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はてなキーワード: 学習指導要領とは

2022-07-23

速さの問題がわからない子供には、「み・は・じ」よりも割合を復習させろ

速さは、1単位時間あたりの道のりなんだから割合計算と同じなんだよ。

から割合計算さえ完璧にできれば、速さの問題だって当然に解ける。

その本質も知らずに、「み・は・じ」みたいな学習指導要領にも無い謎呪文を覚えて済まそうとするから

複雑な問題になるとその謎呪文の使い方がわからなくなって混乱するわけだ。

(あと、小学生場合、速度は「時速○km」みたいな教わり方をするが、単位系表示(km/h)も合わせて教えるべきだ。

単位系表示なら、速さ=道のり÷時間であることはあまりにも自明で、「み・は・じ」なんて謎呪文を使わなくても簡単に解ける。

小学生英語を習うようになったんだから算数でも「h(hour)」「min」「s(second)」表記を使えば良い。)

2022-07-02

augsUK「子殺しの上で死体遺棄して母親逮捕されるのは当然」

子殺しの上で死体遺棄して母親逮捕されるのは当然のことでは?父親にも何らかの罪をというのはわからないでもないが。乳幼児人権を認めてないのは怖すぎる。

augsUK 2022/07/02 12:28

https://b.hatena.ne.jp/entry/4721804662898478082/comment/augsUK



性教育で「性交」や「妊娠経過」の知識を得られていたら、母親責任があるとは思うが、現在日本では、学校で「性交」や「妊娠経過」を教えることは、文科省により禁止されている。

これは、自民党公明党撤廃拒否している歯止め規定によるもの

性教育で「性交」や「妊娠経過」の知識を得られなかった母親死体遺棄をしてしまったのは、自民党公明党責任がある。

乳幼児人権を認めてない」のは、性教育で「性交」や「妊娠経過」を教えることを禁止している自民党公明党であり、自民党公明党投票した人物の方である

みんなの未来を選ぶためのチェックリスト 参議院選挙2022

https://choiceisyours2021.jp/

質問

文部科学省が推進する「生命いのち)の安全教育」では、性交妊娠経過について教えないなどといった「はどめ規定」があり、性に関する知識理解が十分に得られない内容になっています

「はどめ規定」を撤廃し、人権尊重科学的根拠に基づく包括的性教育を推進しますか?

自由民主党の回答】

✕(ばつ)

性教育児童生徒の発達段階を考慮しながら、学校全体の共通理解を図り、保護者地域理解を得ることが必要です。不適切性教育ジェンダーフリー教育などは行わせません。

公明党の回答】

△:中学校1年生の保健体育科の授業においては、「心身の機能の発達と心の健康」について学習する中で、思春期には生殖機能が発達し、妊娠可能となることを理解できるようにするため、主に多くの生徒が直面する思春期の体の変化について学ぶこととしています平成10年の学習指導要領改訂時の背景として、この内容について指導を行う場合に、生徒の発達の段階を踏まえない、いわゆる過激性教育(性行為イラストで示すなど)が行われており、行き過ぎた指導にはどめをかけるため、当該規定を設け、その扱いを継続しているものです。

子どもたちを性犯罪・性暴力から守るための「生命安全教育」については、より多くの教育現場で実施されるよう推進します。

立憲民主党の回答】

○(まる)

学校教育社会教育で、男女ともに性暴力加害者被害者にならないように、性についての正しい知識を身に付けられる人権としての包括的性教育を推進し、生に対する正しい知識理解とともに、子どもたちへの犯罪を根絶します。

日本共産党の回答】

○(まる)

1992年改訂学習指導要領で小学生から「性」を教える転換がはかられました。しかし、1998年改訂学習指導要領で妊娠過程を扱わないとする「はどめ規定」がもうけられ、2003年都立七生養護学校での性教育自民党都議などが介入し、自民党国会議員なども加わる性教育バッシングがおき、学校現場の性教育は委縮・後退しました。その結果、多くの子どもたちが性についての知識をもたないまま、互いの心身を傷つけてしまう多くの悩みや問題をかかえています国連子ども権利委員会日本政府に「思春期女子および男子対象とした性と生殖に関する教育学校の必修カリキュラムの一部として一貫して実施されることを確保すること」を勧告しています。「はどめ規定」をなくし包括的性教育をすすめることが強く求められていると考えています

 日本共産党は党綱領で「ジェンダー平等社会の実現」をかかげている政党です。人権ジェンダー平等大事にしながら、人間生理生殖避妊についての科学知識、性の多様性、互いを尊重しあう人間関係を築く方法自分の心や体を傷つけるものから身を守るすべを学ぶなどの包括的性教育の推進を提案しています

社会民主党の回答】

○(まる)

性交」の説明なくして、子どもたちが性に関する知識や性暴力や性被害についてしっかりと理解できません。平等人権視点を入れた包括的性教育の推進が不可欠です。

日本維新の会の回答】

○(まる)

「はどめ規定撤廃が適切かどうかは検討を要するが、性教育については今よりも踏み込んだ対応必要である

国民民主党の回答】

(その他)

授業内容、性教育生理教育等、学校生活全体を通じて、人権尊重され、学校地域が協力して子どもの成長に伴走する環境を創ります

れい新選組の回答】

○(まる)

性交”や妊娠経過を説明せずして、性暴力や性被害というのが何なのか、ということは子どもたちは理解できません。すでに2009年ユネスコが「国際セクシュアリティ教育ガイダンス2018年改訂)」を出しており、ヨーロッパの国々はガイダンスを踏まえて性交避妊方法小学校高学年・中学校で教えています

2022-05-23

  西階中学校では、近年、教育委員会が、  初等幾何整数論を教えようとしているが、教員の中には、3,40代の者が多く、昭和58年に学習指導要領から

    それらは廃止されているので、我々にはそれを教える教養能力もないという意見があがっており、しか校長は体育の専門のため、数学については分からない

  ということである

    平成9年に西階中学校整数論を教えていた小泊教諭らに聞いても、その当時は何もやっていなかったという返答。当時在籍していた生徒全員に聞いても

  実質的には、斉野平先生から幾何学のなんのテクニック定理も教わっていないといっている。

     宮崎県高等学校入試問題には幾何学の簡単問題が出るが、10年一日のようなものであり、解けなくてもいいようにされている。

    また、西階中学校男子生徒の中には、幾何学に興味を示す者もいるが、女子生徒の中には、つまらないし、そもそも先生が教えていないとして不満を持っている者が多い。

    延岡高等学校の生徒に聞くと、平面図形の問題高校でも習うが、内容はメネラウス定理、チェバの定理だけで無内容。定理を教わるだけで問題は解かない。

    スタデサプリ先生センター試験に出る多少難しい平面幾何問題を解いているが、センター試験では誰も平面幾何選択しない。

  また、近年、センター試験には数論の問題も出るが、配点は1,2点であり、みんな捨てているということ。

anond:20220522134825

学習指導要領に準じて合理的に考えると全部ダンスになるような

(体づくり、集団行動、表現力のあたり)

それはあんまり

ボールが転がるのとか

物理最初の方の運動

鉄棒で体が縦に回転するのとか

(とっさの受け身

現代社会に生きてると体感することないから、体験しといてもいいと思う

anond:20220523154243

本質的に同じ」やなくてさあ。

たとえば学習指導要領に対して「三角関数不要から削除しろ」って言ったとき

「じゃあ三角関数本質的に同じものなので三角比も削除しますね」とはならんやん。

そのくらいはわかるやろ?

2022-05-15

anond:20220514202159

ADHD持ちの教師だけど,これは普通差別でしょ。

ADHDが「契約を適切に理解できない人」って言われてるんだよ? 俺が取った修士号はどうなるの? 教員免許は? 教職はどうなるの?

ADHDが「契約を適切に理解できない人」って言われたら,俺みたいな人たちは教職に就く能力否定されることになるよね? 契約理解できない人が,大学院に行ったり教員採用されたりするなんてできるわけないじゃん。

AVに出演するのも教員として採用されるのもどっちも契約だよ。片方の契約能力が欠如してるなら,もう片方の契約能力も欠如してるってことになるでしょ。AV出演契約を適切に理解できない人が,なんで雇用条件通知書や職務規定学習指導要領を適切に理解できることになるんだ?

逆に言うと,俺たちみたいなADHD当事者教職に就く権利自由を守るためには,AVに出演する権利自由も守らないと駄目なんだよ。

俺はAVなんて興味ない。だけどADHD持ちの就労権利自由には興味がある。俺たちはどんな職業だって就くことができるはずだ。それを否定しようとするのは俺たちへの差別だ。絶対に受け入れられない。

2022-01-29

国立大大学共通テストに「情報1」が必須になることについて

国立大受験共通テストプログラミング…25年から情報」追加で6教科8科目に

https://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/kyoiku/daigakunyushi/20220128-OYT1T50158/

国立大受験、「情報」追加を正式決定 25年共通テストから

https://www.asahi.com/articles/ASQ1X7S36Q1SUTIL01M.html

国立大協会共通テストに「情報」追加 25年以降、6教科8科目に

https://mainichi.jp/articles/20220128/k00/00m/040/332000c

2022年4月高校入学した生徒を対象にした大学入学共通テストから教科情報試験が追加されることはもう決まっていたのだが「そんなのわざわざ受けるやついるの?」とならないように、文科省入試センター布石をうった結果としての国立大学の入試での必須化だと思う。

「なぜ国立大学だけなのか?」

これについては、私立大学には強制できるスキームがない(補助金をちらつかせればできるかもしれないが)のと、地方高校などにその衝撃波が届くように、だと個人的に思っている。

国立大学は文科省植民地だし。独法なのに独立してないし。

ぶっちゃけ首都圏などは、高校情報教員は余ってはいないが足りてはいるが、地方では情報教員採用をまだ実施していない県もあれば、ようやく始めてまだ数名しかいないという県もある。

そんな情報教員採用消極的地方での、高校KPIの一つに国公立大学への合格者人数というものがある。教育委員会によっては、特定進学校助成金みたいなのを出して、進学実績をさらに上げさせようとしている県もあると思う。そんななか情報をきちんと教えられる教員がいないと、国立大学に不利になるよ、というのは地方高校教員委員会への圧力になるのである

「急すぎるじゃないか」とお怒りの校長とかもいるだろうけど、受験には関係いからという言い訳で、教育委員会教員採用してこなかったり、未履修問題のように高校勝手情報をやらずに他教科に置き換えて授業を潰していたりしたことが、結果としてスマホしか使えない大学生大量生産してきたのではないだろうか?

教科「情報」の歴史

高校情報という授業は実は2003年高校入学した生徒から必修科目となっている(正確には必履修科目)。ということで教科が出来てからもう20年近くになる。

商業高校工業高校は別として、全ての普通科で必修の教科が「ドーン」と爆誕したのがその年だったのだが、文科省の失政を今の今まで引きずっていたのだった。

それまでにない教科(情報処理に類する科目は無かったわけじゃないが)が誕生するということは、教える人が新たに必要となるということである

教員免許区分も新たに誕生するということである

それが全国何千校の普通科高校で急に始まるのである。まあ、時代必要だったのでそれはしょうがないと思うが。

大学教員養成課程で、一気に何千人も情報教員を輩出できるわけではないので、現職の教員に講習を行って新たな免許を持たせることにした。

まずは意識高い教員に、現職講習の講師役となるための研修を行い、育成された講師たちが各都道府県で現職教員にたった15日間の講習で「教科情報をもう教えられるよ」ということにした。

すごい促成栽培である豆苗2世代収穫みたいな。

しか希望した受講者だけ目標ノルマ人数にとても足りず(講習を受けられる教科に縛りを付けた失策があり、そもそも希望しているのに受けられなかった教員もいる)、各学校肩たたきのように希望しなくても免許を取りに活かされた数学理科家庭科教員が多数いるというわけである

これを時限的な教員免許とすれば、大学情報教員免許をとった新しい教員がどんどん入ってきたのだが、いかんせん恒久的な免許だったのだ。

あと教員免許更新があるじゃないかと思われるかもしれないが、免許更新はどの教科で更新するとかはなくて、文科省が認めている免許更新の講座だったら何の教科の内容でもいいし、生徒指導でもレクリエーション論でも何でもアリなのだ。一気に全部の免許有効期限が延びる仕組みである

情報処理学会は、教科情報の内容で更新講習をやってはいるが、知名度は高くないようである

そんな石器時代のような人たちが令和の時代に、「情報とは」と教えている現状があるから、それを刷新したいという文科省意図もあったような気がする。

恒久免許をいまから取り上げるわけにもいかないし、全て定年退職するまで待っていたら日本沈没するのが加速するだけである

入試科目となるにあたって

学習指導要領という教科で教える内容が決められる教育界の法律みたいなものがあって、だいたい10年に1度のペースで改訂される。

最初情報は、情報A、B、Cという科目があり、いわゆる町のパソコン教室的な内容でも教科の内容をけっこう満たしてしまものであった。

とはいえTCP/IPWWWDNSの概略や、アルゴリズム知財などの法規は当時から教科書に載っていたのであるよ。

その次の世代学習指導要領で、「社会情報」「情報科学」の2つに再編され、今の高校1年生の代まではこれを勉強している。2年後に高3で始めて習う生徒もいるかもしれないが。

今度の4月から入学生では、情報1に一本化されて、全ての高校生が共通範囲勉強している(これが大事)はずなので入試に出しても良いよね、と出来たわけである

それまではどれかだけ勉強したら卒業OKという扱いで複数科目あったので。

今年の1年生が浪人して1個下の代と一緒に国立大学を受けると、他教科の試験は移行措置で現行科目の試験が用意されるのだが、情報は今の科目での出題がないからどうするの?という問いかけが国立大協会からあった。さっきの複数科目の問題があって浪人生に強要できるのかよーという問題だったのだが、文科省入試センター強気に「社会情報情報科学か、どっちかだけでもやっていれば100点分になる問題をその年だけ新たに設置するので、無問題」という回答により、国立大学の入試必須化が正式に決まった。

情報1

情報1にはプログラミングだけではなく、問題解決の考え方、情報デザインとコミュニケーションデータサイエンスの基礎などが入っている。

ちなみに、情報2という科目もできて、数学みたいに1をやったあとでなければ2を勉強できない、より高度な内容になっている。物理基礎に対する物理みたいな。

データサイエンスといえば聞こえがよいが、それよりちゃんとした統計を学ばせるのが先じゃね?と思う人も多いと思う。

実は数学1で統計の内容が必須化して10年経つのだが、10個や20個の整数を手計算計算して、分散標準偏差偏差値を出してたり、相関係数と散布図くらいしか届かない、「紙の上で鉛筆でやる意味があるのか?」という内容であるセンター試験共通テストでは奇をてらうことが難しい分野だったが、今年の共通テストやらかした。

次の学習指導要領では数学教育者と統計教育者のバトルなどがあって、それも興味深いのだが、それはまた別のお話

劇薬ではあるが、かわいい生徒たちの志望大学進学という、餌をつるされた教員たちの良心で今まできちんとした情報教育を受けることができなかったかもしれない地方高校生が報われるようになるといいと思っている。

民間企業陰謀論について

あ、あと入試改革すると、企業が儲けるために結託しているんじゃないかと思う方もいるかと思うが、情報1にからめてうちは底辺校と呼ばれる学校なのだが、プログラミング教材とかの売り込みはかなり来るし、ベネッセはすでに高校情報1のオンライン教材の売り込みをガンガンやっている。東進ハイスクール情報講師を確保しているようである

なので「教える教員がいない、地方を見捨てるのか!」となった場合は、ベネッセやら東進高校向け教材でもやらせお金解決してください。

国立大学目指す層ならば、それで到達点はいくと思うし。

国立大大学共通テストに「情報1」が必須になることについて

国立大受験共通テストプログラミング…25年から情報」追加で6教科8科目に

https://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/kyoiku/daigakunyushi/20220128-OYT1T50158/

国立大受験、「情報」追加を正式決定 25年共通テストから

https://www.asahi.com/articles/ASQ1X7S36Q1SUTIL01M.html

国立大協会共通テストに「情報」追加 25年以降、6教科8科目に

https://mainichi.jp/articles/20220128/k00/00m/040/332000c

2022年4月高校入学した生徒を対象にした大学入学共通テストから教科情報試験が追加されることはもう決まっていたのだが「そんなのわざわざ受けるやついるの?」とならないように、文科省入試センター布石をうった結果としての国立大学の入試での必須化だと思う。

「なぜ国立大学だけなのか?」

これについては、私立大学には強制できるスキームがない(補助金をちらつかせればできるかもしれないが)のと、地方高校などにその衝撃波が届くように、だと個人的に思っている。

国立大学は文科省植民地だし。独法なのに独立してないし。

ぶっちゃけ首都圏などは、高校情報教員は余ってはいないが足りてはいるが、地方では情報教員採用をまだ実施していない県もあれば、ようやく始めてまだ数名しかいないという県もある。

そんな情報教員採用消極的地方での、高校KPIの一つに国公立大学への合格者人数というものがある。教育委員会によっては、特定進学校助成金みたいなのを出して、進学実績をさらに上げさせようとしている県もあると思う。そんななか情報をきちんと教えられる教員がいないと、国立大学に不利になるよ、というのは地方高校教員委員会への圧力になるのである

「急すぎるじゃないか」とお怒りの校長とかもいるだろうけど、受験には関係いからという言い訳で、教育委員会教員採用してこなかったり、未履修問題のように高校勝手情報をやらずに他教科に置き換えて授業を潰していたりしたことが、結果としてスマホしか使えない大学生大量生産してきたのではないだろうか?

教科「情報」の歴史

高校情報という授業は実は2003年高校入学した生徒から必修科目となっている(正確には必履修科目)。ということで教科が出来てからもう20年近くになる。

商業高校工業高校は別として、全ての普通科で必修の教科が「ドーン」と爆誕したのがその年だったのだが、文科省の失政を今の今まで引きずっていたのだった。

それまでにない教科(情報処理に類する科目は無かったわけじゃないが)が誕生するということは、教える人が新たに必要となるということである

教員免許区分も新たに誕生するということである

それが全国何千校の普通科高校で急に始まるのである。まあ、時代必要だったのでそれはしょうがないと思うが。

大学教員養成課程で、一気に何千人も情報教員を輩出できるわけではないので、現職の教員に講習を行って新たな免許を持たせることにした。

まずは意識高い教員に、現職講習の講師役となるための研修を行い、育成された講師たちが各都道府県で現職教員にたった15日間の講習で「教科情報をもう教えられるよ」ということにした。

すごい促成栽培である豆苗2世代収穫みたいな。

しか希望した受講者だけ目標ノルマ人数にとても足りず(講習を受けられる教科に縛りを付けた失策があり、そもそも希望しているのに受けられなかった教員もいる)、各学校肩たたきのように希望しなくても免許を取りに活かされた数学理科家庭科教員が多数いるというわけである

これを時限的な教員免許とすれば、大学情報教員免許をとった新しい教員がどんどん入ってきたのだが、いかんせん恒久的な免許だったのだ。

あと教員免許更新があるじゃないかと思われるかもしれないが、免許更新はどの教科で更新するとかはなくて、文科省が認めている免許更新の講座だったら何の教科の内容でもいいし、生徒指導でもレクリエーション論でも何でもアリなのだ。一気に全部の免許有効期限が延びる仕組みである

情報処理学会は、教科情報の内容で更新講習をやってはいるが、知名度は高くないようである

そんな石器時代のような人たちが令和の時代に、「情報とは」と教えている現状があるから、それを刷新したいという文科省意図もあったような気がする。

恒久免許をいまから取り上げるわけにもいかないし、全て定年退職するまで待っていたら日本沈没するのが加速するだけである

入試科目となるにあたって

学習指導要領という教科で教える内容が決められる教育界の法律みたいなものがあって、だいたい10年に1度のペースで改訂される。

最初情報は、情報A、B、Cという科目があり、いわゆる町のパソコン教室的な内容でも教科の内容をけっこう満たしてしまものであった。

とはいえTCP/IPWWWDNSの概略や、アルゴリズム知財などの法規は当時から教科書に載っていたのであるよ。

その次の世代学習指導要領で、「社会情報」「情報科学」の2つに再編され、今の高校1年生の代まではこれを勉強している。2年後に高3で始めて習う生徒もいるかもしれないが。

今度の4月から入学生では、情報1に一本化されて、全ての高校生が共通範囲勉強している(これが大事)はずなので入試に出しても良いよね、と出来たわけである

それまではどれかだけ勉強したら卒業OKという扱いで複数科目あったので。

今年の1年生が浪人して1個下の代と一緒に国立大学を受けると、他教科の試験は移行措置で現行科目の試験が用意されるのだが、情報は今の科目での出題がないからどうするの?という問いかけが国立大協会からあった。さっきの複数科目の問題があって浪人生に強要できるのかよーという問題だったのだが、文科省入試センター強気に「社会情報情報科学か、どっちかだけでもやっていれば100点分になる問題をその年だけ新たに設置するので、無問題」という回答により、国立大学の入試必須化が正式に決まった。

情報1

情報1にはプログラミングだけではなく、問題解決の考え方、情報デザインとコミュニケーションデータサイエンスの基礎などが入っている。

ちなみに、情報2という科目もできて、数学みたいに1をやったあとでなければ2を勉強できない、より高度な内容になっている。物理基礎に対する物理みたいな。

データサイエンスといえば聞こえがよいが、それよりちゃんとした統計を学ばせるのが先じゃね?と思う人も多いと思う。

実は数学1で統計の内容が必須化して10年経つのだが、10個や20個の整数を手計算計算して、分散標準偏差偏差値を出してたり、相関係数と散布図くらいしか届かない、「紙の上で鉛筆でやる意味があるのか?」という内容であるセンター試験共通テストでは奇をてらうことが難しい分野だったが、今年の共通テストやらかした。

次の学習指導要領では数学教育者と統計教育者のバトルなどがあって、それも興味深いのだが、それはまた別のお話

劇薬ではあるが、かわいい生徒たちの志望大学進学という、餌をつるされた教員たちの良心で今まできちんとした情報教育を受けることができなかったかもしれない地方高校生が報われるようになるといいと思っている。

民間企業陰謀論について

あ、あと入試改革すると、企業が儲けるために結託しているんじゃないかと思う方もいるかと思うが、情報1にからめてうちは底辺校と呼ばれる学校なのだが、プログラミング教材とかの売り込みはかなり来るし、ベネッセはすでに高校情報1のオンライン教材の売り込みをガンガンやっている。東進ハイスクール情報講師を確保しているようである

なので「教える教員がいない、地方を見捨てるのか!」となった場合は、ベネッセやら東進高校向け教材でもやらせお金解決してください。

国立大学目指す層ならば、それで到達点はいくと思うし。

2021-12-08

生徒会をぶち壊す方法

生徒会の打ち壊し方について。

結論から言うと「不参加」が大きいと思う。

経験則に基づくやり方なので、学校によっても異なると思う。

例えば、強制的な信任投票においては無駄記号を書いたり、或いは「生徒会打倒」と書いたりして無効票にする。生徒総会のある日によほどのことがなければ休むことも効果的。出席人数がろくにない場合は開催できないからだ。これを繰り返せば生徒会形骸化する。

少し話は変わるが、大学学生総会では出席人数が成立人数の100人未満差ということも実際に起きている。出席人数と書いたが、委任票の存在が大きい。そこで、勇気を出してこんな運動をしてみるのはどうか。「あなたが好きでもない自治会存在を認めないとかどう?」つまりは、学生総会を無視する運動を起こすのだ。

無駄な手間をかけて教職員や上流権力の手先を存続させるより、手間をかけず気軽に革命をする方を選ぶような人間性を、私は信頼している。

変化は怖いことではないし、このような行動による統計は、例え改竄されたデータ掲示されようと、生徒会教職員が実際のデータを見て落胆し自己反省することにつながると考える。

とにかくこの記事で覚えてもらいたいのは、「生徒会をぶち壊すのに不参加は有効である」「生徒会教職員学習指導要領執行するための手先。「生徒会は下っ端のことなど考えない無責任上流階級の手先でもある」ということ。それでは、さら生徒会・偽生徒自治。二度と会わぬ。

2021-08-21

anond:20210821175343

敬語学習指導要領では5年6年だからそれぐらいだな

発達心理学としてもそれぐらいを目安としている

2021-08-01

普通に英語で話せるには、ボキャブラリー1万語以上を記憶し、英検1級を合格するレベルに達しなければ…

俺は1年前から高校生時点で止まっていた「英語検定準2級」を合格するよう、英語勉強を始めた。

今は英語検定2級1次試験合格した時点で止まっているものの、自分英語力が上達していると感じていた。

しかし正直、まだできない…、できないんだ…。

週3回ぐらい、英会話外国人教授と一緒に長い話をして習慣づけているのにだ…。

そりゃ発音も良くなったし、聞いている意味も分かったし、書けるようにもなった…。でもね…でもね‥‥まだ無理なんだ…。

英検2級1次を合格した俺でさえ、まだ見知らぬ外国人英語カタカナ語で「ヘァロー」「ハァイ」「イクスキュースミ?」とか、単語単語で道案内ギリギリできるレベルしか過ぎないんだ…。

やはりね…英語理解して、ペラペラに話せるには最低限、1級かもしれませんね…(最初は準1級で十分だと思ったものの…)

ちなみに【俺の最近英語勉強法】は夕方~深夜まで、

まずNetflix英語字幕を付けて1~2時間ぐらい、

次に数々の英単語の本を「[DataBase 3000]→[東進 英検2級1200]→[入試 英単語2300]→[究極の英単語 Vol.2]→[究極の英単語 Vol.3]」

という順番で眠気が来るまで読み続ける(最低1万語を印象強く記憶しなければ、やっと英文記事英語の本を読むことはできないと分かっている…)。

この勉強法は、合っているかは分からないが…、とにかくこのぐらい本気で取り組んで英検1級合格するレベルに達しなければ、やっと最低限の英会話はできないだろう…。

少し別の話になりますが、

文部科学省が小中高の生徒たちに英語を本気で教えるよう取り組もうとする姿勢が出し始めたからか、

「小中高の内に、暗記する英単語を3000語から5000語へ」と定め、去年から学習指導要領施行したものの、

ワタクシ個人的意見「まだ足りぬ!足りぬのだ!1万語ぐらい暗記し、読解もできないと無理だぞ!」と…。

あと「小中高の子供たちに、ネットフリックスYoutube英語字幕を使って見るよう教えて上げた方が良い!」と…。

2021-06-19

「(従軍)慰安婦」の記述自体が、ない

文科省慰安婦閣議決定受け教科書会社対象に異例の説明会 | NHKニュース

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210618/k10013092571000.html

いやもちろん表題の件も悪いんだけど、

今、高校地理歴史科では、どこも来年からスタートする「歴史総合」の教科書選定作業に苦しんでいるはずなのだが(というのは7社12冊もあって、その全てについて一応「調査」した体で記録を残さないといけない)、

ざっと見た限り、従軍慰安婦について記述している教科書、一冊もないのよ(うっすら匂わす程度はあったかも知れない)。

これはまずい。表記問題どころじゃない。

ちなみに7社12冊の内訳は以下。

東京書籍(2)

実教出版(2)

清水書院(1)

帝国書院(1)

山川出版社(3)

第一学習社(2)

明成社(1)

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/tenji/mext_01383.html

何がまずいかと言うと、新学習指導要領における必修の歴史科目は歴史総合のみで、

しかも扱う内容は近現代を中心に置く構成なのに、その記述が1冊もないようでは、

日本として慰安婦問題真摯に取り組んでいるという建前が崩壊してしまうのよ。

遅かれ早かれメディアでも取り上げられて、隣国からの追及を受けることになるだろう。

いやマジで、1冊もないってどういうことよ?

ちなみに歴史総合の発展科目である日本探究」「世界史探究」の教科書見本はまだ出来上がっていないが、これらは必修ではない。

2021-06-04

スペックの1人1台PCを生徒は使わない! 高校GIGA情報科教員が語るICT

https://www.watch.impress.co.jp/kodomo_it/special/1326404.html

スペックの1人1台PCを生徒は使わない! 高校GIGA情報科教員が語るICT環境整備のポイントとは

――「公立高校で生徒1人1台のPCを5年間活用して分かったこと~Windowsメリット~」レポート

提供

日本マイクロソフト株式会社

赤池淳子

2021年6月2日 06:45

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GIGAスクール構想によって、すでに1人1台を経験した中学生高校に進学しているが、高校の1人1台環境整備はこれからであり課題となっている。高校では2022年からプログラミング教育を含む「情報I」が必修化されるほか、2024年度の大学入学共通テストからはCBT方式の導入も予定されており、ICT環境整備は急務である

日本マイクロソフト5月15日学校関係者に向けて高校での1人1台活用テーマにしたオンラインセミナー公立高校で生徒1人1台のPCを5年間活用して分かったこと~Windowsメリット~」を実施した。登壇したのは、東京都の「ICTパイロット校」としてGIGAスクール構想の前から1人1台環境に取り組んできた東京都三鷹中等教育学校(以下、三鷹中等教育学校)の能城茂雄教諭プロジェクト担当者として5年間にわたる活用の中で得られた知見や、様々な実践ノウハウ披露された。

東京都三鷹中等教育学校での1人1台活用の様子(能城教諭提供

ICTパイロット校」における1人1台のPC整備、5年間の遍歴

東京都三鷹中等教育学校 情報科 能城茂雄 主幹教諭

三鷹中等教育学校は、中1から高3まで6年間を通して学ぶ公立中高一貫校。1学年160名で、計960名の生徒が学んでいる。同校は平成28年からの4年間、東京都教育委員会からICTパイロット校」として指定され、1人1台環境における教育効果検証に取り組んだ。

1〜2年⽬:高校生はスマホに比べて性能が劣るPCの利⽤率が徐々に低下

初年度となる平成28年度は、中学生全員と教員に合計560台の端末が導入された。機種は、富士通WindowsタブレットARROWS Tab Q506/ME」。中学生使用することを考慮し、堅牢性を重視した「文教モデル」が選ばれた。また2年目は、導入済の端末は生徒の進級とともに端末も持ち上がり、新1年生には「ARROWS Tab Q507/PE」が配備された。

能城教諭は2年目の振り返りとして、「この頃から、生徒の使用にはPCスペック重要であることが分かってきた」と述べた。特に高校生の場合スマホの持ち込みや使用許可しているため、高性能なスマホに比べて、スペックが劣るPC利便性を生徒が感じられず、利用率の低下につながるというのだ。「高校生だから性能の低いパソコンで良いという考えは間違っており、大人でもそうしたパソコン仕事で使うと不満が出る。これは高校生も同じであり、生徒たちも学びに使う道具が不便であれば使わない」と能城教諭は述べた。

スペックPCは、高校生が所持しているスマホより不便。そんな高校生に対して、低スペックPCでも良いという考えは間違っていると能城教諭

3〜4年目:PCスペックを大幅アップし、生徒のPC利用率が上昇

こうした経験を踏まえて、3年目・4年目の機種選択時には、学校要望としてスペックを充実させてもらうよう、教育委員会にも届けた。その結果、「私たち意見を受け入れてもらい、PCの性能を大きく上げてもらった」と能城教諭一般オフィス使用するのにも十分なほどの高性能モデル富士通Windowsノートブック「LIFEBOOK P728/S」が導入された。

これにより、生徒たちがサッと端末を取り出して、調べ物やまとめる作業がしやすくなり、授業での活用頻度もアップ。「生徒たちがPCを使って”やってみたいな”と思えることをできるようになったほか、教員も新しい学びに挑戦できるようになった」と能城教諭は話す。

3~4年目に配備された「LIFEBOOK P728/S」。CPUストレージ等が性能UP

5〜6年⽬:PC教科書辞書ノートと同じように学習活動に使う「⽂房具」に

その後、4年間のICTパイロット校としての取り組みに一区切りがつき、同校は5年目に新たに「Society5.0に向けた学習方法研究校」として研究指定を受けた。能城教諭は4年間の検証を振り返り、現場では「PCスペックが導入効果に大きくかかわる」と判断スペックが高いPCほど生徒の学習深度への効果は高く、メンテナンス性などでも有利だったと話す。

教諭らは、こうした意見教育委員会に主張し続け、現在の中1・中2年には「Surface Go 2 LTEモデル」が導入された。CPUには同機種の中で最も高性能なインテル Core M3が搭載。メモリーは8GB、ストレージSSD 128GBを選択し、十分すぎるくらい快適な動作可能になった。能城教諭は「GIGAスクールで導入されたような端末では、ICT活用した新しい学びのカタチを実現できない」と述べ、ある程度のスペック必要性を説く。

令和2年度・令和3年度に配備された「Surface Go 2 LTEモデル」。CPUにはSurface Go 2の中でも最も高性能なインテル Core M3を搭載

実際、導⼊されたSurface Go 2では、「⽣徒たちは教科書辞書ノートを出すようにPCを出して学習活動を⾏なうことができている」と能城教諭。同時に教員⽤のPC平成28年度に導⼊されたタブレットPCから、生徒と同じSurface Go 2に変更。教員から評価も⾮常に良いという。

通信環境から保守契約教員働き方改革まで……1人1台PC運用ノウハウ

能城教諭の5年間の取り組みから、これから1人1台PC運用を始める学校が学ぶべきことは多い。当日語られたいくつかのノウハウを紹介しよう。

コロナ禍のオンライン授業も乗り切れるLTE環境

三鷹中等教育学校インターネット環境は、LTEが活用されてきた。具体的には生徒1人あたり7GBのパケットシェアパックで利用。1040人分で合計約7TBの通信可能となっており、コロナ禍の活用を含め、これまでパケットが不足したことはないそうだ。

大人より荒くなるPCの扱い。導入時に何らかの保守契約必須

ハードウェアについては、決して故意に壊すわけではないが、登下校や学校生活の中で故障一定数発生すると能城教諭。生徒の負担なく修理できるようにするため、「初期導入時に何らかの保守契約必要だ」と同教諭

ICT支援員の需要は高い。毎日の常駐が無理でも定期的なサポート

三鷹中等教育学校場合専任の「ICT支援員」が1名派遣され、ハードソフトに関するトラブル不具合対応毎日の常駐が難しい場合でも、定期的に支援員のサポートが受けられる体制が望ましい。

教員会議もペーパーレス化、コロナ禍の遠隔会議スムーズ

教員にも1人1台PC配備されたことで会議も変化。ペーパーレスで行なうことになり、教員資料PDFで提出し、それを管理職がまとめて出席者に送信会議前にコピー機渋滞したり、資料を綴じるのに時間を取られたりという手間がなくなった。これによりコロナ禍の遠隔会議スムーズ実施できたようだ。

教員会議もペーパーレス化し、作業時間の軽減にもつながった

教育委員会と協議を重ね、子どもたちの将来を見据えた端末を選ぶ

能城教諭GIGAスクール構想で導入されたスペックの端末について疑問を呈し、「子どもたちが大学に進み、社会にでて仕事としてPCを使うことになったとき果たしてその経験子どもたちの良い経験になっているでしょうか」と訴えかける。学校ソフトウェアやOS操作を教えることが役割ではないが、子どもたちの学びが良い経験になっているかを考える必要がある。能城教諭らは、どういう端末が子どもたちの将来にとって力になるのかを考えながら、教育委員会と意思疎通を図り端末の整備と運用を進めているという。

1人1台PCがあっても、「コンピュータ教室」は欠かせない。その理由は?

1人1台環境が進むとコンピュータ教室はもういらないのではないか、という議論が起こりがちだが、能城教諭はこれを否定する。むしろ、生徒各自の端末とコンピュータ教室にある高性能なPCの“使い分け”が重要になり、「時代に応じたプログラミング技能習得や、動画編集などのクリエイティブ作業に取り組もうとすると、どうしても高性能なPCは欠かせない」と語る。

現在三鷹中等教育学校には「第1CALL室」と「第2CALL室」があり、2教室で合計80台の高性能なデスクトップPCが整備されている。情報の授業で利用するほか、能城教諭が出勤する時間から最終下校時間まで、生徒が自由に利用できるようになっている。パワフルなPCや大画面、高速ネットワークを求める生徒でコンピュータ教室は常にいっぱいだという。

1人1台PC配備されると、コンピュータ教室役割はより重要

パワフルなPCがあるコンピュータ教室メリットに生徒が気づきはじめる

生徒たちの利用は、「Adobe Photoshop」や「Adobe Premiere Pro」など写真編集動画編集用途コンピュータ教室を利用するケースが多いようだ。同校ではコンピュータ教室PC 80台すべてにAdobe Creative Cloudが導入されており、生徒たちはパンフレットや小冊子の作成部活動紹介の動画制作学習発表のプレゼンに盛り込むショート動画などを作成しているという。クリエイティブ作業コンピュータ教室PCを使うなど、生徒たちは自分タブレットPCとパワフルなPCをうまく使い分けているようだ。

1人1台環境を導入する前は、総合的な学習探究時間など、様々な教科でコンピュータ教室使用し、常に取り合いになっていたようだが、導入後は、多くの教科活動普通教室実施できるようになった。結果、コンピュータ教室用途を、ここでしかできないクリエイティブ活動に舵を切れたという。

新しい学習指導要領を見据えた環境整備の必要性

冒頭でも記述したとおり、各高校では現在2022年から必修化が始まる「情報I」の準備が急ピッチで進められている。学校には「情報I」の教科書の見本が届き始めているそうだが、その内容は、アルゴリズムプログラムとして表現、さまざまなライブラリの利用、APIなどの機能プログラム修正関数を用いたプログラムなど多岐にわたる。

この内容を、果たして1人1台PCで学べるのか。または教師も教えられるのか。プログラミングの小さな文字をどういうふうに伝えるのか、マルチメディア系の教材を使うときの授業準備はどうするのか。「これらを考えたときに、必ずコンピュータ教室必要だと言える」と能城教諭は述べる。

情報I」の学習内容に対応するため、実習環境の整備が進められている

さらに同校では、一般的なコンピュータ教室だけでなく、「生徒たちが憧れるようなすばらしいスペックPCがあれば、よりクリエイティブ活動ができるのではないか」と考え、アドビ社やインテル社との共同研究で「メディアラボ」も開設。

CPUインテル Core i7、メモリー32GB、グラフィックカードNVIDIA GeForce RTX 2060 SUPERを搭載。4K31.5型ディスプレイを備え、制作ソフトとしてAdobe Creative Cloudが導入済みというハイスペック環境を8台用意。動画編集クリエイター養成講座を行なうなどの取り組みも始めており、生徒たちが自由作品制作できるような環境提供し始めた。

あこがれのハイスペックマシンが並ぶ「メディアラボ」を開設

動画編集の集中講座を行なうなど、よりクリエイティブ活動にも対応

こうした取り組みを振り返り、能城教諭は改めて、これからの新しい学びには「1人1台PC」と「コンピュータ教室」の両方が必要であり、そのどちらも生徒の自由な発想に応えられる十分なスペック必要だと話す。

「1人1台環境は、生徒たちにとって非常に魅力。個別最適化された学びなど、1人1台のPCがあることによる学習の変化、メリットは必ずある。それに加えて、プログラミングクリエイティブ作業大学入試でも、Society5.0時代に向けてもますます重要になってきた。1人1台PCも、充実したコンピュータ教室も、新しい時代に即した学びによって、生徒たちの情報活用能力を育成することが、私たち現場教員の願いだ」と能城教諭はまとめた。

2021-06-03

大学教員高校教師に物申す

タイトルの通りなので、大学関係者高校教員以外はスルーしてください。


オープンキャンパスレポートを提出させるな

地方Fラン私大ならともかく、こちとらオープンキャンパス業務なんてやりたくないの。

オープンキャンパス業務がやりたくてたまらないなんていう終わってる教員勝手に盛り上がってるだけだから勘違いしないで。

進学先を選ぶときオープンキャンパスが決め手になった受験生なんて1%もいないの。ちゃんとそういうデータあるの。おたくらにも一応公表してるよね?ちゃんと見てる?

まりこっちとしてはオープンキャンパスなんてやるだけ無駄なの。マジでリストラしたい業務ナンバーワンなの。クソどうでもいい仕事なの。

から受けもしない大学に冷やかし半分で生徒をオープンキャンパスに行かせてレポートを書かせるのはやめてください。マジで

学力が不十分な生徒を卒業させるな

高校義務教育じゃないんだから学力が不十分な生徒は留年させろ。

というかお前ら学習指導要領違反やらかしてるだろ。知ってるんだぞ。

ちゃん学習指導要領に書かれてる教育内容全部やってから卒業させろよ。

何で日本語もまともに読めない奴が大学に入ってくるんだよ。現代文教師いないの?それとも学習指導要領違反常習犯から大した授業しなくてもいいとか感覚麻痺してる?

時間がない?教員が足りない?知るかボケ。クソくだらない行事とか部活やめてから言え。クソどうでもいい行事とか部活青春爆笑)騙ってんじゃねーよ。

お前らの無能さのツケを大学教員に払わせるな。


進学実績を捏造するな

あのね、大学っていうのは国公立大学にせよ私立大学にせよ文部科学省認証評価をしてるか認可してるところ「だけ」なの?わかる?

防衛大学校とか職業能力開発大学校とか水産大学校は「大学」じゃないの。わかる?

学位出るからいい?アホか。大学じゃないんだから大学進学実績に大学校を含めてんじゃねーよバカ

主権者教育真面目にやれ

お前ら政治的問題になると何沈黙してんだよ。沈黙するブタかよ。

高校生は主権者なんだからちゃん教育しろよ。は?中立性が保てない?バカなの?

なーにが「立場上何も言えないんだよね~」だ、バカか。なに中立ぶってんの?

ネトウヨ地域住民とかネトウヨ保護者なんて知るかボケ

マジで真面目に仕事しろ穀潰しが。

いか、これは大学教員の総意だからな?これに賛同しない大学教員なんてネット上には「自称中立」の中国研究者くらいしかいないからな?

2021-05-26

東大行くやつは学校以外でも勉強するだろ

勉強自律的自習前提で学習指導要領にも縛られずにやっている状態だろう

学校はむしろサロン的なものなのかもしれない

2021-05-18

anond:20210518114857

完全にやらんわけじゃないぞ

普通に学習指導要領見れば

> (イ)第二次世界大戦の展開,国際連合と国際経済体制冷戦の始まりアジア諸国の動向,戦後

> 革と日本国憲法の制定,平和条約日本独立回復などを基に,第二次世界大戦後の国際秩序

> と日本国際社会への復帰を理解すること。

なので普通に触れるぞ

そもそも戦中戦前日本国の制度戦後日本制度も知らないで諸葛孔明気取ってるのが気に食わないのだけれどもな

2021-03-24

anond:20210324193321

ある時期から受験対策よりも学習指導要領にとらわれない独自カリキュラムに力をいれるようになったとは聞いたことがあるよ

学校法人としての方針アンチ資本主義に変わったのかもとゲスパー

2021-03-19

息子6才、初めて小学校に降り立つ

4月小学生になる息子は凄まじいADHD+陽キャASDで、支援級在籍になる。

支援専門の先生提案により、お試し小学校訪問提案され、昨日がその初日だった。

当日、児童には、今度支援級に入学する子が見学に来るが、普通に授業や活動をして欲しいことを、集会校長先生が言ってくれたらしい。

学校に行くと。支援先生は私に、初日は彼がどんな行動をするかを後ろからついていき、手を出さず見てみましょう、となった。

息子はます、体育倉庫の扉の南京錠を開けたがり、何を思いついたかピッキングの真似までしだした。

なんだなんだ?というように、校長教師児童ら計5人でそれを眺めてはいもの

「やっちゃだめ」

という人は誰もいなかった。

校長

「これ、ちゃんと閉まってるよね?」

教師確認していた。

そこなの?!

その後、放課後校庭で遊ぶ10才くらいの男児と息子とで追っかけっこが始まる。

息子はケンカや競走で興奮しすぎると、たまに暴力を振るう。

保育園からの報告何度も頭を下げてきた。

から、おいかけた児童を捕まえた時、息子児童をガブリと噛んでうわっ!またやった!!と本当に冷や汗が額から噴き出た。しかし当の児童

「せんせー、かまれたー」

と、猫に噛まれたノリで近くにいた先生に報告すると

ちょっかい出して逃げた自分が悪いんだよ」

先生は笑っていた。

世間ではそれを他害って呼ぶんだけど、これで済むの?

他にも、高学年女子に抱きついたら嬉しいっ!とバグし返される、金魚を持った低学年に興奮しても、こちらを少し見ただけで何ともなく目の前を通り過ぎて行った。

「ここは通常の公立校とは全く違う軸と制度価値観運営してるわ…」

と驚きっぱなしだった。

しろ保護者にこれについていけない人がいるんじゃないかなとも思いはする。

迷惑」や「いつもと違うこと」を勘定や落とし込みではなく、発生した時点で排除する、って価値観地域学校だとこの運営方法は難しいのは理解している。

都会…郊外…いや、できる場所の方が少ないよ、これ。

から息子は、今のとこはこの地域のこの学校で良かったなと思った。

帰る間際に、増田さん、勉強はどうしましょうか?彼は学校生活のルールを中心に学ぶと、授業が絶対遅れるけど、と、支援先生に聞かれたので

「……文科省に謝りましょうかね」

と、学習指導要領通りなんて考えていないことを意思表示するために答えたら、彼女ゲラゲラと笑い出した。

4月からよろしくお願いします。

2021-03-11

anond:20210310120801

地頭信仰って教育の敗北だと思うんだ

地頭がいいってのは、教えなくても理解できる、自分で調べて勉強できる、ってことだから

小学校鶴亀算だって方程式使えば簡単に解けるのに、学習指導要領範囲内で解くことを強制されるからアクロバティックなものになる

地頭がいい奴は得意科目なら何でもできるから、アクロバティックであろうが問題集の解答を見て本質をつかみ、難なくものにできる

この対応能力こそが、会社に入ってからも柔軟に業務適応し、役に立つ社員になると期待できる

本当は中学高校もっと社会に出てから役に立つトレーニングをさせればいいんだけど、そうすると「資本主義奉仕する型にはまった労働者」に育てるのはけしからん、って文句をつける奴らの声がでかいんだ

2021-02-22

元増田より、古典を義務教育で扱う理由について

元増田です。はてなでは定期的に出る話題であり、この仕事をしていれば生徒に必ず聞かれることでもありますね。すでに質問増田氏への反応でかなりの部分が議論されていると思います国語先生ごとに考えが多少異なるとは思いますが、現場にいる者として、同じことを生徒に聞かれたと思って、自分なりに誠実にお答えしたいと思います

以下、常体で失礼。


・まず、この疑問への論点はたくさん含まれていると思う。自分なりに整理してみると

日本という国家義務教育で(貴重な時間を割いて、他の教育されない分野を差し置いて)古典を扱う理由教育制度論)

上記の上で、古典選択科目ではない(または高校教育現場で「選択させられている」)理由

学校における古典学習時間は適切な長さであるのか?

学校における古典学習内容は適切なものであるのか?

古典を学ぶことは何かの役に立つのか?(個人レベルでのメリットはあるのか?)

……などなど。


しかし、増田氏の質問古典は、なぜ義務教育の科目なの?」に対して、学習指導要領等を引き合いに出しながら上記のぜんぶに答えても増田氏は納得しないように思う。なぜかと言うと、それ以前の「義務教育(および後期中等教育)とはそもそも何か?」「義務教育に求められているもの本来どのようなものか?」という重要命題増田氏は考えていない(もしくは適切な答えを持っていない)と思えるからだ。


質問増田氏に足りていない視点は「教育とは多様性を前提にしている」ということだ。学校にはあらゆる子供が来る。子供たちは、あらゆる適性・資質長所性質個性能力を持って、学校へやってくる。その多様な子供たちに国から一律のシステムとして授けられるのが義務教育である

子供たちの多様性、というのは学校に勤務していると本当に感じるところであるが、それでなくても、皆さん小中学校にいたクラスメイト、同じ学校にいた児童生徒の「多様性」というものに思いをはせていただければある程度イメージできると思う。

この多様な子供たちに、一律に与える教育が「義務教育普通教育)」というものだ。これは「全国民共通の、一般的・基礎的な、職業的・専門的でない教育」を指す。この時点で、小中学校とは原理的に「個人個人資質能力に合わせた教育を行う」場ではないということが(その是非はともかく)わかると思う。程度の差はあれ、後期中等教育高校教育)も同じようなものである


・そして、ここで注意すべきポイントは「教育経済的効率という尺度はなじまない」ということである

これについて(はてなでは評判悪いが)内田樹がわかりやす説明しているので一部引用してみる。


教育アウトカム単位時間を区切って計ること(つまり効率」を論じること)には何の意味もない。教育を受けたその直後にきわだった成果を示す人もいるし、同じ教育を受けたのだが、その成果が現れたのが卒後50年してからという人もいる。死の床において来し方を振り返ってはじめて「私の人生がこのように豊かなものであったのは、小学校ときに受けた教育のおかげだ」ということに不意に気づくということだってある。 

(中略)

これほどに学びの機会が多様であるのは、「自分が何を学んだか」についての決定権が最終的には個人に属しているかである。同じ教師に同じ教科を同じ教室で学んでも、それによって震えるような感動を覚える生徒もいるし、何も感じない生徒もいる。そのときは何も感じなかったが、何年も経ってから電撃的にそのとき教師言葉意味がわかるということがある。人間はそのつどの成長レベルに従って、自分経験の全体を「私をこのようなものにならしめた要素の必然的連続」として再編集する。必ずそうする。過去出来事意味現在自分状態に基づいて、そのつど改訂されるのである

(中略)

自分が何を学んだかを決定するのは私自である。そして、「誰も同じその人から私と同じことを学ばなかった」という事実こそが私たちひとりひとりの代替不能性、唯一無二性、この世界に私が生まれなければならなかった当の理由形成している。

http://blog.tatsuru.com/2012/03/10_1013.html


そもそも、これだけ多様な生徒に対して同一の教育を与えるのならば、それは最大公約数的なものにならざるを得ない。けれど一方で、そういった最大公約数的なものをどれだけ集めても、一部の児童生徒にとって「役に立たないもの」は、多様性に対して共通教育提供する限り必然的に発生してしまう。そして、「~の勉強は役に立った」「~の勉強は役に立たなかった」という『後付けの、結果論的な』評価もまた、その生徒児童によって異なってくる。例えば元増田にとって数学は役だっても、国語教員の私の役にはあまり立っていない。逆も然りで、古典を学んで僕は役立っているが、元増田の役には立たなかったのかもしれない(けれど、今後の人生で役に立つ機会が訪れる可能性もゼロではないよね?)。「役に立った/立たなかった」という言葉は、それぞれの人生の差、多様性が生み出した、結果論的な、後付けの評価しかない。


・まとめると、その教育が役に立ったかどうかは、後付けでしか評価できないが、多様な生徒全員に「役立つ」教育はごく一部の基本的ものに限られる。よって、多様性を前提にした普通教育は「役に立つかどうか」を基準とすべきではない、という前提が、義務教育を考える際には必要である


・では上記を踏まえ、改めて、義務教育とは何か考えてみたい。おそらくたくさんの学者先生議論されていることだと思うけれど、自分なりの表現をさせていただければ「児童生徒たち(と国全体)への、将来のための、大規模な投資であると思う。(もちろん、これは上記の前提を踏まえた、ある種の比喩表現であることに注意していただきたい)


・前述の通り、ある生徒にとって何が「役に立つ」かは分からないし、卒業後であってもそれぞれの人生様相が変わればその評価も変わりうる。どの教科がいつどのような形でリターンとなるのか(または全くならないのか)わからない、ということだ。

言い換えれば、義務教育の内容選定にはあらかじめ「(ある生徒には)役に立たないかもしれないが、それでもやるべきなので、やる」という前提が入っているし、その前提があるために「全員の直接の役には立たなくても、間接的には多くの生徒の役に立つようになるといいな」という思想が入ってくる。また、「それを扱わないということは、全員に機会損失リスクを与える」という側面もある。

から、リターンがどれだけあるかわからないにせよ、限られたリソースの中で、できるだけ多くのリターンが生徒に(ひいては国全体に)返ってくるような投資を考える、という設計思想になってゆく。


・このような条件を満たす科目としては様々に考えられるが、特に古典思考根本たる母国語に密接に関わっているという点は大きいと思う。そして質問増田氏含め多くの増田議論で指摘してくれていたように、古典は以下のような理由上記の条件を多く満たしている。


・「自国の古の言葉から国民として学ぶべき」「愛国心の育成」(国家というアイデンティティ形成

・「文化の発展」のため(「春はあげぽよ」で笑いを一つ作るのも文化の発展の一つの形)

歌舞伎などの歴史ある文化和歌集などは誇れる文化である

人文学研究の基礎体力として(研究者は国家必要で、大学等で研究を進める際に古典ゼロからだと困る。)(たとえ研究しなくとも、国民知的レベルを上げられる。ちょっとググりたいとき学校で学んだ知識があると有用なことも多いし、知らないことは検索もできない)

学習すべき内容が時代によって大きく変わらない(日進月歩学習内容の変遷が激しい分野は義務教育には不適)

現代日本語に繋がる、語学学習として。(現代語をより豊かに用いるため)

・「故きを温ねて新しきを知る」、長年読み継がれてきたものを読む(教育において、精神論の何がいけないんだろう?)

古典籍という膨大な一次情報に各個人アクセスできる(源氏物語などに顕著だが、現代語訳がすべてのニュアンスを残せているわけではない。また、現代語訳のないマイナー古典籍が例えば古い災害の記録になっていることもある)

・「論理的な推測」を学べる(「~の気持ちを答えよ」問題はよく槍玉にあがるが、大抵は本文に論理的な推測の範囲で心情が書いてあるので、読解問題であるそもそも言語を扱うという行為じたい「論理的な推測」を行う行為なので、よほどひどいものでない限り、最近のものは全文をきちんと読めば適切な出題だと思う)

教養(あるいは常識)を学べる



・あとは、自分にとって古典がどのように「役に立つ」のか(あるいは現時点で役に立っていないのか)、各個人評価をそれぞれにすればいい。そして今度は、より大きな視点に立ったうえで、改めて教育の中の古典位置づけやあり方、内容を考え直すということを考えてしかるべき、そんな時代であると思う。もちろん、法律情報処理の勉強大事なのは言うまでもない(ただし、プログラミング教育導入される方向でどんどん進んでいるし、現行の公民分野にも法律はそれなりに入っているはず)。他にも様々なことが教育には要求されていると思うし、その中での取捨選択優先順位の付け方は、きっと社会全体でなされるべきなんだろう。けれど、それは「役に立つ」という価値観に縛られるべきではないということは強調しておきたい。

あえてここでポジショントークをするならば、古典学校で扱うべき理由は、先ほどの条件を満たしていることに加えて、「千年単位で変わらない本質的事柄」とは何かを生徒に示唆してくれ、時間的なスケール感の大きさに思いを馳せる時間を持てるという点だと思っている。(そう思って前の共通テスト古典分析を書いていました。授業でもよく言うんだけど、千年前に妻を亡くした人間が、現代人とおんなじようなこと考えてるって、結構安心しないですか?)


・これが生徒に対してなら、上記の話はやや難しく話が長すぎる。自分担任をした生徒(物事意味について考えようとする人物だった)には、例えばこう話したことがある。

「今あなた意味を感じていない世界史を、例えば学ばなかったとしましょう。(あなたにとって何が意味を持つのかは今の時点では分からないので、それもあなた自由ではあります。)そしてそのまま大人になります。その時、あなた世界史の知識を元とした発想やアイデアを失うだけでなく、その発想を失ったことそのものにさえ気づけないことになります。つまり自分可能性が狭まっていることにさえ気づけないでしょう。あなたなら、その怖さってわかるんじゃないですか」

(いちおう、この話をしたこの生徒は、世界史の勉強について、成績は別にしてもこの生徒なりに考えてくれたようではある。後から他の先生にこの言葉意味について話していたらしい。)

これが古典なら、別な増田が言っていたように「矛盾語源を知らない」ことの機会損失について話すことになるだろうか(矛盾故事は中一の教科書に載っている)


・おそらく質問増田氏にとって(多くの生徒と同じように)古典は役に立ちもしなければ面白くもない科目だったのだろうと思います自分はなるべく古典面白さやエッセンシャルな部分を伝えるべく授業で努力をしていますが、もちろんそうでない先生もいます。また、今回は触れなかったけれど「入試対策」という四文字が実際の古典学習に与える影響は計り知れず、本質から外れた苦行的な暗記学習パターン学習が強くなってしまっている現実には自分ジレンマを感じないわけではないです。古典という科目が抱えた問題点や古典嫌いを生むこの構造的な病理は、なかなかに根深ものがあるのもまた事実最初に挙げた①~④の論点あたりにはかなり課題もあるでしょう。

(少し話題はそれますが、前回の共通テストエントリを書いてから他教科の同僚と話していて至った結論は「共通テストはより学問エッセンシャルな部分に近づけられている」というものでした。大学入試が変われば高校進学校勉強も変わるので、これは良い兆しです。共通テストには今回のような学問エッセンスを込めた入試問題を作り続けていただきたいと思います。)


・ただ、今回の質問増田氏のような生徒に対して自分が感じるのは、もっと広い視野物事を見て欲しいという気持ちです。綺麗事かもしれないけれど、自分にとって意味がないものに見えても他人にとって意味があるものもあります。もしかしたら自分にとって後々意味が出てくるかもしれません。けれど、そのように意味をとらえなおすことができなければ、いつまでも古典仮想敵のままでしょう。国語教員である自分がどれだけ古典の魅力をここで語っても、それはやはりポジショントークに過ぎません。意味というのはやはり自分で見つけるものだし、見つからないことだって往々にあるでしょうから、それを受け入れることや合理化することだって大事な「勉強」です。

(今回の話題に関連して、最近読んだ本だと、SF作家森博嗣が出した「勉強価値」(幻冬舎新書)が、ツッコミどころも多いながら興味深かったのでオススメ。)

それに、自分にとって意味が無いと思っていたものがこんなに深く豊かな世界内包していたんだと気づければ、それは素敵なことです。少なくとも、それを認めることが多様性をはぐくむ態度であると思います


P.S.

これを読んでいる生徒の皆さんへ(元生徒さんでもいいです。笑)。


自分にとってイヤだったり不得意だったりしてもいいし、つまらないと感じることもいいです(わからない・つまらないは教育する側の問題なので、どんどん声をあげてください)。けれど、だからといって排除することは、自分可能性が消えるという別な問題を生みます自分がイヤだったものをイヤなまんまで自分の中に置いておくのもしんどいことだろうなと思うので、ちょっとだけ面白ものを紹介しておきます

からでも、古典に関する自分評価を変える機会になればいいなと思います。頼めそうなら、複数の生徒で担当先生もっと面白ものを扱ってもらえるようにお願いしてみるのもいいかも。先生は案外、そういう授業に飢えています


https://kawadeshobo-blog.tumblr.com/post/129340109097/町田康訳奇怪な鬼に瘤を除去される宇治拾遺物語より

↑これを読んで


https://www.koten.net/uji/gen/003/

https://www.koten.net/uji/yaku/003/

↑その後、これと見比べる。これだけでも立派な古典勉強です。

2021-02-20

anond:20210220112414

もちろん数値データが必ず必要なわけではないし、数値データがあったところで、それをどう分析するかで結論操作できることが多い。

ただし、数値データ必要としない場合ってのは、観測方法が成立されていないとか理由がある。

古典義務教育とする理由」の証明に、「数値データ必要ない」という主張でしょうか?

この場合、その主張の根拠は何になりますか?

数値データ必要性を、「国民としてのアイデンティティ形成」に限定して書く。

まず、この場合の数値データはおそらく、

 A:古典教育を行っている群

 B:古典教育を行わない群

を用意し、そのAB間での比較を行うことでしか得られない。

が、この比較教育では難しい。ある群に「教育的に行うべき」と考えられていることを「あえて行わない」ことが倫理的に許されにくいからだ。

日本場合古典教育を行わなかった時期は存在しない。そのため、時代を変えて比較することもできない。あえて行うなら、不登校層などになるかもしれないが、その場合その他の条件が異なりすぎる。その他のフリースクールなどを参照することも考えられるが、これも前提条件が異なりすぎて比較にならないだろう。

参照するなら、他国におけるデータになるだろう。これは探せば存在するかもしれない(以前は行っていたが行わなくなった、あるいは、行っていなかったものが行うようになった、など)。

また、短期間のデータ古典教育を行う前と行った後でどのように変わったか)も存在するだろうが、短期間で「効果がある」と言えるのかは疑問(短期的には何かしら影響は出るだろうが、長い期間では剥落するかもしれない)

もちろん、その他の「意義」に関しては、各種質問調査(などでよければ)であれば、データ玉石混淆存在している。

もっとしっかりとしたデータを取った方がいいんじゃないか、ということであれば同意する。

これって、「義務教育として必要」の説明ですか?

これって、大学なりなんなりで専門分野としての必要性の説明じゃないですか?

義務教育高等学校も含むということなので確認しておくと、まず、高校入学した「全員」が必修で受けるのは高校では古文漢文を合わせて「40時間」くらいだ。仮に1作品に3時間かけるとしても、13本くらいしか触れられない。

古事記竹取物語大鏡源氏物語平家物語枕草子徒然草奥の細道論語史記唐詩故事成語類 ぐらいか。この中にも「選択」に回されているものもある。

この40時間は、上記の「まあ存在は知っといてほしいことになってるよね」という古典におおまかに触れる、くらいしかできないだろう。かつてこの国で、どういったものが読まれていたか/書かれていたかについて学ぶ時間を40時間も取るべきではない、と言われたら、「そうですか……」と沈黙するしかないが、「矛盾ってなんで『矛』と『盾』でパラドックスって意味なんだろうな」という国民が大部分を締めるのはちょっと勘弁してもらいたい。ただし、自分もここは「現代語訳」をもっと使ってもいいんじゃないかと思う。ただ、現代語訳使っていいよ、と一度学習指導要領でなったんだが、教科書会社現場が着いてこなかったんだ……。

で、こういった「古典」を相対化していくのは義務教育(正確には高校教育)の「選択」の役割だろう。これは、全員が受けるわけじゃないんだから高校生には要求してもいいんじゃないか。一部の、日本文学科などに進んだくらいの人しか古典を相対化できないというのは、これはこれで望ましくないだろう。

市民形成のためには、「国家」がどのような装置なのかを学ぶ機会があることは必要だ。もちろん、それは社会や地歴公民でも学ぶことができるが、ただ書名として「論語」や「古事記」と認識するのと、「ああ、ああいう中身の本が祭り上げられたわけね」とピンとくるのとでは全然違うと思う(これは主観なので、「いや、別に中身知らなくてもよくない?」と言われたら、特に反論はない)

2020-12-28

今の高校日常的に学習指導要領違反を繰り返してるのになんで怒らないの?

コロナからの話。

高校では通常、世界史を必ず履修しなければならないと学習指導要領に書いてある。

だったら世界史の代わりに日本史を必修にしているエキセントリック地域を除いて、すべての高校生が世界史学習しているはずだと思うだろう。

しか実態は全く違う。理数系の生徒に対して、高校教師は「受験対策」の名のもとに世界史を一切教えていない。じゃあ何を教えているかというと、地理だ。地理をしっかり教えているならまだいい(違法だが)かもしれないが、高校教師地理重要なところを暗記させているだけだ。つまり、理数系の生徒は高校三年間で一切歴史の授業を受けることな卒業していく。これは明白な学習指導要領違反だ。こんな違法行為が反復継続されているのになんで誰も怒らないの?学習指導要領違反ということは、高校教師懲戒処分対象になるし、理数系の生徒は高校卒業資格をはく奪されるってことだよ?

一度2006年世界史未履修問題クローズアップされ、卒業生などに補修が行われたようだが、その後も全く改善しないどころか教師の手口が悪質・巧妙化しているのでここに告発する。

2020-12-19

anond:20201219162504

日本ではなぜ○○を習わないんだ!」→教科書にも学習指導要領にも載ってますけどパターんじゃん

2020-12-17

35人学級は教育サービス向上でなく教員負担軽減策として捉えるべき

35人学級やったーさらに色々な教育サービス要求しようって感じになると、教員の成り手はますます少なくなると思う。

逆に、今回実現したのは、35人学級じゃないと仕事が回らないほど教員に求められる教育サービスが増えたためなのだ理解すべきだ。

から教育が次に手を付けるべきなのは更なるサービスの向上でなく、サービス見直しだ。その一例に部活動が挙げられるだろう。

先日も「動物園」という名称公立中学校教育環境が悪い件が話題になっていたが、私が指摘するまでもなく、その理由部活動にあると思う。

1日当たり2~3時間部活動指導に当たれば、そういう生徒の指導にまで手が回らないのは当然だ。土日に家庭訪問することさえできない。

からといって、部活動時間後に生徒指導までさせるなんて酷だ。先生方にこれ以上残業を強いてはならない。

そもそも教員側に部活動指導強制する法的根拠はない。体裁上は、部活動指導教員自発的意志によるものなのだ

から先生方がそのことを主張してその時間生徒指導なり教材研究なりに回せれば一番いいのだが、同調圧力的なもので難しいだろう。

から、生徒側から変えたらいいと思う。

まり学習指導要領上、部活動は生徒の自発的活動である規定されているだから部活動の実質強制加入から禁止したらいいと思う。

加入者が減れば、教員法的根拠を主張しなくても必然的に、部活動に当たる教員が減る。そのリソース生徒指導にも回せるようになるだろう。

それよりまずは、先生自身余暇を十分に取ってほしいと思うが。生徒指導大事だが、先生自身が元気でないと学校が成り立たない。

とにかく、時間はかかるかもしれないが、そういう教員というリソース適正化が、生徒指導を含めた教育環境の充実に繋がっていくと思う。

国家公務員働き方改革の流れに合わせて、その周辺も改善されることを切に願う。何よりも、公教育を受ける未来の子どもたちのために。

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