったな」で済む話を、周囲や社会責任転嫁するような、拗らせてしまった人が量産されることは、自分は望ましくないと考える。

(「じゃあ『悪い大人』の狙いを嘯くお前の狙いは何なのだ」と聞かれたら、自分幸福を守るためです。単に拗らせた他責性の強い人が社会に出てこられると迷惑なので。

ついでにその人自身も拗らせない方が幸せだとは思っていますし、正確な言葉でSOSを求める人が増えた方が、社会全体の利益に繋がるとも考えていますが。)


3.非論理的属人的論法に持ち込まれやす

これも言葉を使う若者というより、それに付随する議論で生じる「悪い大人」の話に近い。

冒頭で述べた通り、「毒親」「親ガチャ」へ不快感を示す人は、その論の内容について考慮されることなく、「無理解大人」のレッテルを貼られることが多い。

加えて言うと、「あなたは恵まれた家庭環境(親ガチャ当たり)だからまれない人の気持ちはわからない」というレッテル貼りを、非常によく見かける。

この論は全く筋が通っておらず、安易社会の分断を加速させる、極めて悪質極まりないものであると私は考える。

何故ならば、「毒親」「親ガチャ否定派の家庭環境についてはどう頑張っても想像の域を出ることはなく、属人的論法でありながら「人」の部分を故意に都合よく歪めているからだ。

このやり口には一欠片ほどの正当性もない。

毒親」「親ガチャ」という言葉好意的な者の家庭環境が、批判的な者よりも劣悪だったという根拠は何一つない。そもそも家庭環境のものに対する評価が極めて多様なベクトルからなされるものであり、単なる比較しづらい。

更に言うならば、「『毒親』『親ガチャ批判派には人の気持ちがわからない」論者は、この点を最大限悪意的に利用し(または思慮深くないためか)、他者の家庭環境ジャッジしている。

ガチャ批判派「自分貧乏だったけど…」→虐待されてないだけマシ

ガチャ批判派「自分虐待されていたけど…」→裕福なだけマシ

といった具合である。彼らは相手によってゴールポストをずらすことで、自分たちが相手よりも恵まれていないことを強調する。繰り返すが、そこに根拠は何一つないのである

先ほど、家庭環境については想像の域を出ない、と記したが、珍しくこの点についてある程度確度がある情報が世に出ているにも関わらず、誤った「ジャッジ」がなされた例もある。

昨年、某男性アイドルが「親ガチャ」という言葉に難色を示した件について、多くのネットユーザーが「お前は恵まれていただけだ」「アイドルになれる時点で親ガチャ当たり」

と、当該のアイドルについて勝手想像を基に批判を行った。

しかし、当該アイドルは幼少時に父親から身体虐待を受けていた事実カミングアウトしており、ニュースにもなっている。

虐待を行い、我が子に恐怖を植え付ける父親を、どういった基準判断すれば「親ガチャ当たり」なのだろうか。全くもって理解に苦しむ。

毒親」「親ガチャ」といった言葉を無条件に肯定する者の中には、勝手想像で同情し、勝手想像批判する、

真の意味他者の心に寄り添うだけの器量を持たない人間が多くいるということが、あの一件だけでも証明されたと言っていいだろう。

家庭環境について想像の域を出ないことは、「毒親」「親ガチャ」を使う人に対しての批判にも当てはまる。だから私は、「毒親、親ガチャは甘え」と、使用者のもの批判するつもりはないのである

ただ、「その言葉が多用され、繰り返し無条件な肯定をされると、社会は少し良くない方向に進む」と考え、非推奨しているに過ぎない。

最後

以上、3点にまとめて私の意見を述べてきた。

おそらく、「こうやって書くお前自身ガチャ当たりなんだろ」と、全く内容を理解しているとは思えないコメントや反応も来るかもしれない。(そもそも誰にも反応されないかもしれない)

属人的な話をしたところで正当性担保されるとは考えていないため、私自身については語る必要はないと思っているが、やや長めの文章を読めない人のために、家庭環境のうち、あまりよろしくなかったと感じている点を一応書くことにする。

私の両親は治療を要するレベルアルコール中毒者で、父は酒を飲むと理不尽に怒るため、家の中で遭遇しないようにしていました。

母は酒を飲むと暴力へのハードルが著しく下がる方だったので、対処に苦労しました。今の関係性は身バレを少しでも防ぎたいので書かないことにします。

今回の文章を通して、それぞれの立場の人に伝えたかたことを簡単にまとめて、締めくくりたいと思う。

・家庭環境に悩む青少年

然るべきところ(学校児童相談所)へ相談しましょう。インターネット愚痴をこぼすことで発散するのも、それはそれでいいと思いますが、

本当に困っているなら、より正確な表現を用いた方が、真剣に聞いてくれる人は多いはずです。あと、悪意ある大人の、わかりやすいけど破綻しているような話には気を付けましょう。

・「毒親」「親ガチャ」が苦手だと言う人へ

その不快感の理由言語化しないと、単なる無理解大人と映ります

深刻な悩みを抱えているかもしれない人へ、心無い言葉を浴びせるのは絶対にやめましょう。

自分経験から、家庭環境に恵まれない青少年心配する人へ

本当に心配なら、言葉不快感を示す人を煽ったり、無条件な肯定をするのでなく、

相談を呼びかける、貧困解決や、虐待防止運動をするNPOなどへの寄付をする(又は呼びかける)など、もっと当事者たちのためになることがあると思います

・ただのバズりたい無責任大人と、自分のような拗らせたい大人再生産したがる人へ

頼むからインターネットやめてくれ。青少年の悩みはお前らの玩具じゃないんだよ。

2022-06-26

anond:20220622231602

他人」「経理」「困った」「頼る」「人」「認識」「名前

一行目からこれだけの単語記憶して適切に使ってるってことは言語能力自体には問題がなくて

その言葉自体機能なり意味がある言葉なら多分覚えられるんだよね、否、「覚えてやってもいい」の資格を満たすんだよね。

固有名詞けが弱いのかな。

その場合食べ物名前とかも同じくらい苦手な気がするんだけどどうだろう?

もし人間だけに発動するなら、人の相貌を覚えられない方面障害かもしれない。

その対策として役割で紐付けてなんとか対応している後手が「私のスタンダード」となり「どうしてみんなは私のスタンダードと一緒じゃないんだ」と怒ってる状態

そりゃ無理よ、貴方特殊だもん。

健常者は五感の内もっぱら視覚情報名前を結びつけてて、増田も結局の所、そうなんだよね…(声とか匂いじゃなく、名札を見ればってことは視覚判断ではあるから

2022-06-22

anond:20220622083039

うまいこと言ったつもりなのかも知れんが

そもそも弱者男性って言葉自体が男をひとくくりにして叩きまくるツイフェミへのカウンターみたいなもんだからな。

自分たちには家事育児をさせるような交際相手女性も居ないし、雇用差別出来るような立場ですらないですよ」と。

それでもツイフェミたちは弱者男性ターゲットにするのが好きなようでw

2022-06-15

anond:20220615161933

ぬいペニという言葉自体そうかもしれないが「友達だと思ってたら急に恋愛感情持ち出されて気持ち悪い」というぬいペニ概念

女性にとってのあるあるとして古くから存在していた

2022-06-12

anond:20220612061539

「主張」って言葉ベースが、メッセージ性の強さじゃなく、正当性の無さになった

 ← 否。なっていない。例えば日本政府自身北方領土問題に関して「日本の主張をしっかりと発していくことが重要だ」と言ったりする。

「主張」という言葉自体に「正当性の無さ」などという含意があるわけではなくて、文脈によっては正当性の有無に敢えて触れないなどの発話行為選択によって判断の保留を示しているというだけの話。それを「正当性の無さ」とまで解釈してしまうのは読み手妄想に近い。

2022-06-11

擦る(こする)

擦るという言葉は、「面白さ」について日々考えているお笑い芸人視点からネット拡散力によって「ネタが一瞬で使い古されてしまう」現象に対し、ある種の現代批評として出てきた言葉のように思うのだが、この言葉自体がネット脳死コピペユーザーによって一瞬で擦り倒されてしまっているのは、皮肉現実である

2022-06-09

[] そのさんびゃくにじゅうさん

ウメーメーッス

 

本日6月9日ロックの日ですね

ウガンダではエディディアンムキイビルタマグジが戦死した日として国民の休日になっています

ロックというのはロックンロールして呼ばれたものですが、現在ではロック自体にさまざまなジャンル付属されてロックンロールとはまた違った意味合いになるそうです。

またロックンロールという言葉自体も『Rocking and Rollings』という言葉海兵隊が17世紀ぐらいから使っていたこから音楽としての意味合いより前から行為バカ騒ぎ等の意味合いでもって使われていたそうです。

なんだかDarlin'がDaft punkを名乗った時みたいな話ですね。

みたいな話ですか?

 

ということで本日は【違和感の報告よいか】でいきたいと思います

違和感の報告よいか違和感の報告ヨシ!

 

それでは今日も一日、ご安全に!

2022-05-31

anond:20220531111711

Time to Win要素の一種だろう

毎日どこかの時間を拘束させることにインセンティブを設けているんだから

だた~to Winって言葉自体ゲーム競技自体を決めるようなもっと大きな要素に用いられる言葉だろうからそもそもログボ程度のものに用いるのは不適でしょ

2022-05-28

これぞ「フェミだんまり案件では?

https://www.jil.go.jp/researcheye/bn/070_211105.html

https://www.nhk.or.jp/politics/articles/feature/81275.html

https://twitter.com/search?q=%E6%9B%B4%E5%B9%B4%E6%9C%9F%E9%9B%A2%E8%81%B7&src=typed_query&f=live

更年期離職」でTwitter検索してみたら、フェミニストっぽいアカウント殆どと言っていいほど出て来ない。これは衝撃だった。まさにこれこそ園子温タリバンウクライナと違って正真正銘の「フェミだんまり案件では?

しかもこの言葉自体、去年になってやっと出始めたらしい。それだけ女性身体問題なのに女性からも関心が薄かったって事なのか。

女性特有の身体の不調に伴い離職を強いられるってまさにフェミニズムのど真ん中案件だと思うんだけど、フェミニストの多くは妊娠出産中絶AV売買春には関心を持っても更年期離職には無関心らしい。

まりにも、男の性欲の対象になる若くて美しい女性しか関心がないフェミニストが多すぎて辛い。

まあ、かくいう自分自身最近になってこの問題に関心を持った訳だから

人の事は言えないけれど。

2022-05-27

anond:20220526211558

「ならないので意味がない想定」というのが普通の答えだが、こういう人間にはこれは通じないんだよな。

なぜ通じないか

「ならない」という言葉を「物理的な理由によって原理的になり得ない」という意味に受け取ることができないのだ。もっと言えば増田のような人間は「物理的な理由によって原理的になり得ない」というような概念言葉自体を持っていない。こういう人間にとって「なる」とか「ならない」というのは自分気持ちの表明でしかなく、気持ちとは無関係に外部的(物理的)な理由によって真偽が決まるという考え方自体が無いのだろう。

それは端的には教育が足りてないということだし、論理的思考ができないとか、アホだとか、人によって色々な表現が出てくるだろうが、なんにせよ世の中はこういう人間多数派であって論理へったくれもなく気持ちと「俺はこれが正しい/正しくないと信じる」という根拠のない思い込みだけで駆動しているのだ。

2022-05-26

そもそも大人の発達障害」って言葉がよくないと思うんだよね

だって大人ふりかけ」とか「大人お子様ランチ」みたいで深刻さを全く感じないもの

そもそも発達障害」という言葉自体嫌だが、どうしても使うなら年齢を問わずに単に「発達障害」だけでよくない?

2022-05-20

「腐」女子は本当に差別用語

創作である私は今でもpixivタグに「腐」を付け続けているが、この語の使用について眉を顰める層が一定層居ることも認識している。しかしそのうえで私は「腐」の使用差別性は無いと主張してこの語の淘汰に抗いたいと思っている。

まず私は「腐」を同性愛者及びそれをモチーフとした創作の愛好家に対する侮蔑用語だと考える人はどうして「BL」なら問題ないと思えるのかを問いたい。

言葉というのは程度に大小あれども事象へのラベリングに他ならないが、「腐」が異性愛者に対して同性愛者を異常なものとしたうえでの差別的なラベリングだと思うのなら、恋愛のもの性別区別することだって立派なラベリングになる。「BL」を完全に差別と無縁な語としたいのなら必ず異性恋愛のことは「HL」と呼ばなくてはいけなくなるけど、それができないならまず恋愛性別で括ってはいけない。

じゃあなぜわざわざ差別危険性を孕んだ語を使ってまでラベリングを行わなくてはいけないのかといったら、それは「棲み分け」のためになる。見たくない人が見ないため、その為に使われる語はどうしたって「区別」が生まれる。

区別するための語には性格上どうしたってマジョリティを軸とした差別化が行われる。それによって生まれた語に発音の違いはあれど意味用途の違いは無い。

なのになぜ、「BL」は良くて「腐」は駄目なのか。恐らくそれは「腐」という言葉自体へのイメージが悪いからだろう。「腐女子」という言葉を用いる事が「同性愛」を腐ったもの、汚いものとして差別している印象が付きまとうためその使用を嫌がる人がいるのは理解できる。

しかし「腐」=「汚いもの」という認識にすら、ラベリングが付きまとっていることを忘れてはいけない。

例えば「〇〇に親でも殺されたのか」という有名なネットミームがあるが、この表現にも異議を唱える人は多く居る。なぜかと言えば、「憎さ」の表現に「親を殺される」という例えを使うことが不謹慎かつ過激すぎるためだ。

しかし、親子関係がもともと良くない、虐待などを受けた子供がこの言葉を聞いたところで「親を殺された」=「凄く憎い」の解釈にはならないのである

これほど一見過激言葉ですら言葉から受けるイメージは総一致しないのに、「腐」=「汚い」の決めつけは、「同性愛」=「異常」の決めつけと何が違うというのか。

かといって一般的な大多数が「腐」という語にマイナスイメージを持つの真実である

しかし私がこの語の使用について問題は無いという立場を取る根拠には「差別をする人は言葉を使うが、言葉差別を生むわけでは無い」という前提があるからである

言葉意味からまれるが、定着した後、文字としての意味形骸化して、音声:意味のみの関係となる。

例に挙げるなら「さようなら」という語は「左様なら(そうであるならば)」という意味言葉からまれた語であるが、私たちが実際にお別れの挨拶として「さようなら」を使うときは「左様なら」と一回一回意識をして言葉を発していない。

あるのは「さようなら」の音声が「お別れの挨拶意味する」という事実のみである

まり私たちが「腐女子」という言葉を使う時、「男性同士の恋愛モチーフにした創作が好きな女性」の認識はしても、「腐」という字面による意味は関与してこないのである

汚いものを蔑みたい人は「腐」を使うかもしれないが「腐」が使われているとき全てに汚いものを蔑む意図はない。これが「言葉差別を生まない」の真意だ。

長々と書いて、よほどこの人は「腐」という言葉に対しての思い入れが強いのだろうと思われてしまうかもしれないが、そもそも私自身がLGBT当事者である。一方で日本語学を学ぶ学生でもある。私は偏った方法平等を目指す社会文化を潰すことを恐れている。差別をなくしたいと思ったとき言葉使用制限することが本当に最も適切な手段なのか、その内実を検討した上で考えてみて欲しい。

2022-05-13

anond:20220513184229

配牌良くても、変に夢を追った結果ヨレヨレになってあがれなかったり、配牌はゴミだけど引きが良くてドラも乗って高い手になったりいろいろある。

ただ、そもそもガチャって言葉自体自分環境を親のせいにする言葉というより、「子供が親を選んで生まれてきた」みたいな考えへのアンチテーゼみたいなとこはあると思う。

特に虐待受けてたりする子ほど親を捨てられないことが多い、ら。親といっても偶然ガチャで引いただけだから子供は悪くないよ、逃げていいよ、って言うには良い表現だと思うんだよね。

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