はてなキーワード: 高校教師とは
タイトル通りの内容について話していく。
日本ではシュレディンガーの猫と並ぶ有名な思考実験であり、それと比べて随分と簡単な内容なのに本質を理解している人が少ないように感じたのが書こうと思ったきっかけである。
まずトロッコ問題の具体的な内容なのだが…説明するのが面倒なんでwikiからコピペしてくる。
線路を走っていたトロッコの制御が不能になった。このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまう。この時たまたまA氏は線路の分岐器のすぐ側にいた。
A氏がトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。しかしその別路線でもB氏が1人で作業しており、5人の代わりにB氏がトロッコに轢かれて確実に死ぬ。A氏はトロッコを別路線に引き込むべきか?
なお、A氏は上述の手段以外では助けることができないものとする。また法的な責任は問われず、道徳的な見解だけが問題にされている。あなたは道徳的に見て「許される」か、「許されない」かで答えるものとする。
というものなのだが、ようするに5人を助けるために1人を殺すか、何もせずに5人を見殺しにするべきか?という2択から選べというやつだ。
まぁ先に結論から言ってしまうと、これは「功利主義」か「義務論(カント主義)」どちらを支持するか?という倫理学の問題である。
倫理学にはいくつかの流派があって、その中に「皆が幸せならそれでいいじゃない」という考えの功利主義と「正しいことは絶対正しいんだよ!」という考えのカント主義が存在する。
功利主義では「1人が死んでも5人が助かるなら幸福の総量は多いんだからそれでいいじゃない」と1人を殺して5人を助けるほうが正しいと考える。
逆にカント主義では「他人を目的のために使ったりしてはいけない」と考えるので、結果的に5人が死のうがそれを助けるために1人を殺すのは悪だと考える。
ようするに功利主義が正しいと思うのなら分岐点のレバーを引いて1人を殺し、カント主義が正しいと思うのなら何もせずに5人を見殺しにするという至極単純な問題なわけである。
くだらない議論だし、功利主義は「最大多数の最大幸福」という基本原理を掲げてるだけでそれが正しいという根拠はないし、カント主義はカントというドイツのおっさんが「目的のために他人を利用するな!」と言ったからそれが正しいとされてるだけで、その正しさにも根拠はない
ただ日本には義務論的な土壌がないので、直感的に5人を助ける方が正しいと答える日本人が多いと思う。
どっかの高校の教師が授業中にトロッコ問題を出して、とある一人の生徒がカント主義の考えを主張したら冗談だと思ったという冗談みたいな話がある。
これを昔、授業でやったら「なぜ助ける必要があるのかわからない。俺は傍観者だから放置して5人が死んでも責任はない。でも切り替えたら俺の責任になる」と言った生徒がいて衝撃を受けた。確かにその通り。「5人の人に感謝されるメリットよりも、1人の遺族に責められるデメリットの方が大きい」と。 pic.twitter.com/BU9tmtMnMU— とある高校教師S (@hellohellock) April 11, 2019
彼はひねくれていたから敢えて俺を困らせようとした可能性は濃厚だけど、彼が本気でそう思っていたのかはさておき、そういう意見が出てくる授業というのは「良い授業」だと思う。周囲も衝撃を受けていたけど、どう受け止めたのかは未知数。それが良い点であり怖い点でもある。授業はまさに生き物だ。— とある高校教師S (@hellohellock) April 11, 2019
仮にも大卒の教員が問題の意義も知らない上に、それを生徒に出題するなんてアホだと思うが、それだけ「トロッコ問題」という名前だけが独り歩きして本質が理解されていない例だと考えている。
ちなみにこのトロッコ問題に関連する事柄があって、5人を助けるために1人を殺しても許される。と考えるならば「5人の臓器移植しないと助からない患者のために、1人の健康な人を殺してその臓器をそれぞれ5人に移植しても許されるはずだ」という論調が存在する。
トロッコ問題では「1人を殺してでも五人を助けるべきだ」と直感的に答えた人の数が多かったとしても、臓器移植の問題になると罪悪感を覚えるのか、五人の為に1人を殺そうと考える人が急激に少なくなる。
トロッコ問題も臓器問題も「多数の幸福のためならば少数の犠牲を厭わない」という功利主義の原理は同じなのだが、前者と後者で人間の善悪の判断は変わってくる。それはなぜだろうか?
と、このように「功利主義」と「カント主義」どちらを支持するか?でなく、その根拠になる人間の善悪や罪悪感の基準はどこにあるんだろう?といった話に繋がる思考実験なのである。
※極力ネタバレしないようにがんばる。
ボーイズラブアンソロジー『Canna vol. 84』を読んだ。最終回ラッシュだったのだが、ある一つの作品が全てを持ってく勢いだったので、同時に最終回を迎えた作品がちょっと気の毒な気もするんだけど、でも雑誌の講読者もけっこう自分の好みの作品以外は目に入らないっぽいので、大丈夫だったりするのだろうか。
という訳で、全部読んだけど感想を書くのは一つだけ。
高校教師の佐田は、不審者対策の夜回り中、殺人鬼に襲われて死亡した。ところが、彼はマッドサイエンティストの間宮に拾われてゾンビとして蘇生され、被検体として飼われることとなる。
どんな傷でもたちどころに治癒する、ほぼ不死に近い体になってしまったのとひきかえに、ヒトの屍肉しか食べられなくなってしまった佐田。彼の食糧を得るために間宮は殺人を企てる。佐田は間宮を非難したものの、間宮の殺人を幇助するようになり、そして次第に罪悪感を麻痺させてゆく。
間宮邸での暮らしにすっかり慣れた頃、佐田の生存と居場所が彼の元同僚にバレてしまう。逃亡せざるを得なくなった佐田と間宮だが……。
追い詰められてゆく間宮の描写が凄かった。生来、口が悪くて言いたいこも言うつもりじゃなかったこともずけずけ言ってしまう性質の間宮が、佐田の前で絶望的未来予測を口走りそうになりながらも、佐田を案じて虚勢を張り、皮肉を言うのを堪えつつ、率直な言葉で愛を告白し、大丈夫だと佐田と自分自身に言い聞かせる。動揺しつつも気を奮い立たせてすべき事をするはずが、行動を起こすことそのものが現実逃避に繋がり、佐田の声を聴く耳を塞ごうとする。ともすれば自分の殻の中に逃げ込み閉じ籠ってしまいそうなのを、佐田への強い愛情が辛うじて引き止める。
間宮の行動原理はとっくの昔にすり変わっている。ゾンビ化研究で成果を出し名を上げて彼と彼の大伯母を馬鹿にした奴らの鼻をあかすことではなく、すべては佐田を生かすために。
だが当の佐田は間宮に研究に没頭しろと諭す。辛いことも悲しいことも忘れさせてくれるほど、熱中できることを持てるのはいいことだと。一人きりでも生きていくには。間宮にとって、何もかも忘れることが出来るほど熱中させてくれるものは、とっくのとうに研究ではなく佐田に置き換わっていたというのに。佐田の言葉は間宮にとってあまりにも残酷だ。
ラスト数ページの、佐田のために間宮が狂っていく場面は圧巻だった。
ここまで受けが攻めに対するクソデカ感情を持ち、それに狂わされて堕ちていくBLって珍しいんじゃないかなあ。どちらかといえば、そういうのは攻めの役割になりがちかと。
恋情と憧れ、劣等感、嫉妬、憎しみ、罪悪感そして献身……それらがごちゃごちゃに混ざって爆発寸前な感じ。むしろBLよりも百合の十八番のような……ずっとBLなのに百合百合しい作品だった。『さようならアルルカン』『少女革命ウテナ』『魔法少女まどか☆マギカ』『ルックバック』が好きでBLも読めるという人は是非どうぞ。
はぁ、むっちゃ泣いたわ。しばらく立ち直れそうにない。
平凡な会社員として30半ばを過ぎて、この先人生のイベント、特に恋愛関係の甘酸っぱいイベントが発生しないだろうことを考えて、ちょっと早いが人生の恋愛の決算として、思い出をまとめることにした。
私の配偶者は男女交友について保守的で、恋愛経験やその前段階のアプローチすら少なければ少ない方が良いと思っているようなので、私の思い出を聞いても喜ばないだろうから、ここに書くことにした。
小学校高学年:
姉の友達から頻繁に遊びに誘われた。バレンタインのチョコレートも貰った。私が部活に入って遊ぶ時間がなくなったし、何よりまだ子供なので恋愛とかはなかった。
高校1年夏:
異性のクラスメイトからダブルデートに誘われてアイスクリーム屋やなぜかうどん屋に行ったり、携帯電話で写真を撮られたりした。
当時、写真を撮影すると芸能人の誰に似ているか教えてくれるウェブサービスがあったそうで、それによると私は柴咲コウだか長澤まさみだか、女性芸能人と似ているという判定で、それをやたらとイジラレた。
誘われるまま秋ごろまで続いたが、頻度が減りやがて自然消滅。
高校2年春:
前年から部活の一部メンバーで男女混合で映画館などへ出かけることがあった。その中の先輩を一対一のデートに誘ったが断られて玉砕。
高校2年秋:
文化祭の日、部活の同級生から、激しく緊張した表情で図書館裏に呼び出された。
(告白してくるのか?)と思ったら、案の定付き合ってくれと頭を下げられる。私はその子のことを好きではなく、ヒステリックなところがむしろ嫌だったので断った。
高校2年秋:
校内の球技大会で、競技が終わると、20メートルほど離れた応援場所から部活の部長(同級生、異性)が突然近寄ってきて背中をさすってくる。何かと思えば、「体操服が汚れてる…」。
私の体操服は汗と土で泥のような汚れがついていた。それを払うために、わざわざ一人で歩いてきてくれたのだった。
湿っていて汚いので私自身でさえあまり触りたくなかった。泥のような汚れなので払ったところで落ちるはずもないのだが、ともかく部長は素手で払おうとするので、部長の手の方も汚れてしまった。
部長が汚れに気がついたということは、部長が私を見ていたということだし、汚れを払ってくれている間も周囲には沢山の生徒がいて彼らからも見られている。また、部長が私の汚れを払ってくれる理由は、私に見苦しくない格好をしてほしいという思いなのだろうが、どうして部長が私に対してそんなことを思うのだろうか、と考えて妙にドキドキしながら、されるがままに汚れを払ってもらっていた。
部長はかなりの美人だ。あれ程の美人は、リアルでは芸能人を除いて見たことがない。後年、こりん星とか言ってた時代の小倉優子をたまたま新橋で見かけたことがあって(何かの撮影中だった)、リアルで見るとそのスタイルも顔も明らかに常人とは違うので驚いたものだが、部長はそのときの小倉優子の次に美人だと思う。
また、高校生の時には美人でも歳を取ると崩れてしまう女性は多いが、大学卒業後に会ったときも、その後30近くになって部活の同級生経由で写真を見たときも、相変わらず美人だった。
背中の汚れは結局落ちなかったが手が汚れたので二人で手洗い場で手を洗った。何を話したかは覚えてない。
たしか翌日くらいに(これはひょっとして行けるか?)という考えが頭をよぎったが、冷静に考えると釣り合わないのでアプローチはしなかった。
バレンタインデーには毎年義理チョコを貰っていた。主に女子の友達に配っていたようだが、私以外の男子に渡しているところは見ていない、が、明るく優しく交友関係が広い子だったので、渡していたと思う。
今は部長は高校教師をしているらしい。文化系、体育会系、勉強ができる子や先輩後輩といったみんなと仲良くなるし、色々なイベントを企画する発想力とリーダーシップもあったので、生徒に好かれる先生なんだろうな、と思う。
20年近く経ち妻も子もいる今でも当時のことをたまに思い出す…。
部長は人望があっただけでなく部活の才能も抜きん出ていたのでその点でも思い出すことがある。
高校3年冬:
私が通っていた高校では、3年生は受験勉強があるので、下級生が放課後に教室の掃除をしてくれることになっていた。
私は、部活を引退して以来、放課後は教室で勉強することが日課になっていたので、掃除のために隅に追いやられながらも、机に向かっていた。
その掃除に、部活の後輩(一年生)の女子が来ていた。その子はおとなしい性格でよく読書していた。話したことはなかった。バレンタインデーにも掃除してくれていたが、その日はいつまで経ってもホウキを持っていてなかなか掃除が終わらない。とうとう他の下級生がみんな帰り、教室には私とその子だけになった。その状況でチョコレートを貰った。
部活を引退したのにくれるなんて律儀だな、と思ったが、その子は「受験頑張ってください…。このチョコは本命です」という。
「流石に受験直前だから考えさせて」と答えたが、頭の中では、これまで話したことがないのにどう判断しろと? とか、受験直前に迷わせないでほしい、といったことを考えていた。
その後、受験し、登校することがなくなると、その子と会う機会もないので、ついつい返事をせずに終わってしまった。
部活の私の代くらいまではきちんとプロを研究してあわよくば自身もプロを目指すガチ勢的な雰囲気があったのに対し(雑誌の取材も来ていた)、後輩たちは趣味でエンジョイする雰囲気が強くなっており、私はそのことを残念に思っていたので、その子のこともあまり好きではなかった。しかしその子は身長は低いものの顔は可愛いかったので、もう少しタイミングが早ければありといえばありだった。けれども私が進学で引っ越す都合もあり、進展なし。
大学1年生:
同じ高校から同じ大学に進学してた子(あまり喋ったことはなかった)から突然漫画や映画を勧められて、やがてデートに行き、付き合うことになった。
夏の京都旅行とかした。
何かと不満をこぼす子で、あまり良くなかった。あと、その子の実家はなかなかのお金持ちで、デートのたびに割り勘でも金銭的負担が重かった。
何人かを経由して聞いた話では、今では安定した職に就き、結婚して、子供を産み、平和に暮らしているらしい。良かった。
大学3年生:
社会人〜3年目:
社交的な同期(異性)を通じて、同じ部署の後輩(異性)から飲みに誘われる。
最初は私と後輩のサシ飲みの予定だったけれども、経緯は忘れたが、なぜか3人で飲むことに。私も後輩もあまり喋る方ではないので、場を取り持つために同期が入ってくれたのかもしれない。
恋愛関係だったとしても、3回ほど3人で飲みに行って、その後は誘われなかったので、切られたということだと思う。もしくは私から動くのを待っていた? まさか。同期はかなりお節介な性格でもあったので、私から動くべきであればそのように誘導してきたと思う。
まあ、私はその後輩のことが気にならなかったので、私から動く気は起きなかったが。その後輩はおそらくいまも独身。
社会人5年目:
同期の異性とディズニーへ行ったことがないという話をしていると、二人で行かないかと誘われる。ディズニーには興味がないので断った。
そういえば、その前から、その同期に誘われて毎日二人で昼食を採っていたので伏線だったのかもしれない。
社会人6年目:
その同期は直後に転職して出て行ったが、断られたときの温度感を顧みるに、転職がなくても難しかった。
社会人7年目春:
私も転職した。転職して一ヶ月で同じ部署の女性(5歳上)からデートに誘われる。その後デートを重ねたが、お互いに何か違うねとなって別れた。もう少し若ければ有りだったが、年齢的に互いに結婚を意識せざるを得ず、結婚ということを考えるとなにか違っていた。別れるときに、主体性が無いとか自分の意見が無いといったコメントを受けた。そうですか、ありがとう。たぶんこの女性から水虫を移された気がする。
社会人7年目夏:
知り合い経由で知り合った女性医師と、美術館や中華街などへ行った。何度かデートした。
デートの計画を予めきちんと立てて、タイムテーブル従って進行するという感じだった。
例えば職場の同僚としてなら良い関係を築けたと思うが、恋愛はちょっと違うという感覚をお互いに持っていたように感じる。なんとなく消滅した。
社会人8年目:
妻と出会う。
人間の身体に影響を与え、判断力を衰えさせる毒物であることは科学的にも証明されているのに、未だに「酒に酔っていて覚えていない」なんて容疑者の言い訳がそのままマスコミに流れてスルーされるっておかしいでしょ。
捕まった痴漢が「日経で広告を見て、たわわを読んで痴漢した」なんて供述が出ればそれ見たことかと規制!オタク消えろ!国の恥!表現の自由戦士wwww!で増田が10ページ分は埋まってるはずだ。
犯罪者の飲酒の言い訳を聞いて禁酒を言う人はまずいないだろう。
それは多くの人が飲酒経験があり、適量を知っており、程々に飲めば美味しいが飲み過ぎれば自滅することを理解しているからだ。
メディアだって酒と同じく、程よく嗜めば良い経験や効果に繋がる。そりゃあ中には羽目を外したバカが出るだろう。
だが多くの人にとって問題ないものを、少数のバカのために無くすことが現代の倫理観として正しいのか。バカの責任は多くの人が取らなければならないのか。もう少し考えてみて欲しい
言い訳を聞いた人が「よろしいならば規制だ」とか言い出さず精々がヤフコメで「はいはい馬鹿な言い訳乙」程度、全国民的に反感を買ってネットの限界集落で連日記事が上がるような話にはなったりもしないよね、それ程までに酒は存在が大きく許されているし「悪いのは酒ではなく馬鹿な酔い方をした奴だ」という認識を共有できている。だけど他では極一部の例外バカのために多数を締め付けようとするのはなんでだろ~という話です。
包丁や自動車は適切に使った場合のメリットがデメリットに勝るロジックが使えますが、酒は実用品ではなく嗜好品ですよね。ならば「酒は適量を飲めば百薬の長」だから?何事も度を過ぎれば毒になるのはみなさんご存知の通りだと思うので他の嗜好品に対してもその寛大なお心遣いを持って頂きたいですね。
参考までにGoogleニュースに掲載された、「酒に酔って覚えていない」事件はこのぐらいあります。警察発表のテンプレの一つなのだろうとは思いますが、これほど多い割に反応薄いですよね。
「アンソロジー」っていうけど同人誌ではなく、商業BL雑誌。雑誌の雰囲気は少年漫画・青年漫画風味でストーリー重視・エロ少なめ……らしい。BLにしては、ということかも。ちなみに出版社はフランス書院。だからといってハーレクイン的なラブロマンス色があるわけではないけど。
古代中国のような世界観。「鴆」という鳥の獣人みたいな生物を飼育するのが一種の金持ちの道楽となっている。鴆は食べ物によって羽根の色が変わる。鴆のオーナー達は鴆の羽根色を競わせるのだ。鴆を飼育する人のことを「鴆飼(ジェンスー)」と呼ぶ。
本作のカップリングは、ティェンラン(鴆であり鴆飼でもある)×リュイ(人間の若者で盗賊)。
私は途中から読んだので全体のストーリーをいまいちわかっていないんだけど、今回のお話は、なんかリュイが昔の盗賊仲間を売って逆襲されそうになってるとこらしい。
手練のプロ作家の作品! って感じですごく読みやすい。絵も綺麗。ストーリーはたぶん感動とか衝撃というよりは「無難な感じ」だ。アートだ。熱烈に惹かれるというよりはコレクション欲をかきたてられるというか。単行本出たら買おうかなぁー。
大人気BL小説家・凪良ゆう先生の同名小説が原作。主人公はゲイ男性を専門に狙う詐欺師。パパ活のようなことをしては男から金を巻き上げている。
そもそも凪良先生は物語で読ませる作家というよりは文体で読ませる作家。そういう作家さんの作品を原作としても、やっぱり最大の魅力「地の文」が消えてしまうので、なんだかなぁーと。
漫画を描いた人は人気のBL漫画家らしいけど、別に……うん。繊細な画面とかなんとか宣伝されているのを見たけど、私は画面が白いなとしか思わない。でも面白そうではある、原作小説が。まあ、小説のメディアミックスっていうのは、大体引き算だよなぁ。
高校生主人公の学園もの。特に秀でた所のない佑征が、幼なじみで何でも小器用にこなしてしまう天才肌の樹を好きだけど好きと言えずに悶々としたりツンツンしたりする。少女漫画風味隠れゲイの苦悩話。カプの左右不明。今回は子供時代の回想メイン。
よくある話だなと。でも月並少女漫画みたいな作風の漫画は意外と求められているもだろうか。去年は『コントラスト』(itz)がヒットしていたことだし。たぶん、好きな人は好きなんだろう。
獣医師が知り合いの親切なおばちゃんに頼まれて、町外れに蟄居している少年を診察しに行く。少年は全身の皮膚が鱗化して角まで生えるという奇病に罹っている。獣医師はなんとか少年を診察しようとするが、少年は人間不審を拗らせており、患部を見せることすらしたがらない。診察するのしないので揉めている最中。
自称宇宙からの侵略者で人語を操る猫が、穂堤(ほづつみ)と今市(いまぢ)と犬のチャヅケの住む家に転がり込んでくる。その日常。今回はほづつみといまぢが致している所を宇宙猫のサンが覗き見して、なんだかんだ揉める。なお、サンは宇宙猫だけれど、虚を衝かれたかのような顔つきをしている訳ではない。
ああ、オチはやっぱりそうなるんだ……w
オメガバース設定作品。αだったはずの主人公・悠生は何故かバース性がΩに転換してしまう。成績優秀で親の期待に添えていたはずが、一転して無能の産むだけが取り柄の人扱いに。そして悠生は彼を見初めた男・恭悟に金で買われてしまう。以来、悠生は恭悟に服従状態。恭悟は悠生の心からの笑顔が見たくて、有名進学高校への転入を勧めるが……。
ちょっと昔の男女格差をごりごりに風刺したような内容で、精神にかなりクる。『82年生まれ キム・ジヨン』みたいに、細かいところで心をポキポキ折ってくるような。そしてレディコミみたいにねちねちドロドロしてる。
攻めでαの恭悟が無自覚に強者の傲慢から悠生に復学を勧めておきつつ、嫉妬に駆られてあっさりと梯子を外す、その態度の豹変がとてもリアルだ。もうやめて、それはただのDVよ!
はぁ、つらい……。つい読んじゃったけど、私はこういう類の悲愴感をBLには求めていないかなとも思う。
もはや男女カップリングではここまで時代錯誤なネタは迂闊に描けないから、オメガバース設定が表現の駆け込み寺みたいな役を果たしているのかなという気もする。
戦闘用サイボーグのイーサンが生身の人間のミハイルに恋をしちゃう話。
普通に恋愛してるなぁ……。連載開始当初は、なんかもっとこうシビアでストーリー重視のハードボイルドが始まるのかなと思ったら全然。かわいいミハイルにイーサンが惚れてしまい油液が飛ぶ(←言葉通りの意味)BLだった。
一回ミハイルが死にそうになったくらいで、特別な事件が起こる訳でもない。もっぱらイーサンが「これが恋……?」と動揺しているだけである。だが正直、あまり萌えはないかな。そういえば、ミハイルってイーサンのこと好きなの?
サイコパス過ぎて人の世には居場所のないマコトちゃんが、悪魔Jを召喚して魔界に行き、悪魔に生まれ変わって無双する話?
悪魔は人に名前を忘れられると消えてしまうらしく、マコトはJが孤立するよう根回しをし、彼を弱体化させる。今回は久しぶりにマコトがJのもとを訪問するところ。
連載の半分も読んでいないせいでストーリーや登場人物の関係性をいまいち把握出来ていないという私の個人的事情を差っ引いても、何を言っているのかよくわからない台詞がいくつかあるような?
とにかく、マコトとJによる激しい心理戦が繰り広げられていることだけはわかった。愛憎が入り交じるというよりかは愛情表現がおかしい二人なのか。
旅人のオルは城塞都市ペルオテに着くやいなや荷物を盗まれ、無一文の身元不明人なってしまう。そんな彼は娼館の下働きとなり、娼夫・アコニとなんかあれな感じになる。
ストーリーがよく分からないので、1話の試し読み数ページを読んでやっとオルの境遇を理解した。この人が主人公だったのか……。てっきりアコニさんが主人公なのかと。今回もまあよく分からないけど、ねこみみ獣人達は娼館にいる方がマシみたいな設定なのだろうか?
主人公でアルバイトの子が勤め先のオーナーに惚れて、そのオーナーって人が胡散臭いレベルのスパダリなのだが、主人公と付き合っているのかいないのか微妙なセフレ関係っぽい付き合いをするから主人公が病んじゃって、でもスパダリはスパダリパワー全開で主人公をよしよしいい子いい子してくれるって話。
ありがとうベルガモット&サニーデイありがとう! タイトルだけはなんか好きだった!!
高校教師の佐田は見た目性格ともに非の打ち所のないイケメンで、同僚や生徒からの人気が高い。そんな彼はある夜、不慮の事故に遭う。次に目を覚ました時には手術台の上で、科学者の間宮が側についていた。間宮によれば、佐田は一度死んだところを間宮の手によって蘇生させられたが、ゾンビのようなものとして生まれ変わったのだという。
間宮家で始まる、ゾンビと猿のような人間とリアル猿の、二人と一匹暮らし。
思いがけず萌えとラブに全力投球な本作。第1話のシリアスでダークな雰囲気から行き着いたのがここなの? たのしい大人の修学旅行なの!? 唐突なようでいて自然な流れで旅行して、ちょっと揉めたり仲直りしたりお互いに理解を深め合ったり、でも片想いは片想いのままだったり、心理描写がすごい。リアル。
これまでの朝田ねむい先生の作品は恋愛色の薄い作品が多かったのだけれども、まさかゾンビ物で究極のラブストーリーを描いてしまうとは。
https://anond.hatelabo.jp/20220113151632
すまんけど、私は表紙見ただけで回れ右だな。エロ売り作家は基本読まない。いうてBLなんかエロばっかりじゃないかいと言われるかもしれないし、実際エロばっかりなのだが、表紙であからさまに「ある種のエロしかないです」と主張してるような作品は、読んでも気分悪くなるので読まないです。