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2017-06-26

男の子向け月刊誌ボンボン(もっさいオタク)とコロコロイケてるリア充)っていうわかりやすい2派閥しかないのに、

女の子向けはりぼんなかよしとちゃおって3つもあってしか名前だけだとまったく区別つかなくて男の俺には違いがわからない

2017-06-23

https://m.facebook.com/note.php?note_id=10155518526459066

田中 絵里緒

豊田真由子さんと私の関わり

今日 · 公開

2017年夏、豊田真由子さんがメディアで騒がれて議員を辞職されるというタイミングで、この文章を書いています。

この騒ぎ自体は「人の噂も75日」のことわざの通り、やがて収束していくでしょう。しかし、彼女自身も私の大切な友達であるとともに、お子さんもいらっしゃる。私も子供をもつ母親として、心を痛めております。

どんな事情があるにせよ、自分の親が、よく知りもしない多数の人から悪しざまに言われるということは、非常に悲しく悔しいと思います。お子様達がお気の毒です。

お子様たちにとって、その傷は大人になるまで何十年も残るとともに、何十年経ったら事情を知る人も居なくなっており、もしかしたら豊田さんや私もこの世にいないかもしれない。知りたくても情報が散逸して、調べようもなくなっている。そんな状況は、さらに辛いと思います。

この文章を、豊田さんのお子さんが数十年後に読むかもしれないことと考えて、私の確かに経験して知っている事だけを、隠さず記録しておこうと思います。

豊田真由子さんと私とはともに、私立桜蔭中学校1987年4月入学、同高校を1993年3月に卒業しました。東京大学文科一類に、ともに1993年4月入学同法学部を1997年3月卒業で同じでした。

中1と中2は別のクラスで、互いに知らない存在だったので、中3で同じクラスになったところから交流が始まりました。

私、田中絵里緒は、名門学校の中でかなり異端児。中学の時点で学校にエロ本を持ってくる、パーマをかけてくる、もちろん校則違反の色つき模様つき髪飾りは日常茶飯事、などなど。自分先生に怒られるだけでなく、パーマの時は親も学校に呼び出されて怒られる、ということもありました。うちの親は私に対して怒り「呼び出されちゃったじゃないの!」と言いながらも、この悪ガキ娘はしょうがない、とある程度分かっていました。

豊田真由子さんは、私とは全く対照的。問題を起こして先生からのお説教などは完全NG、親が呼び出されて親に恥をかかせるなどはさらにもってのほか。うちの親など比べ物にならないほど、よっぽど厳しいご家庭で、彼女もその親に正面から背くまでの事は出来なかったのでしょう。先生からの評価はパーフェクトな優等生でした。この点は中高生活を通して全く変わらなかったと思います。

そんな対照的な二人が、なぜか仲良くなったポイントは、「ダサい女でモテない人生を送るのはイヤ」「男の人に愛されたい」という所で気持ちが通じ合ったことでした。

親や学校の締め付けが厳しく、自分もっと自由にしたい気持ちがある。でも、名門学校をやめたくないし、頭の悪い女の子たちに交じってバカばっかりやるのも納得がいかない。東大には入りたいし、将来成功するコースを進んで社会的にも認められたいけど、イイ女にもなりたいよね、そのためには学校の言う事だけ聞いてダサくしてちゃダメよね、というようなことを、よく話し合いました。

その裏には私たち二人とも、深く刻まれた「寂しさ」「劣等感」があったので、そこの所が互いにピーンと通じ合ったのでしょう。

その寂しさ、劣等感、不安、自分への自信の無さ、といった要素は、どこから来ているのか、というと、幼少期の親からの育てられ方・自尊心形成の所で、かなり問題があったと思います。

豊田さんも私も、頭もよくて可愛くて健康な体を持っていた。もっと自分に自信をもってドッシリしていても良いはずの存在だったと思いますが、私達は、自信の無さと、寂しさを共有していたのです。

このことを、今子育てや若者の育成をしている皆さんにも、しっかりと知ってほしいし、参考にしてもらいたいのです。

「キレる」「暴力」「暴言」といった要素も、全て「自分への自信の無さで、もがいている人の姿」なのだということ。

その痛みを理解しないで、いくら批判しても何も変わらないということ。

私も、キレる少女だったのですが、母親と取っ組み合いのけんかをしたり、妹と弟に暴力をふるったりということはありました。

キレると人の迷惑だし、嫌われる・・・。頭のいい私達はそんなことは分かり切っています。そんな自分にも嫌気がさしていたからこそ、「男の人にモテたい」「いい成績を取ってホメられたい」という二つの願い、そこは絶対譲れないこだわりでした。

「現状への多大な不満足」による、「現状変革の夢」、それも「とてつもない変貌を遂げたいという大きな夢」です。

名門校に入ってガリ勉している子供たちに、こういう子は多いと思います。

現状にそこそこ満足して、楽しい子供時代を送っている子が、そんなにガリ勉などはしないし、する必要を感じません。

世の中「名門校に入ってガリ勉する子は素晴らしいんだ」という価値観で覆いかぶされていますが、「本当にそうなのか?」、私は少女時代を振り返って、非常に疑問に感じています。

豊田さんは、学校で皆の前で怒鳴ったりカッコ悪い自分を見せるということは全くありませんでした。

学校の教室の中ではない所で、私に対しては、男の人と付き合う付き合わないのやり取りを通じて、ごくたまにですが、電話や対面でキレて怒鳴るということはありました。

「女の友情、男で崩れる。男の友情は、女で崩れないのにね。」と豊田さんがある日ぽつりと言ったことがありました。寂しいんだろうなと思いました。

私は「崩れないよ。友達やめないよ。親友だよ」といいました。

よく覚えているのは、豊田さんがうちの高校の文化祭の時に話していた男の子のことを、私が気に入って、紹介してほしい、と話した時のことでした。

「ああ、あれでいいなら、あげるよ」。

その男の子は、豊田さんのお目当ての彼氏ではなく、たくさんいる男の友達の一人だったのです。

だから絵里緒ちゃんに紹介してあげる、といってデートの場を作ってくれたりしました。彼と二人で会うようにもなりました。

でも、彼は豊田さんのことが好きで付き合いたかったようです。私のことは、紹介はされて会ったものの、ラブラブモードが盛り上がることも無く友達モードでした。

私の方は絶対彼氏が欲しかったので、他の友達にも男子の紹介などをお願いしてました。

それを知って、豊田さんが怒って電話かけてきて、「なんで××君を紹介したのに他と二股かけてんのよ!!」といったキレ方でした。

でも、私は恋愛は自由だと思っていたし、早く彼氏が欲しいから他の友達にも頼んだ、と平然と答えたので、その話はそれで終わり、友達関係も続きました。

ああ、彼女怒ってるな、という程度で、私は、怒られたから友達やめるというようなスタンスではありませんでした。

それに、この件は、友達に紹介してあげた男の子自分のことを好きなので友達と付き合わなかった、すなわち、自分の方が優れたオンナであった、ということにもなるので、彼女の優越感はくすぐられたのかも・・・。と思いました。

男の子と集団で会うとか、合コンの人数を集めるというときに、豊田さんは、自分が負けるほどメッチャ可愛い女の子が来て、自分が添え物にされる展開を恐れ、嫌がっていました。「あの子可愛いから私負けちゃう・・・。」ということをいつも気にして口にしてました。

この田中絵里緒という存在は、適度に自分より可愛くない、だけど「あんな変な子を連れてきて、なんなんだよ!」と男子サイドに言われずに、そこそこ自分の添え物になってくれる存在として、置いときたかったのかもしれません。

別にそんならそれでいい、という所も、私は飄々としてました。

自分の彼氏はちゃんと欲しいけど、友達とケンカしたり、女の友情がドロドロになるほどの関係は要らない、と思ってました。

彼女と張り合って「アタシの方が可愛いでしょ!」とか、同じ男の子を取り合って泥沼ケンカ、ということにはなりませんでした。それも、友達関係が長続きした要因だと思います。

彼女とは、男性の好みが、不思議とかぶらなかったのです。

文化祭で私が一目で気に入った彼も、「どうして真由子ちゃん付き合わないの?」と私が聞いたら、「落ち着きすぎて、おっさん臭い」と言ってました。

私は、穏やかで落ち着いた、優しい、おっさん臭い人、大好きなタイプでした。

彼女の方が気に入る男の人は、なんか性格悪そうというか、私には「初対面で論外」と思う人ばっかりでした。

それで「なんであんな人たちが好きなの?」と聞いた時に「お父さんが暴力をふるう、精神的にも完全に威圧するタイプ。お母さんが耐えていて、自分も辛いけれど、そういう男の人ばかり選んでしまう傾向はある」と答えてました。

芸能人で言うと「東幹久吉田栄作!!」と、当時のバブル人気王道タイプを答えていたので「私はパス!もっと地味でも優しそうな人がいい!」と言い返してました。

吉田栄作まではさすがにその辺にはいないけど、豊田さんは見た目は気にしていて、友達にも「真由ちゃんの彼氏かっこいいね」と言ってもらえる人じゃないとイヤ、といった所でもプライドは高かったと思います。

「誰が何と言おうが、かっこ悪かろうが、王道から外れていようが、自分はこうしたい」というものが定まっていると、人間の軸が定まっていきますが、「人からの高い評価」自体を求める生き方というのは、もとより非常につらいものです。優等生の永遠の悩みともいえるものです。

人の評価なんか、捉えどころがないし、コロコロ変わるものです。

そんなわけで、私達もなんだーかんだーと現状不満を言い合いながら、フラフラフラフラ少女時代を送っていました。

あの青春時代のしんどいフラフラ感を共有し、一緒に苦しみ悩み励まし合った同志として、私は豊田さんとの友達関係を誇りに思っています。豊田さんをよく知らない人から「極悪モンスター」みたいに言われるのは、とても耐えがたい思いがします。

男性関係で一つの思い出になったのは、高校2年生の京都修学旅行でした。

夜に自分たちで出かけていい自由時間が少しあったのですが、その時間は豊田さんと私二人で出かけようと計画していました。

「絶対男の人を見つけて遊んでこようね」。と。

京都で誰かと知り合って、その後遠距離恋愛するわけでもないし、ケータイもない時代です。完全にその数時間だけのことなのですが、「男の人と会おう!」と約束しました。

それくらい、私達は現状に満足せず、ひと時のアバンチュールでも求めていたのだと思います。

他の生徒たちに見られては大変なので、自由時間開始の号令と同時に、バーッと二人で遠くへ動いて、他の生徒が全く来ないエリアに移動しました。

そこで、豊田さんが見て気に入ったちょっと遊び人風の20代前半らしき男性に声をかけました。私はその男性と二人連れでいた、ちょっとダサい20歳前後らしき太めのお兄ちゃんとペアになりました。

私は遊び人風の人は気に入らなかったので、ダサい人は誠実そうで好感が持てて、この時間おしゃべりするだけなら、という感じで適当に話を合わせていました。

旅館に帰った後に酒臭いとばれるので、私達はお酒は飲まなかったと思うけれど、カラオケのある小さいバーで、男たちは飲み、豊田さんと遊び人兄ちゃんは完全に即席ラブラブカップルでした。私とダサ男君は「よーやるなー」と目が点になりながら傍で見ていました。

その後バーを出て、鴨川のほとりの土手でラブラブな二人と、少し離れて手も握らず、地味におしゃべりする二人に分かれました。

ちょっと、学校にばれないように、制限時間内には帰らないといけないので、間に合うように出ますね!」と私は時間管理係。ダサ男くんもその点は協力してくれました。

私がいなくて、あの2人だけにしちゃったら、時間もオーバーし、彼女がどっかへ連れてかれてしまう、とハラハラでした。

いま42歳まで生きてきましたが、「一歩間違えばあの16歳の時点で、二人とも犯罪に巻き込まれて遺体で発見されててもおかしくなかったんだよなー」と、危なっかしい私達を改めて振り返りました。豊田さんも私も、生きていただけでも本当に良かった。

女子高生援助交際やら売春やら、時々取りざたされては何も根本的解決がされないままですが、私が言いたいのは「少女の寂しい気もちや、自暴自棄がどこから芽生えてくるのか」ということを、社会全体として、しっかり見据えて改善してほしいのです。

少なくとも、これからの子供達が、こういう事をする少女に育ってほしくないし、そのための対策は、ガミガミ禁止することではなくて、自分を大切にする気持ちを、幼少時から身につけてほしいのです。子供が問題なのではなく、大人の育て方の問題です。

あの名門校私たちけが特殊だったのではなく、先生に聞くと「あなたたちが卒業したしばらく後から、手首を切る生徒たちが出てきて問題になっていた」という話です。苦しんでいる少女は今も存在する、いや、さらに増えているのではないか、と私は危惧しています。

もう一つ、豊田さんと私の二人が共犯で行ったイタズラがありました。高校3年生の時のことです。

大手予備校が、夏・冬など長期休みの時に行う、東大対策模擬試験。1番からある程度上位の所までは、名前が個人成績表と一緒に受験者全員に配布されるので、「あ、あの子何番。私は何番」と、それぞれに優越感・劣等感をもたされる全国模試です。

高3の夏、模試の日程を見たら、全国完全に同一日程ではなくて、会場確保の関係か、少しずれた日程が存在していました。

「ねえ、高崎、三島、沼津とかの東京近郊なら、日帰りで行って模試だけ受けられるじゃない。私が早い日程で受けて問題を持ち帰るから、真由ちゃんは、それで勉強して一番を取ったら?」

もちろん、こんな悪さを考え付くのは、私です。

「えー、ほんと?」

「うん。受けてきたらすぐ問題渡すね」

それで実行したら、豊田さんはとにかく勉強家なので、全科目に近い一番・満点近いトップ独走ぶりの成績で順位表に載りました。

いくら事前に問題を渡されたって、根性なしの私だったら、ろくに勉強しないから、全国1番なんかとても取れません。

後から同じ学校の生徒たちが、成績を見てザワザワしました。

「ねえ!黒い噂が立ってんだけど!豊田さんこんなに全科目一番なんて、おかしくない!?」

私は、心の中でクククと笑いながら「さぁ?豊田さんはすっごく頭いいから、よほど勉強したんじゃないの」、シラッととぼけてました。

もちろん、こんなイタズラは高3の夏、一度きりです。高3の秋冬ともなると、本試験が近いので、模試は実力を測らなければ意味がないし、私達ももっと本気で必死でした。

くどいですが念のため、東大の本試験や、公務員の本試験豊田さんがカンニングしたはずはなく、あれはちゃんと実力です。

思い返せば、中3で出会ったときは真面目一筋だった優等生豊田さんに、いろいろ悪さをさせたのは私の罪かもしれません。が、私たちの数年間の関係の中で、ケンカはわずか数回のもので、ほとんどはなんだかんだと楽しく言い合って笑いあう、真面目じゃない自分たちを堪能し、ふざける、スリルを楽しむ、という、今思い返しても楽しかった大切な友情でした。

ストレスをためる関係ではなく、ほかでたまったストレスを解消して和らげる、ラクになれる関係を作りたくて、互いに試行錯誤していたと思います。

これだけのことをして、先生や親にチクると互いに大問題になるのですが、二人とも「あの子がチクリはないよね」と信頼できていました。

春、無事に東大に受かって、卒業式も済み、東大入学式を前にした春休み

当時大流行のディスコ「『ジュリアナ東京』に行こう!このタイミングが一番!」と、また二人で企てました。

ソバージュパーマかける!ボディコン着る!もう学校の先生にも何も言われない!私たち自由だね!」

そして二人で繰り出して、ジュリアナに着く前に、繁華街で何か、全然関係ない取材をしているテレビ取材陣がいました。

街頭インタビューで、何か特定のテーマについて取材している人たちだったので、そのテーマに沿ったコメント以外は放送されないのに、豊田さんがわざわざ「私たち東大に受かったんですけど!!!」とマイクに向かって発言していたので、「もぉー、これは東大生の取材じゃないんだから意味ないでしょ」と、ぶつぶつぼやく私。

でも、そんな関係ない所で目立ちたいアピールする彼女のことも「面白い、子供みたいで可愛いじゃん」と笑っていた私でした。

ジュリアナに着いた私達、女子大生やOLのお姉さんたちに交じって、ドキドキしながら尻を振って踊りました。この時は私の方がジュリアナで出会った男性と泊まりに行ってしまったので、豊田さんがその後どうしたか見てませんが、ちゃんと帰ったと思います。

結局私の方は親にばれたので、「そんな、知らない男と、ホテルに行って怖くないのか!?」と父親に真剣な顔で聞かれましたが「うん、怖くない。」と答えた私でした。

今母親になった自分としては、自分の子がこのようになったらショックだと思うのですが、この男性依存モラルのズレは、当時を振り返っても、なかなか言葉で説明できないものがあります。

なにかとてつもなく大きなプレッシャーがかかって、その反動として「ハジけたい!」という思いの共有がありました。その危なっかしさ、不安定さを共有していた豊田さんと私でした。

勉強はできるけれど、テストのための勉強社会的な分別には結び付かず、いわゆる非行少年、不良少年といわれる人たちと、共通する危なっかしさだったと思います。

こんなに一緒に無鉄砲な行動をしてきて「ほんとにほんとに、死ななくてよかったなあ」という気持ちがあります。

悩んで苦しんで、その悩みや苦しみから、必死に目をそむけるための行動をしていた・・・。途中まで、私達は同じ道を歩いていました。

私はそこから「ストレス解消しないと自分が壊れるから、東大を出て就職もしない、徹底的に自分を甘やかしてストレスの少ない人生を送る」と決めて、逃げました。22歳でニートになったのです。

豊田さんは、そんな暴挙には出ず、けなげに努力し、社会的にも東大卒として好ましく思われる「国家公務員」の道を歩んで、順当に活躍していきました。私に想像もできないほど、一生懸命頑張ったのです。

その後政治の道に進んだと聞いて、彼女の本意であれば喜ばしいことだと思いました。

でも、あの頃あんなに繊細に揺れ動いていた彼女が、今、ストレスの解消はちゃんと出来ているのだろうか・・・。幸せになれているのだろうか・・・。ということが疑問・心配でした。

私がもはや、豊田さんの近くにいないので知る術がなく、ただただ遠くから、幸せでいてくれることを願っていました。

今、過去を振り返って、大切な友人として思う事。

「あまりに大変すぎる仕事を担わされて、中・高・大学の時とは比べ物にならない心の負荷がかかって、心が折れてしまったのだと思う。これ以上続けられないというSOSだった。」

「心の平穏を取り戻して、自分に向いている別の道を見つければ、また活躍できるし輝ける人。今度は、自分もお子さんも幸せになれるようにしてほしい。周りももう一度、応援してあげてほしい」

豊田真由子さんは、頭脳明晰、細やかで、才色兼備な人であり、記録された時の暴言だけをもって「極悪人」と決めつけるのはやめてほしいと私は思います。

もちろん暴力や暴言のものを肯定することはできないし、自分がしてしまったことは反省してほしいけれども、これから精神の安定を取り戻して、十分やり直せる人だと信じています。

彼女の精神がそこまで壊れるまでに、周りからどういう扱いを受けていたのかも不信感が湧いてきます。

人材を潰して排除していくのではなく、人材を伸ばす社会であってほしい。

「あれほどの人材が潰されるような社会なら、どんな人材だって潰れてしまうよ!」 私はそう思います。

今も変わらず、豊田真由子さんのことは大切な友達と思っています。またいつか、彼女と二人で笑いあえる日が来ることを願っています。

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中谷 康一

「毒島ゆり子のせきらら日記」的な話ですね。ぶっちゃけたものは仕様がない。

4時間前 · いいね!返信 · もっと見る

古謝 厚夫

お子様が可哀想でどーのこーのだと??

じゃあ訊くが秘書に対して『オマエの娘が仮に車に轢かれて脳ミソぐちゃぐちゃ云々』と脅かされた相手の気持ちはどう思うんだ?

おい!答えてみろ!💢

4時間前 · いいね!4人返信 · もっと見る

池 明

お友達ならカウンセリングを紹介してあげなさい

http://topisyu.hatenablog.com/entry/2017/06/23/080000

「あんな(暴行・暴言する)男の代議士いっぱい」ということなら、議員離職したほうがいいし、専門家にかかり、アンガーマネジメント習得させないと - 斗比主閲子の姑日記

自民党豊田真由子衆議院議員が秘書への暴行を週刊誌にリークされ、自民党に離党届を出したそうです。

topisyu.hatenablog.com

3時間前 · いいね!返信 · もっと見る

長谷川

なんだこれwフォローに見せかけた自爆テロ

3時間前 · いいね!1人返信 · もっと見る

井桁 和浩

友達スキャンダル便乗して、善意の自分語りとは、意味不明すぎwww

3時間前 · いいね!3人返信 · もっと見る

Yoshio Shimizu

えーっと、殺人者エリートの道を歩いた人で、ラスコーリニコフのように冷静に事件を起こした場合、経歴とか、10代はこうであったとか、実は子供思いの優しい人だったとか、そんな弁明が役に立つとは思えないのです。しかしアベカケのように友人は有りがたいもんですねーーー。

3時間前 · いいね!返信 · もっと見る

駒込 博幸

だから何?って感じ…人の痛みが解らない人間が国家議員になんかなるんじゃないよ!お前は何様だ?!本当の友人ならそれ位のこと言ってやれ!弁解の余地無し。

3時間前 · いいね!返信 · もっと見る

西条

湊かなえ原作のしらゆき殺人事件みたいですね👀

犯人に疑われた主人公を庇う親友。邦画作品の親友役と同じ事している。

2時間前 · いいね!返信 · もっと見る

返信3件

坪内茂

貴女に対して、あのような事をされてもオッケーなの?

2時間前 · いいね!返信 · もっと見る

Kaoru Furutono

爆笑 とにかく爆笑した

2時間前 · いいね!2人返信 · もっと見る

観学院 称徳

お友達を思うお気持ちは分かりますが、残念ながら主権者である国民に代わって立法にたずさわる代議士としては失格です。

お子様には何の罪もありませんし、イジメ対象にならないようにしっかり守られる必要があります。

しかしご当人は大きくなったお子様にこの録音を聞かせ、自らの非をきっちり説明できますか?

人の噂は…確かにそうですが、いつまでも記録の無くならないインターネットの社会では、お母様の名前を検索するだけでお子様がこの録音を発見し聞いてしまう時が来るということですよ。

逃げて人の噂が消えるのを待っているだけでは問題の解決にはなりません。

2時間前 · いいね!2人返信 · もっと見る

佐藤一郎

「みんながこれ読んで『身近にいる変人の傷みも理解しよう』って考えたら不幸な人減るかな」って思うけど、みんな豊田議員の良し悪しだけ話すから、社会の規格にあわない人は切り捨てられ続けるのかな…

1時間前 · 編集済み · いいね!1人返信 · もっと見る

野々村 耀

何かと思って読みかけたが、バカバカしくてすぐやめた。

1時間前 · いいね!4人返信 · もっと見る

中尾 央

絶歌。

1時間前 · いいね!2人返信 · もっと見る

伊佐杯 隆治

やはり類は友を呼ぶのですね。勉強になります。

1時間前 · いいね!3人返信 · もっと見る

森平勝

勉強ができるのと頭が良いのは違いますよ🤗一般常識豊田さんアウトですね。

1時間前 · いいね!返信 · もっと見る

綱川智彦 つなっち

案の定、彼女はDⅤ家庭の育ちだったんですね。

昔、やはりそうした家庭で父親から殴る蹴るされて育った女性と関わったことがありますが、その時に何度もあの音声とそっくりな口調で滅茶苦茶に罵倒されました。正直、思い出してきのうから気が重いですが…。

こういう「虐待の連鎖」は、やはり治療困難(決して不可能ではないですが)な病気なのだろうと思いますよ。

あと感情に任せてボロクソに叩いてるコメントが多数ついてますが、衝動を抑えられずに過激な言葉を書き殴ってる時点で彼女と同類、人のことを言えないのでは?送信ボタンを押す前に立ち止まって考えるべきでしょう…。

1時間前 · 編集済み · いいね!2人返信 · もっと見る

藤原 亮太郎

身内の擁護は相手に逆に迷惑になることを自覚した方が良いかと。

1時間前 · いいね!2人返信 · もっと見る

Hiromi Sato

文章が変です。下手です。自ら、名門校っていうんだ??

1時間前 · いいね!3人返信 · もっと見る

Peter Lee

https://www.youtube.com/watch?v=5NdcUtahcEI

「犯人の彼女も実はかわいそうな人なんだ…」って名探偵コナンの結末のつもりですか?あなた大事なお友達って加害者なんですよ。

Detective Conan Soundtrack 12

youtube.com

1時間前 · いいね!返信 · もっと見る

照子内野

リコ君へ来週の時間割り教えて後宿題もよろしくね

1時間前 · いいね!返信 · もっと見る

植村 トラ

何があっても暴力反対。

52分前 · いいね!返信 · もっと見る

小棚木 美香

伊藤塾に勤めていたみたいだけど、司法試験に受かっているってことなのかな?

擁護しているつもりで、悪行を暴露するような弁護士には頼みたくないなー。

24分前 · いいね!返信 · もっと見る

返信1件

土橋 雅之

頭がいい人達の考え方が読めるのかと思ったら"「ダサい女でモテない人生を送るのはイヤ」「男の人に愛されたい」という所で気持ちが通じ合った"で吹き出してしまった。"

https://anond.hatelabo.jp/20170622120617

特定派遣だったけど、席が用意されてないのはマジで来る。

挙句の果てに席をコロコロと変えられるから朝来たら重役出勤してくる派遣社員担当みたいなやつを待って、立ってなきゃいけない。

そんでもって、派遣社員は30分前に来てないといけないとか言われるからメチャクチャに怒り狂ったら本社に戻されて、本社から始末書かかされるはめになったか始末書書くぐらいならやめますといってやめていまニート

https://anond.hatelabo.jp/20170622120617

うわー分かるわーこれ。よし、じゃあ俺も思いつくままに書くか。元増田との重複もあると思うけど勘弁してくれ。

複数派遣会社での出来事なので、内容に矛盾があるが、概ね事実だ。多少のフェイクは入れている。


10

自席がない時

別途作業するスペースさえ確保してくれているのであれば、机がないのは許せる。

だが荷物置き場が一切なく、背広もコートもかけるスペースも提供されず、傘も置けない現場だった時は結構困った


■9位

最初に出勤できない、最後に退勤できないと知った時

入退室管理カード権限上、派遣社員は一番最後に退勤することができないし、逆に朝イチの出勤もできない。

これを初めて知ったのは、「俺以外の全社員ビルから退館している」と気づいた時だった。正社員電話して戻ってきてもらった。

パターンでは、障害発生のメールが届いたので夜中に出勤すると、ビルに入れなかった事があった。ビル常駐の警備会社とさんざんやりとりして、結局正社員の重役に電話確認後、やっと入館できた。

後日この件について始末書を書かされた。


■8位

自席備え付けの電話から国際電話回線発着信不可だった時

国外とのやりとりが主な職場での話。電話する時もいちいち正社員座席に行って、「あのう、電話させてほしいんですけど・・・。」と言わないとダメだし、俺の席を直撃できる電話番号はない為、国外から俺に電話をする際には絶対正社員が取り次がないといけない。

正社員英語ができないやつも多かったんで、そんな奴がうっかり電話を取ってしまった場合は面倒だった。正社員は何故か俺に文句を言ってくる。俺じゃなくて総務か役員あたりに言ってくれ。

あと、部長級以上のやつらは全員英語ができないのに、そいつらの席の電話は全て国際電話発着信可能だった。気持ちは分かるが非効率すぎる。


■7位

エンドユーザーから文句を言われた時

とあるプロダクトの窓口にいた頃の話だが、炎上気味だったこともあり、担当派遣社員コロコロ変わっていた。

引継ぎもロクにないくせに、メアド無駄個人名@社名.co.jpなので、エンドユーザーからからすると

メールでやり取りしている

ある日突然メールが不達で返ってくるようになる

info@に問い合わせると、「担当者が変わりまして・・・」と言われる

担当に問い合わせる

ある日突然メールが不達に(以下ループ

となり、俺が担当になった頃にはエンドユーザーの怒りはMAXを超えていた。

エンドユーザーから「お前らの会社との過去経緯です」と言ってメールを送り付けられた時には、引用符「>」の数に笑ってしまった。


■6位

派遣社員のみ、Webメール監視していることを知った時

もっとも、これは入場時から知っていた。何故ならその監視システム担当として派遣されたから。

正確には「わが社メインの〇〇システム保守やって。ああ、あとついでに派遣の奴らの監視もしといて」って感じだったが、どうせなら全社員監視しとけよ。

俺はログ抽出だけして中身は見なかったが、正社員から派遣の〇〇さんって正社員の□□さんと付き合ってるみたい」とか聞かされて、若いやつはアホなんじゃないかと思った。LINEでやれ。


■5位

社食の値段が違う事に気づいた時

社員証がそのままsuicaみたいになってる会社があって、社員食堂や売店では社員証をピッと通すだけで支払いできるところがあった。

当然、俺らは社員証を持っていないので、専用のカードを作ってもらってそこに現金チャージして使う。

現金払いもできるが、割高だったのでチャージして使っていた。

ある日、社員と話している時に「社食のAランチってあれだけのボリュームで760円って激安じゃないですか?」的な会話をしたところ、「えっ?・・・ああ、俺らはアレ150円から」と返された。


■4位

飲み会に参加できなかった時

社内メーリングリストで懇親会の出欠確認が回ってきて、ご丁寧に俺の名前も出欠確認リストにあったんで「出席」と返信したら、「派遣の人は参加できないんですぅ~」と総務部のネーチャンに言われた時


■3位

派遣先企業のノー残業デーの日に残業している時

「あ、君らは明日までに〇〇やっといてね」と言って飲み会に行く正社員を見送るのにも慣れた。


■2位

請負」と「派遣」の定義を都合よく使い分けている時

業務請負派遣作業では「やってもいい仕事」「やってはいけない仕事」がある。ざっくり言うと、指示命令系統がないと動けないのが派遣で、なくても動けるが最初に交わした契約以外の事はできないのが請負

請負で入場した派遣先で、正社員から「これやっといて」と契約にない作業押し付けられた際に抵抗すると文句を言われる。

最悪、正社員から派遣会社クレームが行く事もある。そして俺が派遣会社に怒られる。なんでなんだぜ?


■1位

派遣先企業に「ウチの正社員になってよ」と言われ、派遣会社を辞めて入社手続きをしている時に派遣会社からクレームが入り、俺の入社白紙になった事。

多分一生忘れない。派遣会社のやつの勝ち誇ったような顔も、派遣先企業の「今回の件はなかったことに」というメールも。

退職手続きを終えた後だったので、次の就職先を急いで探す羽目になった。

2017-06-20

今のこの気分はなんなんだろう

数日前から昼くらいまではつらくて死にそうだったんだよ

風呂さぼりがちで家事も滞り化粧も適当

元彼のことを延々思い返してあの時ああすればこうすればよかったあの時はよかったなどとウジウジし

それが夕方くらいからなんか気分が変わったんだよ

トイレに行ったら生理がはじまってた

帰宅後しばらくはお腹が痛くてたまらなかったのでイブを飲んだ

30分くらいで痛みが和らいできた

イブすごいなー

そんで増田見て

結婚を考えてる彼女無乳でつらいとか、奇乳がどうとか、手を叩いて喜ぶとか

そういうの生理前に読んでたらたぶん苦しくなってたと思うけど

今は声をあげて笑っているので

もう訳がわからない

なんでこんなに統一感がなくて気分がコロコロ変わるんだよ

自分がどうしたいのかが時と場合で違い過ぎて何が本当なのかわからない

たぶん身の保身を第一に、いきあたりばったりなだけなんだろうけどな

フラフラするの苦しいからやめたい

ピシッとした人間になりたい

2017-06-18

https://anond.hatelabo.jp/20170618132759

毒性の強いうんこって安倍のほかには誰ですか

具体的には麻生ですか石破ですかその他あります

1回変わってみればいいじゃん

総理コロコロ変わるのが日本の伝統だろ

2017-06-17

https://anond.hatelabo.jp/20170616132306

こんな長文で言うほどのことかな

ソシャゲは基本攻撃が最大の防御だし、キャラ評価なんて調整一発でコロコロ変わるし

当初もてはやされてた回復防御が攻略が進むといらない子で、火力偏重というのも珍しくないでしょ

グラブルレナとかサラとかスタダ候補って言われてるけど、そのうちほとんど使わなくなるし

2017-06-14

カリスマ恋愛ブロガーをやっている友人をウォッチしてしま

高校時代からの友人(30代前半の女)が、カリスマ恋愛ブロガーをやっている。初めはTwitterなどで恋愛に関するツイートをしており、それがたくさんRTされたりお気に入りに入れられたりして、フォロワーが5桁までみるみるうちに伸びていった。

最初恋愛以外のこともツイートしていたが、だんだん恋愛専門アカウントになり、ブログ恋愛記事を書いたり、読者からのお悩みを募ってそれをTwitterブログなどで答えたりしている。

そんな彼女のことをウォッチするのがやめられない。特に不倫ネタ相談彼女が答えているとき、私は彼女心中を思い、ソワソワしてしまう。

よくよく彼女発言を追っていくと、不倫に対する彼女スタンスコロコロ変わることに気づくはずだ。時には不倫を「女の経験値」といい、時には「時間無駄」と断ずる。必ず「私は不倫していないけれど、周りの人を見ると」という但し書きがついている。

もちろん彼女不倫をしている。28歳のときから10歳上の男とダラダラ不倫を続けている。付き合ったり別れたり何回も繰り返し、結局彼女不倫から離れられていない。

彼女不倫肯定しているのは彼とうまくいっているときで、否定しているのはうまくいっていないときだ。そんなことに誰も気づかないのは、彼女の読者がコロコロ入れ替わる(幸せになった人は彼女文章をやめてしまい、不幸のままの人は彼女ではない新しい信仰先を見つけて出ていってしまう)から

どうして彼女不倫のことを知っているかというと、彼女不倫相手は私の友人だから。私と彼は年の差もあって「良い友人関係」を保っており(何回かあやしい雰囲気の時はあったが、結局体の関係は持たなかった)、時折飲みに行くと彼女の話を聞く。彼が彼女のことをどう表現しているか、彼の妻がどんなに優れた人間なのか、私はいつも彼女ツイートリプライしたくなってしまうが、一生懸命我慢している。

きっと私以外にも彼女恋愛の話を知っている人は何人かいるはずだ。私はいつも、誰か彼女現実を教えてくれないものか、どうして誰も言ってあげないんだろう、とウォッチを続けてしまっている。

2017-06-11

まさか私が…」突然の発覚から3年、絶望から這い上がった私の乳癌

40歳の節目。私は乳がんになった。

素朴だけど優しく私を愛してくれる夫と2児に恵まれ、幸せな人生を手に入れてそれなりに満足感のある日々だった。

幸せな日常を一瞬にして真っ暗な絶望に追いやった乳がんの発覚。

乳がんは罹る人も多い病気負担はあるけど、治療なんてさほど難しくないと思っていた。

でも全然カンタンではなかった。

家族、友人、そして自分自身多くの人を深く傷つけ、心身共に疲れ果て全てを失う寸前まで追い込まれた。

判断ミスもあり、軽度とは言えない状態までいってしまった私だが、良き出会い、周りの人の支えに助けられたことは幸運だった。

手術、抗がん剤治療を行い私は今、再発の不安は抱えながらも元の幸せな生活を取り戻すことができた。

今思えば、「知らないこと」が理由で失ったものが沢山あった。

もっと早く気づくことができれば・・・
「あの時あの治療選択していれば・・・
「友人家族もっと接するべきだった・・・

いろんな後悔が今も心に残っている。

こんな思いをする人を一人でも減らせたら。そう思って私の体験を伝えてみたくなった。

興味があったら読んでみて下さい。

ピンク東京タワー、突然の不安

ほんの些細なこと。

10月1日、夫と食事に出かけた帰りに見かけたピンク色にライトアップされた東京タワーだった。

私:「綺麗だねー。今日はなんでピンクなんだろうねー」

携帯検索をする夫。

夫:「今日ピンクリボンデーらしいよ。乳がん認知を上げる目的だって
私:「乳がんねー。」

その時は何も思わなかったが、少しだけ「乳がん」という言葉が頭をよぎった。

それから1ヶ月が経った頃、

朝、着替えの時に左の胸に固い感触を感じた。

???

違和感を感じ指でふれた。コロコロとした1cm程度の小さなしこりを感じた。

まさか。。。乳がん?」

ピンク色の東京タワーピンクリボン、その記憶が私にそう思わせたのかもしれない。

ただし、その日は家事に忙しいこともあり、夜にはしこりのことは忘れていた。

夜の入浴時にもう一度触ってみた。朝のしこりはもちろん、あと2個程度小さなしこりを指先に感じた。

大きな病気をしたことが無い私は些細なことでもすぐ心配になるタイプだった。不安かられ、髪も乾かさずインターネットで幾つかのサイトを調べた。

しこりがある=乳がんというわけではない。40歳未満の場合は良性のしこりの方が多いらしく乳腺線維腺腫の可能性が高いと書いてあった。

人間不安ときは都合のいい方の考えに飛びついてしまものだ。

私は、

「なんだ大丈夫だ。良かったー」

と勝手に安心し、「こんなものはそのうち消えてなくなる」なんて、根拠もない解釈をしながら、眠りについた。

翌朝、しこりは消えていない。やはり気になる。「もしかしたら」が再び頭をよぎる。

考えないように過ごそうと思ったが、家事が何も手につかない。

今まで感じたことの無いものが私の胸に存在している。その事実から目をそむけることができなくなっていた。

一刻も早く安心したい。その一心で私は病院を探し始めた。乳がん検査してくれるのはどこか?今まで考えたこともなかったか検討がつかない。

よくわからないが、とにかく近くの産婦人科に行ってみることにした。

サイズも小さいし、しこりも動くから問題はないと思いますよ」

そういって若い女性医師は近所の外科への紹介状を書いてくれた。

その翌日は外科の診断へ。私は一日がかりで色々な検診が行われることを想像したが、触診だけだった。

診断は

「乳腺線維腺腫」

違和感があった日に確認した見解と一致していたため、その診断を疑うこともせず飛びついてしまった私がいた。

乳腺線維腺腫は放っておけば3ヶ月程度でしこりはなくなってくるとのことだった。私は安心して、日常生活に戻った。

大丈夫でしょう」という自分安易判断と、夫に相談せず自分で納得してしまったことがあんなことを引き起こすなんてこのときは思いもしなかった。

大いなる油断、取り返しのつかないミス

それから2年、私はしこりことなどすっかり忘れて平穏な生活を続けていた。

日々の家事、娘息子の世話、当たり前のことを当たり前にこなす。傍からみれば退屈かもしれないけど、愛のある満たされた毎日

その日もいつもと何一つ変わらない一日だった。

しかし、その夜、全てが一変する出来事が起こった。

夫と同じベッドで寝ていると、寝返りをうった夫の手が私の胸に当たった。すると夫が「え?硬っ!」驚いた様子で声を上げた。

暫く自分の胸に意識が向いていなかった私は自分の胸を触り、全身から血の気が引き、突然得も言われぬ恐怖感が襲ってきた。

しこりが大きくなっている。。。」

私がもらした一言を聞いた夫の青ざめた顔が今でも印象に残っている。

夫はすぐに「明日会社を休むから、一緒に病院に行こう」と言ってくれた。

とにかく早くということもあったが、2年前にいった病院は割けるため、隣町の女性クリニックへ診断に行った。すると「確かにしこりがありますね。技師が3日後に来るのでエコー取りましょうか」

との回答。

しかし、今すぐにどうなっているか知りたい。不安が募りの募った私達夫婦は待つことができなかった。

乳がん専門医でなくてはわからないのでは?」と夫の意見採用し、インターネットで調べ最も近くにあった乳腺外科のある病院へ行った。

大学病院では当日は難しいため個人病院だった。

まずは触診。先生の無表情さが不安掻き立てる。その後針生検へ。これは正直かなりの痛みがあり、辛かった。

終了後、先生は「結果は一週間ほどで出ます検査結果によっては大きい病院を紹介する形になります。」と。

もはや1週間を待てる心理状態ではなかった。一刻もはやく白黒を知りたい。先生にお願いをして大学病院への紹介をすぐにもらった。

幸いにも大学病院ではすぐに乳腺外科の診断ができた。

視触診
マンモグラフィー
乳腺エコー
CT
血液検査
マントーム生検

これらの検査を一気に検査を行うことができた。これで自分乳がんなのかそうではないのか、ハッキリと分かる安心感はあった。

「これらの検査結果は来週に」と先生。

この一週間は今まで感じたことのない長さだった。

死への恐怖心
来ることが当たり前に思っていた未来が来ないかもしれない喪失感
気を使わせてしまっている夫、子どもたちへの罪悪感
不安なく健康暮らしている人たちへ理不尽嫉妬心
色々な感情が目まぐるしく移り変わり心身ともに疲弊していた。

加えて、2年前、なぜしこりが気になった時点でもっと詳しく調べなかったのか、夫に相談しなかったのか、激しい後悔にも襲われた。

神さまはいないのか・・・

疲れ切った私たちにやってきた結果は優しいものではなかった。

「左胸に3cmの悪性腫瘍。99%の確率乳がん

診断結果を聞かされた瞬間、私は頭が真っ白になった。

先生が言っている言葉は聞こえるが頭に入ってこない。隣の夫も呆然としていた。同じ状態だったのだろう。

何も考えられない、何も声発せない状態が3分は続いただろうか。

我を取り戻した私は、

「どうすれば治りますか」と先生に聞いていた。

結論は手術。

私は家族と一日でも長く幸せにくらしたい。その思いが人生の最優先だと強く認識した。

女性として葛藤もなかったと言えば嘘になるが、全摘選択した。

その日から長い闘病生活が始まった。

入院の前に待っているもの

医師から告知を受けると今度は身内や親しい人に話をする必要が出てくる。

まずは娘と息子に12歳の娘、10歳の息子。

ともに私が大変な状況にあることは理解してくれたようで、神妙な顔つきをしていた。こんな状況だが「泣いたり喚いたりせず立派だな」と成長を感じ少し嬉しい気持ちもあった。

次に両親へ説明をした。福岡に住んでいるのでまずは電話で話をした。母が出た。

母とは昔から何でも話し合える仲だ。あまり回りくどく説明しても仕方がないと思い、率直に「乳がんになった。手術をする」と伝えた。

母は言葉を失い、暫く無言が続いたあと母自身を責めた。

「ごめんね・・・、ごめんね・・・、ごめんね・・・

と私に声をつまらせながら何度も何度も謝った。

親の前ではやはり自分子供に還るのだろうか、今まで必死に堪えていた恐怖心や悔しさ、絶望感があふれ、私も涙が止まらなくなった。

でも悲しみのスパイラルに入るわけにはいかない。

絶対に治すから

できるだけ不安を与えないように力を込めてシンプルに伝えた。

友人関係の難しさ、心無い一言、ひび割れ関係

仲の良い友人にも伝えておく必要があると私は考えた。

私のこの考えは安易だったのだろう、結果闘病前に友人関係で心のダメージを負うことになった。

仲が良いと思っていた主婦仲間、ママ友に告知をすると

「大変ね~、大丈夫??本当に心配だわ」

という反応。

「え?それだけ?」

特に親身になって欲しいとかそういうわけじゃない。何が欲しいのかもわからないけど、何か嫌だ。そんなダダっ子みたいな自分も嫌になった。

更に追い打ちを掛けたのは「親友」だった。

中学校からの友人、由美とは今でも週に一度は会う仲で、何でも話せる間柄。

私と由美はまるで姉妹のように、同じような進路を辿り、同じようなレベル男性結婚し、同じように幸せな家庭を育んでいった。

から進路の話、異性の話、結婚してからはお互いの家庭の話、旦那愚痴家族ぐるみでも付き合える最高の友人だった。

由美になら何でも話せる。親兄弟よりも私の気持ちをわかって親身に寄り添ってくれるそんな勝手な期待をしてしまったのだろう。

由美にも率直に

乳がんになった。これから長い治療に入る。手術は正直こわいけど頑張る」

と伝えた。

ただ、由美にだけは同じ女性、同世代ゆえに全摘によって片胸が失われることに関しての悲しさがあるという話をした。

するとA子は

「なにも腕や足がなくなるわけじゃないんだから胸くらい良いじゃない。」

と言い放った。

彼女は明るい性格だ。彼女なりに私を励まそうとしたのかもしれない。

死を意識する日々、あまりに多くのものを失っていく毎日、私があらゆるものに敏感になりすぎていたのかもしれない。

ただ、この一言はどうしても受け入れることができなかった。

私が置かれていた状況は私の平常心を奪っていたんだろう。滅多に感情的になることがなかった私が怒りを抑えきれず、由美に対して激しい言葉をぶつけてしまった。

これまで長年にわたり育んできた暖かな友情に大きなヒビが入ってしまった。乳がんはまた一つ私から大切なものを奪ってしまった。

遂に手術

家族不安、両親の涙、友人との離別、多くのネガティブ感情を抱えながら私は手術に挑む。

スケジュールが出た。

手術は診断結果が出た日から20日後に決定。全摘選択したために術前の化学療法はなし。

手術2日前から入院となった。前日から食事も取れない。当日は朝から各種検査を行い以異常がなければ全身麻酔をして手術開始。目を覚ませば手術が終わっている。

手術は予定よりも2時間遅れて終了。遅れた理由リンパ節への転移が見られたから。麻酔が切れて朦朧とした中で、病室で夫がずっと手を握ってくれていたことは記憶の中にうっすらと残っている。

乳がんが発覚し自分の信じていた世界が全て崩れてしまったと思っていた。

でも夫だけはどんな状態の私も暖かく包んでくれていた。こんな時だからこそ夫の愛情を強く感じることができた。手術が終わった安堵感と、愛を感じられたことによる充足感か、そのまま深い眠りに就いた。

翌朝の目覚めは心地よかった。起きたら包帯でぐるぐる巻きだ。まあ夢ではない。現実だ。左のおっぱいないよなー。と思って触ってみるとやはり・・・ない。

わかっていたけど、現実を突きつけられると涙がこぼれた。

術後に体内にたまるリンパ液や血液を出すためのドレーン管が二本入ってたが。ここから液がでなくなれば退院だ。

7日後、遂に退院が出来た。退院時の値段は50万円だった。私はがん保険には入っていなかったので正直この金額は厳しいものがあった。備えあれば憂い無し。

そんな言葉が頭をよぎったが、今は無事に退院ができたことの喜びの方が勝っていた。

抗がん剤治療・・・これから始まる本当の治療

左の胸がなくなってしまったことへの喪失感はあった。お風呂に入るときなど自分身体から目を背けたくなる時期もあった。

でも、疑似おっぱいの性能が以外と良く、服の上からでは見た目にわからない状態になった。そこからはだいぶ気分が楽になった。

気分は元に戻ってきたが、治療はまだ終わりではない、手術から30日経過した時点で今度は抗癌剤治療が始まった。

期間は3週間を1クールとして、8クール複数抗がん剤を組み合わせての実施

抗癌剤治療と言えば、ドラマでも度々その様子が描かれる。そのためわずかに恐怖心があった。でも生きるため。

ここでも家族存在が私の心を強く支えてくれた。

抗がん剤治療想像していたよりはキツくはなかった。最初の一週間は特に異変もなかったけど、8日目辺りから吐き気貧血が出始めた。割りと調子が良くなってきた17日後に遂に髪の毛は完全に抜けてしまった。「あー、やっぱこうなるのねー」と思った。

覚悟は出来ていたので、思っていたよりはショックは少なかった。

クール目は特に問題なく過ごすことができた。まあ抗がん剤の点滴の際は気が重いくらいかな。

クール目に入る前にはかなり抜け落ちてきた髪が目立つので、ウィッグを買いに行った。季節をまたいでの治療なので冬用と夏用を両方買った。

それにしてもケアグッズも高い。

まり大きな声で言う人はいないと思うが、乳がん治療以外にかかる金銭負担も大きい。

クール目に差し掛かる頃には髪の毛は全て抜け落ちた。髪だけでなくまつげ、眉毛、体毛全てが抜け落ちた。顔色も悪く自分を鏡で見るのがちょっときつくなった。

いつも看病してくれる。夫も私の姿をみてどう思っているのかな。。。と少し気になる時期だった。

こうして、長かった化学療法も遂に8週で無事に終わりを迎えることができた。もう吐き気に悩まされることもないと思うとかなり気が楽になった。

楽しい時期は2ヶ月なんてあっという間だが、治療となると1年間のような長さに感じる。

抜け落ちた髪も徐々に生えてきて、昔に戻れるのかな-と淡い期待を抱かせてくれた。

化学療法を無事に終えた私は最後治療放射線治療に入ることになる。

永遠に続くと思われた治療・・・遂に・・・

放射線治療は、全部で30回。毎日通院が必要で、一ヶ月半ほど平日は病院通いが必要になった。経済的負担も引き続き大きかったが、仕事の調整をして一緒に通院してくれた夫に負担をかけているという罪悪感も多くあった。

放射線治療にも副作用がある。軽い火傷のような症状だ。熱い、かゆい、痛い。放射線を当てている患部は赤黒くなってしまい、見るからに痛々しい感じだ。

ただ化学療法と違い体外的な副作用しかなかったので、辛さで言えば全然問題なかった。

手術をしてから半年が過ぎて、ようやく私の乳がん治療は全て終了した。

毎日毎日通った病院乳がん発見してもらった病院にそのままお世話になって本当に良かったと思う。

検査ときは無表情で怖かった先生も病に真剣に向き合って時には優しく、時にはハッキリと私が不安にならないように、また過剰な期待を抱かないように上手に説明をしてくれた。

この先生に出会えたことは私の幸運だったと思う。

お陰で私は現実と向き合い、治療目的を正確に理解しながら集中して治療を受けることができた。先生本当にありがとう

「これでがんは完治」

そう言えればどれだけ幸せだろうか。

がんとの戦いはここからが始まりといってもいいかもしれない。

一般的ながんは5年再発しなければ完治と呼ばれるが、乳がんは10年後20年後も再発の恐れがあるために、ほぼ一生に渡って再発の恐怖との戦いになる。

「一生がんに怯えて生きていく」

こんな人生を送ることはまっぴらごめんだ。

「がんをうまく扱って生きていく。」

家族献身的な支え。そして我慢我慢を重ねた闘病生活

そのなかで私の心は強くなっていた。がんを再発させないように生活改善していけばいいじゃないか。そうポジティブに捉えることができるようになっていた。

最初からこの心があればなぁと今では思うけど、

乳がんによって手に入れられたこともあるのかなと思うと、最悪なことばかりではないかと思った。

がんで失ったものを取り戻す旅

手術が終わって一年が経った。本当に激動の一年だった。

今の私の生活はどうなっているか

幸いといっていいかな。見た目以外は正直、乳がんが発覚する前とあまり変わらない状態だ。

リンパ節を取った左手は、日常生活にはなにも支障はない。

抗がん剤副作用だった爪の異常や関節の痛みも治まった。

ただ髪の毛はやはりなかなか生えてこずまだ5cmほどしかない。出かける時、来客のとき帽子を被るようにしている。

左胸がないことにはさすがにもう慣れてしまった。残念に思うのは大好きだった温泉に行きたくなくなっちゃったことかな。

胸のコンプレックスが薄くなった今なら親友言葉も笑った受け流すことができたのになーと思うと少し心が痛む。

変わった事と言えば、食生活生活習慣が改善したこと。

以前は特にお肉が大好きでカロリーは紀にしながらも好きなものを食べていたけれど、今は野菜を中心とした食事抗酸化作用の高い食品をメインにしている。

そのおかげもあってか、再発は今のところなく、検査結果も良好。適度な通院も生活リズムを整える意味で意外と気に入っている。

家族との結束は乳がんによって以前より固まった気がする。長女は14歳になったが私の身体を察してか、家事積極的に手伝ってくれるし、反抗期の気配もない。12歳になった長男もだいぶ私を労って自分のことを自分でやるようになった。時々一緒にお風呂に入るが胸のことには触れてこない。なかなか優しいやつだ。モテる男になるかも。

夫は病気の前から優しい人ではあったが以前に比べて、私を心の底からいたわってくれている。先週末、酔って帰ってきた時に話していたが、乳がん告知の際、私を失うかもしれないと思った時に本当の愛が溢れてきたそうだ。

先日からかったら、覚えていないと本人は言うが、どうだかは知らない。

親友との関係は残念ながらまだ修復には至っていない。先日スーパーで顔を合わせたが会釈程度で終わってしまった。今の精神状態なら素直に私から謝ることができる。彼女との関係修復は今の私の一番の課題だ。

こんな感じで意外と悪くない日常を過ごすことができている。

「私から全てを奪った乳がん

手術前後治療中は頭の中にはこの考えしかなかった。

でも、今こうして、振り返ると悪くないことも多いなと思うに至った。

あなたには絶対に「この後悔」はしてほしくない

どうしても後悔はある。それが今回私が体験談を語ろうと思った理由。いまでも本当に後悔していることは一つ。

乳がん発覚の2年前、最初に気になった時点で乳がん早期発見の機会を逃したこと。

もしここで、私の治療をしてくれた大学病院までたどり着くことができていたら・・・

早期発見というくくりの治療となり切除も再発のリスク存在しない状態治療が終わっていたと思う。

親友との離別も家族への過度な負担。これらも起こることはなかっただろう。

私の弱さゆえの判断ミス。これに尽きる。

10月1日ピンク色に染まった東京タワーを見た時にもっと深く乳がん自分ごととして考えられていればな-なんてことまで思ってしまう。

乳がん女性の12人に1人がなる病気と言われている。確率は高い。あなたもなる可能性が十分にある。正直発生自体を防ぐことは生活習慣などにもよるし、生活習慣を気をつけていても病気はいつ襲ってくるかわからない。

2017-06-08

筋肉は全てを解決しない

筋肉は全てを解決しない。

筋肉を鍛えてもゴミ性格の奴はゴミだし筋トレ道具を放り出したまま帰るし頭も良くならない。

筋肉マンには、性格が前向きに成るのではなく傲慢成るだって多々いる

筋トレの厳しさを知ってるから人に優しく、余裕のある人間になれる」?

そんなことはない。ただただフィジカルイニシアチブをかっさらいうざったらしくドヤ顔をするのだ。

確かに筋トレには利点がある。ストレスの発散や運動不足の解消、自信にだってつながることもあろう。

だがしかし筋トレをしたか聖人君子になれる訳ではない。

最近ツイッターでやたら筋トレが崇拝されていたりする。が、筋トレたから良い人になれるという理屈ではない。

あくま解決方法の一つとして提案されているに過ぎない。

それに傾倒しすぎて、ネタ抜きに「筋肉は全てを解決する」なんてステレオタイプに言っているやつは、

お前らが忌み嫌っている「体育会系健全引き篭りオタク犯罪予備軍

とか言っていた奴らと大差ない事を理解しておくれ。

あとそう言ってドヤる奴は大概三日坊主で飽きる。コロコロする腹筋ローラーとか部屋の端に転がってる。

2017-06-04

ダブスタのくせに独善的だったり、他人自分の考えを押し付けようとするから非難されるわけですよ

無害だったら立場コロコロ変えてもそこまで非難はされない

俺と妻の役割分担がかなりいい感じだと思う

俺:0800~2130 仕事で外出

妻:0930~2300 仕事で外出

子:なし

猫:0000~2359 家でごろごろ


朝食作り:なし

弁当作り:なし

夕食作り:俺

食器移動:妻

食器洗い:俺(食洗機買えばよかった)

ごはん:妻

トイレ:妻

風呂掃除:妻

掃除機掛:妻

コロコロ:妻

ゴミ纏め:妻

ゴミ出し:俺

洗濯機回:妻

洗濯物干:なし(乾燥機

洗濯物畳:妻

アイロン:妻

食材買物:俺(週一まとめ買い)

備品購入:俺

電球換え:俺

TV録画:妻

休日提案:妻

旅行提案:妻

宿泊手配:妻

移動手配:俺

ごろごろ:猫

ふわふわ:猫

2017-06-01

学校に行かないで

長くなったから、先に一番言いたいことを書く。

学校に行かない」という選択肢を、どうか選んでほしい。

ネット上で見る糞ニートは、本当に糞ニートだけど、でも自殺するよりはマシなんだよ。

タメの子の何人に嫌われても、大丈夫、生きていける。

無理して学校に行かなくても、大丈夫

私は、中2くらいかほとんど学校いかないまま卒業して、通信制高校に通った。

それでも今ちゃんと働いて、友達もいて、生きていける。

大丈夫学校に行かなくても大丈夫

悪い子じゃない。何も問題ない。

から死なないで。

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いじめられた子が自殺するというニュースを聞くたびに思うことがある。

【なんで「学校へ行かない」という選択肢を選べないのか?】

私の結論を言うと、「良い子」でいることを、無意識のうちに子ども自身が縛られてるんだろうと思う。

そして親も、「良い子でいろ」と無意識のうちに縛ってしまっていることに気付いてないんだろう。

私には、デキの良い姉がいて、私は「アンタはもう風邪とケガだけ気をつければいい」と言われて育った。

「良い子でいろ」と求められた事がないまま育った。

から中学いじめられた時、速攻で「行きたくない」と親に言った。

いじめと言っても、上履きを隠された程度だけど、これに耐えてたら悪化するのが目に見えてた。

お母さんからは色々将来についてグダグダ言われたけど、「死ぬよりマシでしょ」と言ったら黙ったので、それで数年間やり過ごした。

でも姉には、親も無意識で「良い子でいてほしい」と思っており、姉はそれを無意識で感じ取って生きてきたんだと思う。

姉は、学校はいじめにこそ合わなかったが、ブラック企業入社し、ストレスと過労で倒れてもなお耐え続けた。

ボッロボロできったない肌になって、頭に何個かハゲができても、休まない姉が不思議でならなかった。

会社を休むような子は良い子じゃない」って、姉の中の「小さい子」が頑なに言ってたんだろう。

何回休めって言っても姉は休まなかったので、私もキレて「バカじゃないの?そんな状態で、そんな会社に行くの頭狂ってるって」と言ってしまった。

当然、姉もキレた。

自由にさせてもらってたアンタに何が分かる!」って何回も言いながら、泣きながら、ボコスコに殴られた。顔に飛んでくるのが涙かツバかわからなかった。

仕事とは何かとか、働くことの大変さとか、じゃなくて、「親から自由に育てられたこと」を何回も言いながら姉は泣いてた。

そこで、お母さんは姉に「良い子」を無意識強要してたことに気付いたと言ってた。

お母さんが、「お姉ちゃんの元気が一番大事から。それだけで十分だから」って言ったら、姉はやっと休職手続きを取った。

休職期間の間、姉は狂ったように昼夜問わずゲームして、漫画読んで、ネットしてた。

「良い子がしないこと」を反動めっちゃしてた。煙草身体に合わなかったらしい。酒はめっちゃ飲んでた。

それでスッキリした状態で「転職しよう」と決めた時、私の知ってるお姉ちゃんに戻ってた。嬉しかった。

学校や、学歴社会が、確かに逃げ場のない教育空間を作ってるかもしれない。

でも、「行かない」って選択肢を選べない子になってる理由は、それだけじゃないかもしれない。

からは、あの時吐き出させてくれてありがとうって言われた。

姉がどんどん化け物みたいになっていてて、夜中に帰ってきた時に出くわすと心臓に悪かったから、私のためにもなった。でも殴られたのは痛かったから、ラーメンおごってもらった。

肌も髪もキレイになった姉は、新しい会社でまあ普通に働いてる。

お母さんも毎日金麦のどごし生から寝返ったらしい)飲んで、テレビアナウンサーツッコミ入れてる。

すっかり存在忘れてたけど、お父さんはコロコロで絨毯キレイにしてる。

私の知ってる、私の家の普通が戻ってきた。

「行かない」って選択肢を選ぶことで「良い子」でいることに繋がることもあるんだ。

最後に、別に子供自殺するのは親のせいだ」って責めてるわけじゃない。

悪いのはクソなことするヤツと、クソなことを看過するヤツ。

ただ、もしいじめられて悩んでる子にかける言葉で悩んでるなら、「良い子でなくていい」って言ってみてはどうかなって思っただけ。

履歴書高校名ツッコまれて、就活不利だったけど、でも死ぬよりはマシ。

中学校先生ってどういう制度になってんだろう

15年ほど前の話。

田舎中学校で全校生徒80人とかだったから、教頭先生が体育教えたりしてた。

まあ、教頭先生も元は何かの先生なんだろうからそれは別にそんなもんかって思ってた。

技術理科先生が、家庭科音楽英語先生が主に兼任してたかなー。

美術先生はなぜか毎年変わってた。1年目は音楽先生兼任。2年目は英語先生が、3年目は国語先生

2年目に美術を教えてた英語先生は、別の学年の担任も持ってて、年度と学年によっては体育と技術もやってた。

学年主任数学先生が別の学年の体育の先生やったり、社会先生が体育見てた時期もあったな。

そういえば、保健の授業は保健室先生がやってたこともある。

あんまり保健室先生が授業をバリバリするイメージはなかったんだけど、テストとかも作ってた。

あと女性若い英語先生が入ってきた途端、全学年の女子の体育の先生になったりしてた。

何かしらを兼任していない先生がいないような状況だったから、きっと少ない人数でどうにか回そうとしてた結果だったのだろう。

はいえ、割り当てもかなりコロコロ変わっていたし、全員が担当したことのある科目すべての資格を持ってるマルチプレイヤーって感じには見えなかったけど、

特定の科目の資格がなくても、一応先生ってことで多少大丈夫だったりするもんなのかな?

2017-05-30

久しぶりにエロゲをやっていちゃラブについて思ったこと

とあるきっかけがあって久々にがっつりエロゲプレイした。(ちなみにゆソフトのサノバウィッチ

大学のころはそれが生活の中心のようにプレイしまくっていたが、ここ10年以上はほとんど離れてしまっていた。

久々のエロゲだったので、いろいろ細かい進化をしていたことに驚いた。

オプションが充実していたり、セリフの合間に表情がコロコロ変わったり、セリフをお気にり登録できたり、シナリオ検索が出来たりetc

まあそんな驚きがありつつもプレイして改めて思ったのは、

二次元女の子と心行くまでイチャイチャするのはエロゲが一番だな」

と言うこと。

というのも、昔は重厚シナリオや泣けるシナリオを求めていたが、30も半ばになり求めているのは

「重い展開も感動のシナリオもいらない、ただ可愛いヒロインイチャイチャしてニヤニヤしたい」

と言うことを最重要視するようになったかである

さて、エロゲがいちゃラブ欲を満たすのに最適なのはなぜかというと

エロゲは、その一本で完結していてかつメインヒロインにはそれぞれ結ばれるルート存在する。

というのが大きい。

漫画アニメはどうしてもひとつの話なので結ばれるのはどれかのキャラ一人だし

それまでは各ヒロイン友達以上恋人未満的な距離感であると思う。

(無論ラノベマンガは誰とくっつくのかを楽しむ部分もあるのでそれが悪いわけと言うわけではない)

また、エロシーンがあるということが、いちゃラブに大きな影響がある。

そこに至るまでの葛藤プレイ中のあまあま展開ピロートーク、盛りだくさんである

もちろんエロシーンがエロいほど性的な意味でうれしいのも当然。

お上記で言った、エロゲラノベ漫画の展開というはあくま一般的ものであり例外ももちろんある。

あと少女漫画はどうだ、とも思ったが、やっぱ男性向けのいちゃラブ展開と女性向けのいちゃラブ展開はちょっと違うかな、と感じた。

なお、他の媒体についても言及すると

DLsite等にある低価格同人エロゲエロさやフェチ的にはとてもいいがいちゃラブ的なものは少ない

美少女文庫等のいわゆるエロラノベエロゲ以上にエロ中心であり、あと大抵ハーレム的な展開に落ち着くのでちょっと違う

音声作品→癒やされるけどいちゃラブとは違う

エロゲーは衰退した云々はよく聞く話だが、プレイしてみてやっぱりいいものだと思ったし、

続いて欲しいなと思った(来月発売の新作を予約しながら)

2017-05-29

http://anond.hatelabo.jp/20170529103707

俺ほんとはボンボン派でSDガンプラが好きだったのに、周りに合わせてリア充になんなきゃいけないと思ってすきでもないミニ四駆やってコロコロ派に鞍替えして無理してたわ

勤務状況

「破った時、変わった時に面倒だから」という謎の判断で、

就業規則にない勤務体系

融通がきくといえばそうなんだけど、コンプライアンスどうなの?って話

いろいろな経緯があって「明記されない裏ルール」があるんだけど、

経緯を忘れた人によって決まりごとがコロコロ変わる

結局のところ正しいのか正しくないのかの判断長老に属人化してる

明記されないルールに従うのはストレスが溜まる

男子コロコロ読んでる間に、女子エロいの読んどる。

http://anond.hatelabo.jp/20170529043101

俺が小6のときクラス女子が「面白い本あるから見せてあげる、けど他の男子には内緒ね」と一冊の雑誌差し出されたのを思い出した。

表紙は一見10少女向けの一般的少女漫画雑誌に見える。雑誌タイトルは忘れたが、「絶体恋愛主義」とか、そんなニュアンスタイトルだったと思う。

中身を開くと、ただのエロマンガ

快楽天とかペンギンクラブとかの男向けエロマンガ雑誌と遜色無いレベル。男でも普通に抜ける。

ただ、ストーリーが男向けエロマンガよりもお粗末で

俺が記憶してんのは

レストランバイトしてる女子高生が、厨房ゴキブリ発見

「きゃー!ゴキブリー!」と叫ぶと

すかさずイケメン店長がやってきてゴキブリを退治、

店長、カッコイイ…」ってなっちゃって

そのまま厨房セックスちゃうとか、

いつも彼氏乱暴セックスをされて泣かされていた女子中学生

今日こそはと、彼氏にハッキリともの申したら

彼氏が改心してらぶらぶえっちができました

みたいな、当時小6の俺が見てもストーリー適当すぎんだろと思ってしまレベルのつまらなさだった

とりあえずセックスのシーンさえ描いとけばストーリー二の次というのがモロに出てた

男向けエロマンガ雑誌でもここまで都合のいいストーリーは無いわ…とは思いつつも

貸してくれたのでそれをおかずにオナニーした

漫画の他のページはセックステクニック解説した記事があって

バナナソーセージを使ってフェラ練習しましょう みたいな記事があった

あとは編集部AV撮影現場突撃取材!みたいな袋綴じがあり

東スポの新作AV紹介ページのようなオッサンくさい記事まであった(しっかり撮影現場写真付で)

巻末の読者ページは、

「先月、学校修学旅行があって、その宿泊先のホテルで無事カレと初体験できました(岐阜・小6・PNななみ)」

「私の彼氏ピアノ先生ピアニストだけあって、指先の動きが繊細で私はすぐにイッちゃいます青森・中2・PNゆうこ)」

みたいな、小学生中学生からセックス体験報告で埋っていて刺激的だった。

どう考えたって編集部でっちあげてるんだろうけど。

女子中学生自分で描いた下手くそ自作エロマンガ掲載されたりしていた。

懸賞ページもあり、香水とか女子中学生が好きそうなブランドの服とかに紛れて

ピンクローターとかAVとかもあってギョッとした。

小学生当選したら、ちゃんとピンクローターを送るのだろうか。

で、その懸賞に送るにはアンケートに答えなければならないのだが

アンケートが酷すぎて震えた。

あなたの通っている学校名を教えてね」

あなた顔写真プリクラを貼ってね」

あなた初体験の年齢は?」

あなたの好きな体位は?」

オナニーしたことある?」

いや、これマジね。雑誌に関するアンケートじゃなくて、読者の住所、電話番号学校から顔までプライベートを把握した上で

エロ体験はどこまで経験たかを根掘り葉掘り聞いてくるのだ。

もはや、これは何が目的アンケートかわからなくて怖い。

まあ、あまりにも珍しい内容のオンパレードで、友達の兄ちゃんが隠し持つ快楽天を皆で集まってコッソリ見たときよりも楽しかった。

また、これを貸してくれた子、というかクラス女子達の間でやおい流行っており、美少年美少年のチンポ舐めたりケツを掘ったりする漫画も貸してやると言われたが、興味がなくてそれは断った。

後にそれらの雑誌には付録DVDがつくようになり、

恋愛なんちゃらにはAVサンプル動画

やおい雑誌にはガチホモビデオサンプル動画が収録されていたようだ。

やおいホモは違うんじゃないの?男が絡んでたらそれでいいの?

ただ、その3年後くらいには10女子向けのそういった雑誌は消えてしまった。

そういう漫画ジャンルを、「ティーンズラブ」というらしい。

大人になってから、あるエロマンガ家が10年前に書いたブログを読んだのだが

少女漫画雑誌から仕事の依頼がきて、『僕、普段エロマンガ専門なんですけど、エロシーンはどうしますか?』と聞いたら、『いつも通りで!』と注文が来て驚いたww」と書かれていた。

そのブログによると、ティーンズラブ漫画家少女漫画出身と、エロマンガ出身とで入り乱れていたらしい。

とりあえずエロい漫画描ければ誰でもいいみたいな感じだったんだろうな。

で、当時はクラス女子からそういった雑誌を借りては、

男子コロコロとかジャンプ漫画パンチラ程度で喜んでるのに、女子は最早こういうの読んでるのか…一枚上手だな…」としみじみ思ったのでした。

ちなみに、雑誌は貸してくれたのにフェラはしてくれませんでした。

今じゃ二度と出版できない雑誌だろうなあ。

2017-05-26

http://anond.hatelabo.jp/20170526090921

大河なんか毎年主役の立場によって同一人物でも敵だったり味方だったりチョイ役だったり扱いがコロコロ変わるじゃん。

ある人物の扱いが悪いだの史実と異なるだの「飛影はそんなこと言わない」レベルで毎回いちゃもんつける団体が居たら

NHKもじゃあもうこの人物あんま触れないでおこうってなるだろ。

http://anond.hatelabo.jp/20170526070546

一時期インターネットエクスプローラーエクスプローラーは一緒になってただろうに、という突っ込み待ちかな。

GUI操作自分適当にやる分には簡単なのだけど、口や文章他人に伝えようとすると大量の言葉必要になるよな。

マイクロソフトは同じものを指す用語コロコロ変えることのほうをやめてほしい。

2017-05-25

今だからいうわけじゃないけど、リッチメディア契約して失敗した話

こんな時だから吐き出したい!かつて、私の働いていた会社にもリッチメディア営業が来てスキンケア大学メニューを勧められました。確か「医師監修の敏感肌化粧水ガイド」とか「低刺激な敏感肌化粧品実験検証| 敏感肌化粧品完全ガイド」というサイトサンプルとしてみせられてこんなサイトをつくりませんかと。そのサイト運営会社をみるとリッチメディアではないのですが、わざと変えているのか、本当は違う会社制作しているのか分からないのですが、このページですごい成功していますので、ぜひ御社もやってみませんかと。念のためシュミレーションもだしてもらい制作していただきましたが、全く!!!成果なし。1年経過しても流入数はシュミレーションの2か月目程度。おいおい。詐欺じゃない?って感じです。担当は、もう少し待ってください!広告出稿ももやります!とか言ってましたが一向に流入改善されず。面白いほど数字が伸びません。担当者コロコロ変わるので、こちらが改善要求しても響かないというか、他人事のような印象。この施策では投資した費用が全く回収できそうにないので契約解除。大損しました…。

その他のメニュー(タイアップコラム掲載)も進められてやってみましたが、全く効果なく。うまくのせられた私たちも悪いのですが、リッチメディア仕事をしてからWEB関係の人は簡単に信用しなくなりました。

そして、リッチメディア少し年配の営業マンの方がお話しされていたことが今でも印象に残っています。丁度、打ち合わせにいらっしゃたのが5月ごろで、まだ若かった私に新入社員のグチをこぼしたのです。「すぐ体調悪くて休むんですよ~」とか「朝来なくて~」とか。朝来なくて??朝来ないって、よっぽどだらしない人が入社しちゃったのかなと思ったら、よくよく話しを聞いてみると、7時30分に会社に来ないらしいんです。え!7時30分??始業は何時なんですか?と聞くと9時とのこと。その営業マンが言うには7時30分に出社して新聞を読んで、始業するための準備をきっちりして始業の9時を迎えるべき!らしいのです。いや~さすがに早すぎでしょ。こんなことを要求されていると思うとその新入社員は大変だなぁと同情したものです。

この営業マンリッチメディア上場する際に株を購入する社員リストにも名前が載っていたので、ただ者ではないなと思いました(笑)この方、私が成果がでないことであれこれ言っていたら知らぬ間に違う若手営業マン担当バトンタッチしてしまいましたが…。

今、とんでも記事話題リッチメディアですが、監修するお医者さまもいい金額もらってるんですもんね~。そりゃいろいろ、あれこれ監修したいですよね。

安倍追及のプレイヤーが悉くヨタロウなのがな

横領レイプして元ネトウヨノイホイ

言うことや立場コロコロと変わる虚言癖の籠池、

そして今回は文科省お家騒動という思いっき利害関係者で権力闘争負け犬前川

こんな脛に傷があるどころか全身傷だらけの素性の悪い連中を安倍追及のプレイヤーに仕立て上げて、

お前ら本気でこれ安倍の首が取れるとでも思ってんの?

とりあえず攻撃できる材料さえあれば何でもいいのか、

それとも素性の悪いヤツを特攻隊長の噛ませ犬にすればいいのか、

その両方なのか、

もうとにかく追及側の弾切れ感がハンパない

安倍追及のプレイヤーが悉くヨタロウなのがな

横領レイプして元ネトウヨノイホイ

言うことや立場コロコロと変わる虚言癖の籠池、

そして今回は文科省お家騒動という思いっき利害関係者で権力闘争負け犬前川

こんな脛に傷があるどころか全身傷だらけの素性の悪い連中を安倍追及のプレイヤーに仕立て上げて、

お前ら本気でこれ安倍の首が取れるとでも思ってんの?

とりあえず攻撃できる材料さえあれば何でもいいのか、

それとも素性の悪いヤツを特攻隊長の噛ませ犬にすればいいのか、

その両方なのか、

もうとにかく追及側の弾切れ感がハンパない

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